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Hが消えた  作者: 大崎真
3/5

3、夜の学校

 その日の夜、俺がとんでもないことに気付いたのは、風呂上がりのコーラを飲み干した時だった。


ヤバイ。学校の机にソフトを入れっぱなしだ。


 慌てて、自分の部屋の床に転がっているリュックの中身を覗き込む。

博から受け取ったソフトを入れた覚えがないと分かっていても、確かめずにはいられなかった。


クソッ、やっぱり入っていない。なんで忘れるんだ。横山に疑われてる、よりによってこんな時に。


 そう思いつつも、一人で今から学校へ取りにいく勇気はなかった。かといって、そのままにしているわけにもいかない。

なぜなら、うちのクラスの連中は、平気で他人の机を探って教科書に落書きするような、他人のプライバシーをものともしない奴らだからだ。


学校にバレないとは限らない。そうなると、学校から親に連絡がいく。父さんと母さんはソフトの出どころを聞いてくるだろう。必然的に面倒臭いことになる。

 仕方なく、悩んだ俺がとった手段はといえばこれだった。





「なんで忘れるかなー……」

「うるせーな。忘れたんだからしょうがねーだろ」

「開き直るな、アホ」


 懐中電灯をわざと俺の顔面に眩しく照らしてきた博に、俺は情けなくも黙り込むしかなかった。


 今、俺たちがいるのは、午後十一時をまわった通学路だ。辺りは真っ暗で、人通りはまったくない。昼間はあんなに明るいくせに、今は街灯がアスファルトを頼りなく照らしている。

途中、一つが切れかかっているのか、不規則に点滅を繰り返していた。それは俺の不安な気持ちをますます増長させた。


いつもより長く感じる通学路を歩き、ようやく校門前に辿り着いた。

校舎の斜め上には、作り物みたいな大きな満月がぽっかりと浮かんでいる。満月の光に照らされた白い校舎が、ぼんやりと浮かび上がって見える。


規則的に並んでいる真っ黒な窓の一つから誰かが見下ろしているような気がして、俺は思わず体がすくみ上がった。

まさに怪談にもってこいのシチュエーションだ。


「幽霊でも出そうやな」

「言うな」


 考えていたことを代弁した博に、俺は即座に叱咤する。

博は面白そうににんまりとした。


「なんやなんや、夏稀は幽霊がおるって信じてんのんかいな」

「信じたくないけど、いると思う」

「見たことないんやろ?」

「見たことないけど、いると思う」

「俺、そういうのマジで分からんわ。見たら信じるしかないけど、見てないうちに勝手におるって想像して怖がんのって、なんかアホらしない?」

「うるせえ。とにかく怖いもんは怖いんだよっ」


 普段、澄ましている俺が取り乱すとおかしいらしく、博は決まって、このような状況になると必要以上にからんでくる。

今回も例外ではなかったようで、俺を指差すと意地悪く笑ってみせた。


「ウケケ。もしかして、横山が言うてた〈開かずの教室〉におる女子生徒の幽霊も信じてんのんかいな?」


 俺は、昼間に交わした横山との会話を博にすべて話していた。

博は「アホらし~。ただの怪談話やろ。ウソウソそんなん全部ウソ」とバカにしていたが、幽霊を信じている俺にとっては、あながち否定できない話だった。


「信じたくないけど怖いんだよ」

「大丈夫や。大体考えてみぃや。生きてる人間を引きずり込むって有り得へんやろ」

「さすがに引きずり込むってのは信じてない。けど、女子生徒の幽霊はマジでいるかもしんねーだろ」

「アホらし~」


 真剣な俺とは対照的に、博はまたもや呆れた声を出した。

博は、幽霊は科学的根拠がないという現実的な考え方で、まったく信じていなかった。


俺に言わせれば、人の意識や記憶や妄想などの念は目に見えないから存在しないなんて解釈は無理があるわけで、肉体が死んでしまっても念がこの世に残ることは充分に有り得ると思ってしまう。そう考えると、肉体を失った念が幽霊となって現れても不思議でもなんでもないじゃないか。


