第五十八小節 ~白銀狼~
ルヴェンとエルミナは、レッツォより一足先にセイセル邸へと足を踏み入れていた。
白を基調としたその建物は、外観の堅牢さとは裏腹に、内部は驚くほど優美な空間が広がっていた。重厚な木製の扉を開けると、そこは開放感あふれる吹き抜けのエントランス。
正面には二階へと続く優雅な大階段が鎮座し、左右対称に並んだ白く太い円柱が、歴史ある名家の威厳を象徴していた。
大理石のような光沢を放つ床には、深紅の豪勢なカーペットが敷き詰められている。柱や調度品の装飾は暖色系で統一されており、外の極寒を視覚的にも忘れさせてくれる。
屋敷の至るところには、石炭を燃やす瀟洒なストーブが設置されていた。
そこから漂う独特の匂いと柔らかな暖気が、二人の凍えた身体を解きほぐしていく。ルヴェンたちは入り口で外套に降り積もった雪を丹念に払い落とすと、吸い寄せられるようにエントランスの中央へと進み出た。
「兄様、いらっしゃいますか? ルヴェンです。お久しぶりです!」
ルヴェンの澄んだ声が、静まり返った館内に響き渡る。
――だが、返ってきたのは異常なまでの静寂だった。
以前、彼がこの屋敷を訪れた時には、主の帰還を待つ大勢の使用人たちの活気で溢れていたはずだった。しかし今、広いエントランスには彼ら以外の生命の気配が微塵も感じられない。
「あれ……? おかしいな。レイグさんは外にいたのに、他の皆はどこへ行っちゃったんだろう」
不思議そうに首を傾げるルヴェンに、エルミナが不安げな表情で彼の腕をぎゅっと掴んだ。
「ちょ、ちょっとルヴェン……何か雰囲気おかしくない? この屋敷、暖かいくせに、なんだか背筋がゾクゾクするよ……」
エルミナの予感に応えるかのように、二階の奥から声が届いた。
ルヴェンの声によく似た深みを持ちながらも、どこか冷徹な響きを帯びた、歓迎の言葉。
「いらっしゃい。待っていたよ、ルヴェン」
「兄様!」
その声の主を確信したルヴェンの顔が、パッと明るくなった。彼は階段の上部を、期待に満ちた瞳で見上げる。
コツコツと、規律正しい足音が大理石に響く。
現れたのは、ルヴェンの兄――ビルデン王国でもその勇名を轟かせた「白銀狼」の異名を持つ男、セイセル=マス=エスメラルダだった。
身長180センチを超える、すらりとした長身。肩の少し下まで伸びた銀色の髪は、屋敷に流れ込む微かな風にも美しく揺れる。
鋭くも慈愛を湛えたコバルトブルーの瞳。彫刻のように整った鼻筋。藍色の長ズボンに金をあしらった白い靴、そして白シャツの上には上質な獣の皮を用いたガウンを優雅に羽織っている。
その非の打ち所がない美青年の姿に、エルミナが息を呑み、視線を奪われたのは無理もなかった。
「久しぶりだな、ルヴェン。今日は可愛いガールフレンドも連れてきたのか?」
鋭い瞳を細め、セイセルは優しげな微笑を浮かべた。
「お久しぶりです、兄様! あ、紹介が遅れました。彼女はエルミナ。エルミナ=トリシュールといいます。父様の旧友の娘さんで、いろいろな事情があって今は僕と一緒に行動しているんです」
紹介されたエルミナは、真っ赤になって何度も頭を下げた。憧れの「王子様」のような男性を前に、目をパチクリさせて完全に硬直してしまっている。
「そうか、エルミナちゃんというのか。聞いたことのない名字だが、仲が良さそうだね。ゆっくりしていきなさい」
セイセルは悠然と階段を降り、エルミナの目の前まで来ると、彼女の頬を指先で軽く撫でた。
突然の接触に、エルミナは頭の中が真っ白になった。放心した瞳で彼を見上げる彼女に、セイセルは満足げに微笑むと、背を向けて歩き出した。
「ここじゃ立ち話も何だ。応接室へ行こう。お茶を飲みながら、積もる話を聞こうじゃないか」
「はい! お邪魔します!」
緊張気味のルヴェンの返事に、セイセルは振り返り、肩をすくめて見せる。
