64.“死ぬな”と言われている……/運命のファム・ファタル
タブレットPCのビデオ・フォーンにはおしゃまな青青と兄夫婦が映っている。幸せそうで何よりだ。
最近、家族して頭髪を辮髪にして仕舞ったそうだが、村の古くからの風習なら致し方ない……青青と嫂子には、何か辮髪用の髪飾りを贈ろう。
こうして亜空間通信で青青一家と会話が出来るのも、この世界に留まっている内だけかもしれない。
理論上は異次元並行世界を横断する次元通信も可能な筈だと、マクシミリアン教学が開発中のアクティブ型ビーコンの受信機を星系内に残していく予定だが、実際に上手くいくかは分からない。
爹は山に狸や貂、鼬鼠を捕りに行きます。
冬の間に毛皮を鞣して、下の方の街まで売りに行くのです。
妈は畑で韮菜や甘藍、黍や稗を育てています。
偶には一緒に岩茸や山菜を採りに行きます。
木豇豆や空穂草、解毒と痰切り生薬の射干になる檜扇などの薬草や材料になる樹皮を採ったり、散薬なんかの材料になるから高く売れる蛍石や赤石脂を掘って持ち帰ることもあります。
村の漢方薬屋で引き取って呉れるのです。
青青はまだ小さいので山道を早く歩けませんが、妈は無理せずに付いてきなさいと、優しく言います。
30町離れた隣の家の小母ちゃんが村の言い伝えだって、鴉酸漿の実を脚に塗ると駆けっこが早くなるって教えて呉れました。
山道を速く歩きたくて一生懸命塗ったけど、足は速くならなかったです。
爹が、華陽叔母ちゃんから貰った不思議な薄い札箱……飛び上がって驚くぐらい沢山の札符が入ってるらしいスマート・フォーンって仙具から、健康な身体作りにご利益のある“福禄寿の加護”って符札を呼び出して使って呉れました。
お陰で山歩きもへっちゃらになりました。
この頃は青青も少しずつ、少しずつ遠くへ、高くへ行けるようになったので妈のお手伝いをしっかりしたいのに、か、過保護(?)な妈は摘み取ったのをあまり一杯は持たせて呉れません。
もっと重くても平気なのに、妈は笑って大丈夫だからって青青の背負い籠には半分も入れないんです。
生き返る前……青青も妈も、そして爹も一度死んで仕舞いました。
反魂の法って言う秘術で生き返ることが出来ましたが、爹が説明して呉れたところに依れば、その術はじっ、じんちを超えた(?)奇跡なんだそうです。
生き返る前、妈は青青にご飯を食べさせるのに、毎日々々男の人に裸にされて虐められていました。
時には二人以上の男の人に嬲られて、痛い、痛いって妈が泣いてるのに、隠れていなさいって妈に言い付けられてるので、怖くて悲しかったけど、青青は豚小屋の横の納屋でジッとしていました。
……なのに妈は“もっと虐めてください、もっと挿れ捲って逝かせてください”って男の人達に泣き叫んでお願いするのです。
なんでって訊いたら、青青はまだ知らなくっていいからって、悲しそうな顔で教えて貰えませんでした。
いつもお腹が空いていたのを思い出します。
妈は自分の分のご飯も青青のお椀に入れるので、青青よりも食べるのが少なくてお腹が空いてる筈なのに、ご飯の時はいつもニコニコ笑っていました。
青青がご飯を食べているのを見るのが好きだって、お腹一杯食べさせてあげれなくて悪いけど、よく噛んで味わって食べなさいって、笑ってました。
だから青青は饑文字くても、泣かないで我慢しました。
お引っ越ししてきてからは、食糧庫には脱穀したお米や粉にした小麦、レ、レトルト? とかランチョンミート、コンビーフやシチュー、色々なパッ缶レーションとか甘いカロリー・ビスケットや、インスタント・ヌードルなんかの保存食が山のように仕舞ってあって、雪に閉ざされる厳しい季節でも食べるものに困る心配はありません。
それどころか、後から華陽叔母ちゃんのところから届いた宅配サービス用のケータリング・ダムウェーターって転送装置は、専用タブレット端末で何が食べたいか注文しておくと、三度々々のあったかいご飯がちゃんと指定した時間に届きます。
これがまた、ほっぺたが落っこちるくらい美味しいです。
それに爹が弓矢と槍、仕掛け罠で獲ってくる猪や兎、雉子、月の輪熊、雷鳥、鷓鴣、他にも色々のお肉を火腿や臘腸にして、これを日持ちするように炭火叉焼肉窯で燻して、乾燥蒸し焼きにします……今ではご近所のお年寄りに分けてあげられる程の余裕があります。
爹は凄いです。
村で噂になっちゃうと駄目だからって、お家の中を夜でも昼間のように明るく照らす原子トーチや、寒いときにお部屋を暖める移動式全自動万能ヒーター、いつでもお湯が沸いてる超電磁ケトルなんかの便利仙具のことは、内緒にしなくちゃいけないので大変です。
あまり訪ねて来る村の人も居ませんけど、夜は明かりが漏れないように霊力の札符で目張りをしました。
土間の台所の竈の横に置いた炊飯も出来るマルチ調理ロボットやマイクロウェーブ・ストーブ、自動焼餅オーブン、ポップアップで設営出来て乾燥機も付いたすぐにお湯の出る伸縮折り畳み式シャワー・ブースなどは、目立ち過ぎるって爹達は言ってました。
洗濯や掃除を補助する家事ロボットは、ナノマシーンって言うとってもちっちゃい妖精さんみたいなので、青青達には見えません。
ただ、屋根の修繕をした時はちっちゃい妖精さんが集まって、営繕用の工作機械になってました。
妈の畑を手伝ってるオートメカニカル耕運機や作業アシスト達は、見つからないように凄く朝早い時間にしか動かしません。
一度隣の家の小母ちゃんに見つかった時は、符術で呼び出した式神だって誤魔化しました。
それと山歩きの時は必ず持っていく持ち運べる神農本草経、防水携帯タブレットには、“Hey、娘娘”で呼び出せるヴァーチャルアシスタントの物識り賢者さんが居て、天気や珍しい生薬素材のある場所を教えて呉れるので手放せませんでした。
……でも、この頃では山に行くと、蝶々ぐらい小さいのや馴鹿ぐらいの大きいのや、色んな山の精霊や地神様達が青青に話し掛けてくるようになりました。
青青には福禄寿様の加護があるから、動物霊や瑞鳥、深稜の土地神様に好かれるんだろうって妈が言ってました。
山道の気を付けなくちゃいけないところを諭して呉れたり、珍しい薬草が生えてるところや、高く売れる威霊仙や山茱萸って茱萸の実が成ってるところを教えてくれます。
虫ぐらいに小さい精霊様や瑞虫様は、山から下りても青青の周りをブンブン飛び回っていて、青青を守って呉れようとします。
一度、白い梟の姿で人の顔をした山神様が“悪い人”が来るから気を付けなさいって警告して来たときは、妈と冬虫夏草を探しての沢歩きの途中でした。なので苔むした崖の上から本当に山賊みたいな毛むくじゃらの人達が飛び出してきたのには、とっても吃驚しました。
華陽叔母ちゃんの旅の一行が置いていった魔物を寄せ付けない御神体があるので、村と周りの山々に魔物や物の怪は入って来れません。
でも悪い人間は、入って来れるようです。
「女、身なりのわりに金目の物を身に着けてるじゃねえか、命まで盗ろうってんじゃねえ、悪いことは言わねえから身ぐるみ置いていくアル……それと、何か喰い物はねえか?」
ニタニタ笑う、お風呂に入ってなさそうな不躾な男達……
山賊なのか、盗賊なのか、山を流れ歩く行商や野鍛冶、杣人みたいに陽に焼けて薄汚れていたけど錆びた鉄兜や、傷だらけの革鎧は頑丈そうに見えました。
まだ尻尾は長く伸びてませんが、妈と青青は女だけど、慣例だからってこの土地の仕来りに従って、辮髪にしました。
華陽叔母ちゃんに以前貰った簪や束髪冠などの髪飾りは使えなくなっちゃったので、卓上ビデオ通話で青青達の頭を見た叔母ちゃんがそれではと、元結を縛る錦繍の房飾りを送って呉れました。
绿松石を縫い込んだとっても素敵なものです。
超高速ドローンや転送ボックスで定期的にって言うか頻繁に、華陽叔母ちゃんは行く先々で目にした奇麗な金銀瑪瑙細工や珍しい宝飾品を買い求めては送って来ます。
耳飾りや腕輪、指輪、首飾り、女性用の玉帯鉤などの佩び物、或いは螺鈿細工の化粧品入れや銀鍍金の櫛、時には豪華な絹織物の祭事用花紋錦袍なんかのお粧し着を購っては送って呉れるのです。
あまり高価そうなものは普段には身に着けないようにしてるのですが、折角贈って貰ったのに無下にするのも悪いと、妈と青青は母娘でお揃いの物を選んで着けています。
野蛮で勝手な山賊さん達からは、そんな宝石細工が高級品に見えたみたいです。
「命の恩人の姑姑から頂いたものを手放すわけにはいかないアル、黙って立ち去るなら見逃すアル……けれど、無体に及ぶなら歯向かうアルよ!」
妈は男達に、あげられませんってはっきりお断りします。
「面白え、見たとこ符術士ってわけでもねえ、俺たちゃあ十人以上いるぜ、女の細腕でどうするアル?」
一党の頭目格でしょうか、一際おっかなそうな顔の小父さんは眉毛のところに大きな傷がありました。
「青青、六博十四面煢の符を使いなさい、福禄寿様の加護のあるあなたなら、きっと強い守護神を召喚出来るアル!」
妈が使えと命じた召喚符術は、爹が言ってたけど多分に博打性ってのが強くて、つまり呼び出す守護霊の化身に当たり外れがある出たとこ勝負の術なんですって。
ただし強い霊を引き当てた時は、天下無双です。
首に下げた御守り袋から、華陽叔母ちゃんの仲間の人が呉れた十四面の骰子を取り出して、発動句と共に地面に叩き付けました。
バチンッて音と共に、骰子から神字が解きほぐれていきます。
(狐狗狸さん、狐狗狸さん、守護霊様とお話しさせて)
渦巻く突然の小さな竜巻が、轟って音と共にパチパチ爆ぜる青白い雷を伴って転がる骰子の先から湧いて出て、天に昇っていきます。
豁然と雲間が割れ、天界より降臨の虹が落ちたように思えて振り仰ぐとそこにはもう、四つの顔と八本の腕を持つ異形の美神が裸体に薄い羽衣を纏って光り輝いていました。
(金霊聖母、斗姥元君を呼び出すのは誰か?)
四つある唇を動かした素振りも無いのに、神様の強い言葉が辺りに響き渡りました。
四つある綺麗なお顔はどれも、目が吊り上がっていました。
一本の腕をお振りになると、キラキラした糸のようなものが何十本と現れ、たちまち十数人居た山賊さん達を雁字搦めに縛り上げて仕舞いました。
ちょっと離れていた人も含め、目に見えないほど細い糸は悪い人達の鎧の上から身体に喰い込んで、全身血濡れて呻き声を出すことも出来ません。とても痛そうで、眼からは血の涙が流れていました。
(汝は、心よりも肉の喜びを選びしか?)
青青が召喚した守護女神様は、妈のところまで降りてきて何かをお尋ねになりましたが、青青にはなんのことか良く分かりません。
「……いいえっ、いいえっ、私は二度と夫を裏切らないアル!」
でも妈には、なんのことかすぐに分かったみたいでした。
(気の迷い、魔が差した……無理矢理に犯されたにしても、女の快楽から離れられなくなれば、人それを“裏切り”と呼び、裏切った者には唾を吐き掛けるが習わし)
「違いますっ、いえ違わないけれど……一生掛けて私は、夫と娘に罪を償う、今度こそ間違えないで添い遂げると誓っているアル!」
「確かに私はクズかも知れないアル、でもこの子の幸せは死んでも守って見せるアル!」
(女童よ、汝の母は鬼畜なりしや?)
