73.フランキーズ・ナイト 後編
覚悟も本気も足りないと、ダーリンが言う。
復讐に総てを捧げたダーリンは何も彼も巻き込んで自分の軍団を創り上げ、遂にベナレスを手に入れフランキーとシィエラザードをも配下に置こうとしている。
強欲とは違う……おそらく、それがダーリンに取っての覚悟と本気と言うことなのだろう。
復讐に取り憑かれて狂ったたったひとつの宿願を果たす為、何がなんでも還り着かなくちゃならねえ……それが何度も繰り返されたダーリンの口癖だった。
地球に飛ばされ、ギャザー・インフォメーションの一環で知識吸収リサーチを敢行した結果、驚愕の事実が判明する。事情は大きく違ってくる。
裏切り者ドロシーと、主の姉だった女……ステラ、そして堕落した破壊エルフ擬き……エリス、この3人が遥かな未来に翔び去ったと言うのだ。
アザレア様の妹に当たる女が持っていた情報だが、万能の未来神に成ったとか成らなかったとか………
裏切りとはなんだろう?
妾達、“愚者の戦線”は死ぬなと言われている。死んで居なくなることを許されていない。ダーリンに取っての契りとは、そう言うことなんだろうと思う。
だから、裏切り者が神になっていい訳はない。
低く垂れ込めていた薄ら寒い空模様は、軈て雨になった。
「私には小さな頃に世話になった姉が居て、腹違いではありましたが可愛がって頂いたと言うか、とても好くして貰いました……私は所謂、庶子と言う奴で、ギブレー男爵と言う貴族の当主が小間使いに手を付けて出来たのが私です、パーラーは母方の姓でした」
「アムちゃん、アムちゃんと幼き頃の呼び名ですが、日陰者の身を気遣って何くれと無く面倒を見て頂いたものです」
アームズ・アゲイン・パーラーが、ボスの前世での戸籍上の名だ。
異世界に行った千早翔一を爆殺と言う方法で道連れにしたボス、エイプリルはこの時に一度死んでいる。死ぬ前の話をして呉れるのは、最近ではとても珍しい。
大いなる謎の存在が私を呼ぶのには、其れなりの訳があるのだろう。屹度それには千早君が関係している、間違いない。
「信じられないかもしれませんが私は幼き頃喘息持ちで、療養の為に温泉地のサナトリウムで過ごしていた時期があります……面倒を見る下働きは居ましたが、不自由な生活でした」
「姉は本家の正室胎で正当な血筋故に大切にされていましたが、身体の弱かった私を不憫がり、良く見舞いに訪れて呉れました」
お姉さんと言う人の話をするボスの表情は、それと分かる程その人を慕っているのが滲み出ていた。
ブリッジに用意された迎賓艇用の貴賓席からずっと見続けている。
羅針艦橋の窓を雨粒が叩くどんよりとした海原の向こう、前方に立ち塞がる黄金色の何かは剰りにも巨大過ぎて距離感が掴めない。進んでも進んでも辿り着けない錯覚を覚えていた。
先行するライトワイト揚陸艦隊の主力部隊がようやっと豆粒のように見えてきたが、それは濁流に浮かぶ木の葉のように頼りないものだった。
「ネモフィラの咲く頃にやって来た時の姉は、私に沢山の絵本と王都でも最高級店のチョコレートや焼き菓子を山のように持って来て労って呉れました」
「ベッドに臥せることの多かった私ですが、具合の好い日は庭に出て姉と一緒に花輪や花冠を編んだりしたものです……楽しかった、そして嬉しかった遠い日の思い出です、私に取っては何よりも尊い」
幼少期の療養生活は初めて聴く話だが、ボス、エイプリルの前世からの数奇なルーツが、非嫡出子でこそあるけれど異世界での貴族の血が入っていた、とはいつか教えて貰った覚えがある。
「その時の思い出があるので、反王政主義急進派革命組織、“赤軍パルチザン派”に身を投じた際に“エイプリル・カムシー・ウィル”を名乗ったのです」
……4月に彼女はやって来る、ネモフィラは4月中旬ぐらいに盛りだった。
千早君がエイプリル様の元居た世界に転生した時に悪魔の差配か、序でのギフトとして授かったのが固有の禁忌スキル“魅了・催淫”だった、と言うのは以前にも聴かされていた……それが全ての不幸の始まりだったとも。
そしてどう言う経緯か、年頃になったその姉と言う人が王城の離宮……悪名高き淫靡の館、勇者ハーレムに召し上げられて仕舞ったらしい。
地球の現代社会では到底考えられないけれど、既に婚約者のある身でありながら人攫い同然の強制的な伺候が有った……しかし勇者の好き放題の横暴は以前より王家に容認されていたとのこと。
「当然姉は毒牙に掛かるなんて生易しいものではなく、常軌を逸した享楽に身を投じて行くことになります……それはもう、美由紀、貴女が堕ちた肉地獄なんて子供のお遊び程度に感じられるぐらいの凄惨で悍ましいもので、出来上がったのは最早取り返しの付かない、悲しい程に立派なクソ肉便器です」
一度其処まで堕ちれば、どんなに這い上がろうと改心しようと、修道院へ籠ろうと、肉便器は肉便器のままなのだと言う。
「そしてクズ勇者は気紛れになのか、狙ってか、もう普通の性行為には戻れなくなった状態の女達を、“魅了・催淫”から解き放ち市井に放逐するのを再三繰り返していました……正気を取り戻した女達は当然ながら、自分達が仕出かした非倫理的な禁忌に発狂し、自ら死を選ぶ者達も少なくなかった」
「……姉は死にはしませんでしたが、貴族の政略結婚には役立たずになったばかりか一族の恥晒しと爪弾きに遭い、糾弾の末に気鬱の病に罹って仕舞いました」
消息を辿ると予測通りに文句無しの都落ちで、どうも引退してセルジュ村と言う辺塞に引っ込んだ、幼少の砌のナニー役だったお年寄りの実家に引き取られたらしいのだが、どう言う訳か、何が有ったのか、それから先が丸で雲を掴むように危殆で分からなくなったとのことだった。
勿論、ボスは伝手を頼みに八方手を尽くして捜索したのだが、行方は杳として知れなかったそうだ。
「ギブレー男爵家の嘗ての正嫡が一人にして悲劇の主人公……私の大切だった姉の名が、アザレアと言います」
「報告にあった“アザレアが待っている”と言うのは姉のことかもしれません」
お姉さんの仇を討つ為にボス、エイプリルは虎視眈々と機会を窺い、遂に勇者の暗殺に成功するのだが、それは我が身を犠牲にしてのことだった。
そのアザレアさんと言う人が待っていると言うのなら、ボスが遭いに行くのは必然だったかもしれない。
しかし謎は増す々々深まるばかりだ。大いなる驚異の大いなる謎は、大いなる恐怖を伴って今目の前に立ち塞がっている。
何も彼も分からないことだらけだったが、彼処に行けば答えがあるのだろうか?
だが其処には見てはいけないこと、知ってはいけない真実があるような気がして心が竦んで仕舞う。
……私は本当にこの謎に立ち向かうだけの、価値のある人間だろうか?
(……ょくきた、ここまで)
それは頭の中に本の僅かな違和感のように浮かび、最初は何かの気の迷いかと思える程の微細なものだったが、繰り返し繰り返し沁み込んできた。
(よく来た、ここまで)
瞭然と理解が定着するとそれは、遥かなる深淵からの誘いのようで、思わず知らず怖気を振るう戦慄に満ち々々ていた。
反射的に確かめるよう振り向くと、脅威に眼を見開くエイプリル様も同じコンタクトを受け取っているようだと、察せられた。
そして目の前が急に真っ暗になったかと思うと、爆発的な色彩が弾けて周辺の空間が歪む、“ジョン・C・ステニス”の艦橋にある筈なのに、周囲の各指揮官などのブリッジメンバーを置き去りに三次元が混濁していく、
と思った次の瞬間、私とボス、エイプリルだけが混濁の中心に吸い寄せられた。
「シンディが遣りおったわ、“泣き虫シムシム”はマルジャーナのフォーマットで上書きし、再起動を果たしておる」
「四分五裂して仕舞った筈の盗賊神共はどうだ?」
「誰が……何処の派閥がイニシアティブを執り、率いるか散々啀み合っておったようじゃが、“泣き虫シムシム”さえ復活すれば、その優位性が強制力を生む」
「小賢しい策を弄して、それぞれマウントを取り合うよう画策しておったようじゃが、なんのことはない……本格的に炎上し潰し合う前に、一も二もなくマルジャーナ“シムシム”に平伏しおったわ」
現地、地球時間での朝8時、定例のモーニング会議が先日新装オープンしたばかりの無国籍会席割烹“ターボ垂乳根”に場を移し、催されておりました。今朝のおまかせ朝定は葡萄の葉で挽き肉を包んだドルマダキアと言うギリシャ料理(?)とかの和風アレンジに、陸鹿尾菜とスモークサーモンの白和え、蕨や薯蕷の揚げ出しなどの小鉢、胡瓜と蛸の酢の物に銀鱈か赤鯥の焼き魚が付いておりまして、追加で出汁巻玉子や海苔、佃煮、納豆が自由にチョイス出来るシステムです。
いずれもネメシス様のプロデュースになるもので、日替わり定食を初め黒板メニューやおよそ二千種類に及ぶ和食の調理法や器、調度に至る迄ネメシス様自らが選ばれているので、その洗練度たるや最早カンスト……いえ、天元突破してると言って過言ではありません。
「二大巨頭、毘首羯摩天とケイローンはシンディが蹴散らしおった」
「大体、もう知っておろうがっ、……シンディの奴めは指揮命令系統を無視しおってからに、手柄があれば直ぐダーリン、ダーリンといの一番にお前に報告する筈じゃからな!」
「ん、……まぁ、お約束ってやつか」
「否定はしねえが、それでも、思考共有していてさえ直接お前の口から聴くことが、俺にとっちゃ大切なんだ」
微動だにしていない、表情を毛筋程も動かさないネメシス様が、正直スゴいと思いました。私であれば、盟主からそんなお言葉を賜れば天にも昇るような心持ちで間違いなく乙女のように舞い上がっていたと、断言出来ます。
オシッコ漏らしちゃうかもしれません。
「アンネハイネ、梅干しの壺を取って貰っていいか(馬鹿っ、見過ぎだ、幾らネメシス様が鉄面皮でも本の幽かに紅潮されてるのが分からないのか? お前、間違いなく殺されるぞっ!)」
えっ、鋭いよ、エレアノールちゃんの観察眼……!
まさかのポーカーフェイス……見抜けなかったよ!
慌てて目を逸らす不自然さを、悟られたかな?
「……おっ、お前はまた煙草を吸って来おったじゃろう、喫煙は飯の後にせよとあれ程申したに!」
「あぁ、耳に胼胝だが、この星の縁起の良いのが美味くて気に入ったんでな……それより、なんでお前はガミガミと上さん気取りなんだよ?」
「バッ、ババババババババババ……」
あっ、ネメシス様がバグってらっしゃる……縁起の良いのって、多分ラッキーなんとかって銘柄だな……私なら盟主の吐く紫煙に包まれたら軽く嬉ション出来る自信があるんだけど、本妻ネメシス様は違うのだろうか?
食事の際の煙草の移り香は邪魔になるときつくエチケットを戒められたのはネメシス様自身……けれど、そんなネメシス様が一番の盟主匂いフェチなのは、隠し切れない周知の事実なのですが?
……馬鹿なこと言ってるんじゃない、とのネメシス様の照れ隠しは、残念にも盟主に無視されて仕舞ったので、ネメシス様はその場でフリーズされていました。
「聞いた通りだ、シィエラザード」
「フランキーが俺達の手に落ちた今となっては、お前は俺達と同道するしか道は無くなった……今日の焼き魚は銀鱈、赤鯥、秋刀魚の干物、寒鰤から選べる、どれも間違いなく美味いぞ」
遅れて席に着いたシィエラザードは、ビヨンド教官に連行されて以来、留置される訳でもなく自由を保証されていました……但し、敵対行動に出れば瞬時に発動する“戒めの誓約”付きですが。
夜の戦士、“ゲハイム・マイン”が総力を挙げて戦い抜いたフランキー奪取作戦が、遠い昔のようです。
姿を偽る必要の無くなった本家シィエラザードは、本来の容姿であろう妖艶な生命力を発散する美貌を纏っていました。今のところ観念したのか憔悴した様子でしたが、何故だか強力なライバルになるような予感がしてなりません……勿論私は、ダークホース狙いとか不遜なことは此れっぽっちも考えてはおりませんが。
「ベナレス復旧の進捗は、どうか?」
超弩級要塞戦艦バッドエンド・フォエバーの主、愛人ポジ1号のカミーラ様は本日も朝から妖艶度120パーセント全開です。
生卵に牡蠣油と七味唐辛子を入れて、優雅に、しかし達人の域の無心さと緩やかさの中の鋭い切れで音も無く溶きながら、私達復旧班に問われました。
ここのところ毎朝、同じことを訊かれるので少々参っています。
地球と言う蛮族の星に35パーセント程が同時存在と言う形で融合して仕舞ったベナレスは、その半分以上の機能が停止しています。この状態で重力を制御し、自転や公転軌道をずらさず、大気の流れなど地球の生命環境に極力害の及ばないようコントロール出来ているのは奇跡と言っていいでしょう。
そんな中での、“Dゲート発生装置”へのエストギア方面連合運用の世界線移動原理転用は極めて難工事だったそうです……そうですと言うのは、その頃私達は別々の世界を漂流していて、このDTDの新可動原理システムへの完全換装と次元潜航救助艇スターリング・ノーチラス号の起工がなければ私達の救助はもっと遅れたらしい、と合流後に聞かされたからです。
漂流中は一人ではありませんでしたが、意外なことに肉体的にも相思相愛の関係にあったエレアノールと離れ々々になったことより、盟主ともう逢えないかもしれないと言う恐怖が先に立ったのは自分でも驚きました。
勿論、ナイト・コマンダー、“夜の戦士”は例外無く盟主命ですが私が此処まで深く依存していたのは新しい発見でした。
盟主が居ないと、屹度私は生きていけません。
……幸いベナレスのメインサーバーと中央AIは生きていて、エルピス様の指示の下に復旧班に組み込まれた私アンネハイネとエレアノール、蟣蝨ちゃん、マクシミリアン教授を筆頭に連日連夜、融合したままの施設を融合したまま従来の可動域を取り戻す作業に没頭していました。
その甲斐あって、進捗は中々に遅いかもしれませんがベナレスの機能は徐々に回復しつつあります。
が、一刻も早く全機能を復旧しなければ“千年世紀守護神”にこちらを補足されて仕舞います。身動き出来ない今の状態は、非常に拙い。
「順調です、しかし愈々となれば地球と言うこの星を見捨てる選択肢も視野に入れるべきと進言します」
この日、カミーラ様の詰問に答えたのは蟣蝨ちゃんです。
花より団子の食い意地が張った蟣蝨ちゃんはメンバーで一番の名器とカミーラ様直伝の超絶テクニックの持ち主と噂が高いのですが、同時にドライな考え方でも右に出る者が居ません。
それが証拠に、地球人類を見捨てる覚悟を説いた今も淡々と秋葵入り挽き割り納豆を掻き混ぜています。それが好みなのでしょう、余り糸を引き過ぎない状態で濃口の溜まり醤油を細く適量、測ったように投入していました。
それでも仲間思いなのも一番で、フランキーの暴走で皆んながバラバラの世界に跳ばされた時、蟣蝨ちゃんと変態スケベのビヨンド教官だけが最後まで行方が掴めませんでしたが、連絡が付いた際に“自分は新参者なので、ビヨンド様を優先して欲しい”と申し出たのはここ最近では有名な逸話ですし、私とエレアノールが興味本位で蟣蝨ちゃんとのタッグマッチ・乱闘セックスを試した時には、2人共いとも容易く“限界突破のエクスタシー”に導かれ、しかも連続での痙攣絶頂し続けに失禁と気絶を繰り返したものですから、“私も思いの外本気で乱れて仕舞いましたが、このままお二方と全力で悶える……欲望に正直な関係を続ければお二人の親密な関係にヒビが入ります、爛れた肉体関係はもうこれ一度切りに致しましょう”と逆に辞退された思い出があります(……母上、アニーはいけない娘に育って仕舞いました)。
ちょっと違ってるかもしれませんが、徳を以って節を知るを自で行くとっても好い娘なんですが、平気で自縛とか浣腸とか淫乱変態プレイする割に妙に冷静で、エッチより食べることに固執する傾向が本のちょっぴり残念です。
「蟣蝨、なんの為に無理くり魔素情報ハイスループットツールを起動し続けてると思ってる……ここでは極力無駄な殺生はしたくねえ、例え脅しに使ったとしても実際の強制排除は却下だ」
「仰せのままに……」
大盛りにしたご飯に納豆を綺麗に掛け回し、韓国赤唐辛子と刻んだ分葱をまぶしながら蟣蝨ちゃんは盟主の諫める言葉に素直に従いますが、その箸を持つ手許は一点の曇りも無き所作で食事を淡々と進めていました。
「並行世界の実態を知るにつけ、並行世界全体を観測し、或いは調整するなんらかの組織かシステムが存在するんじゃねえかと思い始めていた」
「案の定、“千年世紀守護神”と言う存在が今回立ち塞がってる……場合によっちゃ逃げ回る算段をしなけりゃならねえ……ネメシス、潜り込ませているビヨンドとアザレアからその後の報告はあるか?」
「深く喰い込むには今少し時間を要するようじゃ、連絡時間を絞っておるのもあるが未だ有力な情報に辿り着けておらぬ」
「“エイプリル・カムシー・ウィル”って女から盗み取った情報……名前を口にするのも忌々しい女、ドロシーの話が知りてえ……最優先事項だ」
「あの二人はお主がなんの為にこの復讐行を始めたのか最初から見知っておる二人じゃ、抜かりあるまい」
宣戦布告に“愚者の戦線”を名乗ることにした私達でしたが、彼を知り己を知れば百戦殆からずのセオリー通り敵の情報収集の為、ビヨンド教官とアザレア様がそれぞれ単独で潜入工作の任務に出ておられます。
しかし“千年世紀守護神”のガードは思った以上に厚く、電子潜入の腕前も仲間内では頭ひとつ分飛び抜けているお二人の実力を以ってしても、未だに謎に包まれたまま……と言う状況のようです。
それとは別に“エイプリル・カムシー・ウィル”……日本国籍“ジェシカ・ラングレー・藤宮”なる女を直接問い質すべく呼び寄せているようですが、このような辺境の星に重要な情報が秘されているとは到底思えません。
幾ら盟主と縁由の有る女とは言え……いえ、しかしベナレスが此処に引き寄せられたのも確かな事実。
……赤鯥って言うか、喉黒の骨を噛み砕きながら考えていて、連絡会議中だと言うのにうっかり盟主の最初の言葉を聴き逃して仕舞いました。
「……フランキーを誰に持たせるか考えてたんだが、マルジャーナとの相性も検討して、アンネハイネ、暫定的ではあるがお前に任せてみようと思う」
えっ?
