65.“蝿の王”の光と闇が世界を跨ぐとき、Dゲートは始動する
大いなる遺産は大いなるものに引き継がれるべきだと言う。
……そんな神の如き不滅の意思にはなんの興味も持てないし、なんの感情移入も共感も俺には無関係なもので、想像するだけ莫迦々々しく無駄で余分なものだ。
同時にドブネズミのような倫理観で復讐行を歩む俺には、遠く理解の及ばないものだった。
力に魅せられる……そんな健全な想いは、俺にはこれっぱかりもねえ。ただ惜しみない憎しみを以って、奪いたいと思ったものは何も彼も奪い尽くす……それだけだ。
居酒屋“田じま”は地方の観光都市によくある様な、サラリーマン相手の大衆割烹の装いではなく、学生がたむろするには小洒落た店だった……田舎の歓楽街の外れにあるにしては、少しばかり中途半端にスノビッシュだったりする。
BGMもカーズとかストラングラーズ、トーキング・ヘッズなどの居酒屋らしからぬ曲が流れていた。
ホテル街も近く、アダルトショップや怪しげな風俗の店も其処彼処に点在するが、意外なことに学園都市として新設されたニュータウンに近く、学生相手のリーズナブルな飲み屋も多かった。
当時、生活費に困ると援交とかパパ活と言った売りをして現金収入を得ていた。一家離散した実家からの援助を得たくても、連絡すら付かない状況だったからだ。
飲み代は、オタサーの姫として自分が通う女子短大以外の触手系エロ漫画の薄い本を自費出版するようなオタクサークルに所属していたので、不自由はしなかったが、その代わり東京で開かれるコミケには毎回、売り子として駆り出されていた。
当時の女子大生だから、貞操観念などは無きに等しかった。
エヴァンゲリオンを語らせれば夜が更けるのも気にならず、卒業論文にすると豪語する者、カラオケに行けば毎回々々マクロスシリーズのメドレーでマイクを離さない奴など、可笑しな知り合いばかりが増えていった。
私がそうだからすぐに感化されて仕舞うのだが、好きなアニメの思想観や、まるでバイブルのように信奉する宗教気触れのようなオタク共が熱く語る姿に意気投合すると、一夜を共にするどころか複数輪姦や乱交パーティに及ぶことも度々だった。
そんな私達の溜まり場が、居酒屋“田じま”だった。
身体の関係を持った男共の中には幾分真面目な奴も居て、将来ステディな伴侶にならないかと告白して呉れたが、私にその気が無く、その日暮らしに売春で日銭を稼いでいるんだと知ると、不承々々距離を置いて呉れるようになった。
「沙織、竜ヶ島沙織だよねっ?」
そんな中、中学、高校とお嬢様学校の異端児だったカナコと再会したのも私達の溜まり場、居酒屋“田じま”だった。
実は“田じま”のオーナーは、表向きは町内会の世話役だったが、裏ではこの街の広域売春組織を仕切る元締めだった。
私もホテトルなどの仕事をするのに、少なからずお世話になっているし面識もあったが、なんでも東京からその手の商売の敏腕マネージャーをヘッドハンティングで引き抜いて来た……と言う触れ込みで紹介されたのが、カナコだった。
金成美穂……本人に訊いたことは無いが、多分その名字を成金みたいだからと毛嫌いした裏返し……周囲の取り巻きに自分のことをカナコと呼ばせ出したのは、多分中学三年の夏休み前ぐらいだったかと記憶している。
私とカナコが通ったお金持ちのお嬢様学校は、都内でも有数の歴史ある淑女の殿堂のようなところだったから、中高一貫エスカレーター式の蝶よ花よの温室のような場所だったが、今日日何処にでも不良生徒は居る。
将来の良妻賢母を育てると言った校風に反駁したカナコは、中学の卒業式の日に髪を金髪に染め、ヤンキー風の化粧をして来た。
その後先生方により進路指導室に隔離され卒業式には出して貰えなかったカナコだが、軟禁状態を抜け出して学外の特攻服を着た暴走族紛いの連中と遊びに行って仕舞った……そんな武勇伝だけが残った。
美人だったと言っても良い。
すらりと背が高く、手足も長く、なんだったら手指の一本一本も、手タレと言う手先専門のタレントが出来るのではないかと思うぐらいに美しかった。
小顔で鼻筋通った嫋やかな眉間と額、整った眉の下のゴージャスな瞳は、何処ぞのご令嬢と言った感じなのだが、当の本人はそう思われるのを嫌っていた。
高等部で部長の座に収まった軽音部で、パンクロックのバンドを始めた時には、あろうことか頭をモヒカンにして鼻ピアス、紫のチークとアイシャドウのメイクをしてきた。
思えばこの頃から、破滅的な生き方を選ぶ気性の片鱗があった。
反省文と一ヶ月ほどの停学で済んだのは、実に軽い処分だったと言わざるを得ない。依頼、男子生徒のような短髪で通した。
私はと言えば、当たり障り無く世間を渡って行きたい方だから、表面上は優等生として振舞っていたし、周囲の顔見知りとは親密とも言える懇意な関係を築いていた。
自分の本当を巧妙に隠して無難に学生生活をすごしたかったが、カナコだけは、そんな私の本来の姿を見破った。
良く話すようになったのが何が切っ掛けだったかは忘れたが、おそらくは家政科の授業で草木染めの課題を一緒に遣った頃からだったと思うが、曖昧だ……ネメシスとして生まれ変わり、あらゆる精密機械の構造から、大型プラントの構築や施工方法、あらゆる研究分野の成果、あらゆる動植物のポリヌクレオチド塩基構造から生体ゲノム、生体高分子を諳んじられる大賢者のスキルがありながら、自身の日常生活の逸話などは朧げで、定かではないのが不思議だった。
つるむようになって暫くした後に、何故私が本当の自分を偽っていると思ったのか訊いてみたことがある。
自分と同じような臭いがしたと、カナコはそう答えた。
悪友と言ってもいい関係は、私の親が外食産業チェーンの事業に失敗して倒産、東証二部上場企業だった本社は営業部ごと同じ事業形態の外資系企業に乗っ取られて仕舞い、夜逃げのように一家離散したときに途絶えて仕舞った……連絡出来ない訳ではなかったが、カナコに連絡したからと言って何かが変わるとも思えなかった。
重役連中を始め、嘗ての経営首脳陣は創業者一族を切り捨てる選択を水面下で進め、社長である父が会社更生法で苦渋の選択を迫られている土壇場で見事に裏切られたらしい。
資金調達の為に自社株を売却するのに、社長名義のものを充てたのが益々転落に拍車を掛けた。取締役会で身内に裏切られ、怠慢経営を理由に退任を迫られた。
結果、自宅を抵当に資金繰りをしていた我が家は自己資産も殆ど差し押さえられ路頭に迷った。
「まぁ、よくもこれだけ危殆な記憶を頼りに色々と再現出来たものじゃ……それだけは驚嘆に値するわ」
私が無聊の慰みにと、生前行けなかったヨーロッパ観光巡りの景勝を色々と思い出しながら造り上げた建造物のことだ。
私は昔から記憶力には自信があった。
映像記憶能力は、私の特技のひとつと密かに自負していたのだ。
でもサオちゃんに言わせると、所々に間違いがあると手厳しい指摘を受けて仕舞った。
「まあ、そう悲観するな、ネットに公開されていた3Dデータだって把握出来ない細部はあるじゃろうて……寧ろ本物より出来映えの良い部分もあったぞ」
「ねえ、その話し方、なんとかならないの、サオちゃん?」
「……カナコはこの世界に来て何年じゃ?」
「そうねぇ、彼此2万年ほどにはなるのかしら……よく覚えていないわ、気が付くって言うか不老不死の天仙の中に、それも至尊金女って言う唯一の天辺として覚醒したのが大体そのぐらい前かしら?」
咽喉が灼けるように塩辛く、鱈腹流れ込む膨大で無慈悲な冷たい海水は胃袋だけではなく肺をも満たし、酸素を求めて開けた口が閉じられることは二度と無かった。
港湾に沈められて藻掻き苦しむ悲惨な死から、水面に浮かび上がるようにして気が付いてみれば、見知らぬ奇妙な世界に第二の生を受けて居た。それは随分と昔の、前世の死と今生への生まれ変わりの記憶だが、昨日のことのように思い出される。
そこには鮮明な死の恐怖がいつも付き纏っている。
「吾は、ワルキューレと言う紐付きの傀儡ホムンクルスに転生したが、支配を嫌って200万年の大部分をアストラル体として生きた」
「……200万年も彷徨えば、人が変わるような出来事のひとつやふたつはあろうと言うものさ、口の利き方なぞ些細なことよ」
サオちゃん……あの時、一緒に海に沈められた竜ヶ島沙織は、まったく違う見た目の、天使と見紛うほどの人並み外れた美少女として、遥かな悠久の時を経て私の目の前に現れた。
不思議な感覚だ……見知った筈の友人が、私が転生した世界に、また別の世界の転生体として偶然会いに来たのか、出会ったのか。
偶然なのかな?
「しかし、驚いたわ、正可カナコも別の世界に転生していたとはな……しかも別々の並行次元パラレル・ワールドへそれぞれに転生した吾らが邂逅する確率は、限りなくゼロに近い」
「何か引き合うものがあったと?」
「分からぬ……分からぬが、偶然である筈もなかろ?」
あの日、原初の浮遊大陸と言ってもいい精霊天帝聖山経の聖なる領土の天空に突如として出現した巨大な天空船は、彼等が要塞母艦と呼んでいたが、とてもそうは見えない異形の姿をしていた。
聖なる祭壇である鹿野苑を急襲したヒト型搭乗兵器は(まるでTVアニメのようで度肝を抜かれた)、時間を静止させる術式のようなもので大陸全土を制圧した。
正しく電光石火、気が付いたら大陸は占領されていた。
沙織から聞き取った限りでは、彼女等がナイトメアと呼ぶ兵器はシステム的なブーストで時間流の流れを加速しているらしかった……視覚野グラフィック補強アシストや神経伝達系のハイパー・アクセラレーション、駆動系は圧縮されたクロックアップ装置と言った幾つかの技術を駆使することで超光速の機動力を得、更に断続的な短距離転移を繰り返すことに因り、見たこともない驚異的な速度域を生み出しているのだと言う。
その後、銃らしきものを装備した機械仕掛けのロボット兵とでも言った体裁の大勢の鎮圧部隊に大陸は占拠され、今に至っている。
降って湧いたように突如として出現した制圧警備の大部隊は、訊けば砂粒よりも小さい分子のようなナノマシーンとか言うものが寄り集まった集合体で整形されていると言う。
色々と異能を手にしたこの世界でも、まったくの話、摩訶不思議な魔法のように卓越した技術はまるでSFだった。
お陰様で聖山経の人口は2倍に膨れ上がった体だ。
おまけに天仙側の高位符術は、どう言った方法を使っているのか皆目見当もつかなかったが、ほぼほぼ封じられている。
手も足も出ないとはこのことだったが、圧倒的な武力を誇る侵略軍は特に危害を加えるでもなく、唯緩やかな対話を望んだ。
「でも、よく私だって分かったね、自慢じゃないけど普通の人間じゃない雰囲気出し捲りだったのに」
「スピリット・アナライズ……吾が見ておるのは、魂の形じゃ、以前のカナコの魂を見たことは無かったが、魂を見ればその者の正体は大概見抜ける」
瞑想の座禅を組む時間に使う下草の生えた広い中庭に出て、サオちゃんと二人、座り込んで積もる話に向き合っていた。
周りを取り囲む堂宇は影を落とさぬよう配されているが、今日はちょっと薄曇りだった。
私とサオちゃんが古い知己だと知ると、理不尽なまでの力の差を見せつけた侵略軍は何かと便宜を図って呉れて、不自由を感じることは何ひとつ無かったが占拠されていることに変わりはなかった。
私よりももっと長くもっと大変な波乱を生きたサオちゃんは、見た目も(こう遣って向き合っているだけでもドキドキするほど神掛かって綺麗な美貌だった)、冷徹な性格や考え方なんかも変わって仕舞ったが、根幹的な部分でサオちゃんはサオちゃんだった。
ちゃんと私の知るサオちゃんだった。
「ご免ね、私のイザコザに巻き込んじゃって……私と友達じゃなかったら、あのとき死なずに済んだかもしれないよね」
「……なるほど、あの極楽鳥に似た鳥達はここに棲んでいるのか、あの巨大な菩提樹は当初からのものらしいの」
私の謝罪をはぐらかすように、隣接する植物園の一際高い菩提樹を見遣ってサオちゃんは呟やいた。目は菩提樹に留まる沢山の七色天国鳥達を追っていたようだ。
菩提樹は初代至尊金女様が自ら手植えされたもので、この世界の中心、ここ太元聖母宮のシンボルとも言える神樹だった。
「結氷洋や溶岩流を平気で泳ぎ切る高性能なホムンクルスのボディを捨てて、精神体になった吾が普通の人間に憑依してみれば、僅か5度や10度の気温差で暑いだの寒いだの文句を言う輩が多くて呆れたものだが、お陰で少し前世を思い出した」
「男に憑依することの多かった吾には、人前で平気で屁をしたり、鼻糞をほじったり、ゲップをしたり、二日酔いでゲロを吐いたり、女を抱いて精液を放出したり、立小便で放尿したりと言った感覚共有はどれも新鮮なものじゃった」
「得難い体験は女の身体では出来なかったかもしれんの……そして吾はソランに出会った」
何処か遠くを見詰めるように語るサオちゃんは、最後は私の目を真っ直ぐ見て、恨んでないよと言った。
「今はパラレル・ワールドを漂流する為体だが、決して悪い境遇だとは思っていない……死んで、生き返って今がある」
