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Hが消えた  作者: 大崎真
2/5

2、開かずの教室

正門を通り、校舎に入る。

下駄箱から上履きを取り出し、運動靴を脱いで履き替えていると、背後から元気な関西弁が聞こえてきた。


「おはよーさんっ!」


 博だ。朝からハイテンションな奴だ。


「おはよ……」


 ゲームの夜更かしで寝不足の上、低血圧の俺は面倒臭そうに返す。

そんな俺に、博は上履きに履き替えながら、こっそり耳打ちしてきた。


「持ってきたか?」

「ああ、持ってきた。すげー面白いぞ。後で交換な」

「おっしゃーっ!」


 俺が持っていたソフトを待ち焦がれていた博は、大げさに喜んで見せた。

万引きされたソフトも、こんなに喜んでもらえるのだから、万引きされた甲斐があったってもんだろう。どこぞの金持ち坊ちゃんに買われて、クリアされないまま飽きられて捨てられるよりも、よっぽど意味ある生涯だ。


 教室に入った俺たちは、早速、クラスの奴らに自慢した。反応は上々で、博も俺の隣で満足そうな笑みを浮かべている。


朝のホームルームが始まる前の教室は、いつも朝もやの空気が漂っているような気だるさだが、俺と博の周りに男子の輪ができはじめてからは、一気に昼間のような活気が湧き上がった。


