[挿話06].見た、逢った、揺れた
蜜柑農家が大半を占める故郷を空から見るのは初めてだった。
帰れないと思っていた故郷を見るに万感の想いがある筈だったが、私も、ステラ姉も、エリスもあまりのことに茫然と見詰めるのみだった……これ程の異常環境に何故気付けなかったのだろう?
スキッドブラドニールから望む故郷は、信じられない程強固な結界に、何重にも包まれていた。
聖都アウロラでさえ、これ程の規模のものは望めないだろう……いや、ひょっとすると母艦ナンシーやケルベロス・ドラゴンのプリ、精霊王“蟲喰いのジャミアス”ですら、こんなに高度なものは構築出来ないかもしれない。その堅牢性や不壊性もさることながら、透明性や非認識性が抜群だった。
何も彼もが懐かしいボンレフ村を遠巻きに監視しようとして、愕然とした……到底あり得ない筈の強大な魔力を放つ者が居たからだ。
そこに焦点が行くのは、必然だったろう。
瞬く間に、魔力が放たれる中心を捉えた。
ソランだ、ソランがいる!!!
見違えた。もう、村を発った別離の頃の面影は微塵も無い。
常人には無い気配さえある……これは、もしかして半魔、ハーフ・デーモンの類いか?
いずれにしても、闇の暗黒魔力を放つ鋭く睨みつけるような眼差しは、あまりにも凄惨過ぎて人のものとも思えない。
微かに残った幼馴染の気配だけが、それと教えてくれるだけだ。
懐かしい筈の村なのに、生まれ育った故郷の筈なのに、夢にまで見たここにはあの人が居るからずっと鬼門だった。
どんなに焦がれても、焦がれても、逢いに来るのを躊躇い続けた想い人を目に捉えてる筈なのに、ステラ姉も、エリスも、ただ唖然と動けなかった。
それは、見たこともない禍々しくも美しい闘神だった。
その容貌はとても人とは思えないまでに殺気立っていて、今まで見知った誰よりも息苦しい程に神々しかった。
瞬きする睫毛が翳ると、その精悍にして無慈悲な憂いを帯びた目蓋がまるで血塗られたような朱漆か何かの上に金粉を佩いたようにおどろおどろしく輝いた……幻覚だ、と思った瞬間にソランがこちらを見上げたのが分かった。
視線が合った!
何重もの隠蔽術式と透明化スティルスをものともせず、間違いなくこちらを見付けた。それと分かったのは貫くような憎しみが籠もった視線に、底知れない敵意が乗っていたからだ。
口を吐く嗚咽を漏らすまいと、咄嗟に手で塞ぐ。
(あたしの……あたし達のせいなんだね?)
(人相まで変わってしまう程の、一点の安らぎも垣間見られない鋭く冷たい眼差しも、笑うことを忘れて固く引き結ばれた唇も……)
威圧が目に見える光輝になって降り注いでいるように思えた。
私が何物にも屈しない胆力を極めていなければ、到底耐えられなかったろう……そう思える高濃度の息苦しい迄のプレッシャーだが、どうもソランは態々恫喝している訳ではなく、傍目から見た感じこれが素の状態らしい。
(それは、最高位の悪魔にして吸血鬼……イブリース・サンアンダーウォーカーなんだね?)
凶相と規格外の霊圧を別にすれば一見何気ない普通の人間に見えるのは上辺だけ、その本質であるアニマの流れははゾンビ・キングか高位アンデッドを思わせたが、私は迷わずその正体を言い当てた。
最高位の悪魔と吸血鬼の驚異的な混血種は、灼け付く昼の陽射しを闊歩して怯まない。
声を出せば、泣き噦って上手く話せないと思ったからじゃないけど何も考えないまま遠くから思念を放って仕舞ったが、その思念さえ拒絶の壁に撥ね返される。
無意識に投げ掛けた意思の投射は、しかし虚しく叩き落とされた。
ボロボロ、ボロボロ、涙が止まらなかった。
やっと逢えた喜びよりも、変わり果てたソランの姿が遣る瀬無かった、耐え難かった。
あぁ、ソラン、私達はなんて罪深いのだろう。
貴方の人生を捻じ曲げて、信じて呉れていた貴方を裏切って、貴方の貢いでくれた愛情に唾を吐き掛けた。
封印していた心が溢れ出す。
育ててくれた恩も、注がれた愛情も全て無碍にして、ないがしろにした父母と故郷の村、これ以上は無い最低の仕打ちで裏切った嘗ての恋人、何故に今更普通の顔をして戻れようか?
貴方の幸せを根刮ぎ奪った。
魔族とのキメラ化の中でも、デビルズ・ダンピールになれるのはごく一部に限られている筈。
確か、四大創造主に匹敵する大悪魔との契約が要る筈だ。
(そこまでしても、あたし達に復讐したかったんだねっ?)
思念を送らなくても、こちらの気配と位置は最初から、全部知られていた。サンアンダー・デビルの透徹眼、これ程のものか!
次の瞬間、幾重もの魔術障壁も物理結界もある筈なのに、まるで無関係にソランは一瞬で転移してきた。
たったの一歩でソランは私の目の前に迫ってきた……スキッドブラドニールの艦橋の中へと、隔てるものなど物ともせず、躍り出た!
これは東方の武技歩法、“刹那”か?
目の前に恋焦がれたソランの顔がある。
他の何物にも替え難い私の贖罪の相手は、信じられない程の魔力と覇気を纏って静かに佇んでいた。
真っ直ぐな射抜くような、突き刺さるような、黒く滾る混じりっ気の無い純粋な憎しみ……あぁっ、私はようやっとこの約束された怨念に身を晒すことが出来る。
そう思うと、何故か歓喜に打ち震えるような不思議な感情が湧いてきた……あぁ、やっとだ。
だが、物に動じぬ筈の私が、光の速度よりも早く反応出来る筈の私が、瞬間移動とも、転移とも思えぬ、予測不能の素早い動きと出現の仕方に心の底から驚いた!