「だからカナコを恨んじゃおらんさ」
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パパ活の常連さんに、地元鉄道系列の物流と百貨店を中心にした大企業グループの純粋持株会社の重役が居た。
口を利いて貰ったお陰で、短大卒業を待たずして、職場体験と称して地方に進出してきたPARCOでエレベーターガールの職を得た。
そのまま正規雇用にして貰えるらしいから、ロスジェネレーション世代の就職氷河期にしてはラッキーな話だった。
……決して脅した訳じゃなく、人間って持ちつ持たれつだよねって人生訓を語っただけだが、割と親切なおっさんだった。
ベッドでも執拗くないし。
再会したカナコは、私の境遇を嘆いては旧交を温めるようにやんわりと馴染んで行って、瞬く間に私は彼女のマンションに入り浸るようになった。
私の所属するサークルにも気軽に顔を出すようになったが、どちらかと言うと彼女はヤバい筋の知り合いの方が多かった。
自分では少ししか使用しなかったが、薬の売人みたいなこともしてる様子だった。カナコに勧められて鎮痛剤のコデインから造られる安価なドラッグを少し試してみたが、サイケデリックな幻覚に確かに嵌りそうなのでキッパリ引き返した。
ヤクを決めながら乱交パーティに溺れる、なんて享楽を謳歌するのは金持ちのすることで、金が幾ら有っても足りない。
貧乏人は大人しく乱交のセックスだけを楽しむべきだ。
カナコの部屋でグループセックスをすることもあった。
エレベーターガールの仕事中にナンパされることも多かった私は、連絡先を交換した男達と待ち合わせて居酒屋“田じま”に繰り出すのだが、そこには大抵風俗産業の裏と表をプロデュースするカナコが待機していて、意気投合するとカナコのマンションに雪崩れ込んだ。
彼女の家の大型のガラスケースの冷蔵庫には、いつでも世界中の瓶ビールが冷えていて……彼女がプルトップ缶のビールを嫌うのには、病的な缶アレルギーとでも言った忌避感があって、どんなトラウマがあるのか何度か尋ねてみたが、いつも酔っぱらって仕舞うか、セックスの快楽に夢中になって仕舞うかのどちらかで、真面に答えを聞けた試しがない。
いつだったか、悪巫山戯でカナコとレズビアンごっこをしたことがある。あれもカナコの部屋だったと思うが、男達に請われるまま女同士でキスをして股間を弄り合った。
それまでも互いのセックスを見せ合ったり、4Pで絡むことは有っても、本格的に局部を舐め合ったり、粘膜同志で擦り合わせたりはしたことが無かったから、結構ヘベレケに出来上がっていたが今迄感じたことが無い程に興奮した。
十年来の親友だと思っていた相手と唾液やら体液やらを交換して啜り合う行為は、大層背徳的で身も蓋もない迄に登り詰めて何度も絶頂を貪った。互いの噴き出した潮で口の周りを汚しても、飽くこと無く繰り返される女同士の快楽を堪能した。
てっきり同性の友達だと思っていたのに、一線を越えてみればカナコとは度々愛撫を交わす仲になった。
「あの頃のカナコは、本当にどうしようもないスケベじゃった」
「サオちゃんだって、人のこと言えないと思うけどな……あの頃舐め合ってたアヌスとヴァギナ、思い出すな……懐かしい」
「おいおい、清廉潔白な至尊金女様じゃないのか、世界を統べる至高神が口にしていいことじゃなかろう?」
「……こっちに生まれ変わってからは、そんなことは一度もしたことないよ、一度もね」
「一度もか……そりゃあすごい、人間変われば変わるもんじゃ」
「あのカナコがのお‼︎」
「ひどいよ、サオちゃん、吃驚し過ぎだよお」
あの初めて肉体を深く交換した日……彼女の家のヤリ部屋にはパイオニア製のミニコンポから、確かブルーオイスター・カルトのバーニング・フォーユーが流れていたと思う。
そんな不特定多数の男達と無軌道で不仕鱈なゆきずりのセックスを楽しむような生活をしていれば、毛虱やクラミジア、ヘルペスなんかに感染することも珍しくなく、セックスワーカーの女性の為に整えたカナコのお抱え専門医の世話になることもしょっちゅうだった。
ちゃんとした医師免許を持っていたかさえ怪しいが、薬害ギリギリの処方をする先生だった。
そうこうしてるとカナコにも感染したが、抗生剤や抗菌軟膏、シラミ駆除パウダーなんかが手放せない女子大生って、世間一般から見れば最低だったと思う。
発疹や水泡が出来て痛痒かったりすると、結構悲惨だった。
卒業間近だったが、懇意にしていたオタクサークルの仲間にも感染して仕舞ったのは、大変申し訳ないことをした。お詫びに御用達の医者を紹介して、費用は主にカナコに強請った。
「夏なぞ痒くなって、二人して股をボリボリ掻いておったもんじゃが、あれはみっともなくて最低じゃった」
「商品達に手を出さないのは私のポリシーだったのに、クールで謎めいた演出も台無しになっちゃたわ」
一時、私達の街の風俗産業に性病が蔓延仕掛けて深刻な事態になり掛けたのはのは、十中八九カナコのせいだった。
「ぬかせ……人一倍だらしなくて快楽に弱いくせに、自分で自分を律することの出来るビジネスマンだと嘯いていて、嗤えた」
「あの頃のカナコは男も女も見境なくて、傘下の風俗店の垢擦りやタイ古式マッサージの店では試食と称して従業員を喰い捲っておったじゃろうが……好き放題しておったくせに」
「だってえ、あれもお仕事の内だったんだよ」
「懲りん女じゃ……」
若気の至りという奴だろうか、あの頃の無軌道な生活振りはエロ女子大生ラプソディとでも言ったような、実に常軌を逸した恥知らずなものだった。あの時分は、性病が根治するかの不安すら考えていなかったのかもしれない。
一度、合成ドラッグのMDMA、通称“エクスタシー”ってのをキめて変形股関節症を患うような無茶な体位でことに及んでいたカナコが膣痙攣を起こし、あわや救急車を呼ぶ騒ぎになった。
以来、薬はセックスドラッグの類いも含め、キッパリ足を洗うと宣言し、殊勝にも誓約書まで書いていた。
人の命を救う為に一分一秒を争う救急隊員の皆様の手を、薬物乱交など刹那的な快楽で瀕死になった自業自得の莫迦の為に煩わせてはならない、と言うカナコにしては至極真っ当で良識的な理由だった。
カナコとの自堕落な生活が日常になっても、相変わらず私は安アパートを寝ぐらにする貧乏生活をエンジョイしていた。
カナコの援助でド田舎のバラックからは引っ越したものの、通勤に使ったエアコン無しのオンボロ車は結局、カナコと私が悲惨な死を迎えるまで手放せなかった。
エンストなどの不調も再々なので、サークルのハンドルキーパー君には不評だったが、図法螺な私が郊外で青姦なんかをしたときに脱ぎ捨てた下着がコンソールボックスに入れっぱなしになってるのをくすねる余禄があるかもしれないので、携帯で呼ぶと飛んでくる面子には事欠かなかった。
籍があった短大の卒業資格を誑し込んだ教授会から済し崩し的に捥ぎ取った頃、カナコの周り……と言うより急開発が進む学園都市と言うか、産業界からも誘致に応じて各研究施設などが林立する学術都市のニュータウンに纏わる利権を巡り、不穏な気配を臭わせつつ、ヤバい凌ぎをしている人々の界隈では何やらきな臭くなりつつあった。
どうやら、こんな田舎の地方都市まで華僑系黑社会組織とブラジリアン・マフィア、遠藤連合会系の日本ヤクザ三つ巴に依るシンジケート同士の覇権争いが、波及してくるらしい。
そんなまことしやかな切羽詰まった噂が、“田じま”の裏の事務所では囁かれていた。
そんな折、カナコの下で身体を売っていたSMランジェリー・パブの人妻が質の悪いコカインの過剰摂取で死んだ。
南米から入ってきたものらしかった。
「それで……ベルゼビュートの負の波動を転用して次元間の条理を超越、Dゲートとも呼べる転移門を別次元に繋げるって構想は理解したが、それが何故こうなる?」
マクシミリアンの研究開発がようやっと実を結び、コントロールされた形での次元転移を可能にすべく、ベナレスの地表に巨大な専用プラントを建造中だった。
かつて俺は、意図など与り知らぬ魔族側のなんらかの大規模な侵攻作戦と会敵し、スキル・バイトとローバーのスキルで未曾有の大群の固有魔法や暗黒の魔力を奪い尽くしたことがある。
俺の中に取り込まれ蓄積されたトラップ島戦役での獲物、封じられた膨大な魔族精鋭軍、“エクロンの使徒”の暗黒エネルギー――1500万にも及ぶ魔力と精神力、負の生命力と、そしておそらくは八大魔将軍一の実力者――能力、伎倆、戦略共に今代魔王よりも上と目されていた筆頭八大魔将だった“蝿の王”ベルゼブブの黒い生命力とも呼べる“深淵の混沌”を未知のエネルギーとして流用するのだと言う。
一見、無謀な方法に思えた。
だが前回と前々回の予期せぬ次元転移は両方ともシンディの暴走に因って齎されていたが、マクシミリアンの調査に依れば僅かながらに転移に同調した負のエネルギーがあったらしい。
少ない手掛かりを頼りに突き止めてみれば、やっと辿り着いた先が俺の額の蝿の紋章だったと言う訳だ。
トラップ島戦役で手にした“無限浄化”のスキルは魔の殲滅だけではなく、同時に取り込んだ魔の暗黒エネルギーを俺の中に封印しておく力を発現した……それが俺の額の紋章だ。
俺の中で暴れ回り、熟成し、日々成長する、真に力を持った負の暗黒瘴気は何か特別なものに昇華しようとしていた。
「カミーラ統括が行った“神降ろしの儀”でハルモニア・ムジカと言う音楽神が降臨したとき、確かに次元間を超える何らかの波動を感知しました」
「これの解析を行ってみて、シンディの過去2回の暴走との類似点とを比較して分かったのが神因子、ディバイン・ファクターとも呼べる、ある種、因果律を凌駕する特別な存在だけが可能にする具現化のパターンが見えました」
「これが次元転移のヒントであると推論した私は、精神体としての神の存在に最も近く、かつ対極にある堕天使たるディアボロス、詰まるところ悪魔のポテンシャルを転用出来ないかと言う方法に着目したのです」
「……それもこれも、“蝿の王”ベルゼブブの“深淵の混沌”とやらの共鳴があったからこそなんですが」
随分と飛躍的で乱暴な話だが、これこそがマクシミリアンを天才たらしめている発想の転換……プロセスを無視して一足飛びに正解に辿り着く、“ひらめき”と言う奴なのだろうか?
エレアノールの加護神として憑依したハルモニア・ムジカは9柱存在する内の“天文”をつかさどる1柱で、名をウーラニアと言うらしいことが分かった。
マクシミリアンは、精神世界に発生する粒子だか波動、もしくはこの現象そのものを、“ウーラニアン”と名付けた。
「“深淵の混沌”には裏ウーラニアンとも呼べる、陰と陽の関係がありました……引き合うと言うか、影響し合うようなアナムネーシス情報体、つまり真の認識たる“想起”としての因果関係にあります」
「都合の良いことに、ウルディスには使役魔として従属するレッサーデーモンが何体か居ります、彼等の貴重な犠牲のお陰で試作機が正しく作動する確認が出来ました……あぁ、レッサーデーモン達は分身体を使ったので戦力の削減はありません」
「俺が言いてえのはそう言うことじゃなくて……その、なんだ、新たに建造されたDimension transfer device、略称DTDとやらがなんで蝿を模した外観なのかってことだっ」
「だから何度も言ったではないですか、リンク率を確保する為には必要なことなのです……髑髏を模したベナレスの丁度、額の位置に建造するのは必定なんです」
……マナの枯渇により滅び逝く魔法文明の担い手達だった、謎のハイパー・ブラヴァン人が残した大いなる遺産、ベナレス。
手の届かない未知の神々に向けて、自分達は此処に居るよと叫び続けたプロパガンダのシンボル……なんの酔狂か、それは巨大な惑星の大きさをした人工の髑髏だった。
最初に見たときは、然しもの俺も自分の目を疑った。
そいつはショッキングな幻想、そのものだった。
深淵の宇宙空間に浮かぶ、黄金に輝く髑髏……不思議な光景過ぎて夢を見ているのかと思った程だ。
そのベナレスの地表、髑髏の額から眉間にあたる地域に壮大な施設が完成しつつあった。横にだだっぴろい構造だが、それでも高さは優に千メートル程はある。
それはまるで俺の額にある蠅の紋章とまったく瓜二つと言っていい程の相似性を以って、拡大された外観を持っていた。ただしそれは余りにも巨大過ぎる。通常の人が住み暮らす惑星にあっては、大陸とはいかない迄もちょっとした国土や島並みの大きさはある。実際にこのDTDもしくは“Dゲート発生装置”と呼ばれる施設がどんな外観をしているのかは、宇宙空間に出てベナレスを俯瞰して見なければ分からないだろうし、事実認識出来なかった。
地表から見れば大き過ぎて見上げる程の壮麗な構造物は、遠く離れてみれば、そのまま髑髏の額の蠅に見えるのだった。
俺の額の封印紋とリンクを確立する為だとマクシミリアンは主張するが、実際に必要なことなのかは疑わしいと俺は思っている。
他に幾らでも方法はある筈だろう?
