表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/87

第六十五小節 〜船の中で、隠れてキスをしよう〜



 トザファイでの滞在は、ルヴェンとエルミナにとって、これまでの過酷な逃避行を忘れさせるほどに穏やかで、それゆえに瞬く間に過ぎ去った。

 

 朝もやの中で交わす挨拶、市場で選んだ新鮮な果実、そして夜の静寂の中で語り合った未来。そのすべてが愛おしい記憶として胸に刻まれている。しかし、彼らの旅はまだ終わっていない。

 

 二人はここから未知の領域、広大な海を目指して再び歩みを進めることに決めた。


 当初の予定では、ここまで彼らを運んでくれた使い古しの馬車に揺られ、何日もかけて街道を南下するつもりだった。だが、トザファイの村長であるマルセイドの厚意が、彼らの旅路を劇的に変えることになった。


「2人には世話になったな。せめて漁村までは、空の道を行くといい」


 マルセイドのその言葉により、彼らは翼竜の背に乗ってヘルドの村まで送ってもらえることになったのだ。


 ルヴェンとエルミナは、数々の苦楽を共にしてきた愛馬を、信頼できるマルセイドに譲り渡した。別れ際、馬の首筋を優しく撫でたルヴェンの手には、名残惜しさが滲んでいた。


「元気でな。マルさんのところで、しっかり可愛がってもらうんだぞ」


 ルヴェンが呟くと、馬は寂しげに鼻を鳴らした。


 一方のエルミナは、その大きな瞳を輝かせていた。彼女にとって翼竜の背に乗るなど、想像もしていなかった体験だ。


「ねえルヴェン、本当にこれに乗るの!? 落ちたりしないかな、大丈夫?」


 不安と期待が入り混じった声を上げるエルミナの腰を、ルヴェンが支えて翼竜の鞍へと押し上げる。翼竜ベドリの皮膚は硬く、独特の温もりを持っていた。


 翼竜が力強く地面を蹴り、巨大な翼が風を孕むと、視界が一気に跳ね上がった。トザファイの村がみるみるうちに小さくなり、背後に広がる緑の平原がパッチワークのように遠ざかっていく。


 漁村ヘルドまでの空の旅は約半日。地上を行けば数日はかかる道のりだ。雲を突き抜け、高度を上げた世界では、風の音がすべてを支配していた。広大な草原を越え、峻厳な山脈の尾根をかすめるように飛ぶ。

 エルミナは最初こそルヴェンの服の裾をぎゅっと掴んでいたが、やがて目の前に広がる絶景に我を忘れて見入っていた。

 

 山脈を越えた瞬間、視界のすべてが真っ青に染まった。


「……わあ、すごい……っ!」


 エルミナの感嘆の声が風に舞う。

 そこには、どこまでも続く水平線と、太陽の光を跳ね返して銀色に輝く大海原があった。空の青と海の青が溶け合うその境界線を見ていると、自分の存在がいかにちっぽけなものかを痛感させられる。

 これまでの苦労も、追手への恐怖も、この圧倒的な大自然の前では些細なことのように思えた。


 眼下には、海岸線に沿って三日月のように広がる砂浜と、おもちゃのように小さな木造家屋が並ぶヘルドの村が見えてきた。


 案内役を務めた翼竜ベドリは、村の入り口にある静かな広場に音もなく降り立った。二人が鞍から降りると、ベドリはその大きな頭をルヴェンとエルミナの肩に交互に寄せて、親愛の情を示すように頬擦りをした。


