第19話 決着
上空から落ちてくる大量の烈火オニグマ。
俺とフィーラはそれらの巻き添えを喰らわないようにできる限りディスティアから離れる。
ディスティアは突然の事態に驚いているようだが、経緯を説明すれば簡単だ。
俺がライジンを召喚した時、一度ディスティアの視界を檻の中と外で区切った。その時にイナリはオニグマを使って自分自身を投げ飛ばした。
STRが化け物レベルのオニグマの投擲だ。人間なんて一瞬で暗雲を突き抜け、空の彼方に消えていった。
どれほどの高度まで行ったのかは知らないが、最大召喚数の百体近い烈火オニグマがパラシュートなしスカイダイビングをしている姿は壮観だ。
奇襲にしては派手だが、あれほどの面攻撃ではディスティアもギリギリでは避けられない。
すぐにそのままではまずいということを理解して、急速に六翼に魔力を集め始めて翼が輝いていく。
落下範囲から強引に逃げるのか、もしくは一点突破で突破するのか。
「まぁさせないが。拘束」
オーバーヒートから回復したライジンの雷撃でディスティアを縛る。
疲弊したディスティアもなんとか逃れようとするが、必中状態のため攻撃は当たり、体を麻痺させる。
いいところを持っていかれるが、フユちゃん保護のMVPは間違いなくアイツだ。今回は大人しく譲るとしよう。
「やっちまえ! イナリ!」
そして、烈火オニグマがディスティアに体当たりをする。
中には当然イナリがおり、必殺の一撃がディスティアを叩き落とした。
◇◆◇◆
六翼の翼を一つずつ烈火オニグマが抑える。
完全に拘束してうつ伏せになったディスティアにイナリとフィーラと共に近づく。
『二人がかりで構わんと言ったのはワシだったな……』
「あぁ。おかげさまで勝てたってわけ」
「僕たちの要望を受け入れてくれますね?」
『敗者はただ従うのみ。良かろう』
ディスティアの体に風が纏わりその姿を隠す。
吹きすさんだ後にはボロボロになった見慣れた姿の老人がいた。
今まで色々な竜王と戦ってきたが、竜王は武士の血でも流れているのだろうか。やけに諦めがいい……というか勝負事に関してははっきりしている。
「よし、んじゃ一件落着ってことで戻るか。つっかれたし、酒飲みてぇわ」
『ほどほどにしてくださいよ。マスター』
「ちょっとジャミ、僕はまだ状況を掴めてませんが!?」
「飲むときついでに教えるって。――もちろんあんたも来るだろ? ディスティア」
「当然じゃ。やけ酒せぬとやっとれん」
「おーけー。なら先にぶっ倒れた方が負けな」
「かかってこい。酒なら絶対ワシが勝つ」
ディスティアが俺の横を通り抜けて街へ歩いていく。俺たちも負けず嫌いの彼の後に続いた。
◇◆◇◆
「ジャミル様! それに皆さん!」
人払いのされた城門付近に辿り着くと僅かな兵と共にクラレンスが近づいてくる。
だが、その前にディスティアが立ちはだかり、クラレンスの頭を鷲掴みにした。
「おい馬鹿弟子、ワシは確かに黙っておれと言ったなぁ?」
「師匠痛いです! それに師匠も様子を見てくるとしか言ってません! あと本当に痛いです! 離して! 割れます! 割れますぅぅぅいたいいいッ!」
ギブアップ宣言に仕方なさそうにディスティアが手を離し、クラレンスが地面に蹲る。心なしか頭も変形しているように見えた。あれは相当痛そうだ。
「けっ生意気になりおって。……それで? ワシは手を引いてやるが、結局あの女子はどうするつもりじゃ?」
それは俺も気になった。
フユちゃんは今も烈火オニグマの中で眠っているが、起きればどうなるか分からない。捨て置くわけにもいかないだろう。
「私が責任をもって預かります」
「いいのですか? 恐らく精神状態が不安定で危険ですよ?」
「これも何かの縁です。……それにどのみち危険といっても、私の目の届く範囲にいるのならその方が安全でしょう」
確かにそうだ。下手に一人にさせるとかよりはよっぽどいい。
納得していると、イナリに肩を突かれて小声で話される。
「話が進んでいるところすいません。この方は誰ですか?」
「あぁ紹介がまだだったな。彼はクラレンス・トリビュート。この街の領主様だ」
