中編 「人間側の逆襲」
首を長くして待ち焦がれた着信は、玄関先に到着した旨を伝える電話から数分後の事だったの。
「もしもし。私、メリーさん。」
キンキンと甲高い声に、音節が明瞭で聞き取りやすいリズム。
今となっては、下手なテレビCMなんかよりも余程ハッキリと、私の脳の記憶領域にインプットされているんだよね。
「今、あなたの後ろに…」
その言葉が聞きたかったよ!
「後ろは取らせないからね、メリーさん!だって私、今は仰向けになっているんだからね。」
タイミングを見計らい、私はキンキン声に被せてやったの。
「…っ!?」
電話の向こうで、声にならない誰かの呻きが聞こえてくる。
物の見事に出鼻を挫かれて、メリーさんったら狼狽えているみたいだ。
だけど、お楽しみはこれからだよ!
「もしもし。私、飛鳥ちゃん。今、一階の和室に敷いた布団に仰向けで寝ているの。」
天井を真っ直ぐ見つめながら、私は携帯電話の相手に追い打ちをかけてやった。
それもメリーさんのキンキン声を殊更に誇張した、侮辱的で悪意に満ち満ちたモノマネでね。
「もしもし。私、飛鳥ちゃん。もしも私がベッドに寝ていたら、ベッドの下に潜り込めたから、残念だったね!それとも床下に潜むのかな?でも、それだと『真下』にはなるけど『後ろ』にはならないよね?」
「うっ…ウググ…!」
不機嫌そうな歯ぎしりが、ハッキリ聞こえてくるよ。
人間如きに先手を取られてしまった事が、よっぽどショックだったのか。
それとも、悪意あるモノマネに腹が立ったのか。
それに関しては、メリーさん本人に聞かなきゃ分かんないね。
普段は一方的に驚かせていた人間に、ここまで徹底的にコケにされちゃったんだもの。
メリーさんのメンツは丸潰れだろうね。
「もしもし。私、メリーさん。人間の分際で、ここまで私を馬鹿にした勇気だけは褒めてあげるわ!」
やっと返事をしてくれたと思ったら、その声は怒りにうち震えていたんだ。
だけど、こうなったらこっちの物。
相手が怒りで落ち着きを欠いているなら、こっちはあくまでも沈着冷静に相手の落ち度を突く。
こちらを有利にするために相手のペースを乱すのは、巌流島の決闘で宮本武蔵も取っていた戦術の定石だよ。
「もしもし。私、飛鳥ちゃん。それは逆恨みだと思うよ。だって、私の後ろを取る前に『あなたの後ろ』なんて言ったのは、メリーさんじゃない?」
「そ、それは…!?いつもの流れで、つい言っちゃったのよ…」
図星を付かれて、メリーさんったら完全にシドロモドロになっちゃってるよ。
ここで私は、積年の疑問を解決するのを兼ねて、メリーさんにさらなる追い打ちをかける事にしたんだ。
「もしもし。私、飛鳥ちゃん。メリーさんは私の後ろを取れてもいないのに、『あなたの後ろ』なんて嘘をついちゃったんだね。嘘をついたら、大きなヤットコを持った閻魔様に舌を抜かれちゃうよ?過ちは素直に認めた方が良いんじゃない?」
こういう都市伝説の妖怪でも、閻魔様を怖がるのか。
前から気になっていたんだ。
とはいえ、メリーさんも閻魔様も超自然の存在には変わりはない訳だから、もしかしたら…
「えっ、舌を!?私、舌を抜かれちゃうの?」
上手くいったもんだね。
メリーさんったら見事に動揺しちゃって、声も恐怖で震え始めているよ。
まあ、メリーさんが超自然的存在としての自分を信じられるのなら、同じ超自然的存在である閻魔大王を否定する訳にはいかないからね。
これでメリーさんが「閻魔様なんて迷信だよ」なんて言おうものなら、その発言は自分自身に跳ね返って来る訳だし。
「舌を抜かれちゃったら、もう電話をかけられない…そんなのヤダ…絶対ヤダ!」
もうスッカリ涙声になっちゃって、ちょっと可哀想かな?
「もっ、もしもし…私、メリーさん。後ろを取れてもいないのに、『あなたの後ろ』なんて言った私は、嘘付きでした…御免なさい。」
途切れ途切れの震える声から察するに、見下していた人間相手に頭を下げるのは、メリーさんにとっては相当に屈辱的だったんだろうな。