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第6話 辺境都市フレミア

『連れていくとは言ったが、お主怖くはないのか?』


 そう問いかけられたのは地上より遥か彼方、雲よりも高い場所。嵐竜王ディスティアの背の上だ。

 彼の力で風の影響もなく、俺は燐を膝の上に乗せて快適な空の旅を満喫していた。


「どういうことだ?」

『お主と我は初対面。ここで振り落とすこともできるのだぞ?』


 この高度、そのまま落ちれば地面に真っ赤な花が咲くだろう。


「そういうことか。それについては心配してない。竜王は自身の司るものに誓った約束は絶対に破らない」

『随分知ったような口だな? 竜王の何を知っている?』

「いろいろと。特に閃竜王(センセム)についてはな」

『ほぉ? センセムとは懐かしい名だ。我がまだ上位竜の時、名を聞き及んだことがある。どの竜王よりも自由であり、天竜王も認めるほどの力を持っていた竜王だな。……確か最期は人間と一騎打ちをして敗れたのだったか』

「……あぁ、そうか。お前はそう知っている(・・・・・・・)のか」

『何か違ったか?』


 俺の言い方に引っかかったのだろう。ディスティアが聞いてくる。


「いや、どうやら天竜王は約束を守ってくれたらしい」

『我らの王に会ったことがあると?』

「一度だけ。コイツを得た時にな」


 俺はそう言い首から下げられたネックレスを外す。

 少し古びた革紐には光の加減で金にも銀にも見える不思議な指輪が結ばれていた。


 振り子のように動かすと釣られて燐の頭が動いた。猫じゃらしを追う猫のようでかわいい。


『少し見てもよいか?』

「あぁ」


 俺がそう答えると指輪は風に流されて飛んでいき、ディスティアの目の前で止まった。


『ふむ。……なるほど。この輝きが、彼の竜の全てか。なんと美しいことか』

「だろ? 自慢の一品だ」

『汝がセンセム最期の相手だったか』

「そうだ。俺が、俺一人(・・・)がアイツを殺した」


 指輪の元の姿を答えると先ほどのように飛んで帰ってきた。


『よいものを見せてもらった』


 帰ってきたネックレスをかけなおそうと思ったら、何やら小さな翠の石が指輪と革紐の間についている。


「これは?」

『よいものを見せてもらったからな。その礼だ。ワシの祝福を与えただけの、ただの石だ』


 首にかけなおすと燐が触ってくる。


「きれー」


 気に入ったのか石を見る目はキラキラしていた。


「パパだけ、ずるーい!」

「あーそうだな。ディスティア、もう一つくれたりするか? 礼は弾むぞ」

『カカッ気にするな。この程度造作もない』

「おっと」


 いつの間にか空中から飛んできた石をキャッチする。

 正三角形のそれには金属の金具が嵌り鮮やかな模様が刻まれている。

 俺のものが指輪をより惹きたてる“付属”を意識したものとするなら、これは反対にこれ自身が“主体”としたもの。芸術品のような美しさを感じるものだった。


 燐に渡してやるととても嬉しそうに笑う。


「ほら、紐で結ぶから貸して」


 アイテムボックスから予備で入れておいた革紐を取り出して長さを調節する。

 ハサミで切って返してやるとすぐに首にかけて自慢するように見せつけてきた。


「パパ、どーお?」

「滅茶苦茶似合ってるぞ。燐にピッタリだ」

「えへへ」


 燐が笑い、釣られて俺も笑う。

 そんな娘の笑顔は宝石のおかげか、より一層輝いて見えた。



◇◆◇◆



『見えてきたぞ』


 ディスティアの報告の通り三時間ほどで街の姿が見えてきた。

 一周をぐるっと高い城壁に囲まれた街だ。


「やっぱ速いな。もう着くのか」


 これがワイバーンなら倍近くかかっていたと思う。

 わざわざ連れてきてくれたディスティアには頭が上がらない。


『そろそろ降下する』

「そのまま行くのか? パニックになるぞ?」

『問題ない。既に姿隠しを展開済みだ』

「いつの間に……」

『さぁの? 歳のせいで物忘れが激しいんじゃ』


 いつの間にそんなことをしたのか。全く察知できなかった。随分と老獪な竜王サマだ。


「どうりで道中のグリフォンやワイバーンが無反応だったわけか」


 『嵐』という言葉から乱暴なイメージがあったが、なかなか上手いこともできるらしい。