ソランが来ると分かった瞬間から、分かっていても身動きひとつ出来なくなっていた。
「“万能のドロシー”ってのは、お前のことか?」
懐かしい筈のソランの声は、酷くざらついていた。
僅かに残った人間らしい仕草と面差しに見知っていた頃の面影を見たからか、血液が沸騰し、顔から血の気が引いていくのが分かる。
掠れた声を訝しむ気配を感じ取ったか、機先を制してソランが罵るように答えた。
「能天気な連中だな……この声は、あの日慟哭し続けた末に咽喉が潰れたせいだ、以来ソランの声は掠れた濁声のままだ」
「知らなかったのか?」
そうだ、私達は知らなかった!
それからのソランを知ることが怖くて、眼を背け続けた。
ソランにとっての私達は、秒で誘惑されて股を開く、最低の尻軽女以外の何者でもない。
「万能神とは大仰だな、調教されたド腐れ肉便器豚だった癖に良く言う……サキュバス牝淫魔王の間違いだろう?」
「俺も信心深い方じゃあねえが、世間様を欺くのは良心が痛まねえのか……まあ、痛まねえから牝堕ちしたんだろうがな」
覚悟はしていたが、面と向かって揶揄されれば矢張り堪える。
「光に倍する反射速度と判断力……なるほど驚嘆に値する、だが初めから分かっていれば出し抜く対処法は、幾つかある」
何故それを知ってるの!
今の今まで、ソランがこれ程迄に強くなっているなんて考えてもみなかった愚かな自分が恨めしかった。
「真実を喝破する魔感応眼、イービル・アイを侮らないことだ」
「待って! ドロシーを討たないでっ!」
ステラ姉が、私の前に庇うように両手を広げて躍り出ていた。
「不死人になってもドロシーは、ソランっ、貴方にならその摂理を曲げても討たれる覚悟だわっ!」
「でも今討たれる訳にはいかない理由が幾つか出来たっ!」
「ソラン、私の命をあげる、だからドロシーはっ、ドロシーだけは見逃してっ……ドロシーに酷いことをした私はっ、生涯掛けて償うって誓ったからっ、私はドロシーの剣と盾だよ!」
泣き噦りながらエリスが飛び出す。
「何を勘違いするのか知らねえが、俺はソラン本人じゃねえ」
えっ、何を言ってるの? ソランじゃないの?
だって、こんなにも濃密な憎しみの感情を向けられるのは、ソラン以外あり得ない。
「ソランの身に何かあった場合にと残された、緊急措置用の戦闘アバター・ボディ……ソランからの恒常波長が途絶えると同時に起動するこの村の守護システムだ」
「煮え滾る恨み辛みは引き継いでいても、復讐自体は命ぜられていねえ、俺の役割はここと、ソランが守りたいものを守る……」
「それだけだ」
吃驚するほど冷たい視線と声音で、ソランの分身体と名乗った男は告げた。地の底から響いているような、暗い声だった。
黒い瞳にはチロチロと揺らぐ、狂気と見紛う怨念の炎のようなものが見て取れた。
「少し退屈な、だが穏やかな村の日常がソランは大好きだった……なのにそれを壊した奴がいる」
こんな話し方をするソランを初めて見たように思う。
「お前が寄越した手紙は何ひとつ響かねえ、暗黒の浄化炎で祝福と災厄除けの加護ごと燃やし尽くした……おそらく、ソラン本人も同じことをする筈だ」
「魔力を封じたワックスは、燃えると偽善の臭いがした」
「……生臭い嫌な匂いだ」
吐き捨てるように言われると、分かってはいても心に堪えた。
だが手紙が、この男をソランと認識し、判別したのも肯ける。
それ程に、目の前の男はソランそのものだった。
「運んでくる式神と手紙の術式を解体するなど、児戯に等しい」
矢張り私の考えは、逐一読まれているようだった。
「面妖な凶相に面食らってるようだが、この姿は村人を怯えさせねえようにと配慮した、普段の見知った見た目に近い」
「本物のソランはなぁ、もうとっくに真面な面構えを捨てた」
そんな! こんなにも愛おしいと思える相手が、これ以上無いとも思える憎しみの感情を打つけてくる相手が、本人じゃないと言うのだろうか……ならば本当のソランは何処に?
ソランに、何があったのだろうか?
「“ニンリルの翼”号を手に入れたのか……こいつは迂闊だったな、手紙にあったから豈夫とは思ったが」
「だが、ソランは守りたいものを守る……一度知った以上、残された無限増殖型拡張AI、メシアーズは自己の細胞ひとつからでも最速で全体を再構成するだろう」
「メシアズ・アーマー本体無き現在、オー・パーツの暴威を防衛し得る代替手段を構築中だ……俺をウェアラー、装着者と同等と認めた端末から連絡があった」
「今は失われた“救世主の聖骸殻”は、事実、残されたパーツから専用固有結界とでも言うべき占有媒介亜空間で、本体と同等レベルのシェイプシフターとして自己再生の真っ最中だ……今なお残るオー・パーツとヘドロック・セルダンの脅威に対抗する為に……セルダンはお前達が斃したようだがな」
そのとき、真っ直ぐに射抜くような怨念が一瞬にして強まって、私達の誰もが一斉に竦んだ。
「代理戦争をおっぱじめてもいいが、メイオール銀河文明の至宝と“エルピス”の苦心の結晶、どちらが上か試してみるか?」
エルピス……エルピスとはなんだろう?
メシアーズ?
目の前のソランが、本物ではないと言われても、はいそうですか、とは信じ難かったが、ナンシーへの対抗手段があるのか?
