第六十六小節 ~砂の花びら~
中立国家キラフ共和国。そこは、周辺の強国とは一線を画す、多様性と自由を重んじる国であった。
数多くの人種、そして人間とは異なる特徴を持つ獣人たちが、互いの文化を尊重しながら手を取り合い、共存している。
この国は、各地に点在する自治区が独自の法や風習を持ちながらも、賢明なる頭首マーシャリエが率いる中央区に連立する形で成り立っている、まさに「連邦制」の理想を体現したような国家だった。
中央区には、この大陸で広く信仰されているアルカスル教の総本山が鎮座しており、巡礼者や観光客で一年中、祭りのような賑わいを見せている。
また、この国は地理的にも交易の要所に位置しており、工業、商業、大規模な酪農など、各地方の特産業がひしめき合っていた。街道を行き交う馬車の群れ、空を飛ぶ輸送用の翼竜、そして最新の魔導技術を駆使した交易路。キラフは、常に活気と熱気に包まれた、眩いばかりの国家であった。
ルヴェンとエルミナの二人は、あの夜の誓いを胸に抱いたまま、航路を経て港町レサンに降り立った。
船を下りた瞬間に感じたのは、ビルデンやフェルダイとは明らかに違う、多種多様な言葉が飛び交う喧騒だ。2人は、ここを新しい人生の出発点に決めた。まずは、自分たちのような余所者でも受け入れてくれ、なおかつ静かに暮らせる自治区がないか、情報を集めることにした。
南に位置するフェルダイ帝国からも程近いこのレサンでは、公用語の他にフェルダイ語が広く通用していた。エルミナにとっては聞き馴染みのある母国語であり、ルヴェンにとっても、これまで何度も偽装のために使ってきた言語だ。おかげで、情報収集は驚くほどスムーズに進んだ。
午前中の陽光が石畳を白く照らす頃、一通りの聞き込みを終えた2人は、少し休憩しようと港の防波堤に腰を下ろす。
頭上には雲一つない青空が広がり、太陽は彼らを祝福するかのように優しく照らしつけている。少し動けば汗ばむほどの陽気だが、海から吹き上げる潮風が、火照った肌を心地よく撫でていった。
「ねぇルヴェン。街の人たちの話だと、ここからずっと東に行った所に、ちょうどいい場所があるらしいよ?」
エルミナは、先ほど朝のパン屋で購入したばかりの、まだ温かいパンを頬張りながら楽しげに言った。香ばしい小麦の香りが鼻をくすぐる。
「はいはい、エル。ちゃんと飲み込んでから話しなよ。口の周りに粉がついてる、だらしないなぁ」
ルヴェンは苦笑しながら、手持ちのハンカチで彼女の頬を優しく拭ってやった。
呆れ顔を見せつつも、その瞳には隠しきれない愛情が滲んでいる。
「とにかく、その地区では素性は一切問われないそうだしね。今の僕たちには、それが一番の条件だ。あえて『フェルダイから流れてきた夫婦』として、一般市民に紛れて住んでみようか」
ルヴェンは、頭の中で手に入れた情報を整理していた。
数羽の海鳥が2人の頭上を悠々と掠め、背後からは街の自警団が訓練に励む景気のいい掛け声が響いてくる。
平和で、それでいて力強い、キラフの日常。その中に自分たちが居場所を見つけようとしていることに、ルヴェンは不思議な感慨を覚えていた。
聞き出した目的地は、この港町から魔動列車に揺られて2日間ほどの距離にあるという。
キラフとフェルダイの国境線に並行するように進んだ先にある、荒野の炭鉱町だ。
大陸の中腹、乾燥した大地に位置するその町は、国境が近いこともあってフェルダイ語が完全に定着しているらしい。
その町の特徴は、何よりも「寛容さ」にある。
住む人々の過去や素性は関係ない。働いて、しかるべき税金を納める意志があるならば、役所すらも何も問わない。
それは言い換えれば、各地から逃げ延びてきた「訳あり」の人々の終着駅であることも意味していた。