「……妈を虐めないで、妈はたった一人の大切な妈だからっ!」
「妈は世界一優しくて、青青のことを大好きだって一杯々々可愛がって呉れるアル、嘘じゃないアル!」
(……小童の無垢に免じて、此度は願いを聞き届けて遣わす)
青白い炎が山賊さん達を包んで、長く上に立ち上ったかと思うと、もうそこには山賊さん達の姿は消え失せて跡形もありませんでした。
燃え滓の痕跡も無く、焼け爛れた焦げ跡すら見られませんでした。
(わっぱ、斗姥元君はいつでも汝と共にある、助けが必要な時は遠慮のう呼ぶが良い、いつ如何なる時でも馳せ参じる)
そう言ってとてもお強い守護女神様は、溶けるようにスウーッて消えていかれました。
お家に帰って、猟から丁度戻って来た爹にその日にあった出来事を話すと、爹はすごく怒って、すごく心配して、山狩りだって符術で大きな妖虎を七匹も放って、一晩中山の中を探させましたが他に山賊さん達は居なかったみたいです。
「御託はいいからさっさと始めんか、この猟奇オタクが!」
「……喧嘩を売るか、ネメシス、誰が糟糠の変態猟奇妻だって?」
「い、いや、誰もそこまで言っておらんが……大体、それを言うなら糟糠の妻が正しかろうが?」
「此方こそは正しくご主人様の肉便器、ハーレムいちの色情狂にして、誰恥ずることないエロ煩悩権化のデスマッチ王者、最低最悪のニンフォマニア・ナンバーワン、独走ぶっちぎりじゃ」
(((言っちゃったよっ……一応、自覚あるんだ?)))
((うわあぁ~、イタい、イタいよ、カミーラ姐さんっ))
「主らの心の声は全部聴こえておるぞ、未熟者め……土台、此方の快楽指数がセックスに全振りされる日が来るなぞ、此方ですら思ってもみなかったわ」
「それが今や、ご主人様の性奴隷でおることに至上の喜びを感じる始末じゃ……嗤って呉れてよいぞ」
(((どんだけだよっ、カミングアウトきもっ!)))
((全裸の格闘技セックスに嵌ってるって噂、本当なのかな?))
「あぁ、抽送しながら互いに関節技を極め合うプレイに最近は嵌っておる……裸逆四方固めで互いを舐め合ったり、松葉崩しのままトゥ・ホールドを掛け合ったりする」
「ご主人様は凄いぞ、この間なぞは正常位でハメたクローズドガード・ポジションのギロチン・チョークを一瞬で返されての、後背位からのフルネルソンで絶頂アクメの内に首の骨をゆっくり折られた」
「あの世に続く臨死体験の痙攣は、断末魔と暴走する連続エクスタシーの相乗効果でビクビクと飛び跳ね狂い、二重の意味で逝って仕舞う脳味噌沸騰クライマックス全開の、噴水体液垂れ流しで、文字通り死ぬほどの気持ち好さがある」
「此方はこれを臨終アクメと呼んでおる」
(((((ドッ、ド変態――!!)))))
(それもう、セックスの範疇超えてるよねっ?)
「主らも人のことは言えんじゃろうが、ビヨンドなぞは……」
「いいから進めろっ、いつまで経っても始められねえ!」
「それと、華陽が怯えるから、お下劣な出任せ与太話はいい加減にしとけよ」
この娘にだけは、真実を伏せておきたかったのに……日頃の被虐願望からつい色呆けカミーラが単なるピンク・ジョークを口走った、そう都合良く解釈してくんねえかなあ……まあ、無理だよな?
「わ、私は大丈夫アルな……却って、耳年増になって悶々として、健康な女の性欲を持て余すぐらいアルよ」
「華陽にもお手付き中﨟とか、後宮の夜伽番とか、コンバット・ブローブンを確かめる初夜権でも、なんでもいいから、早く閨番が回ってくると良いアルな」
「…………」
ここは、顰めっ面で誤魔化すしかねえな。
こいつらの痴話ばなしに付き合ってたら日が暮れる。
第一、カミーラの“苦痛が快楽”みてえな特殊嗜癖を満たす為とは言え、色々と可笑しなことを遣ってるのをバラされたら、俺が恥ずかしいし、大暴露大会が始まれば、この身も、妾も、吾もってぜってえ競ってヒートアップし、あっという間に鰻登りに急カーブを描いてエスカレートするのは目に見えている。
どういった方面にエスカレートするのかは、想像するのも憚られるし、あまり考えてみたくもねえ。
彼女らの覚悟も、中途半端じゃねえ気持ちも分かるから無碍には出来ねえが、俺の根本は“寝取られ男”だ……出来ることなら自分のメンバーとの爛れた愛欲生活なんて、願い下げにしてえ。
人ならざる存在にして、不老不死……ネメシスにしてもそうだが、何十万年、何百万年を生き、それでも尽きせぬ煩悩と枯れない淫欲には薄ら寒いものさえ感じる。
節操の無いカミーラの有り余るリビドーは、もっと建設的で有意義な方面に向けりゃあ、きっと救われる世界のひとつやふたつはあるかもしれねえし、もしかすると信者が出来てカミーラ教の開祖様に祀り上げられるかもしれねえ。それだけカミーラの情動や情念には、秘められた可能性のポテンシャルを感じる。
詰まるところ、もっとこう無難でコンサバティブな路線や選択肢はねえのかよって、思う訳だ。
異常性癖をコンプリートするような緩股ビッチのアマゾネス軍団なんて、カッコ悪過ぎて引き篭りたくなるぜ。
少しメンヘラ入ってきたかもしれねえな。
……だが一緒に歩む戦友は感情の無い殺戮機械がいいかってえと、それもまたちょっと違う。
超弩級要塞戦艦“バッドエンド・フォエバー”の中核にあるカミーラの居城、“ウルディス”が奥津城の儀式用祭壇の間に集まっていた。
カミーラがほぼ一人で準備を終えたが、高度で其れ故に精緻な召喚用魔法円を描くのに三日三晩を用したらしい。
所々に置かれた六芒星のペンタクルを掲げたオリハルコン製の燭台から立ち昇るのは、ベラドンナから抽出された香油を練り込んだ赤い魔蝋燭の甘ったるい煙だ。
……エレアノールの神霊力、つまり魔力自体は上がっちゃあいるものの劇的な変化を齎す程じゃねえ。
黙って巫術力の成長を待つのもいいが、エレアノールを持ち主に選んだ胡弓を模した泰山府君符……こいつを自在に扱えるようになるには、まだ足らねえ。
第三、第四の泰山府君符が揃えば、互いが同調し合い、共鳴し合って、隠されていた本来あるべき姿の“玉皇頂符”としての封印が解けると蟣蝨は言った。
それは巷間には伝わっていない秘聞だとも……
四つの泰山府君符が揃えば未曾有の事態が勃発すると聴けば、揃えて見たくなるのが俺達だ。
だがその為には、四つが揃うときまでに、持ち主に選ばれたエレアノールが“音色の泰山府君符”を、ある程度まで使いこなせるようになっている必要がある。
メンター役にして指名指導教官のカミーラが一計を案じた。
音楽と技芸を司る女神を呼び出して、エレアノールに憑依させようと言うのだ。
芸術の神に愛されれば、どんな音痴も文字通り神懸かった才能を発揮する……呼び出した女神に気に入られるかどうかは、出たとこ勝負のぶっつけ本番だったが、乱暴な話、失うものは何も無い。
リスクがあるとすれば、失敗したときにエレアノールが落ち込むだけだ(こいつ思ったよりもナイーブだからな)。
「たった今から神降ろしをするのは、“ハルモニア・ミューズ”もしくは、“ハルモニア・ムジカ”と呼ばれる歌謡と管弦の最高神」
仕切り直したカミーラが、其れなりに厳かに召喚術の説明を繰り返した……そして、その特殊性についても繰り返す。
「記憶を神格化した女神、ムネモシュネの娘とも言われるが、定かではない……ただ言えるのは、彼の一柱はこの世界の者ではない」
「謂わば概念として無理矢理に引き寄せる、つまりは異世界からの召喚と言ってもいいのかもしれない、つまりこの召喚にはパラレル・ワールドを渡るヒントがあるかもしれぬと言うことじゃ」
ここは重要なポイントだ。
俺達がもと居た世界に還れる可能性が、垣間見えるかもしれない。
為に、マクシミリアンは次元干渉磁場、霊派の揺らぎ、5次元ホットポイントの歪み、有りと有らゆる観測モニターを準備している。
“ワールド・ゲイザー”と名付けた万能汎用の調査ビーコン群を発生する亜次元に放つ用意にも、手抜かりは無い。
「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり……」
「ちょっと待ていっ、それは悪魔召喚の呪文じゃろうが!」
「ネメシス、いちいち口を挟まんでくれるかっ、極端に言えば呪文などは精神統一のトリガーに過ぎんじゃろ、早い話が“ビビディ・バビディ・ブー”でも、なんでもよいのじゃ……黙って見ておれ」
不承々々、納得しかねる気配のネメシスを余所に、カミーラはその金色の瞳に妖しい光を宿し、段々とトランス状態になっていった。
口にするのはヘブライ語の亜流なのか、嘗て聴いたことも無い呪文になっていく。
ほどなく、練り上げられた精緻な魔力を以って何十万年と磨き抜かれた祭壇の間……霊場としてはこれ以上ない神霊スポットに、異質な神霊力が粒子となって流れ込んでくるのが分かった。
「来るぞっ!」
一事が万事、自らの昏い肉の悦びに達する絶頂オルガスムスの時でさえ、さして取り乱さない豪の者の胆力……一筋の汗でさえ見せたことのないカミーラの顳顬が、今は打って変わって玉のような汗の粒でびっしりだった。
やがて淡い光の粒子が集まって、人型を造ろうとしていた。
「エレアノール、お前の想いの丈を示すのじゃ!」
「お前が如何に楽の才を欲しているか、心から訴えてみよ!」
鱗? いや羽根とも体毛とも判別付かない真珠貝か陶彩のように、虹色に光る何かに、その女神は身体中を覆われていた。
頭部も髪の生え際迄覆われ、腕はフェニックスのような燃える翼に置き換わっている。後ろに靡く筈の髪も、揺らめく炎のように上へと舞い上がり、瞬いていた。等身大よりも少し大きいように感じる。
幻想的な姿だ……妖精か心霊のようなエクトプラズムとでも言った謂わばスピリチュアリティで、実体ではない。
だがその存在感自体は、途轍もなく濃密だ。
何故か瞼は閉じられていて、化粧してる訳ではないだろうに瞼の翳りはくっきりと整っていた。
多分だが、女神の中でも飛び抜けて美人だろう。
「♫♫…♪♪…♫♫♫♫♫♩♩♩♩」
「♬♬♬♫♫♪♪」
「何を歌っておるのじゃ……カミーラ、なぜ此奴はいきなり歌い出すのじゃ?」
ネメシスが怪訝に思ったように、召喚されたハルモニアは人の発する声とも思えない、ハープのような音色とチュブラーベル、いやスティールパンのような澄んだ打楽器の音色と旋律を発した。
コロコロと鈴が転がるが如き、印象的で深く心に刻まれる……そんな不思議な歌、いや声帯からの奏でだった。
「おそらくじゃが、これがこの者の言葉なのじゃ、あまりにも異質過ぎて理解はし難いが……」
「♫…♬♬♬…♪♪…♬♬♬♫♫♪♪♪♪♪♪♪♪」
「エレアノール、魅了眼を使ってみろ……相手の主張なぞ、この際関係ねえ、俺達は唯奪う、反省も謝罪も無く、対価を支払わず、等価交換を差し出しもせず唯奪う、血も涙も無い酷薄無情のエゴイストにして勝手御免の唯我独尊、欲しいと思ったものは必ず手に入れる」
「そいつが俺達だ……例え神を騙してでも目的は遂げる、この遣り方には慣れて貰うぜ」
