68.究極のビスミラ、“9999人の盗賊”
「“信仰”こそが錆び付かない唯一の奇跡だ」と言い残したのは14世紀の偉大な探検家、イブン・バツゥータだったが、その考えを彼に示したのは私、本家のシィエラザードだった。
“泣き虫シムシム”が従えた9999の“奪うもの”は、何十世紀もの祈りを糧に今も“自己啓発”と言う名の進化を繰り返している。
朝方だと言うのに灼け付く乾季の火輪が、随分と高い位置でジリジリとオアシスの街を照らしていました。
街の外の砂漠には夜盗や飢えたコヨーテ、ダンジョンから溢れ出てきた逸れ魔物が居るので行ってはいけないよ、と大人達は脅かし半分に諭して戒めます。
“大地――この残酷なるもの”、“戦士の刃のような陽の光”……あたし達の世界の慣用句だって、学校の先生に習いました。
アーリア人の自然は、暮らす人々に優しくありません。
塩気の多い砂の土壌は、作物などの恵みを齎さず、唯死んで土に還る人間を待っているだけの残酷なもので、降り注ぐ陽の光は鋭く切り刻む刃物なんです。
日干し煉瓦に漆喰を塗った白壁の低い建物が並ぶ大通りでは、日陰を探して歩く腰蓑姿の男達や黒いアバーヤを着た大人の女達が行き交っていました。
寡黙に、音を立てずに歩む女に比べて、時には擦れ違いざまなどに起きる争いごとに、小父さん、お兄さん達がことある毎にまるで相手を威嚇すような早口で捲し立てています。
そして大概睨み合い、相手よりも自分が正しいと譲りません。
あちらこちらで男達の喧嘩腰の諍いが目に付いて、茹だるような熱気が、こんな死んだような田舎の街にも起こる愚かしい喧騒を諫めている……そんな風にも思えました。
いつもの見慣れた味気無い退屈な風景です。
お母さんはモスクの端っこにある神学校の女学級に行きなさい、って毎日家を追い出すけれど、勉強はあまり好きではありません。
算術や読み書き、世界の歴史や神様のお話を聞いてもちっとも面白いことは無いです。
それどころか学校では仲の良い友達も居ませんし、周囲の子達からは除け者扱いされるので、本当は行くのが嫌で嫌で堪りません。
何かこの詰まらなくて寂しい、居心地の悪い日常から逃げ出す方法はないでしょうか?
そんなことを考えながらトボトボといつもの道を歩いていると、何処からか呼び止める声がします。
「……マルジャーナ、マルジャーナ、こっちに来てけれ」
誰があたしを呼ぶのかとキョロキョロ見回すと、打ち捨てられた水瓶の転がる物陰から小さな子供が手招きしています。
随分と怪しげですが、相手が子供なので人攫いじゃないようです。
あんまり深く考えないで、男の子が呼ぶ方にフラフラと、引き付けられるように近付いて行きました。
誘われるまま脇道の路地裏に入ると陽の光が遮られ、目が慣れるまで男の子の顔が良く見えませんでしたが、目が慣れるに従って、あたしを呼んだ男の子の異様な姿がはっきり見えてきました。
「おら、“泣き虫シムシム”って言うだ」
褐色と言うよりは黒人奴隷のような肌の色で、見窄らしい鼠色に汚れた長腰巻だけで、上半身も申し訳程度に襤褸布のような短丈の直着を羽織っているだけです。
顔が変でした。
まるで魚か、蜥蜴みたいに両の眼が頭の左右に離れていて、図鑑でしか見たことの無い蛙か出目金のように大きくて、恐ろしく出っ張っています。
ギョロギョロと動く両の眼は、気味悪くて本当にこちらを見てるのか、それぞれに明後日の方向を向いていました。
「怖がらねえでいいだ、こう見えておら善い魔物だで、危害を加える気はねえだよ」
悲鳴を上げそうになるあたしの口を素早く塞いだ気味悪い魔物は、あたしより頭一個分ぐらい背が低いのに変だなと思ったら、腕がとっても長くて不釣り合いでした。
きっと真っ直ぐ伸ばすと地面に着いて仕舞うでしょう。
(臭い……)
怖くて怖くて仕方ないのに、突発的に起きたことなので頭が混乱しています。
ガタガタ震えながらブワッと噴き出す嫌な汗に下着が濡れて仕舞うのも気が付かず、出遭って仕舞った怪異に怯えている筈なのに、この子の獣みたいな臭いが酷く気になるんです。
「おら、臭いだか?」
「少しの間、我慢してけれ……“鍵の契約”をしたらもう、暫くは逢うこともねえだから」
「ど、ど、ど、ど、ど、どう言うことっ!」
「大人っ、大人を呼ぶよっ!」
気味悪くて、恐ろしくて、咽喉がひり付いて上手く喋れませんし、大きな声も出ません。
「落ち着いてけれ、ジェッダ・マザリンにある禁域の聖なる黒石神殿……大天使ジブリールが建立した聖域シャザルワーンの回廊巡礼の中心、キルロイ大理石神殿の御神体に“フランキー”の聖杯を封印することになっただ」
「解けない封印の為の鍵を探していただが、本家のシィエラザードがあんたが好いって言っただ」
「全然、言ってることが分からないっ!」
何を言ってるんだろう、この妖怪みたいな化け物は!
「悪いと思ってるだよ、これから“フランキー計画”の最終段階に付き合って永遠の輪廻転生を繰り返す生きた鍵になる……しかも、鍵の制約がある以上、生まれ変わる度に前世の記憶は忘れて仕舞うだ」
「鍵っ、鍵って何?」
生まれ変わりってっ?
もう訳分からないことだらけっ!
で、なんであたしなのっ!
「ちょっと目を瞑ってて欲しいだ、鍵の契約はマルジャーナに身体の負担や刺激が強過ぎるかもしれねえだから……」
「やっ、やめて、何すんのっ、大声出すよっ!」
逃げ出したくても、ガッチリ絡め捕られて身動き出来ません!
「ご免ね、本当にご免……ちょっと目を閉じさせて貰うだよ」
閉じたくないのに、見開いていようとするあたしの気持ちに反して目蓋が閉じていきます。
同時に口が抉じ開けられ、何か……何かヌラッとした生臭いものが入ってきます。見えていない分、悍ましさが勝って吐き気が込み上げてきます。
って言うか、咽喉の奥に這入って来る。くっ、苦しい!
ウゲエエェッ!
これって死んじゃうぅっ、死んじゃう奴!
ヒィイィィィィィィィィィィィィィッ!!!!
お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許しください!
生きてて楽しいことも何も無い退屈な人生だったけど、あたしまだ十二年しか生きてない……こんなとこで死んじゃうのって非道いよ!
気を失う少し前に、ジョーってオシッコを漏らす感覚があったけど気にしてる余裕は無かった。
次に気が付いた時は、通り掛かりのお爺さんに助け起こされてるところだった。死ななかったことに感謝してワンワン泣いた。
不思議なことにオシッコを漏らした筈なのに、下着や腰巻なんかはあたしのじゃない新品みたいなのを穿かされてた。
幾ら子供とは言え回々教徒の女が他人に素肌を晒すなんて、あたしはあまりのことに自分が体験した奇々怪々な事柄を、誰にも話すことなんて出来なかった。
二、三日してあの日にオシッコで汚して仕舞ったであろうあたしの下着と腰巻などが届けられたが、何処から届けられたのかは皆目不明だった……小包の配達人が運んできたからだ。
あの日あった出来事は何だったか訳も分からないまま月日が過ぎたけど、特にあたしの日常に変わりは無かった。
それからも退屈で、死にたくなる程詰まらない毎日はずっと続いたけど、前程は平凡な暮らしが嫌ではなくなった。
――――旧イェニチェリ王国の皇后外戚が血筋の為、公爵位を賜った筆頭宰相の娘であった公女マルジャーナ・インシュシナ、敗戦国からの譲渡としてロスタム大帝国サルタンのハーレムに半ば無理矢理献上された悲劇の姫君であった彼女は、それとは知らず乍らも、嘗ての婚約者であったヴァルディア王子を刑死に裁いた戦勝国のサルタンに身も心も捧げ尽くすと言う、世間知らずが故の人身御供にも似た憂き目に遭った。
奴隷の身ながら愛妾として一室を拝受しながら、許婚だった殿下の処遇すら十年以上も知らされていなかった。
真実を知って、己れの不明と不実と不甲斐無さを嘆いたマルジャーナは毒を仰いで死ぬ。
そんな不幸な時代から遡ること5000年……最初のマルジャーナと“泣き虫シムシム”が契約を交わしたのは、それ程にも遥かな昔のことであった。
(ねぇ、エルピス様、新しく建造されたタイムシャフト・ストリームでしたっけ……“イージーカム・イージーゴー”って命名されたものですけど)
ベナレスのKG35エリアの第563層の地下深く、盟主ソランと一体化したゴッドレベル・インテリジェンス、メシアーズの設計思想の基、大規模な時間遡行装置のプラント設備が敷設されました。
ベータ版のテスト機構ですが、稼働試運転も順調です。
(過去ではなく、56億7000万年後の未来に移動することは出来ないのですか?)
時の果てに魔神王として覚醒する予言を受けている盟主……もし、それが可能ならば一足飛びに結果を知る、或いは意に染まぬ結果なら覆す、と色々とインスタントに対応出来るのではないだろうか?
(……アンネハイネ君、起きた事実、起きて仕舞った事実は変えられないし、変わらない、些細なことを別にして、過去に干渉しようとしても、時自体の持つ修復機能のような性質がそれを阻む)
(え、そうなのですか……でも盟主は過去を改変してダリラ殿の呪いを解呪していたような?)
(そう、ごく稀にだが過去を捻じ曲げる大いなる力は存在する……メシアーズが装着者と認めたアンダーソン君のように)
(だがその度にパラレル・ワールドは増えていく……そう僕は推論している、Aと言う過去の現実を改変した結果、Bと言う世界が枝分かれする……結果、ふたつの並行世界が存在すると言うのが、パラレル・ワールドを成り立たせている要因のひとつと僕は考えている)
成る程、言われてみればそうかもしれないですね。
(まあ、それはそれとして通常は歴史の改変は不可能だ)
(それは最早、確定して仕舞った事実だからだ……それ故、記憶の断片をサルベージするのも比較的容易い)
(一方、未来は不確定要素が多過ぎる……オリジナル・セルダンの提唱したメタヒューリスティクス完全アルゴリズムの正確な推論が誤差を僅少に補正出来たとしても、帰納論理で56億7000万年後を正確に言い当てるのは難しい……カミーラ君とメシアーズの共同開発になるハイパー版フリズスキャルブには確かに可能性が残されているが、現時点ではそれ程先迄見通すのは無理だろう)
(時間軸を移動する為には、移動先を正確に把握出来ている必要があるんだよ)
盟主が居た世界でそれが生まれたのは必然だったのか、偶発的なものなのか、それは分かりません。
けれどメシアーズが、わたくし達の超高度な科学文明に触れて進化していったのは間違いないでしょう。
データの海に深く溶けている広範なメモリーと、思念の遣り取りをしていました。
自らが創造した唯一のオー・パーツ対抗兵器、“救世主の鎧”を制御する為の完全独立型自己増殖AI、メシアーズの中に監視プログラムの必要性を考慮した末に残した最優先型常駐バックグラウンドタイプのセルフ・デバッグ機構として電子の海原に混在しているエルピスの記憶……残留思念と言ってもいいその存在は、電子機器を読み取り、細工することに長けた超能力を駆使するわたくしと言う恰好の的に、最初にコンタクトしてきました。
相性と言うのでしょうか、以来エルピス様の意志のコピーは代理人として、わたくしを介して示唆を伝えてくることが多いのです。
セルダン・クローン達が開発し、自分達の運命を呪い、嘆き、それが為に自分達の成果を持ち去って離散した際に逸失した30にも及ばんとするオー・パーツ……話に聞くだけですが、どれひとつ取っても悪夢のような終末兵器です。
盟主達が生まれ育った世界には、数百万年に渡り裏から文明の趨勢を支配し、コントロールしようと暗躍した希代のフィクサー……ヘドロック・セルダンなる者が居たと言います。
元を正せば、ネメシス様やカミーラ様もセルダンに創り出された、と言うこともお聞きしました。
来るべき世紀末決戦に対処しようと彼が生み出したクローン人間達は、本人達には知らされぬまま造反を恐れた造物主に予め時限式の自壊細胞を仕込まれていたそうです。
最初から呪われた存在として創出された彼等が開発していたものこそが、何を隠そう、後にオー・パーツと呼ばれるようになった最終兵器でした。
ですがそこに、セルダンが別に用意した希望と名付けられたクローンが居ました……完全な混沌を望んだとされるヘドロック・セルダンが、終末級兵器を生み出す他のクローンに向けてさえ反勢力のパフォーマンスを設定した、所謂アンチ・オーパーツの為に投入された特別なクローンです。
何故だかは未だに不思議ですが、エルピスはオリジナル・セルダンの“良心”に特化されたクローン体でした。
全てのオー・パーツに対する防衛機構を編み出したエルピスは、勿論ディフェンス・サイドとして全てのオー・パーツの発動原理を理解しています。つまり、いつでも全てのオー・パーツを再現出来る。
エルピス様は、そんな掟破りの存在でした。
(けれど、今はひとつの可能性を思い付いて、暫時試しているところだ……歴史を遡る為のアナライズ演算装置を逆転させるシステムを開発している、そのうち実際の組み上げに着手出来るだろう)
(事象解析を裏返す“クラインの壺”型逆算装置……もしこの理論が正しければ、ほんの僅かな可能性だが遥かな未来への時間移動が成し遂げられるかもしれない)
エルピス様は出来ないことは口にされません。
いつかきっと、過去と未来を自在に駆け抜ける時間盗賊神としてのわたくし達が、時の果ての秘密を暴く日が来るのかもしれません。
「……ハイネ、アンネハイネ、どうしたの、ボーッとして?」
「さっきから何遍も呼んでんのに、心此処に在らずでさあ」
エレアノールに呼び掛けられて、ふと我に還るとネメシス様の銭湯とか言うお風呂道楽に付き合わされて、皆さんと湯船に浸かっているところでした。
このところ、オッパイクィーン・コンテストも一段落し、うっかり気が抜けていました。何しろ、一時はお風呂に誘われる度におっぱいを揉み捲られるは、華陽さんには生乳首を舐められるは、大変な目に遭っているので油断も隙もありません。
そんな時に何くれとなく庇ってくれたのが、同じ世界出身のエレアノールさん(最初の頃は、目上の彼女を敬って“さん”付けだったんですよね)だったので、気を許していたのは大きな間違いでした。
「湯あたり……じゃないよね? 正可、皆んなが居るのに禁断のノータッチ自家発電してるんじゃないよね?」
「なっ、なっ、なっ、なっ、なっ、なっ、なっ、なっ、何言ってるんですか、馬鹿なんですかっ!」
何を言い出すんでしょう、このおバカな安本丹は!
嘘か誠か、彼女達のボディは(実はわたくしのもそうらしいのですが)、生理的快楽物質をジャバジャバ薬剤投入出来ちゃうのと、バーチャル・セクシャルアクトとして過去の性行為を何度も仮想現実として再生、反芻して体感的に楽しむことが出来る為、実際の肉体的接触(マスターベーションも含めて)を介さずに、脳内だけでオルガスムスに達することが可能なんだそうです。
わたくしはしませんけどっ!
「皆さんが見てるのに、そんな破廉恥なことする訳ないじゃないですかああああああああああぁっ」
「えっ……それって、見てなければするってこと?」
「違いますうぅっ、アンネハイネはオナニーなんかしません!」
してるなんて、言える訳ないじゃないですか!
エレアノールのいけずっ!
