第1話 Re:オープニング
かつて空が割れ、天が堕ち、地は廻り、海が浮かんだ。
歪みと歪みが、理を捩じり、混ぜ合わせ、有り得ぬが在り得た。
人は空に足をつけながら地を見上げて感じた。理解した。そして、諦めた。
唐突に始まった世界の終焉に。否、今まさに始まった新世界の創生に。
◇◆◇◆
果てのない空がどこまでも広がっている。雲は一片もなく、太陽は燦々と輝いていた。風は優しく頬を撫で、草原の匂いを運ぶ。
「気持ち~」
いつまでもこうして寝っ転がっていたい。ぼんやりとした思考の中でそう思う俺の視界に、風でなびいた薄いピンクの髪が入る。
「パパ……?」
誰だろうと確認するまでもなく、聞き覚えのある声が俺を呼んだ。
それは世界で一番大切な子の声であり、無視するわけにはいかない。
俺はまだ横になっていたい思いを断ちきって、体を起こす。
目の前にはゆるくてふわふわなウェーブの無邪気そうな少女が可愛らしくちょこんと座っていた。
落ち着いた色合いの主張が控えめな服装は、初めて見るが実に彼女に似合っていた。
「ん~? どうした?」
寝起きでもないのに、ぼんやりとした目を擦る。
一度伸びをして視界をはっきりしたものにすると、何かが少女を悲しませたのか、彼女のライトブルーの瞳が潤んで頬に一筋の雫が流れていることがわかった。
それを見た途端冷や水をかけられたように意識が覚醒する。
「お、おい? どうした? なんで泣いている?」
意味が分からない状況だが、もしも俺が不快にしてしまったのなら謝らなければいけない。
原因を聞きたいが少女はこちらの気持ちなんて知る由もなく、頬を伝う涙はどんどん溢れていく。
頬を伝った雫は地面を濡らし、その嗚咽は徐々に苦しそうなものになっていく。
「パパ、パパぁ」
そして、少女の中でついに堤防を越えた。
「あああああああ!」
少女は俺を押し倒す勢いで胸に抱き着いてきた。
背中まで回された手は震えており、二度と離さないのではないかというほど俺を強く拘束する。
何か声をかけようかとも思ったが、何に悲しんでいるかわからない。
俺に出来ることといえば、初めて出会った時のように慰めてあげるぐらいだ。
左手を回して少女を抱きかかえるように、右手を頭にのせて優しくゆっくりと撫でる。
「よしよし」
しばらく安心させるように続けていると、落ち着き始めたのか少女の嗚咽は小さくなっていく。
俺は少女が泣き止むまで撫で続けていた。
◇◆◇◆
FG。
全世界で愛された名作フルダイブ型VRMMOだ。
このゲームはそれまでのVR技術を圧倒しており、その自由度からも即座に全世界に広がった。
全てを把握しきれないほどの豊富な種類の職業。
プレイヤーの願いや経験を反映して成長するナノオーブという独自のシステム。
本物の人間と区別がつかないほどの出来がいいインサイダーと呼ばれるNPC。
五感すべてを不自由なく刺激する新世界。
無限に発生し、プレイヤーを試すクエスト。
数千万単位のプレイヤーが同時接続できる単一サーバー。
リアルの二倍の早さで進むサーバー内時間。
そして、聖人にも犯罪者にも王様にも貧民にも冒険者にも英雄にも神にも何にでもなることができ、何をしてもいいルール。
ただ一つとして同じものが存在しなく、真の意味で自由な世界は多くの人間を魅了した。
まるで本当に世界一つを創造したようなクオリティのゲーム。完成されたそのゲームは今日、新たな変革を迎えた。
誰が、なんのために、どうやってかは分からない。
だが、今日、この日をもって、何万ものプレイヤーがその世界の中に閉じ込められてしまった。
◇◆◇◆
現在、俺はログインした記憶のないゲームの世界にいる。いや、正確には直前にログアウトしていたはずのゲームだ。それも恐らくデスペナルティによる強制ログアウトで。
この不思議な現象。
その理由の説明は目の前の人間……に見える機械人形、あるいはアンドロイドと呼ばれるものが説明してくれるらしい。
銀髪の短めに整えられた髪、作り物らしく現実離れした整った顔立ち、黒を基調としたぴったりと身体にフィットした飾り気のない特殊な衣装、露出した関節からは唯一自身がモノであることを証明するように機械部が見えていた。
女性型のソレは個体識別番号『1res1baa2rCF0LeQ』。またの名を『フィーラ』。
この世界のとあるダンジョンにて大きく破損された状態で見つかり、腕のいい知り合いの技師に修復してもらった俺の機械人形だ。
『お久しぶりでございます。マイマスター。帰還のほど大変喜ばしく思います』
彼女はそう言い優雅に一礼をする。
起動したばかりの当初はぎこちなかったものだが、今ではもうその動作も様になっている。
「おう、全くログインした記憶ないけどただいま。なんか滅茶苦茶だったけど大丈夫か?」
『YESマスター。問題ありません』
周りを見るがデスペナルティをくらった時のような、世界が崩壊している様子はない。
空に足をつけ、地を見上げたあの光景が嘘のようにのどかなものだ。
一体あのこの世のものとは思えない光景は何だったのだろう。
俺は記憶と一致しない光景に疑問を浮かべながらも、とりあえず泣き疲れて膝の上で眠る少女、燐が無事だったことに安堵する。
あの終末の中、多くの命が消えていったが、俺はなんとか自分にとって一番大切なものを守れたらしい。
夢だったのか幻だったのか。もう一度あの光景を思い出そうとすると、その前にフィーラが正面に座る。
そして、燐を起こさないように少し声量を落として話始めた。
『マスター。帰還のほど大変喜ばしいのですが、早いうちにいくつか確認したいことがございます』
「なんだ?」
『それではまずログアウトを行ってください』
「え? 俺のこと嫌い?」
『違います。好きですよ。――って何を言わせてるんですか変態ド畜生マスター。早くしてください』
「そこまで言わなくてよくない!?」
なぜか理不尽な罵倒を受けたが、言う通りにシステムウィンドウを開いて一番下を確認する。
だが、本来そこにあるはずの『ログアウト』の文字はなく、代わりに今まで何かがあったと証明するように不自然な謎の空欄がある。
試しにその空欄をタップしてみるが、反応はない。
「なんだこれ? ログアウトできないぞ?」
『やはり、ですか』
「どういうことだ?」
『やはり』ということはフィーラは何かを知っているのだろうか。
俺が聞くとフィーラは少し困ったような、伝え方を悩んでいるように唸る。
そして、話すべきことがまとまったのか一通の封の開いた手紙を差し出してくる。
『マスター。信じられないかもしれませんが、この世界はマスターが最後にこの地を訪れた時より、“三百年”の月日が流れたのです』
この日停滞していた世界は、再 び 始 ま りを迎えた。
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