60.符術ワンダーランド
「鑒澹磷聯裵汪、尹久裵! (怪しい奴、動くなアルよ!)」
「おい、おい、俺の気分がナーバス過ぎて脳内変換が上手くいってねえのか? おめえ等にはどう聞こえてる?」
「……同じと思うぞ、妙な語尾がある」
近くに寄って来た半裸のネメシスが答える。
お前、オッパイぐらい隠せよ。
妙に愛嬌がある土着民達は、五頭身ぐらいの珍竹林なプロポーションで威嚇してくるので、なんだか警戒心も薄れるな。
岩峰押し並ぶ深山幽谷のちょっとしたテラス状の丘陵地帯に放り出され、ここが何処なのかメシアーズに付近を探索させるも、どうやら元居た世界に戻って来れた気配は無い。
なんの因果かおまけで付いてきた“ベナレス”とのリンケージに多大なリソースを割いているらしいメシアーズの、レスポンスが今一だ。
だが今いるらしい場所の特定とこの大地……星の構成素材や鉱物の原子構造は大体把握したが、特に危惧すべき要素は見当たらねえ。
眼下に望む、林立する石柱の奇勝は石灰岩層らしきものが浸蝕して出来たものだろう。椎や樺の類い、松や笹、野薊に似た植生が確認出来る……幾分高山の矮小植生だが、小楢や水楢なんかに似たのもあるから夏緑樹林帯だろう。
いや、真っ当な季節があるかはまだ分からねえな。
鋭く尖った懸崖や山容が周囲を取り囲み、雲海が下に見えて空気も薄いようだが、大気測定では有害な化合物も有毒な細菌類も検知出来なかった。
好い天気だった……陽射しも丁度好い。
「見えるか?」
「……吾の動物図鑑のデータベースに依れば、イグアナ豹鷲に似とるかの、だが嘴が黄色いのお?」
10000メートルほど上空に、鳥の群れ飛ぶ気配があった。
額に手を翳したネメシスが、天空を振り仰ぐ姿をただ見つめ続けていた……きっと、またやっちまったんだな。
俺達は、またもや見知らぬ世界に飛ばされていた。
少しだけ懐かしいような匂いがした。
土の匂い、泥の匂い、草の匂い、砂利の匂い、樹木の匂い、水の匂いや獣の匂い……久々に嗅ぐ濃密な天然の匂いだった。
魔素が枯渇したハイ・テクノロジーな世界は、空気中の微粒子にまで徹底したクリーン化が進んだ、謂わば過剰な潔癖社会……抗菌加工されていない素材の方が珍しいぐらいの環境だった。
異邦人の俺達にしてみれば、寧ろそっちの方に違和感を感じる。
だが馴染む馴染まない以前にナイトメアから降り立った俺達は、ここが何処かよりも、またまた見知らぬ世界に飛ばされて仕舞った事実に、ショックを受けていた。
ベナレスの収束する高密度のマナに当てられ、勇者召喚のギフトを無理矢理にシフトアップしたシンディの、不完全な異世界転移が招いた結果だった。
そりゃあそうだ。無数に存在するだろうパラレル・ワールドに、なんの案内も無くぽっと転移しただけで元居た世界に戻れる確率は、限りなくゼロに近え。
今度は宇宙空間じゃなかっただけ、増しってもんか?
いい加減にしろよ、ネメシス!
ナイトメアから降りてポリポリと顳顬を指で掻く、しらっと無自覚に他人事みてえな顔してやがる美少女然としたこいつが、無性に憎たらしく思えてきた。
安全確認が済むまで装甲ハッチを切るなって命令を無視して、一番に飛び出しやがって、馬鹿が!
元はと言えば、お前の自分勝手な暴走のせいで俺達は永遠に異世界を彷徨い続ける羽目になってるんだ……どう、責任を取るんだ。
って責め苛めば、さあ殺せっ、とばかりに戦闘甲殻を脱ぎ出す相手に、犯すぞ、コノヤロー、と半分やけっぱちな修羅場を繰り広げること1時間余り……間に入って宥めるアザレアさんなんかのお蔭でなんとか収まったが、二人とも肩で息を吐いていた。
怒りと憤りで涙が滲んだ俺を見るネメシスの瞳も、同じように涙を溜めていた。
こうしていてもなんの解決にならないのは分かり切ってるのに、これから先、当ても無く流離う無力感に八つ当たりしたのは如何にも子供染みている。
お蔭で辺りが悲惨なまでに抉れたり、穴が開いたりしていた。
「こと邪悪に関してはオールパーパスなてめえが見せた泣きっ面に免じて、今日のところはこれぐれえで勘弁してやらあ」
「ふんっ、其方こそ涙する感情が残っておって存外じゃったわ」
「次に対価を頂くときは、是が非でもそのみっともなくもしょっぱい涙を奪ってくれん」
互いに憎まれ口を叩いて手打ちにしようとしたときだった。
多くの蹄の音を聴いたと思ったら瞬く間に騎馬軍団のような一団が目の前に躍り出た……嘘だろ、初めに気配を感じたときはまだ30キロ程の距離があった筈だ。
馬らしき生物には、6本の足があった。
如何に馬の足が多かろうと、このスピードには何か仕掛けがある。
現に、何か魔術らしきものが発動した気配を感知していた。
連続短距離転移か、時間加速式か?
こんな山岳地帯に騎馬民族がとも思ったが、視認する前に気配察知が働いてはいた……どうやらアンネハイネが居た世界とは違って、今度の世界には必要十分な魔素が満ちていた。
俺達は息を吸って吐くように、久々に魔素の有り難味を噛み締めていた。元居た世界とも、ベナレスの凝縮されたマナとも違い、何処か清々しくさえあった。
馬に似た何かに騎乗した一団に取り囲まれたのが、この世界の知的生命体とのファースト・コンタクトだ。
綺麗にブラッシングされてるが高所に生息してるせいか、馬擬きからは濃密な獣脂の香りが漂ったし、民族衣装染みた派手な柄の騎馬服を着た一団からも香油の匂いがする。
ところが読心スキルが伝える相手の思考がおかしい。
バグってねえよな?
「鑒澹磷聯裵汪、尹久裵! (怪しい奴、動くなアルよ!)」
「齟跽宄麽、鬻灾妣囹! (変な奴等、何処から来たアルか!)」
暫く様子を窺っていたが、口々に喚き立てるこいつらの語尾がことごとくおかしい。
(メシアーズ、サンプリングを開始しろ……言語解析を急げ)
「あー、敵意はねえから、そう警戒しねえでくれ、俺たちゃあ虫も殺さねえ善人だぜ」
「善人嘘吐かないアルよ」
思念伝達と感覚共有の魔術、マインド・プロジェクションを同時併用して話し掛ける。
(平気で嘘を吐けるのは、お前の美徳よな)
(うっせえよ、古女房みてえな掛け合い漫才するんじゃねえよ)
(ずっるぅい、ネメシス姐さんだけ奥さん扱いじゃんっ)
(妾なんかさ、抱き起されたと思ったら、顔の真ん中にグーパンだよ、グーパン、信じられる!)
(おめえは少し反省してろや、暴走娘っ!)
(シスたそ様、乳首丸出しなのは少しはしたのう御座いますっ)
(ソラン、こいつら少し殺していいか?)
(ビヨンド教官、洒落になんねえから少し落ちつこ、なっ?)
お先真っ暗なムードが、一瞬で通常運転だ……ほんと俺たちゃあ、何処に行ってもチョレえな?
思念波のコンマ何秒かの間の遣り取りだが、緊張感も何もあったもんじゃない。この能天気さが長生きの秘訣かな?