トゥラーン高原のバダフシャーン合戦場では、アーリアン勢力の雄たるカマーユルス朝政権の軍勢173万と、覇を争う西方世界よりの解放者軍団、善王ファリードゥーン率いる義勇軍145万が、今まさに勝敗を決する最後の決戦の火蓋を切らんと、数日前より双方総力戦の様相で戦線を整えつつあった。
つい先程、篠突く雨に魔術の篝火を焚いた徹宵の夜は、睨み合いの朝となって明けた。
日の出と共に上がった昨夜来の雨季独特の派手な豪雨は、岩塊質の乾いた平原の枯れ河を土石流のように氾濫させ、方向の定まらない蛇行となって、両陣営を真っ二つに分けていた。
その年の雨季の雨量により発生するガッガル・ハークラー涸河床とも、サラスヴァティー川とも呼ばれる幻の大河だ。
14世紀頃に“大旅行記”を著したベルベル人の高名な旅行家、イブン・バツゥータ曰く、サラセン人の奴隷制度の根は深く、永の年月に根付いて仕舞ったが為、当たり前の日常として溶け込んだと。
同時にそれは女性蔑視と抑圧の歴史だった。
回々教徒社会に於いて女奴隷を指し示す名称は様々で、奴隷身分自体をラキークと呼称し、奴隷の側妾をスッリーヤ、老若問わず女奴隷全般をジャーリヤと称するが、奴隷市場で売買される女達もチェルケス娘、アビシニア娘、ヌビア娘やタクルール娘もいれば、肉感的なジョルジア娘もおり、更にはエルフなどの亜人、剽悍な獣人族の女戦士等々、その他雑多な民族が居た。
公の場で顔を隠さねばならない一般女性に代わり、下働きや夜の奉仕をするのが主な仕事になる。
遊牧民が隊商を襲撃して人を略奪していた時代から連綿と、隷属と差別は思想として正当化されており、ましてや売買や贈与の対象として扱われるのは通常のこととして、女奴隷は香辛料や織物、貴金属などの貴重品と同列と考えられている。
サラセン法上、女奴隷を妾婦、奴婢として持ちながら別に妻帯することも、またその際に用済みになった女奴隷を売りに出すことも完全に合法であった……イブン・バツゥータ自体は、ことの是非に付いてはその著述の中では言及していない。
奴隷解放の御旗の下に参集した多国籍連合軍は、様々なイデオロギーと思惑から一時的に義侠としての胸襟を同じくしているが、皆押し並べて聖典に書かれた“奴隷解放の推奨”を信じていた……第二章百七十七節にあるのは、“アッラーと最後の審判の日、天使達、諸啓典と預言者達を信じ、敬愛する為にその財産を、近親、孤児、信者、旅路にある者や物乞いや奴隷の解放の為に費やし、礼拝の務めを守り、定めの喜捨を行い、約束した時はその約束を果たし、また困苦と逆境と非常時に際しては良く耐え忍ぶ者こそが、真実な者であり、またこれらこそが主を畏れる者である”、……と言う教えだ。
同じ回々教徒同士でもこれだけの争い事は起きる……教条主義派のカリフの教えと、経典の中に差別撤廃の可能性を見出したイマームと呼ばれるサラセン哲学上の指導者達の一派が敵対していた。
人々の営みは斯くも愛おしく、そしてまた醜かった。
「主上、物見からの伝令が届きまして御座います」
ファリードゥーンの信頼する副官、ビルマーヤが敵陣営の偵察に出していた遠見の幻魔を操る斥候部隊からの報告を告げる。
ファリードゥーン王を盟主と仰ぐ混成軍団の参謀本部となった大型の野営天幕には、混成軍それぞれを代表する将軍や提督、参与、将校達と言った各軍を率いる軍幹部の類いが犇いていた。
皆、それぞれに自軍の武具甲冑で戦装束に身を包んでいる。
「矢張り、こちらの放った間者の下調べ通り、“カーヴェの旗”は近衛武官の長、統幕総督司令のバルバロイ・キルデバーン大将軍に貸し与えられています!」
ファリードゥーン王幼少の砌から帝王学と武道、用兵、戦略の全てを叩き込んできたビルマーヤ参謀は、側近の相談役の顔を捨て、ひとりの武将として、髭にまみれた相貌を曇らせた。
だが同時に、角張った輪郭の武骨な面構えには、時代の英傑だけが持つ覇気が満ちてもいた。
キュロス2世め、臆したか……
自らが先陣に立たぬ癖に、幾ら腹心とは言え他人に“天地を覆い隠すもの”、ヴリトラを貸し出すとは……
天幕に参集した名立たる武人達が、口々に囁き出した。
「ヴリトラが今回の戦線に投入されるのは想定の範囲内である」
悠揚迫らず、若き善王ファリードゥーンは、澄んでいながら野太く響く王者の声で浮き足立つ周囲を黙らせた。
ゴブリュアス家直系のキュロス2世の家系には先祖代々引き継がれた神話時代のビスミラ、神器の極みたる特級呪物“カーヴェの旗”が秘蔵されている。
これには伝説となった古代幻魔神“ヴリトラ”が封じられていた。
「こちらには対抗するための神器呪具、“ヴリトラ殺し”の異名を取るインドラの匣がある」
少し端たないとは思いましたが、皆さんが口にする“限界突破エクスタシー”と言うものは具体的にどう言った感じなのか、一度、シンディ教官に訊いてみた事がある。
一通りの男を誘惑するテクニックと、わたくし達の万能アーマーボディの副次機能である性器やお尻の粘膜変形と高性能な潤滑剤の分泌に千変万化の微細動パターン、どんな朴念仁も一発で勃起させる強烈なフェロモンと媚香の体内調合の説明を交えながら(少し前まではあまり知りたくはないスペック情報でしたが)、その時ばかりはいつもよりほんの少しだけ、ナイフのような危うい鋭さは影を潜めて、饒舌に詰め寄るシンディ教官でした。
……こう言ってはなんですが、無邪気にニヘラッと笑う様子が予想外に、大層幼く見えたものです。
「一応言っとくけど、妾達は死に掛けのナウマン象をも発情させる途轍もなく強力な媚薬や、即効で脳内麻薬をドバドバ誘因する掛け値無しに危険なホルモンも体内で生成して愛液や唾液に混ぜ込むことが出来る、だけどソランはそんなものですら歯牙にも掛けない」
「ソランに取っては、小手先の卑怯技に過ぎないからだ」
いつになく、くりくりと良く動く目で表情豊かに語るシンディさんは……いつしか教官と呼ぶようになっていた、シャワーの度にカンチョーと叫んで2本指を突っ込んでくる傍若無人なその人は、何故か誇らし気なドヤ顔でした。
「例えば妾には尽きせぬ大きな後悔がある」
「……シェスタ王家に伝わる召喚能力が妾に受け継がれていたのはなんの因果か分からないけれど、妾が勇者召喚の異能でトーキョウ・トキオを呼び出しさえしなければ、妾達のボス……ソランの、幼馴染達が淫獣に堕ちて色欲道に溺れた挙句、ソランに取り返しが付かない惨い仕打ちをしなかったかもしれない」
「妾さえ居なければ、悲劇は起きなかった……そう思うと、一歩引いちゃうんだよね」
自戒的に語るシンディ教官ですが、個人的な原罪はもう彼女の中では解決していること……そう感じさせる雰囲気がありました。
話に聴くところに依ると、愛しているなら抱いてくれとせがんだ結果、時間停滞空間で1ヶ月もの間、飲まず喰わず眠らずのエンドレスで狂ったように絶頂し捲ったそうです。
寝食を忘れると言いますが、トイレも休息も無しで四六時中性交し続けるのは精神に異常を来さないのでしょうか?
流石に盟主ソランは、“もう勘弁してくれ”と音を上げたらしいのですが(その辺は有耶無耶に誤魔化されて仕舞いましたが)、女の性って飽いたりせずに、唯々爛れた快楽だけを求め続けられるものなのでしょうか……想像すると空恐ろしいような気がします。
原罪を贖う為には必要な事だったと、シンディ教官は言います。
「妾の事情は置いといても、人間って幾ら感応共有していてさえエゴとか自我ってどうしようもなく溶け合わないものでしょ……妾達は皆、比類無き最強の戦士としてどんなに酩酊していてさえ危機察知の神経は頭の片隅で覚醒してる……冷徹に、俯瞰的に、鋭く研ぎ澄まされて、自分の状況を贔屓目無しで分析出来るもんだけれど、それは生き残る為の術としてはどうしても必要な事だから嘆きはしない」
「でも、そんなのを別にしても個としてのアイデンティティが強力であればある程、無理なのね」
「互いを尊重すればする程、ひとつにはなれないし、隠し事が何も無いと分かっていてさえ踏み込めない(相手を大切に想っているからね)……でも限界突破の陶酔に揺蕩っているあの究極のオルガスムスの瞬間だけは」
「転輾ち回る悶絶に失神しても逝き続ける更にその先、一心不乱に絶頂してる刹那、相手とひとつに溶け合って、宇宙とか、世界とか、何かとっても大切で、途方もなくキラキラ輝くものを共有しているように思えるんだ……その内、アンネハイネも大人になったら分かるようになる……深く堪能出来るまでは暫く掛かるけどね」
そう言って綺麗な睫毛を伏せるように、神秘的な青い瞳を細めたシンディ教官が、わざと乱暴に振る舞う普段とは掛離れた柔らかさで、優しそうに笑っていたのを思い出します。
「焦んなくてもいいんじゃない、妾なんか現実時間じゃ17、8年ぐらいしか生きてないけど、他のお嫁さんとか情婦、愛人枠ってすげえ長生きじゃん、百年単位とかで、ネメシス姐さんなんか200万年だよ……そんな長い間、愛慾に溺れて生きた女に比べれば妾達みたいな経験の浅いお子ちゃまのセックスは凄く真面だし、純粋って言ってもいいくらいっしょ」
「まぁ、妾の場合、時間圧縮空間での戦闘テクニックのレベル上げとかはそこそこ遣り込んだから時間軸滅茶々々なんだけどさ……真剣に求めればソランはきっと拒まない、試してみそ」
「なんだったらお姉さんが手解きしてあげよっか、“限界突破エクスタシー”?」
生家であるシェスタ王家一党諸々を盟主の手で滅ぼされ、拐かされて引き回され―――要するに妾は誘拐犯罪の被害者が犯人との間に心理的な繋がりを築いた、臨床心理学で言うところのなんちゃってシンドロームの症例だと笑い飛ばすシンディ教官ですが、母国を後にしたのは、わたくしが故郷を売らざるを得なかった年齢よりもまだ幼かったそうです。
哭いて嘆いて、踠き苦しむ長い夜を幾晩も越えたからこそ、今の彼女があるのでしょうか?
エレアノールとわたくしが居た世界では、人類は“二瘤駱駝座”大星雲に超高度なテクノロジー文明を築いていました。
魔法と言う非論理的な概念は死に絶えて、悠久の彼方へと去って久しい世界でした。
人々の欲望は留まるところを知らず、性的快楽の方面でもヴァーチャル・オンデマンドサービスと言ったものが公的に認められていて、普通のエンターテイメントとは別に現実世界では在り得ないような不道徳で卑猥なコンテンツが常時提供され、誰でもが気兼ね無く恩恵を受けられたのです。
特に軍人階級では精神攻撃の耐性を得る為に、可成り幼少の頃からバーチャル・セックスに慣れ親しんでいた筈でした……現にアストロノート・クラスの特殊工作員養成機関出身で人工授精のデザイナーズ・チルドレンだったエレアノールは、耐性訓練のヴァーチャルは元より、性的欲望の解消は実際の肉体で交歓するグループ・セックスを何年かに渡って体験していたらしいのです。
訓練の一環だったのか、練兵組織で予備軍だったエレアノール達の性欲解消の費用対効果でコストを抑えたのかは、本人にも判別出来なかったそうですが、どちらかと言えば現実の肉体での交合は私達の世界では少数派だったと思います。
わたくしはと言えば、世間から隔絶された特殊な環境で育ったから奥手なのかもしれませんが、父親である皇帝からの密命を言い付かった身分……温存された先史デリリアンから続く古代ブラヴァン王家の正統な血筋ながら、権力バランスの政争を背景に謀反の兆し有りや無しやを探る為、デュッセルデバイン公爵家の次男、ロドリゲス二世に政略として嫁いで行く身でした。
年端も行かぬ小娘と言うこともありましたが、表向きは純潔な身体でした。
しかしながら潜入捜査の基礎訓練には、実戦こそありませんでしたが、MEの搭乗シュミレーションがあり、当然そこにはVR-SEXをベースとしたマインド・コントロールへの耐性トレーニングが僅かながらもカリキュラムとして組み込まれていました。
あまり過度なものはわたくしの淑女教育委員達から物言いが入り、却下されましたが、それでも一通りのエログロ変態プレイは仮想現実として体験しております。
当時のわたくしには初めての覚え立ての快楽に抵抗するのが、羞恥とも、屈辱とも感じられて、大変な苦痛でした。
勿論、そんなことは宮中では一切口外出来ませんので、厳重な箝口令が敷かれておりました。
銀河共和制連盟全域でも王国や帝政などの封建的な世襲制度を布いている文化圏は極端に少なく、時代錯誤と揶揄されるそれらは何処も比較的奔放な閨房事情のようでしたが、我がイングマル・ブラヴァン皇国では、子を成さねばならぬ故、家族構成こそ一夫多妻ですが皇室一族の閨事に関しては厳格そのものです。
嘗て帝王教育を受けたわたくしの貞操観念は、つい先頃迄は理想的な未来の賢婦そのものでした。
わたくしを正統な皇帝に祀り上げる画策をしていた父、暴風帝クロード・ラインハルト・レガリアンは、遠い身内の離反……秘密裏に進められた反体制勢力の一斉蜂起で、一夜の内に討ち死にいたします。
デュッセルデバインの係累を首謀者としたクーデターで、生母であるオランディーヌ・ロセ・ブラヴァンを目の前で斬り伏せられ、婚約者であったロドリゲス様の手で、無体にも女の顔に向こう傷を負わされました。
あの忘れもしない木枯らしが吹き抜ける冬の晩から、わたくしの来し方は一変してしまったのです。
皇帝からの形見として下賜された宝剣と共に、命を賭して守り抜いた忠義の徒、剣聖ラウスレーゼ・ヘルムートの尊い犠牲で辛くも逃げ延びたわたくしでしたが、それからが流転の始まりでした。
託された宝剣には、わたくし共の世界の秘密……脅威の先史文明の遺産、“ベナレス”への道筋が隠されていましたが、この時点でのわたくしには知る由もありません。
目立つ髪色を染め、顔を隠して名前を偽り、謀反の陣営を逃れる為に母国の星系を脱出したわたくしは、電子機器を操るわたくし生来のESPを駆使して銀河管理ネットワークを欺き、対外保護局の難民支援センターなどの施設を転々とします。
やがて辿り着いた“レッサースライム&グレムリン児童養護施設”と言うあまり聞き慣れない個人経営の孤児院こそが、不慮の事故でパラレル・ワールドを渡って来た盟主ソランと、その一行の組織でした。
初めてシンディ教官に出会った時のことを思い出します。
スペース・ポートに直結した受け入れカウンターで個人IDを照合された際、なんの前触れも無くわたくしの正体を言い当てられたときの驚きと言ったら、まるで深い谷底に突き落とされたような恐怖がありました。
カウンター業務を担当していた女性職員は、皇国ではついぞ見掛けたことの無いタイプの物凄い知的美人で、憂いを秘めながらも筆舌に尽くしがたい強い意志を感じさせる怜悧さが歳若い見た目なのに、既に泰然と備わっていました。
卒倒しそうな緊張感の中、辛うじて平静を保てたのは思い返すと、その人の人並外れた美しさと何事にも動じなさそうな落ち着いた雰囲気のせいかもしれません。
実際、女性要員の多い職場と後々分かりましたが、何人か抜きん出てと言うか、明らかに人の域を超えていると目を剥く程の美形が居るのに気が付いて、心臓を鷲掴みにされる程驚いたものです。
この時、入所カウンターから凛とした視線で見上げる女性の瞳が深いミッドナイト・ブルーに僅かに緑が混じる、碧眼とも翠眼とも思える神秘的な色合いであったのをひどく印象的に覚えています。
自分の身の危険を第一に考えるべきところ、わたくしはその神秘的に輝く、そして捉え処の無い瞳に魅入られていました……あまりにも美し過ぎて、捉えように依っては幾つもの顔を見せる美貌は、片時も目が離せなくなります。
