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第1.5話 ジャミル

 まだ小学生だった頃だ。

 ある日俺は病院のベッドで目を覚ました。

 目を覚ましたらいつの間にかそこに居り、何一つ状況は理解できなかったが、直ぐに駆け付けた医者と両親が子どもだった俺でも分かりやすく手短に説明してくれた。


 泣きながら話した両親によると、俺は落雷に撃たれて三日三晩寝たきりだったらしい。

 確かに新作ゲームを渡されたお小遣いで買った帰り道、雨が降り出したにも拘わらずゲームしたさで走っていた記憶がある。


 幸いなことに大きなけがもなく搬送されたのもすぐだったので退院は早かった。

 だが時間が経つにつれて俺は自身に起こった異常(・・)を徐々に自覚していった。



 まず、夕方の子ども向けの番組を見なくなった。

 自分も大人に一歩近づいたのか。その時はそんな感覚だった。


 次におもちゃ付きのお菓子を買わなくなった。

 母親も好みが少し変わった程度にしか考えていなかった。


 その後はゲームをしなくなった。

 父親は大のゲーム好きで家には様々なゲームがあったが、どれもやらなくなった。

 この時から俺はズレ(・・)を感じていた。


 そして、最後に友人を失った。


 そこまで至ってようやく理解できた。

 俺はあの日、黄昏の雷雨に何かを“楽しむ”ことを奪われたのだ。



◇◆◇◆



 俺がFGを始めたのはリアルで四年半前、高校一年生の時。内部時間は倍速で進むためFG内ではもう九年も前の話になる。

 改めて思い出すと随分長い時間だ。


 始めたきっかけは当時、定期健診の担当医だった龍先生に実験に協力してほしいとFG専用のヘルメットを渡されたからだった。

 結局最後まで何の実験だったのかは教えてくれなかったが、ただゲームとその日やったことを報告するだけで報酬も出ると言われたため、俺は快く引き受けた。


 別に最新鋭の技術を謳っているからといってFGというゲームに“今度こそ”と期待していたわけでも希望を持っていたわけでもない。

 小遣い稼ぎができてラッキー。始めた理由はそんなものだ。


 そこまで期待度が低かった理由は一つ。FGが発売されるまでに世に進出したVRゲームにアタリ(・・・)がなかったからだ。

 現実とアバターでの肉体の差による問題、五感を不自然に苛む問題、回線ラグによるありえない挙動など当時のVRゲームは何かしら欠陥を抱えており、ゲームをするのに妥協と我慢が必要だった。