当然、治安は他の都市に比べれば少しばかり悪いらしい。だが、数々の死線を潜り抜けてきた2人にしてみれば、過剰な干渉を受けるよりは、自分たちの腕で身を守りながら静かに過ごす方が、遥かに理想的だった。
噂によれば、そこには独自の自警団が存在するが、国外からの法的制裁や追っ手に対しても、ある程度の「黙認」や「盾」になってくれることがあるという。まさに、彼らが求めていた隠れ里のような場所だ。
2人は眩しい青空の下、活気に満ちた商店街で数日分の保存食や旅支度を整えると、駅へと向かった。
エルミナは心なしか上機嫌で、鼻歌を歌いながら軽くステップを踏んでいる。その軽やかな背中を見つめながら、ルヴェンは愛おしさと共に、これから始まる新生活への不安、そしてそれを上回るほどの期待を胸いっぱいに膨らませていた。
「エル、町に着いたら色々忙しくなるね。まずは住むところを決めて、それから僕も仕事を見つけなきゃいけないし」
ルヴェンが声をかけると、彼女はくるりと振り返った。
「ん、そうだね。それと……えへへ」
満面の笑みを浮かべたエルミナだったが、その言葉の末尾には意味深な沈黙が混じっていた。彼女は少し意地悪そうに、だが幸せそうにルヴェンを見つめる。
「……そうだね。もう一つ、しなきゃならないことがあったね」
ルヴェンも微笑み、彼女の視線を真っ直ぐに受け止める。2人の絡み合う視線は、言葉以上の誓いを交わし、まるで見えない手で固く握り合っているかのようだった。
ーールヴェンとエルミナの2人は、最新鋭の魔動列車に乗り込み、ひたすら東を目指していた。
フェルダイ帝国からキラフ全域に渡って網の目のように伸びるこの鉄道網は、乗っていれば世界のどこへでも行けるのではないかと思わせるほどの壮大さだ。
エルミナはフェルダイ出身ということもあり、何度か列車に乗った経験があったが、ビルデン出身のルヴェンにとっては、すべてが新鮮な驚きに満ちていた。ビルデンでは蒸気機関車が主流であり、魔動列車は文献の中でしか知らない存在だったのだ。
……かつて、フェルダイでの逃避行では、ルヴェンは「異端者」だったので、魔動列車には乗れなかった。
なので駅のホームで、魔動機を積んだ先頭車両を目の当たりにした時、ルヴェンは子供のように心を躍らせた。
蒸気機関車といえば、巨大な煙突をシンボルとし、石炭を焚くための巨大な釜を搭載した、ゴツゴツとした力強いイメージだ。しかし、この魔動列車は釜も煙突も必要としない。洗練された金属の光沢を放ち、風を切り裂くような見事な流線型をしていた。その姿は、まるで大地を駆ける銀色の矢のようだ。
他のホームは、華やかなドレスに身を包んだ貴族や、大荷物を抱えた商談帰りの商人、賑やかな団体旅行客などで溢れ返っていた。しかし、2人が乗る「東の鉱山地帯」へと向かう列車のホームだけは、どこか寂しげな雰囲気が漂っていた。
列車を待つ人々も、皆どこか影のある表情をしており、着古した服を纏って黙々と足元を見つめている。これから未開の地、過酷な労働が待つ土地へと向かう者たちの、特有の重苦しさだ。
客車の中も、驚くほど閑散としていた。全部で5両編成の車両だったが、ルヴェンたちが陣取った車両には、他に乗客の姿はない。
窓の外を流れる景色は、最初は瑞々しい緑に溢れていた。豊饒な大地、美しい川の流れ、時折見える平穏な農村。そんな景色を眺めながら、ルヴェンは隣で心地よさそうに寝息を立てるエルミナの手を、壊れ物を扱うようにそっと握りしめた。
(僕は今、何を思っているんだろう……)
彼の蒼い瞳は、流れる緑と、吸い込まれるような大空の青を何度も行き来していた。自由を手に入れたはずなのに、胸の奥にはまだ、冷たい氷のような警戒心が残っている。だが、握った手の温もりが、その氷を少しずつ溶かしていく。
「エル。必ず、幸せにするから……。もう、誰かから逃げる生活はこれでお終いにしよう」