「エルピスってのはな、セルダン・クローン唯一の特異体……ヘドロック・セルダンが自らとクローンが暴走した場合の歯止め役として創出した、唯ひとつの良心とでも言うべき存在だ」
「神の如き天才、エルピスが残した遺産は、全てのオー・パーツが同時に発動しても、これを防ぎ得る手段を持っている」
寝耳に水も水、魂が引き裂かれる狂おしさを感じていた筈なのに、それも忘れて一瞬思考が停止した。
30にも及ぶオー・パーツ全てへの防御策を持っていることに、まず驚嘆する。偽りでないのならナンシーはきっと及ばない。
エルピスと言う特別なクローンの存在……ブリュンヒルデ達は知っていたのだろうか?
後ろに控えたヒルデを振り返ると、身構えながらも眉間に皺を寄せて考え込む素振りだった。
「……なる程、そいつがブリュンヒルデか、顔は覚えた」
総て考えていることはお見通しなのか……この私の二重三重の思考の防護壁が無いも同然だった。
灼け付くような鋭い視線を向けられて、然しものブリュンヒルデも鼻白み、怯んだ。
「エルピスの存在は、ワルキューレの中でも“夜の眷属”チームにのみ知らされていた」
「今は居ねえが、こっちの陣営にはカミーラとネメシス、後、ペナルティ・イスカの能力を引き継いだ者が居る」
「過日、ソランの意志が途切れたときの記憶を引き継いで俺は目覚めた、ネメシスの予期せぬ実験の失敗でメンバーはカミーラの居城ごと異世界に飛ばされた……おそらく異世界から還れなくなって、今尚パラレル・ワールドを彷徨っているに違いねえ」
理解が追い付かず、気が遠くなった。
ソランが、ソランが異世界に旅立った!
………そして戻れずにいる!
「慌てるな、ソランは必ず戻る……復讐を果たすために」
「例え何百年、何千年掛かろうと必ず戻る……それまでお前達にも生き永らえて貰うぞ」
「お前達が遣ったこと、忘れたとは言わさねえ……勇者に唆されて肉遊びに興じて裏切ったばかりか嘗ての恋人に殴る蹴るの暴行、狂ったように淫らで下品な欲望の味を貪った……決して、楽に死ねるとは思わないことだ」
「しっかりして、ドロシー!」
そう言って私を支えるように励ますステラ姉の顔は、真っ青に引き攣って、ブルブル瘧のように震えていた。
感情が上滑りし、頭の中を擦り抜けていく。まるで決壊した土石流のように全てを押し流そうとする。
「……ネメシス、ネメシスが生きているのか?」
背後で様子を見守っていたタイダル・リリィが、ぶつぶつと呟くのが聴き取れた。
GroupAと言う剣技特化のカテゴリーに属していたタイダルなら、もしかして面識があったのか?
それからソランの分身体だと名乗った男の話で、ソランが辿った苦難の道のりを知ることが出来た。
復讐の為に人の心も、普通の人生も何も彼も捨てて、人も大勢殺して、自身も何度も死ぬような目に遭って……勇者憎し、裏切り者憎しの鬼気迫る物語だ。
私達が聖都アウロラの“ディアーナの宝物庫”に封印保管されているオリジナルからフリズスキャルブ2を構築しただろうことも、オールドフィールド公国正教の現教皇聖女オッセルヴァトーレ・イノケンティウス、洗礼名サマルディ・サマリナの庇護下で、“3人の御使い”として勝手御免の鑑札を得ていることも看破してみせた。
今のところ公国正教、法王聖庁と事を構える気は無いこと、だが敵対すれば容赦無く塵も残さない劫火で焼き尽くす準備があることをこともなげに淡々と語った。
「ソランにとってのお前等は、恥知らずの淫売以外のなにものでもねえ……精々惨めな末路を覚悟しておくことだ」
「……言っておくがな、劣化版に過ぎない俺と違って、本物のソランの恨みと力は生半可なものじゃねえぞ」
「既に、不滅の破壊神だ」
途端、殺気を放ちつつソランの身体が急速に膨れ上がった。
気が付けば私の額の眉間緋毫から、ジャミアスが通常体よりも大きな実体を投射している。
顕現したジャミアスといち早く機先を制したソラン、みるみるうちに二人の身体は巨大化し、あろうことか不壊属性の硬化同位元素構造材で出来ている筈のスキッドブラドニールの艦橋が打ち壊されて、絡み合うように二人が外へと押し出される。
砕けぬ筈の装甲が砕けるには相応の轟音が伴い、四散する破片がスローモーションのように宙を舞った。
幾つかの術式の応酬で、黒い炎が二人を押し包み、紫電が弾け、赤黒い砂粒のような浮塵子が取り巻いた。
「小僧、我がヒュドラが術式、舐めるでないわっ!」
「ダンピール風情と一緒にするでないっ、例え粉微塵に分解出来たとて……そのようなことあろう筈もないが」
「細胞の一片からでも全てを再生する、それこそが呪われたヒュドラが復活術式、ハーフ・ヴァンパイヤなどという下等種族と比較するなど片腹痛くて臍が茶を沸かすわっ!」
空へと躍り出た二体は、艦橋の付近で船内から漏れ出す空気の流れに巻かれて髪をはためかせた。
いつもの妖精サイズではなく、今はジンの精霊の如き巨人の姿で降臨した精霊王“蟲喰いのジャミアス”は、この場の全てを威嚇するように吠えた。
いつも飄々としているジャミアスの、ついぞ見せたことの無い恫喝の姿だった。オリエンタルな衣装をそのままに、目尻は吊り上がり、口許を覆うヴェールを引き毟らんばかりの勢いだ。
一方、ソランはと言えば着衣はなんの術式付与も無いものらしく千切れて襤褸布と化し、霧散した。
その代わりに無数の黒い魔法陣らしきものが体表を覆い、幾重にも重なって蠢くかと思う間に黒光りする鎧となった。
こちらも負けず劣らず大きな体躯は、明確で圧倒的な殺意と共にビリビリと武張って見えた。
「我が宿主の娘を脅かさんとすれば、全てのスクロールを統べる精霊王、このジャミアスがっ、立ち塞がると覚えて貰おうっ!」
「言っておくが、我が力、森羅万象己が如きと知るがよい……」
「何を絆されることがある?」
「稀代の売女共に庇うほどの価値はねえ……俺は今でも忘れていない、下卑た嗤いと発情した獣のような情けなく下衆な喘ぎ声っ!」
ドロッと溶け出すような粘着質の怨念だった。
互いに中空に見えない不可視の足場を拵えて組み合う構えを見せたが、バックを取ってジャミアスに四肢を絡め、自由を奪うと言う奇矯な行動に出たと思った次の瞬間、ソランは巨人として具現化した精霊王の玉肌の首筋に噛みついた。
半吸血鬼としてのなんらかのタレントか?