純粋無垢な少女のようでもあり、百戦錬磨の娼婦のようでもあり、また慈愛に満ちた女神のようですらありました。
まるで深窓の令嬢のように思慮深く清楚で、聖女のように気高く清らか、高潔で、女帝のように高貴、豪胆、周到綿密で、傾城のように自由奔放、妖艶に感じられたその人こそ、当時デビル・イエローと呼ばれていたシンディさんでした。
……黙っていれば間違い無く地上に舞い降りた汚れなき天使そのものの、デビル・レッドこと正妻ポジションのネメシス様は、当時、厨二病戦隊ごっこが流行っていたと解説しますが、詳しいことは訊き逸れました。
ルビー・ブロンドを丁寧に編み込み結い上げた姿は、武骨な戦闘プロテクターを鎧っていてさえエレガントな気品を滲ませますし、艶やかな色合いの唇も、理想的なバランスに完全に一致する鼻梁や眉の形に頬の輪郭に至る迄、何も彼も全てが、例え妖精郷の女王と言われても信じて仕舞いそうな非の打ちどころの無い相貌、そして足の爪先から手指の先に至る迄、至高の美を体現した不可侵領域……それがシンディ教官の第一印象でした。
流れ着いた児童養護施設は思った以上にと言うか、中央星系は疎か6大複合勢力傘下にさえこれ程迄の充実は有り得ないと思える突き抜けたレベルで、特にその異質なテクノロジーには目を見張るものがありました。
残念ながら不慮の事故で違う世界に転移して仕舞ったので、短い間でしたが貴重な時間を過ごしたあの懐かしい孤児院とは別れ々々になっています……あそこで過ごした日々はわたくしにとっても宝物のような思い出なので、少し残念に思います。
シンディ教官やアザレア様などは、置いてきて仕舞った施設のハーフ・ティンバー様式と言う住居棟を懐かしみ(大切な故郷から持って来たものらしく)、メシアーズに頼んで攻撃要塞母艦天翔るコフィンこと“バッドエンド・フォエバー”上に復元して貰ったようです。
わたくしもお呼ばれしたお茶会で初めて見た、サモワールと言う湯沸かしが寸分違わず復元されていて、ちょっとばかり吃驚しました。
メシアーズの情報収集能力は、ハイパー・フリズスキャルブと連動しているのでおよそ不可能と思われることも実現出来て仕舞います。
盟主ソランがお許しになったので、メンバーはそれぞれの拡張ストレージに魔改造したプライベートエリアを設けるようになったのですが、わたくしも帝宮の一画にあった自室を再現して貰いました。
お気に入りだったヘアブラシを化粧室の鏡台に見たときは、思わず手にして、不覚にも涙が溢れましたっけ……
特筆すべきは入所者への職業斡旋ケアの充実振りですが、事務職・技術職は言うに及ばず、およそ考えられ得る凡ゆる職種コースが多義に渡り選択可能でしたし、運営は学びたい者を全面的にバックアップしていました。
……様々な卓越した技術で、遣り過ぎとも思える職業訓練校を兼ねた施設はその実、稀代の犯罪結社の隠れ蓑でしたが、やがて“サイコニューム”と言うわたくし共の世界を為す根幹の秘密に辿り着きます。
色々と大変なのは今も変わりありませんが、この運命の出逢いにわたくしは救われたのです。
――娘としての堅い蕾だった部分も幾分和らいだ気が致します。
春先に草花が萌えるのとはまた違った心持ちなのですが、頑なだった身持ちも様変わりして仕舞ったようです。
蛹が蝶に羽化するように、少女だったわたくしは様々な逆境を糧にひとりの女になろうとしていました。
いえ、有り体に申せばこの頃のわたくしは(隠し果せている確信も無くて戦々恐々なのですが)、独りでするオナニーも含めて性的な快楽に夢中になっていました。
少し前までのわたくしは幼い時分の体験がトラウマになり、大人の階段を登るのに躊躇いがあるのを自身感じてもいました。
好む好まざるとに拘わらず、リトマス試験紙のように影響するものに染まって仕舞う女童に取って、MEのヴァーチャル・シュミレーションも少なからず生臭くて衝撃的でしたが、それよりも、何よりも、政略でこそあれ憎からず想っていた相手に母親を弑され、顔に手傷を負わされた挙句逃亡者になった……惨く、重く、暗い記憶がわたくしをずっと捕まえて、繰り返し針で突き刺すように鋭く苛みます。
生来の潔癖な性分が災いしてと言えば体裁は好いですが、目を背けたくて、敢えてそんなアダルティな事柄には疎くなっていたんだと思います。
重ねて実際、逃亡生活から始まった目紛るしくもダイナミックに移り変わる想像を絶した環境の変化は付いていくのがやっとで、男女の色恋沙汰に身を俏すどころではありませんでした。
しかしながら人間、慣れると言うのは恐ろしいもので、戦闘エキスパートとして毎回々々死んで仕舞うと思われる程、度を越した厳しくも激しい実戦訓練(実際に何回かは死にましたが)を課せられ続けていますが、最近では普通に受け入れられるようになりました。
“死んで仕舞う!”、と心の中で泣き叫ぶのは変わらないのですが、それが日常のルーティンとして染み付いてみれば、平気の平左と迄は言いませんが、なんとか耐えられるようになります。
同じようにして、カンチョーッと叫んで指を突っ込むようなパーソナル・スペース感が打っ壊れた人達の影響あり捲りなので、少し前から男女の秘め事にもすこぶる興味が湧いて来るようになりました。
打って変わって、今迄の忌避感が嘘のように氷解して仕舞った今日この頃なのです。
何せ、七転八倒悶絶必須の絶頂痙攣“限界突破エクスタシー”なるものは、理性をかなぐり捨てて狂ったようにヤって、ヤってヤり捲るそうですから、口にこそしませんが、端た羨ましい。
内緒ですが、シンディ教官のお話を伺っていると身体の芯から熱を帯びたさもしくも賤しい興奮が迫り上がって来て、殿方の太くて硬いもので刺し貫かれることを想像して股間の奥が熱くなるのです。
まるで挿入されるのを待ち望んでいるかのように……
……白状いたしますと淑女教育の沁みついた奥床しさ上等の身なれば、誰にも話してはいませんし、話せませんが、以前に酒席の後でエレアノールにお持ち帰りされて仕舞ったわたくしは(いえ、確かマイルームに送って貰ったので、送り牝狼とでも言うのでしょうか?)、一緒にシャワーを浴びる彼女に誘われるまま、女同士の身体の交歓をリアルで体験いたします。
ヴァーチャルとはまた違う目眩く女の喜びに、わたくしはたったの一度ですっかりリアル百合の虜になって仕舞いました。
身体の相性と言うのでしょうか……オール・カスタムメイドのマクシミリアン・プライベートガレージ製でそれぞれにチューンナップされているとは言え、元の設計仕様の諸元は規格品のパーツから派生している筈なのに、不思議です。
自分でも自分の他愛無さ加減に呆れますが、初めての相手が同郷のエレアノールだったのは何かの縁でしょうか?
没頭する戦闘訓練は苦行僧の命懸けの修行に似て、己れを虚しくすることから始まります。破壊と再生は、憔悴と言うのも烏滸がましいレベルの、想像を絶する疲弊と喪失感を伴ってわたくしを根本から創り変えて仕舞いました。
もう強くなっているのか、弱くなっているのか、それさえも訳が分からなくなるぐらいグチャグチャに叩いて延ばして鍛え上げられる煉獄のような日々は、いっそのこと殺してくれと叫び出したくなる程、過酷なものです。
ガリガリと削られるプライドと引き換えに手にした不動心は、ダイヤモンド顔負けの硬さ最強メンタルです。
されど、そう迄しても、無力故に深く傷ついた過去を癒すことは叶わなくて、空虚な自分を悟られたくなくて、感情の起伏に乏しい希薄な表情を常に顔に貼り付けた者……姑息にもそんな風に偽って、いつしか体裁を装っていました。
此処に自分の運命があると疑ってはいませんでしたが、何故か心細かったのです。
国を売り、国民の多くを権力闘争の真実を知りもしなかったとして大量に粛清した大罪人の自分が、阿容々々安穏と生き延びて良いものなのか、迷いがありました。
エレアノールのブルーグレイの瞳には、そんな素振りが悲劇に羽を毟られて飛べなくなった小鳥と映ったのだと後から訊きました。
保護欲を掻き立てられた彼女は、わたくしを慰める為に抱いたのだと……何処がどう結びつくのか疑問だらけの謎展開ですが、わたくしを守ってくれようとした気持ちは嬉しく思います。
「消えて無くなりそうに見えた」
と彼女は言いますが、だからと言ってそれを抱擁と愛撫、レズの性技で慰撫しようとするのは斜め上どころか、三回転半捻りのウルトラCです。
単に、エレアノールの性行と性癖からわたくしに食指が向いたのに違いありません……そう踏んでいます。
でもエレアノールとの身体の関係に溺れたのは、わたくしの心が知らぬ間に修復不能な迄に壊れていたからかもしれません。
運命に導かれて出逢った盟主ソランの私兵となり、女となる覚悟に微塵も揺らぎはありませんし、今では心の友であり、師でもあるエルピス様の導き(わたくしのプライベートには目を瞑ってくれる度量で対応して頂けます)もありますが、エレアノールとのセックスは、どうやら魂の均衡を保つ為の抗鬱剤か、痛み止めのような役割りをしているようです。
鎮痛剤が常備薬って、何処にでもある普通の話ですよね?
男よりも先に女を知って仕舞ったのは忸怩たるものがありますが、チョロいと申しましょうか、自身がこんなにも流され易い性格とは思ってもみませんでした。
女同士で逝かせ合うという行為が思った以上に気持ち良過ぎて、俄然好奇心旺盛な部分が発露したのでしょうか、互いに犯し合う陵辱に感極まって以来エレアノールとはエスカレートする過激な変態プレイも含めて、二人だけの秘密の関係が続いています。
勿論隠し通したい関係ですが、特にシンディ教官にだけは絶対に知られてはなりません。あの人に知られるぐらいなら、この間のストリップ大会で無理矢理遣らされたように、恥を忍んで、股間パカーッてする方が百万倍増しです。
“アンバサダー・クライシス”と呼ばれる自動セキュリティホール補完装置を内緒で借り出して、自室の隠蔽性を高めました。
新兵としての日々の強化訓練に忙殺される合間に、螺旋の底で蠢くようなイヤラしい快感が忘れられなくて、わたくし達は何度も身体を重ね合いました。
やめられなくなる程、女と女でこんなにも逝き狂えるなんて、わたくしは知りませんでした。
女同士のケダモノのような交わり……リードは大抵エレアノールですが、正直、話せないような淫らなこともしました。
意外とわたくしは、エッチなことが好きなようです。
広大な戦場のふたつの睨み合う布陣から、それぞれに膨大な光の奔流が太い柱となって天空高く、何処迄も立ち登って行った。
かたやカマーユルス朝ギナトリアーナ帝国で当代一の武将、老いたりとは言え未だ眼光鋭き知略の軍師バルバロイ・キルデバーンの陣営であり、かたや敵対する開放同盟の連合軍ではあるが、善王ファリードゥーンを総大将と頂く西方からの遠征軍であった。
光の柱は“カーヴェの旗”の精、邪神ブリトラと“インドラの匣”から出でた大幻魔インドラが、天界モードで顕現する姿だ。
成層圏に巨大な2神となった禍々しくも神々しい具現化した幻魔の王が、対峙した。
受肉した姿なれど、マイナス5~60度の気温も空気の薄さも、降り注ぐこの星系独特の致死レベルの電離放射線も物ともしなかった。
「久しいなあっ、何年振りか?」
薄い空気層も、尋常じゃなく激しい下層の対流も関係無いとばかりに響く災害級の大音声……身の丈1000メートルにも及ぼうかと言う青黒い肌の巨躯に、常に紫電を纏わせたインドラは、6本の腕の一組で腕組みをし、一番上に差し上げた両手に独鈷杵のようなものと宝珠剣を掲げ、一番下の腕で合掌印を組んでいた。
禿頭に浮彫りの宝冠を戴き、黒く照り映える皮膚が剥き出しの上半身には、肩、胸、腕に装身具のような帷子を着けている。
病める羅刹の悪人面や、血に飢えた魔獣の形態をとることの多い幻魔には珍しく整った顔をしており、矢張り特別な幻魔であることが窺えるが、この場所、この大きさでは、その容貌、姿を人が見ることは叶わなかった。
「ビスミラ争奪戦役以来じゃから、2000年ぐらいかの?」
「お互い、たまに暴れんと身体が錆び付いて仕舞うわい」
対するブリトラは上半身こそ裸の女だが、下半身は荒ぶる生きた雷撃に覆われた妖蛇の姿だった。
褐色の肌は濡れたようにヌラヌラと光り、襟帯状の首飾りの下には撓わな両の乳房を剥き出しに、光の拡散が少ない成層圏で陰影がくっきりと隈取る、異様な艶姿であった。
音が伝わる媒介も希薄な空間であったが、彼等の肉声は大音声となって拡散し、音波というよりは意思の投射に近かった。
「互いに天界クラスモードで遣り合うのだから」
「……地表を焦がし過ぎんよう気をつけんとの」
言うが早いか、ブリトラの妖艶だった眦が吊り上がる。
荷電精霊素の高まりが強烈な放射光を生み出して、一瞬にして世界は白く染まる。
地表を揺るがす大轟音で、ブリトラの七色に輝く鱗に覆われた怪蛇の部分から弾け飛んだ災厄の大放電は、大気圏を破壊する程の勢いで四散した。
「相変わらず刺激的に痺れさせてくれる」
難無く防御したインドラは、4本の手で反撃の印を結び、複雑精緻で巨大な多重魔法陣を出現させる。
目紛しく不規則に回る大魔法陣から間髪無く撃ち出されるのは、硬い金剛石の鉱脈岩盤すら撃ち抜こうという数千万本の貫通槍と化した毒石蛇だった。
だが、雨霰と降り注ぐ蛇の槍衾は悉く火を吹いて、蒸発するように燃え尽きた。
「魔獣召喚術が業前、腕が落ちたのではないか?」
「随分とぬるい」
瞬間移動で背後を取ったブリトラは自らも召喚術を駆使して、触れるもの全てを一瞬で溶かす腐食毒を吐く、幾体もの巨大な暴食水母を呼び出してインドラの周囲を包囲する。
水母の縺れ合う程の触手が隙間無く、胞子を撒き散らしながら獲物を絡め獲らんと迫る。
が、インドラが一対の腕でバンッと柏手を打ち鳴らした瞬間、そこから広がる音に触れて触手はボロボロと崩れ、水母自体も雲散霧消して仕舞う。
そんな、天地を破壊するような壮絶な遣り取りが続いていたが、地上には不思議な程、影響は少なかった。
だが加減してはいても、遥かな上空で発生した暴威は天空を染め上げ、或いは陰らせ、天候に甚大な変化を齎し、嘗て無い暴風雨が吹き荒れ、潮力変化が海岸線に津波の被害を発生させた。
世界中の港が水没したので、海路の通商は復興に20年は掛かるだろう……物資の不足は、人類の繁栄を後退させることになる。
荒野に落ちれば人的被害は無かったかもしれないが、運悪くとばっちりで、流れ弾のような何かの超威力の残滓が落ちた街は跡形も無く吹き飛んだ。
(ねえ、ちょっと!)
そんな世紀末ヒャッハーな闘いに余人が踏み込む余地などは、絶対にあり得ない筈であった。
だが、無遠慮に割って入る空気を読まない闖入者が居た。
「んっ、なんだ……誰だ、何処にいる?」
「人か、人の気配なのか、声だけで見当たらんぞ?」
(でかい図体はこれだから……大男、総身に知恵が廻りかねって言うのはこう言うのを云うんだろうね)
インドラは思った。
今迄気が付かなかったのが不思議でならないが、寒気がする程の精霊力だ……何故だ、何故気が付かなかった?
インドラは今、生まれて初めて己れが不滅の幻魔であることに疑問が芽生えるのを覚えていた。
「どっ、どっ、何処っ、何処なの?」
ブリトラは生まれて初めて狼狽えていた。
理解の出来ない脅威が側にいるのを肌で感じる……だが、何処に居るのか分からない!
(取り込み中悪いんだけどさ、フランキーって聞いたことある?)