見たことがないし、あることが証明できないからといって、ないことの証明にもならない。

とにかく、俺の論理でいけば、幽霊はいると考えたほうが自然なのだ。


「とにかく、喋っとらんと早くソフトを取りに行こうや。俺、おとんとおかんに寝るって嘘ついて、自分の部屋の窓から抜け出してきたんやで。見つかったら絶対殺されるわ」

「うるせーな。俺だってこっそり抜け出してきたから殺されるよ。でもな、学校に入るのが嫌だって両足が言ってんだ。こんな俺が可哀相だと思わねーのかっ、バカッ」


開き直ってそんなことを言う俺に、博はやれやれといった感じで「分かった分かった」と俺を宥めた。


「しゃーないな、俺が取りにいったろ。そのかわり、キャベツ太郎おごってや」

「神様ッ!」


 俺は両手を組んで、博を見上げた。俺のキラキラした目を見て、


「調子のいい奴……」


 と、博は半ば呆れた目で俺を見返す。

そして、懐中電灯を構えると、少しも躊躇することなく校舎の裏側に向かって歩き出した。

校門にもたれて見送っていると、小さくなった背中が途中でくるりと向き直った。


「夏稀、キャベツ太郎だけやったらやっぱり腹立つわ。うまい棒も五本つけてやっ」

「分かったー」


 懐中電灯を使い、光の残像で円を描くと、どうやら博は納得したようで、そのまま一度も振り返らずに校舎の裏へ消えていった。


校舎の裏は北側に位置する。北側の一階の並びには理科室があるのだが、実は、この理科室の一番後ろに位置する窓ガラスの鍵がかなり緩いのだ。以前、試しに外から針金を使ってピッキングしてみたら簡単に開いたので、二人で放課後にこっそり入って遊んだことがあった。


つまり、動きとしてはこうだ。ピッキングして理科室から入り、後ろの扉の内鍵を開けて廊下に出る。そして、俺たちの教室である二年二組は、現在、廊下側の窓ガラスの一部が画用紙で頼りなく貼られている状態のため、その画用紙を手で押し退け、窓の鍵を開ければ教室に侵入できるというわけだ。有り難いことに、やんちゃな曽根崎が昨日の休み時間に野球のボールでぶち破ってくれたため、俺は夜の学校に繰り出す決意をしたのだった。


博が見えなくなってから、また新たな戦いが始まった。音もない薄暗がりで一人ぼっちで佇むのは、かなり心細い。唯一の救いは、満月の光が煌々と明るいことぐらいだった。


その時、かすかに足音が聞こえた。先ほど歩いてきた通学路とは反対の方角からだ。

反射的にそちらに目をやると、ちょうど街灯の真下に、片手に懐中電灯を携えた若い警察官が見えた。


考えるよりも早く、俺は懐中電灯を消し、校門を離れて、すぐ横道の通路へと走り出していた。どうやら、駆け出した俺の足音に気付いたのか、後ろの警官もわずかに足音を速めて追ってきた。

こんな深夜に警官に見付かれば、未成年の俺は確実に補導されるだろう。万引きに対する後ろめたさが俺を走らせていた。


角を曲がって、数台の車が止まっている駐車場に入り、大きめの車の陰に隠れて息を殺す。

しばらくすると、警官がゆっくりとした足取りで、駐車場にいる俺の目の前を気付かずに通り過ぎていった。そのまま、警官の姿は闇に消えた。


高鳴る心臓を押さえつつ、俺は、「ハー……」と声になる溜め息を吐いた。


(ったく、ビビらすなっつーの)


一人毒づいて、そっと駐車場を出ると、俺はすぐに来た道を引き返した。


「……まだかよ」


校門に辿り着いたが、博はそこにいなかった。

時間的に考えて、俺がいなかったことを怒りながら立って待っている状況を想像していたが違っていた。思いの外、ピッキングにてこずっているのだろうと考え、俺はまた校門にもたれて待っていた。


それから、二十分が経過した。正確に時を刻む校舎の時計が、すでに十一時四十分を指している。イライラが頂点に達した俺は、思わず踵で土を抉った。


(おい、いくらなんでも遅すぎるだろ)


さほど深く考えていなかった俺も、次にこう考えずにいられなかった。


(あいつ、俺が先に帰ったと勘違いして、勝手に帰りやがったな)


 自分が忘れたソフトであり、それを取りにいってくれた博に対してこんな感情が湧くのは我ながら勝手だと思いながらも、俺は僅かに怒りが込み上げた。


(自分は待たせておきながら、俺のことは待たずにさっさと帰るなんて、ちょっとひどくねーか? これは、うまい棒を三本にしてもらわなきゃ割に合わねーな)


 舌打ちして、俺は足早にその場を去ることにした。

家に辿り着くまでの間、一人ぼっちの暗闇を心細く感じることすら忘れ、俺は博に対して明日はどんな説教をしてやろうかと考えていた。


空には綺麗な満月がぽっかりと浮かんでおり、俺と同じ速度でついてきている。


この時の俺はまだ、博が先に帰ったことを微塵も信じて疑わなかった。

読んでくださって、ありがとうございました。

今、あなたの脳にダイブしました。

今、あなた、こう思いましたね?

(やっと夜の学校に行ったな。めちゃくちゃ書くの遅いなぁ……)

どうです? ブレインダイブ、成功したでしょう!?

次回に続きます。

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