69.シャザルワーン巡礼回廊の攻防
“フランキーの奇禍”として記された、全パラレル・ワールドを横断して裏から監視する上位組織、“千年世紀守護神”――ミレニアム・ガーディアンに残された膨大な記録に拠れば、嘗てのシィエラザードの世界は辛うじて生き残った。
しかし人々の生活圏は3割ほどが逸失され、永遠に復旧の見込めない、従って生命の芽吹くことの無い汚染地帯と化した。
やがてパラレル・ワールド全体を驚愕させた大奇禍の発端は、この名も無き野蛮な惑星で起きる。
全ては辺境に過ぎないシィエラザードの世界の小さな地域紛争から端緒は発しているが、“シャザルワーン巡礼回廊の攻防”として知られるこの争いこそが、謎のテロリスト・グループ、“ゲハイム・マイン”が高次文明で構成されたパラレル・ワールド連合の歴史に登場した最初の事件だった。
昔々の話である。
嘗て、この星に幻魔が支配する文明が存在した。
この世界の存在意義――より凶悪な幻魔を造り出すとした基底現実“アリラト”の目的からして、長い々々悠久の中には人間達が制御出来ない、そしてビスミラと言う聖器物に封印されるを良しとしない幻魔達が生まれても、そしてそんな幻魔達の国が勃興してもなんら不思議は無かった。
しかしながら力で覇を競うのが、幻魔が信条……とてもではないが人間の価値観とは相容れない思考をするのが幻魔である。
幻魔達が築いた世界は先史人類の営みを模倣してはいたけれど、音楽、美術、建築と言った様式文化から、経済活動や商業面、或いは生活基盤や社会構造面に至る迄、凡ゆる点で異質と言えた。
まず為政者の頂点が領地を支配する形態から違ってくる。
幻魔大帝がおわす巨大な魔界城と城下の都市部は、親衛隊を抱える軍部や魔導書編纂部の研究者達、様々な魔道具を拵える職人ギルドの面々、錬金術で都市機能の基盤を支える公僕と、およそ1000万の幻魔が犇めいている。
王城も街並みもおどろおどろしく歪む特異な意匠で埋め尽くされてはいるが、それは支配者の都の外見に過ぎず、この魔界王都ヴェンディダートの本質ではない。
最も端的に特徴を上げるとしたら、この王都は歩いている。
大地を伸し歩く雲突く巨体は、アクーパーラと言う伝説上の神亀であり、幻魔が使役する霊獣だった。
魔都ヴェンディダートは、この山塊のような亀の甲羅を半ば刳り貫いて市街区が広がり、薄気味悪い異形の尖塔が林立していた。
歴代の幻魔大帝は、このヴェンディダートごと支配する属領を巡回し、ときには征服し、平定し、中央集権的に地租や献上品などを課しては圧政を布いていた……何しろ弱者を虐げる弱肉強食こそが正義の幻魔である。
幻魔城の西の門番であるドライドは、シフト勤務製の夜警の任が解かれる朝方に交代の門番が来るのを待っていた。
東の空が白み始めている。
この時代の星の気候は温暖で明け方はそれなりに冷え込むのだが、ここ赤道に近い湿潤遅滞には熱帯雨林が繁茂していた。
「昨夜はやけに揺れたが、大きな密林帯でも越えたか?」
ドライドは大男の魔人だったが、城付きの番兵として仕える身であればお仕着せの黒鋼製のプレート・アーマーに身を包んでいた。
手持無沙汰の退屈から、つい独り言を呟いて仕舞う。
早く帰って、夜勤明けの一杯を行きつけの店で遣りたいものだ。
足繫く通っている立ち飲みの幻覚剤屋は、もう300年来の馴染みだ……先代の店主、麻薬スパイスの調合とレシピ開発に取り憑かれた親爺が生み出した“暗黒竜の溜息”と名付けられた阿片カクテルが気に入って常連になった。
店で一番人気なのは最高純度の魔薬で、飼育した人間の脳内エンドルフィンから抽出して闇発酵の腐敗熟成に60年寝かせたものらしい。
だが自分は、阿片の方が好きだった。
交代の傍輩を待ち侘びた挙句、生欠伸を噛み殺して有明の空を振り仰いだのがいけなかった。
それは阿片カクテルでラリるのが唯一の楽しみの下級幻魔兵ドライドに取って、決して見たくはなかった光景だからだ。
幻魔の都に有翼の幻魔が飛び交うのは珍しくはない。
だが、空に残った月を覆い隠す程の一糸乱れぬ魔甲冑に武装した隊列が迫り来れば尋常ではない。
それの意味するところは、軍事行動だ。
そしてドライドは、このような東雲に式典儀仗の展示や、武力誇示のパレードが有るとは露程も聴かされていなかった。
何よりその隊列には殺戮を覚悟した禍々しさが有った。
「これは、軍務卿の一派か? 恐れ多くもグラジオス四世様の御代に反旗を翻すとは、なんてことをっ!」
現在の幻魔大帝スエラータナオこと魔界大帝グラジオス四世は、それ迄400年の治世を築いてきた前の大帝、ニーラカンタとその眷属を武力で制圧して幻魔達の絶対的支配者になった。
国の体裁を成す遥か以前から血の惨劇は連綿と繰り替えされてきた……当然ながら政権交代は世襲でもなければ、合議制でもない。
次の強者が力尽くで王権を簒奪する。
幻魔の序列は単純至極、強い者が弱い者を従える。弱肉強食の下克上の歴史が再び繰り返されようとしていた。
既に時は遅きに失したが、血相を変えたドライドは異変を知らせようと脇目も振らずひた走った。きっと城内の衛士詰所には今頃、血の気の多い早起きな兵士連中がガチな模擬訓練の準備をしている筈なんだが………
「アクセルワークが雑に過ぎる……剣速が幾ら早くとも、通り一辺倒の緩急では全ての技に切れが出ない」
「何度も言ってるが、シミターもキンジャルも手持ちの武器と言うものは単なる道具に過ぎない……例え魔剣、聖剣だろうが、妖刀だろうが、神殺し、悪魔殺しの伝説を持った業物だろうが、それは単なる得物だ」
「どれ程性能が抜きん出ていようと、道具は道具だ」
異世界から来訪した謎の脅威……科学文明とやら言う神の如き不思議な技術と、驚異的にして正しく無双、目を瞠る様な驚天動地の見知らぬ魔導術を縦横無尽に操る盟主ソランとその一行に捕われ……
いえ、寄食させられていました。
一日5回の礼拝の自由とハラルの食材に依る食事(しかも感動的に美味しい)は約束されていましたが、それ以外は座学の授業と修行漬けの日々です。
私達の世界の墳墓荒らしの実態を知りたいと目を付けられた金級の5人組パーティ……私ダリラと愛人のユッスーフ、金剛強力のナシッド・ジャムド、盗賊ジョブのムハンマド・アザーデ、僧侶と神殿戦士を兼ねるメヘラーブは、“アラジンの魔法のランプ”を巡りあちらこちらと連れ回された挙句、弱過ぎて放って置けない、と言う理由で連日ブート・キャンプとやらの憂き目に遭っていました。
5人一緒に、鍛錬の一環だと夜間戦闘を含む昼夜無関係の強行軍に連れ出されていました。アシール半島はヒジャーズ山脈の奥地、ナジュド高原は交易路からも外れ、何世紀も前から魔物達が猖獗する危険地帯になっています……普通の墳墓荒らしが態々赴くことはありません。
何故なら地下に太い精霊脈が走っている為精霊素が異常に濃く、天候も安定しませんし、地熱の影響で熱風を伴った酸性雨が吹き荒れる地域だからです。更に高濃度の精霊素が強力な魔獣を育むので、八大陸でも屈指の危険地帯でした。
陸路を伝う者には、関所を通過する手形が必要になる程です。
しかも互助協会と各国政府の取り決めで、紅玉級以上の墳墓荒らしでなければ通行手形を入手することも難しい。
強い風雨の中、丁度遭遇したフンババの群れの討伐を終え、私達を引率したビヨンド筆頭教官の小言……
いえ、評価を伺っていました。
10メートルに満たないぐらい、巨人族の中ではそれ程大きくないフンババですが、全身硬い鱗で覆われて獅子のような顔から突き出た竜のような嘴からは灼熱のブレスを吐きます。
36頭程の中規模群体でしたが、ここナジュドの危険地帯の中では然したる脅威ではありません。
ただし攻撃魔法、防御魔法、何より所有する契約幻魔の使用を一切禁じられていなければの話ですが……ここのところビヨンドさんに武器術のイロハを仕込まれていて、伝授と教習の間は精霊力の行使は徹頭徹尾厳封されていました。
今週は剣技の教科で幾つかの流派の形稽古と打ち合いを課せられていました。地道な鍛錬に音を上げそうになったところに、行き成りの屋外実戦です。
精霊力の使用を封じられているのは、どんな逆境でも生き残る為の訓練なのだそうです。各々が得意な武器の他に、ベッセンベニカと言う途轍も無く硬く頑丈な、そして唯斬ることにのみ特化された鋭利な鋼のシャムシールを一振りずつ持たされていました。
掛け値無しにこれこそは純粋な武器と呼べる……そうと思える程に、それは、それは奇妙な波紋の赤黒い鋭利な刀身なのでした。
「例えばの話、この身達は剣術家、或いは武人、格闘士でもなければ魔導士でもない……その本質は戦士だ」
「戦場で例え矢尽き刀折れようとも、なんらかの理由で魔法の類いが使えなくなろうとも、科学技術の武器が全て使用不可能になろうとも、闘い続け、絶対に生き残る為……生きて還る為の術を持っている」
特にスピンドルと呼ばれる斥力結界を展開している風でもないのに厚い雨雲に覆われて陽の光は陰り、時折突風のようにして横殴りの雨が叩きつける状況でもこの人は全く意に介しません。
私達は教官の顔を見るのさえ必死なのに、普通に喋れています。
実際、指導稽古の際は魔術も使わず、高性能武器も使用しなかった無手のビヨンド教官に5人総掛かりで苦も無く退けられました……何度も、何度も。
手加減されている筈なのに、5人共に毎回骨折や内臓破裂でズタボロにされ、戦闘不能になって終わります。
絶大で洗練されたビヨンド教官の鬼のような強さに比べれば、有象無象の魔物などは恐れるには足らないのですが、それでも一太刀で仕留めるのは中々に難しくて及第点には程遠かったようです。
「一刀両断に敵を屠るには、最初から斬り筋が見えていなければ駄目だ……熟達の剣士にはそれが見える」
「俊敏に動き回る相手に対し致命傷を与えるには何処を何時切り裂くか、そして大きな相手に対しては如何にして接敵し懐に潜り込むのか、その道筋が達人には初めから見えている」
教官の教えに曰く、武技で習った身体強化と運足術の初歩であり基本である迅歩に依る加速は確実な間合いに入る為のもの、また気で空中に足場を作る天駆は普通では取り付けない巨体の相手の急所に迫る為のもので、刀運びの迅速さはそれ程必要ではないらしい。
そしてアクセルの発動は素早く必殺の間合いに入る為のもので、本来シャムシールの刀術には無かった、霞斬りと言う居合に抜き打つ為のものだそうです。
「ジエイ天冠流は確実に相手を葬る為の刀術だ、剣術の黎明期に抜刀術の開祖とされるジエイ・メダイソンに依って創始されている」
「これをサーベル状のシミターに応用したのが、居合い道に於ける中興の祖とされる“花押流”ミカ・ジズランだが、以来刀身を抜き払った後の操刀法に七十二、体捌きに六十四の型はあれど、皆伝の為に武の求道者が一番真剣に学ぶべきは抜く前の七つの構えだ」
「“献花”、“塔婆刀”、“玉串袱紗包み”、“御霊舎モーリネット、屋根の構え”などの要訣を極めれば大概のものは真っ二つに断ち割れる」
「忘れるな、天冠流極意の真髄は、抜き、斬り、納める、残心の四つしかない」
啓典布教委員達の最高諮問機関である“サダーナ守護天使党”は、キルロイ神殿のあるジェッダ・マザリンから北東に70キロ程の地にある預言者クシャーノに関わる遺跡――“聖マーカム岩の塔”を守備する神聖騎士警邏隊の砦に勅令を放った。
「隊長、“惑星直列に備えよ”って、次の“蝕”まであと80年以上ありますよね、一体なんに備えるってんですか?」
「その頃、わたしら死んじゃってますよね?」
120年毎に起きる惑星直列に異変が起き易いとの言い伝えに備えるのが、“聖マーカム岩”神官騎士警備団の任務のひとつだった。
だが前回の惑星直列は40年程前で、次の惑星直列迄はまだまだ余裕がある筈なのに、この時点での枢機卿名の勅命は意味不明ですらあった。
「リヒテル、貴殿の意見は訊いておらん」
「サダーナ守護天使党は最多の主流、シャリーア復興派の神秘主義協議会、ウラマー聖職者教会連盟の最高指導者にして実質的な元首、現代回々教の頂点たるキュンナー枢機卿直々の勅命だ」
聖域警護の聖騎士から選抜された150名程の精鋭を束ねるマーカム神聖騎士守備隊の団長、“双剣のバルバリッソス”ことバルバリッソス・ラーヘンは、濃くなった口髭を撫ぜながら、押し頂くべき勅書の宸翰巻子装で己れの肩を叩いていた。
勿論、巻物状の勅書は肩叩きではない。
不敬にも程があろうと言うものだ。
十人長13名を集めた上級隊士用控え室で、勅命に依る団全体の第一級厳戒態勢を通達したところだ。それ以上の説明はバルバリッソスにも出来ない。
知らされていないからだ。
「それにしても……最強メンバーのマーカム守備隊が脅かされる程の不測の事態なんて、金輪際考えられんでしょう?」
「“聖マーカム岩”に絶大なる大天使の加護がある限り、我々が遅れを取ることなど在り得ませんって」
十人長が口々にする増上慢を諫めるべきところ、隊長バルバリッソスはそうしなかった。実のところ、バルバリッソス自体にも、自分の団こそ兵卒レベルでは世界最強との驕りがあった。
――預言者クシャーノが、キルロイ聖域神殿が建立された際の石材を魔法で切り出したとされる場所がここ、“聖マーカム岩”だった。
ただどう言った理由があるのかは今も昔も不明だが、神聖なるマーカム岩には大天使ジブリールの神聖な加護が宿った。岩を覆うように建てられた霊塔を守護する者達に、治癒の加護を付与する権能だ。
ただしその権能は僅有絶無の治癒力を発揮した……完全に脳死に至らなければ例え心臓の鼓動が止まろうと、四肢を失おうと完全復活すると言うレベルだ。
不思議な程の高威力に、必然マーカム守備隊と言う任地に抜擢されるのは腕に覚えの神官戦士に限られる……いつの間にかそんな慣例が出来上がっていた。
「……何も問題ねえ、例え何が起ころうと今迄と変わらず俺様と俺様の幻魔に敵う奴は居ねえし、向かうところ負け知らずの俺達に土を付けようなんて見上げた根性のある輩が出て来る筈もねえ」
「これ迄もそうだったように、これからも変わらねえ」
隊のナンバーワン・エースは、貴族家の爵位持ちで王立聖騎士アカデミーを主席で卒業し、聖域守護の神官戦士として各地を転戦し、エリートコースの経歴と実績を積み重ねて資格を得てここに来た。
華々しい出世街道一直線の切符を手にマーカム守備隊に赴任して来たのだ。
幹部候補のキャリアを双六のゲームに例えるなら、ひとつも後戻りせずに駒を進めてきた……と言ったところだ。
だからか挫折を知らないルーキーに有りがちの鼻持ちならない増長の言動が目立ったが、バルバリッソス隊長は内心では思いっ切り舌打ちしても、それを言動に表すのは辛うじて思い留まった。
ケルマン伯爵家の御曹司、タバリスタン・カーヴァード名誉騎士爵の実力は多少隊内の規律が乱れようとも、それを補って余りある程に飛び抜けているのを認めざるを得ないからだ。
……生まれ付きなのかそれとも生きて来た経験からそうなったのか、いつしかニヒルを気取るようになったタバリスタンは野生の豹のように嫋やかで、鋭い眼の光は如何にも狡賢そうだった。
口の利き方もそうだが、民意や善意の不文律を見下し勝ちな傾向など、この時代の軍属は教養レベルこそ低くはないが、粗野で短慮な風潮がある。神官戦士などとは、名ばかりであった。
その性根は多分、その辺の無頼漢と五十歩百歩であろう。
「若、何が来たとて若の蛇王ムチャリンダは無敵です、某等も微力ながら若を守って戦塵を払い除けるんで、思う存分相手を蹴散らしてやりましょうぞ!」
学園時代から付き従う二人の取り巻きは、各地を転戦したタバリスタンにずっと随行し、お零れに与かろうと追従する態度がすっかり身に沁み着いている。
銀髪の優男風がキャメル、そして口数の少ない剽悍な感じの大男がイーゼルと呼ばれている。
他の隊士と同じく、軽めの帷子などの上に真っ白い聖衣を纏った砂漠の神官騎士の装束だ。聖衣にはマーカム砦の隊章である薔薇とガーゴイルの紋章が描かれているのも揃いだ……ただ、頭に巻いたターバンだけが三人の結束を示す為にか萌黄色に染められていた。
「インシャラー、神への反逆は万死に値する、唯甚振るだけでは生温い、生皮を剥いで野晒しにしてくれん」
イーゼルと言う男は、狂信者ですらあった。
「伊達にマーカム神聖騎士守備隊は貴重なS級のビスミラを貸与されている訳ではない……諸君等は類い稀なる実力を嘱望されてこの地に来た」
「例え何が起ころうと我等は我等の責務を果たす……貴兄等の健闘に期待する」
何が起こるかはっきりとは知らされない状況のまま、バルバリッソス隊長は隊員の士気を鼓舞するのだった。
「例えば、この身達が好んで携行するハンドガンだが、セレクターで超ロングレンジに切り替えられる……バレルこそスナップノーズの短いものだが、それでいて惑星間弾道射撃を可能にする」
「エネルギーは付属する異次元ジェネレーターからタイムラグ無しに瞬時に充填するから、連射も出来る」
「惑星間での銃撃を想定した威力と性能だ」
ビヨンド筆頭教官は、腰の後ろに括り付けた樹脂製のホルスターから自前のハンドガンを引き抜いて、私達に示して見せた。
本日の実習の後に総合評価を受けているところだが、午前中に訓話頂いた、道具としての武器とは、の続きを傾聴していた。
色々教わったけど、未だに驚嘆することの連続だ。
私達の世界には無いし馴染みも無いが、長距離狙撃も含めて射撃の訓練は一通り遣らされた……でも、拳銃と言う概念ではもっと近接戦闘で威力を発揮するものだと思っていた。
「他星系ともなれば光速で何十年も掛かる距離を攻撃するのだ、大抵のビームは光速を何億倍にも加速している」
「条件さえ揃えば、星の地殻を削る程の打撃を与えられる」
「自動認識追尾照準システム、彼我の差を物ともしない亜空間スコープ、幾つかの解析や緻密な弾道補正用の補助装置すらあるが、そこ迄行っても所詮は道具でしかない……使う者の技量次第で宝の持ち腐れにもなるし、或いは身を守る生涯の伴侶たり得るかもしれない」
矢っ張りおかしい。
星から星へと銃撃を届かせると言う発想自体が普通は思い付かないし、第一そんな危険な武器が片手で持てて仕舞うと言う違和感はないのだろうか?
「だが、この手持ちの惑星間弾道兵器に関しては使う者を選ぶ……グリップを寸分の狂いも無く固定する技術、一連の流れの中で引き金を引くタイミングと、鍛錬することは多い」
「なにせ何光年も先の標的をピンポイントで射抜こうと言うのだ」
そう言って教官は、空に向けてハンドガンの姿をした高性能星間弾道兵器を放つ仕草をして見せた。
「無論、例え広範囲に影響を齎す終末級レベルの、ショットガン衝撃モードで拡散振動系星間弾道ビームを選んだとしても、当たらなければなんの意味も無い」
おかしい……どう考えてもおかしい筈なのだ。
しかしそんな私達のごく一般的な疑問など一切意に介さず、ビヨンド教官は道具と技の関係性について説き続けた。
「然るに、打ち、蹴り、突く拳法などの体術、格闘術、剣術、刀術や暗器術、槍術や投擲術と言った術理とその技芸は身に付ければ身に付ける程、お前達の血肉となって裏切らなくなる」
「精々精進することだ」
締め括りと同時に本日の訓練終了のお許しが出た。
今日も無事に終了することが出来たことにほっとする。
私達は五体満足に生き延びれたことをアラーに感謝し、ここのところの訓練ですっかり身に付いた撤収前の装備点検を始めた。
「ところでダリラとユッスーフの、例の“10分で満足するエクスタシー”の方は順調か、今日も些か腰に力が入っていなかったが?」
心情的にはナシッド達の前では避けて欲しい話題だったが、ビヨンド教官にその辺のデリカシーを求めるのは無茶というものでしょう。
「なんなら夜の指南もこの身が直々に指導しても良いが?」
「この身は来る者は拒まぬ……一度味わってみるか、狂い咲くスケベ女の緊縛凌辱とアナル調教の過激レズ交尾?」
「この身こそが完全無欠のチンポ犬、痺れるような目眩く悦楽の屑セックスは三度の飯より大好きだ」
ああ、この人は何故こんなに毅然とした態度で滅茶苦茶に罰当たりなことを、恥ずかし気も無く宣言出来るのでしょう?
話は些かどころかとんでもなく怪しい方向に流れて仕舞いました。
神をも畏れぬ卓越した技量と、天地創造さえも司ろうかと言う能力を併せ持っていますが、この完全無欠超人には不釣り合いな、思わず顔を背けたくなるような下世話さが並び立つのは、どんな天の配剤の悪戯でしょうか?
