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66.アラジンと魔法のランプ


挿絵(By みてみん)




 14世紀の巡礼者にして、後世には貴重な文献となった一大旅行記を著したイブン・バツゥータは、口述筆記も含め各地のダンジョン攻略の指南書や階層地図も膨大な数の記録を残した。

 その中には“アラジン霊廟神殿”の経路マップとトラップ対処の備忘もあったと史実には残っているが、残念なことに肝心なダンジョン地図はおよそ300年程前に全て逸失して仕舞った。




挿絵(By みてみん)




 フリギュア高原の小さな分権国家、イェニチェリが覇権を拡大していた大国、ロスタムに降伏したのは、身共の思い違いでなければ今からおよそ11年程前の話だったと思います。

 イェニチェリは山間の国とは言え、アタテュルク地方では珍しく天水農業が可能な肥沃(ひよく)な大地と気候に恵まれ、灌漑(かんがい)用水無くして農産物を好く産した、他に比べれば人の過ごし易い土地柄でした。

 国境の四方を接する列強国は、いずれも咽喉から手が出る程にイェニチェリを欲しましたが、結局手にしたのは領土、軍事力共に最大だったロスタム帝国でした。


 当時私は女の身ながら、古代エラム人を祖先に由緒正しい世襲官僚の家系として隆盛を誇った高家名門、シィエラザード本家の領袖(りょうゆう)と言う立場でした。

 飽く迄も世間一般を(あざむ)く、表向きの話ですが………

 折悪しくと申しますか、生憎(あいにく)と申しますか、この世界では珍しい女の惣領(そうりょう)跡取りとして、丁度他家の碌を()んで官僚としての経歴を積む為にイェニチェリの王家宮廷に仕えていたのです。

 敗戦時には(やと)われの職制政務官として、ロスタム相手の負け戦が濃厚になる迄は次代のシャーと目されていたヴァルディア王子の側仕(そばづか)えが主な役割になっていたとお思いください。

 宮殿を明け渡す降伏調印式を明日に控え、王子は何を血迷ったか重大な王家の秘密を私に明かし、意見を求めてこられました。

 敗戦国の嫡出王子と言う身分ではそう長くも生きられないと思い定め、なんと婚約者の公女マルジャーナ・インシュシナに、自分が親から相続していた先祖伝来の家宝を託すべきか(いな)か、決断を迷っておられました。

 しかしながらマルジャーナ姫は行儀作法は問題ないのですが、少し実年齢に対して幼いところが見受けられます。

 親である筆頭宰相(ベジーリ・アザム)の家の教育方針には、王子も再三苦言を呈していたようですが、一向に改まることなく、この辺の無能振りが負け戦を招いた要因と、父親である国家元首に進言しましたが、これまた真剣には聞いて貰えなかったようです。

 我が王家は無能(ゆえ)に滅びるべきして滅んだと、きっと後世には伝わるだろう……そう王子は断言しました。


 「マルジャーナ、明日にはロスタム側の代理人特使と攘夷(じょうい)軍司令官一行が入城し、私はおそらく(とら)われの身となってしまうだろう」

 「だが女の身であるお前なら、きっと生き延びる道がある」


 王子はその晩、マルジャーナ姫を秘密裏に自室にお呼びになり、大切な至宝とも言うべき“蒼いジャンビーヤ”と名付けられた一振りの短剣を手渡されました。


 「よくお聴き、マルジャーナ、この宝剣はとても大切なものだから私の形見と思って肌身離さず持っているのだ、そしてこのこと決して他人には言ってはいけない」

 「愛しているよ、マルジャーナ……離れ離れになっても、お前の無事を祈っている」


 「どうしてもお別れしなくてはならないのですか、マルジャーナはずっとヴァルディア様と一緒がいいです」

 と言ってマルジャーナ姫は潸々(さめざめ)と涙を流されました。


 「(いくさ)の世の習いと諦めて呉れ、ただ、どんなに遠く離れていようとも、私がお前を想わない日は無い……どうか、生き延びておくれ、マルジャーナ」


 後朝(きぬぎぬ)の別れが最後の逢瀬(おうせ)になり、それから半年後、ヴァルディア王子はロスタムのサルタンの命で斬首刑になり、何も知らされぬままのマルジャーナ姫、古シュメール語で言うところの“小さな真珠”を意味する()()()()()は、ロスタムのハーレムに召し上げられたのです。



 ……“蒼いジャンビーヤ”がこんなところに埋もれていたとは意外でしたが、世に出れば戦乱の元、このまま打ち捨てられ忘れ去られるのもまたひとつの宿命として、致し方なきことなのかもしれません。




 ***************************




 「ジャパニーズ銭湯じゃ、ナイスじゃろうが!」


 いそいそとアーマー・プレートを外して、インナー・スーツやアンダーウェアを脱ぎ捨てる()()()()様は、木製の風情あるロッカーもあるのに藤編(とうあ)みの丸い乱れ籠に衣類を放り入れます。


 カナコ様と言う前世での古い知己(ちき)にお逢いした()()()()様は、何を触発されたのか、前世での公衆浴場の施設を再現することを思い付かれたのでした。


 「この使い込まれた板の間の匂い、最高じゃろ?」


 本気でしょうか、湿気を含んだ木枠の硝子戸を一枚隔てた向こうには濛々(もうもう)と湯気が立ち昇る湯舟があり、まるでパスタを茹でるような高温のお湯で満たされています……シェスタ王都などの一般的な慣習としては微温湯(ぬるまゆ)で湯浴みをするのを常としていたので、まるで赤子の哺乳瓶を湯煎(ゆせん)するような熱湯に浸かるなんて、正気を疑うのですが?

 ボコボコと気泡が出てますし。

 ……無論、高機能ホムンクルス体とマクシミリアン先生が移植したサイバーパーツのハイブリッド・ボディはマグマの中を泳ぎ切る性能があります。

 ()だると言う心配だけは無いのですが、それにしてもこんなに熱い風呂に浸かるなんて、()()()()様がお育ちになった帰属民族、日本人とやらには嗜虐趣味でもあるのでしょうか?


 「盛り上げ技法で描かれた漆絵(うるしえ)の格天井なんぞは、あまり庶民の銭湯では見掛けぬ(たぐ)いのものじゃ、建築物としても珍しんじゃぞ」

 「ホレホレ、愚図々々せんと早う脱がんかっ……古来銭湯は裸の付き合いと言うてのお………」


 やれ坪庭には錦鯉を(はな)ってあるとか、体重計は骨董アナログ・レトロなイシダ・スケール製だとか、コーヒー牛乳は紙キャップだとか興奮気味によく分からない蘊蓄(うんちく)を述べられ、興が乗った()()()()様は、強引に私達のシェルや下着を無体(むたい)に剥ぎ取り、見たこともない熱湯の風呂場に追い遣ろうとします。

 アンネハイネとエレアノールの居た世界では、人類は広範な銀河に広がり、それぞれの環境に順応した進化とそれに沿った独自の文化を築いていました。

 水棲人や自然の肉体を捨てた機械体として過ごす人々、中には貴重なエネルギー源を無駄遣いしないように普段は石化して新陳代謝を極限まで抑えると言った生態系までありましたね。

 でもこのように熱湯風呂を好むと言った文化は初めて聞きました。


 「40度程度は温湯(あつゆ)とは言わん、この程度を水で薄めようものなら近所の頑固婆あに(にら)まれて仕舞うわ!」


 わざと()びさせているのでしょうか、()()()()様が解説するホーロー看板とやらは見たことの無い文字で書かれておりますし、タイルに描かれた観賞用の金魚と言うものには独特の様式美があります。


 「この看板絵は名人として名高かった昭和のペンキ絵師、早川輝元(はやかわてるもと)の銭湯富士を再現しておる……実にダイナミックなものじゃろ」

 「そして見よ、このクラシカルな真鍮カラン、全くもって味わい深い水栓だとは思わんか?」


 如何にこのお風呂と銭湯建築の格式が素晴らしいのか力説する()()()()様の教えに従って、掛け湯を使った後、皆んなで煮え(たぎ)る湯舟に浸かる私達は“肩まで浸かれ”との叱責(しっせき)に、顎先が湯面に着くまで身を沈めます。


 (アザレア様、この銭湯とやらはこれからも付き合わされるのでしょうか?)


 (しっ、滅多なことを言うものではないわ、アンネハイネ)

 (()()()()様はお気に入りよ……迷惑そうなニュアンスを気取られたら、どんな目に遭わされるか分かったものじゃないわ)


 「ほらそこ、秘話心通の深度が足らんわ……未熟者め!」

 「そんなに風呂が好きなら、これから毎日朝風呂を付き合って貰おうかのお?」

 腰に手を当てて湯船に仁王立ちする()()()()様は、とても意地悪そうな笑顔です。


 周りの皆んなの顔が心なしか引き()っておりました。


 「では、恒例のオッパイクィーン・コンテストじゃ……銭湯のお披露目を記念して今日は思う存分揉んで揉んで揉んで、揉み(まく)るのじゃああああ!」


 あぁ、矢張りこうなりますか、悪い予感はしていたのですが、オッパイコンテストとなれば私は確実に揉まれる側のターゲットの一人です……観念した私の左右には、シンディと華陽ちゃんが虎視眈々(こしたんたん)と迫っておりました。

 両手をニギニギさせながら(にじ)り寄るなんて、端下(はした)ないですよ?

 ……しかしわたくしも転んでただ起きる訳にはまいりません。

 華陽ちゃんの乳首の性感帯を、目覚めさせてあげる積もりです。

 ええっ、積もりですとも。




挿絵(By みてみん)




 30000テラ・パーセク程は世界線を(また)いだが、すぐ隣の世界だと言うのに全く習俗の(おもむ)きが異なる世界があるのは意外だった。

 Dゲートを渡った俺達は最初こそ何も無い宇宙空間に放り出されたが、広範サーチを掛けるまでもなく、すぐに人類が生息する惑星を見付け出した。

 赤色巨星と言う程でもねえが、膨張が始まり可成り赤くなったここの恒星は老年期に入ったとみて間違いねえ。

 その影響か、可視化光線の屈折率が違うのだろう、大気成分のせいもあるだろうがこの星の地表環境は何も彼もが狂ったように陽気で、鮮やかで、派手な極彩色に見えた。

 現に俺達の戦闘服は三割増しぐらいで色味が強調して見えたし、互いの顔色が可笑しなことになってるので指を差して笑い合った。

 自生する植物やそこから発達する染料、あるいは美的感覚や彩陶タイルなんかを焼く釉薬、全てがその影響下で発達してるのでこの世界の色彩は総天然色カラーとでも言った独特のものになっている。

 電子的な色調補正フィルター他、なんらかの視覚矯正手段を余儀なくされた。



 「不幸で(みじ)めな死に方をした前世の世界に戻り、仕返しをして遣るつもりじゃった……親兄弟との幸せな時代もあったが、独り暮らしをしていた時分は音信不通と言うか見放(みはな)されていたしの」

 「もう一度会いたいと思えるのはカナコぐらい……オタサーの皆んなは少し懐かしいかの、オフパコで知り合ったセフレ達は何処の誰とも知りはせんかったし興味も無かった」

 砂漠の辺境の街で風呂上りのネメシスは、酒瓶片手に俺の仏頂面を(さかな)にして(くだ)を巻いていた。


 ハンマームと呼ばれる蒸し風呂スタイルの公衆浴場でひとっ風呂浴びて、コーヒー牛乳ならぬ出前の紅茶(チャイ)で一杯やりながら、休憩所の軽食を出すフードコートで大麦、レンズ豆、羊挽き肉の煮込み料理のハリームってシチューを(すす)っていた。

 濃厚な味わいは、悪くない。


 ヒジュラ紀元以前のビスミラ争奪戦争時代の城塞が放棄されて、行く当ての無い貧民層が住みついて無計画に成立した迷宮街(ラビリンス)は、岩山にへばり付くようにして在るので、曲がりくねった細い路地は大抵急勾配が付いていた。

 俺達のばら撒いた撒き餌に釣られて、ここ狭苦しいコタの街は一攫千金を狙う中堅以上の実力者のパーティが押し掛けて、まるでゴールドラッシュか宝探しフィーバーと言った様相だった。

 街にハンマームって共同浴場は10箇所以上あるが、一番大きなこの店もそんな連中で溢れ返っている。


 ネメシスの飲んでるのは、水で割ると白濁する強い酒、アラックと言って、ここら辺のは棗椰子(なつめやし)から蒸留したものだ。

 但し昼間っから一杯やる不信心な女は、異教徒も含めて極めて異端らしく、周囲のことごとくから総顰蹙(ひんしゅく)を買っていた。

 当の本人は何処吹く風とご満悦だったが、後で聞いたらどうやら女性用の浴室にはテラックとかケセジと呼ばれる垢擦り専門のマッサージ師が居るらしい。

 いたく気に入ったそうだ。

 自分の中のマイ・フェイバリットでは“日本の銭湯”こそマーベラスにして至高だが、ターキッシュ・バスも悪くないと、可憐な美少女の姿とは不釣り合いにかんらからからって豪傑笑いしてやがった。

 俺も、レンタルも出来るが風呂場に入る時に使うルンギって、腰布って言うか赤い腰巻の風合いが気に入って、幾つか購入した。


 ハンマームはダンジョンアタッカーのプロでごった返していたが、街中と同じく、顔以外を黒布で覆った女性が目立つ。

 拝火教徒(ゾロアスター)や獣人族の()()()()()……(この世界の冒険者のようなもので、ダンジョン攻略を生業(なりわい)とする者達だ)は、まだ肌の露出は並なのだが多くの女性墳墓荒(ふんぼあ)らしは宗教上の理由から、チャドルと言う身体全体を覆う黒布姿の者が殆んどだ。

 弓使いも半月刀(シミター)手挟(たばさ)む戦士も、女は皆押し並べて丈の長い頭から被るスカーフ付きのマントと言ったスタイルなので機動性に(いちじる)しく劣ると思うのだが、民族性なので我慢してると言ったところか?


 「カナコは一緒に溺死したと思っておったからの」

 「何百万年と恋焦がれた元の世界じゃったが、結局のところ一番逢いたかったのはカナコだったのかもしれん」

 「突き詰めれば、きっと(われ)の望郷はカナコじゃった」


 心配しなくても俺は義理は欠かさねえ、根元符(こんげんふ)ごと蟣蝨(しらみ)を頂いて来ちまった以上、至尊金女(しそんきんにょ)に何かあれば必ずや駆け付ける……俺は繰り返し、ネメシスに確約してみせた。


 「(われ)でなければ見誤るほど佳い女になっておったが、それでもなお(われ)の方が可憐であろ?」

 なんで張り合う必要があるのか不明だが、そんな余計な付け足しと共に、バチンって音がするんじゃねえかって言う派手なウインクをしてみせた……なんでそこで自己アピールする?