インドラもブリトラも、突然の遭遇の相手が何者かも分からず、その目的も謎のまま、ただ恐怖だけが募って行った。
理解し難かったが大幻魔である身が恐れを抱いている屈辱よりも、抗い難い危険の匂いの方が勝って仕舞った。
(あぁ、その反応じゃ知らないようだね……態々出張っては来たけれど、とんだ無駄足だった訳だ)
(弱っちいあんた等じゃ、世界の真実には遠く及ばなかった)
その時になってようやっと、インドラとブリトラは相手が誰なのか視認出来た。人の大きさであれば然もありなんだが、それは目の前に浮かぶ米粒のように小さなひとりの小娘であった。
(もう用は無いかな、バイバイ……圧搾)
途端、インドラとブリトラは己等の身体がミシミシと内側に向かって押し潰されていく未知の魔法に捕われていた。
邪神、幻魔の王と畏れられ、永遠不滅の存在であった筈の自分達がとんだ“井の中の蛙”であり、百遍土下座して忍従を誓ってもおそらく逃れられない死を、直感的に理解していた。
後は、己等の未熟と不明を悔いて、唯従容と死んでいくだけだ。
遠い未来に、パラレル・ワールドを駆け巡る次元盗賊神として名を馳せる、“夜の戦士”のキラー・クイーン……シンディ・アレクセイに取って、たかが幻魔の命など、人の命ほど重くはなかった。
――――待てど暮らせど一向に梨の礫で、バダフシャーン合戦場の両陣営は、遂に三日を待って業を煮やす。
地上に取り残され、何が起こったのか皆目見当も付かなかったが、貴重なビスミラの精と言う代理戦力を失っただろうと察したギナトリアーナ帝国軍173万と、対する奴隷解放戦線混成軍145万は、自らの武力で衝突し合うことを余儀なくされた。
見えない監視が付けられたのは分かっていました。
ですが経験を積んでいる私は自分の思考を自在に操り、監視者の眼を欺くことが可能です。
自慢ではありませんが、表層思考と並列深層思考の幾つかを使い分けるのは朝飯前と言えるほど得意なのです。これが為、嘗てのシィエラザードの真実を知る知人達に多重人格と誤解させた程でした。
本当の私は目的の為には幾らでも非情に成り切れる……勅命と言う至上命題第一の忠節に生きると言えば体裁は良いかもしれませんが、実際には大勢の命を犠牲にしても眉ひとつ動かさない冷酷非情、極悪非道の者でしょう。
物語を紡ぐと言うのは、贄と言ってもいい程に日々何かを切り捨てる覚悟の繰り返しだったのですから……私に取って忠誠とは、覚悟の連続でした。
必要なこととは言え、先週もブリトラとインドラの何千年か振りの激突があり、世界中が激甚な被害を蒙りました。
奴隷差別撤廃の潮流を加速させる為に描いた筋書きでしたが、多大な犠牲を出して仕舞ったのは、織り込み済みとは言え心が痛みます。
そしてあろうことか、筋書きに無いアクシデントでブリトラ達を失います……これは由々しきことでした。
ソロモン王のダンジョン“パサルガダエ”で“鉛白のバルバット”を譲り渡したのも、傍流が守護していた筈の“アラジンのランプ”すら入手したのも、正体不明の謎の一団です。
ブリトラ達の一件も、間違い無くあの者等の仕業でしょう。
天下分け目のバダフシャーンの合戦では、辛くもファリードゥーン側が勝利したので、この後の物語を綴っていく為の計画の変更は最小限で済みました。
ですが、あの者等の介入は、この子宮世界“アリラト”の存続自体を確実に嚇かしています。
「ヤオク、陳情に来ている方達は、あと何人ぐらいかしら?」
「はぁ、午後の部は団体の代表も含めて38人程かと、シィエラザード執政官様」
ヤオクは、“フラナガン友愛組合”から実家が手配してくれた私の従僕でした……若く見えますが、もう30年来の付き合いです。
今の私は子宮世界“アリラト”の基底現世に於いて、新興国家プラタイヤの東北地方、田舎城代豪族の辺境領事館に赴任した執政官と言うのが、表向きの役柄でした。
年俸制で給金が良いのです。
影の世界から非カルケドン派の目的に沿って、ストーリーを調整するのが歴代シィエラザードの使命ですが、社会に溶け込んだ一般人として暮らす仮初の……有能な高位官僚を輩出する名門、神官系独立職能流派シィエラザード本家の跡取りとしての姿があります。
何より、誰かと婚姻し子を為さねばなりません。
あまり女に戻るのは好きではありませんが、血筋を絶やす訳にはいきませんから。
……訳あって、今は中央への出仕を控えた身でした。
形見に髪を手に入れました……人知れず、今は亡き、不幸だった今代マルジャーナの菩提を弔いたいと思ったのです。
日差しの強いザフラン群の辺鄙な田舎町、領事館とは名ばかりの古く草臥れた代官所への都落ちに付き従ったヤオクは、サラセン人特有の濃い眉毛と口髭を携えた、所謂美男子顔の副官です。
この地方の気候に合わせたカンドーラという麻で編まれた薄手の長衣と頭巾も良く似合っています。この頃は落ち着きましたが着任して来た早々は、局内の年頃の女性職員に騒がれていました。
事務能力の高さ、相手を100パーセント懐柔するコミュニケーション能力と極めて有能なのですが、“フラナガン友愛組合”の真価はそこではありません。
代々シィエラザードの補佐役としてサポートするのが組織のお役目にて、暗殺術や間諜としての技能に長け、子飼いの獣魔を操り、自身もギガントマキアと言う不死身の人外達が、必要に応じて私共の許に派遣されてまいります。
しかしながら本当の意味での従属と自分達の役目を、ヤオクを初め歴代のフラナガン組合の面々は知らされておりません……機密漏洩を防ぐ為に、深層自我を封印されているからです。
わたくしの手下としてお役目に就くときは、覚醒の呪印で本当の自分を取り戻す必要があります。
“フラナガン友愛組合”は、裏工作活動が必要だった時期の850世代程前に、当時の本家シィエラザード、つまり私が設立しました。
各地を巡礼し、諜報活動を行ったイブン・バツゥータは旅行家として歴史に名を残しましたが、実は“フラナガン友愛組合”が輩出した優秀な工作員でした。
「では、午後の業務を始めましょうか……食器を下げて貰えるかしら、ヤオク」
乾燥セージのマラミーヤ茶を飲み干して、名残惜しい香りを楽しむと、仕事の再開を促しました。
埃っぽい執務室の机の上を片付け、ナンとささやかな惣菜で昼の軽食を摂っていました。シィエラザードの家は代々不要な贅沢や華飾は避けて、粗餐をモットーとしています。
見た目も普段の私は容貌を偽り、醜女と言う程ではありませんが、軽い痘痕顔に歯並びの悪い地味な女を演出していました。
天上の貴婦人と言ってもよい美貌は、正体を隠して暗躍するには却って邪魔なだけですから。
星の数程、多くの幻魔が生まれては過酷な淘汰を繰り返し、消えていきました。
非カルケドン派の方々に課せられたお役目は、実験の目的に沿って究極の幻魔神器物、超特級呪具たる“最強のビスミラ”を生み出し、育てること……9999の略奪神を統合し、封印した血塗られし聖杯は何十世紀もの年月を掛け、人々の祈りと言う想念の息吹を浴びて静かに成長していました。
決して順調とは言えないながら、時さえ掛ければ確実な進化が得られる筈です。
少なくとも乱世の想念、狂ったように雄叫ぶ蛮族の殺し合いから得られるような激烈な加速度的進展などよりは遥かに増しな筈……そうと思って、計画には無かったこの方法を選んだのです。
とは言え、目下は“アリラト”存続の危機への対処が焦眉の急……わたくしの長い記憶にも無い、初めて相まみえる驚嘆すべき障害は、きっと異世界からの来襲者……それ以外に考えられません。
……なのですが、正直この世界が生成された48億2000万年前からの記憶を引き継ぐ我が身なれば、必要なこととは言え繰り返される悲劇に少々疲れてもいました。
飽いたからこその、勝手な計画変更でした……遥か以前、この世界の目的ですらあった“フランキー”を統率する代理人格、“泣き虫シムシム”に、私はある提案をします。
幻魔は人々の強い想念から生まれます。
人の営みで最も強い想念は、略奪し、犯し、蹂躙し、本能の赴くままに殺し合う、血で血を洗う師旅と弓箭です。
確かに反覆される合戦と滅し合いの中で、沢山の幻魔が生まれ、より強くなっていきました。
されど、あまりにも長い争いの青史の中で、私は耐えられるように造られてはいましたが、自分の酷薄で無情な冷血さにほとほと嫌気が差してもいました。
妬み、強欲、簒奪、憤怒、虚栄と傲慢、それらの負の感情に囚われない穏やかな想念……“祈りと信仰”の利用へとシフトしていくのは、私の中で密かに決めていたことでした。
幾ら時間が掛かろうと、人々の真摯な想念で“フランキー”は禊ぎを経て浄化されるべき……と言うのが私の考えです。
壮大なプロジェクトの結果は未だ々々先が見えず、手応えの無い虚しさが、何千年も、幾百世紀も続いておりました。
この次元を創り出した非カルケドン派の研究者達は既に亡く、唯計画だけが連綿と引き継がれております。
異世界からの侵略者、あの出鱈目な強さの彼等の使う魔術はあまりにも異質過ぎて何ひとつ解析出来ませんでした。
それでも幾つか作戦があるにはあります。現に、監視を付けられてはいても裏を掻く方法がない訳ではありません。シィエラザード本家だけに許されている、影のそのまた裏の世界もそのひとつ。
でなければ、今考えている奸計は総てバレて仕舞うでしょう。
兎に角、あの者等は普通ではない。
こちらの情報が絶対に漏洩していないと言う、確たる自信も無い。
ひと頃話題になったロスタム帝のサルタン惨殺事件に、埋もれて仕舞った日陰の被害者が居ました。大国ロスタムのハーレムに召し上げられた、今は属領となった山間の小国イェニチェリで公女だったマルジャーナ・インシュシナが毒を仰ぎ、自らの命を絶ったのです。
ことの仔細を調べてみれば、あろうことか私が仕えたヴァルディア殿下が彼女に託した“蒼いジャンビーヤ”が、あの者等、異世界からの来襲者達の手に依り奪われていました。
嘗ての一途だったマルジャーナ姫は、入内して、愛妾と言う身分に身も心もハーレムの性奴隷として汚れきっていたのでしょう……夜と言わず昼と言わず、身体を捧げたサルタンが恋人の仇とも知らずに跨がっていっただろうことは、容易に想像が付きます。
詰ったのでしょう。
ロスタム帝のサルタンを惨殺し、ハーレムの女達に無体を働いたのがあの者等とは造作無く調べが付きました。惨殺の現場はあまりにも凄惨過ぎて、何人かの女は精神に異常を来していました。
きっとあの者等は、殿下との誓いを忘れて欲望に狂うマルジャーナの不実を詰った。
身から出た錆とは言え、世を果敢なみ自害した今代のマルジャーナは、大切な鍵の系譜です。
実のところ地方の小国に過ぎぬイェニチェリに態々赴き、ヴァルディア殿下の側仕えとして登庸されるよう動いたのも、当代マルジャーナの様子を見に行きたかったからに過ぎません。
幾ら輪廻転生を繰り返そうともさっぱり賢くならないマルジャーナの魂……それも致し方のないことでしょう。
人の魂というのはそういう風に造り替えられません。
特級呪物“フランキー”の解除には、マルジャーナ……古シュメール語で“小さな真珠”を意味するモルジアナ……彼女の魂が要る。
不滅の魂はやがて生まれ変わりますが、彼女の魂が安らかならんと願う程には肩入れしたいのは山々なれど、私は彼女に力を貸すことは出来ない。
「次は、確か酒造組合のギルド長でしたか?」
「はい、ここのところ組合傘下の穀物畑や果樹園が魔物に荒らされて、酒の醸造自体に影響が出始めているようです」
魔物は通常、地下ダンジョンに涌くものですが、我が稼任地たるザフラン群の一帯では廃棄された古いダンジョンから地上に溢れてくる魔物害が問題になっていました。
ブット・ジョロキアなどの特産品の唐辛子なども、大変な被害と報告を受けています。
「失礼いたします、プラタイヤ東北地方ザフラン酒造組合のビシャーラで御座います」
何度か助成の陳情に訪れた田舎の商工会に属する組合長は、出っぷりと太って不格好な才槌頭を大きなターバンで包む、八の字髭と山羊髭以外は目や鼻が妙に顔の中心に集まっている男でした。
「エレアノールとのメイク・ラブに随分とご執心のようだけど、今度妾ともしようよ」
「“限界突破エクスタシー”、興味あるんでしょ?」
もしかしてそうではないかと薄々感じてはいたのですが、しっかりバレていました。4巨頭……ネメシス、カミーラ、アザレア様、ビヨンド筆頭教官(この人は自他共に認める正真正銘のクズ変態ですが)に隠しおおせる事が少ないのは事実ですが、正可シンディ教官にバレているとは……絶対にいじり倒されます。
それぞれに機甲師団を率いた勇猛果敢な猛将1000人が束になっても、きっと教官のイジリ体質とパワハラ・モラハラを止めることは出来ません。
そんな機能は備わっていない筈なのに、コンバットタイプの全身義体の頬に冷や汗が伝う幻の感覚があり、背筋に悪寒が走りました。
……初めてシンディ教官に出会った時のことを思い出します。
極めて有能で、直視すると思わず魅入られてしまう程の美人で、孤児院施設に付属した農産物サプライチェーンや医療診察部の責任者として寸暇を惜しんで働く姿はいつ寝ているのかと疑うぐらいの精勤振りでしたが、そのドジっ子体質はメンバーの皆さんの印象に依れば、最早殿堂入りかと言う幾つかの伝説を残したそうです。
曰く、味噌汁の具は豆腐と油揚げが王道と主張するネメシス様と真っ向対決して若布こそ至高と味噌汁勝負を挑んだ時、肝心の出汁を引くのを忘れたとか……
曰く、気付けの為に究極に濃いエスプレッソを抽出すると称して、自室に持ち込んだ自家製強化エスプレッソ・マシーンのフィルターに過剰な圧でタンピングしたものだから、蒸気が逆流して自室が飛散した珈琲の飛沫だらけになったとか……おそらくシンディ教官の膂力だと、軽く10億トンぐらいは掛かる筈です。
この時に使用したタンパーとフィルターポッドは、特注のベッセンベニカ鋼製だったとか……
ポンコツ武勇伝のひとつはわたくしも目撃こそしませんでしたが、ことの顛末は知っています。
何度も担がれているのにネメシス様の讒言を信じて、盟主の男心を唆ろうと頭に子供用のパンツ、それもお尻の部分に熊のキャラクターが描かれたのを被って誘惑すると言う、実に常識外れの蛮勇に出たのです……笑っちゃうような本当の話なんですけど、あろうことか白いパンツの丁度股間の部分で口と鼻を覆うようにした残念なシンディ教官を思い浮かべると、日頃の鬱憤に溜飲が少しだけ下がるような気がいたします。
「そうだ、好いこと教えてあげるよ、あれでエレアノールは特殊性癖をひた隠しにしてるけど、実は子供もののパンツに異常に興奮する変態チックな……」
なんでわたくしが、そんな二番煎じの手に引っ掛かると思うのか不思議でなりませんが、なんとかこの場を逃れたいわたくしはパンツの件を一も二もなく快諾して、こと無きを得ました。
それにしてもシンディ教官に知られて仕舞った以上、このまま無事で済む筈もありません……自分で仕出かしたこととはいえ、今後の対応策の最適解にわたくしの脳細胞は、未だ嘗てない迄にフル回転を始めていました。
大体、此処のメンバーの方達には真面な神経の持ち主は一人としておりません……お茶の時間にお手製のカネルブッレと言うシナモンロールや色々の菓子を振る舞ってくださる一番良識的とも思えるアザレア様でさえ(あのティータイムだけがトレーニングでへとへとになっている疲弊し切った心身には、一服の清涼剤でした)、4巨頭同志の乱交に近い身体の関係があるとお聞きしております。
あぁ、筆頭ガヴァネスのリーゼロッテ様はご健勝でしょうか?
12年間の大半を過ごした権謀術数渦巻く帝宮殿でしたが、帝王教育と並行して体得が必須だった皇族の淑女教育……皇女としての貞淑とマナー、仕来りの規範たる皇宮典礼を叩き込んで頂いた恩師がリーゼロッテ様でした。
わたくしは、大恩ある先生に対して顔向けの出来ない、色欲まみれの悪い子になって仕舞いました。
基本、老廃物の出ない身体でしたが、余剰水分を黄金水として排泄することは出来ます。わたくしとエレアノールは、体内で生成した強力な媚薬を混ぜ混んだオシッコを直接口付けて互いに飲み合うと言った、馬鹿げたプレイにまで踏み込んでいました……ネメシス様にお聴きした聖書と言うある種の統一価値観の規範、宗教とやらの教典に出てくる、“ソドムとゴモラ”の戒めの話を思い出します。
神と言う概念自体がわたくし共の世界では希薄でしたので、大変興味津々にお聴きしましたが、悪徳や頽廃の代名詞となったそれらの街は“不自然な肉の欲”に依り、神様の怒りを買って天からの硫黄と火に因って滅ぼされました。
ソドミーとは、逸脱した“不自然な性行為”を意味し、オーラルセックスや肛門性交など非生殖器と生殖器での性交を指す……曰く、同性愛や獣姦も含まれるのだそうです。
幾らVR-SEXで体験済みだったとはいえ、わたくしは皇族方の貞操観念を大きく逸脱して仕舞ったのです。
無論、皇女の……そして可能性は潰えて仕舞って、いや、自ら背を向けた未来の女帝への道は綺麗さっぱり捨て去って、一人の戦士として生きると思い定めてはいました。
しかしそれとこれとは別問題……人の道を踏み外したような肉欲に溺れる今のわたくしが、如何で以前の聡明な知り合い達に胸を張れましょうかっ!
穴があったら絶対入って懺悔致します。
そのまま即身仏になっても良い……いや、この不滅のボディではそれも無理かもしれませんが。
……祖国たる惑星インぺリウムの帝都ミナ・ブラヴァニア粛正に先立ち、事前に反クーデター派高官や華族と誅殺された皇帝の血縁、奇跡的に生き残っていた皇族所縁の人々を入牢や禁固から救出し、落ち延びさせる作戦にリーゼロッテ様の無事と手厚い看護を確認してはいました。
されど、帝都1億3000万の生贄を自ら欲した身なれば、どの面下げて会いに行けると言うのでしょう?
