1、万引き
近所にある〈はなまる屋〉という名のおもちゃ屋は、万引がしやすい。
ゲームソフトを売っているくせに、防犯ゲートが設置されていない。
かといって、店の従業員は一人しかおらず、たった一人で店を切り盛りしているばーさんは、今年で八十歳に手が届くらしい。
ボケているのか、ゲームソフトが減っているというのに、なんの防犯対策もしないのだ。これほど有難い店を、俺は他に知らない。
俺は坂本夏樹。中学二年生だ。
俺は目下、ゲームソフトにしか興味がない。新作が出るたび、この店に世話になっている。やり方は簡単だ。
大抵、この店は客がいない。ばーさんが一人、ぼんやりとレジ横で座っているだけだ。いくらボケが始まっているからといって、誰もいない店に一人で来た客がいきなり万引をしだしたら、バレるだろう。万引がバレては非常にまずい。
そこで、俺は必ずクラスメイトの親友、山岸博を連れていく。博は、無愛想な俺と違って、誰に対しても礼儀正しく如才ない。お陰で、年上から頗る評判がいいのだ。
実は博は、去年まで大阪で育った根っからの関西人で、そのせいか、「標準語は喋れるが絶対に喋らない」という、よく分からないポリシーを持っている。愛想がいいとされる理由の一つに、関西弁が一役買っているのかもしれない。
そこで、博にはばーさんの相手をさせ、その隙に俺が新作のゲームソフトを物色するというわけである。実はこれが、怖いくらいにまったくバレない。
今だって、先週出たばかりの新作二本をズボンに挟み、Tシャツで覆って店を出たが、ばーさんはのんきに博と喋っている。こんなにお人好しでよく今まで生きてこれたな、と呆れるくらいだ。
「どうやった? うまくいったか?」
「おう。俺がこっち、お前はこっち。一週間後に交換な」
店から離れ、近くの公園のベンチで、俺と博はいつものように戦利品を確かめた。話題の最新作なだけに、期待も大きい。前のしょぼいソフトのようなことはないだろう。早くやりたくて仕方がない。そして、クラスの連中に自慢してやるのだ。
顔をほころばせていると、突然、博が慌てた声で叫んだ。
「やばいっ、夏樹っ、早くしまえっ。横山やっ」
博が視線を促した先には、確かにクラスメイトの横山が、一人で公園の中を横切っているところだった。
横山は群れることがない。クラスで孤立しているというわけではないが、不特定多数の者と、その場限りで関わっているだけで、特定のグループに属して、深い関わりを持つことはない。
理由は見ていて分かる。友達と一緒にいるというのに、ほとんどが無表情だからだ。俺も感情を顔に出すのは下手な方だが、その俺が驚くほど感情を出せていない不器用な奴なのである。
幸い、俺には理解してくれる博がいたから学校生活に支障はないが、横山はどう思って日々を過ごしているんだろうと思ってしまう。
「あいつ、何の用でこんなとこまで来たんやろ」
公園を通り抜け、小さくなっていく横山の背中を見ながら、博は不思議そうな顔をした。
確かにそうだ。この辺りは、俺と博にとっては庭みたいなもんだが、横山の家は、学校を中心とすると、ちょうど正対称の位置になるはずだ。こんな場所に一体、何の用だったのだろう。
見たところ、いつものリュックを背負っていたので、学校の帰りに直接こっちへ来たのだろう。
この辺りに、なにか特別な用事でもあったのだろうか?
「なあ夏樹、なんの用やと思う?」
もう一度聞いてきた博に、
「さあ、知らねえ」
と、俺はおざなりに返した。
少し気にはなったが、リュックに入っているソフトのことを考えると、そんなことはどうでもいいのだ。
早く家に帰って、こいつをやりたい。
今の俺には、横山のことも、万引きのことも、どうでもいいことだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
次回に続きます。
旅エッセイの連載をほったらかしにして、ミステリーの連載を始めるとか、完全に常軌を逸しています。
それにしても、本当に久しぶりに投稿しました。
三日もすれば、全作品アクセス0になって、私の作品なんぞ、あっさり、この世から忘却の彼方になるだろうと思っていたのですが、毎日、必ずいくつかの作品がアクセスされているのを見ると、本当にこんなことがあるのかと言葉になりません。本当に、言葉になりません。自分のつたない文章力では、適切な表現ができません。
私の感情には遠く及びませんが、本当にありがとうございます。