3 溺愛とは
溺愛とは……?
もぞもぞと動き出そうとしてもガッチリホールドされている。力いっぱい行けば解けるかなどうかな。っていうかなんでこんなホールドされてるんだっけって目を開けたら、黒髪赤目のイケメンがいた。納豆魔王だ。朝ごはん納豆食べたい。
イケメン。腕枕。&ホールド。これはあれ、むしろ抱き枕にされている。
そしてとろけるような眼差し。えっこわ……
「起きたか」
イケメン納豆魔王マキナは寝起きの声もイケメンだった。息も臭くない。夜の口腔内環境どうなってんの。虫歯菌も居ない白い歯なの?
私がじいと見つめていると、イケメン納豆魔王マキナは穏やかに微笑む。
「起きないのか?」
ホールドしていた腕を解いて、髪を撫でてくる。猫を撫でるみたいに。子どもを寝付かせるみたいに。
私は、少し考えて起きることにした。ぶっちゃけおなか空いたのだ。なので、小さくなった手で、手加減してぺちぺちとイケメン納豆魔王マキナの胸を叩いた。
「起きる。お腹すいた」
言うと、イケメン納豆魔王マキナはふにゃと笑う。
「そうか」
答えて、イケメン納豆魔王マキナは、ひょいと私を胸板の上に抱えてから腹筋の力で起き上がった。やめろ。そういうイケメンムーブ。こっちは神隠しされすぎ優等生でその上手加減しないと人付き合いできなくて割とボッチだったんだぞ。急に甘やかすと惚れちゃうぞ。いや、惚れていいのか? でもイケメン納豆魔王だしな。まだ名前ももらってないしな。もうちょっと観察が必要かも。
ところで私はまだ全裸なので、なにか服がほしい。じっとイケメン納豆魔王マキナを見つめると、彼も上半身裸だった。お前いつの間に脱いだ。と思ったら指をパチンと鳴らして角と昨日より簡素な装いを纏った。
なるほど! 魔力を練って服にしてるわけね? 全知がやり方をすぐに提示してきてるからできそうだよ。
えい!
「できたー」
8歳の姿なので、可愛目にしてみた。パステルイエローのワンピースだ! ドヤ!
キョトンとした顔でイケメン納豆魔王マキナが私を見下ろしてくる。
「流石だな」
って笑って、私のつむじにちゅってキスした。
はや! 手え出すのはや!
いやこれは、娘への親愛親ばかムーブなんだろうか。どうなんだ。欧米的な親愛表示かどうか、全知さんは審議拒否である。心までは知識じゃないから全知でも分かんないんだよね。
着替えた私を、イケメン納豆魔王マキナがひょいと抱えて立ち上がる。と同時に背中に羽が広がった。魔王の威厳。
そのままスタスタと歩き出したから、基本抱っこ移動になるらしい。この様子だと。
ドアを『開錠』で開いて、石造りの通路を歩いて、向かうのはどうやら食堂らしい。ダイニングルームかな?
たどり着いた部屋は、大きな窓から真っ青な空が見えて、木の丸テーブルに真っ白なテーブルクロス。繊細な彫り込みがされた陶器の花瓶に、色とりどりのガーベラっぽい花が咲いている。
でも、椅子は一つしかない。
おや? と思う間もなく、イケメン納豆魔王マキナはそのまま、つまり私を抱えたまま着席した。
どこからともなく、木製ゴーレムっぽい人と、金属っぽい人が現れて、食器と食事を並べていく。
トーストされたマフィン。とろとろのスクランブルエッグにカリカリベーコン。グリーンレタスとトマトがたっぷりのサラダ。沢山のカクテルフルーツ。
「オ嬢様、オ飲ミ物ハ、イカガ致シマスカ?」
金属っぽい人の一人が聞いてくるので、私はどうしようかと思った。食べ物は好みっぽいのが出てきたけど、飲み物はどうだろう。
「何がありますか? えっと、果物のジュースか、牛乳……ミルクが欲しいです」
大体の世界で果物のジュースとミルクで失敗したことはない。いや、ミルクは主要酪農動物に酔っては味に癖がある、けど飲めない程じゃなかった。
「デハ、ジュース、ヲ、オ持チシマス」
金属の人はそう言って一度下がると、氷を入れたグラスに、オレンジ色の飲み物を注いで持ってきてくれた。見た目はオレンジジュースかキャロットジュースだ。
よーし食べるぞ。でも食器も料理も一人分しかないし、飲み物もないな?
首を傾げると私を膝に載せたイケメン納豆魔王がおもむろに食器を手にとった。まさか、私が一人食べられなくて見せびらかされるスタイル!? えっ、拷問?
と思ったら、イケメン納豆魔王マキナは半分にナイフで切ったマフィンに、きれいにベーコンとスクランブルエッグを載せてから挟んだ。それをナイフで抑えてなじませてから、一口大に切って、私の口元にフォークで運んできた。
こ、これは!
「口を開け」
あーん、だ!
めっちゃ照れるやつじゃん!? 普通のラブラブバカップルでもなかなかしないやつじゃん!?