確かに私達が淫乱なこと自体は否定出来ませんが、何も彼もに傑出した教官の閨指導です……はっきり言って想像を絶します。
「言っておくが、ヤる以上は肛門と性器一緒の全裸オナニー見せ合いプレイは必須だ、互いの恥辱を曝け出してこそ本物の興奮が得られる……この身は体内で強烈な媚薬ホルモンを生成出来る、生身のお前達には耐えられないような感極まるキメセクアクメを経験させて遣れる」
「発情系のスーパー・エストロジェンなどは、インモラルな強い刺激が欲しくて欲しくて堪らなくなるぞ」
「頭が真っ白になって戻って来れなくなる程の、理性が完全崩壊して気が狂う程の絶頂と言うものを味わってはみぬか?」
そう言ってまるで挑発するが如く嫣然と笑うビヨンド筆頭教官の誘いには、性愛にのめり込み溺れることの怖さを初めて感じました。
恥を知らない、一種反面教師のような教官に不道徳とアブノーマルの深淵と闇を覗いたようにすら思えます。
「隠している積もりであろうが性欲旺盛なお前達の変態っぷりは先刻承知だ、自分達では気付いていないだろうが、磨けば更にエロくなる」
「知りたいのであろう、もっと深く堪能する肉欲の果てを?」
確かに習慣と言うのは始末にを得ないもので、これ迄の私とユッスーフはまるで息をするように自然に互いの身体を貪り合っていました……殿方は疲れ摩羅と言いますが、女とて同じことです。
ヘトヘトに疲れ切っているのに、妙に性欲が湧いてくるのです。
正直、一日一回10分と課せられた目標には遠く到達していません……10分間で済ませよと命ぜられたメイク・ラブは、この驚異の殲滅軍団、デビルズ・ダーク或いはゲハイム・マインを名乗る戦闘集団を統括する絶対の盟主に拠って、私とユッスーフの二人に言い渡された戒めでした。
「し、しかし講義で繰り返される“戦士の心得”では、接して漏らさずの禁欲を説かれていますが……相手を逝かせても自らは決して達しない養生訓を守り、ストイックを好しとすると」
(まあ、今迄もそうだったように、簡単に達して仕舞う不仕鱈な私達には到底到達出来ない境地ですが)
「ダリラ達の世界には無い慣用句だが、“魚心あれば水心……”と言うのがある、論より証拠、この身が魔性の肉体と磨き抜かれた技を以って学ばせて遣ろう」
何故かグイグイ来るビヨンド教官です。
「真正精液中毒のビヨンドが教えて進ぜよう、痴悦の頂点を極めし後の……10分で達する連続オルガスムスの境地」
「限界まで逝かされる最高の刺激を経験してはみぬか?」
それ迄の私達の痴態を思えば却って嗤われるだけかもしれませんが、教官の快楽への貪欲さ、禁忌など無きが如き振る舞いの変態振りに、私もユッスーフもすっかり怖気付いて仕舞い、丁重にお断りさせて頂いたのです。
だと言うのに……
「ふうぅん、……しかしなあ」
「お前達がこの身達に厄介になった当初、精密健康診断の結果、既往症の治療をしたことがあったろう?」
教官の誘惑は、今度は思わぬ方向から攻めて来ました。
「その時の記録カルテを見たが、ダリラお前、おそらくは不衛生な肛門性交などが因だろうが、膀胱炎、尿道炎、脱肛性炎症を患っておったろう……クラミジアなどの性感染症にも罹患しておった」
「羞恥心なぞ疾っくに失くしたように見えて、パーティの仲間には己が痴情や性癖を知られたくないとは理解に苦しむが、確かユッスーフにもクラミジアやトリコモナスは感染っておった筈……」
先史人類に比べて、過酷な環境に順応した現代人は随分と頑健になった。しかし免疫力も進化してはいるが性病に対してはそれなりだ、との説明を受けました。
にしても、苦楽を共にして来たパーティの仲間達に私とユッスーフの常軌を逸したスケベさ加減を知られるのは、恥ずかしくも耐え難い。
薄々は知っているかもしれないが、彼等の眼が突き刺さるような気がしてなりません……下品な下ねたジョークに相槌を打つのとは訳が違います。
ユッスーフは平気そうだが、私は涙目でした。
「矢張り、正しい性知識は必要だろう?」
結局、良く分からない理屈で言いくるめられ、臆して二の足を踏んでいた私とユッスーフはオチンポ狂いを自称して何ひとつ恥じない絶倫好色の淫魔、ビヨンド教官と愛し合う羽目になって仕舞いました。
女同士の、正しく狂って乱れる肛姦のテクニックを伝授するんだそうです。
「期待して待っておれ、濃厚でスペシャルな、正しく逝き捲れる肉弾戦レズバトルを心ゆくまで堪能させると約束しよう」
「濃厚な交尾技……手練手管の下種セックスにこそ、技の大切さが学べること、我が身を以って実証してやろう」
あぁ、本能の赴くまま何処迄も堕ちていくドロドロした愛慾の快楽に絡め捕られる気がしてなりません。霞のような桃色だか肌色だか、凄く淫らな幻想が朧気ながら頭の中で浮かんで消えました。
それはきっと、教官の言うような蕩けて爛れる陶酔恍惚の愛の桃源郷などではなく、インモラルな吸精邪婬に発情する、途方も無い闇に吸い込もうとする肉欲の悪魔に魅入られるのと同義でしょう。
尤もらしく尊厳なんて口に出来る程真面な立場ではありませんが、それは、もっとこう何か……眼を背けたくなるような、破滅的な堕落と罪の匂いを感じます。
不安しかない性愛の誘いは興奮を伴った期待と言うよりも、まるで生贄の夜を待つような恐怖と戦慄に近いものがありました。
好きで好きで仕方ないセックスが、こんなにも怖いと思える日が来るとは考えてみた事もありませんでした。
「こちら雲丹と蟹のクリームコロッケ、こちらが牡蠣のエスカルゴバター風味グラチネ、合鴨ロースのカルパッチョ、ケッパーと黄玉葱で和えた蚕豆と螺貝のマリネの前菜で御座います」
襟元をボウタイのように結んだアスコット・スカーフで可憐に演出し、前身ごろにツィード、背のバンド部分はペイズリー柄のシルクと言ったフォーマルなカマーベストと上質なソムリエエプロンで鎧った女性給仕が、アペタイザー用の大皿をお披露目するように展示してみせる。
サーブされた盛り込み皿は金線入りのリモージュ焼きかなんかの、骨董的価値があるデッド・ストック品擬きだ。
音も無く、高価そうなプレートに盛り合わせたオードブルをさり気なく置いて行く所作には一分の隙も無い……AIが算出した最適解だろうが、髪を引っ詰めにした整った顔に浮かぶ微笑が絶品だった。
「んで、なんで飲茶コーナー出店をプロデュースしていた筈のお前がこんなビストロ紛いの店に陣取ってんだ?」
俺の第三の眼を含む真層感覚を欺き誤魔化せるのは大した技術だが、高精度ヴァーチャル・ホログラムはセーヌ川の河畔に有るテラス席とやらを模していた。
パリ6区のカルチェ・ラタン辺りをモデリングしてるらしい。
川面を渡る微風まで再現されているが、実際には要塞戦艦“バッドエンド・フォエバー”の表層区画だ。
「お前、今の人造ウエイトレスが気になっておろう……平常の観察より0.1秒程長く見詰めておった」
対面に座る四六時中俺と思考をリンクしている筈の相棒は、最近メンバーの福利厚生に目覚めたとか寝言をぶっこいて、目下の最優先課題“フランキー攻略”を尻目に、喰い物の店屋の企画に熱中していた。
「俺が誰に懸想しようとお前には関係ねえ、例えそれがさっきのホールスタッフだろうが、お前のお袋だろうがなっ!」
うわぁって、心底クズ変態を見るような眼で観るのはやめろ!
目糞が鼻糞を嗤うっての知ってるかっ!
「飲茶のサービスコーナーは無事、一昨々日から営業を開始しておる、皆には大旨好評じゃぞ……店名は点心と中華麺&粥処、“蜃気楼飯店”にした」
「このブラッスリーはその前から手掛けておってのお、気軽に飲み喰い出来るフレンチが欲しかったんじゃ」
単にてめえがワイン掻っ喰らいたいだけだろうが!
「お前が誰と番おうと自由じゃが、お前が女と肌を合わせる感触、お前が射精するリビドーとオーガズムは吾も共有しておることを夢々忘れるなよ」
「いつでも、何処でもじゃ……」
こいつのお陰で、今の俺が復讐に狂っていられるのは重々承知しているが、こいつに魂を売ったのは人生最大の過ちだった。
どうせ売るなら、悪魔にでも取り憑かれた方が幾分か増しだったに違いない。
俺は断じて恐妻家である筈はねえが、どうしてもこいつの尻に敷かれているような気がしてならない。
「心配せずとも作戦に齟齬が無きよう動いておるわ……例の惑星配列、この星の月と太陽、そして90光年離れた“霊鳥スィームルグ座”の主星、サマンガンが一直線に並ぶのは本来であれば84年後であったが、どうにか無理矢理にシークエンスを満たす目処が付いた」
回々教徒の信仰の中心、キルロイ聖域神殿に埋め込まれ封印された聖呪物“フランキー”――9999の盗神幻魔を統合した、この世界の究極の目的だったそれは、約5000年程前に本家シィエラザードの手に依って厳重に隠され、守られている。
封印を解くには、“シャザルワーン巡礼回廊”と呼ばれる禁域に散在する“グレアムの丘”、“ターゲ・ボスターンの泉”、巡礼の結願を証する預言者の神殿がある“エルシャダイ山”なんかに仕掛けられた様々な条件を満たしてやる必要があった。
元々は昔々の高名な預言者の故事に因んだ巡礼路にある宗教的遺跡なんだが、七つの小石を投げ込むなどのよく分からない儀式がそれぞれのポイントでの巡礼者の慣例になっていた。
この世界の巡礼者達は誰一人として知らない事実だが、仕掛けられた複雑な罠を全てほぼ同時に解呪しなければ、肝心なフランキーにはアクセスすることも出来ない……こんな何重もの防御機構を拵えるなんて、きっとあの本家シィエラザードって奴は余っ程の重度神経質症患者だったに違いねえ。
「ベナレスの大規模質量転移装置であれば、それが可能だ……巨大連星サマンガンを10分程度なら望む位置に移動出来る」
「それ以上は、幾ら疎空間宙域とは言え天体運行全体に影響が出て仕舞うから、長くは留めおけん」
鵞鳥のコンフィ、山鶉と隠元豆のカスレを肴に貴腐ワインのシャトー・ディケムを傾けるネメシスは、“惑星直列を前倒しにする”と言う不可能なオーダーを事もなげに請け負った。
「あぁ、充分だ、総てを十分で決着する必要はない……まずは第一の関門、“聖マーカム岩”の開錠が出来れば後は連鎖的にドミノ倒しが始まる」
アザレアはこの地の攻略を任された意味を考えていた。
世界の果て迄アンダーソン様に付き従う覚悟があれば、心を鬼にして無垢な人々の殺戮も敢えて遣って来たし、ジェノサイドの汚名を被るのも、悪鬼羅刹と誹られるのも苦にはならない。
ペナルティ・イスカの能力を引き継ぐと同時に、100万年以上を非情の使命に生きた記憶も一緒に受け継いだ。イスカはいつも哭いていた。殺さねばならなかった多くの命を想い、自分の罪を懺悔して許しを請い続ける……そんな、記憶だ。
“親子連れの巡礼は殺すな”の命を受けたとき、意外な気がした。
血も涙も無い筈の……復讐の為なら鬼にも蛇にもなれるアンダーソン様が、幼子だけには憐憫を示す。
誰だって無駄な人殺しはしたくない。
況してや大量殺戮で大勢の人々の人生を奪うなんて、自分にそんな資格がある筈も無いし、出来るからと言って許される筈も無い。
そこで終わらなければ、この先も泣いて笑って生きていて好かったと、小さくても美しく燃え続ける命を吹き消して仕舞うことに、一体なんの意味があるだろう?
(“聖マーカム岩”を訪れる皆様は聴いてください)
聖マーカム岩の霊塔を中心に20キロ四方を三重結界で囲むと同時に、結界内の巡礼者と霊塔を守護する聖職者達、それ以外の者達全員に他心念話を送った。
それ以外の者達とは、ここ“聖マーカム岩”の防衛の任に就いた者達だ……“聖マーカム岩”の巡礼路を行ったり来たりしてる者が330程確認出来た。
無論、巡礼の格好に身を包んでいても、お百度参りをしている敬虔な巡礼者とはおのずと雰囲気が違う。
(今から1時間後、84年後に起きる筈の“惑星直列”を起こします……仮初とは言え、本物の惑星直列です)
(訳あってここは地獄の戦場になります、命の保証は出来ません、1時間と言う少ない時間ですが、皆様は出来るだけ遠くに退去してください)
結界の中に居る者はおそらく75000人程だろう。
結界に近い者は辿り着けるだろうが、中心に居る者は20キロを走破するのは無理だ。巡礼者に乗り物は許されていない。
だが戦闘の爆心地から遠ざかれば、それだけ生存率が上がる。
(塔を中心に20キロ四方に結界を張りました、この結界は外からは入って来れませんが、出ていく者は阻みません)
(東西南北、自分の居る位置から一番近い結界域の境を目指して全力で走ってください、目測と判断を誤れば助かるものも助からなくなります……冷静に、落ち着いて行動してください)
もっと前から警告も出来たろうが、1時間と言うのが無慈悲を標榜する自分に出来る、ギリギリの譲歩だろう。
警告は正しく伝わった筈だが、パニックを起こしてヒステリー症状に陥る者、団体で巡礼に来ていたグループでムタッウィフと呼ばれる先導者の指示に従って非難を開始する者達、信じていいのか、眉唾と笑い飛ばせばいいのか判断が出来ず右往左往する者、様々な反応と行動があった。
半数以上の巡礼者が蟻の子を散らすように走り出したので、巡礼路と言わずそこいら中に砂塵が巻き上がる。
今すぐ正しく行動する如何で生死が決まると言うのに、悠長に迷ってる者達はおそらく助からない。
後は厳命された通り親子連れの巡礼者が巻き込まれないよう、サーチングで選択した対象に“福音の加護”を施せば問題無いだろう。
「女っ、何ものだ!」
「何が目的だ、怪しい奴め!」
何処から涌いたか神官騎士とか言う宗教団体の武力集団がしゃしゃり出て来る。黙って大人しくしていれば見逃すものを……煩わしい。
口々に吠えるのは止めて頂きたい。
「………悪いことは言わない、早々に立ち去りなさい」
「貴男方が太刀打ち出来る弱敵は、ここには居ない」
マーカム守備隊とやらは大天使ジブリールとかの加護を受け、完全治癒の恩恵を受けている。この世界はシィエラザードに依って演出され、操作されているから手駒は幾らもあると言う訳だ……おそらく息の掛かった聖職者や為政者のトップになんらかの指令が下った。
だが今四方から迫り来るのは、正真正銘の不死身の怪物共だ。
実のところ、大天使ジブリールの正体が48億年に渡り輪廻転生を繰り返した本家シィエラザードと言う、この世界の管理者だと知る者は少なく、そのシィエラザードに依って創出されたフラナガン友愛組合の存在、巷間には人材派遣の隠れ蓑を被る組織の真の正体を知る者は更に少ない……世界全体に、事実を隠蔽する強力な呪が掛けられている。
なんだこれはっ! なんなんだ、これはっ!
加護で強化されている筈の霊塔が既に半ば崩れ去り、阿鼻叫喚の乱撃が地面を掘り返して切り崩し、当たり一帯を蹂躙している。
溶かすような熱波と剛性を伴った衝撃が、大気を翻弄していく。
闇と光と虚無、混沌、爆炎、膨大な数の十二属性の、見たことも無い数の凝縮ソーサリースピアが雨霰と降って来る。
朋輩も遣られた……治癒の加護がある筈の俺達だが、この惨劇はそれを上回る暴力で無理矢理に捩じ切る。
バルバリッソス隊長は頭を吹き飛ばされてくたばった。
イーゼルは訳の分からない見えない獣に内臓を喰い破られ、今も口から血の泡を吹いて、治癒が追いつかない侵食に痙攣し続けている。壮絶な苦悶の表情は絶対に神の御許には行けねえって告げている。
狙われてのことじゃねえ……天地が鳴動するってのも生易しい、まるでこの世の終わりのような空前絶後の凄まじい攻防の余波を喰らってのものだ。
俺様達の幻魔も殆ど殺られた。
マーカム守備隊に貸し出されるのはS級幻魔……翠玉や金剛石クラスの墳墓荒らしにしか取得の権利が回ってこない貴重で強力な幻魔の筈が、まるで赤子の手を捻るように歯が立たなかった。
キャメルの幻魔は穴だらけにされ、隊長の国宝級幻魔は雷のような光る刃に八つ裂きにされた。幾多の魔術を無効化したり、反射出来る筈の高位の幻魔が、こうも容易く甚振られるとは、まるで悪夢を見てるみてえだった。
俺様の相棒、ムチャリンダも顔から胸から焼け爛れて虫の息だ。
――――惑星直列を起こすなんて世迷いごとを投げ掛ける怪しげな女の声が頭の中に響くのを、発信源を探してみれば、塔の裏の小高い丘にその女は居た。
赤黒い見たことも無い質感の全身鎧、いや甲冑と言うには随分とぴったりし過ぎていた……もしかして特殊装備かアーティファクト?
隠されていない口許とは逆に赤黒いヘルムの目深に被った額当てが仮面のように目許をすっぽり覆って、まったく表情が見えなかった。
だがその強者の覇気は、この女が只者じゃねえって告げていた。
舐めてた訳じゃねえが、この時までの俺達は未曽有の災厄が近付いているのに丸っ切り気付けないでいた。
誰かが胡乱な女を誰何するが、問い質す間も無く、異変は起こった。
背に蝙蝠のような黒い羽を持った異形の者達が大挙して転移してきた。まるで空中を飛ぶようにして躍り出た者達が、巡礼の衣装を脱ぎ捨てて変化する。
獣化だ!
ワーウルフかライカン、狂化を伴ったゾアントロピーのようだ。初めて見るタイプのものだ……少なくとも俺は知らない。
(ここの守りに不死身のフラナガンの全勢力が充てられるのは、あらかじめ分かっていました)
(フラナガンとやらの精鋭が如何程のものか、お手並拝見いたしましょう……)
(正可に、戯言ではなくご本家様のおっしゃった通り、本当に“惑星直列”を引き起こせるのかっ……一体、どうやって?)
(その前に息の根を止めるっ!)
(囲め! 遣るぞ!)
獣化した襲撃者と女の間に閃くような思念の遣り取りがあったが、俺達神官騎士は完全に蚊帳の外だった。
糞っ垂れ、俺達じゃ相手にもならねえってのかっ!
突然何十匹もの白く燃え上がる巨大な大蛇が現れ、天を覆ったと思ったら、一斉に女目掛けて光の矢のように突き刺さる。轟音と共に一瞬にして世界は白く染まったが、燃え盛る大蛇達は絶命する苦悶の雄叫びを残して消え去った。
あまりにも苛烈な攻撃は最初は何が起こっているのかさえ理解が及ばず、全く分からなかったし、想像も追い付かなかった。
度肝を抜かれるような応酬だが、視界が戻ってみれば女の周りには黒い炎を身に纏う真っ黒い大蛇が十数匹、鎌首を擡げて敵を威嚇していた……きっとこれが相手の攻撃を斥けた。
幻魔や契約召喚獣とはまた違う、話にしか聞いた事はないが、おそらくは使役する為の魔獣……従魔と言う奴だろうか?
間を置かずに襲撃者の誰かが召喚したのは何百羽もの尾の長い鸚鵡程の大きさの鳥だった。極彩色の羽を広げて飛ぶ群れは、死者の魂を冥界へといざなうアヌビス鳥のように禍々しかった。
一斉に気味の悪い声で何百匹もの忌まわしいアヌビス鳥擬きが鳴くと、辺りは瘴気に満ちて、端から腐って行こうとした。
俺達も例外じゃない……治癒の加護なぞ有って無きが如く溶けて爛れる自分の皮膚に恐怖していると、霞む目の先に襞襟状の膜を首の周りに張り出した大蜥蜴が5匹、女を守るように出現するのが見えた。
蜥蜴達のケーンッと言う鋭い鳴き声が響き渡ると、アヌビス鳥擬きの群れがボロボロと、嘘のようにその身体を崩していった。
続く虚々実々の駆け引きも、俺達神官騎士ですら見たことも無ければ聞いた事も無いような驚天動地、奇想天外な激戦で、さながら地形が変わって仕舞う程に徹底的な猛襲の遣り合いが繰り返された。
幻魔対幻魔の競り合いだって、こんな理不尽で非常識な闘いは在り得ねえ。
“聖マーカム岩”神官騎士警備団は、最早ズタボロだった。
口程にもなく早々と見切りを付け、逃げ回ることだけに専念して攻防のとばっちりを回避し続けた俺様でさえ、きっともう助からねえ……治癒の加護が効かない呪いの致命傷を腹に受けちまった。
隊の騎士メンバーは、あとどれぐらい生き残ってるんだろうか?
俺達が最強だなんて、甚だしくもとんでもない思い上がりの代償で俺達はきっと時を経ずして全滅する。
(頭を潰され、心臓を失っても復活するギガントマキア……)
(ですが永遠に腐食し続けるダーク・フレイムに取り憑かれれば、その身は如何なりましょう?)
無様に震え上がり気が狂う程の怯えも、もう感じなくなってきた。
薄れいく意識の中、もう真面な考えも粉々に千切れていく有様だったが、酒の席で聞き齧った昔の与太話を不意に思い出す。例え頭を潰されても、まるで不死鳥のように蘇る不死身の怪物の話だ。
本当に居るとは思わなかったが、その名をギガントマキア……失われた古代魔法の秘術に依り創り出された異端の不死者。
言われてみれば巻き込まれた暴虐の混戦に目撃したのは、異形の襲撃者の多くが失われた肉体を自己蘇生していく不思議な現象だった。
そいつは俺達が手も足も出なかった悪魔のような攻撃に晒された損傷だ……考えてみればその不死性は、大天使の加護で得た俺達の完全治癒能力なんて足元にも及ばない真正の上位互換じゃねえか!
(エターナル・フレイムスフィア)
今際の際に聴いたのは、女がいよいよ奥の手を発動する魔法名だ。
……結局、なんの根拠も無いプライドや使命感の為に殉職するなんて陳腐過ぎてあまりにも馬鹿々々しく、痛々しい。
真の脅威を知らなかったから思い上がっていただけだ。
死をも恐れぬ最強の神官戦士だなんて、唯イキっていただけで、本当の強者同士の前古未曾有の闘いの中では、一般の非戦闘員や女子供、その他大勢の有象無象と何も変わらねえ。
タルムードの教典の中にあるアルマゲドンのような苛烈な激戦に実際に晒されてみれば、聖戦の為に人生を捧げてきた筈の俺達だが、そんな勘違い野郎の張りぼてのような意地だから覚悟も気概も全く足りていなかった。
命と引き換えにそれを悟ったが、今はただ、関わり合いにならなけりゃあよかったって、心の底からの後悔があるだけだ。
娼館に行って一遍に沢山の女を抱くことも、ハシッシュをキメながら火酒で暑気払いする宴も、もう二度と叶わない。
自分で自分を嘲笑ってやりたかったが、今度生まれてくることがあったらもう二度と己が実力を見誤ったりしない。思い上がりも慢心も捨てる。
然すれば俺は本当の意味での戦士になれる気がする、今度こそ………
「まんまと一杯喰わせてくれたな、シィエラザード」
地獄絵図を彫り込んだが如きブロンズの意匠に飾られた広大な“王の間”に、腹心の配下を遠ざけて、魔界大帝グラジオス四世がその巨体を玉座に預けていた。
幻魔の一大帝国が隆盛を極めたこの時代、私、本家シィエラザードは人間の文官奴隷として幻魔の王たるグラジオス四世に仕えるべく、膝元の魔界城ヴェンディダートに喰い込んでいた。
「其方の甘言に従って、軍部の裁量を治外法権にしたは間違いであったわ……」
蟹の甲羅のような頭に埋まる両の目はいつも爛々と射抜くように光っているが、今は怒りに染まって火を噴きそうだ。
それはそうだろう、王の信頼を得るのに私がどれだけ策を弄したと思っている。苦にならぬとは言え、なんの為に幻魔に媚を売っていると思うのか?
