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贄月と桜の契り~稀血の彼女は神使の旦那に溺愛される~  作者: 嘉神かろ


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第6話 夢うつつ


「そ、それより、さっきの姿が本当の姿ですか?」


 慌てて一歩離れながら聞く。話を逸らしたいだけではなく、純粋に気になった事でもあった。


「ああ。だがあの姿は色々と不便でな。普段はこの姿をとっている」


 話を逸らせたことには、こっそりと胸を撫でおろす。ついでに小さく深呼吸をして、次の問いを投げかけた。

 

「じゃあ、その木面も面ではなくて……」

「これが私の顔だな」


 道理で、というのが美乃梨の感想だった。人ならざるモノならばなんでも有りだとしても、浮かぶ表情が豊かすぎるように感じていたのだ。木面のように見えるだけだというのなら、納得だ。


「それじゃあ、仮面をとった時の顔は?」

「この顔か」


 桜真が木面を外して見せると、まつ毛の長い、整った顔立ちが現れる。涼し気な目元に濃い桜色の瞳が収まったその顔は、町を歩けば十人が十人振り返ってもおかしくないだろう美貌だ。それは、月の柔らかな光に照らされて一層引き立つ。


「これは人の世に紛れねばならぬ時に使う姿だ。君に、怯えられたくなかったのだ」


 少し恥ずかし気に桜真は目を伏せた。やはり狼面よりも表情は分かりやすいが、美乃梨にはこちらの方が見慣れない気がして首を捻る。


「君は、こちらの方が良いだろうか? ならば君の前ではこの姿で過ごすのだが……」

「あ、いえ、狼の方で大丈夫です! そっちの方が可愛いし」

「可愛い……?」


 美乃梨は口を押えて首を振る。彼女は犬派だった。しかしそんな事を言う訳にもいかないので、その妙な既視感をいったん頭の片隅に追いやって次の話題を探す。


「あっ、時神(ときがみ)様、そろそろ帰えられてるんじゃないですか?」

「ああ、もうそんなに時間が経っていたか。……ちょうど知らせも来たな」


 桜真の見上げた方へ美乃梨も視線をやると、月を背景にして何かが近づいてくるのが分かった。美乃梨の視力ではまだ判別できないが、それは白い紙で折られた小鳥だった。

 然程待たない間にやって来たその小鳥は桜真の手の上に落ち着くと、ひとりでに開く。内側には、筆でしたためられた言伝があった。


 美乃梨は手紙を読む桜真の横顔を眺めながら、どうして彼はここまで自分を守ろうとしてくれるのか、好意らしきものを向けてくれるのかを考えていた。

 つい一時間と少し前に出会ったばかりの小娘を、人ならざるモノたちの中でも特別な存在が気にかけてくれる理由。何があろうと自分がどうにかすると言わせる理由。いくら考えても、そんなものは思い浮かばない。ましてや美乃梨の名を知っていた理由なんて、思い浮かぶはずがない。

 

 何より不思議だったのは、その好意を当然のように受け入れている自分だった。まるで、ずっとその思いを受けていたような、奇妙な感覚だった。


 その答えもいつかは分かるのだろうか、などと思いながら、美乃梨は桜真が手紙を読み終わるのを待った。


 二十分少々が経った頃、美乃梨は一人畳張りの殺風景な部屋で座布団の上に座っていた。柄の無い、しかし質の良さそうな(ふすま)と障子で閉じられたその部屋は、雪洞(ぼんぼり)で薄く照らされていて、美乃梨の眠気を誘う。落ち着きを覚えさせるイ草の香りも、今日一日の疲れを自覚させるものだ。そこは時神の住まう屋敷の一室で、客を待機させるための部屋の一つだった。


 しばらく前に桜真が出て行って以来、美乃梨は眠気と戦いながら彼の帰りを待っていた。今ごろ彼は、主人たる時神に美乃梨を匿う許可をもらえるよう伺いを立てていることだろう。