 精霊素、ジンと呼ばれる魔素が支配するこの世界では、器物に宿る幻魔(パリィ)妖魔神(ジンマ)(たぐ)いを操る“幻魔使い”、なんて連中が多く跋扈(ばっこ)して幅を利かせていた。

 中でも腕に自信のある者は“墳墓荒(ふんぼあ)らし”として一旗揚げ、故郷に(にしき)を飾る……てのが手っ取り早い出世方法らしい。

 熱砂の砂漠地帯が多いこの星では、ハンマーム、地方によってはギャルマーベと呼ばれる入浴施設がタバーンやサライを兼ねて、墳墓荒(ふんぼあ)らし達に仕事の斡旋や情報交換のサービスを提供していた。

 無論、一般の客も風呂に入りには来るのだが墳墓荒(ふんぼあ)らし達にとっては、なくてはならない社交場になっている。

 依頼を張り出す掲示板もあるし、討伐部位や採取品、回収素材、ドロップ・アイテムを換金して呉れるサービス・カウンターも安息日以外年間を通じて常設している。

 店に拠っては夜間対応用の窓口すらあるようだ。

 多くの場合、魔物素材の解体場や一次加工産業などがハンマームを運営する“墳墓荒らし互助協会”を中心に街の発展に寄与している。

 また短躯(ドワーフ)族の職人を雇っていて武具、防具の販売や修繕にも対応するし、必需品のポーション類……回復薬や解毒剤に混じってガンジャやハシッシュも販売してるので、水煙草と共に気軽に吸えるようになっていた。

 その辺は、純度の高い強化品種の栽培に向いた砂漠地帯の多いお国柄のようだ。

 ……大麻はどうでもいいが、取り敢えずこの世界にも喫煙と言う悪習慣が有って、一安心だ。


 「お姉さん、済まないがあっちの客が食べてる奴を(われ)にも一皿貰えぬだろうか……それとアラックをもう一瓶所望(しょもう)じゃ」


 通り掛かりの女給も蠱惑的(こわくてき)な目許だけでこちらを(うかが)ったが、ほぼブルカって、一切肌を露出しないガウンに近いレベルのチャドル姿で給仕に立ち働いていた。


 「はいっ喜んで、アッサラーム・アライクム」


 遊女や下働きの奴婢(ぬひ)などはヒジャブを付けない風習の筈なんだが、ここは中流家庭から働き手を雇い入れているのか、接客係の皆んなが髪どころか顔まで隠してる。

 まぁ、幾らでも透視出来る俺達からしたら顔の造作どころか乳房(ちぶさ)黒子(ほくろ)の位置とか乳暈の大きさまで丸見えなんだが、教えて遣れば変質者扱いだろうから敢えて遣らないだけだ。


 「日本の居酒屋と大して変わらん受け答えなのは、何故かの?」


 喰い意地の張ったネメシスが、他人様の食べてるのを見て美味そうだったってだけで選んだ、コフテってスパイシーなラム肉ミートボールを頼んだ。


 「……来たよ!」


 警戒役を買って出て、それまで隣のテーブルで独り、メッゼって言う香辛料たっぷりの摘まみ数種類で静かに飲んでいたシンディが、待ち人の来訪を告げて来た。


 「シンディ、覇気が漏れてんぞ……折角の阻害と擬態認識が意味無くなるだろ?」


 色々と漏れ出るものを抑え込んでも、例によって俺達の風体は目立ち過ぎるから、一般民衆に溶け込むような偽装を呈してる。

 なのに常人じゃないオーラ出したら、元の木阿弥(もくあみ)だ。


 待ち人、墳墓荒(ふんぼあ)らしパーティ“あばずれダリラ”は、リーダーのダリラを先頭に、俺達を探すようにフードコートに入って来た。

 分かるように手を挙げると、目聡(めざと)い5人の金等級パーティはすぐに近付いてきた。

 認識疎外中にピンポイントで他人の注視をコントロールするの、結構繊細な技量なんだぜ。


 「今回、急なポーター役を買って出て呉れたゲハイム・マインってパーティは、君達か?」

 サラセン族は回々(フィフィ)教ウンマ神秘主義派の御多分に漏れず、リーダーの女は黒いチャドルに黒い覆面の二カーブ姿で、ご丁寧に目許を隠す革の仮面まで付けている。


 「あぁ、よろしく、すぐに行くかい?」


 顔を隠しちゃいるが、透かし見れば眉毛のはっきりした30後半のちょっと好い女だった。


 「気が早いな、これから食糧や水を準備するので出立は明日の朝にする、南門で4時に待ち合わせでいいか?」

 承諾と、互いの自己紹介と挨拶で最低限のマナーは担保した。

 こちらは俺とネメシス、シンディの三人だ。


 リーダーのダリラは小振りなクロスボウと細身のジャンビーヤと言う湾曲した短剣、他にも暗器を何種類か使う幻術使い……使役する魔神は風を操り、胸に下げてペンダントヘッドにした柘榴石(ざくろいし)のブローチに封じられている。

 透視で知ったが(へそ)の周りと尻の上、腎喩(じんゆ)の辺りにムスタファ原理主義者の聖句である“アーリマンの慣行(スンナ)”が彫り付けられていた……素肌に刻まれた微細な刺青(タトゥ)は、詰まりこの女がスンナ過激派の中でも特異なウンム蜜蜂学派の思想に傾倒していることを示している。


 壁役の矢鱈(やたら)ガタイのいい男は、上背(うわぜい)もありがっちりしてる。

 なんて言うか、ちょっと目が細いな。

 禿頭(とくとう)で角張った顎のナシッド・ジャムドは、赤銅色の肌を晒して胸当て肩当てをクロスさせた幅広の革帯で繋いだスタイルだ。右手のガントレットに身体硬化魔法、強化魔法の幻魔(パリィ)を飼っている。

 斥候役のムハンマド・アザーデは、綺麗に顎髭を整えた中肉中背の優男風……盗賊(シーフ)職なので鍵開けも担当するらしい。

 商売道具を吊り下げたベルトのバックルに、“盗神”と言う幻魔(パリィ)を持っている。なかなか強力な幻魔のようだ。

 盗掘屋の家系らしく、幻魔のバックルは先祖伝来のもの。


 回復担当の神殿戦士(パラディン)、“千の目メヘラーブ”は鑑定眼を使う幻魔(パリィ)を使役するようだ。伝統的な白いカフタンを着、シュマーグと呼ばれる真っ白な頭巾にイカールって二重になったロープ状の輪を嵌めてる。

 見た目は目尻に皺が多くなった中年のおっさんだった……こいつも口髭が濃い。 

 ユッスーフ・サラディンは幻魔(パリィ)の宿る聖弓使いで遠距離射撃を担当する後衛魔術使い。耳長族出身らしく、肌も顔も晒した見目麗しい若い見た目の女性だったが、耳長族は長命と聞くから実年齢はもっと行ってるだろう。目鼻立ちがはっきりしたスラブ系だ。

 パーティの女は他にこいつだけだから、多分ダリラの相手はこいつだろう……ウンム蜜蜂学派は同性愛を教義にしている。


 「“アラジンの霊廟神殿”は西に200キロ、デッパン砂漠にあるから、飛行手段を持たぬ私らのパーティではキャラバンよろしく隊伍を組んでの踏破になる」

 「足は……二瘤駝鳥(ふたこぶだちょう)はこちらで用意するが、長い旅程になるから荷物も相当の量になる……どれぐらい持てるんだ」


 「幾らでも……俺の収納魔法に通常の限界は無い」


 「そいつは……頼もしいな」

 怪しんだか、感心してるのか、読み取れなかったが、まあ、どっちでもいい。


 「クルディスタン語が上手いな、もしかしてクルドの出身か?」


 「インシャラー 、商売柄、言葉を覚えるのは得意なんだ、こう見えてマルチリンガルさ……でも俺は地元の女神教ってのを一途に信心してるから、あんたらの神、ヤハヴェやアフラ・マズダ、ミトラ神を(あが)めちゃいないぜ」

 本当は、その女神教でさえ信じるのを止めたんだけどな。


 「女神教……聞いたことの無い宗派だな?」


 「あぁ、遠い遠い国の宗教さ」


 俺達がついこの間、“墳墓荒らし互助協会”に登録したばかりの亜鉛等級だと知ると、“あばずれダリラ”の連中は少し戸惑(とまど)ったようだが、ほんの少し手品の手慰(てなぐさ)みを披露したら目を白黒させていた……立派に荷物持ち勤めるから、精々頼りにして欲しいもんだ。



 「いつものように(わらわ)達だけで攻めた方が、速くないか?」

 シンディ、そいつは事前に説明したろ?

 雇い主達と別れて、さあ俺達も引き揚げるかって段になって、シンディが蒸し返した。


 「ハイパー・フリズスキャルブで事前知識を得ちゃいるが、実際にこの目で見てみてえ……この世界のダンジョン攻略と、墳墓荒(ふんぼあ)らし達の実力、エンチャンターの幻魔がどう闘うのか、見てみてえんだ」



 「アラジンが(のこ)した大神器、“魔法のランプ”か……アラビアンナイトの夜は静かに()けて……ふふっ、面白くなってきたの」

 ネメシスの邪悪な微笑(ほほえ)みは、久々に見た気がするな。


 古い石畳の街、コタのモスクの尖塔から夕方の礼拝を促すアザーンの声が響き渡った。

 何処か間延びした、長閑(のどか)な声音だった。

 ミナレットから降ってくるアザーンの声と対照的に、地上は香辛料の卸問屋や串焼き屋(キャバービー)()せるような匂いと喧騒が、迷路のように入り組んだ街に充満していた。

 礼拝も断食もしない不信心な(やから)や異教徒、亜人種を除き、其処彼処(そこかしこ)の横丁から人々がゾロゾロと礼拝に集まるのを眺めながら、なんとはなく先週に襲ったロスタム帝のハーレムのことを思い出していた。

 この世に神なぞ居ない……ハーレムはハーレムだった。

 それ以下でもそれ以上でもない。




挿絵(By みてみん)




 馥郁(ふくいく)と、蘭の花に似た香りの媚薬が幾つもの香炉から大麻(ハシシュ)のような煙となって立ち上り、褐色の肌を晒す裸の女の足首に巻かれた高価な金細工のアンクレットが(かす)かにしゃらんと鳴った。



 「んひいいぃ、どうか今夜もサルタン・シャリフの激しく(いなな)くオ珍宝で、ドクドク脈打ち(たぎ)った極太の太摩羅でっ」

 「おっふぉおおっ、わたくしの淫乱マゾ牝穴を気が狂うまでっ」

 「(たくま)しいザーメンを味わい尽くすまで、突いて突いて突いて、突き(まく)って下さりませええええええぇっ!」


 正室である第一婦人ピルゼーの、嬌声(まが)いの、そして色気違いのような睦言(むつごと)がサルタンの内廷に響き渡るが、(はべ)る愛撫役にして扇情役の大勢の女達が群がる熱気と耳障りな喧囂(けんごう)に掻き消される。

 ―――最初の頃の魅了の被害者だったアザレアさんに鬼門とも言うべき拒否反応があったからだが、シェスタ王家を粛正してからも宮廷の離宮、所謂唾棄(だき)すべき背徳の“勇者ハーレム”……尻軽牝ビッチ共の巣窟(そうくつ)、その残骸のような立ち入り禁止になった華美な空き家は遠目で見ただけだったが、あの張りぼて細工のような(まが)い物に比べりゃあここは段違いに構えがでけえし、女の数も多く、層が厚い。



 「はううぅんっ、わ、わたくしもガッチガチの太守の勃起珍矛でケツ穴も月淫便器穴もグリングリン掻き回して欲しいのですっ、熱く煮立ったサルタンの雄汁を穴と言う穴に注ぎ込まれて一晩中、朝まで悶絶したいのですうぅっ」

 「今宵(こよい)の濃くて熱い一番珍宝ミルクは、是非わたくしの発情ブタ穴にぶちまけてくだされっ、あっふおおぉっ、早う、早う、奥まで突っ込んで、んギィッ」


 同じく第二夫人のマルジャーナも負けず劣らず、自分の股をまさぐりながら雌の顔で興奮し切っている。先程まで第一婦人とお互いの股間に顔を埋めて執拗(しつよう)に舐め合い、痙攣(けいれん)して軽く気をやっていたマルジャーナもだが、二人の全身と言わず、絡まる裸女達と言わず、サルタンの突き出た下腹まで媚薬入りの香油で濡れて淫靡(いんび)(うごめ)いていた。

 他に群がるハーレム付きの女達も我も我もとサルタンの男根を握り締め、鷲掴(わしづか)みにした乳房をサルタンの口許に宛てがう。

 女奴隷(ジャーリヤ)からお手つきになれば私室を与えられる側室格になれるので必死なのだろうが、一国の君主の子種を残す為とはいえ少々度が過ぎた前戯だ。

 第一、第二婦人の痴態の応酬も、日々繰り返される過度な淫欲がエスカレートしたが為だろう。

 寵姫(ハセキ)主席夫人(バシュ・カドゥン)の身分を争い勝ち残るには、体裁などには構っていられねえと言う訳だ。婚前交渉や姦通が厳しく(いまし)められているサラセンの世界でも、どうやらここだけは治外法権らしい。


 「ンボッンボッ、ほれ、このようにもうわだぐしの女はヌルヌルの淫汁で溢れておりまひゅっ、ンボッ、側女(そばめ)として(ねや)(はべ)った頃に割礼(かつれい)しで以来、大事に育ててきた肥大(しき)った陰核(おさね)(ついば)みゅ、容赦無く(しご)き上げるようにして、ンボッンボッ、この肉棒で心ゆくまで犯じで犯じで、犯じ尽くじで頂きたいのですわっ」

 サルタンの陽物を夢中で頬張るマルジャーナの叫びは、もう真面(まとも)な意味を失っていた。

 美人にゃあちげえねえが、スケベそうな受け口の女だ。

 だが(むさぼ)るように咥える顔は浅まし過ぎて、到底(とうてい)他人に見せられるもんじゃねえな。


 (言ってて恥ずかしくねえのかな、この馬鹿女共?)


 (いや、いいんじゃないか、愛さえあれば多少のえげつなさは性生活を堪能する上で、刺激ある恰好のスパイス、さながら香辛料や調味料のようなものだ……一夫多妻とは言え、曲がりなりにも夫婦である訳だし)


 (しかもこいつら、媚薬の他になんかヤバイ薬も使ってるぞ?)


 (……まあ、家庭内で使う分には処方さえ誤らなければ、クスリもありだろう)

 ビヨンド教官は相変わらずいつでも何処でも大雑把(おおざっぱ)だ。投げ遣りな迄に寛大なのは、もしかして所詮(しょせん)他人事だと思ってるんだろう。

 ある意味ブレなくて(うらや)ましい。

 これであの多方面に発展を遂げた空前絶後の倒錯性癖と好色方面の精力絶倫っぷりさえなけりゃあ(だからこの程度じゃ目くじら立てないってか?)、本当にいい女なんだがな。

 第一このお妃共、乳首と陰唇(ラビア)にリングピアスまでして、やんごとなき身分なのにこれじゃまるで性奴隷みたいじゃねえか。

 愛情と肉欲の性交は、(おの)ずと違うと思うぞ?


 (口先だけだったらなんとでも言える、だがこいつらのはただ(たか)ぶりたいが為の痴語だろう……自ら発情していることを明かすのは女として興奮するらしいからな、俺はあまり好きじゃねえが)


 (えっ、そうなのアルか?)

 (……心に留めておくアル)


 (いや、華陽、そいつは気に留めなくていいから)


 「あうぅ、早うっ、早うこのデカチンポでわたくしのマン肉を削って下さりませええぇっ!」

 「イギヒイィッ、もう、もう我慢出来ませぬううっ!」


 (うっわっ、引くな、この女)

 (まぁ、サルタンのハーレムなんてこんなもんだとは思ったが、もうちょっとこう(みやび)な情緒とか、奥床しい高貴なるお方の由緒ある閨房の仕来(しきた)りみてえなもんはねえのかよ?)


 「んあああああああああああああああっ、ビキビキがっ、奥抉っでええっ、ハッヒィイイイィッ、モロ突ぎいいっ、んっぶおおおおおおおおおおおおおおううぅっ」

 (なま)めかしい嬌声というよりは、雌鶏(めんどり)か雌豚か、最早(もはや)ケダモノの雄叫(おたけ)びと表現した方がいいような吠え声が響き渡る。

 呼応するように、あちらこちらからメス逝きの馬鹿アクメがけたたましくなる。盛り上げるように、部屋付きの肉奴隷達が互いを逝かせ合ってるようだ。

 濃い牝汁の匂いが充満していく。


 (何故ありもせぬ典雅(てんが)さなど気になる、何かハーレムに特別な思い入れでもあるのか?)

 (この()()()は異教徒たる黒人や獣人の去勢宦官を除いても、洗濯女から正妃までおよそ800名からの女達が唯々(ただただ)王の寵愛と子種を得んと(しのぎ)を削っておるのだぞ……綺麗事で済む世界ではない)


 豪勢な宝石細工の髪飾りもベールも、上流階級の女性が着る(たぐ)いのカフタンや幾重にも重ね着するドレスも、シャルバール、所謂(いわゆる)ハーレム・パンツも脱ぎ捨てた女共は……サルタンの第一婦人と愛妾マルジャーナは、ついさっきまで互いを愛撫する為に取り去った下穿きも何も、何処へやったのか濡れた股間も剥き出しの姿だった。

 今は群がる女達を掻き分けて、絵に描いたような不格好な蟹股(がにまた)で聖別帝国十八代シャリフ帝にそれぞれに(またが)って、狂ったように腰を(くね)らせている。

 筋肉質だが下腹の出っ張ったサルタンは、下卑(げび)た笑いが板に付く、普通の好色爺いだった。

 禁欲者として信仰に生きるも、肉欲の(とりこ)になるも、人それぞれの選択っちゃあ選択だが、こいつはひでえ。

 それがサルタンのハーレムの実態だった。

 妃達はなまじ都一、二の美人であるだけにその目に余る下品な有り様は見るに耐えなかったし、幻滅だ。

 この辺は下々の者と遣ることは変わらねえな……いや、却って娼婦に近いかもしれねえ。陳腐過ぎる。

 なんてえか、雑だ。


 (長官よう、()()()()って言葉の響きには男なら誰しも幾許(いくばく)かの心躍る憧れがあるもんなんだ……多分、世の中の大抵の男共は多かれ少なかれ似たり寄ったりだ、現実はどうでも、ほんのちょっとでも幻想のハーレムに夢を持っていてえのさ)

 (そいつはスノードームの中のトプカピ宮殿みてえにキラキラ輝いて……いや、何言ってんだ俺?)