だが俺達の間ではその巨大な装置は通称の正式名称、DTDと呼ばれることは無く、単純に“ハエ”と呼ぶのが慣例になった。
「ハエの魔素転換炉のプランジャー部分はベッセンベニカ鋼のままでは強度が足りないと、エルピスが言ってます」
「対オー・パーツ用に開発した対抗兵器に、唯一無二の特殊なコーティング技術があるそうです、エルピスは盟主ソランの許しがあれば直接技術指導をしたいそうですが」
メシアーズの中を漂うエルピスの思念が、電脳サイバー感応に長けたアンネハイネを通じて協力を申し出てきた。
ベナレスはこの世界に来て、一層ズレて位相次元化された擬似異空間に腰を据えたが、この世界の魔素……ここでは神霊力と呼ばれるものを吸引し続けていた。
地表のみならず、宇宙空間に漂い、降り注ぐ神霊力を思う存分、健啖振りを示して吸収し捲っている。
マナの熱的死に向かってゆっくり収束し、魔素が枯渇してゆく世界にあって最後の牙城だったベナレスにしてみれば、ここは正に恵まれたオアシスのようなものだった。
残された魔法文明の神髄を調査したマクシミリアンが、メシアーズとの折衷技術でハエの建造を急いではいたが、貴重なエルピスの意見には従った方が良いと判断した。
もと居た世界で偶然手に入れた“救世主の鎧”を統括コントロールしている自己拡張型AI、メシアーズに溶けている開発者の残留思念は未だアンネハイネのESPサイバー感応でのコンタクトが、一番相性が好いようだった。
俺やビヨンド教官、アザレアさんなんかがもと居た世界では、一夜にして滅亡したヒュペリオン大聖国の威光を再びと、滅びを予測して後世に文明技術を残す為に擁護し密かに自陣のスタッフと共に退避させたイカれたサイコパス・フィクサー、ヘドロック・セルダンが、影で長きに渡り暗躍していた。
知る者は少ないが、創出した自身のクローン達の中にあって唯一の特異体だったエルピス……セルダンが漠然と未来予測の中で恐れ、強迫観念に囚われた“ニンリルの復活”に対抗する目的で世界にバラ撒いたオー・パーツ全てを未然に防御する手段を開発させていた……自己矛盾の産物がエルピスだ。
何故ならエルピスは、愛すべき世界とそこに生まれ出る命を救いたいと言う良心を持ってクローニングされていたからだ。
30にも及ぶオー・パーツが同時に発動しても、これを全て防ぎ得る手段を搭載しているエルピスの遺産……それこそが俺の着込んでいる聖骸布、“救世主の鎧”だった。
統合型超絶レベルのAI、メシアーズの本体は勿論、装着者である俺と共にあるが、自己増殖する分技したサブウェアは独自の固有結界とでも言うべき占有亜空間でこれ以上無いまでに緻密に、そして驚くぐらい広範囲に多機能なバックアップを築いていた。
天才エルピスはとうに亡くなっているが、監視ソフトとしてプログラミングされている残留思念が、今でもメシアーズのサイバー空間を揺蕩っている。
ハードウェアの構築と並行して、幾多の高度な制御プログラム・コード、また“ウーラニアン”の観測ソフトなどのデバッグ作業が特別編成チームで開始されていた。
復讐の女神として、取り憑いた者の復讐心を煽り、望みを叶える手伝いをした……代わりに対価として復讐のプロセスを味わう感覚共有や達成感、報復以外には必要の無くなったその他の感情、諸々を代償に頂く……そんな暮らしを何十万年も、百万年以上にも渡り延々と繰り返したとサオちゃんは言った。
「小学生の頃、男と女はセックスをするらしいと知ってなんとなくオナニーを覚えた」
「まだ純粋じゃった吾は、した後の罪悪感に悩んだものだ」
人間の愛憎劇は尽きなくて、いつの時代も男と女の裏切りや信頼で結ばれていた筈の関係を利用して騙し騙される化かし合いは無くならない……それが悲しい程の真実だったと、サオちゃんは言った。
ある時代に地方の貴族が、郡代官の役所で下働きをする文官の奥方に懸想したそうだ。
食指が動いたとか、そんな程度の話だ。
その奥方は、確かに男好きのする容姿だったらしい。
所謂そそる別嬪と言う奴だ。私も前世で裏風俗のマネージャーみたいな仕事をしていたから、良く分かる。
奥方も言い寄る貴族が金持ちだったからなのか、最初の接触で至極簡単に堕ちて、靡いた……旦那に内緒で不倫の逢い引きを繰り返すようになる。
早い話、肉欲の権化になった。
やがて浮気の果てに奥方は妊娠、何も知らぬ亭主は喜んだが生まれてきた子供は髪の毛の色を見るに明らかに貴族の子種だった。
人は誰しも憎みたくて憎むんじゃない。
遣られた仕打ちに耐え難くって、誰かを失ったり、理不尽に虐げられたり、大切にしていたものを奪われたり、そして信じていた者に裏切られたり、どうしようもなくなって、復讐以外に道が閉ざされたと思い定めたとき……失われたものを取り戻そうと努力するとか、人生に失望して死を選んだりとか、黙って泣き寝入りをするとか、他の代償で心の平安を保つとか、そんな他の選択肢が総て選べなくなったときに復讐者は闇く奮い立つのだと、サオちゃんは語った。
「疑うことを知らなかった亭主は、娘が長じるに従って托卵の子だと疑心暗鬼に捕われ、錯乱した……だが女房に直接問い質すのは、小心者の亭主には躊躇われた」
「その内、貴族の男と切れていなかった厚顔無恥な奥方が裏切りを暴露して亭主を捨てたんじゃな」
結婚している身でありながら亭主を裏切る背徳的な火遊びが快感を増幅し、すっかり内緒の逢瀬で得られるスリルの虜になっていた不倫妻は、その堕ちて行く隠微な関係からどんどん変態的な行為に呑まれて行ったそうだ。
亭主の目を盗んで訪れた貴族の館の中庭で、一糸纏わぬ全裸になって野外露出セックスを楽しむ、興奮の赴くまま調教された館の侍女達に男との行為の最中に身体中の性感帯を舐めさせる、請われるままに館の地下に誂えられた特別な部屋で肛門拡張用の器具やボンデージ用の拘束器具を使った遊びなども覚えた。
異常な性交に昂ることを覚えれば、快楽は底無しの沼だった。
男の与える肉体の愉悦を貪り、人の妻としての倫理を捨て、自虐雌豚に成り切って堕ちて堕ちて、堕ち捲った。
淫乱、淫売、痴女、穴奴隷、その他幾多の淫語でなじられることにゾクゾクする快感を覚えた。
もう普通のセックスでは満足出来なくなっていた。
亭主との刺激の無い性生活が詰まらなくなって、一緒に暮らすことの意味が見い出せなくなっていた。
寝室こそ一緒だったが、夫婦としては没交渉になって随分と経つ。
卯建の上がらない文官よりも娘の本当の父親の庇護の元で暮らした方が、娘の将来の為にもなると打算が働いた。
だが家庭にあってはそんな素振りは見せず、婚外交渉を隠してそこそこの妻と母親役を演じてきた奥方は、亭主との別れ話をどう切り出したものか迷った。
「相手の貴族の男はサディスティックな性癖だが、魔法省地方支局の犯罪取り締まり班の重鎮じゃった」
「浮気妻の奥方が貴族の愛人の座に納まりたくなって相談すると、鬼畜の様な浮気男は亭主の前で女房を寝取る行為を見せ付ける、と言った最低の手段を講じてきた……半分以上、嗜虐趣味からの思い付きじゃったが、朱に染まり切った奥方はこの話に乗った」
離婚などは生温いと姑息な手段が別に用意された。
亭主に罪を被せて別れざるを得ない状況に追い詰め、奥方を哀れに思った正体を偽る摘まみ食い男が面倒を見るよう篤志家振りを発揮した……そんな筋書きの茶番劇だった。
当時の魔法省は、他の司法機関から独立した権勢を誇っており、取り締まり班の長官ともなれば、少しばかりの謂れ無い罪を捏ち上げるのもまた容易い。
世襲文官の家柄だった亭主は真面目な仕事一筋の男だったが、其れゆえ世の中の悪意には鈍感だった。
支局取り締まり班が内通者不明のまま亭主の職場を家宅捜索したところ、密告通り禁書指定で殺傷度の高いスクロールが亭主の専用机から何本か発見された。
身に覚えは無いが、申し開きは支局でするがいい、と半ば強制的に連行された挙句、拷問染みた取り調べで半死半生になった亭主は朦朧とする意識の中で事実無根の罪状を認めさせられた。
宗教裁判染みた罪の捏造で、亭主は鉱山送りが科せられた。
「牢屋を訪れた裏切り者の奥方と取り締まり班長官の貴族の男は、無実の亭主の前で目合ってみせた」
「人払いをした牢獄に取り調べの指揮を取っていた長官と自分の女房が裸で現れても、息も絶え々々だった亭主は最初、なんだか分からなかった……じゃが鉄格子の前に立つ二人は既に、櫓立ち、要するに駅弁スタイルじゃな、で盛っておった」
奥方の口から初めて、数年に亘る情欲に深く溺れた、端なくも下品な情交が明かされると、半分疑いながらも信じていたかった亭主殿の未練はズタズタに引き裂かれ、怨嗟の種子が芽生えたのだった。
どちらかといえば堅物で、割と品行方正な亭主殿には羞恥心の欠片も無い雌犬のような交尾は信じられない世界だったのだ。だが、好色多淫な鬼畜嫁は、そんな亭主の呻吟を楽しそうに嘲笑う。
「可愛さ余って憎さ百倍の恨み骨髄……怨念の篭る声で、“この恨み、末代迄も祟る”と亭主殿はなじったそうじゃ」
髪を振り乱して淫らに悶える自分の嫁の初めて見る犬畜生のような交接の姿に、弱った身体の死力を振り絞って唾を吐き掛けようとしたが、顔を動かすことも儘ならなかった。
艶かしい嬌声はやがて唾を飛ばすように連呼する、“気持ちいい”と言う叫びに置き換わった。
椅子に浅く腰掛けての背面座位で思う存分反り返り、あからさまに淫靡な結合部をこれでもかと執拗に見せ付けるようとする鬼畜な二人の姿も、やがて怒りの涙で滲んで見えなくなった。
最後に見たのは、淫水焼けに糜爛する繋がったままの場所にベッタリ付着する、白く泡立つ下り物のような汚いものだった。
普通、鉱山送りになった犯罪者は、過酷な労働環境から一年を待たずに死ぬ。だが執念の鬼と化した亭主殿は、三年を過ごしても健在だった……決して、このままは死なぬと言った怨念が彼を生かした。
そして四年目の冬、亭主は“復讐の女神ネメシス”、つまり吾と出会い、誓約を結んだ。
魂も何も彼も差し出す代わりに、尻軽で裏切り者の妻と寝取った下種男にこれ以上は無い惨たらしい報復を与える盟約だ。
こうして亭主は、囚人専用の採掘場と言う監獄兼緩やかな死刑場から姿を消した。残虐な復讐鬼は密かに故郷に舞い戻った。
「ただ殺すだけじゃ飽き足りないって感情は、分からない訳じゃないけど、あまり染まりたくはないわね」
「カナコは真のどん底と言うものを体験したことが無いじゃろ……人間、本当に怒りに目が眩んだときは万象、全てを滅ぼし尽くしたいとまで思うものなのじゃ」
時は満ち、裏切り者の好色嫁はそれでも我が子だけは目に入れても痛くない程に溺愛するようになっていた。
いつしか奥方の髪を包むのは庶民のボネットではなく、コアントワーゼ付きのエナンになっていた。娘にもパニエで膨らませたフープスカートのドレスを着せている。
生臭い欲望に歯止めが効かない自分のことは棚に上げて、貴族のフォーマルな社交の場でも恥ずかしくないマナーや気品を身に着けさせようと、ガヴァネス……つまり女家庭教師を雇った。
つい先頃までナニー役の子守りが相手をしていた年頃の娘ではあったが、貴族の男の“囲い者”から係累を認められる側妾と言うよく分からない身分に出世していた元奥方は、全ては娘の将来の為と心を鬼にして早めの躾を始める段取りを付けた。
娘は親の言い付けを守る聞き分けの良い子ではあったが、同い年の遊び相手が少ない環境は徐々に鬱屈して行く退屈なものではあった。
そして事件は起こった。
鍵の管理が甘かったか、余人を近付けなかった場所が災いしたか、いやらしい道具が並べられた秘密の地下室で、天井から吊り下げられた鎖に絡まった娘が縊死しているのが見つかった。
何故かは分からないが、状況から見て迷い込んだ娘が高い所から飛び降りた拍子に誤って首に鎖が絡まったと見て取れた。
怪しんだ母親は調べて欲しいと願ったが、父親である魔法省地方長官は局外の監査部に通り一辺倒の状況調査だけを命じた。
錯乱し、命より大切だった娘の亡骸に縋って三日三晩、側妾となった女は泣き続けた。
やがて葬儀を出さなければと、娘の父親であるご主人様に相談に行ったところ葬式は遣らないと言う。
「さいわい嫡出子の手続きはしておらんから、正式な儂の子ではない、支局にある無縁墓地に葬る……死んだ場所が場所だけに外聞が悪過ぎる、痛くない、いや、痛い腹を探られるのは性に合わん」
冷たいところのある男だとは知っていた。
そんなところも女には魅力に思えていたのだが、今となっては唯の人でなしだ……充分に分かっていた筈だった。それを百も承知で庇護下に肖ろうとしたのだから。
「可愛い盛りだったが、死んで仕舞ったものは仕方ない」
そう公言して憚らない冷たい男。
この男を選んだことを、初めて少し後悔した。
同時に罠で陥れ、命を奪うも同然にして捨て去った亭主との過去を思い出していた。
捨てた亭主は子煩悩な男で、自分の血を分けていないと知ってか知らずか、まだ2歳ぐらいだった娘をあやしてラチェットを振っていた姿は、いつのことだったか……
私が腹痛で寝込んだときは、寝ずの看病をして呉れた優しい夫だった……あんな酷い仕打ちで死刑宣告も同様の、鉱山送りにすることはなかった。別れるなら、普通に離婚手続きをすれば良かったのだ。
今更悔やんでも仕方のないことだが、自分の犯した取り返しの付かない罪に恐れ慄いた。
切っ掛けは些細なことだった。
忘れ物をした旦那が困っていないかと、郡代官の勤め先に届けに行ったときのこと……愛用の羽ペンと携帯用のペンナイフのセットを忘れて行くなんて、仕事にならないのでは無いかと心配するほど当時は亭主を大切にしていた。
偶然間の悪いことに、自分の亭主が上司らしい男にヘコヘコ頭を下げているのを目撃して仕舞う。
思わず木陰に隠れて仕事場である事務棟の窓を窺ってみれば、卑屈に愛想笑いをする亭主はすっかり意気地を無くして、ブルブルと怯えていた。ずり落ちる眼鏡を情けなく何度も描け直し、額には冷や汗を浮かべていた。
途端に、この先この男と家庭を築いても、何か素晴らしく感動するなんてことは無いように思えて仕舞った。急に今迄の暮らしの何も彼もが色褪せて、詰まらない無価値なものに思えた。
この先、この男と一緒に歩む道なんて得られるものは本の僅かだ。
馬鹿々々しくて、虚しくなる。
結局、この日は亭主に会わずに帰った。
商売道具の筆記具は渡すことなく、持ち帰った。
家事をするのが億劫になってそこそこに、家を出てフラフラすることが多くなった。気が付けば満たされぬ心を埋める何かを求めて、街中を徘徊していた。
魚心あれば水心……とはちょっと違うかもしれないが、埋まらない心の隙間を市井の好き者女性を食い物にするジゴロ達の集団に目を付けられて仕舞う。
あわや勾引かされて連れ込み宿で凌辱されて仕舞うのか、と言った矢先にこれを阻んだのが貴族の男だった。
頬から顎に掛けて見事に手入れされた髭を蓄えた男だった。
ならず者から助けて貰った恩もあり、請われる儘に男の館を訪れ、求められる儘、身体を開いた。
肉付きの好い女だと言って、男は大層喜んで何度も女を犯した。
胸も尻も大きい方だとの自覚はある……発情し切った雌の柔肌を晒し、初めて亭主を裏切った瞬間だったが、男の太く長いものは未だ知らなかった子宮の奥底の絶頂を引き摺り出し、信じられないほど大量の放出が腹を熱く満たした。
多分男はセックス巧者で精力絶倫だった。チカチカする多幸感を伴う、死んじゃうんじゃないかって思える程の快楽地獄は生まれて初めての経験だった。
一緒に後ろの穴も弄られて、すごくイケナイことをしている気分がまた悦楽に火と油を注ぎ、自分でも知らなかった淫らな痴態を曝け出すのに得も言われず興奮した。
最初はなんで寝室に鏡があるのか分からなかったが、涙や涎を撒き散らし、生まれて初めて股間から盛大に愛液を噴き上げながらビクビクと派手に痙攣するオルガスムスに意識が遠のく中、鏡に映るだらしないアクメ顔の見知らぬ女が自分だと分かったとき、もう引き返せないし、引き返したくないと思って仕舞った。
このまま永遠に逝き捲りたいと思えるほど肉の快楽を何度も繰り返し、身も心もドロドロになった。
仕舞いにはもっともっとと強請るぐらい、肉欲に狂った。
一遍で虜になった。
「オチンチン、舐めていい?」
そう口にした途端、奥方の中で箍が外れてしまった。
旦那にはしたことの無い精飲を初めてした。
元々、修道会の孤児院で育った身は女神教を信仰している……敬虔だったかどうかは別にして、女神教は姦淫を禁じている。
だが世間の垢に染まった奥方も、そう言う快楽を堪能する行為があることを知らない訳ではなかった。街中には娼館の蝟集する場所もあれば、その手の盛り場にはセックス・ショップすらある。
一度道を踏み外して仕舞えば、亭主への罪悪感よりは痴悦を貪りたいと言う欲求の方が勝って仕舞った……初めての浮気は羽化登仙の心持ちで醜い自分の心を誤魔化して、幾度も登り詰めて、また会うことを約束した。
その内、男のお珍棒が美味しくて堪らなくなった。
全く萎えることを知らない激しい情欲に、いつしか激しく溺れて行くようになった……夫を裏切っていると言う違和感は、いつしか薄れて、消えて仕舞う程に。
寧ろ、もっと凄い快楽を求めては貪欲に交わるようになる。
輪郭が蕩けるような愛撫の奔流が、これでもかと肢体を揉み苦茶に蹂躙し、失神するような絶頂を何度も繰り返した。
恥辱と愛液にまみれた、不倫の交合に夢中になった。
夫をないがしろにしている自覚はある。だからだろうか、以前より夫には優しく接するようになった。
「まだ小さかったからな、私のことをパパと呼んでくれた日のことを今でも思い出すよ……でも、あいつの子種だった」
「私の子供ではないと知っても、殺すのは偲びなかった……でも仕方ない、復讐は、お前の大切なものを総てお前から奪い尽くすと決めていたから」
娘の墓の前で、死んだ筈の夫が娘を手に掛けたと告白するのを、何処か絵空事のように聞いていた――――
支局にある娘の無縁仏の墓標に参った日は、朝から煙るような霧雨が降っていた。鬱陶しい冷たい雨だった。
いつも騒がしくも忙しない魔法省支局の様子が妙だった。
静か過ぎる佇まいを胡乱に思い、中を覗けば、無残に抉られ削られた死骸の山が累々と積み上がり、壁も天井までも血飛沫で真っ赤に塗りたくられていた。
あまりの出来事に頭がクラクラし、気が遠くなるが、局舎内には動く者の気配とて無い。
恐怖に絶叫しながらも、震え上がる肢体に鞭打って愛する男の無事を確かめんと奥へと進んだが、転がるように散乱した死体が邪魔をする……何があったのか、捩じ切れるようにして分断された残骸は噎せるような血の匂いで、吐き気が収まらない。
なるべく見ないようにしたが、気分が悪くてもう無理かと思い、途中何度か蹲み込んだ。
ご主人様が執務する長官室は開け放たれていて、部屋の中には奇妙なオブジェクトが聳り立っていた。
身じろぎするオブジェクトが呻いて、初めてそれが愛した男の変わり果てた姿と分かった。
何千本、何万本もの細かい縫い針のようなものを突き刺され、身体中びっしりと埋め尽くされた姿だった。
やがて朽ち木倒しに倒れたご主人様は、尋常ではない苦痛の内に事切れて仕舞った。誰がこんな非道いことをしたのか全く心当たりの無いまま、娘の墓に向かった……長い長い慟哭の後で。
――――「…………お前の大切なものを総てお前から奪い尽くすと決めていたから」
娘の墓の前で、死んだ筈の夫が娘を手に掛けたと告白するのを、何処か絵空事のように聞いていた。
事故ではなかったっ!