誰に聞かせるでもなく、ポツリと呟いたルヴェンの言葉。その直後、列車の揺れに合わせて、エルミナの柔らかな髪がルヴェンの肩にふわりと掛かった。彼女の寝顔は、この世の何よりも平和で、無防備だった。
列車が目的地へ近づくにつれ、窓の外の景色は劇的な変化を遂げていく。
キラフ中央区からさらに東、炭鉱の町テド。
それまで目に鮮やかだった緑は次第に色褪せ、失われ、代わりに剥き出しの岩肌と、赤茶けた土が広がる荒野地帯が姿を現した。
澄み切っていた空気は、いつしか細かい砂埃に覆われていた。窓を少しでも開ければ、喉が焼けるような乾燥した空気が入り込み、口元を布で覆わなければ呼吸すらままならないほどだ。
ついに到着したテドの町は、お世辞にも美しいとは言えなかった。
乾燥した大地に根を張るように、質素な木造一階建ての家屋が整然と、しかし無機質に並んでいる。視線を遠くに伸ばせば、険しい山脈が壁のように立ちはだかっており、そこがこの町の生命線である鉱山なのだろう。
気温は極めて高く、夕暮れ時だというのに、じっとしているだけで額に汗が滲んでくる。
道路を行き交う人々の大半は男性だった。皆、油と土に汚れた作業服を纏い、岩を砕くために鍛え上げられた、鋼のような逞しい身体つきをしている。そんな荒くれた男たちが、余所者である二人を、値踏みするような視線でチラチラと見てくる。
「ルヴェン、とうとう着いたね! 早速今日泊まる宿屋を探さないと。暗くなったら大変だし」
列車の中でたっぷりと睡眠を取ったエルミナは、到着するなり活力を取り戻していた。重そうな荷物を肩に掛け直し、力強く地面を踏みしめる。
「そうだね。まずは拠点を作らないと」
ルヴェンも頷き、西の空に沈んでいく、血のように赤い夕日を仰ぎ見た。
どこか遠くの酒場から、男たちの野卑な笑い声と、それに呼応するような野良犬の遠吠えが聞こえてくる。ビルデンの王都とは正反対の、剥き出しの生が息づく町だ。
「ねぇねぇルヴェン! 宿を決めたら、早速家探しに行こうよ! どんな家があるかな、庭とかあったりするかな?」
エルミナは子供のように目を輝かせ、ルヴェンの腕を引いて歩き出そうとする。
「ちょ、ちょっと待ってよエル。こんな時間じゃ、家主さんだって休みに入ってるよ。それに夜のこの町を歩くのはまだ危ない。家探しは明日、朝一番からにしよう。今はゆっくり体を休めるのが先決だよ」
呆れ果てた声を出すルヴェンに対し、エルミナは「ちぇー」と言いたげにかわいく舌を出して笑った。彼女なりの、不安を吹き飛ばすための空元気だったのかもしれない。
二人は駅の近くで見つけた、一晩数ビル(キラフの通貨)で泊まれる安宿に部屋を取り、泥のように深い眠りについた。
――翌朝――
「ルヴェーーーン! おっはよー!! 起きて起きて!」
けたたましい叫び声と共に、ベッドに衝撃が走った。エルミナが全力でダイブしてきたのだ。彼女はキラキラとした瞳で、まだ夢の中にいたルヴェンの肩を力任せに揺さぶる。
「う、うーん……あと5分……」
ルヴェンがムニャムニャと生返事をしていると、突然、乾いた音が室内に響いた。
――パァンと、エルミナの愛情がこもったビンタがルヴェンの頬に炸裂したのだ。
「いったぁぁ!! 一体、朝から何なんだよエル! もう少し優しく起こせないの!?」
あまりの激痛に、ルヴェンは飛び起きて叫んだ。涙目で頬を押さえる彼に対し、エルミナはいたずらっぽく笑っている。
だが、至近距離で見つめ合うと、彼女の吐息が顔にかかる。ルヴェンはその愛らしい頬をそっと撫でてやると、どちらからともなくクスリと笑いが漏れた。
「さあ、さっさと朝ごはん食べて、住む所探しに行こうよ! 今日から私たちの新しい生活が始まるんだから!」
