魅了された王子達は言った「生理的に無理」
色恋に魅了が使われたことのない世界ということで、よろしくお願いします。
【読者様へのお詫び】
俺の彼女は「ふみゅ」とかいうけど愛してる。
※三次元に限る。
あたし「ほえ」「はにゃあ」「はわわ」とか言ってるけどモテるし。
など、上記の方々には全力で謝罪致します。
「皆に面倒を掛けた事は理解しているが、今となっては魅了で良かったと思っている」
ウーノレット王子の言葉に、そばにいた令息達は同意する。
「同感です。あんな女性に好意を抱いている自分が変人なのではと悩んでいました」
最初に口を開いたのは宰相の息子ブルードゥオレ。
「嫌らしくベタベタ触れられて、不愉快極まりないのに、彼女を嫌いになりきれない自分は、変人どころか変態なのではと自己嫌悪してましたよ」
騎士団長の息子トレグリンは普段寡黙な男であるがこのメンバーの時はやや饒舌になる。
「親しい間柄でもないのに、当家の商会の商品をねだってきていたんです。なんて図々しいんだろうと思いながらも、何もかも差し出したくなって、自分自身に恐怖を抱きました」
最後に話をしたのは国内最大の商会を営む家の息子のイエロ。
「自分の意思と違う感情が抑えきれなくなりそうになるというのは、本当に恐ろしい体験だったな」
全員が全員の言い分に共感していた。彼らはとある犯罪の被害者という共通点があった。
魅了。
彼らは、ある男爵令嬢に魅了をかけられていた。魅了は精神系魔術であるが、使い手は圧倒的に少なく、歴史上、数える程であり、その使い手が発見されたのは、およそ100年ぶりであった。
また、かつての魅了魔術の使い手達は、その力を有害な魔獣へ施し、民の安全を守る、もしくは紛争地帯へと赴き、中立国の立会人として停戦協議に協力するなど、平和利用する者のばかり、いつしか魅了使いは高潔な者だという認識が広がっていた。
そうした記録もあり、呪術や呪いの対策を行っていた王侯貴族であったが、魅了に対してはかなり無防備であった。
とは言え、魅了も精神系魔術の一種。かつての使い手達の協力もあり、解除のための魔術理論は確立されており、王子達は魅了から既に解放されている。
「まさか、魅了の力が、あのような下劣で下品で矮小な人間に与えられるとは……」
ただし、解除に協力した術師であり、精神系魔術研究家でもある神官達のショックは大きかった。聖人の一人とされた歴史に残る魅了使いを尊敬してやまない彼らは泣いた。
王子達は魅了から解放されているとはいえ、長期間魅了されていた事による精神的苦痛は相当なもので、現在も王家の精神科医師による面談を受けている。
ウーノレット達の会話は被害者達によるグループセラピーの時のものであった。
王子達への被害の発覚が遅れたのには理由があった。彼らは、件の男爵令嬢に傾倒している素振りを一切見せていなかったのだ。
その男爵令嬢が捕縛された時は大騒ぎになった。その令嬢は特に目立った特徴はなく、強いて言えば、高位の令息と親しくなりたいようで、在籍している学園で、令息達に図々しくすり寄る姿が目撃されていた事もあり、あまり評判は良くなかった。
令息達からは相手にされていないので放置されていたが、第一王子たるウーノレットにも近付く事があり、周囲から注意を受ける事があった。
その度に、令嬢は「酷いわ、私が男爵令嬢だからって差別するなんてっ」などと言ってウーノレットに「皆が虐めるのですぅ」と泣き付いた。
ウーノレットは親しくもないのに図々しいなと思いつつも「皆が正しい、婚約者のいる者に馴れ馴れしくするものではないよ」と丁寧に諭したのだが、令嬢は「私はウーノレット様と仲良くなりたいだけなのに、くすん」と言って理解しなかった。
ウーノレットは令嬢の言動に呆れると共に、何故か胸がトゥクンと高鳴る自分に動揺した。高等な手練手管を駆使したハニートラップにも引っ掛からなかった自分が「くすん」などと間抜けな言葉を発する女にときめくなどあり得ない。
「私も似たような事がありました」
