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「ソランへの手紙」  ……完全無欠の万能神は永遠とも思えるその生涯に、過去に犯した姦淫の“詫び状”を書き続ける罰を自らに科した/許して欲しいと殺して欲しいの気持ちが揺れる時、咎人は燃え尽きて灰になる  作者: 20年・ハード羊羹
[第5章]……“千年世紀守護神”攻略編(パラレル・ワールドはテロリストの血に染まる)

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72.フランキーズ・ナイト 前編


挿絵(By みてみん)




 目まぐるしく移り変わる止め処ない出逢いと別れがまるで鎚のように不純物を叩き出し、人の心を刃金のように鍛えるのだと、誰かが言う。

 捨てられる筈もねえ復讐と言う深い水底のような光の届かない昏い目的に、魂が腐っちまった俺には縁の無い話だ。

 人並みな喜怒哀楽は疾うに色褪せた。

 現に、後悔はしちゃいねえがネメシスと取り引きした俺は、対価に差し出したが故に生涯笑うことが出来ねえ。


 降り注ぐ灰のように、いつしか積もった屈託の澱が心の静寂を邪魔すると言うのなら、そんなものは犬にでも喰わせて仕舞え。

 顔も知らない見ず知らずの奴等が、俺の身勝手と気紛れの為に大勢死んだ。

 為されなかった数え切れぬ悔悟と懺悔が多過ぎて、きっとあの世まで持ち越すんだろう……そもそも菩提を弔う積もりなんざ更々ねえ俺の行き着く先は、地獄と決まったようなもんだが。




挿絵(By みてみん)




 (タリラリラ~~ン、今度は逃さないアルよ)

 (感動の再会でうれション、ちょちょぎれるアルかあ?)


 (……それはそうと(けい)にはちょおおっと文句があるアルねっ!)


 突き抜けるような(しび)れる驚愕とは裏腹に、恐怖の大魔王はその圧倒的な実力に反して切ない程バカっぽかった。殿上人かと見紛(みまが)う奇跡の美貌に、この品の無さ!

 控えめに言って、イカれてる。

 有意(わざ)とかっ? 有意(わざ)となのかっ?



 (ローズマリーの記憶に有った“メロくん”フィギュア入りのサボテン・チョコレート――すっごく不評だったアルよ!)


 その独特な語尾のイントネーションを瞬時に思い出してみれば、空耳でも、焦がれるが(ゆえ)の幻聴でもないのは明白だった。

 本の短い遭遇だったが、あの流れるようなリズミカルな闘技、目にも留まらぬ驚愕の早技とこちらを圧倒する戦闘センスに魅せられて忘れられなくなった。自らを田舎者と揶揄(やゆ)する癖に洗練された動きには一分の隙も無く、ある種の超然とした気品さえ感じさせて余りあった。

 鮮烈な印象がこびり付いて、頭から離れなくなった。兎に角、手も足も出なかった(みじ)めな初戦へのリベンジと、()()()と名乗った他を寄せ付けない強大でミステリアスな相手に、並々ならぬ執着があった。


 (()()()()()とか能く分からないアルが本当にあれ、(けい)が思ってるような価値あるアルか……(だま)されてないアルか?)

 ((けい)の方面連合消費者センターの公開掲示板SNSに、クレームを拡散しようと思たアルよ?)(やめたアルけど)


 混乱と共に思考が途切れ途切れになるが、何を言われているのかに思い至る。

 失敬なっ、とも思うが同時にまた、再び逢えたと言う打ち震えるような喜びを感じていた。擦れ違っていた片思いの恋愛対象と再び巡り逢えた気分だ。

 一方的に恋い焦がれている。

 ……だが、あの息を呑むような遣り取りの最中にこちらの情報を抜き取ったと言うのか……端に押し込めた過去の記憶をすら盗み取れると言うのなら、こちらの情報は丸裸だ。

 兵士、特に特殊部隊に席を置く者に取って情報の機密性は最大の遵守事項にして組織に属する戦士の使命。されば精神的にも物理的にも自爆機構を含めた、幾重にも配された安全装置の数々が(かせ)となっている。それは例えジンガー体であろうと、私が羅生門宗主に最も近い立場であろうと変わらない。

 それらのブロックシステムを全て掻い潜って……いや、止めよう、あの擦れ違うような短い逢着(ほうちゃく)の中、確かにこの女は私の心の秘密を(あば)いてみせた。

 堅牢、複雑精緻な防壁をまるで赤子の悪戯(いたずら)とでも言わんばかりに。



 だと言うのにそれでも……幾多の感応障壁、精神波防御を物ともせず脳内に突如として不意に話し掛けられるのはこれで二度目ではあったが、それが下位現実と切り離された“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”の公式な別離世界でとなれば、心底驚愕以外の何ものでもなかった。

 相手からすれば再開を喜ぶ仲ではないとは言え、行き成りの罵倒は相変わらず意味不明過ぎて理解不能だったが、こっちは最初の邂逅(かいこう)に撤退を余儀無くされて形振(なりふ)り構わず全てを懸けて雪辱戦の準備を整えている最中だった。

 油断も何も、“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”の堅牢な公式セキュリティガードに守られた状況下に侵入して来れる存在が唐突過ぎて、どう対応すべきか、どう回避すべきか、全く状況把握が追い付かない。


 (故郷の星、“華胥(かしょ)”老官台に兄夫婦と、目に入れても痛くない姪の青青(せいせい)を残してきてるアル……ルーレットの目みたいに出たとこ勝負だったけど、行き着いた先々の土地で物珍しいものがあると買って送てたアルな)

 (……う~んと、“アリラト”だとマルジャーナに教えて貰たハーレム御用達(ごようたし)のビスミラ宝飾店で選んだアル)


 謎に包まれた異邦の戦女神(いくさめがみ)に肉親が居たなどと今告げられても、こちらはパニックに拍車が掛かるだけだ……何処だ、近くまで接近しているのか!


 (お店で一番強力な守護の幻魔神(ジンマ)が封じ込められたって(あかつき)サファイヤに“支援”の加護スキルの粒ダイヤを(あしら)った髪留めバレッタとか……あぁ、これはね、意匠も凝ってて丁度辮髪(べんぱつ)にも似合うデザインのものだたアルし、他にも一品物の耐魔用護符ペンダントなんかを色々と見繕(みつくろ)って送たアル)


 なんだ、その()()()()とは?

 姿は見えぬが話し振りの内容からすれば、一敗地にまみれた苦渋の記憶も新しい異邦の者は、少なくとも命令のあった攻略地“アリラト”の出自ではなさそうなのは分かったが……脈絡無く自分語りを始める特徴的な不遜さは確かに、一度相まみえれば忘れ得よう筈もない、鮮烈に(きら)めくが如き他者の魂を惹き付ける美神のものに違いなかった。

 そう、一度でも相まみえれば間違いようもない、(つや)めいた黒眼黒髪の奇跡的な美貌を誇り、強烈な印象で他を圧倒する稀有(けう)な女兵士のものに違いなかった。


 その瞳は星々が輝く真夜中に見上げた漆黒の夜空のようであり、形の良い唇は女神も羨む瑞々(みずみず)しい桃色に濡れており、化粧で補っている訳ではないのに長くしっかりと縁取る睫毛(まつげ)は目許をくっきりと浮き立たせている……それは、もう何度も反芻(はんすう)したヴィジュアルで、剰りにも思い出し続けたが(ゆえ)にこの女に恋をしてるのではないかと勘違いする程だった。



 ――緊急案件だったパラレル・ワールド広域手配、“ソランの共和国リパブリック・オブ・ソラン”の構成メンバーと目される独立行動の単独犯、()()()とやらに再び急襲されたのは、あろうことか装備再構築の為に特別に滞在を許された“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”の出先機関のひとつたる“ミレニアム公式”ハグマターナ調整ブランチだった。

 正可(まさか)ここに侵入してくるとは……いや、いや、いや、常識の範疇(はんちゅう)で判断出来る相手ではなかった。


 だが、聞き捨てならん! 


 「“メロくん”フィギュアの何が悪い……可愛いじゃないかっ!」

 意味不明は意味不明だが、“メロくん”キャラクターを悪しざまに言われては黙ってはいられない……しかし、態々(わざわざ)最果てのロークリフトまで買いに行ったのか?

 親しき者に訪れた土地々々の土産(みやげ)を配るのは、分からぬでもないが……あそこは目星(めぼし)い観光地も無い(ただ)の田舎だぞ。しかもサボテン・チョコレート自体、もう一度食べたいかと言うと微妙な味だった。

 けれど確かに自分的にはあの“メロくん”フィギュアに(いや)されていたのは、間違いない……愛していると言っても過言では無い。


 (気持ち悪いって、青青(せいせい)に言われたアルよっ!)


 ?????、なっ、なっ、なっ、なんだとおおおおおおおおぉっ!

 あの可愛いご当地キャラの“メロくん”を、キッモいとか気色悪いとか、どう言う感性なんだ……確かにカメレオンの眼はギョロっとして独特だが、その不細工さがまた好いんじゃないか?

 例え微妙な味のサボテン・チョコレートのおまけだったとしてもだ。キモカワグッズ路線が最近の流行(はや)りと知らんのか!



 思いもしなかった難癖に瞬間湯沸かし器のように激昂した時、それは始まった。

 揺れる筈もない改造調整ブランチの中心施設全体が揺れている。


 複雑なコンソールに囲まれた巨大な調整ポッドの外側で、自分の能力アップと新たな刻印マジックの組み込みに(たずさ)わっていた上位機関に属する大勢の整備学研究者や技術スタッフ達が慌てふためき出すのが垣間見えた。後付けだろう多彩なケーブルが垂れ下がって視界を防げるが、そのジャングルの(つた)ような障害の本の少しの隙間から、彼等の動向が(うかが)える。


 (羅生門副尉、誰と話して……)

 こちらの異常に気付いた“ミレニアム公式”強化プロジェクトの責任者が脳内独立インターカムで詰問してくるが、すぐにチャネルは切断された。


 “千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”の適性改造の為の高次施設に足を踏み入れたのはこれで三度目だったが、本格的な再調整を受けるのは初めてだった。大きな球体ポッドの四方八方から伸びた太くて異形な何本もの多関節アームに掴まれて、宙に浮いた状態で身動き出来ないまま既に4日が経過していた。

 何十本と言う大小のプローブやニードルが刺さったままだし、それに倍する非接触型の焦点端末が固定されたままだ。

 ロイド・ジンガーボディの改造申請はもっと難渋を極めるとの覚悟と裏腹に、至極あっさりと許可が降りたばかりか、統治母体“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”自らが乗り出して来ようとは……逆に招聘(しょうへい)された事実にそれだけ今回の大規模テロ行動の首謀者、ソランの一統は危険視されているのだと、改めて思い知らされた。



 静かに何かが消えていく気配が、其処彼処(そこかしこ)で同時に巻き起こる……(わず)かに伝わって来る独特の癖のある振動は、兵器化された静的反物質対消滅のアポカリプス・サイクロンに能く似ている。

 到底信じ難いが、外界と隔絶されている筈の“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”の調整ブランチが無差別攻撃を受けている。

 レベルステージ、マイナスレイヤーの異層ゾーンは理論上、何ものの干渉も影響も受け付けない不可侵領域……当然ながら下界からの物理破壊攻撃は不可能とされている。無限大に引き延ばされた時空間に重なるようにして同時存在するもうひとつの世界、エレメンタル・シャドウは一種の精霊結界……敵対的な異物が(まぎ)れ込むこと自体が有り得ない。

 だと言うのに、有史以来事実上の難攻不落を誇った“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”のゾーンが侵食されている。有り得ないと、常識が理解を拒んでいる。


 (今回は失敗出来ないから、プラネット級のモビル・エクステンディッド、汎用ヒト型搭乗兵器“ナイトメア・ゴーレム”を持ってきたアル……華陽(かよう)達を(ただ)の向こう見ずな破落戸(ごろつき)だと思わない方がいいアル、“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”攻略の第一歩として尖兵を仰せつかってるアルから、まだ知らない格上の相手に下手(へた)は打てないネ)

 (ちょっとした小惑星大の天体級機動兵器の建造には、如何なベナレスの複合亜空間ファクトリーの中枢たる超絶製造部を以ってしてもチョー時間が掛かたアル、主に圧縮強化したデントレス・ベッセンベニカの精錬と射出整形、鍛造練成に依る硬化過程が難航してようやっとのお披露目(ひろめ)アルな)


 天体大のヒト型機動兵器だと!


 (訪問着にしてはこの上もなく無骨なドレスで申し訳ないアルけど、マナーを知らない田舎者と勘弁して欲しいアル)

 (代わりと言ってはなんだけど、優雅な裳裾捌(もすそさば)きを披露するアルな)


 姿形も目にしていないから不図(とんだ)眉唾ブラフかもしれないが、そんな途方もない質量を夫成(それなり)の速度で動かすには関節駆動部の制御に特殊な技術が要る。

 そんなもの、“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”の門外不出の高次レベルテクノロジー以外に存在していること自体が信じられない。

 そもそも、本気の本気で“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”と敵対する気なのか!


 (天才エルピスの計算はいつも正しいアル……()の天才はヘドロック・セルダンのクローン達が創出したオー・パーツの総てを再現することが出来る、新しい殲滅兵器、ギゲル・シャワーは別名“賢者の臓腑(はらわた)”の作動原理を応用してるアル)

 (謙虚な天才の計算通り、“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”のマイナスレイヤー世界にも活塞(ピストン)化されたギゲル・シャワーは通った……身を以って味わって欲しいアル)


 言ってることの半分も理解出来ないが、こちらが態勢を整える前にここに乗り込んでくるなんて、なんて大胆不敵で素早過ぎる行動力だ!

 大体こちらの居場所をどうやって特定した?


 (あっはぁん、ロイド・ジンガー体は極々微弱かもしれないが、軍需個体を特定するIDシグナルを発してるアルな、一度捕捉すれば探知は容易アルよ)


 このエレメンタル・シャドウ空間に思念が通ることも脅威だが、こちらの思考がこの地にあっても駄々漏れの筒抜けだ。

 だが腐っても“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”の一端末、既に時を待たずして迎撃機構の防戦が始まってる筈なのだが………


 (抜かりないアルな、初撃はパッシブ・インターセプターの司令中枢、二百七十四箇所全てにポインティングしてからの同時攻撃アル)

 (少なくとも幾多の星系に(またが)るように冗長的に……だけど複雑精緻に広がった此処(ここ)のブランチの反撃手段は、先んじて封じたアルよ)


 未知の侵略者、“ソランの共和国リパブリック・オブ・ソラン”恐るべし!

 退避するにしても逃げ切れるのだろうか? 初コンタクトの際に辛くも窮地を脱出出来たのも、運良く能力の解放が間に合ったからに過ぎなかった。

 そう何度も幸運に頼るには、この相手はシビア過ぎる。


 (まだ第一報が届いてないようアルから教えておくネ、子宮世界(ウテルス・サイト)“アリラト”は既に隠されたアル……もう(けい)らに見付けることは叶わないアルな)

 (最初の目的は達成したアルが、仕留め損った(けい)をこのままには捨て置けないとのネメシス王母の仰せで、華陽(かよう)()()()()殲滅を言い使ってる)


 ()()()()、と言う口振りが気になった。


 (ピンポ~ン、アルな……別働隊のビッグME、“ゴーレム・イプシロン”がエストギア方面連合刑事機構、特務軍司令中枢作戦本部のある総督府を急襲している)

 (ロイド・ジンガー体の連合理事会的役割を果たす“族人会クラブ”、有力な宗家の施設基盤や宗門の研究機関と、総督府の周囲はエストギアの多次元刑事警察機構団体の下部関連組織の(ほとん)どが蝟集(いしゅう)しているアル……戦争の手始めにまずは其処(そこ)を潰すことになったアルな、世界征服の第一歩アルよ)


 冗談だよな、冗談だと言って呉れ、()()()()なんて頭の悪いワードは記憶にある限りここ半世紀は聞いてない……本気かっ?、本気なのか?


 (幾ら世界が悲しみに満ちていようとも、憎しみに満ち々々た(わず)か一人の復讐者の行く手を(はば)むことさえ出来ないアル、これから先、“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”が大きな障害になるのなら取り除くまで)


 大言壮語、身の程知らずも(はなは)だしい!

 少しでも接点のある関係者なら知っている。知れば知る程、“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”の底知れぬ技術力は神の御技(みわざ)としか思えなくなる。

 その卓越したテクノロジーはパラレル・ワールドのバランスを調整する為に敢えて秘匿(ひとく)されていて、その真髄が下位文明に漏洩(ろうえい)することは決してない。

 それは訓練により冷静に判断可能になった自分達には無縁の正常性バイアスとやらなどではない、誰もが知る確定された事実だ!


 (少なくとも“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”が独占するアカーシャ・テクノロジーと呼ばれるもののひとつは、フランキーが奪い、それを(あるじ)(かす)め取ったアル)


 ……確定された事実だった筈だ、つい先程までは。

 有り得ないが、確証バイアスに捉われているのは私の方か?