「ヒエッ……わっ、わ、私ですかあっ!」
その瞬間、声が裏返っているのが自分でも分かった。
えっ、えっ、ええええええええええええええええええええっ!!!!!!!
「最近のネメシスの暴走は止まることを知らねえ、創作料亭って銘打った和食割烹“垂乳根”の季節メニューは一周回って、てぇーへんなことになってる……酸茎漬けと海鼠子の芥子和えとか一見すげえミスマッチな筈なのに、手間暇掛けて絶品なまでに見事にアレンジされている」
「棒鱈と身欠き鰊、海老芋の炊き合わせにしてもそうだ……ショボくてみみっちい煮物の筈が、素朴さを残したまま、王侯貴族の食卓でも味わえない至極のレベルまで昇華されている、そんなことをして何が楽しいのかさっぱりだがな」
訳の分からない世間話のような内容で、その男は話の口火を切った。
「アルティメット級調理スキル、倍マックスの筈の俺が舌を巻くレベルだ……だがな、自白を強要するノウハウは今では俺が一番だと自負してる」
男、いや、その対象の重圧は一人の人間のものとは到底思えない怨嗟に満ちた敵意に溢れていた。
これが今回の歴史的次元テロを引き起こした首謀者……ソランと言う男に違いなかった。本能がそれを拒めず、認めざるを得なかった。
成る程、これは極秘事項として“千年世紀守護神”が最重要案件に認定するだけのことはある。素直に納得すると同時に、観念してはいても私は私のこれからの行く末を思って、過去最大級に戦慄していた。
出遭うべきではない物に、私は出遭って仕舞った。
「お尋ね者になるのは別に構わねえが、“千年世紀守護神”たら言う奴等が、謎のベールに包まれてるってのは気に入らねえな……」
「お前のこともちょっと調べさせて貰ったぜ……ロイド・ジンガー体、羅生門・ブルーノ・ローズマリー、知ってることは洗い浚い吐いて貰う」
そうだろう、カヨウに全く歯が立たなかった私の利用価値などその程度……身柄確保の指令変更で、手向かう手段も無く捕縛され、拘束された私は表層装甲を失ったまま、40パーセントまで低下した防御機能をなんとか回復しようと試みたが、何も彼も上手くいかない。
どんなに絶望的な状況でも決して諦めない訓練を受けている私だが、今回ばかりは無理かもしれない。
「にしても、あっと言う間に有名人だ……顔も割れたようだ」
「逃げ回る算段をする前に、サインの練習でもした方がいいかもしれねえ」
カヨウに丸裸にされたことからも分かるように、こちらの情報死守の体内セキュリティ・システムは全くと言っていい程役に立たない。だが“千年世紀守護神”に関する知識には別のガードが掛かる。
“千年世紀守護神”が“千年世紀守護神”の為だけに開発した揮発性記憶は、自分達のテクノロジーの核に触れてこようとする者が有れば即座に自分自身を抹消する用意周到なものだったが、バレないと思っていた完璧な筈の機構が今は何故かガッチリとブロックされている。
彼等の技術力がこれ程のものなら、私は“千年世紀守護神”の情報を為す術も無く抜き取られて仕舞うかもしれない。
「お前、任務とか使命とかに固執するタイプだろう?」
「裏切りはいけねえよな、裏切りって奴は人を腐らせる……だが俺は畏敬とか信頼とか絆とか、そんなものに興味はねえ……人々が心の底から恐怖する時、復讐に狂う俺は真っ当な現実に楔を穿つ」
「英雄や神の末裔が居るのなら、悪魔や邪神の末裔が居てもおかしかねえな」
話の内容はさっぱり何が言いたいのか分からなかったが、私の記憶層の深く迄探られている……そんな気がした。
「万能の未来神とは笑わせるが、ドロシーと言う名に聞き覚えは?」
(…………、)
発声器官がやられたので最早喋ることは出来ないが、答えを持たない思考の沈黙は伝わったようだ。
「黙秘か……ほんとに知らねえようだな?」
「……まあいい、俺が何故望まぬ旅に流離って幾つかの別次元世界を彷徨わねばならなかったのか、その訣を聴かせてやろう」
それは、ソランと言う究極の復讐神がどうやって出来上がったのかと言う、途方もなく不屈の、途轍もない嗔恚に満ちた物語だった。
壮大なる苦痛と絶望と、人の心を失った復讐神の大量殺戮に彩られた物語だ。
他人事の筈なのに聴いていて胸が痛む、胸糞悪くなる……だが、魔神には既に人の心は失われている。
“女には2種類しか居ない、裏切る女と裏切らない女だ”と決め付けた言葉が妙に虚しくて、心に残った。
「何故生きているのかと問われれば、唯々復讐の為にと言わざるを得ねえ……他に答える術を知らないからだ」
「為に他人に対する判断基準は、相手が復讐の邪魔をする斃すべき……踏み付けて殺すべき敵なのか、それ程でもねえその他大勢なのかの二極しかねえ」
「嘗ての不義の婚約者、裏切り者のドロシーを求めて……もと居た世界に還り着きたくて、俺は足掻きに足掻いた……そして今も足掻き続けてる」
「持続可能な衝動があるとすれば、それは復讐の情熱だと思っている……止むに止まれぬ宿運から真面な人生を捨てた時、俺は邪悪なるものに魂を売った最低の鬼畜に成り下がり、永遠に燃え盛る地獄の業火の坩堝に堕ちた」
「ある世界で、並行世界の真理……制御された次元移動の方法を奪取すべく、フランキーと言う9999の大幻魔盗賊神を統合する究極の神器を手にする為に画策と謀略に手を尽くしていた、真っ向勝負のほぼ全力戦だ」
「……だが今一歩と言うところで失敗し、フランキーは暴走して仕舞う」
仔細は伏されたが、多くの世界に修復不能な惨劇を齎した大規模次元テロの真相は、どうやらこのフランキーの暴走に因るものらしかった。
「ばらばらの世界に飛ばされて仕舞った仲間達だったが、どう言う因果律が引き寄せるのか俺達のベナレスは……ベナレスってえのは、見なかっただろうが今お前が収容されたここ、大いなる先史文明が残した神話級の遺産、黄金の髑髏を模した天体大の万能攻略基地だ」
「そして今ベナレスは、突然の予期せぬ転移で地球と言う星に座標が重なり、融合して仕舞っている」
同一座標への質量の同時存在……有り得ない、少なくとも核融合に似たなんらかの反発作用が起きる筈だ。無事で済む筈がない。
「ここ地球には少なからず因縁がある、何故なら俺に討たれる前に勝手に逝っちまったクソ勇者の生まれ故郷だからだ」
「……そして見つけた、今のドロシーを知る女をな」
ベナレス……ベナレスとはなんだろう?
虜囚されたこの場所がそうだと言うのなら、彼等の技術は“千年世紀守護神”のそれに匹敵するのかもしれない。
ここに連れて来られた途端、全ての観測手段が制限されたのが分かった。
「俺とも因縁浅からぬ女でな……会ったことはねえが、どうやら俺が元居た世界の出身らしい……俺が屈辱と永遠の悪夢を与えてやりたいと願った相手、頭のイカれたクズ勇者を俺から奪った奴だ」
「俺が人生で初めて絶望を味合わせてやりてえと願ったもう一方の復習対象たる仇敵、“魅了・催淫”のスキルを以って女を遊び半分でセックス漬けにするのが生き甲斐だった種付け淫魔大王様こと、サイコパス屑勇者トーキョウ・トキオを先に盗られた時、俺は気が狂いそうだったぜ……他人を信じられなくなっていた俺に一縷の希望を与えて呉れた教官を、思わず張り倒して仕舞う程にはな」
“千年世紀守護神”には全ての情報が有ると言うことだが、地球と言う世界も、転生勇者が居たと言うソード・アンド・ソーサリーの世界も、剰りにもレベルが低過ぎる所為か、私等の総督府管理局に情報は無かった筈だ。
少なくとも、私は知らない。
「てっきり俺等の世界で底辺を這いずり周ってると思い込んでた肉奴隷3馬鹿トリオは、何処かの世界の未来で万能神に成ったのだと言う……エイプリルって女が情報を持っていたんだが、全くの話、笑えない冗談だぜ」
「だが物怪の幸いなのは、奴等が逃げも隠れもせず首を洗って待ってるって状態だ……居場所を探さずに済む」
光学的な視覚を失ってはいたが、そう言った死神魔神が北叟笑んだのが、私にも分かった……踏み躙られた報復に、溜めに溜め込んだ怨恨の制裁の鉄槌を振り下ろせるのが、さも嬉しそうに。
「クズは何処迄行ってもクズだ……どう逆立ちしても、金輪際神様になんざ成れっこねえ……お前もそう思うだろ?」
どうしようもなく壊れて仕舞った復讐大魔神が好き放題蹂躙するのに、この進撃を止める為には望み通りの贄を……ドロシーと言う未来神を差し出すしかないんじゃないか、そんな考えが一瞬掠めた。
「“天使と悪魔の誓約”と言うスキルがある……まっ、既知のスキル公式をチューニングして改造したんだがな」
「知ってることを話さざるを得なくなる何も彼もを支配するスキルだ、記憶層に結び付けられたお前自身が把握していない過去の見聞から解析して真実を導き出すことが出来るし、お前のロイド・ジンガー体とやらに使われているパーツをサイコメトリーし来歴を遡って物質の持つ記憶を暴くことも出来る」
これは拙いっ!、守秘事項を守り抜く自信が揺らいでいた。
「位置情報が知りてえ」
「……パラレル・ワールド全体から見ての絶対指標、基準点“ブルガ”の存在があるから並行次元の守備隊やメンテナンスを受け持つ修復工作部隊は自分達の位置を見失わない、そして無限のマルチタスク・レビューの機能が自在にパラレル・ワールド間を渡っていけるテクニックを担保してる」
「そうだな?」
強制転移の反動があるのか、私の、甘やかされて育ったが故にひょろっとしたフィジカル弱者のリンパ液に満たされた、それでいて無駄に見栄っ張りだからそうとは言えないし、認めないが、具合が悪くなって寝込んで仕舞った虚弱体質の三半規管が盛大に眩暈を起こしているんじゃないかって気分だった。
ぐらんっぐらんっして、眼が回る。
色々と異能を発揮するボスでさえ、空間転移系のスキルは見せたことが無い。
だけど、平衡感覚を失いつつあるのは、ひょっとするとこの世のものとも思えない奇妙で幻想的なこの場所の所為かもしれない。
四方天地上下の広大無辺な空間を埋め尽くすようにして、キューブや複雑な多面体で構成された立体パズルのような構造体が常に接合したり、各々が回転したり、組み合わさったと思ったら違う塊のパーツとして離れていく。
立っているフロアでさえ盤石ではない……繰り返される変容に翻弄され、自分が同じ場所に留まっているのかさえ知る方法は無い。
メラトニン不足の睡眠障害……真昼の幻覚を見ている気分だった。
刻々と変転する無尽蔵の映像記録……そう、幻惑するように何かの法則性に従って動き続ける構造体は、多面ディスプレイの幾百、幾千のモニター群とそれを制御するサブシステムらしきもので出来ていた。
エイプリル様は何処と目で追えば、一緒に転移で引き寄せられたのかすぐ傍らに佇むのは分かったが、平素では見ることの叶わぬ激しく動揺した姿が、私をこれ以上無い迄に不安にさせる。
こんな非現実的なことが自分の身に起きるなんて考えてみたことも無かったし、取り乱してると自覚することさえ今は追い付かない。
「神を呪い、天に向かって唾を吐く……真面な神経の筈はねえ」
圧倒的な威圧……人を人とも思わぬ唯我独尊、闇と死の恐怖と狂気が我欲と言う体裁を纏い、人の形を取るとしたらこうなのかもしれない。
そうと思わせる人物がすぐに眼に入った。動く構造体に遮られてはいても果てが無いようにも見えるこの空間で、その男の周りだけが何も彼もを磁力のように引き込んで行く異様な雰囲気に包まれていた。
「……高純度のクレイジーには当然、万人の総意たる法的規制も価値観もなんの意味も持たねえ」「望まぬ旅が復讐の糧になったかも分からねえ」
異相の男だった。
ひとつしかない瞳は、こちらを注視している訳ではないのに爛々と輝き続け、丸で怪物か荒ぶる鬼神のように強い光を放っていた。痛みすら伴う鋭い刃物のような視線……屹度、視線だけで人を殺せるに違いない。
「世の中の道理を知らねえ俗物の大痴が、見失った故郷への帰り道に迷った……おそらく今もそこで生き続けてるだろうと思っていた裏切り者を求めて、好悪の別なく不可能を可能にする為に全力で駆け抜けて来た」
「あちらこちらと迷宮の流離い人が如く彷徨う俺に取って復讐は善悪の彼岸……心の奥底から湧き上がる、どうしようもねえ黝い衝動を抑えることが出来ねえ」
言ってることが丸で要領を得ない。
だが、狂人の戯言とも思えなかった。何故なら、大伽藍のような超科学システムが擁した何千、何万の万華鏡が如きモニタリングシステムが映し出しているのは、全て私の過去に関する出来事だと知れたからだ。
そこには、私がこの世に生を得てから現在に至る迄の……生い立ちが在った。
遅かれ早かれ気が付いただろうが、私の人生が暴露されている。
私の知らない、私が乳幼児の頃のムービーが有った。私を抱いている化粧っ気の無い母親は、私が知らない若さに満ち溢れていた。
母親に手を引かれ、七五三のお宮参りだろうか、千歳飴をぶら下げた私が居た。
多分初めての月のものがあった日か、赤飯で祝われる私が居た。
中学校の入学式、制服のブレザーがサイズが大きくて袖丈が合っていなかった。
スチルも動画も半分緊張して、半分屈託無く笑っていた。
不思議にも画像記録は、複数のアングルで凡ゆる場面を切り取っている。
極めて遺憾なことに多分初めてオナニーをした時だろう、寝具をはだけ下半身を露出して、一心不乱に性器を擦り上げる場面さえ撮られていた……健全な個人情報保護モラルなんて皆無のようだ。
だが、本当の意味での慚愧に心が砕けるのはここから先だった。
中学時代、全日本を目指して来る日も来る日も陸上部で汗を流し続けた私……だと言うのに高校に上がる頃にはもう、真田孝志とのアブノーマルな性行為に溺れていた。切っ掛けがなんだったか思い出せないが、高校受験の為にお願いした家庭教師と興味本位で肉体関係になった。屹度、受験のプレッシャーへの息抜きか、思春期の背伸び……そんな他愛もない理由だったと思う。
結果的にこのことが、その後の私の人生を大いに狂わせた。
相手が悪かったのだ、メンヘラ染みた素顔が正体の遠い親類の男は私との調教セックスに異常に固執していたから。
どう言う理屈か、余人には録画不可能なプライベートな変態プレイの数々が画面にこれでもかと映し出されるのに、瞬間的に胃の腑が噦いた。
もう十五年以上前の事件だが、報道規制で顔写真の公開こそ無かったものの、当時のメディアが派手に伝えて、ネットにアップされ続けていた2次、3次それ以上の転載流用の無修正動画も、ボス、エイプリルが乗り出すまで消えることは無かった……当時のスキャンダルの記憶は未だに人々の間に残っていて、顔見知りの人からさえ確認されることがある。
私は極力正直に話すことにしていた、嘘は吐きたく無かった。
最初の内は私の正体を知ると明白地に距離を取る人が多かったし、直接罵られもした……対する私は、唯々堅実に、そして誠実にネメシス職員としての業務とボランティア活動に勤しんだ。赦しを請わず、声高に理解を求めず、態度で示し実績を積み上げていった。
最近ようやっとだ、私が本当に人生を反省し、遣り直していると分かって貰えたのは……この頃、少し息をするのが楽に成った気がしていたのだが。
NPO法人“ネメシス”本部の事務局長兼首席補佐官と言うポストが、私の胆力を否応なく鍛え上げた。それがなければ屹度盛大に戻していただろう……若い頃の自分の、口にするのも憚られるようなハードプレイの痴態を晒される辱めに、顔から血の気が退いていくのが分かった。今になっても自分の醜態を正面から受け止めるのは、精神を削る拷問に近かった。
忘れたかった過去、忘れてはいけない過去、忘れることは許されない過去、嘗ての性奴隷のような卑しい日々が有る限り……過去の愚行と恥辱は消せはしない。浅ましい事実が有る限り、忌まわしい記憶が有る限り、私に取っての現実は逃げ場の無い汚辱と狂態まみれの苦界と火宅そのものだ。