当たり前の話だが、一人の独裁者が長きに渡り治世すれば変化は停滞する。それは本来子宮世界“アリラト”の目的にそぐわない。
不適切な環境は改善されなければならない。
一党独裁の旧体制は新しい体制に塗り替えられ、支配者階級の新陳代謝は繰り返されねばならない。
反乱軍は城内に潜り込ませた者の手引きで、一直線にここ、魔界城の最深部である“王の間”を目指している。
無論、今回の武力に依る王位交代劇の絵図面を画策したのは私だ。
過去の幾度かの政権交代も全て私が仕組んでいる。
「貴様に請われて、我れは伴侶さえ差し出したのだぞ」
「選んだのは私ではありません、9968番目としてフランキーと数多の盗賊神を統べる代理人格、“泣き虫シムシム”が貴方の王后正妃に白羽の矢を立てた」
「后妃殿下に、その資格があった、と言うことです」
「クゥフフフフッ、ウワッハッハッハッハッハッハッァ!」
辺りを睥睨する威圧を伴って、幻魔大帝の哄笑が響き渡った。
「結局、我れは、この幻魔の御世の最高権力者たる我れが、貴様の手の平の上で踊らされた道化に過ぎぬと言う訳かっ!」
「幻魔の王、幻魔大帝たる我れを差し置いて我が妃が選ばれしとは、運命とは皮肉にして滑稽なものなり」
「ご安心下さい、私が陛下の御前に目通りしましたのは、陛下が死した後、陛下の魂を頂戴する為です」
「やがて来るフランキーの成長期……雌伏の時代に、陛下にはフランキー盤石の守りになって頂く」
「……好きにするがいい」
「歴代の大帝が率いし幻魔帝国が落日、見えたような気がする……この世界の真の目的、フランキー成就の礎とならん」
幻魔帝が覚悟を決めると同時に王の間の扉が打ち破られ、反乱軍が雪崩れ込んで来たのを回避するように、影の異界へと隠れた。
グラジオス四世の魂の他に、私には魔界都市ヴェンディダートでどうしても手に入れなければならない物がある。
歩く大地、巨大な蔵六神アクーパーラの地下深く眠る古代の巨人魔導兵器、悠久の幻魔技術の大いなる遺産、“永遠の冥府王”ザラスシュトラ・ミランガの機体だ。
特に急ぐ必要も無かったのだが、本家シィエラザードが創業した秘密の人材派遣組織、“フラナガン友愛組合”の事実上の全勢力だったろう330のギガントマキアは一人残らず葬った。
徹底的にやらねばならない場合、不必要な情けは却って禍根を残すし徒となる。
魔術の硝煙が立ち込める中、手持ち無沙汰に日蝕の時間を待っていたが、ふと、巻き添えを喰って死んだ神官戦士……聖マーカム岩の神聖騎士警邏隊だったのだろう陽に焼けた肌を血濡れにさせた若い男の遺骸が目に入った。
今度生まれてくるときは平和な時代を願ったのかは知らないが、男の死に顔は眼を見開いたまま笑っていた。
見るとはなしに騎士の首から下げられた認識票を眺めると、“タバリスタン・カーヴァード”と読める。どうやら名誉騎士の爵位を拝命していたようだ。
警告はしたが戦場を甘く見た彼等の報いだ……致し方ない。
果たして彼に取って命を掛ける程の意味がこの闘いに合ったのだろうか? 気になると言う程ではないが、笑って死ねた男が少し羨ましくはあった。
程無く日蝕が始まったが、軌道を計算したところ月の影が完全に太陽を遮るには20分程は掛かるだろう。
巻き込まれて死んだ者も少なくないが、まだ結界の外に出ていない巡礼者は急いで欲しいものだ。
手筈通りベナレスが、サマンガンと言う巨大連星を直列の位置まで一時的に転移させる段取りだが、タイミング迄にはまだある。
時が満ちる迄、笑顔で死んだ奇妙な男の隣に腰を下ろして待つことにした。戦場で嗅ぐ血の匂いが好きかと問われれば、未だに否と答えるだろう。
男が握り締めてる旗織物の切れ端は、団旗か何かかな?
薔薇と、きっとガーゴイルだろう……下手糞な図案だった。
アンダーソン様の傍らに居たい、アンダーソン様のお役に立ちたいと言う願いと想いに嘘偽りは無いが、わたくしには少なからず負い目があった。
嘗て女ったらし勇者の“魅了・催淫”の毒牙に掛かり、政略で親が決めた婚約者とは言え憎からず思える相手を裏切って、大勢の男女と筆舌に尽くし難い肉の饗宴に溺れ捲った。
眠る間も惜しんで日々乱交に狂っていた。
そして罪深いことに、わたくしは心の底からそれを楽しんだ。
勇者が望むので女同士で肉穴を貪り合いながら、自ら進んでよく知らない相手の男根を一日の内に何十も、取っ替え引っ替え繰り返し穴と言う穴に受け入れた……あの忌まわしい離宮での出来事は今でも鮮明に覚えている。
勇者に飽きられ捨てられて、身内と未来の旦那様だった筈の相手からは汚らしいゴミを見るようにして義絶された。
無理もないと思う……社交界で浮名を流す殿方と密通した、なんて良く聞く生易しい話ではなく、わたくしはそれこそ日毎夜毎誰彼構わず相手を選ばず、大勢の男女と絡み合っては複数輪姦に狂った。そして娼婦や淫魔も呆れる程に休みなくまぐわい続けて、乱交パーティの肉宴に降り注ぐザーメンと愛液でドロドロになった底無し沼に溺れ、噎せるような不潔な交尾臭に昂った気狂い女だったから。
あれは本当のわたくしじゃない……などと言う弁解は、人間として踏み越えてはいけない禁忌を犯して仕舞った身では、寝言は寝て言えと切り捨てられるのが関の山だったし、今も胸を張れるほど上等な者ではないが、もしあのまま闘う意思に目覚めて居なければ、わたくしはきっと唯のゴミ女として世間に怯え続けて生きたのだと思う。
だが貴族籍を剥奪され、実家を放逐された当時、自分の身の悲劇を嘆いたわたくしは泣き叫んで許しを請うたことはあっても、きちんと許婚と父母や家族に対して自分の不始末を詫びた記憶が無い。
これではアンダーソン様を裏切って、目の前でイヤらしい変態交尾を繰り返し見せ付けたまま、覚醒後に行方を晦ませた3人の汚物女達と何ひとつ変わらない。
邪で不誠実、まるで指差して嗤ったら気が付けば鏡に映った自分だった……そんな、惨めな気分だ。
いや、王城を放逐されて身の置き所を失い、王都民をはじめ国中から罵倒と侮蔑を嵐のように浴びせられ続けただろう彼女達より、相応わしく贖う機会を失って仕舞ったわたくしの方がずっと非道い。
意気地無しのわたくしに代わり、自らの命と引き換えに好色勇者を道連れにしたアームズ・アゲイン・パーラー……疎遠になっていた腹違いの妹が、意趣返しに張らなくてもいい身体を張った。
そのこと自体には申し訳ない気持ちで一杯だが、同時にアンダーソン様から永遠に仇を奪って仕舞う結果になった。
アムの菩提を弔った後、わたくしは命尽き果てる迄、何処迄もアンダーソン様に付き従う覚悟を決めた。
“果ての無い旅かもしれないが、俺達は確実に前に進んでいる”……そう口にするアンダーソン様は、宿願を遣り遂げることをまるで疑っていない。
だが同時にそれは、立ち塞がり邪魔するものを強引に捻じ伏せる鼓舞の為の言葉に、わたくしには聴こえて仕舞うのだ。
金環食に月の影が正確に太陽の中心に入る頃、わたくしの中の精巧な体内時計が時限発動式の簡単な破砕魔法のスウィッチを入れる。
あらかじめマーカムの岩に仕掛けた遅延遠隔式の術式だ。
月、この星、太陽、そして無理矢理に移動した90光年先のサマンガンが一直線に並ぶとき、この岩を砕く必要があった。
それがフランキー封印の第一の鍵を呼び覚ます絡繰りだからだ。
“聖マーカムの岩”を覆う塔はもう形も無い迄に崩れ去っていたが、瓦礫の中で岩は跡形も無く砕け散った。
思えば随分と遠くに来たような気がするが、迷いは無い。
死ぬなと言われて、アンダーソン様の望むがままに生きて闘うと心に決めた。他の選択など有り得よう筈もない。
絶対に死なない為の強さを求めた。
眉ひとつ動かさず大勢の命を奪える迄に、常軌を逸した非情さとそれに見合った鬼神の如き魂の強さを得た。
……だけれども、わたくしに取ってそれが本当の強さなのかどうか、未だに分からないでいる。
大地は静かに鳴動していた。
この場所の鍵をリリースするには、この地に配された巨大魔導兵器、“付喪神グラジオロイド”の発動を阻止する必要があった。
そしてこの星を中心に月と太陽、本来84年後であった筈のサマンガンが一直線に並ぶとき、砕かれたマーカムの岩が巨神兵器グラジオロイドを呼び起こす為のたったひとつの引き金となる。
その正体は、本家シィエラザードが用意した大規模で複雑な封印の第一関門……沈黙させることで開錠する強力な難敵だ。
何しろ百パーセント覚醒すれば、一薙ぎで大陸を滅却し、一日と掛からずこの星を滅ぼせると言う。
嘗て栄えた古の幻魔の都、ヴェンディダートの地下深くに秘蔵されていた巨大な魔導兵器、“永遠の冥府王”ザラスシュトラ・ミランガの素体を基に悲運の内に憤死した幻魔大帝グラジオス四世の慟哭する魂を動力に駆動する、この世界でも上から数えて何番目かの、屈指の脅威だった。
地割れが縦横無尽に走り、隆起する地層と急激に噴出するガスで砂塵が濛々と空を覆う中、身の丈600メートルはあろうかと言う常識外れの大きさで、不気味な人型が立ち上がろうとしていた。
もう大きさだけで暴力的なのに、事前にビジュアルも含め資料は確認していたが実際に見るととんでもなくグロテスクな見た目だった。
皮膚の無い剥き出しの筋肉に鎧われ粘液と腐臭を撒き散らす姿は、普通なら見ているだけで気持ち悪くなる。
目覚めと共に天に向かって吠えた咆哮は大音響となり、ビリビリと大気を震わせておそらくは大陸中に轟いただろう。
30キロと離れていない聖域ウマル・ヤスリブとその中心にあるジェッダ・マザリンからも、多分異様な巨体が望めた筈だ。
ただ雄叫びと共に引き千切られ、それまで口を縫い付けていた聖水で清められた尋常じゃない太さの荒縄が垂れ下がる様、同じように縫い止められた眼と耳朶の悍ましさ迄は見ること能うまい。
深い地中に木乃伊のようにして悠久を眠るとき、封じた幻魔帝グラジオス四世の無念と怨嗟が抜け出ない為の処置だが、正直これを目にするのは精神衛生状お薦めしたくない。
とは言え、シンディが殪してしまった大幻魔インドラとブリトラ亡き今、皮肉にも遙か以前の怪物幻魔達が残した破壊神、先史文明の遺物の方が現代のどんな幻魔達にも勝っている。
本格的に覚醒するのを待ってやる義理も無ければ理由も無いので、怪物の寝起きを叩くことにする。
わたくしがここに配された理由……ペナルティ・イスカの無限巨大化能力は巨神兵器の類いには相性が良い。
溜め込んだ魔力を還元して一瞬にして相手より少し高めの体躯に巨大化すると、手にしたイスカ固有の武器、空間と次元を切り裂く深紅の月鎌で巨大な怪物の頭部を素早く水平に薙いだ。
原動力である幻魔大帝グラジオス四世の魂を制御しているのは、怪物の広い額に比べれば極目立たぬように刻まれている血文字の玉璽。
荒ぶる巨神兵器を操る為にはどうしても造らざるを得なかった唯一の弱点たる呪印……生前のグラジオス四世の玉璽だったらしいが、これさえ消し去れば巨神兵器は活動を停止する。
額の点のように小さな呪印と共に据物斬りに断ち削がれた脳味噌ごと頭が摺り落ちると、然しもの怪物も再生叶わず、足元から脆い石塊に変わっていく……朦々と立ち込める崩壊の砂煙が上空まで広がって、魔界大帝グラジオス四世の無念が怨嗟を核にした、悲しい古代兵器は永い眠りから目覚めると同時に散って逝った。
第一の関門は無事にクリア出来たようだ。
……覚悟を決めた不屈の鉄鋼メンタルで鎧っていても、矢張り修羅として振る舞い続けるのは難しい。
大勢の命を奪ってまで前へと突き進むには、きっと色んな意味でわたくしの命は汚れ過ぎている。
シンディは自分がこの地に配された理由を考えていた。
ソラン一行と出会い、遺伝的に継承された“勇者召喚”のギフトが為にモルモットにも等しい実験体として連れ去られた。
けれど王宮で飼い殺しにされる生活しか知らなかった妾に、皆は十歳の少女として接して呉れた。他人と温もりを共有する生活も存外悪くは無いと思えた。
幼さ故に世界は自分を中心に回っていると勘違いしていたが、一人一人が自分だけの悲しみと苦しみを抱えていると理解出来るようになると、自然と他人に優しく出来るようになっていった。
同時に人の心の奥底に潜む悪意にも敏感になった。
戦士として生きると覚悟してからこっち、魂を創り替えるような過酷な修練にメンタルの耐性さえ叩き直されて、人助けよりも、いつしか人の命を奪うことの方が多くなっても、敢えて悲しいと口にすることは無くなった。
まぁ、色々と優先事項の価値観に一般的なそれとズレがあるのは感じているが、致し方なきことかと思う。大切だと思えるものだって、人それぞれに違っていて当たり前……そう思えるようになった。
“不退転”……ソランの信条がそうであるように、自分もそうありたいと思った。
人は何度だって遣り直せるし、何度だって幸せになる権利があると妾も思う……それが世間一般の共通価値観かもしれない。
だけどソランはそれを望んでいない。
心の何処かで、もう一度裏切られることを恐れているからだ。
色んなジレンマに募る想いでソランに突撃する前、健闘を祈るとか言われて、高級天然素材だとネメシス姐さんに手渡された派手な勝負下着は、乳首と股間の大事な三箇所に大き目の穴が開いたデザインだった……ソランはドン引きしてたっけ。
心より身体の方が分かり合えるとは思わないけれど、情婦、愛人、肉便器、穴奴隷、男に飢えたチンポ狂い、なんでもいい、例え常識的な倫理観から逸脱したとしても、小さな頃から妾の髪を梳いて呉れて、妾を大切にして呉れたソランと何処かで繋がっていたかった。
以来姐さんには何度騙されたか分からないが、思い返してみれば大抵の場合、じれた妾がソランに肉体的突貫を謀った時に限られる。
そのブレないネメシス姐さんの弄り体質は、ある意味不動の変態妻ポジションを示唆している……とも取れる。
何度か一緒にヤラないかと皆んなから誘われるが、ネメシス、カミーラの両大御所を筆頭にアザレア姐、変態女一直線のビヨンド達の肉欲は底無しだ。まるで蟷螂の雌が雄を捕食すると言うか、以前にヘトヘト法酒池肉林デスマッチとやらに参加した時は、本当に死ぬかと思った。
強い、強いと思ったが、あれでよくソランが屁古垂れないのか不思議だ。
意識を手放す前に一瞬、天国の門が見えた……まあ、妾がもうちょっと床上手になったら、また誘って欲しいものだ。
基本、妾達の間では相手の嫌がることは無理強いしない。他にも妾達の間には不文律と言うか暗黙の了解がある……ソランが何かを失うことで痛手を負うことの無いよう、何処迄も生きて生きて、生き抜くことだ。
それが為には鬼神にも、悪魔にもなる。
何かを得る為に何かを失うと言う図式は、妾達には当て嵌まらない……もう既に充分失っているからだ。
いや、妾に関しては最初から何も持っていなかったとさえ言える。
正直、ネメシス姐さんのしたたかさの100万分の1でも分けて欲しい。
結局、あの時の……決死隊のようなエロ勝負下着で迫った時のソランは素っ気無い塩対応だった。
今でこそ念願叶って望めば抱いて貰えるが、いっそのことソランがレイプ魔とかであったら好かったのに……そう、暫く思っていた時期があった。
シャザルワーン峡谷の南の果て、到底人が生きてはいけない砂漠と乾燥した岩領地帯に聖地のひとつ、グレアムの丘はある。
本家シィエラザードがフランキー絶対防御の為に用意した封印……その第二の関門がここ“グレアムの丘”に眠っている。
ハッジと呼ばれる厳格な巡礼の仕来りに定められた順番に従って、ここに詣でていた従順な巡礼者達だったが、アザレア姐さんが“聖マーカム岩”の関門を攻略する様子を遠目に窺い、全ての者が我が目を疑った。
形振り構わず何が起こっているのか理解も及ばないまま、身も蓋もなく震え上がり、この世の終焉から身を守るように蹲った。
つい先程迄は”丘詣で”の厳粛な儀式に従って丘の周りをグルグル回っていたのに今は皆、地に突っ伏して狂ったように祈り続けている。
普通の人々……凶暴な悪意には抗う術を知らない無力な人々、その癖善意で物事を見極めようとする不見識な人々だ。
だがそれは信仰と言う啊呀乎呀な指標に依存し過ぎている。
妾とて、今でも実家の宗旨だったオールドフィールド公国正教の女神に偶に祈りを捧げている。だが自分の判断を丸投げする程、信心に踣り込むのは愚かなことだとも知っている。
殺伐とした戦場に身を置き続けると、どうしても恐怖心が鈍化して仕舞う。それは見えない悪意に敏感であるのと同様、戦闘センスには重要なファクターだ。
……人の悪意と言えば、アンネハイネ達の世界で思春期を迎えた妾は、高度に社会心理学の完成された世界だったが故に、パーソナル・スペースが確立していた日常に慣れ切っていた。
その所為もあってか、蟣蝨達の世界に行ったときに、馬灘朝睡虎の洛墨と言う街で忘れていた他人に依る悪意の洗礼を受けた。
鏢局の市中見回りとは名ばかりの、破落戸に絡まれた時のことだ。
国罵と言うあの文明独特のセクハラ・ボキャブラリーに、不覚にも妾は、世間知らずなお嬢ちゃんのように取り乱して仕舞った。
最初の内こそヴァーチャルだったが真面じゃない発情豚の下種セックスに溺れている負い目もあったからだろう、それは沈着冷静、冷酷非情のメンタルに徹し切れなかった自分の甘さだった……もう二度とは遅れは取らぬと、堅く誓っている。
鋼のメンタルが張りぼてであって良い訳が無い、それは妾一人ではなく皆を危険に晒して仕舞う。
恐怖に捕われた巡礼者達は、どいつもこいつも涙と唾液でグシャグシャに顔を汚して這いつくばっていた。
前時代の人類に比べれば、過酷な今の環境に順応した生態系は押し並べて頑健だと言えるだろう。例え亜人種を除く、純粋な人類種の自然死に依る平均寿命が60から70だとしてもだ。
……恐怖と怯えは身を守る自己防衛本能だ。
だが米搗き飛蝗のように、口々に神の名を泣き叫び、助かりたい一心で諂うのは怯えではない。それは単なる命乞いだ。
唯々見苦しいだけだ……愚かな子羊が死のうがどうしようが、気の毒だと思う気持ちは微塵も湧いてこない。
救ってやる道義も無ければ、意味も無い……この場合、子羊たる彼等に降り掛かる災厄は妾達が齎したも同然な訳ではあるが。
ただ言い遣っている通り、子連れの巡礼者は守らねばならない。
検索して福音と防御の加護を付与しておく。
第二関門の開錠条件はここに眠っているイブン・バツゥータの霊体護法を打ち破ることだが、その為には丘の頂きにある香炉廟の香炉を消す必要がある。
言い伝えに拠れば、預言者グレアムがこの地に入滅した六千と三百二十二年前から連綿と香炉の火は絶えていないらしい。決して消えることのない魔術の熾火で、一名“不滅の香炉”とか言うそうだ。
面倒なので廟の前に立った妾は、外から絶対石化の魔術で六千年以上焚かれ続けた香炉の火を消した。
途端、広範な空中に溶けていた霊が急激に収束していく現象に、荒れ狂う突風が吹き抜け、巻き上がる砂塵に次第に濃くなるドス黒い霧……瘴気と霊気が混じったものが大気に紛れ込む。
やがて凄い勢いで天空に登って行った黒い霊気は、おどろおどろしい巨大な黒雲となって渦巻いた。
過去最強のギガントマキアだったイブン・バツゥータは亜神へと昇華して、肉体を捨て最高位の霊体となりこの地を守っている。
フランキーの封印を守護する関門のひとつとなったのだ。
雷鳴轟き、暗雲から幾つかの豪雷が地表に叩き付けられて、少なくない数の巡礼者が黒く焼かれて爛れ死んだ。
顕現するだけでこの犠牲なら、亜神とかになったイブン・バツゥータは決して民草の為に在るのではないのだろう。
霊体が凝縮していくと、自らの尾を口に銜えて輪になった巨大な蛇身……まるで神話のメヘンかヨルムンガンド、ウロボロスを彷彿させる姿で、なだらかな“グレアムの丘”の外周5キロに匹敵する大きさで地表を睥睨した。
これこそが亜神イブン・バツゥータの異能、イリュージョン・メーカーだ。霊体であるイブン・バツゥータは、自らの思い描いた姿に実体化出来る。
(フランキーを掠め盗ろうと企みし者よ、汝が罪を数えよ)
(随分と大時代的な話し方をするんだね……大昔の人だから?)
(今日は遊びは無しだ、本気で行くよ)
「デビルズ・スパイラルダンス」
悪魔と踊る螺旋、デビルズ・スパイラルダンス……ソランやネメシス姐さんに教わった、魔術創造の研鑚で実用化したもののひとつだ。
闇と光の相反する属性の消失スフィアをそれぞれピンポン玉大まで圧縮する。
互いに引き合い、反発し合う性質から最初に捻りを加えて遣るだけでグルグルお互いの周りに回り込もうと高速回転を始める。
闇と光の二つの異なる負属性と正属性のコラボが、激甚な威力の消失を生み、然ながら回転するドリルのようにえぐく対象を抉り、掘削する。
触れたものは実体だろうが霊体だろうが、問題なく消失させる。
これを何百本と間断なく撃ち込まれれば、然しものウロボロス擬きも原型を保っていられなくなる。
撓んだ空気も、心做しか緊張を解いていくようだ。
(オグォッ、ウゴオオオォッ、……貴様っ、何者だ!)
汚らしい苦悶だな、おい?
(歴史に名を残した高名な探検家にしてフラナガン派遣機関の諸国見回り役、イブン・バツゥータに敬意を表したいところだけど、ここで闘いを長引かせるのは悪手なんでね……次で終わらせる)
「消滅結界キューブ」
これはカミーラ姐さん直伝の、対高位霊体用の一手だ。
既に散り々々になって霧散するイブン・バツゥータの霊体が再び収束して、次の形態に実体化する前に確実に捕縛して叩く。
幾千大小様々な絶対不透過の立方体の結界が、千切れた霊体の悉くを包み込み、その内側に封じ込めた。
中で抵抗する霊体の欠片が結界を破ろうと足掻くのに反応し、真っ白いキューブの表面に虹色の波紋が広がった。
だがそれを覆い尽くすように、何物も逃さない暗号化された古代ルーン文字の特殊なマジック・スペルの帯が、燃え上がるようなオレンジ色に輝きながらキューブの表面を縦横無尽に疾り抜ける。
「燦っ!」
全てのキューブが一際眩しくオレンジ色に輝く。
結界強度が飛躍的に跳ね上がる。
「滅っ!」
カッと光に埋め尽くされた全方位が、急速に暗転していく。
キューブは立方体の中心に向かって凝集し、その姿を縮めて粒子のような極小の点になり、最後には無になる。
移ろいと共に金環日蝕が終わってみれば、人肉の焼ける臭いが立ち込める地上とは対照的に、翳っていた薄暗闇が嘘のように上空にはギラギラと照り映える代わり映えのしない太陽とこの星の乾いた大気が見上げられるばかりだった。
碌に会話も成立していなかったが、第二の関門としてその身を捧げたイブン・バツゥータは、呆気ない程何ひとつ残さず、その存在ごと永遠に消失した。
傲慢な言い方かもしれないが、完全に巡り合わせが悪かったと思って諦めて貰うしかない。こちらも作戦に失敗は許されない。
当然のことながら相手方よりもこちらはこちらの都合を優先するし、遣り直しが利かないのはいつものことだ。
無関係な人々が大勢死にゆくのに、必要以上に無関心でいられる無慈悲な妾が、殊更イブン・バツゥータの魂だけを他よりも憐れと思える筈もない。
元々蛮族寄りの文化圏出身の所為か、見慣れた同族殺しや殺人に対する禁忌は薄かったが、それよりも何よりもソランの峻烈な倫理観が人並みに躊躇うことを一切許さない……遣るならば徹底的に、生き残りが巻き返しを図るなんて後顧の憂いは微塵も残すな、そんな風に鍛えられた。
きっと暫くすれば妾は自分が手に掛けた非道も悪行も、まるで何も無かったように忘れて仕舞う。
メモリーとして記録には残るが、気に留めることは無くなる。
真面さを捨てた自覚はある、だから幾ら強くなろうとも妾は世間様に比べればきっと碌な者じゃない。
人間らしい優しさや情け、憐憫や庇護と言った通常の感情も何も彼も押し込め封じ込めて、たったひとつ残った尊厳らしきものがあるとすれば、それは“絶対に負けない”、と言う意地のようなものだろうか?