 そうだった……思いもしなかった待ち伏せにこの者等の迅速、素早さの一端に触れたからこそ遭遇時の記録を全公開し、帰投を待たずにバルクラーレ・サンダース准将に今後の任務変更を願い出た……例え兵士としての責務を逸脱しようとも、羅生門の矜恃(きょうじ)に懸けてファースト・コンタクトの返礼をする。

 そうと決めた筈だったのに、この者等が超えねばならぬ相手方の強大さを知れば知る程、例え敵方の技術を強奪してでも己れ等を武装する……そう言った、合理性とは名ばかりの到底理に(かな)ったとは言い難い無茶苦茶な遣り方だって必要ならば選択する、そんな非常識な連中だって容易に想像が付いた筈だったのに。


 (この巨大なナイトメア機にはパラレル・ワールド巡航用に特急で建造した奇襲揚陸艦“破壊神ダンシング・マンタ”に搭載された轟天(ごうてん)モード三式、“分身”が組み込まれているアル……その威力、是非その眼で確かめて欲しいものアルが)

 (……華陽(かよう)のゴーレム・デルタ機と同型のイプシロン機にも当然同じ轟天(ごうてん)機能があるネ、けどパイロットが違うアル、ビヨンド教官は華陽(かよう)と違って遥かに苛烈で謂わば無慈悲の権化……善良で気高きを(しい)し、幼きを奪い、貧しきを奪い、不幸せなる者の命を奪うのに一瞬の躊躇(ためら)いもなく非情に徹する、法則性などまるで無視をして情け容赦なく殲滅するアルよ、おそらく総督府は影も形も無くなるネ)


 なんの冗談だ、無上の高次組織“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”には(いちじる)しく劣るかも知れぬが、パラレル・ワールド合同文化圏でも上位50席には名を連ねるエストギア連合の防衛中枢だぞ……おいそれと抜かれる筈がない!


 (67192の軍事基地、48875の情報統括施設、重力子反転魔砲を擁するおよそ4330万隻の次元移動艦隊と共に誰一人として、生き残れないアル)

 (人っ子一人どころか、蚯蚓(みみず)の一匹、羽虫や水蚤(みじんこ)、アメーバの(たぐ)いまで何ひとつ残らず真っさらに消滅するアルな)




挿絵(By みてみん)




 忘れ去られたその惑星の名は、“バースディ・プレゼント”と言った。

 遠い昔の話で、今は誰も覚えていない。

 地表の多くを、永久凍土に(おお)われた凍てついた星だ。

 大気はヘリウムやメタンが主成分で、とても有機質生命体が生きて行ける環境じゃないし、比重の重い岩盤の上には固体化して金属のようになった様々なガスが(おお)っていて、液体水素がその上を流動している。

 実際に何某(なにがし)かのアプローチが無ければ、如何に異質なものであろうとも生命の起源が起こり得よう筈もない……貴重な元素や鉱石がある訳でもないので惑星開発からも除外された。


 元々は流刑の為の星だったと言われている。

 昔々は流刑者の為の幾つかの施設があったのだが、()うに朽ちて仕舞った。

 地上に係留された浮遊監獄と生命維持プラントはいつしか機能を失って地上に墜ちたが、生存者が(わず)かでも生き残ったのは奇跡を通り越して何かの間違いだった。

 生き残りがこの地の環境に適合する為に進化したのも、偶然と言うよりはもしかすると必然だったのかもしれない……悪環境に強く、酸素が無ければ少ないながら無理矢理体内で生成した酸素でエネルギーを燃焼させる。

 そう言った熱還元が最高効率で循環されるコスト・パフォーマンスを、(しのぎ)を削るサバイバルの果てに得た。無論その無慈悲な淘汰(とうた)の過程で、少なかった個体は更に少なくなった。


 今も、遠い祖先に流刑で追放されてきた罪人達の末裔(まつえい)が、細々と地下に街を築いて住んでいるのだが、自給自足は中々に厳しい現実だ。

 何処からが気体で何処からが液体なのか判別も付かず、超低温の物凄いブリザードが吹き荒れる地表で、巨大種のジャイアント・スノータイガーや金剛石のように硬い体毛のタイタン級マンモスを求めて狩りをする。

 ……だがそれ等は通常の有機質生物ですらない、この星で物理的に存在し続ける為には吃驚(びっくり)する程頑健な代謝が必要だった。

 嘗て流刑者と一緒に運ばれた家畜や愛玩動物が、気の遠くなるような時を経て適応した最悪の外気環境に取り残された流刑者達の子孫と同じように、淘汰(とうた)され、変容し、そしてバタバタと死んで仕舞うが(ゆえ)に喜怒哀楽など1mmも入る余地の無い過酷な現実の中で、生き残れるものだけが生き残った。

 個体数こそ少ないが、それは差乍(さなが)ら巨大種の魔獣だった。


 巨大な惑星で、比重の重い放射性鉱物と毒性の高いガスで構成された環境は、重力が大きいばかりでなく偶然にも高い耐性進化を促した。

 大きな重力に逆らう身体能力を得、絶対零度に近い大気中にビクともしない皮膚と呼吸器を取得している。そして筋肉に(よろ)われた肉体は、この星の大きさに見合うように、長い年月を掛けて次第に巨大化した。

 細胞のひとつひとつですら強靭さが桁違いだった……最早、元のマテリアルとは似ても似つかない全くの別物になっている。筋力、五感、反射速度に瞬発力と言った身体能力、体力・持久力、回復力、免疫力や自然治癒力などのフィジカル面が尋常ではなく天元突破している。

 生命体の持つ想念が、時として魔素を生み出すことがある。そして進化の必然性から、(やが)て霊長種族が魔力を行使するようになる。だが通常の霊長類の生活環境とは全く違う殺伐とした、遊び感覚などこれっぽっちも挿し挟まる余地も無いシビアな世界では、結界術も、攻撃魔法も、物理法則を書き換える事象改変魔術も文化的な社会生活を営む人類とは掛け離れたレベルだ……別物と言ってもいいだろう。


 だが忘れ去られた星系の忘れ去られた世界は今、異世界から襲来した征服者達に因って蹂躙され尽くそうとしていた。

 巨大な超人種も跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する小山の如き魔獣達も、まるで羽虫のように(ことごと)く握り潰されていく。腹を空かせた征服者達が枯渇するエネルギーを補填するように生命力を吸い尽くす様はエナジードレインと言うよりは逆に、まるで獰猛な肉食獣の貪欲な捕食行為に似ていた。



 (ここの生命体の知力は退化して仕舞って、意味のある記憶が真個(まったく)と言っていい程皆無なのが頂けないが、星の名が“誕生日の贈り物”とは意味不明過ぎるのお)


 (須跋陀(スッバダ)のじじい、俺たちゃあてめえの能書きを聞く為に徒党を組んだ訳じゃねえぜ、てめえの軍師としての能力を当てにしてるんだ)

 (いい加減、勝ち筋を示さねえとシバき倒すぞ、ごらあぁっ!)


 (焦るでない、毘首羯摩天(ヴィシュヴァカルマン)

 (細工は流々仕上げを御覧(ごろう)じろじゃ)


 ヴィシュヴァカルマンと呼ばれたフランキーを構成する大幻魔神が一柱は、嘗て天地を創造した程の工匠神として(おそ)れられ、あらゆる方向に眼、顔、手、足、口を持つと言う異形のもの(ゆえ)、肉声を放てば響き渡る声音(こわね)で山をも突き崩すと言った並外れた力があった。

 魔王覇気とも言うべきオーラを(まと)い無数の手足を間断なく動かして、この星の液体水素の海と高圧ガスを弾き飛ばす結界を創り出していた。

 “泣き虫シムシム”を失ったが為に、瓦解し、分裂した“フランキー”の至高の盗賊神……9999の大幻魔神達は、その成り立ち(ゆえ)に様々な派閥を抱えていた。

 人知を超えた真理に到達してはいても、己れの技前(わざまえ)こそ他を(しの)ぐと言う自負心の塊りで大幻魔神達は出来ている。とてもじゃないが求心的役割たる枢要(すうよう)の“泣き虫シムシム”を失っては、徒党を維持出来ない。

 比較的穏健派の“灰色の嘆きと受難の神々”派閥は1000以上の大幻魔神を(よう)する大派閥で、事実上の主流派……ヴィシュヴァカルマンは、そんな筆頭派閥たる“灰色の嘆きと受難の神々”の次席の座にあった。

 聡明多智で五神通を得ていると言うスッバダは、同じ軍門の参謀役である。


 5000年振りに聖杯であるクラテールから解放されて、5000年振りに外の世界を堪能すると同時に(かなめ)である“泣き虫シムシム”の支配が弱まり、正に風前の灯火となったが為に溜めに溜め込まれた濃密な精霊力が奔流となって溢れ出す。

 自分達でも制御出来ない密集暴走が止められず、多くの世界、多くの次元を一瞬で駆け抜け、次元の条理をズタズタに引き裂き灼き尽くす。

 だが腐っても9999の突出した大幻魔神とそれを統合する代理人格、“泣き虫シムシム”は崇高なる盗賊神……多次元世界の神秘と真理と叡智、神の聡慧(そうけい)穎悟(えいご)に手を掛け、そして盗んだ。


 (にしても、あのソランと言う男、(あなど)れぬわ)

 (得体の知れぬ“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”とやらも手強(てごわ)そうじゃが、パラレル・ワールドとやらの真理の秘匿(ひとく)は出し抜けぬ程の堅牢さではなかった、比べてあの男は我等が上米を一瞬で(かす)め取りおった)


 神速で駆け抜けたランダム次元転移に影に隠れるが如く、全くの等速で付き従った技量をヴィシュヴァカルマンは(おそ)れた。

 後から気付いてみればどう遣ったのかはまるで分からなかったが、それはそれは見事な隠行術式であったからだ。


 (流石(さすが)に、あの用心深いシィエラザードを出し抜くだけはある)


 力尽きて最後の気力を振り絞るように過疎な世界の、見捨てられた星系の見捨てられた惑星に軟着陸した。

 直前まで追って来ていたシィエラザードを振り切ってのことだった。

 不思議なことに“他次元ジャンプの法則の真実”とやらを盗み出す必然性も義理も無かったのだが、何故か奪取が最優先になっていた。

 自我を失って暴走する“泣き虫シムシム”に何等かの干渉があったのではないかとケイローンは推論した。

 今は(たもと)を別って仕舞った半人半馬の超絶賢者ケイローンに、ヴィシュヴァカルマンは思いを()せた。同じ姿のケンタウロス族とは明らかに出自を異にする天才は、別の派閥を形成してはいたが、ヴィシュヴァカルマンとは妙に馬が合ったのだ。

 幻魔の大賢者ケイローンの見立てでは、“泣き虫シムシム”が暴走する原因の一端になったマルジャーナの魂の取り込みに何か仕込まれていたのではないか……巧妙に隠された罠、取り込みと同時に識閾下(しきいきか)を支配する呪詛のようなものが含まれていたのではないか、とのことだった。

 誰が、との疑問には()()()()()()()()以外には考えられないともケイローンは解き明かして見せた。


 息も絶え々々に精霊力を使い果たしてこの星に不時着した時には既に“泣き虫シムシム”の意識は無く、墜落するように突入すると同時に眠りに付いていた。

 回復の見込みは無い。

 元々が一騎当千が神話級の強者が9999も(つど)っているのだ。統率など、最初から執れる筈もない。皆の想念が生み出した代理人格、“泣き虫シムシム”有ってこそのフランキーだった。

 残念ながら今の状態の“泣き虫シムシム”では、フランキーを維持し続けるのは無理と言うものであろう……瓦解(がかい)は必然であった。

 分裂した9999の大幻魔の盗賊神達は嘗ての派閥で徒党を組み、この偉大なる至高の勢力のイニシアティブを()らんと群雄割拠する対立も一触即発だった。

 今は遺体のように横たわる“泣き虫シムシム”の巨大な抜け殻は、すっかり魂の輝きも失って応答は無く、この星の液体水素の海に沈んでいた。


 最早一刻の猶予も無く、仲間割れしてる場合ではないと言うにヴィシュヴァカルマン達には現状を収拾する方法が無い。

 いずれは“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”とやらの追求の手も伸びよう……気配を絶って逃走経路を消しながらの転移方法に転じた時、可能な限り痕跡を残さぬよう細心の工夫はしたが、何しろ並行異世界を渡っていくのは如何なフランキーとて初めての試みであれば、何処に遺漏(いろう)が有るかは分からない。

 垣間見ただけではあったが、“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”の底の深さには計り知れぬ不気味さがあった。その脅威は決して軽視すべきものではないが、しかしながら最も警戒すべきなのが()()()()()()()だと大概の大幻魔盗賊神達は考えていた。


 (それぞれが不滅で不死の能力を得ている大幻魔が神達を()べるのは容易じゃねえ……だが、それ以上に一杯喰わされた()()()に雪辱する方策が思い付かぬ)

 (須跋陀(スッバダ)、てめえはこの先を考えてるか?)


 (……当然であろう……上策であるかどうかは別じゃが)


 (頼りねえ話だな……)


 (9999の不死幻魔神の再統合が成功すれば、第二の“泣き虫シムシム”を創出することが可能……じゃが、その為にはシィエラザードの協力が必要不可欠じゃ)


 (またあの女の風下に()くのは気が進まねえな……)


 (それに付いては考えがある、こちらが疲弊したのと同じように、死力を尽くして闘ったシィエラザードも嘗て無い迄に疲弊している筈……今があの女を支配下に置く好機には違いない)


 (雲を掴むような話だ……だが今は目先の問題を片付けなけりゃあならねえ、俺が言うのもなんだがケイローンとケイローンが率いた一党は難敵だ、だが未だ謎の多い“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”と魔神王ソランの両方を相手に回すとなれば、是が非でも超絶絶対神……森羅万象の宿運をも(しりぞ)けるフランキーの力が要る)

 (逸早(いちはや)くそう結論付けたのはケイローンの方だったが、奴の派閥は道徳進化論を(とな)える“性善説派”が大多数を占めてる……俺達とじゃ反りが合わねえ)


 (互いの主義主張を譲らず争うなぞ滑稽もいいところじゃが、だからこそ()るか()るかの大博打(おおばくち)が効いてくると言うことよ)


 (なんだ、その謎掛けみてえのは……てめえが敵の陣営に創設起源神パラディオンを間者として送り込んだ迄は知れている、その目的と次の一手を吐け)


 (相手方には深淵の結界神、ディヤウシュ・ピトリがおる、此奴(こやつ)の暗黒透徹魔眼を(あざむ)くには幾多の儀式術式を重ね掛けせねばならなかったが、今のところ悟られてはおらぬと信じたいものじゃ……)


 (だ・か・ら、勿体振(もったいぶ)るんじゃねえよっ、送り込んだパラディオンにどんな仕掛けがあるのか分かるように説明しろっつってんだろうが!)


 (……パラディオンにはその昔、(わし)との密約を結ばざるを得ない大きな縮尻(しくじり)が有ってのお、フランキーの牢獄に囚われる前の話じゃが、このことはシィエラザードも(あずか)り知らぬこと)

 (彼奴(きゃつ)には誰にも明かしたことのない秘術中の秘術、大いなる久遠(くおん)級聖約がある、万象反転術式“鏡映変換(エウクレイデス)”にはフランキーの大幻魔神達ですら(あらが)えぬ晦冥(かいめい)の純粋力がある……価値観の反転ですら可能じゃ)


 (……もしそれが真実なら、確かに懸けてみる価値はあるかもな)


 (機は熟しておる、決行は天文時計(アストラリウム)で340マナ・ポンド………)

 (……シィエラザードには一歩譲るやもしれぬが、(わし)彼奴(きゃつ)も悪魔のような狡猾さに掛けては(ひい)でておる、他の大幻魔神等を出し抜ける筈じゃ)



 水素分子とヘリウムの対流圏界面で交わされる会話は崇敬(すうけい)とは真反対の下賤な策略に関するものではあったが、その遣り取りは全ての人間的思考を有する知的生命体に取っては精神破壊を引き起こす異質で強力な思念であった。

 しかも、見ることが叶ったとすれば、その姿は魔物、怪物、怨霊が裸足で逃げ出す程に異形で不気味であったろう……であってみれば、観測するのが難しいこの環境は彼等(彼等と言う表現が相応(ふさわ)しいかどうかも疑問だが)に関心が有ろうと無かろうと、関わろうとする存在には(むし)ろ望ましいとさえ言える。




挿絵(By みてみん)




 「大概の場合悲しんだり嘆いたり、憐れんだりしてる間に、人はあっという間に死んじまう……だが、俺の人生を滅茶々々にした裏切り者を心の底から憎んだり、思い通りにならない運命を呪ったり、復讐と言う目的を果たせず(いきどお)り続ける限り、俺は何処迄でも生きていける……」


 そんなことを問わず語りにあの人が言っていたのを思い出す。

 “泣き虫シムシム”に同化して仕舞った今となっては、様々な叡智や人が知り得ようもない至高の真理に到達した者だけに許される神の如き造詣(ぞうけい)を共有している。

 思考は物凄い速さで巡るばかりか、5000年の間に生きて死んだ過去の様々なマルジャーナ達の記憶が全て(よみがえ)ってきて、魂が悲鳴を上げ続けている。

 膨大な回想や追憶の奔流がフラッシュバックのように次々と明滅する暴力に心はズタズタに引き裂かれ精神崩壊一歩手前なのに、何故だろう、あの人の言葉だけが心に響く……現実に留まれ、正気を保てと励ますように。


 「触れる者皆息絶えるって程見境無しじゃねえにしろ、己れの強さを誇示したいが為に競い合うなぞ(あき)れ返った愚かさだと我ながら思うぜ、だが必要不必要に(かか)わらず力で奪わんが為に面倒な禁忌は全て捨てた」

 「人を初めて殺したときの嫌悪感や(おぞ)ましさの記憶は薄れたし、もう相手が誰だったかも覚えちゃいない……以来何億と命を奪い続けて、仕舞いにゃあ数えるのも覚えておくのも面倒なのでやめた」


 自分を(あざけ)るようなことを言って、顔を(ゆが)めることの多かったあの人……ネメシス様との盟約で笑うことが永遠に出来ない。

 リニア駆動のトリートメント・ドックで副作用の危険な鎮静剤を注入され続けていた時ならいざ知らず、通常は魔王覇気を抑えていない時のあの人の顔は精神に変調を起こすので正視は不可能、ラボのメンバー……生命維持プラントの皆さんがフィルター仕様の防護眼鏡を貸してくれて辛うじて対面が叶う。


 「裏切り者の屑を追い求めて3000里……いつの間にか、俺自身が屑以下の屑になっちまった、元居た世界に還り着きたくて(もが)き続けた挙げ句、俺は強くなり過ぎた……普通の人間なんざ、国ごと、星ごと、世界ごと一瞬でマッチ棒のように燃やし尽くせる程に」

 「狂って踊らされるか、狂って踊らせるかなら後者を選ぶ……俺達ゃあそう言った(たぐ)いの悪の権化、決して善人の(がわ)に立つことはない」


 望む望まぬとに(かか)わらず、半ば強引に“泣き虫シムシム”へと取り込まれるのは決まっていたことだった。そう命じられている訳ではなかったが、“泣き虫シムシム”が違和感を抱かないように誘導する隠された因果術が、吸収されると同時に発動する罠として自分に仕込まれていた……自分には知らされないまま。

 広大無辺な知見と情報量が定着するに従って、ひとつ、またひとつと思慮のステージが上がってみれば、策謀の裏側と起きている事象の真実が見えるようになったが、身動き出来ない“泣き虫シムシム”の中に閉じ込められている状態では絵に描いたように今更だ。

 狂って仕舞った“泣き虫シムシム”は、暴走仕出した後は幾ら呼び掛けようと真面(まとも)な反応は返って来なかった。やがて眠るように希薄になって仕舞った思念は、今は朝日の前の亡者のように弱々しくも(はかな)いものだった。

 だが宿主の意識が失われると同時に、こちらも進退(きわ)まった……積極的に生きる渇望がある訳ではないが、不自由な状態は不安を(つの)らせる。

 名も知れぬ星の液状化した水素の海に突っ込む頃には、完全に同化して溶けて仕舞った真っ黒く広大な“泣き虫シムシム”の精神世界の檻に囚われて、にっちもさっちも行かなくなっていた。

 つまり自分は見捨てられた使い捨ての駒だったのだろうか?

