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第二十一小節 ~runner~

 



 ルヴェンが魔石を粉砕した、そのまさに同じ頃。



 セイセルたちは避難所へ続く洞窟の通路を、肺が焼け付くほどの速度で駆け抜けていた。



 岩肌の通路は生き物のように軋み、頭上から落石がパラパラと降り続ける。



 細い通路の奥から吹き抜ける風は、生温く、しかしどこか鉄の匂いが混じっていた。


 大地そのものが唸り声を上げているかのようで、誰もが、次の揺れで自分が岩に押し潰される未来を一瞬思い浮かべた。



 足元も安定せず、細かな振動がつま先から喉元まで一直線に突き抜けるたび、「次だ、次の揺れで終わる」という恐怖が背骨をひやりと撫でていく。



 それでも走るしかなかった。立ち止まれば、全員が確実に飲み込まれる。



「もうすぐだ! みんな、足元に気をつけろ! 崩れやすい場所だ!」



 セイセルが後ろを振り返らず叫び、オルスたちを鼓舞するように腕を振る。


 焦燥混じりの声は、揺れる空気そのものを殴りつけるように鋭く響いた。



 後方にいたコリアは肩で息を切らしながらも、兄の背中を必死に追っていた。



 華奢な身体に似合わぬ執念が、その瞳に宿っている。恐怖で足がすくみそうになっても、それ以上に「兄と離れたくない」という一心が彼女の脚を動かしていた。



 そんな中――


 セイセルが、走る勢いのまま地面をキュッと踏み込み、ぴたりと動きを止めた。



「っ……!」



 突然の停止に、その場の全員がぶつかりそうになり、慌てて減速する。



「セイ兄ぃ!? 一体……どうしたんだ?」



 オルスが荒い息のまま問いかける。



 だがセイセルは応じない。ただ、天井のさらに向こう――岩盤の層を透かし、空の遙か上に漂う『何か』を見据えるように視線を細めていた。



 その横顔は、緊張というよりも『覚悟』に近い硬さを帯びている。


 何か大事なものを察知した者の表情だった。



 しばしの静寂。


 揺れさえ一瞬止んだかのように錯覚するほどの静けさが走る。



 やがて、セイセルは長い息を吐きながら瞳を閉じた。



「……石が弾けた」



 呟きは驚くほど静かだった。だが核心だけを鋭く突き刺す重さを持っていた。



「え!?」「まさか……!」



 周囲の近衛騎士たちがざわつき、そして次の瞬間、信じられないという顔をして、それでも微かに安堵を滲ませた笑みを浮かべた。



 ひとり、蚊帳の外なのはオルスである。



「いやいやいや……! 意味わかんねぇし! 弾けるって何だよ!? 」



 どこにも余裕がない状況のはずなのに、オルスの声だけは妙に生っぽく響き、張りつめた空気をわずかに緩めた。



 セイセルはオルスの両肩をガシリと掴んだ。



「ルヴェンが……いや、『黒竜』が魔石を破壊した。間違いない。あれは……竜の力だ」



 その瞳には、弟の無事を確信した兄の色があった。


 揺れる光に照らされ、強く清冽な光が宿る。



「いや、だからマジで意味分かんねぇって……何が起きているんだよ……」



 オルスが半泣きのように困り果て、セイセルの腕を振りほどこうと手を伸ばした――



 その瞬間。




 洞窟全体が、底から突き上げられたように跳ねた。



「うわあっ!?」「きゃっ!!」



 オルスとコリアの身体が浮き、壁へ投げ出されそうになる。


 足元の岩が踊り、天井から拳大の岩片が次々に降り注ぐ。



「コリアッ!」



「わっ、わぁぁっ!」



 コリアの身体が横へ大きく傾ぎ、土砂に埋もれかけたところを、セイセルと近衛騎士が左右から支える。



「若! 急ぎましょう! この揺れ……もう限界です!」



 切迫した声に、セイセルは一瞬だけ歯を噛みしめた。



「……黒竜の闘気と魔力が、また膨れ上がっている……。倒したはずなのに、なぜ……?」



 嫌な汗が背中を伝う。



 勝利した後とは思えぬ禍々しい圧が、地の奥から脈動している。



 “黒竜”が暴走に向かっている――そんな悪寒が、セイセルの胸を冷たく刺した。



「走れ! 早く! 避難所はもうすぐそこだ!!」



 怒号に近い号令で、一同は一斉に駆け出した。



 オルスはコリアの手を強く握りしめる。


 妹の震えた小さな指は、幼子の柔らかさのまま、しかし冷たく強張っている。



「オル兄様っ……そんなに早く走れません……っ!」



「ごめん! でも走るんだ……コリアちゃん! 絶対に置いていかねぇ!」



 涙を浮かべたコリアを庇いながら、オルスは前傾姿勢のまま必死に走った。



 心臓が破裂しそうでも、呼吸が喉を焼いても、足の裏が悲鳴を上げても――彼女の手だけは離さない。



 洞窟の風が唸り、叫び声と足音が渦を巻く。



 背後から迫る不吉な脈動は、まるで巨大な竜が息を吸う音のように、洞窟全体を震わせた。



「急げッ!! あと少しだ!!」



 騎士のひとりが叫び、暗闇の向こうに光が見え始める。



 洞窟の出口――


 そこから外の空気が流れ込み、湿った土の匂いが薄れ、代わりに血と焦げた金属のような匂いが濃くなった。



 嫌な、胸を締め付ける匂い。



 そして、地上へ飛び出した瞬間――



 彼らの視界を埋め尽くしたのは、誰ひとり想像すらしていなかった『惨劇そのもの』だった。



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