63.魅了眼の女/Bette Davis Eyes
紀元前二世紀頃に書かれた九章四十七条からなる「神異経」に語られた逸話のひとつに、“破鏡”の話があるのです……
ある恋人達が已むを得ない事情から離れて暮らさなければならなくなり、二人は鏡を割ってそれぞれの一片を持ち、愛情の証としました。
やがて女性は、別の男性と関係を持って仕舞います。すると、彼女が持っていた鏡の一片がカササギという鳥になり、遠くの恋人の所へと飛んでいったので、恋人は女性の浮気を知りました。
転じて“破鏡再びは照らさず”とは、一度破綻した男女の仲は決してもとに戻らないという譬えとなったのです。
星が瞬かない真空空間は久々な気がして、遠くを見詰めていた。
一際明るいあれは、周りの配置から白鳥座の一等星、デネブのような気もするが方位が違う……見知った星空と微妙に違う宇宙に他の知的生命体が居るか、一度ハイパー・フリズスキャルブに訊いてみる必要があるかもしれねえ。
(この外装、密閉の符と硬化の符で固めてあるだけじゃ)
(……よくこんなもので、無酸素の宇宙に乗り出そうと思ったもんじゃ、無謀にも程がある)
ほんの近場のここの恒星系を行き来するだけだが、木造の船舶で宇宙空間に繰り出そうと思ったこの世界の先人達の勇気を、褒め称えればいいのか、頭の螺子の緩み具合を疑ればいいのか、ちょっと判断に迷うが、何千年も前の航宙技術を未だに後生大事に踏襲してるここの奴等には、技術革命ってやつは永遠に訪れそうもねえ。
こうして星間航行の船の外装をチェックしてみても、あまりの稚拙な造りは脆弱で幼稚過ぎる。
(一応、気圧を保てるような空気結界があるようじゃな、一種の物理結界に近いかもしれん……しかしこんな薄い空気層じゃ有害な紫外線や宇宙線を遮断することは出来んじゃろ)
珍しいのかどうだか、同じ軌道上を回る兄弟星を行き来する航宙技術はどんなもんだろうと、実地検分するのに実際に俺とネメシスとで乗り込んでみた。
フリズスキャルブであらかじめ情報を得ちゃいたが、
……見事に笊だった。
もし公正な運送安全マネジメント協会みたいなものがあれば、絶対に認可は下りないだろう。
驚くべき陳腐さだった。
(樫に似た、石榴橿と言う木で出来てるらしい……龍山“雷沢”にしか生息しない硬く丈夫な樹木だそうだ)
(しかし、聞きしに勝るちゃっちさだな……船大工の腕は素晴らしいのかもしれねえが、こんな緩々じゃあ、いつバラバラになってもおかしかねえな)
(事故発生確率は?)
(不時着や、胴体着陸を含めると全航行の50回に1回、2パーセントってとこだろう)
(この仕様でか? 随分と少ないのお?)
(乗組員の巫術力が半端じゃねえってことだろ)
大気圏を抜ければ空気抵抗を受けなくて済む船体は、ずんぐりむっくり、樽とも卵ともつかねえフォルムだ。
引力解放の符で重力圏から脱出するので第一宇宙速度の推力は必要ねえが、如何せん巡航速度が遅過ぎる。
“華胥”老官台の公転速度が11万キロ、ほんの少し外側の軌道を約4ヶ月遅れで追い掛ける龍山“雷沢”もほぼ等速度だ。恒星が時計回りなのでここの惑星もほぼ時計回りで“華胥”が大体1年327日なのに対し龍山“雷沢”は332日、縦回転とまでは行かなくても地軸が極端に寝る独特の自転をしてるので、気候変動や季節が可笑しなことになってるのがこれから向かう龍山“雷沢”だった。
時計回り……道理でここの連中は左利きが多いと思っていたが、天体運行が生命進化に与える影響に着目したマクシミリアンが研究課題に取り上げたが、目下の優先事項は他にある。
アンネハイネは淑女教育で、専属家庭教師の選択科目に生命進化学を先行してたそうだが役に立つ知識は無かった。
船首部に獅子の絵と舷側に目玉が描かれた“進貢船”と呼ばれてる交易船が、公転軌道を反時計回りに進むのは時速8000里……多少湾曲した楕円航路を取るとはいえ、無事に到着するまで2ヶ月半は掛かる長い旅路だ。
因みに逆に来るときの往路は互いの公転面の位置関係から倍の日数が掛かるのに、ここの奴等は二つの星を足繁く行ったり来たりする。
揶揄する積もりはねえが、野蛮で稚拙的な原始時代だ。
推進器障害や機関故障、隕石衝突の座礁で本格的に行方不明になる事故は変わらず後を絶たないようだが、お構い無しに五頭身の住民は連綿と交流を続けてきたのだろう。
(見よ、この祠、航海の安全を祈願する媽祖が祀ってある)
酸素の無いところでは密閉の術式で誰も外には出て来れねえ人気の無い甲板に、小さな祠がある。
船内の環境を地上にあるときと変わらぬ空間として独立させる術式で、無重力状態を解決してるのは独創的だ。床に重力を発生させてる訳じゃなかったが、その代わり宇宙空間とは断絶されていて外を覗くことすら出来ないようだ。
(媽祖の御神体は単なるアトリビュート、神霊力の受信装置に過ぎねえ……刻み込まれた神字が常時発動し、船を守護している)
(しかしこんなもんで、降り注ぐ致命的に有害な不可視線や宇宙塵に因る摩耗劣化を防ごうなんざ、原始人のリスク回避はどんぶり勘定もいいところだ……まるで石器時代のアニミズムだな)
(惘れたもんだ……)
御神体に麗々しく供えられた果物や中華粽の供物を前に、ここいらでは鬼月と呼ばれる旧暦偲月に山間の寒村で迎えた清明節を思い出していた。
線香や金紙を燃やす盛大な煙で、普段は寂れた筈の盆地が異様な光景だったっけ………
高地ゆえなのか今の時期に梅が綻んでいた……古木って訳でもねえのに、梅の枝はどうしてああ上へ上へと尖がって行くのだろう?
(なぁ、オレンジ色の梅って、他にも存在するのか?)
(……あぁ、あの時の梅か、吾の植物図鑑データベースには、蠟梅とも違うあのような原色に近いカラフルなオレンジの梅は無かった)
(そもそも、動植物体系には吾等の世界の常識と僅かながら違いがあるようじゃ……6本脚の馬なぞ、四足歩行獣の生命進化ツリーに発生する必然性は皆無じゃろ?)
(じゃが、骨格と言い、筋肉の付き方と言い実にナチュラルな仕上がりじゃ……大いなる自然の配剤の賜物かの?)
梅は、華陽の兄夫婦達を隠棲させた山深い山村に咲いていた。
玉蝉も刎頸も地上から抹殺する気で叩いた。
ぼろぼろどころか、虫の息だろう……刎頸に至っては唯の一人も残さず徹底的に殲滅したので、この世に在ったと言う確かなものは何ひとつ残っちゃいない。
華陽をこのままメンバーに加えては遺恨を残すと、せめてもの埋め合わせに兄夫婦とその幼い娘を黄泉還らせた。
5年前に死んでいた嫁と娘は、その時点での思念体形成からしか再現出来ないので少し亭主より若い嫁、幼い娘になった。
真我霊界から溶けている個別の霊魂を抽出して再構成するのは結構難航したが、メシアーズの報告にあったのでベナレスにあると言う補助装置の助けを借りた。
無事に復元した後、地に伏して詫びた過去に間違いを犯した出奔妻は、静かに取り乱して頑なに己れの非を許そうとはしなかったが、嘗ての夫に抱き締められると徐々に貝のように閉じようとする心を開いていった。
シンディが手に掛けた華陽の兄も、不幸な擦れ違いの末に死に別れた嫁と娘(華陽に取っては義姉と姪か)もわだかまりが無いと言えば嘘になるが、家族の修復はこれからだ……俺が言うのもなんだが、遅過ぎると言うことは無い。
確かに男と逐電した嫁の罪は重いが、その懺悔を聴こうとしなかった亭主にも問題はある……不幸なボタンの掛け違えと思って遣り直すことは出来る筈だ。
俺の見る限り、少なくとも再会に涙した夫と妻の互いを慈しむ気持ちに嘘は無かった。
馬灘帝国“睡虎”を擁する大陸の華陀高原麓の寒村に、華陽の兄夫婦達に別の人生を与えて住まわせることにした。
本人達も、それを望んだ。
これから戦火に包まれるだろう鵡文過大陸とは別の、新天地に住まわせた方が安泰かと思ったのだ。
あまり何くれとなく準備すると過保護になり過ぎると、魔物忌避周波数発生装置だけ置くことにした……過ぎた祝福と加護の器物を与えれば、行く行く子々孫々に変な歪みが出るかもしれない。
あまり影響を及ぼし過ぎるものは控えた。
その程度はよかろうと、最初はセントラル・ヒーティングにオール電化、全自動抗菌トイレに源泉掛け流しの温泉付き山小屋を用意したんだが、丁重に辞退された。
腐っても“刎頸”で符術を修行した身、兄が大概のことに後れを取ることは無い……そう、華陽が口添えをする。
そうは言ってもこいつらの師匠筋や朋輩を皆殺しにした訳だから、この程度の埋め合わせじゃ吊り合いが取れねえと無理矢理押し付けようとしたが、為りません、と頑強に跳ね付けられた。
仕方がないから、向こう十年間は喰っていける保存食と金、暑さ寒さを凌げる便利機材や薬なんかの生活物資を用意して押し付けた。
最後はもう殆んど脅して賺して、押し付けた。
「今度こそ、幸せになってね、哥哥」
「見違えるほど背が大きくなりやがって、お前も元気でいて欲しいアル……何処に居ても俺達は兄妹アル」
戦闘用バイオノイド・ボディに換装してる華陽に比べれば、兄貴は頭ひとつ分以上低い。
「姐姐も哥哥を支えてあげて欲しいアル」
二度と裏切らないと誓った嫂子にも華陽は向き直る。
兄嫁は涙を流して背伸びすると、黙って華陽をハグしていたが、彼女が腰を折ると、矢張り泣きながら頬擦りしていた。
「青青もいい子でいるアルよ」
村に来た時に帯解き七つの祝い節句を、村の道教寺院で挙げて貰った際、華陽は可愛い姪に自分の前世の幼名を贈った。
以来、この子は青青と呼ばれている。
華陽は前世で不倫に狂った母親を糾弾し、浸猪籠の極刑に自らの手で葬った……それが悲しくない過去である筈はなかった。
愛人に溺れた母親は、もう夫も娘も愛していないと言ったそうだ。
裁きに依るとは言え、母親殺しは華陽の呪いの枷となり、軛となった……その目に見えない呪縛は、心を蝕み、徐々に殺していく程には重かった筈だ。
子を捨て、男に走る母親の心理は理解し難い……腹を痛めた我が子を顧みず、家庭を置き去りに身勝手な愛欲に生きる女の心理を分析しても、それを許す気には到底なれない。
俺のお袋がそんな人非人だった、親父がひた隠しにしていたのも分かるような気がする。
無事に俺がボンレフ村に還り着くようなことがあれば、一度親父を問い詰めてみなけりゃならねえ。
いや、残してきた俺のドッペルゲンガー……コピー・アバターが代わりに問い詰……あいつにはオーダー以外に自由裁量を許しちゃいるが出過ぎた真似はしねえかもしれないな。
とまれ、壊れてしまった親子の関係を修復してなんになる?
華陽がどう思っているか気にはなったが、敢えて訊いてみることはしなかった。
兄夫婦とその一粒種、青青との別れを惜しむ谷間に、梅の香が唯ただよっていたのを思い出す。
瞬かない星空の深淵に、あの谷間に咲き誇っていたオレンジ色の派手な梅を幻視していた。
“バッドエンド・フォエバー”に充てがわれた華陽の自室には、60K解像度で4D表示のウルトラシャープ・デジタルフォトフレームが置かれている。
この時に撮った一家の写真が、スライドショーの自動再生を繰り返していた。
……先は分からねえが、俺達と来るしか選択肢の無い華陽は、もう二度と再び兄一家とは会えないだろう。
「ようも次から次に見事に女だらけじゃのお、ご主人様は本気でハーレムを造る心算であろうか?」
「いっそ、“デビルズ・ダーク”改め、“ソランズ・牝ハーレム”とでも名前を変えるか?」
「いや、それ困る、妾が襲撃するチャンスが減る!」
カミーラ姐さんが、誰もが思ってるのに口に出来ないことをズバリ言ってしまったので、メンバーの粗方が一瞬キョドッていた。
シンディ先輩は相変わらず自分の都合しか考えていない。
卵巣摘出など配偶システムの多様化した社会出身の僕は、擬似軍隊と言った特殊な環境下で暮らしていたから一般的なハーレムと言ったものを知らないが、僕等の世界では一夫多妻制の重婚、複婚、所謂ポリガミー或いはノン・モノガミーと言った繁殖行動も個人の自由と言う権利を保障されていた。
マルチ・パートナーな関係のオープン・リレーションシップと、全てのパートナーの同意を得て複数のパートナーとの間で親密な関係を持つポリアモリーな状態への理解もある。
処女性や禁欲、単婚配偶制度、或いは性的衝動の不自然な抑制や敬遠に特別な意味は無いとする社会通念が僕とアンネハイネの居た世界では正しい常識だった。
ボスのハーレムが自由恋愛主義的コミュニティとして互いに信頼し合える密接な関係を築けているかは別として、窃視症や露出症(見られックスや常習的青姦愛好者)、羞恥プレイ、緊縛SMと言った倒錯特殊性癖のメンバーも居て、互いを尊重するにもなかなか一朝一夕には行かないが、少なくとも慣れることは出来る。
大体、人類は猿から進化した段階では雑婚、詰まり限りなく無秩序な集団乱婚制だったと行動生物学のフィールドワークで実証されているし、僕だってデザイナーズ・チルドレンの強化体訓練兵時代に相棒だったボールジーンと一緒にグループセックスを経験している。
でもでもでも、僕だってボスを独占して、しっぽり二人っきりで熱烈セックスしまくりたいっ!