ブルードゥオレは語った。図書室で読書中、令嬢は不躾にも「授業で分からない事があって」と声を掛けてきたのだ。なんの関わりもない女性と過ごすのはいかがなものかと思ったが了承してしまった。ただし、二人きりは非常識だ、時間と場所を改める事にした。さらに、令嬢だけでなく、同じクラスで男女関係なく希望者を募り勉強会を開催したのだ。
しかし、令嬢はそれが不満だったようで「ブルードゥオレ様と二人きりが良かったな」などと宣うではないか。さらに、教えても同じミスを何度も何度も繰り返す。
令嬢は「はわわ。また、間違えちゃった!」と言って、片目を閉じて斜めに舌を出すと、己の頭を拳でコツンと叩いた。ブルードゥオレは苛立ちで血管がブチ切れそうになると同時に胸がキュンとなった。
またイエロも彼らと同様、ほぼ他人と言っても良いにも関わらず、令嬢に親しげに声を掛けられた。とは言え、その内容は商会で取り扱っているものであったので、拒絶する理由もない。
イエロは最新のフレグランスについての情報を伝える。
「素敵っ。その香水、王妃様もお使いになっているの?私も付けてみたいわ」
それは愛妻家の国王の依頼で調合された香水だ。国王陛下が王妃様にオリジナルの香水を贈ったという話は社交界で噂となり、奥方や婚約者に特別に調合させた香水をプレゼントする流行が生まれた。
「王妃様と同じ香水は他の方へは製作できないんだ」
イエロが説明すると「私もオリジナルの香水が欲しいわぁ」などと言い出す。空気を読む事に長けたイエロは、令嬢がオリジナル香水をねだっている事を理解しているが、婚約者がいる身で他の女性に高価な贈り物などできない。
仕方ないので、小さな石鹸の試供品を渡した。日用品であれば、誤解されることもないのだ。しかし、令嬢は言った。
「うきゅう、イー君のつくった香水が欲しいなぁ」
は?と聞き返さず、笑顔を保っていられたのは、普段から様々な顧客と関わってきたおかげだろう。「うきゅう」は無視をすればいいが、「イー君」は頂けない。家名を呼ぶよう言って別れた。しかし、不愉快なはずなのに、胸がチクチクと痛んだ。
また彼らの中で最も被害を受けたのはトレグリンであった。彼は父同様、騎士を目指しており学園の訓練場で鍛錬を行うことが多かったのだが、その訓練場に件の令嬢は現れた。
わざとらしくトレグリンの前で転び、足を挫いたと分かりやすい嘘を付き、医務室へ連れて行って欲しいと頼んできたのだ。
「痛くて歩けないのぉ、お願い」
婦女子には親切に!という母の教えもあり、同行する事にしたが、令嬢は抱いて行けと言ってきかない。タンカを持って来ようとしたが、不安定で怖いなどと言う。普通の令嬢ならば、親戚でもない、親しくもない異性に体に触れらる方が嫌なのではないか。
仕方なく抱えて運ぶ事にした。だがトレグリンにとってそれは不快な時間の始まりだった。なるべく体を離そうとするのに、令嬢は密着してくるのだ。正直キモい。
そして令嬢は「ほわぁ。こうしてると安心するぅ」などと言って胸に頬擦りをしたのだ。全身に鳥肌がたつ。モゾモゾと体を触られつつ医務室に令嬢を運び込んだ後、トレグリンは吐いた。気持ちが悪くて仕方ないにも関わらず、胸がドキドキしていた。
彼らは鈍い人間ではない。件の令嬢に対する己の反応が恋のようだと感じていた。しかし同時にあり得ないとも思っていた。なんせ、彼らは幼い頃に決まった婚約者に恋をしていたのだから。
子供の頃から少しずつ交流し、理解を深め、時に切磋琢磨し、励まし合い、国のため、家のため、民のため、身を粉にして努めようと誓い合った婚約者。そんな理想的なパートナーがいるはずなのに、あんな奇妙奇天烈な令嬢に目移りするなど絶対にない。彼らの理性はそう言っている。
しかし、頭から離れないのだ。
その男爵令嬢の顔と声が。
眉を八の字にして、わざとらしく困った顔。
下唇を噛んで悲しげに上目遣いをするという、明らかな嘘泣き。
口を尖らせ頬を膨らませる、成人女性がやると痛々しい顔。
いかにも「私、可愛いでしょう」と言いたげたな薄ら笑い。
なんて苛つく表情だろうか。
くすん。
はにゃぁ。
ふぇぇ。
はみゅーん。
うきゅ。
ほえ。
はわわ。
ほわぁ。
何なんだそれは?スラングなのか?方言なのか?