闘いとは冷静で、冷淡で、冷酷であるべきだ。力に溺れて己れを見失うなど言語道断……それは、ソランにきつく戒められている。
にしてもメモリー用予備電子脳の多機能録画を偶に再生してみるのだが、全天360度任意視点で俯瞰から接写、ビューモード切替えであらゆる角度で視聴出来る動画再生はソランと獣の様に交わった記録で、これが凄いことになっている。
本能丸出しの噎せ返るような媾合臭の中、妾の喘ぎ声が、どれもこれも聴くに耐えないほど最低で劣悪な汚らしさなのはどうしてだろう?
頭の悪そうなド直球な痴語もこれでもかと叫び捲って……男と女の局部の名称を連呼していた。最早女として終わっている。
自分で自分をドスケベな変態と認めさえした。
この間などは、ケツ穴で妊娠させて呉れと絶叫する始末だ。
どうせ公開処刑も同然、幾ら対抗魔法やジャミング・システムを何重に駆使しても、ネメシス、カミーラ、アザレア姐さん、そして他人の行為を視姦するのが大好物の変態ビヨンドは言うに及ばず……妾の痴態は常に覗かれている。
研究熱心な妾だって、皆がどういう風にしてるのかは気になるので怖いもの見たさで録画はしてるからお相子だが。
……俎板の上の鯉の心境に達するのも早かったが、にしてもヒドい。
妾がしているときの声と言ったら、犬畜生の遠吠えの方がまだ可愛気がある。
妾はこんなだから、いつの間にかデリカシー無きキャラクターとして振る舞う内に公序良俗糞喰らえで思慮深さや慎みなど何処かに忘れてきて仕舞った体だが、にしても矢張り相当に酷い。
見知った、ガチなマゾ奴隷のカミーラ姐さんや自他共に認めるビヨンド屑変態の阿鼻叫喚セックスに麻痺しがちだが、妾は元々は真面だった筈なのに。
性奴隷としてお情けを頂戴し奉仕してる積もりが、迂闊にも次第に夢中になり、情け無くも、肉欲と歓喜と法悦と異常倒錯が齎す悦楽でドロドロに溶け合う禁断の坩堝に嵌って深く何度も逝き捲り、在り得ない程愚劣で滅茶苦茶な淫乱痴態をこれでもかと晒した。
小さな頃はこんな変態セックスに溺れるなんて考えてもみなかったが、何万回も繰り返される凄く刺激的で過激なエクスタシーにどんどん深みに嵌っていく自分が次第に怖くなった……自ら望んでエスカレートする、淫蕩な変態行為に確かな興奮を覚えたからだ。
調節の利かなくなった体液を垂れ流しながら、凡ゆる穴をソランの雄汁に満たされて恥も外聞もなくイカれたエロ馬鹿セックスに狂い続けていると、自分の身体の芯は快感の集中する下腹部にあるのではないかと思えてくるのは、妾が女だからなのだろうか?
更なる刺激を求めて、妾は体内で禁断の媚薬調合までした。
敏感になった妾の恥知らずなプッシーとアナルに熱く濃いスペルマを勢い良く射ち込まれて、甘美にのた打ち回るのが心の底から好きだった。
仕舞いには溢れて噴き出すザーメンを下半身と言わず、変態女よろしく身体中に塗りたくった程だ……相変わらずソランはドン引きしていたが、絶頂の極みに失禁さえした。
たかが痴情セックスと嗤うなかれ、今の関係と繋がりは妾の全てだ。
心の底から湧き上がる絶頂には、確かに逝き続ける程の多幸感があった。
だからと言って全てを曝け出したいって訳でもないが、愛しい男の前では雌豚絶頂の淫行を繰り返す無様な姿を晒し続けた。
見て欲しかったのだ……だってその方が興奮するから。
愛するソランに妾の変態振りを見て欲しい、情けなく屈服して糞雑魚便所穴を凌辱して呉れと泣き叫ぶ色情エロ豚女に堕ちる不様さを見て欲しい、だらしなく涎を撒き散らすアクメ顔を晒して悶えるのを見て欲しいと言う感情が、普通かどうかは分からない……多分、普通じゃ無いし、異常だと思う。
背徳を感じれば感じる程、発狂するぐらいに興奮するなんて真面じゃない。
乱れて、痺れて、何度も痙攣絶頂した。
だが、その容赦無い迄に淫靡で畜生の唸り声にも似た嬌声は、女として我ながら本当に酷い……我がこと乍ら、眉を顰めるどころか、正気かお前、と横っ面を張り倒して遣りたい程だ。
もっと激しく突っ込んで欲しいっ、もっと奥まで熱い精子をぶち込まれたい?
大概にしろよ、お前!
何が悲しくて朝まで抜かずに調教飼育で乳搾りだっ!
……決して人様には見せられないし、本当は見せたくない。
だと言うのに包み隠さず暴露と言うか、機密漏洩笊の如く筒抜けだ。
正気に返ってみれば、夢中と言うよりは半狂乱の自分の不格好さにどんよりと落ち込む……女の妾にも賢者タイムみたいなものはあるのだ。
我殺を装ってはいるが、実際のところ羞恥を忘れて泣き叫ぶ妾の姿は、滅茶々々ほっんんん~とおおおおぉに、ものすっごく恥ずかしい。
見栄ではないけど“限界突破エクスタシー”上等なんて蟣蝨ちゃんにはかっこ付けて仕舞ったが、これでは最低の欲情雌豚肉便器、底無しの絶倫ドM奉仕奴隷だなんだと揶揄している肉エロ・ビッチのビヨンドとなんら変わらない……ガチで貪り加減までまるっきり一緒だ。
見ると気が滅入るので、戦闘状況前の高揚を沈めるのに持って来いの打って付けだったりする。逸る気持ちも一遍で冷める。
光竜帝ローゼファジトロン・ダコタは己れの取り返しの付かない失態に、今迄積み上げてきた全てがガラガラと音を立てて崩れ去って行くのを感じていた。
誤爆だった。
決して傲り高ぶった慢心を抱いていた訳ではなかった。
だと言うのに、指導試合で目測と加減を誤り、幼い頃より10年育てた愛弟子を殺めて仕舞った。
事故だったのだ……ローゼファジトロンに誓って殺意があった訳ではないが、しかし死なせて仕舞った事実は事実。
しかも死なせて仕舞ったモルフォーンス・クロト・ジュニアは、栄華の絶頂を極めた神聖魔導宗主国パンゲオンの指導者一家正統の嫡男であった。
対魔力障壁の展開に叢があるなど集中力に難がある弟子ではあったが、昂った時の高位魔術の発動などある種の閃きの部分では、束脩を受けて個人指導をしている入門弟子の中では抜きん出ていた。
内弟子以外にも魔法局の各公務部署などで多くの後進の稽古を指導してきた眼から見ても、異彩と言っても良い才能は50年、いや100年に一人の逸材と言っても過言ではない。
だと言うのに、なんの外連味もない単純な爆裂魔法が炸裂するあの瞬間、ジュニアは防御魔法に失敗して仕舞う。
弟子の中では一番若く、まだ物の分別も整わぬ16歳と言う経験の少なさを考慮するべきであったが、油断があった。
異例の天覧裁判が開廷された。
魔導王の禁城に引出され、大監総都督府宮廷魔導師団の御前会議で即座に国立魔道省参謀長官の位を剥奪され、パンゲオンからの追放刑、強制退去が科せられた。減刑の無い厳しい判決だったが、それもこの期に及んでローゼファジトロンが一切の申し開きをしなかったからだ。
所属する現代魔法士連盟には、最大主流派の統一魔導師協会の武闘派と賢者派の二大派閥があったが、どちらからも会員資格永久抹消の重罰の沙汰が下った。
事故でこそあったが、国の次世代指導者を失うと言う不始末はそれ程迄に重大な過失であったのだ。例え加害者に悪意は無く、魔導宗主国始まって以来の天才と謳われ、宮廷魔導師団のトップに君臨して永世名誉賢者の称号を得、国民的英雄と持て囃された身とて同じ事。
古来、弟子入りする際に“例え修行の中に死するとも禍根を残さず”との誓紙を師匠に差し出す慣例も、この場合は反故にされた。
名誉称号は強制的に返上させられ、華々しい威信は失墜した。
裁定から僅か三日の内にローゼファジトロンはパンゲオンを放逐された。たった一人同行を許されたのは小間使いの奴隷、シィエラザードと言う女だった。
「ローゼファジトロン様、悔しくは御座いませぬのか?」
「……貴重な幻魔である“花の王”が宿りし固有武具、神槍“胡蝶蘭”は時の聖王様から直々に賜ったもの、それすらも封印されて」
荒野に張ったテントの外に焚き火で煮炊きを終えた小間使いが、煮込んだ干し肉スープの深皿を差し出した。
昔から実家のダコタ家に仕えていた家政婦奴隷の女が、身の回りの世話に同道して呉れている。先代から仕えているからそれなりの年輩の筈なのに、不思議な程歳を感じさせず若く美しい。
移動は転移や飛行魔法を使うものの、魔物の跋扈する樹海や峻厳な岩領地帯など女の身には辛かろうに、この健気な小間使いは臆することが無かった。
個人資産は没収され、殆ど身ひとつで放り出されたに等しかったので、人里の近くでも野営することが多かった。
追われたとは言え神殿賢者の意地がある。
親族を頼る訳にはいかず、他人の施しは受けたくなかった。
だから少ない路銀で食材の遣り繰りをし、野兎や野生の根菜などを何処からか調達してきて食事の用意をし、洗濯、水浴の世話など身の回りの面倒を何くれと無く遣って貰えるのは感謝仕切れぬ程有難い。
男の矜持が許さぬので当面遠慮しているが、旅を始めた頃に、望むならと夜伽の相手まで申し出て呉れた。
「全ては儂が不明……事故を未然に回避する安全対策を用意出来なかったのは儂が責任じゃ、後進の指導に失敗した事実は事実」
「過失とは言え、将来ある若者を一人死なせて仕舞った罪は背負って行かねばならないと思っておる」
皿を受け取りながら、普段よりも真剣な表情で尋ねてくるシィエラザードに何気なく答えたのがいけなかった。
慢心した己が身をもう一度鍛え直す為、野に下った機会にパーシー教の神敵を打ち倒す諸国巡視……善神スプンタ・マンユを崇める我等がザラスシュトラ拝火教の信仰を阻む邪宗門を駆逐する。
そんな行脚を考えておると前から伝えてはいたが、小間使いの女はそんな殊勝な覚悟に懐疑的であった。
彼女に言わせれば、大方の人間はもっと俗物であり、高邁な理想に生きる者はほんの一握りに過ぎないらしい。
パーシー教の主神、アフラ・マズダに夫婦の婚姻の記しを奉納しても大概の人々は伴侶を裏切って、夫も妻も行き摺りに姦淫の罪を犯す。
多神教では駄目なのだと彼女は言う。
妬みや嫉み、他はどうでも自分だけは良い暮らしをしたい、出世したい、金持ちになりたい、気持ち良いセックス、淫らで不道徳なセックスを沢山楽しみたいと言った凡庸な妄執に囚われる、或いはなんとなく凡愚の欲望に流されて生きて、物欲や金銭欲、権力欲、食欲、性欲の赴くままなんとなく煩悩にまみれた挙句、なんとなく死ぬのが人間だと断定する。
「どうも若様は清廉潔白過ぎて、いけませぬ」
「普通、人は若様のような仕打ちを受ければ激しく世の中に怨みを抱くもの……正しい道理よりも感情に支配されて、もっとこう、ドロドロの復讐心に捕われてもおかしくはないのです」
「世の中の理不尽を詰り、惨めな境遇を嘆くのです」
常の穏やかな従者とは違った雰囲気が、どんどん濃くなって行く気配があった。
「ローゼファジトロン様、貴方様の真っ正直な性根、この本家シィエラザードが少々人間らしく矯正させて頂こうかと思います」
「明日からの御指南、お覚悟召されませ」
何ひとつ文句の付け所が無い、良く出来た女中奴隷であったが、この時に何か善からぬ波動を感じたのは、気の所為だけでは無かった。
僅かながら……そうほんの僅かだが、光竜帝と呼ばれた胆力を誇る自分の背中に確かな悪寒が走るのを感じた。
「ローゼファジトロン様は、もっと醜悪で宜しいかと存じます」
カミーラには未来予知が出来る。
だが56億7000万の彼方の全てが見えている訳ではない。
嘗てセルダンに依って創り出されし高性能ホムンクルス体にして不老不死の吸血妖姫……大陸救済協会の基、多くの禍根を残したエインヘリヤル計画の実行部隊として結成され暗躍した、ブリュンヒルデ率いるワルキューレ第一軍団と同じ研究施設から生まれた。
そしてエインヘリヤル計画とは行動原理を別に組織された、セルダンクローンが持ち去ったオー・パーツ奪還を目的とした裏の特務機関、知る者無き別名“夜の眷属”の全権を担っていたのが此方だった。
あまりにも長い活動期間に、ワルキューレ・シリーズのメンバーは一人減り、二人減り、最後に残ったペナルティ・イスカも自我を失っていた。
それ以外に付き従ったワルキューレ・セカンドの勢力も、全盛期の約半分程に減って仕舞ったが、ここ最近の異世界放浪の旅に未知のテクノロジーや魔法体系を知ることが出来た。
世の裏側に生き、決っして表舞台に出て行く事は無かったが、56億7000万年先に魔神王に至る存在を知り、その邂逅に僥倖を見、使命と任務を捨てた。
幾星霜、不死身のノスフェラトウとして暗躍した200万年近くもの間には、多くの別れと出会いが有った。
だから人情に絆されるなんて、ある筈は無かったのだが……口にすることは永久に無いと思うが、今はソランの縁に集った女達が一人も欠けずに56億7000万年先まで行けたらと、そう願っている。
ソランに依り生きる意味を見出し、ソランが居るから果敢にも己れの足で前に踏み出そうとしている。
ここにはそんな女しか居ない。
はっきり言ってこの程度の戦力しか保有していない世界……眷属の力も入れれば1000通りの方法で滅ぼせる。
封印を破ってフランキーとやらを手に入れる方法も、常のソランであれば真っ正直な正攻法を選ばず、搦め手の力技で強引に奪う筈だ。
本家シェラザードとやらに含むところがあるのだろうか……だがおそらくは大切な女共に実戦経験を積ませる為、敢えて敵の手に乗っているのだろう。
聖なる“ターゲ・ボスターンの泉”の故事は、口伝の他にリフラと呼ばれる嘗てのイブン・バツゥータが残した布教旅行記に記されている。
――女奴隷ハガルが幼子イスマイールの為に水を探し求める姿を憐れみ、大天使ジブリールが大地を踵で踏みしめるとそこから水が湧き出したとされる……そんな神話時代の逸話が、“預言者伝”から引用されている。
無論、過去を遡ってみてもそんな事実は無い。
確かにキルロイ大理石神殿を建造したのは、大天使ジブリールを騙った本家シィエラザードだったとは判明している。
しかし泉に関してはお伽噺に似せた秘跡好きな、無知蒙昧な昔の預言者共の布教の為の幼稚な捏造に過ぎぬ。
ともあれ、それが現在の聖なる泉となった。
シャザルワーン巡礼回廊と言っても、本巡礼地の総てがシャザルワーン峡谷にある訳ではない。現に、“ターゲ・ボスターンの泉”はキルロイ神殿のあるジェッダ・マザリンから結願の聖堂のあるエルシャダイ山へと続く道すがらにある。
ご利益のある聖水だと年間200万人以上の巡礼者がこぞって泉の水を持ち帰るが、未だ涸たことは無いと聞く。
この七面倒なシークエンスを完成させる為、第一、第二の関門がリリースされている状態で、ここの泉の水源を汲み尽くす必要があった。
それが第三の関門を顕現させる条件だ。
防塵ゴーグル付きのヘルメットが煩わしくて、収納空間に仕舞う。
汚損剥離加工のゴーグルは万全の視覚を確保するものだが、此方はどうしても裸眼の方が性に合っている。
リミッター解除程ではないが、今日は本気モードなので、新調した固有装備のタイプSS戦闘スーツで出撃している。
マクシミリアンとメシアーズが開発した、汎用タイプ変形型だ。
瞬時に硬化する半ハード・タイプのフレキシブル・アーマーは威力を抑えた四つのオー・パーツの技術が搭載されてさえいた。
血を使った魔術なら別だが、本来水魔術は得意ではない。
嘗て国を滅ぼした轟天水瀑布の呪術陣は一度使ったきりで、お蔵入りした……魔力の消費量が思った以上に激しくて、燃費が悪かったからだ。
別にコスト・パフォーマンスを気にする程常識的経済観念に目覚めている訳ではないが、兎に角選択率は低い。一般的に耳にする、“吸血鬼は流れ水に溺れる”、と言う程ではないにしろ、水魔法はどちらかと言えば不得手だ。
此方の水属性が無詠唱術では中級位だが、水を枯らす程度ならこれでも良かろうと“水龍昇天”の術で地下の水脈を総て吸い出す。
泉だけではなく、辺り一面から地面を割って何本もの噴泉が高く噴き上がる。
徐々に太くなる水流は地下の伏流水を空っ穴になる迄吸い上げ、上空に大きな水の龍を造り出す。
泉の建物を見下ろす高みに上昇してみれば、空に吸いあがる水の奔流に恐怖し逃げ惑う巡礼者達で地上は更に大騒ぎだった。
と、天空を駆け抜け、大陸の彼方へと大量の水を運ぶ筈の龍の姿が止まった。上空に静止し、凍り付いたように微動もしない。
(来たか……)
フランキーの封印を解かんと策動せし此方等を阻止せんと、ようやっと本家本元のシィエラザードが姿を表す。
動かぬ水の龍の上、遥かな天穹を割って、虚空と混沌の次元より現実世界に異形の魔物がワラワラと降ってくる。
探知の魔眼で望めば、その中に大型の魔獣数十頭で身を守り、赤い意匠の帷子で戦装束に身を包むシィエラザードが垣間見えた。
「此方には予知能力もある、シィエラザードが直々出張ってくるのは想定の範囲内……初見参であろうか、ヴァンパイア・クウィーン、カミーラと言う」
魔力に声を乗せ、名乗りを上げる。
「シィエラザードが“伏魔殿の百鬼夜行”、パンデモニューム・パレード……実際に目にしてみれば、成る程他ではふたつと見られぬ悍ましさがあるようじゃ」
後から後から湧いてくる原初の魔物は、引っ切り無しに降ってくるようで、此方の自動迎撃シャドウ・スピアが間断無く灼いているが、まったく切りがない。
既に地表に降り立った魑魅魍魎の類いは、周囲に溢れ返らんとしていた。
泉の周辺は逃げ惑う巡礼者達で最早この世の地獄絵図だ……シィエラザードは、手段を選んでの攻めを捨てた。
原初からこの世界をクリエイトしてきたシィエラザードの下には世に放てなかった失敗作が多く存在していた。
曰くこれを“伏魔殿の魔物”と呼ぶらしい……野に放つには余りにも悍まし過ぎる怪奇妖怪変化を束ねたゲテモノ妖異軍団だ。
ペランナガンと言うのはそれ程強くはないが、首の下に胃袋と内臓をぶら下げて飛び回る女の吸血ゾンビで見た目が頗る悪い。不気味過ぎて気の弱い者は卒倒して仕舞うレベルなので、こんなもの達が集団で押し寄せて来れば一般の巡礼者達などは、きっと地獄の門が開いたとでも思うだろう。
大型のアンデッド・ドラゴンは腐肉で出来たグール系、骨だけのスケルトン・ドラゴンなどこれも醜く瘴気にまみれていた。おそらく翼を広げた姿などは、恐怖と言うよりも忌避感が先に立つだろう。
八大竜神、ウパナンダ、サーガラ、タクシャカなどの個体名を冠してさえいた。
大量に降ってくるのはアジ・ダハーグと言って3頭3口6目の有翼の龍蛇、ドラゴニュート・ゾンビなどの不死属性の爬虫類系……兎に角他では見ないスプラッターなラインナップだ。
(オーバーラップ選別結界)(暗黒邪神の祝福)
此方等の主は、誰かを救うなどと言うことは微塵も考えてはいない……復讐の為には如何なる犠牲も厭わない、それでも自分の所為で誰かが死ぬのは、ほんの少し嫌なのだと言う。
大抵の場合、大量殺戮を決意した際はまるで禊のようにして此方の女陰と肛門を糜爛するまで陵辱していく。
56億7000万年後の頂に君臨する迄に幾千万度の掃討を繰り返し、その度に善なるもの、人らしい何かを総て失って行くと言うのに随分と甘い……だが、それもまた此方には好ましい。
オーバーキルは控えるよう言い遣ってはいるが、正直迷える子羊とやらのここの信徒共は気に喰わぬ……己れの2本の足で大地を踏みしめる覚悟の無い者が100万死のうが、1000万死のうが一向に然したる痛痒は無いのだが、短期決戦が前提の極大魔術を使うとなれば話は違ってくる。
時空間が歪むレベルの攻撃魔術への対策は必須だ。
最初の術式は任意の対象を現実世界に重ねながらも乖離させ、此方の蹂躙が他に及ばないよう特定させる特殊な結界を創り上げる。
重なっていながら選択対象だけが別次元になる。
世紀末級の術を放ったとしても煉獄の劫火で焼き尽くされるのは選択した攻撃対象だけで、それ以外には地形も生物も影響を受けることは何も無い。
攻略対象以外、毛で突いた程の傷も負わすことは出来なくなる。
一方ダークエビル・ブレッシングは暗黒呪術の加護で不慮の災厄を防ぐアンブレイカブルの術式だ。まぁ、物のついでに無関係の巡礼者達を守る保険だった。
この二つの術式は、図らずも生き残った巡礼者を未だ猛威を振るうパンデモニューム・パレードの災厄からも守る形となった。
「信仰を勧奨する者が、巡礼者達信徒を巻き添えにしても構わぬとの暴挙に出るとは……いっそ、憐れだな」
「嘗て神殺しさえ犯した冒涜者の此方でさえ、もう少しは増しな遣り方を選ぼうと言うものだ」
言い返しては来ぬが、シィエラザードが悔しそうに顔を歪めるのが見て取れた。
「……此方の眷族には、十四使徒と言って、余りにも危険過ぎるので野放しには出来ず、平素は“黙示録の結界”に厳封しておる終焉の隷獣が居っての」
血風煉獄爆炎などの殲滅魔法を撃ってもいいが、この世界の時空間自体が致命的に歪んで仕舞う恐れもある。
ここは此方の眷属、深淵の大食漢を使うとしよう。
「今日は特別に披露しよう……十四使徒がひとつ、全てを鯨飲する悪食の暗黒災厄神、名を“亡霊の神鯨”、ケートス・スケルトンと言う」
「本邦初公開じゃ」
14ある封印結界の亜空間を開放するには、儀式魔術が要る。
既に用意していた折り畳んで箱にした魔法陣に、練り込んだ魔力を流していく。畳まれていた魔法陣は、徐々に展開しつつ回り出す。
回る真紅の魔法陣は独特で複雑な詠唱紋を図式化したもの、これに法術1033文字の高速無音詠唱を足して初めて術式は為る。
やがてケートスの為だけの檻、“黙示録の結界”が開くのに天地は激しく鳴動し、重低音の雷鼓が鳴り響き、様々に変化する極彩色の雷電が奔る。一部は激しく帯電した大気中を球電化して滞空すると青白い光から紫に変化し、凄まじい磁力を帯びて周囲の物質を巻き上げようとする。
亜空間が開くだけで甚大な被害があるが、無論、影響があるのはトリアージュ結界に選別されたパンデモニューム・パレードだけだ……少なくない出来損ないの魔物が、夥しい雷撃に散り、ボール・ライトニングの餌食になる。
「心して受け入れよ、万物を呑み干す逃れられぬ滅亡、七つの悪徳がひとつ、“亡霊の神鯨”、強欲のマモンじゃ」
全容を現すそれは辺りを覆い尽くす程の巨大な骨で出来た神鯨……紫電を纏う姿は、決して鯨の肉を削ぎ落した骨格ではない。
集積した骨が腹を、背を、尾鰭を形作っていた。
何処の何とも知れぬ白骨で全身を装甲された体表は、見渡す限り地平線の彼方まで天に被さらんとしている。
パンデモニューム・パレードなどはひと呑みであろう。
実際に吸い込まれていく伏魔殿の化物達は、その余りの勢いに頑健な筈の身体が千切れていた程だ。
直々に引導を渡すと決めたシィエラザードだけを残し、あれ程溢れ返らんとしていた魑魅魍魎の群れは、綺麗さっぱり、それこそ欠片ひとつ塵のひとつも残さず捕食されて消え去った。
後は悍ましさに総毛立つ、虚無の咀嚼があるばかりだ。
運よく生き残っている巡礼者達は、無論討伐対象外だ。
「さて、前哨戦にあまり時間を割く積もりも無い……早々に決着を付けるとしようか、シィエラザードが傍流?」
たった一人生き残ったシィエラザードに、驚愕の気配があった。
流石にスプラッター種の妖異と一緒くたに葬られては往生も叶うまいと別れの言葉なり掛けて遣るのに、狼狽てどうする?