支局の官吏や魔法好手の屈強な兵士達を皆殺しにしたのも、ご主人様を惨たらしく殺したのも全て、裏切って罪を被せ鉱山送りにした前の夫だと言う。
狂乱した私は嘆き悲しむよりも、因果応報が巡ってきたのだと、そんな自業自得の宿命を感じていた。
予感めいたものはあったのかもしれないが、矢張り死んだものとばかり思っていた元の夫を見ると、薄ら寒い感慨に捕われる。
髪は白く、眼は落ち窪み、苦行の侵食が夫を変えて仕舞った。何よりその怨霊のような禍々しい気配が、ここまで夫を変えて仕舞った原因が自分にあるのだと突き付けられているようで、初めて激しい罪の意識に見舞われた。
あろうことか、復讐の女神ネメシスに魂を売ったと言う。
復讐の願いを叶える代わりに、魂を召し上げ、召し上げられた魂は未来永劫、紅蓮の地獄の業火に灼かれ続けると言う、あの誰もが忌避する邪悪なるネメシスに!
「何故っ……、何故あの子を巻き込んだのですか!」
生き甲斐だった娘を奪われた母親の気持ちが、夫には分からない。
……いや、分かるからこそ裏切り者の悪女への報復の為、生贄に供されたのだろうか?
「托卵の娘だ、私達の偽りの夫婦生活の象徴そのもの……生かしておける筈もない」
言うと夫は私の左頬を叩いた。
差して力を入れたようには見えなかったのに、凄い打擲だった。
娘を失った悲しみなどお門違いだった。
なんの罪も無い子供を手に掛けねばならなかった夫の苦悶と悲嘆が犇々と伝わってくる。その冷たい凍りつくような憎しみに、夫の全てを奪い、夫をここまで追い込んだのが確かに私なのだと、はっきりと悟って仕舞った。
「どうした、盗人猛々しく命乞いしてみろよ」
「そう言うの得意だろ……亭主を余所に、自分の快楽だけが大事だった裏切り者のくせに」
このまま夫の手に掛かって死ぬのが、自分の運命なんだってなんとなく分かった。口の中が切れて、血の味が滲んだ。
“殺さないでください”と口から出掛かって、そんなことを言う真っ当な資格も、生き残りたいと言う確かな理由も自分には最早無いのだと思い止まった。
怯えているのに……それだけ罪の意識は大きかった。
反対側の頬を殴られた。ゴリっと奥歯が折れたような気がして、鼓膜も破れたのか耳から血が流れた。
気が遠くなるように痛いのに、罅割れ縁の欠けた眼鏡の奥から射抜く夫の冷たい視線に晒されると倒れ込みそうになるのを精一杯我慢して、こらえた。
私は罰を受けなければいけない……夫の遣る瀬無い怒りを思うと、当然のように嗚咽を飲み込んだ。
「これしきでふらつかれちゃあ困るな、まだまだ顔が潰れて二目と見られない化け物面になるまで遣るからさ」
冷たく言い放つ、夫の冷酷な視線から目が離せなかった。
横倒しに摺り落ちて歪む視界は朦朧と霞んだが、何故だか夫の突き刺さる視線だけがくっきりと見えた。
倒れ伏した私を強引に引き起こして直立不動に立たせると、固縛か何かの魔法だろうか、どんなに殴られても身体がそこから動くことは無くなった。
鼻の骨が折れて陥没したのか、呼吸が苦しい。
顔が腫れ上がっているのだろう……火照るどころか、悪寒がする。
砕かれた顎が開かないので喋ることも出来なくなったが、御免なさい、御免なさいと繰り返し心の中で、必死に謝った。
貴方を裏切って御免なさい……、長い間平気で騙していて御免なさい……、貴方の子じゃないのに嘘を吐いて御免なさい……、貴方の大切な家庭を壊して御免なさい……、魂の愛よりも肉の快楽を選んで御免なさい……、貴方の気遣う愛撫よりも大きくて硬いペニスの方を選んで御免なさい……、何年も何年も貴方のことを馬鹿にしていて本当に御免なさい……、隠れて遊ぶ禁断のスリルに背徳がやめられなくて御免なさい……、貴方以外との変態セックスに長い間溺れて御免なさい……、貴女の妻でいるよりも雌豚として生きる道を選んで御免なさい……、いつの間にか、涎を垂らして喜ぶ、最低の色情狂の肉便器女になって御免なさい!
そして何より、違う男の専用精液便所になりたくて貴方を罠に掛けて、無実の罪に陥れて御免なさいっ!
追い詰められてからの無意味な謝罪に価値は無い。きっと夫は受け取らない。でも、謝らずにはいられなかった。
血糊で咽喉が塞がり、呼吸も上手く出来ない状態で、右に左に往復する鈍痛だけが私の薄れいく意識を保った。
許して貰おうとは思わないし、許して呉れなくていい。
心から詫びたとて、この人にした仕打ちが今更許される筈もない。
これが、密通の快楽に翻弄された馬鹿な女の無様な死に様だ。
このまま無惨に死ぬのが私の罰に似つかわしいし、相応しい。
……貴方の復讐にはそぐわないかも知れないが、最期に貴方に殺されて良かった、と感謝しながら死んで逝きたい。
ただ、貴方とちゃんと夫婦でいればこんなことにはならなかったのにと思う後悔だけが、頭の片隅に残っていた。
だが、それを未練と呼ぶにはあまりにも恥知らずだろう。
過去には戻れないし、薄汚れた身には遣り直すなんて身勝手は望むべくもないし、考えてもいけない。
一緒になった頃は心が通じていた筈なのに、私は何処で間違えて仕舞ったのだろう?
この人と結婚した、この人を好ましいと思った情愛と、末永くと願った誓いに偽りは無かった筈なのに、何故これほど鬼畜な裏切りが出来て仕舞ったのだろう……今更悔やんでも夫の憎しみが癒えることは無い筈なのに、私は出来るだけ夫の為に、惨めに死のうと思った。
ただ死ぬことだけで清算されるような生半可な罪ではない。
死して尚、未来永劫苦しみ続けたいと私は願った。
「横たわる妻の、既に肉塊と化しグチャグチャになった死顔に、男は一物を取り出して扱き出し、勢い良くザーメンを浴びせた……憑依しておった吾にもあの時のおぞましくも悲しい射精感が、暫くトラウマになった」
「妻の死骸を汚す為に、泣きながら吐き出すように放出した亭主の自慰が、未だに忘れられんわ」
人間の寿命は儚いまでに短く、故に生き急ぐが為にこのような畜生道に堕ちる女もいるのだろうと、サオちゃんは言った。
身体の疼きに逆らえない性欲に執着する傾向の女は、得手して道を踏み外し易いとも………
サオちゃんの過酷な体験は、想像を絶するエピソードで鏤められているらしかった。
復讐という情念に突き動かされる行為と、その情動に長く取り憑かれたサオちゃんは、もと居た世界の名前、“ネメシス”としていつしか巷間の言い伝えになったのだと言う。
「三枝子さん、お子さんが二人いたんでしょう?」
「まだ小学生らしいわよ、上の子は来年、中学に上がるって言ってた……露出マゾの性癖を隠して旦那さんと一緒になったらしいんだけど、内緒でうちのお店に勤めてたのがバレて半年前から離婚係争中だったって」
「家族とは、家庭内別居状態だったって話……」
「薬代欲しさに旦那さんからのプレゼントだった宝石類とかも全部売って、実家に嘘ついてマイホーム資金の足しにって、親からお金を引き出したらしいのね」
「三十代でしょう……自暴自棄になったのかしらね?」
“田じま”の系列のSMランジェリー・パブ“赤ずきんと狼”のSM嬢達が、焼香しながらひそひそ話をしていた。
先週、利用還付契約をしているラブホテルで麻縄に緊縛された裸体のままの三枝子さんが冷たくなっているのが発見された。前夜も客を取っていた筈だったが、相手の客は逃げて足取りが掴めない。
ホテルの従業員がルームフォーンに応答が無いのを怪しんで、部屋に行ってみると全裸に亀甲縛りの三枝子さんが事切れていたそうだ。
緊縛に使われた麻縄はキチンと鞣された高級品でプロやその道の好事家達が使うものだったが、なんのことはない、店の支給品だった。
報道されてはいないが、発見された当初、三枝子さんはボールギャグに鼻フックと言う格好だったらしい……可哀想だがあまりにも外聞が悪過ぎる。人生の最後に相応しい姿とは言い難い。
買春絡みの相手の居ない不審死なので警察が動いているが、どうやらカナコの情報網に拠れば、死因はコカインの過剰摂取に因るショック死らしい。田舎の生活安全課も麻薬取り締まりはやるが、コカインなどの高額な薬物絡みとなれば警視庁麻薬対策室が動くと言うのが、カナコの読みだった。
法律上はまだ夫のままだった男が死体の引き取りを拒否したんだとか……まあ、無理からぬ話だが三枝子さんの実家でも、そんなのは家の娘じゃないとゴネ始めたので、“田じま”のオーナーが見るに見兼ねて、葬式を取り仕切ることになった。
警察は相手の客がホンボシだとは思っていないが、事情聴取の為、ホテル側にロビーの防犯カメラの録画を提出させ、逃げた客の特定を急ぎ、足取りを追ってる最中だ。
死体の膣内に残された精液は、既に検体として採取されている。
“田じま”のオーナーは自分の菩提寺に納骨する気になっていたが、法律上の手続きが必要なのかお抱えの弁護士に相談したって聞いた。
「金成美穂さんですね、松葉署の者です、森下三枝子さんの件で、ちょっとお時間いいでしょうか?」
喪服じゃないが黒い背広に、腕に喪章を巻いた中年の男が二人、警察手帳を開いてカナコに提示した。
刑事課の私服警官が、三枝子さんの事件を追って聞き込みに来たのだろう。先日来、店や“田じま”のビルの上にある事務所にも何回か警察が来ているようだったが、未だ任意同行までは至っていない。
「マルボウの方が何故?」
カナコは警察内部の事情にも詳しかった。組織犯罪対策部署のメンバーも把握してるらしい。
「……いえ、失礼しました……お時間ありましたら、折角ですからご焼香して行かれませんか?」
「初七日法要の読経が終われば火葬場に向かうまで少し時間が空きます、それまでお待ち頂いてもよいでしょうか」
流石に地方捜査官と言えども、カナコの素人臭い誘導尋問では捜査方針とか内部事情を窺い知ることは出来なかったが、どうやら三枝子さんの携帯電話が紛失しているらしい。
持ち去られたのだとしたら、現場から逃げて行方知れずの客が疑わしいがなんの為に?