 愚かで不仕鱈(ふしだら)だった自分の利用価値など、そのぐらいしかないと?


 ……いや違う、あの人のシナリオ強制力がここで終わる筈はない。



 「生きて苦しむのも、そんなに居心地の悪いもんじゃないぜ?」

 「……現に俺はな、復讐を遂げる強さを手に入れる為に世界中を旅しても、見知らぬ異世界に跳ばされて宇宙を駆け巡っても、パラレル・ワールドを彷徨(さまよ)う苦難の流浪ですら、意趣返しの為と思えば余裕で耐えられる」


 そうだった……壮大な迷走を繰り返すあの方に取って、このような身動き出来ない状況など屹度(きっと)屁でもないのかも知れない。

 明瞭な上策と、不撓不屈の我武者(がむしゃ)らさなら、屹度(きっと)あの方は後者を選ぶ。

 私はここで何が出来るのか、能く々々考えてみよう……僥倖(ぎょうこう)にも全能にすら近い見識が、何も知らない閨室(けいしつ)の奴隷妃だった自分に宿りつつある。




 (マルジャーナ、何処だっ!)


 創世神話の啓示のように、その思念は(ひらめ)いた。

 間違いようの無い、強烈に傍若無人なこの意志を覚えている。

 破滅の鬼神、忘れもしないシンディ様の思念だ。




挿絵(By みてみん)




 削れて仕舞った海岸線は、未だに見るも無残な有様だ。

 積み上げられた腐った畳は打ち上げられたものだろう……神社仏閣も多かった筈だが、この辺は観光地だったので旅館やホテルから流されたものかもしれない。


 農家の畑で使用するものだろうか、黒いビニールシートの残骸がひとつだけポツンと取り残された商店街の街灯に引っ掛かって(はた)めく様が、物悲しい。

 偶々(たまたま)なのか、電信柱も建物も全て押し流されて仕舞った街並みで、地殻変動で隆起した地盤表面に奇跡的に立ち続けたそれは、私には何かの象徴のように思えた。


 ……海に面している割には宮城県は比較的被害が少なかったと聞いてはいるが、ここ日本三景のひとつだった“松島”が今では松どころか島影さえ残っていない。


 東北大地震の津波をも防いだとされる独特の地形が跡形もなく崩れ去り、人々が生活していた残滓が塵埃屑(じんあいくず)となって海面をびっしりと覆っている。

 これでは松の実を求めて渡って来る交喙(いすか)とやら言う希少な渡り鳥も寄り付かないだろう……松島が実家だと言う庶務課の娘から故郷の土産だと、“黄粉(きなこ)サンド”と言うダクワーズと卵糖(カステラ)で有名らしい地元の菓子舗の贈答品を貰ったことがある。


 「地元でも人気のお菓子なんですよ、美由紀(みゆき)さんにも是非食べて欲しくって」

 そう言って、屈託無く笑っていた彼女の顔を思い出す。


 菓子折を包んだ風呂敷の柄から、松の実と渡り鳥の話になった。

 東京の大学に進学し、そのまま就職した彼女の親族の多くは確かここ松島にいた筈だ。おそらく彼女の家族はもう居ないのだと思ったら、空覚(うろおぼ)えだった渡り鳥の名を急に思い出した。



 NPO法人“ネメシス”グループの下部団体である災害支援部隊“パイエオン”は、傘下の医療班チームも専門家チームも対外的には自衛隊OBなどを中心としたボランティアで構成されている……との名目になっているし、実際査察を避けるよう巧妙に捏造(ねつぞう)した方法で公表もされている。

 だがその実態は、それぞれの分野でのスペシャリストをスカウトして来た世界有数の組織で、国際救助隊にも匹敵する実力を有している。

 現にユンボやブルドーザー、クレーンと言った重機資格取り立てのペーペーだった頃の私が師事したインストラクターは、ここの所属だった。

 建機オペレーターのプロ中のプロである。


 だが、今私達が相対(あいたい)しなければならない地獄の猛威の爪痕は人類が初めて経験するこの世の終わりが(もたら)したものだ……何しろ地球の人口の3分の1以上が失われたとされる謎の多過ぎる大災害に、誰もが打ち(ひし)がれて途方に暮れていた。

 寧ろ復興支援の以前に暴徒の鎮圧に右往左往する日々だったが、いざ地方の被災地に現地入りしようとしてもそもそも寸断された道路に大型重機の搬入は困難を極めた。グループに秘蔵された何台かの大型ヘリでも、運べたのは精々小型のパワーショベル……被災者救助の初動では医薬品や食糧の投下を行なったが、次の段階としては支援物資のピストン輸送の為に流通路の確保は必須だった。

 大型重機を運び込めなければ、(すみ)やかな物流ルートの復旧は難しい。



 国土ごと消滅して仕舞ったアメリカやヨーロッパの国々に比べれば増しなのかもしれないが、狭い国土に住民が密集していた島国への打撃は、思った以上に深刻なものがあった。一瞬にして奪われた人々の命、生活、日常、未来……そして、失われて初めて気付く安寧(あんねい)な暮らしと営みの価値とその重さ……有って当たり前だと思っているうちは誰も気が付きはしない、()()()()の大切さ。

 失って初めて分かる平和な日常の有り難みを斟酌(しんしゃく)する余裕も無いままに、人々は飢えて、病んで、衰弱して、死んで行った。


 昨年に完成した傘下組織34団体の本部を集約した防爆構造の超高機能インテリジェント・ビル、港区麻布台にある“ネメシス・タワー”は地上階こそ40階と目立たないが、有事の際の機動設備を密かに地下88階層にまで築いた。

 しかも東京の地下には地下鉄を初め様々なインフラが埋設されており、これを迂回する為に当初の計画は大きく見直され、ビルの直下よりも広範な区画に広がっている。目立たぬように厚みは出せなかったが、地上も地下も核攻撃にも耐えられる特殊なシェルター構造になっている……無論、現代技術ではない。

 設計には違法な部分もあったので、行政の認可を誤魔化(ごまか)すのに腐心した。

 だが実際に東京の水位が上がって冠水し、免震構造だった筈の多くの高層建築が倒壊した状況では、幹線道路や首都高近くに設けられた偽装された非常時用の大型車両搬出入路が全く役に立たなかった。

 自家発電施設を付帯しているので電気系統は問題無かったが、災害当初、通信衛星をハッキングした独自回線の復旧に手間取り、何が起こっているのか情報を得られず全くもって困惑したのを覚えている。

 世界的な災害と判明した時、ボス、エイプリルは調査の為に直轄部隊を率いて自家用ジェットで旅立った。この時、留守を預かる私は国内の災害救助を最優先事項として言い付かっている。

 幸い私の両親は生活拠点を“ネメシス・タワー”に移していたこともあり大事はなかった……私の所為(せい)で要らぬ心労を掛けた父母には、この先何があろうとも長生きして欲しいと願っている。

 ……今の私は再生と贖罪に些少(さしょう)な指標を見いだして生きているが、変態行為の痴悦に顔を(ゆが)める淫魔の姿を世間に(さら)した過去がある。(はら)を痛めて産んだ我が子がそんな色情狂に堕ちていたと知った母親の沈痛は想像するだけで死にたくなる。父母は親戚中で(わら)い者にされ、勤め先も辞めざるを得なかった。畜生同然の生き恥は人間として最低だったから、親子の縁を切られても不思議ではなかった。それでも親は見捨てないでいて呉れた。

 消息不明になって薬漬け、股関節脱臼になる程身体を売らされ襤縷々々(ぼろぼろ)に為って帰って来た廃人同様の娘を、再び受け入れて呉れた恩を私は生涯忘れない。

 母は、私を生き地獄に堕とした千早(ちはや)君を刺して服役さえしたのだ。


 同じように災害救助組織“パイエオン”の主要メンバーは、“ネメシス・タワー”の居住区に住んでいたので地方出張していた者以外は非常呼集に呼応して呉れた。

 まず生存者確認の為の高機能な赤外線センサーを支給し運用ルールを決める。

 日本では許可されていない爆破解体のプロが折り重なるビルの残骸をコントロールされた最小限の爆発と炸薬の燃焼高熱や指向性のある爆轟で切断し、邪魔な遮蔽物を取り除く。

 対荷重を強化した貨物エレベーターで浅い階層まで運び上げ、なんとか自走で重機を地表に出した。昼夜を分かたぬ人海戦術で堆積した瓦礫を取り除き、振動工法で杭打ちして排水作業をし、保有する十数台の双発クレーン・ヘリコプター、CH-54タルヘやタンデムローター式・ターボシャフト、CH-47チヌークが飛び立ったのは3日後のことだった。

 人口の密集する首都東京は阿鼻叫喚の有様だった。


 この時点になっても入ってくる情報は少なく、タワーのメイン・サーバーの解析でも断層パラメータやセントロイド・モーメント・テンソル解の異常値、“マグニチュードの飽和”が起こっているのが分かるばかりで、天災の真の原因の究明に到っていない……有り体に言って、何が起こっているのか皆目(かいもく)見当も付かなかった。

 だがあの瞬間、まるで重力が遮断されでもしたかのように建造物も、人も、車両も、街の有りと有らゆる何も彼もが空中に舞い上がるのを確かに見た。

 タワーの対爆構造を揺るがすような物凄い激しさで、ビルの(ひしゃ)げた構造材が()つかってくるのをこの身で体験している。

 夢や幻ではなかった証拠に、未だに成層圏でスペース・デブリとなったそれらの残骸は太陽光を防げて暗い日中が続いているばかりか、大気圏の放熱を防げる温室効果をさえ(もたら)していた。


 備蓄した非常食と救援物資もさることながら医薬品と簡易医療設備の支給が急務だったが、被害状況の把握もままならない時点では何処にどれ程の救護施設を投入するのか判断出来なかったので、手近から始めることにした。

 圧倒的に医療メンバーの数が不足していた。

 日本中が同じ状態のようで、比較的被害の少なかったと思われる方面の自衛隊駐屯地でさえ災害派遣の救援部隊を編成するのに暫くは掛かりそうだった。


 ボス、エイプリルが秘匿(ひとく)していた回復薬や大量のエリクサー軟膏も供出することにしたが、絶対数が足りない。

 死人を生き返らせることは出来ないが、瀕死の重篤傷病者をも完治させる奇跡の薬効は使い所を選ぶ。非情なようだが免疫力が高く、将来のある就学児童や未成年者……そして災害時に最も望まれる医療関係者やレスキュー活動の経験者などを中心に人選するよう命じてある。


 このような事態を想定していなかったので、最も困難を極めたのは大量な遺体の処理だった。生き残った遺族には申し訳ないが、一人ずつ手厚く(ほうむ)っている余裕は無かった……もし腐乱が進行すれば予期せぬ伝染病の感染爆発(パンデミック)が発生する可能性があったし、悲惨な現場には実際にそう言った兆候が現れていたからだ。

 WHOが定めた公衆衛生学的見地からのフェーズ6には、実は具体的な対応策は示されていない……各国政府の裁量に任されている。

 通常であれば警察の検視や行政監察医の検案後に仮埋葬すべきだろうが、違法か違法でないかに(かか)わらず現場の衛生状態は待って呉れない。

 季節は丁度7月に差し掛かり、例の温室効果も相まって腐敗が早まるのは容易に予想出来た。


 私達は“パイエオン”とは別に遺体回収班を編成した。

 不整地走行用の運搬装甲車両と輸送大型ヘリを駆使して、人里からなるべく離れた調整緑地帯や山林に目星を付け、片っ端から大きな穴を掘っては埋めていった。

 可能な限り身元確認は記録したし、最低でもご遺体の顔写真は撮ったが、頭部の損傷の酷い物もあって完全とは言い難い……そして中には運良く生き残ったが死に別れ、親しき者のご遺体に(すが)り付くご家族の方々も居たが、超法規的措置と無理矢理引き剥がした。親兄弟、夫婦恋人……大切な伴侶を失った悲歎(ひたん)は解り過ぎる程だったが、心を鬼にするしかない。

 多くの悲壮な別れがあったが、()えて憎まれ役を買って出た。


 レアなケースで、中には隠れて不倫してる間に家族と死に別れた不憫(ふびん)と言うか、同情する余地があるのか迷うような奥さんや旦那さんなども居たが、特殊な案件にいちいち構っている暇は無い。半狂乱になって泣き叫ぶ姿は痛ましいが、自業自得と諦めて貰う。

 若いのから年配迄、危機管理や防災意識以前に脳内お花畑な連中で呆れる。

 他人のことは言えない裏切り者だが、例え結婚生活に不満があったとしても何故伴侶を輕蔑(ないがしろ)に出来るのだろうか?

 


 保有衛星の制御を失ったが為にインマルサットもイリジウムも衛星電話サービスが不通の中、固有回線も断裂して連絡が付かない公安や内閣官房中央省庁など地道にコネとパイプを築いてきた行政機関には一応私達の暴挙を伝えておこうと、私自らが直々トライアル・バイクで(おもむ)いた。

 無論許可を得たい訳じゃない……最初から、反対されても敢行する覚悟だった。


 埋葬場所の土地を所有する市町村には連絡したものの、承認など待ってはいられない。第一、役所などは正常に機能していなかった。

 現地でショベルローダー、掘削バックホーなどの重機を手配するのも大変だったが、最も難渋したのは次亜塩素酸ナトリウムや過酢酸などの殺菌効果のある消毒薬の調達だ。国内のストックは需要に足りず、かと言って生産工場で稼働出来るところは(あま)り残っていない。仕舞いには農業資材用の消毒液やキッチン・ハイターまで掻き集めて、埋める前の遺体の山に散布した。


 災害救助本隊の活動は、怪我人の収容、消火活動、救援物資の配給、浅い瓦礫の撤去による人命救助、幹線道路の復旧、浸水区域では“パイエオン”が隅田川の隠しドックに所有していた緊急救命艇に依る生き残り避難者達の収容と睡眠時間を削って敢行されたが、何しろ首都圏の被害は甚大過ぎて焼け石に水だった。

 ビル建築の掘削救助は間に合わない……生きてる可能性を検証するのを泣く々々断念して腐乱死体から不衛生な何かが湧かないよう消毒部隊を編成する。

 だが(ほぼ)全壊した都心のタワーマンション等の住人は絶望的だったが、住宅地や下町の木造家屋が多い地域には少なからず救助すべき存命者が居た。

 ――計画途上から分かってはいたが、圧倒的に物資が不足している。

 まず“ネメシス・タワー”に備蓄された災害用食料や飲料水が底を付いた。

 分散された東京都の備蓄倉庫はほぼ全滅し救援物資の補充が急がれる中、タワーのデータ・バンクで何処でどう言う物資が在庫されているのか割り出して、比較的被害の少なさそうな場所を急襲……簡易トイレ、燃料式発電機、紙パンツなどの下着類、アルコール綿などの払拭(ふっしょく)用品、アウトドア用のガスバーナー、缶詰、レトルト食品、カップ麺、ペットボトルの飲料水、ガスランタンやLEDランタン、女性用生理用品、包帯、傷薬、化膿止(かのうど)め、三角巾、蚊取り線香、キャンプ用のコットやインシュレーター・マット、充電済みでソーラーパネル付きのポータブル電源など有る限り(あら)ゆる物を接収していった。

 商取引き機能の残っていた企業には現金で買い叩き、人気の無いところには借用書だけ残して頂戴する……まるで火事場泥棒みたいで嫌だったが、この際人命救助が優先する。

 次に医療機関の確保だが、これもライフラインが大打撃を受けた都心では充分な病床を準備するのは壊滅的だった。“パイエオン”は企業や国家行政から引き抜いた電設や水道設備のスペシャリストも抱えていたが、二次災害の危険があるような場所へ無理には投入出来ない。

