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第一の怪物、救済を偽り謳う者



 


 貴方はザハト書の怪物という、不死の怪物をご存知ですか?えぇ、ご存知でしょう。では悪魔ザハト、若しくは讒言者ザハトをご存知でしょうか?

 山羊の頭、人々を誑かす醜い口、理解不能な悪魔の言葉、神を否定するその薄汚い性根、混迷と混沌をこの世に振り撒く悪夢を呼ぶ文字。

 えぇ、貴方もご存知の通り。ザハト共の前に我々は協力しましたとも。星教の原理主義者も、ガモフ学派もリュンヌ姉妹教会も手を尽くしました。そしてザハトは陵辱の限り尽くされ生きたまま焼かれ、そして今も嘆きの川で凍っている。

 しかし彼の放った憎悪は未だに星教信徒を、あるいは無垢なる人々を穢している。それがザハト書の怪物なのです。


 リュンヌ姉妹教会 神父 アンリソン・ラーグワイス




 ザハト書第一の怪物、偽りの神


 B.S.263年 アルスタシア神聖帝国


 ある日目が覚めたらそこは知らない場所だった。脳が活性化すると同時に知らない情報が、知らない言葉が蘇る。俺は、俺はザハト、ザハト・クリュフ。だけどそれ以外は思い出せない。言葉はわかるのに、それ以外は何も、まるで霧の中を見ているような記憶しかなかった。

 ベッドから起き上がり、縦鏡を見る。

 山羊の頭、人の骨格。まるでゲームの魔物だ。それかバフォメットのようにも思える。正直、自分の見た目に自分は恐怖した。不気味の谷というやつだろうか、人に近く人に遠い。嫌悪感すら覚える。

 戸が開く音。そこにいたのは俺と同じ、山羊人間の女性だった。そして、俺は言うのだ。


 「母さん?」


 彼女の眼に涙が溢れる。


 「あなた!ザハトが!!」




 俺はそこから2日して俺自身の状況とこの世界の概要を掴んだ。

 まず、俺自身のことだがこれは異世界転生というやつだろう。こういうのの引き金は死とかだったりするが、俺の場合突然だった。そう考えると長い明晰夢を見ているのではないかと思ってしまうが、あまりにも現実感がありすぎてその線はないと思われる。そして俺、このザハト・クリュフという獣人は白紙児という生まれつき意思も理知も持たぬ存在であったようだ。

 次にこの世界のことだ。

 まずこの世界の人とは5種であり、人、爬人、獣人、鳥人、蟲人である。そしてそのうち、人以外は魔族と呼ばれる。そして俺は獣人という奴に含まれるらしい。でも、爬人の中にどう考えてもこいつ魚人だろって奴が混じっているのは何故だろうか。科学技術が進んでいないせいで一緒くたにされている可能性も考慮しなくてはならないな。

 そして何より、この世界には魔法というものがある。でもこの魔法がまた厄介で、どうやら源流が天文学でいる性質上この世界の魔法は学術的側面が強いらしい。

 特に魔法教本の最初の一文、''宇宙の始まりは一つの火球であり、それが無秩序の方向に拡散することで世界となった。故にその火球はこの世の全てを内包する、完全なる完全性の火球である''これはビックバン理論を想起させる。しかも教本の中の魔法は月を再現する魔法だとか、水面に夜空を映す魔法だとか、そういうのが多かった。戦う用の魔法もあるにはあるんだろうが、それも同じ魔法である以上、システムに相違はないだろう。

 つまり、魔法というのは勉強なんだ。生憎、俺は勉強が嫌いだ。

 でもそれはそれとして生まれ育った国のように、怠惰自体が死ぬ理由にならないなんて甘い世界じゃない。なにせ時代は現実で言えば中世中期だ。働かなくては餓死するし、働いても飢饉か何かが起これば餓死する。あと病気も怖い。この世界の魔法は学問、現象の再現、つまり存在しない現象は再現できない。故に傷を治すだとか病気を治す等の回復魔法はない。ゲームみたいにでかい傷に回復魔法という訳にはいかないのだ。