声の無い苦悶に歪むジャミアスの表情はやがて恍惚と蕩けていき、その巨体が一気に胞状分解した。
何千、何万と言う、ひとつひとつが親指程の、いつもより小さいジャミアスの姿だった……だがこれだけの数であれば、スキッドブラドニールの艦橋の周りは、さながら蝗の大群に見舞われたようにさえ見えた。
「俺が今まで生きてきた証し……必ずや復讐を成し遂げると己れに誓い、忘れもしない恨みに身を焼き焦がした」
「裏切られ、足蹴にされ、嘲笑われ、馬鹿にされ、信じていたものを全て奪われた……俺のオリジナルが魂に真っ黒な復讐心を宿すに至る理由だが、覚えがある筈だな?」
巨体に見合う大音声が響き渡った。
そしてソランは無詠唱のまま、なんの予備動作も無く分裂し、自身も何万もの小人へと身を変えた。能く見れば今度はその小さなひとりひとりは、ウェアウルフとも蝙蝠男とも判別の付かないライカンスロープと化していた。
吸血鬼の能力のひとつ、獣人化現象だろう。
「「「「「右の頸動脈に続き、左の頸動脈を噛めば、その者は俺に絶対服従を誓う眷属と成り果てる」」」」」
「「「「「呪われた血の盟約は、神をも下す」」」」」
何万ものソランが一斉に口を開けば、其れは木魂となって反射するが如く尾を引いた。
何万ものジャミアスは殆んど無抵抗のまま、何万ものソランに捕獲され、その犬歯の餌食になった。
やがて人と等身大の一人の姿に立ち返ったジャミアスは、矢張り一個体へと戻ったソランにぐったりと抱きかかえられ、見る影もなく破壊された艦橋へと帰ってきた。
獣人化したソランは更に恐ろし気だった
「アメーバ並みの再生能力を自慢してたようだが、頭の中身もアメーバと一緒か?」
「殺伐が支配する俺達のステージに、遊び半分の雑魚が乱入してくる余地は小指の先ほどもねえのだと、何故分からねえ?」
無表情に悠然と立つ獣人化ソランは獣毛を逆立て、気を失ったジャミアスを軽々と抱え上げている。
常人と同じ大きさのジャミアスは、例え気を失ってはいても妖艶で人を惑わす美貌に変わりは無かった。
「てめえの飼い犬ぐらい、矢鱈と吠えないようちゃんと躾けとくのが最低の礼儀ってもんだ」
森羅万象己が如しのジャミアスをこうもあっさりと退けて見せたソランの分身体は、圧倒的な力の差を見せ付けて嘯いた。
あの“蟲喰いのジャミアス”が、苦も無く捻られた到底信じられない非現実を目の当たりにして、私達は誰もが唖然と口を開くのさえ、いや閉じるのさえ忘れていた。
圧倒的な力に、僅かな疑念と畏怖さえ吹き飛んで仕舞う。
当惑どころか、これはもう確実な恐怖以外の何物でもなかった。
「殺すなとは命ぜられちゃあいるが殺せねえ訳じゃねえ……そこのところを勘違いするな」
睨め付けるような視線は爛々と光って、それだけで私達は金縛りに遭ったように身じろぐことが叶わなかった。
手の平でジャミアスの首筋をひと撫ですると、両の噛み痕はもう消えて無くなった。
「人としての枷を捨てた」
「姉弟と言う肉親を殺すことへの禁忌なぞ……今じゃあ微塵も残っちゃいねえ」
斜め後ろのステラ姉がビクッと震えるのが分かった。
「こいつ、どうやらお前の額に棲んでるらしいが、このまま戻せば俺の一存でお前は寝首を掻かれることになる……楽に死なれちゃあ業腹だから遣らねえが、こいつは最早俺の操り人形も同じで、俺の命令には逆らえない」
ソランの腕の中で喪心したジャミアスは、何故か無邪気とも言える寝顔で、嘘偽り無くソランの支配下にあるのが分かった。
信じられない事態に途方に暮れるのはまだ早かった。
不意に抱き上げていたジャミアスを床に放り出すと、ソランは背後を振り返った。
破壊された艦橋に吹き込む風に花のような香りが混じったような気がして窺えば、巨大も巨大、顔だけでスキッドブラドニールを凌駕しようかと言う大きさのガラティアが居た。
「おめえらの仲間は、デカくなるしか能がねえようだな?」
「ドロシーは……この娘は、我等の組織に掛け替えの無い人材になりつつある、おいそれと黙って殺らせる訳にはゆかぬ……のです」
荘厳に響き渡る声音は、神の啓示にすら思えた。
万能計に宿る妖精の神、ガラティアは精一杯威迫せんとするようにに、大空に覆い被さっていた。
それは天空から見下ろす神の姿そのものだった。
「ほう……お前、俺と同じ感触があるな……誰かの意図のもとに創られた全自動独立インテリジェンス」
「……パラレル・ワールドの存在を知ったとき、当然そこに並行次元を裁定する監視組織があるだろうとは思ったが」
私達に背を向けたソランは、再び剥き出しになった艦橋の裂け目から空中に足を踏み出した。
見えない階段を踏み締めるように風に嬲られながら、一歩一歩高みへと登って行く。
不意に圧縮された思念の奔流が投射された。
(……進化の果てに神に至るのだとしたら、罪科をかゝえたまま万能神に至るのは正しいことか?)
