第10話 暗躍するモノ
とある工房にて、一人の男と二人の女がいた。
男は全身が美しい蒼の水晶でできており柔和なまなざしで広い工房を見渡していた。
そんな男の傍には男と同じような水晶と機械部品が半分半分で融合したような、別の粘土を強引に一つにしたような、歪な体を持つ女が二人いた。
二人の女は身体つきも顔もそっくりの双子のようだったが、唯一見分ける手段が特徴的な髪色、二人はそれぞれ赤の長髪と青の短髪だった。
赤髪の女は一切表情を変えることなく、ただ淡々と話し始める。
『1res1baa2rCF0LeQの極付近にて不可解な空間の隔離を確認した。連結機関から解除された機体だが、何かあるようだ』
「そのようだね」
『貴機はあの機体について何か把握しているか?』
「私かい? 私はもう彼女とも、新たなマスターの“彼”とも繋がりはないさ。疑われるのは心外だね」
水晶の男は肩を竦めながらそう答える。
「それに私の無実と忠誠は監視している君たちが把握していると思うけど?」
『肯定。貴機は我らが回収した時より不明な点はない。だが、それ以前の無実は証明されていない』
「あはは、そこまで疑われてはキリがないなぁ。造られ直す前からやり直せってことかい?」
男は困ったように笑って誤魔化す。
「まぁ私なんかに構うより行くなら行くで早くしたまえ。アレが本格的に動き始めたなら、我々にもあまり時間がない」
『貴機は来ないのか?』
「私は行かないよ。まだ彼らに顔を見られるわけにはいかないからね。……それにたった一つの工房で今すぐ動かせる程度の型落ち戦力では彼の敵にすらならない。――むろんそれは君たちもね」
男は二人に思った通りのことを伝えると、今まで黙っていた青髪の女が初めて反応した。
『……それは我らがこの世界の贋作程度に後れをとるということですか?』
「かつての、とはいえ仲間を贋作呼ばわりは傷つくなぁ。……私の過大評価ではなくて彼らは強いよ。君たちには手に負えない。死にたくないなら行かない方がいい。……君たちに死の概念があるか甚だ疑問だがね」
男が煽るようにそう言うと、初めて二人の女が感情らしい感情を発露し、男を強く睨む。
『……』
『……』
「おやおや、怒らせてしまったかな? 心優しい忠告のつもりだったのだけどねぇ」
二人に睨まれてもなお、男は更に怒りを逆なでするように煽る。
すると赤髪の女がついに男の胸倉を掴んだ。
『貴機にはもう一度立場をわからせたほうがいいか?』
赤髪の女が睨むが男は飄々とした様子を崩さない。
やがて女はいくら脅しても無駄と判断して男を離した。
『ふん、行くぞドゥーエ』
『了解です。メーヴェ』
二機の姉妹機はそう言い合い共に工房の出口、巧妙に何重もの隠匿をされた扉の前に立つ。
『全機起動。目標地点――フレミア。回収目標――1res1baa2rCF0LeQ。――発進』
とある工房から、三千の機械軍が出撃した。
◇◆◇◆
徹夜明け、この世界に来て三日目の朝。
天華に言われた通り夜中の間ずっと警戒していたが、襲撃などまるでなかった。
そもそも『そう経たず』とは具体的にどれぐらいの時間間隔で言っているのか聞くべきだった。これが例えば一か月単位のものだったりしたら次に会った時キレる自信がある。
「ふぁぁぁ」
あくびをしながら、適当に頼んだイチゴジャムの塗られたパンにかぶりつく。
そんな俺を正面に座るディスティアが不思議そうに見ていた。
「なんじゃ? お主寝とらんのか?」
「まぁな、ちょっと悩み事が一つ増えたせいで。……天竜王サマには解決策も提示してほしかったよ」
教えてくれたおかげで何となく心構えは出来ていたが、それなら対処法もセットで知りたかった。
「というか天竜王はどうやって天華に気づいたんだ?」
「アレというのが何かは知らぬが、ワシの視界を視とるからじゃろ。今のところぷれいやーと接触している竜王はワシだけだからの。今も何か起らぬかと期待して見ていらっしゃる」
視界共有でも相手の全部を知り放題とか天竜王の“目”が万能すぎて困る。
「あァ、我らの王は万能がある故仰ぎ見るべき天なのじゃ」
「思考読むな、鬱陶しい。……てか、朝からそれはやべーだろ」
