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第五十六小節 ~tWinkle White snoW~


 それから数週間後。


 ジルウス船長の船は、流氷に覆われた海を砕き進み、ついにビルデン王国最北端、エーレッツ半島へと到達した。


 道中、船は幾度も自然の猛威に晒された。

 視界を奪うほどの猛吹雪、船体を締め上げるような流氷群、そして凍てつく高波。


 通常の航路であれば引き返すレベルの悪条件だったが、ジルウス船長はそれら全てを『気合と根性』という、航海術の教科書には載っていない極めて非論理的な、しかし圧倒的な熱量を持つ精神論だけで乗り切ってしまった。


 船の魔導機関コアであるイルベルが悲鳴を上げ、船員のカイツとノッティンが死相を浮かべる中、ルヴェンたち三人は、なんとか無事に大地を踏むことができたのだ。


 半島沿岸は海面ごと厚い氷に閉ざされていたが、幸いにも接岸可能な高台があったため、そこが上陸地点となった。


「坊主! 達者でな! 兄貴と仲良くしろよ!」


「ありがとう、ジルウスさん! 皆さんもお元気で!」


 別れの際、ルヴェンはジルウスと固く手を握り合い、再会を誓った。

 口の悪さは相変わらずだが、この船長の不器用な優しさがなければ、この極寒の地へ辿り着くことすら叶わなかっただろう。


 船が見えなくなるまで手を振り続けた後、三人は踵を返し、これから進むべき方角へと目を向けた。



 そこに広がっていたのは、見渡す限りの銀世界だった。

 まだ正午を回ったばかりだというのに、空は鉛を溶かしたような重く黒い雲に覆われている。


 太陽の恩恵など微塵もなく、大地を支配するのは容赦のない寒気と、視界を白く塗りつぶす吹雪だけだった。


 風が唸りを上げて吹き荒れ、少しでも気を抜けば一瞬で体温を奪い去り、命の灯火さえも吹き消してしまいそうな、無慈悲な自然の歓迎。


「さ……寒いっ! 何これ、痛いよぉ!」


 風の中で悲鳴のような声を上げたのは、エルミナだった。

 分厚い防寒具に身を包んではいるものの、彼女はダンゴムシのように背中を丸め、ガタガタと震えている。田園の恵みの太陽に愛された彼女にとって、この北限の寒さは未知の暴力に等しかった。


