輪廻転生
毘沙門天を撃退した翌日、今度はスサノオとタケミカヅチを連れて毘沙門天が来訪した。
スサノオは草薙の剣、タケミカヅチは布都御魂という神剣を手にしている。
あちきは前日と同じくソファーに深く腰を沈めてかたわらの五頭龍に首をもたれさせていた。
テーブルをはさんであちきらは対峙する。
「天照大御神さまの命である。弁財天、きみを高天原に連れ帰る」
ヒゲモジャの武神スサノオはテーブルを片手で持ち上げ脇に置いた。
怖い顔であちきを見つめる。
「弁財天ちゃん。帰ろうぜ?高天原にもイケメンはいっぱいいるだろ?オレとかさ」
タケミカヅチはニカっと白い歯を見せて笑う。
「地上を焼け野原にしたくなければ大人しく着いて来い」
毘沙門天は人々の平穏な暮らしを人質に取り脅しをかけてくる。あちきの良心に期待しておるのじゃ。無駄なことじゃがな。
五頭龍は静かにつぶやく。
「弁財天は帰りたくないと言っている。力づくで来るなら俺が相手になろう」
「わかった。まずきみを倒そう」
スサノオは剣を構えた。
「龍退治と行こうか」
タケミカヅチも剣を構える。
「致し方あるまい」
毘沙門天は三叉戟を構えた。五頭龍は立ち上がってあちきに手をかざす。
「龍神結界」
あちきを包む円形のバリアが発生した。物理攻撃も呪いも効かぬ鉄壁の防御壁じゃ。かけられた者は牛歩に速さでしか動けなくなるのが難点じゃ。
「これで誰も手を出せぬ」
「あちきは歌でそなたを応援するぞ」
あちきはソファーに立てかけておいた琵琶を手にした。背後に控えているイケメンたちに声をかける。
「そなたらは遠くに逃げて隠れるのじゃ」
「かしこまりました」
イケメンたちはお辞儀して去っていく。
五頭龍は腰を少し沈めて拳法の構えを見せる。瞬間移動のような速さでスサノオの顔面を蹴り飛ばす。続いてタケミカヅチの顔面を右手で鷲掴みにして後頭部から床に叩きつけた。さらに正拳突きを毘沙門天の顔面にめり込ませる。スサノオは吹き飛ばされて壁に叩きつけれた。壁に亀裂が入る。タケミカヅチは床にめりこみ白目を剥いている。毘沙門天も吹き飛ばされて柱に叩きつけられた。柱にヒビが入る。一瞬の出来事だった。
「これが武神か。たいしたことないな」
「かっこよいぞ五頭龍♩さすがあちきの夫じゃ」
応援するまでもなかったのぉ。五頭龍は最強の龍神じゃ。
「さすがは龍神だな」
スサノオは立ち上がり斬りかかってくる。五頭龍は腕で受け止めた。人型でも硬化すれば龍の鱗の硬さじゃ。神剣でも歯が立つまい。タケミカヅチも立ち上がり五頭龍の首を斬ろうと試みる。五頭龍は人差し指一本で受け止めた。毘沙門天も立ち上がり腹を突いてくるが五頭龍は腹筋で三叉戟を受け止めた。
「かてぇ!」
タケミカヅチは五頭龍の頑丈さに驚愕する。五頭龍はパンチと蹴りで三柱をぶっ飛ばす。三柱は壁を突き抜けてビルの外に落下した。あちきは指示を出す。
「肉体を捨て霊体になるぞ。焼いてしまえ」
霊体を龍の炎で焼けば魂も消滅する。2度と復活できぬ。
「わかった」
五頭龍は壁に開いた穴から外に飛び出す。あちきは霊化して金斗運を呼んだ。外に出るとビルの屋上で龍の姿になった五頭龍が三柱と対峙していた。
五頭龍は5つの頭から炎を吐き出して三柱を焼き尽くそうとする。三柱は必死で炎をよけておる。
きゃつらの動きが精彩を欠いておるのには理由がある。あちきが三柱の運を吸い取り病弱の状態じゃからじゃ。頭痛、腹痛、発熱、咳、だるさ、関節の痛みなど重い風邪の症状が出ておるはずじゃ。
神の運量は膨大じゃから吸い取るのに時間がかかった。吸い取った運は五頭龍に与えたので五頭龍は絶好調のはずじゃ。
あちきは五頭龍の好きなロックな曲を琵琶でかき鳴らす。五頭龍はノリノリで暴れ回った。炎を吐き散らし、地震を起こし、雷を降らせ、嵐を呼ぶ。あたりは瓦礫の山と化し、大火が巻き起こった。