「それは失礼しました。ぼ、いえ、私は助六丸。ジャミルの友人です」
「はい! 存じております! お会いできて光栄です! 握手してもらってもいいですか!?」
「え? あ、はい」
差し出されたイナリの手をクラレンスが両方の手で強く握り返す。そして不気味に指を動かした。
思ったものと違ったのかイナリの体がビクンと揺れて震える。
わかるぞイナリ。嫌われてないのは分かるが、なんか寒気がするよな。
「おぉぉぉぉ。ありがとうございます! ところで後ろの熊が助六丸様のナノオーブ、おにぐまでしょうか?」
「はい。そうです。あ、でも安心してください。この子は人に危害は加えませんよ」
「では少し撫でてもいいでしょうか!?」
「う、うーん。オニグマいいかい?」
イナリが振り返って聞くとオニグマの体が淡く輝く。兵たちが警戒するが、その光は徐々に形を変えていき、収まると小さな女の子になった。
俺も久々に見るオニグマの人化形態だ。
彼女はすぐにイナリの足元に張り付き、隠れるようにする。どうやらダメらしい。イナリと感覚共有しているらしいし、あのゾクゾクっとする感じのイメージが張り付いたのだろう。
「すみません。触るのはちょっとNGのようです」
「それは残念です。……というか人化形態はこうなるのですか~。実際に見れるとは」
「ひぃ」
「幼いのは形態とは関係がないのか? 時間成長? うーん、、、そもそも女性体のようだが、性別の概念がわからない。パーソナルデータから生み出される存在でも生殖本能はあるのかな? やはり仮説通り元をたどるならば――」
「おい、馬鹿弟子。ブツブツうるさいぞ」
じりじりと涙目になり始めたオニグマ(幼女)に近づくクラレンスを、ディスティアが強引に服を掴んで放り投げる。
「それで残りのこのガキとフィンはどうするつもりじゃ?」
「その少年は……服装からしてスラムの子でしょうか?」
「うむ。材料にしようとしとったぞ」
俺もその子についてはよく知らないが、材料ということはネクロマンサーのフユちゃん関連だろう。
「なるほど。それではその子が完全に回復するまでは私のところで。その後は新設予定の孤児院に引き渡すことにします」
「あぁ、あのスラム撤去計画とか言っておったやつか」
「はい。そこでなら健やかな生活が送れるでしょう。ご先祖様については……これは師匠にお任せします。すぐに埋めるなり、魂を一度浄化するなり。友人である師匠が決めてください」
「ジャミ、ご先祖様って?」
「あーと、うん、あとでまとめて説明するわ」
ちょっと事情がややこしいためイナリには悪いが、ここでは割愛させてもらう。
「とりあえず先に三人を烈火オニグマから出してくれ」
「分かった。オニグマ」
イナリの指示で、烈火オニグマから三人が下ろされる。
それに対し、クラレンスは一人の兵士を呼び寄せる。
「兵士長。この少女と少年を私の館に、念のため医者も通しておけ」
「は! 了解しました」
「あとここの人払いももう解除してよい。民には突如現れた恐ろしい魔物は守護竜ディスティア様が討たれたと発表しろ」
「了解しました」
「では行け」
数人の兵士が担架に二人を乗せて去っていく。
言っちゃ悪いがクラレンスが初めて偉そうに見えた。いや、まぁ実際に偉いんだが。
「あとはご先祖様ですが――ん? あ、ジャミル様。頼まれていた燐ちゃんが昼寝から目覚めましたよ。体調は問題なさそうですが、少し不安そうにあたりを見渡しています」
「なんだって!? それは急がねば。三人共後は任せた! 俺は約束の甘いものを届けに行く!」
「え!? ジャミ、事情の説明は!?」
「二人がしてくれる! 行くぞフィーラ!」
『YESマスター。皆様、先に失礼いたします』
俺はフィーラを伴って(迷惑にならない程度の)全力ダッシュで宿屋に帰還した。
◇◆◇◆
トントントン。
扉が三回ノックされる。
「だれだー?」
「僕だよ、ジャミ。入っていいかな?」
「お~、おっふ。イナリかぁぁぁ。フィーラァー、開けてやれぇぇぇ」
『YESマスター。――どうぞ。助六丸様』