「ほら、こっちに入りなさい」


 レッツォが自らの外套を広げ、風上に立って壁となりながらエルミナを庇う。

 だが、そのレッツォの表情も険しい。吐く息は瞬時に白く凍りつき、睫毛には霜が降りている。


 しかし、ルヴェンだけは違った。


 不思議なことに、この殺人的な寒さが肌に馴染むのを感じていた。

 ふと左手のグローブに目をやる。

 そこからは、肉眼では捉えきれないほど微かな、しかし確かな黒い霧が滲み出し、薄い膜となって彼の全身を包み込んでいた。


 黒竜の力。かつて彼の中に宿った闇の眷属が、宿主を環境から守っているのだ。

 ルヴェンは口元を緩め、風音に紛れるほどの小さな声で呟いた。


「……ありがとう、黒竜」


 彼は深くフードを被り直すと、レッツォとエルミナに向かって声を張り上げた。


「こっちです! 兄様の住むディファテス地方は、この森を抜けた先にあります!」


 先導役を買って出たルヴェンは、新雪を踏みしめながら歩き出した。

 海岸線を離れ、一行は針葉樹の森へと足を踏み入れた。


 木々は雪の重みに耐えるように枝を垂らし、黒々とした幹が墓標のように立ち並んでいる。


 風は幾分弱まったものの、代わりに足元の悪さが彼らを苦しめた。

 腰まで埋まるほどの深雪。一歩進むたびに体力が削り取られていく。


「ルヴェン君! もう少し……ペースを落とせないかい?」


 背後から、荒い息遣いと共にレッツォの声が聞こえた。

 振り返ると、彼はエルミナの腕を支えながら、雪に足を取られてよろめいていた。

 エルミナの顔色は蒼白で、目は虚ろになりかけている。


「でもレッツォさん! 早くこの森を抜けないと! 夜になったら方向感覚もなくなって、遭難しちゃいますよ!」


 ルヴェンは焦っていた。

 過去に何度か訪れた経験から、この地方の夜の恐ろしさを知っていたからだ。日が沈めば気温はさらに下がり、闇は全てを飲み込む。


 だが、それ以上に彼の足を急かしていたのは、「兄に会いたい」という逸る気持ちだった。そして、早くエルミナを安全な屋敷へと連れて行きたいという義務感。

 その焦燥が、目前の仲間のコンディションを見誤らせていた。


「ルヴェン君! 状況を見なさい!」


 レッツォの鋭い叱責が飛んだ。


「彼女の体力の消耗を見てみなさい! このまま歩き続ければ、彼女の命に関わるよ!」


 ハッとして、ルヴェンは足を止めた。

 レッツォに支えられているエルミナを見る。

 彼女は肩で息をし、唇は紫色に変色していた。意識が朦朧としているのか、焦点が定まっていない。


「エル! 大丈夫!? ごめん、僕……!」


 慌てて駆け寄り、彼女の頬に手を当てる。


 手袋越しでも分かった。

 熱い。


 異常なほどの高熱だ。寒さで体力を奪われているはずなのに、身体の内側から火がついたように燃えている。


「そんな……! エル! しっかりして! 駄目だ、寝ちゃダメだ!」


 ルヴェンは彼女の肩を激しく揺さぶった。眠れば死ぬ。その恐怖が彼を支配する。


「ルヴェン君! 落ち着きなさい! 揺さぶるんじゃない!」


 レッツォがルヴェンの手首を掴み、強い力で制止した。その表情は普段の温厚さからは想像もできないほど厳しく、鬼気迫るものがあった。


「ここで野営をする。君は場所を確保してくれ。私は彼女を診る」


「で、でも……!」


「急ぐことが最善とは限らない。今は彼女を休ませることが最優先だ。いいね?」


 レッツォの有無を言わせぬ圧力に、ルヴェンはただ頷くことしかできなかった。

 森の中とはいえ、依然として雪は降り続いている。


 彼らは巨大な針葉樹の根元、風が当たりにくい場所を選び、震える手で急ごしらえのテントを張った。



 ――それから、数時間が経過した。

 夜の帳が完全に下りた森の中。


 厚い雲に遮られ、月の光すら届かない完全な闇。

 世界から色が消え、ただひたすらに雪が降り積もる微かな音だけが、耳鳴りのように響いている。


 極寒の大地に張られた頼りない布一枚のテントの中。


 しかしそこには、奇跡のような温もりが存在していた。


 レッツォが奏でるハーモニカの音色だ。

 彼が唇に当てた銀色の楽器からは、旋律と共に淡い光の粒子が溢れ出し、それがテント内を満たす結界となって、寒気や魔物の気配を遮断していたのだ。


 その光景は、暗い海の底に灯るランタンのようだった。


「レッツォさん。エル、大分落ち着きましたね」


 ルヴェンは、簡易ベッドの上で眠るエルミナにそっと毛布を掛け直し、安堵の息を吐いた。


 頬の赤みは引いていないが、呼吸は穏やかになり、苦悶の表情も消えている。


「そうだね。私の調合した薬が効いたようだ。熱も下がってきている。これなら明日の朝には出発できるだろう」


 レッツォは演奏の手を休めることなく、器用に目配せだけで答えた。


 こんなこともあろうかと準備していた特製の解熱剤と強壮剤が、功を奏したらしい。

 エルミナが安らかな寝息を立て始めたのを確認すると、レッツォはようやくハーモニカを口から離した。


 だが、音色が止んでも、光の結界は残響のようにその場に留まり続けている。

 彼は小さな携帯用アルコールランプに火を灯し、干し肉を軽く炙ってルヴェンに差し出した。


「ほら、君も食べなさい。塩分も糖分も、こういう時は命綱になる」


 続けて、魔法瓶から湯気の立つ紅茶を注ぐ。甘い香りが狭いテント内に充満し、ルヴェンの鼻腔をくすぐった。


「ありがとうございます……」


 ルヴェンはカップを受け取り、その温もりを両手で包み込んだ。指先の感覚がゆっくりと戻ってくる。一口含むと、砂糖をたっぷりと入れた紅茶の甘さが、疲弊した脳と身体に染み渡った。