「ルヴェン、ここは本家の屋敷じゃない。もっと気楽にいこうか」
「……うん、わかったよ、兄さん」
兄の言葉に、ルヴェンもようやく本来の可愛らしい笑顔を取り戻した。
「ね、ねぇルヴェン! お兄さん、超絶カッコよすぎない!? 私、一瞬で惚れちゃいそう……!」
幸せそうな溜息をつくエルミナに、ルヴェンは少し意地悪な顔で答えた。
「あー、残念でしたー。兄さんはもう結婚してるよ」
「えっ!? 先客あり!? うわ、人生終わったー……」
エルミナは目に見えて肩をガックリと落とした。
そんな騒がしいやり取りをしながら、二人が防寒具を脱ぎ、その下に着込んでいたアルカスル教の紋様入りローブが露わになったとき、ルヴェンは最も大事なことを思い出して叫んだ。
「「レッツォさん!!」」
二人の声が見事に重なり、同時に入り口の扉を振り返った。
そんな二人を、セイセルは少し呆れたような視線で見ていたが、彼の足取りは滑らかに、何の支障もなく階段を踏みしめている。
――ビルデン本土での「黒竜覚醒」の日、彼は右膝から下を失ったはずだった。
しかし、今の彼の歩調からは、義足であることを微塵も感じさせない、超人的な平衡感覚が窺えた。
「兄さん、待って! もう一人の大切な客人がいるんだ!」
ルヴェンが声をかけたタイミングで、エントランスの重厚な扉が再び開いた。
冷たい突風と共に、二人の男性が姿を現す。
レッツォと、執事のレイグだ。
レイグがフードを取ると、その素顔が明らかになった。深く刻まれた皺、オールバックに整えられた白髪。手入れの行き届いた顎髭を蓄えた、七十代と思しき細身の老人だ。
レイグは一言も発さず、階段の下で片膝をつき、セイセルに対して臣下の礼をとった。
一方、レッツォは神妙な、どこか突き放すような冷めた顔つきで、ルヴェンたちに無理やりの笑顔を見せた。
「遅くなったね……心配をかけた」
その声のトーンは、街に着いた時よりも明らかに低く、沈んでいる。
だが、その不穏な空気を感じ取れないルヴェンは、無邪気に兄へ紹介を続けた。
「兄さん、この人が僕たちの命の恩人。アルカスルの牧師、レッツォ=アルベジーニさんだよ。この人がいなければ、僕らはここまで辿り着けなかった」
紹介されたレッツォは、セイセルに向けて胸の前で十字を切り、深く頭を下げた。
「ようこそ、牧師様。弟が世話になったようですね。段上から失礼していますが、どうぞゆっくりしていってください」
セイセルの笑顔。それは完璧な歓迎の形をしていたが、レッツォの目には、その奥に潜む「何か」が見え隠れしていた。
レッツォはゆっくりと顔を上げ、セイセルとレイグ、この主従が放つ異質な魔力の波動に、疑念の瞳を向ける。
その後、レイグは茶の準備のために厨房へと下がり、セイセル、ルヴェン、エルミナ、レッツォの四人は応接室へと移動した。
やはり、廊下を歩いていても人の気配はない。
「兄さん……屋敷の中がやけに静かだけど、何かあったの? 使用人の人たちが見当たらないんだけど……」
ルヴェンの素朴な問いに、先頭を歩くセイセルが足を止めずに答える。
「ああ。今日はお前がやってくるというので、皆でサプライズパーティーの準備をしているんだよ。後で驚くことになるだろう」
セイセルは振り返り、輝くような笑顔を見せた。
だが、レッツォは見た。その笑顔の影に潜む、冷たい嘲笑を。
そんなことも知らず、ルヴェンは「本当!? 楽しみだな!」と声を弾ませる。
「ファクリスにも会えるかな? 庭師のあいつ、元気にしてる?」
ファクリスはルヴェンと同じ十四歳の少年で、かつては園芸や雪細工を共に楽しんだ親友だった。
「ああ、あいつも楽しみに待っているよ」
「セイセル殿……」
レッツォが鋭い声を上げようとしたが、
「さぁ、応接室に着きました。牧師様、どうぞお寛ぎを」