「ありがとう。さっきから変な声出してどうし――なるほど。そういうことですか」
何やらおしゃれな紙袋を持ったイナリが入ってくるなり、やれやれとでもいうように首を振る。
何故だろう。俺はただ、燐に踏まれているだけなのに。
「いなぃ!」
「燐ちゃんお久しぶりですね。ケーキを買ってきましたが、食べますか?」
「たべる!」
「ぐえ」
乗っかって足マッサージをしていた燐がケーキに向かって飛び降りる。
癒しの時間に緩みまくっていたので、反動に思いっきりダメージを受けた。痛い。
「チョコレート、フルーツ、チーズタルトにスイートポテトです」
「えーとね、これ!」
どれかは見えないが、白い箱を覗いた燐が欲しいものに指をさす。
俺の予想だとフルーツ。
「フルーツですね。今出します」
予想通りの結果に一人ドヤっていると皿を探すイナリにフィーラが近づく。
『申し訳ございません助六丸様。わたくしどもは夕食がまだなのでこちらはその後でも良いでしょうか?』
「あぁそういえばもうそんな時間ですか。すいません」
「あー! りんのけーき!」
あと一歩のところで食べられたケーキに絶望したように燐が手を伸ばす。
『ダメです。どうせこれを食べたらお腹いっぱいと言って野菜を残すでしょう? これはご飯の後、野菜も全部食べてからです』
「ぶー」
「そうだな。ケーキは飯の後にしようか。イナリも話があって来たんだろ? 飯ついでに聞くよ。何が食いたい?」
「では肉で」
「おーけー。じゃあ適当に行こうか」
夕暮れ。日もほとんど沈んできたのでお腹が空いてきた。
今日はいろいろあったし高めのお肉というよりもガッツリした肉を食いたい気分だ。
部屋着に一枚適当な服を足して、外行きの服になる。
「ほら、燐。行くぞ」
「はーい」
今日一日、守りきることのできた子の手を取る。
そして、俺たちは飯屋を探しに大通りへ踏み出した。
◇◆◇◆
「ん~」
「どうしました?」
「スペアリブって美味いけど食いにくいよな、って」
とある飯屋の個室。
人気だと聞いたスパイシーなスペアリブの骨を捨て皿に捨てて、次の肉を頬張る。
「その割にはもう十本目ですよ」
「腹減ってたし。胃もたれしない体って便利だよなぁ」
「それには同感です。病院食ではこんなもの出されませんから。味付けは大雑把でワイルドですけど」
「やっぱ固めのパンより米食いたいよなぁ」
「我々日本人の心ですからねー」
文句を言いつつ二人してバケットを齧る。
米を求める気持ちは変わらないが、濃い味付けと溢れる肉汁とはよく合っていた。
『はい、口を開けて』
「あ~」
横を見ると子ども用の味付けにされた肉を、丁寧に一口大の大きさにカットしたフィーラが燐の口に運ぶ。
そして少し咀嚼した後にバケットを齧った。
「おいしー」
『全くこの子は……』
フィーラが呆れているのは燐が一人で食事をしないからではない。
一人で食べさせると野菜を隅に避けるからだ。
俺は子どもなんだから半分ぐらい食べれば十分じゃないかと思ってよく褒めるのだが、フィーラは納得いかないらしく毎回全部食べさせるように付きっきりになる。
ただ、昔は嫌そうな顔をする燐に強引に野菜を運んでいたが、今は肉と野菜をセットにして食べさせるなど工夫をしている。
燐も楽しく食事ができているようで何よりだ。
十本目の骨を溢れそうな捨て皿に捨てて、あまり冷えていないエールを一気に喉に流し込む。
「かー。美味い」
本音を言えばリアルのビールのようにもっとキンキンに冷えていて欲しいが、まぁそれは贅沢というものだろう。
「それであの後どうなった?」
そこそこお腹も膨れてきたので、食べるペースを落としつつ気になっていたことを聞く。
「あーあの後ですね。僕も最後までその場にいたわけではないので詳しくは知りませんが、フユちゃんとディスティアさんは一応和解したそうです。なんでもディスティアさんがフユちゃんの体調が完全に回復したのち、一度だけなら降霊を許すそうですよ」
「ふーん。あんなにキレてたのによく許したな」
