第24話 いつの日か
いつの間にか見たこともない真っ白な空間にいた。
ここはなんだろう。とても居心地がいい。夢だろうか。
「ん?」
ぼんやりとした俺の前に背景と同化したような白い人型が現れる。マネキンのような奴だ。目線も表情も分からない。
「なんだ、お前?」
「やぁやぁ初めまして。――は決して怪しいものじゃないですよぉ」
コイツはしっかり話しているはずなのに、何故か名前が聞き取れない。
怪しくないと自称する怪しさてんこ盛りなやつは俺の周りを浮遊して話を続ける。
「――はただ君に忠告をしに来たんだぁ」
「忠告? なんの?」
「あぁもう~。話を急がな~い。早漏れな男は嫌われるよぉ?」
「……」
「ハハハ。笑ってくれていいんだよぉ?」
「……」
「ノリ悪いねぇ。まぁいいさ。――も人と話すのは苦手だから、さっさと終わらせよぉ」
白い人型はやれやれというように首を振った。
「では心してぇ――の忠告を聞いておくれぇ。全部で四つぅ」
白い人型が指を一本立てる。
「一つ。魔王を信用しなさいぃ。彼はいい人だぁ。存分に頼るといい」
続いて二本目。
「二つぅ。恐王を倒しなさい。アレは殺戮そのものぉ。君の知る最もおっかない魔女以上さぁ。ただ、君一人では倒せないぃ。全ての条件が整ってから挑みたまえぇ」
続いて三本目。
「三つぅ。教皇を決して信用するなぁ。彼女は聖女の皮をかぶった悪魔だよぉ。何か言われてもぉ、聞く耳を持ってはだめぇ」
最後に四本目。
「最後の四つ目。君の彼女は味方だよぉ。何があってもぉ、彼女の忠誠が揺らぐことはない。信じてあげてねぇ」
白い人型は四つ全て言い終わり、満足気に頷く。
「はい。うん。おわりぃ。ばいば~い」
白い人型が手を叩くと、足元が揺れて世界が崩壊し始める。
「え、ちょ、おい――」
もう少し何かあると思っていた俺は、あっけなく白い世界から退場した。
◇◆◇◆
フレミアを出て二日目。馬車はあれから更に南下し、関所を越えて隣国のギネア同盟に入った。この速さなら明日には大きな街に着きそうだ。
今は昼食を取るのに良さそうな場所を探しながら、燐と共に御者台で風を楽しんでいる。
落ちたら危ないので膝の上に乗せているが、少し重くなっただろうか。
二日三日で変わるものではないだろうが、アレのことだ。うっかり成長スピードを早送りしすぎたとかないだろうか。
少しだけ唸って、考えるのをやめる。多分気のせいだろう。
「どーしたの?」
「いや、何にも」
見上げてきた燐の頭を軽く撫でる。
少し髪の毛をいじってみるが、サラサラな髪は指に引っかかることなく通り抜ける。
そういえば今の燐のシャンプーはどうしているのだろうか。俺のよく買ってきていた精霊水配合の高級シャンプーは、とあるプレイヤーの独占販売もの。三百年もあればとっくの昔に使い切っているはず。
なのにこのツヤとハリ。フィーラのやつ、相当いいものを使っているんじゃないか。
何となく燐の髪を指でクルクルする。
「なぁ燐。今まで聞いたことなかったけどさ、燐は将来どうなりたい?」
「えー?」
イナリにあんなことを言われたせいだろうか。
今まで聞くのが怖かったことを、何気なく聞いてみる。
「うーん。しょうらい?」
「思いつかないか?」
「うん。わかんない」
「そうか……」
やはり、俺はこの子の選択を縛っているのか。
髪を弄る手が止まる。
だが、
「――でもね。りんは、パパとずーっといっしょがいい」
「ッ! ……本当か?」
何故だろう。俺はこの子の本当の父親ではないのに、まともな親ではないのに、言われた言葉に涙が出そうになる。
「うん。りんはパパがすき! つよくて、かっこいいもん!」
「そうか。ハハッ……ありがとな」
少し強めに頭を撫でる。
されるがままの燐はどういった意味の『ありがとう』か分からないようだ。
「燐、しばらくはまだ、もうちょっとだけ俺の行きたいところに付き合ってもらうけど、その後で、燐自身が行きたいとこはあるか?」
「どこでもいーの?」
「あぁ。どこでも、いくつでもいい。今度は燐がパパを連れまわしてくれ」
「やったぁ! じゃーね、じゃーね――」
燐がどこにしようか考えながら、ユラユラと体を揺らす。
しばらく考えて決まったのか、ピタッと動きが止まった。
「決まった?」
「うん、きまった! りんはね、がっこうにいってみたいの!」
帰ってきたのはごくごく平凡な答え。この歳の子どもなら誰もが憧れる場所だ。
