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もう我慢の限界ですわ〜私は、ただの都合の良い婚約者ではありません――もう、二度と私に話しかけないでくださいませ

掲載日:2026/02/09


 あやかしと人間が共存する国、偉大なる神の使いとされている天帝が治める帝都。

 といっても、普通の近隣の王国制度を採用している国とあまり変わらない。


 爵位持ちの貴族が鬼人族であったり、龍人族であったり、それだけの違い。


 私、乙葉・ロゼッタは妖狸族の子爵家、一六才の普通の女の子。貴族の娘として生まれた私の生きる意味は――今よりも大きな貴族の家柄の子息と結婚して家を大きくすること。


 庶民は違うけど、貴族の令嬢の一般常識。私もそんな令嬢教育を受けて育ってきた。


 妖狸族の乙葉家は家族がとても多い。私は十人いる兄妹の中で下から三番目。そんな私には親が決めた婚約者様がいた。


『ロゼッタ、こちらが刹那・アイギス様だ。ロゼッタ、挨拶をしなさい――』


 妖狐族の伯爵家の次男、アイギス様――、初めて会ったのは8才の時。今でも覚えている。私たちは挨拶をした後、お茶会をする事になった。


 私は兄妹が多いせいか、周りの空気を読んで行動するのが癖になっていた。この時も、気まずい空気をどうにかしたいという気持ちがあったけど、空回りしていた。


『あ、あの、アイギス様のお好きなものは?』 

『ああ』


『……アイギス様はお休みの日は何をなされているのですか?』

『ああ』


『緑茶とコーヒーどちらがよろしいですか?』

『ああ』


 なんと『ああ』としか言葉を重ねなかった。あげく、私が緑茶を侍女にお願いすると、嫌そうな顔をして『コーヒーを頼む』と侍女に命令をしたのだ。


 私は我慢した。だって、彼も私もまだ8才。人として成長出来ていない。どこか上の空の彼に視線の先は――なぜか伯爵家に遊びに来ていた、猫族公爵令嬢のセリア様がいるのであった……。


 彼はセリア様が動くと、視線を動かす。セリア様が庭遊びで転びそうになると、立ち上がって駆け寄る。セリア様が笑っていると、彼も笑っていた。


 私はこの時思った。――流石に顔合わせの席でそれはおかしくない? ちょっとキモいわよ……。




 私たちが成長して、あやかし貴族学園高等部に入学してもそれは変わらなかった。


「きゃっ! アイギス様よ!」「今日も見目麗しいわ……」「アイギス様は一年生ながら学園最強の術師ですわ」「セリア様だって負けてないわよ」「本当にお似合いの二人ですわね……」


 アイギス様とセリア様は、学園にいる時は、二人は常にそばにいる。親から理由を聞いたことがあるけど……『アイギス様は、特殊な力を持っているセリア様を守るという大事な仕事があるんだ』と言われた。


 確かに仕事は重要だ。でも、ちょっと行き過ぎている感は否めない。実際、うちの両親もそれに気づいていながら、放置している感がある。


 神聖な猫族の御令嬢。婚約者は天帝の第二天帝子のサミエル様。サミエル様はできる天帝子であり、超有能人間だった。

 そんなサミエル様は今は王国へ留学中。


 ……アイギス様は高等部になってもセリア様のそばを離れない。やっぱりちょっと気持ち悪い。でも、私はアイギス様の婚約者だから我慢しないといけない。


 ……我慢か。


 私、ずっと我慢しかしていないわね。


 セリア様を見送って教室に戻ってきたアイギス様。私の席は隣。特に挨拶するわけでもなく――「今日の授業で使う術式の計算式のノートはあるか?」「はい、こちらですわ」「相変わらず便利な女だ」


 むかっとする物言いだけど、私は心を殺す。

 私はただの都合の良い便利屋だと思われている節がある。ノートだけじゃない。このノートを渡したらすぐに始まる授業の時、私はどうしたらいいの? ま、ノートは別に写してあるけど……。


 ありがとうの一言もない。それが普通だと思っている。悪気もない、でも好意も善意もない。


 ただ私に関心がないだけなんだ。


 先日の夜会も、突然一人で置いていかれて……他の令嬢の笑いものになった……。


 きっと、結婚してもこんな生活がずっと続くんだろうな、って思った。大きなため息を吐きたいけど、乙葉家の為に……私は結婚するしかないんだ。




 ***




 俺、刹那・アイギスは婚約者である乙葉・ロゼッタに甘えているという自覚があった。


 ロゼッタは妖狸族の天才だと思っている。俺は妖狐族でも更に特殊な『千里眼』という力を持っている。その力のせいで、聖女と名高い猫族の公爵令嬢セリアのお世話をしなければならなくなった。