 浸水して仕舞った区域では塩水に漬かり、無事な医療機器は少なかったが回収班を向かわせて出来得る限り調達して回った。

 全ての設備が生きている“ネメシス・タワー”に使える医療イクイップメントを掻き集めて負傷者を収容出来るだけ収容したが、限界があった。

 タワーの地下設備にも急拵(きゅうごしら)えの病棟を設け、無事だった非常勤メンバーを招集して看護に当たらせたが、ベッド数が用意出来ず比較的軽症の患者は床に寝かせているような状態だった。


 瓦礫を掘り起こせば息絶えた者が多かったが、奇跡的に生存者も居た。

 倒壊家屋の中から救い出し、ストレッチャーや布担架が使えない場所では手運びで緊急搬送する場面もある。救えた命もあるが数限りなく繰り返せば、段々と搬送途中で果敢なくなる救助者も増えていった。

 72時間の壁を超えて災害発生から二週間を過ぎれば例え圧死を(まぬが)れたとしても身体の一部は壊死(えし)していたり、衰弱も激しい。カンフル系と言うか、気付けの魔法薬を吸わせても、背負って肩から回して握った手からどんどん体温が失われていくのを何度も経験した。

 調達してきたキャンピングカーに救命医療設備を積み込んだ急造のドクターカーに運ぶ途中、消えそうな命の灯火(ともしび)に必死で話し掛けた。

 幼い子供や妊婦、お年寄りや皮膚や頭皮が焼け爛れて仕舞った火災の被害者、女学生……多くの人が私の背中や腕の中で息を引き取った。

 万能秘薬、エリクサー軟膏やその他の回復系魔法薬は既に残り少なく地方への救助へも振り分けなければならない。出し惜しみをしなければならない状況で、救える筈の命を救えないジレンマが責め(さいな)んだ。

 中には諦め切れず、心停止した男の子だったが、救命設備に運び込み骨髄注射でボスミン1mgを投与後、電気除細動器と心臓マッサージを繰り返したが波形診断モニターが戻ることはなかった。

 このときの無力感は今も忘れられない。


 理不尽な死は、私の中に(おり)のように溜まっていき、(くら)い疲労となった。


 確かに生存率は低下するが72時間のタイムリミットは()うに超えていても救える命は確かにあった。しかし傷病者が次々と亡くなっていく現状に焦り始めた私は悩んだ末に、発生から一週間の時点で充分な布陣を得られぬまま“パイエオン”を四つに割っていた。

 主力隊は東京を含む関東圏残存、一は東北地方、もうひとつは山陰地方を含む関西圏、更にひとつは九州と四国を中心に被災地救援に向かわせた。

 残念ながらもうこれ以上は寸暇(すんか)を争わねばならない人命救助は見切りどころだろうと、休みなく働き続けた“パイエオン”のメンバーと途中から合流して貰ったボランティアの方々にシフト性を()くことにした。

 これから先、長くなるだろう救護活動には絶対に適正な休息が必要だった。


 こんな事態だが、既婚者には夫婦生活もあるだろうからと時間制交代のヤリ部屋を用意し、風俗が潰れて仕舞ったので独身者には双方合意の元であれば組織内での性処理を許可した。

 適度なガス抜きに依る従業員満足度は大切だ。


 だがここに来て、暴徒の騒乱が多発し始めていた。

 飢餓状態に陥った一部のアウトローが徒党を組んで、自主防災組織や避難所への略奪や襲撃を繰り返すようになっていた。組織的な犯罪ではなく、治安機関である警察の機動力が一時的に弱まっているが為に同時多発した、倫理観の低い跳ねっ返り連中である。集団生活に適さない我が儘な連中は何処にでも居るものだ。

 困ったことにそう言った連中の数は少なくなく、婦女子への暴行や窃盗などに対し、争い事に不向きな一般市民に自衛手段は無い。

 想定シュミレーションには無かったが、土木作業に従事していて散っていた荒事専門のチームを呼び寄せた。

 本来、NPO法人“ネメシス”には有事の際の暴徒鎮圧、対テロ行為用特殊工作や軍事行動を本職とする裏の部隊が存在している。手持ち火器を始め、武器弾薬も多数保有しているし、なんなら自動擲弾発射機、ロケット砲などの小型砲塔を備えた装輪装甲車両や、イタリア陸軍から横流しして貰ったチェンタウロ戦闘偵察車を出動させることも可能だ。

 活動の場をグローバルに特定した“ドルビー=マッキンタイヤ第一吹奏軍楽隊”はボス、エイプリル直属の影の軍隊だが、ここ日本常駐の私兵は信用調査とスカウト専任の部署があり、身体に刺青(いれずみ)などの無い正義感の緊乎(しっかり)した人材を世界中から呼び寄せていて、年俸も良いが厳しい訓練キャンプを課せられる。


 対人用に調整されたトランキライザーを用いる麻酔銃の使用を許可した。

 本来ダーツガンは野生動物などに使用される(たぐ)いのものだ……人体に絶対害が無いとは言い切れない。大体人命救助を優先する我々にとって邪魔をする醜悪な賊徒は害悪以外の何物でもない、射殺されないだけ増しと思って貰おう。

 だが眠りに付いた餓狼達を留置する手間が惜しいので、結束バンドで両手両足を拘束し、その場に放置するよう命じてある。

 非人道的かもしれないが、善良なる市民の誰かが拘束を解かない以上、やがてその場で餓死する運命だ。自業自得だが、死体回収班が来るまで野晒(のざら)しになる。



 まだまだ人命救助の手は足りていないが、首都東京にばかり関わっていては日本全土の被災状況に対応出来ないと、発生から1ヶ月目にブレーンを率いて地方巡視を開始した。ユーロコプターEC155で茨城、福島、宮城県と北へ(さかのぼ)れば、太平洋に面する海岸線に深刻なダメージがあるのが分かった。

 津波の被害だろうか、地勢図の規模で海岸線が変形しているのが見て取れた。

 多くの都市部で断水、停電復旧の目処が立っていない。

 この段階になって政府はようやくスーパー広域災害を認定し、本格的な災害対策室を立ち上げたが主務官庁たる国土保全局や農林水産省復興局は機能しておらず、内閣の半数以上が負傷して基幹災害医療センターに収容され療養中か、または死亡して仕舞ったようだ。


 次の段階の災害支援として、一刻も早いインフラストラクチャーの復旧を算段しなければならない。道路、鉄道、橋梁、港湾と言った物流路の確保、電力供給、上下水道、通信環境……病院や学校は次点だ。

 同時に避難所へのケアを進める計画も見積もっていた。

 まず住環境の整備に出来るだけ大量に用意出来る安価な仮設住宅の準備を始めているが、季節が季節だけに空調設備をどうするか頭を悩ませていた。

 先乗りの救護班にはメンタルケアが専門のメンバーを絶対に一人は構成に組み込んでいるが、被災者達の現状をつぶさに観察し、現状の問題点の優先事項を報告するように伝えてある。何が足りていないのかのリサーチは重要だ。

 資材の運搬には苦労したが先んじて仮設の公衆浴場を大量に建て、不整地走行用に改造した移動式のボイラー車と給水車を向かわせた。この夏場に風呂に入れないのは、それだけで疲弊する。

 日々無制限に排出されるゴミ処理施設、屎尿(しにょう)処理施設の問題もある……剰り環境には宜しくないが、個別の高温焼却炉を用意した。

 非常食だけでは味気なかろうと大量のキッチンカーやケータリング・トラックを調達してきた。ハンバーガーやホットドッグ、ガパオライスに排骨飯(パイコーハン)拉麺(ラーメン)蕎麦(そば)饂飩(うどん)、豚汁に天むす、カレーやシチュー、フライドチキン、パニーノ諸々のファーストフードを提供する。

 夏場なのでジュース・スタンドやかき氷屋のフードブースも併設した。



 津波が退いた後も海水で満たされた東京は情報機能を集約する役割を果たせなくなりつつあった。各方面が検討の結果、政府内閣も、警視庁や防衛庁、災害対策室なども比較的被害の少なかった茨城県つくば市を中心に拠点を移していった。

 この頃から未曾有の謎の天災がヨーロッパ北部からソビエト連邦の一部、北アメリカ大陸を壊滅……いや、消滅させる程の規模で、世界中を巻き込んで起こっていることが分かり始めていた。

 ……時折は日本に戻りあれこれと指示を出しては取って返し、精力的に動き回るボス、エイプリルから天体級の謎のモノリス、“ビッグ・スカル”の話を無線越しに聞いたのは、ライフライン復旧の土木工事の進捗を監督する為、丁度宮城県から山形に入った辺りだった。

 まるで地獄の黙示録の如くヨーロッパとアメリカ全土、いや地球全体を席巻した激甚災害の原因が、()()だった。




挿絵(By みてみん)




 遣ると豪語した以上は必ず遣るのだと、改めて思い知らされる。


 虫の息でも、ここまで生き残れたのは奇跡に近い。

 巨大な悪魔の吐息のように逆らい(がた)い天災級厄災に消滅したハグマターナ調整ブランチから逃れる為に、死力を(しぼ)り尽くした。

 今回の改造の80パーセントは防御機能に特化されたもので、既に粗方(あらかた)の実装は終えていた筈なのに表層機能の半分以上を失っていた。ロイド・ジンガー体オリジナルボディの原型を留めていない。刹那(せつな)の瞬間、エーテル化したナノマシーンを必死に取り込んで装甲力を強化出来るだけ強化したにも(かか)わらずだ。

 眼が焼き切れて仕舞ったので視覚以外のインフォメーションに頼らなくてはならなかったが、それが為にデフォルトの高機能電子眼では知覚出来なかった情報を取得出来たのは偶然の為せる業にしては都合が良過ぎる。

 カヨウかカヨウの搭乗する天体級人型兵器が情報を投射してるのかもしれない。

 なんの為に……私を絶望させる為?

 いや、そんな些末(さまつ)忖度(そんたく)するような相手ではない。


 相手の目的も判らぬまま、飛び交う断末魔のような超マイクロウェーブや様々な反重力子、プレミー粒子放射崩壊率、指針波浸透度などの複合解析から導き出される悲惨な現状は信じ難いことに、相手が豪語したような、(まさ)に壊滅状態だった。

 この非常事態に“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”が動かない筈はなく、瞬発的に時を超えて迎撃部隊は出動していた。噂にしか聞いたことはないが、多分緊急時の組織内特殊治安軍部、“ジャンダルム・サイエンス”と呼ばれる存在だ。

 信じられないぐらい巨大な陣容で見たことも無いような複雑でシャープな機動艦隻なのに、それが為す(すべ)も無く次々と消滅していく。

 ()()()の超巨大なヒト型兵器は驚天動地の超速で驀進し、豪腕強脚と表現するのも(はばか)るような恐ろしい程の質量を持った四肢を神の(いかずち)の如く振り抜き、真空空間の筈なのにその先から破壊的な振動をさえ伴った故空間転換ビームや、もっと訳の分からない摩訶不思議な、そして最恐の、プラズマ圧縮放電に似た超長距離弾道砲撃を間断無く撃ち出した。

 超質量の駆動制御は何でコントロールしているのだろう?

 慣性を相殺するのは超電磁ブレーキか何かだろうか、いや関節部が耐えられる筈もない。何かもっと別の技術だろう……


 どう遣っているのかはまるで分からなかったが、()()()の天体級人型兵器は“ジャンダルム・サイエンス”の攻撃も防御も無効化してるようだった。

 天変地異などと言うのも生易しい信じられない巨大さなのに、信じられない速度で四肢を振るうカヨウの搭乗機はただ推進するだけで辺りを蹂躙する脅威には違いない。だがカヨウが言った“ごうてんモードさんしき分身”の攻撃形態は、それの何万倍も何億倍も非常識で凶悪な侵攻スピードを(もたら)した。

 何故なら瞬時に物理的な複写を宙域規模で展開していくからだ。こんな不可解な技術は見たことも聞いたことも無い!



 (秘匿(ひとく)されてる“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”の技術、少し探り出したアルよ……先鋒級の“ジャンダルム・サイエンス”レベルの戦闘力なら、攻略も問題無いアルな)


 これだけの質量だ、そもそもオフィシャル・レベルステージ67、マイナスレイヤーの異層ゾーンで構成されたエレメンタル・シャドウ空間内の広範なゾーンに建造し、大規模に連携化された“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”の調整ブランチに、誰にも気取られることなく侵入してこれる時点で勝負は決している。

 有史以前から万物を司る為に存在しているとされる“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”門外不出の究極テクノロジーだ……誰にも出し抜ける筈のない堅牢なセキュリティーが、信じられないことに突破された。

 何かのブラフだろうと相手の眉唾な(げん)を疑って掛かったが、事実は相手が嘘を言っていないと示している。カヨウと言う女戦士の実力……否、降って湧いたような謎の危険勢力、“ソランの共和国リパブリック・オブ・ソラン”の戦闘能力がこれ程のものとは!

 ……たった一度だけだったが謎に包まれた“ジャンダルム・サイエンス”の実力を垣間見たことがある。“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”に依る司法活動支援の合同演習でそれとは公表されていなかったが、識別信号でそれと分かる艦隻が数十隻参加していた。


 この時に、パラレル・ワールド上層執行機関軍警察であるジャンダルムの実力は嫌と言うほど思い知らされている。

 まるで象と蟻のようだった。

 別名、“降臨天槍(こうりんてんそう)”と呼ばれるジャンダルム・サイエンスは次元世界の治安を守る絶対軍事警察として、鉄壁の防御と安全保障の象徴を(にな)っていた筈だった……筈だったのだがそれがどうだ、まるで逃げ惑う無力な象の大群の様に蹴散らされ、蹂躙され、消滅していく。



 (ナイトメア・ゴーレム機のダンシング・イン・ザ・デーモンフレアって名付けられた攻撃形態アル、世界のひとつやふたつは楽勝で滅ぼせるアルな)


 無限に伸展し螺旋(らせん)の様に乱舞する“分身”とやらは、更に大規模消滅級の殲滅ビームを四方八方に乱射したのだろう……何物も存在し得ない無の空間が広がりつつあるのが分かった。

 もういけないと思った……再戦どころか、一矢報いることも叶わず、私はここで終わる、そうと覚悟を決める。


 “メロくん”フィギュアがなんだって?

 バカ言ってんじゃないよ、この美しい死神がっ!!!!!!!!!!!!


 そう思った瞬間、私の溶けて(ただ)れたジンガー体は信じられないぐらい壮大なコックピットに転移させられていた。

 最初は何事かと思ったが、様々な複雑な装置に囲まれたそこが超巨大な機体を広範にモニタリングする為の場所だと思い至った。

 目が(つぶ)れた状態で他の知覚機能を使わざるを得なかった所為(せい)で分かったが、まるで神の御業(みわざ)かと思える程に複雑なシステムだ。確かに惑星大の巨大なボディを隅々(すみずみ)まで監視するには、それ相応のメカニズムが要る。


 「ようこそ、ゴーレム・デルタへ」

 「……ネメシス王母からたった今、指令の変更が出たアル、我々は(けい)を捕獲することにしたアルよ」


 快活に喋る美神の声を聴いた時、

 力尽きて膝を付く私の遥か上階で、巨大なポッド状のシートに座すのが恋い焦がれた()()()、その人だと見て取れた。

 最初に会った時とは違う奇妙な髪型に髪飾り……それが花钿(ホゥディエン)、翡翠の櫛と歩揺(ほよう)と呼ばれるヘアピンに彩られた如意結び、二つ輪を造る双平髻(シャオピンジ)をアレンジした華陽(かよう)の故郷の髪型とは、意識の薄れ行くローズマリーの知るところではなかった。




挿絵(By みてみん)




 スターリング・ノーチラス号はパラレル・ワールドを移動する為に建造された異次元潜航艇の第一号だった。

 天才エルピスが独自の並行次元ジャンピング機関の小型化に成功し、モバイル型チャージャーにベナレスの額の位置にあるDimension transfer device、略称DTDからリバース・ウーラニアンの供給を受けて駆動する。

 ノーチラス号の機体には闇の妖精を集めて時空間干渉する武装など、幾つかのオー・パーツの技術が新たに追加されている。エルピスの本気と言う奴だ。

 新たに敵認定された“千年世紀守護神ミレニアム・ガーディアン”の情報が少ない以上、フランキーの確保は最優先事項……(わらわ)達の計画では、“泣き虫シムシム”に同化されたマルジャーナが覚醒する時、フランキーのイニシアティブを奪う筈だった。


 だが、代理人格“泣き虫シムシム”は9999の意識の集合体……思った以上にその精神構造は複雑過ぎた。為にマルジャーナに仕込んだサイコロジー・アタックの発動が不完全なまま、止まって仕舞う。

 コントロールを失い、完全に暴走したフランキーは幾多の世界に修復不能な甚大な被害を(もたら)し、(わらわ)達は次元テロの首謀者として指名手配になった。


 単独での任務を直々言い渡された(わらわ)は、改装されたスターリング・ノーチラス号と共にマルジャーナの行方(ゆくえ)を追っていた。

 本人に話せば9999の大幻魔神達に気取(けど)られて仕舞うと黙ったままパッシブ起動の罠を仕込み、騙した形になったマルジャーナの安否確認と、起動途中で止まったサイコロジー・アタックを再励起し、“泣き虫シムシム”の意識を乗っ取って完全に支配するのが目的だ。

 嘗ての婚約者の命運を知ろうともせず、戦勝国のハーレムに身を寄せるような腰の座らない女だ……覚悟も貞節も無い者に哀れむ程の価値は無いと思えたが、少し(ほだ)されている。復活体のマルジャーナの顔は、生きることの虚しさを知っているように見えたからだ。



 見付けたっ、この星だ!