「君も、落ち着いたかい?」


 自分の分の紅茶をすすりながら、レッツォが穏やかな声で問いかけた。


「はい……。昼間は取り乱してしまって、ごめんなさい。この森はとても危険だって聞いていたから、つい焦ってしまって……」


 ルヴェンは俯き、カップの水面を見つめた。自分の判断ミスでエルミナを危険に晒してしまったという罪悪感が、胸を締め付ける。


 レッツォは軽く鼻で笑い、大きな手でルヴェンの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「それは、準備不足の若者が陥りやすい罠だよ。私の旅の知恵と年季を侮っちゃいけない。伊達に長く生きているわけじゃないからね」


 彼は自分のリュックを指差し、にやりと悪戯っぽく笑ってみせた。そこには、どんな状況にも対応できそうな道具がぎっしりと詰まっているのだろう。


「そうですね……本当に、レッツォさんがいてくれてよかったです」


 ルヴェンは照れ隠しに頭を掻き、素直に感謝を口にした。




 その時だった。


 ――ワォォォォォォォン……。



 森の奥深く、いや、それよりももっと遠い場所から。


 風の音に混じって、長く、悲しげな遠吠えが聞こえた。


 二人の和やかな空気は一瞬で凍りついた。


 ルヴェンの目が鋭く細められ、レッツォもまた、紅茶を飲む手を止めて視線を外に向けた。


「レッツォさん、今の……」

「ああ、狼だね。……だが、私の結界がある限り、気配は遮断されているはずだ。こちらに気づくことはないだろう」


 レッツォは冷静に答えたが、その手は空中に浮かぶハーモニカを無意識に撫でていた。


「……ちょっと、外に出てどの方角から聞こえてくるか調べてきます」


 ルヴェンは言いようのない胸騒ぎを感じていた。

 ただの狼ではない気がしたのだ。

 彼は膝掛けにしていた上着を羽織り、テントのフラップを押し開けて外へと出た。



 一歩踏み出した瞬間、世界が変わった。


 レッツォの結界の内側と外側では、天国と地獄ほどの差があった。

 容赦のない冷気が刃物となって肌を切り裂き、暗闇が視界を奪う。


 ルヴェンは呼吸を整え、寒さに耐えながら闇の中に意識を集中させた。



 ――ワォォォン……。



 再び聞こえた。


 北東の方角。ルヴェンたちが目指している、兄の治める街の方角だ。


 その時、ルヴェンは胸元に微かな振動を感じた。

 ドクン、ドクンという自分の鼓動ではない。もっと硬質で、冷たい振動。


「これは……?」


 ルヴェンは手袋を外し、首から下げていたネックレスを引っ張り出した。

 それは、ビルデンから追放されたあの日、親友オルスから受け取ったもの。


 闇の中で目を凝らす。

 ……震えている。



 ネックレスにあしらわれた二つの飾り――アズルーのナイフとテウロンの牙が、互いにぶつかり合い、カタカタと微小な音を立てて震えていた。


 共鳴しているのか、それとも怯えているのか。

 寒さが限界に達し、ルヴェンはネックレスを上着のポケットに押し込むと、逃げるようにテント内へと戻った。


「ルヴェン君、どうだった?」


 テントに戻ると、レッツォが心配そうに声をかけてきた。手には温め直した紅茶を持っている。


「ええ、確かに狼の声でした……。でも、いくつか気になることがあって」


 ルヴェンは紅茶を受け取り、震える身体を温めながら言った。


「まず、僕の記憶では、この森に狼は生息していないはずなんです。魔物はいても、普通の狼はいなかった。それに、さっきの遠吠えが聞こえたのは、兄様の街の方角なんです」


 レッツォは眉間に皺を寄せ、「ふむ」と短く相槌を打った。