冷たくなった指先は強張り、顳顬が引き攣り、身体全体が瘧のようにブルブルと震えていた。私は自分の精神が崩壊して仕舞わないよう留まるのに必死だったが、気が付けば口からは止め処ない悲鳴と、事実を認めたくないが故の意味の無い罪状否認の言葉が漏れ続けていた。
嬉々として肉棒を頬張り、恥知らずに啼き叫び、狂ったように痙攣しながら涎を垂れ流して腰を振り続けた姿はとても近親者に見せられるものではない。忘れていたあの頃の、呆けたような逝き顔……丸で人間を辞めたような肉穴快楽の虜で、それは丸で、決して忘れるなと言うように、消し去りようの無い私の醜い罪を思わせた。罷めなければいけないと分かってはいても、ゾクゾクする変態快楽の沼から抜け出せなくなった日々。
当時、拡散した真田孝志の動画ファイルはここまで鮮烈ではなかったが、消えないデジタル・タトゥとして生涯の汚点となり、二親を嘆かせた。
……別窓で開いたテキストやグラフが他のモニターに映し出されていたが、最初未知の言語で示されていたのが徐々に日本語に置き換わる。
この頃の月間、週間、日別の精飲の回数、アナルセックスの回数、飲尿や緊縛なんかの特殊プレイの仔細がデータ化されていた。その時に何回、エクスタシーに達したのか、オルガスムスの深度はどうなのか、使用したセックス・ドラッグがフィジカルに与える影響などが微に入り細に入り解析されていた。
愚かで不仕鱈で狂って、爛れていたあの頃の自分……
自業自得なのに、嘗て無い迄の屈辱と後悔を覚えて涙が滲んだ。
疾うに乗り越えたと思っていた筈なのに気が付けば私は手放しで泣いていた。
取り返しの付かない罪を犯して仕舞ったあの頃………
………そして私はその後、千早君に出逢った。
「汚く、アブない、気が狂った人非人の復讐者として最初から生まれ付いた訳じゃねえ……今の俺が在るのには夫成の所以がある」
「自己中も自己中……自分の正しさを主張する気なんざ更々ねえし、手前勝手な己が我を通す為に人が何人死のうが、幾多の世界を蹂躙しようが、アドレナリン汁が出捲ってる俺の心はこれっぱかりも痛みはしない」
丸で情報量で押し流そうとするような膨大な個人履歴の披瀝に過去に囚われ始めていた私を、危険な鬼神の声が現実に引き戻す。
嗚咽は止まらないが、心の均衡を失っても尚、この未知の相手こそが今、全人類に立ち塞がっている元凶だと、天啓が閃いた。
「随分と以前、一緒になる約束をした女に手酷く裏切られた……例え快楽に押し流されたのが勇者の“魅了・催淫”の固有スキルの所為だったとしても、生まれ付き淫らなことが好きだった……そんな素養があったってことだろ?」
「ナチュラル・ボーン……ニンフォマニア?」
「少なくとも、あの雌犬の本質がクズ以外の何物でもねえ最低の裏切り者だったってことだけは、間違いねえ……異端審問官や閻魔様がどうかは知らねえが、俺がギルティの太鼓判を押す」
異相の男の言葉は、何故か自分の不仕鱈さを隠して付き合った千早君とのことを思い出させた……千早君にとって屹度、私は最低の裏切り者だったから。
粗雑な口の利き方だが、不思議と綺麗な日本語だった。
ハスキーな声音だが何故かノイジーではない。寧ろその死神のような昏さが壮絶な悲しみと苦しみを想像させて、一度聴くだけで深く魅惑される。
死神が、死神になる理由があるとしたら屹度こんな声なのかもしれない。
待ち受けていたのは地の底から響く、殷々滅々たる嗄れ声の魔神……今更ながらだが、他ならぬこの男こそが私達を招聘した張本人。
間違いない……そう思わせるだけの稀有な存在感が、確かに有った。
見た目からしてビリビリするぐらい、隔絶した異常さを醸し出している。
「……俺の元許嫁とか言う雌犬は、歪んだ穢らしい笑顔で股からザーメンを垂れ流すような快楽堕ちのクズだったと……それが昔、シェスタ王宮の連中を締め上げて吐かせる迄もなく、誰もが知る事実だった」
「何せ連日連夜の下種な乱痴気騒ぎでハーレムの堕落っぷりは知れ渡っていたらしいからな……それが何処をどうすれば、御大層な神様なんて者になれるのか不思議でならねえ、爛れた異常な性欲の赴くままに、来る日も来る日も欲情輪姦と変態乱交にドップリ溺れていた過去をどうして無かったことに出来る?」
近付いて来る魔神は異様な外見だった。
片目なのは分かっていたが、顔半分が頭頂部までぐるりと複雑怪奇な仮面に覆われている。微細なシステムに刻まれた溝のように見えるのは何かの回路だろうか、スパークするようにシグナルが走り、なんの意味があるのか仮面の一部は蠢いてさえいるようだ。いや、鎧の様にも見える全身を覆うスーツ全体で、その表面の複雑精緻な装置が絶え間なく常に何かの法則性を持って動いていた。
額に何かの紋があるが、能く見ればそれは一匹の蝿を模していた……丸で生きているような、と錯覚する程精巧な紋だった。
そして強そうな髪は短く刈り揃えられているが、そこだけは私達日本人、モンゴロイドと同じ墨色に見えた。
だが、果たしてこの相手が人間と言えるかどうかは大いに疑問だった。
「きっと、絶望に支配される喪失感よりも御し難く度し難い憎しみの方が勝る者だけが、俺のように道を踏み外す復讐者になるんだと思う……だからかな、愚か者の病んだ社会に相応しい制裁を加えるなんて綺麗事で誤魔化す積もりもねえし、例えそれが尊きを守る近衛や禁衛軍であろうとも、清廉潔白の使徒、神に仕える高位の聖戦士の軍隊だろうと、己れだけが正しいとする狂信の賊徒だろうと、逆に無垢な赤児でさえも等しく秒で葬り去れる……毛筋程も躊躇わねえからだ」
「俺の悲願が成就される時、きっと俺の悪運は尽きる」
「ソ、ランどの……なのか?」
ボス、エイプリルが初めて声を発したが、その声は嘗て無い迄に掠れて、やっとの思いで絞り出した……そんな感じがした。
「逆に言えばそれ迄は、例え神や仏であろうとも俺を阻むことは出来ねえ……そう言う生き方をしている」
「怖いもの知らずか、死にたがりなのか、何処かの大馬鹿が“復讐など捨てて仕舞え”と諫言したとする……俺はその善良なる進言者を殺してでも前に進む」
ボス、エイプリルは、この死神が誰なのか知っている?
「昔々、トーキョウ・トキオに許嫁の女を嬲られて、誰彼構わずケツの穴を舐めるような色豚淫乱女に調教された……元々そんな下地があったかどうかは知らねえが、根っこの部分では変態行為に溺れたい願望があったんだろう……村に戻って来
た時のあいつは骨の髄からスケコマシ勇者の肉奴隷だった」
「見知った筈の許嫁は、繰り返し痙攣絶頂を衆目に晒す最低のド屑に成り果てていた……嘗ての恋人が、畜生の快楽に身を投じた生ゴミ糞ビッチになって、悦び勇んで恥晒しな正体をこれでもかと見せ付けた」「選りにも選って俺や奴の二親、村の知己、大勢の目の前でだ……その方が興奮すると言いやがった」
そうかっ、以前に聞いたことがある!
千早翔一が異世界に転生した時に名乗ったのが、トーキョウ・トキオだ!
「……将来を誓った筈の俺の目の前で無様に乱交を繰り返し、身動き出来ない俺を容赦無く殴り続けて、嘲笑い、唾を吐き掛けた」
「もう、俺の知ってる許嫁は何処にも居なかった………」
「居たのは唯、裏切りを裏切りとも思わない最低の雌豚だ」
エイプリル様は我が身を犠牲に千早君を屠った。
遥かな未来で万能神と為られたドロシー様に由り、エイプリル様は忠実なる眷属として蘇り、私の守護の任に就く為に私達の世界に使わされた。
繰り返し口にする裏切り者の許嫁とは、そのドロシー様のことなのか?
「それ相応の報復を……百倍返しの報いで滅茶苦茶にして葬り去る、それだけが願いだが、復讐が楽しいかと問われれば、実はそれ程でもねえ……好き放題に生きると好きに生きるはちょっと違う、況してや復讐の深淵に生きるなんて道には、目的は一択しか有り得ねえ」
「……だが、俺にはこれしかねえのさ……他の生き方が出来るのなら、疾っくにそうしている」
だとすればエイプリル様を復活させた“万能の未来神”……ドロシー様が裏切って仕舞った相手なのか?
それは剰りにも切なく悲しい、虚しくて果敢ない裏切りの物語なので、思い出す度に胸が締め付けられる苦しさを伴うのが常だった。
「そうだ、お前の裏切りがトーキョウ・トキオと言うサイコパス勇者を作り出した……“女は弄ぶもの”、それが一貫したトーキョウ・トキオのスタンスだ」
“女なんて……”と千早君が言っていたのを、能く覚えている。
私の所為ではないと、エイプリル様はおっしゃって呉れるけれど、こっちの世界でも、あちらの世界でも、非道の限りを尽くした千早君の被害者達は確かに居た。
その数が少なくないのも、覆しようの無い事実だ。
寧ろ、多くは語られないが、異世界転生後のあちらでの方が悪逆の限りを尽くしたと伝え聞いている。
「貞淑だとされる信心深い婦女子を籠絡し、夫や恋人をこれ以上無い迄に手酷く裏切らせ、時には座興半分で“魅了・催淫”のスキルを解いて、女共に自分が何を犯したのかを自覚させる……発狂し自害した女も少なくはなかった」
「奴の強い憎しみの所為で、多くの女達が自ら命を絶ち、生涯を懺悔に捧げ、不幸に巻き込まれた伴侶や近親者達の人生が狂わされて仕舞った」
続けて語られる千早君の呪い……女の本質は淫乱の気で、切っ掛けがなんであれ生まれ持った淫売の血から来る身体の疼きに耐えられない。差すれば潔癖を気取っていても一皮剥けば唯のケダモノ、誰も彼も快楽を追い求めるだけの肉の塊に過ぎないのだと……
「気違い勇者の言い分、分からぬでもない」
この魔神は……、この人は………
今更ながら、ことの重大さに押し潰されそうだっ!
「裏切りの連鎖………或いは、憎しみの連鎖ってことかな?」
唯淡々と千早君の動機を口にするこの人は……
「奴がああ為ったのは、工藤美由紀……お前の裏切りが大きく関与している」
何を見ていたのだろう……膨大な瞋恚に満ち溢れた凶相に歪んでいる筈の魔神の眉間は、嘗て私が見たこともない迄に、悲しみの苦悶に顰められているのだと、今初めて気が付いた。
この死神魔神が生まれた要因は、私に端を発している………
「渾身の錬金対消滅を弾くとは……おもしれぇーな、お前」
「なぁ、……俺の復讐の旅路に、同行する気はねえか?」
いつもの俺の気紛れかもしれねえが、こう言う時の俺は俺の直感を信用することにしている。間違うかもしれねえが、先々で後悔しねえ為だ。
“千年世紀守護神”の情報を抜き取る為に、フランキー創生の実験温床だったウテルス・サイト“アリラト”に派遣された羅生門と言う女を捕らえさせた。
抜き取れるだけは全てカッパいだ……だが、ドロシーの情報も、今咽喉から手が出る程に欲している絶対指標“ブルガ”の情報も、何ひとつ得られなかった。
まぁ、がっかりする程のこともねえ、想定の範囲内だ……後は始末するだけだった。秘そうが秘すまいが用済みの敵、捕虜だろうと生かしとく必要はねえ。即ち死だ。だが、こいつは虫の息になりながらも生き残りやがった。
(……な、何言ってるのか……わ、分からない)
意識混濁寸前だろうに、大した根性だな、こいつ……
もう構成要素の8割方を失っているにも拘らず、まだ足掻こうとしているこいつは不死身のアメーバ生物か何かのようにしぶとい。
「ルール無用の悪党になる気はねえかと、訊いてる」
「丁度、お前みたいな身持ちの堅え奴が居ると好いなって思ってたんだ」
消え行く意識を無理矢理叩き起こして体再生を開始した。
この過程で洗脳しちまうのも悪かねえが、完膚無き迄に叩き伏せても屈しなかったこいつの気概を、全部削いで仕舞うのは勿体無い気がしていた。
「何故殺さないっ!」
発声器官が修復した女の声は幾分ハスキーで、俺の好みだった。硬化ポリマー・コロイドとやらで出来た人工皮膚が再生されてみれば、顔付きも悪かねえ。
「少なくともお前は、誰かを裏切ったことは無さそうだったからな……俺にとっちゃ大事なことなんだ」
「誠実な者を傷付けることも、誰かの人生を理不尽に、平気で踏み躙るような真似もしなかった」
用心深く立ち上がろうとする羅生門と言う女を見詰めていた。
攻撃用の動力は全て抜いてある。
「……何故、敵対するか、か?」
心を読まれているのに、相手の女は驚愕したようだ。
眼を見開いてるのが滑稽で面白過ぎた。
「確かに第三者を害するのに無頓着なのは自覚している……されど、どうでもいい有象無象の愚か者が淘汰され、真実を口にする賢い遺伝子が生き残るのが正しい進化でスパイラルアップってもんじゃねえのか?」
「が、現実はどうだ……正しい論理よりも欲望で動く、木っ端も同然の愚かな奴等が大手を振って闊歩している世の中だ、そいつは本の少しだけ腹立たしい」
「思わず誰かれ構わず蹂躙し捲っちまう程には、本の少しだけな」
俺は再び、俺が何者で、何が目的で、何故狂った復讐行に総てを懸けているのかの長い話を繰り返していた。
魔術や神仙術、気功法が価値体系を創った世界で勇者を殪したくて強さを求めたこと。先史文明が残したテクノロジーに初めて触れたこと。パラレル・ワールドに放り出され、手に入れられる強さは貪欲に捕りに行ったこと。還る方法を考えあぐねて、足掻き続けたこと……語れば切りがねえ。
「俺の中じゃあ、チンポ好きでザーメン臭いガバマン、ガバケツのドロシー……それが動かし難いデフォルトだ」
「穢ねえセックスで歓喜の涙と涎を垂れ流していたあの顔が、忘れられねえ」
「そんな生ゴミが遥かな未来で“完全無欠の万能神”になったのだと知った時は、なんの冗談かと思ったぜ……少なくとも俺の知ってるドロシーはヤリ捨て勇者の常設肉便器、平気で俺を裏切るクソビッチだったからな」
「どんな懺悔があったか知らねえが、喃々と何億年を生き長らえて、過去に犯した罪は隠蔽することにしたようだ」
「……面の皮の厚い奴等だ」
所詮他人事の繰言と思ったか、女は黙して語らなかった。
それとも観念したのか、或いは未だ起死回生のチャンスを窺っているのか、様々な想い、様々な感情が渦を巻いていた。
この女が弟のことで随分と心を痛めたかも知れない事情も、軍事組織の歯車でいることへの人知れぬ反骨心も、ロイド・ジンガー体と言う半生体兵器としての宿命の悩みも、“羅生門”と言う門閥の当主争いへの忌避や出来ることなら関わりたくないと言う想い、己れの任務への矜恃、求めても得られない強さへの限界、笑っちまうが意外なファンシー趣味、自ら選んだワンオペ特務軍工作員としての孤独、華陽が言ってたなんとかってチョコレートの御負けを馬鹿にされたことへの憤り、何も彼もが渦巻いていた。
だがその中にたった一点、俺と言う化け物への興味が静かに灯り始めていた。
「戦闘手段に劣った兵站補給支援の独立遊軍、“煙草屋”とやらに配属された弟とやらが死んだのは、そんなに哀れか?」
「ロイド・ジンガー体は遺伝子的に係累と見做されるが、同じ胎から生まれた訳でもあるまい?」
「おっ、お前に何が分かる!」
余り刺激するのは悪手かもしれねえな、まっ、どうでもいいが……
「……裏切る女ってのは倫理観を捨てて自ら堕ちることに快感を覚えたり、躊躇いなく他人の心を刳れたり、己れの望みの為なら平気で親兄弟ですら売り渡したりと随分螺子が緩いもんだが……あの醜婦は骨の髄まで、何処も彼処も狂ってないところが無いほどに壊れていた」
村での平穏で何気ない幸せな思い出よりも、強烈な裏切りの思い出だけが記憶に残っている。もう何度もこの話は繰り返しているが、擦り切れることも無く、話す度に鮮烈な怒りが湧いて来るのは何故なんだろうな?