教室にいる奴らは、俺たちを遠巻きに見ながら興味深そうにしているグループもあれば、別の会話で盛り上がっているグループもいる。

そんな中、俺を見てくる視線があった。

横山だった。

視線が合っても逸らすことなく見続けてくる。


 俺はなんとなく自慢し辛くなり、さりげなく輪から抜け出すことにした。まだ、俺の話を訊きたそうにしている奴らを置いてトイレへ向かう。

振り向かなくとも、まだ、横山が俺の背中を見ていることが分かった。





 朝のホームルームが終わり、一時間目が始まるまでの短い休み時間に入った。

騒がしい生徒の合間を縫って、横山が俺の席へやってきたかと思ったら、


「見たぞ」


と、いきなり言った。

もちろん万引きのことかもしれないと思ったが、俺はあえて平然と返した。見られていない確信があったからだ。


「なにが?」

「自分が一番分かってるだろ」

「さあ? 分からないな」

「分からないか。だったらここで言うしかないな」

「そうだな。分からないから言ってもらうしかないな。ただ、それがお前の勘違いだった場合は、お前は俺に殺されても文句は言えないよな」


 途端、横山は溜息を吐いた。

大抵の奴は、俺がこんな反応をすると、怖がるか面倒臭がって離れていくが、こいつはまったく動じていない。やりにくい奴だ。俺は舌打ちした。


「別に言いふらしたいわけじゃないんだ。話をしたいだけだ。昼休み、食べ終わったら屋上に来い。博は来なくていいよ」

「分かった」


 返事をすると、横山は無表情のまま離れていった。面倒臭いことになってきた。

俺は再び舌打ちした。





 屋上に来たが、まだ横山はいなかった。そりゃそうだ。俺のほうが食べるのが早かった。食べたばかりで階段を駆け上がったからか、横っ腹がしくしく痛む。


ふと上を見上げると、視界に納まりきらない青空が広がっていて、わずかに浮かんでいる白い雲が、俺の頭上を通り過ぎていた。

 まだ六月になったばかりだというのに、息苦しいほどの暑い空気だ。半袖から見えている俺の皮膚を、情け容赦なく太陽がじりじりと焼いていく。もう夏みたいだ。


 その時、扉の開く音がした。目をやると、横山が無表情で近付いてきた。


「お前、〈はなまる屋〉でソフトを万引きしなかったか?」


 余分な前置きもせずに、いきなり核心を突いてきた。思い起こせば、横山は「おはよう」の挨拶もしない奴だった。

俺は悟られないよう、細心の注意を払いながら答えた。


「あのさ、それは一体どういう発想なんだ?」

「したのか? してないのか?」

「してねーよ」


 ポケットに両手を突っ込んで眉をしかめた俺に、


「そうか。ならいいんだ」


 横山は抑揚のない声で興味なさそうに言うと、背中を向けて去ろうとする。もっと突っ込んでくるかと思っていた俺は、その肩透かしな反応に慌てて呼び止めた。


「おい、ちょっと待て。お前、一体どういうつもりなんだよ」


 すると、予想外にも、横山は素直に振り返った。


「別に。訊きたかったことを訊いただけだ。話は終わったぞ」

「もう終わっていいのかよ?」

「しょうがないだろ。証拠がないからこれ以上追求しても無駄だ。俺は万引きしたところを見たわけじゃないし」

「見てないなら、なんで万引きしたなんて思うんだよ」

「昨日、公園で俺に気付いて慌ててソフトを隠してただろ。買ったソフトなら、こそこそせずに堂々としているはずだ」

「そういや、そうだな」


 俺はそっけなく答えた。

どんな反応をするかと思ったら、突然、声のトーンを落として、横山は話題を変えた。


「坂本、〈開かずの教室〉を知ってるか?」


 そう言って、面白がるように微かに笑ってみせた。

一体どういうつもりなんだ。

俺は不審に思いつつも、素直に答えることにした。


「ああ、知ってるよ」


〈開かずの教室〉とは、校舎の北側に位置する、一階の突き当たりにある教室だった。更衣室や理科室などが集まる、人気のない廊下の突き当たりに位置している。その名の通り、年がら年中、この教室は鍵がかけられたままになっていた。

そして、この〈開かずの教室〉だけが、女子生徒の幽霊が出ると噂され、学校中に怪談話として飛び交っていた。


理由として考えられるのが、〈開かずの教室〉だけ扉の曇りガラスにひび割れが走っており、しかも、鍵を紛失したためか、新しくつけられた大きな南京錠が外から重たく施錠されているという点だろう。

古い扉に新しい南京錠が不釣合いなそれは、一種異様な雰囲気を醸し出し、まるで、女子生徒の幽霊を閉じ込めているようにも見える。

生徒の間では、怪談話にうってつけの教室となっていた。


「中には古いピアノが置いてあるんだろ? で、屋上から飛び降りた女子生徒は、生前ピアノが好きだったから、夜になるとそのピアノを弾いてるんだってな」


 これはおそらく、四中(富岡第四中学校の略だ)の生徒なら、誰でも知っている有名な怪談話だ。

 しかし、それにしても、今引き出す話題ではない。


「それがなんなんだよ?」

「ちょっと忠告しておこうと思って」

「なにが?」

「気をつけろよ。その女子生徒、正義感が強くて、万引きした生徒を先生に報告してからいじめられるようになって自殺したらしい。未だに、夜な夜な〈開かずの教室〉を抜け出しては、万引きした生徒を捜して〈開かずの教室〉に引きずり込むって話だ」

「…………」

「それだけ言いたかったんだ。じゃあな」


 そう言うと、横山は屋上を出ていった。

とらえどころのない奴とは、あいつのためにあるような言葉だ。

それにしても、なんてタチの悪い奴なんだ。俺が幽霊を人一倍嫌いなことを知っているとしか思えない助言だ。


「クソッ」


静まり返った屋上で思わず叫んだ。

 フェンス越しに遠く離れた運動場を覗き、そいつはこっから飛びおりたのか、と想像する。

途端、ゾクゾクっと背筋に悪寒が走り、俺は慌ててフェンスから離れた。

読んでくださって、ありがとうございました。

遅くなってすいませんでした。

次回に続きます。


ちなみに、さっきまで〆切が七月だと思っていたのですが、四月だったんですね。七月まで余裕やんとのんびりしてましたが、一気に血の気がひきました。と思ったら未完でもいいんですね。じゃあ、余裕やんと思ってしまいました。

私は目標があっても〆切がないとやる気が出ないダメ人間だと分かりました。これは、なんとかしなければなりません。

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