地獄のような光景じゃ。あちきのせいじゃないぞ。あちきを連れ帰ろうとした三柱と命を出した天照大御神のせいじゃ。
阿鼻叫喚を眺めながらるんるん気分で歌っていると毘沙門天が雷や炎をかわして五頭龍に近づき逆鱗に触れた。理性を失った五頭龍は怒って暴れ狂う。
なんのつもりじゃ?怒れる龍の強さに敵うものなど神界にもおらぬ。自分たちの首を絞めるだけの愚行じゃ。
あちきは龍の怒りを鎮める曲を奏でるつもりはないので高みの見物に徹する。
すると暗雲から光が差し込み嵐の中を恵比寿・大黒天・布袋・福禄寿・寿老人たちが天孫降臨した。
七福神たちは持ち前の運の力で炎や雷をかわし五頭龍に接近して触れた。
五頭龍の運がすさまじい勢いで吸われていく。運気吸収と放出は対象に直接触れてると段違いにスピードが速い。遠くから吸収や放出を行うと水道のホースが伸びている状態なので運気が運ばれるまで時間がかかる。直接触れてるとゼロ距離なので早いのじゃ。
「五頭龍よ!落ち着くじゃ!」
あちきは龍を鎮める曲を演奏しはじめたがもう遅い。
人型に戻れば対処できるのに怒りで我を忘れておる。
五頭龍に重い風邪のような症状が現れはじめた。逆に三柱の動きは活発になる。七福神は武神の三柱に幸運を付与している。弱体化した五頭龍は4つの首を切り落とされて地上に落下した。
あちきにかけられた龍神結界が解ける。あちきは落下する五頭龍を追った。地上でぐったりしている五頭龍を抱き抱える。三柱が近づいてくる。
「よくもあちきの夫を殺したなッ!」
「まだ息はある。きみたちを高天原に連行する」
焼けこげたスサノオは高天原の倉庫からしめ縄を召喚する。
あちきは三柱から運気を吸収するために手をかざした。体から力抜けて動けなくなる。寒くて体の震えが止まらない。重い風邪の症状だ。毘沙門天が手をかざしている。
振り返ると恵比寿・大黒天・布袋・福禄寿・寿老人が手をかざして並んでいた。七福神みんなであちきの運気を吸収しておる。これはもう勝ち目がない。観念して抵抗を止める。
こうして戦いは終わった。あちきと五頭龍は高天原に連れて行かれ裁判にかけられた。
裁判は高天原にある最も立派な神社で行われ八百万の神が集まって話し合われた。
3日後、天照大御神さまによる神判はくだされた。
あちきの屋敷にある裏庭の神社に茅の輪が作られる。チガヤという稲科の植物で編んだ大きな輪のことじゃ。地上ではこの輪をくぐり心身の穢れを祓い、半年間の無病息災を願うため神社に設置される。家内安全を願う行事でもある。
あちきの場合は輪廻の神事を行うために設置された。
神界で作られる茅の輪は魂の通るトンネルに続いていてこの輪をくぐれば穢れた魂は浄化されて人間の赤子に転生するのだ。生まれ変わりはあちきの自意識の消滅を意味する。
あれだけの惨劇を起こし魂の消滅ではなくて良かった。多くの神々から嘆願があり、処刑を免れたことは感謝せねばなるまい。あちきは縄で縛られて茅の輪の前で正座していた。
傍にいる天照大御神さまに尋ねる。
「五頭龍はどうなりました?」
「赤子の力に戻したわい」
天照大御神さまは5つの首を持つ小さな龍を抱えている。あちきに利用されてたいただけだから小さな罰で済んだようじゃ。あちきは微笑んで立ち上がる。
「もう2度と穢れぬ清らかで強靭な魂を持って再び高天原に帰って参ります」
「みんなで待っておるぞ」
境内には十六童子、七福神をはじめ親しくしていた神々が詰めかけている。茅の輪をくぐる直前でくるっと振り返る。
「みなのものさらばじゃ」
あちきは泣きながら笑みを浮かべて後ろに倒れ込んだ。茅の輪をくぐると暗い井戸の底に落下するような感覚を覚えた。あちきの意識は闇に消えた。