踏み絵、試金石……人としての尊厳をまたひとつ捨てる、そんなハードルを超えろと強要する無慈悲な俺に、エレアノールはこっくりと肯首いた。
頷いたからにはエレアノールに躊躇は無い。
エレアノールの右目に、何者も抗えない魔が宿る。
彼女に来たるべき天罰とか、記憶に積み重なる非道とかに向き合う覚悟が出来た瞬間だった。
魅了の魔眼は然しものハルモニアを捕らえたかに見えた。
閉じられていた高位の女神の瞳がゆっくり見開かれ、その燃えるような真紅の虹彩が真っ直ぐにエレアノールを見詰めていた。
善悪も、人の世の慈しみも憎しみも、全てを超越し、全てを受け入れる意思が隷属を受け入れようとしていた。
魅了に囚われた最高神が一柱の瞳に理性の光は失われてはいないようにも思えたが、それは気のせいだったかもしれない。
やがてハルモニアと呼ばれる“音楽の神”は、エレアノールに重なるように憑依して、同化して、溶け込むように消えた。
こうして俺達はまたひとつ、パラレル・ワールドのバランスを崩して、より非道なピカレスク・ノワールな生き方を選択した。
三千世界でも稀有な存在だろうハルモニアは、以降エレアノールと共にある……これに依るパラレル・ワールド全体への影響がどれ程のものなのかは、今の俺達には測ることさえ難しかった。
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色と快楽に狂った母親の姿など、見るのは耐え難かった。
蠕動する肌色の肉の塊は、さながら餌を貪るブヨブヨと太った豚のようで、見ていて吐き気すら覚えた。
そして、これが私の母親かと思えば心底絶望し、その欲望に蕩けた牝堕ちのヨガリ顔は最早人ですらなかった。
誰だって母親のこんな姿は見たくない筈だ。
私が幼かった頃の母亲は、あんなではなかった。少なくとも腹を痛めた子供として、私は可愛がられていた筈だった。
だと言うのに、母は、“もう、夫も娘も愛していない”と叫んで絶頂した……それはもう、実の親ながら、いや実の親だからこそ許せる裏切りではなかった。
父と二人で、母親ではなくなった雌豚を弾劾し、制裁として仕来り通り浸猪籠――豚カゴ沈めの刑に葬った。
この手で母亲の口の両端を、耳許まで割いた。この極刑の意味が、そこにある。次の輪廻転生では人として生まれ変わることを許さず、蛇になれと言う呪いと侮蔑が込められている。
後悔は無い筈だった。
だが可成り後年まで、例え非があるとは言え実母を手に掛けたと言う心痛は私を徐々に蝕んだ。
師匠、白素貞様が前世の母亲だと思い至った時に、なぜ蛇精なのかが合点がいった……皮肉にも、前世の記憶を思い出す切っ掛けとなったのが兄の連れ合いの不倫と失踪だったのは、何か悪い星の巡り合わせなのかもしれない。
結局、白素貞様こと白娘子は刎頚、危急存亡の折りに、娘の生まれ変わりと知っていながら私を大規模な儀式符術の贄にした。
贄の条件は術者の大切なものじゃないといけないのだろう、多分。
前世での負い目があればこそ、これでおあいこかと思った。
母親を手に掛けた私が、今生では母親の生まれ変わりである師匠の手に掛かる……因果応報、それで釣り合いが取れる。
罪の意識に苛まれた前世と、今の生き方が全て精算される。
豚カゴに揺られながら失血に朦朧とする母亲が、か細い声で弱々しく何かを愬えていたのが、いつまでも忘れられなかった。
……金魚に変身させられた私は、震える師匠の手に依って握り潰され、今生に別れを告げた。
別れを告げた筈だった……だが、私は生き還って仕舞った。
それどころか阿修羅神の仲間として生きよと強制された。
選択肢は他に無さそうだった。
彼女らの一団は、元居た世界に還り着こうと必死に足掻いていると言う……だが私には彼女らが、もっと遠くへ、もっと高くへと辿り着こうとしている様に思えて仕方がなかった。
ここではない、今ではない、何処か遥かな場所を目指しているとしか見えなくて、仕方がなかった。
ファム・ファタルと言う言葉がある。
偶々組み込まれてる補助電子脳のバンドル版データベースから得た知識だが、“運命の女”とか、同時にまた“男を破滅させる魔性の女”みたいな意味がある。彼女達はすべからく、盟主ソラン殿にとってのファム・ファタルそのものだった。
タブレットPCのビデオ・フォーンにはおしゃまな青青と兄夫婦が映っている。幸せそうで何よりだ。
最近、家族して頭髪を辮髪にして仕舞ったそうだが、村の風習なら致し方ない……青青と嫂子には、何か辮髪用の髪飾りを贈ろう。
こうして亜空間通信で青青一家と会話が出来るのも、この世界に留まっている内だけかもしれない。
理論上は異次元並行世界を横断する次元通信も可能な筈だと、マクシミリアン教学が開発中のアクティブ型ビーコンの受信機を星系内に残していく予定だが、実際に上手くいくかは分からない。
少し離れた、龍山“雷沢”との通商航路を行き来する天空船の邪魔をしない位置に、幾つか配されると聞いた。
青青には神霊の加護があるかして、妖精や精霊、土地神の話し相手は居るようだが、部落に年頃の子供が少なくて遊び相手が見つからないのが気になった。
シンディ同志に頂いた、ゲーム機や子供向けコンテンツの動画再生パネル、ハイテクノロジー玩具などは、以前に他の世界で運営していた孤児院で使用していたものらしい。
気に入って貰えるかは分からないが、今度送っておこう。
「……義姉さんは本当に青青のことが好きアルな、私の母亲だった女とは大違いアル」
「えっ、貴女と夫のお母様、家母は若くして亡くなられたアルと聞いたけれど?」
「あぁ、そっちじゃなくて私の前世での母親アルな……兄さん達に隠し事はしたくないアル、長い話になるアルから今度メールで送っておくアルよ」
思考波パターン認識で、様々なリクエストに応答する入力デバイス機能のAIアシスタントを搭載したタブレットPC、思い浮かべた記憶を自動でテキスト化することもまた容易い。
兄夫婦達に知って貰うことに依り、私の母親への想いはまたひとつ軽くなるように思える。
鄭淑さんは、掻き集めた持ち得る有りったけだと、手切金として有り余る金子を置いて行った。
態々私が今お世話になっている、回鶻自治区の勤め先まで訪ねてきた鄭淑さんは、絶縁状の取り下げを申し出て呉れた。
婚約の破談も私の家、聞家に一方的に非があったのではなく双方に落ち度があったと改め、今更だが私の名誉回復に努めると約束もして呉れた。
結局、自分もお前と変わらぬ見下げ果てた下劣な品性だったと、お前を責め、蔑む資格なぞ最初から金輪際無かったのだと、自分の愚かな行為を顧みて気付いたと、自分を卑下するように謝罪した。
螳家の翠微は淫靡な女だったとも明かした。
曰く、硬くてぶっとい黒摩羅珍宝で、もっともっどぉ、牝秘裂とケヅュ穴をけじゅっで欲しいっアル、と髪を振り乱して泣き叫ぶ嬌態は空恐ろしくさえあったと言う……其れ故に興奮したと。
陳謝と共に絶縁状を破棄した鄭淑さんは、しかし私と交わる道は固く閉ざされたままで、それが再び開く奇跡はあり得ないと言った。
私に限らず、女と言うものを信じられなくなったのだそうです。
別れ際、悲しみに打ち拉がれた鄭淑さんは、それでもなんとか私が産んだ赤子にと、あやす竹籤細工の玩具を置いていきました……私が渡した半分に割った鏡と引き換えに。
例え絶縁状と言う枷が無くなっても、私が裏切ってしまった鄭淑さんに、今後会うことはもう二度と無いのだろうとなんとなく分かる。
憑き物が落ちてみれば、あれだけのことをしておいて「もう二度と裏切らない」なんて白々しいことを言える資格は、もう私には無いのだと言うことも今では良く理解している。
復縁して“もう一度”と言うのは、絶対に有り得ない。
長年一緒に居た筈の幼馴染みだったのに、私が犯した罪のせいで二人の道は別れて仕舞った。
無論私は、私の犯した言語道断の、愛欲に狂ったような不倫……いつか鄭淑さんに見られて仕舞った破廉恥なまぐわいに溺れていた密通を、改めて泣いて詫びたが鄭淑さんの心に届く筈もなかった。
どれだけ心から謝っても、刺激的な変態快楽を求めて犯され尽くす官能調教交尾に走った私の懺悔などにはなんの価値も無い。
私は婚約者の誠を裏切る淫靡な背徳に興奮して、放心するまで肉欲のありったけを貪り続けた人でなしのド腐れ淫乱女だ。
きっと責めても責めても、責め足りない。
愛情の正反対は拒絶と糾弾だ。
形では許すと言って貰えても、他の男と体液まみれになって激しく縺れ合っていたあの姿を見られて仕舞っては、鄭淑さんの立場になってみれば拒否せざるを得ないのも、悲しいほど良く分かる。
おそらく生理的に許せないだろう。
汚れてグチャグチャの肉体の快楽に溺れていった幼馴染みの許嫁なんか、もう顔も見たくないと思うのが普通………
幾ら蕩け落ちそうに気持ちいいからとは言え、して仕舞った取り返しの付かない行為を悔やんでも、虚しいばかりだ。
きっと死ぬまでこの罪は無くならないし、忘れられない。
別れる男女の習いなればと、手許にあった普段から使っていた小さな手鏡をその場で二つに割り、片方を差し出した。
小さな頃からの幼馴染みだったけれど、もう二度とはお目に掛かれないと思えば感無量の想いがある……思い出すのも嫌な出来事だったかもしれないが、時々は馬鹿な幼馴染みのことを思い出して欲しいと願った。
鄭淑さんは、黙って受け取った。
誠実さも、貞淑さも、自ら捨てて仕舞ったどうしようもない愚かな私の最後の願いはこうして聞き届けられたが、きっと鄭淑さんはいつかは忘れて仕舞うだろう……でも、それでいい。
無事に生まれた我が子は、健やかに育っている。
生命力に溢れたこの子は、産まれ落ちたその日から日に日に丈夫になって行くように思われる。
加護のお陰か、産後の肥立ちも軽く済んですぐに働き出した。
今は喀什の郊外にある龍山杭州の古い街、回鶻自治区にある互助会運営になる船内警備員達の独身寮に寮母として住み込んでいる。
総2階建ての大きな四合院造りの豪壮な寮だ。
あの運命の航行でお世話になった警備員の方々に誘われて、この仕事に就くことにした。
……宣言の通り母体の健康を見る間に取り戻した私が、誰の手も借りずに独りで初産の分娩をしようと船の自室にて陣痛と共に破水した瞬間、意識が薄れる前に扉を蹴破って助けの手を差し伸べてくださった方々が居た。
船内での出産に、心細い私を励まし、息子を取り上げてくださった警備員さん達には感謝しても仕切れない恩が出来て仕舞った。
その上、乳飲み子を抱えての仕事は大変だろうと今の負担の少ない働き口を紹介して頂いた。男世帯だが、ここには先輩寮母達も何名か居て、私の素性や訳有りの事情を知っても困ってる時はお互い様だととても親切にしてくださった。
掃除、洗濯、炊事の合間に授乳とお襁褓を替えたり、忙しく働いている。大変だが、幸い息子は夜泣きも少なく手間が掛からない子だった……これも生命力の加護に守られているからだろうか?
