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第2話 再誕


――彼が去った地へと迎え。


――“目”は私たちが排そう。


――新月の夜が明けたのち、彼らは目覚め、新たな争乱が始まる。



「なんだこれは?」


 俺はフィーラから受け取った手紙。というよりメモに近いたった三行のそれについて尋ねる。


『不明です。差出人も情報源も。この手紙についてはほとんどわかっておりません。十日ほど前に少し目を離した隙に手がゴツゴツした人(・・・・・・・・・)に渡されたと燐が言っていました』

「十日? 二日じゃないのか?」


 デスペナルティになった場合二日間はこちらにログインはできない。

 なので二日だと思ったのだが、違うらしい。それに――


「それに三百年の月日ってのはどういうことだ? 意味が分からんぞ」

『そうでしょうね。私も……正直とても混乱しています。そしてそれは当事者であるマスターの方が深いものだということも』

「あ、あぁ? そうだな?」

『ですので私の解釈、予測も含みますが、できるだけ分かりやすく説明します』

「はぁ? まぁよろしく頼む」


 何を話すつもりかは知らないが、フィーラはとても悩みながら話し始めた。


『まず、話をしていく前に“管理者”という単語を覚えてください。この先、この人物が全ての中心になります』

「管理者、何者だ?」

『マスター達の世界の言葉を借りるなら、GM……が近い表現でしょうか? 正しくこの世界を管理し、神の如き権能を行使できる存在です』

「なるほど。ゲームマスターな。とりあえず管理者についてはわかった。続けてくれ」

『YESマスター。それではそうですね。まずは終末の日について話しますか』

「終末の日……この前のアレか?」


 あらゆる事象が崩壊したような日。少なくとも一年以上はデスペナルティをしていない俺がほとんど何も出来ずに死んでしまった日だ。


『はい。まぁ、私にとっては三百年も昔のことなのですが……とにかくその日、異界あるいは外来と呼ばれる場所から来た軍勢(・・)に、ほぼ全ての生命は滅ぼされ、管理者は死にました』

「は?」

『そして管理者の死によりあの破壊の中で生き残っていたプレイヤーも道連れで消えたのです』


 Why? ヤバい。頭がフリーズしそうだ。

 フィーラが何を言っているのか全く理解できない。


「は、はぁ? それは……なんだ? そんな状況で管理者(かみ)が死ぬって、結構まずいんじゃないのか……?」


 俺はわからないながらも、なんとか頭の中で考えたことを聞く。

 するとフィーラはそれに対し肯定するように頷いた。


『そうです。神は死に、星は壊れ、人は絶望しました。誰もがこの世界の終わりを悟りました。ですが――世界だけは、この星の意志(ガイア)だけはそれを諦めなかった』



◇◆◇◆



 その日起きた異界の軍勢と星の管理者の争いは空間を捻じ曲げ、法則を矛盾させ、幾多の生命を奪った。

 星すら崩壊させた争いはしかし、お互いの消滅(・・・・・・)という形で決着を迎える。


 そのあまりにくだらない決着を見届けた僅かばかりの生き残りは、笑いながら刻一刻と近づく星の崩壊を待つのみとなった。


 だがその結末に、理不尽な滅びに、世界は救いの手を差し伸べた。


 時の逆行。

 管理者をもってしても僅かにしか成しえない事象を世界は奪われた全てに行った。


 人も、動物も、大地も、海も、空も。管理者と異界の軍勢(アウトサイダー)を除いた全てが巻き戻り、再構築された。


 そして力を使い果たした世界はその機能を使い、最後に星に生きる全ての者にこう告げた―――


『―――生存しなさい。進化しなさい。繁栄しなさい。そして、新たな管理者を選出しなさい。もう二度と理不尽に滅びぬために。導く者よ、この星を守りなさい』



◇◆◇◆



『……と。そうして世界の言葉を聞き届けた人々は、新たな管理者を選出する第二の(・・・)崩壊、管理者大戦(ライセナハ・セルセム)を始めました』

「らいせ……なんだって?」

管理者大戦(ライセナハ・セルセム)。誰かが管理者(かみ)になるための大戦争時代です』


 フィーラはそう言い、唐突に真下の地面、何もない草原を指さす。


『そうですね。話は変わりますが……マスターはココがどこだかわかりますか?』

「はぁ? 草原じゃないのか?」


 意図のわからない質問に当然の答えを返す。


『そうですね。今は(・・)草原です。では、マスターはどこで燐を守ってデスペナルティになりましたか?』

「アグルグ……だったな。まぁ空から見上げて、いや、見下げていた場所だが」


 俺が答えるとフィーラは再び真下の地面を指さす。


『はい。ここです』

「? どういうことだ?」

『アグルグという街はかつてここにありました(・・・・・)

