5 お? 何だヤンデレか?
いちゃいちゃとかできあいとかそういうあれ
バスタオルを巻きつけて、マキナは私をメディさんから受け取るとさっさと部屋に戻ってベッドに腰を下ろすとそのままぎゅーぎゅー抱きしめてきた。
くっくるしい……!
私の肩に額を押し付けて抱きしめ続けてるのはなんでなんだろうなー?
「マキナ、くるしい、マキナ」
大人の体格で子どもを全力で抱きしめるとどうなるかを我が身で知りたくなかったな!
「お前を一人にするんじゃなかった」
震えそうな声でマキナが言う。
一応は三界に轟く魔王が急に怯えてるのはなぜなんだ。
「一人じゃなかったよ。メディとスライムたちが一緒だよ」
「俺にとってはお前と俺以外居ない!」
人のカウント方法が違った! でもメディさんたちに私を任せたのはマキナなんだよなー。ああ、だから尚更なんかこう、追い詰められてるのかな?
「マキナ、マキナ、私は元気でここに居るけど、なんでそんなに切羽詰まってるの」
マキナはようやく顔を上げて、涙で濡らした色っぽい眼差しで私を見る。イケメンだ―目が焼けるぞぉ。
「お前が、浴槽で倒れるのを『見た』」
あ? 覗きか?
「覗いてたの?」
「い、いや! 断じて覗いていたわけではない! 何事もないように見守っていた! 本当は俺が手ずから入れてやりたいのを譲歩していたんだ!」
覗いていたなスケベ。
「スケベ」
「なんだそれは」
「好色、変態、色物好きってこと?」
「……くっ」
甘んじて受け入れるのか。自覚があったな。こっちは8歳ボディなのでそれを望んで覗いているとしたらやっぱり変態さんだな。
「ちなみにね、倒れたんじゃなくて気持ちよくて脱力してたんだよ」
マキナはじいと私を見る。
「きもちいい?」
「うん」
「あの、ぬるい液体に浸かることが?」
「ぬるいかどうかは好みだけど私の好みの湯加減だったよ。っていうかわからないのに用意してくれてたの?」
「――お前が望むから」
えーー。なにそれーー。尽くされてる私。なんでそんなに? いや、嬉しいけど? 嬉しい。嬉しいな。なんか大事にされてる感じがする。
本当に、大事にしてくれそうな気がする。
「えっと……ありがと、ございます」
「お前は、俺の伴侶になる相手だ。この世界で唯一、俺とともにあるために齎されたものだ。それを慈しまずに、何を愛せと言うんだ?」
おっと。重い設定出てきたぞ。
私は私が甘やかされたくて願っただけで、誰かの重荷を背負いたいわけじゃないんだよね。
私も大概めんどくさいんだわ。
「愛したいものを愛したら良いと思うけど」
「なら、やはりお前が良い」
また肩に頭乗せてぎゅーである。
んんんー。
こうもストレートに言われるのなれてないな。いや、一番最後に世界救ったときの王子様がそんな感じだったかな。後半もうタイムアタックだったからどんなだったか覚えてないかも。
というか8歳ボディで支えられるものでもないしそろそろ着替えたいんだけどなー。
「ねー」
「ん?」
「着替えたい服着たい」
「……ああ、そうだったな」
ようやく思い出したように私を持ち上げて、タオルからシーツでくるみ直す。おくるみなのは同じなのか。
「また魔力で」
「いや。お前を着飾るのも俺の仕事だ」
「……ん」
好意には甘えておこうかな。なんでこんなに無条件に愛されてるのかはよくわかんないけど。いや、あの木から生まれたのがマキナだけで、同じ木から生まれた(ように見えている)私はマキナにとって唯一の同族で、唯一の伴侶で番になると思い込まれてるのは分かってるんだけども。
ああ。もしここが心地よいと思うなら、私はばれないようにしないといけないのかな? どうなんだろ。まあいいか。その時はその時か。
シーツのまま抱えられて、移動したのは衣装部屋っぽかった。ずらーっと並んでるマネキンと、吊るされてるのはマキナの衣装かな? あと更衣室も兼ねてる?
「いらっしゃいませ魔王様。お着替えですか?」
現れたのは、なんだろうこの、こう、芋虫に蜘蛛の足八本つけたみたいなモンスター的な。12のときの異世界で見たような気がする。燃やすと一瞬で燃えてくれるはず。よし、大丈夫倒せるヨシ。
「いや。俺の伴侶となるカナンの服を作れ」
「そちらのお嬢様の。畏まりました。まずはお部屋着を数着ですねお待ち下さい」
お?
採寸もしないのかな?
ちょっと見た目が苦手だから、近づかなくていいならありがたいけど。
不安な気持ちが行動に出ちゃって、抱きかかえてるマキナの服の胸元をきゅっと握ってしまった。
「大丈夫だ、カナン。シルクの腕に狂いはない」
「……ほんと?」
穏やかな声が心地良い。愛されてるみたい。
抱きしめる腕と胸元の体温が心地良い。守られてる気分になる。
守られてるってこんな感じなんだ。
守らなくていいってこんな感じなんだ。
「ああ」
答えが返る。ほわっと、胸が暖かくなる。この腕の中なら大丈夫って思って良いんだって、自然と感じる。
「うん」
温かい胸元に頬ずりする。朝起きて、ご飯食べて、お風呂入っただけなのに、もう眠い。
安心するって、こんな感じなんだ。
「眠いか?」
「……わかんない」
だって、ほんとの8歳からずっと、私にとって他人は――家族も含めて――守るもの、だったから。最初の異世界から帰ってきた時、家族の驚いた顔と、世界の脆さに――その時はそんな言い回し思いつきもしなかったけど――びっくりした。体育で本気で走っちゃいけないし、本気で喧嘩しちゃいけなかった。お父さんだってお母さんだって、体力とかそういうところでは私より弱かった。
多分、マキナには、そういう事考えなくて良いんだと思う。全知でわかる。全知じゃなくてもわかるよ。これは。
これは。
「でも、安心する」
すり、と頬ずりすると、抱え上げられて、抱っこから抱きかかえるって感じになって、顔が肩のあたり。これは。
「……しないのか?」
頬ずり、頬にされたいのか。
これくらいはサービスかな。
手を伸ばして、抱きついて、頬に頬を当てたら、ちょっととんがってるマキナの耳が嬉しそうに揺れていた。
明日からは平日なのでペース不定期ゆっくりです