風の噂では、私を孕ませた浮気相手は諸々の悪行がバレて、土地の刑部省の邏卒にしょっ引かれて行ったそうだ。
百叩きの刑に罰せられるのか、それとももっと厳しい死罪晒し首が科せられるのかは神のみぞ知るだが、あいつはこの子の父親としては見れないばかりか、あれほど身体を重ねた相手としても唯々悍ましいばかりだった。今思い返しても、何度も何度も私が進んで肉叢を開いては、執拗に犯して呉れと縋って逢瀬を繰り返していたのが、惨憺たる悪夢のように私を苛む。
痙攣して、白目を剥いて失神しても、執拗に体中の穴という穴に受精の悦楽を求め続けた貪欲な雌豚に堕ちていった、裏切り者としての痴情にまみれた日々が責め苛む。
どうやら何かの怪しい術で、翠微さんに操られていたらしいとは分かっても、私が嫁入り前の娘の身でありながらまるで色情狂の痴女のように繰り返した淫らで可笑しな痴儀は、実際に、間違い無く自分がしたことなのだと言う事実はくつがえらない。
昼間でも、ふとした瞬間に何気なく蘇ってくる無慈悲なまでに鮮明な記憶は、不倫相手とした様々な汚らわしい変態行為の数々で、思い出す度に惨めな嘔吐感を味わう。
決定的な場面を鄭淑さんに晒して仕舞ったあの日、鄭淑さんを裏切ってする肉欲交歓が痺れるほど背徳的な悦楽でやめられない……月淫も尻も口も何も彼も、気が遠くなるまで突いて突いて突き捲って、精液で滅茶苦茶にして欲しい……この巨根摩羅と結婚したい、と興奮の内に吠えるように泣き叫んでいたのを全て聴かれて仕舞った。
幾ら昂る為の痴語とは言え、女として最低だった。
当たり前だが、その場で婚約の破談を言い渡された。他人の男根で散々逝き捲った女を嫁にしようと言う酔狂がいる筈もないと、詰られて初めて私は正気に返った。
泣き叫んで号泣し、真っ当じゃない快楽に道を踏み外した所業を詫び続けたが後の祭りだった。
鄭淑さんが部屋に踏み込んで来た瞬間、鄭淑さんと視線が交わった時に私は、浮気相手のものを深く突き刺して後先考えない無茶な腰振りのまま、股間も引き裂けよとばかりに激しく律動していた……今でこそ完治したが事実、激しい過度の荒淫に局部は擦過傷で炎症を起こしてさえいた。
それほどの無茶振りを見られて仕舞った。
あの時のことを考えると、今でも思わず蹲み込んで嗚咽を怺えることがある。
予言通り、魅了眼を使って仕舞ったが為に帰りの航路で亡くなった翠微さん……砂男の呪いにより狂い、壊れて、見るも無残で陰惨な不審死を遂げた彼女に思うところはあっても、もう恨み言を浴びせることも叶わない。
死んで仕舞ったものは仕方ないし、あの時偶々出現した謎の救い手が居なければ、間違いなく首を括って死んでいたのは私の方だ。
怨みこそすれ、恨まれる筋合いは無い。
抗ってみろと、必死になって生きてみろと、得体の知れない冷酷非常な救い手は、私に腹の子の為に生き続けることを強要した。
今まで死神にあった経験は無かったが、目の前に見たのはきっと、死神以上に死神だった。
沸騰する程の強烈な畏怖と、唸りを立てて浮上しようとする猛烈な生存本能の戦慄に、その場に躄ったまま一歩も動けずに居た。
決して触れてはいけない、決して関わり合いになってはいけない、錯乱した思考の中でさえ直感的に危険な気配が感じ取れて、思わず口から洩れ出る絶叫を抑え込んだ……そんな、存在だった。
見間違いでなければ、全てを睥睨する傲岸不遜な恐ろしい隻眼に、本の一瞬だが、憐憫のような優しげな光が灯っていたように思う。
魂の奥底からの根源的な恐怖……以外の何ものでもない筈なのに、不思議と温かみがあった。
……あれがあったから、背徳の性愛に溺れていた過去を抱えながらも私は今も我が子と共に生きているし、生きていける。
そう思うようにしている。
「ご主人様は骨の髄から、臍曲がりで天の邪鬼じゃろ?」
「ラッキーディよりは、わざわざドス黒い地獄のような厄日を好まれる、そうは思わぬか?」
「……本妻を差し置いて、そこまで見抜くとは、よく見ておるのカミーラ、流石じゃと言うておこうか」
「今のあやつなら、おそらくたったひとりで孤独のうちに……真理に到達し、誰の手も借りずに唯一の高みに登り詰める」
「じゃからこそ吾らは寄り添う……あまりにも悲し過ぎるからの」
聞くとはなしに聞いて仕舞いましたが、帯電した硫酸雲の中を物ともせず進むベース型移動巨艦、“白抹香巨鯨13号”の居住エリアの中心にあるラウンジで、ネメシス王母とカミーラ王母が二人だけで話し込まれていました。
早々と惑星、龍山“雷沢”に到着してからは、実地検分とばかりに杭州を皮切りに色々と見て回っているのですが、地表たるや聞きしに勝る厳しい環境で、私達が居た“華胥”老官台には見られない動植物や、昼と夜とで変態する鳥類など、想像したことも無かった変わった生態系が見られました。
人々の習俗も然りで、物珍しい民族意匠があると買い求め、超光速亜空間ドローンや転送機で姪と兄夫婦に贈っています。
「どうした華陽、今の時間は兄夫婦とのビデオ通話の筈じゃろ?」
「そのことでちょっとご相談したいことがあるアルな……」
私の導師役に就いてくださっているカミーラ王母に問われて、迷いながらも話を切り出しました。
お二人にさっき兄夫婦達との会話の中で知った、先日あった兄嫁と姪が山中で盗賊紛いの一団と出遭った話を聞いて頂いたのです。
一家が入植した華陀高原付近は、ソラン様のご配慮で魔物や幻獣の類いは侵入して来ない領域ですが、時折徘徊する食い詰め者の山賊などと邂逅する可能性は否めません。
確かに一家に仇為すほどの脅威には成り得ないかもしれませんが、自分としては心配である。何かバックアップとして陰ながら見守る方法は無いものだろうか、と考えている。
そう言ったお話をしました。
「符術で呼び出した加護の者も就いたのであろう? 華陽は心配性じゃな……まぁ良い、時限リミッター付きでピンポイント攻撃の出来るデュアルパーパスな能動型監視守護衛星を配備しても良いか、ご主人様に相談してみよう」
「自動追尾照準システムは、36000kmの高軌道からでも80kmで飛び回るヒツジバエの目玉を正確に打ち抜ける代物じゃ」
なんでもないことのようにカミーラ王母は請け負って呉れました。
矢張り相談して良かった……次のビデオ電話の時に青青に教えて、安心させてあげよう。
「それより30分後には、涼州西涼府は吐魯番の地下迷宮にあるとされる泰山府君符奪取の、柏孜克里克千佛洞寺院攻略作戦を確認するブリーフィングが始まる……状況自体は明朝06:00時開始予定じゃ、遅れるでないぞ」
龍山“雷沢”に渡って、私にとっても初めての泰山府君符強奪作戦が間も無く実行に移されようとしていました。
「華陽には初めての作戦行動じゃ、抜かるでないぞ」
ネメシス様にも、念を押されます。
「華陽が付き従うものは既に人智を超えた領域に達しつつある、程なく嘘吐きで気まぐれな神などは遠く及ばなくなるじゃろうて」
「然すれば心せよ、眷属としての道は決して生温くはないぞ」
「委細承知してるアル、初陣に恥無きよう相勤める覚悟アル」
心構えを問われているのなら、私の忠節をはっきりお伝えしておかねばなりません。
龍山“雷沢”に渡ってきたのも初めてでしたが、赤道傾斜角78度と言った特殊な環境は話に聴いてはいたものの、人が暮らすには色々と過酷な自然を齎していました。
北半球と呼んでいいのか、星の上半分は一年の半分を恒星に向けて公転する真夏が続き、陽が暮れることも無いので気温は上がり続ける為に砂漠化が進み、反対に後の残り半分は打って変わったようにずっと真冬が続きます。
南半球はその逆で、通常の惑星の赤道付近だけが僅かに残された緑化地帯として四季に似たものがあるようです。大部分の中緯度地域でさえ、一日中太陽が沈まない夏や、逆に太陽がまったく顔を出さない冬の繰り返しでした。
為に独特の生態系があり、先の赤道付近にのみ見られる昼夜で変態する鳥類や小動物を初めとし、乾季にのみ爆発的に繁殖する巨大な炎獄砂虫や砂漠狼、逆に厳冬の季節に活動を再開する氷河大蜥蜴や結氷海蛇……普通、爬虫類などの変温動物は低温の環境では生存出来ない筈ですが、こうした極限の環境下で生命の神秘は目覚ましい進化を遂げたようです。
新陳代謝の効率をギリギリまで抑え、エネルギー効率を追求したこれらの種は、却って哺乳類などより絶対零度に近い低温環境下に順応したらしいのです。
従ってこんな頑健でしぶとい生物層ですから、魔物、魔獣の類いは推して知るべしなんですが、ゲハイム・マインの一行はちょっとフィールド・ワークとか称して素手で絶滅させたりしてました。
南半球が海面が多かったかして、結氷する面積も多く、これが夏季旱魃期ともなれば一斉に水蒸気と化して激烈な熱帯性低気圧が地表を叩き、溶けた氷山が海面を一気に押し上げるので海岸線などは常に変容するらしいのです。為に正確な地形図もありません。
何故自転軸が傾斜して仕舞ったのかは、エルピスと言う巨大人工頭脳メシアーズに同化している残留思念が解析していました。
おそらく元々は“華胥”老官台と龍山“雷沢”はひとつの星だった、とのことです。
まだ惑星系が星として固まる遥か以前、他の星系からの遊星のようなものが飛来し天体衝突を起こす。結果、ひとつの星はふたつに分かれほぼ同じ公転軌道上を回る星として形成されて行きましたが、この時の衝突エネルギーが誘発した入射角の影響で、龍山“雷沢”の自転角度は極端に寝て仕舞ったと考えられるのです。
これらのことは、今現在エルピスと唯一意思疎通の出来るアンネハイネ女子から聴いた内容です。
ですがその後、人類は符術を編み出し、神仙と呼ばれた術を極めた人達の中から天仙が現れ、苛烈な環境の龍山“雷沢”に人々が住める陸地を創り出します……浮遊大陸の誕生です。
(ここが柏孜克里克千佛洞寺院に至る道程では最後の集落です、情報収集をしていかれますか?)
隊長機、ネメシス機、カミーラ機、アザレア機、ビヨンド機、アンネハイネ機、エレアノール機、華陽機、シンディ機の順で、スティルスモードのナイトメアが縦列低空飛行の進軍をしていた。
私はまたシンディ機の後部座席に便乗している。
(……アンネハイネ、テレパスの訓練だ、10分で村落の情報を収集、報告しろ、報告は圧縮思念五式だ)
(スティルスモード解除、各自、散開して10分間休憩、ただし作戦行動中を忘れるな、補給は直接エネルギー摂取かスタミナチャージ経口錠剤、トイレは排尿チューブのみ、降機してもいいが現地人との接触は影響を残すな)
塔克拉瑪干沙漠の丁度真ん中あたりに泰山府君符のひとつが安置される吐魯番地下迷宮がある。私は過去三度ほど訪れたことがあるので道案内を託された。
(降りるよ)
掘り下げられた村落の縁に駐機したシンディ師匠に促され、何重もの搭乗スペースの嵌合キャノピーが開いていく中、自分に密着しているアクセス端末を待機モードに解いていく。
降り立った砂嵐の吹きすさぶ砂漠の中の村は、下沈式と言われる地面を掘り下げる窰洞の集落が寄り集まったもので、120年程前に立ち寄った際も住民は1000人にも満たなかったのではないかと記憶している。
一番大きな村の広場を擁する祭場四合院を中心に、大小様々な掘り下げられた集合住居が取り囲んでいる。確か、住居は行き来出来るように地下の隧道で繋がってる筈だった。
「何かモグラみてえだな」
一時的に寄食させて貰って行動を共にしているこの集団の頭目格、ソラン殿に話し掛けられた。
立場的には部外者の私にも特に隔たりは無く、聞くとはなしに知ったが、数奇な運命を辿られた方だった。
専用機から降り立つと、この世界では見られない手巻きの煙草を器用に巻いて……(この人は何を遣っても世界一と思えるほど熟練の腕前を見せるのだが、この時も秒速で巻いていた)、突風を物ともせず深々と吸い込んだ。
「龍山“雷沢”の自然環境は厳しく、地上に住み暮らす地域も限られています、過去創造された浮遊大陸を別にすれば、地上の住民は過酷な環境に順応する為、様々な形に進化してきました」
「瘴気の多い大気でも生き残れる、陽射しに強く、冷気に強い頑健な肉体を持っています」
「ただ、ここの住人は地下で活動することが多く、夜目は利いても光に弱い……学者達の間では、“土竜人”と呼ばれています」
「確か、以前に来た時は馬旅だったのか?」
「はい、この地の六足馬には、砂漠用の蹄の広い種が居ます」
過去幾たびかの過酷な旅を思い起こせば、隔世の感を禁じ得ない。
「蟣蝨、天臨四神が揃えば“玉皇頂符”としての高位存在へとレベルアップすると言ったな?」
「……お前が6000年の間探し回ったと言う“根元符”に最も近づくのが玉皇頂符だとすれば、何故集めてみようとしなかった?」
好奇心旺盛なシンディ師匠が現地人の暮らしを見ようと早速穴の底へと降りていくのを見守りながら、上手に風を避けて煙草を吸いこむソラン殿が、問うてこられます。
「考えないことはありませんでしたが、四つの泰山府君符はこの世界を統べる要石のような役割を担っているとも聞き及んでいます」
「探索する者の為に編まれた指南書、“泰山秘録”にも戒められていますが、確たる勝率が見えぬまま、闇雲に動くのは憚られました」
「至尊金女だったか、一度会ってみてえと思っている……友好に正面から訪問するかは決めかねているが、覚悟だけはしておいて呉れ」
ソラン殿とこの一行は必ずや根元符に辿り着く……だがその時に私は、袂を分かたねばならない。
辛い選択だった。
……辛い? 何故、私は辛いと思っているのだろう?
ソラン殿とこの一行に敵対したくないと、歯向かいたくないと、私は思っているのだろうか?
