第13話 アウトサイダーとインサイダー
謎の機械軍による襲撃が終わり、俺たちは合流したイナリと共に豪勢な酒盛りを行って……いなかった。
現在は領主館の一室、その中でも質素な部屋で事情聴取を行われていた。
といってもそんな犯罪者を相手取るような重々しい感じでもない。
談話室のような部屋には俺だけでなく他にも燐、フィーラ、イナリ、そして俺が身分証作成の協力を餌に大量の前金を払って雇ったフィンという金髪碧眼、船乗りのような少年とフユという灰色の長い髪、黒の瞳に黒のゴシックドレスを着た少女が集められていた。
俺とイナリは中央のテーブルに二人並んで、燐はまだ目覚めないため一番大きなソファにフィーラの膝枕で、フィン君とフユちゃんは窓から一番離れたソファに二人で手をつないで座っている。
オニグマは図体の都合上イナリの紋章の中だ。普段から外に出しておくには邪魔になる巨大なナノオーブはプレイヤー各自の左手の紋章に収納ができる。
俺のものは三角の模様に雷を合わせたもので、イナリは牙を嚙み砕く熊だ。
そして、そんな俺たちの事情聴取をしているのが、俺の対面に座る白髪交じりの初老の男性。ガスパーという男だ。
領主はディスティアと共に事後処理で忙しくて来られないため、信頼の厚い彼が担当することになったらしい。
ガスパーはライオンの檻に入れられた草食動物のようにひどく緊張した様子で眼鏡を押し上げて話を始める。
「まずはこちらの招集に従ってくださったことに感謝を。戦闘直後、お疲れかとは思いますが、ありがとうございます」
軽く頭を下げる彼にこちらも頭を下げ、続きを促す。
「今回こちらにお呼びした理由はいくつかございますが、初めにこの街の領主クラレンス・トリビュートに代わってこの街の危機にいち早く動き、それを収めてくれたことをお礼申し上げます。あなた方の行動がこの街の何万もの命を救った。感謝してもしきれません。褒賞も後程準備致します」
彼はそう言い今度は深々と、机に頭がつきそうなぐらい下げてくる。
仮にも領主の代理が行っていいような行動と態度ではない。すぐに彼の頭を上げさせる。
「いや、気にしないでくれ。この街に訪れた未曾有の危機。俺たちのとった行動は至極当然であり、寧ろ独断専行が過ぎて連携を乱してしまったことを反省しているところだ」
俺は滅多に出さないような畏まった真面目な口調でそう言うと、フィーラもイナリも少し驚いたような顔を向けてくる。
それを一言で表すなら『え、お前誰やねん』だ。
二人の驚きもわかるが、もちろん俺がこうするのには訳がある。
この世界の貴族、それが三百年も経ち既に何代も代替わりしているのだ。俺も、そしてあちらも対応に困惑しているはずだ。
なのでとりあえず下手に出ときゃダイジョブだろ。という結論に落ち着いた。
いざとなったらディスティアに何とかしてもらうし(もちろん本人には言ってない)、そもそも今回の襲撃は俺たちに原因があるという後ろめたさもある(誰にも言うつもりはない)。
目には目を歯には歯を。で行く予定だ。
あちらが丁寧に接してくるならこちらも超丁寧に、逆に軽んじて舐めたことをしてくるならそれ相応のことで返せばいい。
後手に回ったとしても、イナリも合流した俺たちにはそれを何とでもできるほどの力がある。
これは決して慢心ではなく事実であり、あちらもそれは理解しているはずだ。
「それに俺が出した損害の方は大丈夫だろうか?」
俺が出した損害とは広場に駆け付けようとして超音速移動によるソニックブームで破壊しまくった窓ガラスやその他もろもろ。
そして、俺を侵略者と勘違いして立ちふさがったこの街の兵士たち。
殺してはいないはずだが、燐の危機に急いでいたので手加減する余裕がなかった。しばらく戦闘不能になるぐらいには重症のはずだ。