セイセルの言葉に遮られた。
応接室は十畳ほどの広さで、中央には見事な黒光りを放つ黒檀のテーブル、獣の毛皮をあしらった最高級のソファが置かれていた。壁にはエスメラルダ家の栄光を象徴する金色のトロフィーや、紋章旗が掲げられ、客をもてなす準備は完璧に見えた。
四人がソファに腰掛けると、絶妙なタイミングでレイグが茶を運んできた。
「どうぞごゆるりと。私は夕食の準備がございますので、これにて」
レイグが退室すると、ルヴェンは運ばれてきた茶の香りを胸一杯に吸い込んだ。
「あ、このお茶。兄さんのところのお茶は本当に美味しいんだ。身体の芯から温まる」
高級な白磁食器に注がれた黄金色の液体。一方、エルミナは、見たこともないような贅沢な品々に囲まれ、まるで小動物のようにオドオドとしていた。
「エルミナちゃんだったかな。そんなに緊張しなくていいんだよ。多少傷をつけても構わない。自分の家だと思って気楽に使いなさい」
セイセルの包容力のある言葉に、彼女は「はい」とも言えず、ただ何度も首を上下に振る。その滑稽な仕草に、セイセルとルヴェンは大笑いした。
その睦まじい光景の最中、レッツォが唐突に立ち上がった。
「失礼、セイセル殿。……どうやら旅の疲れが出たようだ。先に休ませてもらいたいのだが」
見れば、レッツォの顔面は蒼白で、額には薄っすらと汗が浮いている。
「ああ、牧師様。大丈夫ですか? すぐに寝室を用意させましょう。夕食時にまたお声をかけますが、気分が優れなければ部屋へ食事を運ばせます」
セイセルはレッツォの肩を抱くようにして支え、応接室を出た。
二人きりになった廊下。窓の外に広がる氷の街並みを見つめながら、レッツォは低く、地を這うような声で切り出した。
「……貴方は、何を企んでいる? あの『人形遣い』、只者ではないようだが」
レッツォの瞳は、これまでの温厚さを捨て、鋭利な刃物のようにセイセルを射抜いた。
「……どこまで知っているんですか?」
セイセルは視線を合わさぬまま、静かに問い返した。
「彼が何者であるか、というところまでだ。貴方が街全体をどうしようとしているのか、その真意までは測りかねるがね」
レッツォは、先ほどまでのフラつきを霧散させ、直立不動でセイセルと対峙した。その刹那、セイセルの身体から微かな「獣の臭い」が漂い、レッツォの鼻を突いた。
「貴方たちの行為は、神の裁きを受けるに足る大罪だ。死人を操り、街を人形の館に変えるなど、一体何を考えている!」
レッツォの怒りに、セイセルはゆっくりと振り返った。その瞳は以前のような慈愛を失い、凍てつく冬の海のような冷酷さを湛えていた。
「……寝室はそこの角を曲がったところです。夜のパーティーまで、精々ゆっくりとお休みください」
セイセルは怒りを柳に風と受け流し、立ち去り際にだけ、吐き捨てるように言い残した。
「――邪魔をするなら、弟の恩人といえど容赦はしませんよ」
一人取り残されたレッツォは、セイセルの足音が消えるまで全身の警戒を解かなかった。部屋に入り、ベッドに腰掛けると、彼は顔を両手で覆った。
「嫌な予感がする。魔石絡みで無ければ良いのだが……」
――時は過ぎ、夕食の時間となった。
二十名以上が着席できる重厚な円卓に、主役である三人が座った。目の前には、コエグレジンの特産を活かした豪華な料理が並ぶ。
淡白なウサギ肉のクリーム煮、鹿肉と野鳥のベリーソース添え、冬の根菜をふんだんに使ったポタージュ。味付けは雪国らしく塩分が強く、それがかえって疲れた三人の食欲を刺激した。
ルヴェンとエルミナは、久しぶりの温かな食事に一心不乱にかじりついた。
食事が一段落すると、セイセルはビルデン本土の近況を話し出した。
王制が揺らぎ始めていること。ルヴェンの闇塚事件を契機に、近衛騎士副団長マスカルが民主主義を掲げて独立勢力を率いていること。