ディスティアは朝から5㎝ぐらいある分厚いステーキを食っていた。しかもこれ、三枚目だ。
そのステーキは彼が希望したためガーリックでこんがり焼かれており、対面の俺にも肉の匂いが強烈にくる。
口の中に広がる甘酸っぱいイチゴの味に対し、鼻からは全てを破壊するようなガーリックが喧嘩を売りに来ていた。
四口目までは我慢していたが、あまりのミスマッチに思わず顔をしかめる。
「文句の多いやつじゃのぉ。せっかく人の街まで来たのじゃ、堪能せんといかんじゃろ。それよりお主の娘っ子と機k……フィーラはどうした?」
「燐はまだ寝ている。フィーラはその付き添い」
「なるほどの」
「ハァー。ったく、マジでどうしたもんか」
クソでかため息をつきながら、最後の一口でパンを食べ終える。
しかし徹夜のせいか、まだお腹が空いている。もう少しだけ胃に入れようかとメニューを開く。
その時、俺の耳に埋め込まれたインカムにメッセージのコールが響く。
すぐに耳元に手を当てて応答するとフィーラの声が聞こえ、
『マスター緊急事態です』
彼女は焦ったようにそう言った。
◇◆◇◆
『これが敵勢力の全て、この街への到達もあと三十分ほどです』
場所を移し俺たちの部屋。フィーラが空中に展開した立体映像を指し示す。
立体映像に映る無数の赤マーカーは着実に灰マーカーが集まる場所、つまりここ、フレミアに向かっている。
便利なことに展開された立体地図は自由に拡大縮小ができ、俺が赤マーカー付近を拡大してタップすると《機獣兵 Lv628》とあった。
他にもいくつか赤マーカーをタップするが、全て《機獣兵》だった。レベルも似たり寄ったりで高くても650、低いと590あたりで平均620ぐらいか。
試しに街の外周、城壁付近の灰マーカーも見てみるが、平均450ほど。
数は赤マーカーより少し多いが、質で負けている。
仮に数値上の情報だけで二つの戦力を戦わせても、恐らく赤マーカーがこの街を壊滅させられるだろう。
両者にはそれほど差がある。
「カッカッカ、これは面白いな! ワシの初撃を避けたのもこれのおかげか」
ディスティアが新しいおもちゃを見つけた子どものように、面白がって立体映像を動かす。
彼の言う通りフィーラは索敵や情報収集に特化した機体。直した知り合いによると元は偵察機のようなものだったという話だ。
そのため何も隠ぺいスキルを使っていない敵なら街から何十キロ離れていても捕捉することができる。
俺ができない超広域の索敵。
感知外からの奇襲攻撃や敵の先制発見。それを任せているのがフィーラだ。
そして現れたタイミングを考えるにこれが俺の敵、昨日天華が言っていたやつだろう。確かにこの程度ならば俺の敵ではないが、街にとっては十分脅威になる。
しかし、これが様子見程度のものか。
天華も予想していただけのため、もしかしたら様子見程度ではなく全力の可能性もあるにはある。
だが、仮にこれが敵の下っ端一部程度と考えると敵の全体像は把握できないながらも、恐ろしいものに思える。
これは早急にギルドメンバー全員を回収しなくてはいけない。
幸いなことに今回の戦場は俺がもっとも得意とするもの。格下ばかりの対軍戦だ。
相手が数や半端な力に頼るのなら、俺が遅れをとることはない。
だが、念のために保険はかけておこうか。
「なぁディスティア。あんたこの街のお偉いさんと繋がってるだろう? 後二枚、いや、三枚身分証は用意できるか?」
「ふむ、まぁいいじゃろう。誰の分じゃ?」
「さぁ? どんな奴かは知らない。……それを今から確認しにいくのさ」
俺は街の端に映る二つの緑マーカー。この街に来てすぐフィーラに探させた二人のプレイヤーをタップした。
◇◆◇◆
地を埋め尽くす。……というほどでもないが、見れば圧倒されるような機械の軍団が進行してくる。
俺は敵の上空、透明化を使ったディスティアの背の上でそれを見下ろしていた。
軍団は全て機械だが、像や獅子、それに竜やペガサスを模したものもいる。見た目の統一感はなくバラバラな軍団だ。
機械とあったのでてっきり全て同じ造形かと思ったが、錆びのある機体が多いため寄せ集めの廃棄品という印象が強い。
「変だな」
『変じゃな』