 セリアと俺は親友だ。なんでも話せて、どこへ行くにも一緒だった。猫族としては普通の力しか持たないセリアは、ドジであった。

 だから、俺がずっと見る必要があった。なぜなら猫族の聖女は様々な勢力から狙われる。セリアに力がある無しなんて関係ない。


 俺は親友を守りたかった。幸い、セリアの婚約者である天帝子サミエル様はあと一ヶ月で王国の留学から帰ってくる。1ヶ月後は、セリアのことはサミエル様に任せて、俺はロゼッタとゆっくりと仲を育めばいい。


 そんな事を考えながら、俺は公爵家の――セリアの部屋でお茶を飲んでいた。セリアは俺の二つ上。ドジだけど、頭が良いセリアは貴族大学に通いたいらしい。その相談を受けながら、他愛もない雑談をしていた。


「後一ヶ月でサミエル様と再会できます〜」

「ああ、やっとだなセリア」


 俺達は二人っきりの時は敬語なんて使わない、だって親友だからだ。


「ふふっ、あなたはロゼッタさんとどうなんですか? 先日、二人で夜会へ行ってらしたのでしょう?」


「……あまりよく覚えていない。俺は……」


 あの時、セリアが別の場所で船上パーティーに出ていた。俺は自分の部下から、船上パーティーで怪しい一団がいることを聞いて、居てもたっても居られなくなった。


 妖狐族の精神波の救難信号を受け取り、俺は船上パーティーへと向かって……。


 ……まて、俺はロゼッタを置いていって……全然、覚えていない。

 背中から汗が流れる。


 子供の頃から張り詰めていた、俺の護衛任務が終わりを迎えようとしている。

 俺も周りを視る余裕が出来た。考える余裕が出来た。


 今日、こんな風に雑談をするのだって、心が軽いからできるんだ。


「……な、なあ、セリア……少し、相談していいか?」


「ええ、どうしたの? ふふ、ロゼッタさんと喧嘩でもしたの?」


「い、いや、喧嘩というか……、その、俺は――」


 俺は今までの自分とロゼッタの関係の事をできる限り客観的にセリアに話した。

 話しているうちにセリアの目がみるみる大きくなり、瞳孔が細くなっていき、全身の毛と尻尾が逆だっていた。


「………………はぁ、私がロゼッタだったら、この爪で喉を掻っ切っていたわよ。……もう、あなたは私にとって完璧超人だったから、恋愛も大丈夫だと思ったのに……。これ、どうするのよ」


「そ、そんなにか?」


「ええ、そんなにですよ! いつ、婚約破棄を言われてもおかしくないですわ! 私の大学の資料なんてどうでもいいわ。すぐに作戦会議するわよ」


「……あと一ヶ月待つのは駄目か?」


「あのね……、そんな事言ってるから駄目なのよ! ……ちょっとまって……ねえ、私、今、ロゼッタさんの事を水晶通信で調べていたけど……」


 公爵家保有の水晶通信端末。そこには全校生徒の詳しい資料が書かれてある。門外不出の猫族の聖女だけが持てる特別な魔道具。


 セリアがプルプルと震えていた。大事な魔道具を壊しそうなほどの力を込めて……。俺は逃げ出したくなった。



「ちょっとアイギス……、今日って、ロゼッタさんのお誕生日じゃないの……」


「ああ、それがどうした? 誕生日なんて気にしないぞ。それにプレゼントなら執事に渡しておいた。帝都の雑貨屋にかっこいい木剣が売っていたんだ! きっとあれならロゼッタも喜――」



 その瞬間、セリアの悲鳴が屋敷中に木霊した……。




 ***




 涙なんてとうに枯れ果てていたのかもしれない。


 私は、龍をかたちどった木剣を手に持ったまま、自室で立ち尽くしていた。


 執事が顔を引きつらせながらこの木剣を持ってきた。……ははっ、これが誕生日プレゼント? 


 ……流石に、乾いた笑いしかでないわよ。


 私がどんくさい妖狸族だからって馬鹿にしてるのですか?