葬儀場の待合室で捜査協力の質問責めに遭うのに、三枝子さんの顔見知りという肩書きで同席させて貰った。
同席を迫ったこちらの強引さに、中年捜査官の二人は半ば呆れているようだったが、敢えて拒みはしなかった。
ずばりカナコが初動調査の結果を迫ったが、黙秘されていた。
型通りの聞き取りを終えて二人の刑事が辞去する際、これは非公式な話だがと前置きした置き土産があった。
「実は内密にして欲しいのですが、来週から警視庁特別編成の麻取チームが現地入りします、また同じことを訊かれると思いますので覚悟しといてください」
「……何故、情報リークを?」
「別に隠す程のことじゃないんで、単なる親切心なんですが……本当のところは牽制ですね」
話の振り出しだった背の高い方の刑事があっさり口を割った。
「麻取特捜班とは名ばかり、乗り込んでくる殆どは公安部の人間です、現在外事課はブラジリアン・マフィアの案件を抱えており、これに連動する捜査で県警本部に捻じ込んでくるでしょう」
「貴方がたが、事件に無関係であるのなら……無関係ですよね?」
そうでない可能性を駄目押ししたが、可成り高い確率で、こちらを疑っていない口振りだった。
「おかしなことをしないで、傍観して頂きたい」
そう言い置いて、刑事達は去った。
「……携帯、携帯電話か」
立ち去る刑事達の背中を市営斎場のエントランスで見送りながら、カナコは呟いていた。
「どうしたの、何か気になる?」
昨日カナコのカードで購入したフォーマル・ジャケットの袖丈を気にしながら、何気無く問うた。
喪服を持たない私の為に、急遽紳士服のチェーン店が入ったイオンのショッピングモールで一式、パールのネックレスや数珠、不祝儀用の黒いポーチや光沢の無いパンプスなど、一揃い購入した。
黒い下着やストッキングも買ったので、自前なのは中身ぐらいだ。
「サオちゃん、今晩、裏の事務所で落ち合おう……もしかしたら、事件の真相が分かるかもしれない」
「えっ、だって見張りや尾行が付くかもしれないから、あっちの事務所はしばらく使うのよそうって……」
「だから、こう言う時の為に決めたアクセスルートAだよ、A!」
「えっ、だってあれ、途中で自転車漕ぐじゃんっ」
「漕ぎなよっ!」
「えっ、やだよ、疲れるもんっ」
阿房宮、天子塔の攻略はもっと難渋すると思っていた。
過酷な環境を持つ龍山“雷沢”の中でも阿房宮のある地域は一年中分厚い雲に覆われて、陽の光が地上に届くことは無い。
酸の雨が降るが、雨滴は大気が極めて高温な為に地表に到達する前に蒸発して仕舞うと言った大変な悪環境だからだ。
根元符を探し求める密命を帯びた私ですら、6000年の間に訪れたのはたったの一度だった。
防護の符と、回復の符を隙間無く張り付けた鎧、兜で徒歩で登攀したのは、ちょっとした偉業だと思う。
常温では気化する筈のない可燃性のガスが充満し、全く陽の光が差さない痩せ尾根の山岳地帯だった。
精霊眼の符を持てるだけ持ったが、実際暗闇の急峻な尾根道を剛性さえ持った熱風と爆炎が間断なく襲ってくる状況を、這って進んだものだ。呼気の符が無ければ、息さえ出来なかったろう。
事実、後にも先にも阿房宮に到達したと言う確かな史実は残されていない……私の知る限りでは。
だが、考えてみればナイトメアに限らず、彼等が使用する汎用フライト・ビークルは、例え摂氏1600万度で燃え盛る太陽の中心核ですら平気で突き抜けることが出来る。
宇宙空間のどのような場所へも突入出来るよう設計されている機体は、重力場の歪みだろうが、ブラックホールだろうが、スーパー・ノヴァだろうがものともしない。
「ちんたら遣ってりゃ、陽が暮れる」
「ハイパー・フリズスキャルブが正確な位置座標を特定した、内部構造も把握済みだ……蟣蝨は、こいつに齟齬が無いか検証して呉れ」
阿房宮に安置された最後の天臨四神……泰山府君符を入手すれば、未だ誰も成し得なかった四つの符の共鳴と融合が起こる筈だった。
だがそれは同時に、この世の要を失うことになるかもしれない……そんな危険と隣り合わせだったから、私は遣ってみることを躊躇い、結局今迄見送った。
しかし、統合された玉皇頂符は、もしかすれば探し求める根元符の在処を指し示すかもしれなかった。
幾つかの知覚インターフェイスを中心に組まれた拡張システムを増設して、大幅に操縦席を改造したナイトメアの専用機が、私に貸し与えられた。
未だ進退をはっきりさせない私には、華陽のような特化型戦闘専用ボディに換装することは出来ない……不可逆な施術なので、お試しなどと言うお気軽な方法も無い。
正直迷っていたが、この身は至尊金女様にお仕えし、密命と共に野に下ったが未だ下命は果たせずにいる不肖の従僕だ。
未来永劫、お仕えする覚悟だった。
「残るも、一緒に進むも、蟣蝨が好きにしたらいいよ……ただ、悔いが残らないようにね」
シンディ師匠は自分で決めろと言う。
6000年の長き星霜には誰か他人と知り合い、一緒に時を過ごしたこともあるが、これ程濃密で心躍る体験は未だ嘗て知らないものだった……それこそ人生観が変わる程の衝撃は、私の生き方を根本的に変えようとしていた。
移動巨艦“白抹香巨鯨13号”は、阿房宮の上空90キロで座標を固定し、静止衛星のように龍山“雷沢”の自転に完全にリンクしていた。
「全ナイトメアは垂直降下開始と共に、中距離転移を実行」
「質量排斥転移で阿房宮の中に出現する……肝心な泰山府君符を破壊しないよう、細心の注意を払え」
初めての単座機体の出撃で、動悸が激しくなるほど緊張している。
今迄も数限りなく危険な目に遭い、もう駄目だと思う命の危険だって何度もあった……だが、こんな途方もない兵器に搭乗して、対象物を蹂躙するなんて初めての経験だ。
“状況を開始する”―――盟主ソランの静かな号令と共に、艇の下部にある垂直降下ポッドのハッチが開いた。
自由落下以上に爆発的な推力で厚い大気を切り裂くと、あらかじめ何度も計算され尽くした転移先座標に向けて、瞬間移動を掛ける。
自動制御と裏側で走っている何重もの瞬速危機回避システムが予期せぬ事態を察知して最悪の選択肢を防ぐべく、バックグラウンド実行統合基幹ソフトとして、パッシブな状態で待機している。
時間が加速されていく中で、至尊金女様とネメシス王母がどうやら前世での旧知だと聞かされたときのことを考えていた。
何やら半信半疑の心許無さを感じたものだが、お二人の談義を間近で窺えば、どうやら得心せざるを得なかった。
大概は下世話な話題のようだったが、偶に垣間見られる高度なレトリックの応酬などは、別の世界の、別の時代と文化を生きたお二人だからだと納得がいった。
中でもタイム・パラドックスのお話は、多分時間遡行で至尊金女様がこの世界に転生してくる前まで遡れば、お二人が元居た世界に還れるのではないか、と言う仮説の中で出てきたのだと思う。
同じ時間軸に、同じ個としての存在は同時に相容れないとした大規模な時間移動に於ける“過去の改変の矛盾”以前の、大前提だ……驚くべきことに、20000年程度の過去遡行は技術的に可能だと言う。
パラドックスの問題さえなければ、試してみる価値はある、と話されていた。
(蟣蝨っ、あんたの初陣だよっ、集中して!)
僚機のシンディ師匠から、叱咤が飛んで仕舞った。
同時に阿房宮の奥の院、天臨四神を祀った祭壇の間に躍り出た。
壁や天井の構造材を押し退け、質量を押し出す形で出現するので、一種爆散するような過激な突入になる。
作戦通り、鹵獲役の自分が目標前に瞬間移動すると、ナイトメアの手首に迫り出した5連射出口のひとつから瞬時結晶化のフィールド弾を発射、台座ごと目標を高硬度次元化カプセルに閉じ込める。
そのままナイトメアの右手で、掴む。
「目標確保っ!」
(よしっ、全員離脱っ)
作戦隊長役のソラン殿の撤収指示で、動き出そうとする護法守護神の石像達の機先を制して破砕砲を見舞っていたメンバーが、瞬時に上空の集合地点に転移する。
行き掛けの駄賃にアザレア機から分解抹消焼夷弾が撃ち込まれたのを、視覚信号化された情報で脳内のサイバー・メインモニターが捉えていた。
いつもながら、この人達の蹂躙の仕方に容赦は無い。
上空から見下ろす透視モニターには、完膚なき迄に打ち滅ぼされた阿房宮の姿があった。
何回かの作戦確認で見たヴァーチャル3Dの威容は、最早そこには無かった。遠き先人が残した守り継ぐべき大切な遺跡を自分の手で破壊することになろうとは、6000年を生きたが、思ってもみなかった暴挙だ。
(蟣蝨、生身でも出来るね……よくやったよ)
しかし、シンディ師匠のお褒めの言葉は素直に嬉しかった。
「それで三枝子さんの携帯データには何が残ってるの?」
「んぐっ、遅刻してきたサオちゃんには、教えてあげませ~ん」
例のママチャリを使うアクセスルートAの無意味な迂回路のせいで遅れて来た私に、カナコは半分、ご立腹の様子だった。
ひとりだけちゃっかり築地銀だこの“九条ねぎマヨ”を買ってきたのか、パクついている。
ハッキングなどのヤバい違法行為の為にカナコが別に構えていた拠点は、高台にある違法建築で放棄された無人マンションで、東南アジアかよくある治安の悪い開発途上国に多く見られる鉄板のような分厚く頑丈な隔壁で、これにサムターンや補助錠をゴテゴテと付け捲ったドアで守られた一室を不法占拠している。
……鉄板製のドアは、多分対戦車ライフルでも撃ち抜けないんじゃないかな?
防犯用の監視カメラを設置するのを手伝わされたときは、大変な思いをしたっけ……電気や水道、光ケーブルを闇業者に頼んで引き込んだのは、“田じま”のオーナーの伝手を頼った。
で、お店の女の子に限らず、グループ内に所属している女性達を管理するのに、強制的に私物のスマートフォンのクラウドIDとログイン・パスワードを提出させて、メールの履歴や画像データを総てクラウド保存に切り替えさせた。
さすがに音声の会話ログ迄は確認出来ないが、これにより可成りの個人情報が閲覧出来る……本人を偽って不正アクセスするのに、2ファクター認証を乗り越える方法も拵えた。
更にSNSやチャット・アプリの画面をミラーリング出来るアプリを造って、全員にインストールさせた。
いつの間にかカナコは、こっち方面の特技を身に付けていたのだ。
「三枝子さん、コカインをやってたでしょ?」
「確かな筋の情報だとこれって、オーナーの息が掛かった販売ルートじゃないんだよね」
「外国人の売人に接触した後、シャッター音のしないアプリで三枝子さんが撮影した画像が残っていた」
クラウドサーバーから不正アクセスでダウンロードしてきた画像フォルダの中身を、27インチモニターでスクロールしていた。
「ビンゴ……この男は、コロンビアに本拠を置く世界的な麻薬カルテル、“メデジン”の極東進出を任されたと噂される超大物、パブロ・ミゲルだ」
黒いダークスーツとサングラスの男達に囲まれて映っていたのは、一際胸板の厚そうな巨漢で、ドレッドヘアに顔面に沿って湾曲するスポーツタイプ・フレームのサングラスの男だった。
浅黒い肌の、目許は見えないが見るからに悪人面だ。
「なんで三枝子さんはこんな撮影が出来たのかな……うぅうん、そもそもどうしてこんな撮影をしようと思ったんだろう?」
「……正可と思うけど、南米の麻薬カルテルを相手に脅しを掛けようとしたのかな、お金欲しさに?」
明かりが漏れないよう窓を鋼板で塞ぎ目張りした部屋だから、空調システムだけが外気循環の頼りだった。
だから、チャリンコを漕がされ汗ばんだ残暑の蒸し暑い夜に空気が籠もる息苦しさのせいで、エアコンディショナーに異臭が混ざる変化に、気付くのが遅れた。
モニター前の机から立ち上がろうとして、眩暈がしておかしいなと思ったら玄関ドアの方からジージーと蝉が鳴くような音がした。
夜中に蝉が鳴くのも変だなと思っている間に、黒服面で顔を隠した暴漢達がドカドカと無遠慮に上がり込んで来るのに合わせて、意識が薄れていった。
九月だと言うのに、暑苦しい目出し帽だ。
「A língua iniciou a segunda fase do seu de diferenciação da s outras……」
「Ibérica era invadida por povos de germânica e iraniana ou slava que também introduziu um!」
女子短大で第二外国語はフランス語を履修していたが、他の選択をしてる友達の講義に出たことがある。
暴漢達の話してるのは、多分ポルトガル語じゃないかなって思った途端、意識は途切れた。
再び意識を取り戻したのは、真っ黒い作業服に身を包む屈強そうな外国人達に囲まれて、寝かされた床だった。
ズキズキ痛む頭を振って、目脂で粘つく目を擦ろうとするが手が動かない……そこで、初めて腕、脚を拘束されているのが分かった。
足許には同じように、何か結索バンドのようなもので縛られて、転がされているカナコが目に入った。
見知らぬ場所だ……思考が纏まらないまま、これは誘拐されたのだと思った。
「日本では珍しい、頑丈な扉でした」
進み出た日系ブラジル人とおぼしき男が、口を開いた。
靄が掛かったような思考が段々はっきりしてくると、身体が揺れているように思えた。トラックか何かで移動しているのかもしれない。
「軍隊が放出した高出力のプラズマ・トーチ溶断機を用意してきて良かったですよ……麻酔ガスも、後遺症の残らない高級品を使用しましたし」
通訳役の日系人は、サングラスを外すとそこだけは薄いグレーの瞳だった。
混乱する頭で黙って聴いていたが、男が語る内容で今回の事件の背景が分かった。
矢張り懸念したように三枝子さんは、あろうことか南米カルテルを相手に恐喝を試みたようだ。口を塞ぐのに、事故を装って組織の人間に消されたらしい。
「ボスの映った画像は回収した携帯だけではなく、クラウドにアップしたと知ったときは少し焦りましたよ……詳しくは言えませんが、日本の警察に知られたくない者も映っていたのでね」
「しかし、貴女方のパソコンを調べて分かりましたが、個人携帯のクラウド・サーバーにアクセス出来る仕掛けがあるじゃありませんか……この点に関しては、お礼を言わなければなりませんね」
「我々の画像は、サーバーから抹消させて貰いました」
ボス、パブロなんとかの姿は無いが、取り囲み、見下ろす男達の無表情には、一種人を人とも思わない酷薄な雰囲気があった。
「タラッタラッタッ、タア~♬」
この場で能天気な奇声を発するのは誰かと思えば、カナコだった。
「ハイ、ハイ……私はマネージャー失格ですね、三枝子さんがここまで薬に狂っていたなんて、見抜けませんでした」
「んで、そこまでペラペラ親切に教えて呉れるってことは、私達は生きて帰れないってことですかね?」
「察しのいいお嬢さんですね」
「貴女方の雇用主である田島輝信は、自分の事務所の存続と引き換えに貴女方を売った」
「あのっ、根性無しがっ!」
カナコは吠えているが、私はそれどころじゃなかった。
始末されるかもしれないと理解した瞬間、恐怖でオシッコをちびったし、ガクブルと瘧のように身体が震えるのを止められなかったし、血の気が引いていくのが分かった。
誰かが噦り上げていると思ったら、自分だった。
「大方、オーナーの家族を人質にとって脅しでもしたんだろうっ、この卑怯もんが!」
変わらずカナコは威勢がいい、根拠の無い張りぼてかもしれないが虚勢を張れるだけでも凄い。
赭ら顔で恰幅の良いオーナーの、一見人の良さそうな小父さん顔を思い出した。確か高校生の娘さんがいたんだっけ?