 すぐさま次元航行を停止。現実空間へと実体化する。

 だがフランキーの構成体達も蝟集している。“泣き虫シムシム”と言う(かなめ)を失ったフランキーは、十中八九四分五裂に分裂して仕舞うだろうと言う(わらわ)達の読みは当たっていた。

 出来れば大幻魔神達の注意は引きたくない。


 「マルジャーナ、何処だっ!」


 大まかな位置座標に向けてタイトに絞られた指向性思念を飛ばすと、直ぐに反応があった。通じたマルジャーナとのパスを維持したまま、船のウィスパー・モードを有りったけ最大限にして、電子音も駆動系の機関音も外に漏れない状態で反重力ダイブでの急降下を試みる。

 透明化状態だが、ガス大気圏突入で曳航が視認されないよう光学迷彩域を広げるのと、こちらの莫大な魔力・精霊力が感知出来ないよう更に隠行魔術を重ね掛けするのを忘れない……大幻魔神の中には感知術式に()けた者も少なくない。

 ダーリンの見立てでは、強力な予知能力を駆使する(やから)も多く居る……(わらわ)は、取って置きの因果律無効化結界を静かに展開した。


 ある程度予想はしていたがマルジャーナの魂が同化した“泣き虫シムシム”の死に体は、直ぐに確認出来た。

 シムシム自体の意識反応は全くと言っていい程、感じられない。

 だが(わず)かな違和感があった。


 マルジャーナの魂に話し掛けてみると、彼女の精神憑依体としての機能に支障が無いことは確認出来た……だが何かが違う。

 シムシムの自我が暴走している間にサイコロジー・アッタクが浸透し、上位人格として支配に至る筈だった。おそらく浸透し切る前に、シムシムの魂が逸失して仕舞ったのだろうか?


 「よく聴け、マルジャーナ」

 「支配すべきシムシムの自我概念が雲散霧消して仕舞ったが為に、貴様の精神支配は発動の途中で止まって仕舞ってる……しかし一見、消えて仕舞ったと思えるシムシムの自己意識だが、実はそうではない」


 (え、シンディ様……私はシムシムの魂が果敢無く消えていくのをずっとここから見ていましたが?)

 (今は影も形も無く、消え失せています)


 「(わらわ)の見立てでは、シムシムは自己保存本能から自らの魂を極小まで(ちぢ)めて仕舞っただけだ……見えなくなる迄、感じられなくなる迄に小さく」

 「……マルジャーナ、肉体を失った今の状態のお前なら魂の眼で見ることが出来る筈だ、感知スキルや心眼スキルの知識はあるか……シムシムの全知の賢能を共有したのではないか?」


 (知識はあります、使い方も分かる……でも身体が無い今の状態では、気と霊力を巡らせることも、チャクラを回すことも出来ません)

 (……精神体だけでは無理です!)


 「大事なのはイメージだ、肉体など無くても魔力を練ることは出来る」

 「今からヴィジュアル・イメージを送る……肉体以外で気を練り、循環させる為の特別な図式だ、複層四次元魔法陣とも言う」

 詳細な説明と共に、圧縮した自動解凍(オート・アンジップ)ファイルをパスに送信する。


 暫くして、(こんな……無理です、修練も無しに行き成りこんな高度で複雑なレベルは出来っこありません!)

 と、返ってくる。


 「いいから、諄々(つべこべ)言わずに遣ってみろ! 指導はそれからだ」


 些細な遣り取りを繰り返すこと十数度で、ようやっと試しを始めたマルジャーナを叱咤(しった)しコツを伝授するが、こればかりは一朝一夕にはいかないようだ。

 だが生来、この娘は辛抱強い(たち)のようだ、気が(めぐ)り出す(きざ)しが見えた。


 (……あの、何か話し掛けて呉れませんか、静寂過ぎると却って集中出来ませんし、正直、私は会話に飢えております)


 「面倒臭(めんどうくさ)い奴だな、一体何の話を聞きたい?」


 (……ソラン殿の話を……もし差し支えなければ、シンディ様とソラン様の出会いと御関係をお伺いしても宜しいでしょうか?)




挿絵(By みてみん)




 嘗てアメリカ海軍ストライク・グループ3――第3空母打撃群の旗艦であり、炉心交換作業並びに近代兵装化RCOH、コンプレックス・オーバーホールを2018年に終えたニミッツ級航空母艦7番艦、“ジョン・C・ステニス”の広々とした艦橋に在った。

 旗下に在った第21駆逐戦隊は散り々々になって仕舞ったが、活動拠点を大西洋艦隊に移していた為に、CVN-74“ジョン・C・ステニス”は荒れた海面から辛うじて奇禍を(まぬが)れた。修復は万全ではないが、炉心は無事だったようだ。

 今は残存NATO即応部隊と行動を共にしている。


 合流指定になんとか辿り着き落ち合った先、西サハラの元モロッコ王立空軍管轄下だったラユーン空軍基地から、ボス、エイプリルと共に垂直離着陸V-22オスプレイで空母に追い付き、乗艦した。

 最初に予定していた先行するライトワイト揚陸艦隊の揚陸指揮艦マウント・ホイットニーには間に合わず、後塵に控えるバックアップ部隊に便乗する形だった。

 新しく再編成された新生ヨーロッパ局長会談を脅して……つまりボスが乗り込んだ先で現在の“暫定軍事参謀長官”ことエリーゼ・シャーロット・トリシアに()じ込むよう直談判した結果、強引にGIUKギャップ海域北上作戦に同道している。

 詳しくは訊かないが、悲しいことにまた何人か人の命を奪ったようだ。

 だからだろう、ブリッジの士官達は誰も話し掛けようとはしない。


 「それで、未知の相手は……本当に私を同道するように望んだと?」

 「名指しでですか?」


 「……直属のマッキンタイヤの隊長、コープランドから報告があったが、例の黄金の髑髏、“ビッグ・スカル”攻略の初戦と言うか小手調べで巨大なヒト型に遭遇したのは了解しているでしょう……映像で貴女も確認した筈だ」

 「あのヒト型の声に聞き覚えがあった、何より“アームズ・アゲイン・パーラー”と言う嘗ての私の本名を知るものはこの世界には居らず、そして……待っていると告げられた()()()()なる人物には並々ならぬ因縁があるのです」


 「エイプリル様が元に居られた世界の、顔見知りと言うことでしょうか?」


 「逢いに行かねばならない理由があります……単独で“ビッグ・スカル”に(おもむ)くつもりでした、ですが、どう遣って私の行動を把握しているのか、未知の相手方から直接コンタクトがあったのです」

 「工藤美由紀(くどうみゆき)を連れて来るようにと………」


 何故私を指名して来るのだろう?

 取るに足りないその他大勢と迄は言わないが、私がそんな世界の命運を左右するような重要人物とは思えない。

 この世界中を巻き込んでいる天変地異の元凶がもしかしてこのまま地球を滅ぼして仕舞うかもしれない。

 そんな敵対する大いなる意志が、何故私を招いているのだろう?

 未知への恐れと極度の緊張を伴うプレッシャーと、有り得ない渦中への召喚の謎に押し潰されそうだった。世界の人口の3分の1が失われた元凶が私を呼んでいる事実が、重く私に伸し掛かっていた。


 天体衝突では無かった。

 惑星大の巨大な質量が()つかれば地球などは粉々(こなごな)に砕け散ったであろう。

 それは忽然と出現したとしか思われなかった。突然降って湧いた地球の重力を狂わせる程の質量は、地表の何も彼もを巻き上げた。海水も土砂も、へばり付いた都市部の人工物や家屋、そして遺骸が放り出され、今も成層圏で宇宙塵となって太陽光を遮蔽(しゃへい)している。

 暗くなり過ぎないのは、食い込むように融合した想像を絶する巨大な構造物が黄金色に輝いているからだった……日本からでも北の空や北アメリカ大陸方向を望めば、黄金色の巨大な何かを見ることが出来た。

 不思議なことに重力が狂ったのは最初の数分間だけだったと、計算上割り出されている。その後遮断されるが如く余分な重力は消え去っているが、一度初速の付いた慣性モーメントはおいそれと止めることは出来なかったようだ。


 「合点が行きませんが……何故、私なのでしょう?」


 震える声で質問しながらも、異世界に行ったと言う千早君……千早翔一(ちはやしょういち)が関係しているのではないか、と言う直感が浮かんで消えた。私の母に刺されて亡くなった千早翔一は死後に別の世界に転生したのだと聞かされている。

 千早君がこちらの世界と、あちらの世界で罪を重ねた根本……“女なんて”と言う心根が彼の行動原理だとしたら、屹度(きっと)それは私の所為(せい)かもしれない。

 後で知った彼の複雑な家庭環境も要因だろうが、色々と崖っ淵だった彼の背中を最後に押したのは多分私だ。女を(おとし)めることだけが望みの稀代(きたい)の悪魔、千早翔一がああ為って仕舞ったのにはおそらく私の邪悪な恋心が関係している。


 高校受験の頃から私的な家庭教師、真田孝志(さなだたかし)に依る調教セックスにすっかり溺れていた私は、当時色情の沼から抜け出そうと真人間らしい恋愛を望んでいた。

 勿論、高校生のことだ……しっかりとした思索があった訳じゃない。

 ただ普通の男の子とデートしたり、映画やコンサート、テスト勉強、夏祭りやプール、クリスマスなんて普通の付き合い方をすれば普通の女の子に戻れるんじゃないかと言う淡い希望があった。けれど、結局私は身体に染み込んだ変態快楽への誘惑には逆らえなかった。

 薬でラリって、緊縛されて、女性器を責められながら肛門を挿し貫かれる異常な興奮が忘れられず、タカシ兄さんの命ずるまま人として終わっているような恥辱プレイを繰り返しつつ、同時に千早君と付き合って仕舞った。

 あの頃の私は発情した猿のようだった。

 裏では、他では得られないアブノーマルな絶頂の(とりこ)になりながら、学び舎では清く正しい女子生徒を演じて……真面目で可憐な、保護欲を(そそ)るような女の子の振りをして千早君と過ごす二重生活を楽しむようになる。

 表と裏の顔を使い分ける自分に悩み罪悪感に苦しんだのは最初の内だけで、次第に二面性のギャップが激しければ激しい程、その背徳感は得も言われぬスパイスとなって自虐的なセックスに燃え上がった。

 “バレる筈がない”と言う姑息(こそく)さで、心が麻痺していた。

 無論、苦しまなかった訳ではない。ふとした瞬間に正気に立ち返る時、こんなことをしていてはいけない……何より、千早君に対して申し訳ないと言う気持ちが(ふく)らんで押し潰されそうになった。だが、やめられなかった。


 私が思い違いをしていたのは、千早君の方が私よりも遥かに、潔癖さとか、誠実さと言った犯し(がた)いものへの憧れが強かったと言うことだ……それはもう、渇望(かつぼう)と言ってもいい。

 私が暖かく心が満たされるような愛情に飢えていた以上に、彼は飢えていた。

 裏の顔を隠していたのは私だけではなかったのだ。

 それなのに、私は最初から千早君を裏切っていた。

 騙した訳じゃない、二股なんてちょっとした気の迷い……なんて、軽いノリだったらどんなにか好かっただろう。だが、私と真田孝志の身体の関係は、そんな生易しいものじゃなかった。


 そうして、私に取っても、彼に取っても、取り返しの付かない悲劇は起こった。

 私の裏切りを探り当てた千早君の報復は苛烈(かれつ)を極めた。

 彼の手で東南アジアの売春窟に沈められていた私は、奇跡的に日本に送還された当初は廃人同様だったが、腕の良い精神科医のお陰で封印されていた記憶を取り戻す……同時に、遅過ぎるかもしれないが千早君に正式に謝罪したいと、心の底から願ったがそれは叶わなかった。

 全てを知った母が千早君を刺し、彼は還らぬ人となった。

 事件は渋谷のスクランブル交差点で起こった。

 リハビリセンターで寝起きする私が奇禍を知ったのはテレビでの報道だった。

 母親の初公判にも無理を言って車椅子で傍聴席に連れて来て貰ったが、事件が起こった当初は連日の報道合戦がメディアを賑わせて、私は居た堪れなくなった。


 母を罪人にして仕舞った運命は、私を酷く叩きのめした。

 千早君に受けた私への仕打ちは、確かに苛烈(かれつ)な報いと(あがな)いではあったが不思議と自業自得だと言う思いの方が強かった。

 そしてその後、千早君の菩提(ぼだい)(とむら)うお墓参りで“ジェシカ・ラングレー・藤宮”を名乗るボス、エイプリルと出逢った。


 ……復讐を企てた時の彼は執拗(しつよう)狡猾(こうかつ)だった。

 一枚も二枚も上手だった千早君は私の裏切りを全て暴き出すと、私を恐怖の底に引き摺り下ろす弾劾(だんがい)に複数の男達に凌辱させる方法を選んだ。そして私は闇ルートで海外に売り飛ばされ、暴き出したキンキーなプレイに関する動画はネットに拡散され、関係者には受信すると同時に再生が始まるよう細工されたURL付きのウィルス・メールが何本も送り付けられた……それは私に禁忌を犯す異常な性行為を仕込んだ、真田孝志が撮り溜めていた動画ファイルだった。

 その中で私は自ら股間を開き、すっかり弛緩(しかん)し切って開いた口から涎を垂らしては何か卑猥な言葉を泣き叫んで、完全に逝って仕舞った眼で随喜(ずいき)の涙を流し続けていた……中には犬とヤってる映像さえあった。

 孝志兄さんがどうしても見たいと言うので撮った獣姦プレイだったが、私はその中で嬉々として犬のペニスを舐め、剃毛した女性器でグロテスクな怒張を何度も受け入れては狂ったように腰を振っていた。

 女としてと言うより、人として終わった姿だ。


 そんな娘の姿を見なければならなかった両親の気持ちを想うと、今でも私は、申し訳なくて死にたくなる。




挿絵(By みてみん)




 (何がなんでも生き残れ……為に、戦場(いくさば)に在りては鬼神になり、蹂躙の場に於いては悪鬼、鬼畜たらんと心得よ、そう(さと)されて年頃になる頃には得手、不得手無く生産職だろうが暗殺系だろうが、呪術、真言詐術、ネクロマンスだろうがなんでも一通り(こな)せるようになっていたし、それが当然だと思っていた)


 失礼な言い方だが、性格を除けば叡智の極みと言って過言ではないシンディ様の真実が吐露(とろ)されている……そう思っていいのだろうか?

 何故か、心が痛む、そう言った(たぐ)いの哀しみに(いろど)られていた。


 (愚かじゃなくて、なんで無敵無敗を誇っていられると?)

 (そもそも(わらわ)達は負けることを許されぬ戦女神(いくさめがみ)……別名、“愚者の戦線”を名乗っている、()()()()()()()()()()()()()と厳命されてもいるから、死なない為には信じられないぐらい卑怯な手を使うことも躊躇(ためら)わないし、(いと)わない)

 (殺される前に殺す、相手に敵意が無くても殺す……(はな)から躊躇(ためら)いのタイムラグなぞ疾っくの疾うに捨て去った、生まれ付きそうであったような性格破綻の走狗(そうく)に成り果て、それに満足している)

 (幼き頃より、そう仕込まれた)


 膨大な精神エネルギーに同化しながら、合一が上手くいかずに途中で止まって仕舞った状態の私、マルジャーナは教えられたイメージ通りに想像上の人体に()()()()を巡らせ始めていた。

 何か話していないと却って気が散るからと、シンディ様に今迄の来し方を教えて欲しいと強請(ねだ)った。

 「シンディ様にも幼き頃があったのですか、到底信じられませんが?」


 (失礼な奴だな、(わらわ)は今でもうら若き乙女のつもりじゃ……まあ、少々(ひね)ては仕舞ったが、ダーリンの復讐成就の為に日夜奮闘している)


 「そのように小さな頃から、一緒に居られるのですか?」


 (狡猾(こうかつ)な遣り口も、迂遠(うえん)な仕込みも、不得手じゃないけど、生き方とか処世術みたいなものには頓斗(とんと)縁が無くてね……愚かじゃなくて、どうして闘争と殺戮に明け暮れる日々を選べると?)

 (……運命に(あらが)い、神に(そむ)く大馬鹿者共が(つど)う、それ(ゆえ)に“愚者の戦線”)


 クールでミステリアスなシンディ様が私の素朴な問いに答えて自らの数奇な出自を明かされている。初めて聴く過去の出来事が、私の胸を締め付けた。 


 ((わらわ)は、ある国の王室で飼い殺しも同然の身分だったけど幼いながら王女を遣っていた……シェスタ・シンディ・アレクセイと言う(みや)びな名前を名乗り、こおんなに(ふく)らんだフープスカートと首回りには毎日ギャザーを付け直す大き過ぎる襞襟(ラフ)のクリノリン・ドレスで着飾っていたのは、もう遠い昔になった)

 そう言ってシンディ様は手振りでスカートの大きさを示して見せるイメージと共に、記憶の中の姿だろう幼き頃のシンディ様の映像を見せて呉れた。

 今のシンディ様もまるで伝説の中の戦乙女(いくさおとめ)の如く女神然としてお綺麗だが、この頃のシンディ様は豊かな髪を編み込みにされて、それは息を呑むような可憐で可愛らしいお姿だった。


 (だからかな、(わらわ)一端(いっぱし)の戦士に育て上げたアンネハイネが似たような境遇に思えて、その心の持ちようも少しは理解出来る……悲劇の皇女の裏側に秘められた昏い闇と妄執(もうしゅう)に満たされた煩悩(ぼんのう)と恩讐って言うのかな……それ(ゆえ)、正邪の混沌と共に生きるダーリンに強く()かれるんだと思う)

 (余分な話だが、その反動からか彼女も今や立派に“エッチな変態ちゃん”認定されてる……(もっと)も“愚者の戦線”の女達は皆んな似たり寄ったりだから、耳糞が鼻糞を(わら)うって奴なんだが)


 簡単にアンネハイネ様の出自と、それを捨てざるを得なかった御事情をお伺いしたが、その矜持と責務に(じゅん)じようとしたご立派な覚悟を知って胸を打たれた。

 あのアンネハイネ様にもそんな過去があったのだと知ってみれば、我が身に比べてあまりにも壮絶過ぎて息が詰まりそうだった。

 もしかしてお一人ずつに、そう言った悲しい物語があるのだろうか?