 (そっ、そうなのアルか!) 


 (いや、だから華陽、そいつは覚えてなくていい)

 (現実にはこうも浅ましく醜い、幽霊の正体見たり枯れ尾花ってのとはちと違うかもしれねえが、幻想は幻想に過ぎないってことだ)


 (ソラン、お前が世間並みに助平心を(いだ)くのは、この身としても歓迎すべきところだし、欲情してくれれば(もう)け物だが、そう(しか)めっ面で言われると本心なのか疑うぞ)

 (笑えないのはこの身達の為にスキルと引き換えにしたのは分かっているから、その点については済まないと思っているが、もうちょっとこう平素は穏やかな顔は出来ないのか?)


 え、そんな顔してるか俺?

 頬や口許に触れてみるが、いつもと変わらない感触だった。


 (だから、お前は四六時中凄惨な顔付きをしてるから、それが通常の人相になる……お前の凶相、人喰い虎の方がまだ増しだぞ?)


 なんで俺達が出歯亀みてえな真似してサルタンのハーレムに忍び込んでるかってえと、この国スィアールク朝ロスタムが属国化した小国出身の姫君が以前の婚約者から継承したと言う、古き原初の妖魔神(ジンマ)が棲むオリエンタル風のキンジャルを簒奪(さんだつ)せんが為だった。

 だが、戦勝国に輿入(こしい)れした嘗ての姫君は、なんの気高(けだか)き気概も持ち得ない腐れ濡れ股振りを見せ付けるまでに零落(おちぶ)れて、赤の他人の俺をさえウンザリさせるには十分過ぎた。

 ハーレムに染まれば、女は誰でもこうなっちまうのかな?

 侵略し占領する権力闘争の習いとは言え、幼少の頃の家臣とか見たら嘆くぞ、きっと。

 俺じゃなくても顔を(しか)めるってもんだ。


 (教官に叱られると、俺は勃起不全になっちまうぜ)


 (……そう言うところだ、殊更お道化(どけ)てみせても表情と言葉が一致しておらぬ、身内に飼った蠅の王の“暗闇の混沌”に侵食され、(いず)れは取って代わられるかもしれないことへの漠然とした恐怖がそうさせるのか、将又(はたまた)未だ還り着く方法も見付からず、復讐の道が遠ざかることへの耐え難い焦燥がそうさせるのか、いずれにしても鬼気迫る妄執に取り憑かれた者だけが見せる表情だ)

 (女を抱け、ソラン、女の肌の温もりだけがお前を(いや)す)


 いや、悪いがそれはねえな教官。

 俺の中にあるのは純粋な狂気……真面(まとも)な正気なんざ(ただ)の一握りも残っちゃいねえのさ。

 ()っくに壊れた俺の情緒不安定は筋金入りだ。

 どういう風にあいつらに復讐するか考えて、幾晩も過ごす内にそれが日常になった。

 満たされているとかいないとか、よく耳にするが俺にはあまり関係ねえ……詰まるところ復讐に生きてる俺には、復讐以外に興味がねえからだ。

 俺の中での復讐は完結している。

 それは将来、確実に結実する決定事項……決まっていることだ。

 もし俺の表情がどうしようもなく(ゆが)んでるんだとしたら、復讐に狂っている俺の精神異常が表層に出てきてるってことだろう。

 だが、それがどうした……人に恐れられ、忌み嫌われる……望むところだ。俺の復讐者としての在り方が一眼で分かって貰えるのなら、そいつは願ってもねえ。


 (それよりこれだろう、脱ぎ捨てられたマルジャーナの衣装に隠された宝具たる短剣(ダガー)、ハンジャル……託した亡き婚約者に肌身離さずぐらいに言い含められた筈だが、流されるままハーレムの女に堕ちてみれば(らち)も無い)

 アポーツで手許に引き寄せて見れば、青い宝石と緑青細工に飾られた優美なカーブを描く鞘と柄が見事な一振りだった。

 これの価値が分からない愚かな肉欲の亡者共には、豚に真珠の過ぎたる代物(しろもの)だ。



 ハイパー・フリズスキャルブの事前調査では、この世界の妖魔神(ジンマ)が封じられている器物の起源は古く、長い年月を経た道具などに精霊が宿る付喪神(つくものがみ)とも違い、世界の混沌期に支配階級だった幻魔の(たぐ)いが人間の賢者層により器物に封じ込められて出来たらしい。

 これに依り人類が霊長類の頂点として現在の世の中が成立したと言うのが、伝承として残されているどの神話にも共通の言い伝えだ。

 色彩豊かなこの世界では実に多彩で妙味(みょうみ)な色彩表現が溢れているのだが、“幻魔器物”、所謂(いわゆる)ビスミラと呼ばれるものの頂点のひとつに四つの色の名前を冠した鬼神器物がある。

 (あお)緋色(ひいろ)鉛白(えんぱく)漆黒(しっこく)の四つだが、そのうちのひとつ、神話級器物“蒼いジャンビーヤ”がこれだった。



 さて要は済んだと頂戴していく際に、持ち主に失敬(しっけい)する捨て台詞(ぜりふ)を告げたものか迷っていると、俺の耳が聞き捨てならねえひとことを捕らえた。

 途端、隠形スティルス化モードも何重もの高度な認識阻害も金繰(かなぐ)り捨てて、(つや)めく色の花園、ロスタムのハーレムに悪鬼羅刹も吃驚(びっくり)の大魔神が降臨していた。

 放たれる怒気が無意識の安全装置で制限されていなければ、生命力の弱い奴は身の毛が弥立(よだ)って、ショック死していたかもしれねえ。


 「……今、()()()って言ったよな?」

 古代セム語派から派生して普及した汎用アッカド語に、俺達の世界の言語で“スベタ”を意味するニュアンスの単語が存在しているのが不思議だったが、きっと尻軽女を侮蔑するのは万国共通なんだろう。

 口々に悲鳴を上げてけたたましく恐れ戦慄(おのの)く女共を余所(よそ)に、口にした張本人、サルタンの爺いに空気弾を撃ち込んだ。

 恐怖に凍りつく間抜けなチョビ髭のエロ爺いに肉薄するのは一瞬だったから、何故自分が死ぬのか理解すらしなかったろう。

 数十発の空気弾は、ボコボコと穴を穿(うが)ち、着弾と同時に膨れ上がって、()ぜた。

 今の今までサルタンだった男の身体は、見分けも付かない肉塊と化していた。すぐ側で見ていた正室と愛妾が絶叫している。


 遣っちまった感、半端ねえが、まっ、仕方ねえ。

 こいつだけはどう言う訳か、俺の琴線(きんせん)に触れる……どうにも我慢がならねえ。

 たとえ戦乱を招こうとも、どのみち王族なんて奴はどいつもこいつも(ろく)でもねえから、生かしておく道理もねえ。

 飛び散った肉片と血飛沫(ちしぶき)に、広過ぎる愛の巣には、あっという間に屠殺場のような血臭が立ち込める。


 泣き叫ぶ愛妾、マルジャーナの方をアポーツで引き寄せる。

 首を掴んで(ひざまず)かせると、座り小便に失禁していた。

 あまりにも怯えるもんだから、視線を合わせるのに俺も(しゃが)み込んで姿勢を低くした。サルタンの返り血で汚れた顔を(ぬぐ)ってやる。


 「結局、ハーレムと言う場所は女を少しずつ狂わせるのかもしれねえな、もっと愛されたいとか、もっと深みに嵌りたいと言う気持ちに歯止めが掛けられなくなる」

 「サルタンを殺っちまったから、跡取りが指名されていないこの国は荒れる……逃げるも残るも、好きにしたらいい」

 「元の婚約者に託された宝剣は頂いていく、お前が持っていても糞の役にも立たないからな」


 こちらに奪った“蒼いジャンビーヤ”を示してみせれば、マルジャーナの顔に恐怖以外の感情が戻った。

 焦りか、未練か、だがそれは吹けば消えてしまうような弱々しいものだった。


 「お前の婚約者だった王子とやらは、今のお前の姿を半分予想してたのかもしれねえな……生き延びる為には貞操だなんだと言っちゃあ居られねえが、今のお前は(ただ)の珍宝狂いの飢えた発情牝犬だ」

 「仕方がねえと言えば仕方ねえかもしれねえが……忠誠を誓った者の背信としても、添い遂げる筈の内儀(ないぎ)としても、最低の裏切りだ」

 「因果だが、それが女の本能って奴なんだろう」


 俺が何を言わんとしているのか、サルタンの愛妾マルジャーナは女の直感で薄々気が付いたのだろう。

 これ以上聞きたくないと言う風に、イヤイヤをするように力無く首を振った……当然予想していても、敢えて11年間耳を塞ぎ続けた非道く醜い真実。


 「変わらぬ愛を誓った筈が、忠節とは程遠い性獣の姿……貪欲に性欲を満たすだけの肉便器、それがお前の本性だ」

 「お前の慕っていた王子が託した大切な宝剣だった筈が、とんだ宝の持ち腐れだった……ハーレム内では禁句としてずっと真相は知らされてなかったようだが、敗戦国への見せしめに王子は11年前に首を()ねられている、命を下したのはお前が散々股を開いていた肥満体のサルタンだぞ?」

 マルジャーナの顔は見る々々青くなって、声にならない絶望の叫びを発して、やがてそれは長い長い慟哭(どうこく)になった。



 ものは手に入れたので後はどうでもよかったが、太守の愛妾マルジャーナは、生まれ付いた女の(さが)と不甲斐無い己れを嘆いてそれから三日後に、毒杯を仰いで(はかな)くなったと言うことだった。

 大切な物を失う悲劇、裏切るべきではなかった者を裏切って仕舞った自戒を心行くまで味わって貰えただろうか?

 奪い、殲滅(せんめつ)し、蹂躙し、また奪う……極悪非道の人非人(にんぴにん)、復讐者ソランにとって本来、人の不幸なんかどうでもいいのだが、どういう訳か男を裏切る女を見ると当然の(むく)いを受けさせたくなるのは、どうも俺の悪い習性のようだった。


 随分以前に、悔し(まぎ)れに毒突いてやろうと、キチガイ勇者の残留思念をネメシスの降霊術式で呼び出させたことがあった。

 奴は、世の中の女と言う女を憎んでいた。

 奴に言わせれば、世の中の女は全て精液依存症、交尾依存症だそうだが、俺もその意見に全面的に賛成した訳じゃない。

 でも世知辛(せちがら)い世の中で、スノードームの中のトプカピ宮殿みてえにキラキラした幻想を、手付かずの幻想のまま取っておけることは極端に少ねえ。


 ―――それは所詮、肉欲のユートピア。

 女への復讐に生きて死んだサイコパス勇者が“魅了・催淫”で築き上げた似非(えせ)ハーレムも、権力に物を言わせて世界中から美女を掻き集めた世界有数の大ハーレムも、結局はブクブク太った肉布団共が薄汚い快楽を喰らい続ける、欲望と言う名の汚穢(おわい)にまみれた豚小屋だ。




挿絵(By みてみん)




 「初めて乗ったが、この砂漠駝鳥(さばくだちょう)の激しい上下動、女の身にはちと(こた)えはせぬか、主等(ぬしら)はどうなのじゃ?」

 砂漠を疾走する二瘤駝鳥(ふたこぶだちょう)(また)がるネメシスが、言う程苦もなく、斜め前を並走する一羽に大きな声で問い掛ける。

 俺達を中心に濛々(もうもう)たる砂塵が舞い上がり、殺人的な陽の光も少し(かげ)るようだ。


 「……な、慣れてるからっ」

 答えるサラディンは、長い耳の先まで真っ赤にしている。

 してみると、見た目よりこいつは初心(うぶ)なのかもしれねえな……面白え、妙に股間に伝わる振動が気にはなっちゃいたが、女の身には特別な味わいがあるようだ。

 ダリラと同じウンム蜜蜂学派らしいが、長命族出身のこの女は純粋なスンナ派ではないようで、ファジュルって夜明け前の礼拝(サラート)には参加してなかった。二瘤駝鳥(ふたこぶだちょう)のブラッシングとか餌遣りをしてた。

 俺が待ち合わせ場所でこいつらの用意した満載の荷馬車3台分の水と食糧を苦も無くストレージに仕舞うのを、吃驚(びっくり)して見てたっけ。



 砂漠の移動手段に駱駝(らくだ)(ひづめ)が広い砂漠馬もあるが、速さを優先するなら断然この二瘤駝鳥(ふたこぶだちょう)だった。

 その分激しく揺れるので、好んで使うのはもっぱら墳墓荒(ふんぼあ)らし達だったが、駱駝(らくだ)と同じように乾燥に強い体構造で砂漠の踏破には重宝してるようだ。もっとも連続して砂丘が続くような場所では、慣れてないと首を痛めそうだけどな。

 しっかし揺れんな、この上下動は半端(はんぱ)ないわ……乗り心地の悪いの嫌いじゃねえけど、普通だったら舌噛んでんぞ。


 数あるパーティの中で、こいつらに目を付けたのは実はコタ出身の土地勘と、以前正しい道筋で“アラジン霊廟神殿”に辿り着き、苦杯の内に撤退した実績を買ったが(ゆえ)だ。

 広大なデッパン砂漠をこいつらの先導で、迷わずに進んでいた。

 衛星軌道に打ち上げた監視衛星のリアルタイムモニターで俯瞰してるが、今のところ道は外していない。



 「で、ビヨンド姐さんはくすねたジャンビーヤでも嫌な顔せず受け取ってくれたの?」

 「官能ハーレムのサルタンを血祭りにあげたって聞いたけど」


 「……お前、その言い方はちょっとトゲがねえか?」


 「えっ、事実じゃん……(わらわ)だったら嫌だけど?」


 「盗んだ金でも金は金、悪貨は良貨を駆逐すると言って……いや、ちょっと違うな、清濁(せいだく)合わせ飲む、それもちょっと違う……」


 「“渇しても盗泉(とうせん)の水は飲まず”、(わらわ)だったら断固受け取らない……真心がこもってないよ」


 「うるせえな、俺は教官にトラップ島での借りがあんだよっ」


 そう、ベルゼブブの深淵が混沌に呑み込まれ、エクロンの使徒を含む黒い生命力に浸食されたトラップ島戦役での辛勝(しんしょう)は今でも忘れられねえ……あの時、俺は己れを失う一歩手前まで追い詰められた。

 ビヨンド教官がご先祖様由来の宝剣、“ゾモロドネガル”――神代と呼ばれた人類の魔法文明黎明期に錬成された奇跡のジャンビーヤを俺の為に差し出して呉れなければ、復讐を成し遂げられず俺は、(つい)えたかもしれねえ。

 だが、その為に教官は実の母親から託された一族の秘宝を永遠に失うことになった。ずっとそれが負い目だった。

 俺の安い命と引き換えにしていいもんじゃなかった。


 だから俺は、“蒼いジャンビーヤ”の話を聞いた時に、何がなんでも手に入れてえって思ったんだ。

 口煩く俺に(しか)めっ面を止めろと小言を言う教官だが、使えるものはなんでも使い、奪えるものは例え国家の生命線だろうと非情に成り切って奪うゲハイム・マインの遣り方はよく理解している。

 だからこそ鬼神器物の奪取作戦に自ら加わった。

 結局、今回の俺達の目論見(もくろみ)に意図した通り“蒼いジャンビーヤ”に眠っていた(いにしえ)妖魔神(ジンマ)、“巡る蒼天のアハリマン”はビヨンド教官を正当な主人(あるじ)と認め、(かしず)くことになった。