 父親がVRゲームをするたびに「またか」とがっかりしていたのをよく覚えている。


 そんなわけで渡されたときに担当医が熱く語ってくれた内容もほとんど聞いていなかった。



◇◆◇◆



「よウこソ、新タなアウトサイダー」


 気がつくと俺は自室ではない場所にいた。

 どこまでも続く青々とした草原。そして、その中心。風景の中、ぽつんと一部屋だけある明らかに場違いな教室の中だ。

 元々あった絵画に別の作者が上から別の絵を描いたような、そんな不自然さがある場所だ。


 その教室の教壇には三本の捩じれた角とノコギリのようなギザギザした歯が特徴的な悪魔のような男がいた。

 男はどこで売っているんだと突っ込みたくなるようなカラフルで奇抜な紳士服で、傍らには大人がすっぽりと入りそうなほど大きなキャリーケースを携えている。


「初めマシて。私は管理AI六号。この度あなタのチュートリアルを担当スるAIでごザイまス」


 奇抜な格好の男は若干聞き取りづらいイントネーションでそう自己紹介をした。

 確か担当AIは完全ランダムで九号まであると聞いている。

 偶然選ばれたのだろうが、彼は小さい子なら泣き出しそうなぐらい不気味な見た目だった。


 そんな彼をじっと観察していると、ふと胸に感じたことのない違和感が走った。

 いや、感じたことはある。しかし、それはもう自分に関係ないと思っていたものだ。

 とても懐かしい忘れてしまったもの。


 胸を強く掴み抑え込む。

 するとそんな俺の行動を疑問に思ったのだろう。六号が近づき声をかけてくる。


「どウかしマシたか?」

「……いや、確認したいんだ。……ここはゲームの中、間違いないか?」


 俺は一度胸から手を離し、彼の目を見て確認する。


「そウデスよ。ここハ広大なFGノホんの一角。良ケレば外にモ行きまスカ?」


 六号は当然のようにそう答えて指を一度鳴らす。

 すると大きなキャリーケースがひとりでに動き、何かを発射した。

 とても捉えられる速度ではないそれは、教室の壁に衝突すると一面を全て吹き飛ばした。


「オヤ、思ったヨリも大穴が。二号に怒ラレますネ。……アァ、こチラは気にセズご確認クダさい。遠クへ行カれても問題あリマせン」


 六号は手で草原を指し、俺もそれに導かれるように外へ出た。



◇◆◇◆



 あり得ない。


 それがこの空間を目の当たりにした感想だった。


 空気は澄んでおり、草木の匂いを含んでいる。

 肌を撫でる風は不規則に吹きすさび、天から降り注ぐ陽光には確かに温度を感じられる。


 俺のすべてが、感じるものすべてを本物(リアル)といっていた。

 そして、その世界に対し俺はいつぶりだろうか。とてもワクワク(・・・・)していた。


「……」


 いつの間にか履いていた靴を履き捨てて裸足になる。

 草原に一歩を踏み出すと足の裏には確かに草とその下の土を踏む感覚が伝わってきた。


「はは、ははは……」


 更に一歩、もう一歩。

 少しずつ歩幅を早めながら、全身で世界を感じるように進んでいく。


「ははははははッ!」


 気づけば俺は笑っていた。

 あの日からよくするようになった空笑いではない。

 心の底から、腹の底から声を出して草原を駆ける。


 『本物の世界を提供する』という広告の誇張は嘘ではなかった。

 頬を撫でる風も、天から降り注ぐ陽光も、俺が駆ける大地も、軽い酸欠になりかけている俺自身のこの体も。

 そして、その出来事すべてに歓喜するこの心も。

 この世界は全て“本物”だ。


「はははははははははははッ!」


 笑いが止まらない。

 途中で躓き大の字に寝ころんでも酸素の足りない肺から更に搾り取るかのごとく笑う。

 胸を苦しめる痛みすら今は気にならない。

 何年も揺れなかった心をまた動き出させるように、笑うのをやめない。



 そうしているといつの間にか傍らには六号がいた。

 足音もなかった。いつの間に現れたのだろうか。


「どウでシょウか? こノ世界は」


 作品の評価を待つ美術家のように六号が聞いてくる。


「最高だよ! この世界は素晴らしい!」


 だから俺は思ったことを素直に口にした。

 まだ初めて十分も経っていない。だが、この世界が最高だということはもう確信していた。

 そして彼はその答えに満足したのだろう。今まで表情の変化がなかった六号が僅かに微笑む。


「そレはよかっタ」


 微笑んだのはほんの一瞬だったが、俺は確かに彼の感情(・・)を感じることができた。

 それは管理AIなどという堅いものではなく、まるで本物の人間のようにしか見えない。この世界にもっと興味が湧いた。


「チュートリアルを始メテもよイでスか?」

「あぁ、よろしく」



 それから俺はこの世界について六号から様々な説明を受けた。

 チュートリアルはほとんどスキップしかしてこなかったが、今回は最後まで聞いた。気になったこと、わからなかったことを沢山聞いた。だが、六号は嫌な顔一つせずに最後まで真摯に答えてくれた。

 アバターも作った。金髪にしたり長身にしたりと試行錯誤したが、結局最後にはリアルの黒髪黒目をそのまま自身の目を少し鋭くする程度に収めた。


 そうしてチュートリアルは特に問題なく進み、終わりに差し掛かったところで六号は何かを思い出したように手を叩いた。


「そウいエばネームの設定ガまダデした。既ニお決まりデしょうカ?」


 彼に尋ねられ、そういえばまだだったことに気づく。


 しかし、ネームか。

 本名をもじろうとも思ったが、いいのが出てこない。

 何かないかと思案し、一つだけ思い浮かんだ。

 あの日、雷で撃たれた日。結局やらず仕舞いになったが、その日俺がやるはずだったゲーム。

 確かあのゲームの主人公の名前は―――


「―――ジャミル」

「そレがネームでヨいデスか?」

「あぁ、俺はジャミル。ジャミルだ」


 こうして俺、ジャミルの旅は始まった。

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