「問題ない、それどころか感謝と謝罪をせねばならぬのはこちらの方です。まさか敵の侵入を許していたとは。危うく内外から同時に攻められるところでした。これだけの損害で済んだことは本当に幸運でした。―――」
ガスパーはそこで一度言葉を区切って、今までよりも一層緊張した様子で先を話し始める。
「―――ところでそろそろお話いただきたいのですが、あなた方は何者でしょうか?」
まぁ聞かれるとは思っていた。というか俺が彼でも絶対聞くし。
俺はここへの道すがら考えておいた正直に話せる事情のみを彼に打ち明けた。
◇◆◇◆
俺たちはプレイヤーと呼ばれるアウトサイダーであること。
何もかもが分からないが、気づいたらこの世界にいたこと。
敵の襲撃を撃退したのは100%の善意であること。
そして何より俺たちはインサイダーと呼ばれる彼ら、この世界に住む人と敵対する意思は一切ないこと。
ガスパーに伝えたのは主にこの四点だ。
ガスパーもそれを聞いて過去の資料を持ち込み、俺たちがどんな存在なのか簡単に理解してくれた。
数十年だけ現れそれ以降は影も形もなくなったため、ほとんどお伽噺の存在だったようだが、長い戦争の中でも俺たちプレイヤーのことはしっかりと後世に語り継がれていたらしい。
僅か数年でほぼ0から機械文明を作り上げた科学者や世界中の国から指名手配された凶悪犯罪者もいるため、いい意味でも悪い意味でも残っているのは当然といえた。
だが、ある程度情報は残っていてもガスパーが俺たちプレイヤーに相対するのが初めてなのは変わらない。
結果俺たちの扱いは、個人の戦闘力も加味して領主を通して国にも対応を求めることになった。
それまでは保留であり、明日からは多少の監視はつくらしいが今まで通りの待遇を続けてくれるという。
俺はギルドメンバーを集める都合上一か所に留まらないためあまり関係ないが、フィン君とフユちゃんにはいいことのはずだ。
今後別の国からや俺のように何もない場所からスタートしたプレイヤーも来るだろうからプレイヤーに対する扱いも自ずと確立していくだろう。
話としてはそんな感じにまとまり、今日のところはそれで解放された。
俺とフィーラは燐を連れて宿屋に、フィン君とフユちゃんも泊まっているという宿屋に、イナリは何やら用事を済ませたいらしく別行動になった。
そうして宿屋に戻った俺は背負ってきた燐をベッドにそっと優しく下ろして肩を回す。
大した距離ではなかったが、背負っていた間ずっと首筋に規則正しい小さな吐息を感じて肩が強張った。
『お疲れ様です。マッサージでも致しましょうか?』
「いやいい。それより先にお前のことだ。……えーと、これか」
一つのアイテムボックスをフィーラに渡す。
『これは?』
「ディスティアが噛み殺したやつ。いらないって言ったからもらったんだ。お前に有用なパーツがあるかもしれんから遠慮なくばらしていいぞ」
雷撃を受けた城壁外の機械軍とイナリの空間圧縮を受けた青髪の女は破損が酷かったため、使えそうなのはそれだけだった。
それでもそこそこの戦闘性能を持っていたらしいから使えるパーツもあるだろうと譲ってもらった。
「まぁ今は燐が起きたらビックリするだろうし、今度適当に見といてくれ」
『YESマスター』
フィーラはそう言いアイテムボックスを片付けたので、俺も自分の用事を済ませるために近くの椅子に座る。
ウィンドウを開きいくつかの項目があるメニューから『ギルド』、『ギルドチャット』の順に開く。
俺は今日あったことを含め伝えるべきことを書き始めた。
◇◆◇◆
「うん、おっけい」
最後に各自安全を考慮して動くように指示を出し終わった。
まぁ早いやつならすぐにでも、遅くても三日で気づくだろう。
心配なのは最年少のメイアナだが、彼女のナノオーブもいるだろうし問題ないはずだ。
そして、書き終えるとほぼ同時に燐がベッドの中で身動きをする。
