第3話 主
赤く焼けるような夕日が落ち、この草原にも夜が訪れる。
どうやらこの草原に来るために移動で無理をしたらしく、疲れてしまった燐は夕食を食べるとすぐに眠ってしまった。
今は体が冷えないようにテントの中で毛布を二枚被り、穏やかに寝息をたてている。
パチパチと燃える焚火に薪を放り込みつつ不規則に揺れる火を見つめる。
何もせずただ無心でいると時間の感覚が曖昧になって、より深くのめり込んでいく。頭がぼーっとして思考が底なし沼に落ちていくようだ。
そろそろ焚火から視線を離さなければと思っても何故か目が引き付けられる。これは自分の意志ではダメかもしれない。
そう思っていると、料理の片づけを終えたフィーラが対面の椅子に座った。
ぼやけた思考を一度リセットするために目を瞑る。数秒で目を開くと彼女は心配そうにこちらを見ていた。
『マスターも目覚めたばかり。前例のないことですので今日は早めにお休みください』
「大丈夫だ」
『私はマスターの健康状態も常時チェックしております。軽い偏頭痛と倦怠感ですね』
「……まだ話してないこともあるだろ?」
『誤魔化さないでください。それにマスターの健康以上に大切なことはございません。話も明日します』
「……」
『……』
お互いしばらく無言の時間が続いた。
フィーラが俺をじっと見つめ、俺はフィーラに向けていた視線を火に戻す。
焚火と草原を走る夜風の音だけがこの場を支配する。
先に折れたのは俺だった。
「わーったよ。今日は寝る」
『はい。十分な休息をとってください』
「お前も疲れたら俺を起こせよ」
『私に休息は必要ありませんが?』
「知ってるよ。……だが、お前は今まで十分頑張ってきただろ」
視線をフィーラへ、更に言うと彼女の機械部が露出した関節へ戻す。
するとすぐに気づいたらしくそこを庇うように手で隠してしまった。
『マスター、当機はそのような特殊性癖を相手にしたプログラムを持ち合わせておりません』
「今更隠しても無駄だっつーの」
服でうまく隠し、似たような他の部品で補修もしている。
だが、万全ではないのが明らかだ。
「俺はお前に返せないほどの恩ができちまった。……今は何ができるかわからん。だからせめて、お前に任せっきりにするのはやめようと思う」
『ッ! いえ、そんな、、、もったいないお言葉です』
フィーラが顔を伏せて申し訳そうにしてくる。だがこれはもう決めたことだ。
それに俺は彼女に対して少し負い目もある。
「拒否するなら“命令”にするぞ? とにかくお前はもう無理をするな」
『YESマスター。ありがとうございます』
「じゃあおやすみ。見張りは任せた」
『おやすみなさいませ。マスター』
彼女に挨拶し、テントに入る。
《瞬間装備》のスキルで寝るのに楽な格好になり、アイテムボックスから毛布を取り出す。
横になると目の前には世界で一番愛おしい娘の顔があり、髪を少しいじるとくすぐったそうにした。
流石に起こすわけにはいかないので一度だけでやめると俺も目を瞑る。
なんだか今日はよく眠れそうだった。
◇◆◇◆
Side―フィーラ―
私はこっそりテントの入り口を開けてジャミルを、三百年ぶりに再会を果たした“元”マスターを除き見る。
私のマスター登録更新は百年おき、彼はとっくに私のマスターなどではない。
それでも、それでもやはり彼は私のマスターに相応しい。このココロという機能がこれほど喜びに満ちているのだから。私という兵器に初めて戦う以外の役割をくれたのだから。
テントの中に入ってジャミルの横に座る。このテントは通常より大きめだが、三人も入れば随分窮屈になる。
私はそっとジャミルの頭を撫でて、独り言を呟く。
『ジャミル。私はあなたの命令を果たすことができませんでした。燐を守れたのは結果論。私にできたのはただ彼らから逃げて続けて、隠れてやり過ごす。そんなことだけ。私はマスターのように上手にはできません。燐に友達を、当然を、幸福を与えることが出来ませんでした。あなたの命令を完遂したとはとても言い切れません』
私は不良品だから。捨てられて、朽ち果てるだけだったはずの出来損ないだったから。
『それでも、まだ私はあなたといたいと思ってしまう。あなたから離れたくない。例えこの先の戦いにあなたを巻き込むとしても。私はあなたでないと駄目なんです』
眠ったままのジャミルに顔を近づける。
『全てを知ったとき、全てが終わったとき、いっぱい、とてもいっぱい叱ってくださいね。I want to be with you forever――』
――そして、額に優しく口づけをする。
『いずれ来る別れの日まで。またよろしくお願いします。マイマスター』
◇◆◇◆
Side―ジャミル―
朝、けたたましい警報音に俺は反射的に飛び起きた。
すると直後に空間を揺らすような咆哮が響き渡る。朝の目覚ましにしては大仰しすぎる。
そのためその音が何であるかは一瞬で見当がついた。
「襲撃か!」
急いで外に出るとそこには寝ぐせのついた燐をかばう様に両手に拳銃を持ったフィーラがいた。遠くには大きな蛇のような体を持つ七頭のドラゴンも。
フィーラはそのドラゴンたちに握る拳銃の銃口を向ける。
それは銃口が存在しない見ようによってはおもちゃのようなものだが、理由はもちろんある。
