第5話 嵐の邂逅
『助六丸』。
彼は俺がギルドリーダーを務めるギルドの最初の加入者だ。
付き合いもギルド創設より前、内部時間で約七年前からであり、このゲームで多くの苦楽を共にした仲だ。
俺がリアルでも顔合わせをした数少ないプレイヤーでもある彼は、しかし約一年前から病が進行して活動を休止していたはず。
そんな彼がこの世界にいるらしい。
少し驚いたが、いろいろ考えるより前に体が動いて念話開始のボタンを押す。
一瞬のようなあるいは永遠のような時間が流れて呼び出し音が止まる。
それはつまり彼が念話にでたということだ。
この状況になってから初めて話すプレイヤー。よく知った仲とはいえ、緊張がないと言えば嘘になる。
少し上擦った声で話しかける。
「聞こえるか?」
『この声は……ジャミですか』
スピーカーモードのウィンドウから帰ってきたのは落ち着いた低めのバス。
随分と久しぶりに聞く声にこんな状況でも懐かしさがこみあげてくる。
そしてそれは燐も同じようだった。ウィンドウに向かって一生懸命声を飛ばす。
「いなぃー!」
『お、今度は燐ちゃんですね。ジャミと一緒でしたか』
『いなぃ』とは助六丸のあだ名『イナリ』(俺しか呼んでいない)を燐が真似して呼び始めたものだ。
イナリは俺の時より少し明るめの声で燐に応える。
それはとても落ち着いていて、彼が全く焦ったり慌てたりしていないことが伝わってくる。
俺は自分以外のプレイヤーの声を聴いてどこかほっとしていたのに、向こうにその様子がないのは意外だった。
もしかして一日経ってもログアウトできないことに気づいてないのか。
時間を気にする彼に限ってまさかと思いつつ、それとなく聞いてみることにする。
「お前はこんな状況なのに随分落ち着いてるな?」
すると何が面白かったのか彼は乾いた笑いをする。
『アハハ。いや、そうじゃないですよ。……もうなんか、諦めの極地といいますか。頭痛と倦怠感の中、夜遅くまでいろいろと試して無理で、いいかなって』
余裕とかそういう感じじゃなかった。寧ろ焦りが一周回った後だった。
「もう意気消沈した後ってことか」
『そうですね』
「いきしょーちー?」
「疲れたってことだ」
「わかった!」
「賢い!」
『……なんだかジャミの方が落ち着いている。……というより余裕そうですね』
「娘の前でカッコ悪い姿なんて見せれねぇだろ?」
『なるほど。相変わらずですね』
俺の強がりに納得して呆れたようにイナリが苦笑する。
「それは褒めてんのか?」
『えぇもちろん。それより連絡してきたのは合流するためでいいですか?』
ウィンドウの奥から頬を強く叩いて立ち上がる音がした。
相変わらず察しのいい奴だ。
「話が早くて助かる。まぁつってもこっちも移動するから、この国の南にあるフレミアって街に集合でもいいか?」
『ちょっと待ってくださいね。……えーとフレミア、フレミア……あぁここですね。うーん、ここなら多分明日中には着くと思います』
地図で探し出したのだろう。大雑把な到着時刻を言ってくる。
思ったより早く合流できそうだ。
「了解。無理して急がなくていいから遅れそうだったら教えてくれ」
『わかりました。それでは後ほど』
イナリがそう言い通話が終わる。
一応注意はしたがあいつのことだ。きっとかなり急いでくるのだろう。
せめて襲撃も事故もなく無事に到着できることを祈りながら、燐を椅子から降ろす。
燐は頬をぷくっと膨らまして不満を露にするが全く怖くない。寧ろ可愛い。
頭を撫でて抱きかかえてやると機嫌も直りえへへと笑った。
「さて、じゃあ俺たちも準備するか」
組み立てられたテント、昨晩から燃える焚火、食材のゴミなど片付けるものがいくつかある。
俺たちは手分けしてそれらを済ませると早々に旅路につくのだった。
◇◆◇◆
歩くこと一時間弱。現在地は一晩過ごした平原から北にあるウララル山脈という場所だ。