魔術が発動する兆しがあった。
身構える前に、奇妙な一団はバタバタと斃れていく。
「あぁ、こいつは悪い、うっかりしてたぜ!」
魔素が充分に満ちた環境で自然に吸収と発散を繰り返し、認識阻害も無いままに無自覚に魔気を放出していたらしく、気の毒な襲撃者達はどうやら気当たりしちまったようだ。
馬擬きまで、バタバタ横倒しになる。
打ちどころ悪くて死んじゃわないかな、って以前に白目を剥いて、喰い縛った歯の隙間から泡を吹いてら。
どうしよ、これ……初めての世界で初っ端に人殺しちゃうのもな?
仕方ねえから皆んなで手分けして、息のある奴、遺体と分けてうずたかく積み上げていく。
押し並べて身体が小せえし、男も女も辮髪みてえなヘアスタイルだった。年配の男は泥鰌髭みたいなおかしなヒゲをはやしてるし、繻子地の丸い帽子を被ってる。
不揃いだが、着てるのは布地や革製の前身頃と後ろ身頃の間に大きくスリットがある、旗袍って衣装に似てるな……派手な民族衣装の柄と色彩で縫い取りがある。
大体こいつら、不用意に出過ぎなんだよ。よく見りゃ、土石流か噴火みてえな自然破壊の悲惨な痕跡が分かんだろうがっ。
大半吹き飛ばしちまったが、岩菖蒲かリコリスに似た赤い花が岩肌を這い登る山風に揺れていた。
「あぁっ、シンディ、ぞんざいに投げんな!」
物みたいに投げ上げる雑な扱いに注意する俺の横では、上半身のプロテクターを外し、フィッティングスーツの上を諸肌脱ぎにしたカミーラが、何年か振りに大きな漆黒の翼を出していた。
いつの間にか戦闘スーツのヘルメット用に短くしていた黒檀のような深い艶の黒髪が、背中の中程まで伸びている……髪の毛の出し入れまで自在なんて、便利だなホムンクルス。
魔素浴をしてるそうだが、大きなオッパイが丸出しだった。
そのまた横では同じような格好で、天使のような白い羽を出すネメシスが、気絶した女の足を掴んで放り投げた。
わさっとした金色の髪は、短く切りそろえる前のボリュームを取り戻していた。ほんと便利だな、ホムンクルス。
「だからっ、投げんじゃねえって!」
更にそのまた横では、第一回オッパイクイーンのアザレアさんが同じようにオッパイをほり出している。
「アザレアさん、別にオッパイ出す必要ありませんよね?」
「なんで対抗しようとしてるんですかっ!」
イスカ体の能力を引き継いでるアザレアさんだが、羽を出す必然性はねえし、だから脱がなくていい。
「………でも」
もじもじして内股になるぐらいなら、最初からオッパイ出さねえで欲しい……あんた淑女教育習いましたよね?
「でもじゃないでしょ、魔素の吸収なら裸にならなくっても出来ますよね?」
「腕で抱えて、オッパイ突き出さない!」
あぁ、もう家の女共はどうしようもねえ……なんだか、小言爺いみたいになりながらセイクリッド・ヒールと死者蘇生魔術のリザレクション、復活修復魔法リカバリーを掛けて、原住民を元に戻した。
何人かが、手に呪符のようなものを握っていた。
多分、符術を媒介とした魔力の発動なんだろう。
飛ばされて来た世界で、ベナレスに突入したメンバーが見知らぬ山岳地帯に投げ出されていた。
要塞母艦“棺桶”に残して来たメンバーはどうなったか即座にサーチしたが、無事一緒の世界に飛ばされて来ていた。
通信も問題無く通じる。
同じ星の周回軌道まで降りて来ている……ベナレスを監視するよう距離を取っていたからか、離れ々々なのも頷ける。
シンディ機のハッチを強制解除、暴走したシンディが気を失っていたのを助け起こした時、半覚醒で呟いたのが、もっとグチョグチョにしてだったので、思わず顔面にグーパンチを叩き込んだ。
(咄嗟の判断だったが、転移する瞬間にベナレスをデータにコーデックした……メシアーズの進化は、遂に宇宙の謎だったメイオール銀河の圧縮技術を解き明かしてる)
残留思念とも呼べる意志を持って、広範な電子の海に広がる常駐型デバッグシステムが、現在の状況を説明してくださいます。
メシアーズと言う宇宙規模級の……私達の世界で言うところのパルサーネットに匹敵する、ううん、おそらくは凌駕するだろう超高速演算制御機構の中にエルピス様の意識はコピーされています。
「メイオール銀河とはなんでしょう?」
(ソラン君達の世界の先史文明だったヒュペリオン大聖国の遠い祖先だ……宇宙を渡って来た)
(ソラン君の支配下に入ったベナレスは、デコードされて虚数空間に存在している……丁度、この惑星に重なるような位置座標で別空間に展開してる)
(吸い尽くすことはないだろうけど、魔力量の潤沢な恵まれたこの世界に来て、早速吸入を始めたようだね)
(もしかすると転移する先々の世界で魔素を吸収し続けると、とんでもないことになるんじゃないかな?)
ちょっと、あまりにも想像を絶する話なんで軽く眩暈がして来ました。ウンコたれ、もといエレアノールさんが血の気の引いたわたくしを揺するんですけど、心此処にあらずの状態です。
(でもね、君に譲られた伝家の宝刀は魔力に反応するように造られていた……これの意味するところは、つまりベナレスに導かれる者は魔術がすっかり廃れた世界に、起死回生の何かを投じれる存在でなければならない、と言うことだ)
(ソランは、きっとベナレスに選ばれている……56億7000万年先のマナのビッグバンを助長する起爆剤だ)
(心配なのは、残された世界だ)
(知っての通り、サイコニュームは究極の装甲板、ベッセンベニカ鋼板精錬の触媒であるばかりか、“セイント・マーチン教団財閥”が提供するナノマシン・チップの原材料だ)
(つまりサイコニュームで成り立っていた技術は、一切が滅んだと言っていい)
(あの世界が衰退から、どうやって立ち直るのか……残してきた孤児院、思い入れと愛着のある“レッサースライム&グレムリン児童養護施設”のこともあるし、ちょっと心配だね)
「戻れないのでしょうか?」
(……パラレル・ワールドを渡っていける、何等かのナビゲーション・システムが無い限り、無理だと思う)
「造れる……ものなのですか?」
(圧倒的に検証する事例が少ない、もうちょっとサンプリング出来ればいいんだけど)
(……今は、ソラン達との合流を急いだ方が良い、メシアーズのオートパイロット・モードを解除するよ)
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停止から10分で自動的に透明化モードに移行するナイトメアを再起動した途端、原住民達は大変な騒ぎになったが、お蔭で最初の高圧的な威嚇は影をひそめ、現金にも従順に異邦からの客を歓待する雰囲気になった。
巨大な“天翔けるコフィン”が降下してきたときは、この世の終わりだと言う騒ぎになって、収拾するのが地味に面倒臭かった。
アンネハイネ達と合流し、ナイトメアを格納するも、超弩級要塞戦艦バッドエンド・フォエバーでの移動はあまりにも仰々し過ぎる。
要塞母艦は高々度を保ち、上空で待機……俺達は、特攻艦巨人竜7号でのんびりと原住民達の部落を目指していた。
最初、乗るのを怖がって顔を引き攣らせていた連中だが、どうにかこうにか急造の展望ラウンジに座らせた。馬擬き達も一緒だ。
なにせ戦闘用だから、招待客を乗せるようなスペースは確保してねえ……仕方ねえから後付けの拡張デッキを急遽、補完した。
「哎呀、お客人、この船凄いアルなあっ、大都の王宮ですらこんな快速船は持っていないアルよ!」
してみると、この世界にも空を航行する技術はあると言うことか?