いち早く反応したのは心配そうに隣でずっと手を握っていたフィーラだ。
『!? マスター!』
「気持ちはわかるが、落ち着け」
フィーラの頭に手を置いて落ち着かせる。
いつの間にか彼女の目の端には涙も溜っていたので、ハンカチを取り出し拭いてやる。
その姿は娘の心配をする母親、もしくは年の離れた妹を心配する姉のようであり、やはり俺の知らないものだ。
そして、眠っていた燐がゆっくりと目を開ける。
「ん、、、んー。……パパ? ふぃーら?」
目を擦り、朧気な様子だ。
天華の言う通りなら問題ないはずだが、やはり心配にはなる。
「あぁ、パパだぞ。大丈夫か?」
『体調が悪いなら素直に言ってください』
俺たちが聞くと、燐は少し考えるように目を瞑る。
「んー。……りんね、まっしろなところで、だれかとあったの」
「だれか?」
「うん。だれかわかんないけど、いいひとだったの。りんとたくさんおはなししてくれた。りんといっしょでパパのことすきなんだって。えへへ」
誰か。タイミングを考えるに天華を想像したが、天華だとしたら俺のことが好きというのが引っかかる。
恐らく本当にただの夢だろう。
まだ起きたばかりだが、様子を見るに体調も問題なさそうだ。
「そうか。楽しかったのなら、また会えるといいな」
「うん」
「よし、じゃあまずはベッドから出ようか。フィーラ、念のため体調のスキャニングと洗顔と着替えを頼む」
『畏まりました』
俺は寝ぐせの目立つ燐をフィーラに任せて、先ほど座っていた椅子に戻る。そして、二人が視界から消えた途端、安心して思いっきり脱力する。
「あぁぁぁ」
良かった。何もなさそうでマジで良かった。こんな気持ちは昔、燐が超高熱で倒れた時以来だ。
安心しきって泣きそうになるのをぐっと目を押さえることで耐える。
こんなカッコ悪い姿は絶対に燐に見られたくない。何か気を逸らせるような別のことはないかと探す。
そこでふと、何となくアイテムボックスから水晶の破片、今日破壊された赤髪の女の一部を取り出す。
軽く真上に投げた後、太陽の光にそれを当てると透き通るような美しさが更に輝いて見える。
ぼんやりと眺めているとただの偶然なのだろうが、何となくアイツを思い出す。
フレンドページを開き、少しスクロールするとその名前にたどりつく。
『テオス』
その名前は灰色で表示されており、この世界に彼がいないことを示していた。
もう何年も前に突然引退した俺の友人。リアルでの年齢も国籍も生活も何一つ知らないが、とても大切な人を救いたいと言っていた友人。
彼は大切な人を救えただろうか。
会えなくなる前にそれだけ知れなかったのが残念だ。
拾ったものからふと蘇った思い出だが、懐かしくなってしばらく目を瞑る。
思い出すのは彼との楽しかった冒険の数々。
俺自身や一部のギルドメンバーに様々な戦い方を教えてくれた師匠でもある。訓練中は滅茶苦茶厳しくて鬼だったが、それ以外では共に沢山馬鹿なこともやった。
かけがえのない俺の友人だ。
長い間そうしていたわけではないが、座っていた俺の足に急に何かが飛びついてきた。
「パパ~」
目を開けて確認すると燐だった。フィーラに顔を洗ってもらったらしくサッパリした様子だ。
その手には櫛が握られており、俺に何をしてほしいかはよく分かった。
「よし、じゃあ貸してみ」
思い出から覚め、燐から櫛を受け取って膝の上に座らせる。
どこか久しぶりな気がする娘の体温を感じ、少しずつ丁寧に髪をすくと燐は気持ちよさそうにする。
昔はヘタクソで髪に引っかかったりしたが、我ながら上達したものだ。
懐かしい記憶に若干ホームシックになった気分を振り払うために、適当に鼻歌を口ずさむ。
特に曲はなく何となくのものだったが、燐は体を揺らしてリズムをとってくれた。
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