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第十八小節 ~愛しい友よ Good night~




 撤退を促す騎士たちの足音が響く中、オルスの足は地面に縫い付けられたように動かなかった。


 鼻を突くのは鉄錆のような血の匂いと、焼け焦げた獣の臭気。


 彼はその場に立ち尽くし、積み重なる屍の山を呆然と見つめていた。


「どうした? オルス。行かないのか?」


 歩みを止めたセイセルが、不思議そうに振り返る。


 オルスは拳を強く握りしめ、震える背中で答えた。


「……待ってくれセイ兄ぃ。俺達をかばってくれた友達が……ここに、まだ眠っているんだ……」


 言葉にするたび、喉の奥が熱くなる。


 オルスは溢れそうになる悲しみを奥歯で噛み殺し、目の前の魔物の死体へと手を伸ばした。


 重く、冷たくなった肉塊を必死に押しのける。


「狼さん……オル兄様! 私も手伝います!」


 兄の腕から離れ、コリアも駆け寄った。


 その小さな白い手が、泥と血に塗れることも構わず、瓦礫や死骸をかき分け始める。


「友達……? 狼……? まさか! あの『悪戯人狼』達のことか!?」


 セイセルの脳裏に、かつて報告で聞いたことのある人狼兄弟の噂がよぎる。



 人間を嫌っているはずの彼らが、なぜ。


 だが、弟分と妹の必死な背中を見て、セイセルは悟った。


 彼らはただの魔物として死んだのではない。「友」として散ったのだと。


「待て! 私も手伝うぞ!」


 セイセルは躊躇なく瓦礫の山へと足を踏み入れた。


 三人は泥にまみれ、折り重なる骸を一つ一つ確認していく。


 だが、ルヴェンの放った圧倒的な力による破壊は凄まじく、現場は混沌を極めていた。


「若! 何をなさっているのです! そんなことをされたら、若の体が不潔な魔物の血で汚れてしまいます!」


 近衛騎士の一人が、慌ててセイセルの腕を掴み制止しようとした。


 高貴な銀髪が泥に汚れ、美しい衣装が血を吸っていく様は、騎士にとって耐え難い光景だったのだ。



 しかし――



「馬鹿者ッ!!」


 セイセルの怒声が、洞窟の空気を震わせた。


 彼は掴まれた腕を振りほどき、鋭い眼光で部下を射抜いた。それはまさに「白銀狼」が牙を剥いたごとき迫力だった。


「私の弟達を、その命を投げ打って守ってくれた勇者達だぞ! その彼らに、弔いの一つもしないとは……お前たちはお父様から何を学んできたんだ!」


「は、はいっ……申し訳ございません!」


 騎士は気圧され、深く頭を垂れる。


 セイセルは再び死体の山へと向き直り、黙々と手を動かし続けた。


「セイ兄ぃ……ありがとう……」

「セイセル兄様……」


 オルスとコリアの瞳から、感謝の涙がこぼれ落ちる。


 その涙を拭うことも忘れ、三人は探し続けた。

 しかし、現実は無情だった。



 どれだけ探しても、アズルーとテウロンの遺体は見つからなかった。


 ルヴェンのあの一撃の余波か、あるいは魔物の群れに飲み込まれてしまったのか。


 見つかったのは、瓦礫の下に埋もれていた遺品だけ。



 刃こぼれし、使い込まれたアズルーの短剣二本。

 そして、テウロンのものであろう、砕けた牙の欠片が複数。


 それだけだった。


「アズルー……テウロン……」


 オルスは冷たい短剣を胸に抱き、崩れ落ちた。


「ありがとうな。お前達の事は……一生忘れないぜ……」


「狼さん……せっかく知り合ったのに……私、自己紹介もしないまま……」


 コリアは白い牙の欠片を両手で包み込み、頬を摺り寄せて泣いた。


 冷たい遺品から、彼らの不器用な優しさが伝わってくるようだった。



 その時。



 

 静寂を切り裂くように、多数の金属音が響いた。


 オルスたちが驚いて振り返ると、後ろに控えていた騎士たちが一斉に抜刀していた。


 薄暗い洞窟の中で、数多の剣が銀色の輝きを放つ。


 その中心で、セイセルが自らの剣を胸の前に掲げていた。


 切っ先を天に向け、彼は厳かに、そして高らかに声を張り上げた。ビルデン騎士に伝わる、最上級の鎮魂の儀式である。


「彷徨い続ける貴公達の魂よ! 聞け! ビルデンの騎士セイセル=マス=エスメラルダは此処に誓う!」


 セイセルの声が、岩肌に反響し、亡き者たちへの手向けとなって響き渡る。


「貴公達の死は決して忘れはしない! そして、その高潔なる騎士の心を持つ貴公達に! 今、我等が『騎士』の称号を与える!」


 彼は剣を天高く突き上げた。


「騎士アズルー! そしてその弟、騎士テウロンよ! 安らかに! そして誇らしく眠れ!」

 


 号令と共に、騎士たちは一糸乱れぬ動きで剣を下ろし、鞘へと納めた。その澄んだ音色は、あたかも戦死した英雄たちを送る鐘の音のように聞こえた。



「セイ兄ぃ……」

「兄様ぁー……」


 張り詰めていた糸が切れ、オルスとコリアは大声を上げて泣きじゃくった。セイセルの腰に抱きつき、子供のように涙を流す二人を、兄は優しく受け止めた。



「さぁ……行こうか……」



 セイセルもまた、コバルトブルーの瞳に光るものを浮かべながら、空を見上げるように呟いた。



 三人はゆっくりと歩き出す。



 オルスは彼らの遺品――短剣と牙を、指が白くなるほど強く握りしめていた。


 ヒック、ヒックとしゃくりあげる背中はまだ小さい。だがその手には、友の生きた証と、託された想いが確かに握られていた。

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