向かうべき場所は逆方向だがこの山脈は移動手段の確保にうってつけなのだ。
周りをよく見渡しながらのんびり登山をしていると、肩車をしていた燐が軽く頭を叩いてくる。
「パパ、あれー」
頭上に掲げられた指先を追うと、遠くに鋭い岩に囲まれた開けた場所があった。
そこには五メートルほどの竜が十頭ほどおり、巣を作っているようにみえる。
『マスター、あれはワイバーンですね。どうしますか?』
この山脈にはもっと別の竜種、例えば頂上付近には更に飛翔に特化したものもいるためそちらを探すかということだろう。
「いや、あれにしよう」
わざわざ頂上までいくのも手間だと思い、燐を降ろして広げた手の平を前方に突き出す。
鉤爪ではない。使うのは俺が持つもう一つの武装。
呼吸を整え、狙いを定める。
目標をロックオンし、突き出した手に紫電が迸る。
相手はこちらの存在に気付いている様子はない。
必然、先制の一撃は確実にとれる―――はずだった。
「ライ――ッ!」
もう一つの武装。その名を告げる寸前にフィーラが俺と燐を抱えて後ろへ跳ぶ。
直後、寸前まで俺たちのいたところにいくつもの風の刃が降り注いだ。
『マスター。お下がりください』
フィーラはすぐに俺たちを降ろすと上空を見上げる。
釣られて見上げると空の彼方、超上空に三対の巨大な翼を携えた竜がいた。
離れていてもワイバーンなど比べ物にならないほどの威圧感を放っている。
その竜はまるで突然何かに押されたように、予備動作なく急降下してくる。トップスピードまでの移り変わりがコンマ秒未満。物理法則に喧嘩を売ったような軌道だ。
『―――展開。模倣《閃輝――』
「待て」
降下してくる竜に手と一体化した砲で攻撃しようとしたフィーラを止める。
するとそれに気づいたのか、上空の竜は更に速度を上げて一瞬で俺たちの前まで降り立った。着陸もまるで一瞬で急ブレーキを踏んだかのようにピタリと止まった。
降り立った竜は美しい蒼色をしており目の前にすると一層威圧感が増した気がする。10メートルを優に超える体躯も迫力があり、上位竜の更に上、様々な事象を司る竜王の一体かもしれない。
その目からは確かな知性を感じられるので、未だに砲を構えるフィーラに武装を解除させる。
「砲をしまえフィーラ」
『しかし――』
「ほら、あっちに敵対の意思はないらしい」
俺は先ほど攻撃された場所、風の刃が降り注いだ場所を指し示す。
そこは風の刃が深く地面をえぐっており、直撃していればひとたまりもなかったことがよくわかる。
直撃していればだが。
攻撃された場所。そこはまるでドーナツ形になるようにくり抜かれて地面がえぐれていた。
あれでは中心部にいた俺たちにダメージはない。攻撃する意図はなかったことがわかる。
仮にそれが偶然外れていたのだとしても降りてくる理由がない。巨大な六翼を見れば空中戦が得意だとわかる。
そこまで考えたところで竜が翼を震わせた。
『ふむ。何やら強い力を感じたら……これは随分奇怪な組み合わせだな』
どこか老いた老人を連想させる声で竜が呟く。
話すことができるということはやはりそこいらの竜とは別種。上位竜以上の存在だろう。
『司るは嵐。我こそ天竜王配下が一翼、嵐竜王ディスティアである』
俺の思考を裏付けするように竜が自己紹介をした。
姿かたちから『空』『風』『雲』あたりを想像していたが『嵐』だった。
言われてみればその竜にはどこか荒々しさのようなものが感じられ、『嵐』という言葉がピッタリだった。
不思議と『嵐』という言葉が彼のためにあるのではと思えてくる。
『お前たちは何者であり何用で我が領域にきた?』
領域とは縄張りのことだろう。
確かこのあたりは縄張りの主となるような強大な力を持つものは存在していなかったが、時間が経って変わったということだろう。
時間に空白があるためディスティアを見るまで縄張りの変化は思考になかった。