メシアーズの記憶読み取りで言語解析が終わり、各自翻訳ソフトをインストールしたが、民族性なのか意味不明な語尾は消えなかった。
「それで、あんたらの巫術とやらは神字と呼ばれる甲骨文字の聖なる力を借りてるって話でいいのか?」
「ハイな、私等黒竜八旗族は、カミナリや天候操作に秀でた巫術を代々伝えてきた一族アルね」
さっきから積極的に俺の相手をして呉れるのは、歳の頃20代と思われる妙齢の美女なんだが、目の細さや珍竹林な五頭身のプロポーションも相俟って、実に微妙だ。俺達の標準的な体格からすると、頭ふたつ分も背が低い。
山岳馬賊のせいか、顔も薄汚れているし、なんだか体臭も濃いな。
まぁ、この連中からすれば美人の部類なんだろうから、突然の来訪者の相手をさせて機嫌を取ろうって腹なんだろう。
考えの底の浅さが透けて見えて、面白い。
媚を売るように品を造ったり、色目を使ったり、あまりにも芝居染みてて分かり易過ぎるぜ。
通信でアンネハイネから最初に聴いて、ベナレスが俺を所有者と認めてくっ付いて来たと知ったときは、完全な予想外に絶句した。
しかしこの場合、膨大な質量を出現させて転移先の世界を破壊して仕舞う可能性だってあった。
エルピスの機転をこそ、褒めるべきだろう。
しかしひとつの世界の魔力の全てを持ち去ったばかりか、あそこの文明の基盤であるサイコニュームの供給が絶たれちまった。
おそらく技術水準は大きく失墜する。
例えば電力供給ならば幾つか発電方法があって、選択肢を変えれば代替えが効くかもしれねえ。
だが恩恵のレアメタル、サイコニュームは唯一無二……代わるものはあり得ねえ。
依存度が高過ぎた。
残された人類達の命運を愁えても仕方ねえ……何しろ俺達は戻れねえし、コンタクトする方法さえ見い出せていねえ。
時間遡行の魔術なら、転移する前に戻れるのか、保証もねえ。
つまり、手詰まりだ。
「私達の村は、あそこの山陰にあるね、結界に囲まれてるから見つけにくいアルよ」
「結構離れてるじゃねえか、どうして俺達の気配が分かった?」
「あそこの山域は私達の神域アルね、霊峰石林は浄域結界に囲まれてるから侵入者があれば立ち所に分かるアルよぉ」
そう言えば薄い結界らしきものがあった……あんまりにもショボくて気にも留めなかったが。
眼下に望む石柱の林のような山容の岩肌には、多くの石窟や磨崖仏染みた建造物が見て取れ、高原匈奴と名乗った半遊牧民族の末裔たるこの連中の隠し里があった。
ハニトラ美人局要員は大奶と言った。渾名なのかどうかは分からないが、彼女らの部落は群婚や多重婚などの集団婚が慣習化してるらしいから、この娘も部族内で何人もの男と契っていた。
死んだお袋も(あ、いや、まだ生きてるかもしれねえが)、こんな世界に生まれてりゃあ、また違った人生だったかもしれねえな。
大奶にしてみれば別に悪気は無いんだろうが、なんて言うか民族性の違いなんだろうけど、外部の驚異を懐柔しようとする考え方に随分と阿漕なものを感じる。
彼女らの集落の手前に着陸すると、朱塗りの太い杭に囲まれた砦からワラワラと矮躯の部落民が躍り出てきた。
砦の杭にはなんだかベタベタと護符が沢山貼ってある。
後で訊いたが、巫祝の術式符で除鬼病符と言い、魔物などの侵入を斥けるそうだ。
「大奶から聴いてるアルよ、旅のお方、村一同歓待するアルよ!」
おそらく、通信に似たような以心伝心の術式でもあるのだろう。
「天帝の御船の如き飛空船を操るお方、どうか心ゆくまで滞在して頂きたいアルね!」
「今夜は中央神殿で宴を催すアルよっ!」
一族の長老らしき派手な祭貴服に身を包んだ何人かが前に進み出て馴れ々々しく歓迎の意を示すが、やっぱり珍竹林なので気が抜ける。
天揖って言うのか、拱手した礼でお辞儀をされた。
「吾がその存在をふたつに分けられた後の片割れは、永らく東方世界を彷徨うことが多かったらしい」
「その時に慣れ親しんだ東大陸の中華系言語に、何処か似ておるようじゃ……どうも自動翻訳の変梃りんな語尾が鼻につくが?」
ネメシスは嘗て霊体化するときのオズボーンとの交換条件で、弱体化の為にその身をふたつに分けた。
セルダンの隷属から逃れる為だったが、苦渋の選択だったらしい。
いや、言われなくても分かるぜ。
これだけコテコテの脳内変換で、なんちゃってステレオタイプのキャラクター語尾、アルよ、アルねの耳障りがうんざりなんだが?
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「シャルル・カルソンヌのセルジュ村に、変わりはないのでしょうか……今ぐらいの季節だと、香りの好い茸が沢山採れましたっけ」
「ギルドマスター代理のキャリコさんは、髪も白くなられたでしょうね、お元気だと良いのですが?」
「どうしたアザレアさん、唐突に、何故今里心だ?」
望郷とか、回想とか、人外になってからは気丈にもそんな素振りは一度も無かったのに、矢張りアザレアさんも人の子か……
「いえ、こうした朴訥な集まりがあの頃の昔を思い出させると言うか、こんな生活久し振りだなって」
部落の真ん中には天壇のような円形の神殿があって、龍に似た神獣の図柄が高い天井に描かれていたが、吊り下がった幾多の装飾灯籠に照らし出されて、日没前から始まった宴はたけなわだった。
所狭しと並べられた牀とも胡床とも呼べる座椅子で車座になり、香炉に焚き込めた香草は申菽、杜茝と聞いたが、知らぬ類いの花の香りが漂っていた。
……もっとも、村人の体格に合わせて作られた椅子は少し窮屈だったが、我慢出来ねえ程じゃねえ。
糯米と高粱を餅麹で発酵させた酒は、アルコール度数は高えが口当たりは好い。
馬乳酒や酪酒の類いもあったが、俺は断然こっち派だ。
「セルジュはボンレフ村の隣だ……支部機能すらない貧乏出張所だったが、俺の分身がちゃんと起動してりゃあ、守りの範疇だ」
「ネメシス・ブルワリーのビールを配達したドローンに紛れて、安全装置を故郷の村に置いた……俺に何かあれば、即座に起動する」
嘗てネメシスの我が儘に付き合って、ビール醸造に研鑽してた頃、位相亜空間のボトリング工場から出荷したビールを贈答用に箱詰めにしたのを、高速ドローンで配ったことがあった。
村を捨てた俺だが、親を蔑ろにしたい訳でも、行く末に興味がない訳でもねえ。復讐の為に危険な綱渡りをしてるような生き方をしてりゃあ、罷り間違って親達より先に逝っちまうかもしれねえ……残してきた父親に先立つ不幸を詫びる代わりに、村の安寧を見届ける守護アバターを設置してあった。
「そいつは道端の魔除けの石像、ガーゴイルみたいなもんを模してあるが、俺が失踪すると同時に、式神と言うか、俺の依代として本来の姿が解放されている筈だ」
「俺と同じ記憶を有して立ち上がる分身体は、全部じゃねえが能力も可成り引き継ぐ……それ相応の強大な魔力を封じ込めてある」
しかも防御アバターは、俺本人よりも紳士的な性格に設定してある……つまり捻くれてねえ。
それにと付け加える話は、トラップ島トラップウエストに設置した万能攻撃マルチプル・ターミナル、“イリュージョン・インセクト”やメシアーズ改造版の高水準魔族魔物忌避装置……これらの鉄壁の防護装置は大抵の脅威や、人為的な暴威を斥けること、
同じものがシェスタ王国の王都にも仕込んであること……復讐すべきサイコパス勇者を失った腹癒せに王家一党と国王派貴族をことごとく血祭りにあげた後釜政権に、フランクリンを旗頭とした反王政主義活動家の一派が議席政治を持ち込んだ。
裏で目立たぬように暗躍しちゃあいるが、国交メンバーのスウィッチが上手くいくまでサポートすることにした。
“シェスタ独立運動”のフランクリン・キャリコは、世話になったギルマス代理エイブラハムの実子だ。
――シェスタ王国が今どんな状態なのか知る由もねえが、一旦故郷のボンレフ村に災厄が降り掛かれば、俺の分身体は黙っちゃいねえ筈だ。必ずや世界を敵に回しても、守るべきを守る。
余興の歌舞音曲は半裸の女達が劣情を煽るような仕草が目立った。
嫋やかと言うよりはアップテンポな舞闘技のようだが、あからさまなポーズが織り交ざる。
弾き方は、琵琶や琴のような箏、瑟、ハープのような箜篌、パンパイプのような排簫なんかの素朴な音色ながらも、技量や旋律自体はなかなかのもんだ……悪くはなかった。
小さなシンバルの鐃鈸や板鼓などの打楽器のリズムで、芸妓役が舞い踊った。
「お客人、楽しんでるアルか?」
強引に酌婦を買って出た大奶が、こっちの迷惑も顧みず擦り寄ってくるが、表向き本人に悪気はねえから邪険にも出来ねえ。
黛と言う眉墨で峨眉を整え、薄く胡粉まで佩いちゃいるが、俺はこの女が平気で痰を吐いたり、手洟を擤んだりしてるのを見てる。
まっ、民族性の違いって奴か?
