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あの日からほぼ毎日といっていいほど同じ夢を見る。
“私”がまだ“私”でなかった頃の、ひどく甘く重く残酷な昔話だ。
「しまった、知らない間に寝てた・・・」
不意に寒さを感じて瞬けば、机の上でランプを点灯させる携帯が視界に入った。
いつの間にか机に突っ伏して眠ってしまっていたらしい。バイトから帰って家に着いてからの記憶がひどくおぼろげだ。
「化粧も落としてない・・・っていうか首痛ぇー」
しん・・・とした部屋の中でそうポツリと呟くと、良く言えば部屋の広さを表すように、悪く言えば寂しさを際立たせるかのようにその声はよくよく響いた。
そんな事も一人暮らしを始めて数ヶ月も経てば存外気にならなくなってしまうものであった。
カチリ、と携帯のボタンを押せばディスプレイが待っていましたと言わんばかりに光を取り戻す。
12月24日。大きめに表示されたその日付は町の静かな賑わいとイルミネーションを説明するには十分すぎるものである。
無造作に十字キーを押せば、その下に通知が現れた。
「着信3件、30分置きにかかってきてる。蒼生からだ」
携帯片手に席を立ちながら台所へ向かう。
途中で無造作に投げ出されていた上着を拾い、寒さに少し身じろいだ身体を擦る。
「もしもし、蒼生?電話悪い。なんか意識飛んでた」
「・・・遅いよー。まぁ疲れて寝てるのかなーとは思ってたけどさー」
相変わらずの間延びした口調に少し笑いながらマグカップを食器棚から取り出した。
「イブ楽しんでる?」
「楽しんでるよー。俺は人気者だからねー女の子からの予約がもう絶えなくてさー!でも俺は一人しかいない訳よ。だからもう大変で大変で」
「あっそ。じゃあせいぜい楽しんで」
「ああああああちょっと待ってよ!!電話切ろうとしないで!!!!!」
テレビ電話でもないのによくわかったなコイツ。そんな事を思いながら、耳から浮かしかけた携帯を持ち直す。
「何、用があったんだろ?早く言ってよ」
「紫呉・・・お前ってやつはこんな聖なる夜まで冷たい奴なのか・・・」
「早く用件を言え、用件を」
「世の住人がクリスマスムードを満喫してる中、自分が一人だからって苛々するなよなー!これだから独り身ってやつは・・・悲しいことだね・・・ぐすっ」
なんだろう、コイツの発する言葉が一番腹立たしい。何故こんな男がモテるのだろうか。さっぱりわからん。
「蒼生、いい加減にしないと本気で怒るよ。まだこれからやることあるんだから」
化粧落としたり、化粧落としたり、化粧落としたりな。
「まぁまぁまぁ!落ち着いてって!電話したのにはちゃーんと理由があるんだよ!」
「だからそれを早く話せってさっきから言って」
「なんとなんと!!人々が寄り添いあうクリスマスに、寒さに震えてる寂しい寂しい君のために!!俺がプレゼントをあげちゃいまーす!!」
人の言葉を遮った上に、ぱんぱかぱーん、なんて間抜けな効果音を自分で口にしながらヤツはそう言い放った。
「・・・プレゼントってなに」
「んーとね、ヒントをあげるから当ててみてよ!」
「は?さっさと何か言」
「ヒントその1!それはすごく暖かいから暖房のない部屋で震える可哀想な君のことも暖めてくれるよ!」
「・・・じゃあ暖房器具?」
「ヒントその2!それは紫呉がずっと探し求めているものだよー!」
ずっと探し求めてる?そりゃ、暖房器具は欲しかったけど特にこだわりないし、ピンとくるのが無いから買ってないだけだ。ってことはそれじゃないってことになるのか?
「ヒントそのさーん!それを見つけるのに俺がどれだけ苦労したことか!もうそれはそれは苦労し過ぎて俺もう寿命が縮んだかもしれなーい!」
「おい、それヒントになってないだろ。もっとちゃんとしたヒント出せよ」
粉末状のコーヒーを勢いよくマグカップに入れながら思わず少し声を荒らげた。
同時にピーーーッという騒がしい音と共に、お湯が沸いたことを主張してくるものだから、片手で乱暴に火を止める。
「ちょ、どうしてすぐキレるのー。ほんと短気なんだからもうー」
「悪かったな短気で。焦らされるのは好きじゃないんだよ」
「でもね、もうすぐ答えがわかると思うよ?」
「もういいよ。いいからもう早く答えを言って・・・」
ピンポーン。
喋り声とは別に不意に響き渡った音。こんな夜遅くに一体何の用だ。
「お、ナイスタイミングだねー!」
「何、もしかしてアンタからのプレゼント?」
「ほらほら、早くドア開けに行ってよー!」
「言われなくても開けるっつーの」
もしかしてドアを開けたら「じゃじゃーーん!プレゼントは俺だよ!」なんていうアホらしい展開が待ち受けていたりはしないだろうな。
・・・いや、コイツならやりかねない。
もしそうだったら一蹴りした後に閉め出そう、そうしよう。
そんな事を考えながら玄関に向かい、鍵を開けてガチャリと扉を開けた。
「はい。どちらさ、ま・・・」
今年も何事も無く過ぎ去っていくと思っていた。否、思い込んでいた。その瞬間までは。
目の前に広がったものは全く予想していなかったもので、私は息をする事さえ忘れてただただ目を見開く事しかできなかった。
そんな私を笑うかのように、耳元でアイツが機械越しに口を開く。
「メリークリスマス、紫呉。俺は君に、最高の再会をプレゼントするよ。」
どんな顔して蒼生はその言葉を告げているのだろう。それがどういう意味だか理解しているのだろうか。
色んな感情がぐるぐる身体中を駆け回って上手く思考回路が働かない。
なんで、どうして、
「初めまして」
そう言って少し緊張した面持ちで微笑むその笑顔は久しく見ていなかったもので、もう見れるはずも無いものであるはずなのに。
今この瞬間、彼女は私の目の前で微笑んでいる。
あの時と寸分変わらない姿で、声で、仕草で。
「なんで・・・ここに、いるんだよ」
不意に漏れた息は擦れた声となって空間を彷徨う。
弱々しく握り締められた携帯のディスプレイが、0時00分という文字を静かに浮かび上がらせていた。