『達者でな。空から見てるぞ。死ぬんじゃないぞ』


 古の竜の血を引く生き物特有の重厚な思念が、2人の脳裏に直接響く。激励の言葉を残し、ベドリは再び力強く翼を広げ、青空の彼方へと飛び去っていく。


 その影が小さくなるまで、二人はいつまでも手を振り続けた。


「助かったね、ルヴェン! 翼竜のおかげで、また何日もゴツゴツした地面で野宿しないで済んだよ。お尻も痛くないし最高!」


 エルミナは、地面の感触を確かめるように軽くステップを踏みながら、太陽のような笑顔を向けた。


「本当にそうだね。マルさんには、いつかちゃんとお礼をしないと」


 ルヴェンも深く息を吸い込み、海風の混じった空気を肺いっぱいに満たした。潮の香りが鼻腔をくすぐる。二人は一度大きく背伸びをして、体の強張りを解いた。

 目の前には、漁師たちの威勢のいい声が響き渡る、活気溢れる漁村ヘルドが広がっていた。


 ヘルドの村の造りは、飾り気のない質素なものだった。潮風に晒されて灰色に褪せた木造家屋が肩を寄せ合うように立ち並び、道は舗装もされず、歩くたびに乾いた砂埃が舞う。


 だが、その不便さこそが、この村のたくましさを象徴していた。道の両脇に立てられた木の枠組みには、特産の魚介類が所狭しと吊るされ、天日干しの真っ最中だ。あちこちに張り巡らされたロープには、色とりどりの漁具や、使い古された洗濯物が風に揺れている。


 村人たちの姿も、内陸の街とはまるで違っていた。照りつける太陽と高い気温のせいか、男たちは皆、短いズボンに袖を切り落としたシャツという軽装だ。そこから覗く腕や足は、潮風と日光に鍛え上げられ、赤銅色に焼けている。

 彼らが網を繕う手つきや、重い樽を運ぶ足取りには、海と共に生きる者特有の無駄のない力強さが宿っていた。


 ルヴェンとエルミナは、村の中心を通る道を港へと向かって歩き出す。周囲の活気に呑まれないよう、ルヴェンはふっと表情を引き締め、隣のエルミナに低く、だが鋭い声で語りかけた。


「エル、いつもので行くよ。ここからは気が抜けない。あんまりヘラヘラしちゃダメだからね。僕たちは今、『訳ありの貴族』なんだから」


 その言葉に、エルミナは即座に表情を切り替えた。先ほどまでの無邪気な笑顔を消し、少しだけ顎を引いて、尊大にも見える澄ました顔を作る。


「わかってるわよ。こんなところで正体がバレたら、これまでの苦労が全部台無しだもん。任せておきなさいって」


 彼女はぐっと胸を張り、ルヴェンの半歩後ろを毅然とした態度で歩き続ける。その姿は、どこからどう見ても高慢な令嬢、あるいは若き貴婦人のそれだった。


 途中、好奇心に満ちた目をした村人たちが何人か声をかけてきたが、二人は一切言葉を交わさず、貴族特有の「下々の者に無関心な態度」を装って軽く会釈をするだけで通り過ぎた。


 やがて辿り着いた港には、潮の香りと魚の匂いがより濃く漂っていた。岸壁には波に揺れる木造の古びた漁船が隙間なく並び、その上では漁師たちが明日の漁に備えて、巨大な網のほつれを直したり、鋭い銛を磨いたりと余念がない。


 しかし、ルヴェンの視線はその雑多な漁船群の少し先、一段と大きな船体へと向けられた。


「あれだね……」


 そこには、武骨な漁船とは明らかに一線を画す、優美な曲線を描いた客船が停泊していた。この船こそが、ビルデン王国の小さな港を縫うように巡り、自由の国キラフの港町へと向かう定期客船である。


 この船が人気の理由は、その手頃な運賃にあった。大規模な港には入らず、あえてヘルドのような小さな漁村を中継地点として集客することで、庶民や小規模な商人たちを多く取り込んでいるのだ。

 ルヴェンたちのような「公式の記録を残したくない旅人」にとっても、この船は格好の移動手段だった。


 二人は、賑わう乗船場へと足を踏み入れた。受付の小さな机に座っていた、日に焼けた初老の係員が、二人の身なりを見て少しだけ姿勢を正す。


「いらっしゃいませ。お客様、この船はここを出ますと、キラフ共和国まで直行となりますが、よろしいですかな?」


 係員の問いかけに対し、ルヴェンはあえて視線を合わせず、少し面倒くさそうな、傲慢な声音で返した。


「構わん。馬車での旅にはもう飽き飽きしていたところでな。少し歩き疲れた。早く涼しい船室へ通してくれ」


 ルヴェンは口調を完璧に使い分け、額の汗を拭う仕草を見せる。その態度は、快適さを何よりも優先する貴族のそれを見事に演じていた。


「左様でございますか。失礼いたしました。では、念のため、身分を証明できる物を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」