え、えーでも。えー。
見上げると、イケメン納豆魔王がイケメンのまま
「どうした?」
と尋ねてくる。
「えっと、恥ずかしい、です。自分で食べられます」
少し顔を赤くして答えれば、イケメン納豆魔王はまたイケメンに笑った。
「恥ずかしがることはない。お前はただ、俺に愛されていればいい。お前が手を煩わすことはない。お前の世話もお前の望みも、全て俺が叶える。お前にはそれが許される」
実はこのイケメン納豆魔王、声も良いんだよね。そんな顔と声でド直球に口説かれてご覧よ。
「ひゃい」
しか言えなくなるから。実際それしか言えない。
イケメンイケボ納豆魔王マキナは――そろそろ称号が増えすぎたからもうマキナで良いかな、意地だったんだけど――いい笑顔でフォークに刺したマフィンサンドを差し出してくる。
ええい! もうっ!
ぱくっと口にすれば、暖かな卵、カリカリのベーコンの風味が一気に広がって、そのスープを吸い込んだマフィンがまたフカフカに美味しい。
もぐもぐと噛んでごくんと飲み込むと、そのタイミングを見計らってマキナがジュースを差し出してくる。流石にそれを飲ませてもらうと零しそうなので、グラスを受け取って飲んだ。柑橘のジュースだ美味しい。
グラスを置くと今度はサラダが差し出されていたので、食べる。
完全に餌付けだぞこれは。
カクテルフルーツまで食べきると、そういえばマキナが食べてないなと思って見上げた。
「あなたは?」
問えば、マキナは首を左右にふる。
「必要ない」
「食べられないの?」
「食べなくても生きられる」
「美味しかったよ?」
「それは良かった」
「私のために、用意してくれたの?」
「そうだ。お前は食事が要るのだな?」
「……うん、多分?」
答えると、木の人と金属の人がわーいって感じで手を上げた。おお、と見つめると、私の目を手で覆って、マキナが答える。
「あいつらは調理と奉仕がしたい本能のようなものがあるんだが、俺が食べないからお飾りの立場だったんだ。お前が食べると聞いてそれを喜んでいる」
「目隠しの意味は?」
「お前の視線をあまり他にやりたくない」
ヤンデレか!?
私はマキナの手を取って、目隠しを外すと
「私が見たいものは私が決めたい」
「お前がそう言うなら」
渋々といった様子のマキナは、そういえばなんでそんな私に執着してるんだろうなあ。
ともあれ今は木の人と金属の人だ。
「とても美味しかった。ありがとうございます。お名前を伺ってもいいですか」
問いかけると、感無量といった様子。
「ワタクシメハ、メディ、ト申シマス」
「メディさん」
「コチラ、ハ、モクザイ。口ノナイ種族デス。ゴ挨拶ハ、ゴ容赦ヲ」
「モクザイ、さん」
金属のメディさんと、木のモクザイさん。モクザイさんだけなんかやたらわかりやすいぞ。二人揃って頭を下げてくれる。
「ドウゾ、ヨロシクオネガイイタシマス」
「よろしくおねがいします」
頭を下げ返すと、二人が慌てている。
「オ嬢様、ソノヨウニ、ワタクシタチニ、ナサラナイデ。オ嬢様ト魔王サマニオ仕エデキテ、ワタクシタチハ、幸セデス」
ううーん。これはいい上司的なやつを目指すしかないのかなあ。ブラックは良くない。いや、魔王だから良いのか?
「そう言ってもらえるのは嬉しいな。信頼に負けないように頑張るね。ところで、お嬢様って呼ばれるのはくすぐったいから名前で呼んで欲しいんだけど」
と言って気付いた。
私まだ名前もらってない。
私を膝に抱えたまま黙っているマキナを見上げると、ぷい、と視線をそらしてボソボソ言ってる。
「二人きりで呼び合いたいのだが」
「不便じゃない?」
「不便ではない。お嬢様と呼ばせておけ」
「えー」
「……そんなにか」
すっごい不満げだなあ。名前を二人のものにしたいってのもすごい執着だし。これが神様が『私だけがでろんでろんに甘やかされる世界』に応えた結果なんだろうかすごいな。
でも不便は不便だしなあ。ここはちょっと交渉を……
「だって、やがて私をお嫁さんにするんでしょう? それなのにずっとお嬢様にしておくの?」
マキナが目をまんまるに開いて、それからぎゅうと抱きしめてきた。おおお苦しい。出る。食べたものが! マーライオンしてしまう!
「やだ」
そして答えた。何だこれかわいいな。ギャップ萌えか。
「なら、お前がまず俺を呼べ」
なるほど交換条件。良いよ。呼んであげようじゃないの。
「マキナ、お願い」
ついでに小首を傾げて見せた。あざとさが増せば良し!
くっと呻くマキナ。ため息を吐くマキナ。どれも様になるのずるくない? イケメン無罪か畜生。納豆魔王なのに。
「お前の望むとおりに――カナン」
私の名前は、どうやらカナンになったようだ。
よろしければ感想とかSNSとかで溺愛ネタを教えて下さい引き出しがないぞ