エルミナは勢いよく立ち上がり、お気に入りのマントを羽織った。ルヴェンも下着姿から旅の装備を整え、宿の階下にある食卓へと向かう。
運ばれてきたのは、2人分の紅茶と少し焦げたトースト、それに萎びたサラダと目玉焼き。
椅子は座るたびにギシギシと悲鳴を上げ、テーブルはなんとなく砂っぽい。部屋の隅には埃が溜まっており、お世辞にも清潔とは言えない宿だった。だが、二人は不平を言うこともなく、これからの希望をスパイスにして朝食を胃に流し込んだ。
宿を出ると、すでに灼熱の太陽が昇り始めていた。
通りには、これから鉱山へと向かう男たちの波ができている。時折見かける女性たちも、日焼けした肌を誇らしげに見せ、男たちに負けないほど覇気に満ちた、気風のいい者ばかりだ。
二人はまず、この自治区を管理している役所へと足を運んだ。
役所といっても、それは木造の古臭い二階建ての建物だった。中に入ると、数人の役人が無愛想な顔で書類の山と格闘している。
ルヴェンは受付に誰もいないことに気づくと、少し声を張り上げて呼びかけた。
「すみませーん! ちょっと相談したい用事があるんですけどー!」
すると、受付の机の下から、「んあー?」という野太い声が聞こえてきた。
ガサゴソと音がしたかと思うと、一人の男が足元からむっくりと起き上がった。
「何だよ、朝っぱらから。役所は開いてるが、俺の仕事は本来昼からなんだよ……」
ぶっきら棒なその男は、40歳を過ぎたあたりだろうか。全身が岩のような筋肉に覆われており、薄手のタンクトップからは逞しい腕が覗いている。綿の作業ズボンは泥に汚れ、どこからどう見ても役人というよりは、ベテランの炭鉱夫だ。
「うわ、びっくりした! な、なんで机の下で寝てるんですか?」
ルヴェンが苦笑いしながら尋ねると、男――サダフは、ジロリと2人の姿を上から下まで眺め回した。
「で? 一体何の用なんだよ、坊ちゃんにお嬢ちゃんよ。ここは見ての通りの泥臭い町だ。観光なら他を当たったほうがいいぜ?」
サダフはポケットから太い葉巻を取り出し、その先に慣れた手つきで火を点けた。
立ち昇る紫煙を払いながら、ルヴェンは真剣な眼差しで話し始めた。
「あの、僕たちこの町に住みたいんです。住民登録をお願いしたいのと、あと、安めの家を紹介して欲しくて」
その言葉に、サダフは意外そうに眉を上げた。
「おいおい……正気か? こんな物騒で、毎日砂を食うような町に住みたいだって? お前ら一体、何をやらかして……っと、まぁいい。深くは聞かねぇのがこの町のルールだ」
サダフは葉巻を深く一吸いすると、詮索を断つように言葉を引く。
だが、その鋭い視線は二人を観察し続けていた。
都会的で気品の漂う美青年のルヴェンと、活発で素朴な美しさを持つエルミナ。どう見ても、この荒野の町には不釣り合いな2人だ。
サダフは何かを察したようにニヤリと笑うと、ルヴェンを手招きして、顔を寄せさせた。
鼻を突く葉巻の匂いと共に、サダフが耳元でそっと呟く。
「お前ら、なんだ……。もしかして、結婚でもするつもりか?」
ルヴェンは一瞬たじろいだが、すぐに覚悟を決めて答えた。
「ええ、そのつもりです。……何か問題ありますか?」
「問題? ははっ、逆だよ」
サダフはさらに声を潜めて囁く。
「あれか? お前ら、駆け落ちだろ? お前がどこかの貴族の坊ちゃんで、その可愛いお嬢ちゃんを見初めちまって、家を捨てて逃げてきた……ってとこだろ。どうだ、図星か?」
あまりにもベタで、しかし現状の二人の立場を説明するにはこれ以上なく好都合な誤解だった。
ルヴェンは「……まぁ、そんなところです」と、困ったように相槌を打ってみせた。
すると、サダフは役所中に響き渡るような豪快な笑い声を上げた。
「おっしゃ! 俺ぁ、お前らみたいな無鉄砲な奴らは大好きだ! 若いうちはそれぐらいじゃねぇとな! よし、家でも仕事でも、このサダフ様が面倒見てやらぁ!」