組の構成員として正式に盃を受けてもいない半グレだったから、惚れた女の為に足を洗うのも簡単だったって聞いたことがある。
「なんとでも……そろそろ湾の外に近付く頃でしょう、ここの海は海流が沖に向かうので、腐った死体が浮いてきても沿岸に流れ着くことは無いそうです」
誰かが密閉扉を開ける重い音に気が付けば、それと分かる強い磯の香りが鼻を突いた。
この揺れ方がトラックなんかじゃなく、なんかの船に乗せられてるんだって分かった。
「サオちゃんに触るんじゃないっ、その子は田島のグループとは関係ないっ!」
気が付くとカナコは無茶苦茶に暴れて、ブラジル人の犯罪者達は私達の足首に何かを括り付けているところだった。
カナコは何度殴られても吠え続けたが、やがて二人とも屈強な男達に担がれて外に連れ出された。
湿った海風が強く吹き荒れる甲板はゆっくりと揺れていて、月明かりしかない海面が黒々と横たわっていた。
サオちゃんごめんね、ごめんね、と金切り声で叫び続けるカナコを見て、急に自分が情けなくなった。最期に別れの言葉ぐらい何か言わねば、このままでは友達としての甲斐が無い。
「カナコッ、心配するなあっ、お前とはあの世に行ってもずっとマブダチだあああぁっ‼︎」
空中に放り投げられる浮遊感、それだけで気を失う程の着水の凄い衝撃、海水が身体中の穴から流れ込んでくる圧迫感、何より息が出来ないことの絶望的な恐怖に呑み込まれていった。
それが数年前の出来事なのか、将又何千億年前のことなのか皆目分からないまま異世界に転生し、希代の天才科学者にして性格破綻の傑物、ヘドロック・セルダンが産み落とせし奇跡の高機能ホムンクルスたる吾……“狂える邪神”と恐れられたワルキューレ“夜の眷属”の特攻隊長たるネメシスの意識として覚醒した、自堕落で無価値な女として死んだ前世での記憶だった。
この生まれ変わりが、前の世界で散々馬鹿を遣った罰なのか、それとも贖罪の為の機会なのかは、吾の知るところではなかった。
「単刀直入に言おう」
「蟣蝨を貰い受けてえ……彼女を譲っちゃ呉れめえか?」
沙織……サオちゃんのご主人様だと言う男は、然る村の木樵だったと言う自己紹介に反して、その異端の容姿は最早魔神か鬼神か、悪魔を束ねる王と言った風情で、久々に目にした喫煙と言う習慣を除けば人間らしいところなんて何ひとつ無かった。
その異相はまるで屍蝋のように白く(決して不健康な感じは受けないのだが)、聞けば昼歩くヴァンパイヤ、サンアンダー・ウォーカーと言う希少なデビルズ・ダンピールとのことで、謂わば悪魔と吸血鬼の強化混成種と言うものらしい。
仲間内の吸血姫と血の盟約を結んでいるのだと言う……黒い頭髪は半分近くは、顔面左半分を斜めに覆った仮面のようなもの(実際には複雑な機械が表面を覆っている)に、頭頂部の半面も隠されていて見えない。
だから微動だにしないばかりか、瞬きすらしていないと思われる恐ろし気な瞳は右側にひとつだけだ。
そして額にある刺青ともなんとも判別の付かない精緻な蠅の紋章、どう言った酔狂なのか、それは誰でも一目で蠅と分かる程リアル以上プラスアルファの禍々しい奇異な代物だった。
「人は信じたいものを信じるものだが、蟣蝨の信念は忠義の一途から来ている……故あって、人を信じるのに逡巡する俺達には、それがとても尊く映る」
その男、ソランと言う存在はまるで強力な磁力のように周囲を惹き付け魅了するカリスマ性と、誘引された蛾や虫達を焼き尽くす巨大な篝火かファイヤー・ストームのような面を併せ持つ……そんな、力持つが故の危険な匂いが感じ取れた。
「……てのは建前で、蟣蝨の中に封印されている“根元符”ごと頂いていきてえってのが、本音だ」
(何故、それをっ!)
思わず顔に出て仕舞ったかもしれないが、誰も知り得よう筈がない秘密を、この男はズバリ言い当てた。
「知ってるのが不思議か?」
「全てを見通すハイパー・フリズスキャルブに、隠し遂せるものなぞ無いと……知っておくがいい」
当の蟣蝨を見遣れば、本人も聞かされていなかったのか目を見開いて驚いている様子だった……出来ればこの忠義者の秘密は、そのままにしておきたかった。
「ベナレスと言う新しい技術を得て、棟梁カミーラ統括の“ハーミットの水晶”は……あぁ失礼、マクシミリアン・テオドールと申します、浮遊城“ウルディス”の筆頭研究開発です、お見知りおきを」
悠揚迫らず割って入ってきたのは、フィッティング・プロテクター状の黒光りするライト・アーマーの上に、研究者のような白衣を羽織った男だった。
耳は尖り、眼は吊り上がって、口は耳元まで切れ上がり、歯並びと言うよりは牙の様な嚙み合わせの、ぱっと見た目が、まるで爬虫類を連想させる異相だ。
「カミーラ様の設計思想をそのままに、様々な拡張機能を付け足してメシアーズが完成した拡張型フリズスキャルブは、今またベナレスとの融合でハイパー・フリズスキャルブと呼べるような一段高いものへとヴァージョンアップしています」
「森羅万象隅々まで、解き明かすことが可能だと思ってください」
当然の疑問として、こちらはメシアーズと言うものも、ベナレスと言うものも知らない。
フリズスキャルブと言うのは確か、北欧神話に登場する主神オーディンの高座で、全世界を視界にとらえることが出来る神具だった筈。
「ベナレスこそは魔法文明が産み落とした至宝……神様に毛が3本足りなかったハイパー・ブラヴァン人達の異質なテクノロジーの結晶にして奇跡のレリックと言っても過言ではない、聖遺物です」
「様々な興味深い機能、装置が遺功としてタイムカプセルのように残されていましたが、あまりにも高度過ぎてまだ半分以上は解明出来ておりません……これだけ高度な技術を擁しながら衰退せざるを得なかったブラヴァン王朝連合国家は、ついぞ神に届かなかった己が限界をさぞや呪ったことでしょう」
「さてそこで我々が掴んだ根元符の秘密ですが……」
彼等は、ほぼ正確にこの世界の成り立ちを把握していた。
嘗て数限り無い衰退と滅亡を繰り返してきたこの世界に終止符を打ち、安寧を約束された御世を生み出した初代至尊金女であらせられる耶輸陀羅様が破壊と再生に使ったのが、一度世界を滅ぼした終末破壊兵器の玉皇頂符とその対になる天地創造の根元符だ。
どうしようもない末法の世の中を焼き尽くすのに使用した禁忌の最終兵器、玉皇頂符はそのあまりの威力と危険さに耶輸陀羅様自身の手により四つに分けられて地上に秘された。
それが泰山府君符としての天臨四神だった。
一方、造物の霊能を以って世界を創り替えた根元符は、耶輸陀羅様の意向か、それとも根元符自体の意向だったのか、今となっては知る由もないが、新人類全体をあのような体格に造り替えた。
争いの無い世の中を願ってのことか、それとも食糧事情を勘案してのことか理由は定かでは無い。
代々、根元符は至尊金女の手許に保管されていたが、なん世代か前の至尊金女が一計を案じた。
あってはならないが、いざ根元符を使う段になって太元聖母宮が無事であるとは限らない。ならばと当時の至尊金女は腹心の部下を選び出し、自らが編み出した秘術、“月神殿の法”を以って腹心の体内に根元符を封じた……隠されてある限り、根元符は永遠に不滅だと言う術式が“月神殿の法”にはある。
当人には事実を知らせず太元聖母宮から遠ざけるにはどうするべきかを考えて、酷ではあったが絶対に見つかる筈の無い根元符の探索を課した。
だから、まるでかたりのような話だが、代替わりする迄の間は私も蟣蝨を騙し続けることになる筈だった。
見遣れば、白々しく目を逸らすサオちゃんが居た。
「秘密にしてたこと、知ってたんなら教えてよサオちゃんっ、黙ってるなんて酷いよお、水臭いっ!」
「船から投げ込まれたとき、“あの世に行ってもマブダチだあ”って言ってたくせに……あれ、嘘だったの?」
「吾等が力量から、真実が暴き出されることぐらいは予想しとかんか……喰いもんの恨みじゃ」
「拉致される前、カナコはタコ焼きを独り占めしとった、一口も譲ろうとせんかったじゃろ? ……生まれ変わってからも、あの悔しさを忘れずに時々思い出しておった」
「なっ………!」
サオちゃんらしいと言えば、サオちゃんらしい……すっかり忘れていたけれど、そんなこともあったな。
確かに、サオちゃんてば、こんな奴だったっけ。
「ネメシスの盟友なら、根元符を取り上げた後、捨て置く訳にもいかん……俺達が去った後に万が一世界の終焉が訪れた場合は、連絡の手段を置いていくから、呼ぶことだ」
「俺達の陣営には、根元符以外にも“ワールド・クリエイション”の手立てが他に無い訳でもねえし、或いは終焉とか世紀末とかを未然に防げるかもしれねえ」
サオちゃんが取り憑いてたって聞いたけど、冷酷非情なのか、優しくって好い奴なのか、良く分からないわね、このソランと言う男。
「蟣蝨もそれでいいな?」
「俺達と一緒に行く、行かないは、一晩ゆっくり考えて決めろ」
「私が決めてよろしいのですか?」
「無論だ……俺達をなんだと思っている、手に入れたいものは必ず手に入れるが、だったら最初から根元符だけ奪っていけばいい」
私が異世界から来た人間だからかもしれないが、己が正体を知っても尚毅然としている、この不幸な仙女にはもっと外の世界を見せて遣りたい……ふと、そう思って仕舞った。
「うん、いんじゃない……今のなら、武技歩法“刹那”の初伝はクリア出来たかな」
ビヨンド教官の週一での手裏剣術の鍛錬……スローイングナイフと、“ファントム・ブレイド”と呼ばれる透明化した十数本の浮遊短剣を自由自在に操り、音速で飛翔させたり、亜空間を通していきなり標的の前に出現させる技を学んだ後、日課の夕方の教練で対人格闘戦の稽古をシンディ師匠に見て貰っていた。
手数を重視すると拳法主体になりがちなのだが、師匠のはグラップリングなどの基本もきちんと身に付くようにする指導方針だ。
精霊天帝聖山経では何処を選んでも踏み込みで足場を荒らして仕舞うから、白抹香巨鯨13号の上甲板に出ていた。
これがもうちょっと達人になると、例え薄紙の上でも同じことが紙を破らずに出来ると言うのだが、今の私には精進が足りない。
「肉弾戦って言うか、自分の体技を使った剣技や体術で一番重要なのは相手を見抜いて戦いを自分に有利になるよう組み立てることだ」
「相手の骨格や関節、得意とする技、フィジカルや技量、ウィークポイント、隠しているだろう奥の手……なんかだね」
僅か一年足らずだが、シンディ師匠には本当にお世話になった。
こんなに誰かと一緒に居た経験は、私の人生では無かったことだ。
「当然だけど、妾達クラスになるとそれらのインフォメーションは何重にも隠蔽されているし、特に妾達の場合、大抵はコンバット・アーマーを着込んでいるし、ボディはライブ・モードから硬化モードに切り替えれば筋肉の動きを相手に悟られることも無い」
それでも更には、視線誘導とか、ちょっとした予備動作に依るフェイク・テクニック、相手の視覚に間合いを錯覚させる偽情報を送り込むなどの卑怯技さえ駆使するのだと言う。
「妾達はどんな手を使っても勝たなくちゃならない……生き残らなくちゃならないんだ」
「と言うことで、いよいよここからはダーリン直伝の武技歩法真中伝“無限刹那”の習得だ……って言いたいところなんだけど、付いて来るのかどうか決めてからじゃないと続きは教えられないな」
何故と問えば、続きの修練は肉体強化の限界を底上げする必要があるので、中途半端では指導出来ないとのことだった。
「一緒に来るならどうやって蟣蝨の身体を改造していくのか、マクシミリアンが既にちゃっかり設計図を引いている、段階的な代替部品すら一部準備を終えたようだ……手ぐすね引いて待ってるみたいよ」
「根元符はそのまま残す……如何に権能を損なわずに、高機能バイオ部品なども織り交ぜて複合改造していくのか嬉々として説明して呉れる筈だから、一度訊いてみそ」
そんなになのか?
「何、ニタニタ笑ってんの、気色悪いよ?」
「えっ、笑ってましたか?」
シンディ師匠に指摘されて初めて気が付き、思わず自分の顔に触れてみたが分からなかった……考えてみれば、笑えるような思い出なんて、長い年月にも数える程も無いように思える。
「……巷を流離う長き懊悩と煩悶に、お役目を果たせぬ自分の不甲斐無さをいつも嘆いていました、無能な自分だけが世の中から弾き出されているような気になって」
「だのに、あれだけ探し求めた根元符が自分の中にあるなんて……もう、ほんとに吃驚ですよ」
今度は泣き笑いの顔になったのが、自分でも分かった。
艱難辛苦……言葉にすれば易しいが、お役目大事と救えるべき幼い命達を見捨てたことさえある。一体、今迄歩んだ私の生き方は何だったんだろう?
必要なこととはいえ、真実を知らずに足掻いたあまりにも酷な、あまりにも無慈悲な流浪の旅路に意味はあったのだろうか?
己れを無にして忠義に生きた私は、これでよかったのだろうか?
「それで、行くの、留まるの?」
「勿論、行きますよ……今迄の自分を変える為にも!」
様々な苦難があった悠久の旅路、忠誠を誓った我が主への想いはあるが、まだ見ぬその先を追い求めるソラン一行に魅せられていた。
そして、心と心が繋がって、一度結ばれた深い絆は決して切れることは無いのだと……口に出すことは無いのだが、永遠不変のこの人達の関係が少し羨ましくもあった。
手を差し伸ばされて、手を取れと請われれば、思わず重ねて仕舞う程には……なんてことを考えていたら、盟主ソランがやって来た。
「決めたようだな」
笑わない、いや、笑えない盟主はいつもと同じように無表情で、ひとつしかない眼の光は冷たく光っているのだけれど、心なしか暖かみを感じるのは私の僻目だろうか?
「……初めてお前を拾った時、失敗したかも知らんと思った、6000年を生きたにしちゃあ、ひねくれた所がこれといって見つからん純朴さだったからだ」
「知ってると思うが、俺の陣営は安寧を望む情緒が壊滅的な迄にぶっ壊れている、予定調和とかカンストなんて単語は辞書に無く、全員今より強くなること以外に興味は無い」
「まかり間違えば闇堕ち寸前のイカれた連中だ……それでもよけりゃあ、歓迎するぜ」
「今日からお前は、正式に俺達の仲間だ」
夢枕に白髪鬼が立つと言う予言と言うか、至尊金女の占星術でご託宣を受けた……復讐を誓って此の方、眠らない俺は夢見を体現出来る方法が無いと言うのに、どうやれば夢枕に会えると言うのだろう?
根元符は原初の神字で書かれているから、呉々も取り扱いには気を付けてくれと言う申し入れを嘆願に来たとき、なんの気紛れかものは序でと占っていった。
眠りと言う安息を手放して、強くなる為に闘いに身を投じる。
封印されているベルゼビュート達、真っ黒な暗黒瘴気が俺を常に内側から責め、苛む。
お陰様で、例えメシアーズのサポートが無くても、戦闘態勢に入れば俺は一瞬でコンディションを最強の状態に持ってこれる。
いつでもトップギア、オッケーの臨戦態勢だ。
飽きず、疎まず、疲れを知らず、千年でも二千年でも俺は眠らずに戦い続けられる。無限とも思えるキャパシティは天井知らずで、俺を何処迄もいざなおうとしていた。
結局のところ、俺は泥ヘドロの底で藻掻いて……藻掻き続けて、美味い空気を吸える場所まで這い上がることは出来るんだろうか?