「ほれ、垢穢のちゃんこ鍋じゃ、ネメシスが高級魚じゃと自慢しておったが、取ってつかわすから遠慮のう堪能せい」
「大体、華陽は食事に疎くていかぬ、もそっと食を楽しめ、美味そうな顔をして喰えばそのうち心も晴れる」
華陽と蟣蝨の歓迎会と言う名目で、大要塞、天翔けるコフィンこと旗艦“バッドエンド・フォエバー”の和定食コーナーで、吟醸なんとかとか、純米なんとかと言うライスワインも振る舞われた無礼講(いつものことだが)の宴会になっていた。
別ミッションで留守にしているボスと本妻、ネメシス姐さんに代わって愛しのカミーラ姐さんが場を取り仕切っている。
僕にドロドロのヴァーチャルSEXを手解きして呉れたのがカミーラ姐さんだったから、ボスの次に結婚したいと思っている。
でも普段の強化教練ではズタボロになった僕に情け容赦無く追い込みを掛ける……もうこれ以上遣ったら死んじゃうってところで、平気で脳天踵落としやレバーブローをお見舞いしてくる。
……そんな無情で冷酷なところも、好き!
「じっ、充分に頂いてるアルな、こんな御馳走初めてアルからお腹が面食らってるアルよ」
「食べ慣れぬなら、満漢全席の四八珍料理や点心、飲茶の類いも準備出来る、遠慮なく申すのじゃぞ」
大体、蟣蝨の新兵訓練の指導教官をシンディ先輩が担当したのと同じように、華陽の担当を僕のカミーラ姐さんが請け負うことになったので依怙贔屓されてるのが、実に羨まけしからぬ。
アンネハイネはまた違ったアプローチだったらしいが、僕の時は歓迎会なんて無かったし……だからって言って臍を曲げる程お子ちゃまじゃないが、僕は暫く“ウンコたれ”って呼ばれてたんだぞっ!
僕は折敷に並べられる会席膳の宴会料理(お運びさんって呼ばれてる自動サービングシステムが持ってくる)、真魚鰹の酒盗焼きや椎茸印籠煮、白瓜の白和えの先付けや煮物、碗物鯛尽くし、文蛤の真丈、鰯の卯の花和え、姫栄螺旨煮、揚げ物に鞘巻や鯒の天婦羅を次から次にヤケ喰いしていた。
お造りは大好物だ。ここの大トロと鯛、鮃、貝尽くしの刺身定食も毎回飽きないが、向付けの繊細な牡丹海老、蒸し雲丹、新鮮なスッポンの肝刺し、帆立に北寄貝なんかの味わいは至福だ。
醤油と言うソースもこれしかない相性だが、山葵が凄い……山葵を発明した人は天才だと思う。
あの頭に突き抜けるツーンとした刺激を伴う辛味に出会えて、僕は本当に幸せだったと思う。
ソランの……ボスの刺激は山葵に似ている。
初めて組み敷かれ、押し倒された時、恐れ慄き、怯えた。
こんなにも大きな悲しみに打ち拉がれた魂を見たことが無かったのと、その射込むような激しい光を宿す瞳に何も彼もが見透かされているように思えたからだ。
僕の弱さや狡さ、本当は癒されたいのに我が儘で意地悪、そしてちょっと気を抜くと本来のコミュ障な部分が表層に出て来て仕舞う……何より僕の中身が空っぽなんだって、知られたくない事実を見破られて仕舞うような気がした。
ミステリアスで、ヒリヒリするようにいつでも危険と隣り合わせの男……山葵のような甘美な刺激と突き抜ける快楽に、僕の股間は一遍で痺れて、虜になった。
「隣接するセントラル・キッチンは、ネメシスがプロデュースしただけあって、大抵のことには何でも応えられる、食に関して言えばどんな無茶振りもどんと来いであろ」
特殊装甲車両や移動ビークル、シーサペントやモビーディックの艦船への配膳用ケータリング装置、ダムウェーターに定番の機内食を転送してくるのは、ここのセントラル・キッチンだった。
「僕は、山葵の懐石フルコースが食べてみたい」
「……特殊性癖の安本丹はほっといて、華陽は何かリクエストがあれば言うのじゃぞ」
特殊性癖、言ったああぁぁぁぁっ!
なんなんだ、この地域格差のような明確なインフレターゲット差別は、僕はグレるぞ! 泣くぞ、コンニャロウ!
「華陽さんの話し言葉の語尾は、なんでアルよなんですか?」
アンネハイネ、それでも気を使って話題を変えてる積もりか?
お前とは同期の筈だろう、一緒に扱きの愚痴を言い合った仲じゃないか……さりげなく僕のぐい呑みに酒を注ぎ足すのはやめろ!
惨め過ぎて思わず呑んじゃうだろう、呑んじゃうからなっ!
ウッヒイイッ、ウッフウゥ……こんな日は、麦焼酎の山葵トニックで、絡み酒がいいかもしれない。
取り敢えず、お姉さん、お銚子お代わり!
「聞けば蟣蝨様は至尊金女様にお使えする身、太元聖母宮がある浮遊大陸“精霊天帝聖山経”は、私共下界の下々は目にすることも叶わぬ天上界アル……天界と下界では使う言葉も違うアルな」
「私達が使うのは、粗俗的方言って言ってるアルよ」
「労働者階級、底辺の港湾労働者やらの使う訛りのある言語と、上流社会の発音が違う……なんてのは良くある話かもしれんが、そもそも体格が違うのはどう言う理由があるのだ」
そりゃあ、鬼のビヨンド教官様は自分じゃ過小評価してるけど、背が高くてスタイルも抜群に良いもんな!
でも寝取られ願望のエッチな特殊変態プレイ、仮想集団陵辱をヴァーチャルで遣ってるって公言するのはどうかと思うな!
まあ、過激に犯されるエッチが好きなのはお互い様でシンパシーを感じるから、応援はしとくけど!
「初代の至尊金女様が下界に民草をお創りになられた時に、争いの無い世を願って愛らしい姿にしたと聴いております」
んんー、蟣蝨ちゃんは良い子、未だにトイレの便器に腰掛けらんなくて、便座の上に乗っかってしゃがんでるってのは、黙ってってあげるからね……僕達だけのヒ・ミ・ツ!
お姉さん、今度は焼酎のお湯割りくださいなあ!
「エレアノールさん、ペース早いですよ、もう少し抑えて貰わないとまた修羅場になっちゃいますから」
んー、こしょこしょ何喋ってんのアンネハイネ、どうせネメシス姐さんが居なくても最後は修羅場になっちゃうんだから、先に酔ったもん勝ちっしょ?
「この間も国宝級だって言う漆椀や、古伊万里とか言うお茶碗や鉢を一杯壊して、こっぴどく怒られたじゃないですか」
えぇ~、だってあれはセントラル・キッチンが調理の度に器も再構成してるんだよ、怒られる筋合い無くない?
「奥の間の掛け軸や、床の間の置き物とか花瓶なんかも沢山ダメにしましたよね」
「中庭の設えの手水鉢、壊しちゃったの忘れたんですか?」
こまけえこと覚えてんなよ、詰まんねえことにいちいち神経使ってっと、男も知らないのに生理不順になっちゃうぜ?
それより、このボディだと本人が望まないのに状態異常復旧始まっちゃうから、酔えるうちに酔っとかないと損だぜ!
ほれ呑め、やれ吞めとアンネに無理強いして巫山戯てると、他からはいつものことだと見て見ない振りされた。
無視すんなよっ、暴れるぞ!
「お兄さん夫婦とお別れしたんでしょ? 」
「ちょっとお兄さんトラウマになってたみたいだから、敢えて妾はあんまり話しかけなかったんだけどさ」
「お気遣い頂いて謝謝アルな、兄も己れの未熟さを思い知ったアルから、それ以上気にしないで欲しいアル」
シンディ先輩ってば容赦なく対戦相手を殺しちゃうから、華陽の兄さんって人も瞬殺しちゃったらしいんだけど、心情的にあんまりにもあんまりだから男と逃げて死んじゃった奥さんと娘もまとめて生き返らすことにしたんだって。
ほんと闘ってる時のシンディ先輩って、悪鬼羅刹も吃驚の脇目も振らない阿修羅神だよな。
アンネ、お前もそう思うだろう?
えっ、私の名前はアンネハイネだって……いちいちこまけえこと気にすんなよ、お前と僕の仲だろう?
「……姪御さんに自分の前世の幼名を上げたんだって?」
「ネメシス姐さんの大賢者データベースに依ると、“白蛇伝”って民間伝承から派生した戯曲にヒロイン、白娘子が登場する……この者の眷属で小間使いだったのが小青……愛称、青青だった」
「……華陽の昔の名前でしょ?」
わぉ、今明かされる衝撃の真実ってか……でも今その情報、必要っすか、シンディ先輩? まったくこの人は空気読めないよな、お前からビシッと言ってやれ、ビシッとアンネハイネ!
えっ、僕? 僕は駄目だよ……カンチョーって叫んだ先輩に、お尻に指を突っ込まれてからシンディ先輩は鬼門なんだ。
あぁ、アンネハイネも犬に噛まれた被害者だったね……今日は存分に同病相憐れもうな。
もし独り寝のセルフ・プレジャーが淋しさMAXなら、一緒に同衾して添い寝してもいいぞ?
「第二のフリズスキャルブの為に、“ハーミットの水晶”を再構築した際、自前用に予備を設けた、手許に残したひとつは未来予測に特化したものだ」
「華陽、お前の兄夫婦の生涯は平穏で慈しみの中に祝福されるだろう、とだけ伝えておこう」
「兄達も、あのような平和で穏やかな村に住まわせて貰って恐縮してるアル、感謝してもし切れないアルな!」
カミーラ姐さん、水晶占いも出来るなんて、素敵!
「それで、貧乏な村娘を買い叩いて仕入れる女衒のようにニタニタと笑いながら、アンダーソン様は晴れて華陽さんを騾馬のように縄で引いてきたと?」
「えっ? いや、そのようなことはないアルな!」
なんだか少しご機嫌斜めのアザレアさん、言い方が辛辣だなあ?
メンバーの中では一番温和で、意地悪なんかしないのに……
なんて思ってたら、冷え冷えとした空気が伝わって来た。
万年氷のような冷気を放つカミーラ姐さんだった……あっ、これはもしかしたら酔い覚めちゃう奴かも!
「アザレアよ、正可と思うが、主様が笑えなくなっておることを、よもや忘れた訳ではあるまいな?」
静かな言葉だったけど、カミーラ姐さんの金色の瞳は見る者の魂を凍り付かせるような妖しくも隔絶した瞋恚が込められていた。
真っ黒い焔がゆらゆらと揺れているようだった。
ペナルティ・イスカって言う戦闘特化のワルキューレ、歴戦の特攻隊長とか言うホムンクルス体のバトル技能と闘争の記憶を引き継ぐアザレアさんが、赤子の手を捻るように居竦められていた。
「究極のサイコアタック・キャンセラーのスキルと引き換えに、ソランは未来永劫、永遠に笑えなくなっておる」
「知らぬ訳ではなかろう、他ならぬお前達の為にソランはそのスキルを欲した……謂わばお前達の為に、ソランは屈託のない笑いを犠牲にしている」
真っ青になったアザレアさんは、すぐに自分の不明を詫びた。
深々と腰を折って頭を下げた。
もとより心得ていた筈なのに、女性が増えていく現状を憂えて心の目が曇ったと言い訳してた。
本当にボスのことが好きなんだな。
「……アザレア、主様が唯の女好きで、気に入った者を傍らに侍らせていると本気で思うのか、違うであろう?」
「彷徨える孤独な餓狼のような魂を、世の中に背を向け孤立した魂を救い上げている筈じゃ、主様はの……」
カミーラ姐さんは多分口にすべきか迷ったんだろうと僕は思う……一旦言葉を途切らせた。
「唯只管に……、愚直な迄に真っ直ぐに……、綺麗事を言って誤魔化さず……、手段を選ばず……、時には殺戮者になってまで……、例え狂人と蔑まれようとも倦むこと無く、己れの復讐を完遂する」
「例え何十年、何百年掛かろうとも、時を遡ってでも、己が信念を以って目的を遂げるだろう、だが大願成就の暁に」
「アザレア、ビヨンド、シンディ、お前達と何事も無い落ち着いた暮らしを望むと思うか?」
んー、想像付かないや?
でもきっと自分の手は血に染まっているなんちって、一般的な幸せに背を向けそうだね、僕のハズバンドは!
「故あって主様に付き従うお前達に問おう、貞女とは何か?」
誰もがすぐには答えられそうもなかった。
そりゃそうだろう、僕は違うけど、多くのメンバーが肉欲丸出しで不設楽チャンピョンの過去と現在を持ってる。
欲望に正直でセックスが生き甲斐なんて、キモ過ぎてなんかちょっと恥ずかしくねえ?
「……相手を、裏切らない?」
おっ、スタンダードで来たね、アンネたそ、処女なのに。
えっ、ネメシス姐さんのおたくサークル、漫研サブカルチャーのマニアック要素に気触れ過ぎだって……僕は、学生時代の姐さんの同好会はアニメ談義と乱パで朝ちゅんする、ヤリサーって聞いたよ?
「此方らの場合は、それでは足りぬ」
「未来永劫、主様と共にあり、主様に付き従う……その為には不死になり、神にも悪魔にもなる」
「此方には56億7000万年の果てに、魔神王として君臨する主様を見定めるまで、お側にお仕えする不変の誓いがある」
「そは、遥かなる果てに遍く世界を整合する、万能神と造物主がお与えになったたったひとつの希望」
56億7000万年かぁ、ちょっとひくわぁ……
「人知れず、また称賛されるでもなく、辿り着くべき遥かなる彼岸の彼方、未踏の十万億土に立つときに正気のままでいられるかも分からない、だが間違いなく己が闘争と忠誠は誰恥ずることなく、純粋で真っ新なのだと誇れることを、此方は疑っていない」
「寄り添う此方の眼差しに、一点の曇りもあろう筈はない」
「……お前達に、同じ覚悟はあるか?」
「無ければ、今ここですることだ……お前達は既に修羅の長い道程の入り口に立っておる、途中で降りることは罷りならぬ」
わあおぅっ、イチ抜け駄目なの?
僕、将来のこと真剣に考えていいかな?
「決死上等、安本丹は此方の眷属として一蓮托生じゃ」
あれれれれえっ、なんでカミーラ姐さん人の考えてること読んじゃうのかなあ……怖いんですけど?