もしかしたら燐を危険な目に合わせていたかもしれない。
自身の短慮さを反省しつつ、こちらも自己紹介をする。
「俺の名前はジャミル。ここにはフレミアって街への移動手段の確保に来た。あんたの縄張りとは知らずにすまなかった。すぐに出ていかせてもらう」
今まで歩いてきた距離が無駄になるが、燐たちを守りながら戦えるほど生態系の頂点である竜王は甘くない。まして竜王の中の竜王、天竜王配下の竜王と戦うのは御免だった。
そのまま踵を返そうとするが、それよりも早く止めるように左手を指される。
正確にはその甲にあるプレイヤーがプレイヤーであることの証明。ナノオーブを収納するための紋章だ。
『待て。その左手の紋章、もしやお主はぷれいやーか?』
「……そうだが、それが何か?」
聞き返すとディスティアは少し驚いたように目を見開く。
『ほう。共有はされていたが、我が初めてか。……これは都合がいい。お主、ジャミルと言ったな。ぷれいやーはなのおーぶとやらを持つだろう? ワシに少し見せてはくれぬか?』
「――それは領域に入ったから戦え的なことか?」
俺は一歩前に立ち、体に紫電を纏わせる。
いまいち判断できないが、挑発なら返答次第では即叩き込む準備だ。
だがどうやら違ったらしく、ディスティアは否定するように手を振る。
『いや違う。純粋に言葉のままだ。お主のなのおーぶがどんなものなのかを知りたい。ワシはこの目で一つしか見たことがないんじゃ』
敵意は、ない。どうやら本当に興味本位ということらしい。
相手が相手だけに警戒しすぎたか。纏った紫電を止める。
「そういうことならすまない。俺のナノオーブを見せられない」
『何故だ?』
「俺のナノオーブは巨大すぎるんだ。この紋章から出せばここら一帯が吹き飛ぶ。だから見せることはできない」
『そうか、残念だ。まぁそれなら仕方ない。……話は戻るがジャミルよ。お主フレミアに行くと言ったな?』
「あぁ、今から来た道を逆戻りだ」
俺は南を見ながらそう言う。
既に太陽は頂点の半分以上は上っている。そろそろお腹も空いてくる頃だ。
携帯食料は持っているがどこで食べようかと考えると、ディスティアが衝撃的なことを言ってくる。
『その必要はない。背に乗れ、送ってやる』
「……罠?」
『危害を加えるつもりはない』
どういう風の吹き回しか、いやここは嵐の吹き回しか。竜王自ら移動手段になるという。滅茶苦茶胡散臭い話だ。
だが、どうにも嘘をついている感じでもない。
一応聞き間違いの可能性も考えて確認する。
「本当にフレミアまで連れて行ってくれるのか?」
『あァ、司る嵐に誓おう。ワシも久方ぶりに友に顔を見せたい故な』
「友?」
『ワシにとってたった一人の、旧き友よ』
旧き友。……エルフやフェアリーなどの長命種だろうか。
竜王と知り合いというのも珍しいが、長命種が人の街にいるのも珍しい。
『それでどうする? 目的地は同じ。ワシは一人や二人、背に乗せるなどわけないぞ』
「そうか。……それなら、頼んでもいいか?」
『うむ、ならばその機械だけはしまえ。重い』
「あっそr『は? 死にたいですかクソトカゲ』まてまてまて!」
ディスティアに機械(ついでに重い)と言われて砲を構えたフィーラを止める。
明らかにキレており止めなければ本当に撃っていたと思う。
「もうお前それしまっとけ」
『ですがマスター。このトカゲの侮辱は――』
「ステイ!」
フィーラの文句を途中でぶった切って強引にアイテムボックスに突っ込む。
アイテムボックスに生きた生物は入らないが、あいつは機械なので問題ない。一応俺に所有権のあるアイテム扱いだ。
「うちの者がすまなかった。あいつ俺以外が機械って言うとブチギレるんだ」
『う、うむ。気を付けよう』
フィーラの沸点の低さには、流石の竜王も少し引いていた。
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