どうやら彼は、ルヴェンたちが作り上げたドラマチックな経緯をいたく気に入ったらしい。
さっきまでの不機嫌な態度はどこへやら、一気に親身な笑顔を取り戻した。
「よしよし、まずは住民登録だ。名前は何でもいい。それから家だが……そうだな、ちょうどいい物件が1つ空いてるぜ」
サダフは手元の資料を鮮やかにめくり、一軒の家を提示した。
図面上では、一階建てでキッチン、寝室、リビングまで完備された、二人暮らしには十分すぎる造りだ。
「ちっと建物は古いが、お前さんの腕なら何とでもなるだろ。仕事は俺の知り合いに掛け合ってやる。まずはその家まで案内してやるよ、付いて来な!」
サダフは仕事中であることも構わず、葉巻を灰皿に揉み消すと、威勢よく席を立った。
しばらく町を歩き、案内されたその場所で、二人は立ち尽くした。
サダフは口は悪いが、自称「人情に厚い」というだけあって、確かに親切だった。だが、連れてこられた家は、図面からは到底想像もつかないような「ボロ屋敷」だったのだ。
壁にはひびが入り、屋根の瓦は数枚剥がれ落ちている。庭は雑草と砂に覆われ、幽霊でも出そうな雰囲気だ。
だが、中に入ってみると、構造自体はしっかりしていた。軋む床板を張り替え、立て付けの悪いドアを直し、隙間風の入る壁を塞げば、十分に愛着の持てる住処になる。
何より、隣接する家屋の住人たちも、干渉を嫌う質実剛健な人々のように見えた。
二人は顔を見合わせ、満足げに頷き合った。
「……ここを、僕たちの城にしよう。ここで、幸せになろう」
ルヴェンの優しい声に、エルミナは瞳を潤ませながら大きく頷いた。
サダフは「登録は任せておけ。数日後にまた役所に来い、仕事も紹介してやるからな」と言い残し、颯爽と役所へ戻っていった。
……静かになったボロ家の中で、2人は自然と手を取り合う。
「ルヴェン、大好きだよ」
「僕もだよ、エル。愛してる」
二人の唇が重なり、互いの体温を確かめ合う。
これまでの極限状態からの解放感と、愛する人が目の前にいるという至福。ルヴェンの感情は一気に高ぶり、気づけば彼女をそっと床に押し倒していた。
エルミナは驚きに目を見開いたが、拒むことなく、迫るルヴェンの口付けを受け入れた。熱い舌が絡み合い、互いの呼気が混ざり合う。
やがて、ルヴェンの震える手が、エルミナの柔らかな乳房を優しく包み込んだ。
「んっ……ぁ……」
エルミナから、甘く、切ない吐息が漏れる。しかし、彼女はわずかに残った理性を振り絞るように、ルヴェンの手の上に自分の手を重ねた。
「……待って、ルヴェン。……まだ、朝だよ? それに、これから家具も買いに行かなきゃいけないし……埃もすごいし……」
彼女は頬を真っ赤に染めながら、冗談めかして彼の行動を遮った。
我に返ったルヴェンは、野獣のような衝動を何とか抑え込み、彼女の体から離れた。
「……ごめん、エル。そうだね。浮かれすぎちゃった。これから、やらなきゃいけないことが山積みだもんね」
苦笑いするルヴェンに対し、エルミナも楽しげに笑う。二人の間には、これまでにはなかった、穏やかで幸福な空気が流れていた。
だが。
そんな2人の睦まじいやり取りが行われている家の外で。
吹き荒れる砂塵に混じって、場違いなものが宙を舞っていた。
それは、清流のように蒼い布帛が風に靡き、その合間を縫うように、幾枚もの紅い花びらが砂塵を纏って舞っていた。
その一枚一枚には、精緻な刺繍でフェルダイ帝国のエンブレムが刻まれていた。
不気味なほど鮮烈なその紅い花びらたちは、突然巻き起こった激しい砂嵐に乗って、まるで最初から存在しなかったかのように、虚空へと姿を消していった。
それが、二人の平穏への祝福なのか、それとも、逃れられぬ過去からの呼び声なのか。
荒野の太陽だけが、その答えを知っていた。