思えば淫らなメス官能に流され易い我が身を顧みず、まるで“ソドムとゴモラ”を滅した神にでもなったような驕りがありました。
お会いする積もりもありませんでしたが、気持ちの整理をする前に旅立って仕舞ったので、二度と御目文字すること叶わなずとも、それも運命と半ば諦めております。
華陽達の世界と違い、突発的に転移して仕舞ったわたくしとエレアノールの世界には通信用のビーコンが残されていません。
無限に広がったパラレル・ワールドの中では、位置を特定することさえ不可能でした。
たったひとつの希望は、孤児院に残された強化型防御機構のマルチプル・ターミナル、“イリュージョン・インセクト改”などに組み込まれている制御AI……メシアーズの断片が独力で進化を果たし、こちらにコンタクトを取って呉れることですが、それこそ殆ど雲を掴むような話でしょう。
オー・パーツのひとつたる“存在の揮発化”に帝都が塵と化す前……通常の運行に巧妙に紛れ込ませたフラッシュ・ウェイの専用車両や大型反重力クルーザー、旅客用高速潜水艇などを乗り継いでの脱出作戦が、極秘裏に敢行されました。
あたかも民族大移動のようにして、救出対象の方々がやがて辿り着いた新天地に用意されていた幾つかの安住の地は、ネメシス様の語るキリスト教とやらの聖典、旧約聖書とかにあるエクソダス――“出エジプト記”の逸話に因んで“約束の地”、カナンと命名されました……帝都退避の計画に携わったのはカミーラ様の配下とメシアーズがコントロールするマシナリー部隊が中心になっていたとお訊きしましたが、カナンの名称はネメシス様の発案になるものです。
斯くして無事生き残っていた顔見知りの派閥貴族と従僕や、世話になった方々は滞りなく避難を完了し、新しい自治領を打ち建てていることでしょう。
だが、わたくしは皆の者の活計の場に踏み入ることは出来ない……羞恥と言う見えない有刺鉄線が阻むから。
……母を失い、国を捨て、宿命を背負った幼年時代、帝宮殿での生活、女帝へと至る責務など捨てた過去は多く、同じように多くの知己と旧交を温めることも無いままお別れしました。
副侍女長として公私に渡りわたくしを支えてくれたコミナン伯爵家のセイラ様は慣れぬ監獄での暮らしに意識不明な迄に衰弱されていたとお聴きしましたが、健康を取り戻せたのでしょうか?
筆頭ガヴァネスとしてわたくしのみならず、わたくしに仕える者達全ての典礼を取り仕切っていらしたリーゼロッテ様も脱出行では車椅子だったそうです。
不肖の生徒としてもうお会いすることはありませんが、ご健勝をお祈りします。
悲しいことにわたくしのヘア・メイクと髪、肌の手入れをして呉れていたお化粧係のプリムラ・リットン、アリスローズ・グリフィス、ネイサン・ダルトン、エリザベート・アダム達は謂れ無き冤罪の刑罰に獄死していました。
今のわたくしに出来るのは、彼女達の冥福を祈るだけです。
小間使いのアンジェリカとナタリアは、リーゼロッテ様達教育係の目を盗んで、アーモンドのドラジェやオレンジ・ウエハース、庶民的なジンジャーブレッドなんかを一緒に摘み喰いした仲でした。
落ち延びた先で実家や親類筋達と出逢えている筈ですが、あの娘達は帝都を滅ぼして仕舞ったわたくしのことを恨んでいるでしょうか?
これまた調子に乗ったネメシス様が、“モーセの十戒”に因んでカナンの地に暮らす者達に司法律法を課しましたが、肝心の首謀者のわたくしが姦淫の罪を犯しているので、アンジェリカ達には申し訳ない気持ちで一杯です。
幾らイカれたハーレム軍団に身を置いてるとは言え、自分を見失って愛欲に溺れるなんて己れだけ棚上げした行為は、振り返れば深く恥じ入るばかりでしょう。
「ここの珈琲はヤケに粉っぽくはないか?」
「んん、そうか……こんなもんだろ?」
巡礼の道、シャザルワーン峡谷を擁する神聖国家ハキーフに措いては、珈琲と言えばもっぱら銅製のジェズヴェって柄杓型のポットで煮立てた上澄みを飲むから、粉っぽくするなってのが無理ってもんだ。
どうやらビヨンド教官の口には合わなかったようだ。
お飯事のような小振りのデミタスカップに残った煮汁を一気に飲み干すと、口の中にカルダモンの風味が広がった。
遍路の身支度を整える為の、州都最大の宗教都市であるズール・ハリーファに物見遊山を兼ねて、偵察に出ていた。
巡礼路最後の難関にして最大の難所、別名“死の谷”と呼ばれるシャザルワーン峡谷手前の街だ。
酔狂にも巡礼者は、ここから先の“死の谷”を徒歩で渡る。
身体に2枚の白布を巻いたような正式な巡礼の格好は、ミーカートと言って、ここで着替えるよう定められている。
ズール・ハリーファは古来から続く巡礼者御用達の街で、ポーションなどを売る道具屋や巡礼用具などを商う雑貨屋で犇めいていた。
基本、持ち物の少ない巡礼者達だが、命に係わるので護符の類いは欠かせないし、値が張るので庶民には手が届かないが収納魔術が付与されている頭陀袋や、呪文が使えれば際限なく水が湧き出る革の水筒も売っていると言った塩梅だ。
ここでしか売っていない魔導具なので、懐に余裕が出来た墳墓荒らしなどが態々遠方から買いに来るし、大量に仕入れて領外で売り捌こうと言う輩が後を絶たない。
「ユッスーフ達は、キルロイ詣でに来たことはあるのか?」
「ウンム蜜蜂学派は日陰者の集まりです、巡礼なんて普通の信仰は望むべくもありません」
「一生の内、キルロイ神殿を目にすることはないでしょう……私達は回々教の中では異端ですから」
ユッスーフじゃなくて、ダリラの方が答えた。
最近、こいつらのスキルアップを思いついて扱きに扱き上げてるところだが、あまり“虎の穴”みてえな生活ばかりじゃ気が滅入るだろうと、ダリラとユッスーフを気分転換にと伴った。
他のパーティ・メンバーは与えた自室で静養するそうだ。
街は活気に溢れ、まぁ無理もねえが、相当羽振りの良い商店街が軒を連ねている。店舗前の歩道は磨き上げた御影石が敷き詰められ、強い陽射しを遮る回廊状のアーケードで覆われていた。
上は住居や巡礼者用の宿になっている。
どこもかしこも混んでいるので、街外れの少し空いた珈琲屋に腰を落ち着けたが、ここも盛況で相席になった。
無論、認識阻害で目立たないよう気配を薄くしている。
「クールダウン時のサポート機構で体力を全回復してるからって、毎晩盛るのは感心しねえな、愛し合うのは自由だが、スケベも少しは自重して呉れねえと困る」
「鍛錬が進めば、リフレッシュ装置の使用は切り上げるぞ?」
どうやらここのところダリラとユッスーフが夜を徹して愛し合っている気配で、肝心の訓練前のウォームアップから太陽が黄色く見えているらしい。
「この身達が居た世界では、冒険者や武人連中だけではなく様々な人々にジョブと言う職能の加護と恩恵がそれぞれに与えられる、それは“勇者”だったり、“剣神”だったり、“聖女”だったり、或いは“農夫”だったりと色々だ……例外無くジョブ故の補正が掛かるのだが、この身のジョブは“娼婦”だった」
いつになく多弁な教官だが、何が言いてえ?
「……遠い昔、ジョブを隠して結婚していたことがある、最初の内は好かったが、亭主を騙し続けるのが心苦しくなって過去の淫乱な行いを告白した結果、結婚生活は破綻して仕舞ったが、所帯を持つと同時に子宝に恵まれていれば、また結果は違っていたのではないかと想像することがある」
「女同士では、児は孕めぬぞ?」
あまり自分のことは語らない教官だが、隠し事をしたがるタイプじゃねえ。ダリラとユッスーフに思うところがあるのか、いつになく踏み込んだ話をする。
ハーフ・エルフは人間との間では妊娠し辛いと、以前に聞いたな。
そう言う教官の眼はダリラ達を見ておらず、視線を追えば同席している親子の巡礼者を見詰めていた。
幼い子供を伴った巡礼者は珍しい。旅は過酷で、母親と十にも満たぬような坊主の二人連れだったが、おそらくここ迄来るのも楽ではなかった筈だ。
母親らしき女は随分と窶れて見えたが、子供は幼きが故に至極単純でストレート……屈託の無い無邪気さが却って疎ましかった。
茶請けに頼んだ柔らかいヌガーに似たソフト・キャンディ、ピスタチオ入りのギャズを盛った皿を坊主の目の前に押し遣る。
先程から物欲しそうに見てたのには、気が付いていた。
「坊や、良かったらあげるよ」
「よく考えたら、小父さん達、あまり甘いの好きじゃないんだ」
「えっ、いいの! ありがとっ!」
子供は正直だ……体温の高そうな声も、僅かに煩わしい。
昔はもっと子供好きだった筈なんだがな……隠れ蓑に仮初の孤児院を経営していた頃も、世の中の荒波に生き残れるよう、院の教育モットーは“狡賢くあれ、小賢しくあれ”だった。
無垢なものには、どうしても拒絶反応が出ちまう。
「見ず知らずの方に施しを頂いて仕舞って、申し訳御座いません」
母親が頭を下げてくる。
認識阻害で俺達のことは、何処にでも居る、当たり障りの無いアーリア人に見えている筈だ。
「そんな頭を下げて貰う程ご大層なもんでもねえ、巡礼の方への喜捨と思って貰えばいい」
「失礼だが、子連れの巡礼は大変ではないのか?」
雑貨商を営んでいたが、流行病で夫を失って母一人、子一人で生きて行かねばならなくなり、自分達の覚悟を神様に示す為の良き機会と巡礼の旅に出た……そう母親は語った。
それなりの美形なんだろうが、見るからに不幸属性を背負い込んじまってるようだ。ヒジャブで包んじゃいるが、髪の毛なんかも長旅で相当傷んで見えた。
「そうですか……善き信仰です」
「さっき、防具屋で指輪のビスミラを購いました、俺達は今巡礼に出る訳じゃありませんので、当面必要の無いものです、母子の巡礼に善根でお譲りしたい」
「指輪には守護の幻魔が封じられています」
いけません、そんな高価な物は頂けませんと頑なに遠慮する母親を宥め賺して指輪を持たせた。
「お二人にミトラ神の加護がありますように……」
「好き巡礼の旅を、インシャラー」
巡礼者への決まり文句で、ダリラとユッスーフがそれぞれに労いの言葉を掛ける。
店を出るときに深々とお辞儀をされて仕舞った。
坊主は菓子が美味かったと、いつまでも手を振っていた。
「ソラン、この身も指輪が欲しかった」
「……またの機会にな」
教官がこの間から、愛の証しに指輪をせがんでくる。
だが、どうせ贈るなら唯一無二無双の究極の魔導具じゃねえと、武装としての意味がねえ。
保留中だ。
「あの親子を巻き込みたくねえな、二人がジェッダ・マザリンに到達する前に“フランキー奪取作戦”を敢行する」
「門前伽藍、ウマル・ヤスリブの山門にある守護神、アンシャルとキシャルは、攻撃を加えれば加える程、第一段階、第二段階と能力を開放してくる仕組みと知れた……事前に叩いて無力化する」
「ネメシスは今、何をしている?」
「あぁ、奴なら新しい福利厚生だって、中華粥と麺、それと小皿料理や点心の飲茶フードコートのプロデュースに大忙しだ」
「……なんだと?」
「だから、“バッドエンド・フォエバー”に新しく飲茶コーナーを造っている」
「この身も、蘿蔔糕や魚翅灌湯餃、芒果凍布甸などのレシピ改善を頼まれている」
あんの野郎、“復讐の願いは吾が必ず叶える”とか調子の好いこと言いやがって、なんなんだこの仕打ちはっ!
はああぁ、溜息しか出てこねえな。
ほんと、世の中ままならねえなことばっかりだ………
ベナレスのマナ無限自己増殖炉“トライトロン”は、今もサイコニューム鉱石を産出し続けています。
それはわたくし達の広範な銀河文明全域の需要を満たす供給量だった為、エルピス=メシアーズはベッセンベニカ装甲の宇宙艦隊や地上強襲用の揚陸兵器、大型の工作部隊用ロボット、そして全く新しい用途で開発された様々な特殊造営機材などの大規模な製造ラインを建造しました。
増設した天体クラスの大型ファクトリー群は休み無くサイコニュームを消費して、超最強硬度のモビル・エクステンディッド、多脚装甲車両、空中軍艦や指揮命令船、完全マシナリータイプの機甲師団、個人用のプロテクターから多機能汎用自動小銃まで、ありとあらゆるアームズ・ハードウェアを日々吐き出しています。
それらを運営し、また実際に練兵するAI軍隊が組織され、考えられ得る最高性能の超多重構造の集積回路にも、サイコニュームは役立っていました。
やがて、それらは自動化され、今も軍備はどんどん増強されているので、例えパラレル・ワールドに全宇宙を支配するような文明圏が在ったとしても、余裕で征服出来るのではないだろうか……そうとすら思える程でした。
わたくしの魔法力強化の為に、盟主からお声掛かりがありました。
入手した“アラジンの魔法のランプ”をマクシミリアン先生が解析した結果、中から抽出した精を直接召喚魔のように使役することが可能と分かったので、ボディへの移植を打診されました。
ランプに封じられた幻魔達(どうやら、ランプには複数の幻魔神が封じられているらしいのです)を、わたくしのコアの上に特殊な異次元スロットを拵えてビルトインする……と言う施術になります。
「ESP強化プログラムは順調にお前の能力を底上げしている……念動力では可成り広範な規模で複雑な作業が可能になった」
「特に分子運動の加減速を操る方面では顕著で、このままいけば発火現象のレベルでは後数年で、ごく小規模だが宙域レベルのスーパーノバを生み出せる迄になるだろう」
気恥ずかしいので顔には出せませんが、頑張りを正当に評価されるのは素直に嬉しいものです。
「だが魔術の方面では伸び悩んでいる……お前達の世界では、機械的な迄に無駄の無い機能最優先の考え方が浸透していた、実用主義一点張り、機能性に勝るものは無い、と言った価値観がお前の骨の髄まで染み付いている」
そう、魔術とは畢竟、強く確固たるイメージがフォーカスした結果で成り立っている……ですが、それは私の弱点です。
「エクストリーム・テクノロジーの常として、いつの時代も合理性こそが正義だった……だが、果たしてそうだろうか?」
「技術が飛躍的に進化する……次のステージへと押し上げ、革新的なアプローチへとスパイラルアップさせる原動力は、限られた天才のイマジナリィ・センスと発想力だった筈だ」
「現実を改変する魔術とは詰まるところ、自由で奔放な表現力に他ならねえ……お前には少々それが欠けている」
弱点は分かっていても、どうにもならない場合があります。
友人の少ないわたくしでは他人から指摘されること自体が少なかったのですが、どうやら自分の性格は杓子定規なのではないかと薄々感じていました。
「エレアノールには最も強力な守護神にして、ハルモニア・ムジカの一柱たるウーラニアを憑依させ、魅了の魔眼……“魔性の天眼”と名付けた10億倍の威力の魅了スキルを与えた」
「特に“魔性の天眼”は、ネメシスに封印させてある死んじまったクズ勇者、トーキョウ・トキオの卑怯な糞雑魚スキル、“魅了・催淫”なんざあ比べ物にならねえレベルだ……この星程度の人口なら、全員を発狂させることが出来る」
お前にも地力の底上げをして貰うぞ……絶対死なないレベルまで到達して貰う。それが、俺に着いて来る為の最低限の必須条件であり至上命題だと、盟主はおっしゃいます。
ご自分が嘗て失って仕舞われた、平凡が故に真の価値ある暮らしを取り戻すことはもう叶わないけれど、だからこそもう二度と、決して失う訳にはいかないのだと……その中にはわたくしも入っているのだと、おっしゃいます。
壊れていると自覚出来るようなら、お前はまだ変われるとも……
「悔いるな……全てを賭けて死ぬ気で強くなると決めた身に、今の己れを否定する後ろ向きな卑屈さは、魂を腐らせる」
「皇族の出自がそうさせるのかは知らぬが、お前には喜怒哀楽を素直に表現する才能が少し足りない、それは一面、戦士としての素養にはアドバンテージになるかもしれねえが、魔導士として大きく飛躍する為には逆にマイナスになる……ランプに封じられた48の最強幻魔神、見事使い熟してみせろ」
これで良いのだろうかと言う思い悩みと葛藤は、確かにわたくしの足を引っ張ります……でも、理屈ではない。
「願いがあります……」
「……言ってみろ」
「ご承知のようにわたくし共のボディには、破瓜の痛みを体験する処女膜は実装されておりません」
「えっ、だってお前、二つ名が“紅蓮の処女膜”とかって……」
「わああああああああああああぁぁっ!」
なんで、今それを指摘されなければならないのでしょうかっ!
「おい、漫画みてえに両手をブンブン振り回すな……拳まで握って……子供みてえだぞ」
仕舞ったっ……盟主が顳顬をひくつかせていらっしゃる!
「大体、エレアノールとの同性愛じゃ、スカトロとか可成りハードなプレ……」
「うっわああああああああああああああああぁぁっ!」
なんでっ、なんで、盟主がそこまで詳しく知ってらっしゃる風なのでしょうかっ!
