第十一小節 ~DARKer Than NIGHTmare~
意識の底から浮上した瞬間、世界は焼け付く痛みしかなかった。
「う……、あ……っ!」
ルヴェンは呻き、重いまぶたをこじ開けた。
視界は闇。しかし、左手一点に集中する激痛だけが、ここが生者に許された場所ではないと告げていた。
鋭利な岩に貫かれた左手が、彼の全体重を支えている。
肉の裂ける湿った音、骨の軋む鋭い震えが、脳髄の奥をえぐるように響いた。
朦朧とした意識の中、不意に――地響きにも似た重低音が、鼓膜ではなく頭蓋そのものに直接叩きつけられた。
「……ぞ……う……小僧!」
その声に意識を掴まれ、ルヴェンは涙と脂汗にまみれた顔で周囲を見回した。
だが、広がるのは底の見えない闇のみ。人の気配など微塵もない。
「誰だ……? 僕を呼ぶのは……? 痛いッ! 手……がぁ……!」
声を上げるだけで、傷口が裂ける想像を絶する痛みが走る。
左手は麻痺と激痛の狭間を往復し、今にも千切れる寸前――限界は数秒先に迫っていた。
「小僧、貴様は何故此処にいる? 何故……『ワシの中』へ入り込んだ?」
威厳と圧力を纏った声が、淡々と問いを投げつける。
彼の苦痛など、まるでどうでもいいと言わんばかりに。
「……む? この不快な気配……石の匂いか。……そうか、奴らが来たのか」
ぼそりと呟き、空気そのものが震えるような低い笑いが落ちてきた。
「のう小僧。ワシと共に『石』を狩らんか?
誓いを立てれば、ワシの力をやろう……この死の淵から這い上がる力を」
悪魔の囁きか、神の救済か。
だが今のルヴェンに考える余裕などない。
「痛いッ! うぐぅ……! 力が……くれるなら何でもいい!
皆を……オルスやコリアを助けなきゃいけないんだ! 皆のところに行かなくちゃ!!」
理屈も正体も関係なかった。
ただこの痛みから逃れたい――そして、大切な人を守りたい。
その想いだけが、彼を必死に繋ぎとめる。
「ならば契約だ! 小僧とワシは、魂尽きる時まで『石』と戦うことを誓え!
永遠の繋がりで、ワシは小僧に、そして小僧はワシとなる!」
提示されたのは、魂の融合とも呼べる絶対の契約。
今のルヴェンに、その重さを理解できるはずがなかった。
「何でもいいよ! 誓う! 誓うから早くしてくれ!
手が……手がちぎれるぅぅ!!」
ミチミチ……と筋肉が裂断していく生々しい音が、耳元で鳴る。
限界を超えた左手が、ついに悲鳴を上げた。
「よかろう……契約は成立した。
ならば――ワシの傷、その身に刻め!
その痛みに耐えた時、小僧はワシと成り得る!」
叫びと同時、左手の痛みを遥かに凌駕する“灼熱の衝撃”が全身を貫いた。
「ガァッ……!? うわああぁああああ!! ああ……ア……!」
血管一本一本に溶岩を流し込まれるような激痛。
絶叫は闇の底へ吸い込まれ、ルヴェンの意識は再び暗転した。
ぐらりと力が抜け、闇の中で彼の体が垂れ下がる。
その赤黒く濡れた左手の上に――ふわりとロインが姿を現した。
彼は悲痛な眼差しで少年を見下ろし、静かにハープを奏でる。
「深き傷、悲しき痛み。
遠き古より語られざる、黒き伝説の始まり。
意識の果てに見たものと、
非情の別れ、二つの骸、
そして愛しき、一つの骸……。
涙枯れ果て、心の底で少年が見たものは、
希望か……それとも永遠の呪いか……」
優しくも残酷な旋律が闇にほどけ、ロインの姿は霧のように消えた。
残されたのは静寂と――微かに脈打ち始めた、少年の左手だけだった。