村での奴との思い出……それはもう、ビフォア・アフターの反証用の記憶でしか無く、俺に取ってもどうでも良い過去になっていた。
あいつらが反省しようがしまかろうがどうでも良い、それで俺の追求の手が緩くなる筈はこれっぱかりも無いからだ。
「で、付いて来るのか来ないのか、今直ぐここで決めろっ!」
女は弱々しく、行くと答えた。
巨大な宇宙船、いやおそらくは次元航行も可能な精悍で強大なフォルムの艦船はいとも容易く大気圏を突破すると、今の地球の無残な姿を肉眼で望観する自由落下の位置に留まった。生き残った人工衛星のノイズだらけの撮影画像とは比べ物にならない鮮明さと明確さを以って、悲惨な現状がそこには在った……スペース・デブリなどと言うレベルではない地表から巻き上げられた無数の残骸が層を為しているのがはっきりと分かった。
驚くべきことに、全く揺れない艦隻が重力の軛から脱出して大気圏外に移動する間も、観測窓などお話にならないような開けた展望デッキ然とした艦内昇降装置に乗っていた……全ては肉眼で、直接確認出来た。
裁きの場に引き立てられることも無く、強制的にここに連れて来られた訳を考える余裕も無かった。だが屹度、引き続き私と美由紀への糾弾と断罪は続くのだろうと漠然と私の勘が告げていた。
途中見掛けたドック作業員や大勢の乗組員だろうと思われる姿は、クリーチャー染みた異形で、見慣れないと怖気を震う程常識と掛け離れていたが最早一々驚いている事態ではなかった。
美由紀を気遣う言葉にも、余裕を失っているのが自分でも分かった。
ブリッジなのか展望フロアなのか、用途も分からない場所で勧められるままに対衝撃シートに座ったはいいが落ち着ける訳が無い。
天井近くまで透明度の高いガラス材質の展望窓に覆われている。
上を見上げれば、頭の上に地球と、そして減り込むように融合した黄金色に輝く髑髏を模した巨大な天体が、目の前の現実として取り返しようの無い惨状をはっきりと晒していた。
こちらの心を折りたくて、ここに連れてきたのだろうか?
気が付けば明らかに異人種と思われる女達が佇んでいた……異人種故か見たこともない程に綺麗な容姿だった。有り得ないぐらいに輝く稀有な存在感はドロシー様にも匹敵するかと……いやもしかすると上回るかもしれないと、一瞬浮かんだ不敬な思いを振り払えない程に衝撃的だった。
「……そ、その異相、本当にソラン殿なのか?」
同じ問いを再び口にするが、やっとの思いで絞り出すのが精一杯だった。
言葉は震え、声は掠れた。
名前を口にした為か、静かなる狂神から狂おしい程の怒気が渺々と吹き付けて来るのが分かった。これ程の寒気を伴う敵意……間違いない、話に聞くドロシー様の想い人、これが……これこそが魔神王ソラン・アンダーソン!
何を差し置いても守らなければならない美由紀の過去が暴かれた無慈悲な仕打ちに対して、為す術も余裕も無かった。ドロシー様から頂いている加護は美由紀を守る為のもの……だと言うのに、射竦められた私は指一本、交睫ひとつすら動かすことも出来なかった。
言葉を発することさえ、一言一言に頭の中の何かが軋むようすらに思えた。
「わっ、私達のことを知っているからこそ、よっ、呼び寄せた……」
「そう思っていいのですか?」
当たり前のことをすら、確かめずにはおれなかった。
黄金の髑髏と共にある稀代の復讐者……もしやと思っていたが正可の遭逢だ。
尋常ではない、溢れ出すような大いなる憤りに身が竦むどころではない!
鍛え上げた筈の胆力は雲散霧消……これでは唯の小娘と大差ない。
完全に凍り付くとはこう言うことなのだろう。
守るべき美由紀の赤裸々な過去が次々と目の前で暴かれ続けたのに、どうしようも出来なかった。このままでは彼女の心が壊れて仕舞うかもしれないのに、一度怯えを覚えた身体は身動きひとつ出来なかったのだ。
決定的な言葉は、もしかすると美由紀の魂を修復不能な迄に深く傷付けて仕舞うかもしれない。だが私にはそれを防ぐだけの意気地が無い!
それは、強烈に研ぎ澄まされた敵意と闘争本能と悲しみに彩られた何かだった。
こんな暴力にまみれた、いや、悪意と破壊衝動の塊り、狂気と混沌そのものと言った存在を他に知らない。
危険なんてものじゃない、この魔神は存在してはならない!
「“万能の未来神”に為ったとか聞いた時は、なんの冗談かと思ったぜ……」
「俺の今の姿、形を知っているのも気に入らねえ」
声音が変わったのが分かった……
美由紀ではなく、私に話し掛けているのが分かった。
「あれはどうしようもねえ変態で最低のド淫乱尻軽女……肉穴どころか全身性感帯の淫売雌豚、何時でも何処でも四六時中男も女も例え相手が馬だろうが、見境無く輪姦と乱交に耽るようなド腐れ肉便器だ」
「勇者や他の男のチンポを咥えて離さず、俺の前でヤり捲って見せた本人がそう言ってたからな……間違いない」
知っている、ドロシー様から告白されていた……それは人間の尊厳など無きに等しい壮絶な裏切りの物語だ。
贖罪も虚しく、許されることも救われることも無い懺悔と後悔と自責にまみれた地獄の生涯だったと聴かされている……自分の命を対価に私が爆殺の道連れにした下種勇者の、癒しと快楽を掏り替える卑怯な詐術に堕ちた。そして誓い合った将来を共にするべき相手の信頼、希望、祝福、未来、約束、全てを裏切って禁忌と言う禁忌を犯し尽くした。勇者の命ずるがまま、勇者ハーレムの男女入り乱れた肉布団の群の中、ビチャビチャに濡れた股間の乾く間も無く無節操にヤッてヤッてヤリ捲った……朝、昼、晩、処構わず飲尿も同性愛も見せ合いも、興奮出来るなら何でも遣った。一日の大半を裸で過ごし、淫肉の発情を繰り返した。
例え相手が妊婦であれ子供であれ誰構わず関係なく乱交輪姦に溺れて明け暮れた長い々々汚辱の日々が在る限り、踏み躙って捨てた幼馴染みの許婚が復讐に狂うのは当たり前だったと、泣いておられた。
一緒になると約束した男をなんの未練も無いどころか、貶めて嘲笑い足蹴にした非道い女なのですと、御自分を打擲するような言葉で卑下しておられた。
依存症とか中毒なんて生易しいものではなく、私は心底情欲に溺れていた最低の裏切り者、私が死ぬだけではなんの償いにもならない……罪悪感なんて薄っぺらい感情では済ませられない大きな負い目があるのだと、婚姻前の心変わりだとか軽い火遊びだとか、そんな普通の不道徳とは比べものにもならない馬鹿で愚か過ぎる大罪を背負っているのだと、クソ女と罵られて当然と、嗚咽混じりに告解された。完璧だと思っていたドロシー様の真の姿だった。
私の目の前にいるのはその当事者……ドロシー様配下の私に逃れられる道理も無かった。復讐に狂えし魔神王ソランに取って、ドロシー様に赤縄ありし者誰一人として例外無く、皆存在してはならない抹殺対象に他ならなかった。
「女の穴と言わず肛門も使って一心不乱に腰を振る姿は、丸で犬の交尾を見ているようだった」「……犬畜生にも劣る糞あばずれビッチだ……いやぁ、寧ろ犬に比べるなんざ、犬に失礼ってもんだろう」
「……だと言うのに、ドロシーを名乗る万能の未来神とやらは衆生の魂を救済すると標榜してるらしい」
「知ったときは、怒りを通り越して呆れ返ったもんだぜ」
正気を失った者だけの偏執的な眼の輝きが、恐怖を誘う。
覚悟をしてきた積もりだったが、この場をどう取り繕うべきかを必死に模索する段階は疾うに過ぎ去っていた。
「ちっ、違います、あれは違うのです!」
言い訳にもならない弁明には、なんの意味も無かった……これでは浮気妻がサレ男亭主に反射的に叫ぶ陳腐な台詞に何も変わらない。
ドロシー様は確かに自分を見失っておられた、しかしだからと言って犯した罪を帳消しにしろとは虫の良過ぎる話だろう。
「違う……何が違うってんだ? 綺麗な顔に騙される奴等が天上の女神と崇めたとしても、俺はあいつの汚濁にまみれたドロドロの正体を知っている」
「あの女に触れられるぐらいなら、犬の糞に集る蛆蝿にキスする方がよっぽど増しってもんだ……間違い無く俺は蛆蝿を選ぶ」
幾ら貶められようと絶対に敵対するなと厳命されている……出遭う筈はないが、万が一出遭って仕舞ったら想像を絶する悲惨な死を覚悟せよ、最も過酷で、最も辛く苦しい死に方から逃れられぬとも言い含められている。
ドロシー様の霊素万物生成で蘇り、この地での任務を仰せ付かった際に知り得た、自分でも知ることの無かった運命的な柵だ。
「緻密な輪廻の因果律から呼び起こされ、再び肉体を得たは僥倖……俺と言う宿敵に出遭うチャンスを得た」「………貴様は俺から仇敵たるサイコ勇者、トーキョウ・トキオを永遠に奪った……聴かされている筈だな?」
矢張りそうか、何も彼も知っているような素振りだが不用意にドロシー様の情報を漏らす訳にはいかない……私の精神ガードとセキュリティは“千年世紀守護神”のテクノロジー、それだけは絶対に死守せねば!
「“エイプリル・カムシー・ウィル”、遥かなる未来の万能神となったドロシーから送り込まれた特別な使徒……この世界の安寧と命運は、事実上お前に託された」
「そうだな?」
一体、何処迄知ったのだろう?
嗄れて響く酷く耳障りな、そして地の底から湧き上がるようなオドロオドロしくも力強き声は、自らの行く末は己れ自身で切り開き、運否天賦に任せるを断固拒否する……そう言った、孤高の響きがあった。
邂逅することはまず有り得ないが、出遭って仕舞ったら決して逆らうな……ドロシー様には、そう厳命されている。
この魔神が相手なら、衍義百碩遍く知られたとしても不思議は無い。
相対するのは自分の運命……この異相にこの唯一無二の覇気は粉う事無き将来の魔神王にして復讐の破壊神、“凶相のソラン”以外の何者でもなかった。
相手が彼であれば死は逃れ得ぬ我が運命……だが、なんとしても美由紀だけは守り抜きたかった。
ずっと心細そうな顔の美由紀には、訊きたいことが山のようにあるだろう……だが今はそれに応えてやることは出来ない。耐えて呉れ、美由紀っ!
……あと心残りが有るとすれば危険を冒してまで此処迄来た理由、私が送った斥候部隊が遭遇したアザレアを名乗る存在が、本当に私の知るアザレア姉様なのか確かめていないことだ。
「間違いを犯さないからこその“完全無欠の万能神”じゃあねえのか……それともなにか、変態の淫乱クズ女だった過去も、守るべき大勢の罪無き民等を見殺しにした大罪も、神様に成れば帳消しになるとでも?」
「……万能神、嗤わせる」
「衆生を欺くペテン師は、世に仇なすオカルト宗教でも始めたか……この俺に言わせれば、あの生ゴミビッチは精々堕落と変態性癖を崇める悪魔信仰のお飾りカリスマ程度が相応しい」
「……淫獣、性の獣だ……それは誰もが顔を背ける無様な姿そのもの、決してインキュバスなんて高尚で、真面なもんじゃねえ」
この狂神は、ドロシー様に絶対に災厄を齎す!
あのドロシー様が易々と土を付けるとも思えぬが……しかし、このヒシヒシと伝わる非常識な迄に強い憎悪と敵対の意思、悪魔や死神をも退けようかと言う強固で絶大な攻撃力をも併せ持つかもしれぬ存在は決して侮れない。
遭わせるべきではない……
何より相手を知らぬとは言え、“千年世紀守護神”とことを構えて腰が引けるどころか勝機の糸口を模索して虎視眈々……その精神力は、もしかするとドロシー様を凌ぐかもしれない。
直ぐに打ち消したが、その一点を以ってしても、威を借りたドロシー様とは器が違うとも思えた。
「今すぐ喉元に喰らい付きてえが、謎の“千年世紀守護神”の得体が知れねえ……半年掛けて対策を検討していた、どうやら目を付けられたらしいからな」
「お前は……アザレアの為の意趣返しとは言え、諸悪の根源、トーキョウ・トキオを“勇者デバフのメダイ”で屠り、生涯の宿敵を俺から奪った」
くっ、そこまで知られているのかっ!
詳しい……詳し過ぎる。
記憶を探られている気配は毛程も感じなかったのだが、“勇者デバフのメダイ”を余人は知らぬ筈……
アザレア姉様の今が気になるが……最早、これは覚悟を決めねばならない。
「離れていても遠隔で情報は抜き取れる、直接会って見てえと思ったのは、半分はお前等がどう言う人間なのか見てみたかったからだ」
要因という意味では、考える迄もなく私と美由紀二人とも、憎んでも憎み切れない負の連鎖の連環の中に居る。
「情報は全て読み取ったが、肝心な“千年世紀守護神”に関してだけは強固なプロテクトに守られている……知りたいのは絶対指標“ブルガ”とやらの在り処、後は直接お前の精神を破壊して中身を取り出すしかないと思ったが……」
「どうも、ネメシスが好い顔をしねえ」
聞き違いかと思った。
意外な名前……疾うに記憶の彼方に追い遣られた名を聞いて、緊張の絶頂にあった筈の心臓が違う慄きを覚えた。私の法人化した活動基盤の組織名は、この方のお名前から頂いた。
忘れてはならない大恩ある御方だ。
「ネメシスッ、ネメシス様が居らっしゃるのかっ!」
「……たわけ、恩人の顔も分からぬとは能く々々の情け知らずじゃのう」
「お前の立ち上げたNPO法人に吾の名を冠するなぞ、格好ばかり付けおって郷愁を通り越し不図センチメンタルじゃ、バカチンが」
応えたのは控えていた女達の一人、一番年若そうな……いや、子供?