「あぁ、この雉子擬きの羹ってえか、雑煮は美味いな」
「気にいてくれた、アルか?」
「こっちは川獺漁で獲った山椒魚、娃娃魚の唐揚げアルね、高級珍味アルよ、ひとつどうネ?」
(……お前らも火は通してあっても、雑菌や寄生虫を無効化するのを忘れるな)
仲間に基本的な経口摂取の注意を繰り返しながら、ひとつ貰うことにした。まぁ、普通に美味い。
「大人、話の続きだが、大まかに言ってあんたらの使う神字符術って技は幾多の会意文字の組み合わせと、呪符に神霊力を注ぎ込む、って感じでいいのかな?」
今まで仕入れた知識を要約して、内功の煉丹術と併せて発動される神字符術の仕組みを確認した。
村の長老達は、存外に親切だった……その裏では、どうやって俺達の寝首を掻くか策謀を巡らせてるようだったが。
「あぁ、その通りアルね……こんな感じアルよ」
一番歳経た最長老だと言う男が、呪符を一枚取り出した。
札に念を込めるようにすると、文字に沿って霊力が染み渡るように光り、事象の改変が起こった。
天井付近に異次元の穴が幾つも開いたかと思ったら、いずれも擬きだが、鳳凰、麒麟に似たのを始めとしてミニ版の聖獣、瑞獣の類いが次々と降ってきた。
ミニチュアながらそれなりの神力があるようだ。
だが華々しいイリュージョンは、一見なんの変哲も無く、床に届くと消えていった……これじゃ手品か、ただの大道芸だ。
観察していると神霊力……魔力の消費も少ねえようだ。コストパフォーマンスが良いのだろう。
話に聴くと、呪符には円環回文のようにグルグルと神霊力を高めるタイプのものや曼荼羅や璇璣図と言う文字で出来た魔法陣のようなバリエーションがあるようだ。
指南書と言うか、経典のような巻物があったり、類書・叢書のようにテーマ別に呪符を綴った汎用書式が出回ったりしてるらしい。
東洋の中華文明の漢字の成り立ちが象形文字から出発して会意文字が生まれたように、たった一文字で何かの事象を示すと言ったシステムで成り立っているようだった。
例えばの話、漢字の場合には“日”と言う字と“月”と言う字を併せると“明”と言う字が出来るのだが、神字もそれと似たような理屈で発達している……唯、面白いのは何百と言う文字が併さって“世界”を意味する一文字が完成したとして、これを簡略化する為に代替えの文字を充てることが可能と言う点だ。
……魔法の詠唱省略に似てるような話だな。
まぁ、その為には大多数の共通認識が必要になってくるらしいのだが、そう言うのは大昔の神代時代に開発され尽くしていて、現世ではその恩恵に預かるばかり……新しい文字というのは滅多なことでは創り出されない、とのことだった。
「ただ、世界の事象を改変するような大規模巫術には、それなりの神霊力がたくさんたくさん、必要アルね」
そう言った符術の達人は、世界にも数える程しか居ないらしい。
ともあれ、火起こし、生活用水の確保と、符術は人々の生活様式に溶け込んで、無くてはならない必要不可欠なものになっていた。
夜更て、客用に宛てがわれた寝所で気配を殺し、邑内を隈なくサーチングしていた。
客の持て成しの礼儀として、今にも脱ぎ出して腰をくねらせかねん勢いで大奶が夜伽をすると言い張るのを丁重に辞退し、夜半の襲撃を待ち構えている。
感心したのは、客間付きの厠に臭気抜きの符術が施されていたことや、夜間は冷え込むからと用意してくれた暖房具の火種も呪符に依る熾火だった……斯く迄も巫術は、文化生活に深く関わっている。
不便なのは紙は全て符に使われる為、更衣に落とし紙が無く、先端を焼いた使用済みの木簡しか置いてないことだ。
こんなんでケツを拭けってか?
不思議なのは、自分達の術式に読心や心通の類いが無いからか、俺達に悪巧みがバレバレなんて露ほども疑ってみない能天気さだ。
この村の連中は揃って低能だろうか?