そして、ルヴェンが最も気に病んでいた妹コリアの件。
「コリアは、荒ぶる竜を鎮めた聖女として手厚く葬られたよ。今は国民の英雄として崇められている」
その言葉を聞き、ルヴェンは安堵の溜息を吐いた。自らの過ちで亡くした妹が、辱めを受けていないことを知っただけでも救いだった。
しかし、親友オルスの話題になると、セイセルは口を噤んだ。
「……彼は、風塚に一人で引き籠もっているようだ。詳しくは私も知らない」
ルヴェンは左手のグローブをそっと撫でた。その中に刻まれた呪紋と、オルスへの想いが疼く。
「あー、美味しかった! もう一歩も動けないよー!」
そんな重い空気を切り裂くように、エルミナが歓声を上げた。頬と鼻の頭にソースをつけたまま満面の笑みを浮かべる彼女に、ルヴェンはクスクスと笑いながら汚れを拭ってやった。
「仲が良いんだね、二人は」
テーブルに肘をつき、顎の下で拳を組んだセイセルの視線。それは二人を羨んでいるようでもあり、あるいは、極上の獲物を見定めているようでもあった。
ルヴェンとエルミナは「そんなことない!」と声を合わせたが、エルミナだけは、その瞬間にセイセルの瞳の奥でギラリと光った不気味な熱量に、本能的な寒気を感じた。
「ところで兄さん。パーティーはどうなったの? ファー姉さんも姿を見せないし……」
セイセルの妻、ファーの名前が出た瞬間、エルミナは敏感に反応した。
「妻は、少し体調を崩していてね。寝室で休ませているんだ。会うのは明日にしてくれないか」
セイセルの口元には、不自然な含み笑いが浮かんでいた。
「パーティーは今夜遅くに開く予定だ。準備が難航していてね。時間まで、少し休んでいなさい」
「えー、遅いのは嫌だなぁ……私、もう眠いもん」
満腹になったエルミナは、欠伸をしながら目をこすった。
結局、二人はパーティーの時間まで各々の寝室で休むことになった。
――数時間が経過した。
寝室には、三つのフカフカしたベッドが用意されていた。
地響きのようなレッツォのいびきが響く中、ルヴェンとエルミナも深く眠りに落ちていた。
不意に、エルミナがムクリと起き上がった。
彼女は寝ぼけ眼で辺りを見回し、隣で眠るレッツォの首元を指でつついた。
「……レッツォさん、起きて」
瞬間、レッツォが飛び起き、エルミナの手首を掴んだ。エルミナの瞳を射貫くその視線は、寝起きのそれではなく、いつでも戦える剣士の鋭い光を湛えていた。
が、寝ぼけ眼のエルミナにとってはその「剣士」の視線でさえ「……ん?」と首を傾げている。そして一言。
「レッツォさん……トイレ行きたい……」
あまりにも気の抜けたエルミナの言葉に、レッツォは表情を和らげ、用意されていたガウンを羽織った。
――その時だった。
昨晩、森の奥で聞いたあの狼の遠吠えが、今度は屋敷の至近距離で響き渡った。
レッツォは遠吠えの方向――屋敷の屋上を睨みつけ、呻くように言った。
「……『石』の気配だと!?」
同時にルヴェンも飛び起きた。
「わぁ!」
彼は即座に胸元のペンダント――アズルーとテウロンの形見を掴んだ。
「何だこれ……!? ペンダントが、壊れそうなくらい震えてる!」
彼のペンダントは、恐怖に震える小動物のようにカタカタと激しい音を立てていた。
「ルヴェン君、感じるか? 魔石の気配だ。どうやら最悪の事態が始まったようだぞ……」
レッツォは険しい表情で天井を見据えた。
「ええ……。物凄く嫌な、禍々しい気配です。でも、何故……」
ルヴェンの脳裏に一つの疑問が過る。これほどの気配が満ちているのに、自分の中に宿る黒竜が沈黙したままであること。
レッツォの存在を感知できないときと同様に、黒竜の「目」が意図的に封じられているのではないか。
「エルちゃん、ルヴェン君と一緒に屋上へ行く。君はここにいなさい」