俺とディスティアはそう言いながら辺りを見渡すが、やはりいない。
通常この規模の軍の場合、中央か後方あたりに指揮を出す個体がいるはずだ。それがまるで見当たらない。
今もフィーラの連絡がないことからこの軍以外に独立しているような奴がいないのもわかっている。
指揮体はこの中に紛れ込んでいると思っていたが、実際は来ていないのか。
遠距離から通信で命令を出しているのだろうか。
『どうするんじゃ? このまま仕掛けるのか?』
「……あぁ、こいつらは威力偵察っぽいからな。何も知らないまま、わけもわからず消えてもらう。ディスティア、一度ここを離れてくれ」
『あいわかった』
ディスティアはそう言い軍の端、敵の最後尾を超える。
敵は既に街からの目視範囲に入り、城門は硬く閉められ、城壁では迎え撃つべく慌ただしく準備を行っているのが見えた。
だが、それらが活躍することはない。
なぜなら、これは俺の敵だから。
「燐を傷つけようとするやつは、死んでも俺がぶち殺す」
俺の言葉に、左中指に嵌った装飾のない指輪が淡く輝く。
敵からは見えないそれを見せつけるように手を握りしめ、拳の形で突き出す。
そして、親指だけその拳から放し、それを思いっきり下に向ける。
「壊れて詫びろ、スクラップ!」
直後、指輪が一層強く光り、万雷が落ちる。
色という色を白に染め上げ、音という音を轟音で塗りつぶす。
幾重もの雷が、大地そのものを攻撃し破壊しつくすように降り注いだ。
◇◆◇◆
全ての雷が降り注いだ後には、ただ敵だったもののみが残った。
『恐ろしい威力じゃな』
残党を探すために飛びまわりつつ、焼け焦げた大地を見たディスティアが呟く。
「あんたも同じぐらいできるだろ?」
かつて世界の海を荒らし、九席すら出撃させたのだ。
ディスティアにだってこれぐらい可能だろう。
範囲ギリギリだったのか破壊寸前になりながらも、まだ動こうとしていた敵たちに雷撃を落としつつ聞いてみる。
『ワシは海限定じゃ。……それにお主と違ってそれ相応の消耗もある』
「おもいっきし陸に住んでるくせによく言うぜ。それに俺のナノオーブだって消耗なしなんてチートじゃない」
俺のナノオーブは攻撃施設『プラント』の上位種『ファクトリー』。
雷を落とすのにも関わらず武具系統の『ウェポン』やその上位種である『エッジ』でないのはナノオーブが発電所だからだ。
膨大な電力を作り、蓄える。俺のナノオーブが出来るのは基本的にそれだけであり、目の前に広がる惨状はそれを放出したに過ぎない。
とある“縛り”もあるため万能性に欠けるが、出力は他の第十形態ナノオーブに比べても高いものに、高すぎるものになっている。
そのため今回は異空間から本体を召喚せず、リンクした指輪を通しての最小出力の放電で十分だった。
『ならばお主、今のをあと何回できる?』
「それは秘密だ。俺の弱点に直結してるからな」
情報というのはどこから出るかわからない。
特に蓄電量と発電力の限界はギルドメンバーにすら明かしていないので、ディスティアにも教えるつもりはない。
まぁ実際は今の攻撃ぐらいなら何回でも、一定のスパンを挟めばほぼ無限に撃てるが。
「それにしてもやけにあっけないな」
落雷を落としつつ敵の弱さに首を傾けると、右耳に埋め込まれたインカムにコールが響く。
すぐに応答すると、フィーラの切羽詰まったような声が聞こえた。
『マスター。交戦に入ります。至急応援を要請します』
「なに? いや、わかった。必ず守れ、そしてお前も生き残れ。命令だ」
『YESマスター』
フィーラとの通信が切れ、街へ振り返る。
燐と共に待機を命じていたのは街で一番大きい広場だ。
念のため護衛も雇っておいたが、戦い慣れていなそうだったし、所詮金で雇っただけのもの。早めに向かった方がいいだろう。
「フィーラが交戦に入った! 俺は先に行くぞ!」
ディスティアの背から飛び降り、それだけ告げて三歩で最高速、音速のその先、超音速に移行。
自分以外の全ての時間が引き延ばされる感覚。吹きすさぶ粉塵さえもスローモーションになり、俺は俺だけに許された世界に突入した。
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