「え、なんでってお前、エレアノールの奴は新しいテクニックって言うか、レズの新技を開発すると必ず得意満面で俺のところに報告に来るぞ?」
「この間も互いのボディに粘膜質の感応触手を50本も生やし……もしかして内緒だったのか?」
ああああああああああぁっ、筒抜けやんけええええぇっ!
過去の因縁をも見通す透徹眼を持つ盟主に隠し果せる秘密なぞ存在しないと言うのに、それ以前に盟主好き々々に心酔するエレアノールのバカチンが、わたくしとのことを自慢気に喋っていたなんて!
「……まあ、プライベートだから口喧しくは言わんけど、初心者なんだからもそっとソフト路線がいいんじゃねえか?」
楚々とした淑女の純潔を善しとする今迄の心情を別にしても、若い内から白目を剥いて泣き叫ぶような過度の変態淫蕩に耽るのは、少々宜しくないらしい。
……至極もっともなので耳が痛い、恥ずかしい。
結局、虚脱状態のわたくしは放心したまま、自分の願いである“限界突破エクスタシー”のことは、口に出来ませんでした。
ビシャーラ組合長は、その大きな頭と丸々と肥満した身体を揺すりながら、鼠色に汚れた汗拭き用の布切れで、引っ切り無しに滲む汗をせわしなく拭き取っていました。
生まれながらの性癖なのでしょうか、恰幅の割には妙に齷齪と落ち着きが無い男です。
「それでですね、出来ますれば、葡萄畑や果樹園の補修に人手や金を充てなければなりませんので、魔物の討伐に傭兵団を雇う助成にもう少し融通して頂ければと……」
パンパンに膨れ上がった、本来ゆったりした筈の男物のトーブがはちれそうで見苦しく、下膨れの頬に揺れる八の字髭が滑稽ですらありました。可畏き脂ぎった太り過ぎの中年男の癖に、女のような甲高い声が癇に障ります。
あまりにも歯茎を剥き出しに喋るので、黄ばんだ乱杭歯が気になって仕方ありません。
どのようにすればこのように無節操な男が出来るのか、最初はなんの考えも無く、唯見入るように観察していました。
ふと、妙な考えが浮かびました……今、目の前に居るこの男は本当に見た目通りなのだろうか?
視覚を奪い、謀る魔術と言うものは存在します。
私は徐々に眼を凝らしていきました。
妙な違和感があります。
すぐに気が付きました……およそ、この世界の人間は生まれながらに精霊力と言うものを持っています。
幻魔を従え、生活魔術を行使する為の精霊力……人は誰しも、大なり小なり精霊力を持って生まれる。
そんなことは常識上在り得ないのだが、目の前の肥満漢には精霊力が一切無い!
私の五感と、第6、7、8、9のセンスを総動員して更にもう一度目を凝らしました。私が今、見て聞いて、感じているものが真実ではないと言う疑いの目で見て掛かれば、なんとビシャーラ組合長の不恰好な姿がユラユラと揺れ始め、透き通るように薄れていきます。
そして奥から浮かび上がるのは、可笑しな言い方ですがドス黒く光る混沌の暴力のような、強い意思の塊を放つ隻眼でした。
喝破したその瞬間、高度な認識置換の術式は消え去っていました。
そこに居たのは、太陽のように囂々と燃え盛らんばかりの精霊力を身に纏う鬼神でした。
結跏趺坐に足を組んだまま、少し見下ろす高みに浮いています。
凄まじい迄の気圧です……まるで周りの何も彼もを、その磁力のような狂気に呑み込んで仕舞うと思われました。
48億年分の記憶と経験、この世界を創ってきたとの自負を有していても、咄嗟の奇襲に狼狽えず、冷静さを保った私は自分で自分を褒めて遣りたかった。
掛け値無しに世界を滅ぼすレベルの魔王です。
“ソロモン王のダンジョン”で相まみえた、触れてはならないシィエラザードの隠された秘密にすら迫らんとする、おそらくは異世界からの異端の侵略者……あの異なる者です。
「グローリー・バイトバインドッ」
即座にヤオクが奇怪な光の縛鎖に縛られていました!
疾いっ!
身構える間も無く刹那の狭間に、どうやら不死身の怪物戦士、ヤオクの真の力を開放する機会を失したようです。
「あぁ、思った通りそいつの魂はお前にイニシャライズされてるって訳か……」
一目で見破ったと言うのでしょうか?
「ギガントマキアって怪物は、頭を潰され、心臓を焼かれても再生するそうだな……だが、その聖属性の光の輪、9本は再生するキメラ細胞を、端から侵食していく」
「固縛対象の魔力……精霊力を奪って、締め付ける力に変換する」
「その固縛からは絶対に逃れられんぞ」
見事な迄に堅牢で複雑な術式は、構造が分かったからと言っておいそれと解体も、対抗魔法も叶わぬようです。
私の臣僕――側に置いた守りの要は唯々、身動き出来ぬ固縛魔術の妙に呻いて、踠き続けました。
「夢も希望も、過去も未来も何も彼も捨てて、唯復讐と言う闇に生きている……追い求めているものが、何故ここ迄に困難を極めているのか全く理解が追いつかねえが、厄介であるが故に、絶対に負けない強さと言うものに固執している」
異邦からの侵略者、その正体はもしかすると復讐者と言う名の偏執狂なのかもしれません。
「世に隠れた秘密があるならば、これを執拗に暴いてみたくなる」
「端から見りゃあ迷惑千万なお騒がせ野郎どころか、謎に満ちた不可思議に異常に執着する神秘フェチの性格破綻者だ、きっと真面な奴等からすれば虫唾が走り反吐が出る類いの人間だ……いや、もう人ですらねえ」
「……あまり褒められたものじゃねえ」
強く印象に残る異形の者……顔の半分は、複雑な造作の仮面で覆われて、短く刈り込まれた漆黒の髪は硬く尖るように立ち上がり、ひとつしかない黒い瞳は暗く深く沈んでいるのに、相反するように爆発するような強烈な光を放っているように感じられました。
眉間に深く刻まれる皺と吊り上がる眦に、沈痛とも憤怒とも覚える怖気を震う不気味な異相は、それだけで気の弱い女、子供であれば癇症を起こすかと思われます。
額に刻まれているのは……あれは、多分蝿でしょうか?
「成程、肉体は有限だが精神は無限……原初からの本家、48億年分の知識は伊達じゃなさそうだ」
「にしても、原始人や類人猿と目合うとはな、恐れ入る」
過去の苦労を嗤われる謂れはありませんが、何も彼もお見通しと言う訳ですか………
「48億年に渡る苦難と葛藤、芽生える懐疑と苦渋の決断……確かに、ものに動じなさそうな人格が出来上がるのも首肯ける」
相手を正しく認識したことで、声までが違う。
一度接触した限りでしたが、とても印象に残る、あの悪声でした。
彼の者の一言々々は、伝えようとする内容奈何に拘わらず総てが苛烈で凶暴な意志と威を伴って、こちらに突き刺さります。
圧倒的な負のエネルギー……目の前の男は、そのような者でした。
最初の邂逅の時に既に知り得ましたが、尋常ではない。
「普通、思索的になればなる程積極的な能動性は死ぬものだが、お前の場合はそうじゃねえ……実に遠大でスマートな遣り方は、躍動感に溢れてさえいる」
「形は違えど、繰り返されるビスミラ争奪戦役は、強力無比な幻魔の怪物を生み出し続けた……手を変え品を変え、争いの火種をそれと気取られること無く巧妙に仕込んでいく技、最早芸術的ですらある」
「ベナレスの地下深く、1000階層を打ち抜いて何十億年を遡れる時間逆行移動装置を造った……お陰でハイパー版フリズスキャルブの探査は、より完璧に近くなった」
「無謬、無辺の本家シィエラザード……俺達の世界にも、影から世界を操り続けるヘドロック・セルダンなる稀代のフィクサーが居るらしい……お前と言う存在は、何処か奴に似ている」
気が付けば身に着けた全身鎧が、最初の時には見られなかった不思議な変形を繰り返しています……何処かが尖れば、何処かが凹むと言った不規則で不気味な動きです。
一体なんの意味があるのでしょうか?
「たったひとつの願いを叶える為に、流離っている」
「復讐と言う徒花が美しいものであって良い訳がねえ……だから真っ当な世間とは敵対する修羅の道を選んだ」
「……世の中の道理に背を向けた、呆気者だ」
「暴力と蹂躙と、血に狂う姿こそ、復讐者には相応しい」
何を言ってるのかちょっと分からない。自分語りか?
謎掛けなのか? 問答か?
「俺も、死んじまったスケコマシ勇者もどうしようもねえ屑犬かもしれねえが、俺は俺の想いを必ずや遂げる」
「もっと先へとか、更なる高みとか、激しくどうでもいい……だがパラレル・ワールドを渡って行く航法の秘密が手に入るのなら、そいつは咽喉から手が出る程に欲している」
いえ、そんな筈はない……少し狂っているかもしれないが、神の如き巨大な理性が犇々と伝わってくる。
それが証拠に、フランキーがなんなのかを正確に言い当てている。
「故あって遠回りをしてまで復讐に血道を上げる俺は、すげえちっぽけな奴なんだって思えることがある……自分自身を灼き尽くすかと思える程のネガティブな情動にのめり込み、身を窶し、狂奔する意味を考える」
「詰まるところ俺は、未だ見ぬどんなに強大な脅威に対峙しても、大白痴な俺の小さな恨み節は劣ってねえと、虚勢を張りたいだけなのかもしれねえ……」
「愚かしくも迷走する復讐行に流浪している……その内、神罰が下るかもしれねえな、だが俺達にはそれを喰い破る準備がある」
圧倒的な力の塊となって、その者は何物にも翻すことの出来ない灼け付くような意志の奔流で全てを押し流そうとする絶対神の如く、私の目の前に居ました。
どんな生い立ちの者なのでしょう?
「片時も忘れたことの無い憤怒と憎悪と焦燥が、俺をここまで連れて来た……振り返っても生き方は変えられないので、振り返ること自体を無駄と考え放棄した」
「義も徳も無く、忠も無く、人の心も捨てた……正しきものには背を向けて、目的の為には手段を選ばないと決めている、故に欲しいと思ったものは例え世界を滅ぼしてでも手に入れる」
「“躊躇いなく奪うもの”……そう呼んで呉れてもいい」
殊更小者を気取る粗雑な言葉遣いには何故だか、巨大な何かに真っ向闘いを挑む覚悟……そんな気概が感じられ、一刻も早く逃げ出さなければならない筈なのに、知りたいと言う切実な好奇心が抑えられません。
「慧眼だな……完璧に魔力を抑えたのが却って徒になったか?」
この落ち着いた物腰……見破られるのは、想定内だった筈。
「普通に生きて死ぬ……通常のスパイラルから逸脱した存在に少し興味が湧いた」
「命の輪廻から隔絶し、幾多の影の隠世を創り出し、現世の趨勢を操る、壮麗なステージ・クリエイターのような者……だが本家シィエラザードこそが唯一、48億年前の原初より存在している」
シィエラザードの真実、何処まで知ったのでしょうか?
「……ベナレスの技術を導入したことにより、メシアーズの時間遡行機能は大幅にアップしている……会ってきたよ、既に解体して消滅した組織だが、理解不能な“プロジェクト・フランキー”の発案者にして、この稀有なる世界“アリラト”の運営を企画し、設計思想を開発した“ウテルス・フランキー”設立共同研究会の最高総責任者にして計画の総指揮者、オルク・スティーブンソンって奴にな」
「まっ、なんてえか、馴染みのある名前と裏腹にバルタン星人みてえな見た目の野郎だった……ぜってえ、あいつは昆虫系の知的生命から進化している」
原初まで遡る技術にまず驚愕する。
だが、私が心底瞠目したのはそこではない。
バルタン星人と言うのが何かは分からないが、オルク・スティーブンソン……懐かしい名だ。
この世を創り賜いし創造主にはもう、目通りは叶わぬだろう。
そして神との対話……膨大な知性との意思疎通は、人類一個人には到底為し得ぬ筈なのだ!
「“フランキー計画”……複数の幻魔大神を封じて強力なビスミラを創るってコンセプトは、“アラジンの魔法のランプ”に示されている」
「いや、寧ろランプの方が後発組の劣化版だろう」
「神話級の古代幻魔、“掠奪の魔神”、“暴食の神”、“匪賊、透破の守護神”、兎に角凡ゆる盗神の類いが統合されていった」
「非カルケドン派、だったか……何処からそう言う結論が導き出されたかは謎……いや、流石に考え方が異質過ぎて理解不能だったが、盗賊神こそ幻魔の王道と、時間を掛けて最強の幻魔器物……所謂、究極のビスミラを創り出そうと考えた」
察するに、どうやら時を遡ったと言うのも、あながち眉唾では無さそうです。
私達の世界の真の目的を理解している。
「オルク・スティーブンソンの主唱する“幻魔加速計画”の一環として、人々の想念……強い想念が幻魔を生み出すとした基本思想は、この“子宮世界”の実験場が証明した」
「繰り返される争いと戦争、強い妬みや恨み、憎しみと言った負の感情が精霊素に反応して新たな幻魔を生み出す」
「……だが、長きに渡り人々の営みを見てきたお前は、やがて争いを好まなくなった」
「“祈り”と言う想念を高めれば、ネガティブではない想いで幻魔を育てられると考えたお前は、キブラの方角、キルロイ聖域神殿に“フランキー”を受け皿として封じた……この封印術式が複雑なメイズのような構造でさしもの俺達も解除に手間取りそうだ」
あぁ、そこ迄暴き出したのですね。
だが鍵になるモルジアナの魂は、現時点では失われて仕舞った。
「“大魔法使いシィエラザード”を名乗れるのは本家だけ……それは矜恃でもなんでもなく、本家こそが一番古く、原初から続く起源の家系だけが代々の記憶だけではなく能力も引き継がれるからだ……例えそれが望まぬ力であろうとも」
あぁ、この男だけが誰よりも真実の私を理解している……そう思えた瞬間でした。この男のことがもっと知りたいと、心から切望するのをどうしたら分かって貰えるでしょうか?
「俺の正体なんざ知ったところで然して面白くもねえし、俺自体は傍迷惑な愉快犯みてえなもんだ、名乗る程のもんでもねえ」
「唯、尽きせぬ恨みと邪魔する奴らを薙ぎ倒す為の力を手に入れるちょっとの努力、それが今の俺だ」
「……今日来たのも他でもねえ、霧散しちまう前に鍵であるマルジャーナの魂を回収出来る因果性データを収集する為だ」
あぁ、矢張りそうなのですね……そのような気配が在ったので、もしやと思ったのですが、最高難度の複雑堅固な防護郭を組み上げているのに、私の考えは今現在進行形で逐一読まれている!
もしやと思いましたが、死んだマルジャーナの魂を回収して蘇生を企んでいるのでしょうかっ!
男の言葉とは裏腹に、物語絶対の因果律に支配されない存在自体が最早尋常ではない……その異常性が分からないのでしょうか?