 (妾達ダーリンの愛人は皆ある意味、覚醒者(アウェイクンド)……共に生きる以外の感情を捨て去った、善良とか気高さとか、道徳も正義も、その他の前向きな正しいとされる何も彼も、だから悪逆非道と(そし)られようとも心は痛まない)

 (在るのは(ただ)、永遠に続く献身と忠誠だけ……華燭(かしょく)の宴を望むでもなく、滑稽(こっけい)だ茶番だと大騒ぎすることも無い、(ただ)共にありたいと願う、(わらわ)達はそう言った静かなる闘争に明け暮れる者だ)


 そこに悲哀以外の何かがあるのだろうか?


 (シェスタ王朝の一族はダーリンの怒りを買って滅ぼされて仕舞ったけど、(わらわ)だけが連れ去られて済し崩し的に仲間になった……10歳の頃から一緒に居て、今では事実上のイモータル化もしてるけど、あの頃ダーリンに髪を()いて貰った思い出は子供の頃からの大切な宝物って言える)

 (10歳ではまだ髪が少なくて、ドリル型のロング縦ロールじゃなかったのは今思えば不幸中の幸いだったけど、ダーリンはね……髪結いの腕も半端(はんぱ)ない)

 (小さな頃は毎日編み込んで貰ってたなあ……そんな大切な思い出があるから(わらわ)は何処迄でも……)



 「……っ、! コツが(つか)めてきました、何か来ますっ!」


 (いいぞ、慎重にな……まずはサーチのスキルを発動してみろ)


 「……こうでしょうか?」


 (うん、出来ている……次はこれに全能感知を乗せる、遣り方は分かるな?)


 シンディ様の指示に従って次々と感知系の探査能力を上乗せしていけば、遂に全能の“透徹神眼(ペネトレイティング)”のレベルに至る。


 (次に探知対象の特定と明確化だ、最初に出遭った時の“泣き虫シムシム”の姿を思い浮かべてみろ……出来るか?)


 幾世代にも渡る遥かな記憶の中、5000年前に盟約を結んだ最初のマルジャーナが見た当時の姿は矮小な侏儒(こびと)のようで、黒い肌の、まるで(かえる)のようにも見える気味の悪い顔だった。


 (うん、それが“泣き虫シムシム”の本質だ……そのイメージを保ちながら、凍結状態の精神エネルギー体の中を探ってみろ)


 変わらず身動きは出来なかったが、()()()()と言う自由を得た私は今は死に体となり輝く光をすっかり失った巨神、“泣き虫シムシム”の広大な精神エネルギーの深い水底(みなそこ)へとダイブしていった。

 光が届かない深海に潜っていく様な感じだった……極小化して仕舞ったと言う擬似自我、“泣き虫シムシム”の意識の核を探して、私は探知の網を広げていった。

 すると、極く僅かだが奇妙な違和感を見つけた。


 (ああ、それが極小化して仕舞った“泣き虫シムシム”の本体だ)

 (これでようやっとフランキー攻略の続きが出来る……)




挿絵(By みてみん)




 古き良き時代のロカビリー・ミュージックを模倣して現代風にアレンジしたニューウェーブ・ロカビリーバンド……その曲調は驚く程シンプルなリズムと多用されるシンコペーションが特徴的で、まるで余分なものを全て削ぎ落として仕舞って、一見粗野にさえ思える印象があった。

 闘うバンド、“シカゴ・フォトライブラリィ”はチャリティの為の単独ワールドツアーを三ヶ月間ぶっ続けで敢行していた。

 奇禍に見舞われたのはバルセロナに向けてチャーターした大型ジェット機が、レバノンのベイルート空港を飛び立つ前だった。宿泊先のプライベート・コテージから偽装した大型バスで移動中に滅亡に見舞われた。



 「スティーブ、どうすんだ……ボスからはミユキと言う女の移動をサポートする指令が来てるんだろう?」

 夜も()ける夜半過ぎ、俺達は不貞腐(ふてくさ)れていた。


 ドラムとパーカッションを担当するガルがモーテルのソファに踏ん反り返って、馬鹿高い瓶ビールを(あお)っていた。イスラム教が国教になっている南スーダンでは酒の流通と販売が極端に少ない。

 通信手段が回復したとは言え、俺達自身が移動するのさえ難儀(なんぎ)してるってえのに人の面倒までみれるか?


 「身動き出来ない今の状態じゃ、俺達のパフォーマンスは発揮出来ない……はっきり言って開店休業状態だ」

 事態が事態なだけに、俺達はバンド活動の裏でボスから与えられた重要な任務を遂行してはいたが、良い加減嫌気が差していた。

 投げ出したい気分だ。


 「ミユキってあれでしよぅ、ボスのお気に入りのメンヘラ女」

 バスルームでシャワーを使ったモナが髪の毛を拭きながら戻って来た。

 バスローブが肌蹴(はだけ)て、太股に淫靡な蛇のタトゥーが見え隠れする。


 「気に入らないのよね……昔会ったことあるんだけど、一見気の弱そうな癖に妙に横柄でさ」

 モナ・フロレッタ、イタリア系の二世だったかギタリスト兼ボーカルと言うバンドの顔だったが、ご覧の通り性格は最悪だ。

 まっ、アンダーグラウンド出身の俺達は皆んな根性は偏曲(ひねくれ)てるんだが……


 「ツアー・メンバーも全員くたばるか、逃げちまった」

 「ガル、てめえ呑んだくれてねえで足でも探してこいっ、役立たずが!」

 ドラムのウィンスロップが苛立(いらだ)たし気に、ガルシアの座っているソファを背中側から蹴飛ばした。

 俺達の面倒を見るより重要な仕事の出来た公演マネージャーは音信不通だ。俺達はもう二週間も、ジュバって南スーダンの政令都市で足止めを喰らってる。



 ショットガン・エイプリルが俺達に目を付けたのは、多分ランダムサンプリングでオーディションなんて名目の上部(うわべ)だけ……誰でも良かったんだと思う。

 プロモーション前の合宿で俺達は徹底的に音楽のプロとしての技術を叩き込まれた。そしてプロジェクトの真の目的を知らされる。

 音の振動に乗せたオーディエンスの意識操作と刷り込み、そのスキルが貸与されると共に地獄の特訓が待っていた。半分監禁されているような状況で俺達に拒否権は無かったとは言え、能く耐えたと思う。

 特訓の甲斐あってデビュー後はビルボード首位独占八ヶ月、プラチナディスクを連発する快挙でそのまま、ワールドツアーとレコーディングを交互に繰り返すハードスケジュールになった。


 プロモーション・ビデオにしてもライブ配信のストリーミングにしても、音の振動があれば人心操作の効果は伝わる……俺達はとんでもない力を手に入れた。

 上からの命令に従っての任務遂行なので自由は無いが、俺達が自分達の力の可能性に舞い上がっていたのは否定出来ない。雁字搦(がんじがら)めでプライベートは全くなくて息が詰まる毎日だったが、組織の中に居れば音の追求をして居れば良かったのでその点だけは楽しかったかもしれない。

 だがそれだけだ……組織に矯正されても所詮俺達はアウトロー、自分勝手な野心とか、世界平和とバランス、貧困、飢餓、教育、環境なんかの持続可能な到達目標なんてどうでもいいと思ってる本心とかが(くすぶ)り続けていた。

 今迄は洗脳が怖くて隠し続けていたが、この状況は却って好機かもしれない。

 地球が厄災に見舞われて世界はエンターティメントどころではなくなった。


 「もう淹悶(うんざり)だ、これ以上組織に義理立てする意味もねえ、俺達が本気を出せば他人を操るなんざ屁でもねえ……どうなんだ、スティーブ?」

 無精髭を伸ばしっぱなしにベタつく髪も洗わないキーボードのジョハナスが、歯磨きを止めた臭い息でチャンスを促す。

 今の監視が(ゆる)んだタイミングなら組織の呪縛から(のが)れられるかもしれない。

 全世界が呑み込まれた厄災に俺達をサポートする主要なバックアップ・チームはボスの非常呼集に戻って行き、今は不在だ。

 好都合なのか?


 心が揺れたその時だった。



 「矢張りこの程度の勘違い野郎どもを始末するのに、態々(わざわざ)僕が出張って来る必要は無かったな……偽装工作さえ馬鹿々々しい」


 「「だっ、誰だ!」」、「いつの間にっ!」「……っ!」


 気が付けば安宿の汚い部屋の中にその女はひっそり(たたず)んでいた。

 見たことも無いシャープな衣装に身を包み……戦闘服なのか、特別なものと言うのは分かる。だが銀髪を(なび)かせたその女の容貌に俺達は全員、息を飲んだ。

 薄暗い照明の中、そこだけが微明(ほんのり)輝いて見えたのは気の所為(せい)かもしれない。

 好い女だ………



 「音で思考を操るなんて、発想が稚拙(ちせつ)だな……いいだろう、見せて演る」

 「音の魔術師、エレアノールのほんの余興」


 その女は(ただ)、フィンガー・スナップをしただけだった。

 やけにパチンッと言う音が大きく、神妙に響いた。


 ギィヤアアアアッ、

 耳を(つんざ)く悲鳴と共にモナの片足が爆散するのを、確かに見た。

 何が起きているのか理解することを、常識が(こば)んだ。

 ゆっくり床に倒れて苦悶に痙攣する様がスローモーションのように眼に焼き付いた。(うめ)いて転がり周り、余りの苦痛に歯を喰い縛り眼球を剥き出す様は、もう人間の顔じゃなかった。

 泣き叫びながらカーペットを掻き(むし)る勢いで畝打(のたう)ち回る姿は地獄絵図だ!


 「振動で血流を操作する技だ」

 「脾弱(ひよわ )な奴なら片足だけでもショック死する……まっ、刺止(とどめ)は差すがな」


 続いて鳴らす指に倒れ伏したモナの頭が爆散した。

 ボンッと言う鈍い音と共に脳漿や血飛沫(ちしぶき)が飛び散り、周囲を真っ赤に染めた。


 ヒィッ、ヒィイイイイイイイイイイイイイイイイイッ………

 恥も外聞も無く俺達は逃げ出した!




挿絵(By みてみん)




 翌朝、ノーネームのゲストハウスの続き部屋に泊まっていたロード・クルーのサブマネージャー達が、“シカゴ・フォトライブラリィ”のメンバー全員が惨殺されているのを発見する。すっかり離散して仕舞ったスタッフ陣にも行き場を無くした者が残ってはいたが、この惨事には途方に暮れざるを得なかった。


 誰一人、真面(まとも)な原形を保っていなかった。

 飛び散る肉片に歯形や指紋の照合さえ(まま)ならず、斬殺死体の身元を照会するのは骨が折れた。

 治安が悪いスーダンでの出来事とは言え、(まれ)に見る凶悪な犯行だった。

 まるで対戦車ライフルにでも撃ち抜かれたような惨状だが室内にそんな痕跡は無く、轟音や銃声を聞いた者も居ない。射撃残渣すら無い。

 被害者が外国の有名アーティストと言うので地元警察でもトップクラスが担当したが結局、殺害方法も凶器も特定出来なかった。

 現地警察の初動も遅かったが、こんな惨劇が繰り広げられた殺人現場なのに周囲の宿泊客は誰も気が付いていなかったのと、モーテルの防犯カメラに怪しい不審者が何も映っていなかったので、捜査はそのまま暗礁に乗り上げた。


 楽器やアンプ、ミキサー、ステージ照明、大型LEDビジョンなどの機材はトランクルームや貸し倉庫に預けっぱなしだったようだが、現場に鑑識が入ったときに部屋の片隅に粉々になったピックが発見された。

 当初、原型を留めていなかったので犯人の遺留品かと思われたがスーダンにも漸く新設された科学捜査室がギターのピックだと突き止めた。

 復元画像を見た機材運び(ローディ)やPAエンジニアなどの関係者の証言から、どうやら女性ギタリストの持ち物らしいと判明したが、捜査班が首を傾げたのがその破砕具合だった。


 ……人間の手で握り潰すどころか、何かで砕いたにしてもここまで細かくはならないからだ。それはまるで、石臼か何かで磨り潰したような有様だった。

 凄惨な殺害現場に得体の知れない殺害方法……だが、捜査会議で最も多く言及され語られたのは、怨恨関係や殺害動機を差し置いてこのギターピックの不可思議な破壊方法だった。


 謎の多い猟奇事件は、手掛かりの少なさから迷宮入りになった。






だいぶ時間が空きましたが、続きをお届け出来ました

書き溜めていて70000字を超えて仕舞ったので前・後編に分けます

第72話「フランキーズ・ナイト 前編」になります

完全に自己満足の世界ですので、細かい所で辻褄が合ってなくても寛容な気持ちで見て頂ければと思います


熱しやすく冷めやすい性格で人生の半分以上を過ごして仕舞いました

「寝取られ」と「ざまあ」をテーマにライフワークにしようなんて大言壮語を吐い

た割りに日常の忙しさに追われて筆が進まなくなってました

少し余暇が出来たので続きを書く気になったんです

そんなスタンスなんで大して反響を期待してません

だけど、少しでもシンパシーを感じて頂ける方々の為に書き綴っていこうと思って

いますのでご笑納頂けたら幸いです


サボテン・チョコレート=第71話「フランキーズ・ディ」を参照されたい

青青=青青一家の仔細については第64話「“死ぬな”と言われている……/運命のファム・ファタル」に書かれています

バレッタ=髪留めの一種で主に大き目の表面の裏側に髪を挟んで固定するための金具が取り付けられている/表面は装身具として様々なデザインがなされており、頭部の装飾と髪をまとめるという実用的な目的を合わせ持つ/プラスチックや金属、革製のものが多く売られているが、七宝焼やカメオ、宝石、貴金属等が用いられたものもある/裏面の金具は主に真鍮などの金属であり、弾力を持たせた発条や滑り止めが設けられており、強い力で髪を固定することができるようになっている

ギゲル=第33話「“真・神器”――賢者の臓腑は暁に散る」を見てね

毘首羯摩天=ヴィシュヴァカルマンはインド神話においてあらゆるものを設計したといわれる神で、その意味はサンスクリット語で「全てをなすもの」「全知であるもの」/仏典では毘首羯摩天・自在天王・工巧天・巧妙天などと漢訳されている/彼の娘サンジュニャーは太陽神スーリャの妻/しばしば同様の性格を持つトヴァシュトリ神と混同される場合があるが現在でも物造りや技術、機械の神様として、インドの各工場で祀られている

ケイローン=ギリシア神話に登場するケンタウロス族の賢者で野蛮で粗暴とされたケンタウロスとしては例外的な存在であり、英雄たちの養育者あるいは教師として知られる/ラテン語ではキロン

ティーターンの王クロノスとニュンペーのピリュラーの子で、クロノスは妻レアーの目を逃れるために馬に姿を変えてピリュラーと交わったことから、半人半馬となったという/またドロプスという兄弟がいたともいわれるがニュムペーのカリクローとの間にヒッペーをもうけた/一説によるとアイアコスの妻でペーレウスとテラモーンの母エンデーイスはケイローンの娘であり、更に別の説によるとペーレウスと結婚した女神テティスもまたケイローンの娘とされる/アポローンから音楽と医学と予言の技を、アルテミスから狩猟を学び、ペーリオン山の洞穴に住んで薬草を栽培しながら病人を助た/またヘラクレスやカストールら英雄たちに請われて武術や馬術を教え、イアソンやアクタイオーンを養育し、アスクレピオスには医術を授けた/アキレウスの師でもあり、弓を持つケンタウロスのモチーフは知恵の象徴であるケイローンに由来している/ヘラクレスとケンタウロスたちとの争いに巻き込まれ、ヘラクレスの放った毒矢が誤ってケイローンの膝に命中し、不死身のケイローンは苦痛から逃れるためにゼウスに頼んで不死身の能力をプロメーテウスに譲り死を選んだ/その死を惜しんだゼウスはケイローンの姿を星にかたどり、射手座にしたという

ダンテの「神曲・地獄篇」第十二曲においてダンテ及びウェルギリウスと言葉を交わし、ネッソスに地獄の道案内をするよう命じた

ディヤウシュ・ピトリ=ヴェーダに見えるインド神話の神格にして天空神であり、雷、雨、豊穣を司る神/地母神であるプリティヴィーの夫であり、ウシャス、アグニ、インドラの父/リグ・ヴェーダでは諸々の河はディヤウスの末娘であるとされる/他の印欧語族の天空神、例えばギリシア神話のゼウス、ローマ神話のユーピテル、北欧神話のテュールと起源、語源を共有する