「粗方調査は終わりました、ここ何十年と柏孜克里克千佛洞を目指した者は居ないようです」
ヘルメットを抱えたアンネハイネ女子が、10分と待たずに結果を報告にきた。燃えるような緋色の髪は作戦行動中は、編み込まれ、纏められて非油脂製のワックスで固められているが、この娘の華やかさを損なってはいない。
五式の圧縮思念とは別に、口頭で報告しに来たようだった。
「よし、後3分で再搭乗を開始する、離陸後ただちに地表モード最大戦闘速度で目的地に到達し、そのまま泰山府君符の安置所までナイトメアの掘削分解砲で地下を抉る、文化遺産だかなんだか知らねえが他のものには一切目を呉れるな、泰山府君符の確保第一優先、他は蹴散らしても構わねえっ」
些か乱暴な方針だったが、光速域での戦闘すら可能なナイトメアは作戦再開と同時にものの数秒で目的地に到着し、予定通り柏孜克里克の石窟寺院を蹂躙し、計画通りその奥に眠る吐魯番地下迷宮の泰山府君符を入手して作戦を終了した。
撤退するときに上空から見た限りでは、柏孜克里克千佛洞は完膚無き迄に破壊し尽くされていた。
千佛洞に安置されていた泰山府君符は弓の形をしたもので、ただし弦が張られていない。弦は神字が紡ぎ出すとされていた。
これをモノにする者は光の矢の一射で山をも消し飛ばすと、言い伝えられている。
そして弓の泰山府君符が持ち主に選んだのは、ビヨンド老師で、老師が持って神霊力を通した瞬間に神字が撚り集まって弦になった。
残るは誰も人が立ち入らぬ極地にある阿房宮の天子塔だが、こここそは天臨四神を収めた地としては正しく人跡未踏の隔絶された土地、難所中の難所と言っても過言ではない。
実際、人が寄り付けるような場所ではないのだが、どうしてあのような壮大な建造物が出来上がったのかは全くの謎だった。
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「予定通り、蟣蝨はシンディさんが連れ出しています」
アザレアさんに念の為、確認するが今ここに蟣蝨が居ないことは確実だった。モビーディック13号の中央作戦立案室に、蟣蝨とシンディを除く主要メンバーが揃っていた。
質量さえゼロにするウィスパー・モードのスパイ・ワーム、エキノプラズマ・フロンティアと呼ばれる変異種の超微生物を利用した有機質融合型ナノマシーンをごく数匹、精霊天帝聖山経が太元聖母宮、最も古い浮遊大陸に放ってある。
あらゆるハイテクノロジーを吸収し、今なお専有亜空間で増殖を繰り返すメシアーズ……その、万能の傍受システムに入り込めない場所は無いが、今回は敢えてミニマルな手段を取った。
九天玄女の高位職にありながら闇鏢客にまで身を俏し、6000年を密命のお役目に唯々賎陋の巷間を彷徨った、あの蟣蝨が忠誠を誓っている天仙達に敬意を払った形だ。
これから探りを入れる蟣蝨の古巣に就いて、根掘り葉堀り当人に自白させるのもありっちゃあありだが、無理矢理レイプするみたいで気が引けた。別に臆する訳じゃねえが、内緒の覗き見はあいつの居ないところでこっそり遣ると、消極策に決めていた。
「おぉ、見よ、この結界、稲子のような害虫は弾いておるのに得体の知れない鳥は通したぞっ……一体どのような選択基準があるのじゃろうて?」
眼の良いネメシスが、早速観察眼を発揮した。
「二酸化炭素の温室効果で高温高圧の有毒大気が発生し易いこの星で生態系も独特だろうが、あの虫と鳥に関しては何か分かるか?」
スパイ・ワームの捉えた映像で、ネメシスの指摘した部分が即座に別ウィンドウでズームアップされ、件の瞬間がループ再生される。
「ある種の飛び蝗、渡り蝗の中には編成風に乗り、高度3000から4000メートルを飛翔する種もあった筈じゃが、流石にこの強酸性雨を凌ぐ丈夫なバッタは初めてじゃのお」
「高地に棲息する鳥類には……例えば、特別な鴈の種類は非常に効率的な気嚢付きの肺を持っていて8000メートルからの高空を飛ぶことも可能じゃが、先程確認したのはどう見ても七色の飾り羽を見せびらかす極楽鳥の類いであったぞ?」
「この手の鳥は普通、亜熱帯に棲息するものじゃ」
「建造物が、なんだか微妙に西欧風じゃありませんか?」
映し出される景色……それが生活域なのかどうかも分からぬまま、アザレアさんが思った通りの印象を口にする。
「その違和感はベナレスとの共同管理になったハイパー版フリズスキャルブのアウトプットにも少し触れられていたが、実際に目にするとちょっと奇異だな」
「それよりも、あれが報告のあった天庭を護るとされる天仙法師軍団か……金剛力士のような威容だな?」
ビヨンド教官が、天庭浮遊大陸の八方に配置された守備隊詰め所の守りに就いている、天仙法師と呼ばれる天兵達の姿に触れる。
見ているのは“戌亥の門”と呼ばれる北西の詰め所だ。
「初代至尊金女、耶輸陀羅が組織したとレポートにあったが……」
分割された巨大スクリーンを後ろから眺めていたカミーラが、おもむろに口を開いた。
「持金剛とは警護役の夜叉神……一説に依れば、千手陀羅尼経と言う法典にある二十八部大仙衆を具現化したものとあるが真偽の程は分からぬ、それほど古い者達らしいが、大宝積経、無量寿経と言う経典に依れば執金剛神、もしくはヴァジュラダラと言うのが正しい名とされているし、後世の研究では元々は帝釈天から派生しているとも考えられている」
「また、密迹金剛士とは阿含教に伝わる侍衛者にして、教化に従わない者を降伏するヤクシャスであり、リグ・ヴェーダに登場する悪龍ヴリトラの懲服者、”ウルスラグナ”と同義とする考察もある」
「カミーラは随分と詳しいな?」
「……ネメシスに至高究極の大賢者スキルがあるように、この此方にも“闇の賢者”のスキルがある」
「僅かながらも異次元世界を渡ることにより、真の意味での覚醒を得つつあるようじゃ」
「賢愚経に依れば、釈尊が父王シュッドーダナの請いに応じてカピラヴァストウに帰城した際に梵天、帝釈天、四天王と共に八金剛力士が守備したと言う……サッダルマ・プンダリーカ・スートラ、所謂法華経にあるのは、“今この三界は、みなこれ我が有なり、その中の衆生は悉くこれ我が子なり、しかも今この処は諸々の患難多し、ただ我一人のみよく救護をなす”と、衆生への慈愛を説き、主君・師匠・親の三つの徳、主師親の三徳について教示する」
「釈迦は愛する我が子を何とかして救い導こうと、いつも手を差し伸べると言うが、この天仙法師とやら言う軍事力、軍備とは随分と相反するようじゃのお」
「一際大きな扁額門を構えた寺社でしょうか、広大な敷地の施設が幾つか見えますが、扁額の文字がほんの少し見慣れぬものです、どこか違う……神字でもありません」
俺達の中では視力に優れた、目敏いエレアノールがいち早く見つけたそれは漢字で書かれていた。
「漢字だ……この世界の常用文字は繁體中文、正體中文の亜系統で綴られている、だがこの漢字は他の系列から発達している、あっちのは臥煙舎、こちらは六道司と読めるな」
「臥煙、六道……?」
「どうしたネメシス、何か気になるのか?」
「……いや、偶然の一致かも知れぬが、吾が屈折した多感な思春期を過ごし、オタサーの華麗なる女子大生をやっていた“日本”と言う国の風習じゃ、特に陸尺、六道と呼ばれる者は土葬が残る時代の棺桶を担ぐ役割を担う者での、この風習は一部イバラギ県と言う地方にのみ残っていた筈、どう見ても輪廻六道のことではあるまい」
「……臥煙とは火消しのことじゃが」
尻切れトンボにネメシスが黙り込んだ気配があったが、画面は聖山経の中枢地区、太元聖母宮の広大な神殿の屋並み、大伽藍を初めとした壮麗な建造物群を映し出していた。少し西欧風な庭園や建物が混ざり、独特な混在感を醸し出している。
「ブランデンブルグ門じゃとおおおっ!」
「こっちはトレビの泉じゃ、いやどこか少しチグハグじゃ……まるであやふやな記憶を頼りに復元したと言わんばかりに、何かが少しずつ違う、そしてこれは……これはスペイン階段もどきじゃ!」
ネメシスが仰天して驚く様は滅多に目にしないが、今まさに眼を剥き出して面白いほど口をあんぐりと開けた美少女天使台無しのネメシスが、映像に喰い入っていた。
他にもパルテノン神殿とか、ローマ時代のコロッセオの遺跡なんてものも確認してたようだが、何に仰天しているのかは全くのところ意味不明だった。
「どうした、見覚えのあるものなのか?」
「……吾が遙か以前、元居た世界で貧乏女子学生だった頃の憧れ、ヨーロッパ観光旅行の人気スポットじゃ、意味が分からんっ!」
暫く見入っていたネメシスが、気が付くと静かに泣いていた。
「じゃが、懐かしい……久し振りに望郷の念が湧いた、戻れるものなら今も戻りたい、復讐の女神ネメシスとして何百万年もの永きを別の世界で生きた吾の、尽きせぬ妄執じゃ」
「……シスたそ様、愚かだったわたくしは貴女と出会えた今を否定したくはありません、どうか……どうか、そのようなことを仰らないでくださいまし」
貰い泣きにしゃくり上げるアザレアさんだった。
ネメシスが抱いて慰めるが背が低いからか、まるで母親に抱きつく娘みたいになって仕舞ったが、誰も気にする者は居ない。
「何処にも行かぬ……何処にも行かぬよ」
俺達は宿命に導かれた訳じゃねえにしても、偶々呉越同舟の運命共同体……一蓮托生にしても、それぞれにそれぞれの想いがある。
俺にも俺の想いがある。
例え平凡であれど、世界が輝いていた幼少を過ごした村での思い出が、嘗てあった筈だった。だが懐かしくも眩しい思い出は、今では総てが反吐と汚泥にまみれた。子供時代から一緒に過ごした恋人と姉と顔馴染みがいつの間にか変心し、信じ難くも有り得ない悪意と蔑みで裏切り、敵になる……そんな目に遭った奴に、幸せだった頃の思い出が残る訳もねえ。
選択出来るのはそんな思い出を全て捨てるか、封印するか、選べる方法はそれほど多くねえ。
報復に焦燥する幾千の眠らない夜を糧に、代わりに差し出した安らかな夢見を対価に、その他諸々の喜怒哀楽や感情、人間性、正しさを犠牲に手にした“最強”の称号……徒手空拳単独最強闘神のステータスが、このままじゃ無駄になる。
還り着かなければ意味が無い。
「……俺は今でも思うぜ、あの下種共に裏切られさえしなければ、一生をボンレフ村で終えただろうってな?」
「俺は取るに足りない、持たざる者として一生を終えれればそれで良かった……普通の生涯に満足して死ねりゃあ、御の字だ」
「でも、それはどうしたって有り得ねえ願いだ……信じている者に裏切られる辛さ、悲しさ、そしてどうしようもねえ怒り、それらを知った今となっちゃあ、もう有り得ねえ」
「……ひょっとすると、復讐を遂げて、奴等が自らの人生と生まれてきたことを後悔しながら死んでいったとしても、疾っくの疾うに壊れちまった俺の気が晴れることは無いのかもしれねえ」
「だがな、どんなことをしても俺の悲願だけは必ずや何がなんでも遣り遂げる、その為に俺は、還り着いてみせる」
ネメシスと違い、俺の望郷の念には復讐の二文字が付いている。
……俺が生きている意味であり、目的だ。
クレイジーで救いの無いダーティダーク・リベンジに生きる生涯そのもの、それが俺だ。
それが為、是が非でも還り着かなくちゃならねえ………
(シンディ師匠、私だけ実技補修と言うことは、ソラン殿達は愈々至尊金女様の御前に参じる段取りを決めたと言うことだろうか?)
(……なかなか蟣蝨ちゃんは鋭いね、何故そう思ったの?)