 技術に感心しているうちにどんどん高度は下がり、ちょうど城壁から100mほどのところに着陸する。

 背の上から地面までは3mもあるので俺が先に降り、背の上の燐に分かりやすく手を広げる。


「おいで」

「えい!」


 一言声をかけるとためらいなく降りてきた燐を危なげなくキャッチする。

 ついでなので一周周り頭を撫でてあげた後にゆっくりとおろしてあげると、手を伸ばされた。

 その手をつかみ返し、燐と共にディスティアから少し離れる。


 それを確認したディスティアは俺たちが降りやすいように低くしていた態勢から戻り、その身に風を纏う。

 風がひときわ強く吹いた後、そこに嵐竜王ディスティアの姿はなく、代わりに白髪交じりの渋い老人が立っていた。


「では行くかの」


 人化をしたディスティア、なぜか袴姿の彼はそう言い街に向かって歩きだすのだった。



◇◆◇◆



「なぁ、いい加減許してくんないか?」


 俺がそう声をかけたのは不満そうに対面の椅子に座るフィーラだ。

 彼女は怒ったような又は拗ねたような様子で俺と目を合わせてくれない。


 こうなった理由は俺にあるわけだが、正直彼女自身も悪かったと思う。寧ろ一番平和的な解決をした俺を褒めてほしい。


 そう思っていると、隣に座っている燐が机に置かれたクッキーに手を伸ばす。

 そのクッキーはこの部屋に通してくれた城壁の兵士が置いていったもので、好きに食べてくれとも言っていたものだ。

 ヘルムをしていたため顔は見えなかったが、渋めの声や周りの兵士に指示を出していたことから上官だったのだろう。

 現在ディスティアはその兵士についていっており、ここには俺たち三人だけだ。


 必然、燐のクッキーを齧る音のみがこの空間に響く。



 そうしてしばらく、居心地の悪い時間が過ぎるとディスティアが先ほどの兵士と共に戻ってきた。


「待たせたの。ほれ受け取れ」


 ディスティアはそう言い何か投げてきたのでキャッチする。

 手に取ったそれをよく見ると文字と記号の書かれた金属製のプレートだ。


「なんだこれ?」

「まぁこの街限定の簡単な身分証のようなもんじゃ。ワシが保証人で作っておいたから、無くすでないぞ?」

「あ~これか。ありがとな」


 そういえば空の上で言っていた。今はどの街に入るにも身分証がいると。

 ゲームだった頃にはプレイヤーはいくらかルピ(この世界の共通通貨)を渡すだけで街に入れたため、この変化も予想外だった。

 よくよく考えれば当然の危機管理である。


 因みにフィーラと燐は既に持っており、ここに来る道中でそのことを話そうとしたらしいがその前に俺がステイさせてしまった。


「ではワシは友の元に寄っていく。お主らは先に行っといてくれ。出てすぐの大通りを左沿いに歩くとあるポール・ソーという宿屋じゃ。大きめの家族部屋にしておいたぞ」

「そこまでしてくれたのか。ありがとう。後でなんかお礼するよ」

「礼か、それならそうじゃな。……酒にしようか。後で酒蔵に行くとしよう」

「わかった。待っている」


 ディスティアはそれを聞き届けると頷き、部屋を出ていった。


 残された俺たちも部屋を出ようとするが、その前に燐がディスティアの後を追って出ようとした兵士の手を掴む。


「どうした嬢ちゃん?」


 手を掴まれた兵士が不思議そうに聞く。

 すると燐は恥ずかしそう下に俯きながら、


「おいしかったよ。ありがとぅ」


 そう言って俺の後ろに隠れてしまった。


 言われた彼は驚いたように数秒硬直した後、被っていたヘルムを取って素顔を晒す。

 凡そ想像通り五十代ほどの厳つい男性だ。


 疲れているのか目元に少し隈がある彼は、こちらに歩み寄ると腰に付けた袋から紙袋を取り出し俺に渡してくる。


「さっきと同じクッキーが入っている。こっちはあっしの分だったが、嬢ちゃんが気に入ってくれたらしいしな。食べてくれ」

「そんな……いいのか?」

「あぁ、遠慮なく受け取ってくれ。笑って食ってくれる方がうちの女房も喜ぶ」

「そうか。なら、ありがたく頂くよ」

「じゃああんたらもいろいろ物騒だから気をつけてな」


 クッキーと謎の警告を残し、兵士はディスティアの後を追っていった。

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