「何を言うかと思えば……膨大な記憶がある分、実戦経験も、複雑精緻な深謀遠慮も並みじゃないってか?」
「何十億年の記憶と経験則があって、今なお己れの責務に疑問を差し挟むことも無かったのは見上げた根性だが……幾ら神になるのを拒否しても、それだけの長の年月を生きた魂が脆弱で矮小な筈がねえ」
正確に言い当てている……この恐れを知らない尊大さも何も彼も、この男にこそ相応しい言動でしょう。
信じられない程の強大で圧倒的な実力に裏打ちされている。
もしやすると、一見無意味で無駄に思える応酬も逐一緻密に計算され尽くしたものかもしれません。
「買い被り過ぎだ……お前の膨大な記憶や知識、情報を残らず全て覗き見したとして、お前を理解したとは言えねえのと同様、俺が幾ら言葉で狂おしいと訴えても、俺の本当は伝わるまい」
そうかっ、この男の瞳の奥底にあるのは深い絶望の色だ。
「その微動だにせぬ物腰、見た目に依らず、胆力もスタミナも自信がありそうだな?」
「……死ぬのを恐れちゃいないってのは俺も一緒だが、種を明かせば常日頃ローインパクトを心掛けてる小心者だ、まぁ、詰まるところ歩く環境破壊かハルマゲドンとでも思って貰えばいい」
せせら嗤った気配がありました。
自身に対してのものなのか、こちらを嘲笑ったのかは判別出来ませんでした。
「だが同時に、お前に使命があるように俺には目的がある」
「復讐という悲願を成し遂げる迄は、絶対に死なねえって決めている……例えこの先、何があろうともだ」
「即ち勝ちを得る為にはどんなに卑怯な手だろうと躊躇わない……そこに人としての当然の倫理や尊厳は既に無く、況してや正義なぞあろう筈もねえ」
「お前が目にしているのは、人の道なぞ疾っくに捨てた修羅が化身……お前なぞより遥かに冷酷非常」
回々教徒が日々礼拝するキブラの方角に、キルロイ神殿はある。
キルロイ神殿を更に取り囲むようにして在るハラーム・モスクへの大巡礼、ハッジは巡礼月に行われるが、今年の巡礼月はジュナル歴で大旱魃の夏季に当たっていた為、巡礼者の行き倒れが続出していた。
世界中の回々教徒が、一生の内に一度は聖地ジェッダ・マザリンがあるシャザルワーン渓谷を訪れるが、四方を砂漠に囲まれた峡谷は別名“死の谷”と呼ばれる過酷な、鳥も通わぬ茫漠とした環境が何処迄も続いている。
回々教徒に取って巡礼は義務であるが、それはまた同時に己れの信仰を神に示す難行でもあった。シャザルワーン渓谷の其処彼処には、巡礼の途中で果敢無くなった白骨が打ち捨てられていた。
中には五体投地のまま朽ちた亡骸もある。
また巡礼中は白布に身を包み、物忌みや様々な制約に縛られる。
喫煙や悪態を吐くことや、冒涜的な言葉を口にすることは禁じられて、世俗的な柵は断たれる。
ジェッダ・マザリンがある神聖なる禁域、ウマル・ヤスリブには荘厳な山岳伽藍があり、一年を通じて預言者の誕生祭や様々な宗教儀式がある為、いつでも参拝者で溢れ返っていた。
毎年判で押したように起こる将棋倒し等の死亡事故で、少なくない信徒の命が失われる。
四千にも及ぼうかと言う豪壮なるモスクと寺塔、礼拝の為の斎戒沐浴の泉水堂などが連なる大伽藍は、偶像崇拝の徹底排除の教義の為、神像やイコン、曼陀羅に類するようなものはほぼ見当たらず、唯々極彩色の緻密な幾何学模様で埋め尽くされていた。
聖地への入り口、ウマル・ヤスリブの山門には左右に身の丈80メートルにも及ぼうかと言う巨大な青銅製の神像が守護しており、誰もその正しい出自を知らないが、おそらくは古代バビロニア神話に登場する多神教時代の天空神、“アンシャルとキシャル”ではないかと伝えられている……男神をアンシャルと言い、六つの巻き髪を持つ男の姿を模してあり、隆と屹立する見事な男根と顔には抽象化された顎髭があった。
一方、女神キシャルは同じような六つの巻き髪を貯え、両の乳房を剥き出しにした姿をしていた。
伝承に拠れば、一度異教徒の軍勢が攻め寄せれば、まるで金属ゴーレムのように動き出し、ウマル・ヤスリブの守護者としてこれを撃退したとある。
その日も相変わらず殺人的な賑わい振りを見せていたジェッダ・マザリンを中心に戴く、ウマル・ヤスリブの界隈で蝟集する……山容に点在する市街地を含めれば、聖職者や寺院の宿坊を預かる下働き、それに人口の大半を占める参拝者と巡礼者の数は、軽く300万を超えていたと思われる。
照り映える陽光の下、この星の過酷な環境に順応した人々も聖地と言う密集した熱気に、多くが半ば朦朧としていた。
だから日輪の中に、その影が落ちたのに気が付いた者は殆ど皆無だったと言って良い。
地上に落ちた影に最初に気が付いた巡礼者の数名が、空を振り仰いだと同時に悲鳴を上げた為、初めてウマル・ヤスリブ全体が、怪異を知ることになる。
この星の人々が知る由も無かったが、それは惑星の質量を無視した亜空間移動で大気圏突入を果たすフリゲート・クラスの地上強襲用揚陸特攻艦、“巨人竜7号”と呼ばれている。
逃げ惑い、泣き叫ぶ聖地の巡礼者達を全く歯牙にも掛けず、特攻艦の銃座のひとつが眩い光線を放ち、聖都ウマル・ヤスリブの参礼門を守る“アンシャルとキシャル”の守護神像を、その天然の要害であるV字谷の懸崖と石積みの防護壁ごと消し去った。
とばっちりを喰った少なくない数の死亡者と力無く呻く負傷者で、聖地への入り口近辺は阿鼻叫喚の様相に陥ったが、“巨人竜7号”は気にした様子も無く、すぐに飛び去った。
(……01001、00101、データ収集完了、当初の目的は達成しました、00011101)
メシアーズからの報告を受け取る。
引き時か………
「物語の筋書きを幾通りも用意するのが得意だそうだな……お前に取って策を弄するのは息をする程、自然な行為なんだろう?」
「だが俺達も無策でお前に逢いに来た訳じゃねえぜ」
「準備万端整ってと言う訳ですか、盗難予告と宣戦布告をしに来た意味は、“黙って指を咥えて見ていろ”と?」
肝の据わった女だ……隙あらばこちらを阻止する気満々だ。
態々類い稀なる美貌を、酔狂にも偽って……超訳分からん。
「数千万のシナリオとイベントを同時並行するのは称賛に値いするだろう、だがそれとは知らずだがダリラの呪いは解いた……お前の仕込んだ策は、既にレールを外れたぜ?」
「もっともマルジャーナを失ったのは後の祭りだったが……」
「……あなた方の狙いは分かりました」
「ですが、マルジャーナの魂をどのような方法で回収するのかは知りませんが、入れ物である肉体は失われている」
「黄金の髑髏、“ベナレス”には超高度な有機質再構成装置がある、フランケンシュタインみたいにはならねえから心配するな」
フランケンシュタインって言っても分からねえよな。
「生前と寸分違わねえ肉体を用意出来る」
「それとだ……俺達のようなイレギュラーが出現した際に準備されているだろう緊急対応策用の考えられ得る凡ゆる迎撃プランと復旧プランを潰してきた」
「ベナレス……まぁ、ちょっとしたマナ・エントロピーの不可逆消滅に抗った神々の遺産なんだが、そこの施設に残された未知の技術をちょっと利用した」
「可能性のあるプラン総てをシュミレーションし、実現可能な順に優先順位を振り分ける演算ファシリティが弾き出した上から100通りの答えに対処している……うちのメンバーには分身出来る者も何名かいるし、些細な妨害ならオート駆除機能で事足りる」
「どれ程明敏な頭脳、不屈の叡智を手に入れようとも、世界の真理なんぞに興味はねえ……だが“フランキー”、態々ひとつの世界を創造してまで得たいとしたパラレル・ワールドの秘密を解き明かす呪物が本物なら、話は違ってくる」
「そいつは俺達が、咽喉から手が出る程に、欲しいと願っているものだからだ」
「最初、この世界に転移したときに生体反応のある星系はすぐに分かったが、念の為他の銀河系に探査イクイップメントを放った」
「結果、成功例はここだけだ……」
「なんの偶然か、選りにも選ってこの創られた特異な世界に転移して来たのが、何処かの糞っ垂れな大いなる存在の導きなのか、それとも悪運に好かれた俺らの貪欲な引きの強さなのか……どちらでも構わねえが、究極のビスミラ、“フランキー”がバルタン星人の意図した通りパラレル・ワールドの真理を盗み取れる程のものなら」
「……是が非でも手に入れる」
無駄な足搔きなのに、シィエラザードが思考の中で幾つかの挽回策をシュミレーションし出すのが分かった。
「人為的に創られた世界とは言え、そこに営む生命に罪はねえかもしれねえ……だが、神に祈るだけしか能がねえ他力本願の愚物共はいけ好かねえ、神の子になりたいから煩悩を捨てようなんざあ、本末転倒もいいところだ」
少しこっちの本気を見せておく必要があるかと、軽く気で嬲って遣ったら、然しもの48億年女も本気でビビって言葉も無かった。
「バーニングノバ・エクスプロージョン」
駄目押しの示威行為に極大魔法をお見舞いする。
オレンジ色の巨大フレアが音の伝播速度を凌ぐ猛スピードで膨れ上がり、東西南北あらゆる方向に大陸の端まで一瞬で嘗め尽くした……生けとし生けるもの、街もオアシスも、寺院も王宮も、野生動物のコロニーから穴倉の魔物迄、総てが燃え尽きて消し炭になる。
あまりの高温に地表は溶けてドロドロになり、過激な災害に熱波が惑星規模の上昇気流を生み出して大気圏が渦を巻いて爆散する。
だが次の瞬間、俺が時を巻き戻したので、総ては元通りになった。
「幻術じゃねえぜ、事象をキャンセルしてみせただけだ」
案の定、瞬間的に“影の次元”とやらに退避してみせた本家シェラザードは、破滅の規模と被害、そして暴威の爪痕が綺麗さっぱり消えてなくなるのを、お得意の感覚器官とやらで見たか、感じたか……すっかり血の気が引いた様子だった。
どんなに特異な異空間に逃げ込もうとも、こちらからは丸見えだ。
48億年の間に数え切れない程の人の生き死にを見、争いの火種を振り撒いて、火に油やガソリンを注ぎ続けた強靭な狂気の持ち主が、少なからず動揺する様は其れなりに見応えがあった。
「この星程度なら、いつでも好きなときに滅却出来る……塵も残さねえ迄に質量ごと消し去れる」
「目的の為には勝手ご免を押し通すと決めているから、抗ってみせたところで無駄だぜ……フランキーは頂く」
「キルロイ聖域神殿で待っている」
何かを言いたそうにするシィエラザードを置き去りに、長居は無用と早々に立ち去り掛ける。
「あぁ……折角逢いに来て、茶の一杯も喫せぬは非礼だったな」
「礼を欠くのはいつものことだが、お暇する前に、さっき飲んでいたマラミーヤ茶を一杯所望しようか?」
茶の催促と共に初めて俺は蓮華座を解いて、床に降りた。
「ガキじゃねえんだから、殊更説教めいたことを言う気はねえ」
「だがな、ヤリたい盛りの若えカップルでもあるまいし、俺達が言える立場じゃねえが何故そこまでセックスに固執する?」
「ユッスーフもユッスーフだ、金で複数の男や女を買ってまで快楽に溺れた奴は同じ轍を踏んでまた裏切るぞ、何故それ程ダリラの不実に寛容なんだ?」
プライベートに口出しするのは大人気ねえが、二人の荒淫が目にあまり、訓練にも支障が出るレベルなので釘を刺すことにした。
「お前、女の性欲を嘗めておろう……古来、灰になるまでと申しての、五十の茣蓙掻き、女の願望は尽きせぬものよ」
「200万年、エロ沼に嵌って生きた吾が保証する」
「天然淫乱のおめえの意見は参考にならねえ、黙ってろっ」
横から割って入る、外見だけ清純天使のエロ馬鹿は即座にシャットアウト……大体、200万年の殆どをアストラル体として過ごしたてめえの憑依した相手は、中には女も居たかもしれねえが大概が男だった筈だろっ……そう訊いてる!
見た目が極上の天使の癖に、実のところ中身は究極の肉便器のネメシスが私見で庇おうとするのを秒で黙らせた。
見た目とのギャップは、もう嫌味のレベルで、年がら年中ビッチ発情してるこいつの横槍を聞いてたら話はややこしくなる一方だ。
スンとした顔付きで、今は背中の羽を仕舞い込んで、黒光りするラテックスのようなボディスーツにクロム鍍金みてえな鏡面仕上げのショルダーやレガースのようなコマンド・アーマーを装着してる……船内標準装備のユニフォームだから、所々にワンポイントの蛍光レスキューオレンジが入ってる。
オリジナルの個人装備に拘らず皆んなと揃いの格好なのに、こいつは強烈な迄にこいつだった。
相変わらず憎たらしい。
「こいつらの真似をしようなんて夢々考えるなよ、女の機能を魔改造するような奴等だ……真面である訳がねえ」
「精力的に一般の人間が耕運機のショボい発動機だとしたら、こいつらのはスーパーチャジャー・フルスロットルの百万馬力怪物エンジン並み以上だ、比較にならねえ」
故あって拾った墳墓荒らしパーティ、“あばずれダリラ”の連中5人を放逐する前に、申し訳程度だが鍛えることにした。あまりヘナチョコ過ぎて、すぐに死んじまいそうだったからだ。
滞在してる間に、こいつらが過酷なシノギに少しでも長く生き残れるように、武器術、体術のレベルアップを図って稽古を付けてるところだ……ベナレスに移動して、時間停止空間を利用しての修行は通算で4、5年は演ってる勘定になるか。
いっそのこと肉体改造しちまうか、この世界じゃあまりポピュラーじゃねえ高位魔術を伝授しようかとも思ったが、後々のことを考えて控えることにした。
その代わり、脅して賺して精進させ、どうにか初歩の武技と運足の迅歩は中伝まで辿り着いた。まぁ、その間にどいつもこいつも2、3回は絶命してるがな。
獲物も、暗器に至るまでベッセンベニカ鋼謹製に差し替えたし、使役する幻魔神も底上げした。
神経も擦り減らし、体力の限界まで扱き抜いてるのにダリラと女同士の愛人関係にあるユッスーフは、体力と好き心は別腹と言わんばかりに夜な夜な愛し合っていた。
この頃、新婚夫婦並みに盛りの付いたアンネハイネとエレアノールでさえ毎晩って程じゃねえ。
そんなにセックスが好きなのか?
