第三十四小節 ~竜討ちし国 フェルダイ帝国~
ルヴェンが『異端者』として送り込まれた先は、ビルデンの海を挟んで対岸に広がる大国――フェルダイ帝国であった。
フェルダイは他国に比べ、はるかに進んだ科学技術と工業力を誇る。
町の至るところに魔動機を利用した設備が並び、蒸気と魔力を混合して動く巨大船が海を渡り、魔導機を搭載した鉄道車両が大陸の果てをも結んでいる。
彼らにとって魔力とは自然界に漂う不可視の資源であり、それを解析し、転換し、機械に組み込むことこそが文明の栄光だった。
そうした背景もあり、フェルダイは『竜』という存在を長らく迷信と断じてきた国でもある。
かつて竜が世界に君臨していた時代があったと語られても、フェルダイ人は鼻で笑った。
――技術の前に神話は不要。
――科学で証明できない生物に価値はない。
そんな思想が彼らの根底にある。
だが皮肉にも、この国が竜を否定するようになったのは、始祖である『神竜を倒してしまった』ことが理由だった。
その象徴こそ、初代フェルダイ帝王が振るう宝剣である。
ドラゴンスレイヤーは通常の武器とは異なる構造を持つ。
機械仕掛けの骨格に闘気伝導管を埋め込み、闘気の波動を圧縮して刀身へ送り込み、竜の守護結界を『強制的に破壊する』という禁じられた技術の結晶だった。
鍔には、打ち倒された無数の竜が剣や槍で穿たれる姿が細密彫刻として刻まれており、剣自体が戦いの歴史を語る遺物でもある。
刀身は人間の背丈ほどもあり、扱うには常人を超えた膂力と闘気が必要だ。
その破壊力は伝承の中で誇張されたのではなく、実際に一振りで二階建ての家屋三軒分の竜を両断したと記録に残っている。
しかし、この剣には決定的な欠点があった。
――強すぎる。
剣が力を引き出す代価として、持ち主の闘気のみならず魂までも吸い込んでしまうのだ。
歴史上、この剣を完全に使いこなせた者は初代帝王ただひとり。
ゆえに現在、ドラゴンスレイヤーはフェルダイ城の地下深く、分厚い結界の中に封印されている。
『いつか来るべき大戦』に備え、決して軽々しく触れてはならない聖遺物として。
では今のフェルダイはどうやって竜を討つのか。
その答えは、魔動機と対を成すもう一つの技術体系――《闘動機》である。
闘動機は従来の魔動機とは用途が異なり、人間の闘気を媒体として稼働する戦闘用機構だ。
拳大ほどの小型装置でも性能は十分で、剣・斧・槍・銃などあらゆる武器に取り付けることができる。
闘気を増幅し、超振動刃を形成したり、衝撃波を飛ばしたり、魔力装甲を破壊する機能まで搭載されている。
だが扱える者は限られていた。
強大な増幅出力に耐えるには常人では不可能な身体強度と精神制御が必要となる。
そのため、フェルダイ帝国では厳しい修練を積み、武勲を立てた騎士だけが『竜討騎士』の称号を授けられ、正式に闘動機武装の携行を許可される。
竜討騎士の武器は、それ単体で小型竜を容易に屠るほどの威力を持つ。
技術の進歩により、竜との戦いは恐怖ではなく『任務』へと変わり、いつしかフェルダイ人は本気で信じるようになっていった。
――竜など所詮、倒される側の生物だ、と。
その思想が、『異端者』という存在に影響を与えているのは疑いようがなかった。
竜討騎士と異端者。
両者が交わる時、何が起こるのか。
フェルダイは表向きには科学の国だが、その内側には複雑な政治と宗教観が絡み合っている。
こうしてルヴェンが辿り着いたのは、フェルダイ帝国の小さな港町――アクレスイ。
帝国本土の門戸ともいえる町でありながら、どこか寂れた雰囲気が漂う海辺の集落だった。
潮風は冷たく、街道の石畳はところどころ砕け、古い倉庫だけが並んでいる。
だが、この静かな港町こそが、ルヴェンにとって運命の歯車が回り始める最初の舞台となる。
物語の拍子は、ここから確かに加速し始めるのだった。