常夜灯のか細い明りの中、忍び足で迫る襲撃班が無音のまま飛び込んで来た。
「折角拾った命なのに、敵対するとなれば話は違うぜ?」
無言で尚且つ、ご丁寧に黒装束に覆面姿なれど、先頭の先導役が体臭で大奶だと分かる。
大胆にも寝入りばなを襲ってきた訳だ。
「……何故、分かたアルねっ!」
突然上から声を掛けられて反射的に見上げるも、竦んだように娘は返した。
俺達メンバーは、誰も寝具に横たわってなどおらず、天上に張り付く形で下を見下ろしていた。
他の部屋に分かれた奴等も、似たような体勢で待ち構えていた。
「お前達の民族舞踊に催眠の術式が組み込まれているのはすぐに分かった……おそらくその本体は、楽譜という体裁を取った呪符だろうということもな」
「油断を誘うつもりだったろうが、生憎だったな」
なんでこんななんの捻りも無い策略で、自分らより高位の相手をどうにか出来るなんて浅い考えに辿り着くのか、訳が分からねえが……民族性って括りで片付けるにゃあ、今ひとつ納得いかねえ。
「一宿一飯の世話になったから、命だけは取らないでおいてやる」
「その代わりと言っちゃあなんだが、死んだ方が増しだったって過酷な罰を与える」
空中浮遊で天井を背に、そのまま娘達の眼前まで迫る。
「長老とかの一人がエキジビションに見せた、一見なんの意味も無さそうな術式に後発性の衰弱と身体固縛が仕込まれていたのも、全てお見通しだ」
「俺達にはなんの意味も無い……逆に、今お前達をバインドした」
指一本動かせなくなった大奶が、息を呑む気配があった。
こちらの何気ない殺意にも、泡を吹いて気絶しそうになるから注意が必要だ。
「理屈は分かったから、学習して習得は可能だろうが、上手い具合に一族刺客に化けるような排他的なお前達が居る」
「お前達の悪事は千里を走らねえし、飛んで火に入る夏の虫だったてえのを、身を以って味わって貰う」
「久しく用いていない技だが、俺には他人の能力を奪えるスキルがある……まだ、覚醒していない幼い者も含め一族郎党の神字符術の力をことごとく奪う」
語る内容の意味が通じないのか、信じていないのか、9人居た刺客の集団は身じろぎもしねえ。
「つまりだな、お前達は神字符術の力を向後一切使えなくなる」
バインドの魔術で身動き出来ず、口も開けない黒ずくめの集団は、それでも身体中で怖気を震っていたが、構わずにローバーのスキルを発動した。
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「ちょっと気の毒ではないですか?」
「他人の命を好き勝手しようって連中は、竹箆返しを喰らっても文句は言えねえな………」
平地に降りて来ると、山水画のような景色が広がっていた。
樫、楠、椎の木擬きなど常緑広葉樹が多くなる。
黒竜八旗族とか言う小悪党の集団は、結局奴等の神通力を根刮ぎ奪ったら泣き叫んで哀願したが、鬱陶しいので黙るまで順番に、顔がひん曲がるほど張り倒した……大奶なんざ前歯が全部折れちまって頬骨も陥没してたが、大して心も痛まねえ。
符に依る癒しの術式も最早使えねえから、おそらく一生涯二目と見られねえ醜女として過ごすだろう。
長らく外界と隔絶してきた民族至上主義の価値観からか、余所者は駆逐するか、利用するかの二択しかなかったのかもしれねえが、狭量な連中だった。
陸路の移動に“横這い響尾蛇1号改”を使うことにした。
ホバリング機能を改善、快適な搭乗スペースを増設してある。
「乳飲み子も居りました……ただでさえ過酷な山間暮らしに、能力無しで耐えられるでしょうか?」
符術の恩恵を総て失った山間の高原匈奴の末裔だと言う馬賊は、その村落ごと以前の生活を維持出来ず、凋落するだろう。
俺達と出会った運の悪さを、子々孫々まで伝えて貰いたいもんだ。
村落には3500名余りの老若男女が居た……中には異邦人に好意的な考えの奴も居たかもしれねえが、総体が選んだ答えは同胞以外の排除だった。
その結果、他人を呪わば穴二つで、もう以前のような快適な文化生活は望めねえし、下手すりゃあ疫病への抵抗力もねえ。
「アンネハイネ、お前は心根の優しい奴だから相手を気遣うかもしれねえが、悪人にまで情けを掛けてたら切りがねえ……いい加減、俺達の冷た過ぎる思想には慣れて貰うぜ」
サイドワインダーの食事スペースで、レンジでチンしたカップスープと兵糧食用にパッケージングしたサンドウィッチで朝飯にしていた。
使い捨ての有機樹脂製カップのスープは、海老のビスク、ボルシチ、七面鳥のクリームスープ、茸と牛蒡のホワイトシチューなんか、2~30種類はあったと思うが、好きなのを選べる……俺は鮑出汁の中華粥風スープ、同じテーブルに着いたアンネハイネは定番の牛コンソメ(意外なことに初めてらしい)、エレアノールは貝柱と鱶鰭なんかの佛跳牆と、ベーコンとソーセージのダンプリング入りグヤーシュのふたつをチョイスしていた。
「俺達に真面な倫理観はねえ……」
「少しはエレアノールみたいに、喰える時に喰うって意地汚さを身に付けて呉れ、その方がなんぼか俺達らしい」
真空パックにすると麵麭の風味が死ぬので、窒素封入にしたラミネートパウチを破いて中身にかぶり付く。
チャパタにトマト、ベーコン、パストラミ、チーズ、チリソースなんかを挟んだ奴だ。
エレアノールは海老にアボガド、スモーク・ランチョンミートにBBQソースを掛けてパニーニにした奴、アンネハイネはチリチキンの胡麻バンズの奴を選んでいた。
「お前、そんなに芥子掛けたら他の味が死んじまうだろ?」
圧縮焼きのパニーニの上からお構い無しに、チューブボトルの洋芥子をドバドバ掛けるエレアノールを注意すると、こいつはニヤッと笑って直接ボトルを咥えてチューチュー吸い出しやがった。
そんなに好きかよ、芥子……変わった味覚してんな?
「エルピスはどうしてる?」
図らずも巻き込んじまったばかりに、俺達と異世界放浪する羽目になったアンネハイネだが、思いの外順応はしていた。
こいつだけが、メシアーズに溶けて漂うエルピスの意思にアクセス出来る。
「……シンディさんが気を失われた時、強制ハッチ解除で、外部からのマニュアル操作盤の露出に手惑われたとか?」
「パイロットの生命維持システムも含め、改良の余地があるとナイトメアの追加仕様に没頭しています」
それ、今重要か?
とも思うが、天才の考えることは良く分からねえし、こちらの意図に従わせるなんざ無理繰りな話だろう。
手っ取り早くこの世界を理解するのに、強化版フリズスキャルブとのリンクを考えていたし……幸いアンネハイネ達が居た世界と違って広範な銀河に広がっているとも考え難かったし、過ぎたサプライズのベナレスに何が出来るのか、何が出来ないのかも調べる必要がある。
何よりこの世界から脱出して、元居た俺達の世界に還り着く方法を模索しなけりゃならねえ。
その為にもメシアーズと、その中に棲むエルピスの力が要る。
とりま、俺達は大奶達の村で仕入れた知識で、“呪符造りの街”を目指していた。
多くのこの世界の住人は自分達の符術の札は自分達で造るが、中でも符術の腕一本で世渡りをする“符侠”と呼ばれる達人は、強力な術札を専門に造る“札士”を頼ることが多いらしい。
一種産業化した呪符造りは、呪符士達の寄り合い所帯から街へと発達した……これから訪ねるのは、そうした街のひとつだった。
3500人からの神字符術の能力をローバーで奪い、統合して強力な物にした。ひとつひとつは矮小な力でも、併合していけば世界の達人でも吃驚な至高の符術力になる。
メンバーの一人ずつに付与したが、魔術の素養が無かったアンネハイネとエレアノールには、魔素……この世界では神霊力か?
こいつの取り扱いに少し修練が要る。
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「なんだよ……なんの冗談だよ、こうやって永遠に俺達は並行多次元世界を彷徨うのか?」
「いい加減、元の世界に辿り着ける頃には、俺はヨイヨイの爺いになっちまうぜ!」
「……もう気が付いておるであろう、いざとなればお主も肉体年齢は固定出来る筈じゃ」
「……還り着くまで、真面な復讐者で居られるかも怪しいな?」
「弱っちいドロシー達に大鉈を振るう閻魔大王みてえな俺様を想像してみろ!」
「ふふっ、それも面白いかもしれぬな?」
「笑い事じゃねえ、犯すぞ、コノヤローッ!」
異国情緒溢れる、運河の水路が張り巡らされた札士達の街に来ていました。プロテクターやパイロットスーツを脱いで、野戦行動用の簡易ボディアーマーに着替えました。
ハンドガンやライフルを好みに応じて携行しています。いずれも無限加速レールガンや3点バースト・パルスレーザー、パラライザー、小型核弾頭グレネード超長距離ランチャーなど多義に渡る機能を組み込んだタクティカルフォース・ギアです。
……愛しのアンダーソン様と“シスたそ”様はもう何百回となく繰り返された、いつもの押し問答というか、夫婦漫才?
