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贄月と桜の契り~稀血の彼女は神使の旦那に溺愛される~  作者: 嘉神かろ


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第28話 月夜に舞うはひと欠けの桜


 山の木々が赤く色づく季節になった。数日前に秋雨前線が到来してから天気の悪い日が続いており、今も講堂の窓を細かな雨が濡らしている。


「このようにアインシュタインは特殊相対性理論において――」


 美乃梨は物理学の担当教授が前で話しているのを聞き流しながら、窓の外を眺める。先日、雨雲の帯が美乃梨の住む地域に到達する前に、彼女は二十一歳を迎えた。


 と言っても彼女自身、誕生日のことは忘れていて、海外の両親からおめでとうのメッセージが来るまで気が付いていなかったくらいだ。誕生日会やそれに類いするイベントが行われるはずもなく、大学の帰りに少し良いケーキを買って帰った程度で終わった。


 彼女の両親が海外赴任してからは例年のことだ。もう特に寂しさを感じることもない、筈であったが、今年ばかりは何故か無性に寂しさを感じて、美乃梨は実家でホームシックになってしまったのかと疑った。


 ふと窓の外を見ると、構内の木々のいくつかも赤や黄色に衣替えをしていて、時の流れの速さを感じる。夏休みのサークル旅行では特に物思いに浸るような感動はなかったというのに、日常の中ではそれを感じられた。

 ――あ、今日サークルあるんだった。面倒だなぁ。どうしよう……。


 負けた気になるからというだけで続けてきたサークルであったが、既にどうでもよくなりつつあった。しかし、間もなく引退の時期でもある。どうせなら最後まで活動に参加して、堂々と去りたいような気もしていた。

 ――就活もあるし、もう良いと言えば良いんだけど……。


 新入生とはやはり表面上の関係を築くに留まった。就職をした後もこれが続くのだろうかと、美乃梨は暗澹(あんたん)たる気持ちになる。せめて友香の目に人ならざるモノたちが映れば違ったのだが、そうする術は無い。仮にあったとしても、彼女まで危険にさらしてしまう可能性を考えたら、美乃梨は敢えて同じ世界を見ることを望まない。望みたくない。


 このまま、これから先何十年と孤独を感じながら生きることになるのだとしたら、それは何となく不幸なことのように感じて机に伏せたくなった。


 隔世遺伝だったのか、家族の内でも人ならざるモノ達が見えるのは彼女と彼女の祖母だけで、その祖母も何年か前に他界していた。


「従って時間移動、所謂タイムスリップやタイムリープは――」


 美乃梨が今日の空模様を写したようなテンションにある中でも、教授は一定の調子で話し続けている。淡々と並べられる言葉は、だんだんと美乃梨の眠気を誘った。あまり集中して聞いていなかったのが災いしたのか、月曜日の四限という夕方を目前とした時間だからなのか、ともかく美乃梨は大きな欠伸をかみ殺さなければいけなかった。

 ――このまま寝たら、夢で何か思い出せたりするのかな……?


 無意識に眼前へ運んでしまった左手を見て、美乃梨は考える。半年前に思いだしかけた何かのことだ。

 あれからずっと見たものを思いだそうとしていた美乃梨だったが、けっきょく思いだせていない。桜に関わる何かだったような気はしても、そこから先に進まなかった。


 それ以外にも彼女には気になることがあった。誕生日の日以降、どうにも左手に違和感を感じて仕方がないのだ。

 

 その前から右手が変な気もしていたが、それ以上に左手が気になる。何か大切なものが足りていないように思えた。指に何も付いていないのが悲しいことのように思われて、彼女はとりあえずと中指にシルバーの指輪を付けた。


 後で友香から好きな人でも出来たのかと聞かれた時は、不思議と否定することができなくて、ますます疑問は深まった。


 その日の最後の講義を終え、美乃梨は家までの道を歩いていた。久方ぶりに雨が止んでいて、傘はただの錘と化している。時守神社の辺りまで来る頃には雲間も見え始めていた。その隙間からはまだ何も見えないが、徐々に広がっているようにも思える。

 ――そういえば、けっきょく時守神社にお参りしてなかった。晴れて来たし、ちょっと寄って行こうかな。


 ふと思いだして、美乃梨は通り過ぎるつもりだった角を曲がる。上空の風が強いのか、雲がどんどん流されて月の光が地上に広がり始めていた。

 少し長い石段を上る間にも神社の周辺はみるみる明るくなって、鳥居に差し掛かる頃には明りが必要ない程になる。


 ――やっぱり落ち着くなあ、ここ。

 美乃梨は柔らかく頬を上げ、境内を見回した。

 砂利の敷き詰められた中に石畳が敷かれており、それなりに広い境内の各所に伸びている。見慣れたそこは彼女が幼いころに何度も(かよ)った神社だ。案内を見ずともどこに何があるかは分かる。もっと言えば、祭りの時にどこに何の屋台が出るかまで概ね把握していた。


 彼女は石畳の端を通って手水舎(ちようずや)に行き、手を清めてから本殿へ向かう。本殿の左右は塀に囲まれていて、境内から塀の内へ入る唯一の入り口は『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた看板で閉じられていた。


 本殿の前まで来ると、いつものように本殿の賽銭箱に小銭を投げ込んで柏手(かしわで)を打ち、手を合わせる。

 ――ご無沙汰してます。巫月(ふづき)美乃梨です。挨拶に参り……うん?


 不意に感じたのは、桜の香りだった。

 この神社に桜なんて無かったはずだと美乃梨が目を開けると、どこからか飛んできた桜色の花びらが風に煽られて宙に舞う。それはひらひら(ひるがえ)りながら美乃梨の目の前に降りてきた。


 美乃梨は思わず両手を差し出して、桜の花びらを受け止める。小さな花びらが手の平に触れた、その瞬間、彼女の脳裏を巡ったのは半年分の幸せだ。恐怖さえも幸福に塗りつぶされた大切な記憶が走馬灯のように流れて、再び彼女の心に刻まれる。

 

 掛け替えのない友人たちとの日々が蘇ったのだ。そして、美乃梨の誰よりも大切で、誰よりも彼女を大切に思ってくれる相手の存在も。


 三月に化物から護ってくれた狩衣の背中、声を掛けてくれたろくろ首の女性、再び妖から護ってくれた狼、結婚を申し込む自分、魔法のような技を教えてくれた彼、元気に手を振る精霊の女の子、最愛の人と見た桜、誕生日を祝ってくれる友人たち。


 溢れた記憶に、美乃梨の瞳から一筋の雨が零れた。既に雲は晴れ、月が煌々と境内を照らしているというのに、彼女の足元はますます濡れる。

 時神への参拝中であることも忘れて、美乃梨はしゃがみこんだ。



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