 これが死んじまったあのマルジャーナって女だったら、主従の儀を結ぼうとすれば精神力が弱過ぎてとてもこうはいかなかったろう。



 「一体何の話だ、くすねたジャンビーヤ とか、あまり穏やかじゃないように聞こえたが?」

 ダリラが俺とシンディに駝鳥(だちょう)を寄せて来て、問い(ただ)す。

 耳が良いな。


 「あぁ、先週、ロスタムのハーレムから掻っ払ってきた“蒼いジャンビーヤ”のことだ」

 別に隠す積もりもねえから、本当のことを話す。


 「……嘘だろっ、ロスタムって言えば遥か東大陸の覇者、武名(とどろ)く大帝国じゃないか、(あり)の這い出る隙間もない宮殿の厳重な警戒は特に有名だった筈っ!」

 「しかも失われた古代四色神器がひとつ、“蒼いジャンビーヤ”だって……本物なんだろうなっ!」


 「そう言えば、前の街のハンマームでロスタムのサルタンが惨殺されたって号外が出ていたっ!」

 いつの間にかムハンマドとメヘラーブまでが、(くつわ)を並べていた。


 「あぁ、デブのサルタンは俺が()った……俺の前で禁句を口にしたんでな、(おご)り高ぶった野郎に相応(ふさわ)しく、二目と見られねえ(むご)たらしいミンチ肉にして(ほうむ)った」

 楽しい砂漠旅に話題を提供するぐらいの軽い気持ちでバラしちまったが、どう見ても連中には驚天動地に等しい驚愕らしかった。

 そんな顔をしている。


 「もうっ、いろいろ分からないことだらけだけど、先週東大陸に居た君がなんで今ここにいるのっ!」

 「もしかしてだけど、神代級魔術、“転移”が使えたりする?」

 冷静沈着に見えたパーティ・リーダーだったが、この女も人並みに慌てふためくんだな。


 「……別に転移なんか使わなくても、移動手段は色々とある」

 転移は使えるけどな。


 徐々に俺達から距離を取るダリラ達に、まるで化け物でも見たような動揺の気配が色濃く読み取れる……おいっ、そんな警戒すんなよ。


 「な、なんで我等(われら)と駝鳥で旅をしている……物見遊山(ものみゆさん)などではなく危険な旅なんだぞ、ほ、ほ、他に何か目的があるのか?」


 「えっ……なんでって、その方が途中魔物と闘えたりとか色々と楽しいじゃねえか」

 まるっきり嘘じゃないぜ、自他共に認めるバトルジャンキーには違いないからな。


 「そんな狂人を見たように遠去(とおざ)からないでもいいだろ?」

 「それよりこの振動、サンドワーム系の魔物が近くまで来てるぜ、砂漠蚯蚓(さばくみみず)砂沙蚕(すなごかい)だろう……多分こっちを見つけた」

 「迎え討つ準備をした方がいいんじゃねえか?」


 一斉に戦闘準備に身構える“あばずれダリラ”だったが、もっと気の(はや)る奴が居た。


 「ソラン、2時の方向、地表に出てくるよ……やっていいよね!」

 余程欲求不満なのか、シンディが臨戦態勢だ。


 「お客様に流れ弾が当たらないようにな」


 委細承知とオーダーを、“お客様に流れ弾が……”と復唱して弾丸のように飛び出すシンディは、既に高速戦闘モードだ。


 地響きと共に、派手に大量の砂塵を巻き上げて巨大な蠕虫(ぜんちゅう)共が地上に頭を(もた)げた。

 全部で6体、一匹の胴は白長須鯨(しろながすくじら)ほどもあるだろうか……砂面を割って出た勢いが突風となって、突然の砂嵐を呼んだ。

 自動重力制御が働く俺達と違い、ダリラ達は駝鳥(だちょう)ごと吹き飛ばされそうになり、咄嗟(とっさ)に駝鳥をかがませた。

 だがシンディが(おお)った、出現地点を中心にすっぽり包むドーム状の大きな物理結界で、風はすぐに止んだ。

 続いて全方位一斉掃射の何百本のレーザーのような光術が、ドームの中心から360度に向けて発射され、物理結界内側の反射面に跳弾して、減衰(げんすい)しないまままた跳弾してを繰り返したので、ドーム内はあっという間に光に満たされた。



 ほんの(わず)かの内に呆気(あっけ)なく全てが終わった惨劇の現場に、サンドワームの残滓(ざんし)は跡形も無かったが、消し飛び溶けた大地が擂り鉢状に(くぼ)んでシンディが降り立つ。

 穴の淵で急停止する駝鳥(だちょう)を乗り捨て、シンディの許に滑空して飛び降りると、勢いのまま顔面空手チョップをお見舞いした。


 「はい、0点(れーてん)……この場合、サンドワームは生け捕りが正しい、クロノス・クロック・ダウンかフリージングの時間停滞魔術、凍結魔術で動きを止めるのが正解だ」

 「お前は戦士としては神クラスだが、こう言う場合の工作員としてはまだまだだ、……お話にならねえ、どうせ都合の悪いことは全部まとめて記憶改竄(かいざん)しちまえぐらいに、安易(あんい)に考えてるんだろう」


 大して(こた)える筈もねえんだが、鼻を(さす)りながら不服そうにシンディは唇を尖らせた。


 「相変わらず人の話を聞いとらんのお、ポンコツ娘……この間のミーティングで現地貨幣の偽造は経済破壊を招くからやめておこうと、決まったばかりじゃろうが」

 追い付いてきたネメシスが背中越しに揶揄(やゆ)する。


 「なんでそれが生け捕りになんのっ!」

 まっ、今迄も覚悟を決めたこれからも行き当たりばったりのアドリブで対処してこうって俺達が、いきなり些細なことも緻密に判断しろってのも無茶ってもんかもしれねえな。シンディなら尚更(なおさら)だ。

 だが最短で最善策を見つけるのは、これからの俺達にはより一層必要になる。


 「サンドワームはここの土壌、堆積性メランジュとオリストストロームを腹腔の圧力と特殊な酵素で希少な魔石に変える……魔石含有率の高いサンドワームの(ふん)が非常な高値で取り引きされてるのは、知ってるよな」


 「あっ……!」


 「そう、現地通貨獲得の貴重なチャンスだったんだ……まぁ、どうしても必要なら金はどっかから盗んでくるだけなんだが、出来るなら最低限は真っ当に遣ろうかなと」

 「だから戦略上は可不可無くても、ミッションとしては落第点」

 (それに高ランク“墳墓荒(ふんぼあ)らし”の手の内を観察するのが、最初の目的だったろう?)

 後半は声を出さずに伝える。


 擂り鉢の淵から下を覗き込む“あばずれダリラ”のメンバーは、いずれも戦々恐々と見下ろしていた。




挿絵(By みてみん)




 「“アラジン霊廟神殿”のダンジョンマップは失われてから、3世紀は立っているのだぞ、信憑性は眉唾(まゆつば)も同然じゃないのか?」


 乾季の強い日差しを避けるチャイハナの奥まったカウンターで、マサラ・ティーや酢とミントのセカンジャビン・シャルバットなどで涼を摂っていた。

 だが、乾いた咽喉を潤す筈の飲み物は半分も減っていなかった。


 「“鑑定眼の魔神”、マハールッカはこれを本物と認めた」

 メヘラーブは自分が使役する魔神の鑑定結果を主張した。

 確かにメヘラーブの魔神が、真贋(しんがん)(たが)えたことは無い。


 「しかし、“アラジン霊廟神殿”は危険過ぎて、ここ何十年も名のある“墳墓荒(ふんぼあ)らし”は(いど)んでいない……分かっているのか?」


 「6年前の雪辱を晴らしたいとは思わないのか……あの時失った仲間、クセルクセルの仇を討って無念を晴らさねば、俺達は本当の意味で前に進めない」

 「若い頃の失敗にいつまでも捕われてって話とは訳が違う、あれは呪縛だ……俺達がパーティを続けていく以上、何時迄も付き(まと)う苦い思い出……俺は未だに悪夢を見る」

 「リーダーだってクセルクセルのことはっ!」



 “あばずれダリラ”のパーティ名で、互助協会に登録した当初、私達は6人だった。

 コタの街を拠点に、中堅の“墳墓荒(ふんぼあ)らし”として順調に経験値を積み上げていた。幸か不幸か、コタの街は“アラジン霊廟神殿”に最も近い人間の居留地なので、ここに挑もうとする身の程知らずな者は幾たびか立ち寄るが無事に帰ってくる者は少なく、嘗て生きて帰って来た者は聖廟神殿に辿り着くことも出来ずにデッパン砂漠で道を失い、悄々(すごすご)と引き揚げて来た組……そんな言い伝えだけが残っていた。

 西大陸や中央スキタイ大陸だけではなく遥か東大陸からもやって来ていたようだが、金剛石(ダイヤモンド)等級のレベルの墳墓荒(ふんぼあ)らしでさえ霊廟神殿に眠る“魔法のランプ”に辿り着けた者はいない。

 当時、懇意にしていた()()()と言って、ダンジョンのマップを金で取引する商売の情報屋が居た。

 神殿内ではないが、一年の内聖なる断食(サウム)の月ラマダーンの間だけ現れると言う“アラジン霊廟神殿”までの正しい道筋を示した地図をこの男から買った。

 やっと銀等級にクラスアップした私達のパーティは、更に実績を積もうと、まだハードルの高かった“アラジン霊廟神殿”を目指した……自分達の実力を見誤り、無謀にも未だ未到達の難易度Sクラスのダンジョンにアタックして仕舞ったのだ。

 未だ嘗て誰も成功したことのない“アラジン霊廟神殿”……その意味をもっと考えるべきだった。

 結果、デッパン砂漠の初めて踏み込む深奥を極めて、シデムの谷の霊廟神殿には辿り着いたものの、第二層でアンデッド系モンスターの猛攻に(はば)まれ、挙げ句パーティを切り崩され、泣く々々撤退せざるを得なかった。

 命からがら逃げ帰ったのだ。

 この時に、結成以来のメンバー、参謀役として私を公私に渡り支えた同性の恋人……付与魔術と召喚獣使いの器用な中衛職だったクセルクセルを失っている。

 ゾンビ・レギオンに遣られたので、遺体の回収は叶わなかった。

 仲間がゾンビ化してしまう最悪の事態を避けて、異形と化す瞬間のクセルクセルを自分達の手で燃やした。

 今なら分かる……あの時の判断は(つたな)く、他に打てる手は幾らもあったと。リーダーとしての私が熟達していれば、クセルクセルを死なせずに済んだのだと。

 たった一度の攻略の失敗が、私達を打ちのめした。

 最愛の人を失った私は、3ヶ月を()に服した。

 以来肢体のフォルムも髪も顔も、目許すらも隠す真っ黒なニカーブとアバーヤの戦闘装束が私のスタイルになった……素顔を晒さないのが、クセルクセルに対する供養の積もりだった。

 その後、最悪の思い出を払拭(ふっしょく)して遣り直す為に、私達はコタの街を売って、遠方に活動拠点を移した。


 「この神殿内の階層マップは、もう可成りの互助協会拠点に出回っているようだ、機動力に劣る儂等(わしら)のパーティはすぐに行動を起こさなければ手遅れになる」

 メヘラーブが焦ったように、決断を(うなが)す。


 「幸い、ラマダーンはまだ先だ、シデムの谷に至るあの道を知る者はまだ少ない筈」

 ムハンマドは嘗て霊廟神殿までは辿り着いた自分達の優位性を示して、同じように私の判断を求めた。

 二人の中では、リベンジに(いど)むのはもう決定事項のようだった。


 いつも口数が少ないナシッドを見ると、眠っているような細い目を更に細めて、大きく(うなず)いた。


 「分かった、一度も帰ったことが無かったが、明日の朝、コタに向かうとしよう」


 私の所為(せい)で死なせて仕舞ったクセルクセルは、由緒正しきマドラサのひとつ、ジャムシード魔術学院の秀才で、女性としては初めての卒業生総代を務めた。

 当時、最強の幻魔使いと謳われた指導者(シャイフ)、ガウガメラ・マザイオスに師事した将来を嘱望された逸材だったが、その性癖からウンム蜜蜂学派と言う少数派に入党していた。

 大っぴらには出来ないが、ウンム蜜蜂学派は女性の同性愛者のコミューンだった。

 ……私がウンム蜜蜂学派に傾倒していったのも、彼女と関係を持ったからだ。


 父親の顔も知らない娼婦の子として育った私に普通の家庭は築けないと諦めていたが、そんな私でも貰って呉れると言う相手に恵まれて最初の結婚をした。最初の夫は結婚後二ヶ月目に、荷車の下敷きになって亡くなった。

 もう巡り合わせも無いかと悲観した私に、再び一緒にならないかと申し出て呉れる男があった。二番目の夫は三週間で、毒蛇に噛まれてあっさりと死んだ。

 遠い昔、ハンジャルではなく腰に帯びるのはアキナケスと言う短剣やケペシュと言う多分に呪術的な意味を持った鎌斧だった時代から、連綿と続く砂漠の盗賊バンダカの民を祖先にするのが剽悍(ひょうかん)なラッピス人だ。男達は短命で天寿を(まっと)うする者の方が少ない。寡婦(かふ)になった者は違った男に嫁ぐのも珍しくない。だからこその一夫多妻制だ。

 だが私の夫達の死に方は何処か腑に落ちない……三番目の男に嫁ぐ際には、何か予感めいたものがあった。

 なんの因果か、婚姻した相手が次々と不幸に見舞われて死んで仕舞う怪奇が続き、三番目の夫が原因不明の高熱に伏せった時、土着の占い師に見て貰ったところ、私には伴侶の命を縮める()()が掛けられていた……母親や祖母代々引き継がれる呪いだと言う。

 早くに亡くなった母親は私に一言も告げないままだったが、何故娼婦として生きなければならなかったか分かった気がした。

 男の味を知って仕舞えば独り寝の夜は耐えられない。だが私は娼婦として生きるのは嫌だった。

 幸い私には幼い頃より剣技や幻魔使いとしての才があった。

 “墳墓荒(ふんぼあ)らし”として生計を立て、行く先々で()き摺りの男と一夜を共にして生きる。

 もうそれしかないと、絶望の内にそんな生活を始めた。

 実際に初めて会ったような後腐れの無い男達と性欲を満たし合うような暮らしに、もう顔も名前も思い出せない数の男達が私の身体を通り過ぎって行った頃、クセルクセルと出会った。


 クセルクセルは偶然訪れたバザールの視察の途中で、私を見染めたそうだ。サラセンの女達は頭髪を隠す。当時まだヒジャブ頭巾は顔を(おお)う迄はしていなかった私が、好みの顔だったそうだ。

 政府高官、宮廷魔術師団の地位を捨ててクセルクセルは私の為に一介の“墳墓荒(ふんぼあ)らし”になった。

 同時に、女同士の性行為を私に教えた。

 女同士の性愛なら、私に掛けられた呪いも無効かと思う希望的観測も手伝って私達は何度も燃え上がった。

 その後何年もクセルクセルは私と一緒に居た。

 もう大丈夫かと思った。

 相手は男ではなかったが、私は生涯の伴侶を得た思いだった……私が心から欲していたものだった。

 やがて頭角を表していった私達二人は、他に仲間を(つの)りパーティを結成した。昔の不道徳な暮らしからあまり有り難くない二つ名が付いていたのをそのままパーティ名にした……(いわ)く“あばずれダリラ”。


 結局、無茶なクエストを敢行して私はクセルクセルと言う伴侶を失った。呪いには勝てなかったのだ。


 「いいんじゃない、クセルクセルの敵討(かたきう)ち、やろうよ!」

 最後にユッスーフ・サラディン、今の私の仮初(かりそめ)の性愛の相手に確認すると、どうやら彼女からも許しが頂けたようだった。

 実は作戦立案などは彼女が請け負うことが多く、長生きな分、経験もあって重要な決定事項は彼女が頼りだった。

 彼女にとってもクセルクセルは大切な(つがい)の筈だった……失って悲しいのは、私だけではない。


 彼女だけはうちのメンバーで、クセルクセルがウンム蜜蜂学派から引き抜いて来た女性で、早い話がクセルクセルのパートナーだった。

 私だって、淫乱女のように輪姦(まわ)されてみたいとか不埒(ふらち)な願望がある訳ではないが、クセルクセルは性に就いては奔放で時に変態的な行為を好んだ。

 生前、クセルクセルが三人でのデイジーチェーンを懇願していたがユッスーフが多羞(しゃい)なので実現はしなかった。

 でもクセルクセルの薦めで、ユッスーフの瑞々(みずみず)しい耳長族の肢体とは何度か肌を重ねたことがある……冗談混じりだが、在りし日のクセルクセルが、もし私が死んじゃったらユッスーフと夫婦になって欲しいと、頼んで来たことがあった。