みたいな会話を楽しまれているご様子……正直羨ましいです。
「無限に連なるパラレル・ワールドの転移先を絞り込むには、このチューニング・テクノロジーが必須になります」
アンネハイネ様は、マイペースにエルピスさんとやらから得た情報を報告くださいます。
「くっそ、破れかぶれだ……行く先々の世界で手に入れられるものは何でも奪い尽くす、役に立ちそうなものは何でもだっ!」
あぁ、アンダーソン様、街中を顧みずそんなに大声で吠えられますと周囲の皆さんが恐っがちゃいます。
ほら、灰色煉瓦に黒瓦の民家の格子窓から覗く内儀さんも、水墨画のような水路を行く船頭さんも、ビクってしました。
“シスたそ”様が広範囲に認識疎外魔術を掛けて注意を引かないようにしてくださってるそうですが、兎に角私共は目立ち過ぎます。
離郷の里を行く人は、矢張り男も女も辮髪が多いようです。
県の属吏が常駐しない街は離郷と言うんだそうです。
「自らの性欲をコントロール出来る者が一流の戦士と言うならば、きっとこの身達は二流なのだろう」
「“シスたそ”様はどうなのです?」
「あの女は別格だ、例え発情していても問題無く神や悪魔を相手に一歩も退かないと思う………」
「ただ、ソランは、死んで欲しくない……そう言った」
「ソランが望んだ以上、この身達は……我等は生き残り、ソランが突き進む限り未来永劫生き長らえねばならない」
「生きて、この世にソランと共に在り続ける……それが全てだ」
並んで歩くビヨンドさんと少しシビアな四方山話をしてました……700年の波乱万丈を生きた、ちょっと悲しいほど重たい彼女の独特な死生観です。
真面目な方なのですが、無類のエッチ好きで私もヴァーチャルじゃない方でキスされたり、オッパイを揉み合ったり、乳首を舐め合ったり、もっと凄いこともしました。
互いにソランを好いた者同士、どうしようもなく不安になったときは傷を癒すように慰め合おうって迫られると拒めません。
でも、そう言うのは爛れた情事みたいで、いけないと思うのです。
「卒爾ながら、ものを教えて頂きたい……この街で一番の札士殿は何方であろうか?」
「あぁ? “夢丘”は初めてアルか?」
「異国の人あるか? それにしてもデカい女性アルな」
石橋を渡る途中で、陶器茶碗を藁で括ったのを商う棒手振りの庶民に、ビヨンドさんが声を掛けました。
“夢丘”と言うこの街には、札士職人の他にも多くの一般庶民が住み暮らし、皆例外無く背はちっちゃいようでした。
食器売りの男は、シルエットだけは武術修練の拳法修行僧が着る袖の長い作務衣姿ですが、生地も草臥れた見窄らしい身形です。
行商人姿の粗末な漢服擬き、道袍と言う胡服にはないダボっとした胴衣の裾を端折った中年男性は天秤棒を下ろし、懐から短い銀煙管を取り出して一服付け始めました。
ハッとした瞬間、アンダーソンさんが瞬間移動のような物凄い速さで行商人に詰め寄ります。
こんなところで瞬歩使わないでください!
「煙草、煙草があるのか? 何処だ、何処で売ってる!」
煙草を商う店の所在を訊き出すと、制裁を加えた馬賊達からちゃっかりせしめたこの世界の貨幣を握り締め、逸散に素っ飛んでいくアンダーソンさんの背中を、見送りました。
立派なニコチン中毒のアンダーソンさんのことを知らないアンネハイネ様とエレアノールさんは唯ポカンと、何事が起こったか分からない体で佇んでおりました。
しどろもどろになった行商人から、なんとか街の有力札士を訊き出して、幾つかの工房を外から窺ったが甲乙付け難かった。
特に優れているのは、西に大きな工房を構え、弟子や下働きの呪符士を多く抱える“崔家”、そして東に店舗を持った大店で、八部の隷書を祖とする独自の流派を伝えてきた本家“張憺流”を名乗る一派だが、どちらも帯に短し襷に長しの感じで決め手に欠ける。今ひとつ足りない。
最後に残ったのが、伝説の職人として知られる偏屈な老人、もう何百年と呪符作り一筋に打ち込んできたと噂のある独り暮らしの親方の工房だったが、教えられた場所に来てみればうらぶれた陋屋があるばかりだった。
「御免ください、お邪魔してもよろしいでしょうか?」
おとないを告げても返事は無いが、確かに人の気配はある。
どうしたものかソランを振り返るが、肝心な司令塔は煙草屋で購入した見事な銀細工と縞瑪瑙の煙管を燻らせて、陶然と紫煙を堪能していた……煙管は僅か3口から5口で終わる。さっきから灰を落としては、新しい刻みを詰め替えるを繰り返していた。
随分昔に娼館に勤めていた頃、部屋の小道具にあったから男を持て成す度に利用した。一服点けた煙草を勧めるので馴染みはあるが、どうも吸い口を口に含んだときの鉛のような味が好きではなかった。尤も客の中には、それが女のあそこの味に似ていると言う者も居たがそんな筈はない。
……ともあれ、ソランは店で一番の煙管と葉をしこたま買い占めたらしい。
仕方ない、勝手に押し入るかと諦め掛けたとき、奥から返事があった。この家の主人とおぼしき男が、のそのそと進み出てくる。
「何方様アルか?」
見事な美髯だが、この世界には珍しく辮髪ではなく灰色の被髪と言うかザンバラ髪の男だ。幞頭と言う烏帽子を被っている。
薄汚れた臙脂色の袴、纁裳の上に羽織ったのは相当に痛んだ黒い玄衣で、皇帝認可の者のみに許される離雲爵と呼ばれる文様が金襴で縫い取られていた。
多分、脇の下が極端に垂れた縫掖とか言う衣裳だ。
錦の帯も痛んでいる。
してみるとこの老人、受勲褒章レベルの達人かもしれん。
だが、老人の双眸は白く濁っていた。
年経て失明してしまったのだろう……これでは術符造りどころではないんじゃないのか?
「教えて呉れ、最強の術札、“天臨四神”は実在するか?」
「失われた神代符術の伝承を、田舎の蛮族が残していた」
おもむろにポンッと雁首から灰を叩き落としたソランが、盲いた老符術士に問うた。
「……茶など進ぜよう、どうぞお入りになるがよろしいアルね」
案内された侘住まいは外から見るよりも広く、採光も思ったよりもずっと薄暗くはない。
だが、この身達総勢8名が同じテーブルに着くのは無理だった。
応接と隣接した仕事場の作業台に別れて、坐すことにした。
花梨の木だろうか、重厚で大きな文机だった。なんの石だろう、見事な意匠の硯が幾つかと大小長いのや短いの、到底文字を書く為とは思えない細い面相筆も含め、何十本もの筆と、筆洗、墨、朱墨、他の色の墨もあるし、文房とは関係無さそうな呪具の類いも多かった。
「魏州は山越省の霧下茶アルね、山間の茶畑は霧が発生することが多く、それがため独特の甘みを生むアル」
「うん……美味いな、香りも最高だ、お前達も遠慮せずに頂け」
(口にものを入れるときは、雑菌消毒と状態異常キャンセルを忘れるな、シンディ、エレアノール達をサポートしてやれ)
(現地調達の煙草をスパスパ吸い捲るお前にだけは、言われたくないのお……)
(煩えよ、ネメシス、てめえは俺のお袋か?)