私と美由紀の前に回り込んで来たのは、碧い瞳と金色に輝く絹糸の如き美しい髪の少女……油断無く立ち居振るまう女神のように美しい他の女達の間でも一際目立つ容貌……丸で天使のような、そんな言葉が浮かんで消えた。
白皙の天使の如き美少女の言葉に妙な既視感があった。
この気配、この雰囲気を私は知っている……何年経っても忘れない。
昨日のことのように思い出せる。
一時は意識を共有していたのだ、間違える筈はなかった。
「まさか、ネメシス……ネメシス様なのか?」
アザレア姉様の人生を奪い、気を病み可成り擦り減り痩せ衰えた姉を底辺へと押しやった勇者を、心の底から憎んだ。姉様の安否を心配するよりも勇者が憎くて憎くて仕方なかった。
そこで私は選択を誤った……何よりも姉様に寄り添うべきだったのに、汚れて仕舞った姉様はもう何をしても元には戻れないと思い込んだ。
仇を討ちたいとの妄執が、私をネメシス様に出逢わせた。
刻を経た驚嘆の再会に、私はこの上もなく動揺していた。
「何年経っても間抜けは間抜けのままじゃのお、吾の誘惑に簡単に転びおってからに……あの時、お前の復讐心に見合う対価と引き換えに“勇者デバフのメダイ”を与えたは吾の半身に過ぎなかった、しかも立派に道を踏み外す道筋を敷いてやった割には、生き汚く生き返りおって」
大切な姉を壊されたと思い込み、勇者憎しに染まった心の闇に付け込むよう滑り込んで来た“復讐の女神”、ネメシス様は当時声だけの……思念だけの存在だった。
だが、今は違う……優し気な顔でいつの間にか私の間近に迫り、そして掌でそっと頬に触れた。
生身のネメシス様の手には確かに温もりが有った。
無慈悲な言葉とは裏腹に、見上げるその瞳には確かに涙が滲んでいた。
「知りたいことはまだまだあったが、吾等は間も無くここを去る」
「吾等がマスターはお前達を捨て置くことに決めた、マスターの気が変わらぬうちに早々にいぬることだ」
その言葉が合図のように、急に空間が暈け出した。
「まっ、待ってください、話を聞いてくださいっ!」
言い訳をしたかったのではないが、恩返しをするべきネメシス様に敵対する立場に突然立たされた動揺と共に心の中で逡巡が始まっていた。
私はドロシー様に付くべきなのか、ネメシス様に付くべきなのか、感情を抜きにして打算的に損得を勘定し始めていた……全ては美由紀を守る為に!
アザレア姉様に逢えないのは残念だが、もう形振り構ってはいられない。
私は、あの時の過ちを繰り返さない為に新たな生を得た。アザレア姉様を見限るべきではなかった……毒親に突き放され、四面楚歌の姉様を……この世界の美由紀の両親を見て熟々そう思ったのだ。
「だからお前はいつまで経っても、根性無しなんだな……もう逢うことも無いだろうが、達者で暮らせ……」
垣間見るだけだった極く僅かな時間のネメシス様との短い邂逅……それが、最後の言葉になった。
ギリシャでの仕事はアンラッキーなトラブルから後始末が大変だった。ショットガン・エイプリルが乗り込んで来て、なんだか無茶な横槍を入れたようだが俺達のミスじゃない。残念なことに死傷者も出ちまったが会社は契約通り、満額の警備料を請求した。警備対象が間抜けだったのは俺達の所為じゃない。
そもそも、あの朝の茹で卵が固過ぎたのが全ての始まりだ。
以来俺は朝食に卵料理は頼まないことにしている。やっと取れた有給休暇で、家族を残したチェニジアに向かおうと再開した民間航空機の便を探していた。
そろそろ“死なずのトーマス”も引退どきかな?
なんて、珍しくも弱気で埒も無いことを考えていた……
なんの前触れも無くそれは始まった。
全世界に向けて放送されているのか、或いは局地的な現象なのか判然としなかったが、おそらく全人類が同じメッセージを受け取っているような気がした。
頭に響いた声が淡々と告げる口調が、強く、強く、残ったからだ。
――――事故だったから勘弁して呉れとは言わない。
神と世界と、運命に喧嘩を売っている。
ベナレス……精霊魔術と科学テクノロジーの頂点で構成された星の大きさの移動施設、開発、攻撃、製造を一手に担う唯一無二の万能機関にして汎用複合基地。
避け難い不慮の事故で無制御の転位に因り、同時座標二重存在でお前達の地球と融合して仕舞う。
出現した瞬間、狂った地球の重力を制御し、地殻変動、海流変化、大気の膨張を抑え、被害を最小限に留めるべくバランスを取った。公転の軌道を保ち、地軸が傾かぬよう緻密に計算された反発フォースを設置した。自身が融合して仕舞ったベナレスに出来る精一杯だった。
融合に因って失われたベナレスの機能を復旧するのに今日まで掛かった。
“魔素情報ハイスループットツール”と言う装置がある……過去を探り、構成された存在の有りと有らゆる魔素マテリアル構造を分析し記憶情報として蓄積する。
事故……お前達に取っての厄災以前の状態をほぼ取得出来た。
俺達は間もなく此処を去る。
詫びと言う積もりじゃねえが、大勢が死に、築き上げた文明の成果の多くが失われたのが俺達の所為と言うなら責任は取らなくちゃならねえと、珍しく殊勝な気になった……ここを去るに当たって、全てを復活する。人の命もだ。
ベナレスが誇る宙域ステージ復元サービス……“オルトラ”の中枢復活ユニットに当たる“バルドルの夢”はつい先程起動した。
星ひとつぐらいなら魔素エネルギーも大して消費しないし、物理リワインド・ファンクション機能は既に巻き戻しを開始している。
唯、もう半年も過ぎて仕舞った今、お前達は新しい自治体制や建造物を造り、残った瓦礫を転用し、再利用した施設も多い。破壊された全てを復旧してもそれ等を撤去して仕舞う訳にもいかない。
況してや人間関係はもっと複雑だろう……災厄後に伴侶を亡くした片割れが新しいパートナーと遣り直していたとして、死んでいた筈の正妻や嘗ての前夫が生き返った後の関係の修復とか再構築は却って茨の道かもしれない。
そう言った些末な問題は個人的に解決して呉れ。
個人的な話じゃなくても食糧分野の省庁が台頭した新体制と、厄災前の旧体制のイニシアティブの取り合い……権力闘争と言う軋轢が生じるだろう。
確実に紛争とか暴動なんて悲劇も勃発する筈だ。
全てを無かったことにして全人類の記憶を改竄する選択肢も確かに有ったが、面倒なので止めることにした。同じく“問題解決多重アクセスAI”を置いていくのも止める……ミスの無い文明なんて面白くねえだろ?
俺はそこまで親切じゃねえから後は好きにやって呉れ……自助努力って奴だ。
粗雑な口調と言えば可怪しいが、そんな雰囲気があった。
語られることの所々、もしくは半分近くは理解出来なかったが、嘘か真か眉唾なのか、総て元通りに直すと言う!
実際には言語で話し掛けている訳ではなく、頭の中に思念だけが伝わっていた。
だから、多分一人々々に対して多言語で話し掛けていた訳ではなく、意思だけを投射していたんだと思う。
多民族国家ですら異民族間の風習の差から、考え方は違ってくるので理解し合えないことは多々ある。だが間違いなくこのメッセージに対して、全人類が一丸となり気持ちをひとつにしたと信じている……“巫っ山戯んじゃねえぞ、このやろおおおおおおおおおおっ!!!”
誰もがそう思ったと思う。
だが否応なしに、好むと好まざるとに係らず変化は始まった。
消え去った黄金色の何かがあった場所に、大国、アメリカ合衆国が何事も無かったように復活した。フィンランド、ノルウェー、ラトビア、リトアニア、スウェーデンを初めとするヨーロッパ北部、ベルラーシ、ロシアのあるシベリア大陸と中華人民共和国北部、カナダ、そしてイギリス、フランス、ドイツ、スペイン、スイス、オランダと言ったヨーロッパ列強国……押し潰され、失われた筈の場所が復活と同時にグローバルな通信回線などの新旧の混在で大混乱が始まった。
見捨てられ、打ち捨てられた区域と生き延びた人々の生活圏は、今の今迄当然、断絶していた。なんの前触れも無く復活すれば、齟齬の生じない筈がない。
国境間を跨がるインフラが電力にしろ燃料や水道にしろ、バッティングを起こさざるを得ないし、調整することなく復活すれば致命的な事故が各地で発生した……唯、無事だったエリアでこの半年間新たに集積され築き上げられた形有るもの無いものは、破壊前の状態が復旧しても複層的な施設やシステムとして残される微妙な工夫が為されていた。
新たに開設された行政機関の仮庁舎は復活した旧体制の建屋に増設される形で、民間の商業施設や店舗は土地が無ければ二階建て三階建て、更に複雑な多層構造に収まるような工夫が模索されていた。
後は自分等で取捨選択しろ、と言うことだろう。
撤去し切れなかった瓦礫も海に漂うゴミも、大気圏外に吹き上げられた残骸も死体も復旧の過程で刻を逆回しするように再生されていった。
早回しと言うか、何百倍速もの猛スピードでの巻き戻しだ。
あちらこちらで大量に焼却処分されたり埋められた死体がゾンビのように蘇ったのは気色悪かったが、逆に墓石を建てられ手厚く葬られた人々の墓は残されたようだ。生き返ったのにお墓だけは在ると言う奇妙な状況が作り出される。
崩れ去っていたアラブ首長国連邦ドバイの超高層ビル、ブルジュ・ハリファが再び828メートルの偉容で聳り立った。地盤沈降でその80パーセントが枯れて仕舞ったサウジアラビアの油田が元通りになった。
大型船舶何十隻が港湾出入り口で沈没や座礁した為に機能が停止して仕舞った重要なコンテナ・ターミナルであったシンガポール港が活動再開可能になった。世界最大のデータ・センターだったが物理的に破壊されて停止していた内モンゴル自治区のチャイナ・テレコムが稼働の試運転を始めた。
失われていた国際的な危機管理組織は列強国に有ったので、技術的な援助やインフラ復旧に特化した国際支援活動をするドイツの連邦技術救護隊TWHやニューヨークに本部を持ち緊急人道支援と長期的な復興・開発を結びつける重要な役割を担い、危機発生前から発生後まで一貫して現場で活動する世界132箇所に常設駐在所のある国際連合開発計画UNDP、同じくニューヨークとジュネーブに本部を置いていた国際連合災害救済調整官事務所UNDROと国際連合人道問題局DHAを含み人道問題に関連する調整並びに緊急人道支援の調整をする国際連合人道問題調整事務所OCHA等々様々なグローバル行政機関が事態の収集とケアの為に連携を取り出した。今回のことで整合性の喰い違いは致命的な程世界中で起きていたし、何より心的外傷後ストレス障害、PTSD気味の人々が世界中に溢れていた。
ともあれ、悪夢のような災害を乗り切った人類が強靭になったかと言うとそんな訳もなく、亡くなった人々が生き返り破壊された地形や環境、二十一世紀の近未来建造物や歴史的遺産、膨大な都市や街々が復活するのは喜ばしい筈なのだが、それはそれで違った悪夢の続きを見させられている……そう感じている人間も少なくはなかった筈だ。
確かに世界は半年の地獄からは解放されたが、手放しで喝采する気運ではなかった。世界を動かしていた様々な中核は、押し潰されたヨーロッパやアメリカ北大陸に集中していた……半年の間死んでいた組織やシステムが、事態を正確に把握し切れない不協和音や葛藤は当然に生じる。
いずれにしても世界は新しい形で歩まざるを得なくなった。
息子は現地で編入された後期中等教育学校が可成り気に入っていたのか渋る素振りがあったが、厄災前の渡航先だったチェニジアに避難させていた家族に合流し、ミュンヘン南西のハーダン地区にある自宅に戻った時は面映ゆいと言うか、丸でリップ・ヴァン・ウィンクルにでもなったような不思議な感じだった。
閑静なベッドタウンだがグロースハーデン駅周辺にはスーパーマーケットや軽食屋などが点在していて、住人の溜まり場もある。
それ程親しくはない筈の近所の顔見知りが通りを闊歩しているのを見たら、何故だか泣けてきた。死んで仕舞った馴染みが丸で嘘のように、半年前と変わらず最近のサッカーの試合の話で盛り上がっていた……実際は半年前の試合なのがチグハグだったが。
彼等だって恐怖の記憶は覚えている筈なのに、逞しいもんだ。
家に帰れば娘に買ったシュタイフのテディベアがリビングのソファに置き忘れてあったり、婆ちゃんから引き継いだメビウス家代々の鳩時計……エルツ地方はザイフェン村製の伝統工芸品が止まっていたり、家族が写った写真立ての並んだサイドテーブルに敷かれたクンストレースに、旅行前に零した林檎ジュースの炭酸割り、アプフェルショーレが滲みになっていたりと、何も彼もが懐かしかった。
矢張り思い出の詰まった我が家が在ると言うのは思っていた以上に有り難い。失ってみて初めて、その大切さが分かった。
この日、家内と息子、娘と俺は心の底から神に感謝した。
「隊長、なんで俺達が貧乏籤引かなくちゃなんないんすかね?」
バグパイパーのチェレンコフが、淹悶したように愚痴を溢す。
復活したアメリカでは“ショットガン・エイプリル”直属の精鋭部隊が西海岸にひとつ、東海岸にふたつ、ヨーロッパにだってEU遊撃部隊が有る。
あいつらが留守にしてる間、俺達“ドルビー=マッキンタイヤ第一吹奏楽団”がどれだけ苦労したか、語って聴かせて遣りたいのを俺だってグッと我慢してる。
「まぁ、そう何時迄もぼやくな、これも任務だ……さあ、この駝鳥のビルトンチップスでも喰えよ、結構、イケるぜ」
「……第一俺達が、あのメスザルに逆えると思うか?」
脅威の去った地球で、そりゃあ色々遣らなけりゃあならないこともあるさ。
元々の任務だった麻薬密売ルートの調査と撲滅に直ぐ々々復帰出来るとは思っちゃいなかったが選りにも選って、南スーダンで惨殺された音源プロジェクト子飼いのサンプル・バンド、“シカゴ・フォトライブラリィ”の後始末と、事件の真相を再調査する為に駆り出されていた。
南スーダンの食いもんは総じて不味い。玉蜀黍の粉を練ったアシーダや豆の煮込みのフールを食べ続けると、気が滅入って来る。
必要経費でホテルのハンバーガーでも喰ってる方が、幾分か増しってもんだ。
毎回だと飽きるけど……
治安の悪い南スーダンでは、最初に政府のお墨付きを貰っとく必要が有ったが、ボス、エイプリルはこんなところにもコネが有る。
二日前に現地入りしたが、今回は重装備は必要無いので身軽なもんだ。
防弾ベストは暑かったが、調査任務のダークスーツ姿なんで幾分心細い。
アフリカの任務は何年振りだろうか……こうしてホテル以外でもカフェの珈琲が飲めるなんて、南スーダンも随分と様変わりしたもんだ。
「で、首都の警察はどんな具合だ?」
「駄目ですね、所長や幹部は話の分かる人間ですが、現場の下っ端は碌な教育も受けちゃいません、怠けることと賄賂をせしめるのが、当然の自分達の権利だと思ってやがる……お話しになりません」
「チャーリーとブラボーチームはどうだ、1500時には落ち合う予定だが、現場は保全されてないし、捜査記録も適当、目撃者も皆無ってんじゃ聞き込み調査も目処が付かんだろう……現地警察の科学特捜班への接触はどうだ?」
天井の高い店内は小洒落てはいるが、空調の音がやけに煩い。
お粗末な空調だが、国土の大半が無舗装のこの国じゃ贅沢なカフェだった。
ラテとか言いながら唯の珈琲の牛乳割りなのは頂けないが、文明の恩恵とは掛け離れた南スーダンでは過度の期待は望むべくもない。
寧ろ、南アフリカのソウルフード、ビルトンってジャーキーが有るのだって目っけ物だ……ここの科学調査だって、理科の実験の延長程度のお粗末なもんだって、チャーリーチームの3番ペア、ベンとフラビットから報告を聴いてる。
「……隊長、エイプリルの遣り手ババアは、例の俺達が見た巨人が言ってた、アザレアってのに会いに行ったんですかね? 一体、何者なんでしょう?」
「さあな……訊いても教えちゃ呉れないだろうし、俺達の与り知らぬところで何かが起こっていたのは間違いないだろうが」
「実際目にしても、信じられない現象だったからな」
ヨーロッパで“シカゴ・フォトライブラリィ”の護衛任務の指令を受けた別働チームは、なんとかして南スーダンへ辿り着く為、陸路を南下していたが、地中海を渡る船隻の確保に難渋してる内に例の惨殺猟奇事件が起きた。
しかしなんだって南スーダンなんだ?
未だ行方不明の音源プロジェクトの責任者は、何を考えていたんだろう?
本気でこんなところで、ライブツアーが出来ると思ってたんだろうか?