(私の生身の反射速度では、MEの戦闘域にはついていけない)
(う~ん、それはちょっと違うかな……加速していないステージでの射撃精度とか戦闘センスは根幹の部分で大事だよ、すごくね)
(結局のところ、そう言ったベーシックな技量が、クロックアップした光速ステージの超高速域でも物を言う)
このまま私が宙域戦闘の飛行訓練を続けても、決して実戦配備されることは無い筈なのに不思議な話だった。
きっと、シンディ師匠との別れも近い。
(まぁ、太元聖母宮だっけ、今探りを入れてるところだよ……ひょっとすると、四番目の泰山府君符強奪より先に、至尊金女様にお会いしに行くかもしれない)
インターフェースを持たない私にも操縦出来るように改造された特別機で、星系内だが宇宙空間に出ていた。最近は徐々にだが、独りで飛行訓練に出されることが多い。
無論、教官機が伴走飛行している。
パイロットスーツの右手首には、先日カミーラ王母から頂いた宙域戦闘機乗り、コスモ・ファイター用の万能クロノメーターが巻かれている……王母の居城であるウルディスにお邪魔したときに、サイバーリンク体を持たない自分を不憫に思った彼女が、ポジショニング測位システムの補助として下賜くださった逸品だ。
初めて知ったが、ウルディスには王母の眷属が犇いていて、この腕時計型5次元コンパスを捧げ持って来たのもウエンディと呼ばれる暗黒妖精だったが、同じ姿形、同じ名前のウエンディが200人は居ると言う話だった。
(もし蟣蝨ちゃんが至尊金女様側に付いて、妾達と敵対するなんてことになったりしたら……間違いなく死ぬよ)
(目的の為……いや好き嫌い、気に喰わない、不満足だってだけでも平気で大量虐殺するのが妾達の流儀だ、冗談でもなんでもない)
それからシンディ師匠の生い立ちを少しお聴きした。
さる国の王家の直系で、代々“勇者召喚”の恩恵を引き継ぐ血筋だったこと……、彼女が呼び出したサイコパス勇者が“魅了・催淫”の邪悪な能力を使い、ソラン殿の婚約者と実の姉、エルフの幼馴染みを寝取って非道を働いたこと……、ある日、反王政派の放った刺客に呆気なく外道勇者が誅殺されて仕舞ったこと……、復讐を誓っていたソラン殿が目標の勇者を掻っ攫われて、怒り狂って王宮に攻め入ってきたこと……、腹いせ、憂さ晴らしに国王親族一同、高位貴族、王宮の高官や近衛兵、魔道士儀仗兵、その日王城に居たことごとくが滅殺されたこと……、そして復讐の女神ネメシスの意向により、貴賓牢に隔離されていたシンディ師匠のみが生かされて、連れ去られたことだった。
(10歳の頃から一緒にいるんだよねえ)
(そんなこんなで、妾達は一種、運命共同体みたいな感じなんだ)
周囲の大人の言いなりになって生きた無意味な幼年時代だったと、シンディ師匠は自嘲した。
ソラン殿達は今も昔も、傍若無人で異常な集団だったそうだ。
だがそれ故、はっきりと自分の足で歩いて行くことを、奇しくも覚えたとも………
一方、ソラン殿が復讐のもう片方、裏切ったドロシーと言う仇達を捜しあぐねて、嘗てのワルキューレ別働隊、夜の眷属の統括リーダーであるカミーラ老師を頼ったこと……、巨城“ウルディス”でのマクシミリアンとネメシス王母の実験の失敗から異世界に飛ばされ、次元並行世界の漂流民になって仕舞ったこと……、その原因の一端はシンディ師匠にもあること……、なんとしても元居た世界に還り着かんと、暗中模索に日夜悪戦苦闘していることなどが淡々と語られた。
逆境も絶望も物ともせず、唯々つのらせた怨念が坩堝の中で煮え滾っている……ソランとはそんな男だと言う。
祟る怨念が祓われる為にあるのなら、つのる無念は霽らされる為にこそある……そうソラン殿は言ったらしい。
自分達は鍛え上げ、叩き上げられた生粋の戦士にして最強の軍事組織……阿鼻叫喚の無間地獄から単独で生還し、例え素っ裸で地雷原に放り出されるようなヒリつく状況でも平気で笑っていられる豪気の魂を宿す……それが闘うファム・ファタルとして宿命付けられた自分達なのだと、そう告げた。
残酷で身勝手で性格破綻者の自分達だが、ただひとつ、決してソランを裏切ることだけは無いのだと、まるで確定事項のようにシンディ師匠は告げた。
(氷のメンタル、鋼鉄の意思……そんなのじゃない)
(妾達はただ純粋にソランに随従する……それが全てだ)
(……カミーラ姐さんと初めて会い目見えたとき、姐さんの精神支配攻撃は妾達をズタボロにした、二度と同じ無残に陥らないよう、ソランは鉄壁のカウンター・マインドマジックのギフトをネメシス姐さんに請うた……対価として万劫末代、生々世々ソランは永遠に笑うことが出来なくなった、永遠にその笑顔は失われたんだ)
(朗らかにとはいかぬが、妾達は少なくとも好きな時に笑うことが出来る……だが、ソランにはそんな当たり前のことが出来ない)
ソラン殿が笑えなくなっているとは、以前にも聴いた話だったが、どうやらその起因はカミーラ王母だったようだ。
(ソランの悲願を一緒に歩み、必要不必要関係無く、同じ戦場を駆け抜ける道を妾達は選んだ)
(ソランには妾達を縛り付けたり、犠牲にするつもりはさらさら無い……女に振られた馬鹿な男が復讐をする、そんな痴話喧嘩にお前達を巻き込んだのは俺の不明だ、それを承知で付いてくるのならお前達は俺の宝であり掌中の珠だ、何がなんでもお前達だけは守り抜いてみせる、そうソランは言った)
無窮か無限か、永劫か……永遠に続く、乾くような強さへの渇望に喘ぎ続ける生き方を、自ら選んだのだとシンディ師匠は明かした。
無論、機械でもなければ無機物でもない自分達にも心があり、人として揺れ動くから完全なストレスフリーなど有り得ない。それでも己れの動揺を捻じ伏せて、敢然と殺戮も非道も犯すのだと、目的の為には無理矢理にでも己れの心を虚しくするのだと、そう言った。
17年しか生きていない筈の師匠は、既に修羅だった。
確かに彼女達は恐ろしく自分勝手だ。だが、その自分勝手さの中には虚栄心とか、本の一欠片の部外者意識も無い。高みの見物で済まそうとせずに、常に渦中の中心に居ようとする。
いつしか私は、彼女達のそんな在り方に魅せられていた。
覚悟も、高みを目指す羨望の尽きせぬ想いも、何も彼もが自分とは違い過ぎる。私は、分相応とは何かを初めて知ったように思う。
(兎に角、奪って殺す、殺して奪うが妾の日常になった)
(求めているのは最強の自分……その為には悪逆非道も辞さない)
(復讐を遂げた後も、妾達の旅がもし56億7000万年もの長きに渡り続くのならと、ダーリンはたったひとつだけ妾達に絶対の条件を課した)
(決して死ぬなと、妾達は誰一人欠けず死んではならない……妾達は何があっても生き残らねばならない、つまり“殺しても死なない”が妾達の最低限のデフォルトなんだ)
(その為には人としての当たり前の倫理観すら捨てる、強くなる為なら非道にも成り切る、躊躇い無く冷酷無情に徹する、だから敵対するなら容赦はしない……例え相手が蟣蝨でも、眉ひとつ動かさず殺すことが出来る)
(……それが妾達なんだ)
(妾達は皆、運命に導かれ、そして出逢った……だからかどうかは今のところ分からないし、世の中がそれを望んだかどうかもどうでもいいけど、人から生まれた新たなる魔王が、万が一にも人の味方であるとは限らない)
(56億7000万年先の究極の魔神王、ソランの手足にして不死で不滅で不死身の下僕、そして女……それが妾達だ、もし蟣蝨にその気があるのなら、妾達は喜んで君を仲間に迎える……実のところ、そうなったらいいなって、心から思っているよ)
***************************
翌朝、太元聖母宮への強襲作戦が発動された。
ただし条件は無血開城……何があっても殺すなと、堅くメンバー全員が戒められた模様だった。
私には手出し無用と、監視役が付くことになった。
いつも美味しいスコーンを頂いているアザレア大姐だ。
何かあれば私を即座に拘束するよう改装されたタンデムのMEが、特別仕様で準備された。文字通り電子で出来た棺桶だ。
「蟣蝨ちゃんには悪いけれど、全てが終わるまで余計な真似はしないで欲しいの……決して貴女の忠義を無碍にはしないし、ちゃんと貴女が進む道を選ぶ機会を残す積もりだから、少しの間辛抱して頂戴」
特別仕様のMEに搭乗する際に、アザレア大姐に諭される。
「……あなた方はいつもそうだった、何故一糸乱れずに、疑いもせず前へと突き進めるのですか?」
「う~ん、迷いが生じればそこで判断が遅れる、それが仲間の進退に致命的だったりすれば取り返しがつかないでしょ?」
「だからね、躊躇ってはいられないの……本当に間違ったときや、しくじった時の保険にアンダーソン様は時間巻き戻しの術式を展開されているけれど、それを使って頂くのは最後の最後、本当にどうしようもなくなったときだけって決められてるの」
「……仲間を守る為、自分を守る為、進む道を切り開く為、わたくし達は日夜研鑽しています、いつ如何なる時も後悔しないように」
バターのような黄色味掛かった短い金髪をヘアピンで纏め、ヘアバンドで押さえて支度しながら、アザレア大姐は説明して呉れた。
「……私はずっと独りだったので、少し羨ましく思えます」
「そう、じゃあここ数ヶ月のお茶の時間も無駄じゃなかったのね、良かった」
そう言って、アザレア大姐はなんの外連味も無い笑顔でにっこり笑いました……私には、それが少し眩しかった。
「アンダーソン様に、決して死ぬなと言われています……わたくし達は、例えこの先何が起ころうとも必ず生き残らねばなりません、つまり“殺しても死なない”は、わたくし達が進み続ける為の最低限の必要条件なのです」
シンディ師匠と全く同じことを言っていたのが、何故だか不思議と印象に残った。
デビルズ・ダークの強襲は、いつでも大抵電撃作戦だ。
相手が態勢を整える前に勝負を決する。
神速の高機動型超弩級要塞戦艦“バッドエンド・フォエバー”ごと、至尊金女様の御座します精霊天帝聖山経の真上に転移して来た。
同時にフルメンバーのナイトメア機が空挺降下を開始する。短めの電磁カタパルトで射出された瞬間にプロテクトギアとして架装されたビット端末を展開、大気圏内をものともせず光速戦闘モードに移行する。周りとの時間軸は完全に切り離されている。
天庭大陸の八方位に散って、天仙法師の軍事施設を制圧せんと上空から“時間凍結弾”を投下する。
バラバラと落下していくそれは、ベナレスにあった技術から開発したもので、時間を静止させるフィールドを展開する装置だ。
これにより、最古の浮遊大陸の武力を瞬時に無力化する。
太元聖母宮の奥の院の屋根や中庭に強行着陸して降機、緊急コックピット・キャストオフで飛び出すと共に屋内に突入し、突撃用特殊装備での索敵と排除のクリアリングに対象の至尊金女様の身柄を確保するまで、作戦開始から僅か5分と掛かっていない。
広大な浮遊大陸のほぼ全域が、既に自動的に拡散増殖する時間凍結弾に沈黙していた。
「不埒者、此処が何処か知っての狼藉であろうなっ!」
このような家宅侵犯のような形で再開するのは心苦しかったが、見目麗しくも神々しい至尊金女様のお姿は、お別れした6000年前となんらのお変わりも無かった。
漆黒の艶髪も、頬にほんのり薄桃色を掃くお顔もご健在だ。
お懐かしゅう御座います、密命を帯びて野に下った蟣蝨で御座います……そう声を掛けたかったが、今の私は強行襲撃犯の立場だ。
敵意が無いことを示すのに携行したⅥ式多用途ライフルの銃口を下に向けるが、特殊部隊用のヘッドギアを被っているとは言え、私の顔にお気付きになられないのは少し悲しくはあった。
「カナコ……カナコなのか?」
いつの間にか進みでられたネメシス王母が、至尊金女様に声を掛けられた……人違いだろうか、知り合いの筈はないのだが?
しかし、幾分かの間の後に至尊金女様は反応された。
「………誰?」
その後のアフターエピソードを綴っていく構成にしたら、何故か人妻や許嫁がシタ不倫や裏切りの顛末と懺悔話……なんてものになってしまいました
扱ってるテーマがそうだから当たり前なんですが、自分で書いていても人々の営みって本当に胸糞だなあって思います
愛し合っていた筈の男女が、何故裏切ったり、秘密を持ったりするのでしょうか……簡単に流されて、密通の肉体関係に溺れたりするのでしょうか?
