第四小節 〜殺シノ調べ〜
ロインは騎士の背が風を巻き上げ走り去ったのを見届け、ふっと風に紛れるように現れた。
「幼き日、勇者の夢。
少年たちはいつしか、闇を葬る勇者になろうと誓いを立てる。
叶えぬ夢、遥かな夢……
その夢は、少年を変える。
――それは、この過去の未来で……」
細く震える弦。
その音はまるで、これから訪れる惨劇への前奏曲のようだった。
余韻を残し、ロインは霞となって消える。
風塚へ辿りついた三人が目にしたのは、もはや“土地”ではなく、焼け焦げた傷口そのものだった。
残った柱は、うちひしがれた兵士のように折れ、
焦げた木材は黒い涙のような煤をこぼしていた。
血の飛沫は乾きかけながらも、赤黒い光沢を夜気に滲ませ、ところどころに散った肉片は、夕闇の中でまるで獣に食われた残滓のように沈黙している。
オルスは視界が揺れるほどの衝撃に、声を押しつぶされて呟いた。
「そ……そんな……皆……死んでる……」
膝が落ち、その拍子にコリアが地面に転がる。
だが彼はそれにも気づけないほど、全ての音が頭の中から消えていた。
「オルス、これは……?」
ルヴェンの声はかすれ、風にさらわれそうだった。
オルスは返事よりも先に走り出す――父の眠る祠へ。
その足音は、焼けた地面に吸い込まれるように軽い。
祠のそばに横たわっていたのは、形を失った“何か”だった。
だが、散った鎧の破片――
それが見せつける残酷な事実は、目を逸らすことを許さない。
「父上……父上!! うわぁああああああ!!」
声が枯れるほど泣き叫び、焦げた匂いの染みついた亡骸に頬を押しつける。
灰が、オルスの涙に溶かされて黒くゆっくりと流れた。
コリアは祠の方に歩いた瞬間、鼻を押さえた。
「この匂い……なんですか……? ひどく臭い……」
それは、もう生の匂いではない。
血と内臓と、焼け焦げ、そして死の時間が混ざりあった“終わり”の匂い。
「人間の……血と内臓の匂いだよ……」
背後から低く、よく通る声。
振り返ると、二人の剣術の師匠ガルブス=ジレンが立っていた。
息が乱れているようには見えない。
けれど彼のブーツには、土埃とは違う暗い赤が混じっていた。
「ガルさん!」「ガルブスさん!」
二人の声に、ガルブスは目線だけを向けたが――
その瞳の奥には、一瞬だけ“痛み”の火が揺らいだ。
「魔石の勇者が攻めてきている。
ヤツは竜様の力を奪うため、この街を襲ったのだろう。
……緑竜様は堕ちたか」
語り口は淡々としている。
だが、わずかに震えた指先が、鎧の柄の上をそっと撫でている。
それは、焦げ跡や血をできるかぎり払おうとしているようにも見えた。
「闇塚へ向かうぞ。陛下とエスメラルダ卿がおられる。
黒竜様の力で叩き潰す。最恐の力をもってな」
抑揚は冷たいのに、その目だけはどこか遠くを痛ましげに見ていた。
それが何を思ってのものか、三人には分からない。
「子供三人なら馬に乗れる。急げ」
オルスは、抑え切れない疑問をぶつける。
「弔いは!? 俺の父上ですよ!?
アンタの上官でもある! そんな、あっさり……?」
ガルブスの横顔は動かない。
ただ、一度だけ、ほんの一度だけ喉が上下した。
「……戦場では死者は付き物だ。
死にたくなければ……ついて来い」
それは答えではなく、逃げでもなく、
“これ以上踏み込めば感情が崩れる”者の声だった。
「ひでぇよ……そんなのアリかよ!
風塚のみんなは兄貴みたいなもんだ!
俺は置いてなんて行かねぇ!!」
オルスの怒声に、ガルブスは静かに息を吸った。
「……分かった」
そして剣を胸に掲げると、
淡々とした、しかしどこか噛みしめるような調子で言葉を紡ぐ。
「風塚の塚守、レグレント=マーク=ゼディアーク……
および、その配下の者たちよ。
安らかに眠れ……」
形式に見えたその動作。
だが、わずかに震える剣先が、彼の本心を否応なく語っていた。
すぐさま顔を背け、
「……行くぞ」
低く呟いた声は、感情を押し殺して搾り出したようだった。
「ふざけんな! 行くなら勝手に行け!
俺は父上達を弔ってから向かう!
ルヴェン達を頼むぜ、騎士様よ!」
ガルブスは一瞬だけ足を止め――
その背中に、ごく僅かな“迷い”が灯った。
だが、それを振り払うように馬へ向かい、
「……ここに残れば、お前も塵になる。
それでもいいなら、好きにしろ」
振り返らぬまま言い捨てた。
声は強く、しかしどこか沈んでいた。
「オルス……絶対後で会おう。絶対だよ?」
「オル兄様ー!! 絶対ですよー!!」
ルヴェンとコリアの声が、蹄の音に飲まれ遠ざかっていく。
残されたオルスは、父の亡骸の横にそっと腰を落とし、
空を仰いだ。
「父上……俺も、ここで眠ります……
一緒に……母上の下へ……」
その呟きに、風は何も答えない。
ただ、空を裂く光の軌跡だけが、
殺戮を促す協奏曲のように頭上を横切り続けた。