「生息域が変わったのか、あるいは……」

「それともう一つ」


 ルヴェンはポケットから先ほどのネックレスを取り出し、レッツォに見せた。


「それは、君が肌身離さず持っていた……」


 レッツォが言いかけた時、ルヴェンは「あれ?」と声を漏らした。

 先ほどまで生き物のように震えていたネックレスは、今はただの静物に戻っていたのだ。


「ええ、親友の形見です。さっき外にいた時、これが震えていたんです。結界の外に出た途端に反応して……」


 ルヴェンは不可解そうに首を傾げたが、レッツォの表情は険しいままだった。


「レッツォさんの結界から出れば反応する……。狼の遠吠えと、このネックレス……」


 考えを巡らせていたルヴェンは、ある事実に思い至り、ハッとした表情になった。


「そういえば、これはアズルーとテウロンの遺品……。二人は人狼だったんですよ!」


 その言葉に、レッツォの目が鋭く光った。

 何かに勘づいたような、あるいは確信したような反応。


「人狼……。なるほど、そういうことか」

「レッツォさん、何か分かったんですか?」


 ルヴェンが問い詰めようとした、その時。



「んぅ……、どうしたの? 二人とも、怖い顔して……」


 毛布の山が動き、エルミナが目を覚ました。

 まだ熱が残っているのか、とろんとした瞳をこすりながら身を起こす。


「あ、ごめんエル! 起こしちゃったかな?」


 ルヴェンは慌てて表情を緩め、彼女に駆け寄った。


「ううん……なんか、怖い夢見てた気がする……」

「大丈夫だよ。夢だよ」


 ルヴェンは彼女の肩からずり落ちた毛布を掛け直しながら、レッツォと視線を交わした。


 今は彼女を不安にさせてはいけない。この話はここで終わりだ、という暗黙の了解が二人の間で成立した。


 テントの中には、再び穏やかな空気が戻った。

 エルミナはレッツォが淹れた甘い紅茶を啜りながら、白い息と共に言葉を紡いだ。


「本当ごめんね。私が倒れてなければ、とっくにこんな森抜けてたはずだよね……足手まといになっちゃって」


「何を言うんだい。どのみち私も休憩したかったんだ。君たちのように若くはないからね、腰が悲鳴を上げていたところだよ」


 レッツォは目尻に皺を寄せて笑い、その横でルヴェンも申し訳なさそうに頭を下げた。


「エル、僕の方こそごめん。家族に会えると思って、周りが見えてなかったんだ。君のペースを考えずに無理させて……」


「もう、二人して謝らないでよぉ。変なの」


 エルミナはぶんぶんと首を振り、可愛らしい笑顔を見せた。紅茶の温かさで、少しずつ顔色が戻ってきている。


「さあ、明日はいよいよルヴェン君のお兄さんとご対面か。どんなお兄さんなんだい?」


 レッツォは場の空気を変えるように、明るい声で話題を振った。


 雪と闇、そして遠吠えの恐怖をエルミナに悟らせないための配慮だ。


「え、ええ……。兄様は――」




 ルヴェンもその意図を汲み、努めて明るく語り始めた。

 テントの外では風が止み、音もなく雪が降り積もっている。

 漆黒の森の中にポツンと灯る小さな明かりの中、ルヴェンの語り声だけが響いていた。

 これから辿り着く街の美しい情景。雪に覆われた白亜の城下町。厳しい寒さの中でも、人々が助け合って暮らす温かさ。


 そして、兄のこと。


 一見すると冷酷で厳格に見えるが、その内には誰よりも熱い騎士道精神を持ち、家族や家臣、領民を深く愛している男性であること。

 話しているうちに、ルヴェン自身も兄への憧憬と愛情が溢れ出し、言葉に熱が帯びていく。


 テント内に立ち昇る白い息は、彼の興奮を表すように絶え間なく続いた。


