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第8話 不安

 不思議な少女。センセムと名乗った彼女と過ごして一週間が経った。


 この世界を『楽しむ』ことを目的にしている俺。

 明らかに重たい(もしくは面倒な)事情がありそうな『自由』を知りたい彼女。


 本来相容れないような二人組パーティが俺たちだったが、身寄りのなさそうな彼女を見捨てられなかった。


 それに副産物ではあるが、俺に“明確な利益”もあった。



「ハァ!」


 センセムが裂帛の気合とともに突進してきたイノシシのようなモンスターに拳を放つ。

 彼女の身の丈の五倍はあるのではというほどの巨大さだ。一瞬後には誰もが彼女の方がぐちゃぐちゃに轢き殺される未来が視えただろう。


「GAAAAAAAAA」


 だが、イノシシは正面から拳を受け、“100m”ほど吹っ飛んで地面をえぐりながら停止した。

 直後、誘導(トレイン)してきた俺に大量の経験値とドロップアイテムの分配がなされ、レベルの上がる音がする。


 ステータスウィンドウを開くと『紫電術師』のレベルが537になっていた。


「やべぇー今ので7レベも上がるのか……」


 “明確な利益”。

 俺は彼女を使ってパワーレベリングをしていた。



◇◆◇◆



 センセムに『自由』を教えてと言われた日。

 俺は彼女の願いを否定した。


 理由は単純、(ジャミル)彼女(センセム)ではないから。彼女が自由かどうかなんてわかりはしないし、正直知ったことじゃない。


 『したくない』のではなく、『出来ない』ということを伝えると、意外なことにも彼女は素直に納得した。てっきり怒るとか悲しむとか感情の動きがあると思ったが、それすらなかった。

 それはさながらロボットのように機械的でもありひどく不気味だった。


 だからだろうか。俺はそれをとても危ういと思い、心配になった。

 感情の起伏がないという点で『喜び』という感情を失った自身とも少し重ね合わせたのかもしれない。


 その時どんなことを感じたのか。今では正確なことは分からなくなったが、放っておけないと思ったのは確かだった。


 だから俺は一つの提案をすることにした。


「さっき言った通り、俺は君に自由を教えられない」

「うん」

「でも、それは君が自由になれないってわけじゃない」

「そうなの?」

「あぁ。だから知ればいいんだよ」

「何を?」

「何が自由か、自分がどうあることが自由と言えるのか」

「……私にできるかな?」


 センセムが自信なさそうに聞いてくる。

 その不安が俺にはどんな感情かは分からない。だが、一つ確かなことはある。


「できるさ。お前は知りたいと思っているんだろ?」

「うん」

「なら、その気持ちがある限り、消えない限り、いつか必ず、自分なりの答えを見つけられる」


 確信を持ちながらそう言い、手を差し出す。


「いつ答えが見つかるかはわからない。もしかしたら明日かもしれないし、もしかしたら死ぬ一分前なのかもしれない。だからさ、よければでいいんだが、俺と探しに行かないか? お前の、センセムの自由を」