 男が丁寧だが事務的に尋ねる。ルヴェンの心臓が、一瞬だけ強く跳ねた。だが、表情には微塵も出さない。彼は上着の胸ポケットから、使い込まれたが質の良い皮製の財布を取り出し、中から一枚の折り畳まれた紙を抜き出した。


「私はビルデン王国の騎士、セイセル=マス=エスメラルダだ。隣にいるのは私の妻だ。少しばかり公務を離れ、キラフで休養を取ろうと思ってな」


 ルヴェンが提示したのは、彼の兄であるセイセルの本物の身分証明書だった。3年前のあの惨劇の後、兄の屋敷から持ち出したものだ。


 本来ならば、本国では既に無効化されているべきものかもしれない。しかし、ここは情報の行き届かない辺境の漁村だ。

 

 コエグレジンという街全体が疫病によって滅んだという衝撃的なニュースすら、この平和な村には届いていない。彼らはこの「死者の名前」を盾にして、これまで何度も窮地を脱してきたのだ。


 証明書に記された偽りの名を読み上げた男は、目を見開いて腰を浮かせた。


「なんと! ビルデンの騎士様でしたか! これは失礼を……。しかし、そのような高貴なお方が、あえてこのような薄汚れた客船にお乗りになるとは。もっと豪華で快適な、貴族専用の船なら他にもいくらでも御座いましょう?」


 男の疑念は、敵意というよりは純粋な驚きから来るものだった。安運賃が売りのこの船に、わざわざ騎士を名乗る者が乗る理由は、普通に考えれば不自然だ。


 ルヴェンはここで、あえて少し困ったような、苦々しい溜息を吐いてみせた。


「……いや、相応の船に乗ると、どうしても社交界の延長のような付き合いがついて回るだろう? そうなると、ついあちらこちらのご婦人方に声をかけてしまうのが私の悪い癖でな。私はそれでも一向に構わないのだが……いかんせん、私の妻が人一倍嫉妬深くてな。こうして目立たない船を選ばされたというわけだ」


 ルヴェンは眉間に指を当てて困った風を装いながら、チラリとエルミナを伺った。


 エルミナは完璧なタイミングで、フン、と鼻を鳴らしてソッポを向いた。その横顔には、夫の不実を許していないが、それでも愛しているがゆえに同行している、という「嫉妬深い妻」の感情が見事に宿っていた。


「あ、ああ……。左様でございましたか。いやはや、どこのお宅も苦労は絶えませんな」


 係員の男は、納得したというよりは、上流階級の痴話喧嘩に巻き込まれたくないと言わんばかりの苦笑いを浮かべた。


「ささ、どうぞお乗りください。特別な個室というわけにはいきませんが、なるべく静かな場所をご用意させましょう」


 二人は迅速に二人分の運賃を支払い、男に促されるまま、ついに客船のタラップを上がった。


 船内に入ると、潮の香りに混じって、パンが焼ける匂いや、煮込み料理の香ばしい匂いが漂ってきた。二人はまず、船の中央に位置する食堂へと足を運ぶ。

 そこは約30人ほどが収容できる広さで、天井は低いものの、窓からはキラキラと輝く海面が見渡せる。使い込まれた木のテーブルが整然と並び、そこには既に出航を待つ乗客たちが集まっていた。


 全身を革鎧で固めた冒険者グループ、高価そうな毛織物を身に纏った商人、そして異国の地を目指す旅人たち。彼らの交わす賑やかな話し声や笑い声が、船内に心地よい活気を与えている。