……瞳孔が開いている、分かり易過ぎるぞ。
幾ら似ているからとは言え、此方が相手を見誤るとでも思ったのであろうか?
「予知能力があると言うたであろう?」
「お主が傍流であることは、先刻お見通しじゃ……大方、本家から捨て石になれとでも命じられておるのであろうが、意味が無い」
「元々影武者としての意味合いが強かった分家筋のシィエラザード達は、己れを犠牲にする術に長けておると聞いておる……自らの哀れな宿命に抗おうとせなんだのは、理解に苦しむが」
昔造ったクリトリスフード・ピアッシングを装着してきた。
希少な暗黒魔石を圧縮して造った混沌魔核をふたつ使っている。
渦巻く暗黒魔力が吹き荒れるダーク・コアの芯には、血のように紅く輝き、寂然と息衝きながら膨大な魔力を内に秘めた“暗黒神の息吹”が極小さく灯っていた。
これを股間に着けることに依り、此方の体内に闇経絡が形成され、七つの暗黒闘気のチャクラがまるで猛るように回り出す。フィジカルを飛躍的に跳ね上げるイグナイター……“狂戦士のクリピアス”と名付けている。
光速に倍する格闘速度と、大抵の結界や障壁を物理的に破壊出来る膂力と硬気功の身体強化を何処迄もブーストする。
随分な昔、ブリュンヒルデ達、表側の脳筋部隊に影のセカンド・ワルキューレは妖術専門と見做されるのも癪に障り、暗黒体術を極めた時期があった。
ピアスはその時の産物だ。
「此方の縮地は光の速度を凌駕する、見ること能わず、例え来ると分かっていても避けようは無いぞ」
しっかり相手が理解したのを確認してから動かないと、此方の見えない攻撃が何が起こったか分からないままに相手を沈めて仕舞う。
別に不意打ちが卑怯だとは思わないが、せめてもの情けだ。
此方の繰り出す上段、中段、下段の左右の蹴りがシィエラザードを襲うが、何故か蹴り砕く手応えが無い。
「ほう、吸血鬼がお家芸を逆手に取られるとは面白い」
光の速度に倍する体術と蹴撃にも既に対処済みとみえる。
傍流シィエラザードは己れの身体を霧と変えて、此方の蹴りを受け流した。
「だが甘い、此方の対魔法士用暗黒武術には闇振動系の技もあっての、丁度共鳴するように放った左右のミドル・キックがそれじゃ」
幻のように揺蕩おうとする傍流の肉体が急速に実体化し、苦鳴と共に四方にドス黒い血飛沫を噴き上げた。
「闇の武技には魂ごと葬る権能がある……貴様が輪廻転生でこの世に生まれ変わることは、もう二度と叶わない」
「さらばだ、傍流」
命が消えんとする傍流シィエラザード……地表に墜ちて行く顔は口の周りを血糊で真っ赤に染めていた。
闇振動は体細胞レベルでグチャグチャに対象を引き裂く……この世の何物にも勝る苛烈な激痛に見舞われている筈が、正気を保てているとは大したものだ。
その顔を恨みがましい未練に歪めていたのが、せめてもか……最期ぐらいは精々己れの運命に絶望して欲しいものだ。
「己れを虚しゅうするのと、己れを持たぬのとでは、全く別の話と思うぞ」
最早手向けの言葉も届かなくなった、碌に相手もして遣れなかった傍流に哀悼の意を示すが、少々説教めいて仕舞うの。
……現在でこそ苛烈な砂漠化が進むこの星だが、嘗て普通に温暖な気候の中、今よりも魔法技術が盛んに研鑽された歴史上の頂点とも言える爛熟文化があったそうな……名をパンゲオン。
だが滅んでしまった先史時代の素晴らしい魔法文明は、愚かにも伝承されることは無く、全ては忘れ去られた。
知っているのは全ての時代を生きて来た本家シィエラザードと、この環境の最大目的であるフランキーだけだ。
「……さてさて、前座には早々に退場願って、そろそろ真打ちを呼ばねばの」
先程の騒ぎですっかり崩れて四散して仕舞ったが、地表に戻ることなく泉周辺から抜いた伏流水が中空に漂っていた。再度これを徹底的に掻き集め、再び“黙示録の結界”に戻る“亡霊の神鯨”、強欲のマモンに持ち去らせる。
……そのパンゲオン魔導王朝に於いて、史上最強の術師にして大賢者の名を欲しいままにした大魔導士が、この地の第三の鍵として配されている。
今まさに、涸れた“ターゲ・ボスターンの泉”から、光竜帝ローゼファジトロンが目覚めようとしていた。
(我が名はカミーラ、常闇より来たりし者ぞ)
思考加速を使っている……通常、無音詠唱の高速化に使う補助能力だが、与えられた役目上、覚醒と同時に戦闘が始まるのは織り込み済みだから、現状把握を第一優先にセットしてあった。
自動的に読み込まれる魔法式はタイムラグ・ゼロで発動し、瞬時に膨大な情報収集を成し遂げた。
同時に周囲の精霊力吸収を開始する。
全てを見通す賢者叡智の神眼が一瞬にして捉えた状況は、絶望的ですらあった。
期待は出来なかったが、相手が愚かと迄は言わないが、何処かに隙があればまだ組みし易い。だが分かって仕舞う……これは遥かに格上の相手、誰よりも荒々しく峻烈な、間違うこと無き深淵の破壊神だ!
その異様な迄に美しい女性は、到底信じられない識域の精霊力を纏わせて、今すぐにでもこちらを殲滅せんと射貫くような鋭い眼力で見上げていた。
(霊魂消滅光、虚無重力爆散、根元素解放雷、巨斧魔漸無限連撃、相剋干渉)
上空を俊足飛行魔法で移動しながら、万全の準備で考え抜かれた必勝の5連掛けコンビネーション技を遅滞なく瞬時に解き放つ……このお役目を請け負ったときに工夫したものだ。
どれひとつ取っても普通であれば逃れ得ぬ威力の最高強度魔術だが、同時に使えば更に効果は倍増し、対象を確実に蹂躙する。
ヴィジュアル・イメージで保存された長文詠唱そのものを記憶層から呼び出し、術名の発声だけで起動するハイエナジー多重詠唱の技術は、数える程の最高位ランクの術者しか知らない。
貯留され、圧縮された精霊力を瞬時に練り上げられるよう、予め精霊素で造られた魔力加速炉が待機していた。
と、驚嘆すべきはその類い稀な精霊力なのか、それとも見たことも無い程の突き抜けた妖しい美貌なのか迷う女が、ゆっくりと瞬きをした。
閉じられた瞼が再び開かれたとき、金色だった虹彩が、禍々しい気配の真っ赤な血の色に変わっていた。
思考加速の効果もあって、張り詰めた命の取り合いの所為か感覚が鋭敏になっているからか、時間の流れが遅く感じられる。
とぷんっ、と空間が揺らいだ。
空中から湧き出るようにして現実空間に、魚?
……水の中を泳ぐように大気中を泳ぐ、淡く光る燐光の体表に朱色や黒、橙、金色、白の派手な斑模様を描く川梭魚に似た魚だった。
とぷんっ、とぷんっと、次から次に湧いて出る錦の川梭魚はしかし、人間の胴体程の大きさがあった。
しかも何故か眼が無い、などと素早く観察している間に怪魚は群れになり、あっという間に空に溢れた。
だが、この胡乱な怪魚の群れには奇怪な領域干渉の気配があった。
気が付けば術が発動しない、いや遅れている……怪魚は、驚くべきことに時間の流れ自体を喰っていた。
一番早く発動する電撃系のアシラート・サンダーは、一国を焼け野原にする膨大な量と威力があった筈だが、いつの間にか空中を泳ぐ魚達が雪崩れ込む先に出現した巨大な深淵のような空間に全て吸い込まれていく。
まるで磁場が狂ったように引き付けられ、雷撃は閃きも轟音も失って相殺されたと思ったら、今度は辺り一帯が視覚が反転したような暗紫色に染まる。
生けとし生けるものの魂を蒸発させるラザー・フラッシュは、この暗紫色の世界に発光することは無かった。
如何なる理屈か、こちらの術式は暗紫色の世界に無効化される。
おそらく因果律の剛性力アップの術式が付与されているのだろう、強力な筈の霊魂滅却術式が全く役に立たない。
雷撃を吸い込んだ深淵の穴が凝縮するように小さくなり、縮み行く深淵と交代するように輝く光と共に這い出てきたのは光る金毛に包まれた巨大な馬陸とも蝍蛆とも判別が付かない気味の悪い虫の怪物だった。
気味が悪い筈なのに、綺麗な金色に輝く姿はその常識外れの大きさも相まって荘厳ですらあった。だが、こちらのジャハンナム・バーストの広域実行範囲のエフェクト・ベクトルを反射しているのは、間違いなくこの巨大な馬陸擬きだった。
見たことも聞いたこともない不思議な対向魔法術式と遣り方で、こちらの考えに考え抜いた最も効果的と思われたファースト・アタックは次々と無効化される。
巨大馬陸はやがて蚕のように白い糸を吐き出し、見る間に巨大な繭となって自らの巨体を閉じ込めた……まるで、精神干渉系術式で高度な幻術を見せられている気分だが、確かに見間違いようのない実体があった。
と、繭のあちらこちらを喰い破り物凄い血の奔流が四方に噴き出したと見えたは信じられない数の真っ赤な蛾の群れだった。
蛾は羽音に不思議な効果の周波数を載せている……こちらの術式に相乗効果を生み出す至高の合成魔術、サイール・バイトが掻き消されて仕舞う。
併し乍ら加速された知覚と超高速思考、超高速戦闘の速度域の筈なのに、すっかり時間の流れ自体を奪われている所為で刹那の出来事が、普通にはっきりと分かる程間延びしている。
(万象無限崩壊っ!)
駄目元で追加の最終奥義系魔術を撃つが、精霊量がまだ充分には足りてない。
相手の強力な特殊結界にも対処仕切れないまま、次の算段が無い。
気が付けばこの結界内では、精霊力の吸収と回復もままならないようだ。
案の定、後出しの極大魔術も発動する気配さえ無い。
決っして弱い攻撃ではない筈だった。寧ろ渾身の連撃……それが、総て面妖な方法で防がれ、逸らされた。
(呼び出される方が不利とは言え、初手を予想し、防ぎ得る技を事前に準備するを卑怯と誹らぬは見上げたものじゃ……しかし、何故最初から選別結界を展開しておるのか、その意味を知って欲しいものだの)
彼女は何者なんだっ、あまり頻繁ではないが、50年か100年ごとに本家シィエラザードから現状の報告は受けていた。
このような破格な、突出した難敵が出現する要素は皆目無かった筈だ!
ごく短期間で強力な魔術同盟か何かの勢力が勃興したとでも言うのだろうか?
何処から降って湧いたっ!
第一、第二の関門がほぼ同時に開かれていなければ、この状況は有り得ない……だとすれば、カミーラと名乗ったこの女が他の拠点も攻略したというのか!
だが、どうやって……時間を自在に操る者には可能なのか?
(暗黒邪淫の流星雨……)
そうか、この結界内から転移魔法で逃れることは叶わない!
……完全に詰んでいる。
見上げる上空に無数の、グロテスクなほど禍々しく燃える得体の知れない巨大な隕石群が出現していた。
(心正しき者は、絶対にこの隕石の衝突からは免れない……そう言った特別な呪が掛かっておる)
(……おっと、変身魔法で極小化して逃れようとか、姿を晦まそうとしても無駄だぞ、終焉の電撃螺旋固縛)
すまぬ、シィエラザード!
折角多重封印の要にと儂を抜擢してくれたのに、契約儀式の時に交わした約束は果たせそうにない。
蟣蝨は日記を付けることにした。
他に何か方法が無かったのか、至尊金女様にしてみれば苦渋の選択だったのだろうが、在りもしない根元符を探し求めて6000年もの間、下界を彷徨った。
在る筈はなかったのだ、教えて貰うまで知らなかった灯台下暗し……根元符は今も自分の中にあるのだから。
市井の底を流浪した6000年に人々の考えそうな利己的で惰弱な価値観が理解出来るようになった。
だが小賢しく裏を掻くことも、必要とあらば人心を巧妙に操ることも可能ではあったが、どうも自分は人の世の愛憎の機微が分からない鈍感な部分があるのではないかと、この頃思えるようになった。
だから、自分が行動することに依って感じたこと、見て感じたことを書き留めておこうと思ったのだ。
組み込まれている自動バックアップのレイド機能超小型予備電子脳にバンドルされていた、幾つかの日記アプリから、迷った末に一番シンプルなテキスト・スタイルのタイプを選んだ。
動画、画像、音声ファイルと3D実写のハイパーリンク、2次元に折り畳んだ空間コピーなど諸々を埋め込める……今も録画を撮る為に360度全天型付加情報フォーマットの自動撮影を開始している。
だが重要なのは事象ではない。
その時に自分は何を見て、何を感じたかなのだ。
……使命に生きた忠節を見事に裏切られてみれば、却ってほっとしている自分が居た。もうこれ以上、何処にあるかもしれぬ失せ物を探し回らなくて済む。
いつ果てるともしれぬ孤独な探索行に市井のどん底を這いずるようにして、流離わなくて済む。
恨まないと言えば嘘になるが、至尊金女様にも止むに止まれぬ事情があった。
だが生きる目的だった本懐を失ってみれば、自分には何も残っていなかった。
この先どう遣って生きていったら良いのか忠義の士として6000年を生きた自分には皆目見当も付かなかった。
だから、自分のことを欲しいと言ってくれた盟主を新しい主人と、一も二もなく付き従うことにしたのだ。
正直、自分の中にある根元符に何が出来るのかまだ分からないし、マクシミリアン大人の実証研究チームも調査に本腰を入れて呉れてはいるが、未だ未知の要素が多いとのことだった。
盟主が本家シィエラザードに宣戦布告して3ヶ月近くが経とうとしていた。
丁度、ジェッダ・マザリンの辺りが日蝕に見舞われる日をエックス・デーと決めたのはシィエラザード・サイドに決戦の準備をする猶予を与えんが為だった。
場合に拠ってはこの世界を滅ぼしてでも“フランキー”を手に入れる……盟主は其処迄覚悟を決めている。
失敗は許されないが、“相手にも敬意は払え”と促されているので、卑怯技は自重した方が良いのかもしれない。
今朝方、出撃前のサービス・ピットで最終のチューンナップは終えているが、内包する異次元ポッド内に根元符を保持する特別なメタ・ハイブリッド全身義体……トワイライトゾーン・ボディと名付けられた身体に換装してから、まだ数ヶ月と経っていない。
早く慣れる為に、MEなどのリンク訓練を遣り直している最中だ。
――――現地時間ヒジュラ暦でムハッラムの月、10日。
トワイライトゾーン・ボディに換装してから、二千と208時間目……第一戦闘体制の配置になれば、メンバーの多くはナイト・シフトを必要としないので24時間フル稼働を続けている。
魔力や駆動エネルギーは、非接触型の充填システムがあるので、臨戦体制などの緊急時には基本、メンバーは食事も必要としないが、なるべく顔を合わせた者で食卓を囲むようにしている。
ブレックファーストは、自分も駆り出されたベナレスのDTD施設拡張の資材搬入を手伝いに来ていた華陽、エレアノール、アンネハイネと建材運搬用の補給艦隊指揮船のミールコーナーで摂った。
ビュッフェ・スタイルなので、自分はサフラン・リゾットとトーストしたオーガニックの全粒粉マフィンにボロニアソーセージとトマトとチーズ、パンチェッタを載せたもの、メインにラザニアとリブロースの胡椒煮込みを選んだ。粗挽き胡椒と粒胡椒の風味が素晴らしい。
無人建機やAI制御された建造システムは全自動化されているが、それでも必要な設計補助の製造系オペレーターの手勢はカミーラ大姐の眷族が大半を担っているけれど、人間用の食堂を利用する者は少ない。
華陽は小籠包の蒸籠、トムヤムクン・スープにタンドリーチキン、納豆汁に天むすのセット、朝から5種類のカレーディッシュで、菠薐草のサグカレー、鰹のカレー、挽き肉のキーマカレーなどを選んでいた。薬味にアヒージョと言うかオイルフォンデュにしたパクチーと、細かく刻んだ高菜漬けと搾菜のチャツネ、一旦炒めてから酢漬けにした羅望子と青唐辛子のピクルスを添えている。
好きなものを好きなだけ取るビュッフェでは、華陽の場合、取り合わせの無節操さに拍車が掛かる。
ひとつのトレーからは大きなナンがはみ出していた。
自分と華陽は、どちらかと言えば朝からガッツリ系なのだが、エレアノールとアンネハイネは低糖グラノーラと緑黄色野菜のクリームシチュー、7種類の果物を盛ったフルーツタルト、ビタミンドリンクで軽く済ませていた。
以前は好きなだけ食べていたが、作戦行動前には食事を制限するようになったそうだ……生体としての新陳代謝に縛られるボディじゃないのに、不思議だ。
(多用途添付ファイル:0000589.jpegs/0000590.jpegs/0000591.jpegs/0000592.jpegs/BB000324.mmov)
――――現地時間ヒジュラ暦でムハッラムの月、11日。
トワイライトゾーン・ボディに換装してから、二千と232時間目……現地下見班に合流して測量と斥候作業を含むシュミレーションに参加する。
“巨人竜7号”に搭載されている艦載偵察艇リトル・オルカ4で出ていた。
“シャザルワーン巡礼回廊”を低空の透明化モードで巡回偵察する。
低軌道偵察衛星も射ち上げてはあるが、矢張り直接当たっておく必要がある。
一緒したシンディ教官、アザレア小姐とランチタイムにするが、生憎小型機のギャレーは手狭なので各自、保温ランチボックスを持参した。
艇の操縦はオートクルーズにして、後部座席の畳んであった多用途テーブルを引き出し3人で弁当を使う。
シンディ教官は細く切った刻み海苔に黒鮪の大トロを使った鉄火丼、トッピングに鶉の卵を割り入れた薯蕷に青海苔を散らしたもの、サイドメニューに海老クリームコロッケのアメリケーヌソース、炭火焼きのハツ、砂肝、ぼんじり、軟骨、レバーの焼き鳥盛り合わせなどで、時間凍結効果のある小さな保温瓶から腕に注いだのは石蓴海苔とオボロ昆布の味噌スープだった。
華陽ほどではないが、シンディ教官もあまり取り合わせに拘泥らない。
アザレア小姐は……大姐とお呼びするときに比べて、小姐とお呼びするときの方がほんの少し笑顔が柔らかいので、この頃では小姐とお呼びするようにしている。
お歳を気にしているのではなく、大姐御と言う尊称の尊大さがあまり好きではないようだ、多分。
で、アザレア小姐のセレクトは苦味の効いた特製デミグラスソースとスパイシーなカレーソース相掛けのロールキャベツ、香ばしさが食欲を唆る特選バターでこんがり焼き上がった浅蜊と小海老のマカロニグラタン、付け合わせの田舎風パテには柑橘風味にしたアスパラやカリフラワーなどの温野菜が添えられていて、イベリコ豚のローストポークとポテトサラダには隠し味にピンク・ペッパーと粒マスタードを練り込んだグレイビーソースが掛かっている。
そして自分がセントラル・キッチンからテイク・アウトしてきたのは、海老、帆立、牡蠣の海鮮ミックスフライにヒレカツ、山葵醤油で頂く紅蓼を散らしたコールドビーフ、モッツァレラとトマトのサラダ、牛頰肉のシチュー、揚げたガーリックチップをまぶしたポークチョップなどを盛り込んだボリューム満点の三段重になった特選洋風幕の内弁当スペシャルだ。
他にスープとして具沢山の海鮮チャウダー、チョッピーノとデザートとしてブランデーソースを添えた柿のパーシモン・プディングもある。
どうも自分は生来、喰い意地が張っているようで、デビルズ・ダークの一員になってあれもこれもと自由に味わえるようになってから怡々選び過ぎて仕舞う。
アザレア小姐もシンディ教官も右へ倣えで負けず劣らず健啖だが、午前中に調査した部分の評価の話題からお喋りは他愛のないものに移っていった。
どうも最近のシンディ教官は蟣蝨の、過去の男性遍歴を訊き出すことに何かとご執心のようで、根掘り葉掘りしつこい程に喰い下がるので少し当惑している。
自分が頬を染めて恥ずかしがる反応を楽しんでいる節が見受けられるのだ。
お尻でしたことがあるか……とか、どんな体位が一番好きかとか、答え辛い質問ばかり投げ掛けてくる。自分より相当若い筈なのに経験豊富で、したたかだ。
一般的に食事の場での話題としては不適切と思うが、シンディ教官にそんな常識は通用しないので反論するだけ無駄だ。
アザレア小姐が嗜める迄、シンディ教官の猥談は延々と続いた。
そりゃあ、自分だって6000年を最底辺で這いずり回った年月には、そう言ったこともあったかもしれないが、歳を取らぬ身であれば所帯を持つなぞは不可能に近かった。止むに止まれぬ事情から、行きずりに一夜を共にすることも永の歳月には一度や二度ではなかったが、決して不仕鱈な気持ではなかったと誓って言える。
だが有体に言えば、天界から下界に降りて下々の下賤な劣情を知ったが故、清らかで高貴な天仙であった筈のこの身が、幾百万の夜の内にどうしようもなく肉体が疼く時は手淫で慰めたことさえある。
それでも課せられたお役目があると思えば我慢もしたし、人間の女に比べれば為した不善は遥かに少なかった筈だ。
そんなことを微に入り細に入り、シンディ教官に説明差し上げるのは蟣蝨のフランクさと言うか、雑句波瀾さの範疇には未だ相当にハードルが高い。
(多用途添付ファイル:0000593.jpegs/0000594.jpegs/0000595.jpegs/0000596.jpegs/BB000325.mmov)
――――現地時間ヒジュラ暦でムハッラムの月、12日。
トワイライトゾーン・ボディに換装してから、二千と256時間目……蟣蝨の筆頭導師として就いて呉れているカミーラ大姐に、四日に一度の指導稽古を付けて頂く日だが、何故か稽古日には精進潔斎を言い渡されている。
このところの個人練習の成果を見せる為、36属性の攻撃魔術の初級から奥伝までの素振り稽古に揺らぎが無いか、無属性の系統外支援魔術の101から800番まで試し射ち、高等技の長文詠唱や複雑な立体変位魔法陣、高速移動しながらの複数スペル・マジックの試技を披露するが、少しでもミスがあればその場で容赦無くお仕置きされる。
今日も今日とて、ほんの些細なミスだったが大姐が見逃す筈もなかった。
有体に申せば、必要に迫られてのことだが6000年の間には蟣蝨とて裸踊りだってしたことがある……でも大姐達の性的倫理観ははっきり言ってブッ飛び過ぎていて、理解が追い付かない。
毎度のことなので恥ずかしさにも良い加減慣れたが、素っ裸に引ん剥かれ、水を吸って縮む特殊な麻縄で菱縄縛りに緊縛され、凡ゆる対抗魔術とボディのオート強化、耐性を無効化され、逆海老の吊るし責めで何度も熱湯の水槽に沈められたり、座禅転がしにされて臀部や性器を強烈にスパンキングされたりと、これはもう体罰じゃなくて何かの悦虐プレイじゃないですか?