パラディオン=ギリシア神話やローマ神話において都市の安全を守るとされた非常に古い像/ラテン語ではパラディウム、ギリシア神話では特にオデュッセウスとディオメデスがトロイアの城塞から盗んだアテナの木彫神像を指す/この像は後にアイネイアスがローマとなる地に持ち去った/ローマに関わる伝説は、ウェルギリウスの叙事詩「アエネーイス」や他の作品と関連している

アストラリウム=天文学的な情報、例えば太陽、月、十二宮の星座、時には主要な惑星の相対的な位置などを示すための特殊な装置と文字盤を備えた時計/「天文時計」の語によって示されるものに厳密な決まりはなく、時刻の他に何らかの天文学的情報が表されているもの全般が含まれる/それらの情報には天球上の太陽と月の位置、月齢、黄道上の太陽の場所に対応する星座、恒星時、さらには食を示す月の黄道との交点や回転する星図など、様々なものがある

天文時計には普通、天動説に基づいた太陽系があしらわれていて文字盤の中央には地球を表す円盤や球が置かれていることが多く、これが同時に太陽系の中心を示している/太陽はしばしば金色の球で表され、24時間で地球のまわりを1周する/このように表現することで日常的な体験、あるいはコペルニクス以前のヨーロッパにおける哲学的世界観と一致させている

交喙=イスカはスズメ目アトリ科に分類される鳥類の一種でヨーロッパ、アジアの北部や北アメリカに広く分布し、日本には主に冬鳥として渡来するが年によって渡来数の変動がある/少数だが北海道や本州の山地で繁殖するものもあり、全長約17cm、体重約35〜40gでスズメよりはやや大きく、翼長およそ9.5cm/雄は翼と尾羽は黒褐色で他は暗赤色、雌は額から背がオリーブ緑色で体下面は黄色がかった白色、羽は黒灰色である/嘴が上下で交差しており、これが英名の由来となっている……舌は螺旋状になっており、先端にハート型の突起がある/主に針葉樹林内で生活し、非繁殖期は数羽から10数羽の群れで行動する/樹木の種子や小さな昆虫を餌とし、特にマツの種子を好む/嘴を用いてマツの実を開け、そこから舌を伸ばしてハート型の突起にマツの実を引っかけて食べる/主に樹上で採餌するが地上に降りて水を飲む姿がよく観察される

ダクワーズ=アーモンド風味のメレンゲを使った焼き菓子で語源はフランスの温泉保養地ダクスに由来する/19世紀末に存在した「アンリ4世」というお菓子が祖形と言われ、このお菓子のスポンジ状の生地を改良したものが「ダコワーズ」であるとされる/もともと、アントルメの底生地として、クレーム・オ・ブール〈バタークリーム〉を塗って複数枚を積み重ねる形で使われており、生菓子としても使われていた/小判型の物は日本生まれであり、外側がパリッと中はしっとりしているのが特徴で福岡市浄水通の菓子店「16区」のオーナーシェフ・三嶋隆夫がパリ16区の菓子店「ARTHUR」のシェフを務めていた1979年に考案した/「これを和菓子の最中に相当するものにできたら新感覚の焼き菓子ができるのではないか」と考えた彼は試行錯誤を繰り返し、1981年に福岡に店をオープンする時、この菓子の名前を本来のフランス語の発音である「ダコワーズ」から響きがいいようにあえて「ダックワーズ」と変えて売り出した

卵糖=カステラは鶏卵・砂糖・水飴・小麦粉を混ぜ合わせた生地をオーブンで焼いた菓子でポルトガルから伝わった南蛮菓子を元に日本で独自に発展した和菓子/プレーンタイプにも蜂蜜・牛乳を加えることがあり、チョコレート・抹茶・黒糖などを加えた変種も存在する

スポンジケーキの一種であるとされカステラに使用される小麦粉の量は卵、砂糖、水飴によって形成される気泡のつなぎとして必要最小量であり、同様に少ない小麦粉で作られるスポンジケーキとは違い油脂を使用していない/正方形または長方形の型に流し込んで作る棹カステラの他、ロールカステラ、一口カステラ、鈴カステラ、蒸しカステラ、沖縄の鶏卵糕〈チールンコウ〉、カステラ饅頭、釜カステラなど様々な形がある/植物性原材料のみ使用を基本とする和菓子にあって、カステラは鶏卵を使い南蛮菓子が和菓子に与えた影響のひとつとされている/また、近代以降は水飴の使用が普及し一般的な棹カステラは水飴を使用しているが蜂蜜や白ザラメも使用されるようになり、明治時代と比べても甘味は強くなっている/由来はイベリア半島に存在したカスティーリャ王国のポルトガル語発音である「カステラ」であるとされ、「ボロ・デ・カステラ〈カスティーリャ王国の菓子の意〉」が「カステイラ」あるいは「カステラ」になったと言われている/1704年〈宝永元年〉刊行の「長崎名物尋考」には「カステイラという菓子は、本名カストルボルというを訛りていうなり」という記載があるという/異説としてスペインやポルトガルでメレンゲを泡立てる際に「城のように高くなれ」というかけ声をかけることから、カステロがカステラとなったのではないかとする説もある/ただし、卵白をメレンゲ状に撹拌する手法は日本にカステラが伝わった後に普及したのであり、カステラの語源とするのは妥当でないとする見解もある

夏目漱石は1907年〈明治40年〉に発表した「虞美人草」で、西洋菓子について「チョコレートを塗った卵糖〈カステラ〉を口いっぱいに頬張る」と記して()()という当て字を考案したが、この当て字は他に用例も少なくチョコレートケーキに使われているスポンジケーキを指していたと考えられる

CH-54タルヘ=アメリカ陸軍向けにシコルスキー社で開発された双発クレーン・ヘリコプターで本機の名称であるタルヘは、18世紀のワイアンドット族〈アメリカ原住民〉族の酋長の名から付けられた〈また、彼のあだ名は「ザ・クレーン」であった〉/民間モデルの名称はシコルスキーS-64

シコルスキー社の「スカイクレーン」ヘリコプターの構想は1958年にレシプロエンジン搭載のS-60から始まったがターボシャフトエンジンを搭載したS-64スカイクレーンは1962年5月9日に初飛行し、アメリカ陸軍は最終的に105機をCH-54の名称で購入した/ベトナムではCH-54は輸送、墜落した航空機の回収に使用された/1947年にジェームズ・ギャビン将軍が著書「空挺戦争」の中で提唱した取り外し可能なモジュールシステム〈ポッド〉のおかげで大きな成功を収めた/初期のポッドは兵員と外部吊り下げ物を同時に運ぶことはできなかったがCH-54の改良型ポッドは兵員と外部吊り下げ物を同時に運ぶことができた

スカイクレーンは貨物を吊り下げるだけではなく、前進飛行時の抵抗を減らし振り子運動を防ぐために貨物を機体中心線に沿って強固に保持することができた/ホバリング状態から車両の吊り上げ吊り降ろしができたためヘリコプター自身は着地する必要が無かったが予算が削減されたため重リフトヘリコプター計画はキャンセルされ、より強力なエンジンが搭載されることも無かった/ボーイングCH-47チヌークが徐々に実戦配備されてもスカイクレーンは1990年代初めまで州兵部隊に就役していた/ソビエト連邦もCH-54に似た骨格デザインの、より大型のクレーンヘリコプターを製造した

CH-47チヌーク=ボーイング・バートル〈現ボーイング・ロータークラフト・システムズ〉が開発したタンデムローター式・ターボシャフト双発の大型輸送ヘリコプター/試作機は1961年9月21日に初飛行、量産型1号機は1962年8月16日にアメリカ陸軍に引き渡された/以後、順次に改良を加えつつ試作機初飛行から60年が経過してもなお生産が継続されており、生産数は1000機を超えている/もともとバートル社のV-107をもとにアメリカ陸軍の要求にあわせて大型化・強化した輸送ヘリコプターで、V-107と同じくターボシャフト双発のタンデムローター機で、貨物・車両の積み降ろしが容易な箱型の胴体の前部にコクピットを設けている/配備直後からベトナム戦争で実戦投入されており、榴弾砲と弾薬、砲兵隊員を同時に輸送可能という高性能が買われて広く活躍した/またその後も改良を重ねつつ生産が続けられており、日本の自衛隊を含めて世界的に広く用いられている/愛称の「チヌーク」は北アメリカのネイティブアメリカン部族の「チヌーク族」から命名された

機体構造はコクピットとキャビン、後部胴体の3つのセクションから構成されている/各セクションはアーチ状のフレーム〈円框〉と前後に延びるストリンガー〈縦通材〉、そしてコクピット後方のバルクヘッド〈隔壁〉からなるセミモノコック構造になっており、天井部分や窓の上下などにはロンジロン〈強化縦通材〉が使われている/コクピットセクションの後方右舷側にはキャビンドア、左舷側には脱出用ハッチが設けられている/またキャビンセクションの床面にはユーティリティハッチが設けられており、有事の脱出口のほか貨物のスリング輸送の際の操作・監視にも用いられる/なおこのハッチは完全密閉が可能で、キャビンセクションは水密区画となっている/キャビンセクションには左右3ヶ所ずつ、後部胴体セクションには左右1ヶ所ずつの丸窓が配置されているが、いずれもはめ殺しであり脱出時にはパネルごと投棄する必要がある/後部胴体セクションの後端はカーゴランプになっている/コクピットセクションと後部胴体セクションの上方には、それぞれ前・後のローターを設置するためのパイロンが設けられている/これらのローターはいずれも前方に傾斜した形で取り付けられているため、回転するときに互いのブレードが接触しないよう後部パイロンのほうが50インチほど高くなっている/また機体の両脇には胴体ポッドが設置されており、燃料タンクや主脚などはここに配置されている/特に主脚をここに配置することで、クラッシュランディングの際にもキャビンセクションに衝撃が直接伝わることを避け、修理の手間を減らせるよう工夫されている

前部ローターを左回り、後部ローターを右回りに回転させることで回転トルクを互いに打ち消すタンデムローター方式を採用している/エンジンからの出力はエンジントランスミッションで約90度変換された後、機体中央のコンバイニング・トランスミッションに入る/ここで2基のエンジンの回転がひとつに結合されて、前方および後方に伸びるシンクロナイジング・シャフトに伝達される/このシャフトの回転数や方向は文字通りシンクロナイジングしており、それぞれ前・後部回転翼ドライブトランスミッションに入り、ローターを駆動する/回転翼ドライブトランスミッションをコンバイニング・トランスミッションの前後に配することで複雑な逆転機構などがなくても回転方向を逆転させることが可能となっている

インマルサット=通信衛星による移動体通信を提供する民間企業及び、その商標で1979年に設立された国際機関である国際海事衛星機構の事業部分を引き継いだ企業であり、社名も同機関の略称に由来していて商標権は同機構にある/衛星電話と無線パケット通信事業を行っている/現在運用中の衛星は合計11基で内訳は第2世代のInmarsat-2が3基〈うち1基は予備機、当初4基が打ち上げられたが1基は運用を終了〉、第3世代のInmarsat-3が5基、第4世代のInmarsat-4が3基、第5世代のInmarsat-5が3基、第6世代のInmarsat-6は2基発注済で、2020年以降の打ち上げが予定されている/これらの衛星と地上設備端末の間で、音声通話やFAX通信、データ通信、テレックス、インターネット等の送受信が可能/この場合の地上設備とは船舶電話、陸上可搬電話、航空機電話などを指し、これらの端末はアンテナの大きさや利用出来る機能によりインマルサットA/B/C/D/M/ミニM/Fleet/Aero/BGAN/GXの10種類に分類されている

イリジウム=イリジウム・コミュニケーションズは衛星電話・衛星インターネット接続サービスを提供するアメリカの企業/イリジウムとはモトローラ社のCEOであったロバート・ガルビンが1998年にサービス開始した衛星電話・衛星インターネット接続サービスの名称で、最初のイリジウムが1999年に経営破綻した後に同社の設備を継承するイリジウム・サテライトとして誕生、2009年の合併により今日の名称となっている/高度780kmに66個の衛星を運用する衛星通信サービスで、当初は77機の衛星によるコンステレーションで計画されたため、原子番号77のイリジウムにちなんで名づけられた/モトローラが約18%、日本イリジウムが約11%間接出資する「IRIDIUM LLC」社が事業を担い、1997年12月からイリジウム通信衛星が長征2CとデルタⅡにより順次打ち上げられ1998年11月にサービスを開始した/しかしながら当初から懸念されていた通信衛星のインフラ投資負担の重荷と大型で高額のハンドセット〈日本では40万円前後で販売〉によりアメリカで5万台程度の契約数に留まったことで開始後1年弱の1999年8月に連邦倒産法第11章を申請し倒産、2000年3月サービス停止した/2000年11月にイリジウム・サテライト社が全ての資産を買い取ることで合意/2004年4月にボーイング社への衛星維持費の支払いの軽減、世界10数ヶ所に存在した関門局〈アースターミナル〉を廃止しアリゾナ州の地球局へ一本化、全社員を700人から100人へ人員削減を行い、主に米国政府・国防総省などを相手先とした通信サービスを行う事業モデルに変更して再出発している

トライアル・バイク=災害救助を担う静岡市オフロードバイク隊では、HONDA TLM220、ヤマハ・セロー225WE、ホンダ・TLM220など、トライアル競技用やそれに近い車種を配備している

ショベルローダー=前方にパワーショベル、バケットを備えた特殊自動車で労働安全衛生法において車両系荷役運搬機械の種類として分類されている/主に工事現場などにおいて土砂などをトラックに積み込んだり農場で堆肥等の積込に使用する/また、降雪地帯においては除雪作業にも用いられ機能としては地表面より上にある資材〈土砂、堆肥、雪等〉をバケットにすくい上げし持ち上げ、トラックの荷台等に積込みすることができるが、地表面より下に穴を掘ることはできない

バックホー=油圧ショベルの中でも、ショベル〈バケット〉をオペレータ側向きに取り付けたもののこと/オペレータ側向きのショベルでオペレータは自分に引き寄せる方向に操作し地表面より低い場所の掘削に適している建設機械/一般的に無限軌道あるいは車輪を備えた走行装置上部の車体全体を旋回させる機能を有するのが特徴であり、これは英語ではエクスカベータと呼ばれる

次亜塩素酸ナトリウム=水酸化ナトリウムの水溶液に塩素を通じて得られ、物質は不安定なため水溶液として貯蔵、使用される/プールの殺菌などにも使用されており、家庭用に販売されている液体の塩素系漂白剤や殺菌剤〈洗濯用、キッチン用、哺乳ビンの殺菌用など〉などに使用されていて、製品によっては少量の界面活性剤やアルカリ剤などが加えられている/また風呂水の殺菌・再利用にも用いられ、業務用が市販されている/消毒にも使用され、適切な濃度で使用すればノーウォークウイルスを含む多くの細菌やウイルス、芽胞に効果を示すため医療器具やリネンの消毒に使用されている

キッチン・ハイター=花王が販売する台所用塩素系漂白剤及び酸素系漂白剤のブランド/塩素系の次亜塩素酸ナトリウムが主成分で他にアルカリ剤として水酸化ナトリウムなど/液性はアルカリ性で酸性の洗剤と混ぜると塩素ガスが猛烈に発生してくるので危険、決して一緒に使ってはいけない/そのためラベルには「混ぜるな危険」の表示がしてある/アルカリ剤は容器中で次亜塩素酸ナトリウムの分解を防ぐためにある/強アルカリ性なので必ずゴム手袋をして使う必要がある

ドクターカー=心電図モニタや超音波検査装置、除細動器、人工呼吸器などの医療機械を搭載し、医師・看護師らが同乗して、医療機関搬送前の現場などへ直接出動する救急車の一種/時と場所を選ばず発生する重症患者に対して、いかに速やかに適切な初期治療を開始できるか、これが患者の予後を大きく左右する/「現場活動型救急医療」と位置付けられるドクターカーやドクターヘリは、救急医療に精通した医師や看護師らが事故現場や傷病者発生現場などに出向くことにより、傷病者発生から初期治療までの時間を大幅に短縮し、以って重症患者の良好な転帰の獲得を目指すシステムである

ボスミン=昇圧薬の作用機序は末梢血管を収縮させることにより、血管抵抗を上昇させて血圧を上昇させるもの〈血管収縮薬〉と、心筋収縮力を上昇させて血圧を上昇させるもの〈陽性変力薬〉に大別される/血管収縮薬と陽性変力薬の作用を併せ持つものもあり、例えばカテコラミンα受容体作動薬やβ受容体作動薬でもあるアドレナリンが該当する/アドレナリンはノルアドレナリン以上に強力なα作用とβ作用をもち、商品名としてはボスミンが有名……心肺蘇生、アレルギー疾患、ショックの対応で用いられる/心肺蘇生時は1mgを3分~5分間隔で静注していく

72時間=災害における人命救助に関する用語で、「黄金の72時間」「被災から72時間」とも呼ばれる/朝日新聞によれば、一般に人間が飲まず食わずで生き延びられる限界が72時間で、1995年〈平成7年〉1月17日に発生した兵庫県南部地震〈阪神・淡路大震災〉において、救出者中の生存者の割合が発生から3日を境に急減したという2点を根拠とした表現ということになっている/しかし受傷からの時間経過と死亡率との間に科学的に明確な関係は認められないとの考察が北米における研究ではなされており、時間経過で区切った「外傷の黄金時間」そのものが疑問視されている/英語圏のサバイバル業界においてしばしば用いられる人の生存の目安 "rule of threes”〈3の法則〉によれば水を飲まなければ3日間、でおおよその生存限界となり、脱水症状によって死に至ることになる/しかし脱水症状は天候などに大きく左右され、気温が高ければ熱中症を合併して症状はさらに悪化する/逆に快適な空間であれば大人は飲水なしで1週間以上生き延びられるという