「うちの安本丹は此方が責任を持って真人間に矯正するでな、皆が気に病む必要は無い」
「56億7000万の長い道程を駆け抜ける必死の覚悟は、此方の裁量で叩き込む」
ええええええぇっ、なんで僕がカミーラ姐さんの身内みたいな言い方されてんのおおっ……小躍りして喜べばいいのか、恐怖に震え上がればいいのか迷っちゃうじゃん!
うふっ、でもちょっと嬉しいかも、えへへっ♡♡
僕がカミーラ姐さんと、女指揮官と女新兵、禁断の母と娘の許されない爛れた関係になるなんて、最強妄想シチュじゃないですかあ!
じゅるっ、おっとヨダレがっ、でへへへっ♡♡
「ふむっ、既にイカれて仕舞っておるか、他愛もない」
「よし、皆の者、これより此方が居城ウルディスの古代浴場に向かう、第二回オッパイクィーン・コンテストの開催じゃ……このイカレポンチの胸は好きなだけ揉み倒してよいぞ!」
歓声を上げる皆んなが胴上げのように僕を抱え上げると、刑場に繰り出す十字架に張り付けられたスケープゴートを晒しものにせんと、猛然とダッシュを開始した。
あぁ、強姦っ、強姦されちゃうの、僕!
こうして僕は、目眩く酒池肉林、凌辱輪姦のオッパイ・コンテストに連れ去られたのだった……To be continued
***************************
龍山の王陵天文壇に連なる飛行員として勤めだし、八年目の鄭淑は交易渡空船、“進貢船”の首席航路長の地位を勝ち得ていた。
将来を嘱望される花形のお役目だった……親族間でも鼻が高い。
順風満帆かと言えば、女性関係が最悪だった。
同じ親密な氏族同士、世襲の領航士を生み出す楊一族の竹馬の友、幼馴染みと縁あって将来を誓い、禮記六礼の納徴まで済ませ正式に婚約していた。
だと言うのに幼馴染みの聞紅玉はあろうことか私の目の前で密通を犯し、婚姻はご破産になった。
元々龍山杭州は渡空船航路技術の盛んな地方だった。
造船も、星読みの占星儀の作成や天文技術に関するあれやこれや、船を動かす符術式専門の職能集団がそれぞれに工房や宿坊、後継育成の国子監などが集まり、犇めいていた。
紅玉の聞家は、良く領航士を輩出する楊一族の分家筋だったし、私の彭家は代々飛行員の家系だったこともあり、幼い頃より良く行き来をしていた。
腹掛け一枚で水遊びをしたり、雑技団の曲芸を真似た功夫で柔术の組み技ごっこをしたりと男女の意識が芽生えるまでは、お互い可成り子供っぽかったのを覚えている。
長じてから憎からず想い合っているのが分かり、一緒になることを誓い合って、口吸いをしたのは初々しい思い出だ。
龍山杭州は古い土地柄で、未だ男尊女卑の思想が色濃く残り、女は子を成してこそ女であるとした“女誡”、“女論語”と言った書物が引き継がれている。
同時にまた多子多福を尊ぶ、螽斯信仰も盛んだ。
螽斯とは古い言葉でキリギリスのことだ、キリギリスのように沢山の子を産む願いが民間信奉と言うか、土着的な易経卜辞として深く根付いている。
“長生不死、修道成仙”を尊ぶ道教保精思想と言うものがあり、我が彭家にも際限の無い欲望を厳しく禁じ、男には保精して欲を抑えることを奨励している……これをして節欲と言うのだが、一方健康で長生きするためには做爱は沢山するのが良しとされた。
無論、射精はなるべくしないのがいいので、男は成人すると一族のそう言う役目の女に接して漏らさずの養生訓の手解きを受ける。それはそれは、手を取り足を取り色々な房中術の技を教え込まれる。
だが紅玉とそう言うことをするのは婚礼を終えてから、そう思っていたのが良かったのか悪かったのか、今でも分からない。
星渡りの船が係留する着岸桟橋の街を玉門関と呼び、関所を兼ねているが、交易都市喀什は龍山“雷沢”側の玉門関のひとつだった。
一航行終えて、喀什で羽を伸ばしている夕暮れ時だった。
さてこれから軽く一杯やろうと、飛行員の仲間と酒場に繰り出して見ると胡乱にも紅玉の姿を見掛けた。
同じ職場に勤めていても他の航路に出るとは聞いていなかったし、不審に思った。
しかも一人じゃない。
見知らぬ男と一緒だった……何か予感めいたものがあって、連れ立つ仲間には当たり障りない理由で誤魔化して別れ、後を付けた。
带进宿に嬉しそうに入っていく紅玉の表情に、目の前が真っ暗になった。嘘だろっ……信じたくはなかったが、私の許嫁が私を裏切っていたのを知った瞬間だった。
半年も会えないと、6ヶ月前の出航の時に泣いて別れを惜しんだ涙が演技だったとは考えたくなかったが、男と腕を組んで带进宿に消えて行く、頬を桃色に紅潮させてケラケラと笑う紅玉の素振りは見るからに楽しそうだった。
見たことのない相手に興味を覚え、带进宿の奶奶做に交渉して、気付かれないよう二人の様子を覗ける隠し戸棚に案内させた。
「鄭淑さんのは視たこと無いので想像だけど、きっと鄭淑さんのより全然大きくて硬いアルな、その反り返ったの早くぺロペロ舐めさせて欲しいアル、頬張りたいアル」
「まてまて、主腰児と膝袴を脱いで裸を見せるといいアルな、いつもみたいに袴児も取って阴部を弄って見せるよいアル」
「分かたアル、紅玉のスケベなとこ一杯見て、愛しくて凛々しい亀さん早く勃起させるとよいアル、激しく突っ込んで欲しいアル!」
「哎呀アァッ、気持ちイイ種付け交尾早くするアルッ!」
私は何を見せられている……私は、紅玉の下着姿ですら見たことが無かったのに! 二人の会話、二人の目を覆う赤裸々な痴態が目の前で繰り広げられていく……紅玉はまるで、そうまるで最低の娼妇のように自ら股間を蛙か何かのように無様に広げ、男の腰を咥え込んだ。
仕舞いには絶頂の叫びに、イクッイクッイクッと断続的に尾を引いて甲高い嬌声を上げた。
婚儀の前に、幾らなんでもこれは無い!
「アハァッ、私の可愛い子羊ちゃんの阴茎は天にも昇るぼど気持ぢ好いアルなあっ!」
「太く長い巨根で陰戸をジュッポン、ジュッポンっで突がれると、紅玉のぉ花芯を深く抉ってえ、また気を遣るアルよお!」
「ンハアァ、好き、好き、しゅきいいっ、この硬くて太い摩羅が大しゅきアルなっ!」
「お前は本当にどうしようもない養亀好きな偷吃女アルな、婚約者が居るのに平気で淫心を起こし、こうして昼間っから帯を解いて浮気相手と盛ってるアル……許婚に悪いと思わないアルか?」
「ンアッ、ンフウゥッ、バレなければいいアル、バレなければ」
「鄭淑さんは善い人アル、小さい頃からずっと一緒にいて、紅玉は愛してるアル、結婚して幸せな家庭を築くアルよ……でも、それとは別にあの人を裏切ってする肉欲交歓が思った以上に痺れるほど背徳的な悦楽で、やめられないアルね」
「だからいつもみたいに假阳具を肛門に突っ込んで串刺しにして欲しいアル、両方で突かれて天国に逝きたいアルよ、紅玉は本当にデカ摩羅好きな阴部女アルウゥ!」
何を言ってるんだ、この女は……前からずっとこんなことを思っていたのか? いつからだ、いつからこんな不修多羅な女になった?
「女遊びの軽い気持ちで寝取った俺が言うのもなんだが、未来の亭主さんが気の毒過ぎて、可哀想になってくるアルなあ」
「ズルした摘み喰いの男が、真面なこと言っても駄目アルな」
「ウウゥッ、鄭淑さんとの初夜には覚えた色々な技で楽しませてあげたいアル、鄭淑さんだってきっとその方が喜ぶアルから内緒の浮気養亀だって、充分役に立つアルよぉ! それを思うとまたっ」
「……またイグッ、イグッ、イグウウゥゥゥゥッ!」
なんて淫らな女なんだ!
見知ってる筈の幼馴染みなのに、平気で裏切って恥ずかしい気を遣って……婚約は解消することになるだろうが、最早怒りを通り越して軽蔑すら生温く感じた。
「沢山々々、もっともっとイヤらしい浮気子種汁で人渣情色の尻軽な子袋を汚して欲しいアル!」
「ウホォッ、鄭淑さんと結婚してもエロい紅玉の蕃登を浮気摩羅で満たして欲しいアル、紅玉の月淫もお尻も口も、気が遠くなるまで突いて突いて突き捲って、精液で滅茶苦茶にして欲しいアルゥッ!」
もう一瞬も我慢ならなかった。
覗き穴のある隠し戸棚を出て、宿の下働き専用通路を取って返し、紅玉達の部屋の前に出た。
解錠の符術を使って扉を蹴破り、奥へと押し進む。
「オゴゴォッ、紅玉、この巨根摩羅と結婚したいアルウッ!」
「もっと乳首ギューって、ギューってするアルウッ!」
「ウッホホオォッ、やっぱり婊子本性を晒せるあんたとの媾合が一番気持ちいいアル、もう、もう、離れら………!」
寝室に入ったところで、屏風付きの榻に腰掛けて反り返る、素っ裸で汗まみれの二人が居た。
真正面からは、紅玉に深くめり込んでいる部分が丸見えだった。蕩けた顔の紅玉と目が合った。
「……なっ、なんでここに鄭淑さんが居るアルウゥッ!」
一瞬で血の気が引き、慌てふためき蒼褪めた紅玉が跨っていた男から転げ落ちて、床に蹲ると脱ぎ散らかした衣裙で身体を隠そうとした。
「みっ、見ないでええっ、見ないで欲しいアル!」
必死に肌を覆おうとするが、覆い切れず尻とかが見えている。
「ちっ、違うアル、これは違うアルからあ!」
「浮気の現場を見られてるのに、何が違うアルか……恥知らずで無節操な肉便器女は面白いこと言うアル」
「閨狂いの様子はしっかり見せて貰たアル、嫁入り前の娘が正可肛交まで経験済みとは恐れ入ったアル」
私の、冷たい弾劾の声音、肉便器呼ばわりされたことにショックを受けたのか、紅玉はシクシク泣き出した。
「グスッ、ウゥ、許してほしいアル、ちょっとした気の迷いだたアル……もう二度としないアル」
「夫婦の房事より、こうしたイカれた雌豚本性丸出しの馬鹿和合の方が、一杯興奮出来て好きなんだろう?」
「太くて硬いのが好きだって、自分でさっき気持ち好いって言ってたじゃないか、この耳でしっかり聴いたアル、この期に及んで無様に言い逃れしようと思わない方がいいアル」
「ちっ、違うアル、本心じゃないアル、のぼせて口走ったアル、信じて欲しいアル、愛してるのは鄭淑さんだけアル!」
「本当に、本当アル! 信じて欲しいアル!」
「股から男の白濁精を垂らすお前の何をどう信じろと言うのか分からないが、当然婚約は解消アル」
「そっ、それだけは許して欲しいアル、なんでも、鄭淑さんの言うことはなんでもするから、一生掛けて罪を償って鄭淑さんに尽くすから、それだけは堪忍して欲しいアル!」
「寝言は寝てから言うアル」
「……お前、今日だけで何回気を遣ったか覚えているアルか? 浮気相手の精汁を何度その汚らしい股に受けたか覚えているアルか?」
「そんな女と添い遂げられる寛容で聖人君子のような男がいると、本気で思てるアルか?」
「ご免アルよう! 本当にもう二度としないアルようっ! だから、ヒッグ、許して欲しいアル、ウワアアアアアアッ」
遂に号泣し出す紅玉……そんなに嫌なら最初から不倫情事などしなければ良いものを、と言う正論も理解出来ないのだろう。
どうしようもない馬鹿女だ……馬鹿過ぎる。
「幼少の頃からの顔見知りアル、三法司衛門の刑部へ訴え出れば罪過が科せられるだろうから、それだけは勘弁してやる、互いの家名に疵が付くアル……ただ、婚約は解消するから俺達の身分では职工を統べる“星渡り互助会”への届け出だけはするアル」
「親族一同にもことの経緯が記された回状が廻ることになるアル、お前の家次第だが、場合に拠っては破門、除籍、或いは追放と言うこともあり得るアル」
「絶縁状を出す……私の家、彭家は最早なんのしがらみも無くなるので、お前が何処で野垂れ死のうと預かり知らぬことアル」
絶縁状の言葉に泣き崩れながら繰り返し謝罪する紅玉の泣きっ面目掛けて最後の別れの挨拶と唾を吐いたら、唖然とした顔をされた。
嫁ぐ先の私を等閑に、他の男と繰り広げた痴態の不始末と悪質な不行跡、そして何より奔放に喚き散らし、乱痴気めいた狂喜の愁嘆場を開陳してみせて、これ以外の別れがあると本気で思ったのだろうか?