と言う当然の疑問を飽きもせずにまた口にすると、案の定いつものように高速往復ビンタをお見舞いされて、あっと言う間に蟣蝨の顔はまるで阿多福か河豚提灯のように膨れ上がった。アレな性癖など皆無な自分は最早涙目だが、無駄な抵抗など為ようものならお仕置きはいつ迄経っても終わらない。
戯け、師匠の愛の鞭が分からぬか、と言うしょうもない決め台詞もまるで判で押したように一緒であった。
教え諭すことに殊更熱心だった最初の頃が嘘のように、最近のカミーラ大姐は大抵こんな調子なので、蟣蝨は自分が強くなっているのか、テクニックやスキルが磨かれているのか全く分からなくなっている。
とは言え昼食はエッチな性的倒錯のお仕置きとは打って変わって、獣、魚、鳥の三厭と煩悩を刺激する五葷を用いない質素な精進料理だ。
カミーラ大姐の居城、“ウルディス”に指南と教練の為に開設された堅牢にして尚且つ馬鹿みたいに広大な異次元亜空間があり、その一画に休憩所がある。簡素な庭園と露地の付随する仕舞屋風の瀟洒な茶懐石料亭、“狐狸庵イモータル亭”……この食事処こそが此処でしか味わえない、素材の風味を生かしながら繊細な技巧を凝らした精進料理を供してくれる。
今日のお任せコースは、湯葉、紅葉麩、椎茸、八頭の炊き合わせに飛竜頭と胡麻豆腐、五穀米に蕨、石蕗、漉油、コゴミの山菜お浸し、木の芽田楽、蟒蛇草の菜種油炒めと胡瓜と人参、蕪の香の物、湯豆腐と蒟蒻の大根おろしステーキ、牛蒡と栗と乳茸と手鞠麩の椀物、水菜と蓮根とアスパラのサラダ、長期熟成本醸造味噌仕立ての卓袱饂飩、茶蕎麦の小吸い物腕、薯蕷饅頭と最後にお薄が出た。
日頃、バタ臭い食事を堪能してる身ではあるが、此処に来るといつも心が洗われるような気持ちが芽生える……ふと、大姐の暖かく見守る視線を感じて顔を上げるが、いつもの冷たい無表情であった???
(多用途添付ファイル:0000597.jpegs/0000598.jpegs/0000599.jpegs/BB000326.mmov)
自分の持ち場に向かって出撃する前にちょっと日記を確認してみたが、あまりにも取り留めのない内容で唖然とする。
綴ったものをこうして読み返してみると、どうも自分は食べ物のことしか書いていないようにも思える。テキストに埋め込まれた自動保存から切り離された付加価値フォーマットの不可逆ファイルも、何故か食事風景のムービーやスチルばかりだったりする。
別に出来損ないの食通備忘録を書きたかった訳じゃないのに、これじゃとんだポンコツもいいところだ。
知識だけなら参考情報用の超小型検索式予備電子脳ⒶからⓇまで、百科事典だろうが動植物図鑑だろうが、技術書だろうが、ムック本だろうが、大系別言語辞書だけでも500ヶ国語ぐらいには対応しているし、秩序的な知性として宇宙規模のアーカイブ並みに蓄積されている……元々、異世界カルチャーから得た様々なあれやこれや、“ヒャッハー”とか“ポリガミー”、“ガールズラブ”なんてボキャブラリーは自分の中には無かったものだ。
そう言えば、“日記の書き方”の参考書だって幾らも有った筈なのだが、全然目を通していなかった。
今迄書いたことが無かったからか、日記と言うのは思った以上に難しい。
ピポッ、と言うメールの着信音が頭の中に鳴る。
作戦行動地点に移動中だと言うのに、誰かと思えばシンディ教官だった。
(先週言ってた、ビヨンドがダリラとユッスーフを毒牙に掛けちゃうって話、覚えてる?) (動画ファイル送ったから見てミソ♡♡♡♡)
続いて頭の中でポップアップしてくる文字チャット画面に、こんな緊迫した事態にも拘わらず相変わらずいつもと変わらない暢気そうなスレッドが立った。
良く分からない奇妙で意味不明なゆるキャラのスタンプ付きだ。
(先輩、作戦行動中ですよ……幾らなんでも、はしゃぎ過ぎでは?)
(もうちょっと分別を持って自粛してください)
自分はこの放浪する犯罪結社に身を置いて、まだ日が浅いが、シンディ教官のことはなんとなく分かってきた。
(かったいねえ、蟣蝨ちゃんは)
(送った動画ファイル、再生してみてよ……眼の球飛び出るよ!)
(新しい世界、開けちゃうかもよ~ん♡♡)
本当に本能の赴くまま生きているように見えて、実のところシンディ教官は盟主が提唱する“常在戦場”を体現している……軽薄な調子は素なのかもしれないが、いつ如何なる時も毛程の油断も無い。
立ち塞がる敵をいつでも本気の全力で斃しにいく。情け容赦などこれっぽっちも無いし、いつだって何処だって引き絞られた矢のように張り詰めた臨戦態勢だ。
戦い方を見ていて気が付いたが、この人の不真面目さは本質ではない。
それが分かっているから、顳顬に青筋を立てる程本気では怒れないのだが。
(どうせまた、盗み撮りしたんですよね?)
(へーき、へーき、覗き見ならあっちの方が超質悪いから!)
(ビヨンド先輩って、お聞きしたところに依ると“誓いのスキル”とやらで絶対に盟主ソランを裏切れない誓約が掛かっているとか……例え女子と言えど別の相手と契って仕舞って裏切りにはならないのでしょうか?)
日頃の言動でビヨンド先達の貞操観念が大体紙屑みたいなものだって分かってはいたが、誓約スキルの類いで自らを縛っているとなれば話は違ってくる。
暫し間が空いたが、音声通話のビープ音が頭の中に鳴った。
通話をオンにした積もりも無いのに、続いてこちらの都合などお構いなしに機関銃のように喋り出すシンディ教官の声が響く。
「それが呆れたことにさ、あの女の中では単なる肉体関係は裏切りにはならないらしいんだよね」
「性欲を解消する肉遊びは別腹とか言ってさ、古いメンバーは皆んな大抵が女同士の複数輪姦って言うか乱交関係を経験してるんだけど、あの女の群を抜いたねちっこさは特別だ、妾なんか失神しても逝き続けさせられた」
うわあぁっ、見聞きしてるので彼女達のハーレムの実態はある程度分かってはいましたが、こう迄はっきり断言されちゃうと、蟣蝨も遠くない将来に愛人枠に組み込まれて仕舞うんじゃないかって切実に心配になりました。
……別に盟主の女になるのは嫌じゃないんです、ただ奥さん同士が閨でヒャッハーするのは踏ん切りが付かずにいます。
「妾だって実際、あの女と肌を合わせたのも一度や二度じゃない……そして悔しいことにあのド淫乱女、セックス狂いのビヨンド姉ちゃんのテクニックはピカイチに刺激的で最強だ、訳が分からなくなって頭が真っ白になった挙句、大体の場合、連続オルガに放心して脱力したその先に、決して弱くないこの妾が興奮し過ぎて激しい全身痙攣と共に気絶する、感じ過ぎて本気で死ぬかと思う程逝かされ捲る」
「“限界突破のエクスタシー”に耐え得る、この妾が屈する」
「あれはね……陰獣だよ」
「……殆どの場合、真剣に己れを鍛えているかソランの意図に沿う任務に精励してるかのどっちかだけど、それ以外のときはほぼ動物的フェロモン全開で発情した肉豚よろしく愛液ジャブジャブのご乱行に興じてる」
「相手がソランであろうとなかろうとね」
「一夫一婦制を尊ぶ訳じゃありませんが、何故そこ迄してコミューンとしての家族と言うか妻同士が愛し合ったりするのか、またビヨンド先達が決して裏切らないと自分の魂に誓約を掛けて迄唯一と決めた……そんな相手をないがしろに、他の者と契るなんて、おかしくはありませんか?」
自分もあまり人のことを言える程潔癖ではないが単純な疑問として、本当に相手を愛していれば、伴侶以外との乱れた肉交を望むとも思えないのだが。
それが聞く処に依れば自らを公衆便女の肉便器、両穴アクメし捲りの変態肉奴隷と広言して憚らず、あまつさえ唯快楽を貪る為だけの変態婚外交渉など、あまりにも不実ではないだろうか?
摘み喰い感覚の享楽的不倫セックスなんて、以っての外の愚の骨頂だろう。
「……うぅん、多分ビヨンドの場合は過去にヤラかした数々の不行跡を肯定しないとソランの傍に居られないって思ってる節がある、だから敢えて性に奔放に振る舞うんだろうけど、それが却ってジレンマになる」
「あの女のドン底まで堕ちた不仕鱈さ加減と言ったら今よりもっと酷かったらしいからね……封印していた筈の過去に犯したキンキーでアブノーマルな色々が鮮明な記憶として甦るたび、あの女は苦しむのさ」
好き者のスケベを通り越した性獣……それでも、愛してると言えるのだろうか?
「こう言ってはなんですが、自業自得ではないですか……不誠実に生きた過去のツケが回ってきたと?」
戦士として超一流、そこは本当に尊敬に値する。
だが、尻の軽さも超一流と言うのはいただけない。問題外に駄目だ。
「身も心も捧げ尽くす、ソランのものになりたい、ソランの役に立ちたい、ソランの復讐の為に生涯を懸ける……そんな気持ちに嘘は無い」
「ただあの女は自らの人生の遣り直しを掛けて、ソランに全てを託す為、破れば魂すら失う“誓いのスキル”を課した……それは自らの命を天秤に懸けた両刃の剣、だがあの女は死んでいない」
「何故ですかっ?」
“誓いのスキル”、それ程のものなのかっ!
であれば尚更、五体満足に生きているのは不思議ではないか?
「身体は汚れていても、心は純粋で真っ直ぐなのだと騙った……それで自分自身を納得させている」
「真心からソランに従属し、心酔している、それは純度100パーセントと謂える程にまず間違いのないものだ、そこには欺瞞のギの字もない、だからこそ裏切ってはいない……そう言う理屈なんだろうね、少なくとも自分の中ではそう折り合いを付けてるんだと思う」
そんな屁理屈っ!
「巫山戯てるんでもなんでもなく、動かし難い既成事実としてあの女の中ではそれがベストアンサーなんだろう」
「然るに……裏切ってないって、苦し紛れに無理矢理理由付けて自分自身を韜晦するのも良い加減無理があるかもね」
「まっ、根っからのスケベってのもあるけど、妾達のボディは知ての通り性欲や性感帯すらも完璧にコントロール出来る……でも、しない」
「何故ですか?」
「ソランの為に、いつ迄も情の深い女でいたいから………」
盟主ソランのハーレムがどうやって成り立っているのか、少し分かったような気がしました。詰まるところ、盟主に愛を注ぎ続ける者同士の一種連帯感のようなものがあるのだと思います。
話に聞いている“限界突破のエクスタシー”とやらも、深く結び付きたいと言う想いの発露なのかもしれません。
「妾が出会う少し前の話なんだけど、一切他人を信じられなくなっていたソランの魂を癒したのは掛け値なしに、“誓いのスキル”をなんの躊躇いも無く使ったあの女の覚悟だったと言っても過言じゃない」
「例えそこに自分も救われたいって余分な打算があったとしても、ビヨンドは己れの全てを懸けた」
それは初めて聴く話ですね。
「心の通じた相手を失うことを極度に懼れるが故、他人を信じることを病的に拒否して仕舞うソラン、そして致命的な矛盾を抱えながらも、過去の忌まわしい記憶を払拭せんと只一人の男を愛し続けようとするビヨンド……全く違っているように見えて、実は二人の不幸は似ている」
「妾にはそれが羨ましく、そして少し妬ましい」
正直、貞節とは真逆のビヨンド先達と盟主を裏切った三人のクズ女達の愚行とは何が違うのか、今でも明確には分からない……盟主が生涯の仇と追っていた裏切り者達の話は聴かされている。あまりにも愚劣過ぎるが、ではビヨンド先達は綺麗な身体かと言うと、どうも釈然としない。
長く生きればそれだけ貞操観は擦り切れるんじゃないかって意見が多かったが、果たしてそうだろうか?
少なくとも自分は6000年を生きて、互いの疼きを慰める為だけなんて不実な理由で一夜を共にしたことは無かった。
シンディ教官に曰く、配下のメンバーは等しく、盟主の為、盟主の命なれば地獄へも馳せ参じ、冥府王の首級を持ち帰る。例え極悪非道と誹られようと敢えて汚名を被っても、命令の履行を優先する。
そして盟主在る限り、決して死なずに付き従う。
「………先輩、蟣蝨も間も無く持ち場に着きます」
「話の続きはまた今度、無事に生きて帰れたらでいいですか?」
「チッ、チッ、チッ、それは違うよ、蟣蝨ちゃん……妾達の生存本能は絶対不変の神レベル、どんな逆境でも必ず生還するのがソランの女でいる必須条件だ」
「蟣蝨ちゃんが死んだりするのは許されないし、妾達が許さない……例え再起不能な迄に体組織を欠損しても、細胞の一欠片、僅かなDNAからだけでも必ず魂ごと再構成してみせる」
「……そうでしたね、“魔神王の花嫁”は祝福も災厄も自分の手で掴む」
散々っぱらカミーラ大姐達に噛んで含められるように刷り込まれた大前提……どうやら既に蟣蝨も、死ぬことを許されていないらしい。
「相剋する十三大元素は怯えて見る影も無く、聖者の血は燃え尽きた、虚空を封印せし古の魔神も今は亡く、ほつれた呪縛の術式は呪書の紙魚のように穴だらけになった、最早お前に流転の星々の大いなる知略を縛り付ける力は失われ、ただ泡沫の翳りとなりて消え行くのみ、砕け散るは深淵の闇の息吹………」
自動再生不可の53047字の高位長文詠唱を一瞬で唱える技術……気功術を応用した超高速詠唱は、魔術狂いを自負するカミーラ大姐や、優しい家庭教師のようでいてその実天井知らずにスパルタなアザレア小姐に散々叩き込まれている。
どう転んでも失敗しようがないのだが、幾らえげつないとは言え用意された手順をガン無視で無理矢理抉じ開けるのは多少なりとも気が引けるかな……
まぁ、心を鬼に出来る蟣蝨達が気にする程じゃない……シンディ教官が言うように、自分達は女神にも死神にも成れる。
“シャザルワーン巡礼回廊”最後の関門……此処さえ攻略すれば、初めてキルロイ神殿の封印がアクセス可能になる。
蟣蝨が担当を任されたエルシャダイ山の“預言者の神殿”は、ジェッダ・マザリンの街からも遠く離れ、常なら無事に参詣を終えたハッジの完了者達が神への巡礼達成の報告と対話を求めて朝から賑わっている筈だった。
遠く離れていても大陸中を震撼させたシャザルワーン峡谷や“ターゲ・ボスターンの泉”などを次々と襲ったハザード級の攻防が、天を染め上げ地を鳴動させる災厄の余波となってここまで伝わってきた。
お陰で神殿の静謐は何処へやら、上を下への大騒ぎだ。
神殿の地下に僧侶達も知らない開かずの間があり、およそ1億8000万程の時間停滞結界が保管されている。本来であればこの第四の関門の守護者を呼び覚ますには七つの生贄が必要だった。
羊の母子の心臓がとか、猿の母子の脳味噌を供物にせよとか、駱駝の母子の生き血をとか……
猟奇的なと言う部分を神の視点と言う手前勝手な解釈で大幅に差し引いたとしても、兎に角盟主ソランの駄目出しが出た。
事実は本家シィエラザードが設定した条件だ。
決定的なのは、母子と言う部分が特級呪句になったらしい。
そう言う訳で盟主の命の元、蟣蝨は堂々と封印結界破棄のズルをしている。
“パズル”と呼ばれたその世紀末級呪物は、48億年に渡りこの世界が巻き散らかした怨嗟と呪詛と暴力的な欲望が蓄積されて固まった9999の業魔が幻魔神、“フランキー”の一部をお裾分けされて出来ているらしい。
無限再生能力と絶対不懐のタフさ加減を持つ。
ただその実態は、無機物とも有機物とも付かない沢山の……1億8000万のパーツが連動し、時には連結して攻撃してくる巨大なクロウラーともテンタクルとも判別の付かない形態を取る金属ゴーレムのようなものだった。
ひとつひとつが嘘みたいに大きいので、突き破って地表に躍り出ればエルシャダイ山全体が吹き飛んで仕舞うだろう。
本格的に稼動すれば、蛇腹のように撓い、突き刺し、巻き付いて締め上げる……そんな多節の触手のようなものを想像して貰えばいい。質の悪いことに巨大な怪物は金属質だから、本物の蚰蜒に似て赤黒くてら々々している。
尚且つ物理攻撃だけではなく千の魔術を操ると言う攻略対象に抗する為、あらかじめベナレスの第三武器庫から個人携帯用の強力な魔術阻害装置、ウィーザードリー・ジャマーをレンタルしてきてある。既に五芒星の位置に配置済みだ。
幾ら高速思考を使っても、自分は先輩方のようにハイレベルな戦闘に於いてアドリブで瞬時に最適解に対応出来る程経験を積んでいない。長く生きてはいても乗り越えてきた修羅場の規模が違う。
だから準備出来るものは全て準備した。
先手を打って停滞結界ごと抹消出来ないこともないが、それでは関門の攻略とはジャッジされないかもしれないと言うので敢えて一度解放する作戦だ。
解き放たれた途端、目にも留まらぬ素早さで瞬時に起動し襲ってこようとするから完全時間停止と超絶凍結は必須だ。
だが相手にも強力な魔術反射の機能があるのは分かっているから、最初から反射の反射……つまり浸透の術式を被せてある。
厄介なのはゴーレム全体の生命体染みた動きを統率し司令塔となる核が物理的ではなく、精神思念体として次々とパーツと言うか、バラバラの状態でさえパズルのピース内を移動し、或いは分散する点だ。それは物理的な時間不動と分子運動さえ凍り付かせる空間の中でも可能だった。
だから神字で造り出した姿の無い自動追尾型の形代を撃ち込む。
神経伝達の速度を上回る速さでスピリチュアル・ビーイングを追跡し捕縛する変幻自在の意識体の式神だ。
捕らえた。
(“根元の閃光”……)
根元符の仕組みは未だ大部分が不明のままだが、一部の力を流用することに成功していた。理屈は分からないが根元符を触媒として魔力を流すと、無限に圧縮された何ものの存在も許さない不可侵領域を以ってして、可成りの確度で高位の精神体を消滅出来る……高位の、と言うのは神レベルぐらいだ。
何十度かの模擬実験の後、今回初めて実戦投入されるが、蟣蝨がここの担当に推薦されたのにはそんな訳があった。
コアを失った“パズル”が自壊していく最期を見届けた。
直通回線で盟主を呼び出す……状況終了の報告だ。
「……チェリーブロッサムは咲いたか?」
「ソメイヨシノは散った、繰り返す……ソメイヨシノは散った」
決めていた作戦成功の符牒だが、失敗の時の符牒を決めてないのが盟主らしい。
この世には恐怖と絶望しかないと訴え掛けるようなあの冷たい眼付きの盟主を思い浮かべると、シンディ教官に聞いてる“限界突破エクスタシー”なんてあまりにも人間臭くて作り話じゃないかって思える。
力を得る為に何も彼も奪い続ける……盟主は、そう言った。
だから根元符を内包する蟣蝨を欲した。
“復讐”と言う煩悩に囚われていると明かされた……それは執拗な迄に強烈な飢餓感で、盟主を責め苛んでいる。
懊悩に身を焼き焦がし、例え果たしたとて決して救われることの無い、報われることの無い無残な悲願、そして決して消し去ることの出来ない哀れな焦燥感が盟主を盟主たらしめている。
盟主の無謀で無責任で無遠慮な暴力……それは他からは最悪の厄災そのものだ。
……けれど、これでフランキーをめぐる最終決戦の幕が上がる。
異能バトルを描くにあたり、疾走感が死なないよう場面転換を短めに設定した
初めての試みだがセクション区切りとして細長い挿絵を用意しました
元々神レベルの身体強化と度肝を抜く魔術合戦です……打つ、蹴る、斬るなどの肉弾戦など在り得ない(少なくとも工夫が必要でしょう)
しかもレベルが高くなれば高くなるほど、勝負は一瞬で決する
実力が拮抗していれば勝負は膠着し長引く筈だとか、主人公側に避け難いなんらかの制約を設けるなんて、見え々々のご都合主義では筆者はいまいち燃えない
圧倒的な実力差で、相手を瞬殺に蹂躙する……それが、筆者のイメージするところの“復讐者”像だからです
上手く書けているかどうかまだまだ拙い筆力ですが、ご堪能頂けたら幸甚である
……指輪やブレスレットなどの装身具仕様の魔導具があるなら、股間のピアスって淫靡なアーティファクトがあってもよかろうと言う発想は一瞬、斬新なアイディアで新機軸かと思えた 「ユリイカッ!」と叫ぼうかと思った
が、良く考えたら隷属化や催淫効果のある股間ピアスって、何処かで読んだ覚えがある……俺って天才か、と言う束の間の喜びはあっと言う間に萎んだ
自分の創作活動はそんなことの繰り返しである
……恋する女の性愛心理を包み隠さず描こうと思うと、どうしてもガイドライン上でグレーな部分が多くなる(今回も運営様から指導頂かないか心配)
しかし“衣々の別れ”なんて風雅なオブラートで誤魔化したりするのは、少なくともリアルを提唱する自分のスタイルではない
従って醜い交合や必要以上に女性を貶める表現には目を背けたくなる方々には、拙作は1mmも受け入れられないと思う
人間の煩悩は本質的にみっともないものだと思っているからか、より露悪的に描こうと思うとついつい性描写を遣り過ぎて仕舞う
下衆な感性で御免なさい、としか言えないのでご容赦頂きたい
ともあれ、闘う女達の過去の罪とか、爛れた性愛への想いとか、それぞれの立場での心境も堪能頂けたらと思う
なろう様掲載ページリニューアルに伴うアップロード分
全面改訂につきまして
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何事にも飽き易く、釣りやキャンプは道具を揃えるだけ揃えてあまり使用した記憶も思い出せない始末です……歳とったら始めようって買い込んだ毛鉤の道具も材料も何処かに仕舞い込んで、きっと黴が生えてる
トレッキングに至っては、寄る年並で足腰が付いていかない為体です
そんな、行き当たりばったりで生きて来た筆者ですが、最近書くことが面白くなって来ました
もう、夢中です
こればっかりは当面続けたいって思える程です
この度、運営様からの一般告知で事前連絡がありましたが、クリエイター側からのレイアウト設定機能が削除されると言う誠に以って遺憾な沙汰が実行され、