ヨーロッパの歴史ある街並みが復活するのを眼の当たりにして俺達は吃驚仰天だったが、指定されて赴いたブタペストに流れるドナウ川の美しさを再び拝めたことに泣いて喜んだのも束の間、灼熱の乾燥期の南スーダンに送り込まれた。
慢性的な内戦、貧困、不十分な医療インフラで衛生事情も最低だ。
世界が復活の歓喜に沸いていた頃、ここは変わらぬ不安と危険が渦巻く日常に、世界から取り残されていた。
SDG’s?、何それ、食べれるのって感じだろう。
「おそらくだが、“シカゴ・フォトライブラリィ”のメンバーが粛清されたのは、例の黄金の壁が関係してるんだと思う……要するに、ババアは音源プロジェクトに駄目だしされたんじゃないかな」
バンドの選考基準に人間性の善し悪しは加味されていない。
早い話、中身はクズだ……正体を知らないファンは別にして、俺達はザマアミロって感じだったんだけどな。
単なる俺のインスピレーションだったが、当たらずとも遠からずだと思う。
しっかし暑いな! ブラジルの麻薬カルテル撲滅作戦を思い出すぜ……
「何故、あの人は私達を見逃したのでしょうか?」
日本に戻って様々な後始末と言うか残務整理に追われる中、私は再びボス、エイプリルに問い直しました。あの日以来、考えが千々に乱れて気が付けば独り言をぶつぶつと呟いている自分が居ました。失調か、精神疾患と迄は行かなくとも私はここの処少し可訝しくなっていました。
私はもしかすると思い上がっていたのかもしれません……ボスのお陰で過去を克服し更生出来た気になって、社会への奉仕活動で貢献出来た気になって、償いをしてる積もりになっていたのは偽善や罪悪感を何か別の、無償の尊いものと摺り替えていたのではないかとの思いが心の端にこびりついて離れません。
昔、ふとした瞬間に発作の兆候が起きることがあって悩まされたものですが、忘れていたあの感覚が戻って来る気がします。
過去の罪を清算した積もりになって自分の足で立っていると言う自負は屹度、所詮ボスの腕の中と言う安全地帯だからこその勘違いだったのかもしれません。
羞恥を羞恥と思えなくなる迄組み敷かれて犯されて、現実と地獄の境目が分からなくなる迄輪姦凌辱されて、前とは比べ物にならないセックス中毒に堕とされて、最底辺の売春窟に沈められ、挙げ句の果てに薬漬けと股関節脱臼になる程の酷使に身体も意識も襤褸々々の廃人になって日本に帰還してからも、混濁する意識から醒めても、私の壊れた魂は癒されることも無く解離性認識障害と離人感を病んで長い間心の迷宮を彷徨っていました。
過酷な制裁が私の犯した罪の禊だったと、充分苦しんだと、正気に立ち返ってからも世界中が私を責めていると言う恐怖との共存が消えることはなかったから、もう神様の恩赦があっても良いのだと勝手に解釈しました。
けれど違いました……腐った過去は、いつまで経っても腐ったままです。
この腐った過去が有る限り、私は生涯クズであり続けるでしょう。
……確かなことはあの衝撃的で理解不能な未知との出遭いから生還したと言う、不可思議な事実だけでした。生きて帰れたことは喜ばしいのでしょうが、反面、納得出来ない、何故と言う疑問だけが日増しに膨れ上がっていました。
空母“ジョン・C・ステニス”の艦橋に……気が付けば二人とも強制転移させられる前の場所に、戻されていました。
逆転送された当初、私もボス、エイプリルも剰りの驚愕で暫く茫然自失から立ち直れずに、周囲からの問い掛けにも口を閉ざし続けました……向き合わねばならない己れの醜い過去を克服した積もりになっていたのに、立ち直れたと思っていたのに、召喚先で次々と暴かれた、いえ、実際に犯した醜い現実の記録が鮮明に突き付けられただけなのですが、そんな取り返しの付かない淫らな罪の数々が私を捕らえて括り付け、縛り上げようとします。
お前の過去は腐っていると、突き付けられたようでした。
天体大のモノリス、黄金の髑髏と共に魔神王は去りました。
出現する前の状態に世界を戻して……死人さえ生き返らせて。
人類は半年間の長い悪夢から醒めて、再び歩み始めています。
混乱する世界情勢の中、ボスの特権を使うだけ使って航続距離の長いプライベート・ジェットを確保し、日本に戻りました。
戻った日本では水没していた海抜ゼロメートル地帯の東京23区湾岸部や東部から水が引き、見事な瓦礫と化していた高層建築群が何事も無かったかのように林立する風景が待っていました。下町の木造家屋が密集していた葛飾、江東、墨田区、千葉県の小岩界隈の水浸しにならなかった地区は出火で一面焼け野原になっていましたが、しつこく消えなかった焼け跡の強烈な異臭も嘘のように消え、災害前の生活風景が戻っています。
ですが、誰もが受け入れ難い夢現つのような奇跡と直ぐ様折り合いを付けれた訳ではありません。あの地獄の体験が忘れられる筈がないのです。
……役目を終えたボランティアの仮設活動拠点や医療施設、ライフライン復旧の物流と建機出動の為のデポジット基地が嘗ての在るべき姿に重複するように存在していたので、手狭になるばかりか却って邪魔になっていました。
早急に解体せねばならず、ネメシス・タワー帰還後は直ぐに手配業務に追われる日々が始まって、心此処に在らずの状態でしたが仕事に邁進することで余計なことを考えるのは後回しにして仕舞ったのです。
その方が楽でした。
15年前の不心得は封印し切れない過去の恥、でも、確かにそれは私が犯した現実でした。この先も苦しんで苦しみ抜くのが私の贖いなのではないかと、そんな思いが日に日に募っていきます。
肉欲に流され他人の痛みに鈍感になり、だからこそ平気で裏切れる……そんな自分を見失った女の末路が平穏であって良い訳はない。
こちらの世界で亡くなった千早翔一が転生先の異世界でも女を嬲り者にする悪行を繰り返したのはなんとなく知らされていました。
ですが、万能の未来神ドロシー様が若くて世間知らずだった頃にその毒牙に掛かっていたこともお聴きし、今迄意識的に伏されていた仔細から、裏切りの果てに復讐の狂神、“凶相のソラン”を生み出す本当の真実を得心するに至りました。
即ち、千早翔一というサイコパスを生み出す引き金を引いたのが私なのだとしたら、魔神王ソランが凡ゆる世界を席巻する脅威となったのには私がその要因の一端を担っているかもしれないと言う重い事実です。
「分からない……分からないんです、美由紀、私には答える術が無い」
刻を超えて未来神ドロシー様に連絡を取るのは難しく、頻繁に行える技ではないのだと……しかし事態は急を要する為、定期連絡のルールを破ってコンタクトを試みて何度か繰り返してみても、全て失敗に終わっているのだと告げられました。
取り乱すことは無くても、不安と焦燥が滲み出ているのが私にも分かります。
エイプリル様自体、どうしていいのか分からなくて揺れておられる……そんな気がしました。
警備室を併設して機密漏洩防止の為に最高層階近くのワンフロア全てをボス、エイプリルが使っていました。バイオフィリックな自然採光を取り入れる空間デザインのオフィスに、一瞬影が差します。
「私もシスたそ様も、一言も嘆願はしませんでした」
直前まで全く気配は有りませんでした。
行き成り発せられた言葉には、何故かこちらを安心させ切諌と誰何、居竦みを解かせる不思議なトーンがありました。
ここはタワーのCEO執務室、余人は知らずとも何重もの加護結界に守られていて望まぬ者が入って来れる筈はありません。
だと言うのに、こちらの言葉を失う程の振盪と警戒など全く気にする素振りも無く、侵入者は影のように静かに現れました。
「久し振りですね、アム、生き返っているとは知りませんでした」
その人はあの巨大な赤黒い甲冑に似たプロテクション・スーツ姿……報告映像で見た巨人の映し身をそのままに、人間の等身大で佇んでおられました。
確かにその人はドルビー=マッキンタイヤのコープランド隊長が遭遇したと言う巨大フォルムの怪人にそっくりなのですが、大きさがまるで違います。剰りにもショッキングなので、私達は微塵動ひとつするのさえ忘れていました。
まるで印象が違っているのは大きさだけでは有りません。顔を隠していたヘルムを着けていらっしゃらなかったからです……短く刈り揃えた珊々のブロンドが揺れる、その女神の容貌は何も彼もを圧倒するように美しかったのですから。
「姉様……本当にアザレア姉様なのですか?」
「しかし、私の知るアザレア姉様より美しくなられたような……?」
不意打ちのような出現に驚き蒼白になりながらも、見果てぬ千載一遇に恋焦がれる相手に逢えた昂りが伝わってきます。
「逢わずに去る選択肢は無かったのですが、少し任務で留守にしていました」
「旧交を温める二言三言ぐらいは許されるでしょう……」
二言三言と言いながら、戦闘の女神はそれから1時間以上も語り続けました。
曰く、勇者が死んだ後の王宮を破壊し王族の系譜と近衛兵、宰相、大臣、魔導士軍団悉くを滅ぼし尽くした後に、勇者殺害犯がエイプリル・カムシー・ウィルを名乗る実の妹だと知ったこと。
義絶と言う最も重い関係の絶ち方で縁を切られていた実家のギブレー男爵家も、その際の殺戮に巻き込まれ一族郎党断絶したこと。
姉の不始末を不憫に思って仇討ちの積もりだったのだろうと見当は付いたが、己れの命を犠牲に勇者を屠った腹違いの妹に申し訳なくて情けなくて、隠れて泣き暮らしたこと。
ネメシス様が降霊術で勇者の残留思念を呼び出した際に、晴らせぬ姉の恨みを代わって晴らすと暗殺者が口にしたと聴いて確信を得たこと。
女を信じられなくなったが故の、尻の軽い女達に向けて仕掛けた破滅と罠……尻の軽くない、靡かぬ女がもし一人でも居たならば俺はここ迄悪虐非道に堕ちなかったかもしれないと勇者の魂が語ったこと。
女と言うのはほぼ例外なく一度自ら堕ちて仕舞えば快楽の絶頂を得る為にはどんなことでもしてみせるようになる、禁断を破り、倫理を捨て、慰みの見せ物として絡み合うのさえ厭わなくなる……女と言うのは最低の生き物だ。
そう語った勇者の言葉に我が身をなぞり、唯のひとつも言い返せない自分に愕然としたこと。
「チラッと見えた人で無し勇者の記憶に、“女は最低の生き物だ”と言い切ったトラウマの思い出が有りました」
「……初めて付き合った工藤美由紀なるガールフレンドが隠れて他の男と変態セックスをし捲ったとの仔細、今回の不慮の事故で立ち入らざるを得なかった情報収集にて全て合点がいきました」
決して睨んでいる訳ではない、責めている訳でもない……その人は唯、軽蔑も嫌悪も無く澄んだ眼で私を真っ直ぐに見詰めていました。ブルーサファイアの、何も彼も見透かすような真っ直ぐな瞳で唯々見つめているだけ……だけど、それが一番恐ろしかった。
「勘違いしないでね、咎める積もりは無いの……貴女以上に快楽狂いの色欲に溺れて悶えた私にそんな資格は無いし、アムが命懸けで守っている人だもの」
「でもね、過去から逃げ続けるだけじゃダメ……辛くても、苦しくても自分の過去とちゃんと向き合わなければ前には進めない、私は今でも弱くて愚かだった頃に犯した淫犯の罪を忘れていない、覚え続けることが今の私を創っている」
クズだった、のではなく今現在も中身は変わらずクズなのだと自覚することから始めるべきなのだと、その人は言いました。
一度知って仕舞った性癖を抱えて生きるのは並大抵の辛さではない、常に過去の自分と対話するのは気が狂いそうになる。ザーメン酔いの情欲の衝動がフラッシュバックする肉体の疼きに呑み込まれそうになる。それでも正面から立ち向かおうとしなければ、本当の意味での再生は無い、惨めな己が罪を噛み締めるところから始めなければならないのだと、その人は言いました。
「生身の身体で貴女は能く耐えていると思いますよ……でも、これ以降は過去の罪を封印しないことをお勧めします」
「そうでなければ貴女方を生かした意味が無い……頑張って生きてください」
そんなことが出来るのかどうかも分からない。
けれど、私達が生かされた経緯も聴いた。
垣間見ただけだったボスに取って大恩有るネメシスと呼ばれた天使のような美少女とアザレア様、お二方の気持ちに免じて狂乱の魔神王は私達を殺さないことに決めたらしい……お二方とも除名を請うこと一度たりとも無かったにも拘らず、お二人の意を汲み取ってのことだったらしい。
「シェスタの王都に滞在した折、アムは知らないだろうけれど、反王政派連合が貴女の為に、革命の英雄として墓碑銘を刻んだ大きくて立派なお墓を建立したのですよ……ええ、私はね、アム、花を手に日参して冥福を祈ったんです……だと言うのに生きているんですもの」
「涙ながらに供養していた私が馬鹿みたいじゃないですか、って思ったのは内緒のこと………本当に生きてて呉れて、よかった」
「本当に………」
血を分けた妹が敵陣営側に居るのを知ってもこの人は、屈託無く微笑んで……その笑みには嘘は無いように思えた。心の底から健勝を慶んでいる。
「達者で暮らしなさい………」
もし次に遭うことが有るとすれば私とアムとは敵同士、私は必ずアムを殺す……だから決して逢おうとしては駄目よ、覚えていてね。
……何時迄も元気に過ごして欲しいから関わらないで欲しい、敵対して立ち塞がろうとはしないでね。
それだけ言い残して、その人は去りました。
「ボス、私達はこれからどうすればいいのでしょう?」
暫く答えは無く、沈黙が支配します。
流石に苦渋の判断を下すには葛藤が……感動と悲嘆が、賞賛と奉謝と自己嫌悪が堂々巡りをして、表情が苦し気に歪むのを繰り返していました。
こんなボスの姿を見るのは初めてかもしれません。
「………分からない……分からないんです、中途半端な謝罪も否定も最早意味が無い、唯、これから先に待ち構えているのが例え地獄だろうと修羅の道だろうと前よりも心が軽くなるような気はします、日一日生かされている意味を考え、感謝して進んで行くとしか、今は言えません」
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夢を見た………
幼かった頃、喘息の保養の為にサナトリウムで暮らした頃の夢だ。
陽当たりの良い温泉地の為か早咲きのネモフィラの花が施療院の周りに咲く頃、姉が見舞いに来て呉れたことが有った……“花萌みの月”に彼女は遣って来た。
地球の言葉にするとエイプリル・カムシー・ウィルだ。
美しい姉は、夢の中で優しく笑っていた。
ドロシー様の加護が有るからそれ程睡眠を必要としない私だが、目覚めた時に涙で枕を濡らしていたのはいつ以来だろうか?
そんな情緒的な記憶さえ遥かな昔になって仕舞った。
私は知らず知らずの内に傲慢になっていたのかもしれない……謙虚な心を忘れないで生きていこうと、改めて思った。
心の底から戒めねばならない……そう、思った。
……“シカゴ・フォトライブラリー”もいつの間にか潰されていた。
アザレア姉様は、“達者で暮らすように”と言い残した……おそらく私の人類改造計画も何も彼も知っていたのだろう。
それは言葉の裏にある無言の警告……いや、姉なりの願いなのかも知れない。
再生を望むなら卑怯な手は使うな、人の道を踏み外すな……言外にそう言われているような気がした。
全ては美由紀の為だったが、手段を選ばない方法は見直さなければならない……姉様がそれを諫めているのだから。
ソラン・アンダーソン、何も彼もを復讐の為に捨てた傍若無人の魔神王……ドロシー様はどう対するお積もりなのだろうか?
………翌日、
罪を抱えて生きるのではなく、罪を背負って生きるのでも無く、
全身全霊を以って罪と共に生きる、孤立無偏の覚悟を決めた、
そう美由紀は言った。
「私は多分、今も壊れたクズのまんまなのだと思います……過去は振り切れなくても赦されたがっていたのは否定出来ません」
「軽蔑と好奇の眼を耐え凌ぐ強さを追い求め、最低のニンフォマニアのレッテルを貼られても遣り直せると信じていた……でもそれは違った」
そう語る美由紀の瞳には、揺がし難い真っ直ぐさが有った。
「……例え過去は捨てられなくても、いつか自分も幸せの意味を追い掛けてもいいんじゃないかなんて、贅沢な甘えでした」「私にそんな資格は無い」
「けど、最低のクズが最低の罪と共に在ることをしっかりと肝に銘じ続ければ、クズはクズのままでしょうが、過去は変えられなくても、もしかしたら未来は変わるかもしれません……そうですよね?」
それは屹度、果敢無い涙が枯れて尽きる程、関係改善の過酷さに思わず戦慄する程、醜態が醜態として気にならなくなる程に、正しい………
毎度お世話になっております、拙作「ソランへの手紙」の最新話、投稿いたしました……書けていた筈なのに、またまた半年近くのブランクです
第73話、「フランキーズ・ナイト 後編」になります
余りにも強大な敵、謎の巨大組織“千年世紀守護神”が立ち塞がり、物語は新しい局面に突入していきます
その巨大組織を背景に万能の未来神に伸し上がったドロシー達“三人の御使い”の真実とは如何に……乞うご期待!