馬鹿過ぎる、馬鹿女もいいところだ。
何故なんだ、と言う悲しみよりも、一刻も早く縁を切りたい、と言う怒りの方が勝っていた。
十何年も一緒だったのに、最後は呆っ気無いものだった。
結局、紅玉は姦淫を好む女だったようだ。罪を犯す種付け姦通の淫乱な做爱が堪らなく興奮して、一番好きだと言った。
勿論、その場限りの睦言だったかも知れないが、結婚を控えた娘が婚約者をないがしろに男遊びとか有り得ないだろう。
この仕打ちを許せる新郎が居たら、私は魂を差し出してもいい。
「あぁ、あんた、官憲には訴えないから精々この女と睦まじく遣って呉れ、なんなら今から続きをヤって呉れてもいい、私とはもうなんの関係も無い女アル」
戦々恐々と唯ことの成り行きを見守っていた蚊帳の外の間男に言い捨てて、ヤリ部屋を後にした。
もう未練なぞこれっぽっちも残ってはいなかった。
ただ無性に虚しいだけだ。
「時代と共に改善は進むが、ドライブ・マシーン黎明期より内燃機関の移動ビークルに始まり、ごく原初的な燃焼噴射推進型の戦闘機などのコントローラーは、精度が曖昧だった……それは計器類に止まらず、ステアリング、フットペダル、或いは操縦桿と言ったダイレクトな入力装置に於いても同様な粗雑さだった」
「だが、そんな状況下に於いても連綿とその時代々々での達人と呼べる操縦巧者達が居た……彼等は周囲の状況確認に優れ、第六感とも言える閃きと、機体に伝わる僅かなインフォメーションを察知し、髪の毛一筋程の加減で驚異的な神業めいた機体コントロールを可能にした……卓越したドライビング・テクニックは当然、歴史に名を残すことになった」
龍山“雷沢”へは、一時間も掛からずに到着してしまうらしいが、宇宙空間での実習を遣ると言うので、初めて見る、彼等がナイトメアと呼んでいる真っ黒い金剛夜叉のようなヒト型機体で外に出ていた。
星が全く瞬かない星空というものを見たことが無かったので、不思議な感覚だった……私達の世界の星を渡る船ではこのように外を窺う手段が無かった。
シンディ師匠の、二人乗りに改造された機体の後部座席に押し込められていた。
最初から電脳リンク機能を持ったボディを与えられた華陽と違い、感覚情報インターフェイスと言うものを持たない私には、本当の意味での視覚共有は出来ないらしいのだが、それでも頭をすっぽり覆うヘッドセットと言うものを被せられると、吃驚するほど沢山で多くの視野情報が飛び込んで来た。
まるで360度全天を見渡せて、しかも何重にも層になって重なって見えている、とでも言った奇怪な感覚だ。
霊力が電子機器に及ぼすかも知れない世界に来て、改めて対魔術防御、対抗魔法シールドを設備全般に遣り直したんだそうだが、この真っ黒い金剛夜叉もまた神経回路全般に、何重にも堅牢な被覆が施されたと言っていた。
カウンター・ソーサリアン、第一級ディスペル・シールドだ。
そして追加拡張システムと言うより、科学技術のハードウェアと霊的符術コードの融合が試みられた。
マルチタスク・プロセスの並列処理による新装備の試運転と訓練を兼ねて、このナイトメアという乗り込む様式の木人兵器というか……いや、木造ですらないな、説明を聞いても私では半分も理解が追いつかないのだが、完全不変装甲とやらの上に一枚、術式展開用のコーティングを付与したので、主要メンバーが(彼女等に言わせるとごくやんわりと)稼働テストを済ませた後だった。
目では見えない透明のコーティングの上に、無数の光る神字が物凄い速度で流れて消えた。信じられない大量の心霊力の貯蓄層と神字をデータとして記憶しておける仕組みを、可能な限り小型化するのに開発時間を要したとのことだった。
成る程、この膨大な威力では広大無辺な外星空間でしか実射の検証は出来なかっただろう。
後で聞いたが空気が無く、地上の軛から離れた空間では火が燃えることもなく、音も伝わらず、水が水の形を保つことも出来ないらしいが、発現した広大で強大な爆裂符術、水流瀑布の術、剛雷光球の術、振動系腐蝕術、暗黒封縛陣の術と次から次に繰り出される信じられない威力の攻撃符術には正直肝が潰れた。
こんなものに蹂躙されては国どころか星が滅んで仕舞う。
惘れるを通り越して暫く茫然自失してるところから、ようやっと立ち直ったところだった。
「こう言った名人達の潜在的テンションは、常人よりも遥かに高く爆発的なブーストが掛かる」
「妾達は訓練で、このような一種神懸かった擬似トランス状態を常に維持出来るよう神経を研ぎ澄ましている……離陸前に説明したように、今からその技を伝授する」
一時的に行動を共にしているに過ぎない私は、本日の演習はビジター扱いと言うことになるそうだ。
「究極の集中状態をゾーンと呼び、妾達は覚醒レベルDからAで識別している、C以上が光速戦闘域で視覚領域はレイヤー46か47層まで可能になる」
***************************
螽斯信仰には異端の分派があった。今は殆ど忘れ去られたそれはカマキリを信仰対象にしている。
牝蟷螂は共喰いが習性だ。交尾後の牡さえ平気で捕食する。
天下第一佳人として名高い翠微は母から蟷螂流の魅了眼の符を引き継いでいた。母は祖母から、祖母はそのまた曾祖母から連綿と女系家族に一子相伝で伝えられて来た。
だがその世襲は一般的にはその性質上、公開されていない。
まったく、お母様にも融通が利かなくて困ったものだ。
折角の力を使わずに温存せよなんて、宝の持ち腐れもいいところじゃないか……陰に回って他人を魅了し続ける力は、遣り方では天下無双だ、利用しない手はない。
卑怯な秘術は表に出てはいけないと、先祖伝来の戒めを守って来たらしいが、使えるものを使って何が悪い。
最初に堕としたのは、地元の郡県郷里の亭署のお偉いさんで、違法行為を隠蔽するのに随分重宝した。
他にも祭事を司る神権庁の長官や、貨幣局市庁舎の省長、王朝軍閥の地方鎮守将軍職の者達……兎に角役に立ちそうな権力者達を次から次と、手当たり次第に籠絡していった。
狒々爺い達のご褒美に、玉の肌の肢体を抱かせることにも特に忌避は無かった……使えるものは使うと言った、ひどく実利的な考えもあったし、男達に傅かれるのも気分が良かった。
遂に職能集団を束ねる商工組合、“星渡り互助会”の代表会頭の理事長官を堕として、天文領航司の首座とも言える第一級領航司筆頭の地位を手に入れた。互助会内の発言権も得て、益々翠微の隆盛は留まるところを知らず、静かに人知れず浸透していった。
翠微の家は領航司の家系でもあった。
領航司とは星図の読み手である。実際の“進貢船”の運航は飛行員に委ねられているが、領航司は船が航路を外れていないか常に監視するのがお役目だ。
翠微が領航司として無能だったかといえばそうではない。
翠微は極めて優秀な部類の領航司と言えた。
実際に船に乗り込み、長い航行で領航士の役割に就いていた。
ここ二、三年、聞紅玉と言う領航司補が副長に付くことが多くなった。目のぱっちりした愛らしい娘だ。
その聞紅玉が近々結納の儀を行うと言う。
相手はここのところ目覚ましい出世で羨望の眼差しで見られることの多くなった彭鄭淑と言う男だ。最近、首席航路長に就任した。
翠微には自分のことは棚に上げ、他人の立身出世を妬むと言った随分狭量な部分がある。
最初はちょっとした悪戯心だったが、聞紅玉に魅了眼を使った。
蟷螂流魅了眼は被術者である相手に、任意の対象を好きに成らせて番わせる……と言った外道の使い方も出来る。
相手は誰でも良かったが、喀什で浮名を流していた花花公子を選んだ。その方が姦通が明るみに出たとき、謗られる度合いが違う。
紅玉は見事に男に溺れ、淫靡を極めた見苦しい狂態を繰り広げて呉れたが、多分本人にそう言った素養があったのだろう。
さてそうなると、首席航路長になった婚約相手の彭鄭淑が急に惜しくなった。
紅玉を手玉に取り、人生を狂わせてやろうと思っていただけだが、折角の優良物件が宙に浮く……この際、こちらで頂いて仕舞おうと軌道修正した。
幸福な結婚を打ち壊してやるだけではなく、彭鄭淑を漁夫の利でせしめ、懇ろになろうと言う寸法だ。
彭鄭淑が航行から帰ってくる時宜を見計らって、紅玉と浮気相手が逢い引きするよう段取りを組んだ。
密会の現場を目撃するよう陰で誘導もした。
目論見通りに繰り広げられる修羅場を、遠目に見守った。
ほどなく紅玉の嫁ぎ話は破談になった。
紅玉には、慰めるような振りをしてチクチク身持ちの悪さをなじってやったら見る影もなく塩垂れていて、面白かった。
どういう訳か“星渡り互助会”は、醜聞騒ぎを起こした紅玉を除名処分にすることも無く(側で惨めな紅玉を見ていたい私が裏で手を回したのだが)、今回の航行では鄭淑が航路長、副領航司に紅玉が就くことになった。私がそう仕組んだ。
鄭淑を寝取り、紅玉を絶望の淵に叩き落す絶好の機会だった。
「男は勝手アルね、自分のことは棚に上げて女が他の男とすることに目くじらを立てるアル」
「そんなに婚約者の裏切りに腹を立てるんだったら、腹癒せに翠微と肉交するアルな、その方が尻軽女に仕返し出来て鄭淑さんも気持ち良くなれるアル」
傷心の男を誘惑することほど楽なことはない。
一緒の航行になった機会に、魅了眼の秘術で誘惑すれば造作なく懐柔出来る……鄭淑とて例外ではなく、抵抗する風も無く蟷螂流の閨房術に一発で虜になった。
船内の自室で羅帷や翠帖を降ろして、閨事に励んだ。
「悔しかったアルか? 自分の女を盗られて……自分の女が知らぬうちに淫猥な性技を仕込まれて、臓腑が煮えくり返ったアルか?」
「大丈夫、翠微は我が家に伝わる素女真経と洞玄子に残された房中術、秘密の体位を会得してるアル……紅玉さんなんかには真似の出来ない助平な技で、羽化登仙の心持ちにしてあげるアル」
修練したものでなければ到底出来ない屈曲した体位の幾つかを披露して見せれば、すごいすごいと言って鄭淑は何度も昇り詰めた。
「紅玉さんなんて忘れて二人でもっと一杯気持ち好くなるアル、それが一石二鳥で良い考えと思わないアルか?」
「私なら鄭淑さんの好い穴女になれるアル、どの穴も好きなだけ使っていいアルな、きっとどの穴も激逝きで死ぬ程いいアルよ」
「しかし、翠微殿は既に人の妻ゆえ、私はあまり深入りしたくないのだが……婚礼話も破談になり、これ以上他人に後ろ指を指されるような、無様な真似はご免蒙りたいアル」
「うちの亭主なら心配しなくてもいいアル、あの人は翠微の言うことには一切逆らえないアル」
「さあさ、それより裸になって仕舞えばただの牡と牝、精々蟷螂流内丹術の奥義を味わって欲しいアルな、ケツの穴の大きさも試して欲しいアルよ」
新興宗教“橙巾党”の教祖、大賢良師の後妻に収まっていた。
いい加減悪目立ちしてきた派手な男漁りを煙に巻くため、そして欺き、偽るための隠れ蓑に最近勢力範囲を広げている宗教団体首魁の令夫人の座を手に入れた。
“橙巾党”はここ数年洛陽を中心に信者を増やして来た太平道の一派で、信徒は皆粉橙色の頭巾を巻いていた。
党内での祭事として、念仏講が行われるが大概の信者の女は翠微の魅了眼の被害者というか餌食になっていた。
地域の好き者の有力者を取り込む貢ぎ物と言う訳だ。
「丁度良いアル、紅玉さんの部屋は隣アルから今から行って、奔放に愛し合うところを見せつけてあげるアル」
「あの女、あまりの驚愕と嫉妬に首を吊りかねないアルな」
「それは仕返しとしてはちょっと意地が悪過ぎるように思われる、幼い頃よりの顔馴染み故、これ以上追い込みたくないアル」
鄭淑は魅了に篭絡されていても、善人のようだ。
どうやら鄭淑は、同じ船に乗り込んでいても別れた紅玉とは全く没交渉、極力顔も合わせないようにしているらしい……もう関わり合いたくないのだと言う。
私は自分の提案を引っ込めることにした。
それとは別に、夜間当直の星読みの時間に顔を合わせる紅玉には最後のひと押しを考えていた。折角用意した筋書きだ、彼女にはもっと苦しんで貰わなければ甲斐が無い。
だが、チクチクと紅玉を嬲ってみたが貝のように口を閉ざして、何故だかじっと耐えていた。
まあ、良い……復路での時間もたっぷりある。密通の蜜月を嫌と言うほど見せ付けてあげる。
須彌山布達拉宮での休息では、周囲を憚ることなく鄭淑を散々誑し込んだが、紅玉は目を背けるように宿舎に閉じ籠もっていた。
帰路に向けて出航したその晩の領航司観測処で、瘦せ衰え、嘗ての若々しく瑞々しい面影などすっかり影をひそめた紅玉と久々に顔を合わせた。腹がずいぶん目立ってきた。
搭乗員の顔合わせにも欠席したのは然もありなん。
「鄭淑さんにお話を伺ったけれど、あれはどう見たって紅玉さんが悪いアル(本当はそうなるよう仕向けたんだけどね)」
「鄭淑さん、言ってたアルよ……あんなインバイだとは思わなかたアルと、浮気して我を忘れるド淫乱と幼馴染みだったのが恥ずかしいと(さあ、これで少しは死ぬ気になったかしら?)」
心が弱っていても、ゴミなりにまだ生きることに執着を残しているようだったが、これでどうだ?
まだなら最後の一手を打つ迄だ。
龍山を発つ前に、堕胎医のところに行くかと思えば航路長が鄭淑だったのが余程衝撃だったかして逸している……身の破滅だろうに。
「紅玉さん、貴女妊娠してるアルな……いったい誰の子? 鄭淑さんじゃないわよね?(これで決まりだ)」
人目を避け、曲裾袍を着てお腹の膨らみを隠していたが、もう誤魔化しようが無くなっていた。産褥医なら21周目までが掻爬の限界だったが、符術を以ってする霊的中絶医なれば妊娠後期でも可能だ。
当然危険度は増すが。
「初産だからまだ目立たないけれど、てっきり拉薩で符術医に処置させるかと思ったら、もう堕ろせなくなっちゃったアルな……正可船内で出産するアルか、どうするアルな?」
どのみち母体がこのように衰弱していれば、死産になるだろう。
紅玉は駄目押しのとどめの言葉に、ワナワナと震え、見開かれた瞳の瞳孔は開き、嚙み締めた唇からは血が滲み出していた。
もう、眼には狂気の光が宿っている。
黙って、襖裙の腰帯の下に締める長くて丈夫な志古貴を手渡した。
観測星見処の中程に置かれた巨大な渾天儀の、あの張り出した腕木に引っ掻けると、首を吊るのに丁度いい長さだ。
キャラバン相手のこの航路は男所帯の乗客が殆んどで、閉塞感のある航行中の無聊を慰める賭け麻雀などの博打やちょっとした闘鶏なんかの娯楽の他は、真面目に武芸を鍛える鏢客なんかも居たが、食事を賄う女手は夜の相手もしているようだった。
だが頭数は足りていないらしく、長い旅路から解放される船着き場の街、玉門関の娼館は盛況を極めているようだ。
こう言った庶民用の星渡りの船とは別に、やんごとなき方々の航路は、また別にある。
共用の水場に共同の炊事場、2ヶ月以上の旅路に星渡りの船は、煮炊きの必要があるのは分かるが、濛々と烟る煙はもうちょっとなんとかならないのか?