嫌悪感のある相手の事を、常に考えてしまうという現象は彼らの精神を削った。また睡眠不足に加え、食欲不振、集中力の欠如なと。身体にまで影響を及ぼし始めるが、男爵令嬢は相変わらず、彼らの周辺をうろ付き、王子達は彼女を拒絶し切れないという日々が続く。
ウーノレット王子は語る。
「今から思えば、あの時点で既に深く魅了されていたのだろうな。本来なら、注意をしても態度を改めず、体に触れたり、物を要求する令嬢など。教師に報告し、学園に対応してもらうべきだった」
「ええ、通常ならば、我々の誰かが、令嬢の生家や主家に苦情の手紙を出すくらいの事はしているはずです」
ブルードゥオレも自分の考えを口にした。
状況が大きく変わったのは、とある伯爵家の放蕩息子が婚約破棄をした事がきっかけであった。
伯爵令息には親の決めた優秀な婚約者がいたが、学生のうちは遊びたいと多くの夫人やご令嬢と浮名を流す。しかし、ある時、1人の男爵令嬢に夢中になり、とうとう婚約破棄までしてしまう。
「私は彼女との真実の愛を貫く!」
その真実の相手こそ、ウーノレット王子達に魅了をかけていた男爵令嬢だった。彼女は一向に自分に靡かないウーノレット王子達を振り向かせるため、当て馬として放蕩息子を魅了し、婚約破棄をさせたのだ。
その婚約破棄事件は生徒との交流を目的とした学園での夜会に起きた。
ウーノレット、ブルードゥオレ、トレグリン、イエロの四名も婚約者をエスコートしつつ参加している。
なんと愚かなのかと呆れる反面、その伯爵令息に対する嫉妬と羨望が心の中に渦巻いていく。
今すぐ、男爵令嬢を攫え。
嫌だ。
彼女は自分のものだ。
いらない。
他の男に奪われていいのか。
関係ない。
本当は好きなんだろう。
あり得ない。
違う違う違う違う違う違う!
あんな女好きになるはずかない!
とうとう彼らは限界を迎え、ほぼ同時期に、皆倒れた。婚約破棄宣言よりも大きな悲鳴が起きる。
薄れゆく意識の中で、目に入ったのは愛しい婚約者の顔であった。ああ、このまま、何も伝えずにいていいのか。彼らは思った、伝えなければ。
「本当に愛しているのは君だけだ」
「始まりは政略だったとしても、愛しく思っている」
「俺の心は君と共にある」
「ずっと好きだと言いたかったんだ」
憎からず思っていた婚約者から告白を受けた令嬢達は感動する暇もない。王子とその側近候補達が同時に倒れたのだ。何かしらの意図が絡んでいるとしか思えない。すぐさま王家主導で調査が行われた。王子達の婚約者の令嬢達も、自分や生家の力を使って調べた。
令嬢達は皆、婚約者の隣に胸を張って立てるよう、努力し続けてきた。ほのかに慕っていた心は通じ合っていた。愛する男性を失ってたまるものか。
調査は難航した。彼らを蝕んでいるものは毒でも呪いでもない。一体なんなのか。
手掛かりを見つけたのはイエロの婚約者の令嬢だ。彼女の家も国外に流通販路を持つ商団を所有しており、彼らの症状が掲載されているという異国の書物を手に入れた。
そうして調査は進み判明した。
王子と令息達の婚約者が集まる中、精神魔術師から報告を受けた。彼らは魅了されていると。
令嬢達は調査結果が判明して喜んだものの、ショックだった。あの愛の言葉は魅了によるものだったのだ。しかし、精神魔術師の神官達は彼らを魅了しているのは、別の人物だと告げる。
「では、あの告白は……?」
「術者の魅了よりも、ご令嬢への愛が勝ったのです」
慈愛溢れる微笑みを浮かべるおじいちゃん神官に言われ、この時ばかりは、令嬢教育で培ったアルカイックスマイルは崩壊し、お嬢様の顔は赤く染まった。
かくして、王子と令息達の魅了は解かれ、犯人の男爵令嬢も捕縛された。
ついでに、婚約破棄した放蕩息子の伯爵令息も魅了されている事が分かったが、婚約破棄は無効とはならなかった。おまけに、後継者の資質なしとみなされ、伯爵家の跡継ぎは弟に変更される。何故ならば、王子や他の令息は魅了されているにも関わらず、婚約破棄などという愚かな真似はしなかったのだから。
「しかし、あの令嬢が本当に不快であったから、魅了に打ち勝てたのではないかとも思う」