フランキー=本作では本家シィエラザードが密かに培養、育成していた究極のビスミラ……決して往年のプレイボーイ、フランク・シナトラの愛称ではない
ナニー=英語では乳を与えるのをwet nurse、子育てをするのをdry nurse と区別する/前者がおしめなどを扱うからとされ、ナニーと一般的に呼ばれるようになったのは1920年代とされる/ナニーは子供達と一緒に子供部屋で寝起きをし、洗顔から朝食など一日中面倒をみる/テーブルマナーから口のきき方、身のこなし、部屋の後片付けの面倒などをみる/子供に家庭教師がつけられるか、学校に行くようになるまでの重要な時期に子育てをする/イギリスの富裕層の子供の世話をするのはナニーとガヴァネスに分けられ、ナニーの後にガヴァネスがつけられる/ナニーはupper servantとして使用人の一人と見なされることがあるが、ガヴァネスはservantとは見なされず、苗字と称号で呼ばれ、食事も使用人とは別だった/ガヴァネスがアッパー・ミドル・クラスやアッパー・クラスなのに対しナニーはワーキング・クラス、あるいはロウアー・ミドル・クラスの出身者が多い
“泣き虫シムシム”=フランキーの9999の大幻魔神の意思決定をする代理人格にして便宜上生み出された制御の為の統合神格/今はソランの謀略により、無事マルジャーナの意思で上書きされている/登場後、すぐに自滅したヘタレの巨神
ドルマダキア=葡萄の葉でお米やハーブを巻いて煮込んだ、ギリシャを代表する伝統的な家庭料理もしくは前菜/肉入りのものもあるが、お米とハーブだけの「ヤランジ」と呼ばれる肉無しバージョンが一般的で、レモンの酸味が効いたさっぱりした一口サイズが特徴の料理/詰め物を意味する「ドルマ〈Dolma〉」の小さいサイズ〈ダキア〉を指し、「小さな詰め物」という意味/塩漬けやフレッシュな葡萄の葉、お米、玉葱、ディルやパセリやミントなどのハーブ、オリーブオイル、レモン汁を材料とし、温めても、冷やしても美味しく食べられ、前菜としてオリーブオイルを掛けてレモンを絞って食べるのが定番
オカヒジキ=陸鹿尾菜とはヒユ科オカヒジキ属の一年草で別名ミルナ〈水松菜〉、海辺や内陸の塩性の砂地に自生する野草で、日本では野菜として栽培もおこなわれており、古くから若い葉や茎を食用にしている/和名オカヒジキの由来は多肉質の葉の見た目が海藻のヒジキに似ており、陸上〈おか〉に生育することから由来している/また、別名のミルナも同じく海藻のミルに似ていることから、俗に「陸の海藻」ともいわれている/山形県では古くはオカミル、オクヒジキなど幾つかの地方名が存在した/原産地は日本、中国、ヨーロッパ南西部とされ、分布域はユーラシアのヨーロッパ南西部、ロシア〈ウラル地方・コーカサス・シベリア〉、中国〈東北部・河北省・浙江省〉の内陸部で塩分の多い乾燥地と、その他サハリン、朝鮮半島、日本などの海岸である/陽当たりの良い海岸の砂浜や砂礫地、塩性地等に生育し、日本では海浜植物として知られている/一年草で自生地では早春に発芽し、高さ約10〜40cm、株全体としては1mぐらいの叢状になる/海藻のヒジキに似た草姿で、緑色で多肉質の茎はよく分枝して、茎の上部は斜上に、また下部は地面を這うように四方に広がる/オカヒジキを野菜として栽培しているのは世界でも日本だけで、しばしば市場にも出回っている/日本以外の国ではオカヒジキを救荒的な野菜として利用した記録はあるものの、栽培化の例は無く、日本における栽培化の歴史は江戸時代にさかのぼると考えられており、水運により最上川で内陸に持ち込まれて現在の山形県南陽市で始まったとされている/長らくは山形県の特産野菜として栽培され、県内での生産と消費が主だったが県外の大都市へ出荷されるようになると他府県でも栽培が始められた/食材として若い茎葉や生長期の先端の柔らかい部分を摘んで収穫するが収穫の適期は暖地が3〜6月とされ、夏になると茎は硬くなり収穫適期を過ぎると利用できなくなる/葉先にツヤがあって柔らかく、緑色が濃いものがよい/海岸に自生しているものは生で齧ると塩気が効いてキャベツの浅漬けのような味がする/味にクセが無く、シャキシャキした独特の歯触りのある食感が好まれていて、軽く茹でてから水に晒したあとに水気を切って、おひたしや和え物、酢の物、煮びたし、卵とじ、生のまま天婦羅や掻き揚げなどにして食べられている/辛子醤油和えで食べられることも多いが、サラダ、汁の実、炒め物などにも使われる
スモークサーモン=あるいは燻製サケは塩漬けしたサケを燻煙乾燥して燻製にしたもので、脂乗りのよいキングサーモンが向いており、日本ではベニザケが使われることも多い/日本では燻製法は冷燻が一般的であらかじめしっかり塩漬けにし、塩抜きと乾燥ののち、20°C前後の温度で時間をかけて燻煙する/このようなスモークサーモンは欧米ではロックスと呼ばれ、欧米では一般的にスモークサーモンといえば火を通したものを指す/そのままスライスして食べるほか、サラダやマリネ或いはサンドイッチの具としても用いられ、クリームチーズとの相性が良く、この組み合わせはベーグルサンドの代表的な具材としても知られる
白和え=茹でて醤油、味醂、出汁で下味を漬けた青菜、蒟蒻、もどしたヒジキなどと、搾って潰した〈或いは裏漉しした〉豆腐と和える〈擂り胡麻や砕いた胡桃を加える人もある〉/料理店の場合、中身をくりぬいたユズの実や柿の実に盛ることもあり、ホウレンソウなど単品の野菜を和える場合もある/飛騨高山地方での精進料理や懐石料理に供される生盛膾〈いけもりなます〉は、茹でたり煮付けたりした山
菜や野草、タケノコ、生野菜、さらには抹茶羊羹や寒天を具として白和えと同じ豆腐をベースとしたソースで和えた野菜料理/ただし白和えと異なり、食べる人が直前に和えるのが大きな特徴……精進料理の場合には、刺身代わりとして出されることが多い
ワラビ=蕨はシダ植物の一種でコバノイシカグマ科、かつてはイノモトソウ科に分類されていた/草原、谷地、原野などの開けた陽当たりのよいところに群生していて酸性土壌を好み、山菜のひとつに数えられている/新芽はワラビナ、サワラビとも呼ばれる/春から初夏にかけて出る新芽は、中国・日本・朝鮮半島において広く食用とされ、まだ葉が開く前の若芽を下から手で扱きながら折り取るように摘んで採取する/若芽の先端の葉が開きかけたものは堅いため、葉が開かずに丸まっているものがよい/ワラビは山菜の中でも特に灰汁が強く、食べるためには灰汁抜きが必要で、下処理せずに生食すると毒性があるともいわれている/丁寧に灰汁抜きをしたあとに、おひたしや和え物、漬物、味噌汁の実、煮物、炒め物、巻き寿司の具などにすると他の野菜にはない独特な風味が味わえる/塩漬けした物を食べる時は取り出したワラビをよく洗い、一晩塩抜きしてから煮付けや卵とじなどの調理にする……そのまま生では食べない/根茎を乾燥して砕き、水に晒して採れた上質なデンプンは「ワラビ粉」といって、これからわらび糊やわらび餅を造る/ただし、市販されているわらび餅の大半はワラビ粉ではなく小麦粉などから作られている
とろろ=生の山芋または長芋を擂り下ろしたもので汁物にしてとろろ汁、吸物にして吸いとろ、麦飯にかけて麦とろ、などとして食べられる/とろろを鮪のぶつ切りにかけた料理を山かけといい、山かけ蕎麦や山かけうどんなど、とろろを掛けることを山かけと呼ぶものもある/とろろにはビタミンやミネラルが豊富に含まれ、とろろにして食べる芋をとろろ芋〈薯蕷藷、薯蕷芋〉と呼ぶ/ヤマノイモとナガイモは全くの別種であるがともにヤマノイモ属であり、区別せず広義で山芋と呼ぶこともある/とろろ芋の粘質物についてはマンナンとタンパク質からなると提唱されているが、その粘質物の構造や性状は実は充分に解明されていない
揚げ出し豆腐=豆腐に片栗粉もしくは小麦粉の衣をまとわせて揚げ、だし汁または醤油で味を付けたつゆをかけた料理/戦前まで東京都台東区下谷元黒門町〈現在の上野池之端〉にあった老舗料理屋「揚出し」は、朝早くから揚げ出し豆腐を供し風呂にも入れるということで吉原帰りの客に有名だった
ギンダラ=銀鱈はペルカ目ギンダラ科に属する魚類で別名はナミアラ・ホクヨウムツなど/ギンダラ科には他にアブラボウズが含まれるのみで、本種だけでギンダラ属を構成する肉食の大型深海魚で、食用に漁獲される/全身が黒褐色をしており和名のとおり外見がタラによく似ているが、タラではなくアイナメやホッケに近い魚である/下顎に髭がなく、背鰭が2基しかないことでタラ類と区別できる
アカムツ=赤鯥はホタルジャコ科に属する暖海性魚類だが、スズキ科とする分類もある/別名ノドグロ……なお、ムツとは別種であり、両顎に犬歯がない
大きいもので全長約40cm体型は楕円形で側偏し、背側の体色は赤紅色で腹側は銀白色、櫛鱗をもつ/口の奥の喉が黒いので「ノドグロ」の名がある/佐渡、富山県、石川県、島根県などの北陸・山陰地方では徐々に高級魚として扱われる様になり、島根県浜田市では「ノドグロ」の名称で市の魚にも指定されている/鮮度の維持できる物流の一般化にともなって、他の地域でもその存在が知られるようになってきた/味は独特だが上品な味わいで、焼いても煮ても美味/「白身のトロ」などと称されることもあり、高級魚として値崩れすることはほとんどない
出汁巻玉子=鶏卵を割ってよく溶き、だし汁を加えて油を引いた調理器具を使って少しずつ巻き上げながら焼く/きめ細かく仕上げるために溶いた卵を網などで濾したり、生地に水溶きした浮き粉や片栗粉を混ぜることもある/焼く際には「玉子焼き鍋」「卵焼き器」と呼ばれる銅製の四角い鍋が使用されるが、だし巻き卵には関東式の正方形の鍋よりも縦に長い関西式の鍋のほうが適している
佃煮=小魚、小エビ、貝類、昆布などの水産物、あるいは野菜などの農産物などを原料に、砂糖、醤油、飴、みりん、調味料などで作られた濃厚な調味液を浸透させ甘辛く煮つめた加工食品/由来に関しては諸説あるが一般に江戸の佃島の漁民が小魚を塩辛く煮込んで保存食とし、余ったものを「佃煮」として売り出したのが始まりとされている/主なものだけでも118種類あるといわれており、水産物原料を
用いた佃煮には昆布、海苔、ちりめんしらすなど、農産物原料を用いた佃煮にはフキや葉唐辛子などの佃煮がある
納豆=大豆を納豆菌で細菌発酵させた発酵食品で、多数の栄養素をバランス良く含む健康食品でもある/和食の基本的な食材のひとつとして、日本全国の食品売り場で1年を通して安価で容易に入手できる/「納豆」「納豆汁」などは冬の季語であり、一方で7月10日が「納豆の日」とされている……これは近畿での納豆消費拡大のため、関西納豆工業協同組合がなっ〈7〉とう〈10〉の語呂合わせで制定したものであり、1992年、全国納豆工業協同組合連合会が改めて「納豆の日」として制定した/平安時代中期の「新猿楽記」の中で“精進物、春、塩辛納豆”とあるのが初見で、この「新猿楽記」がベストセラーになったことにより、納豆という表記が広まったとされる/納豆は精進料理として主に禅寺の納所〈なっしょ=寺院の倉庫〉で作られた食品で、これが名前の由来という説が「本朝食鑑」〈1697年刊〉という書物に載っている/納所に勤めていた僧侶が納豆作りをしていたので、納所の字をとって「納豆」になったという/その他の説としては壺などに納めた、将軍に納めた、神様に納めたなど、「納めた豆」から納豆と呼ばれるようになったと言うものもあり、また伝統的な糸引き納豆は、大豆を煮たのを冷まして、稲藁を束ねた「苞〈つと〉」と呼ばれる包みの中に入れて製造されたことから、稲藁に納めた豆で「納豆」と呼ばれるようになったという説もある
販売は主にスーパーマーケットやコンビニエンスストアなど冷蔵施設を備える食料品売り場で広く売買されており、納豆の自動販売機も存在する/茨城県や埼玉県川越市などでは土産物品・特産品として販売している場合もある/かつては「納豆売り」と呼ばれる行商人が納豆を売り歩く振り売りなどが盛んであった/藁苞納豆は明治時代の東京で派生したもので、経木納豆は大正期以降に行われていた
醤油や麺つゆ等のタレの他、和ガラシを加える食べ方が一般的だが、薬味として鶏卵やウズラの卵、葱、ミョウガ、大根おろし、とんぶり、削り節、海苔、青海苔などを合わせて食べることも多い/ヤマノイモやナガイモ、メカブ、ギバサ、オクラやなめ茸など、納豆同様に粘り気がある食品と混ぜることも行われる/葱や芥子を加えると納豆のアンモニア臭を抑える効果があり、優れた薬味ともいえる/葱や芥子を途中で加えずに、蕎麦のネギやワサビと同様に最後に少しだけ載せたり、辛子の代わりに山葵を載せたりする場合もある
ラキスト=ラッキーストライクはブリティッシュ・アメリカン・タバコ〈BAT〉社が製造・販売する煙草のブランド/1871年に発売された長寿ブランドで、アメリカ合衆国生まれの煙草/当初はパイプ煙草として発売され、1916年より両切りの紙巻き煙草が発売されている/名前の由来は19世紀のゴールドラッシュ時に金鉱を掘り当てた者達が言ったスラングである「Lucky Strike」からきている/嫌煙ブームの影響から、作中描写などで喫煙シーンそのものが害悪視されるようになる以前には、映画・小説・テレビ・広告などに頻出する煙草銘柄のひとつで、例えばミッキー・スピレインが創作し、1950年代に大衆的人気を博したハードボイルド・ヒーローの私立探偵マイク・ハマーは、この煙草を愛用していた/古い時代のパッケージデザインは名前の由来である鉱夫の振り上げられた拳を描いたものだったが、1890年代初頭のパッケージより、ブルズアイと呼ばれる円形囲みのロゴマークの原型が採用されている/現行のパッケージはレイモンド・ローウィが1940年にデザインしたブルズアイを中心に置くモチーフを踏襲しながらも大幅にモダナイズと単純化を図ったパッケージで、煙草にとどまらず商業パッケージデザイン全般の中でもそのシンプルさと印象の強さで抜きん出た傑作として、広く知られている
寒鰤=11月下旬〜2月の厳寒期に氷見、能登、佐渡、伊根、壱岐、五島など日本海側で水揚げされる脂が乗った天然のブリで、産卵・越冬前で栄養を蓄えており、お腹から背中までたっぷりと脂が乗って身が引き締まった冬の最高級魚/脂のサシが全身に入っているので塩焼きや照り焼きにしても身がパサつかず、ジューシーな味わいが楽しめる
ゲハイム・マイン=ベナレスを鹵獲した世界での汎用言語で“夜の戦士”を示す
牡蠣油=オイスターソースはカキを主原料とする調味料の一種で、本来は生がきを塩漬けにすることで発酵熟成してできる調味液であるが、市販品は生がきから煮汁を抽出し、砂糖、塩、でん粉、酸味料等を加えた製品/独特の風味とアミノ酸、核酸の旨味、コク味を持ち、広東料理を初めとする中華料理に広く用いられ、炒め物や煮込み料理などによく用いられる
七味唐辛子=唐辛子を主とした薬味や香辛料を調合した日本のミックススパイスで老舗の調合では、唐辛子のほか山椒、麻の実、胡麻が共通し、けしの実、青のり、生姜などに違いがある/一方、唐辛子のみの調味料は一味唐辛子である/七味唐辛子というのは上方風の名称で、江戸・東京周辺では七色唐辛子または七種唐辛子と称し、近代以降の多くの辞書では「なないろとうがらし」を標準語形とした/しばしば略して「なないろ」と言い、唐辛子は「とんがらし」とも発音される/饂飩・蕎麦、味噌ラーメンなどの麺類や、牛丼、湯豆腐、水炊き、豚汁などの日本料理の薬味や汁の吸口として使われることが多く、東京・浅草寺門前「やげん堀」、京都・清水寺門前「七味家」、長野・善光寺門前「八幡屋礒五郎」が老舗である/やげん堀・七味家・八幡屋礒五郎の三者は、日本三大七味唐辛子と称され土産物としても重宝される/七味唐辛子は別名薬研堀〈やげんぼり〉とも呼ばれ、浅草「やげん堀中島」1625年〈寛永2年〉には、江戸の両国薬研堀に「やげん堀中島」が創業し、七味唐辛子が開発され販売されるようになる/当時の薬研堀には医者や薬屋が多く、中島徳右衛門が漢方薬にヒントを得て開発し、胡麻の香りによって江戸っ子の舌にもうったえた、れっきとした漢方薬で食事と共に薬味が取れるということでやげん堀の七味唐辛子として名物となり、最上級の材料を客の目の前で注文通りに調合したことも評判を高めた……「辛くして」「山椒たっぷり」といった好みに応じる/山椒だけでも有名なうなぎ屋で使われるように味に定評があり、やげん堀中島は戦後に浅草寺門前の新仲見世通りに移転し、現在も山に徳の字ののれんを掲げている/材料を別々の容器に入れておき、客の目の前で客の好みにあわせて調合したものだが、材料を説明する口上が面白く、大道芸の一種ともなり、特に上手い者は興行師に雇われて演じることがあった/21世紀の初めにも、東京の一部の縁日の屋台の七味唐辛子売りで聴くことができる
