第46話 もう一人
純白の世界で彼女は漂っていた。
だが、今日はいつもとは違う様子だ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!! か、か、か、かんかんかか、か、間接、き、ッッッッスしちゃったぁぁぁぁぁ!!!」
頬を真っ赤に染め、顔を抑え、出来るだけ小さくなるように丸まる。
誰が見ているわけでもないが、穴があったらすぐに入っているだろう。
唇に手を当ててはニヤニヤとにやけ、思い出し、更に頬を赤くする。
彼女はそれをもう何時間も繰り返し、完全に頭がオーバーヒートしていた。
ジャミル自身は特に何も考えていない、いつも通り燐|(天華)と分け合うだけの行動だったが、恋愛超ド初心者&ウブな天華にとってはこれまでにない一大イベントだったのだ。『実質お家デートでもいいのでは!?』とすら考えている。
とにかく今の彼女は正常ではない。頭一面がピンクのお花畑状態であり、具体的には馬鹿である。
だからこそ、彼女はこの空間に異変が起きたのを気づけなかった。
「――ねぇねぇ。おねーちゃん、なにしてるのー?」
「ッ!」
天華が突然かけられた声に肩を揺らす。
ゆっくりと首を回すと、そこには不思議そうに彼女を見つめる幼女がいた。天華自身もよく知る彼女の依り代となっている少女だ。
「ごほん。おやおや、どうして君がここにいるのかな?」
咳払いをして今更取り繕うが、恥ずかしさのあまり天華の汗は止まらない。
この空間に自分以外がいることに信じられず、驚く。
「ぽかぽかしたの。たのしそーなきもちがしたから、きてみた!」
「そ、そうかい?」
天華としてはどうやって自身の領域に入れたのか。それが気になったが、生憎燐には伝わらなかったらしい。
仕方ないのでもう一度、今度はもっとわかりやすく聞こうとするが、その前に天華の白の世界が波紋の広がるように透明な赤色に塗り替わる。
様子が変わった世界に天華が、そして燐も、驚いたように周囲を見渡す。
そんな二人に、否、天華に、鈴を転がすような澄んだ美しい声が罵倒を浴びせる。
「変わらない間抜け面ね」
声に二人が振り向くと、いつの間にか燐の横には一人の女性が。ドレスのような青の結晶体に身を包んだ全身が赤色の水晶の麗人がいた。
「な!? お、お前は!?」
天華は想定もしていなかったようにその人物の登場に驚くと、赤の水晶人は彼女をあざけるようにけらけらと笑った。
◇◆◇◆
目的地変更から一日後。
魔族の国(公的には国として認められていないらしい)に行く道中、俺たちは日用品や食材の購入のために旧ボラミエの王都、シルークルに来ていた。
最新の地図でエールライト大陸の左半分。恐王領ベイグラドストを中心とした周りの国に『旧』がついた場所がほとんどなのは、恐王テラ(クウガ)が王族狩りをしたためらしい。
この王都も中心にある王城は尖塔をいくつか残し、あとは瓦礫の山となっている。
しかし、民の暮らしぶりは変わりなく、穏やかなようだ。
普通王族が皆殺しにされれば国は混乱する。
ここがそうなっていないのはところどころに掲げられた“獅子と流星”の描かれた旗の影響が大きいらしい。
あの旗は――
「――カルストライトの女王様。よく頑張るなぁ」
隣で飴を舐めるツヴァイがそう呟く。
「よく他国が入って更なる大混乱にならなかったな」
「うんまぁーあの女王様、立つべくして人の上に立つような器だしね~。ボクやマリアちゃんみたいな何でもできる天才ではないけど、素直にすごいと思うよ」
「よくない声もあまり聞こえませんね。とても王族を失った国とは思えません」
イナリが感心したように旗の下にいる騎士たちを見つめる。
鎧が二種類いるので、ボラミエの騎士とカルストライトの騎士なのだろう。会話は聞こえないが、何やら紙を囲んで話し合っている。
街の様子をしばらく眺めていると、待っていたフィーラと燐が買い物を終えて服屋から出てくる。
『お待たせいたしました』
「パパ~! どーん!」
「おっと、よっ」
紙袋を持って突撃してきた燐をそのまま抱っこしてやると足をバタつかせる。
「いい服買えたか?」
「うん、ふぃーらに、かわいいふくをかってもらった! あとでパパにもみせてあげる」
自信ありげな燐がドヤっとする。
フィーラのチョイスはいいので早くその服を見てみたいが、ここは我慢。紙袋をそっとアイテムボックスに入れる。
「それはめっちゃ楽しみだな」
「それとね、ふぃーらも、まっかのおぱ――」
『燐! それは言わなくていいですッ!』
おぱ?
何かを言おうとした燐をフィーラが大声で遮る。
フィーラが大声を出すなんて珍しいと思ってみると顔を真っ赤にしていた。
それで何を買ったのか何となく察する。おぱ――ンツ、だろう。
「あー、うん、おけ。……次、行くか」
『……はい』
別に悪いことをしたわけでもされたわけでもないが、燐を挟んだ空気が居心地悪いものになる。
燐と二人だけで買い物をしたいと言っていたのはそういうことか。
俺は気が回らなかったことに反省しつつ、次の買い物に行こうとする。
イナリとツヴァイからは呆れたような、そして、面白がるような視線が向けられていた。
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