高齢者故に小さい文字が読みづらく、プレビュー上自由に選択できる最大ポイントのフォントを使用しておりました筆者には甚大なる被害を被るに至りました
(リニューアル前の筆者が投稿を始めた時点では、投稿者側でブラウザ・ビュー設定が可能だったのです)
物語の完成度は別にして、筆者には掲載ページの体裁にこだわりが御座います
無様な見た目を避け、見栄え良い配列に細心の注意を払っております
些事を気にされない作家さんが大多数かと思われますが、筆者には筆者の譲れないこだわりがあるのです
無論、ブラウザーやOSの違いにより文字送りが微妙に違うこと、そもそも携帯で読まれる方には筆者がセクション区切りに使うアスタリスク27文字が折り返して仕舞ってるなど、万全では御座いませんが、出来る限りのことはやってきました
運営様のリニューアル前は1ライン31文字で表示しておりましたところ、これがデフォルト表示に戻りますと予期せぬ改行があちらこちらと出てきます
……詰まるところ、3点リーダーや長い漢字のルビ振りを多用するので自業自得な部分でありますが、「なろう」様という土俵をお借りして自由に遊ばせて頂いている身分としましては運営様の決定事項に逆らう権利は露程も御座いません
如何せんアダルトなダークファンタジーを標榜して、健全な青少年婦女子の読み物としては誠に相応しからぬ性表現を繰り返しているにもかかわらず、変わらず全年齢R15での掲載を許して頂いてる寛大な運営様には感謝こそすれ、批判がましいことが言える立場でも御座いません
とはいえ、愚痴のひとつも出てこようと言うものです
……リニューアル終了後の筆者掲載ページを確認すると、確かに改行の凸凹が散見されます(次行に一文字だけ送られて仕舞うと言う不具合も)
他人から見れば無駄とも思える私の労力が一瞬にして消え去った瞬間でした
いつまでも自分を憐れんでいても致し方ないので、全面的に補修作業に入ることを覚悟いたしました
同時に今後のテキストスタイルの下書きは1行37文字のデフォルトに揃えるつもりです
また、これを機会に投稿初期部分から表記揺れや誤字脱字、稚拙だった表現を添削していくつもりです
140万字、序章も含め全80話の見直し作業にはそれなりにお時間を頂きますので、最新話69話分の入力フォームへの移し替えを始めたところですが、こちらのアップロードも通常よりは遅くなりそうな気配です
(以上、68話の次に“臨時掲載”したお知らせの投稿文の再掲です、無事69話をお届け出来て肩の荷が降りました)
読み手の方にはどうでもいい筆者の我が儘だとも重々承知しております
ですが、怠け者の私に取りましては気の遠くなるような途方もない作業の端緒に付く決心をいたしましたことに免じて、どうかご理解を賜りたいと思います
出来ますればユーザー設定を使われる方も、デフォルトの白地に最適化しておりますのでノーマルでご覧頂くことを推奨致します
甚だ勝手なお願いながら、切に請い願う次第です
尚、68話迄は修正済みスタンプとして後書きの最下段に以下のスタンプを押すようにします
アクーパーラ=インド神話の巨大な亀の王で乳海攪拌の神話に登場する神獣/叙事詩「マハーバーラタ」によると、神々とアスラは不老不死の霊薬アムリタを求めて乳海を攪拌したとき、1万1千ヨージャナの高さを誇るマンダラ山を攪拌棒として用いたが、この巨大な山をアナンタが大地から引き抜き乳海の中でマンダラ山の支点となって支える役目を亀の王アクーパーラが担い、マンダラ山に巻き付いて引っ張る綱の役目をナーガの王ヴァースキが担ったと伝えられている
フンババ=メソポタミア神話の「ギルガメシュ叙事詩」に登場するレバノン杉を守る森の番人で至高神エンリルに名を受け、太陽神ウトゥにより育てられた巨人/7つの光輝で身を守り、「恐怖」「全悪」「あらゆる悪」などとあだ名されるがその形容は様々で、一説では前述のように巨人であり、また恐ろしい怪物でもあり森の精霊で、その容貌は「剣呑な口は竜、顔はしかめっ面の獅子、胸は荒れ狂う洪水」と例えられる/また残っている彫像の多くでは顔は動物の腸のように一本の管をくねった形で表現され、見るものに不吉な印象を与える
ロトゥルス=西洋では巻物に対立する概念として冊子状の図書装丁をコデックス〈codex〉といい、それに対して巻物をロトゥルス〈rotulus〉ともいう/巻子本〈かんすぼん〉とも、また装丁法は巻子装本〈巻子装〉という/冊子本が一般化した後にも特殊な目的では巻物が使われ続け、中世以来イギリスでは法を羊皮紙の巻物に記すことが1850年まで行われていた/ユダヤ教のトーラーの巻物はソフェルと呼ばれる専門の写本家によって書かれ、使用するカラフと呼ばれる羊皮紙または犢皮紙、筆記用具、書体などに厳格な規定がある
ムチャリンダ=インド神話に登場するナーガラージャの一人で、仏教の話ではブッダに帰依したとされる/ある時、ブッダはとある菩提樹の木の下で瞑想をしたが、そこにはムチャリンダが棲んでいた……ムチャリンダはブッダの偉大さに気づき、静かに見守り続けたが、やがて激しい嵐が起こるとムチャリンダは自らの体を7回巻きにブッダに巻きつけ、約7日間に渡り雨風から守り続け、その後、人間の姿になり、ブッダに帰依したといわれる/日本におけるムチャリンダ〈竜王〉の存在は専ら禅宗系の寺院や塔中などの法堂の天井絵に、禅の修行をする者の守護者として数多く描かれている/京都妙心寺の法堂天井に描かれている狩野探幽作「雲龍図」〈重要文化財〉などが有名である
ビスミラ=アラビアン・ナイトを色々調べてみても“アラジンと魔法のランプ”に登場するランプや指輪のような魔神が封じられている宝具の総称が無い、仕方がないのでクイーンの名曲“ボヘミアン・ラプソディ”の歌詞にあるのを拝借した/“アラーの神にかけて”という意味のアラビア語らしい
エスカルゴバター=大蒜を練り込んだコンパウンドバターで、ブルゴーニュ風バターと呼ばれることもある/「エスカルゴのブルゴーニュ風」を作成する際に香りづけとしてガーリックバターを用いたエスカルゴバターソースがある/ガーリックバターは常温で大蒜を練り込んで作られ、実際に使用する際には冷蔵して温度を下げてから使用する
グラチネ=グラタンのこと/オーブンやサラマンドル等を使い、加熱していくうちに表面に出来るきれいな焼き色の皮膜をグラタンと呼び、そのように焼き色をつける調理技法のことを正しくはグラチネと言う
カルパッチョ=起源は生の牛ヒレ肉の薄切りにチーズもしくはソースなどの調味料をかけた料理の総称であったが、日本においては生の牛ヒレ肉の代わりに鮪や鰹、鮭などの刺身を使用したカルパッチョが和洋折衷料理の代表例となっており、カルパッチョの発祥国イタリアにおいても世界的な刺身ブームの影響を受け、生の魚肉を使ったカルパッチョや野菜やフルーツを使ったものも多くなってきている
ケッパー=風蝶木科の半蔓性の低木のつぼみをピクルスにした食品/バター類に多く含まれるカプリン酸に由来する風味を持ち、料理の薬味やサラダのつけ合わせに用いられ、特にスモークサーモンには薄切りのタマネギとともに欠かせないものとされる/刻んでバターと混ぜたものはモンペリエ・バターと呼ばれる/フランス南東部・プロヴァンス地方においてはオリーブの実及びオイル、大蒜、アンチョビ等と共にタプナードとよばれるペーストの材料として使用される
マリネ=肉・魚〈スモークサーモン、ニシンなど〉・野菜等を、酢やレモン汁などからなる浸し汁に浸す調理法、またその料理を言う/「マリナード」、「マリネード」とも呼ばれる/素材に風味をつけたり、柔らかくしたりする目的の下ごしらえであるが、浸し汁に浸した状態のままでも食される/一般に南欧の調理法として知られているが実際には世界中で広く散見され、日本の南蛮漬けはマリネともいえるし、スペイン料理のエスカベシュなどもマリネに該当、中南米ではセビチェというマリネ料理がよく食べられている
ボウタイ=もしくは蝶ネクタイは服飾用語としては首などに巻き付けた1本の紐や細長い布の両端を、蝶結びにしたもの/特にボウに結んだネクタイをボウタイと呼び、これはネクタイの一種で男性のファッションである/襟下に挟むこともある
アスコット・スカーフ=フロックコートやモーニングコートの昼間の男性の第一礼装に用いる幅広の蝉型ネクタイで素材はスピットルフィールドなる厚手の紋織絹が用いられ、無地もある/スカーフ状に結んだものはアスコット・タイと呼ばれることがあるが、正式にはアスコット・スカーフ又はパフタイであり、略礼装で決してフォーマルなものではないとされる
ツィード=イギリス、スコットランドの毛織物の一種で元はボーダー地方のツイード川流域で作られた/本来はスコットランド産の羊毛を手紡ぎした太い糸を手織りで平織りまたは綾織りにし、縮絨起毛させない粗く厚い織物で織る前に糸をさまざまな色に染め、細かい色彩の模様を入れる
ペイズリー=勾玉のような形の植物模様のことで衣類、壁紙、カーテン類やソファー、ネクタイなどの装飾に使われる/松笠やパーム〈椰子の葉〉、糸杉、マンゴー、生命の樹などを図案化したとされ、ペルシャやインドのカシミール地方が由来とがされる/19世紀にスコットランドのペイズリー市で、この模様を織り込んだ柔らかい毛織物が量産されるようになり、生産地の名前から「ペイズリー」と呼ばれるようになった
カマーベスト=バックレスベストとも呼ばれ、大きめの首回りの開口部と背中に布地が少ないウエストラインの位置に一本の尾錠留めの紐があるスタイルのベストのこと/背面が大きくカットされた「ホルターネックベスト」とも称され1923年にイギリスからアメリカに伝わり、フォーマルなシーンやダンスの衣装として用いられることが増えた/ビジネスシーンでの着用はウェイターやウェイトレス、バーテンダーやソムリエなどの制服、飲食店ユニフォームとして着用されていることが多い
ソムリエエプロン=上半身から膝下までを覆う一般的なエプロンとは違い、腰に布を巻き付け下半身だけを汚れから保護するエプロンで比較的長尺であり、サロンエプロンやギャルソンエプロンと呼ばれることもある
アペタイザー=伝統的な西洋料理〈コース料理〉以外一般では「前菜」のこと/ただしアペタイザーは前菜や食前酒など主菜の前に提供されるサービス一切を指す言葉であり、英語圏においてもコース料理等の前菜は「オードブル」と呼ぶのが普通である
リモージュ焼き=フランスヌーヴェル=アキテーヌ地域圏のリモージュとその周辺で生産される磁器の総称で1771年を起源の年として、現在まで生産を続けている/白色薄手の素地に釉を、そしてその上に「落着いた上絵」を描いたものが特色とされ、素焼きに絵付けをして焼くのではなく白い生地に絵付けしてからさらに焼き付けるという手法はリモージュでは19世紀後半から行われている
デッド・ストック=売れ残り品、長期間倉庫に置かれていた商品〈いわゆる流通在庫品〉を指す/デッドストックとして倉庫から発掘された雑貨・時計・玩具類・衣類などに、ヴィンテージアイテムとしての付加価値が生まれることがある/すでに市場には存在しない品でありながら新品同様であることに高付加価値が見出され、コレクターからは珍重される
ブラッスリー=フランスにおける飲食店の業態、種別で、本来の意味ではビアホールのように酒と食事を提供する店をさす/1870年からの普仏戦争を契機にアルザス=ロレーヌ地方からパリに移住した人々が始めたザワークラウトとビールを提供する店がその起源であり、もともとはパリ在住のドイツ人向けであった/第一次大戦までは、文人や政治家など知識層が集って議論をする場といったフランス革命期におけるカフェと同じ役割も果たした/飲食店としての格付けは曖昧で、レストランより庶民的なビストロよりもさらに手軽な店だがカフェよりは上といった見方や、カフェ・レストランと同義などとされる/とはいえ中には一流レストランで修行したシェフが出した店や、一流レストランの支店としてレストランに劣らない品質の食事を提供するとうたう店も存在する
コンフィ=フランス料理の調理法であり、各種の食材の風味をよくし、なおかつ保存性を上げることのできる調味材に浸した食品の総称/主に南西フランスで用いられ、コンフィにする食材は肉と果物であることが多く、肉の場合は油脂を、果物の場合は砂糖を用いて調理するのが通例である/鵞鳥のコンフィおよび家鴨のコンフィは通常これらの鳥の脚で作り、肉に塩とハーブをまぶして油脂の中で低温で加熱した後、そのまま冷やして凝固した油脂の中で保存する/肉を油で煮てそのまま冷ますことで油脂が食品を覆い、空気や水分を遮断することで保存性が高まるとされていて、本来は水鳥に用いられる調理法だったが現代では鶏肉や砂肝、レバーなどの肉類の他、牡蠣やイワシなどの魚介類にも使われる/七面鳥や豚肉でも同様で、肉のコンフィは南西フランスの料理で、カスレなどと共に供される/現在ではコンフィは贅沢な料理と考えられているが元々は冷凍技術のない時代に肉を保存する手段として始められた
カスレ=豚肉ソーセージや鴨肉などの肉類とインゲンマメなどを、料理の名前の由来にもなったカソールと呼ばれる深い陶製の鍋に入れて長時間煮込んで作る伝統料理/カルカソンヌではヨーロッパ山鶉のブレゼが加わる場合があり、フォアグラの名産地トゥールーズでは鵞鳥のコンフィが加わる
シャトー・ディケム=フランスのアキテーヌ地方ジロンド県ソーテルヌ村にあるリュル=サリュース家所有のシャトーで、ソーテルヌ・ワインに含まれる/世界最高の極甘口白ワインである貴腐ワインの生産者として知られている/数百年の歴史を誇るボルドーでも最も古いシャトーのひとつで、面積は100haほど、生産されるワインは毎年秋に6万3千~7万本程度とされている/葡萄品種の配分はセミヨン80%、ソーヴィニョン・ブラン20%で、葡萄は粒単位で丹念に手作業で選別されオークの新樽で3年熟成された後瓶詰めされる
ムタッウィフ=ハッジのガイドをする周遊旅行業者でハッジを管理するサウジアラビア政府とともに、重要な役割を果たしている/メッカの幾つかの一族により伝統的に運営されていて1930年代に、サウジアラビア初代国王アブドゥルアズィーズ・イブン=サウードが、ムタッウィフを6つの会社に統合した/巡礼に訪れた人達のための聖地への案内や買い物ツアーだけでなく、様々な仕事がある/渡航書類の保管から交通手段や宿泊施設の手配、儀式のセッティング、陣痛の妊婦を病院に運んだり、現地の料理を好まない場合には好みの食べ物の調達もする
ハッジ=イスラム教における巡礼であり、イスラム教徒がメッカまで旅をしてヒジュラ暦における巡礼月の8日から10日の間にメッカ郊外で行われる儀式に参加する宗教実践のこと/健康で実践可能な財力のあるすべてのイスラム教徒が少なくとも人生のうちに一回は行うべきものとされており、スンナ派では信者の実践義務、五行のひとつに数えられ、有効なハッジを完遂した男性は「ハーッジュ」、女性は「ハーッジャ」という尊称で呼ばれ尊敬される/サウジアラビア政府はズー・ル=ヒッジャ〈巡礼月、イスラーム暦の第12月〉の間に巡礼を目的とする外国人に特別査証を発給しており、またメッカは、イスラム教徒以外の人間が立ち入ることは禁じられていて市内全域がイスラム教の聖地である/伝統的にメッカへ巡礼する人たちは、友達と家族と、あるいは地域のモスクの主催でといった具合に、お金を節約するために集団で旅行した/イスラム教圏の航空会社ではメッカへの巡礼者のために特別チャーター便〈ハッジ・フライト〉を運航している航空会社もある/彼らがメッカに滞在する間、イフラームと呼ばれる巡礼中の禁忌の状態に入り、定められた場所〈ミーカート〉で男性の巡礼者は巡礼用の衣服の着用が求められるが、女性には巡礼用の特別着の規定はなく、全身を覆う服を着用し顔だけを出すようにすれば良いとされる/イフラームを身につけている間は巡礼者は髭を剃らず、爪も切らず、宝石も身に着けない〈ただし腕時計は身につけることが多く、その質で身分の見当はつく〉/タルビヤとして知られる祈りは巡礼者がその衣装を纏っている際に詠唱される/メッカに到着すると巡礼者はアブラハムとハガルの生涯そして世界中に広がるムスリムの一体性を象徴する宗教的な儀式を執り行う……すなわちタワーフと呼ばれるカアバ神殿の周りを急ぎ足で4回、続いて3回ゆったりとしたペースで反時計回りに回り、可能ならば各回ごとに黒石に接吻もしくは手で触れること、そしてサアイと呼ばれるマスジド・アル・ハラーム内にあるサファーとマルワの丘の間を7回駆け足で往復すること〈これはザムザムの泉が天使と神によって送られる前のハガルの狂わんばかりの水探しを再現したもの〉である/だがこれらはウムラと呼ばれる小巡礼に過ぎず、この後メディナへの巡礼やアラファト山での滞在、ジャマラートの投石など様々な儀式を経てようやっと大巡礼は完了する
ヨルムンガンド=北欧神話に登場する毒を持つ大蛇の幻獣で、その名は「大いなるガンド〈精霊〉」を意味する/ロキが巨人アングルボザとの間にもうけた、またはその心臓を食べて産んだ3体〈フェンリル・ヨルムンガンド・ヘル〉のうちの一体/「スノッリのエッダ」第一部「ギュルヴィたぶらかし」第34章によると、ヨルムンガンドら子供達がいずれ神々の脅威となることを予見した主神オーディンがヨトゥンヘイムで育てられていたヨルムンガンドを連れてこさせ海に捨てた、しかしヨルムンガンドは海の底に横たわったままミズガルズを取り巻き、さらに自分の尾をくわえるほど巨大な姿に成長した
ウロボロス=古代の象徴のひとつで、己の尾を噛んで環となったヘビもしくは竜を図案化したもの/古代後期のアレクサンドリアなどヘレニズム文化圏では世界創造が全であり一であるといった思想や、完全性、世界の霊などを表し、錬金術では相反するもの〈陰陽など〉の統一を象徴するものとして用いられた/今日見られるウロボロスの起源となる自らの尾をくわえたヘビまたは竜の図の原形は、紀元前1600年頃の古代エジプト文明にまで遡りエジプト神話で、太陽神ラーの夜の航海を守護する神、メヘンがこれに当たり、ラーの航海を妨害するアペプからラーを守るためウロボロスの様にラーを取り囲んでいる/これがフェニキアを経て古代ギリシアに伝わり、哲学者らによって「ウロボロス」の名を与えられた
スプンタ・マンユ=ゾロアスター教に於いて崇拝される善神アムシャ・スプンタの筆頭で「創造」を司るとされ、その名はアヴェスター語で「聖なる霊」を意味する/創世神話によれば世界の始まりの時、スプンタ・マンユはもう一人の創造神アンラ・マンユと出会い、スプンタ・マンユは世界の二大原理のうちの「善」を、アンラ・マンユは「悪」を選択し、それぞれの原理に基づいて万物を創造した
ザラスシュトラ=ゾロアスター教の開祖で古代アーリア人の宗教の神官/その生涯については謎が多く、ザラスシュトラはアフラ神群とマズダー〈叡智〉を結び付けてアフラ・マズダーとし、唯一の崇拝対象とした/ザラスシュトラはハエーチャスパ族の神官一族スピターマ家に生まれ、15歳で聖紐クスティーを身にまとい、「原イラン多神教」とも呼ばれる宗教の神官階級として教育を受けた/20歳のときに原イラン多神教に反旗を翻し一族を離れて旅に出たが、いたるところで原イラン多神教の神官たちから嫌われ、一箇所に定住することができず部族から部族を行き巡ったという/日本語では英語名 "Zoroaster" の転写であるゾロアスターの名で知られる
パーシー教=ゾロアスター教は光〈善〉の象徴としての純粋な「火」を尊ぶため拝火教とも呼ばれる/ゾロアスター教の全神殿にはザラスシュトラが点火したとされる火が絶えることなく燃え続け、神殿内には偶像はなく、信者は炎に向かって礼拝する/中国では祆教〈けんきょう〉とも筆写され、唐代には「三夷教」の一つとして隆盛した/他称としてはさらにアフラ・マズダーを信仰するところからマズダー教の呼称もあり、ただしアケメネス朝の宗教を「ゾロアスター教」とは呼べないという立場からするとゾロアスター教はマズダー教の一種である/またこの宗教がペルシア起源であることからインド亜大陸では「ペルシア」を意味する「パールシー〈パーシー〉」の語を用いて、パールシー教ないしパーシー教とも称される
リフラ=「旅行記」〈諸都市の新奇さと旅の驚異に関する観察者たちへの贈り物〉はイブン・バットゥータによる書物で通称リフラと呼ばれる/日本では「大旅行記」、「三大陸周遊記」、「都市の不思議と旅の驚異を見る者への贈り物」などの呼称もあり、14世紀の世界を知るうえで資料的価値があると評価されている/約30年をかけて旅を行ったイブン・バットゥータが当時のマリーン朝の君主の命令を受けてイブン・ジュザイイのもとで口述を行い1355年に完成した/マグリブ人としての視点からさまざまな事物について語っており、19世紀にヨーロッパにも紹介されたのちに各国語に翻訳されて広く読まれている
女奴隷ハガル=旧約聖書の登場人物でアブラハム〈アブラム〉の妻サラ〈サライ〉の女奴隷/聖書の記述によれば、アブラハムの妻サラには中々子供が出来ず、サラは自分の女奴隷であったハガルによってアブラハムが子孫を残せるよう夫に頼んだので、ハガルはアブラハムと関係を持ち身ごもったがハガルは自分の主人であるサラの事を侮るようになった/奴隷主であるサラはハガルを苦しめるようになったのでハガルは女主人の下から逃げたが、シュル街道で彼女に御使いが現れ、神はハガルの子孫は多くなる事を約束し子供にイシュマエルという名前を付けるように命令し、サラの下へ帰って服するよう指示された/しかし14年後にサラがイサクを産んだので再びハガルとイシュマエルは追放された/ハガルとその息子はベエル・シェバの荒野をさまよい、水が尽きると彼女は息子が死ぬのを見たくないと思い低木の下に隠して自分は離れた所に座り、声を上げて泣き始めた/すると御使いが天から呼びかけ、神は少年の声を聞かれたので彼を大きな国民にすると約束し、神がハガルの目を開くと、彼女は井戸を見つけ生き延びる事ができた