 私、本当に、アイギス様にとってただの便利屋だったんですね。


「……もう限界。やめよう、全部やめよう。わたし、好きに生きるわ」


 アイギス様の為に、という行為が皮肉にも自分の能力を高めてくれた。

 本当に色々なことをした。全ては婚約者であるアイギス様のためだった。無難な結婚生活を送るための儀式でもあった。


 好きなお菓子づくりに没頭するのもいい。

 諸国へ留学するのもいい。

 冒険者になってダンジョンに潜るのもいい。

 別の恋を探すのもいい。


 私、自由になるわ―― 


 私は木剣を両手で持ち――大きく振り上げ――膝蹴りをして叩き割った――


 ボンッという大きな音が自分の部屋に響く。

 隣の部屋にいた妹の足音が聞こえた。



「お、お姉様、どうしまし――ひっ!?」


「寝てなさい、私は少し片付けていますわ」


 私の形相を見て慌てて逃げる妹。私は大きく深呼吸をして、木剣のクズを片付けながら今後の計画を練るのであった。




 ***




「おい、あれってロゼッタ様?」

「うわぁ、昨日まで地味地味だったのに、どうしたんだろう?」

「髪がすごく綺麗ですね……。話しかけてもいいのかしら?」

「あれだろ、子息が話しかけると、『あいつ』に裏に呼ばれるんだろ?」

「今までの地味な格好って『あいつ』の好みのためって聞いたことあるよ」

「というより、今日のロゼッタ様、本当に綺麗……」

「あら、アイギス様が来ましたわよ。この時間は珍しいですわ。……お顔が引っかき傷だらけですわ」


 朝の教室、俺は緊張で吐きそうだった。

 いつもならセリアと教室で学園の大半の時間を過ごす。だが、セリアは――「あなたはいま動かないと一生後悔しますわ! ロゼッタさんのことは嫌いじゃないんでしょ!」と言われ叩き出された。


 ロゼッタのことは嫌いじゃない。ああ、そうだ、ちゃんと婚約者としての愛着というものを持っている。


 でも、俺は貴族だ。愛なんて知らない、愛が無くても結婚しろと言われた。


 愛がないなんて普通だと思っていた。

 それに、結婚したら、どうせ仕事でロゼッタに構ってやれなくなる、今のうちにそれに慣れされておく必要がある。


 女性は子供を生んで、旦那の身の回りの世話をして――っとセリアに言ったら顔を引っかかれて、猫魔術で殺されそうになった……。


 解せん……。


 とにかく、ロゼッタに謝ろう。どれが理由かわからないけど、『とりあえず』謝ろう。

 そう思って、俺はセリアが用意した花束を……こんな花束なんてもらっても嬉しいのか? やっぱり龍の木彫りの方が――


 教室の扉を開けて、視線を彷徨わせる――

 ロゼッタの席には知らない人がいた。俺は少しムカッとした。俺の婚約者の席に座るなんていい度胸だ。

 セリアの護衛でもあるこの俺が――


「――っ!?!?!?!?」


 声が出なかった。とんでもなく美しい女性がいた。俺はその人を知っている。本当は綺麗だから、他の子息どもが騒ぎ立てないように地味な格好をしてくれ、と『お願い』をした。


 美しい姿に戻ってしまったロゼッタが席に座っていた。

 俺はロゼッタを見て固まっていた。


 自分の心臓の音だけが聞こえる――


 熱い、胸が熱い。なんだ、この湧き上がる気持ちは? 


 も、もしかして――これが「恋」というものなのか?


 俺は震える声で、ロゼッタに伝えようとした。


「ロゼッタ、き、昨日は誕生日なのに会えなくてすまなかった。この花束を受け取ってくれ」


 ロゼッタは何も言わずに花束を受け取ってくれた。

 俺は心底ほっとした。これで今まで通りだ。……うん、セリアの言ってた通りだ。恋っていうものは素敵なんだな。


 俺はロゼッタの目を見て――え?

 そこには何も感情がなかった。まるで、俺を認識していないかのような瞳だった。


「ありがとうございますアイギス様。……お花には罪がないですわ。……誰か、これを教室に飾ってくださいな」


 平坦な声色、俺はどんな恫喝よりもそれが怖いと感じた。

 嫌な汗が背中に流れる。これは、俺が強敵に襲われそうになった時と同じ気配だ。


「ロゼッタ、昨日の会えなかった埋め合わせで、今夜レストランに行かないか?」


 ロゼッタが微笑む。目が笑っていない。



「……あら申し訳ございません。今日は用事がありますわ」


「な、なら明日は!」


 ロゼッタがため息を吐いた。それだけで俺は膝を付きそうなほどのダメージを受ける。




「はぁ、明日も用事がございますわ。――私は、ただの都合の良い婚約者ではありません……。もう、二度と私に話しかけないでくださいませ」




 ロゼッタは怒っていない、怒鳴っていない、冷たくもない、ただ、ただ、平坦でなんの感情も籠っていない言葉で俺に言い放った。


 その言葉が俺に胸に深く深く刺さる――


 俺はこの時、セリアが言っていた言葉を全て受け取る事ができた。


 俺は過ちを犯したんだ。



 自分がロゼッタが好きだと気づいた時――もう遅かったんだ……。



 俺はどうしていいかわからず、クラスメイトがいる教室の中で――涙をこぼしていた――








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「バカね、余命のせいで私を振ったあなたは……」


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