 ルヴェンたちはその喧騒から少し距離を置くように、船尾に近い、静かな窓際の席を選んで腰を下ろした。周囲に不審な人物がいないことを確認すると、エルミナはふぅーっ、と大きな溜息を吐き、これまでの緊張を解き放つように大きく背伸びをした。


「……っはぁ! うまくいったね、ルヴェン。もう心臓がバクバクしちゃったよ。でも、やっとあの『騎士様ごっこ』ともオサラバできるんだね。長かったぁー」


 彼女は欠伸を噛み殺しながら、窓の外に流れる景色を見つめる。偽りの名前を背負い、いつ正体がバレるかと怯え続ける日々。その終わりが、すぐそこまで来ていることを実感し、肩の荷が下りるのを感じていた。


「しかし、よくもまぁこれだけ何度も、適当な嘘で大人たちを騙せたもんじゃのぉ。お主の演技力には、儂も感心するわい」


 不意に、ルヴェンの懐の方から低く、威厳のある声が響いた。黒竜だ。この頃になると、ルヴェンの魔力が安定してきたせいか、あるいは絆が深まったせいか、ルヴェンの傍にいるだけでエルミナにも黒竜の念話が鮮明に聞こえるようになっていた。


「うるさいなあ。もうこれで最後だよ! 必要に迫られてやってるんだからさ」


 ルヴェンは眉をハの字にして、困ったように反論する。その子供のような表情に、エルミナは堪えきれずに吹き出した。


「あはは! でもルヴェン、あの『妻が嫉妬して』ってセリフ、ちょっと真に迫りすぎてなかった? もしかして、本心だったりして?」


「な、何を言ってるんだよ、エル! あれはあくまで状況を打破するための……」


 顔を赤くして狼狽えるルヴェン。そんな二人を乗せて、船は大きく汽笛を鳴らした。重い錨が引き上げられ、スクリューが泡を立てて回転を始める。


 船はゆっくりと、だが確実に港を離れていく。目指すは、遥かなる自由の地、キラフ共和国。



 ーー船がヘルドの港を発ってから、数日が過ぎた。



 航海は驚くほど順調だった。空はどこまでも晴れ渡り、風も穏やか。夜になれば、満天の星が海面に映り込み、まるで銀河の中を航行しているかのような幻想的な光景が広がった。


 ある夜、夕食を済ませた後、エルミナが「少し夜風に当たりたい」と言い出した。二人は騒がしい食堂を抜け出し、船の最上部にある展望席へと向かった。


 食堂からは、楽団が奏でる陽気な音楽と、酒に酔った客たちの笑い声が漏れ聞こえてくる。だが、展望席まで来ると、それらの音は遠い世界の出来事のように微かになり、代わりに心地よい波音と、耳元を掠める夜風の音だけが支配する空間となった。


「ふぅ……お腹いっぱい。あの煮込み、美味しかったね」


 エルミナは手すりに寄りかかり、満ち足りた吐息を漏らす。


「でもさ、ルヴェンの『奥さん役』、あれ意外と疲れるんだよ? 常に背筋を伸ばしてなきゃいけないし」


 口では不平をこぼしながらも、彼女は自然な動作でルヴェンの肩に頭を預け、そっと寄り添った。その距離の近さに、ルヴェンの心拍数が少しだけ上がる。


「はは……そうかな。でも、君なら結構気に入ってるんじゃないかと思ってたよ。ほら、宝石店とかで演技してた時、すごくノリノリだったじゃないか」


 ルヴェンは茶化すように言いながらも、エルミナの細い手をそっと握りしめた。彼女の手は少し冷えていたが、握り返してくる力は温かかった。


 その時、二人の親密な空気を切り裂くように、再び黒竜の声が響いた。


「……しかしお前達、これからどうするつもりじゃ? 無事にキラフへ辿り着いたとして、その後はどう暮らす? 当てもなく、ただ流されるままでは、いずれ道を見失うぞ」


 その問いは、彼らが避けて通れない核心を突いていた。騎士の身分も、これまでの旅路の目的も、すべては「逃げること」に費やされてきた。逃げ切ったその先に何があるのか、二人はまだ明確な答えを出せていなかった。