幾つもの交易隊商の火头と呼ばれる炊事係達は、それぞれに羊肉料理なんかを火で炙る調理の真っ最中で、ちょっとした戦場だった。
浄化の符式は施されているが、空気清浄が追い付いてないぞ?
一応船内の空気循環は他の術式が請け負っていて、偶然なのか必然なのか酸欠の理屈は知らなくても二酸化炭素を取り除くリサイクルが働いているようだった……まあ、空気は限りなく澱んでいて、コンディションは最悪だ。
汚穢の臭いが酷え、そのまま垂れ流しにすると悲惨な状態になるので、あらかじめ積み込んだ小分けの便槽が一杯になると都度、符術で石化して宇宙空間に投棄する仕組みだが、何しろ木造だし密閉度も高が知れている。
第一、船内の共同厕所が酷え。一応男女の別はあるものの、大も小も仕切りが無い一列に並ぶもので所謂您好厕所と言う奴だが、なんでも試してみたがるネメシスが使ってみたが、鼻が捥げそうだと感想を漏らしていた。
(十六経天道理法とやらの領航司はここか?)
(あぁ、扉はねえが何か結界が張ってあるな)
船内は壁と言わず天井と言わず、余分な術式が不用意に暴発しないように護符の札がびっしりと張られていた。
航宙術を担当する天文領航司の門構えの周囲は天井も高く、符札の数も一段と多くなっている。
破らないようにして結界を摺り抜けると、割りと広めの講堂っぽい施設なのに、所狭しと大小何種類もの天球儀や天道黄道儀のようなもの、風水方位学や占星術の天地盤らしきもの、可能な限り精密に造られた漏刻のようなもの、何を基準にしているのか首を傾げる測量儀のような機材達が所狭しと据え付けられた場所に出た。
(おい、おい、こりゃあ、本気で占いで航路を割り出してるレベルか……ありえねえだろう?)
(まぁ、この文化レベルではこれが最先端、言ってみれば精一杯なのかもしれぬの、多くは望めんじゃろ)
二人して呆れるやら、溜め息を吐くやら、一頻りうろついていると星読みの要員だろう、二人の珍竹林の女に出会った。
こちらは認識阻害の透明化モードだから、あっちからは目に入らないが、何か様子が変だ。
(あの女、首を吊ろうとしてるように見えるんだが?)
(放っておけ、中途半端な善行に意味など無いぞ……華陽のときもそうだが、どうもお前は情に絆される)
(いや、どうやら巧妙なマインド・コントロールを受けている、だとすれば話は全然違ってくる)
(……介入するぞ)
***************************
どうしてあんなことをしてしまったのか、今でも分からない。
一生の取り返しがつかなくなるような、危ういことをしている自覚はあった……それさえも刺激的な背徳感に酔う口実にして……馬鹿だった。本当にどうしようもなく、悍ましい迄に馬鹿過ぎた。
小さな頃から家族同然に一緒に育ってきた幼馴染みの許婚に、心底軽蔑したとまで言わしめた大失態……それを演じた馬鹿女の犯した間違いはもう、真面に取り繕えるものではなかった。
一時の気の迷いと言うには、あまりにも鄭淑さんに対して不誠実に過ぎる……普通の倫理を考えれば、普通の良識に至るのに、何故か今に至る迄の過去の罪深い逢瀬には、裏切られた相手の気持ちを考えると言ったそんな当たり前のことが欠けていた。
貞操など思い返すことも無かった愛欲に狂っていた数ヶ月で、私の身体は巨陽絶倫男の体液やら何やらを擦り込まれ、もう落ちない迄に汚し捲られていた……はっきり覚えているが私が自らそれを望んでいたのが、今でも信じられない。
せめてもの贖罪と、尼僧院で斎戒沐浴を続けているが、身体が清められたと言う感じは全く湧いて来なかった。
全てを失って、今更だが犯して仕舞った罪の重さに憔悴し、鬱々と泣き暮らす日々を送った。
道教の日常倫理は善書のひとつ、霊宝経十戒にある通り一には、殺さずまさに衆生を念ずべし、二には、人の婦女を淫犯せず、三には、義にあらざるの財を盗み取らず、四には、欺いて善悪正反対の議論をせず、五には、酔わず常に浄行を思う……の思想が私の家にも色濃く反映されていて婦女子は淫らな行いを慎むよう躾けられていた。
だと言うのに何処で間違えてしまったのだろうか、少女が大人の女になる筈が、世間に顔向けの出来ない雌犬になって仕舞った。
それが私と言う女の本質、本性なのだろうか?
信じたく無いが、思い出す度にそれらの目を覆いたくなるような常軌を逸した淫蕩な行いは全部、自分のしたことだった。
回状が廻った途端、実家を追い出され勘当された。
当然、親類一同からは爪弾きにされ、職場や組合にも知れ渡って白い目で見られ、まるで針の筵だった。
先日などは、通りを歩いていたら腐った卵や野菜屑を打つけられ、浴びせられた。相手が誰だかも分からないまま揉み苦茶にされて、翻弄されても非は私にあると思えば、抵抗も出来なかった。
どう言う訳か“星渡り互助会”は除名処分を科さなかったので、なんとか生きていく術は失わずに済んだが、今では会の運営する独身寮の賄い婦のような仕事を斡旋されていた……航行の仕事は暫く休むように、上から処分辞令の木簡を頂いた。
界隈では、婚約者の顔に泥を塗った最低の屑女としてすっかり知れ渡って仕舞った。
裏切った鄭淑さんの家からは、法的効力を伴った第一級霊法符術式の絶縁状が届いた。
曰く、訴人に五十間以上近づいてはならない、訴人に他者を介して文などを渡すことを禁ずる、符術などの手段を以って訴人に接近することを禁ずるなどの、十箇条に渡る禁止事項が定められていた。
つまり、鄭淑さんに謝罪する機会は永遠に失われた。
あちらから接触するのは自由だが今はそんな僥倖は到底望める訳も無いし、こちらからの接触は不可能だ……絶縁状に使われる公式呪詛の拘禁符術式は、破れば反応して実際に効力を発揮するからだ。
なんであんな馬鹿みたいに肉欲の虜になっていたのか後悔し続けながら、きっとこの先もずっと泣き暮らしていくんだと思う。
結婚を約束して将来を誓いあった鄭淑さんを、あろうことか婚約中に裏切り、祝福されたであろう婚儀を穢した。
……思えば、男に声を掛けられた日は常と違って何故か気持ちが浮付いていた。普段であれば見知らぬ男なんかに絶対付いて行くことなど無いのに、あの日に限ってウキウキと心が弾んだのを覚えている。
何故かは分からないけれど、悪いことと知りつつ見るからに素行の悪そうな男に従った自分にドキドキしていた。
当然そこに恋愛感情がある筈はないのだが、見知らぬ男に摘み食いされる女としての高揚感があった。
脱がされて、初めて会った男に肌を晒す興奮が私を狂わせた。
これ以上進めば道を踏み外すと分かっていても、胸が早鐘のように上限知らずに打ち続け、僅かな抵抗も御座なりのものだった。
一線を越えた時のあの解放感、悪いことをしている、最愛の人を裏切っている後ろめたさが、破瓜の痛みよりも勝る快感になって、私を初めての絶頂に押し上げた。
姦通の快楽を知って仕舞えば、あとは坂を転げ落ちるように男との不倫に嵌っていった。
色々な性技を覚え、道具も使うようになり、更なる頂点を求めて媚薬で失神するような激しい荒淫に溺れるようになる。
渡航の帰りを待ち侘びていた鄭淑さん……将来を誓っていた筈の婚約者を裏切り、初めてを他の男で散らし、毎日々々狂乱の馬鹿交尾で暮らしたが、心が悦楽に染まって悪びれることが無かったのは今となっては不思議だった。
私達の……私の濫行が全て白日の元に晒された今となっては、それら全ての恥ずべき行いが悪夢となって苛んだ。
裏切ってはいけない最良の夫となるべき鄭淑さんを裏切り、愛していた筈の鄭淑さんのことを忘れて肉の快楽に耽った。
その最低の罪がどうしたら償えるのか、途方に暮れた。
妊娠など気にせず、男の精液をずっと生で受け入れていた。
見つかって仕舞った修羅場の日にも、卵袋汁を遠慮なく子袋に打ち撒けてと叫んでいたような記憶がある。
全部の穴を摩羅汁で一杯にしろと、怒鳴るようにせがんでいた。
唯々、精液に溺れて、連続逝きのオス汁に狂っていた。
鄭淑さんにあれを聴かれていたかと思うと、死んで仕舞いたい気分になるが、それでもまだ生きていたいって未練に捕らわれるのは、きっと私が屑の中の屑に堕ちたからだと思う。
……女ではなく、豚のヨガリ顔を見られて仕舞った。
追い討ちを掛けるように、私は身体の変調に気が付いた。
浮気相手の碌でも無い男とは別れたが、何処の誰とも詳しくは知らなかった男の子種を身篭って仕舞ったのだ。
堕胎するしかない……世間は私生児を産む未婚の女を許しはしないから、闇医者を雇って堕胎するしかなかった。
もしくは危険だが、自分で中絶符を手に入れて秘密で処置するかだが、いずれにしてもお金が足りない。
放逐された実家を頼る訳にはいかなかった。
前からお世話になり、お仕事や私生活の相談に乗って呉れた翠微さんは第一級領航司筆頭の高職にありながら末席の私などにも気に掛けて呉れる親切な人だ。何くれとなく面倒を見て頂いた。
私が大罪を犯した後も懺悔の聞き役として色々助言して頂いていたが、困ったことに彼女に私の不甲斐無さと心得違いを指摘されると消え入りたいような気持ちになって、益々落ち込んだ。
その翠微さんから、自分の航行に助手として就かないかと意外なお誘いを受けた。“星渡り互助会”には話を通したと言う。
世間から隠れてひっそり生きていたかった私だが、生活には逼迫していたし、何より今はお金が必要な訳がある……そのお申し出は、喉から手が出るほど有難かった。
前借りしたお金で中絶してくれる符術医のところへ行こう。
すっかり打ちのめされて、身も心も自業自得とは言えボロボロに疲弊していたが、正直船に乗れるのは嬉しかった。
その航行の航路長が鄭淑さんと知る迄は………
「……“破鏡再びは照らさず”」
遥か昔の故事を思い出していた。破鏡は、今でも縁切りの代名詞になっている。
***************************
「午後は特殊機甲部隊の空挺機動戦略仮想の強襲作戦の訓練、それとパワード・コマンドスーツの格闘術になると聞いてるアル」
「そうか私は半分はまた座学になるそうだ、先進テクノロジーの理解がなかなか追いついていない……最初から必要な記憶を持ってる君が羨ましいな」
「いえ、知ってることと実際にその知識を使って何かを成し得るのとは、全く別の話アルよ、蟣蝨様」
「様はやめてくれ、君と私で、立場は何も変わらない、ほんのちょっとここに厄介になるのが早かっただけで、今は同僚だ」
それにいずれ私は、ここを去る……根元符に辿り着いたとき、私は至尊金女様の命を優先する。
敵わぬ迄も、皆に歯向かうことになるかもしれない。
「龍山“雷沢”にあると言う大いなる浮遊大陸、“精霊天帝聖山経”にお住まいになる神仙様達にお会い出来るなんて、一生無いと思ていたアルから、私にとって蟣蝨様は、やっぱり別世界の仙女様アルな」
「何を言う、君こそ、その最新式有機質融合全身義体ボディは、輝ける神人に、私には見えているぞ」
最初に先輩風を吹かせて、トイレのウオシュレットの使い方を説明しようと思ったら、彼女の高性能ハイブリット複合ボディは排泄機能も調整されていて、排便は撥水非粘着の軟フィルムに包まれているのだとか……ゼリー状のフィルムは、ちゃんと環境保護が配慮され、水溶性になってると言う話でもあった。
生活環境にはあらゆる種類のGUI――グラフィカル・ユーザー・インターフェイスを持った端末が其処彼処にあって不便や当惑を感じる前に、あらゆる手段のサポートを受けられた。
なんとか文字も覚えたし(中には直接、頭の中に情報を伝達する端末もあった)、メンバーが普段の会話の中で使ってる彼女達の言語も分かるようになって来ていたが、最初からこれらの知識がプリインストールされている華陽には遠く及ばない。
「コンディション管理専用端末のカウンセリングとボディケアが終わってるんなら、次のトレーニング・セットに向かうぞ、もたもたしてたらシンディ先輩にまたどやされる……お前達のせいで僕がカンチョーされるのはご免だからな、急げ!」
エレアノールの先達は、シンディ師匠のカンチョーとやらが死ぬ程嫌いらしく、顔に焦りの表情が窺えた。
分刻みのスケジュール管理に責を負うエレアノール先達が、先を急くように催促に来た。
「エレアノール殿、そのカンチョーとやらはどんなものアルか?」
「……華陽にもその内、洗礼がある」
艦内を移動する高速移動サービスのオンデマンド・ビッグシュータの車両に乗り込むとカンチョーと言うものが何かの談議になった。
「済まぬ、私はまだそのカンチョーと言うものを経験していないがどう言ったものであろうか?」
「そりゃあ生身の蟣蝨があの勢いで指を突っ込まれたら悲惨なことになっちゃうでしょ……ほら、その第4種装甲にE-Ⅲタイプ・チェストリグのアタッチメントが嵌ってないよ、ちょっと見してみ」
「赤い警告エラーが出てるだろ、兵装アラームは艦内インフラと違って親切じゃないから気を付けないと」
この人は打っ切ら棒で冷たそうなのに、割りと親切なのだ。
「スティルス性を重視して低輝度LEDさえ控えているから、真剣にチェックしないと見落とすぞ」
「よし、華陽、移動時間で出撃前装備点検のプレチェックをする、専用診断コネクターを点検タブレットに繋いだらフル点検レベルAでスタートだ」
「イエスマム、ところで本日はアンネハイネ同志は一緒じゃないアルか、午前中も姿が見えなかたアルが?」
華陽は作業の手を止めることなく、先程から二人で不思議に思っていたことを尋ねた。
「アンネは、今日はサイコキネシスの精密作業訓練で別行動だ」
応えるエレアノール先達に、何故か憮然とした雰囲気があった。
「お二人は付き合ってたりするアルか?」
「ななななっ、なっ、何を言ってるのかな?」
「僕はノーマルだっ、熟女相手ならまだしも、断じて年下少女を愛でるビアン方面の趣味は無い!」
「ええぇ、だってえぇ、この間のオッパイ・コンテストの後、高揚し切った様子のアンネハイネ同志を抱えるようにして彼女の部屋に二人して消えていったじゃないですかあ、あの後どうしたのかなって気になって仕方なかたアルよ」
一行の頭目格の一人、カミーラ王母との爛れた関係は薄々漏れ伝え聞いてはいるが、エレアノール先達には意外に純朴な面がある……これはあれか、ネメシス王母が教えてくれたキャラブレってものだろうか、いやちょっと違うのかな?
