13〈北条司の場合〉
静かに泣き続ける橋川さんが落ち着くのを待って、近くのホテルへと送り届けた。
「お前はどうするんだ。まだなんか探すのか?」
何も答えられない。
田町京香の死は事故だった。岸優佳の死を彼女が知っていたが故に、その時間に関連性が生まれてしまった。
つまりそれは、ここで起きた事件に、霊障的な、怪異的な要素はない、ということで。昼間の話の補強にしかならないのだ。
「……しばらく考えます」
「……そうか」
「司さんは?」
「アイツの面倒を見るつもりだ。つっても、大したことはできないけどな。放っておくわけにもいかねぇよ。まともに世話しようとする奴もいないだろう」
その目は変わらず不機嫌そうだけど、さっきまでと比べて、憑き物が落ちたようだった。
「ありがとな」
「?」
「お前のおかげで、知りたいことが知れた」
「……司さんは、これでよかったんですか?」
「元々スッキリ終われるなんて思ってなかったからな。半端に終わるのが気に食わなかっただけだ」
司さんが空を見上げる。曇天の隙間から、夕陽が差し込んでいた。
「京香のことは、ずっと分からなかったんだ。なんで俺たちなんかと連むようになったのか。家出して自暴自棄にでもなったのかとも思ったが……。姉貴の話を聞いてわかったよ。多分、俺たちと一緒にいたかったんじゃなくて、あのビルの近くにいたかったんだろうな。自分一人じゃすぐに誰かに連れ戻されるって思ったんだろう。だから居場所がなくてうろついてる俺たちに、あのビルを教えたんだ。墓も無いんじゃ、姉貴にゆかりのある場所は他になかっただろうしな」
夕焼け色に染まる雲を、物憂げに見つめる。
「……事故死って知った時、ホッとしたんだ。自殺じゃなくてよかった、って。最低だろう?」
「そんなこと……」
「最低なんだよ。自分好みの結論なら、他の奴らがどう感じてようが知ったこっちゃ無かったんだ」
だから司さんは、ずっと一人で橋川さんを追っていたのか。自分の我儘で、自分一人しか幸せにならない事をしようとしてると自覚していたから。
「だから、お前の話を聞いた時は驚いた」
「……幽霊騒ぎなんてこと言い出す人は、そりゃあいないでしょうね」
「そこじゃねぇよ」
「?」
「友達が困ってるから助けたい、って言ってただろう? そんなこと本気の目で言う奴がいるなんて、思ってもいなかった。すげぇな、って思ったよ」
「いや、そんな……」
「自分のことよりも、他人の事を考えて動ける奴を、俺は初めて見たよ」
どうしよう。すごく嬉しい。頬が緩んじゃう。そんなことで喜んでる場合じゃないのに。私ってやっぱり単純なんだなぁ。
ふと横を見ると、司さんの顔が近づ……!?
え、何、なんで!?
司さんは苦笑しながら、耳元でそっと、
「だから妹の友達だって大嘘吐いたことは、大目に見てやる」
「―――」
呆れるように、囁かれた。
「……なん、で……」
「やっぱりそうか。トキに確認したわけじゃねぇから心配すんな。ただなぁ、アイツお喋りだろう? 俺が話したやつの前にもう一人死んでる、なんてなったら、俺の所にも言いふらしにくると思ってな。なのに何も言ってこねぇから、妙だと思ったんだ。お前自分で調べて、自分でそこに辿り着いたんだろ」
「……ごめん、なさい」
「怒ってねえって。友達の為だったんだろ? だから今回は許してやるよ」
そう言って、司さんは去っていった。橋川さんの泊まっているホテルに行くのだろう。
携帯を開く。柊木さんの番号にカーソルが合わさったままになっている。
「……どうしよう」
言うしかない。
幽霊の存在は確認できなかった、と。
貴女のお父さんを操るような何かはいなかった、と。
そう言うしかないのだ。
根拠となる話は全て潰えた。
最初の岸優佳は純然たる無理心中で。
二件目の田町京香はそれを知っていたが故に起きた事故死で。
柊木義孝は。
「……え?」
電話が鳴った。柊木さんからだ。慌ててボタンを押す。
『もしもし……? ごめん、どうしても気になっちゃって』
「もしもし? ううん、こっちこそごめんね、今電話しようと思ってたんだけど……」
『なんかわかったの?』
「うん、あのね……」
口にしようとして、声が詰まる。
彼女を慮ると気が引ける。
ということでは、ない。
『ん……なに?』
「柊木さん。一つだけ教えて。柊木さんは、加奈子さんから幽霊の噂を聞いたんだよね?」
『そうだけど……』
「その時って、義孝さんもいた?」
『いたよ、ご飯の時だもの。それが何?』
「ううん、なんでもない。……あのね、わかったよ、幽霊」
『っ、わかったって何? いたってこと……っ?』
「うん。いた。見えないけどわかる。死んだ人達には、なんの関係も無かった。なのに死んだ時間までピッタリ同じなんだもん。最初に死んだカップルの幽霊があそこに残ってるってみて間違いない」
『本当……? 本当に、本当?』
「うん、本当。だから柊木さん、絶対にあのビル、入っちゃダメだよ。特に夜は」
『うん……わかった。絶対に入らない……ありがと、天霧さん。本当にありがとう……っ』
電話越しの声は、泣いている。
大丈夫だろうか。
「大変だったね、柊木さん。もう大丈夫。お父さんは何も悪くないよ」
私は、ちゃんと彼女を気遣えているだろうか。
『ごめん……っ、ごめんね、アタシ、ずっと貴女に頼ってばっかりで……』
私の言葉に、不自然さはないだろうか。
大丈夫。きっと大丈夫。
うん。うん。大丈夫だよ。お礼も謝るのもしなくていいよ。それよりちゃんと休もうね。お父さんに会うんでしょう? お家に帰ってちゃんと支度しないと。そんな疲れ切った顔で会うわけにいかないでしょう?
彼女を気遣う言葉が空虚に聞こえるのは、裏にある自分の意図を嫌というほど自覚しているからだ。
戻って彼女に会いたくない。電話を切りたい。彼女の声を聞きたくない。これ以上、彼女の言葉を耳にしたくない。だって聞いてしまったら。
『本当にありがとう……、天霧さんに相談してよかった……っ、幽霊なんて、誰も信じてくれないし……。笑わずに聞いてくれたの、柊木さんとパパ達だけで……』
「―――当たり前じゃない。友達でしょう? 私達」
あぁ。
言ってしまった。
「うん、大丈夫。柊木さんは間違ってないよ。私が保証する」
こんな自信満々な言葉。使ったのはいつぶりだろう。
それからも柊木さんはずっと泣いていた。泣きながら何度何度も、私にありがとう、と言ってくれて。その言葉に、私は返事をし続けた。
宥めすかし、ようやく通話を終えた時、私はその場に屈み込んだ。
他に人がいたとしても、そうしただろう。そのまましばらく、黙ってしゃがみ込んでいた。
沈みかけた夕焼けが私を照らしている。
赤い、赤い光が、今にも私を焼いてしまいそうで。
いっそ本当に焼け死んでしまえばいいのにと、小さく小さく呟いた。