『魔力銃』。本来銃口がある位置に特殊な刻印が刻まれたそれは、リアルにはないファンタジー兵器だ。
フィーラはそれを使いドラゴンたちが近づかないように牽制していた。
「ドラグワームの群れか。二人とも下がれ! 俺がやる!」
『承知しました。燐、こちらへ』
「パパがんばってー」
フィーラに担がれた燐にすれ違いざまに親指を立てて答える。ついでに頬を叩いて眠い頭を叩き起こした。
ドラグワームは割とどこにでもいる種族だ
飛びはしないが攻撃力が高く、群れで行動することが多いので少し厄介。
それに加えて目の前の七頭は全長も平均的なドラグワームより少し大きい7m。つまりある程度の年月を生きており、強いだろう。平均がLv500なので少し多めに見積もってLv650とする。
急ぎつつも正確に《瞬間装備》で己の武器を取り出す。これだけは寝起きだろうと何万回と繰り返した動きだ。失敗はない。
装備したのは鮮やかな刺繍が入った籠手から大きく鋭い爪が三つずつ飛び出した鉤爪。
銘を『暴風爪牙 フウジン』。俺が昔討伐したUBMの特典武装であり長年愛用している相棒だ。
それともう一つ、こちらは既製品『炎々のブレスレット』。自身の火属性与ダメージを5%UP、被ダメージを10%DOWN、他装備品に一定の耐火付与。
それらが装備できたのを確認し、一直線に敵へと突っ込む。
「キシャァァァ!!!」
俺が突っ込むと一番前にいた一頭が口を大きく開き、火のブレスを放ってくる。
そのブレスは十分回避可能ではあるが、今避けたら後ろの燐たちが危ないかもしれない。とっさに鉤爪に風を纏わせ、最低限顔だけを守りながら突っ込む。
直後、ブレスが直撃して視界が炎一色に染め上げられる。
だが、それを1500を超えるレベル差と装備のレジスト、そして娘の応援バフで強引に突破する。
「あっついなァ!」
叫びながら最短距離で到達したドラグワーム。
距離を空けられる前に鉤爪を叩き込む。
「炎爪撃!」
叩き込みと同時にスキルを使い爪に炎を纏わせる。
体全体を破壊するように三撃で切り刻んでやると、本来炎のブレスを吐くため炎耐性が高いドラグワームだが、刻みながら体内を炙ったのであっけなく燃死する。
そして、その様子を見た残り六頭の行動は早かった。
二頭が全力で逃げ、四頭が俺を中心に左右に展開した。どうせならさっさと全部逃げてほしかった。
素早く展開し終わるとやつらは四方向から同時に炎のブレスを放ってくる。
野生にしてはいい連携だと感心しつつ、フィーラたちが十分に安全な距離まで避難したのを確認してブレスを回避していく。
ブレスとブレスが衝突して腹にどっしりとくるような大きな音が響く。
肌を炎の暴威が掠めていくが、焦らず冷静に回避していく。速度はこちらが圧倒的に上、回避しつつこちらが攻性に回る準備をする。
そして、ブレスの連続放射が途切れて視界が晴れた。
その瞬間に明らかに間合いの外にいる正面と右の二頭へ爪を振るう。
「旋風刃!」
鉤爪に流したMPは風の刃となって、振った先にあるドラグワームの頭を豪快に吹き飛ばした。
一瞬の出来事に残った二頭の動きが止まるが、それを遠距離攻撃だと理解したのだろう。すぐに次の一撃を撃たせまいと距離を詰めてきてその牙で俺を食い殺さんとしてくる。
試しに一頭に向けて再び爪を振るうが、単純な直線攻撃のため容易に回避された。
「ちょっと賢いな」
避けられたのは残念だが、おかげで一頭が俺に到達するまでの時間を遅らせることができた。強制的に一対二を一対一の二回分にした形だ。
先に到達したドラグワームの噛みつきを体を捻って回避し、カウンターに爪を振るう。
噛みつくために位置が低くなった頭に爪を突き刺し、念のため爪を回して脳を完全に破壊した。
悲鳴を上げる間もなく即死した一頭目に続いて、二頭目がブレスを吐きながら遅れて突っ込んでくる。
俺はそれをバックステップで回避し、ブレスが切れたタイミングで噛みつこうとした下顎を思いっきり蹴り飛ばす。
その蹴りが思ったより効いたのかドラグワームの体がふらついた。
もちろんその隙を見逃すつもりはなく、一瞬で背後に回り込んで攻撃を叩き込む。
無防備なその背中に無数の傷跡を作ると最後のドラグワームも息の根を止めた。
◇◆◇◆
「パパすごーい!」
飛びついてきた燐を鉤爪の外した両手で抱える。
「だろー? 俺は燐のためなら無敵だからなー!」
「むてきー!」
俺に合わせて燐も手を空に掲げる。
一緒になって笑っていると遅れてフィーラがやってきた。
『ポーションです。飲んでください』
「気にすんな。ちょっとやけどしただけだ」
最初の一撃、交差した腕の一部が赤く腫れていた。
触ると痛いだろうが、すぐに自然治癒で治るだろうと思いポーションを拒否する。
するとフィーラがムッと怒ったようになり強引にポーションを口に突っ込んできた。
『飲む』
拒否する間もなく口にねじ込まれ一度に全部を飲ませられる。
「ゴホッゴホッ……なにしやがる」
急なことにむせてしまったが、呼吸を整えてフィーラに問いかける。
だが彼女は怒ったような視線を向けるのみで返答はなかった。
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