(……自分達の快楽を追求するのに、無我夢中だったもんな)
(……孕んだ胎児まで何度も始末して)
(……俺の、ソランの肉親や知り合いが、あれ程に淫蕩で太々しい恥知らずの鬼畜だとは考えてみたことも無かった)
(……せめて普通の心変わりだったなら、泣き寝入りする選択肢もあったさ、だがあれは屑とゴミと汚穢のように臭うスベタの姦通だった、お世辞にも真っ当な不義密通の類いじゃねえ……ごく近しい者にそんな最低の下卑た奴等が居たかと思うと怒りを通り越して恥ずかしくすらある)
(……際限無いエンドレスな痴態を見せ付けるのは嘸かし背徳的な雌の喜びがあったんだろう、だが遣られた側の気持ちを考えたか?)
(……男としてズタボロに打ちのめされて、捨てられた!)
(……最早、復讐無くしては一歩も前に進めない!)
(……持たざる者としてただ平凡に生きて死ぬ、たったそれだけのソランの願いはもう叶わなくなった)
(……他に選べる人生が無え、腹の底から湧き上がる怨嗟と憤りがソランを復讐と言うたったひとつの生き甲斐へと駆り立てる)
(……悪魔に魂を売ってもと言うところまで思い詰め、生涯を掛けて恨みを晴らすと、命を削る思いで自分を鍛えた)
(……何のために俺がここまで来たと思っている? 一度は故郷を捨て、冒険者になって技を磨き、闇雲にスキルを手に入れるために対価を払い、吸血鬼の眷属にまでなったと思っている?)
(……仮想敵の勇者パーティ、クズ勇者とスベタ従者を瞬殺で殲滅出来るよう、死に物狂いで強さを求めた、結果サイコパス勇者は他の奴の恨みで先に殺されちまった)
(……もう俺に残されているのは、お前らスベタが生まれてきたことを後悔する極刑に狂い死ぬ様を賞でながら、ゆっくり満足して眠りたいと言うささやかな願いだけだ)
(……必要な対価を払ったが故に、俺は眠ること、笑うこと、幾つか失ったものがある、だが後悔はしちゃいない、必要なことだったからだ……お前達スベタを追い詰め、お前達に目に物見せて遣る為には必要なことだったからだ)
暗く重い狂気に戦慄する中、鬼気迫るソランの膨大な思いの丈が一瞬にして突き抜けて行った。分かってはいたけれど、私達の仕打ちがソランをここまで変えて仕舞ったのが悲し過ぎて、死にそうなほど胸を締め付けられた。
だが、その痛みは私が受けなくてはいけない罰のほんの一部に過ぎないことも同時に理解していた。
あまりの狂おしさに竦然となりながらも、私も私の想いを返さねばならないと思った。
(……魅了から醒めてみれば、堕胎して子供も産めなくなった身体と四六時中交接に明け暮れた記憶だけが残った)
(……不甲斐無くも死のうと思って死にきれず、その内、何も語らず罵倒も受けず、不誠実の限りを尽くした貴男の前からただ消えて居なくなるのは何か違うと思えるようになった)
(……ただ強くなりたかった、勝手な言い分かもしれないが過去に犯した罪を払拭できる程に強く)
(……女としての羞恥を失い、錯乱していたと言うのは言い訳に過ぎないが背徳の交わりに長い間溺れていた……一念発起して強くなろうと思った、もう誰にも寝取られないように、二度と間違いを起こさないように、だけどどんなに強くなろうとも、あたしはこのボンレフ村に居た頃のあたしと何も変わっていない)
(……クズ勇者の魅了スキルに操られていたけれど、貴男の目の前で痴態を晒したのははっきりと覚えている、罵倒して、嘲笑って、唾を吐き掛けたことも、殴って蹴って非道いことをしたのもはっきり覚えているよっ!)
(……そしてそれが、心の奥底に眠っていたあたしの醜い願望かもしれないってこともはっきり自覚してる……きっとあたしは生まれながらのどうしようもない変態女なのかもしれない、でもソラン、それを貴男にだけは知られたくなかった)
(……だけど、ずっと……ずっと長い間、発情した色情狂の雌豚として貴男への操を裏切り続けたっ!)
(……そして、認めちゃいけないけれど、きっとあたしは異様な迄に常軌を逸して姦淫を犯す、獣の交尾が好きだったっ!)
(……本当のあたしは倒錯性癖のニンフォマニアで、その正体は異常な性行為に失禁して興奮するどうしようもないスベタだった!)
(……謝っても謝りきれないけれど、肉欲に狂っていたあたしは沢山の男達のザーメンを身体中に受け入れ続けては、抗えない快楽に自ら望んで取り返しのつかない行為を繰り返した!)
(……ぐんぐん迫り上がる快感と子宮の奥底から湧いてくるオルガスムスに取り憑かれて、もっと凄いこと、もっと気持ちいいことがしたくて、どんどんエスカレートしていった)
(……本能剥き出しの甘美さに、夢中で溺れた)
(……真っ黒な罪過に爛れたエロ豚だった、だけどそんな薄馬鹿の恥知らずで見境ない、底無しの薄汚れた交情をソラン、あんたにだけは告白するのが死ぬほど嫌だった!)