 しかし時刻は日付の変わる頃。堕霊(だりよう)に追われ、慣れぬ世界を歩き回って、果てはあやかしものに食われそうになった後ということも有り、彼女の意識は限界を迎えつつあった。


 特に雪洞の明りがいけない。ゆらゆら揺れる影に合わせて、美乃梨の頭もこっくりこっくりと揺れ始めた。

 ふと気が付くと、美乃梨はいつも逃げ込む神社にいた。馴染みの境内には朗らかな日が差し込んでいて、春の陽気が心地よい。


 美乃梨はそこで巫女服に身を包み、石畳に乗った砂利を竹ぼうきで払う。彼女に巫女のバイトをした記憶はなかったが、夢の中の手つきは手慣れたものだった。


「美乃梨」


 不意に聞こえた声に、美乃梨が振り返る。そこには木面姿の桜真がいて、彼女へ微笑みかけていた。


「桜真、今日はもう終わり?」

「ああ。昼はどうする?」


 二人は不思議なほどに親し気だった。

 それが夢だということは、美乃梨にもすぐ分かった。しかし、夢であるはずなのに、現実に体験したことのような気もした。

 夢を見ている美乃梨自身、桜真がそこにいて当たり前のような錯覚がして、自分がそこにいて当然のようにも思えて。

 そんな彼女の右手の甲に、目の形の痣は無い。


「――」


 この夢をずっと見ていたい。そんな風に願っていると、どこからともなく声が聞こえた。


「美――」


 深い水の底で呼びかけられているような、はっきりしない声。

 その声は彼女の名前を呼んでいるようだった。

 誰? と問おうとすると、夢の景色は霞んでいく。

 美乃梨はそれが、酷く惜しいことのような気がした。


「美乃梨」


 ハッと目を開いて顔を上げる。すぐ眼前には狼の木面があった。


「桜、真……?」


 寝惚けてぼんやりとする思考のまま美乃梨は、鮮明になりきらない視界を周囲へ向ける。見えたのは明るい神社の境内ではなく、薄暗い和室の中だった。


「あ、えっと、すみません。私寝ちゃってたみたいで」


 あまりに生々しい夢の直後で、何となく彼との距離感を掴みかねていた。


「仕方あるまい」


 美乃梨は目を擦りながら座り直して、桜真に向き直る。彼も彼女と向き合う位置で正座した。彼の纏う空気は、ここへ来たときとはまるで違っていた。

 その重苦しい雰囲気を見て、美乃梨は察してしまった。


「ダメ、だったんですか?」

「……ああ」


 絞りだした声だった。申し訳なさそうで、己の不甲斐なさを悔いるようで、その姿を見ていると、美乃梨の胸は不思議なほどに痛んだ。


「例え神の稀血と言えど、人間を神域に留めることは為らないと仰られた。……すまない、私に、もっと力があれば」


 堕霊(だりよう)は、元神だ。力はそのままに、神の座から堕ちた存在だ。神とそれ以外とでは、その力に大きすぎる隔たりがある。神の中でも高い地位にある時神ならばまだしも、せいぜいで土地神レベルでしかない桜真では、堕霊を寄せ付けない程の見せ札には成れなかった。


 いや、神ならざる身で土地神ほどの力を持つ桜真は規格外ではあるのだ。しかし、元神たる堕霊が強すぎた。元は名のある神だったのだろうと分かる程度には、強すぎた。


 このまま美乃梨が人の世に戻ったならば、その堕霊につけ狙われることになる。桜真も立場がある故に、外の世界にいる彼女の傍にずっと侍ることは叶わない。我が儘を言うには、彼の力も、立場も、強すぎた。


 全ては知らずとも、美乃梨はその辺りを察せるだけの聡明さを持ち合わせている。故に己が身の可愛さで、彼を困らせるつもりは一切なかった。



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