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贄月と桜の契り~稀血の彼女は神使の旦那に溺愛される~  作者: 嘉神かろ


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第4話 類稀なる


 祭り会場に滞在したのはほんの十五分ほどだった。しかし美乃梨の手にはいくつもの袋がぶら下がっており、桜真共々、妙に大荷物だ。これほどに買い込むつもりはなかったのだが、いずれの屋台でも桜真への心付けがあって想定以上に増えてしまったのだ。


「少し貰いすぎてしまったな」

「そうですね。……えっと、食べます?」

「ああ」


 体型のわりにはよく食べる彼女でも、流石にこの量は厳しい。桜真に渡されたものなのだからきっと食べられるのだろうとした提案は、思った以上にあっさりと受け入れられた。

 ごく自然で、家族、特に祖母とも何度もしたやりとり。それを人ではない存在としていることに美乃梨は、不可思議な心地を覚える。と同時に、既視感のような、郷愁のような、正体の分からない感覚も抱いていた。

 

 閑静な住宅街の中、二人は串焼きや菓子の類いをつまみながら元々の目的地を目指す。その公園に近づくほどに賑やかな気配は減り、気がつけば月光の静かな光にばかり照らされていた。木造の家屋が並ぶそこには人ならざるモノ達の姿はなく、色の殆ど見えないほどに暗い。それでも恐怖を感じない程度には美乃梨の体は祭りで火照っていた。その体を、心地よい夜風が撫でる。


「緊張は解れたようだな」

「はい、ありがとうございます。この為に案内してくださったんですね」

「それもあるが、君が私の庇護下にあると見せたかった」


 美乃梨は桜真の顔をちらりと見る。しかし木面の上からでは、その感情を読み取れない。ただ、思っている以上に、桜真は自分を守ってくれようとしているのかもしれないと感じていた。

 ――もう少し、この人を頼ってもいいのかもしれない。


 公園の入り口らしい二本の石柱の間を抜けながら、少しだけ、桜真に寄る。無意識の行動ではあったが、美乃梨はその場所に何とも言えない心地良さを感じた。


「この先に休憩用の四阿(あずまや)がある。机もあるから、落ち着いて食べられるだろう」

「ありがとうございます。……あの、いくつか聞いても良いですか?」

「私に答えられることならな」

 

 聞きたいことは色々とあった。元々好奇心の強い方だ。それを抑えて、今聞くべきこと、聞いて大丈夫そうなことを吟味する。


「えっと、じゃあ、神域ってなんですか?」


 答えやすそうなところから、と思っての質問だった。


「神域とは、その(あるじ)たる神の力が直接及ぶ領域のことを言う。多くは人の世に存在しているが、力ある神ならばここのような異界を作っている場合が殆どだ。人間が死後の世界と呼ぶのも、そうした異界の一つだな」


 美乃梨はかつて自分が連れ去られかけた先もそうであったのだろうかと、頭の片隅で考える。そうであるなら、自分は神にすら狙われるのかと、恐ろしくなった。

 心を落ち着かせようと人形焼きを食べようとして、右手の痣が目に入る。


「それじゃあ、あの化物、堕霊(だりよう)っていうのは……?」

「堕霊はかつて神であったが、なんらかの理由でその座から堕ちた存在だ。神としての力を持ったままにな」

「あれが、元神……」


 美乃梨の脳裏に浮かんだのは、禍々しい二つの赤。後ろ足の無い蜥蜴を模ったヘドロの塊が神だった存在だと言われても、ピンとこなかった。そして、そんな存在に狙われていることも。


「そんな存在に狙われる稀血って、なんなんですか? どうして私は、あんなのに狙われないといけないんですか?」


 声が震える。道の真ん中で立ち止まってしまった彼女へ、桜真は静かに口を開いた。


「稀血とは、人ならざるモノの血が混ざった存在を言う。人でも獣でも関係ない。その多くはあやかしや精霊の血を受けた者だが、何にせよ、力ある血を弱き者が持っていることになる」


 桜真はそこで一旦言葉を区切ると、ゆっくりと歩き始めた。慌てて美乃梨も後を追う。その手は再び彼の袖へかけられていた。


「食らえば、血に宿る力を殆ど苦労せずに取り込める。そうなれば、弱きあやかしや悪霊の類、一部の神は嬉々として狙うだろう。仮にそれが、神の力を宿すものであるならば、猶更だ」

「……私に混ざってるのは、神の血、なんですか?」

「そうだ。それも、かなり力の強い神のものだ。普通ならばまともに生きることすらできなくなる程にな」


 そんな物はいらなかった、と叫びたかった。普通に生きたかった、と叫びたかった。溢れそうになる慟哭、激情。それをどうにか堪えると、続けて嫌な考えが頭をよぎる。美乃梨は桜真の袖から手を放して、恐る恐る、人ならざる彼を見た。


「案ずるな、と言っても信じられぬかもしれぬ。それでも、どうか信じて欲しい」


 振り返った桜真の木面には、苦しげな表情が刻まれていた。木で出来ているはずの狼の顔が僅かに歪められて、月明りに照らされる。


「……私の(あるじ)は、人間が好きだ。神の中でも相当に強い力をお持ちでもある。その主様(ぬしさま)を、私は悲しませたくない。それに、何より……」


 その先を、桜真は口にしない。ただ美乃梨は、それが一番大切で、一番信じられる理由な気がした。

 同時に、今彼はそれをどうあっても言わないだろうという確信めいた予感もしていた。


「……分かりました。信じます。あなたを、時神(ときがみ)様を。何度も助けてもらいましたしね」


 美乃梨は空の月に負けないくらいの笑みを浮かべる。思い返せば、彼女があの神社に駆け込むたびに、彼らは美乃梨を助けてくれていたのだから。


「怖い場合もあるってことは分かりましたけど、少なくとも、あなたといる間は楽しくやっていけそうです」


 美乃梨は少し足を早めて彼の横に並ぶ。きっとその強がりを桜真は見透かしていただろう。それでも彼はほっと息を吐いて、胸の前で袖の内に両手を入れた。



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