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龍の横たわる地

拙者は《せっしゃ》は天照大御神さまに任務失敗を報告した。

「弁財天は五頭龍と名乗る龍族の男に守られており、あの場で戦えば地上に大きな悪影響を及ぼすのでひとまず撤退いたしました」

「毘沙門天。ご苦労であった」

大広間には拙者以外に2柱招かれていた。そのうちの1柱タケミカヅチは拙者を揶揄やゆする。

「臆病風に吹かれただけなんじゃねーの?毘沙門天のダンナよ?」

「なにを抜かすかッ!あんな若造本気を出せばひとひねりよッ!」

もう1柱スサノオは否定する。

「いや、龍は強い。しかも五頭龍となればまともに戦えば敗北は必至だ。1柱で戦ってはならぬ」

龍の強さは頭に多さで決まる。スサノオは五頭龍を非常に警戒している様子だ。

「スサノオのおっちゃん、昔、ヤマタノオロチを退治したじゃん?五頭龍はヤマタノオロチより格下だぜ?」

「ヤマタノオロチはあまりにも強く正攻法では勝てぬとすぐに悟った。酒をたらふく飲ませて酔い潰れているところを倒したのだ。同じ手は喰うまい」

「卑怯だね〜でも勝ちゃ官軍よ。3対1なら勝てそうかい?」

「勝機は薄いが、やるしかあるまい」

拙者は忘れていた地上で収集した情報を天照大御神さまに報告する。

「地上の神たちから苦情が出ております。弁財天に博打で負けた人間が盗みを働くなど悪事を重ねて治安が悪くなり、弁財天に運を吸い取られた人間が事件や事故に巻き込まれたり重い病気にかかり、絶望して命を絶っておると。かわいそうで見ておられぬ、と申しておりました」

天照大御神さまは非情な決断をくだす。

「戦闘による人間界の被害は仕方あるまい。天災だと思ってあきらめてもらおう。このまま弁財天を放置しておくほうが危険じゃ。あやつは運気支配の力で世界をかき乱し崩壊に導くかもしれぬ」

「どちらの国が勝つか戦争で博打をするやもしれぬからな」

「完全に邪神じゃん。堕ちたもんだねー」

「妹分をこの手で斬りとうはないが、しかたあるまい」

拙者はひざを叩く。

「それにしても弁財天め。いつのまに五頭龍などという龍神と契りを結んだのじゃ」

あんな凶悪なボディガードを即座に用意してのけるとは想定外だった。五頭龍さえいなければ非力な弁財天など縄で縛って簡単に連れ帰れたのだ。

天照大御神さまは弁財天と五龍のなりそめを語りはじめる。

「弁財天が五頭龍と知り合うたのは1500年前じゃ。わらわがキツネのお面を地上で買って来て欲しいとお使いに出したのじゃ。キツネのお面はお祭りの縁日で売られるが、その頃、弁財天が降り立った鎌倉では五頭龍が暴れ回っておった。とても祭りの開催できる状況ではない。

弁財天は祭りを再開させるために五頭龍を鎮めなけばならなくなったのじゃ」

天照大御神さまの語るおとぎ話にわれら3柱は耳を澄ませて聞き入る。

「昔々、鎌倉の深沢には森の中に大きな湖があり、五つの頭を持つ五頭龍と呼ばれる龍が住んでいた。五頭龍は、山を荒らしたり、洪水を起こしたり、田畑を荒らすような悪い龍で、村人は五頭龍に対し、人身御供として泣く泣く子供を差し出し暮らしておった。

ある日、五頭龍は10日間も地震を起こした。村人が困り果てているところに天から黄金の光と共に美しい天女が現れる。天女、弁財天は、空から石を降らせ、海の上に新し島を造り、そこに住んだ。

一方、五頭龍は弁財天の美しさに一目惚れ。即、会いに行き、求婚を申し出たものの、

「これまでの間、悪行で村人を苦しめ、幼き子の命を奪ってきた、そんなあなたと夫婦になることはできない」

と告げ、弁財天は島の洞窟へ戻った。

これにショックを受けた五頭龍は、翌日改めて島を訪れ、弁財天の前で改心を誓った。

弁財天は「村人のために尽くし、やがて村人からも愛される存在となれば結婚します」と伝えた。

五頭龍が鎮まったので祭りは再開され弁財天はわらわの言いつけ通りキツネのお面を買って帰った。それから1500年、弁財天は結婚の誓いを交わしたことをすっかり忘れておった。

いっぽう五頭龍は誓いに従い、村人に尽くし、やがて村人からも愛される存在となった。しかし、村人のために体力を使い果たした五頭龍の命はやがて尽き果て、最後に五頭龍は、「これからは山となってこの地を守りたい」と告げ、永遠の眠りについたそうな。

1500年ぶりに地上に降りた弁財天は五頭龍の存在を思い出し、おそらくは琵琶の演奏で眠りから覚ましたのじゃ。そして夫婦めおととなった」

天照大御神さまは語り終える。

「地上にお使いに出さなきゃこんな悲劇は起こんなかったのによぉ〜」

「こら、やめんかッ!」

「天照大御神さまに失礼だぞ」

拙者とスサノオはタケミカヅチを叱り飛ばす。

「わらわが若い神を地上に使いに出すのには理由がある。これは試練なのじゃ。霊性的な世界である高天原と違い物質世界であるあしはらのなかつ国は神の魂でさえも穢れてしまう。つねに心を清める祓いの精神が必要なのじゃ。邪心が芽生えたら何度でも祈り清める。それを学ぶためのお使いじゃ」

拙者はタケミカヅチを見やる。

「お使いを頼まれたのに地上で毎日宴会して帰って来なかった若い神もいたな」

「お使いを頼まれたのに地上の女神と結婚して帰ってこなかった若い神もいるぜ?」

タケミカヅチはとぼけた顔で唇を尖らせる。

「2柱ともワシが無事に連れ帰った。その若い神は地上の女神との間をいまも行き来しておるようだな」

拙者は赤面した。

「若気の至りは誰にでもある。恥じることはない」

「スサノオの旦那が言うと重みがあるね」

「まったくだな」

拙者たちは互いに笑みを浮かべる。

天照大御神さまは拙者たちにお辞儀した。

「頼む弁財天を無事連れ帰っておくれ」

生け取りにせよ、というお達しだ。

「御意ッ!」

拙者は勢いよく立ち上がる。同時にタケミカヅチとスサノオも立ち上がっていた。




参考文献 女神が創った信仰の島。江ノ島のネット記事

神奈川県に伝わる昔話・伝説を集めた「かながわのむかしばなし五十選」(神奈川県教育庁文化財保護課 編・著)の中から「天女と五頭竜」の本文を引用してます。



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