(……今でもはっきり覚えている乱交輪姦の日々が息を吹き返すとき、決まって同じような嫌な場面がフラッシュバックで甦える……ソランのことなどまるで忘れて、大勢の男達の汚い射精を浴びて、塗りたくったようにベトベトになって、恍惚と呆けたようにニタニタ笑いながら感極まる、心底情けない姿だ)
(……痙攣した豚のように何度も何度も薄ぎたなく絶頂し、気を失うほど狂ったように幾度も幾度も際限無く逝き続けたのが、まるで悪夢を見てるようだった!)
(……けど、それは間違いなくあたしだった、意気地なしのあたしはあんたに謝りに行くのが怖かった、顔向け出来ない不修多羅なことをして裏切ったのに……済まなかったのひとことを伝えるのが怖かった、殺してくれと首を差し出すのが怖かったんだ、逢えば蔑まされるのが分かっていたから)
(……全てが本当に悪夢だったら、どんなによかったろう)
(……何度そう思ったことか)
(……許しを恵んで貰おうとは思っていない、思っちゃいけない、資格も無い、だけどご免なさいのひとことだけは告げなくてはいけなかった、でも貴男に会うのが怖かった、随分と自分勝手な逡巡で済まないが……)
(……それでもあたしは“天秤の女神”という宿命よりも、一人の村娘としての自分を選ぶよ、貴男を裏切り、これ以下は無いという最低の雌犬に堕ちた駄目な幼馴染として貴男に討たれる)
(……未来永劫、贖罪に生き、永遠に苦しみ藻掻こうと思っていたが、矢張り貴男に逢えば貴男の為に死にたいって気持ちがつのる)
(……いや、そんな言い方は傲慢だな、貴男がその先に進む為に、あたしは貴男に討たれる)
「もういい、所詮俺は代理だ……お前の想っていることは、やがて戻ってくる本人に伝えて呉れ」
「ただ、原因を作ったお前達に分からねえとは言わせねえが、ソランは極端な人間不信だ……再び誰かを信じられるようになったとしても、それはお前達じゃねえ」
もう遥かに高いところまで登ったソランが、振り向きざまに手を挙げた。なんの発声法も使った気配は無かったが、不思議と声ははっきりと聞き取れた。
スティール? アポーツ? なんだろう、何かを奪われた確かな感触があった……それも私の頑強なストレージの中からだ!
ソランの手に見覚えのある魔導クロノメーターがあった。
あの万能計は、命の恩人の師匠に会いに行く為の道標なのに……今となってはもうそれはどうでもいいが、あれを奪われてはもしかしてガラティアを失う?
「ローバーというスキルだ、魔力だろうが、スキル、ギフト、異能から生命ポテンシャルなんでも奪う……このケバい女が我等の組織と語った未だ知らぬ謎の脅威、“千年世紀守護神”の情報が欲しい」
「パラレル・ワールドを漂流するオリジナルを、留守を守る側としてサポートしてえ……この女は頂いて行く」
宣言すると同時に巨神ガラティアは掻き消えた。
おそらく棲み家である万能計の中に戻ったのだろう……思った通りガラティアはソランのアバターを名乗る男の手に墜ちた。
精霊王に妖精神、他にも鳴り物入りで道化の類いにしゃしゃり出て来られては面倒と門前払いに戸は閉ざされた。
期待はしていなかったがここまで来て肉親の顔を見ずに帰るのすら気にならぬ程、手酷い完敗を喫した。
もう用は無いとばかりにどんな神力、異能が働いたのか気が付けば国境近くにスキッドブラドニールごと追いやられていた。
針葉樹の繁る北の大地はもう魔族領も近く、空は雪模様だった。
動顛の内に気付かず転移させられるなぞあまりのことだったがもしやすれば、ソラン、いやソランのアバターは単体で私達の能力を上回るのかもしれなかった。
この私が術の発動する兆候を捉えられなかったのだ。
離れていてもソランのアバターは思念を送ってきた。
(以前、アンダーソン家の母親だと言う女に出会った……公国正教が粛清したプリマヴェーラで娼婦をしていた)
嘘か真か、ステラ姉を振り返ればあまりの衝撃に目を見開いて凍り付いていた。鍛えている筈の胆力は霧散し、フルフルと取り乱したように目が泳いでいる。
それとなく訳ありだと知らされてはいたが、ソランとステラ姉の母と言う人は少なくとも表向きは死んだと聞かされていた。
(無理もねえが息子のソラン、(オリジナルの方だ)が分からなくて客として寝ようとした……それと知らずだが、息子に向かって股を開いて見せた……あれは最低の女だった)
(手切金を渡して縁を切った日が丁度、公国正教本部の飛竜空挺師団がプリマヴェーラを焼いた日だった……興味がねえから、生きているのか死んでいるのかは知らん)
(……ステラがだらしねえ交尾臭を垂れ流す淫乱雌豚なのは、きっと母親譲りの血筋なのかもしれねえな)
辛辣で切ない程の侮蔑の言葉は、ステラ姉の心をズタズタに切り裂いたであろうことは、容易に想像出来た。
隠さねばならなかった本当は生き別れになった母親は、とうに忘れ去られたステラ姉だけの錆びついた記憶の筈だったのだろう。だが打ちのめされていたのは、ステラ姉だけではなかった。
(死んじまったトンデモ勇者の魂の欠片を、ネメシスが無理矢理呼び出したことがあった……知らねえかもしれねえが、あいつは世の中の女と言う女を憎んでいた)
(総ての女を不幸のドン底に叩き落して遣る為に、あいつは勇者になったのかもしれねえ……現に、大勢の女が勇者にちょっと背中を押されただけで、簡単に転んで身を持ち崩した)
(口ではやれ、愛だ純潔だと言っていたのがいつでも何処でも股を開く緩股淫乱に成り下がり、ケツアクメだ、ザーメン奴隷だと喚きながら男に飢えたエロ狂い妻よろしく伴侶を裏切った……勇者が、女なんてどれも一緒だと言っていたのも、少し頷ける)
初めて聞く話だった。
被害者のカウンセリングとイリア・コーネリアス侍女長に会いに行って依頼、嫌な思い出しかない王都には足を向けたことが無い。
そう言えば、何人かの被害者を託した施設は例え私達の喜捨が無くても、やけに手厚い看護を約束してくれたように思うし、王都を覆っていた圧政は心なしか緩和されていたのを思い出す……何かあったのだろうか?