「……アンネハイネさん、可愛いですもんね」
「皆さん、カミーラ様やアザレア様、蟣蝨同志やエレアノール先達のオッパイを競うように揉み捲って……いえ、揉み合っておられましたが、エレアノールさんはアンネハイネ同志の胸を守って周囲を牽制して、いや威嚇してたアルな」
「いやあ、あの日のエレアノール先達、結構ヘベレケで自分からアンネハイネさんの前に庇うように立ち塞がって、代わりに自分の乳首揉めって皆んなに迫って、怖いぐらいだたアル」
「ばっ、馬鹿を言うんじゃあない、僕だって率先してアンネのオッパイを揉んだ、あっ、いや違うな」
「アンネハイネさんのオッパイ、好い匂いがするように錯覚しちゃいますもんね……香料入りの化粧品やボディケア・コスメが禁止されてるのと常時発動の無臭化フィールドがあるのに、不思議アルな」
「おっ、お前もそう思うか、なんか甘酸っぱいような匂いがするよな、いや違うって、そうじゃないから!」
「実はどさくさに紛れて、アンネハイネ同志の乳首を口に含んでみたアル……あれは、幸せの味だたアル」
「なっ、なんだとおおおおおおっ、僕ですらまだ舐めたことないアンネハイネの乳首を舐めただとおお!」
エレアノール先達が発狂したタイミングで丁度、集合場所に指定された高速移動のトラム・ストップに到着した。
第8メイン出撃ドック前のステーションだ。
車両のドアが開くと、鬼のシンディ師匠が仁王立ちしていた。
「おっそ~い、新兵訓練で一番大切なのは素早い行動……5分前待機を規範にすべし、その程度の練度では妾が相手なら5分の間に300回ぐらい死ぬから」
お冠の師匠が、ドスの利いた低音で私達を迎えた。
“進貢船”竜王丸は、“華胥”老官台から龍山“雷沢”への帰路に就いていた。須彌山頂上付近の係留施設、玉門関を兼ねる布達拉宮には正味四日も滞在していない……乗客である隊商方が、交易品を荷降ろしし、替わって復路に運ぶ商品や資材、水や食材の積み込みと、残飯の処理と汚穢溜めの清掃、投棄する便槽の補充、次に星を渡る交易商人達の搭乗手続きと実に慌ただしくはあるが、毎度のことなれば手際は整っていた。
紅玉は彭家の絶縁状があるからか、下船中も自分から鄭淑に近付こうとはしなかった。往路の乗船でもそうだったが、紅玉が先に乗り込み、後から飛行員達に乗船して貰った。
鄭淑からは近付けるが、符力に縛られた紅玉の方からは決して近付けないからだ。
絶縁状の効力は絶対で、これには紅玉も涙を流すほど惨めだったようだ……見ていて、滑稽だった。
還りの航行でも寝取った鄭淑との痴態を紅玉に見せ付け、徹底的に絶望させてから嘲笑って遣ろうと思ったが、鄭淑は思ったよりも善良な人間で、もう嘗ての幼馴染みとは関わり合いたくないらしい。ちょっとガッカリだった。
まあ、いい、手札はまだある。
紅玉の自室は私の隣だったから、交替で運行の星読みを管理していたが、鄭淑を籠絡してからもう幾夜も経つ……“進貢船”の区画は安普請ではないが、何某かの気配は感じ続けていた筈だ。
それだけの狂態を私と鄭淑は繰り広げていた。
5ヶ月程も掛かった長い往路の途中で関係を持った最初の晩、その翌朝にはすぐさま、私の嬌声は良く聴こえたか確かめに行った。
案の定、紅玉は顔を合わせた途端、恨めしそうな顔を隠そうともしなかった。まるで信じていた飼い主に裏切られた飼い犬のようだ。
「何故、翠微筆頭が鄭淑さんとそう言う仲になっているアルか?」
「親切にも私の傷心を癒して頂けてると思っていたのは、私の一方的な思い違いだったアルか?」
こんな手酷い竹箆返しがあるとは露ほども思っていなかったのだろう、紅玉は惨めな境遇に更に追い打ちを掛けられる理不尽にも心ない仕打ちに憤っていた。
ワナワナと青筋を立て、可愛い顔なのに眦を吊り上げちゃって、おお怖い……お前の転落のお膳立てをしたのが誰かも知らないで、裏でこっそり北叟笑んでいたなんて考えもしなかったんだろう。
なんてお目出度い。
「あらあぁ、鄭淑さんは貴女と婚約解消した身、誰とどうなろうと紅玉さんには全く関係のない話アルな」
「それより、聴いたアルよ、紅玉さんが鄭淑さんにした仕打ち」
ネチネチと責め苛んで遣ろうと思ったら、耐えられずに逃げて行った。その後も私を避けているようだが、役割上一緒になる時間は少なくない……じっくりと正気が歪んで行くように、心が壊れて行くように、嘲りの言葉を囁いてあげる。
帰路に就いた“進貢船”での星読みをしつつ、追い詰められた紅玉を更に吊るし上げる。結局、この女、船に乗り込む前も、須弥山で下船した間も堕胎の処置をしていない……一旦、航行に出れば何ヶ月も地表には帰れない。
船にも船医は居るが、出産は専門外だろう。
「鄭淑さんにお話を伺ってきたけれど、あれは紅玉さんがどう見たって悪いアル(本当はそうなるよう仕向けたんだけどね)」
「鄭淑さん、言ってたアルよ……あんなインバイだとは思わなかたアルと、浮気して我を忘れるド淫乱と幼馴染みだったのが恥ずかしいと(これで少しは死ぬ気になったかしら?)」
さあ、ゴミ女に最後のとどめを刺して遣ろう。
「紅玉さん、貴女妊娠してるアルな……いったい誰の子? 鄭淑さんじゃないわよね?(これで決まりだ)」
絶望に顔を歪めた紅玉……瘦せさらばえた肢体に幾らゆったりした衣類で誤魔化しても、大きく迫り出しつつある腹は既に他人の噂になりつつあった。
幽鬼のように立ち上がる紅玉の悲壮な姿には、もう正気は残っていなかった。手渡した志古貴を黙って握り締める。
意味は分かっている筈だ。
異変があったのは、紅玉が渾天儀に志古貴を掛け、まさにぶら下らんとした、その瞬間だった。
吊り下げられた灯篭や龕灯の、符術で強化された光量に煌々と照らされた星読み観測処が急に陰った。
暗くなった広間に、一瞬青白い炎が散り、首を吊る志古貴が燃えて消えた……紅玉はそのまま床に投げ出された。
「嫌悪感が俺を饒舌にさせる……腐れ外道の不実な女が何人死のうが正直どうでもいい、孕んだ児を愛せず水子にする母親も、況してをや……興味の外だ」
一人の男の姿がいつの間にか星読み処に在った……いや、降臨したというべきか、言い伝えに聞く浮遊大陸に住まう天仙の如き背の高いお姿だった。奇跡を目の当たりにして、私の心臓は早鐘を打った。
「曖昧な健全よりもパラフィリア障害を選んだか……だが、いずれにしろ気持ちの悪い仕儀だった、誰も褒めやしねえ」
しかし神々しくあらねばならない御姿は、どうした訳か禍々しいまでの鬼気にまみれていた。そう、まるで天神地祇、玉皇大帝東岳神その人が威を振り撒いているようにさえ感じられる。
発散する神霊力が、その御姿を更に巨大な幻影として星読み処を覆い尽くすかにさえ見せている。
「人間の狂気を覗くのは別に嫌じゃねえ……混沌と暗黒の深淵に対峙し続ける俺には、いつものことだ」
「……だが、嫌な気分にならないかと言うと、また少し違う」
それは、地の底から響くような、魂に直接語り掛けられるような、決して無視出来ない、抗い難い声だった。
「罪の無い胎児が葬られると言うなら、尚更だ」
それは、紅玉に向けて語られているのが私にも分かった。
神なのか悪魔なのか、震え上がる程の人外の存在に総てを見通されている……そんなように思えた。
「青青の母親は、夫を捨てて男と逃げた」
「哀れな末期を辿るが、娘を育てる為には身体まで売った……お前にはその覚悟すらない」
「お前が死ぬのは勝手だが、腹の児に罪は無い……生まれいずる生命に貴賤は無く、不義密通の種かも親の都合に過ぎない」
「お前の腹に在るのは不倫の果てに仕損った忌み児などではない、それは“命”だ、色ボケ女ではなく“命”の母親として真っ当に……我が子に対して恥ずかしくない生き方をする気は無いのか?」
「……この世に生まれいずるべき命は、だから憤っている」
紅玉に語られている筈なのに、身じろぎも出来ない。
あまりにも圧倒的な、濃密な意志に絡め捕られて、拘束されたような幻覚が魂を鷲掴みにする。
「依って、その子に“生命の加護”を与えることにする」
「加護の祝福は、母体の健康をも補おうとするだろう……誰が拒もうと、その子は強い生命力を持って必ず生まれる」
「誰かが罪を許してくれるまでただ待っている都合のいい性根は、金輪際悔い改めることだ……差すれば、腹の子はお前を母親と認めるかもしれん」
「絶望なんてのは必死に足掻いてから、更にその先の話だ」
「真摯に向き合ってみろ、挫けず諦めなければ……もしかすればまだ、人生を遣り直せるかもしれねえ」
強い運が、どんな逆境や宿業も跳ね返して命を育み、例え悪意を持って敵対する者があったとしても、守護する“祝福の加護”がこれを排除する……そう言及し終わった瞬間、観測処は白く目映い光で埋め尽くされた。
光が収束していく……集まる先は、紅玉の腹、赤子が居る辺りだ。
「善人をただの屑に変える……人を貶めるのは楽しいか?」
「魅了眼の力、便利だよな……姑息で、他人を嘲る卑怯な手段としては本来なら俺も大好きだ、崇拝してると言ってもいい」
「だが、俺にはそれを許容出来ねえ訳がある」
動く気配など微塵も無かったのに、見たことも無い恐ろしい片目の魔神は唐突に私の目の前に在った。
「問答無用で鏖殺するのは本意じゃねえ、賭けをしよう」
「“砂男の呪い”でお前を縛った……魅了眼を使えば、符が埋め込まれた右目は砂男が奪う」
「魅了眼、使わねえ方がいいぞ……使った途端にお前は狂い死ぬ」
***************************
(新しく実装した音響兵器だ、“バーサーカー・ウォークライ”と呼ばれてる……このネーミング・センスはてっきりネメシス姐さんかと思ったら、開発元のマクシミリアンだった)
ベナレスが用意したと言う仮想敵戦艦軍の、多目的ワスプ級大型揚陸部隊40隻に対する強襲拿捕作戦のシュミレーションを、たった2機のME実習機で敢行していた。
私はまたビジター扱いで、タンデムシートになった教官機の後部座席に収まっている。
練習機の隅々まで全てをモニタリングする機能、また必要なら練習機の操縦すら遠隔リモート出来る性能を有する教官機は、今は逆デルタ翼の戦闘機形態で模擬戦の宙域を俯瞰していた。
司令教官機は逆さオニ糸巻鱝、リバース・マンタと呼ばれている。
いつもの人型兵器、モビル・エクステンディッドではないので密着する程ではないが、助手席なのに物凄い数のモニター類に囲まれて狭苦しいことに変わりはない。
(機体右手首に格納された多機能ランチャーを展開、各機壁蝨を装填、セーフティロック解除で待機)
複雑な嵌合構造のリトラクタブルな格納カバーから、テレスコピック砲身が迫り出した。
(エレアノール機、華陽機でそれぞれのターゲットを確認、連携して40隻全てに壁蝨を撃ち込む……敵艦隊を無力化して乗り込み可能な状態までにする、合格ラインは0コンマ2秒以内だ)
私以外のエレアノール先達と華陽が、練習用のモビル・エクステンディッドでの実弾演習に取り組んでいた。マイトと言うのが標的を攻略する新型音響兵器の音波発生装置……ダニと呼ばれる実射端末だ。
彼女達にも専用ナイトメアが充てがわれてはいたが、今日は機能を抑えた練習機が使われていた。
ウギー・ブギー、或いは単にヴィラン、悪役と呼ばれる幾分スリムなMEはナイトメアほどパワーは無いが、その分スピードと機動性を重視した設計になっているそうだ。
私には刹那の時間を体感出来る能力は無いが、ゴーサインと共に散った2機が一瞬で仮想敵艦隊の無力化に成功したのがかっきり0.2秒だったと、計測用のモニターで分かった。
敵艦船の外殻装甲に撃ち込んだ壁蝨が着弾と同時に張り付き、艦内の電子装置を特殊な音波で攪乱する。すると攻撃を受けた全ての電子機器全般が、一時的に無効化されるらしい……なんでも、電子戦に長けた世界では軍事兵器の電子的な伝達経路は、可能な限り絶縁処理が施されているのだが、バーサーカー・ウォークライは謂わば盲点的な手段、音波を媒介にした精密振動攻撃だ。
およそ物質であれば、どんな吸音構造や緩衝材であれ物理的な振動を伝播する。
振動を完全に遮断する魔法瓶のような真空間隙構造を持たぬ限り、この攻撃を防ぎ切るのは至難の業だ、と言うことだった。
監督機のモニターで練習機の兵装スペックを見ていたが、単純な火力ひとつを取っても、単機で至尊金女様の御座す広大な浮遊大陸でさえ唯の一射で消滅させることが可能だった。
つまり、至尊金女様とソラン一行との対立は何がなんでも避けなければならない。
悪夢を見ていたのか、先日に呪いを掛けられた私は馬鹿々々しいと笑い飛ばせるほど楽天的ではいられなかった。
肝が冷え、握り潰されるかとすら思えた、あの魔神との邂逅……嘘や冗談で済ますには、あの恐怖と威圧は尋常なものではなかった。
心底私は、不気味な“砂男の呪い”とやらに怯えていた。
そしてそれが始まったのは、恐怖も冷めやらず、さてこれからどうしたものかと思い悩む間もないことだった。
声が聴こえるのだ……まるで催眠の法で操ろうとするように、“力を使え”、“いつものように魅了眼を使え”と繰り返し、誰かが頭の中に話し掛ける。
やめて呉れ、死にたくない、と必死で抗う筈の私は、頭に靄が掛かったように、そう、まるで私自身が魅了眼の術式に虜にされたかのように……正常な判断を失って行った。
恐怖に眠れない日が続く中、どれほど時がたったのかも私には知覚出来なくなっていた。