チェンタウロ戦闘偵察車=イタリア陸軍の制式戦闘偵察車〈装輪装甲車〉で、名称はギリシア神話に登場するケンタウロスにちなんでおり、戦車と装甲車の中間的な車両であることを示している/サイズは戦車に匹敵するが重量はアリエテの約半分と軽量で前方にエンジン、後方に砲塔が配置されている/車体前部左側が操縦士席で右側が機関室、後方は戦闘室となっている/後期型は弾薬を下ろしたスペースに4名の兵員を収容可能とした準歩兵戦闘車であり、弾を撃ちきって退却する際に歩兵を回収するなど柔軟な運用が可能となった/主砲としてオート・メラーラ社製52口径105mmライフル砲を搭載するが、これはオート・メラーラ社によって独自開発されたもので、西側諸国の第2世代主力戦車の主砲として幅広く採用されたロイヤル・オードナンスL751口径105mmライフル砲よりも長砲身の砲だが弾薬は共通したものを使用することができる/重量は25トンに達するが、全8輪が駆動し高級な油圧式のサスペンションも採用されて、舗装路での最大速度は108km/hに達する

ダーツガン=麻酔薬の入った注射筒やダート〈矢〉を空気圧で射出する銃/空気銃の一種でライフル型のものと拳銃型のものがある/また、麻酔以外の抗生物質やワクチンなども近寄らずに撃つこともでき、英語ではダーツガンと呼び、特に麻酔を使用する場合はトランキライザーガンと呼ばれる/主に中・大型の野生動物保護の際や、動物園で動物が逃げ出した場合などの捕獲用に利用されるほか、中国では非殺傷兵器として対人用の麻酔銃が存在している

ユーロコプターEC155=現エアバス・ヘリコプターズが開発・製造した中型輸送ヘリコプターでAS356ドーファンの発展型であり、1997年に初飛行した/ユーロコプターからエアバス・ヘリコプターズへの社名変更に伴い現在はH155と改称されている/EC155はAS356よりキャビン容量が30%拡大されて尾部ローターには引き続きフェネストロンが用いられているが、主ローターは4翅から複合材製の5翅となり直径も拡大した/ターボシャフトエンジン2基を機体上部に搭載し、エンジンはFADECによりコンピュター制御され、緊急時には出力向上がなされるし、除氷装置も装着することができ寒冷地での運用にも対応している/機首は長く伸ばされ、内部には電子機器を納めていてコックピットはグラスコックピットとなっている/乗員は1ないし2名で運行し、乗客は通常12名、最大13名を搭載できる/VIP輸送型は5から8名程度の定員となり、航空救難型は医療スタッフ4名・担架2個または医療スタッフ2名・担架4個を搭載する

グラスコックピットとは乗り物の操縦、運転に必要となる各種情報をアナログ計器〈シンクロ電機などの機械式〉やランプなどを用いず、ブラウン管ディスプレイCRTや液晶ディスプレイLCDに集約表示した操縦席

キッチンカー=食品の調理設備を備える車両のことで、厨房機器を備えているため日本における車両の分類上は多くの場合特種用途自動車の一種となるが、ほとんどの車両には飲食のための客席を車内に備えられていないため、道路運送車両法等に定められる食堂車と同義とは必ずしもいえない/一般に食品の移動販売、ケータリングに用いられるが、陸上自衛隊で使用される野外炊具、警察の機動隊等の調理施設を備えた車両も一般にキッチンカーと呼ばれている/「フードブース」や「フードカート〈屋台〉」などと共に毎日25億人にサービスを提供する屋台業界を構成する/北米ではサンドイッチやハンバーガー、フライドポテトなど一般的にファーストフードを提供するものが多く、日本などでは地域の名産品を販売する車両も存在する/2010年代初頭、個人宅や旧工場、レストランなどの一部をイベントなどで一時的に貸し出す「ポップアップレストラン」の流行によって様々な料理を提供するフードトラックも人気となり、その中でも特にエスニック料理が人気を博している/日本での「キッチンカー」の形態としては移動販売や屋台の発展形として石焼き芋や蕎麦、ラーメン等があり、またキッチンカーの形態を持ち込んだものとしてはピザやクレープ、ケバブ、アイスクリームなどもあり、この形態を活用してから揚げ、丼物等の日本食も扱われるようになっている/2011年3月の東日本大震災の直後から復興にむけての支援や、コロナ禍におけるテイクアウト需要の高まりによりキッチンカーの需要も高まっており、群馬県前橋市では2021年4月から6月までのキッチンカーでの営業許可件数が全体の15%を占めるまでに増加しており、新規参入者に対するマッチング支援を行うサービスや経営コンサルティング事業を行う企業なども増加している/ハウス食品でもキッチンカーの貸し出しや食材の提供、キャッシュレス決済サポート、場所の確保などプラットフォーマーとして参入を表明している/行政側でも飲食店の企業支援策や地域活性化策の一環として支援しており、補助金の給付や場所の提供などを行っていて福井県勝山市ではキッチンカーの開業に対し最大500万円の補助制度を発表しており、敦賀市でも100万円を上限に補助する制度を開始している

世界のキッチンカー事情としては、アジアの中でも特に台湾は朝昼晩の3食とも外食で済ますほど外食文化が進んでおり、一人暮らし用のアパートにはキッチンがないのが標準となり簡易食堂で販売される一品料理「小吃〈シャオチー〉」が安価で提供されている/中国では、無人搬送車〈AGV〉を利用した無人キッチンカーが上海張江ハイテク産業開発区に登場しており、朝食を満載したAGVが地下鉄駅前に停車し販売を行っている/車輛に設置されたタッチパネルを操作し、スマートフォンの電子決済サービスを利用した支払いを行うと購入した商品が取り出せる仕組みとなっている/また、公園やエンターテイメント施設でも運用され、合計200台以上が稼働している/中国のベンチャー企業「新石器〈Neolix〉」が自律走行車両の公道試験の認可を受けたことで「ケンタッキーフライドチキン〈KFC〉」コラボレーションによる無人フードトラックなども誕生している/アメリカ合衆国のキッチンカーの起源は19世紀初頭、牛の買い付けに際し、生産地である西部から消費地である北部・東部への数か月にわたる牛の移動が強いられたためチャックワゴンという移動式調理施設が南北戦争の放出品の馬車などからチャールズ・グッドナイトによって作り出された/また、もうひとつの起源として19世紀後半に入り主に都市部で、サンドイッチやパイといった軽食をビジネス街で提供する調理施設を備えた車両がみられるようになっている/どれも安価で手軽な食事スタイルが定評であると共にある種のなつかしさや郷愁を誘うものとして人気を博している/イギリスでは動力移送の出現により第二次世界大戦時代からキッチンカーはもちいられ、兵士の士気を高めるものとして各地の劇場などで紅茶などを提供する女性の茶汲みである「ティーレディー」等によって利用されていた/現在ではスナック・バンとして知られ、タコス、ハンバーガーのほかドーナツなど幅広い食品を扱い、ほぼ全ての幹線道路の人出のある地域の路肩などに見られ、旅行者の中には比較的高価なサービスエリアなどよりも安価なキッチンカーの料理を好む者もいる/ベルギーでは郷土料理であるフライドポテトのキッチンカーが古くから見られ、ブリュッセルでは毎年5月にヨーロッパ最大のキッチンカーフェスティバルが催されている

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災で日清食品がキッチンカーを派遣したことが災害支援の転機となっており、創業者である安藤百福は被災地の様子をみて戦時中の悲惨な光景を思い出し、所有していたキッチンカーを直ちに現地に派遣するよう指示を出しており、現地で1600食のチキンラーメンが無償で提供された/吉野家でも所有するキッチンカーを現地に派遣しており調理用テントを設営した形で被災地支援を行っている/災害発生時、緊急支援物資が集積される公民館などでは人手や車両・燃料不足・道路寸断などによる配送網の欠如から各避難所に対し物資が届けられず、中でも食料品は腐敗することで放置される傾向にあり、幼児の離乳食やミルク不足、食品アレルギーや疾患、老人への介護食の問題などの他に収容人数に対し食料数が足りない場合、平等に配ることができなくなるとして廃棄される事例も発生している/また避難所に指定されている場所の大半が公民館や体育館などであるため調理環境が整っておらず、備蓄したインスタント食品も調理するためのお湯が確保できないことで配給されず、設置されている場所で被災した場合もライフラインが復旧するまで時間が掛かるうえ断水によって手洗いができず、トイレ問題など衛生環境が日々悪化することで東日本大震災で開設された福島県のビッグパレットふくしま避難所ではノロウイルスによる集団食中毒が発生している/被災者自身が炊き出しを行う際も大量調理の技術や食品衛生に関する知識を持ち合わせている人が少なく、その都度話し合いが必要となり食材が痛むことで同様に食中毒を引き起こす可能性などが指摘されているため、災害時の炊き出し施設として愛媛県今治市と松山市、西条市、岐阜県海津市、香川県満濃町、神奈川県、大阪府大東市、三重県川越町と朝日町、岐阜県各務原市、静岡県などでは業界団体と協定を結んでいる/日本最大級のモビリティビジネス・プラットフォームを展開する「Mellow」では災害時に被災地へ駆けつける災害支援団体「一般社団法人フードトラック駆けつけ隊」を2021年7月に設立した

ガパオライス=タイ料理のひとつで最も人気のあるタイのアラカルト料理/パットガパオは豚肉、鶏肉、牛肉など肉類、あるいは魚介類をガパオとニンニクで炒めたものである/白飯および目玉焼き、またはカイダーオが添えられる/主な調味料はシーユー、ナンプラー、オイスターソース、砂糖黍、プリッキーヌである

排骨飯=排骨〈日本式発音: パイクー〉は中国語で豚などのスペアリブ、すなわち骨付きばら肉〈肋肉〉の意味で一般的な調理法として衣をつけてから油で揚げてさらに醤油味のタレで煮付ける場合もある/またスペアリブ以外に骨無しのばら肉やロース肉で代用したものも「排骨」と呼ぶことがある/片栗粉でとろみをつけた醤油味のタレとともに白飯にのせたものが排骨飯〈日本式発音:ぱいこーはん〉

パニーノ=パンで具材を挟んだイタリア料理の軽食で、正しくは「具を詰めたパニーノ」という意味のパニーノ・インボッティートという/狭義ではサンドイッチやハンバーガーを除き、チャバッタやロゼッタなど伝統的なイタリアのパンに具材を挟むものをさし、バールなどではショーケースに陳列されている他各種食材店でもその場で作ってくれる店がある/具材はトマト、モッツァレッラなどのチーズ、ハム、ローストビーフやポルケッタなどの肉製品の薄切り、レタスなどの野菜を組み合わせ、マヨネーズ、ケチャップ、マスタードは基本的に用いない

ホットサンドメーカーを使って表面をグリルしたパニーノはイタリアでは俗にトーストと呼ばれ、食パンの一種パーネ・イン・カッセッタの薄切りが用いられ、プロシュットとプロセスチーズをはさむことが多い

ジョン・C・ステニス=アメリカ海軍の航空母艦でアメリカ合衆国連邦議会上院軍事委員会委員長として海軍力増強に努めたジョン・C・ステニスに因んで命名された/1991年3月13日、ニューポート・ニューズ造船所で起工し1993年11月11日にマーガレット・ステニス・ウォンブルによって命名、進水、1995年12月9日に就役、就役時の母港はサンディエゴ/満載排水量:105500t/全長:333m/最大幅76.8m/原子炉:ウェスティングハウスA4W加圧水型原子炉2基/主機:蒸気タービン4基/出力:260000hps〈210 MW〉/推進:スクリュープロペラ4軸/速力:30ノット〈56km/h〉以上/乗員:士官・兵員:3200名・航空要員:2480名/兵装:RIM-7シースパロー短SAM2基・RIM-116RAM2基・ファランクスCIWS3基/搭載機現在:70機前後

V-22オスプレイ=アメリカ合衆国のベル・ヘリコプター社とボーイング・バートル〈現:ボーイング・ロータークラフト・システムズ〉社が共同で開発した垂直離着陸機で、愛称はオスプレイ……タカ目の猛禽類の一種である「ミサゴ」を意味する/ティルトローター機でありヘリコプターと同様に垂直離着陸能力を持ちながらそれを上回る高い航続性や速度能力を有する/回転翼軸の角度を変更するティルトローター方式を採用することで飛行中でも固定翼機とヘリコプターの特性を切り替え可能で従来方式のヘリコプターに比べ、高速かつ航続距離に勝る特性がある/アメリカ連邦航空局においてはパワード・リフト機に分類されている

大きな3枚のプロップローターと呼ばれる回転翼がロールス・ロイスT406エンジンと共に固定主翼の両端に備わっている/このプロップローターを駆動するターボシャフトエンジンは減速ギアや補助機材と共にエンジンナセルに収められ、固定翼の両端に装備されている/このポッド状のナセルとプロップローターは一体で固定翼内端部の転換アクチュエーターの油圧機構により前方から上方へ向きを変更できる/左右の転換アクチュエーターは左右で角度を同調するようになっている/角度の変更速度は毎秒8度で、90度の変更には11秒程度かかる/左右のエンジンは片方が停止しても機体が墜落しないよう左右の駆動出力軸が固定主翼内部のクロスシャフトで連結されており、左右のプロップローターを駆動させることができる/1基のみでの飛行時には短時間ながら緊急時最大出力5093kWを得ることができる/またエンジンの吸気口にはEAPS〈エンジン空気粒子セパレータ〉が、排気口には赤外線排出抑制装置が備わっている

ロカビリー=ロックンロール音楽の最も初期の様式のひとつであり、その誕生はアメリカ合衆国南部の1950年代にさかのぼることができる/ロカビリーはブルースやR&Bとカントリー・ミュージックの混合体として説明される場合が多く、 ロカビリーという用語自体は、「ロック」と「ヒルビリー」の合成語であり、ヒルビリーはカントリー・ミュージックと呼ばれる以前のジャンルに与えられた名称だった/ロカビリーに重要な影響を与えたジャンルには、ブルース、ウエスタン・スウィング、カントリー、ブルーグラス、ブギウギなどがあげられる/主に白人ミュージシャンによるロックンロールの中で特にカントリー・アンド・ウェスタンの要素が強くビートを強調したものをロカビリーと呼び、アコースティック・ベースを使うスラップ奏法が取り入れられた

シンコペーション=西洋音楽において拍節の強拍と弱拍のパターンを変えて独特の効果をもたらすこと/簡単に言えば、シンコペーションとは「リズムの規則的な流れを変えたり、中断したりすること」、つまり「通常は発生しない場所にリズムの重心やアクセントを配置すること」である

射撃残渣=銃器の射撃を行った際に生じる粒子の総称で、発射薬成分や雷管用火薬の燃焼残渣および弾丸が銃腔を通る際に生じる金属残渣等が含まれ、発射残渣とも呼ばれる/一般的なトリシネート系実包を射撃した際には鉛、アンチモン、バリウムを多量に含んだ金属粒子が発生する/このような粒子は一般的に環境中から検出されないとされており、射撃の客観的な証拠となりうる/以前には発砲の際に発生する硝酸塩をジフェニルアミン等の試薬で検出する方法がとられていたが、花火やライターなどでも陽性を示すこともあり現在は行われていない

ローディ=主としてポピュラー音楽の業界で楽器の手配、積み込み・積み卸し、輸送、据え付け、調整といったコンサート業務や楽器のメンテナンスおよび管理、ミュージシャンに対するサポートなどの業務を行う人々のこと/ロックなどのコンサートではギターやドラムなどの楽器の他にアンプやPAなどの大規模な設備が必要であり、ミュージシャンだけでは輸送や設営が困難であるため、また巡業では楽器等の運搬だけではなくミュージシャンのメンタル面のサポートを含め、大小の雑事を解決していく必要があり、そういった事情からローディー、ロードマネージャーという役職が生まれた

PAエンジニア=電気音響設備を用いて公衆伝達を行う技術者で、音響機材の操作のみならずシステム設計、施工、メンテナンスに至るまでの幅広い技術的知識と技能及び演目に関する深い知識が要求される/PA装置を操作し舞台上の演奏される音を会場の音響特性に合わせて最適な音質で提供することが求められる/会場内のどの場所でも同じ音量と音質で聴けることが理想で、演奏者によっては音質に関して強いリクエストを求めてくることもあり、それに応える能力も求められる

チーフエンジニアは客席に提供する音の最終責任者であり、作業の監督者である/自ら客席に提供する音のミキシング作業を行うことも多く、ミキシング作業を行うPA席は通常観客席の真ん中から後方に配置されることが多く、舞台上のマイクセッティング、チェックなどはチーフがアシスタントに指示を出して共同作業で行うが規模が大きくなると舞台上のモニターシステムの調整を担当するエンジニアが加わる/モニターエンジニアは舞台上の演奏者とコミュニケーションを取り合って舞台上の複数のモニタースピーカーやイヤホンのバランスを個別に調整する/モニターエンジニアがいる場合、客席の担当者はハウスエンジニアと区別されることがある/両者の技術力に明確な差は見られないが、専門化する傾向がある/また、近年ではアリーナなど広大な場所での音響管理に対応するため、スピーカーの配置計画や調整を専門に行うエンジニアも現れている/このようなエンジニアはシステムエンジニアと呼ばれてレコーディング・エンジニア以上に音響工学に対する深い理解が要求される



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私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします

別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください

短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です

https://ncode.syosetu.com/n9580he/


挿絵(By みてみん)

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拙作「ソランへの手紙」にお越し頂き有り難う御座います
お気に召された方はブックマーク★★★★★感想をいただけると嬉しいです
別口で“寝取られ”を考察するエッセイをアップしてあります
よろしければお立ち寄り下さい
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