 だが、今この瞬間だけは、その重苦しい問いを脇に置いておきたかった。


 二人は無言のまま瞳を閉じた。ルヴェンは、自分の肩に触れるエルミナの髪から漂う、石鹸とわずかな潮の混じった柔らかな匂いを胸いっぱいに吸い込む。エルミナは、自分の手を包み込むルヴェンの手のひらの厚みと、肌に当たる冷たくも清々しい夜風の感触を楽しんでいた。


 食堂から聞こえていた演奏が一曲終わり、拍手の音が遠くで響いた。静寂が戻った頃、ルヴェンは意を決したように、落ち着いた声で口を開いた。


「黒竜……貴方は、もうわかっているんでしょう? これから、僕たちにとって本当に大事なことを決めるんだ。だから、少しだけ黙っていてくれるかい?」


 その言葉には、かつての頼りなさは微塵もなかった。


『……フッ、よかろう。せいぜい、悔いのないように振る舞うがいい』


 黒竜は短く鼻で笑うような気配を見せると、その意識を深淵へと沈め、静かになった。


「エル……大事な話があるんだ」


 ルヴェンの声は、波音に掻き消されそうなほど小さかった。そして、わずかに震えていた。


「……ん? なあに?」


 エルミナは彼の肩から頭を離し、正面からルヴェンの瞳を見つめた。


 月明かりが雲に遮られ、展望席は一層暗さを増していた。だが、至近距離にいるエルミナにはわかった。ルヴェンの白い肌が耳元まで真っ赤に染まり、その薄い唇が、何か重い言葉を紡ぎ出そうとして小刻みに震えているのが。


 彼女は何も言わず、ただ待った。ルヴェンの口から発せられる言葉の重みを受け止める準備をしながら。


 静かな潮風が、エルミナの長い髪をルヴェンの頬へと運ぶ。それはまるで、彼女の意志が彼の背中を優しく押し、勇気を与えているかのようだった。

 ルヴェンは一度、喉を鳴らして唾を飲み込み、そして決然と言葉を放った。


「エル。キラフに着いたら……、誰も僕たちのことを知らない街で、僕らでも暮らせる場所を探そう。これまでの『夫婦ごっこ』は、船を降りたらおしまいだけど……」


 そこまでは、練習していたかのようにスラスラと言えた。だが、最も重要な一言を前にして、極度の緊張が彼を襲う。


「……けど、そ、その……っ。おしまい、じゃなくて……」


 言葉を噛んでしまい、ルヴェンは情けなさに顔を歪める。だが、エルミナは笑わなかった。彼女の瞳には、いつの間にか薄らと涙が浮かび、輝きを増していた。彼女はただ、慈しむような笑顔で、彼の次の言葉を待ち構えていた。


「それで……っ! 街を見つけたら、本当に結婚しよう!! 僕は、君と一緒にいたいんだ。誰かの身代わりじゃなく、ルヴェンとして……君を心から愛してるんだ!」


 最後は、ほとんど叫びに近い勢いだった。ルヴェンはエルミナの細い両肩をがっしりと掴み、その瞳を真っ直ぐに射抜いて告白した。


 一瞬の静寂の後、エルミナの頬を大粒の涙が伝い落ちた。だが、その顔はこれまでのどんな時よりも美しく、愛らしい笑顔に彩られていた。


「……うん。……うん! ワタシもだよ、ルヴェン。ずっと、そう言ってくれるのを待ってたんだから……っ」


 どちらからともなく、二人は強く抱き合った。

 誰もいない、夜の闇に包まれた展望席の片隅で。


 ちょうどその時、夜空を流れる雲が月を完全に隠した。


 明かり一つない、二人だけの暗闇の中で。


 彼らはゆっくりと顔を近づけ、重なり合う鼓動を感じながら、初めて「本物の」唇を重ね合わせた。



 一度では足りず、何度も、何度も……。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