最近ではそうじゃ無い場合も多いでしょうが、男女平等とは言え男性主導社会が長かったせいで女性の貞操観念が薄いのは謗られ易い
それが正しいことかは私には判断出来ませんが、出来れば世の奥様方は間違いを犯さないものだと、信じていたいです
ファム・ファタル=男にとっての「運命の女」というのが元々の意味であるが、同時に「男を破滅させる魔性の女」のことを指す場合が多い/相手が魅惑的であることを示す言葉に英語では“チャーミング”という言い回しがあるが、ここには魔法や呪いに通じると言う意味合いがあり、フランス語であるファム・ファタールも同様に両義性が含まれている/「新約聖書」「福音書」などに伝わるサロメは、イエスに洗礼を授けた洗礼者ヨハネの首を求めた、パロディーにより作為的に作られた代表的な悪女として古来キリスト教世界で名が知られ、19世紀末から20世紀初め頃の世紀末芸術において好んで取り上げられたモチーフであった
ソランに魅せられ、ソランに付き従う女達は、ソランが邪険にしないのを良いことにあらゆる性技を以ってして、愛を確かめようとする
無論、体力無尽蔵、身体強化無限大ゆえに“超”が付くレベルの精力絶倫である
甘藍=葉牡丹の別名で、作物的にはキャベツのこと
黍[キビ]=イネ科の一年草で穀物の一種/語源については、一般的には「和訓栞」などが説く黄色い実の黄実〈キミ〉が転じたもの/しかし「日本古語大辞典」では食実〈ケミ〉の意味、「日本語源考」では黄米の別音〈KiMi〉に由来するとしており諸説ある
漢字の「黍」は「説文解字」によると「黏〈ねばり〉あるもの」の意味があり、本来はもちきびを意味した/「稷」は本来はうるちきびを意味したが、コウリャン〈高梁〉を意味したとする説もある
稗[ヒエ]=イネ科ヒエ属の植物で穎果を穀物として食用にする農作物/日本列島、朝鮮半島、中国東北部といった東北アジアを中心に栽培される品種群と、中国雲南省を中心に栽培される麗江ビエの2大品種群に分かれる/日本ではかつて重要な主食穀物であったが、昭和期に米の増産に成功したことで消費と栽培が廃れ、現代の日本では小鳥の餌など飼料用としての利用が多い/最近では優れた栄養価を持ち、また食物繊維も豊富なことから健康食品として見直されつつあり、米や小麦に対する食物アレルギーの患者のための主食穀物としての需要も期待されている/しかし食用としては加工の困難さ等から高価な食材となっており、大麦やアワに比べて使用頻度は少ない
収穫した穀物は脱穀〈穂からの穀粒の離脱〉、脱稃〈穎の除去〉、精白〈糠層の除去〉を経なければ、食用とすることはできない/ヒエの場合、穂を叩いて脱穀した後の処理に伝統的手法として黒蒸し法、白乾し法があり、比較的歴史が新しいものに白蒸し法がある
木豇豆[木大角豆・キササゲ]=ノウゼンカズラ科の落葉高木で別名をカミナリササゲ、カワギリ、ヒサギとも呼び、生薬名では梓実〈しじつ〉と呼ばれる/中国原産といわれ、日本には古くに渡来して一部は日本各地の河川敷などの湿った場所に野生化している帰化植物である/かつては、雷よけになるとして城や神社仏閣に植えられ、樹皮は灰褐色で縦に裂け目があり、葉は大きく、幅の広い広卵形で、浅く3裂する/本種とその同属植物トウキササゲの果実は、日本薬局方に収録の生薬「キササゲ」で、これは梓実ともいい、利尿作用がある
空穂草[靫草・ウツボグサ]=シソ科ウツボグサ属の多年生植物の一種で日当たりのよい山地に自生する/草丈30センチメートルほどで地下茎を伸ばして殖え、夏に紫色の花穂をつけるが花が終わると褐色に変化して枯れたように見える/漢方でも使われる薬用植物で別名をカコソウ〈夏枯草〉、セルフヒールといって利尿や消炎に用いられる
射干[ヤカン]=アヤメ科ヒオウギの根茎を乾燥したもので、見た目は不規則な結節状を呈しており、表面は褐色~黒褐色で縮んで密集した環紋がある/断面は黄色で顆粒性が認められ、堅く、香りは薄く、味は苦くやや辛いとされている/太く丈夫で堅く、断面が黄色を呈する物が良いとされていて、現在は主に中国の河南省、湖北省、江蘇省などで生産されている/中医学的な薬効は、火を降ろす、解毒する、血を散らす、痰を消すなどで清熱解毒、消炎、利咽を目的に咽喉痛、咳嗽、喀痰、リンパ腫、腫れ物等に用いられる
檜扇[ヒオウギ]=アヤメ科アヤメ属の多年草で山野の草地や海岸に自生し、高さは60~120センチメートル程度で葉は長く扇状に広がり、宮廷人が持つ檜扇に似ていることから命名されたとされる/烏扇〈からすおうぎ〉とも呼称される/花は直径は5センチメートル程度で花被片はオレンジ色に赤い斑点があり、放射状に開く/午前中に咲き夕方にはしぼむ一日花で、種子は4ミリメートル程度で黒く艶がある/黒い種子は俗に射干玉〈ぬばたま・ぬぼたま・むばたま〉と呼ばれ、和歌では「黒」や「夜」にかかる枕詞としても知られ、烏玉、烏羽玉、野干玉、夜干玉などとも書く/和菓子の烏羽玉〈うばたま〉はヒオウギの実を模したもので、丸めた餡を求肥で包んで砂糖をかけたものや黒砂糖の漉し餡に寒天をかけたものなどがある
蛍石[フローライト、フルオライト]=鉱物〈ハロゲン化鉱物〉の一種で主成分はフッ化カルシウムの等軸晶系/色は無色、または内部の不純物により黄・緑・青・紫・灰色・褐色などを帯び、加熱すると発光し、また割れてはじける場合があり、この光って弾ける様が蛍のようだということで蛍石と名付けられた/へき開が良い鉱物で正八面体に割れ、モース硬度は4で、モース硬度の指標となっている/濃硫酸に入れて加熱するとフッ化水素が発生する/古くから製鉄などにおいて融剤として用いられてきたし、望遠鏡や写真レンズなどで、高性能化のための特殊材料として現在ではキーパーツとなっている/天然の蛍石は、古くは19世紀には顕微鏡などで使われている/中国医学では紫石英と呼び、鎮静・鎮咳薬として用いられるが地方によっては紫水晶と混同される/また中国では蛍光する蛍石を夜明珠と呼び、古くから宝物として扱われてきた/日本語での呼び方は「ほたるいし」という訓読みと、「けいせき」という音読みが混在しているが、後者はガラスの原料となる珪石と同じであるため混乱を避けるため訓読みされることが多い
赤石脂=現代漢方では含酸化鉄カオリン、白雲母源カオリン質粘土だが正倉院に残存している赤石脂からは本草にいう真の赤石脂が含鉄アルカリ性粘土であることが明らかになっている/蛍石と共に中国社会で強壮強精薬として知られる寒食散〈五石散〉の原料である
福禄寿=七福神のひとつで 福禄人〈ふくろくじん〉ともいわれる/道教で強く希求される3種の願い、すなわち幸福〈現代日本語でいう漠然とした幸福全般のことではなく血のつながった実の子に恵まれること〉、封禄〈財産のこと〉、長寿〈単なる長生きではなく健康を伴う長寿〉の三徳を具現化したものである/宋の道士・天南星の化身や南極星の化身〈南極老人〉とされ、七福神の寿老人と同体異名の神とされることもある/中国では、鶴・鹿・桃を伴うことによって、福・禄・寿を象徴する三体一組の神像や、蝙蝠・鶴・松によって福・禄・寿を具現化した一幅の絵などが作られ広く用いられた/もともとは福星・禄星・寿星の三星をそれぞれ神格化した三体一組の神で、中国において明代以降広く民間で信仰され春節には福・禄・寿を描いた「三星図」を飾る風習がある
反魂=死者を蘇らす方法は色々あるが、日本では泰山府君に強く結びついているのでストーリー展開で出てくる「泰山府君符」がどう関係してくるのかが気になる/泰山府君とは元々東岳大帝のことで、道教の神……泰山の神は冥界の最高神であり人間の寿命や在世での地位を司ると考えられ、泰山府君のもとには人の運勢を細かく記した「禄命簿」があったともいわれる/日本では陰陽道の主祭神でもあり、安倍晴明が使ったとされる陰陽道の最高奥義「泰山府君の祭」は「今昔物語集」に重病であった高僧の命を救ったと話が伝わっており、天皇の長寿等を祈る朝廷の重要な国家祭祀だった
鷓鴣[チョーク、コモンシャコ]=キジ目キジ科の鳥類で、中国では「中華鷓鴣」の分類名を持つが一般には単に「鷓鴣」〈チョーク〉と呼ばれ、別名に「越雉」「懐南」がある/中国南部、東南アジア、インドに生息し野生では熱帯・亜熱帯の灌木林や低地に棲むが、家禽として飼育もされている/雑食性でバッタ、アリ等の昆虫、植物の果実や、種子、芽などを食べることが多く、主に食肉用として飼育されていて鶏などより高価でスープの材料として用いる例が多い
火腿[フォートイ]=中華ハムのことで、有名な金華ハムはイタリアのプロシュット・ディ・パルマ、スペインのハモン・セラーノと並んで世界三大ハムのひとつに数えられている/既に唐の時代には、金華地方では豚肉の塩漬けが作られていたという記録があり、12世紀には南宋の将軍が戦場へ持っていく携行保存食品とするため火腿を作らせたという/切った断面が火のように赤いことから「火腿」の名がついた
臘腸[ラプチョン]=中華風ソーセージで中国原産の様々な種類のソーセージを指す総称、特に広東式ラップチョンが有名/新鮮な豚肉を使ったものから豚レバー、鴨レバー、七面鳥レバーなどを使ったものまで多くの種類がある/広東式ラップチョンの場合は豚肉と豚脂から作られる乾燥した硬いソーセージで、通常は燻製にして甘くしローズウォーター、酒、醤油で味付けする
神農本草経=後漢から三国の頃に成立した中国の本草書で神農氏の後人の作とされるが、実際の撰者は不詳である/個々の生薬〈漢方薬〉について解説したもので中国最古の薬物学書であるとされ、365種の薬物が上品・中品・下品〈上薬・中薬・下薬ともいう〉の三品に分類して記述されていて上品は無毒で長期服用が可能な養命薬、中品を毒にもなり得る養性薬、下品を毒が強く長期服用が不可能な治病薬としている
威霊仙=カザグルマもしくは類似種のテッセンの根を乾燥させたもので医療用漢方薬129処方中では唯一「疎経活血湯」に配合される稀用生薬/古来、関節リウマチなど膝関節が腫れ痛む疾患の特効薬として知られてきたが、カザグルマなどは絶滅種なので現代ではキンポウゲ科のシナセンニンソウ〈クレマチスの仲間〉が代用される
山茱萸[サンシュユ]=中国原産のミズキ科ミズキ属の落葉小高木で春先に葉が出る前に黄色い花を咲かせ、秋にグミに似た赤い実をつける/別名でハルコガネバナ、アキサンゴ、ヤマグミとも呼ばれ享保年間に朝鮮経由で漢種の種子が日本に持ち込まれ、薬用植物として栽培されるようになった/落葉広葉樹の小高木から高木で樹高は5~10メートル内外になり、枝は斜めに立ち上がり樹皮は薄茶色で薄く剥がれ落ちる/10月頃に赤熟した果実を採取し、熱湯に数分間浸してからザルに上げて種子を取り除き日干し乾燥させた果肉は生薬に利用され、山茱萸〈さんしゅゆ〉の名で日本薬局方に収録されている/強精薬、止血、滋養強壮、頻尿、収斂、冷え性、低血圧症、不眠症に効用があるとされる/民間療法では腎臓に力をつけてくれる薬草として知られ、膝と腰軟弱、頻尿の人に山茱萸一日量3~5グラムを水400ccで半量になるまで煎じ、3回に分けて服用する
瑞虫=瑞獣があるならば瑞虫があっても良かろうと作った造語……古来、瑞獣とは古代中国でこの世の動物達の長だと考えられた特別な四つの霊獣に代表され、瑞兆として姿を現すとされる何らかの特異な特徴を持つ動物のことだった
束髪冠=女性用は髪が多かったかして少し大きいが、男女共に登頂にお団子に結ったもとどりに被せる小冠のことで、ダイスカップ大の金銀細工のシニョンキャップとでも言えばお分かり頂けるだろうか?