「学校、か。そんなんでいいのか?」
「むー! そんなんじゃないもん! がっこうは、すごいもん!」
色々なところを旅したせいか、それとも自分がもう子どもではないからか。
学校という場所を、燐の憧れを軽く見てしまう。そんなんと言ってしまい怒られてしまった。
「ごめんごめんって。そうだな、学校はすごいぞ。いろいろなヤツがいる。きっと燐にとってもためになる場所だ。……学校に行ったら何をしたい?」
「おーちゃんとめりめりみたいな、おともだちがほしーの」
おーちゃんとめりめり。燐の数少ない友人。オニグマとギルド最年少のメリアナだ。
「友達か。燐ならきっとたくさんできるな」
「ほんとー?」
「もちろん本当だ。あ、でも男の子は一度パパを通すんだぞ? 仲良くできそうか俺が一対一で見定める」
「なんでー?」
「男の子はやんちゃで危ないから。強いパパが確認した方がいーの。オーケー?」
「おーけー!」
元気のよい返事に頭をポンポンしてやると、突如、前方で煙が上がっているのが見える。前で何かあったようだ。
和やかな雰囲気だったのをすぐに切り替える。
「止まれ」
俺の命令に従い、烈火オニグマはすぐに足を止める。
そして、馬車が止まったことで中からフィーラとイナリも出てきた。
「フィーラ、あの煙の位置。何をやっているか教えてくれ」
『Yesマスター。―――距離凡そ10000。五人の生命反応を確認。五人共にナノオーブ反応あり。全員プレイヤーですね。どうやら巨大な魔物と交戦中のようです』
「両方のレベルは?」
「プレイヤーは内二人が1000。残り三人が平均50。魔物の方は1000です」
「ベテランと初心者のペアでしょうか? 魔物の方は珍しい、ヒナですね」
フィーラの報告にイナリが少し驚く。
イナリの言っているヒナとはUBMになりかけのもの。UBMの条件である1001レベルに至る直前の個体。
何故かは不明だが、UBMよりも圧倒的に経験値が美味い食べごろの奴だ。
前方にはそれがいるという。
「うーん。どうするよ?」
「いつも通り待機でいいのでは?」
助太刀しに行くか。それとも、しばらくここで待つべきか。
イナリに聞いてみるが、やはり待機という選択が帰ってくる。
『人の狩りは邪魔すんな』
これはプレイヤー間での暗黙の了解の一つだ。
というのも、もしも狙って狩っている獲物だとすると、善意で助けに入っても後々経験値やドロップを奪われたとかで文句が来るからだ。
下手に近づいてヘイトが来ても困るため、基本は待機や遠回り。
しかし、今は状況が状況だ。
まだ実際に見たりしたわけではないが、フィーラの話からするとデスペナルティが俺たちプレイヤーにとって“カリソメの死”ではなくなっているはず。
戦況はカンスト勢が二人いるとはいえ、謎のお荷物三人を抱えた状態。
ヒナが何級相当のものかによっても戦力差は変わってくる。これは本当にどうしよう。
フィーラでは何があるかは分かっても、何が起こっているか分からないのが弱点だ。
そして、一分ほど待ってみると再びフィーラが口を開く。
「プレイヤー反応、三名同時に消失しました」
どうやら戦況は悪かったらしい。
「俺がいく」
燐を御者台の横にずらして降りる。
そこでようやくイナリも状況のまずさに気付いたらしい。
「すみませんジャミ。僕はそこまで頭が回っていなかった」
「気にすんな。優勢なところにちょっかいかけて文句を言われる可能性もあったんだ。馬車の守りだけ頼む」
「わかりました。すぐに追いつきます」
イナリに馬車を任せて、すぐに煙の上がる場所を目指して走り出す。
超音速なら10キロ離れていても、一分以内にたどり着ける。
加速した思考の中、この先にはどんなものがいるのかワクワクしながら《瞬間装備》で戦闘に備える。
ヒナと一口に言っても、伝説級や神話級になりかけの強いやつだと嬉しい。そのレベルのヒナなら一方的な虐殺にならず、俺とでも殺し合える。
距離が近づき、目指していたものが見えてくる。巨大な蛇の魔物だ。その大きさは20mを超え、怪しく光る目は四つあった。
感じるプレッシャーに悪寒を感じ、肌が震える。
アレは強い。きっと楽しめる相手だ。
そんな期待を抱えた俺の横、俺よりも速い速度で一人の人物が通り過ぎた。
面白いと感じていただければ、ブックマーク・ポイント評価の方をよろしくお願いします!