 なら、どうするか。そうだ、現実世界の知識を活用しよう。例えば医療技術...はダメだな、この世界の人間の肉体構造を解析するのは時間も金をかかり過ぎる。んじゃ科学、例えばメンデルの法則の焼き直しでもしてみるか。いや、そう言えばメンデルって死後評価されたんだったな。なら工学はといっても、俺は文系だからよくわからないし。

 いっそのこと本でも描いてみようか。でも題材は?いいのがあるじゃないか、現実世界の歴史を描いてみよう。

 そこからの行動は早かった。昼は畑仕事を手伝い、夜は創作に耽った。


 ザハト書第1章 創世


 虚無の世界、無すら存在しない場所にただ神が存在した。その存在は人の似姿を持ってして、人の声を持ってして、声高らかに宣言した。

 ''光あれ''

 すると、そこに光があった。同時に闇があった。そして朝が生まれ、夜が生まれた。太陽が生まれ、月が生まれた。大地が生まれ、水が生まれた。

 最後に土塊から人と家畜を造った。

 神は7日のうちに世界を創り、そして最後の日を休息とした。

 

 土塊は目覚め、神に尋ねる。


 ''ここは何処であるか''


 神は答えた。


 ''ここは楽園である''


 土塊の背骨からまた新たなものが生まれた。それは獣人であった、あるいは爬人であった、あるいは鳥人であった、あるいは獣人であった。

 5人は朝に踊り、夜に眠る。

 ある日、そこに教唆者たる蛇があった。そして蛇は言った、その木に成る林檎を食すのだ。5人は林檎を手に取り、そして食らった。

 5人のうちに、理知が宿った、飢えが宿った、命が宿り、そこに死と恐怖が宿った。5人は全能たる神の半身を宿した。

 神は激怒した。

 5人は楽園を追われ、地上に落ちた。

 


 

 まぁこんなものか。第1章は現実世界の神話をこの世界に落とし込む。第二章から紀元前の話を始めて、七章で現代の話って感じにしてみるか。いやはや、創作というものを生まれてこの方したことはなかったが、面白いものだな。早速、近場の書店に行って売り込みをしてみよう。

 私はベッドの上で今後の展開を考え、眠りに落ちる。第一章と第二章を統合して、全七章構成にしてみても面白いかもしれない。加えて群像劇にして娯楽小説っぽくしてみようか。何せこちらの世界からしたらこの本は異世界の本だからな、異世界そのものをメインにするより、異世界に生きる人々の話を中継として、異世界の構造を想起させる方式の方が面白みがあるだろう。

 朝、早速売り込みに向かった。意外にも店主は俺の書を受け取り、すぐに写本屋に写させて売らせると、これは面白いじゃないかと言った。小走りで家路を辿り、揺れる稲穂と流れる小川が茜色になってしまう前に父と母に話した。彼らは大泣きして喜んだのだ。自分の息子が、つい先月まで霧の中で彷徨っていた魂が、小説家になったのだ。

 すぐに俺の本は有名となった。だが喜んでいたのも束の間、招かれざる客が我が屋に赴く。


 「ごめんくださーい!」


 扉を激しく叩く音、母は洗濯、父は畑。今家にいるのは俺だけ。仕方ない、俺が出てやるか。


 「どのようなご用件ですか?」


 トンスラの男と鎧を装備した兵士二人。


 「君がザハト君?」


 「えぇ。ザハト・クリュフです。」


 「君をア=ステラに対する叛逆と主に対する侮辱容疑で拘束させてもらう。」


 鎧に抑えられ、あっという間に馬車の中。手足は縛られ、口には布。

 ザハトは偉大なる預言者ア=ステラ及び星教に対する讒言の罪として燃やされた。異世界の知識も記憶も全てが灰となって、夜風に攫われて、ただ消えたのだ。


 しかしザハト書は残っている。文章としても、人々の記憶としても残っている。そして彼らは新たに書き連ねるだろう、新たな怪物が産まれるだろう。

 故に、ザハト書の怪物は不死なのだ。



 B.S.230年 ガリア王国 ラ・ソレイユ天文台魔法学校


 この学校の図書館には禁書の棚と呼ばれる棚がある。噂によれば初代校長の趣味によって作られたのだとか。そして私は今この書に、ザハト・クリュフ著、創世記に手を伸ばす。

 魔法の源流は天文学だ。だからこそ我々にとって知的好奇心とは最も偉大なる感情である。

 







 

 


 

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