「ところで老師、さっきの話だが“四つの天神法符術”、“天界泰山の符”は瘋狂の戯言じゃないんだな?」
「神呪の符は、確かにアルね……でも数多の群雄割拠する符侠でさえ、古今東西それを手にした者は史実として残されていないアルね」
「それほど厳重に守られている、それが“天界泰山符”ね」
名のある盲目の札士職人は、ソランの請うまま幻の天界符の話を披露して呉れた。成る程老符呪士の知識は、この街で一番だろう。
「ここから一番近いとされる札の安置所は……“札廟”は何処だ?」
「……山越省の先に、東嶽大帝が降臨されたと言う泰山のひとつで城隍廟がある筈アルな」
「いかい世話になった、茶飲み話の対価は半両銭か五銖銭でもいいか……それとも何か頼みごとでもあれば聞くが?」
「おぉ、有難いアルね、実はここのところ北狄の南下侵略の乱が盛んで、鉱物の通商路が途絶えてしまたアルね、良質の紫硫黄結晶が底を突いて困てたところアルよ」
「分かった、紫姑神山の紫硫黄結晶だな?」
「おぉ、万事承知アルか?」
「無駄に街をほっつき歩いてた訳じゃねえ、色々とネタと噂は仕入れた……依頼とは別に、老師の手になる呪符を幾つか購いたい」
「金は払う」
言うと、ソランはストレージから鋳物金の刀貨を取り出して、これでもかと山に積んだ。
(どうしたんだ、それ?)
(さっき街の有力者ってか、虎豹紋の円領袍に通天冠の頭巾だから多分高山冠以上の、高位の官僚だろうが、裕福そうな奴と擦れ違ったときにアポーツで失敬したのを複製で増やした)
ソランの抜け目の無さは、何処に行っても変わらない。
唯々惘れるばかりだ。
「ここに在る術札全部を売ても、こんなに要らないアルなっ!」
刀貨を齧ったり嗅いだりして、それが何かを察した老符匠は隠れた名人、大家の筈なのに本気で恐縮していた。
「いや、使用料というか、版権を買い取る……札は見せてくれるだけでいい、一度見れば札自体は不要だ」
「俺達は、目に焼き付ければ何度でも使えるから」
老札士には、ソランの言ってる意味が分からないようだった。
「符は紙である必要はねえ……俺達には完全記憶や形状念写のスキルを持ってる奴が多い、符に定着されるべき神字を一言一句正確に、空中にイメージとして投影出来る」
「こんなふうだ」
言った側から、ソランが手の平を突き出すと目の前に術式札ならぬ術符そのものの筆跡が浮かんだ。
白く輝いて見える……老符匠も何かを感じているようだった。
「昨晩の内に試してみたが、問題無く使えた」
「大奶達の村からくすねた“轟雷符”だ……しかもイメージだから何枚でも書き足せる、100枚ほど重ね書きしてみた」
おもむろに、目の前に浮かんだ神字にソランが魔力を流した瞬間、街は轟音で包まれた。青白く瞬く稲光が消えても、空気中には帯電した粒子が暫く残った。
百層の符全てに、このスピードで魔力を流すことがこの身にも可能だろうか……遥かな高みに遠のくソランに、追い付きたいと言う焦りが胸中に芽生えていた。
「心配するな、街は耐電シールドしてある……とまぁ、こんな感じだ、だから符は一度見せて貰えばいい」
年老いた術符職人は、奥まった場所から大きく高価そうな文箱を取り出して来ると、昔取った杵柄、何年も前の会心の作だと言って次から次に術札を展覧していった。
どうやら老職人に取って、失った視力は術札造りの妨げにはならないようだった。
老師が色々と解説してくれるが、“光の矢襖の符”と言うのもなかなか凄そうだったが、使役獣の召喚札のシリーズは瞠目に値した。
何しろ呼び出す相手がこの世界の神様や強力な邪仙、妖怪だ。
例えば回復とバフ掛けなどは僧侶系の魔術がこの身達の常識だが、こちらの世界では呉道人保生大帝と言う医療や薬学をつかさどる神を直接呼び出して使役するのが最上級らしい。
逆に強力な毒や疫病を操る五方瘟神、五毒将軍と言う邪神や、天候を操る龍王、こちらでは死神の代名詞のような黒無常、白無常の二柱の無常鬼と呼ばれる妖怪、精怪と呼ばれる獣の物の怪の類では蛇妖や鼈妖、鼬鼠と狐の胡黄二仙の諸怪仙など実に多彩だ。
猿猱のような荒ぶる野生の姿の無支祁、体長千里にも及ぶと言う人面の赤蛇、燭陰などに至っては、妖怪、霊獣と言うよりは最早異形の神だった。
強力なもの、細々としたもの全て老師の手になる427種の札符を全部記憶に焼き付け終えた頃は、既に日が暮れ掛かっていた。
(昨晩の宿の宴会料理はなかなか好かったわ)
(なんでも禁裏御用達大飯店の支店なんでしょう?)
(此方は兎と赤犬の焼き膾、炙りスッポンが好みじゃった)
(……カミーラ姐さんて、下手物好き?)
(シンディは、はしゃぎ過ぎなんだよ……)
(えぇっ、だってえ、打ち上げパーティではコントを披露するってネメシス姐さんが約束したって言うしいぃ)
(言っとくけどな、ぜっんぜん面白くなかった!)
(ええええぇっ、正可のダメ出しいぃっ!)