こっちが真剣に修行を付けて演ってるってのに……ほんと、女ってのは何処までも身勝手な生き物だ。
「とっかえひっかえうちの連中の相手をしてる俺が言えた義理じゃねえかもしれねえが、も少し慎んだらどうだ……禁忌の壁が低いのは決して褒められたことじゃねえぜ?」
遠回りしてる復讐行に、それぞれ付き従う女共に報いる為とか、ほっとけない理由とか、成り行きとか色々だが、抱き続ける俺にも逡巡する気持ちはある。
「あまりお勧めはしねえが、なんだったらセックス依存症のカウンセラー、受けてみるか?」
「……いっ、淫乱なことはそんなにイケないことなのですか?」
その時、思いも掛けずアンネハイネが割って入った。
「おっ、女が自ら惨めな痴態を晒すのはダメなのでしょうか?」
「いや、ダメってこたあねえが、格好悪いだろう」
あまり人様に晒せるもんじゃねえ。
「格好とか、体裁とか、見栄とかどうでも良くありませんか?」
珍しく喰い下がるな。
「……戦士とはすべからく禁欲的であるべきだと思っている」
「己れの欲望に打ち勝てねえようで、如何で立ち塞がる強大な敵に対峙出来ようか?」
「矛盾して聞こえるかもしれねえが、俺に付き合って地獄まで行く覚悟の発情牝犬軍団、簡単に居なくなって貰っちゃ困るんだ……だからこそ、最強を求めている」
「二度と大切なものを失う訳にはいかねえ……俺の前から居なくなるな、いいな!」
「わたくしの望みは“限界突破エクスタシー”です」
はああぁ、溜息しか出ねえな。
人間らしさをひとつずつ失っていく俺だが、近い将来、何かと引き換えに溜息を吐く権利も失っちまうのかもしれねえ。
多分、後に残るのは復讐に狂って、何か訳の分からねえものに成り果てた残骸とも呼べぬ代物だ……そんな考えが頭をよぎった。
「女の純朴さを信じられなくなった俺が悪いのかもしれねえが、もう戻れなくなるぞ?」
「それでも知りたいのです……わたくしが付き従う方との絆を」
「真面じゃねえ交尾に狂う女に、碌な末路が無いとしてもか?」
「分かっています、例え後戻りが出来なくなったとしても、わたくしもその先を見てみたい」
「常識外の愛情で結ばれている皆様に、常識外の絶頂が必要ならばわたくしにもそれを知る義務があり、また羞恥の極みの中にこそ官能共有があるならば、そこに踏み込む権利がある……わたくし、悪い子になっちゃったので知りたいのです」
真剣な顔で見詰められれば、一番歳若いこいつの覚悟を無碍に断る訳にもいかなくなった。
ダリラ達の多淫を諫める積もりが、とんだ藪蛇だったが、今度は肝心な当事者であるダリラが、問わず語りに幼い頃の身の上をぽつぽつと話し出した。
「物心つく頃は母と二人、砂漠を彷徨っていました」
「母も器量が好かったので、同僚の娼婦に疎まれることも多く、ひとところに定着することが叶いませんでした」
「思い出すのは荒凉とした静かな砂漠……自分達の息遣いや駱駝の歩む足音、微かな風の音、それにサラサラと崩れる砂の気配だけが支配する寂しい世界です」
「街から街への旅の空に遊び相手の仲間も無く、同い年の子供と仲良くなる機会も少ない、そんな生活です……長じて、人一倍人恋しくなったのは、そんな幼少の生い立ちのせいかもしれません」
要約するとそんな話だったが、だからと言って愛欲に溺れる言い訳にはならねえし、同情する余地もねえ。
「……一日一回、10分だ」
「これ以上お前達の生き方に干渉する気はねえ……何の為に生きるのか、お前達の主義主張に踏み込むからだ」
「だがな、理性を手放し、肉欲の快楽に狂喜するときのアホ面を、一度冷静になって互いに見てみるといい……醜く歪む表情は真面な生き方とは真逆なもんの筈だ」
「俺の中でのコモンセンスだが、セックスは人を阿呆にするし、無防備にもする……深く集中すれば10分で充分な満足を得られるようになる、騙されたと思って精進してみろ」
内の連中は、確かにもっととんでもなく過激な荒淫を好む。
だがしかし、口説いようだがサキュバスの突然変異種並みに精力絶倫過ぎて参考にならねえ……きっと一般から見たら、こいつらのは普通のセックスとは似ても似つかない魑魅魍魎の百鬼夜行が如き修羅場で、骨の髄まで肝を冷やすに違いない。
こう言う場合の比較対象にははなから棚上げだ。
「死んで欲しくねえと思える程にはお前等に肩入れしている……少しは生き残る為の用心をして呉れねえと困る」
あぁ、ほんとに世の中、ままならねえな………
歳若きアンネハイネの過去の流転と、朱に交わればなんとやらの思考プロセスのコペルニクス的転回にスポットを当ててみました
女皇帝になるべく帝王教育を履修していたアンネハイネも、蓋を開けてみれば唯のエッチな女の子だったと言うお話です
ファンタジーで良く耳にする“限界突破”とやらが、女性の性的絶頂にも適応出来たら面白かろうと思ったのですが、物語に登場する女性が全て淫乱なので洒落になりません
身持ちの堅い、純潔な女性の登場が望まれます
実は去年の暮れに自宅のメインで使うiMacがカーネルパニックを起こしまして、Command+Rでディスクユティリティからファーストエイドを掛けたり、Command+Option+Shift+Rで回る地球からOSの再インストールを試みたり、仕舞いにはサポートに電話してディスクを初期化してからのクリーンインストールと四苦八苦しながら復旧を試みていました
タイムマシーンが不調で、残された復元ポイントが2021年のものなので2年分の差分が発生して仕舞います
事前にトラブル対応しておけばいいものを、能天気な自分は“なろう様投稿ページ”のログインも、“みてみん”のマイページも、ブラウザのタブとして保持しています
失われた時の再ログインの方法が分かりません
皆様に再びお目に掛かれて、本作をお届け出来てるとしたら、無事にトラブルから生還出来たと思ってください
アバーヤ=アラビア半島を始めとするアラブ諸国ならびにイラン他の非アラブイスラーム諸国におけるイスラミックな民族衣装/砂漠地帯等の強い直射日光から全身の肌を守ることができるなどと言われており、女性の体のラインを最大限に隠すデザインとなっていて、黒い物が有名だが各地域の伝統衣装は元来カラフルで華やかなものが多く、近現代になってから近隣地域からの影響やイスラーム主義運動に伴い黒い衣装が普及した結果だとも言われており、地元古来の民族衣装とは区別される
シャルワール=イスラム文化圏で男女ともに着用するズボン状の下衣で、胴回りが2~6mと広く、足首までを覆う長さをもつが、股下の短いのが特徴である/古代ペルシア時代からあるといわれ、預言者ムハンマドも着ていたとか、後のオスマン帝国のスルタンが女性の純潔を保つにふさわしいとして薦めたなどの説がある
ジブリール=天使ガブリエルのアラビア語名
ファリードゥーン=イラン神話の人物で、ゾロアスター教に登場する大英雄/ゾロアスター教の聖典“アヴェスター”ではスラエータオナと呼ばれる/アーブティーンとファラーナクの間に生まれたファリードゥーンは父親をザッハークの肩の蛇への生贄にされた、ファラーナクはザッハークが「ファリードゥーンがザッハークを滅ぼす」という内容の夢を見たことからファリードゥーンを探していることを知り、美しい雌牛のビルマーヤの飼われている牧場へ息子を連れて向かった/親子は牧場にたどり着き、ファリードゥーンはビルマーヤの乳を飲んで育ったが、これを知ったザッハークによって牧場に追手が送り込まれる/危険を感じたファラーナクはファリードゥーンを連れてエルブルス山に上り、ある隠者と出会った/ファラーナクの頼みを聞き入れた隠者はファリードゥーンの父親となった
ヴリトラ=「リグ・ヴェーダ」などで伝えられる巨大な蛇の怪物で、その名は“障害、遮蔽物、囲うもの”などを意味し、“天地を覆い隠すもの”とも呼ばれる/「マハーバーラタ」においては別名にアスラなどがある/水を閉じ込めて旱魃を起こすとされ、インドラ神とは敵対関係にあり、インドラに殺されることとなる/ヴリトラはその巨大な体で水を塞き止めて山の洞窟に閉じ込めていたが、インドラは工匠トヴァシュトリが作った武器・金剛杵〈ヴァジュラ〉を用いてヴリトラを殺害した/ヴリトラがインドラに倒されると、水が解放されて、雌牛の咆吼のような音を立てながら海へと流れていったという/この功績により、インドラはヴリトラハン〈ヴリトラ殺し〉の異名を得た
インドラ=デーヴァ神族に属する雷霆神、天候神、軍神、英雄神であり、ディヤウスとプリティヴィーの息子/ 特に「リグ・ヴェーダ」においては最も中心的な神であり、ヴァルナ、ヴァーユ、ミトラなどとともにアーディティヤ神群の一柱とされ、「ラーマーヤナ」には天空の神として登場する/インドラ神のルーツは古く、インド=イラン共通時代までさかのぼる軍神であり、紀元前14世紀にヒッタイトとミタンニとの間で結ばれた条文の中に名前があることから、アーリア人の移動とともに小アジアやメソポタミアなどでも信仰されていた神であったことが確認されている
カネルブッレ=北欧、中欧や北アメリカ等で浸透しているペストリー〈小麦粉を練った菓子〉の一種で、スウェーデンで発明されたと考えられているシナモンロール/シナモンの風味が特徴的な菓子パンで、イースト入りのパン生地を大きめの長方形に伸ばし、表面にバターを薄く塗り、シナモン、砂糖をまんべんなくふりかけ、ロール状等に巻き、それを一人前ごとに輪切りにし、切り口を上にしてオーブンで焼いたものである
ソドムとゴモラ=旧約聖書の最初の書物「創世記」において、天からの硫黄と火によって滅ぼされたとされ、後代の預言者たちが言及している部分では例外なくヤハウェの裁きによる滅びの象徴として用いられている/ソドムの罪〈ホモ・セクシャルときにソドミー〉については諸説ある中で主に他者への不寛容さや同性愛が語られている/旧約時代からの伝承を受け継いで編纂された新約聖書においても、「ユダの手紙」において「ソドムやゴモラ、またその周辺の町はこの天使たちと同じく、みだらな行いにふけり、不自然な肉の欲の満足を追い求めたので、永遠の火の刑罰を受け、見せしめにされています 」との記載があり、ソドムやゴモラが「不自然な肉の欲」によって罰されたことを古代のユダヤ地方が伝承していたことが確認できる/神は「創世記」で罪深い都市に怒り、滅ぼしたのち次の書物「出エジプト記」でモーセに“十戒”を言い渡し、殺人や姦淫を禁じた/神は“十戒”の中で同性愛への具体的言及はしていないが、「出エジプト記」の次の書物「レビ記」18章は性の規定であり、神はモーセに近親者を「犯してはならない」こと、「隣の妻と交わり」の禁止、「女と寝るように男と寝てはならない」こと、「獣と交わり」の禁止等を言い渡し、「あなたがたはこれらのもろもろの事によって身を汚してはならない、わたしがあなたがたの前から追い払う国々の人はこれらのもろもろの事によって汚れ、その地もまた汚れている、ゆえにわたしはその悪のためにこれを罰し、その地もまたその住民を吐き出すのである」と警告している
ソドミー=「不自然」な性行動を意味する法学において使われる用語で、具体的にはオーラルセックス、肛門性交など非生殖器と生殖器での性交を指し、同性間・異性間、対象が人間・動物の区別はない/現在の用法ではこの用語は主に法律で使われており、一部の性的活動を禁じるソドミー法としてユダヤ人、キリスト教徒、イスラム文化などにおける性道徳規制の基準となっている/アメリカ合衆国の様々な刑法では、法律で定義された“逸脱した性交”にほとんどが置き換わっている/いくつかの国、具体的にはアフリカ・中東および南アジアでは肛門性交を違法とするために「ソドミー法」が存在している/それ以外の国々では肛門性交が違反とならないため、この用語は強姦の意味に限定されている
出エジプト記=旧約聖書の2番目の書であり、「創世記」の後を受けモーセが虐げられていたユダヤ人を率いてエジプトから脱出する物語を中心に描かれている/モーセ五書〈トーラー〉のひとつであり、ユダヤ教では本文冒頭より2番目の単語から「シェモース」と呼ぶ/エジプト脱出とシナイ山での契約が二つの大きなテーマとなっていて、キリスト教において旧約聖書という時、「旧約」すなわち古い契約というのはこのシナイにおける神と民との契約のことをさしている
カナン=地中海とヨルダン川・死海に挟まれた地域一帯の古代の地名で、聖書では「乳と蜜の流れる場所」と描写され、神がアブラハムの子孫に与えると約束した土地であることから“約束の地”とも呼ばれる/この地域には古くから人間が居住しており、紀元前4400年頃にはヨルダン渓谷東部付近にガスリアンと呼ばれる文化が発生したとみられ、様々な遺跡が発見されており、銅産業が発展していたことがわかっている/青銅器時代前期には、レバント南部にエン・エスルやメギドといった都市が形成され繁栄し、この住民が「原カナン人」とされる/文献への初登場も諸説あり、最も早いもので紀元前24世紀、最も遅いもので紀元前16世紀で、シュメール人の都市マリの紀元前18世紀の残骸で発見された文書では、政治的な共同体として見いだされる
ドラジェ=糖衣菓子のことで掛け物菓子とも/ヨーロッパでは出産、洗礼、婚礼などの慶事で配られる菓子として知られている/紀元前177年に古代ローマの貴族ファビウス家の料理人ジュリアス・ドラジェがアーモンドを蜂蜜に落とした時にこの菓子の原型ができたと言われ、ファビウス家では婚礼や跡継ぎの誕生などの祝い事の場で、蜂蜜でコーティングされたアーモンドが配られていた/1220年頃にフランスのヴェルダンで考案されたものが現代のドラジェの原型になったと考えられており、現在でもヴェルダンではドラジェの製造が盛んに行われている/アーモンドは実をたくさんつけることから多産や繁栄を意味し、幸福の象徴とされてきた/そこからアーモンドに白やピンク色などに色付けした砂糖ペーストをコーティングしたものは、ヨーロッパで古くから結婚式や誕生日などの祝い菓子として用いられており、イタリアの結婚式では幸福、健康、富、子孫繁栄、長寿を意味する5粒のドラジェをひとまとめにして配る習慣がある/またフランスでは出産の際に男の子が生まれた場合には青いドラジェ、女の子が生まれた場合にはピンクのドラジェを贈る習慣がある
ジンジャーブレッド=生姜を使った洋菓子の一種でジンジャークッキー、それを家の形に組み立てたジンジャーブレッドハウス〈ヘクセンハウス〉を指すこともあるが、ジンジャーブレッドといえば大概はケーキ状のものをいう、ただしこれらの違いは必ずしも明確ではない/起源は、古代ギリシア時代にロードス島のパン屋が焼いたものと言われ、中東から十字軍がヨーロッパに持ち帰ったことで各地に広まり、現在では東ヨーロッパからアングロアメリカまで広く見られる/小説「メリー・ポピンズ」の中にも登場するイギリスではとても一般的なケーキである/ローマ時代に、アフリカ産の良質の生姜とともに伝わったとも言われる
モーセの十戒=モーセが神から与えられたとされる10の戒律のこと/旧約聖書の出エジプト記20章2節から17節、申命記5章7節から21節に書かれており、エジプト出発の後にモーセがシナイ山にて神より授かったと記されている/十戒の内容は神の意思が記されたものであり、モーセが十戒そのものを考え出し自らもしくは他者に記させたものではない、とされている/出エジプト記本文では神が民全体に語りかけたがそれが民をあまりにも脅かしたためモーセが代表者として神につかわされた、とされる/“シナイ契約”、あるいは単に“十戒”とも呼ばれ、二枚の石板からなり、二度神から渡されている/最初にモーセが受け取ったものはモーセ自身が叩き割っている
ジェズヴェ=トルココーヒーを淹れるために特別に設計されたコーヒーポットで英語名称からイブリックとも呼ばれる/トルココーヒーは水とコーヒーの粉を一緒に煮立て、上澄みを小さなカップに入れて飲むコーヒーの飲み方のことである/トルコ以外には中東や北アフリカなどで好まれていて1555年に初めてコーヒーがオスマン帝国のイスタンブールに持ち込まれ、16世紀に開店したとされる「カヴェ・カーネス」は世界初のコーヒー・ハウスともいわれる/17世紀までには帝国内の宮廷などで飲まれるようになり、トルココーヒーは日本と同じようにアラビカ種の豆を用いるが、細かい粉状に挽かれる/伝統的にジェズヴェは胴と柄は真鍮や銅などの金属で作られており、場合によっては銀製や金製のジェズヴェも存在する/近年ではステンレス鋼、アルミニウム、セラミックなどの素材でもジェズヴェが作られているが、銅はとても効率的な熱伝導体であり低温〜中温程度の熱しか必要としない/一般的な銅製ジェズヴェの厚さは1ミリメートルであるが、より厚ければ熱の保持や耐久性に優れる/長い柄を有することで手が熱くならないが、口をつける縁はコーヒー用に設計されている/開口部があまり広過ぎるとトルココーヒー特有の泡がうまく形成されず、容積が大き過ぎると水の沸騰に支障をきたす恐れがある
ギャズ=イランの菓子でイスファハーンの名物/タマリスクの樹液とローズウォーターなどを練り上げた菓子でピスタチオが入ることもある/一般的なヌガーに似た外観であるが、硬い食感のヌガーに対しマシュマロを思わせるようなふわふわとした軟らかい食感が特徴である
アンシャルとキシャル=アッカド人の叙事詩エヌマ・エリシュにおいては、アプスーとティアマトの最初の子であるラハムとラフム達の子として登場する/キシャルは最初の男性であるアンシャルの妹であり妻で、アヌの母であり、アンシャルが天を司るのに対しキシャルは地を司っている/先の世代のラハムとラフムの方が実は六つの巻き髪を持つと描写されているが、“アンシャルとキシャル”の方が語呂がいいので創作させて頂いた
蘿蔔糕=大根餅・中国語〈ローポーガオ〉は、広東料理の一種で、米粉・もち粉・大根と水を練った生地を四角形にし蒸した点心で、飲茶の代表的な点心のひとつでもある/広東茶屋で点心として使われるほか、広東と香港では旧正月料理としても使われている/中国語で餅を「糕」と記載し、「ガオ」と発音するが、「高」という漢字も同じ発音のため上昇するという意味を持ち、運気が向上すると言われている/大根餅は中国の広東省と福建省の食文化の中では非常に重要であり広東や福建の移民の多い台湾・シンガポール・マレーシアでも一般化されている/一般的な調理方法は大根を細かく切って、もち粉とコーンスターチで作ったペーストと混ぜて、みじん切りにした椎茸、干しエビ、中華ソーセージ、ベーコンを加えて蒸す
魚翅灌湯餃=鱶鰭水餃子は香港飲茶〈広東語でディムサム〉の定番で魚翅餃〈ユイチーガウ〉が鱶鰭餃子を意味するが、灌湯つまりスープの中に鱶鰭餃子が入ったもの/一口食べるとフカヒレのうまみがじんわりとにじみ出る上品な味
芒果凍布甸=マンゴープリンは香港発祥の中華風の洋生菓子で、マンゴーの完熟した果肉を潰し、生クリーム・ゼラチン・砂糖などと混ぜて冷やし固めたゼリーのこと/本来のプリンのような蒸す調理工程がなく、また現在は鶏卵も使用しない例が多く、ゼラチンで固めるレシピが一般的であるため、実際は乳製品の風味を加えた不透明なフルーツゼリーの一種である
トーブ=湾岸アラブ諸国で着用される民族衣装の総称で地域によっては“カンドーラ”や“ディシュダーシャ”と呼ばれる/伝統的にはコットン製であったが、近年ではレーヨン、ポリエステル、それら混合などが人気となっている/世界的に見ても民族衣装は地産地消が一般的であるが、トーブについては日本を筆頭に韓国、インドネシア、中国、パキスタンといった諸外国からの輸入生地で賄われている/中東諸国で消費されるトーブ用高級生地のトップシェアを持つ東洋紡では、繊維業は生産に水が不可欠であるため、水不足が深刻な中東諸国では物理的に難しいとコメントしている
結跏趺坐=仏教とヨーガにある瞑想する際の座法で、「趺」とは足の甲のこと、「結」とは趺を交差させ、「跏」とは反対の足の太ももの上に乗せること/したがって趺を結跏趺して坐ることをいう/結跏趺坐は足を結んだ形をしているのが特徴で片足を乗せる上下で吉祥坐・降魔坐と呼び、その意味も異なる
応援して頂ける、気に入ったという方は是非★とブックマークをお願いします
感想や批判もお待ちしております
私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です
https://ncode.syosetu.com/n9580he/