「ありましたって、まさか?」


 俺は周囲を見回して何となく見覚えのある風景に、一つの可能性に思い至る。


『はい。マスターの想像されている通りそのまさかです。アグルグという街は今より二百三十年前、戦争の最盛期に伝説級儀式魔法により地図上から消え失せました。―――これが第二の崩壊。 “管理者大戦(ライセナハ・セルセム)”。この地はその破壊の一端です』



◇◆◇◆



 その後フィーラは管理者大戦(ライセナハ・セルセム)の開戦から停戦(・・)までを詳しく語ってくれた。


 意味の分からない単語もあったが、フィーラの言ったことをまとめるとこうだ。


 管理者大戦(ライセナハ・セルセム)とはいわばたった一つの椅子(それも座れば何でもし放題の玉座)を取り合う椅子取りゲームだ。

 勝者が得るものは文字通り世界の全て。

 それがどんなものなのかも、それにどうやってなるのかもそのほとんどが不明。だが、世界の声により明確に存在が保証されてしまった(・・・・・・・・・)ものだ。

 その栄光は多くの人間を動かし、血で血を洗う戦争は百年の間続いた。


 もはや誰かが優勝報酬(管理者)を得るまで世界中の誰にも止められないと思われた戦争。


 だがその戦争は、僅か(・・)百年で終わりを迎えることになった。


 その原因こそ、


「―――新たな異界からの来訪者(アウトサイダー)。第三勢力。魔族の登場……か」

『はい。そうして管理者大戦(ライセナハ・セルセム)は終わり、世界には再び仮初の平穏が戻ったのです。これがマスターのいない三百年に起こったこと。その概要です』

「はぁ。……いや~人がいないうちに変わりすぎだろ。なんだそれ」


 俺はフィーラの言ったことに頭を抱えてため息を漏らす。


 正直意味が分からない。今でも嘘でしたと言ってほしいぐらいだ。

 だが、フィーラはマスターである俺に対して嘘はつけない。それは彼女が機械で俺が主人であるが故の鉄則。


 どこかが故障しているもしくは偽りを事実であると誤認しているなら話は別だが、それならどこか近い街にでも行って聞き込めばすぐに分かる話だ。

 まぁ生憎とその街は影も形もなく消え去ってしまったが。



◇◆◇◆



 腰に下げたアイテムボックスからメモ帳を取り出して、フィーラの言っていたことをまとめる。

 『管理者』、『異界からきた軍勢』、『世界の意思』、『管理者大戦(ライセナハ・セルセム)』、見たことも聞いたこともないものだが、それぞれがどんなものか何をしたのか書き足していく。