 今となっては笑えない冗談になって仕舞ったが、愛することが条件なのか、それとも肉体的な交合が引き金なのか分からないまま、私の呪いでユッスーフまで失うことになってはと、私達は2ヶ月に一度ぐらいしか愛し合っていない。

 長命な耳長族のユッスーフはそれ程の頻度でも満足しているようだが、私の身体の(うず)きは手淫で治まる筈も無く、以前の男を漁る生活が戻って来ていた……我ながら、惨めで(わら)えた。



 死んで仕舞った者は戻ってこない。

 ただ死者を(いた)むことは出来る。過去の失敗にけじめを付ける為に、私は覚悟を決めることにした。


 旅の手配は多忙を極めたが、順調に行けば2週間程でコタ迄は行けそうだった。ただ私には思うところがあった。

 苦杯を()めた最初の聖廟攻略で砂漠のアプローチが思った以上に長く疲弊して、体力を温存出来なかった。

 資材の運搬に数珠繋(じゅずつな)ぎにした駝鳥を騎乗用とは別に10羽程引き連れたが、それでも水が不足した。

 塩分を多く含む土壌の砂漠は、多くの幻魔使いの中でも水属性の幻魔が最上位とされる所以(ゆえん)だ。

 二度目の失敗は許されない。パーティとは別に、荷運び役のポーターを臨時に雇うことを視野に入れていた。

 帰京の途中で立ち寄った街の互助協会を通じて、コタから霊廟神殿迄のポーターを募集していたが、コタに到着する二日前に応募のオファーを貰った。


 「“ゲハイム・マイン”、あまり馴染みの無い響きよね……どこの言葉なのかしら?」

 世の中にパーティやソロ、“墳墓荒らし”数多(あまた)あれど、ユッスーフは金級以上の実力者の評判や名声、外聞に通暁(つうぎょう)していた。

 まあ、ポータークラスなら星の数程が稼業にしてる筈だから、知らなくても不思議は無かった。



 会ってみて可も無く不可も無く、普通の印象だった。

 リーダー格の男が交渉役で、あらかじめ決めてあった報酬で構わないと承諾した後に自己紹介を始めたが、妙に自信たっぷりだったのが気になったぐらいだった。

 だが違った。

 目の前で話してる筈なのに、相手の顔が覚えられないのだ。

 確かに相手の顔を見ながら容姿なり造形を捉えている筈なのだが、ふっと横を向いた時に気が付いた。

 その瞬間に、見ていた筈の顔が頭の中から雲散霧消したのだ……記憶出来ない。

 パーティの仲間も、その不自然さに気付き始めていた。

 初めての奇怪な現象に狼狽(うろた)えるのを隠すのに必死だったが、おそらく高度な認識誘導が(ほどこ)されている。

 気付けば、私達は音声遮断の結界にさえくるまれていた。


 嘘か真か、収納術式は無限だと言う。今迄聴いたことも無い。

 良くて無属性幻魔の格納魔法で荷馬車5台分……中には身体強化の術式を使う剛力(まが)いのポーターも居たりするぐらいだ。


 「えっ、実績?」

 「……実績も何も、俺たちゃあ先々週に互助協会に登録申請したばっかりだぜ、もろ駆け出しのバリバリ亜鉛等級だ」

 「あぁ、実力が心配か?」

 (もや)が掛かったようにはっきりとした笑い顔は見えないのに、含み笑いをしたような気配があった。


 「ひとつ手妻(てづま)をご披露しよう、さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい……ちょいとテーブルの上を片付けてくんな」

 「御用とお急ぎでない坊ちゃん嬢ちゃん、旦那衆、ゆっくり聞いといで、お代は見てのお帰りだっ、これから開帳するは事実は小説より奇なりってえ奇妙奇天烈な昔話だ」

 聞いたことも無いが、薬か何かの叩き売りの啖呵符丁(たんかふちょう)か、口上の文句のようだった。


 男は金貨を親指で(はじ)いて、上へ投げ上げた。

 キンッと言う(はじ)く音に、男の術中に堕ちていたのかもしれない。

 ゆっくりとテーブルに落ちた金貨は、クルクルと回り初めて、私達は一人残らず引き寄せられるように回転する金貨を見詰めた。


 するとどうだ、テーブルの上にミニュチュアのような何処か、何かの情景が浮かび上がった。幻術の(たぐ)いだろうか!

 戦争か、何かの軍事行動だった……何十万と言った軍勢、騎馬軍団が何処かの山城を攻め落とそうとしている。

 歩兵隊が何台もの破城槌や大きな投石カタパルトを押して、城門に取り付いていた。


 (ヒジュラ紀元前282年、今からおよそ2030年前にここコタの砦はビスミラ争奪戦争の激戦地だった)

 男の言葉は今迄と違い、直接頭の中に響いた。


 すると何か、2030年前に有った現実を今、この小さなテーブルの上に再現していると言うことなのか?

 (にわか)には信じ難いのだが……だがしかし、この鮮明さはどうだ!

 軍兵一人々々の戦場で血に狂う表情さえもはっきりと見て取れる!


 (今のカスみてえな()()()()と違い、神話級の幻魔器物が幅を利かせていた時代だ、神の電閃(でんせん)、山野を押し流す水竜の術……四日に渡る攻防戦の最終日、結局、コタの砦は攻め落とされる、この趨勢(すうせい)、良く目に焼き付けておけ)

 (勝敗を決めた“アラジンの魔法のランプ”は、シデムの谷の霊廟神殿に封印に近い形で安置されることになった)


 俯瞰(ふかん)に見える立体の現像には頭の中に響く男の声の言う通り、見たことも無い神話時代の暴威に蹂躙されるコタの城塞が見て取れた。

 空からは地獄の業火が降り注ぎ、辺り一帯海になったかと思われる濁流が押し包み、次の瞬間には水面は結氷し、全てが凍りついた。


 「はい、お粗末様……」

 ポンポンと手を叩く音に、私達は夢から覚めるように共同浴場のトラットリアの大きくはないテーブルを囲んでいた。


 「ご納得頂けたかな?」

 変わらず見えているのに顔の見えない男が、問うて来た。

 もし今のが真実なら、私達は“魔法のランプ”について本当のことを何も知らない。

 何より驚嘆する奇跡を見せたこのポーターを名乗る、得体の知れない男達をこのまま雇い入れて良いものか迷った。

 だが戦力としては申し分ないように思えた。

 この者の実力、底が知れない。


 腹は決まった。

 明日の待ち合わせ時間を念押しして、アタックの為の糧食や水を調達する為に嘗て知ったるコタのバザールを目指した。

 昔のハラール、回々(フィフィ)教の正しい手順で屠殺された肉を扱うあの店がまだあれば良いのだが。

 丁度、午後のサラート、アスルの時間も近い。




挿絵(By みてみん)




 その晩の野営は楽しい焚火と野外炊爨(すいさん)でも良かったんだが、細かい設営が面倒になって迷彩機能付きのキャンピング・ベースユニットを出して楽をすることにした。


 初日の砂漠行は、時折群がってくる砂漠の魔物類の討伐を、その後シンディを下がらせてダリラのパーティに遣らせてみた。

 ……結果、金等級でもサンドワームが相手だとよくよく梃子摺(てこず)るようだった。

 これで金等級だってんだけど、“アラジンの霊廟”攻略、こんなんで大丈夫かな?



 「さあ、入って入って、一応ドアロックは音声認証だから、後で登録しといてね」

 「オープン、セサミッ」

 触れると可視化するユニットの出入り口が、シンディの合言葉で音も無く開いた。


 おっかな吃驚(びっくり)入ってくるメンバーを尻目に、エアコンディショナーの温度設定をする。

 「26度でいいか、それとも砂漠の夜は冷えるからもっと低い方が快適なのか?」

 「夜の礼拝、イシャーはするよな? 正確なアザーン時計をセットしといてやるよ、予鈴は5分前でいいか?」


 「駝鳥達はパーキングに収納した、休息他のメンテナンスはベースユニットがやるから心配せんでもいい」

 「すぐ飯にするから、先に隣のシャワー・ブースで汗を流すがよかろ、使い方は音声ガイダンスに従ってくれんか」

 珍しくネメシスが親切だ。何か思うところがあるんだろうか?


 ダリラのメンバーが、口を開けて(ほう)けていた。

 どうしたと思ったが、俺達が認識疎外を解いたからのようだ。

 まあ、ネメシスの顔を直視したら無理もねえよな。


 「「「「ヒイイイイイイィッ」」」」


 なんだよ、人の顔見て悲鳴上げるなんて、失敬(しっけい)な奴らだな。

 そんなに俺の顔が怖いのか?


 「あの、あの、あの、あの、あの、ここは何処なんでしょう?」

 「貴方様は、な、な、な、何者なのですかっ?」


 リーダーの癖にすっかり動揺してんぞ、敬語になってるし。


 「普通に野営してもいいんだが、設営も面倒臭くなってな、ストレージに持ち歩いてるキャンピング・ユニットだ」

 「こっちのモニタールームで、20から30カメラ程任意の視点を設定出来る、動体センサーや魔力感知他で周囲の危険接近を察知出来る……つまり見張りを立てる必要が無いし、もっと言えば自動索敵排除機構が大概の脅威を刈り取る」

 「大型の(さそり)とか昆虫系の魔物は夜行性が多いらしいが、この地域用にファームウエアもアップデートしてある」


 説明しても分かるかな?


 「俺達は眠らないが、あんたらは睡眠が必要だろ?」


 「えっ、ね、ね、ね、眠らないのですか?」

 どうして(ども)ってるんだよ?


 「あぁ、必要ねえし、俺なんざ眠りを奪われている」

 「それより早くシャワー浴びちまってくれ、悪いが俺達のチームのリビング環境は男女別に分かれてねえんだが、六つあるシャワーポッドの手前は個別の脱衣スペースになってる、これならあんたらの戒律や禁忌にも触れねえだろ」


 「いえ、家主から先に使われてください」

 普段口数の少なそうなナシッド・ジャムドが礼儀を示した。

 こいつが一番、根性が座ってるのかもしれない。


 「タアーロフだったけか、俺達に虚礼は要らねえよ」

 回々(フィフィ)教徒の民族的特性、過度の遠慮って奴だ……人にものを勧められて何度も何度もしつこく遠慮するって習性。


 「俺達は新陳代謝をコントロール出来る、体温調節もお手のもんだから汗なんざ一滴も掻いちゃいないのさ」

 「このシンディなんかは、身体構造上、老廃物さえ出ない」


 勝手が分からないながらシャワー室に向かう一行を見送って、メニューをどうするか考えた。

 エスニックメニューは幾つもあるが、ハラルとなると話が違う。

 宗教上の(いまし)めから、食肉はもっとも苦しまない方法で屠殺する必要があり、可能な限り(ナジス)を抜くことが重要という考え方から生きた家畜の喉仏の真下、気管と食道、頸動脈、頸静脈の四つが交わる箇所を一気に切り、血液は自然に落下させる。

 しかも食肉処理は回々(フィフィ)教徒しか行えない。

 非回々(フィフィ)教徒の処理したものは、ハラールとは認められない。



 「さあ、さあ、食卓について、セントラルキッチンが皆んなの為にハラールの夕食を用意してくれたよ」

 シンディがディスペンサーに送られてきた2段プレートを渡しながら、ドリンクのキャンティーンを配ったりしていた。


 「うちのセントラルキッチンは優秀でな、世界中のハラルフード屋から一番フレッシュな食材を仕入れてきた」


 「えっ、こ、こ、こ、こ、このわずかな時間でですか!」

 雌鳥(めんどり)の断末魔みてえな声出してねえで、もうちょっと落ち着けよ。

 彼女等にしてみれば、何度目になるか分からない混乱と疑問だったようだ。


 「あぁ、タッパーのシールを剥がしてくれ、石榴(ざくろ)胡桃(くるみ)と鶏肉のコレシュ、香草と鯖のポロ、ハーブオムレツ、ナンはバルバリ、キャッレパーチェに胃袋のスィーラービー、胡瓜(きゅうり)のヨーグルトサラダ、雛豆(ひよこまめ)と仔羊肉のスープ」

 「デザートはサフランプディングの花梨(かりん)ジャム添えだ、飲み物はハイビスカスティーか無花果(いちじく)ミルクを用意した、どっちでも好きな方をやってくれ」


 疑っているのか、最初はお通夜の晩餐みたいに始まった夕飯だったが、彼女等の鼻息が段々荒くなってくるのが分かる……ムフーッとか唸ってるし。

 俺達も同じものを相伴したが、気に入って貰えて良かったよ。


 「禁酒の戒律を守ってないなら、食事の後に酒も出すぜ」

 のひとことで、男共の目が輝いた。




挿絵(By みてみん)




 ロスタム帝国のサルタンを手に掛けたとか、失われた幻の神器“蒼いジャンビーヤ”を奪ったとか、それにも増して東大陸から一瞬にして移動出来るなど、一体何処から何処までが本当で、嘘なのか、まるで判断が付かなかったが、ヤバイ連中なのは間違いなさそうだった。

 これはちょっと距離を取って関わらない方が良いのか?

 しかしもう砂漠に踏み出して仕舞った訳だし、引き返すに引き返せない、どうする、どうする、どうするっ?

 乾燥した砂漠での呼吸法も忘れて、柄にもなく私は慌てふためき、頭の中には次々と悲観的なことばかりが浮かんで消えた。


 そうこうする内に、デッパン砂漠最大の脅威、サンドワームが襲ってくると言う。塩分の多いデッパン砂漠に生息するサンドワームには悪環境が(ゆえ)か、非常に強力な個体が居る。

 前回の踏破行でも極力避けて通った難敵だ。

 だが、どうだ、シンディと言うまだ年若そうな娘(他の者と同じく顔が分からなかったが)は、あっと言う間に6体のサンドワームを消し去って見せた。

 しかも伝説級の妖魔神(ジンマ)でさえ斯くやと言う程の極大魔術をなんの苦も無く、あろうことか魔法陣も詠唱も無いまま使った。

 これが(ただ)の亜鉛級初心者である訳はなかった。

 あのサンドワームを包んで見せた巨大な物理結界、思い出すだけでも寒気がする。


 やっと彼等の目的を聞いても後の祭りだったが、専業でベテランの墳墓荒(ふんぼあ)らしの実力と手の内を直に見てみたいと言う計略意図で、私達に白羽の矢を立てたと言う。

 驚くべきことに、“アラジン霊廟神殿”のダンジョンマップをばら撒いたのは彼等らしい。つまり私達は、飛んで火に入る夏の虫だったと言う訳だ。

 毒蜘蛛が捕食用に張り巡らした罠に絡め取られた哀れな犠牲者は、どうやら逃げるに逃げられないようだった。


 さあ、それからが大変だった。

 自分達の力で砂漠に遭遇する魔物を倒して見せろと言う。

 肝心な霊廟攻略の為、途中の会敵は極力回避がセオリーと言うに、彼等はまるで私達の尻を槍で突つくようにして、妖異の居る方へ居る方へと押しやり、誘導する。

 遭遇戦の前衛に立たされ、皆んな顔が引き攣り、極度の緊張に脂汗が(にじ)んだ。


 彼等が気を使って礼拝の時間ごとに、まるでモスクにあるような聖なる方位のキブラを示す窪み、聖龕(せいがん)ミラフープと礼拝前に体を清める為の泉、ウドゥーを創り出して見せたのには瞠目したが、私達はそれどころではなかった。

 なんの運命の悪戯(いたずら)なのか、今ある状況からなんとかして逃れんと唯只管(ひたすら)、我等が偉大なる絶対神アスラマに必死に祈り続けた。亜人種(ゆえ)に純粋なサラセンではないユッスーフさえ、一緒に祈った。