(本当に大切なものは、時として分かりにくい)
(またか……お前、俺が物思いに耽ってるときにズケズケ感応共有で入ってくるんじゃねえよ)
ベナレスに新しく建造されたDTDのプランジャー・コントロールルームのAIオペレーター達に、指示を出しているところだった。
ここのコントロールルームだけでも五十体近くのヒューマノイド・タイプ端末個体が常駐している。
独立思考の終端デバイスだ。
(よいではないか、吾と主とは一心同体、主の心は最早吾のものも同然じゃ……同じように吾の心もソランのもの)
(女はの、屈服されて初めて女になる……主の中の吾を感じよ)
感応共有で四六時中パスが繋がっている状態が長いと、頭に浮かんだ考えがネメシスのものなのか、自分自身のものなのか分からなくなることがある。
分割され、絶対に出逢うことが不可能な呪術に侵されていた半身、アンドロギュノスと再び奇跡的に巡り逢い、実体の完全体に復活するまでは、俺にアストラル体として憑依していたネメシス……受肉し、肉体を得ている筈なのに契約者である俺の頭の中に今でも堂々と腰を据えている。
(けっ、言ってろ……復讐を遂げる対価に差し出すその日まで、俺の心は俺のものだ)
(……じゃが、自分で自分の心を分かった積もりになっているのは危ういのお、人とは案外自分が思っているより複雑じゃ)
それは無いな、俺は俺の復讐と言う目的以外に興味が無いし、寧ろそれ以外の情動を全て失ったと言ってもいい……どうだ、一番分かり易いじゃねえか!
異世界漂流……こんな回り道を余儀なくされているとは言え、どんどん人間を辞める覚悟にドブネズミの倫理観で邁進している俺に、他の感情や選択肢の這い入る隙間のあろう筈がねえ。
千年でも二千年でも、俺はドブネズミのように這いずり回る。
(無意識に否定し、隠蔽して仕舞った感情がある……矮小過ぎて、お前自身気付かぬ程のな)
(例えば、受けた仕打ちに泣き寝入りし、抜け殻となって生きて行く……、或いは全てを諦めて、生きることも諦めて、緩慢な自死を選ぶ……、または薬や酒に溺れて正気を失う)
(そんな腑抜けで弱気な選択肢が、お前自身気付かぬうちに一瞬よぎった筈だ……ほんの一瞬じゃがの)
「そんな筈はねえっ!」
(じゃからほんの一瞬じゃと言うておろうが……お前自身が気が付かぬ程のの)
(今のお前があるのは、舐められたままでは終われないと言う強烈な意志が他の何も彼もを圧倒的に凌駕していたからじゃ……男の矜恃と言ってもよかろ)
「俺にはプライドなんて、余分なものはねえ!」
じゃなかったら、こんなところで道草を食っても平気で最底辺を這いずり回って迄、還り着く道を探したりしない。
俺にあるのは俺を裏切って、俺に砂を掛けた身内や親しかった筈の女どもに目にもの見せて遣ると言う強い欲求だけだ。
遣られたから遣り返す……ごくシンプルな衝動だ。
ドロシー、ステラ、エリス、口にするだけでも頭が沸騰するように怒りが湧いてくる……何年たっても、これだけは変わらねえ。
昨晩は要塞母艦に、至尊金女様にお越し頂いた。
ネメシス王母が、和定食コーナーにてタコ焼きパーティなるもので饗応するからと、無理矢理お招きしたものだ。
バッドエンド・フォエバー――“バッドエンドよ永遠に”と言う想いを籠めて名付けられた旗艦は、全ての攻撃艦船の出撃基地であると共に、その中核に浮遊城ウルディスを擁する、“夜の戦士”、ゲハイム・マインを名乗る“チーム・ソラン”の本拠地だった。
一旦、精霊天帝聖山経を離れて仕舞えば、それ程の距離が無くても龍山“雷沢”の素の環境に晒されることになる……それ程、浮遊大陸の護法結界は強力なものなのだ。
灰色の雲と黄土色の雲が渦巻き、宵闇も夜明けも関係なく紫電が奔って空を覆う。
バッドエンド・フォエバーのレセプション用スカイ・ラウンジから見る景色もそんな風で、決してなごやかなムードを演出してる訳ではないが、そんなことは歯牙にも掛けないメンバーばかりがこの巨大要塞艦には乗り組んでいる。
だから雷光が瞬くたびに調整される偏光グラスの全面採光も、ご招待した至尊金女様以外に、気に留める者は居なかった。
昨日の内に、この奇妙で稀有な、そして底の知れない集団と共に行きたいとの願いをお伝えしてある。
私の中の根元符と共に去るのは心苦しかったが、自分の気持ちを抑えることが出来なかった。
嘗て九天玄女として至尊金女様のお側に仕えていた頃は、ご酒を召される慣習なんて見たことも無かったのに、相手がネメシス王母だからか、“今夜は無礼講じゃ”の王母の一言を皮切りに派手な酒盛りが始まり、座は乱れに乱れた。
仕舞いには、知らなかったが蓋を開けてみれば不埒な迄に卑猥だった“ストリップ・ショー”とか言うよく分からない見世物だと、あろうことか至尊金女様が一枚一枚お召し物を脱ぎだしてあられもない格好をして見せたのには、呆れ返るどころか本気で気が触れたのではないかと疑った程だ。
「昨夜は飲み過ぎた、取り繕わぬ醜態を晒したは蟣蝨を謀った詫びとでも思ってくれ……少しは気も晴れたであろうか?」
「……長い間、騙し続けていて本当に申し訳なかった」
一夜明けて、別れの挨拶に一行は鹿野苑の奥の院を訪れていた。
「本日今この時を以って、蟣蝨、その方の任を解く」
「大儀であった……もうお前は我が臣下ではない、何処へなりと好きな所へ行くがよい」
そう言って、至尊金女様は私を抱き締めた。
あの気高き至尊金女様が、私を抱き締めている。それだけで、私は6000年の苦難の旅が報われたような気がした。
声を押し殺して、私は泣いた。
過去の旅路が走馬灯のように流れて消えた。
「また会おう」
「サオちゃんも元気でね」
続いてこのお二人が交わした短い別れの言葉に、どちらも万感の想いが込められているような気がした。
パラレル・ワールドで迷子になった一団の旅路は、きっと先が見えない果てしなくも長いものになるだろう。
おそらく前へ前へと進むこの集団が、そしてネメシス王母がこの世界に戻ってくることは二度と無い。言葉には出さないが互いにそのことをよく理解している……再びの今生の別れに、笑って再会を約すのが如何に寂しいか、今の私には推し量ることが出来なかった。
最後に盟主ソランが、進み出た。
「話したかもしらんが、死んじまった色欲異常の勇者は全ての女に復讐する怨念に凝り固まっていた……憎しみを連鎖させるのが望みだとも言ってたな」
「そんな他人の思惑は別にしても、男の純情を踏み躙るようなゴミカス女は、犬にでも喰われて死んじまえってのが、俺の持論だ」
そう言って盟主は、冷たい視線で辺りを睥睨した。
なんの衒いも無く、気負いも無い筈なのに、唯々高電圧のような周囲を圧倒する覇気が故に、誰もが目を見開かずにはいられない……それが盟主と言う存在だ。
一見、イカれて見える尊大で無慈悲な男だが、しかしそこには確かな信念がある。
何故だか、少し誇らしい。
「俺達は……俺は、目的の為に前へと進む」
「復讐行の道行きに知り合った者は、謂わば行き摺りの泡沫……死のうが生きようが、どうでもいい」
「だが、お前がネメシスの連れだと言うのなら、困ったことがあればいつでも呼ぶがいい……救いの手を差し伸べるのは柄じゃねえが、いつでも還ってくる」
その一言に再会の希望を残す……それが、冷酷非情と嘯くソランの精一杯の優しさに思えた。
託された希望に、至尊金女様のお顔に優しい笑みが戻られた……そんな風に思える別れだった。
「一応、細胞も残してきたが……良かったのか、誘わなくて?」
「死を体験したカナコは生まれ変わったんだろう……一度負った責務、こちらが幾ら御膳立てしようとも、あやつが途中で投げ出す筈もなかろうよ」
「へっ、友達甲斐があるんだか、ねえんだか分からねえな」
だったら、そんな泣きそうな面するんじゃねえよ。
ベナレスの占有亜空間に、バッドエンド・フォエバーごと移動した俺達は、黄金色に輝く髑髏の額に一際光を放つハエ……つまり、DTDが空間を歪めるのを体感した。
確かにその瞬間、ベルゼビュートの黒き魔の力がごっそり抜かれて行った感覚があって、久し振りに不気味な蠅頭の最高位悪魔が含み笑いをしているような気がした。
……こうして俺達は、望まぬ不慮の事故ではなく、初めて自らの手に依って、次元を渡るヴァージン・ロードに躍り出た。
パラレル・ワールドの構造自体もまだ把握出来ぬまま、元の世界に戻る為の第一歩を踏み出した訳だ。
ネメシスの前世のエピソードと、転生してからの来し方を一度描いておこうと思いました
ネメシスが前世でエレベーターガールになった経緯や、どういう風に死んで仕舞ったのかがお楽しみ頂けたでしょうか?
書籍化を念頭に置いていなければ、固有名詞は一体何処まで許されるのか……ちょっとしたい放題してみた回でした
商品とかメーカー名は商標登録があるだろうけれど、別に貶める表現が無ければ許されるのでは?
楽曲やアーティスト名は歌詞の転用が無ければクレジットを入れる必要は無いのでは……まぁ、あんまり真剣に調べませんでした
ネメシスの回想と言う形を借りて、またまた「小ストーリー」を載せてみました……今回は私の中の宿題であった亭主以外の子種を孕む、所謂「托卵」を取り上げてあります
念願の描きたい題材でしたので、いつも以上に生々しく、かつガイドラインを打っ千切っている気がしない訳でもありません
“淫水焼け”とか絶対、広辞苑に載ってませんよね
いつも止めよう止めようと思うのですが、何故だか回を重ねる毎に今度こそダメかも知れないってところまで踏み込んで仕舞うんです
(馬鹿ですね……)
……ネメシスが男の射精の感覚に忌避感を懐くに至った理由が、なんとなく示されました
カーズ〈The Cars〉=長年共に活動を行ってきたリズムギターとボーカルのリック・オケイセックとベースとボーカルのベンジャミン・オールを中核に1976年に結成され、1978年にメジャー・デビューしたアメリカのニュー・ウェイヴ・バンド/その革新的でユニークな音楽とレコードに劣らぬ音質の正確で高い技術のライブが話題をさらったが、バンド名は「全員、車好きだから」という理由から名付けられている/アルバム「錯乱のドライヴ/カーズ登場」〈6xプラチナディスク獲得〉、「キャンディ・オーに捧ぐ」〈全米アルバムチャート最高3位〉、グラミー賞新人賞にノミネートされるなど、デビュー作から立て続けにヒットを続け、その地位を確立していった/最初の2枚のアルバムはロック色が強かったが、3枚目では実験音楽的要素が強まり、4枚目・5枚目ではポップ色が強まっていっており、その音楽のタイプはアルバム毎にどんどん変化していった/MTVが開局してからはユニークなミュージックビデオが評判を呼び、次々大ヒットが生まれた/5枚目のアルバム「ハートビート・シティ」〈全米アルバムチャート最高3位〉からは、4曲のヒットがチャートを賑わせた/中でも1984年のシングル「ユー・マイト・シンク〈You Might Think〉」は、多くの強敵を押しのけ第1回MTVアウォードを受賞した〈この年はマイケル・ジャクソンの「スリラー」やシンディ・ローパーの「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」やマドンナなどが候補に挙がっていた〉/カーズの最大のヒット曲となった「ドライヴ〈Drive〉」は1985年のライヴエイドのテーマ曲としても選ばれ、この曲にあわせてエチオピア飢餓の映像のビデオがデヴィッド・ボウイの司会で世界中に流されるなど、特別な注目も集めた/作詞・作曲は全般的にリック・オケイセックが担当しているが作曲の一部やジャケットデザインなどは他のメンバーが担当している/リードボーカルはオケイセックとベンジャミン・オールの2人が曲により分けあっている
ストラングラーズ〈The Stranglers〉=1970年代のパンク・ムーヴメントから台頭したグループのひとつで、以来解散することなく活動している/当時のパンクスと比較して既にキャリアのある練達者の集団でもあり、独特の耽美的とインテリジェンスな音楽性で評価を受けた/スウェーデンで生物学の研究のかたわら「Johnny Sox」というバンドで演奏活動をしていたヒュー・コーンウェル〈ギター、ボーカル〉は1974年にイギリスに戻り、ジャン=ジャック・バーネル〈ベース、ボーカル〉、ジェット・ブラック〈ドラムス〉、デイヴ・グリーンフィールド〈キーボード〉らを誘いストラングラーズを結成した/活動開始当時はハードロックとプログレッシブ・ロックが主流であり、仕事にありつきたければ髪を伸ばすこと、長いギターソロを弾くこと、ベルボトムを穿くことを要求されるようなこともあった時代であり、ストラングラーズの過激な演奏と言動、ファッションはそれらとははっきりと異質のものでなかなか仕事を得られなかった/しかしその非ハードロック的な硬質の攻撃性と非プログレ的でラディカルな知性の混淆する新奇な音楽は次第に支持を広げ、イギリス全土を股にかけて毎日のようにライブを行うまでになった/メジャー・デビューを果たしてからは、初期4枚のアルバム「夜獣の館」「ノー・モア・ヒーローズ」「ブラック・アンド・ホワイト」「レイヴン」をUKチャートのトップ5に送り込み、代表的なパンクバンドとして、あるいはニュー・ウェイヴの旗手としてイギリスの若者に大きな影響を与えるようになった/1980年に入ってからは次々と「メニンブラック」「ラ・フォリー」「黒豹」「オーラル・スカルプチャー」「夢現」とコンスタントにアルバムを発表した/これらのアルバムでは狭義で言うところのパンク的な要素は影を潜め、プログレやアート・ロック、ゴシック・ロックなどからの影響を感じさせるインテリジェンスとリリシズム、ヨーロッパ的湿潤と陰翳に富む内省的なアプローチが目立ちはじめた/この頃から当初のパブリックイメージとのズレからか日本での一般的な人気は下降線をたどったが、本国イギリスでは深い精神性と耽美的なメロディが高く評価され、ヒットチャートにも入り続けた/イギリスにおいてはこの時期以降のアルバムは初期のアルバムよりもむしろ高い評価を受けている
トーキング・ヘッズ〈Talking Heads〉=ニューヨーク・パンクの拠点となったライブハウス「CBGB」出身のバンドで1970年代半ばから1980年代後半にかけて活動した/メンバーは名門美術大学ロードアイランド・スクール・オブ・デザインの出身で「インテリバンド」と呼ばれることが多く、初期はパンク・バンドとされていたがボーカルのデヴィッド・バーンがアフロ・リズムに傾倒し、それを大胆に楽曲に取り入れるようになるとポスト・パンクとされるようになった/1980年のアルバム「リメイン・イン・ライト」前後からサポート・メンバーを大々的に起用し、ビッグ・バンド編成でライブを行うようになったが、バーンの都会的な神経症を連想させるボーカルやライブパフォーマンス〈痙攣パフォーマンスとブカブカなシャツ〉が特徴的で、歌詞は「家」や「心地良い〈悪い〉空間」をテーマにしたものが多い/また楽曲製作では「リメイン・イン・ライト」製作時からインプロヴィゼーションの要素を取り入れていて、ジョナサン・デミによるライブの記録映画「ストップ・メイキング・センス」をはじめ、「ワンス・イン・ア・ライフタイム」や「ロード・トゥ・ノーウェアー」のミュージック・ビデオなど映像作品の評価も高い/1978年7月、セカンド・アルバム「モア・ソングス」を発表したが同アルバムはブライアン・イーノをプロデューサーに迎え、バハマのコンパス・ポイント・スタジオでレコーディングを行った/シングルカットされた「テイク・ミー・トゥ・ザ・リバー」〈アル・グリーンのカバー曲〉が全米26位を記録し、バンドはようやく一般的な認知度を得た/1980年10月、アルバム「リメイン・イン・ライト」を発表/三度イーノと組み、「イ・ズィンブラ」の音楽性をさらに進化させたポリリズムとアフロビートに挑戦したアルバムは再びバハマのコンパス・ポイント・スタジオで録音されたが、エイドリアン・ブリューやジョン・ハッセルなどをサポートに迎えたこの作品でバンドはその評価を確固たるものにした