「まぁしかし、その一度だけの降霊が最後で、そのあとは魂をディスティアさんが回収して浄化の措置を。術の使用時に使った遺骨は再び埋葬されるそうです。僕は正直、全部の話を聞いてフィン君が三百年前の人物……いいえ、僕たちプレイヤーも三百年前の存在ということに一番驚きましたが」
「あそっか。まだ言ってなかったわ。わりー」
「そういうことは早く教えてくださいよ」
イナリが頭を抱える。
合流してからずっとドタバタしていたし、そこは許してほしい。ついでにこのまま燐のことはスルーしてほしい。
「それに本当に三百年経っている証明をさせたのに、燐ちゃんは子どものままっていうのもどういうことですか?」
スルーされなかった。勘のいい奴め。
「まぁそれは適当にまた話すわ」
正直ここで誤魔化すのは相当怪しいが、天華のことは極秘の方がいいだろう。
「……もしかしてあの一族の血が関係して――」
「イナリ。燐がいるんだ。その話はやめてくれ。また話す。いいな?」
少し強めの口調でイナリの目を見る。
「はい、すいません。今のは僕が悪かった」
「この子にはこの子の事情があるんだ。この子の責任は託された俺が必ず持つ。だから今は気にせず燐と接してくれ」
「わかった」
まだ何か言いたげだが、とりあえずは納得してもらう。
「それより、目覚めたフユちゃんはどうだった?」
「どう、とは?」
「健康的なことはもちろん、特に精神、メンタルだな」
「それは大丈夫そうでしたよ。クラレンスさんと話してましたが、とても落ち着いた様子でした」
「……そうか」
護衛依頼を持ちかけた時に少ししか話さなかったとはいえ、随分とフィン君が好きだったように見えたが……死にかけたことでかえって落ち着きを取り戻したのだろうか。
「何か気になることでも?」
「いや、何でもない。それよりそのあとは?」
俺が聞くと、突然思い出したかのようにイナリが体を震わせる。
「な、なんだ? なんかあったのか?」
「いや、なんていうかクラレンスという方がですね。……こう、ちょっとベタベタというか、距離が近いというか。質問攻めにあっていまして。身分証を作成していただける他、ジャミと同じ宿も手配してもらったため断りづらくて」
「はは、なるほど。苦労をかけた」
「全くですよ。とても疲れました」
イナリはその後も酔ってきたのか、しばらくの間クラレンス(厄介オタク)の愚痴を吐き続けた。
◇◆◇◆
酔いも回って程よく気持ちよくなってきた。
ふわふわしてきたのでそろそろ帰ろうかと思っていると突然個室の扉が開けられる。誰だと思って確認すると開け放ったのはディスティアだった。
「お主ら、完全にワシを忘れておったじゃろ」
「「はい」」
「揃って言わんでいい! 全く、いつ誘いが来るのかと思っておったら。……まさか先に始めておるとは」
「師匠どいてください」
後ろには更にクラレンスが。入れないため顔だけ覗かせて存在をアピールする。
それを見て今度はフィーラが立ち上がった。
『マスター、私と燐は先に帰りますね』
「え? どうした?」
「けーき!」
言われてぼんやりとした頭で思い出す。そういえば燐は食後のデザートを楽しみにしていたか。
「そういえばそうだったな。じゃあ燐は頼む。俺はもうちょい飲んでくわ」
『YESマスター。くれぐれも飲み過ぎないようにしてくださいね。くれぐれも、いいですね?』
「りょーかい」
フィーラが燐の手を引いて部屋から出ていく。
入れ替わりにクラレンスが頼んでいたのか、大ジョッキを四つ持った店員が入ってきてそれを置いていく。
しばらく、燐たちが店を離れるのを待つ男四人。
たっぷりと一分待ち、
「杯を乾すと書いて!」
「乾杯と読む!」
「む?」
「え?」
「そこ二人! 文化が違うのは分かるが、ノリが悪いぞ! イナリのセリフをもう一回! 杯を乾すと書いて!?」
「「「乾杯と読む!」」」
全員でジョッキを掲げる。
「「「「かんぱーーい!!」」」」
騒がしい夜が始まった。
1000PV、一つの節目を超えました!
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