 何度目かのサンドワーム討伐に、ナシッド・ジャムドとメヘラーブが無惨に息絶えた。そして彼等の手により、何度目かの蘇生が行われた……もう何がなんだか分からない。

 通常の治癒魔術や神聖蘇霊魔術ではない。ムハンマドなど、一度胴体を両断され、ユッスーフは酸と毒に身体の大半を失い、斯く言う私は砂漠ホーネットに頭を喰われた。

 完全な死からの死者再生……こんなものは、失われた神聖古代魔法でも聴いたことが無い。

 死際の恐怖と想像を絶する苦痛を記憶したまま、何事も無かったように巻き込まれた駝鳥ごとピンピンとして生き返る(おぞ)ましい体験は、まるで繰り返し悪夢を見ているようで、段々と正気を失っていく感覚があった。

 慣れている筈の砂漠の熱砂に照り映える陽射し、ジリジリと灼けつく太陽が牙を剥き、これ程(こた)える日が来ようとはまるで想像してみたことも無かった。

 デッパン砂漠の“デッパン”は、失われた言葉、古代ヘブライ語で()()()()()を意味している。



 もう駄目だ、もう気が狂うと限界を感じた頃に、今日はここで休むと宣言されて格好の岩陰に辿り着き、心の底から助かったと思った。

 極寒の夜を迎える日没に感謝した程だ。

 なんで雇った筈のポーターに好き放題に蹂躙されているのかと言った当然の疑問は、もう綺麗さっぱり消えて無くなっていた。



 もう疲労困憊、ヘトヘトになりながら、天幕の設営は自分達が遣ることになるんだろうなとボンヤリ思っていると、ソランと言う、今となっては創造神か言い伝えに聞く蛇王ザッハークと名乗られても不思議には思われない異界の存在が、何処からか建物を召喚してみせた。

 最初それは見たこともない馴染みの無い構造をしており、材質からして明らかに異質な物を感じさせたが、すぐに消えて仕舞った。

 青息吐息の中、滅多に人の入らぬデッパン砂漠だがこの岩陰は休息ポイントであったらしく、先人が残した焚き付けに使う乾燥した駝鳥の糞などが残されていたのを拾い集め出したムハンマド達が、丁度出現する瞬間、消える瞬間を目撃して、腕に抱えた駝鳥の糞をバラバラと落として仕舞った。

 消えたんじゃない。見えなくなったと言った方がいいか、私の鋭い感覚には気配が感じられたが、きっと魔物の嗅覚とか聴覚には捉えられない透明化の魔術なのだろう……そう言う術式があると噂で聴いたことがある。


 見えない筈の扉が開かれ、中に(いざな)われてまた驚嘆させられたのはその清潔さと眩しい程の明るさだった。埃っぽさなど感じさせないどころか、塵ひとつ、砂粒ひとつ落ちていない。

 匂いというのでは無いが、空気の感じが違う。


 「無菌空調システムだよ」

 と教えてくれたシンディと言う女の顔を見て愕然となった。休息の為に警戒を解いたのか、初めてその女の顔を真面(まとも)に見たのだ。

 だから、()()()()()()()()()()()()が何かとは訊き返せなかった。

 催眠か何かの認識操作の術式は消えていた。

 私達は彼女の実力を目の当たりにしている。厳格で、殺伐として、逃れようのない暴力そのものだ。

 しかしその正体は初めて知った。

 息を呑む程に美しい……絶世の美女と言ってもいい。


 だが、駝鳥を繋いだと親切に言ってくれたもう一人の口数の少なかった女を見て更なる衝撃を受けた。

 天使(マライカ)だ……それ以外に、言いようが無い。

 成る程これでは、顔を晒す異教徒では目立ち過ぎて仕舞う。顔を見えなくする術式で隠していたのに得心がいった。


 と言うことは得体の知れない謎の男もと思って目を遣った瞬間、私は――私達は心底後悔した。本物の悪魔を見て仕舞ったのだ。

 怖気(おぞけ)を震うその凶相、地獄の魔王シン・アハリマンでさえ裸足で逃げ出そうかと言う、その人を人とも思わぬだろうひとつ目邪眼の獰猛な光は、見詰められただけで心の臓が凍りつくかと思われた。

 この者が顔を隠していた理由もまた、はっきりと分かった。

 きっと私達が生きて帰れるとしたら、死ぬ迄この顔の悪夢に(うな)され続けることだろう。



 不思議なシャワーに話し掛けられたことを尋ねてみると、既に公用フェニキア語を初め56種の言語をインストール済みだと言う。

 まだドキドキするが、下を向いていればなんとかなる。

 正気を保つには直接視線を合わせずに(うつむ)き加減に話すしか方法が無かったが、彼等の服装を見ると埃っぽい私達と違って妙に身綺麗だ。口に出した訳ではないのに教えて呉れたが、薄いフィルムのような振動遮蔽フィールドで砂埃を防いでいるとのことだった。

 見ること聞くこと、半分以上なんのことか良く分からなかったが、普段食するコンバットレーションでは私達回々(フィフィ)教徒には口に出来なかろうと、特別にハラル食のメニューを用意したと言う。

 しかも私達がシャワーを(私達が知ってるシャワーとは全くの別物で、その快適性にはあまりにも便利過ぎて泣きたくなったが)、使っている極短い時間にだ。

 分かっているのだろうか、私達は豚肉を食さない。

 回々(フィフィ)教徒圏が大部分を占めるとはいえ、墳墓荒(ふんぼあ)らしが遠方を旅する時にハラルの食材の確保に一番苦労する……私達の用意した荷物の大半が水と駝鳥の餌、敬虔なるサラセンが口にするハラールだ。

 だが説明を聞いてみると彼等は正確に理解しているようだった。


 到底彼等の言を信じる気にはなれなかったが、断れる状況ではなかった。恐々(こわごわ)と口にする料理はしかし、宮廷で出されるような貴重な青物がふんだんに使われていた。

 普通はもっと野卑な味付けの筈のキャッレパーチェなどは、これが同じゴッタ煮料理かと目を剥く程上品な仕上がりで、不可解な程に堪能出来た……何故だろう、下拵(したごしら)えの違いだろうか?

 恥ずかしいことに次第に料理に夢中になる私達は、現金にも至福の味わいに陶酔して仕舞ったのだ。飲み物までひんやりと冷えていたのが、不思議だった。

 豪商宅の警備や貴人の警護を請け負うこともあるから、富裕層の暮らし振りも目にしている。だが簡素ゆえに華美なものは何ひとつ無いながら、どんな雲上人(うんじょうびと)も経験したことのないだろう便利な全自動マッサージ整体シャワーや、舌と脳裏に確実に焼き付けられた極上の食事は、もうそれだけでこの世のものとも思えない饗應(きょうおう)が最後の晩餐のようにも感じられて、不吉な気持ちにさえなる。


 無論正当なサラセンは不自然な淫行を(いまし)めているから、私達女性の同性愛を容認するウンム蜜蜂学派は、世間的には派閥を名乗れぬ少数派だ。しかし、ウンムは飲酒を禁じている戒律だけは生涯守る。

 勧められても私とユッスーフは呼ばれなかったが、ナシッド・ジャムド達は食後酒に付き合った。

 酒盛りに参加しない私達には、薔薇水のライスクッキーやサフランタフィなどの小さな(つま)める焼き菓子がフレッシュミント・ティーと共に振る舞われた。


 何処から出したのか王侯貴族が使うような見事なダイニング・ソフレを床に敷き、直接車座になって酒を酌み交わしている。

 スコッチとか言っていたが、何処の国のものか見たことも無い見事な硝子瓶の酒は嗅いだことの無い香りで、砂漠に入手出来る筈もない氷と炭酸水が振る舞われた。

 同時に大都ドランギアナのグラン・バザールで仕入れたと言う、豪勢な水煙管(シーシャ)を回し()みしていた。



 頑健な体力と不衛生に目を(つぶ)る暮らしは、私達の資本、或いは資質のようなものだった。

 簡易テントでの露営(ビバーク)も多い私達墳墓荒(ふんぼあ)らしの稼業では、クエスト中1ヶ月以上水浴出来ないことはざらだし、基本街の宿泊所の(かわや)を使うよりは屋外での排泄の方が多い。何処へ行っても乾燥した季節が大半だから、水自体が貴重だし、腐った水の濾過方法は生命線だ。

 体臭が気になる時は脱臭粉やそれ相応の魔道具を使うことはあってもそれらは贅沢品なので、生活必需品の方が優先される。

 彼等が収納魔術で持ち歩いていると言う簡易宿泊施設と呼ぶこの建物はきっと、人の世の産物ではない。

 墳墓荒(ふんぼあ)らし達の間で真しやかに(ささや)かれる天空の黄金郷、天にまします“聖墳墓宮殿”が偶に落としてゆく神の器物……彷徨(さまよ)えるサマリア人達の()()かとさえ思われた。

 就寝用の個室は広くはないが、見たこともない清潔な寝具が備え付けられ、魔術具に因る明かり、給湯器、勿体無くて使うことを躊躇(ためら)われた真水が流れるトイレ、言葉を喋る洗濯道具、互助協会で得られるような雑多な情報を常に流し続けている四角い魔導鏡が備え付けられていた。

 ドレッサーと呼ばれる化粧室は共用だと備品の説明があったが、化粧落とし道具、美顔マッサージとか歯と口腔を洗浄する道具とか、ヘアケアの為の色々な道具とか、砂漠の民に必要とも思われず、途方に暮れて遠慮したが、シンディと言う女性にオールインワンの乳液だけでも使えと無理矢理、チューブと言うものを渡された。

 私達の肌が荒れ放題なのが放置出来ないと言うのだ。

 素顔を晒しているユッスーフならいざ知らず、どうして顔を隠してる私の肌の調子が分かるのかは謎だった。


 月の満ち欠けで割り出されるサラセンの礼拝時刻は、厳密に決められている。季節によっても変わるので、“禁止(ムラッハル)”の月には日没以降の祈りは、真夜中になることが多い。

 少しでも身体を休める仮眠の途中をチャイムに起こされ、充てがわれた個室の洗面台で顔と腕を清めて真夜中の祈りに身支度(みじたく)を整え、彼等がここを使えとキブラコンパスを置いて呉れたミーティングルームに出てみれば、モニタールームと呼んでいた場所で彼等が話し込んでる様子が見て取れた。

 私達の知らない言葉での遣り取りにそっと様子を伺ってみると、手招きされた。集まってきたうちのメンバーと顔を見合わせたが、礼拝よりも彼等の指示を優先させた。

 本当にこの人達は眠らないんだな、と思いつつ側に寄ると休息を早めに切り上げると言う。


 「状況が変わった、夜明けを待たずに出発する……お祈りの時間に20分の猶予を遣ろう、身の回りの物だけ持って更に15分後には集合してくれ」

 「何者かに出し抜かれた、既に神殿に“魔法のランプ”は無い」


 急展開に付いていけず、頭の中には疑問符だけが溢れていた。


 示される彼等がモニターと呼ぶ沢山の四角い魔導鏡のようなものでは足らず、更に空中に浮かび出た何処かを写しとる望遠の魔法陣だろうか、全て四角い多数の写し鏡に幾何学模様か、何語かも分からない流れる文字で出来た発動句のようなものが浮かんでは消えて、物凄い勢いで明滅している。

 その中のひとつが目の前に拡大された。

 霊廟神殿の深奥(しんおう)、宝物の安置所だと言う。台座の上にあるべきものが失われていると言う。


 「シンディ、“デザート・ハイエナ”は持って来てるか?」


 「メンテナンス・ガレージごと携帯してる……(わらわ)がナイトメアで先行した方が良くない?」


 「……いや、無駄だろう、幾らマクシミリアンが蟣蝨(しらみ)に懸かりっ切りとは言え、ベナレスの監視網の裏を掻けた奴だ」

 「既に時を失してる」


 彼等の会話の内容は意味不明だが、切迫した雰囲気があった。




挿絵(By みてみん)




 悠閑(のんびり)ことを構えてる内にまんまと()て遣られた。

 ()めて掛かって、このざまだ。

 (とんび)に油揚げを(さら)われるって奴か……ここんとこ大賢者の領域を別にして、ネメシスとのデータベース共有化を進めてるからか、変な比喩が出てくるな。

 ()()()()()()()()ってのは仮名手本忠臣蔵だったか?

 遅れてきた鼠小僧……いや俺は義賊じゃねえしな。

 せいぜい下水溝の中から世の中を(しゃ)に見上げるドブネズミってところが、俺のスタンスだ。


 無駄な出会いは何ひとつねえ……それを裏付けるように、奪えるもの、役に立ちそうなものはなんでも奪う。

 それが俺達、“ゲハイム・マイン”の行動理念だ。

 “団是”と言ってもいい。



 不整地移動用の汎用装甲車、デザート・ハイエナの反重力ホバリング機能を駆使して、日の出前にデッパン砂漠の深奥、シデムの谷にある“アラジン霊廟神殿”に到達していた。

 むしゃくしゃするんで神殿の大部分を破壊して蒸発させた。

 上物を掻っ剥いで、神殿の最下層を露出させてランプが奉納されていた場所に降り立つ。

 15階層だと言うからそんなに深くないと思ったが、100メートル以上あって、穴の底は丁度昇った朝日が微かに感じられる程だ。


 ランプが収められていた台座には、怪盗ルパンか何かみてえに犯行声明のメッセージカードが置かれていた。

 過去視と物体の残存思念を読み取るサイコメトリー系の能力を使って、既にネメシスがサーチングを開始している。


 「傍流……傍流ってのはなんだ?」



 残された紙切れには、

 “聖なる霊廟神殿を(あさ)る者の策動を感ずる、依ってランプは別の場所に移す―――傍流シィエラザード”


 そう記されていた。






予告してましたが、アラビアンナイト擬きの世界で“魔法のランプ”に封じられている魔神達が跋扈する物語です

リアルな幻想奇譚を始めるきっかけだった「寝取られ」ですが、出来るだけ人間の営みに嘘が無いようオブラートに包まない……が心掛けていることです

どんなに清楚そうに見える女性でも排便はするし、鼻毛は生えるし、毛穴はあるし、デオドラントに気を遣っていても生臭い匂いがするかもしれませんし、目撃する機会が少ないだけで場合に拠っては浮気セックスや変態プレイに嵌っているかもしれません

実際に世の中は、そう言ったことに満ち溢れています

ですのでハーレムは避けて通れない題材でした

「18禁に行きなさい」って大声で示唆されそうな表現がこれでもかってぐらい繰り返されますが、自分の本分は飽く迄も一般に受け入れられる、手に汗握る冒険活劇です

社会派を気取っている訳ではありませんし、醜いものをより一層醜く描くのでお茶の間で放映出来るレベルではないのも重々承知しておりますが、隠さない、お茶を濁さないと言うスタンスがここまでの表現に至っているとお思いください

ウイキペディアで調べたところによりますと、オスマン帝国のハーレムでは、美人として有名なコーカサス出身の女性を中心とする多くの女奴隷が集められ、その数は最盛期には1000人を越えたそうですし、イスラム法により非ムスリムであるヨーロッパ出身の白人宦官、およびアフリカ出身の黒人宦官が仕えていた史実があります

それ以上のことは創作になりますが、時の為政者が乱交を好まなかったとは逆に想像し難いのです

またイスラム文化圏を演出していますが、全てはフィクションです

全ての名称はそれらしく錯綜し、誤魔化しています

決してムスリムの文化と伝統を茶化したり、揶揄することが目的ではありませんので、ご了解ください


イブン・バットゥータ=マリーン朝のモロッコ人で、彼の旅行記「諸都市の新奇さと旅の驚異に関する観察者たちへの贈り物」にまとめられた広範に渡る旅行で知られており、30年間をかけ既知のイスラム世界、そして非イスラムの地を旅した/1325年、21歳のときにメッカ巡礼に出発し、エジプトを経てメッカを巡礼し、更にイラン、シリア、アナトリア半島、黒海、ジョチ・ウルス、中央アジア、インド、スマトラ、ジャワを経て中国に達し、泉州・大都を訪問したとされる/1349年に故郷へ帰還したのちも、さらにアンダルシアとサハラを旅し、1354年にマリーン朝の都フェズに帰った/特にイスラームの境域地帯〈スグール〉を広く遍歴した/約30年に渡る大旅行のうち、8年間はインドのトゥグルク朝で法官として封土を与えられ、一年近くをモルディブの高官として過ごしている