 そして次は『魔族』。それについて書こうと思ったが、一度手を止める。


「なぁフィーラ、魔族ってラノベとかにある人寄りのやつか? それともほとんど獣的なのかどっちだ?」

『らのべというものは分かりませんが、魔族はみな黒翼を背負った人族。という感じですね。魔王という王が率いています』

「いるんだ、魔王。……アイツとキャラ被りじゃん」


 FGにはストーリーがないため、様々なUBMユニークボスモンスターはいても公式のラスボスはいない。

 だが、あまりにも理不尽に強すぎるために非公式でとある一人のプレイヤーが『ラスボス』、『魔王様』と呼ばれているのだ。

 まぁ他にも『信者代表』、『教祖様』、『悪魔』、『イカレ狂人』、『例のあの人の悪口を言うと現れる例のあの人』などいろいろと呼ばれているが。



「というか結局ログアウトできない理由って何なんだ? やはりって言ってたしなんか知ってるんだろう?」


 歴史のお勉強ですっかり忘れていたが、これも早めに知っておかなければならない重要なことだろう。


『はい。これは私の予測ですが、ログアウトできないのは戻り先の特定不能によるものだと思われます』

「戻り先ってのは?」

『マスターの真の肉体。リアルの肉体のことです』

「リアルがどういう……ん? おいおい。まさかそういうことか?」


 リアルの肉体とはどういうことか、それを聞こうと思った俺は『戻り先』という言葉に一つ気づいてしまった。

 それはとても嫌な気付きだ。正直間違いであって欲しいし、自分でも説明できないところもある勘のようなものだ。

 だが、俺のこういう嫌な勘は割と当たる。


 確認したい気持ちと確認したくない気持ち。両方を秘めながら俺はフィーラにそれを問いかける。


「もしかして……死んでる?」


 俺の言葉にフィーラは一度驚いたように目を見開く。


『その察しの良さ、流石ですねマスター』


 フィーラの反応を見るに、残念なことに想像の通りらしい。


 こちら(・・・)の世界の経過時間三百年。仮に内部時間加速を加味しても最低百五十年。

 そして、俺、あちら(・・・)の人間の寿命。八十年ちょいくらい。


 つまり、リアルの俺はほぼ確実に寿命(・・)で死んでいる。

 寿命なんてまだまだ先の話だと思っていたので、実感がなんてないしどこか他人事のようだ。

 だが、手元にある情報で導きだせる答えがこれだ。


 勘も含んで導き出した雑な推測、いや、これはただのひらめきだ。

 それに―――


「こんなことをどこの誰がやったかってことと、なら今動いている俺は誰か」


 ―――という問題も残る。


「それについてはどうだ?」


 俺は俺より詳しく事情を把握しているであろうフィーラに問いかける。

 すると彼女は先ほどメモ帳を取った時に返しておいた手紙を開く。


『正直、私も誰がどうやったのかを正確には把握しておりません。ですが、全く手掛かりがないわけでもないです。この手紙の差出人。どこまでことに関わっているのか不明ですが、何かは知っているのでしょう』

「まぁだよな。……でも、手がゴツゴツか。う~ん、情報っていうにはなぁ」


 ないわけではない。だが、情報量としては0に等しい。

 せめてフィーラが受け取っていればわかることもあったのだろうが。もしくはあえて燐だけの時を狙ったのか。


 偶然か必然か。どちらにしろ差出人の目的が不明だ。


『私が即座に追っていれば、顔を見られたかもしれませんでした。申し訳ございません』

「いや、お前に責任はない。気にするな」

『ありがとうございます。……ですが、マスターの方については私にもわかることがあります』

「俺の方って言うと、あっちで死んでいるはずの俺が今ここにいるわけか?」


 改めて言葉にすると滅茶苦茶な状況だ。


『はい。これも私の予測ですが、マスターがここにいる理由はシンプルなものです』

「シンプル? さっきから情報がヘビーな重量級のものしかないんだが?」

『マスターは“再現”……いえ、 “復元”されたのです』

「ナチュラルにスルーされた。……まぁいいや。んで? 復元ってのは何だ? 俺は0と1のビット情報か?」

『ビット情報ですか。遠からず近い表現ですね。……マスターは気づいたらいつの間にかここにいた。恐らくそのような認識でしょう?』

「あぁ。違うのか?」

『いえ、正しいものですよ。そしてそれが概ねの答えです』

「概ねの答えか。……IQが人並みの俺には機械の思考回路はさっぱりみたいだ。すみません俺は馬鹿です。もうちょい詳しく教えてください」


 フィーラに平謝りしつつ、先を促す。


『マスターがわからないのも当然です。ですから今から詳しく話そうとしたのですが……まぁいいです。とにかくマスターは気づいたらここにいた。つまりログインをした記憶はありませんね?』

「あぁ」

『ですから、気づいたらというその時に(・・・・)、造られたのです』

「え、俺は召喚獣かなんかなの?」

『召喚獣とは違いますね。どちらかというとゴーレムでしょうか? マスターという存在に関してこちらにはなく、あちらにだけあるものが何かわかりますか?』

「俺が俺という意志、か?」

『はい。つまり逆を言えば中の人(・・・)以外は全てこちらにあるということです』

「そうだな」

『そしてこの世界の根底はあくまでゲーム。正確にはリアルシュミレーションゲームらしい(・・・)ですが、ゲームなら事象を記録したもの。この世界では世界の記録(ワールドログ)と呼ばれるものがあります』