昨日のことなのか、もう一ヶ月が経過しているのか、それすらも分からない……唯、声が“使え、使え”と囁き続けた。
夢遊病患者のように鬱蒼と、夢うつつに悪夢を見続けているような感覚だった。仕舞いには身の破滅と分かっていても、魅了眼を使わなければならないまでに追い詰められていた。
使う瞬間になって、誰が私をそそのかし続けていたのか分かった。
……紅玉の腹の児だ! そうに違いない、知る術はないが私は私を追い詰める者の正体を確信していた。
陰から無表情に私を見詰める紅玉を見たように思ったが、気のせいだったかもしれない。
魅了眼を鄭淑に使ったのか、紅玉に使ったのか、もうそれすらも判別付かないまでに私は正気を失っていた。
だが使った瞬間、頭の中に“使ったな”と言う薄気味悪い声がはっきりと響いた……それが砂男の声だと分かったのは、耳の尖った皮膚の黒い異形の者の心象を垣間見たからだ。
その者の眼には白目が無く、眼球全体が真っ黒だった。
恐怖に引き攣りながらも、避けようの無い災厄に捕まったのが、狂って仕舞った私にも理解出来た。
同時に身体中、皮膚の下に蠢く何かがウゾウゾと蠕動する感覚が気持ち悪くて嘔吐きそうになる。
やがて皮膚を喰い破って、蛭のような虫が腕から、肩から、何十となく現れた……気の遠くなるような生々しい醜怪な事態に、私は声を限りに絶叫していた。
蛭のような虫は、皆全て、小さな砂男の顔をしていた。
***************************
翠微の可笑しな死骸が発見されたのは、船内の共同厕所の中だったが、何があったのか船内の警備所員が駆け付けてみれば、便器の中に顔を突っ込んだ状態で事切れていた。
検分してみれば、身体中、酷く搔き毟ったのだろう、頸筋や二の腕など其処彼処に無残な傷があり、爪先に引っ搔いた皮膚や血糊が挟まっていた。普通の自傷でないのは踠き苦しんだ様に見て取れて、爪が食い込んだとみられる傷痕は一部抉れてさえいた。
警備員達は船内の犯罪取り締まりも一任されているが、あまり大騒ぎはしなかった。その為に航路の星見役は正と副の2名体制なのだから、何も問題は無い。
警備員は優秀だ……皆、一流の符術士だ。
だがその才能は船内での犯罪捜査や治安維持よりは、環境整備や外部からの脅威の排除に割り振られている。運行の安全を守護することこそが彼等の仕事だ。
実のところ操船にこそ係わらないが、飛行員や星見の領航司よりも符術力に於いては格上である。
残された無残な死体は龍山杭州いちと謳われた美貌が見る影もなく醜く歪んで、何故か右目の眼窩が洞になっていた。
顔見知りの鄭淑という男、苦もなく調略された火遊びの相手……首席航路長が遅れて駆けつけて来たが、乗組員達の間で噂になっている(当人達は気が付いていないが)相手が不審死を遂げたにしては、不思議と嘆き悲しむ風には見えなかった。
しかし、顔色だけは頗る悪かった。
それに比べて、これまた話題になっていた紅玉と言う娘……婚約を取り消された嘗ての航路長の許婚は、何故か晴れ々々として活力的と言うか、生命力に溢れて見えた。
もう隠さなくなった大きな妊婦腹は、これまた本人は気付いていなかったが、一部では医務所に相談に来る者が途切れない程話題になっていた。いよいよとなれば、警備員達で出産の面倒を見ようと交替で様子を窺っている。
老練な警備員達の中には、船の中の出産に立ち会った者すら少なからず任務に就いていた。
●
エレアノールは委縮してるんだか、思うところがあるのか、知れねえが俺の前ではひどく口数が少ない。
面と向かうと目を伏せるし、思い直したように真っ直ぐ見詰めるかと思えば、きょどって瞳が泳いだ。
「殺人に禁忌を持たぬよう感情を殺す訓練が却って仇になっている……磨き抜かれ、叩き上げられた殺人技は、躊躇無く攻撃出来るように繰り返し反復訓練したんだろうが」
「エレアノール、お前には非道に対する畏れと慄きが足りねえ……他を害し、奪い、蹂躙するとき、最初から何も感じないのと、己れの行為を理解し、罪深さを知り、これを克服するのとでは天と地ほどの違いがある」
「魅了眼……お前が侮っていい能力じゃねえ」
「眼底に書かれた符術式を抜き取った、なかなか達筆だったが、これをオート・カリグラフィーで10億回ほど重ね書きした」
「単なる魅了眼の範疇から逸脱する強力なものが出来たのは、言うまでもねえ、精神干渉系能力の究極と言ってもいい傑作だ……悍ましい邪眼は“魔性の天眼”と名付けた」
「どんなに純粋で高邁な魂も一瞬で堕落する、罪深い悪魔のような能力だ……これの威力の前では神でさえ狂うだろう」
「……この究極魅了眼の符をお前に移植する」
「なんで、魅了眼なんですか?」
エレアノールには、相手を洗脳し、運命を操ると言う行為の邪悪さがピンと来ないようだった。
「人の意思を自在に操ることの罪深さを知れば、お前は今よりもっと苦しんで、人を殺せるようになる」
●
軈てパラレル・ワールドを股に掛けた希代の次元徒賊、天翔ける厄災こと悪名馳せる夜の戦士“デビルズ・ダーク”が台頭する……その中に畏怖と共に語られるBette Davis Eyes――“魅了眼の女”が居ると懼れられるようになるのは、まだ当面、先の話であった。
構想を練る前に中華テイスト編に、アルファベットのサブ・タイトルを入れたら面白いかなって思いついたら、もう頭から離れなくなって仕舞いました
通勤の車のカーステレオにiPodを繋げています
キムカーンズのベティデイビス・アイズが流れていて、どうしても使いたくなって本末転倒に出来上がったのが本作です
“ベティデイビス・アイズ”自体にさして意味はありません
後日談も含め、軽く仕上げるつもりでしたが何故かハーレム談議になってます……ストーリーに登場するのが不思議と女性が多くて必然的に女性パーティになって仕舞うのですが、ハーレムを造るのは孤高のヒーロー的には非常にカッコ悪いと思っています(何処か言い訳がましいのはそのせいです)
デネブ=白鳥座で最も明るい恒星で全天21の1等星のひとつ/琴座のベガ、鷲座のアルタイルとともに、夏の大三角を形成している/西暦10000年の前後数世紀には、北極星になると予測されている/質量で太陽の15倍、半径は108倍、光度も太陽の54,400倍以上と、恒星としては非常に大きくて明るい白色超巨星である
媽祖=航海・漁業の守護神として、中国沿海部を中心に信仰を集める道教の女神/尊号としては則天武后と同じ天后が付せられ、もっとも地位の高い神ともされ、台湾・福建省・潮州で特に強い信仰を集め、日本でもオトタチバナヒメ信仰と混淆しつつ広まった/香港、マカオでは文化大革命の影響をほとんど受けなかったこともあり、一貫して民間信仰が盛んで各地に媽祖を祀った天后廟と、あるいは媽閣廟があるが、中でも香港の赤柱〈スタンレイ〉の天后廟、マカオの媽閣廟は有名で、観光名所ともなっている……マカオの地名の由来は、この媽閣廟〈広東語:マーコッミウ〉近くで「ここはどこか」と尋ねたポルトガル人が地名と勘違いしたことに因る
アニミズム=生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方で、19世紀後半、イギリスの人類学者、エドワード・バーネット・タイラーが著書「原始文化」〈1871年〉の中で使用し定着させた/タイラーはアニミズムを「霊的存在への信仰」とし、宗教的なるものの最小限の定義とした/彼によれば諸民族の神観念は人格を投影したものという〈擬人化、擬人観、エウヘメリズム〉
清明節=中国における清明節は祖先の墓に参り、草むしりをして墓を掃除する日であり、「掃墓節」とも呼ばれる/旧暦3月の春分の日から15日目にあたる節句に、先祖の墓参りをするとされ、春を迎えて郊外を散策する日であり、「踏青節」とも呼ばれた/「白蛇伝」で許仙と白娘子が出会ったのも清明節でにぎわう杭州の郊外であった
金紙=中国、台湾、韓国、ベトナム、琉球の道教や仏教などにおいては、紙幣を模した冥銭〈紙銭と呼ばれる〉が用いられている/祖霊信仰の一種で墓前で冥銭を焚いたり、日本のお盆に相当する時期に祖霊への供物として軒先で焚かれる/副葬品のひとつでもあり、金銭、または金銭を模した物で、「あの世でお金に困らないように」や「三途の川の渡し賃」などの理由によって死者と共に埋葬や火葬などにされる/ヨーロッパ等では硬貨を死者のまぶたの上や体に置き、あの世への通行料とする風習もある
ポリガミー=[複婚]とは3人以上の間、もしくは一夫一妻以外の結婚または配偶システムで一夫多妻制、一妻多夫制などの形がある/通常、線形単婚〈離婚と、その後結婚することが、両方可能な形〉は含まれないが、乱婚〈パートナーとのつながりを維持する期間が相対的に短い〉は含まれる/例としては、中東に広く見られる一夫多妻制、チベットやインドの一部で伝統的に行われてきた一妻多夫制があり、また近年フランスでは、サハラ以南からの移民が一夫多妻制の民族伝統をフランスに移住してからも維持することが自国文化への統合を妨げると問題にもなっており、一夫一婦制に移行させるためのソーシャルワーカーが、第2妻、第3妻の自立に援助を与えている
オープン・リレーションシップ=結婚に準じるような人間関係において、一緒に生活することを求めながら、モノガミー〈一夫一婦制〉の形態をとらないノン・モノガミーの関係をとることに合意している状態/当事者は互いに、相手が他の人物と恋愛関係なり性的な関係をもつことを受け入れ、容認、許容することがあらかじめ合意されている
ポリアモリー=関与する全てのパートナーの同意を得て、複数のパートナーとの間で親密な関係を持つことまたは持ちたいと願うことを指す/オープン・リレーションシップ〈結婚している場合はオープン・マリッジ〉との違いは、一人の確立したパートナーを持っているかどうかで、ポリアモリーの場合は複数の交際相手を対等に愛することになる/ポリアモリー的だと自認する人は二つに分けられる……ひとつは、嫉妬心を自覚的にうまく扱うオープン・リレーションシップを信じ、深い・献身的・長期的な・愛し合う関係性においては性的排他性や関係性の排他性が必須だとの考えを退け、 もうひとつの人々は性的活動をある一群の人々の間のみで、つまり閉ざされたポリアモリー的な関係性の中でのみ行う〈この関係性は通常、ポリフィデリティと呼ばれる〉/ポリアモリーは関係者全員が一同に会して行う乱交をするわけではなく、乱婚よりもパートナーとの繋がりが強いが、複婚との違いは曖昧である/かつて使用された用語のフリー・ラブ〈自由恋愛主義〉やフリー・セックスとの関係も明確ではなく、関係者の一部にポリアモリーを肯定していない者がいる場合や、関係者の中にLGBTである者が含まれる場合もある
ポリアモリー生活を送る人々にとって、より一般的なモノガミーと比較して生活をどのように整えるか、ある種の課題にどう対処するかという実践的な方法がある/異なる性的指向を持つ人々がコミュニティの一員であり、パートナーの合意を得て関係性のネットワークを形づくるのと、ポリアモリーが他のタイプのノン・モノガミーと異なる点はスワッピング〈swinging〉やオープン・リレーションシップのカップルでは非二者間の性的関係を持ちつつも感情的にはモノガミーを保つのが一般的という傾向である
乱婚=集団内の雄と雌がともに複数の相手と性的関係を持つ配偶システムで、雑婚・群婚・集団婚とも呼ばれ、原始乱婚では、現代社会を我々が理解するような到来に先立って、人類が元々性的乱交の状態において生存していたと説くところが19世紀の社会進化論の主張だった/しかし今日、文化人類学の立場からはオセアニアやアメリカ大陸の先住民のような原初的社会においても、一夫一妻ないし一夫多妻婚がほとんどであり乱婚的な社会は観察されない、また考古学の立場からも発見された遺跡・遺構から推測される古代人の社会が、どれも家族を単位とするものであり、乱婚的な性質とは適合しない……と反証されている
垢穢[クエ]=スズキ目ハタ科に属する海水魚で極めて高級な食用魚として、漁業や養殖の対象とされる/旨味成分が多く白身魚にしては脂の乗りが豊富なことから、食材としては一般的に超高級魚として認知されていて、料理店や鮮魚店などの評価では産卵した後に食欲旺盛になる夏場から秋の味の評価が高いが、よく鍋料理の具材として使われるため、「旬は冬」と言われることも多い/皮を引くと厚い皮下脂肪があるが味は淡白で、「大きくて見かけが悪いのに美味な魚」の例としてよく取り挙げられる/ゼラチン質の多い目玉や唇の肉も美味とされ、相撲界ではちゃんこ鍋の具材として馴染み深い
飲茶=中国広東省、香港、マカオを中心に行われている習慣で、中国茶を飲みながら点心を食べること/広東省出身の華僑・華人が多い中国国外のチャイナタウンや、国内の一部ホテルの朝食などにおいても行われている/朝食として饅頭〈マントウ〉や焼売などの点心を食べる事は中国各地で見られるが、合わせて喫茶に重きを置く地域は前述の広東省周辺と江蘇省揚州市などに限られ、他の地域では、米やアワの粥、麺料理または豆乳などと共に摂る場合が多い
真魚鰹=マナガツオ科の海水魚の一種で、体色は黒っぽい銀色で金属光沢があり、最大で60cm程度に成長する/側扁形の平べったい外見で、腹びれが無く鰓孔は小さく、鱗は剥がれ易い