インドやモルディブなど、12世紀以降にイスラーム王朝の支配が浸透した地域では支配確立の為にイスラームの中心地帯の統治や法に関する知見を持つ人材が必要とされたため、バットゥータのインドにおける奉職も、そうしたニーズに応えるものだったと考えられる

マリーン朝スルターン・アブー・イナーン・ファーリスの命令を受けて、イブン・ジュザイイが口述筆記を行ない、1355年に旅行記が完成する/この旅行記は19世紀にヨーロッパにも紹介され、各国語に翻訳されて広く読まれた/現在、タンジェには彼の名を冠した「イブン・バットゥータ通り」やイブン・バットゥータ国際空港があり、イブン・バットゥータの墓と伝えられる白亜の廟も建っている

シャー=近世・現代ペルシア語「シャー」は古代ペルシア語の〈王〉に起源を遡る単語であるが、同時に「シャーハンシャー」もまた同じ時期に出現する歴史ある称号である/いわゆる「シャーハンシャー」とはアケメネス朝のダレイオス1世が古代ペルシア語の碑文群において初めて名乗った称号に起源する単語で、旧約聖書に見られる「諸王の王」の形容表現はまさにこのダレイオス1世以来のペルシア帝国の王号を直接の由来としている

アラブ征服時代からのイスラム世界の拡大によってササン朝滅亡以後は「シャー」の称号は途絶するが、サーマーン朝によるペルシア語復興運動によってカラ・ハン朝やセルジューク朝など外縁のテュルク系諸勢力から人名として徐々に使用されるようになり、この頃から近世ペルシア語ではペルシア帝国の支配者に限らず広く「王」を意味する普通名詞となって、君主や聖者などの貴人の称号や人名の一部として用いられるようになった

ジャンビーヤ=本作でも何回か登場しているが、主にアラビア半島を中心に広まった短剣で三日月型に湾曲している/オスマン帝国やペルシア、インドなどに広まっていったため各地で様々な名称があり、イエメン以外ではハンジャルと呼ばれることが多い/鞘全体に金銀などの装飾が施され、実用的な部分と共に多分にアラビア世界の儀礼と戦士としての誇りの象徴と見る部分が多い

格天井=号縁という木を格子状に組み、間に四角い一枚板を貼り込んだ天井仕上げで寺院建築によく使われる形式だが、この格天井が周囲の壁面4方向から局面で持ち上げられたものを「折り上げ格天井」といい、かつての東京の銭湯はこの形式が多い

因みに、欧米人からすると日本の銭湯のような熱湯に入浴するのは信じられないというのは本当のようだ

カラン=語源はオランダ語で「鶴」を意味するkraanから来ており、銭湯などでこの表記が用いられることが多い/昔は現在のような混合栓などは無く、水と湯の蛇口は別々だった

赤色巨星=誕生したばかりの恒星は中心部の水素の核融合反応で輝いているが、年をとった恒星は中心部の水素を使い果たし、核融合でできたヘリウムからなる中心核とそれを取り巻く水素の外層という構造に変わる/これによりヘリウム中心核のすぐ外にある水素の層で核融合が始まり〈汲み上げ効果〉、中心部はエネルギー源が無くなるため自己の重力で収縮していく/核融合反応が加速され、核融合で生じた熱によって外層は外へと膨張しようとし、重力による収縮を上回るようになる/そのために星の外層は大きく膨らみ、星の表面温度は相対的に低下するため色は赤く見える

ハンマーム=トルコやアゼルバイジャン、アラブ諸国・イランなどの中東全域、アフガニスタン、中央アジア諸国、東アジア諸国に広く見られる伝統的な蒸し風呂風公衆浴場のこと/ 語源は「温める」「熱する」を意味するアラビア語の動詞「ハンマ」に由来し、トルコ語では「ハマム」という

現在は改変されて死語になった「トルコ風呂」は、英語の「ターキッシュ・バス」から派生している

美的な外観と排水・熱効率が計算された内部の構造は建築学の視点から高く評価されている

保温などを目的として半地下に建てられ、採光・換気のための窓は設けられていない/乾燥帯に位置する浴場で使用される水はファラジ・カナートなどの給水路や井戸水から供給されていて、浴場を温める竈の燃料は木材の他、乾燥させた人畜の糞が使用され、竈の火は料理の火種にも使われた/灰は肥料やセメント・モルタルの原料として再利用される/ハンマームの基本的な構造は入り口に番台があり、内部に脱衣所と浴室がある/客は貴重品をハンマームの親方に預けて脱いだ衣服をまとめ、腰布を付けて入浴用のサンダルに履き替え、浴室に向かう/閉店前には必ず清掃が行われ、ハンマーム内の水盤で洗濯を行ってはならないといった衛生面に関して厳しい規則があり、入浴のマナーとして腰布を纏うことが義務付けられている/時代に関係なく庶民の女性は何も纏わずに入浴するのが通例となっている

浴室は普通は蒸し風呂で、浴槽から上った蒸気で汗を出し、垢すり師による垢すりやマッサージ、剃毛のサービスを受ける/アッバース朝時代の記録には、シロップとレモン汁を煮詰めて作った脱毛剤が使われていたことが記録されている/中世には散髪、髭剃り、瀉血といった床屋の仕事も行う垢すり師が存在していた/垢すり師は、男性客に対しては男性、女性客に対しては女性があてられ、ハンマームで行われるマッサージは手荒ではあるが快適だと言われる/洗面台で体を流し、入浴を終えた客は脱衣所で一服し、親方に入浴料を、垢すり師にはチップを支払って外に出る/「夜のハンマームにはジン〈精霊、妖怪、魔人〉が出没する」という俗信があり、営業時間を朝から日没の間に限る浴場も存在する

脱衣所で体を休める客は近くの店から取り寄せたコーヒーや茶、水タバコなどを味わい、あるいは果物を食べたり、他の客との会話を楽しんだ/ハンマームはコーヒーハウスのように長時間くつろぎながら楽しむ交際、娯楽の場として庶民に愛されてきた

イスラーム世界の都市では、ハンマームはモスク、伝統的神学校〈マドラサ〉に次いで重要なものだと考えられている/かつては各街区に必ずモスクや商業市場〈スーク、バザール〉とともにハンマームが存在し、多くのハンマームが寄進財産として維持建設されてきた/ハンマームの数の推移はその都市の盛衰を反映し、都市人口と発展の度合いを推定する根拠ともなるが、それらの公衆浴場とは別に各国家の君主・有力者は宮殿や自宅に私的な浴場・浴室を建設した

トルコのハマムにはイスラムの習慣に合わされたビザンティン建築の技術が導入され、建築技術は早期に発達した/17世紀半ばのイスタンブールには14838のハマムが存在し、うち302が公衆浴場、残りの14536が宮廷と富裕層が所有する浴場だった

ハリーム=アラブ料理、イラン料理、パキスタン料理、インド料理、ベンガル料理などで見られる肉の入った濃厚なシチューで、地域によって使う食材にバリエーションが見られるが、小麦、大麦、肉、レンズ豆だけは必ず用いられる/7~8時間かけてじっくりと煮込んで作られるが、一年を通してバザールのスナックフードとして売られている/またハリームはラマダーンやムハッラム〈ヒジュラ暦の1月〉にはイラン、パキスタン、インドを始めとする全世界で用意される特別料理でもある/バングラデシュでも非常に人気がある料理で特にラマダーンの間に主食として食される事が多く、高カロリー食なので期間中に日没後摂取する食事であるイフタールとして最適な料理である/ミントの葉やレモンジュース、コリアンダー、フライドオニオン、生姜の絞り汁、グリーンペッパーなどを添えて出される

アラック=中近東、特にイラク、シリアを中心とし、エジプトやスーダンのような北アフリカ地方などでも伝統的につくられてきた蒸留酒/もともとは棗椰子や葡萄といった中近東乾燥地帯原産の糖度の高い果実を醗酵させてから蒸留した酒であるが、イスラム文化の拡大とともに中近東の蒸留技術が各地に伝播し、その土地の伝統的なさまざまな醸造酒を蒸留して地域色豊かなアラックがつくられるようになった/例えばインドやスリランカ、マレーシアなどでは、米から作られた醸造酒や椰子の花穂を切断して採取した樹液を醗酵させたヤシ酒を蒸留し、アラックをつくる/ヨーロッパにも伝えられ、フランス王家のブルボン家ではサトウキビを原料としたアラックを造っていた/アラック系統の蒸留酒の中にはニガヨモギなどのハーブ類を醸造時、あるいは蒸留時などに加えて香りをつけるアブサンなどもある/アラックそのものは無色透明だが、水で割ると非水溶成分が析出して白濁するため「獅子の乳」の別名がある/メゼという軽食をつまみながら飲むことが多い

ルンギ=腰に巻かれる伝統的な民族衣装でインドネシア、バングラデシュ、インド、パキスタン、スリランカ、ビルマ、シンガポール、ブルネイ、ソマリ・アラビア半島南部で普及している/特に高温湿潤のためにズボンでは不快となる地域で人気がある/イランでは共同浴場に入るときの腰巻に使われ、赤い柄のものが多いようである

チャードル=イランの女性が外出して公衆の面前に出る際伝統的に身に着けてきた衣装であり、体全体を覆う黒系の布の形をしている/イスラム教の女性がイスラーム圏において従うドレスコードのひとつで日本語では「チャドル」とも表記する/アフガニスタンでは「チャドリ」と言うが、特に肩辺りまでを覆い隠す頭巾状のものを指すことが多く、現在のイスラーム共和制の元ではヒジャーブが強制されているが政府は民族精神の観点からチャードルを数あるヒジャーブの中でも特に奨励している/全身を覆う丈の半円の布で、前が下まで開くようになっていて頭から被って前を閉めるが、手で開けたり閉めたりするものは付いていないが、手や口で押さえて閉めたり腰の周りで結んだりして留めておくこともある/伝統的にはチャードルは頭用のスカーフ〈ルーサリー〉、ブラウス〈ピーラーン〉、スカート〈ドマーン〉またはズボンの上にはくスカート〈シェルバー〉と共に着用していた/現在では必ずしも必要ではないが、顔は両目の部分から白い長方形のヴェールで覆うが、家の中ではチャードルとヴェールは付けず涼しい軽装をしていた

エルギンディはヘジャーブの歴史についての著書で、ペルシアの習慣の起源を古代メソポタミアに置いていが、そこでは立派な女性たちはヴェールを着用する一方、使用人と売春婦はヴェール自体を禁止されていた……ヴェールは地位階級を表したのだった

シミター=アラビア、ペルシャ起源の湾曲した刀の総称で三日月刀とも呼ばれる/名称そのものに刀や剣や刀身の曲がりなどの形状についての意味はなく、アラビア語のサイフ、マフムード・カーシュガリーの「テュルク語集成」などに見られるセルジューク朝時代からイルハン朝時代にかけての中央アジアから中東一帯のテュルク語ではキリチや、チャガタイ語、オスマン語ではクルチも、本来は刀剣一般を、ひいては通常の場合、曲刀を意味する/エジプトやアラビアなどではシャムシールとも呼ばれ、西洋のサーベルなどに影響を与えたと言われる/非常に刃の薄い湾曲した片刃の刀身を持ち、その先端の角度は15度から30度程となる

ブルカ=伝統的にイスラーム世界の都市で用いられた女性用のヴェール〈ヒジャブ〉の一種/歴史的にはアラビア半島、エジプトやシリアで用いられた顔の覆いを指すが、現在の日本語の用法は主にアフガニスタンの女性が用いるものを指し、テント状の布で全身を覆いイスラム教徒の女性が肌を他人に見せないようにし、顔の部分のみ網状になっており視覚を確保する/イランなどで一般的なチャードルがスカーフ状の方形布であり大きさがさまざまであるのに対し、帽子に染色された襞のある絹などの布が縫いつけてありテント状の形状であることで、多くはかかとまでの全身を覆う

ヒジャブ=アラビア語で「覆うもの」を意味し、イスラーム教国内の女性が頭や身体を覆う布を指して使われることが多い/形状は地域によって様々でイランのヘジャブを例にすると、チャードルと呼ばれる大きな半円形の布で全身を覆うタイプと、ルーサリーと総称されるスカーフは頭巾型のメグナエといった簡易なタイプの大きく分けて二つの種類が存在する/イスラム法学では、法源を基にウラマー〈イスラーム法学者〉が解釈を行い、ヒジャブ着用が義務になるかどうかは時代や社会環境により一定ではない/最も一般的な解釈では「女性が婚姻関係にない男性からの陵辱から身を守るために、ヒジャブは必要である」とされる

コフテ=キョフテとも呼ばれる中東や南アジアで広く見られるミートボールやミートローフ等の肉料理で、牛肉やラムの挽肉にスパイスや玉葱を加え団子状に丸めたり平たく形を作って調理される/肉には滑らかなペーストを形作るために米やブルグル〈火にあぶって乾燥して砕いた小麦〉や野菜、卵などが混ぜ込まれる/インドでは赤身の肉よりも魚や野菜などから作られる場合も多くあり、調理法もグリルやフライ、蒸し物、ポーチ、焼き、マリネなど様々でスパイシーなソースが添えられ、北アフリカや地中海、バルカン、南アジアなど広い範囲に多様なバリエーションがある/ある食品会社の調査によれば、トルコには291種類ものキョフテがあるとされ、アラブ圏の国々のキョフテは通常葉巻型のシリンダーにより成形されている/アラビア語の最古の料理本等の初期のレシピでは通常、味付けしたラム肉をオレンジ大に丸め卵の黄身で光沢を付けサフランを加えるとあった/南アジア料理のコフテにはスパイシーなカレーが使われるのが一般的で、固茹で卵が使われることもありインドやパキスタンのレストランや南アジアの家庭料理として広く食されている/固茹で卵がスパイシーなコフテの肉の層に入れられたものはナルギシコフタと呼ばれ、イギリスのスコッチエッグはムガル料理であったこの料理にインスパイアされたとも考えられている/インド北東部ベンガル地方ではテナガエビや魚、バナナ、キャベツ、ヤギの肉などから作られ、レバノン料理のカフタは牛の挽肉と玉葱、パセリ、オールスパイス、黒胡椒、塩を混ぜて下拵えされる/モロッコではクフタはタジン鍋を使って調理される

メッゼ=またはメゼとは東地中海におけるアペタイザーまたは軽食の一種であり、アラック、ウーゾ、ラクのようなアニスで風味付けしたリキュールや種々のワインといったアルコール類と共に供される/スペインのタパスやおつまみと似ているが、語源はペルシア語で「味わう」を意味する「マジーダン」から派生した、「味」または「軽食」を意味するペルシア語の「マゼ」に由来する/アルコール類と共に供されない場合、メゼはアラブ世界では「ムカッビラート〈前菜〉」呼ばれる/トルコでは、メゼはラク〈アニス風味の食前酒〉と共に メイハネと呼ばれる料理店で供され、ベヤズ・ペイニル〈フェタチーズに似た白いチーズ〉、カヴン〈メロン薄切り〉、アジュル・エズメ〈胡桃入りトウガラシペースト〉、ハイダリ〈レバントのラブネに似た濃い水切りヨーグルト〉、パトゥルジャン・サラタス〈冷たいナスのペースト状のサラダ〉、エンギナル〈アーティチョークの料理〉、ジャジュク〈ザジキに似た胡瓜と大蒜のヨーグルト和え〉、ピラキ〈豆や野菜をオリーブ・オイルで炒め煮にした料理〉、ドルマやサルマ〈葡萄の葉やピーマンなどの野菜に肉や米を詰めた料理〉がある

ギリシャとキプロスでは、メゼ、メゼス、あるいはメゼデスというと冷製または温製の辛味、酸味、塩味のきいた軽食および主菜を少量供したものを指し、十数種類の異なる料理が複数の小皿あるいは大皿の各部分に少しずつ盛りつけて供される/「小さな魚」やグリルしたタコのような魚介類料理、小皿に盛ったサラダ、カラマタ産オリーブ、煮たエンドウマメ、揚げた野菜、メリザノサラダ〈ナスのペースト状のサラダ〉、タラモサラダ〈唐墨や鱈子をパンやマッシュポテト、レモン果汁、酢やオリーブ・オイルと混ぜた料理〉、ナッツとドライフルーツ、サガナキと呼ばれる焼きチーズ、および様々なギリシャのヒツジ、ヤギのチーズが供される