「いいの?」

「あぁ。俺もそろそろこの街を出ようと思っていたからな。一人ぐらい旅の仲間が欲しかったんだ」

「なら……よろしく」


 センセムが遠慮がちに俺の手をとる。

 俺はそれを強く握り返した。



◇◆◇◆



「こうして俺たちの旅は始まったってわけ」

「ふむ」


 話が一つの区切りを迎えたところでディスティアは小難しく考え込むようにする。


「どうした?」

「いやなに、本当に自由の竜王と謳われたあやつか? お主の語るセンセムはやけに消極的だと思ってな。話し方についても共有(・・)と違う」


 ディスティアのいう共有とは天竜王が持つ配下の竜王全ての複合記憶。

 本来天竜王が全ての竜王を監視するために使う『連結記憶』というやつだろう。

 センセムの説明では限定的な監視カメラという感じだったはずだ。常ではないが視られていると感じて嫌なスキルだと言っていた。


「まぁ話し方についてはすぐに俺が変えさせたしな。隣が無口で暗いと息が詰まるだろ?」

「それもそうじゃな」


 最初は天気の話や好きな食べ物など初心者会話デッキだったが、一か月も経つうちにセンセムも会話に慣れて明るくなっていった。

 それでも俺以外の人と話すときは緊張したらしいが、おつかいを頼めるぐらいには成長していた。


「うむ、しかし実際にこうして話を聞くと、センセムは随分お主に懐いていたようじゃの」

「まぁそれでも喧嘩とかしたけどな」

「ほう? それはどんなものじゃ?」

「あ~。いろいろあるけど例えばあれだな―――」



◇◆◇◆



 その日、俺は街で買い漁った両手いっぱいの紙袋を持って宿屋に戻った。

 町の人たちの視線を受けながら階段を上り、片手で鍵を開けて部屋に入る。


 するとそこには横になって菓子をつまみ、分厚い本を読むセンセムがいた。

 最近聞いた話だが、センセムはこの世界で最強といわれる種族、竜王らしい。さらっと告げられたのと、最近のだらけた姿だけではにわかに信じられない。


「ジャミおかえリ~。何買ってきたノ?」


 本を閉じたセンセムが紙袋の中身が気になったのか覗いてくる。

 だが、中身を見てとても嫌そうな顔をした。


「またこれカ! いらないって言ったゾ!」

「うるせー! いいから着ろ! どれか着ろ!」


 俺は紙袋から街で買い漁った無数の服を取り出す。紙袋が終わればアイテムボックスから。床一面を覆いつくすように可愛い系からクール系まで様々な服があった。


 全て俺が買ってきたものだ。

 もう一度言おう。わざわざ女ものの服屋に男一人で入って買ってきたものだ。


 何故俺がこれほど大量の服を買ってきたのか。

 理由はもちろんセンセムにある。


「服を着るなんて恥ずかしいこと、できるわけないだロ!」

「やかましいわ! お前のカッコの方が恥ずかしいわ!」


 センセムは―――服が嫌いだった。

 正確には服を着るという行為が恥ずかしいらしい。

 俺にはその羞恥がよくわからないが、竜王的には今の鱗のみで本当に最小限を覆うのがいいらしい。


 日本でいうなら海外の民族衣装が恥ずかしいとかだろうか。男がスカートをはいて楽器持つやつとか。名前は知らん。


「センセム、俺の国には郷に入っては郷に従えって言葉があってな。意味は、お前は服を着ろって感じだ」

「絶対嘘だロ!?」

「ええい、やかましい! お前みたいな変態と歩くのは嫌なんだよ!」

「変態だト!? 今ひどいこと言ったナ! もう怒ったゾ!」


 センセムはそう言い、大きく息を吸い込むようにする。

 それが何の予備動作か知っている俺は止めようとするが―――


「ばっ! ブレスはやめ――」


 ―――制止は間に合わず、部屋は光のブレスに飲み込まれた。



◇◆◇◆



「喧嘩といえばそんな感じだな」

「カッカッカ。そうか、センセムは純正の竜王だからの。そりゃ服は嫌がるわい」

「そういえばあんたは袴だな。服を着ることに抵抗はないのか?」

「ワシは成り上がりだからの。そのような純正の、最初から竜王として生まれた竜王の感覚とは違うんじゃ」

「ほーん」


 竜王の中でもいろいろあるらしい。

 ディスティアのような普通の常識がセンセムにもあってほしかった。


「思ったんだが成り上がりって具体的にどうするんだ? 年俸的な? それとも他の上位竜とやりあうのか?」

「そうか、センセムもそのあたりは詳しくなかったか」

「あぁ、聞いたことがないな。というか成り上がりがあるのも知らなかったよ」

「では簡単に説明してやろう」

「おう、頼む」

「上位竜が竜王になるにはな―――」

「なるには?」


 ディスティアがもったいつけるように次の言葉を遅らせ、


「―――天竜王に気に入られればええんじゃ」


 ここだけの話というようにこそっと教えてきた。


「天竜王に?」

「あぁ、その他すべての竜王に嫌われとっても天竜王のお気に入りなら必ず竜王になれる。何しろ天竜王の決定は絶対じゃからな。どの竜王も逆らえん」