レッツォが彼女を庇おうとしたが、エルミナは首を激しく横に振った。
「嫌! 一人きりにしないで! 怖いよ!」
彼女は必死にレッツォのガウンにしがみついた。二人は視線を交わし、彼女も連れて行くことを決意した。
三人は小さなランタンを手に、暗く冷え切った廊下へと出た。
昼間の安心感は霧散し、廊下はまるで異界の洞窟のような薄気味悪さを湛えていた。
「レッツォさん、これを」
ルヴェンは廊下に飾られていた細身の長剣を手に取り、レッツォに差し出した。
セイセルが愛用する、突きを主目的とした140センチほどの剣だ。
ルヴェン自身は、壁の別の剣を器用に左腰へと装備したが、レッツォは渡された剣を前に躊躇った。
「ルヴェン君……君は、牧師である私に、再び剣を振れと言うのかい?」
「……僕一人じゃ、二人を守りきれないと思うんです。黒竜も目覚めない。だから……力を貸してください、レッツォさん!」
ルヴェンの悲痛な嘆願に、レッツォは溜息をつき、肩の力を抜いた。
彼は受け取った長剣を脇に置き、代わりにそばにあった甲冑の腰から、50センチほどの護身用の剣を2本抜き取った。
「わかった……。だが、力になれるかは保証できないよ」
彼は瞳を閉じ大きく息を吸い込み、そして吐く。
そして、ゆっくりと見開かれたレッツォの瞳から、牧師の温厚さが消え、研ぎ澄まされた熟練剣士の光が宿った。
「さぁ、行こうか」
三人は屋上へと続く扉の前まで辿り着いた。
扉の向こうからは、鼓膜を震わせるほどの魔石の拍動が伝わってくる。
「大丈夫だよエル。何かあってもここは兄さんの屋敷だ。兄さんが助けに来てくれる」
ルヴェンはエルミナの頭を撫で、自分に言い聞かせるように微笑んだ。
「……すぐ、戻ってきてね? ここで待ってるから」
エルミナは涙目でルヴェンに抱きつき、彼の無事を祈った。
「さぁ、開けるよ」
レッツォが重厚な扉に手をかける。
向かい風に抗い、ギギギと不気味な音を立てて扉が開いた。
瞬間、猛烈な冷気と雪、そして圧倒的な「悪意」が流れ込んできた。
吹雪の向こう側。屋上の展望塔を背に、二人の人物が立ち尽くしていた。
セイセルと、レイグだ。
唸る風と横殴りの雪が、三人の体温を急速に奪っていく。
ルヴェンたちの存在に気づいたレイグが、醜悪な含み笑いを浮かべながら声を上げた。
「ようこそ……『真夜中のパーティー』へお越しくださいました。ささ、皆様方、中央へ」
屋上の広大なスペースの中央。セイセルたちが待つ場所へ、ルヴェンとレッツォは歩み出した。エルミナは西塔の陰に隠れ、震えながらその背中を見守っている。
一歩、また一歩と距離を詰めるにつれ、ルヴェンの瞳は驚愕に見開かれた。
レッツォは額に手を当て、頭を振る。
「なんてことだ……。手遅れだったというのか」
吹雪に掻き消されそうなルヴェンの視界に、決定的な絶望が突きつけられた。
セイセルの足元に跪くレイグ。
そして、零下を遥かに下回る極寒の中で、下半身の下着一枚で立ち尽くすセイセル。
その光景を「異常」から「地獄」へと変えていたのは、セイセルの身体の変貌だった。
彼の右膝より下は、強靭な毛に覆われた狼の後ろ足へと変じ、爪が屋上の石畳を深く抉っていた。
そして、彼の剥き出しの胸元――。
そこには、心臓の拍動に合わせて禍々しい紫の光を放つ「魔石」が、肉を食い破るようにして埋め込まれていた。
「兄さん……そんな、嘘だ……!」
震える声に、セイセルはゆっくりと口角を吊り上げた。
前髪の隙間から覗く瞳は、もはや人間のそれではない。
口の中には獣の鋭い牙が並び、意地汚らしく滴る涎が雪の上で瞬時に凍りつく。
セイセルは夜空を見上げ、肺腑を震わせる雄叫びを上げた。
「オオオオオオオオオオオオン!!」
夜の静寂を切り裂いたのは、この街にたどり着く前の森に響いた、「狼」の遠吠えだった。