二カーブ=イスラーム世界における女性の服装では顔だけ出して全体を覆うチャドル、“覆い隠す”ことの代名詞だが多くの場合は頭髪を隠すスカーフを巻いたような状態を指すヒジャブとある訳だが、最も信仰深い衣装として身体全体を覆い目の部分がメッシュになっているブルカ、そして目の部分だけはスリットのように露出している頭巾か覆面のような構造をしている二カーブがある

カフタン=基本の形状は長袖・袷仕立ての長い前開きのガウンで、オスマン帝国の隆盛期には毛皮で裏打ちしたものや袖なしで別のカフタンの上から羽織るものも登場している/女性向けの広袖のものもあるが基本は先細に近い袖の男性服で、スルタンの衣装としてトプカプ宮殿などには臙脂虫〈ケルメス〉などを用いた緋色など鮮やかな色の絹の綴れ織りに高価な毛皮で裏地をつけ、金糸などで優美な植物文様を織り出したカフタンが保存されている/このままでは行動しにくいため、下穿きにシャルワールと呼ばれる非常にゆったりしたズボンを合わせるが、こちらは男女共通であって女性のブラウスにシャルワールを合わせる装いを英米では俗称でハーレムスタイルと言う

シュマーグ=アラビア半島社会で男性が頭にかぶる装身具だが、日常生活ではクーフィーヤというとパレスチナの白黒頭巾を指すことが多く、レヴァント地方・イラク・アラビア半島の多くの地域では縦横百数十センチ程度の正方形の布を対角線で折って二等辺三角形にし、底辺側を前にして被った上にイカールと呼ばれる山羊の毛や化繊で作ったロープ状の輪をはめるのがポピュラーなスタイル

映画、「アラビアのロレンス」を思い出して頂きたい……現地の白い装束を着て得意げに喜んだシーンのあれが、正しくカフタンとシュマーグである

ヤハウェ=モーセに啓示された神の名で旧約聖書や新約聖書等における唯一神、万物の創造者の名でもある/この名はヘブライ語の四つの子音文字で構成され、テトラグラマトンまたは聖四文字と呼ばれ、この名前の正確な発音は分かっていない/日本語ではヤーウェ、ヤーヴェ、エホバ等とも表記される

イスラームの教えは先行するユダヤ教・キリスト教を確証するものであるとされるため、アッラーはユダヤ教・キリスト教のヤハウェと同じであるとされる

アフラ・マズダー=ゾロアスター教の最高神であり、宗教画などでは有翼光輪を背景にした王者の姿で表される/その名は「智恵ある神」を意味し、善と悪とを峻別する正義と法の神であり、最高神とされる/娘は女神アールマティでアフラは天空、マズダーは光を指す言葉であり、アフラ・マズダーは太陽神ともされる

起源的にはインド・イラン共通時代の神話に登場する最高神であるヴァルナであり、ザラスシュトラの宗教改革によって教理的意味づけがなされ、宇宙の理法の体現者にまで高められたのがアフラ・マズダーになる/善神であるアフラ・マズダーと対立するダエーワの語源は、インドに於いてアスラと敵対するデーヴァで、古代のイラン・インドの神話共有時代における始源神であるヴァルナは契約の神ミトラとならぶ最高神でもある/またヒンズー教の太陽神あるいはアスラ王であるヴィローチャナから、火・太陽の属性を受け継いでいるとする説もある/ゾロアスター教は火を聖なるものとしており、火の属性を持つアフラ・マズダーもまた「聖なるもの」である

ミトラ神=ミスラはイラン神話に登場する英雄神として西アジアからギリシア・ローマに至る広い範囲で崇められた神だがインド神話の神ミトラと起源を同じくする、インド・イラン共通時代にまで遡る古い神格である/その名は本来「契約」を意味する

インド神話では、契約によって結ばれた「盟友」をも意味し、友情・友愛の守護神とされるようになった/またインドラ神など他の神格の役割も併せ持ち、「リグ・ヴェーダ」ではアディティの産んだ十二柱の太陽神〈アーディティヤ神群〉の一柱で、毎年6月の一ヶ月間、太陽戦車に乗って天空を駆けるという/同じくアーディティヤ神群の一柱であるヴァルナとは表裏一体を成すとされ、この場ミトラが契約を祝福し、ヴァルナが契約の履行を監視し、契約に背いた者には罰を与えるという

一方、ゾロアスター教ではミスラは司法神であり、光明神であり、闇を打ち払う戦士・軍神であり、牧畜の守護神としても崇められた/古くはアフラ・マズダーと表裏一体を成す天則の神だったが、ゾロアスター教に於いてはアフラ・マズダーが絶対神とされミスラはヤザタの筆頭神に位置づけられた/このような変化があったものの、「ミトラはアフラ・マズダーと同等」であることが経典の中に記され、初期の一体性が保存された/中世の神学では特に司法神としての性格が強調され、千の耳と万の目を以て世界を監視するとされる/また、死後の裁判を司るという

アザーン=イスラム教における礼拝〈サラート〉への呼び掛けのことで、ユダヤ教のラッパ、キリスト教の鐘と同じような役割をしているが肉声で行われることに特徴がある/「神は偉大なり」という意の句「アッラーフ・アクバル」の4度の繰り返しから始まる/アザーンの習慣と唱えられる内容は、マディーナ〈メディナ〉時代のムハンマドと教友たちによって定められたとされ、慣行〈スンナ〉としてイスラム教徒に守られている/イスラム教ではアザーンと一緒に音楽を流すことは禁じられていて、そもそもイスラム教正統派は教義上、音楽を官能的快楽をもたらすハラームとして容認してはいないからで、聖典の読誦であるキラーアやアザーン等の詩歌は音楽的な要素を加えられても音楽では無い物として扱われる

スルターン=イスラム世界における君主号のひとつで、アラビア語で「力、権力、権威」「権力者、権威者」「王、絶対的君主」などを意味する/マレー語・トルコ語などの発音に準じてスルタンと書かれることも多く、「国王」、「皇帝」などとも訳され、古くは英語における発音の音訳によってサルタンとも表記されたが近年では稀である/クルアーン〈コーラン〉の中では「神に由来する権威」を意味する語として使われ、アッバース朝のカリフにおいて初めて君主の称号として採用された/11世紀にアッバース朝カリフの庇護者として勢力を伸ばしたセルジューク朝のトゥグリル・ベグはカリフからスルターンの称号を授与され、ちょうど西ヨーロッパにおける教皇に対する皇帝のように用いられる/セルジューク朝の衰退後はルーム・セルジューク朝やホラズム・シャー朝などのセルジューク朝から自立したイスラム王朝で君主の称号として採用され、スンナ派イスラム世界において一般的な称号として定着する

キンジャール=ロシア語で「両刃の短剣」を指す言葉であり、短寸の刀剣類を指す/鍔を持たない両刃の短剣でコーカサス地方で伝統的に用いられた他、18世紀から始まったロシア帝国の南下政策によってコーカサスが植民地化されるとコサックの装備として取り入れられた/全長は40cmから50cm程度で、鍔を持たない合口様式の短剣だが柄の握る部分が刀身の身幅に比べて細くなっているため、縁に当たる部分が実質的な鍔として機能する形になっている/柄は縁より一段細くなったのちに柄頭が大きく張るが、身幅よりも広く張ることは少ない/柄長は標準的には刀身の2/3程度だがそれより長いもの、また短いものもあり、全体としては平板な形状をしていることが大きな特徴である/刀身は両面に鎬筋のある菱型断面を持ち、切っ先に向かって緩やかに細くなっていて、切っ先と両脇の刃以外の部分には彫刻が施されるものが一般的である/彫刻の施されないものでも刀身の中央部に樋を彫ったものが多く、鞘及び柄には細密な彫刻が施され、宝石や磨きあげた石といったものが飾られる/鞘には木や革の他真鍮や銅といった金属、金や銀などの貴金属も用いられ、総金属製の鞘が多くある/柄には金属の他に紫檀や黒檀などの高級木材、動物の牙や骨といったものも使われている

チャイハナ=ウズベキスタンでは茶を飲ませる店は「お茶の部屋」を意味するチャイハナと呼ばれており、もっぱら男性の社交場で、しばしば開放的な屋外に座席が設置されている/ウズベク・ソビエト社会主義共和国時代はソビエトの政治理念を広めるために図書室などが設置された「赤いチャイハナ」も出現した/トルコでチャイを提供する店はチャイハーネと呼ばれ、かつては男性の社交場であり、サモワールを使って茶を提供する店がたくさんある/チャイハーネはトルコの町のいたるところで見られる

ラマダーン=ヒジュラ暦で9月を意味し、コーランが預言者ムハンマドに依って啓示されたイスラム教徒にとってラマダンは「聖なる月」となった/この月においてムスリムは日の出から日没にかけて一切の飲食を断つことにより、空腹や自己犠牲を経験し、飢えた人や平等への共感を育むことを重視する/また親族や友人らと共に苦しい体験を分かち合うことでムスリム同士の連帯感は強まり、多くの寄付〈ザカート〉や施し〈イフタール〉が行われる/断食中は飲食を断つだけではなく、喧嘩や悪口や闘争などの忌避されるべきことや、喫煙や性交渉などの欲も断つことにより、自身を清めてイスラム教の信仰心を強める

マドラサ=イスラーム世界における学院で、元々は単純にアラビア語で「学ぶ場所、学校」を意味するだけだったが、11世紀に制度的に確立し、イスラーム世界の高等教育機関として広く普及した/モスクと併設される場合も多く、一般に寄進財産で運営される/近代の世俗教育の普及によって、イスラム教神学校として宗教教育の専門機関となった

アキナケス=主に紀元前1000年の東部地中海地方で使われていたダガーナイフもしくはサイフォスの一種で、特にメディア王国、スキタイ、ペルシア、古代ギリシアの人々に使われていた/アキナケスの起源はスキタイだが、ペルシア人によって有名になり、またたくまに古代世界に広まり、その影響は中国剣にも見ることができる/平安時代には日本にも伝わっており、古代ローマ人はこの武器の起源がメディア王国にあると信じていた/通常、長さ35~45cm 、両刃で普遍的な意匠はないが、鍔が切れ込んで柄がボロック・ダガーのようになっていたり、柄頭が分かれていたり、触角のようになっていたりする

ケペシュ=エジプトの鎌型の剣で戦斧から発展した武器と言われている/典型的なケペシュは50~60cmの長さになるが、これより小さい物も多数見つかっている/ケペシュの刃は敵の盾を引っかけて剥ぎ取るようにデザインされていて、晩期になると銅製から鉄製に変わっていった/刃先は外側に向かって鋭利になっており、端まで曲がっていて、戦闘で使われていたエプシロン斧やそれに近い三日月型の斧から発展した

バザール=スークと同じく市場のことで、古代のメソポタミアや西アジアでは食物をはじめとする必需品を貯蔵して宮殿や城砦都市の門で分配し、手工業品の販売を行なった/やがてイスラーム世界の商業が浸透するとバザールは地域の食料市場も兼ねるようになった/バザールは通りの両側に常設店舗が並ぶ構造が基本となり、これが発展すると十字路を作り、交差する通りや並行する通りに店舗が増えていき、このようにしてバザールは拡張された/常設店舗はペルシア語で「ドッカーン」と呼び、売買に加えて職人の工房も兼ね、店舗から独立している工房〈カールガーフ〉や、それよりも大きい工場〈カールハーネ〉もあった/バザールには同業者が区画に集まり、並行する通りを結ぶ「ダーラーン」と呼ぶ通廊や、さらに大規模な「カイサリーヤ」と呼ぶ通廊があった/同業者が集まることにより、競争による公正な取引や行政の管理を容易にするなどの利点があった/通りの出入口には広場があり、周りにモスク、マドラサ〈教育施設〉、ハンマーム〈公衆浴場〉が建っていた/広場は刑の執行、宗教的な祝祭、定期市などさまざまな目的に用いられ、広場での取引には賃借料が不要であったため、常設店舗を持てない露天商、行商、そして農民など商人でない者でも参加できた/広場では職人たちの商品よりも場所を取る野菜や果物など生鮮食料品、家畜が取引され、さらには不用な物を売るための蚤の市も開かれた

デイジーチェーン=この場合、外付けSCSI〈スカジー〉や車の後付けメーターなどを数珠繋ぎに配線することではなく、3人以上が参加しておこなわれる性行為で、参加者が輪になって銘々がオーラルセックスを他の参加者に施しながら、別の参加者から受ける複数プレイを指す

ハラール=端的にはイスラム法上で、行って良い事や食べることが許されている食材や料理を指し、「合法的にある法律に基づいてやる事〈許可〉」という意味となる/ハラールは物〈食べ物、飲み物、化粧品〉だけではなく事〈約束、契約、仕事〉も含まれる/イスラム法の下では豚肉を食べることは禁じられているが、その他の食品でも加工や調理に関して一定の作法が要求され、この作法が遵守された食品がハラールとされる/ムスリムは豚の他、犬、獲物を捕獲するための牙や爪がある虎・猫などの動物、啄木鳥、梟、鷹、鷲、驢馬、騾馬などを食べることが禁止されているが、それ以外の肉であっても屠殺が正規の手順に従ったものでなければ食べられない

タアーロフ=待遇表現の一種であり、敬語、謙譲表現や定型表現等の言語表現、随伴行動としての非言語表現までの幅広い範囲にわたる行動様式で、イラン社会では重要な位置を占めており、好意、謝意、感謝、情動の気持ちを表す好意である/外国人がよく体験するタアーロフが食事への招待……初対面でもすぐに「うちで食事をしていってください」と招待されるが、それは99%タアーロフだと考えて良い/言葉に甘えてお邪魔すると、なんの準備もしておらず、大急ぎで家の人を買い物に走らせることになり、それでもお客には嫌な顔一つ見せず、家族全員で大歓迎してくれる筈だが、イラン人が同じことをすれば「タアーロフひとつ知らない田舎者めが」と後々まで笑い者にされる/外国人なら「ペルシア語は話せても、所詮外人はタアーロフを知らないから」と多めに見てもらえる

コレシュ=イラン料理の様々なシチューを一般的に指し、多くの場合は米料理のポロを添えて提供される/イラン料理では多くの独特な食材を用いた様々なホレシュがあり、野菜を使ったホレシュが最も一般的で、かなり大量のサフランを用い、特徴的で香り高い風味となる/最も人気のあるホレシュは、トマトと豆を煮込んだゲイメ、香草と牛肉の煮込みであるゴルメサブズイ、肉や豆をトマト味で煮込み、揚げ茄子などを添えたフェセンジャーン等である

キャッレパーチェ=羊の頭と足を煮込んだもの/テヘランの富裕層はキャッレパーチェを下町の労働者の食べ物だと見下し、田舎ではキャッレパーチェは縁起が悪い食べ物だと敬遠されることもある

スィーラービー=羊の胃袋を煮込んだ伝統的な庶民の料理

キブラ=ムスリムが一日5回の礼拝を行う方向で、現在のイスラム教ではメッカのマスジド・ハラームにある最高の聖地とみなされているカアバ神殿の方向である

ミラフープ=モスクでカアバの方向を示す礼拝堂内部正面のキブラ壁に設置された窪み状の設備で、モスクには必ずある/モスクはキブラに礼拝するためのものなので、あえていうならばミフラーブがあればそれでモスクである

キブラコンパス=ムスリムが携帯する生活用品で、方位磁針の一種/通常の方位磁針に礼拝の対象であるキブラ、すなわちメッカのカーバ神殿がある方位を知る機能を追加したものである/一般的なキブラコンパスは磁石を用いたごく普通の方位磁針の周囲に回転可能な円形のダイヤルがついた形をしている/ダイヤル上には細かく数字が書かれており、使用者は付属の説明書から自分が今いるエリアの番号を探してその番号が方位磁針の北に合うようにダイヤルを回す/ダイヤル上には数字とは別に1箇所矢印が書かれており、この矢印の指す向きがメッカの方角である



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私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします

別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください

短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です

https://ncode.syosetu.com/n9580he/


挿絵(By みてみん)

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拙作「ソランへの手紙」にお越し頂き有り難う御座います
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別口で“寝取られ”を考察するエッセイをアップしてあります
よろしければお立ち寄り下さい
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