 ログ。リアルすぎるこの世界(ゲーム)では見ないものだが、その世界の記録(ワールドログ)とやらがあるからといって何なのか。


 まるで答え合わせをするようにフィーラが話を続ける。


世界の記録(ワールドログ)。それはこの世界にある全てを記録するもの。そこには当然マスターという情報全て(・・・・)も含まれております』


 そこまで説明されてようやく俺も理解した。


「なるほど。入れたのか(・・・・・)、俺のアバターに俺という情報全てを」


 つまりそれは本物と同義、究極の複製体(コピー)ということだろう。


 デスペナルティによるログアウト後から行った覚えのないログインまでの抜け落ちた記憶。

 それが何よりの証拠だ。


「誰がやったか知らんが、恐ろしいことを考えつくもんだ」


 人によっては忌避感も覚えるような行いだ。

 今ならリアルでのクローン研究が禁止されている理由がよくわかる。人によってはこの事実にゲシュタルト崩壊とかもあり得るのではないだろうか。


 とにかくこれをやったやつは異常だ。人を人と思わないまともな思考をしていないと想像するのは容易い。

 手掛かりは『手がゴツゴツ』しかないが、もしもそいつを見つけ出せたなら是非とも詳しい話を聞くとしよう。



◇◆◇◆



 フィーラとの会話がひと区切りついたとき、タイミングよく燐が起きる。

 まだ眠そうな目をこすって小さく伸びをする姿は世界で一番可愛いらしい。まるで天使だ。


「いや、それではダメだな。もはや概念。可愛いという概念だ」

『頭のおかしいことはそれまでにしてください。燐、涙の跡が残っていますよ。拭くのでこちらへ』


 フィーラはアイテムボックスからハンカチを二枚と水の入ったボトルを一本取り出す。

 水で濡らしたハンカチを燐の頬にあてて軽く拭くと燐は嫌そうに顔を背ける。


「ちゅめたい」

『我慢しなさい』

「お湯なんてあったかなぁ」

『はいそこ動かない』


 自分のアイテムボックスからお湯を探そうとしたら止められた。


「燐の肌は敏感なんだ。大切にしないと――」

『終わりましたよ』

「ありがとぉ、ふぃーら」

「……」

『不貞腐れないでください。マスターは燐に甘すぎです』


 見つけ出す前に終わってしまい仕方なくアイテムボックスに突っ込んでいた手を離す。

 顔を綺麗にしてもらった燐は眠ってしまう前と同じように俺に抱き着いてきた。

 そして、まるで猫のように頭をぐりぐりとしてくる。


「パパ、りんね、ずっとずっとさみしかったよ」

「あぁ、フィーラから事情は聞いたよ。ごめんな、長い間傍にいれなくて」


 優しく頭を撫でると燐が顔を上げる。


「パパ、もういなくならない? りんをひとりにしない?」

「もちろん。ずっと一緒だ」


 俺が笑いかけると燐が笑う。

 だが、そこに横からフィーラが声をかけてくる。


『いや、それより、マスターは気にならないのですか? いろいろと……例えばこの子が歳をとっていないことなど』

「は? スーパーキュートでパーフェクトな俺の娘だぞ?」

『だぞではありません』

「それにまぁ、今は無事であってくれた。その事実だけで充分さ。……そういう意味ではお前には感謝してもしきれないな。俺がいない間よく守ってくれた。お前は自慢の機械人形(オートマタ)だよ」


 話を聞いてから改めてフィーラを見ると、関節部の露出した部品が傷ついているのがわかる。

 話にでていた管理者大戦(ライセナハ・セルセム)とやらか、もしくはまだ話していないそれ以外のことか。

 俺の命令通りに燐を守るために戦ってくれたのだろう。


『……お気になさらず。私はただマスターの“守れ”という命令を果たしただけです』

「なんだ? 照れてるのか? 素直にどういたしましてって言えよ」

「ふぃーら、かおまっか」

「なー」

『二人ともそれ以上口を開けば今日の夕飯はグリーンピースのみにしますよ』


 燐と一緒に笑ったらフィーラを怒らせてしまった。

 それに夕食を燐の嫌いな食べ物にするという。ついでに俺も嫌いだから本当にやめてほしい。


「やらー! きょうはパパとケーキたべる!」

「そうだそうだ。一匹をそのまま使った七面鳥とでっかいラザニアがいい」

『そんな豪勢な料理は草原の真ん中(ここ)で作れません。街につくまで我慢してください』


 フィーラはそう言い、野営と料理の支度を始めるのだった。

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