「なるほど。天竜王ってやっぱすごいな」


 一度だけ見た時、天から現れたあの竜は全てを超えていると強制的に理解できた。

 天を覆うような、否、天を飲み込み喰らうような圧倒的な存在。僅かな羽ばたきが空間をずらして崩壊させるような錯覚を覚えている。


「あぁ、偉大なる我らの王じゃ」

「ちなみにあんたはどうやって竜王にコネ入社したんだよ?」

「……まぁ、間違っておらんがお主嫌な例えをしてくるな」


 ディスティアのことだろうからごますりでぺこぺこしたのではなく、力で訴えかけたのだろうと予想する。


「あの頃は確かお主らもおったな。ほら、三百年ほど前。三日間ずっと世界中の海が荒れたことがあったじゃろ」

「荒れた……? ―――あ! あったなぁそんなこと」


 言われてすぐに思い出す。

 俺の記憶では確か四、五年ぐらい前だろうか。世界中の海が荒れに荒れて、二日ほどほぼすべての海路がダメになった時期があった。

 世界規模でかなり甚大な被害を受けたはずだ。


「思い出したか。あの事件、ワシが犯人じゃ」

「いや、あれあんただったのか!」

「まぁ若気の至りってやつじゃのう。ちょうどよい機会だった故、自身の限界に挑戦しておったんじゃ」


 若気の至りが世界災害レベルだった。

 というか全力出せば二日は世界中の海を荒らせるのか。

 ディスティアは思った以上に強いらしい。上位竜のときでさえ実力的にはセンセムと同等と考えると、竜王になったことで更に強くなったのではないだろうか。


「てかよく生きてたな? 確かあの事件は九席(ナンバーズ)の第二席、“虚栄王座”が向かったんじゃなかったか?」

「あの魔獣使いか。あれは強かった。生きていたのはまさしく奇跡じゃな」


 九席(ナンバーズ)とは『アスタラシアの九席』というハイエンドクエストをクリアした五人(・・)の最強プレイヤーを指す称号だ。

 全てのプレイヤーに挑戦権があってなお、たったの五人しかクリアできなかったことがその異次元の難易度を表しているだろう。


 そんなプレイヤーとディスティアはやりあったという。


「生きてるだけすごいな……」

「向こうは全力で仕留めにこんかったからな。こちらの全力も余裕綽々という風で最終的には逃げるのを見逃されたんじゃ」


 やはり九席(ナンバーズ)は同じプレイヤーでも格が違うらしい。まさしく化け物だ。


「そして逃げた末に、戦いを見ていた天竜王に拾われて嵐を授かったのじゃ」


 いくらか過程はすっ飛ばされたが、ディスティアが竜王になった経緯は理解できた。

 彼もなかなか壮絶な人生(竜生?)を送ってきたらしい。



 と、そこまで話したところで通りの先に酒瓶のマークが掲げられた看板が目に入る。

 話にふけっていたが、もう街を半周してきたらしい。


「ディスティア、あそこじゃないか?」

「ん? おぉ、あれか」


 俺が指さすとディスティアも気づいたらしい。歩を進め、宿屋と同じぐらい大きい店の前で止まる。

 隣のディスティアを見ると随分楽しみにしているようで頬が緩んでいた。


 彼女もだったが竜王は感情が顔に出やすいなと思いながら、俺は店に入った。



◇◆◇◆



 街をもう一度半周し、宿屋まで帰ってきた。

 時刻はすでに日が落ちるまで進んでおり、宿屋に入るときには月が顔を覗かせていた。

 隣のディスティアは店で一番高かった酒と道中で買い漁った大量のつまみにほくほく顔だった。

 反対に俺はノリで散財して軽くなった財布に少し後悔している。

 プレイヤーの中でも金持ちの方だが、ディスティアと合わせて二本も買う必要はなかったかもしれない。絶対フィーラに怒られる。

 ディスティアが脅してきたことにしようかな。


「あぁ、そうじゃジャミル。最後に伝えておくことがある」


 部屋で別れる前にディスティアが俺を呼び止める。ちょうど言い訳に使おうかと思っていたのでドキッとする。


「なんだ? 俺の財布事情にプラスな話か?」

「いやぁ違う違う。酒のことは感謝しとるがな、それではない」

「? じゃあなんだ?」


 俺がそう聞くと唐突にディスティアの雰囲気が少し鋭いものに変わる。


「天竜王の言伝じゃ。『センセムの礼と再誕の祝辞に一つ。今宵、アレは目覚める』」

「アレ?」

「おっと聞くな、ワシもアレとしか聞いておらんからよくわからん。お主の娘っ子に関わるものらしいが、まぁ、夜にはわかるじゃろ。では天竜王の言伝、しかと届けたぞ」


 一体ディスティアが何を言っているのかわからない。

 だが、答えを問いただす前に彼は上機嫌で立ち去り、扉を閉めてしまった。


 あとには言い知れぬ不安だけが残った。

PV358、ユニーク56にいきました! 本当にありがとうございます。

この先も頑張って書いていきますので、面白いと感じていただければブックマーク・ポイント評価の方を是非よろしくお願いします!

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