绿松石=トルコ石のことだが、ここでトルコ石と言う単語は相応しくないので绿松石とした……ターコイズは青色から緑色の色を持つ不透明な鉱物でその色合いのために数千年の昔から装飾品とされてきた/純度の高いものは鮮やかな青色だが不純物に鉄を含むと緑色に近くなり、青色のものほど上級とされるがチベットでは緑色のトルコ石が珍重される
玉帯鉤=現代でのベルトのバックルに当たるが、その装飾性が高く工芸品としても美術品としても価値のあるものだったと推定されている
錦袍[キンパオ]=文字通り錦でしつらえた上着だが、“袍”と付くと漢服よりは満洲服、胡服の影響を受けた衣装の場合が多い
六博[リクハク]=古代中国のゲームで先秦時代には囲碁などと並ぶ代表的なボードゲーム……双六に似たゲームであったと考えられ多くの文献や出土資料が残っているが、そのルールはよくわかっていない/「博打」「賭博」の「博」はこのゲームに由来する/紀元前1世紀の海昏侯劉賀の墓から出土した5000枚ほどの竹簡のうち、あるものに「青・白」の2文字が出現し、また「詘・道・高」などの六博用語が頻出するため、これらが六博の棋譜であって「青・白」は駒の色を表すという説が2016年に立てられた/六博に使用する盤を「博局」または単に「局」と言い、博局は長方形または正方形で中央に四角形が描かれ、その四辺の外側にT字形が描かれている/「箸」〈ちょ、「博・箆・箭」などとも呼ぶ〉と呼ばれる6本の棒を骰子がわりに振って、出た目によって棋を動かしたが漢代では箸ではなく「煢」〈けい:「瓊」とも書く〉と呼ばれる18面の骰子を使うこともあった/煢には1から16までの数字が書かれた面と「驕」と書かれた面および出土資料により異なる字が書かれた面があり、この面がでると罰杯を飲まされたのだろうと推測されている……これまた創作であるが、本作に登場する煢は語呂の関係から14面にした
斗姥元君=中国の民俗宗教と道教における女神で、その名前は「北斗七星の母」を意味し天后〈天の女王〉とも尊称する/元始天尊の女性的化身で中国古代の道書である「霊宝領教済度金書」においては太上元始天尊は昼に先天の陽の気で玉皇大帝を化生し、夜に先天の陰の気で斗母元君を化生したとされる/また明代の神怪小説「封神演義」では易姓革命の際に殷に加勢して周に討たれた金霊聖母が姜子牙〈太公望〉によって「坎宮斗母正神」に封じられたとされている/四川省成都市にある青羊宮の斗姥殿で奉納された斗母元君の神像は四つの頭と8本の臂を持っており、后土の像は左側に、西王母の像は右側にいる/周囲には北斗七星、南斗六星と南極長生星君の神像が祀られている
糟糠の妻=光武帝が姉の再婚相手に太中大夫の地位にあった宋弘をと考え、それとなくお尋ねになった逸話の故事成語で………「ことわざに“高い地位に昇ったならば、つきあう相手はいまの地位にふさわしい者に代えるものだ、富裕な身になったならば妻はいまの立場にふさわしい者に代えるものだ”というが、人の心とはやはりそういうものかな」、これに宋弘は答えて「“貧乏をしていたころ知り合った友は忘れてはならない、貧乏暮らしで苦労をともにした妻は粗略にしてはならない”と私は聞いております」と答えた故事来歴/このエピソードを伝える「後漢書・宋弘伝」の記述は「糟糠の妻は堂より下さず」とあり、今日まで残っている/糟糠とは「酒かすと米ぬか」のことで粗末な食事の代名詞
プレッツェルディップ=日本で言う“松葉崩し”の体位は俗にプレッツェルセックスと称し、セックスポジションがあの捻れた菓子パンに似てるって言うんだけどどうだろう?
ディップは何、愛液のこと?
クローズドガード・ポジション=仰向けの下の選手と向かい合った上の選手との間を下の選手が脚で隔てていたり両脚で上の選手の胴や脚を絡めている状態の時、下の選手のポジションをガードポジション と言い一見不利な状態に見えるが相手の胴を挟み込むことで相手側攻撃を制御する/倒れた側〈ガードポジション〉が相手〈トップポジション〉の胴体を両脚で挟み、相手の背面で足首を組んで抑えている状態をクローズドガード・ポジションと言う
ギロチン・チョーク=首関節を極めるフロントチョーク、別名前裸絞/ポピュラーな絞め方はベーシック・ギロチンであり、立ち技にて前屈みにした相手の頭上側から頭部を右腕で抱え込んで右前腕部を頸部の喉にあて、左手で相手の右腕の肘付近上腕部を掴み、右手で自らの左肘裏または左前腕部辺りを掴み、その状態で右腕をやや上方へ向けながら首〈頚動脈や気管〉を絞めあげる/寝姿勢で掛ける場合は相手の胴へ自分の両脚を回して挟み込むクローズドガードポジションから絞める事が多く、こうする事によって絞めやすくする事と相手に逃げられにくくする効果を狙ったものである
フルネルソン=羽交い締めを首攻めとしてレスリングに応用した技で相手の後方から相手の両腋下から自分の両腕を差し入れ、相手の後頭部あたりで自分の両手を組み合わせて羽交い締めの状態としてそこから首の後ろで組んだ両手で相手の頭部を押し曲げて圧迫して攻撃する/ただし競技レスリングでは真後ろから攻めると反則となる
コンバット・ブローブン=戦闘証明済、この場合経験済と言うことだろうか?
ペンタクル=ある種の図形または物品の名称であり主として西洋魔術やウイッチクラフトで使われる/グリモワールなどの古い魔術文献にみられる「護符」〈アミュレット〉 やタリスマン の類で紙、羊皮紙や金属、石などの上に、「印章」〈シール〉とも呼ばれる魔術的図像が描かれる/「五」を意味する接頭辞があるにもかかわらず必ずしも五芒星は用いられない/六芒星を円で囲ったものを“ソロモンの印”という/黄金の夜明け団の流れを汲む儀式魔術で使われる四大元素武器のひとつは地のペンタクルといい、マルクトの四色〈レモン色、オリーブ色、あずき色、黒〉に塗り分けられた四分割円に白の六芒星が重ね合わされた形をしている
ベラドンナ=ナス科オオカミナスビ属の草本で、名称はイタリア語で「美しい女性」を意味する bella donna の読みそのまま……古くには女性が瞳孔を拡大させるための散瞳剤として、この実の抽出物を使用したことに由来する/一般的に全草に毒を含むが根茎と根が特に毒性が強く、また葉の表面にも油が浮いており、これに触れるとかぶれ〈ひどい場合は潰瘍〉がおきる/主な毒の成分はトロパンアルカロイドで摂取し中毒を起こすと、嘔吐や散瞳、異常興奮を起こし最悪の場合には死に至る
ムネモシュネ=ギリシア神話に登場する記憶を神格化した女神でウラノスとガイアの娘/ゼウスとの間に9人のムーサ〈ミューズ〉達、カリオペ、クレイオー、メルポメネー、エウテルペー、エラトー、テルプシコラー、ウーラニア、タレイア、ポリュムニアを生んだ
二十八部衆=千手観音の眷属の事で東西南北と上下に各四部、北東・東南・北西・西南に各一部ずつが配されており、合計で二十八部衆となる/二十八部に纏められたのは「千手陀羅尼経」にある前述の二十八部大仙衆や「金光明経」や「孔雀経」に説かれる二十八部鬼神大将や二十八部薬叉大将の影響であり、二十八という数字が重視されたのは二十八宿に由来すると考えられる
大宝積経=大乗仏教の経のひとつで120巻と各種の経典49部を集めたもの/西域僧である竺法護によって編纂・翻訳され、唐代の713年に菩提流志が再翻訳し完成させた/中国仏教においては「般若経」「華厳経」「涅槃経」「大集経」と共に大乗仏教五部経のひとつに数えられ、大蔵経の構成にも影響を与えている
無量寿経=原題はスカーヴァティー・ヴィユーハで「極楽の荘厳」という意味である/サンスクリット原典、チベット語訳、漢訳が現存し日本では特記が無い限り「無量寿経」というと漢訳「仏説無量寿経」の事を示し、浄土宗や浄土真宗では根本所依の経典とされる/漢訳はかつて古来中国に12訳が存したと日本では伝えられており、5つの訳本が現存し7つの訳本は欠本とされ、このように五存七欠十二訳が言われるがその史実性は疑われている
ヴァジュラダラ=金剛力士は仏教の護法善神である天部のひとつでサンスクリットでは「ヴァジュラパーニ」または「ヴァジュラダラ」といい、「金剛杵を持つもの」を意味する/開口の阿形像と、口を結んだ吽形像の二体を一対として寺院の表門などに安置することが多い/寺院の門に配される際には仁王の名で呼ばれ、また伐折羅陀羅〈バザラダラ〉、跋闍羅波膩〈バジャラパニ〉、密迹金剛、金剛手、持金剛とも呼ばれる
阿含教=最も古い仏教経典集〈スートラ〉であり、釈迦の言葉を色濃く反映した真正な仏教の経典ものとされる/阿含とは、サンスクリット・パーリ語のアーガマの音写で「伝承された教説、その集成」という意味である
リグ・ヴェーダ=古代インドの聖典であるヴェーダのひとつでサンスクリットの古形にあたるヴェーダ語で書かれていて、全10巻で1028篇の讃歌からなる/伝統的なヒンドゥー教の立場では、リシ〈詩聖・聖仙〉達によって感得されたものとされ、成立時期ははっきりせず議論が分かれるがおおまかに紀元前2千年紀後半〈1500~1000BC〉頃と考えられる
ヴリトラ=リグ・ヴェーダなどで伝えられる巨大な蛇〈アヒ〉の怪物で、その名は「障害」「遮蔽物」を意味し、その姿は蛇のほか雲や蜘蛛だとも描写される/ヴリトラはその巨大な体で水を塞き止めて山の洞窟に閉じ込めていたので、インドラは工匠トヴァシュトリが作った武器・金剛杵〈ヴァジュラ〉を用いてヴリトラを殺害した/ヴリトラがインドラに倒されると水が解放されて、雌牛の咆吼のような音を立てながら海へと流れていったという
ウルスラグナ=ゾロアスター教において崇拝される英雄神で、名は勝利を意味し、パフラヴィー語ではワルフラーンといい「障害を打ち破る者」を意味する/語源的にインド神話の神インドラの形容語ヴリトラハン〈ヴリトラ殺し〉と共通している
カピラヴァストウ=カピラ城とは紀元前4~6世紀頃に存在した小国あるいはその土地で、釈迦の出身地として著名である/位置については長らく忘れ去られ、学術的な裏付けのある最終結論が出ているわけではないが、いずれにせよ現在のインド・ネパール国境付近に位置する……と推測されている
ブランデンブルク門=ドイツ・ベルリンのシンボルとされている門で正面部はパリ広場の西側に面しており、ミッテ区に属している/高さは26m、幅は65m、奥行きは11mの砂岩でできた古典主義様式の門である/ベルリンはかつて星型要塞に囲まれた城郭都市だったが市街地の要塞外への拡大と要塞の軍事的価値の減少に伴い、1734年にプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルムⅠ世は要塞の廃止を命じ、その代わりに市街地全体を大きく取り囲むようにベルリン税関壁が設けられた/ベルリンから各地に向かう街道と壁が交差するところには14箇所の関税門が設けられ、ベルリンを出入りする物資に関税を課していたがブランデンブルク門もそんな関税門のひとつであった/名称はホーエンツォレルン家〈ブランデンブルク辺境伯からプロイセンの地を得てプロイセン王国の王、ドイツ帝国の皇帝となった〉がベルリンに遷都するまで、ブランデンブルク辺境伯国の首都だったブランデンブルクに通ずる道を扼する役割を担っていたことから名づけられた
トレビの泉=ローマにある最も巨大なバロック時代の人工噴水、元は古代ローマの水道の終端点でローマでも有数の観光名所となっている/クイリナーレ宮殿の西側、スタンペリア通り沿いのトレヴィ広場にあり、ローマ地下鉄A線バルベリーニ駅から徒歩圏内に位置する/バロック時代に造られた高さ25m、幅20mの噴水で、ポーリ宮殿の壁と一体となったデザイン/中央に水を司るネプチューン〈ポセイドン〉が立ち、左に豊饒の女神ケレース〈デメテル〉、右に健康の女神サルース〈ヒュギエイア〉が配置されている/これら池全体の造作はニコラ・サルヴィの原案でピエトロ・ブラッチが制作した
スペイン広場=イタリア共和国ローマ市の中心街にある広場で間近にあるスペイン大使館にちなんで命名された/広場にはトリニタ・デイ・モンティ教会へと続く階段、通称「スペイン階段」が接する/設計はフランチェスコ・ディ・サンクティスによるもので、1725年に完成/波を打つような形態はバロック的な効果をあげているが、映画「ローマの休日」で、オードリー・ヘプバーン扮する王女がジェラートを食べたシーンでもおなじみの場所である
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私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です
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