分葱=ワケギとは、玉葱に似た球根性多年草で根元が太く、地上で分かれて緑の葉を出す葱と玉葱の交雑種で、野菜として食用される/和名「ワケギ」の由来は“根元から分ける”ことから「分葱」の名がついていて、ネギ類でも分蘖〈ぶんげつ〉が多い特性から「分葱」と書く/ワケネギと混同されたり、かつては葱の一種と思われていたが、染色体の特性より分蘖性の葱と分球性の玉葱〈エシャロット〉の雑種または独立種として分類され、遺伝学的証拠は分葱が玉葱と葱の雑種であることを明確に示している/多くのワケギは非常に強い風味を持つが、一部の品種は比較的香りが弱くて甘く、地下の鱗茎はとりわけ皮が厚く、辛味が強く、リーキのようにかなり細長い/一部の種類は直径最大5cmの鱗茎を形成しうる/日本国外では若い植物が春にスキャリオン〈小さな青葱〉として使われることもあり、鱗茎は普通の玉葱と同様に調理に使われたり、酢漬けして保存される
酸茎漬け=すぐき漬けは京都市の伝統的な漬物〈京漬物〉のひとつで、蕪の変種である酸茎菜〈スグキナ〉を原材料とする現代の日本では数少ない本格的な乳酸発酵漬物/澄んだ酸味が特徴で、「柴漬」「千枚漬」と合わせて京都の三大漬物と呼ばれている/スグキナ栽培の始まりは諸説あるが安土桃山時代の頃とされており、上賀茂神社の社家が鴨川に自生していたものを持ち帰り、廷内に栽植したところ社家間で栽培が広まったという説や、朝廷から種子を授かった説などがある/以来、上賀茂の深泥池周辺の限られた地域で栽培が行われ、1804年〈文化元年〉に出された「就御書口上書」によって、他村への種子の持ち出しが禁じられてきた/当初より漬物としてつくられ、献上品として貴顕の間で広まり、その希少性と独特の風味が相まって数ある漬物のなかでも別格の扱いであったとされている/製法については塩漬けにして乳酸発酵させる点は変わっていないが、発酵の手法には改良が重ねられ明治末期に漬け置き期間短縮のために樽を稲藁で包んで保温するようになり、そこから更に保温を効率化するための「室〈むろ〉」が1912年〈大正元年〉に初めて建設された/これに伴い漬け方も変化し、漬け方の過程が「荒漬」と「本漬」の二過程に分かれたが、こうした変化により冬に収穫して漬け始め、春から夏にかけて完成していたものが、わずか半月ほどで出来上がるようになった
海鼠子=ナマコ/別名:土肉、塗筍、俵子は棘皮動物門のグループのひとつで、ナマコ綱に分類され、体が細長く口が水平に向くなどの特徴を共有する一群で、世界に約1500種、日本にはそのうち200種ほどが分布する……食用になるのはマナマコなど約30種類/食材とされるマナマコは体色によってアカナマコ、アオナマコ、クロナマコなどに分けられるが、その違いは棲息場所やエサの違いで変化す
るとされ、一般的にアカナマコが高級品とされる/アオナマコは水揚量が多くポピュラーで、日本では酢の物として食べることが多く身の90%以上が水分であるがコラーゲンに覆われているため独特の歯ごたえがある/中国では乾燥させた干しナマコとして利用するのが一般的で、内臓を除いて薄い塩水などで煮た後に乾燥させたナマコを煎海鼠、海参〈いりこ〉と呼び、煎海鼠は日本でも古くから体内の虫殺しや肝臓への薬効、痰の除去などに効果があると言われ、「養老律令」賦役令及び「延喜式」にも諸国からの貢納品として挙げられている/「本朝食鑑」には、その形がネズミに似ていることから「鼠」の字が用いられたと伝えられ、江戸時代には米俵に似ているということで豊作に通じた縁起物として正月の雑煮の具〈上置〉に用いられた/また、長崎貿易においては「俵物」として清などに輸出され、日本における加工品としては腸などの内臓を塩辛にした“このわた”がある/このわたはウニ・からすみ〈ボラの卵の塩漬け〉と並んで日本三大珍味のひとつとされる/905年編纂の「延喜式」にも記述があり、ナマコの利用法としては1000年以上の歴史がある/卵巣を天日干ししたものは、くちこ〈別名このこ、ばちこ〉
棒鱈=主に北海道の稚内や礼文島で生産されているタラの干物/タラの干物の総称が干鱈〈ほしだら〉で、製造方法の違いにより乾鱈〈ほしだら〉とも呼ばれるが、塩をふらずに干したものであり、産地は晩秋から数ヶ月の間は晴天で風のある日が多く、日中でも気温が氷点下の日もありそのような気候であるため、塩を用いずに天日で干していても凍結する/凍らせた鱈は日中に陽があたれば融けて水がしたた
り落ち、これを繰り返すことで乾燥すると言う天然のフリーズドライ製法によって作られる/自然のまま鱈を凍らせて作るものを「凍干」と呼び、凍干は身がスポンジ状になり脂肪分や臭み成分も抜け、味わいは上品になる/江戸時代以前から東北や北海道地方における海産物を使った保存食の代表格として製造が行われてきた棒鱈は北前船で関西方面に運ばれ、正月料理やお盆料理の一品として食べられた/一般的には何日も掛け水に浸し水を取り替えながら戻し、更に番茶で煮たものを茹でこぼすなどしてあく抜きをする必要がある/十分に柔らかくなってから、芋などと炊き合わせたり、うま煮・甘露煮・煮魚等に加工される/海老芋と炊き合わせた芋棒は伝統的な京料理として知られる
身欠き鰊=水揚げされたニシンは生の状態では日持ちせず、冷蔵技術が発達していない時代では、内臓や頭を取り除いて乾燥させるのが一番合理的な保存法だった/大量のニシンを日本各地に流通させるために、干物として加工されたものが身欠きニシンである/すでに享保2年〈1717年〉の「松前蝦夷記」にニシンの加工品として「丸干鯡」〈ニシンを内臓も取らずそのまま干し上げたもの〉、「数の子」、「白子」などとともに「鯡身欠」が記載されている/江戸時代中期の宝暦年間に描かれた「江差檜山屏風」にも、ニシンを指先でさばく女性とさばいた鰊を干し棚にかける男性の姿が描かれている/一般的に魚の干物は焼いて食されるが、身欠きニシンは米の研ぎ汁や米糠を溶いた水に漬けて戻した後、煮物や甘露煮などに加工して食べることが多く、ニシンを昆布で巻いて煮含めた鰊の昆布巻きは日本各地で広く食べられている/柔らかく煮含めた身欠きニシンを具とした“にしんそば”は京都や北陸、北海道西部の名物となっている
海老芋=サトイモ属ヤマサトイモの変種トウノイモ〈唐芋〉の品種のひとつ/土寄せ等の独特の栽培を施したもので、形状は湾曲して表面には横縞がありエビのように見えることが名前の由来とされている/おもに近畿地方で食べられている京都の伝統野菜で、京芋とも呼ばれる/京野菜のひとつとして知られる根菜で、京都府内では主に精華町・京田辺市・舞鶴市などで生産され、府外の大阪府富田林市・兵庫
県姫路市・徳島県・高知県などでも作られている/食味は粘り気に富みよく締まった粉質の肉質、優れた風味と少しの甘みがあり、煮ても煮崩れせず色も変化しない点が挙げられる/このため一般的なサトイモとは違って高級食材として扱われていて、海老芋を使った料理としては有名なものに京料理の芋棒がある
ブルジュ・ハリファ=アラブ首長国連邦ドバイにある超高層ビルで全高は829.8m、アンテナを除き242.6mの尖塔を含む高さは828m/ドバイのビジネス街近くのシェイク・ザーイド・ロード第1インターチェンジに計画されたダウンタウン・ドバイと呼ばれる開発の一環として建設された/プロジェクトが完成した時、世界は金融危機の真っ只中にあり、ドバイ国内は建設過剰な状態であったため、空室や差押さえ物件が溢れ返っていた/野心に溢れていたドバイはその結果負債まみれになっており、やむを得ず政府は数十億ドルもの借入を石油が豊富な隣国アブダビに頼らざるをえなかった/企画はドバイの不動産開発会社であるエマール・プロパティーズ……商業施設、居住施設、娯楽施設などを含む大規模な複合施設の核として位置づけられており、全ての計画を換算すると80億USドルに上ると見られている/経済効果は少なくとも200億ドルを超えると見込まれる/ブルジュ・ハリファ建設の決定の背景には石油依存の単独経済体制からサービスや観光を含む多様化を目指す政府の決定があると報告された/政府関係者によれば、都市が国際的な認知を得て投資を呼び込むにはブルジュ・ハリファのような計画が必要だと考え
られていた/オーストラリアのメルボルン・ドックランドに計画されたグロロ・タワー560mに匹敵する高さが予定されたが、SOMによって計画の再検討が行われた/2006年までこの計画に加わっていた建築デザイナーであるマーシャル・ストラバラは、2008年にブルジュ・ハリファは808mの高さに設計され直されたと述べた/建設は韓国のサムスン物産が、ベルギー最大の建設会社のベシックス、アラブ首長国連邦の超高層ビルを得意とするアラブテックとジョイントベンチャーを組んで担当した/建造コンクリート強度は80N/平方ミリメートル〈80メガパスカル〉/ビルの設計はアメリカ合衆国のスキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリル 〈SOM〉 が、上海のジンマオタワーなどの設計で有名なアメリカ人建築家のエイドリアン・スミスを主要設計技師、ウィリアム・F・ベーカーを主要構造技師に迎えて行われた/設備はアラブ首長国連邦のETA社、インドのVoltas社、日本の日立プラントテクノロジーが担当している/26,000枚以上のガラス板は、中国香港の遠東環球集団〈中国建築股份有限公司の子会社〉から300人以上の専門家によって据え付けられた/建設契約において、Turner社がプロジェクトの管理を担当した/基礎は鉄筋コンクリート製で、プツマイスター社はこの建設のために超高圧コンクリートポンプ車〈BSA 14000 SHP-D〉を開発した/コンクリートは45000㎥以上、鉄筋を含めると11万t以上の重量となるコンクリートから直径1.5m、長さ43mのパイルが192本造られ、50m以上の深さに埋められた躯体には33万㎥のコンクリートと55000tの鉄筋が使われ、工数は22000万[人・時]にのぼった/基礎に使われたコンクリートは高密度かつ低透過性もので基盤の下には陰極防食法が施され、地下水が含有する腐食性化学物質による悪影響を最小限にしている/2008年5月、プツマイスター製ポンプは地上606mの156階までコンクリートを汲み上げる世界記録を達成した/組み立てには吊り上げ荷重25tのタワークレーン3台が、最上階に至るまで使われた/なお、コンクリートの原料である砂はオーストラリアから輸入したものである/空前の高さを持つビルを支持するため、六角形のコア部が3方向から構成部分によって補強されるY字型形状を持たせた「バットレスト・コア」という新規構造が開発された……この構造によって建物は自ら外側から支え、ねじれを防ぐことを可能とする/外構は142,000㎡にもおよぶ反射ガラスと縦置き管状ファンを備えたアルミニウムおよびステンレス鋼製の窓小間パネルが用いられ、これらはドバイの極端に暑い夏季の気温に耐えられるように設計されている/巨大ビルの質量から来る極度の圧力に耐えられるよう、コンクリートは特別な配合のものが使われ、鉄筋コンクリート構造でよく行われるように、所定の圧力に耐え得ることを確認する検査がバッチ毎に実施された/クリープや収縮の検査はCLT社が担当した
シュタイフ=マルガレーテ・シュタイフ〈Margarete Steiff GmbH〉はドイツの人形メーカーの創業者およびその名を冠した会社/主力製品はテディベアで職人による手作りで作られるため完全に同一のものは存在しない/製品にはボタンとタグが埋め込まれているのが特徴で、アンティーク市場ではボタンおよびタグの有無で価値が変わる/マルガレーテは甥リヒャルト・シュタイフと手足をジョイント式にして自由に動かせる熊のぬいぐるみを制作、ライプツィヒの国際見本市に出品するが反応は悪く、売り込みは失敗する/しかしアメリカ人バイヤーの目に止まり3000体の注文を獲得し、その後改良を重ね表情を現在のものに統一、さらに手触りのよいモヘヤとすることで大ヒット/時の大統領、セオドア・ルーズベルトの愛称にちなんで「テディベア」と呼ばれるようになる
クンストレース=主にドイツ発祥の「棒針〈4~5本針・輪針〉を用いたレース編み」の技法で、中心から放射状に透かし模様を編み広げる繊細な手芸/別名「芸術編み」やクンストシュトリッケンと呼ばれ、主にドイリー〈敷物〉やテーブルクロスなど、円形・多角形のインテリア雑貨として親しまれている
アプフェルショーレ=林檎を使用したドイツで一般的な炭酸飲料/アプフェルショーレは発泡ミネラルウォーターとリンゴジュースを混合して作られる/100%果汁のリンゴジュースよりも低カロリーであり、甘みが少なく飲みやすい/このため夏季に非常に好まれる商品であり、乳幼児からアスリートにまで幅広く人気がある/一般に販売されているアプフェルショーレは100%果汁のリンゴジュースと発泡ミネラルウォーターを配合し、約55~60%のリンゴ果汁入りとなるように製造されている/ドイツ国内で販売されているアプフェルショーレのブランドとしては、リフト〈Lift〉、ゲロルシュタイナー〈Gerolsteiner〉、ビツィル〈Bizzl〉、ローディウス〈Rhodius〉などがある
ビルトン=南部アフリカ諸国〈南アフリカ、ジンバブエ、マラウイ、ナミビア、ボツワナ、ザンビア〉で生まれた乾燥した生肉/牛肉からダチョウやクーズーなどのジビエまで、様々な種類の肉が使用される/また、切り方も色々で、ヒレ肉を筋肉の目に沿って短冊状にカットしたものや、平らな部分を目に沿ってスライスしたものなどがある/南アフリカでの効果的な肉の保存法の必要性は切迫していた……家畜の群れを作るのには時間がかかるが、南アフリカでは狩猟が盛んなためイランドなどのアフリカの大型動物の肉を温暖な気候で保存するために効果的な方法が求められていた/現在のビルトンは、グレート・トレック〈大航海時代〉にケープ植民地から北上しイギリスの支配から逃れて南アフリカの奥地に向かう際、保存性のある食料の備蓄を必要としたフォールトレッカーズが運んだ乾燥肉から発展したものである/酢とスパイスで調理された肉は、冬の間2週間ほど吊るされて自然乾燥された/伝統的にビルトンは、細菌やカビの発生を最小限に抑えることができる寒い冬の時期にのみ作られていたが、レシピによっては、肉を酢〈グレープビネガーが伝統的だがバルサミコ酢やサイダーなどでもよい〉に数時間漬け込み、酢を落とし
てから塩とスパイスで味付けをするものもある/スパイスは肉にたっぷりと振りかけて擦り込み、防腐剤として硝石〈硝酸カリウム〉を加える/南アフリカの精肉店や食料品店でよく見られるビルトンは幅広の短冊状で購入することができ、また細かく刻まれているもの、ビルトンチップスとしてスライスされているものもある
アシーダ=ソルガムやとうもろこしの粉を湯で練り上げた、粘り気と重みのある伝統的な団子状の主食でヨーグルトで発酵させることもあり、酸味とモチモチした食感が特徴/通常は具入りのトマトスープやシチュー〈マーラ〉をかけて手で食べる
フール=スーダンでは朝食に、昼食に、夕食にと食べられており、「国民食」的な料理/乾燥空豆を24時間ほど水に浸して戻し、弱火で煮込む/その際に少量のオリーブオイルを入れて風味を加え、空豆が煮えたら、クミンパウダー、コリアンダーやドライミント、カルダモン、クローブ、ガーリックパウダーなどで味付けを行ってから鍋に潰したニンニクとオリーブオイルを入れて炒め、茹で上がった空豆とスパイスを入れて煮込む/潰したトマトの汁を加え、塩胡椒で味を整える/スーダンでは千切ったパンをフールに浸して食べる
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私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です
https://ncode.syosetu.com/n9580he/