(中でも、貞操観念が欠落した腐れ肉欲の色魔達、公衆便所肉人形として恥知らずに淫奔獣欲の限りを尽くした3人の従者の話は割と有名な筈なんだが、それを承知で“3人の御使い”なんてえのは随分と面の皮が厚いよな……人心を操って一体何がしてえんだ?)
その言葉を最後に、ソランの代理を名乗る男の意思は、急速に遠のいていった。
思ってもみなかった誤算……晴天の霹靂のように強大になったソラン、いやソランの代理人に突然邂逅し、あろうことか寸瞬の内にいとも簡単に遇らわれ、いとも容易く敗北する感覚は、まるで無警戒だった油断した足下をそれと知らずに泥濘む底無し沼に囚われたような、虚無にも似た絶望感があった。
逢えば死ぬる覚悟だった。
だが、途轍もない異常事態に今は何をすればいいのか、どうすればいいのか、文字通り途方に暮れるばかりだった。
「ナンシー、相手方にコンタクト出来ると思うか?」
(無理です……既にソランサイドのAIの存在が示唆されたタイミングで解析を開始していますが、通信手段さえ掴めないどころか逆に進入されて仕舞いました)
(ご丁寧に、こちらのセキュリティーホールを指摘されて仕舞う始末です……少し汎用軽量化ビット言語で遣り取りしましたが、どう言う方法を使っているのかアクセスしてる筈なのに一切痕跡を残しません、可成り賢いです)
まるで何も彼も分からなくなった。
私に相応しい罰はなんだろう?
付き合うようになって私が言ってやめさせた煙草だったが、あのアバターからは懐かしい手巻き煙草の匂いがした。
次の異世界“アラビアンナイト”編に移る前に、ドロシーサイドのお話を挟みました……[挿話05]の続きになります
ドロシー達の生まれ故郷、ボンレフ村での、異世界に望まぬ転移をして仕舞ったソランに代わり留守を守っているアバター・ボディとの邂逅が描かれます
ソラン一行が旅立ってから、“3人の御使い”として頭角を現し万能神へと至ろうと言う過程での出来事です
スキッドブラドニール=黄金の超巨大な要塞空中都市にして、嘗ての移民船団の護衛艦だった“ニンリルの翼”号〈ドロシー達は巨大空母の中央コントロール・センターの名称、ナンシーで呼ぶことが多い〉の巨体が機動性を発揮して環境破壊などのダメージが後々影響を及ぼすことを嫌い、小回りの利く汎用旗艦として開発された
“巻き髭”と呼んでいた彼女らの師匠が自慢した“蛮族の鉄槌号”みたいなものが欲しくてナンシーに建造させた魔快速帆船
メインマストを中心に主なセイルには“竜とケルベロスと盾と乙女”の紋章が描かれていて、また帆自体も夜間航行用にナイトモードにシフトすると漆黒に変化する
聖都アウロラ=ドロシー達の世界で基幹宗教になっている女神教の最大主流派であるオールドフィールド公国正教の本拠地
公国正教自体はおよそ4000年程の歴史を誇り、名実ともに最も古い宗派で、様々な役割を担う聖都はゴゴ・ゴンドワナ大陸にある純然たる教皇領で宗教主権国家の中枢たる法王聖庁があり、全世界の女神教徒達の球心的役割を担っている
歴代の教皇聖女には、毎日決められた時間に全世界に散らばった御神体に向けて“聖波”を送ると言う役割が課せられており、聖波は御神体のある地区にごく微弱な福音の加護を齎した
最高位聖職者にのみ口伝で伝えられる秘教義に、女神ニンリルとその宿命が一柱、“天秤の女神”の降臨と恭順が示唆されていた
聖句「バハ・スウィーン」には、アーメンと似たような“確かに、仰られる通りです”と言った意味がある
蟲喰いのジャミアス=謎のスパルタ師匠の私設図書館の禁書指定区域で保管されていた巻物状のグリモワールに棲んでいた精霊王
本人曰く、ありとあらゆるスクロールは自分の支配下であり、「森羅万象己が如し」が口癖で、周囲からは若干誇大妄想癖が有ると思われているが実力は本物で、ドロシーを不死人にした一要素である“ヒュドラの術”と言うスキルはジャミアスが与えた
エキゾチックな顔立ちの美人でアラビア風のオリエンタルな、ベリーダンサーのような踊り子とも、高貴な姫君とも見える装束で、頭にはヒジャブの上にティアラ、口許は薄物のベールで覆っている
ドロシーの額の宝石のような眉間緋毫を棲み家と定め、通常は手の平にギリギリ乗れる程の体高20cmぐらいの大きさで現界する
魔力を封じたワックス=ソランへの謝罪を綴った詫び状と近況報告を手紙に託し燕の式神に届けさせることを思い付いた際、幸運を運ぶ魔力の籠もったシーリングワックスで封蝋したことに由来している
加護を付与し易い緋々色金でシグネットリング、所謂指輪印章を三つ鋳造したときに初めて、竜とケルベロスと盾と乙女をデザインした紋章が用いられた
これが後々、“3人の御使い”のシンボルになる
“ニンリルの翼”号=ドロシー達の世界に遥か以前に存在していた超古代文明“ヒュペリオン大聖国”が、アトランティス帝国よろしく一夜にして大陸ごと海中に没した際に失われた風の古代女神ニンリルの加護を受けた超弩級要塞戦艦で、その甲板は35海里にも及ぶとされた
実は遥か遠方のメイオール銀河から渡って来た移民船団の護衛艦として建造されたため、異文化テクノロジーに依る驚異の堅牢性を誇るプラチナ同位元素で鎧われている