「へー! 早く会ってみたいな。それに、久しぶりにフカフカのベッドで寝たいー! 暖かいお風呂にも入りたいー!」


 エルミナは目を輝かせ、想像を膨らませた。

 レッツォのハーモニカから発せられる魔法の熱に手をかざしながら、彼女は久しぶりの安息を夢見ていた。


 クフェルを出てから、まともなベッドで眠った記憶がないのだから無理もない。


「そうだ。良い物を見せてあげよう」


 不意に、レッツォが言った。

 不思議そうな顔をする二人をよそに、彼は空中に浮いていたハーモニカを手に取り、別の旋律を奏で始めた。


 先ほどまでの防御的な響きとは違う、もっと開放的で、神秘的なメロディー。


 すると、今まで淡い金色に輝いていたハーモニカが、冷たく澄んだ銀色の光を放ち始めた。


 レッツォが座る地面を中心に、複雑な幾何学模様の魔法陣が光の線となって浮かび上がる。

 彼が楽器から口を離し、目を閉じて何かの呪文を小さく呟くと、魔法陣の外周に光でできたハンドベルとトライアングルが現れた。


 それらは見えざる手によって奏でられ、ハーモニカの旋律に合わせて静かに、しかし凛とした音色を響かせ始めた。


 チリーン、シャラーン。



 聖夜を告げる鐘のような音が重なり合い、銀色の光の粒子がテント内に弾ける。


「さぁ、二人とも。テントの外を見てごらん」


 幻想的な光と音のアンサンブルに見惚れていたルヴェンとエルミナに、レッツォは優しく促した。


 二人は呆気にとられ、瞬きを繰り返しながらレッツォを見る。


 彼は悪戯っぽくウィンクし、テントの入り口を指差した。


「えー、寒いよぉ……せっかく温まったのに」


 外に出ることなど想像もしていなかったエルミナが不満げに口を尖らせる。

 ルヴェンは彼女の肩をぽんと叩き、言った。


「行こう、エル。レッツォさんが嘘をつくわけないよ。きっと凄いものが見れるはずだ」


 彼もまた、レッツォを真似てウィンクしてみせた。

 渋々といった様子で、エルミナがテントのフラップを持ち上げる。


 ルヴェンも彼女に続いて顔を出した。

 その瞬間。


 先ほどまでの鬱陶しい寒さや恐怖が、一瞬で吹き飛んだ。


「わぁ……」


 言葉が出なかった。

 二人とも、ただ呆然と、目の前の光景に見入っていた。

 そこには、闇はなかった。


 テントから漏れる光ではない。森の木々でもない。

 空からゆっくりと、音もなく降り注ぐ無数の水の結晶。

 それら一つ一つが、レッツォの魔法と共鳴し、自ら発光していたのだ。


 白く、青く、あるいは銀色に。

 まるで、月のない夜空から星々がそのまま地上に降り注いでいるようだった。


 ーー雪は瞬いていた。まるで天使が舞い降りるかの様に、ゆっくりと、世界に祝福を与えるかの様に……。


 煌めく白雪が、暗黒の森を幻想的な光の回廊へと変えていた。


 それは息を呑むほど美しく、神聖で、残酷なまでに静かな光景だった。


「きれい……」


 エルミナの瞳に、無数の光が映り込む。

 ルヴェンもまた、寒さを忘れてその光景に心を奪われていた。


 そんな二人の背後で。

 レッツォは胸元の十字架を強く握りしめ、誰にも聞こえない声で呟いた。


「……美しいものは、時に残酷だ。この光の先に待つものは……」


 その横顔には、いつもの微笑みはなく、深い悲哀と覚悟の色が支配していた。


 光る雪は、彼らの行く末を祝福しているのか、それとも鎮魂の灯火なのか。



 誰も知らないまま、ただ静かに降り積もっていく……。


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