印籠煮=薬などを入れて腰につける「印籠」に見立てた煮物で、筒切りの穴子や鰻を甘辛く煮たものや魚、烏賊の内臓を取りのぞいた中に野菜、米、豆腐、けんちん地などをつめる料理がある/魚介、肉類などを芯にして他の食材で印籠のように巻いてから煮た料理も印籠煮と称する
白和え=茹でて醤油、味醂、出汁で下味した青菜、コンニャク、もどした鹿尾菜などと、搾って潰す、或いは裏漉した豆腐と和える〈擂り胡麻や砕いたクルミを加えたりもする〉/料理店の場合、中身をくりぬいた柚子の実や柿の実に盛ることもある/菠薐草など単品の野菜を和える場合もある
真丈=[真薯]とは海老、蟹、魚の白身などを磨り潰したものに、山芋や卵白、だし汁などを加えて味をつけ、蒸したり、茹でたり、揚げたりして調理したもの/お吸い物やおでんの具にしたり、直接薬味をつけて食べるなどする/海老を使ったものをエビ真薯、蟹を使ったものをカニ真薯という風に呼び、他に鶏肉や鶉肉などを使ったものもある
卯の花和え=膾の魚や野菜等をおからで和えたもの/きらず和え、吹雪和え、からまぶし、雪花和えとも
姫栄螺=腹足綱古腹足目リュウテン科に分類される巻貝の一種で、日本では代表的な食用貝類の一種としてサザエの壺焼きなどでよく知られる/小型のものは近縁種のナンカイサザエと同様に「姫さざえ」などの名で市場に出回ることもあるが、「ヒメサザエ」という種があるわけではない
鞘巻=車海老のことだが、武士の腰刀の鞘に刻み目が付いていて、 車海老の縞模様がこれに似ていたので車海老の略称を最初鞘巻き〈さやまき〉と言った……これが訛って、サエマキ、 サイマキとなり、これが小さな車海老の呼び方になった
鯒[コチ]=上から押し潰されたような平たい魚体と大きな鰭を持って海底に腹ばいになって生活する海水魚の総称で、ネズミゴチ、マゴチ、メゴチなど、どれも外見が似ているが目のレベルで異なるふたつの分類群から構成される/天婦羅の食材となるのは一般的にはメゴチ〈女鯒〉と言う種類で、スズキ目コチ科に属する魚類/身は淡白でキスに劣らぬ美味であり唐揚げ、煮付けなどにもするが、一般に高級魚としては扱われない/伝統的な江戸前の天婦羅種として東京では珍重され、また魚肉練り製品の材料にも用いられる
牡丹海老=軟甲綱十脚目タラバエビ科〈鱈場海老科〉に分類されるエビの一種で、回転寿司などではこの近縁種の一部も「ボタンエビ」と称して流通しているが、本種はその中で特に「本牡丹海老」や「本牡丹」と呼ばれている/海老の中でも漁獲量が少なく、とても高価なので料亭や高級寿司店以外ではあまり見かけられない
海胆=ウニ綱に属する棘皮動物の総称で別名にガゼなど……「雲丹」の字をあてるときはウニを加工した食品を指す/棘皮動物は五放射相称の形をしており、棘のために分かり難くはなっているものの、ウニも五放射相称であり、炭酸カルシウムの球状の骨格を持ち、骨格上の疣から棘が伸びている/生殖腺〈精巣・卵巣〉を食用にする/主に食用とされるのはホンウニ亜目のバフンウニ、エゾバフンウニ、キタムラサキウニ、アカウニ、ムラサキウニなど
スッポン=爬虫綱カメ目スッポン科スッポン属に分類されるカメ/他のカメと異なり、甲羅表面は角質化していないので軟らかく、この甲羅の性質のため他のカメよりもかなり体重が軽い/滋養強壮の食材とされカロリーが低く、タンパク質、脂質が多く、コラーゲンを豊富に含み、ビタミンB1、B2が非常に多い/スッポンからとれる出汁は美味とされ、スッポンで拵えたスープや雑炊、吸い物は日本料理の中では高級料理とされる/スッポンは形状が丸いため「まる」とも呼ばれ、スッポンを鍋料理にしたものはまる鍋と呼ばれる
北寄貝=二枚貝綱異歯亜綱バカガイ上科バカガイ科の一種で、一般的には姥貝と呼ばれ、もともとホッキガイの名称は北海道のものだった/主に加熱済みのむき身の冷凍状態で流通し、生や殻付きは少ない/生の斧足の縁は黒っぽいが、加熱すると鮮やかな赤に変わる/市場ではサイズにも依るが食用の二枚貝としてはやや高価であり、生体は斧足内に砂が多く、さらにアサリやハマグリのように砂を吐かせることが難しく、一方で貝柱が発達していないため殻を閉じる力は弱く、このため下拵えはナイフやヘラでこじ開け、身を切り開いて水洗いする
山葵=アブラナ科ワサビ属の植物で日本原産/中国の近縁種とは、約500万年前に分化したと推定され、山地の渓流や湿地で生育し春に4弁の白い小花を咲かせる/根茎や葉は食用となり、強い刺激性のある香味を持つため薬味や調味料として使われる/漢字で「山葵」と書く由来は諸説あり、一説には深山に生え、ゼニアオイ〈銭葵〉の葉に似ているからといわれている/ワサビの語源については、平安時代中期の「本草和名」〈918年〉には、「山葵」の和名を和佐比と記している/ワサビの名が付く近縁な植物としてセイヨウワサビ〈ホースラディッシュ〉があるが、加工品の粉ワサビやチューブ入り練りワサビなどでは原材料にセイヨウワサビのみを使用したり、両方を使っていたりするため、日本原産のワサビを本わさびと呼び、これを使ったものを高級品として区別していることが多い/冷涼なところを好む性質で、栽培方法を大別すると、水栽培で渓流や湧水で育てられる通称水ワサビ〈谷ワサビ、沢ワサビ〉と、畑栽培で育てられる通称畑ワサビ〈陸ワサビ〉がある/水栽培の水ワサビはワサビ田で栽培し、その根茎は生食用として利用され、このワサビ田は溪流式、地沢式、平地式、畳石式の4つの様式に分かれる/畳石式とは、ワサビ田に石を下から順に大・中・小と積み上げたうえに砂利を敷き、そこに通した湧水をろ過したうえで酸素・養分を含ませ、高品質なワサビを育てる栽培法/畳石は数十年ごとに敷きなおす「畳替え」が必要で、コンクリートによる代用は食味が落ちるという/山間部の北斜面で、水が濁らない湧水地がよいとされる
ツァオニイマー[操你妈]=“お前の母ちゃんを犯すぞ”、という中国を代表する国罵
手水鉢=元来、神前、仏前で口をすすぎ、身を清めるための水を確保するための器/その後、茶の湯にも取り入れられ、露地の中に置かれるようになり、つくばいと呼ばれる独特の様式を形成していった
禮記六礼=結婚に際しての六種の礼で、納采・問名・納吉・納徴・請期・親迎の総称
国子監=隋代以降、近代以前の最高学府で西晋武帝の276年に国子〈貴族・官僚の子弟〉の教育機関として設置されたが、実際に教育機関として機能するのは恵帝の293年頃のことで、当時は太常や太学の管轄下にあった/教育行政官庁かつ太常などから独立した組織を持つようになったのは北斉時代に国子寺として設けられてからのことであり、隋の593年に「国子学」、607年に「国子監」と改称された/唐代には長安に国子学〈博士2名・助教2名・五経博士5名・学生300名〉・太学〈博士3名・助教3・学生500〉・四門学〈博士3名・助教3・学生500・俊士800〉・律学・書学・算学・広文館などの教育機関があり、これらを統括する行政機関として国子監が設置されて国子祭酒・国子司業以下の職員が置かれた/「東都」と称された洛陽にも国子監が設置されて、唐代にはそれぞれに入学する資格に父祖の品階が深く関わっており、庶民は俊士になる以外に学生になることは出来なかったが、宋代には太学・四門学にまで入学可能となった
柔术=演者が自分の体を極度に曲げたり捻じったりする曲芸または身体表現で、現代ではおもにサーカス、大道芸、その他ショーで行われる/西洋においてはコントーション、中国雑技の分類においては「柔术」が該当する
女誡=中国後漢の儒家書で班固の妹班昭撰/孫女の嫁するにあたり、妻としての訓戒のために著わしたもので、卑弱、夫婦、敬順、徳行、専心、曲従、和叔妹の七篇から成る
玉門関=甘粛省敦煌市の北西約90kmにある、かつて建設されたシルクロードの重要な堅固な関所のひとつで漢と唐二度に渡り建立された/現存する玉門関遺跡は唐代のもので、俗称は小方盤城/元来は漢代に武帝が河西回廊を防衛する目的で、長城をこの地域に建設し紀元前108年から107年にその最西端に建造されたとされる/その後に、六朝時代には交通の要綱として栄え、唐代に再建された際は安西の東側に建設された
喀什[カシュガル]=新疆ウイグル自治区カシュガル地区に位置する県級市/タクラマカン砂漠西端に位置するオアシス都市で中華人民共和国最西端の町、天山山脈の麓に位置し、標高は1200メートル/地勢は平坦で、土地は肥沃であり、桃、葡萄、無花果、杏子などの果実を産出する/中央アジアやインド、中国本土から延びる交通路が交わり、古くから交通の要衝であった
渾天儀=天球上の天体の動きを模した機器で、紀元前1世紀の漢の時代から独自に発展してきた/特に2世紀の天文学者である張衡は、世界で初めて渾天儀に動力を導入した人物として知られている/中国の歴史を通じて、天文学者は星の観測の補助として渾天儀を用い、また暦の計算などにも用いられてきたが、前漢の時代に落下閎、耿壽昌らによって改良が加えられ、紀元前52年に耿壽昌は天の赤道にあたるリングを加えた/続いて後漢時代の84年には賈逵らによって黄道のリングが加えられ、125年には、政治家、天文学者、発明家として著名な張衡によって地平線と子午線に当たるリングが加えられ、渾天儀はほぼ完成した/また張衡は世界で初めて水力で動く渾天儀を発明した/漢帝国滅亡後の323年には孔挺が黄道リングを天の赤道リングの任意の場所に留められる渾天儀を発明し、また唐の李淳風は633年に複数の天文観測を計算できる3つの球からなる複雑な渾天儀を発明した
ニーハオトイレ=中国の便所〈厠所もしくは洗手間という〉でよく連想されるのが俗に「ニーハオトイレ」と呼ばれる仕切り無しの共同便所である……これは公衆便所と勘違いされるが、純粋な公衆便所は少数で多くは自宅に便所を持たない住民が共用する便所である/大都市部ではやや少なくなってきたが、地方都市や農村などではまだまだ多く見られる形式だが、近年は外国人観光客対策や衛生上の問題などから個室タイプの水洗式便所が推進されている/大便器〈多くは四角い穴か長い溝のみ〉の間は一応仕切り板で仕切られていても仕切りの高さは1mほどで、扉も無い場合が多く、あっても仕切りの高さかそれ以下/また、その仕切りさえ存在しない完全オープンタイプで、四角い穴や長い溝だけが存在するというものも多く、用便中の姿が他の利用者に丸見えである
霊宝経=中国三大宗教のひとつである道教に関する経典で、成立年代を異にするものからなっており、江南地域には五方〈東西南北と中央〉の神々に働きかける力を持つとされる「霊宝五符」というお札を備えることによって災いを避けて不老長寿を得るという信仰がある/楊羲も「霊宝五符」を授かったという記録がある他、4世紀末から5世紀にかけて葛洪の子孫によって「度人経」を初めとする経典の作成が試みられ、のちに「新経」が作られた/「霊宝経」は漢訳仏典との関係が深く、輪廻転生や因果応報思想と一切衆生の救済という大乗思想が説かれるほか、儀式・戒律や経典の文体・語彙など様々な面で仏典と類似している
パラフィリア障害=一般的に性的倒錯、性的嗜好障害、あるいは性嗜好異常は、英語でパラフィリア〈Paraphilia〉と言い、人間の性に関連する行動において精神医学における病理的な精神疾患と診断される症状・性的嗜好を指す/広義には常識的な性道徳や社会通念から逸脱した性的嗜好を指すが、ただし性道徳や社会通念は抽象的な概念であることから、その基準や境界線は時代や文化、個人の価値観によって多様な解釈や定義が存在しているので、それらの多様な解釈や定義が偏見や差別の原因となる場合がある/当人が何らかの性的嗜好を持っていたとしても葛藤や苦痛が無く、第三者や社会秩序にとっても具体的な問題が生じていない場合は精神医学的にも社会的にも許容範囲の性的嗜好とみなされ、つまり医学的には正常な性嗜好である
玉皇大帝=玉皇上帝、あるいは玉皇、玉帝は、中国道教における事実上の最高神で、天界または宇宙の支配者であり、その下の地上・地底に住むあらゆるものの支配者でもある/現在も庶民から篤く崇拝されており、民間信仰や、東南アジアなどの華僑の間では最高神として扱われる/上帝〈昊天上帝、天帝とも〉が古くから天の主催者として信奉されてきたが、道教では「太元」を神格化した元始天尊と、次には「道」を神格化した霊宝天尊〈太上道君〉、その後これらに「老子」を神格化した道徳天尊〈太上老君〉を加えた三柱〈三清〉が最高神とみなされていった/「玉皇」という名称は古くは六朝の道士・陶弘景の「真霊位業図」の中にみられるが、その地位はあまり高くはなかった/唐代にはその名称が普及し、詩文の中で天帝の美称として玉皇や玉帝といった名称を用いるようになっていった/玉皇上帝が本格的に最高神とされるようになったのは北宋だが、真宗が大中祥符8年〈1015年〉に「太上開天執符御歴含真体道玉皇大天尊」という尊号を賜り、国家的な祭祀対象となった/また徽宗が政和6年〈1116年〉に「太上開天執符御歴含真体道昊天玉皇上帝」という尊号を追贈し、昊天上帝と同一視されるようになる
応援して頂ける、気に入ったという方は是非★とブックマークをお願いします
感想や批判もお待ちしております
私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です
https://ncode.syosetu.com/n9580he/