壮麗なる空中都市の様相を呈した規模で、200万年に渡り深度4000メートルの深海に埋もれていたが、復活時にはまだ生きていた大聖国時代の監視衛星網などをシステム下に取り込んだ
船首像に掲げた巨大な女神像、ニンリルの似姿はドロシーに瓜二つだった
故郷を捨てた異星人達の軍属制度では、コマンド・オフィサー(火器管制指揮官)と呼ばれる地位に選ばれた者に、艦隊全体に及ぶ絶対の命令権があり、ドロシーはニンリルの一族の血を引いていたが為、艦の中央コントロールセンター、略称“ナンシー”に新しい持ち主として登録されて仕舞う
生き永らえていたヘドロック・セルダンと決着をつける為に、月面のエルフ植民地を攻略した際には、嘗てナンシーのサブ端末であった月面基地支援運用システムNancy9000のコントロール権を一瞬で取り戻していた
メシアズ・アーマー=ソラン、ネメシス、ビヨンドがアブラメリンのグリモワールを探し求めて訪れたベルベル砂漠の奥地に打ち捨てられたルビンスタインの廃神殿、即ちゲーティア・アレイスター神殿……別名“姥捨て神殿”にて奇異なリビング・アーマーに出会う
だが、その実態はパワードスーツとして開発されたオー・パーツに対抗する為の唯一のオー・パーツ、“救世主の鎧”と呼ばれるエルピスの大いなる遺産だった
ただし大いなる遺産を引き継ぐためには、装着者、ウェアラーとしての試練に打ち勝たねばならず、異形の格闘戦の最中に“オーバー・イート”のスキルに覚醒したことに依り、ソランは辛くもメシアズ・アーマーの入手に成功する
このダンジョン攻略で、偶然4P雑婚状態時代の“金獅子クルセイダーズ”の4人と臨時パーティを組んだが、別れ際のネメシスの記憶操作でやがてソラン達のことは忘れて仕舞った
ヘドロック・セルダン=この複雑怪奇な精神構造の持ち主を語るのは一朝一夕では収まらず、その200万年に渡る陰からの支配と言う点に於いても各方面に多大な影響を与えている
唯ひとつ言えることは、ドロシー達の月面攻略作戦でブリュンヒルデの振るう大剣バルムンクの露と消え、現時点では二度と復活しない筈である
セルダンの独裁政権から月面コロニーで価値観を捻じ曲げられたハイ・エルフ達170万人を解放したのは、ドロシー達が贖罪の為に重ねた善行の内でも最大の功績だった
タイダル・リリィ=セルダンのエインヘリャル計画の為に組織されたワルキューレ軍団のメンバー中ではトップクラスの剣鬼だったが、セルダンが月に避難した際に地上に取り残された
心因性の視覚異常、絶えず視界に血飛沫が映ると言った症状の為に、いつ如何なるときも手放せなかった視覚矯正マスクを被っていた
その蓮っ葉な物腰のわりに純情である
3000年ほど前には、その粗野な性格に似ず植物学者としてヒルデガルド・フォン・ビンゲンの名で“薬野草處方百科全書”と言う20巻にも渡る大著を残しているが、これは今日でも植物学上大変貴重な労作として評価が高い
植物画を描かせれば古今東西右に出る者のない腕前である
闘う楽団、アンサンブル・デラシネでは主にコントラバスを担当することが多い
ガラティア=巻き髭の師匠に託された万能計、魔導クロノメーターに宿る妖精神にして高位時空神と本人は名乗っているが、並行世界のパワーバランスを調整する組織“ミレニアム・ガーディアン”から送り込まれた人工の密使である
胸元が大きくはだけてオッパイの谷間が強調されていると言った、どう見てもワーナー・ブラザース系のエッチ女優の見た目をしている
気弱なエージェントとしての自信の無さから来るのか、吃音程ではないが言語障害の気があって、変な語尾を連発する
プリマヴェーラ=ソドムとゴモラとラスベガスを足して10掛けたような有りと有らゆる娯楽風俗と悪徳と快楽の殿堂の都
シェスタ王国公認の免税賭博産業と林立する娼館には連日老若男女が押し掛ける盛況振りで、従業員と住民合わせて47万ほどの人口と王立国税局は把握している
その内娼婦や男娼、なんらかの形で直接性風俗に関わる者は三割ほどだが、中には無許可営業のモグリ、出会い系を装った商売も存在するので実際にはもっと多いと思われる
フリーセックス・カジノとか、女体プールとか、振動ディルド付きメリーゴーランド、合体バンジージャンプなどのセックスアトラクションで溢れたプレジャー施設、男女混合全裸剣闘士の闘技場、魔物と人間の女とのライブショーの見世物小屋、軟体セックスや空中ブランコセックス、下半身丸出しの踊り子達に依るラインダンスを出し物にするサーカスなど、通常は考えられないイカれたセックス産業で成り立っている
だが法王聖庁にその神をも恐れぬ享楽振りに目を付けられ、教条主義派の独断決行で影の粛清部隊“ハンド・オブ・ゴッド”所属の飛竜空挺師団が命を受け、海を渡った
ジェノサイド・オーダーに依る天誅……神の裁きが下った
プリマヴェーラは空挺部隊飛竜の都市結界をものともしない貫通ブレスで、一夜にして灰塵に帰した
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私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です
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