魅了されていた時の事を思い出しながら、トレグリンは言う。
「確かに、もし、相手がまともな令嬢であったら、魅了の力に惑わされていたかもしれませんね」
イエロはあの男爵令嬢があり得なすぎるから、冷静さを失わずに済んだのだとも思った。
「ああ、本当にアレはない」
「とにかくナイですね」
「説明は難しいがムリだ」
「ご婦人達が仰ってるらしいのですが、そう言った感覚って」
王子やブルードゥオレ、トレグリンの言葉を聞いてイエロは言った。
「“生理的に無理”って言うらしいですよ」
「それだ!」
「まさしく!」
「間違いない!」
こんな感じで危機を乗り越え、王子と側近の絆は深まった。もちろん、婚約者達の仲も深まった。
また、今後、魅了事件が起きないとは言い切れない。呪いだけでなく魅了対策も行われる事となり、事件は解決した。
「なんでよぉおーーっ!」
厳重な防犯体制の管理下にある王立魔術研究所で、一人の若い女が奇声を上げていた。王子達に魅了をかけていた元男爵令嬢だ。
「なんで、王子達にはアタシの魅了が効かなかったのよぉ!」
「いや、効いてたよ。心惹かれてはいたらしいけど、君に魅力が無さ過ぎて、あり得ないって理性が拒否したんだろうって本人達は言ってるよ」
女は椅子に座らされ、拘束具で固定されている、それを見下ろすのは一人の研究員だ。彼には魅了防止の魔術道具が装備されている。
「はぁあ?アタシのどこが魅力がないってのよ!言っておくけどね、魅了使わなくても地元じゃ負け知らずなんだからね!」
「やめろって言われてるのに、婚約者のいる男性に付きまとう、二人っきりになりたがる、体にベタベタ触る、物を強請る。うん、付き纏いだね」
「好きな女に甘えられたり、強請られたら嬉しいだろうがぁ!」
「あのね、それって非常識で図々しくて自己中っていうの。それに体に触るとか痴女でしかないよね」
「ぬぁあ!?で、でも、可愛い女にアピールされたら嬉しいはずでしょ!」
研究員は改めて女を見た。確かに、平民の中では容姿は整っている方かもしれない。
「そうだねぇ。地元じゃ負け知らずだったんだよねぇ」
女は研究員の小馬鹿にした態度で彼が考えてることを察したらしい。
「化粧で塗りたくったお高くとまった高嶺の花より、手が届きやすい女の方がモテるのよ!」
「あのね。何で、この国のモテ男のヒエラルキーの最上位に君臨してる男達が“手が届きやすい”所まで降りていかなきゃいけないの。それに、彼ら婚約者のご令嬢達は化粧塗りたくってなんかいないでしょ」
グゥと言って黙る。確かに王子の婚約者達は自然な感じだった。でも自然に見える化粧というものがあるのだ。それを言おうとすると。
「それに、皆様、幼少の時からのお付き合いだから、スッピン顔だって見てるはずだよ」
女は唸りながら「でも」「だって」を繰り返す。
「花の蕾のような時期から知り合って、今や花開く寸前の洗練されたご令嬢達。君は言ってしまえば、形の良い野菜だ。いや、芋は美味いよ。僕は芋は好きだよ。だが君は形は良いけど、臭くて不味い芋だ」
「だれが芋だあ!?」
「君だよ。図々しくて、なりふり構わない、礼儀も知らない、少し容姿が整っているだけの君だ」
研究員はさらに追い討ちをかける。
「そして、王族や高位貴族に魅了をかけて操ろうとした反逆者だ」
反逆罪。本来ならば、処刑されるべき犯罪者だ。女が生きていられるのは、ひとえにこの優秀な精神魔術研究員であり、変わり者の王弟がストップをかけたからだ。
どうせ処刑するならば、国家の役に立てるべきだと。
「非協力的でもいいけど、君、使えないなら処刑されるだけだよ」
「ちくしょおお!」
こうして精神魔術は発展してゆくのだった。
王侯貴族なら感情コントロールの訓練はしているのではないかな。ほのかな恋心くらいなら、自ら待ったをかけられると思う。そして、好きになりそうな相手が、あまりにもあり得なかったら「嘘だろ!?」って自分を疑うよね。
エッセイ【短編の後書きとか解説とか 】7月31日12時公開予定
この小説について書いてますので、お暇な時にでも遊びに来て下さいな。