イスマイール=イシュマエル〈アラビア語:イスマイール〉は85歳の老齢になるまで子宝に恵まれなかったアブラハムの長男でアブラハムの妻サラの所有していたエジプト人の女奴隷ハガルとの子/イシュマエルとはヘブライ語による読み方であり、アラビア語ではイシュマエルを「イスマイール」という/カナンの地に移住したアブラハムは子宝に恵まれなかったが、すでに75歳だったサラは自分には子は授からないと思って若い女奴隷ハガルを連れてきて夫に床入りを勧め、高齢のアブラハムが奇跡的に身ごもらせた/しかし妊娠するとハガルはサラと不和になり、夫アブラハムは慣習に従い女主人に従うように命じたためサラの辛い仕打ちに耐え切れなくなったハガルは身重の体で逃亡/神の使いの説得と加護を約束されてようやくハガルは帰還して出産することになるが、神々の使いからは息子はイシュマエル〈「主は聞きいれる」の意〉と名づけるように指示された/イスラムではイスマイールに対しては非常に肯定的な見方で、神と神の使いの特別な加護のあった母子は神聖視されていてイスマイールを聖書内の比較でより大きな役割、預言者や犠牲の子として見る/例えば大巡礼〈ハッジ〉におけるザムザムの泉への往復は荒野に追われたハガル・イシュマエル母子を追体験するものとされている
ウパナンダ、サーガラ、タクシャカ=インド神話における蛇神の諸王であるナーガラージャで、仏教では八大竜王をはじめ様々な竜神群として取り入れられた/難陀〈ナンダ〉、跋難陀〈ウパナンダ〉、娑伽羅〈サーガラ〉、和修吉〈ヴァースキ〉、徳叉迦〈タクシャカ〉、阿那婆達多〈アナヴァタプタ〉、摩那斯〈マナスヴィン〉、優鉢羅〈ウトゥパラカ〉といった八大竜王はナーガラージャである
アジ・ダハーグ=アジ・ダハーカはゾロアスター教に登場する怪物で、アヴェスター語ではアジ・ダハー と呼ばれ、中世ペルシア語形ではアジ・ダハーグ、現代ペルシア語形ではアズダハー/ゾロアスター教以前の古代ペルシア神話からすでに登場している/「アヴェスター」は3頭3口6目の容姿だと描写しているが頭はそれぞれが苦痛、苦悩、死を表しているとも言われていて、その翼は広げると天を隠すほどに巨大であり蛇とドラゴンの両方のイメージを備えた「有翼の龍蛇」だとみなされていた/バビロンにあるとされているクリンタ城に棲む暴君の悪神アンラ・マンユに創造され、あらゆる悪の根源を成すものとして恐れられた/その後、アジ・ダハーカは英雄スラエータオナによって討伐されるが、戦いにおいてはアジ・ダハーカの体に剣を刺してもそこから爬虫類などの邪悪な生き物が這い出すため、スラエータオナはアジ・ダハーカを殺すことができず最終手段としてダマーヴァンド山の地下深くに幽閉したといわれている
マモン=J・ミルトンの「失楽園」では、マモンは「堕天使のうち、これほどさもしい根性の持ち主もなかった」とされ、「天にあったときでさえ彼は常に眼と心を下方に……つまり都大路に敷き詰められた財宝、足下に踏みつけられた黄金を神に見える際に懇々と沸き出でるいかなる聖なる祝福よりも遥かに賛美」していたという/さらには地獄に落ちてなお、そこに金鉱を発見し、万魔殿を飾るためにと他の堕天使を指揮している
ジャハンナム=アラビア語圏の魔法名に悩み創作した、本来はイスラム教の悪行者に対する死後の罰の場所〈すなわち地獄〉を指す/イスラム教では、罪人達は最後の審判の後に永遠の地獄であるジャハンナムに投げ込まれ永遠に苦しむことになる/クルアーンにはジャハンナムの階層構造については詳しく書かれていないが、後代には七つの階層があるという考えが一般化した……一層目はイスラーム教徒達が落ちる「ジャハンナム」〈火地獄〉、二層目はキリスト教徒が落ちる「ラザー」〈燃える火〉、三層目はユダヤ教徒が落ちる「フタマ」〈砕く火〉、四層目はサービア教徒が落ちる「サイール」〈燃え上がる火〉、五層目はゾロアスター教徒が落ちる「サカル」〈業火〉、六層目は多神教徒が落ちる「ジャヒーム」〈竈、かまど〉などがある
サフラン・リゾット=イタリアは中世からポー川を利用して水稲栽培に成功した地域であり、スペインと並んで米を生産するヨーロッパで数少ない国の一つであった/長い間、米料理はイタリア北部に限定され、そのほとんどは米をバターで炒めスープとサフランを加えて炊くという調理法で作られていたが、これがリゾットの原型である/米はカルナローリ、アルボリオ、ヴィアローネ・ナノなどの中粒種米のうち大きめのものが適する/ミラノ風サフランリゾットは鶏または牛のブイヨン、サフラン、骨髄、バター、パルミジャーノ・レッジャーノで作る
ボロニアソーセージ=正しくはモルタデッラというイタリア、エミリア・ロマーニャ州の州都ボローニャで伝統的につくられてきたソーセージ/精選した豚肉を肌理の細かい挽肉にし、これに賽の目に切った豚の喉の部分の脂身を加え、蒸してつくったもの/円筒形または楕円形で綺麗な薄ピンク色をしている/塩味は濃すぎず、生臭さもあまりなく、柔らかい舌触りと優しい味がする/製造会社によっても異なるがラードの塊の他にピスタチオや黒胡椒が粒のまま加えてある
パンチェッタ=豚バラ肉を塩漬けにしてじっくりと熟成させた加工肉のことで、岩塩やハーブ、黒胡椒、大蒜などで風味付けする/パンチェッタに使われる「豚バラ肉」は豚の腹の部分の肉で、赤身と脂身が交互に層を作っていて他の部位と比べて脂身が多いため口溶けがよく、脂の甘味も強く感じられる
ラザニア=イタリアカンパニア州に起源をもつ古くからある形状のパスタで、幅が広く両端の波打った形が特徴であり、調理した際には波打っている端の部分と中央の滑らかな部分とで食感が異なることが特徴のパスタ料理/ベシャメルソース、ミートソース、ラザニア、チーズを何層か重ね、最上段のベシャメルソースに焼き色がつくようにバターを乗せてオーブンで焼いたもの
リブロース=肩ロースに続くロースとその周辺の筋肉を含み、最も厚みのあるロース部分で霜降りになりやすい部位/肌理が細かく肉質も良く、肋骨が付いた状態で切り分けられた肉はチョップという
トムヤムクン・スープ=タイ王国のスープ料理でタイ料理の中で最もよく知られているもののひとつ/唐辛子による辛味、タマリンドやマナオ〈メキシカンライム〉などによる酸味、そしてレモングラスやバイマックルー〈コブミカンの葉〉などによる香りが特徴的なスープ
タンドリーチキン=インド亜大陸が発祥の鶏肉料理で生の鶏肉を「ダヒ」〈ヨーグルト〉と「タンドーリ・マサラ」の混合液に漬け込み、味付けはカイエン・ペッパーと赤唐辛子の粉、カシミール・レッド・チリパウダー、ターメリック、着色料を用いる/鶏の皮を剥いでから漬け汁に漬け込み、その肉を串に刺し炭や薪で熱したタンドール窯の内部で高温で調理することにより煙による黒化の風味が加わる
天むす=海老の天婦羅を具にしたおにぎりで名古屋めしのひとつとして知られる
サグカレー=菠薐草や芥子菜の葉など青菜、およびそのような葉菜を用いたカレー料理のこと/インドとパキスタンではローティーやナンといったパンと共に食される/菠薐草や芥子菜以外の葉菜類を用いることもあり、また味・香り付けのための香辛料などが加えられる
キーマカレー=「挽肉のカレー料理」というだけの意味に過ぎず特定の調理法があるわけではないが、肉は何でも素材にされるがインドでは宗教的な食の禁忌により羊や山羊もしくは鶏肉を使ったキーマカレーがほとんどで、牛肉・豚肉を使ったキーマカレーは少数派である/素材は挽肉のほか、ギー〈インドバター〉、 玉葱、大蒜や生姜などのスパイスが使われている/またトマトや茄子やジャガ芋、雛豆などの野菜を加えたりグリンピースを添えることも多く、ヒンディー語でキーマー・マタルと呼ぶ/ライスやチャパティとともに食べることが多いがサモサやナンに詰めて食べることもある
アヒージョ=オリーブオイルとニンニクで食材を煮込むスペイン料理で素材は魚介類を中心に海老、牡蠣、鰯、鱈、エスカルゴ、マッシュルーム、チキン、砂肝、野菜など多種多様で熱が通った具材をそのまま食すのと併せ、必ずバゲットやチュロスをオリーブオイルに浸して食べる
パクチー=一般には英語に従って果実や葉を乾燥したものを香辛料として「コリアンダー」と呼ぶほか1990年代ごろから、エスニック料理店の増加とともに生食する葉を指して「パクチー」と呼ぶことが多くなった/また中華料理に使う中国語由来で生菜を「シャンツァイ」と呼ぶこともあり、日本でもコウサイとよばれていた/中華料理にも使われることから俗に「中国パセリ」とも呼ばれるが、パセリとは別の植物である/中国へは張騫が西域から持ち帰ったとされ、李時珍の「本草綱目」には「胡荽」〈こすい〉の名で記載がある
チャツネ=南アジア・西アジアを中心に使われているソース、またはペースト状の調味料で豆と各種香辛料で作る日本のふりかけに類似したものもある/北インド、パキスタン、アフガニスタンのチャツネは、果物、野菜、ハーブなどを火を通さずにすり鉢ですりつぶすか、マンゴーチャツネのように火を通してやわらかく煮込んだものであり、後者の方が保存性が高い/ヨーグルトとコリアンダーやミントを混ぜたもの、唐辛子やショウガを効かせて辛く仕上げたものなどがあり、食事に添えるほかサモサやパコーラーなどの軽食のタレに使われる/南インドには菜食主義者が多く、チャツネは食生活において重要な位置を占めていて軽食の一種ティファンのタレや、定食のひとつであるミールスの薬味として使われることが多く、作り方も他の地域とはやや異なり、ココナッツや青唐辛子、炒めたマスタードシードとカレーリーフ、ケツルアズキ、チャナー・ダールをベースにコリアンダー、ミント、トマト、タマリンドなどを混ぜる
タマリンド=アフリカの熱帯が原産でインド、東南アジア、アメリカ州などの亜熱帯および熱帯各地で栽培され、果実は長さ7~15cm、幅2cmほどのやや湾曲した肉厚な円筒形のさやで黄褐色の最外皮は薄くもろい/料理の酸味料や食品添加物の増粘安定剤として用いられる他、ピクルス、シロップ、清涼飲料水に加工されるなど利用範囲の非常に広い果実である/その他に甘みと酸味を楽しむために生食、ドライフルーツ、砂糖漬け、塩漬けなどに加工される/インド料理では果肉を熱湯に溶かしてチャツネを作る他、サーンバールやラッサムの酸味づけに用いる
ピクルス=歯切れのよい野菜類を、種々のスパイスを入れた酢に漬けたものでガーキン〈短小の胡瓜〉、胡瓜、玉葱、カリフラワー、人参、トマト、ビーツ、隠元、ピーマンなどを塩漬けののち香辛料とともに酢漬けにすることで保存性を高め、味に変化をつけたもの/前菜や肉料理、サンドイッチに添えたり、カレーソースの薬味や、みじん切りにしてマヨネーズに加え〈タルタルソース〉、食欲増進や味に変化をつけるために用いられ、ディル〈香草〉を加えたものはディルピクルスとよばれ欧米人に好まれる/またビーツや赤キャベツのピクルスは鮮やかな色になるので前菜やサラダ、サンドイッチ、ハンバーガーなどの添え物に効果的である
アメリケーヌソース=スープであるビスクに似ているが、オマール海老の殻と香味野菜を炒めフュメ・ド・ポアソン〈魚の出汁〉を加えて煮詰めて漉し、エビミソを加え、これを再び煮詰めて生クリームでのばす/オマール海老の代わりや、追加としてカニなど他の甲殻類の殻を加えることもある/海老の殻を炒めることで甲殻類独特の甘味とコクが堪能できるオレンジ色のソース
ハツ=鳥獣肉の臓物でモツの一種、心臓のこと/砂肝は筋胃〈砂嚢〉、ぼんじりは尾、軟骨はささみ肉の部位にある剣状突起の軟骨でヤゲンとも
オボロ昆布=削りこんぶとも、酢に漬けて柔らかくした真昆布や利尻昆布をブロック状に固め、その断面を薄く糸状に削りとったものをとろろ昆布、オボロ昆布は糸状ではなく昆布の表面を職人が一枚ずつ帯状に削ったもののことである/江戸時代はカビを防止する技術が無く北前船での輸送中に昆布の中心部にカビが発生する事が多々あり、カビの生えていない表面だけを薄く削って商品化したのがおぼろ昆布である/カビを防止できる近代に入ってからも中心部の白板昆布は廃棄されていたが、大阪の寿司屋の提案でバッテラに使われた事を切っ掛けとしてこちらも現在は白板昆布として利用されている/とろろ昆布はおぼろ昆布にヒントを得て昆布をブロック状に固めて削った製品である
ピンク・ペッパー=赤胡椒:赤色に完熟した果実を収穫するが白胡椒とは異なり外果皮・中果皮をはがさずにそのまま塩蔵したものや天日乾燥したもの/赤い外果皮はシワが入り、香りと辛みがマイルドであるとされる/ペルーなど南アメリカの料理で使用されることがある
モッツァレラ=熱するととろけて独特の糸引きを楽しめる熟成工程を経ないフレッシュチーズで本来の原料は水牛の乳であるが牛乳で代用したものもある/「パスタフィラータ」と呼ばれるイタリア南部独特の製法によってつくられ、乳が凝固した状態であるカードに湯を注いで練り、餅のような弾力がでてきたところで引きちぎって整形する/生のモッツァレッラのスライスとトマトのスライスを合わせてバジリコを添えたサラダは、インサラータ・カプレーゼと呼ばれカンパニア地方の前菜では定番
ポークチョップ=豚の背骨に垂直に切り取られたロース肉で通常は肋骨または脊椎の一部/センターカットまたは豚ロースチョップには大きなT字型の骨が含まれており、構造的には牛肉のTボーンステーキに似ている/リブチョップはロース肉のリブ部分に由来し、リブアイステーキに似ている/ブレードまたはショルダーチョップは脊椎から来ており多くの結合組織を含む傾向があり、サーロインチョップは脚の端から切り取られ、結合組織も多く含まれている/肩部分からはロース部分のチョップよりもかなり脂肪の多いチョップが得られる
チョッピーノ=カリフォルニア州サンフランシスコの海鮮シチューの一種/イタリア系アメリカ料理と考えられておりイタリアの様々な地方の海鮮スープおよびシチュー料理と関係があり、伝統的にその日に獲れた魚介で作られるもので、サンフランシスコではダンジネスクラブ、クラム、海老、帆立、烏賊、ムール貝、および太平洋で獲れた各種の魚を使用するのが通常で、これらのシーフードを生トマトを使ったワインソースで合わせ、トースト、その地方のサワードウまたはフランスパンを添えて提供する
パーシモン・プディング=通常は完熟した野生のアメリカガキの実を採集して作る/柿の実をつぶして裏ごしし、小麦粉、卵、重曹、香辛料、バターなどと混ぜて生地を作り、それを型に流し込んでオーブンで蒸し焼きにしたもの/柿プディングはイングランドで古くから作られているクリスマスプディングなどのプディング菓子に類似した蒸し菓子であり、蒸し器・オーブン・湯煎などの加熱方法を用いることにより、同様の生地を焼いて作る/アイスクリーム、クレーム・アングレーズ、ホイップクリーム、アップルソース、ブランデーソースなどを添えることが多く、暖かいうちに供するのが一般的だが冷やしたものも好まれている
八頭=里芋の別名もしくは、葉柄の基部が肥大して親芋となり、その親芋の周りを囲むように芽があり子芋を生じ、さらに子芋には孫芋がついて増える品種を指す/晩生品種でしっかりした肉質とホクホク感が強く、縁起物として正月料理のおせち料理や雑煮に使われ、灰汁抜きしてから使う/芋は水分が少なく粉質で赤味を帯びた葉柄も「赤ずいき」と称して食べられ、皮を剥いて水にさらしてから茹でて酢の物、和え物、煮物に使われる
飛竜頭=水気を絞った豆腐に擂った山芋・人参・牛蒡・椎茸・昆布・銀杏などを混ぜ合わせて丸く成型して油で揚げたもの、いわゆるガンモドキ/元々は精進料理で肉の代用品として作られたもので、名前の由来は雁の肉に味を似せて作ったからという説がある
蕨=春から初夏にかけてまだ葉の開いてない若芽を採取しスプラウトとして食用にするが、この若芽は毒性があるため生のままでは食用にできない/伝統的な調理方法として熱湯〈特に木灰、重曹を含む熱湯〉を使った灰汁抜きや塩漬けによる無毒化が行われる/また根茎から取れるデンプンを「ワラビ粉」として伝統的に精製し市場に出荷されているが、採れる量が少なく製造に手間がかかることから、生産量が少ない貴重品となっている
石蕗=海岸近くの岩場などに生え初冬に黄色い花を咲かせる/昔から民間薬や食用野草として知られ、若い葉柄が食べられる/採取した状態のままでは灰汁の苦味や渋味が強烈で 全く食用には出来ないため、原因となる水溶性の有害な灰汁や渋を除去するアク抜き処理を済ませて無害化し、安全になったものが調理に使用される/灰汁抜き処理を済ませて無害化した葉柄は煮物、炒め物、和え物、煮びたし、佃煮や金平、即席漬けなどにする
漉油=別名ゴンゼツ、若芽は強い香りとコクがありタラの芽と並ぶ山菜としても知られている/コシアブラの和名の由来については諸説あり、新井白石は「東雅」において樹脂の利用に由来する「漉し油」説を唱えたが、坂部幸太郎は「越油」、つまり越後国産の油という説を提唱し、寺田晃は台州〈現在の浙江省〉の日本名である「越〈こし〉」の油、という説を提唱している/若芽の根元についているハカマの部分を除いたものを調理し、生のまま天婦羅や茹でて水にさらして灰汁を抜いてからおひたしや和え物、バター炒め、煮びたし、卵とじ、煮つけなどにして食べられる
コゴミ=クサソテツの春の若芽を利用する山菜名でシダ類の中では最も手軽に食用にされている/雪深い東北地方では代表的な山菜のひとつとして採取されており、高く伸びても芽先が巻いていていれば手で軽く折れるやわらかい部分を摘み取っている/他の山菜と比べて灰汁がないため生か軽く茹でる程度ですぐに調理できるのが特徴でさっと茹でておひたし、サラダ、マヨネーズやゴマなどの和え物、煮びたし、汁の実などにしたり、あるいは生のまま天婦羅、煮物、炒め物などにもよく利用される
蟒蛇草=別名、ミズナ、ミズともよばれ、水の綺麗な沢沿いに生える山菜としても珍重される/淡緑色の若葉は癖がなくて味がよい山菜として食べられていて、地上部の茎葉を根際から摘みとる/ふつう葉は取り除かれて茎だけを使い、塩ひとつまみ入れた鍋で茹でて水にさらし、おひたし、ごまやクルミなどの和え物、炒め物、煮物、汁物、酢の物、卵とじなどにする
椀物=または吸物は出汁を塩や醤油、味噌などで味付けたつゆを魚介類や野菜などの実とともに吸うようにした広義のスープ料理/本膳料理では汁物とは別に吸物が吸物膳で提供され、懐石や会席料理での煮物には吸物が多く用いられて椀盛りや煮物椀とも呼ばれる/また箸洗を小吸物とも呼び、また卓袱料理では尾鰭と呼ばれる吸物から食べ始める/これらのように一汁三菜での汁ではなく、菜あるいは肴に分類される
卓袱饂飩=いわゆる加薬うどん、五目うどんに似るが地域によって具・出汁など内容が異なり、香川・京都などに多く、京都の卓袱うどんは椎茸の煮付け、蒲鉾、湯葉、板麩、三葉などを乗せたもので香川では冬のメニューともなっている/もともとは江戸時代に卓袱料理の影響を受けて京阪地区で考案された
卓袱料理=中国料理や西欧料理が日本化した宴会料理の一種で長崎市を発祥の地とし、大皿に盛られたコース料理を円卓を囲んで味わう形式をもつ/和食、中華、洋食の要素が互いに交じり合っていることから、和華蘭料理とも評される/献立には中国料理特有の薬膳思想が組み込まれていると考えられている/卓袱料理と同時期に考案された精進懐石料理だけで組み立てる料理を普茶料理または普茶卓袱といい福建省出身の黄檗宗の隠元隆琦に始まる形式とされる
普茶料理=江戸時代初期に中国から日本へもたらされた精進料理で葛と植物油を多く使った濃厚な味、卓を囲み大皿に乗った料理を各人が取り分けるのが特徴である/江戸時代初期の1654年、中国福建省の禅僧隠元隆琦が来日し1661年には山城国宇治に萬福寺を開き、禅宗の一つである黄檗宗の開祖となった/隠元は中国式の禅文化を日本に伝えるとともに、隠元豆、孟宗竹、西瓜、蓮根など様々な品を日本へもたらした/その時一緒に伝わった当時の「素菜」〈スーツァイ、いわゆる中国式の精進料理〉が普茶料理である
薯蕷饅頭=摺りおろした薯蕷〈ナガイモ〉の粘りを利用して米粉〈薯蕷粉、上新粉〉を練り上げ、その生地で餡等を包んでしっとりと蒸し上げた饅頭/上用饅頭とも当て字され、十五世紀に日本に饅頭を伝えた林浄因からとられた名の訛りだとも伝わる/茶席で使われる主菓子のひとつである/「守貞謾稿」に当時近年、京大阪で作られ始めたヤマノイモを皮に使った饅頭とあり、現代の商品もヤマノイモを使うと表示されるが実際に使われる薯蕷にはつくね芋〈京都地方〉、大和芋〈関東〉、伊勢芋〈中部地方〉などの栽培種である
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私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です
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