援助交際=金銭などを目的として性行為やデートなどを行う男女交際の形態のひとつで略称は援交/インターネットが急速に普及した2000年代以降はSNSや出会い系サイトなどを通じて行われることが多く、金銭的援助を目的とした男女交際を建前としているものの、実際には売春・買春・人身売買の別称であり、典型的には男性が金銭を支払って女性と性行為を行うこと/女性が金銭を支払う交際の場合は逆援助交際、逆援、逆サポなどと呼ぶ場合がある/「援助交際」という用語には3つのルーツがあり、ひとつ目は1980年代前半の愛人バンクにおける「長期的愛人契約」を意味するもので、二つ目は1990年代前半のダイヤルQ2などに関して「売春」を意味するもの、三つ目は女子高生デートクラブの間で使われたもので、「売春」行為または「非売春」行為を意味するものである/元は日本の若者が使う売春の隠語が次第に社会に広まっていき1996年には“援助交際”という言葉は流行語大賞にも入賞するほど世間一般に知られるようになった/そのため現在は援助交際を“円光”、“¥”、“サポ”、“○”〈円=援助〉、“割り切り”などと表現する場合があり、金銭交渉には、“ホ別3”〈ホテル代は別で3万円の意〉、“ゆきち5”〈5万円の意〉、“20K”〈20×1000=2万円の意〉など婉曲した表現をする場合が多い
新世紀エヴァンゲリオン=GAINAX制作による日本のアニメーション作品で1995年10月4日〜1996年3月27日にかけてテレビ東京系列他で放送されたテレビアニメ全26話とその劇場版のこと/庵野秀明原作・監督によるオリジナルアニメで、大災害「セカンドインパクト」が起きた2015年の世界を舞台に巨大な汎用人型決戦兵器「エヴァンゲリオン」のパイロットとなった14歳の少年少女たちと、第3新東京市に襲来する謎の敵「使徒」との戦いを描いた/1990年代の日本における第3次アニメブームのきっかけとなり、その影響は社会現象と評され、多数の後継作品に影響を与えセカイ系と呼ばれるジャンルの原点となったほか、アニメビジネスにおける映像ソフト売上の向上やメディアミックスの展開を切り開いたとされる/作品発表当時、物語の構造として主人公の自意識や人間関係と世界の命運という両極端なスケールの話が連動していることが斬新であったため、ポスト・エヴァンゲリオンともいうべき作品が数多く生み出され、本作品以降首都圏で深夜を中心にアニメ放送が急増し〈深夜アニメの登場〉、21世紀以降のアニメ文化の枠組みを築いた
マクロスシリーズ=1982年から1983年にかけて連続テレビアニメ「超時空要塞マクロス」がビックウエスト製作、スタジオぬえ原作という体制で放映され、1984年には同作の設定や物語を再構成した完全新作アニメ映画「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」が公開された/「超時空要塞マクロス」終了後の放送枠では、作品世界に直接のつながりはないものの「超時空シリーズ」と総称されるビックウエスト製作のテレビアニメが放映され「超時空世紀オーガス」「超時空騎団サザンクロス」の2作をもって終了した/1987年発売のミュージックビデオ「超時空要塞マクロス Flash Back 2012」を最後にアニメ作品としての展開はいったん途絶えるが、「超時空要塞マクロス」放送開始10周年にあたる1992年、スタジオぬえが関与しないかたちでOVA「超時空要塞マクロスII -LOVERS AGAIN-」がリリースされる/のちに実写版ハリウッド映画をはじめとする「マクロス4大プロジェクト」が始動し、スタジオぬえが原作に戻って1994年から95年にかけてOVA「マクロスプラス」、テレビアニメ「マクロス7」がプロジェクトの一環として並行制作で発表された/実写版は実現しなかったものの日本におけるシリーズ化の土台が確立し、それ以降も新たなタイトルが不定期に発表されており、2002年から2004年発売のOVA「マクロス ゼロ」、2008年放映のテレビアニメ「マクロスF」、2016年放映のテレビアニメ「マクロスΔ」といったアニメタイトルをはじめとするシリーズ作品が展開されている/それぞれの作品に共通し、物語において重要な部分を占めているのは「バルキリーと呼ばれる可変戦闘機の高速メカアクション」、「歌」、「三角関係の恋愛ドラマ」であり、これら3つを織り交ぜる独創的なSF感覚が特徴であり、映像と音楽の一体化を重視している/アニメーション映像は手描きや3DCGなど時代の変遷に沿うかたちで表現の限界に挑戦し、音楽面では歌謡曲、ロック、テクノ、オーケストラなどの多彩な音楽ジャンルが採用、劇内に登場する音楽アーティストもソロからグループアイドル、バーチャルシンガー、ロックバンドなど、作品ごとに変化して登場する
コデイン=またはメチルモルヒネは鎮痛、鎮咳、および下痢止めの作用のある、μ受容体アゴニストのオピオイドで、塩の形態の硫酸コデインもしくはリン酸コデインとして製品化されている/リン酸コデインは鎮痛剤や下痢止めとして用いられるが、コデインを還元して製造したジヒドロコデインを鎮咳薬〈咳止め〉として風邪薬に配合するのが一般的である/1832年にアヘンから単離されたプロドラッグであり、代謝産物の約10%がモルヒネとなる/乱用されやすく、国際条約である麻薬に関する単一条約がコデインをスケジュールII薬物に指定している
ブルーオイスター・カルト=1967年、サンディ・パールマンが、自作の詩「The Soft Doctrines Of Imaginos〈イマジノスの柔らかな経典〉」の世界観をロックによって表現するというコンセプトで、協力者アルバート・ブーチャードとともにミュージシャンを集め、ニューヨーク市のロングアイランドで結成された/結成当初のバンド名は「Soft White Underbelly」であったが、パールマンはマネージメントを担当しライブのブッキングやレコード契約を速やかにまとめて彼らを表舞台に送り出したのであるがバンドに与えたパールマンの影響はそれに留まらず、自作の詩をバンドのオリジナル曲の歌詞の素材として提供し、バンドが生み出した世界観にも決定的な影響を与えた/1968年、エレクトラ・レコード向けにアルバムを制作するがエレクトラの反応は悪く、アルバムの発売は中止される/一方バンドはシンガーを交替させ、エリック・ブルームを迎え入れる/1969年にバンドはフィルモア・イーストの舞台に立つがステージの評判は今ひとつであった/パールマンはバンド名の変更を決定……「オアハカ」「ストーク・フォレスト・グループ」など短期間にバンド名を入れ替えるが、結局バンド名が「ブルー・オイスター・カルト」に落ち着いたのは1970年のことであった/1972年、コロムビア・レコードより「Blue Öyster Cult」でデビューし変形十字のシンボルマークもこの時から使用が開始されている/アルバムはビルボード200にチャートインし、バーズやアリス・クーパー、マハヴィシュヌ・オーケストラらと盛んにツアーを行って知名度を上げていった/レーベルは彼らをアメリカ版ブラック・サバスとして売り出そうと試み、「Tyranny and Mutation」「Secret Treaties」とコンスタントにアルバムをリリースする/ライブ・アルバム「On your feet or on your knees」〈1975〉の好調なセールスにより広く知られるようになった/なお、このアルバム題名となっている'On your feet or on your knees!'を冒頭でMCとして叫んでいるのはニューヨーク・パンクのオリジネイターでもあるパティ・スミスである……音楽メディアはパンクとハードロックを区別したがるが、パティの例でもわかる通り双方のジャンルの人物が交流することはたびたび見られた/当時としてはLP盤2枚組の高価なセットであったが、N.Y.でのアンダーグラウンド系ロックの記録として未だに評価が高い録音であり、スタジオ録音のB.O.Cとは趣が異なる演奏が聴ける名作である/次いで代表作ともいえる「Agents of Fortune」〈1976〉をリリースする/マーティン・バーチのプロデュースした「Fire of Unknown Origin」〈1981〉では、シングル「Burnin' For You」が全米トップ40入りするヒットとなる/バンドを名づけたサンディ・パールマンによれば、ブルー・オイスター・カルトとはパールマンの詩「イマジノス」で語られる「地球の歴史を監視するエイリアン組織」の名称であり、また変形十字のシンボルはセカンドアルバムまでのジャケットデザインをしたビル・ゴーリックが、錬金術で鉛を表す記号のひとつをもとにデザインした
毛虱=ヒトに寄生するシラミの一種でほぼ陰部にのみ生息し、形は左右に幅広く蟹にも似ている/寄生部位は陰毛の生えている部分にほぼ限定され、発達した爪で陰毛をしっかり掴んであまり移動はしない/他者への感染の原因は主に性行為だが、ホテルの寝具やバスタオル、温泉、プールなどからも感染する/吸血性であり噛まれると大変に痒いが、病原体を運ぶといった以上の害を及ぼすことは現在までのところは知られていない
クラミジア=グラム陰性偏性細胞内寄生性の真正細菌の1科であり2属9種を含む/人間の場合ではクラミジア・トラコマチスはトラコーマ、性器クラミジア感染症、鼠径リンパ肉芽腫、オウム病クラミジアはオウム病、肺炎クラミジアはクラミジア肺炎〈非定型肺炎のひとつ〉、気管支炎の原因となる/細胞壁にペプチドグリカンがないためペニシリン系・セフェム系のβラクタム抗生物質は無効であり、マクロライド系・テトラサイクリン系・ニューキノロン系といった抗菌剤が治療には用いられる/女性のクラミジア感染が蔓延しつつあり、不妊症の原因となる骨盤腔内の感染が問題となりつつある/また性交によって感染するので性感染症の一種であり、他の性感染症と同様、性交渉によりキャッチボールと呼ばれる感染パターンのため性的パートナーも危険にさらされている/このため治療は性的パートナーと同時に行わなければならない
ヘルペス=単純ヘルペスウイルス及び感染でおこる単純疱疹、水痘・帯状疱疹ウイルス及び感染よる帯状疱疹を意味する/特に性器ヘルペス は単純ヘルペスウイルス〈HSV〉によって発症する神経性の不治かつ再発性の性感染症である/また性器ヘルペス症、陰部ヘルペスなどと呼ばれてきたもので、性器周辺にヘルペス生じ宿主の不調の度に再発を繰り返す/陰部に水疱ができ痛みや痒みを生じ症状で、単純ヘルペスは風邪や疲労等の免疫力低下により繰り返す再発性で完治不可の病で、2020年時点で感染後は抗ウイルス剤による抑制が最善の手であり、体内から完全なウイルスの駆除は出来ない/初回の感染時では水疱は数日でつぶれ、男性では潰瘍状になり病変から1週間後が症状のピークとなる/女性では痛みが強く、2〜3週間で症状は自然治癒する/男性では亀頭、陰茎、男性の同性愛者では肛門周囲や直腸に、女性では陰唇や、膣前庭、会陰で子宮や膀胱に達することもある/女性の初感染では38度以上の高熱が出ることがあり、感染したウイルスの排除はできないため再発しやすく、再発時はより症状が軽く病変も少なく、1週間以内で治癒し短い傾向がある/初感染者の相手〈セックスパートナー〉の70%が無症状という報告があるので無症候性 性器ヘルペス患者が多い/固定したカップルでの1年間の感染率は10%で男女比の感染者割合は女性感染者の割合が多い傾向にある
MDMA=3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン、あるいはMDMAはアンフェタミンと類似した化学構造を持つ化合物であり、別名で「愛の薬」などと呼ばれ共感作用がある/幻覚剤に分類される……殆どの国家では違法であり、2018年現在、医療用としては認可されておらず研究用に例外として認められているにとどまる/俗にエクスタシーあるいはモリーと呼ばれるが、エクスタシーなどとして街角で売られる薬物は様々な純度であり、時にはMDMAは全く含まれない/何がどれ位含まれているか不明であり、その為どのような毒性が出るのかは密造している側も把握していない可能性が非常に高いためとても危険な麻薬であり、過剰摂取の危険性が高い
ボネット=中世ヨーロッパで主に庶民の女性が髪を覆うために被った帽子/主にピューリタンを中心に16世紀~18世紀にかけてイスラム教徒のヒジャブと同じ宗教的理由で髪を隠したキャップ
エナン=中世ヨーロッパの高貴な女性が身につけていた円錐形あるいは尖塔のような形の頭飾りでレバノン、シリア、ブルゴーニュ、フランスではごく一般的であったが、そのほかの地域でもイギリスの宮廷やヨーロッパ北部のハンガリー、ポーランドなどで着用する習慣があった/服飾史に登場するのは1430年から特に1450年以降で円錐の先が尖っているものもあれば、先が切り取られたように平たい形もあった/はじめは貴族の子女だけのものだったが次第に普及し、特に帽子の先が平らな切形は一般に広まった/エナンの長さは30cmから45cmのものがふつうだが、資料によっては比較的高い形のものもみつかる/エナンにはヴェール〈正式にはコアントワーゼ〉がついているのが一般的で、たいていヴェールは帽子の先から女性の肩までかけられており場合によっては地面まで降ろされていた/帽子の上から女性の顔にかかるようにしている例もみつかる
ペンナイフ=羽ペンは一般のつけペン同様、特にインクを溜める部分がないために筆記の際には時々ペン先をインクに浸す必要があり、また時々ペン先をナイフで削って整形し直す必要がある/この目的に使われるナイフをペンナイフと呼び、ペンナイフ独特の刃の形をペンブレードと呼んだ
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私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
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