(いっ、いえ、わたくしは楽しかったですよ、シンディさん……よく分からないネタが多かったですけど)
(ほら、ほらあっ、アンネハイネは好かったって)
(アホかっ、誰がお前んちの碌でなし家系の与太話伝説を知ってるってんだ、全然面白くねえし、笑えねえ)
(えぇっ、良い元ネタだと思ったんだけどなぁ、エロくないしぃ)
昨夜の花園帝國大酒店でのドンチャン騒ぎで、多目の宿泊費を支払う羽目になった。
夢丘支店のサービス方の皆さんには、仲間の莫迦共が多大なご迷惑をお掛けした……誠にもって申し訳なかった。特にネメシス共が無茶を言った膳夫や包人、煮方の皆さんには小费を弾ませて頂いた。
二日酔いのメンバーは居なかったが、あまりにも酒臭いので一度ファフニールに戻ってシャワー・ブースに叩き込んだ。
未成年のアンネハイネを酔っ払わせた主犯格のネメシスは、電気アンマの刑に処したが却って喜んでやがった……二度と遣ったら次は股裂きの刑だと脅したら、何を勘違いするのか両頬に手を添えてうっとりしやがったっけ。
夜駆けて謝礼にと頼まれた紫姑神山の紫硫黄結晶を入手、今頃は高速ドローンが名人の癖に看板を出していない、あの偏屈な老符匠に届けている筈だ。
ハッグと名付けた個人用小型戦闘機に分乗して、一路札廟のひとつがある北峰泰山を目指していた。
出撃前点検はアンネハイネにもみっちり散々仕込んだから、多分大丈夫だろう……俺達は自分の命を預ける搭乗型兵器はそれぞれに整備点検することにしている。
単なる移動型の乗用モービルじゃねえ、戦闘用兵器ともなれば如何に頑丈に、メンテナンスフリーに造ってあっても、被爆すれば思わぬ歪みが生じるかもしれねえ。
自動の自己修復機能はあっても、離陸前には3種類の携帯型診断コネクターで自分達の目で確かめるのを徹底させている。
これから先の展望も決められないまま闇雲に突き進むしかない今の俺達にとって、相棒達、仲間との絆は他に替え難い宝だ。
決して失う訳にはいかねえ。
何がなんでも還り着く望郷の念、復讐への執念は言ってみれば俺の私怨だ。だがそれを承知で付き従う教官、アザレアさん、他に目的があって俺の側に居るネメシス、カミーラ、拾ってきたシンディ、エレアノール、巻き込まれた形のアンネハイネ……皆んな、皆んな、俺の掛け替えのねえ大切な仲間だ。
全部女だってのが少し気に入らねえが、こいつらが居るからお先真っ暗な状況でも踏ん張れる、ポジティブで居られる。
俺はこいつらから貰う一方で、見返りを返せているかは甚だ怪しかったが………
オートパイロットにしたハッグをすぐ上空に滞空させて、泰山頂上付近にある札廟の遺構に転移した。
別送したコンテナを開梱し、軽量化した汎用戦闘プロテクターで鎧って、全員突撃銃で武装している
目の前に聳える聖廟は、荒れ果ててはいたが物凄い神霊力が渦巻いていて、確かに未だに何かを厳重に守り続けていた。
「シンディ、ここの環境なら研鑽した魔術の腕前を自由に試せる、解呪、結界とトラップ解除の術式で地力を示して見せろ」
「……最初に解析しても?」
「当たり前だ」
遅滞無く解析に取り掛かったシンディは、嘗て手ほどきした通りの手順で瞬く間に仕掛けと術式を暴いて見せた。
「見たことの無い術式と駆動式、イデアの形だったけど目的を達成する理屈は同じみたい……もう、大丈夫だよ」
「神殿の守護者も目覚めないし、護法獣達も眠ったまんまの筈」
「よし、よく遣った、昨日の宴会芸もチャラにしてやる!」
「各自アサルトライフルを質量分解ブラスター・モードにセット、シックス・マンセルで突入する」
「アンネハイネとエレアノールの二人はバックアップとしてこの場で待機、周囲の警戒を怠るな!」
俺達は朽ち果てた廟堂内部を半ば蹴散らすようにして、突進した。
「真の札廟は地下だ、下へ行く道筋はこの先のT字を右、次の辻を左で仕掛け階段の間がある」
瞬時に堂内をマッピングして、正しいルートを割り出す。
教官にマッピングのイロハを習っていたのも懐かしいが、この程度なら透過ゴーグルを使う迄もなく透徹眼が全体を俯瞰する。
嘗て古代遺跡の墓荒らしがそうしたように、障害は全て打ち抜いて進んだ。
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札の安置所に到達していたが、俺達がそこに見たのは見事な石の台座……荒々しい自然石に、龍に似た神獣が彫りつけられた岩塊に突き刺さる一本の両刃剣だった。
複雑な経文のような呪符が刻まれている。
どうやら最強の術札、幻の“天臨四神”全てがそうかは分からなかったが(何しろここまで辿り着いた奴は史上初かもしれねえ)、ここのは少なくとも剣と言う器物の形をしていた。
天界泰山符は紙札と言う形態に囚われていない……またひとつ、謎は深まった。
「俺達は拒絶されてるみてえだな……シンディ、お前だけが廟の攻略者として認められている、実際、自然発生する筈の罠もお前のお陰で沈黙したままだった」
「とってみろ」
えっ、いいの?って顔をするシンディに、顎を振って促した。
巨大な台座に軽やかに飛び乗ったシンディが手を添えると、深く岩に喰い込んで見えた長剣がするりと抜けた。
これが歴史的な瞬間なのかはいざ知らず、然程肉厚ではないが人の背丈程もあろうかと言う長刀は冷たい金属質の本身を輝かせ、更に内から神秘的な淡い光を発した。
(数多の世の剣を統べる剣の支配神なりて、帯びし者に不敗を約すものなり……剣の最高神はもの言わず、因縁を斬り、空間を斬り、次元を斬り、魂を斬り、神を斬り、悪魔を斬り、全てを薙ぎ払う)
剣の術符の声が、俺達にも聴こえた。
こうして俺達は、術符と言う媒介を通して神霊力が不思議な力を発揮するこの世界に来て三日目、
誰も手にすることの無かった入手不可能と言われた筈の最強札のひとつ、剣の天界泰山符を手に入れた。
打って変わって、テクノロジーの欠片も無い世界に転移してきたソラン一行が描かれます
似非チャイニーズワールドなんで、史実や学術的な部分は全てフィクションとご了解ください
果たして転んでもただは起きないソランは、この新たな世界で一体何を得、何を失うのでしょうか?
蒼頡=伝説によれば黄帝に仕える史官で、漢字を発明したとされる古代中国の人物/それまで中国の人々はインカ帝国のキープのような縄の結び目〈結縄〉を記録に用いていたが、蒼頡は鳥や獣の足跡の形によって元の動物を推測できることから、文字によって概念を表現できることに気付いたという
淮南子には「蒼頡が文字を作ったとき、天は粟を降らせ、鬼は夜に泣いた」と記されていて、また説文解字は「蒼頡が初めに作った文字はみな象形文字であり、これを「文」と呼び、その後に形声文字が作られ、これを「字」と呼ぶ」としている/肖像画では目が四つある人物として描かれており、これは蒼頡の優れた観察力を表現したものといわれる
辮髪=主に東アジアの男性の髪型で頭髪の一部を残して剃りあげ、残りの毛髪を伸ばして三つ編みにし、後ろに垂らした/満洲人の清王朝から始まった習慣として知られているが、万里の長城以北の諸民族はそれぞれ頭髪を剃り上げる風習をもっていた/契丹人は頭頂部のみを残し、モンゴル人は前頭と左右両側頭をとどめて左右両耳の後方に2本の編み込みを垂らしていたとされ、そのスタイルは民族や時代の違いにより様々でテュルク系諸族にも共通してみられる風習でもあった/辮髪とはこれらの習慣を一括して用いる言葉である
モンゴル族が側頭部を残したのに対し、満州族は後頭部のみに頭髪をとどめ、これを1本に編んで後方に垂らした/満洲人の辮髪は、西洋人からはピッグ・テイルとよばれた/ 満洲族の前身を形成する女真もまた満族と同様の辮髪だったと考えられる
旗袍=一般的に立領で横に深いスリットが入った衣服であり、旗袍の「旗」は、清王朝の満州人の貴族階層である「八旗」のことを指し、旗袍の「袍」は「○○の騎馬用服」のことを指す/つまり、中国語の意味のチャイナドレスは「八旗の貴族たちが使う騎馬用服」のことである/なお中国や世界各地の華人社会・香港・台湾において、男女を問わず詰め襟、中華風の飾りボタン付きのジャケットもある/このタイプのジャケットも近代で発明したもので、「唐装・改良型旗袍・西式旗袍・中国式礼服」などの呼び方があるが、男性用のものは基本的に唐装と呼べばいい/女性用のものは統一的な呼び方が無く、唐装はチャイナドレスと同様に中国古来のチャイナ服では無いが、現代の礼装として中国人が着用することがある/また、華人の多い東南アジア諸国のマオカラースーツなどの衣服は男性用の唐装に極めて似ているが、中国からの影響を受けて発展したわけではない
中国の民族衣装はチャイナドレスというのは日本人の一般的な考えだが、中国における最大の民族団体は漢民族であり、チャイナドレスは漢民族の伝統服ではないどころか中国の伝統衣装ですらもない/チャイナドレスの原型は清国の満州服で、チャイナドレス自体は近代以降に成立したもの
霊符・符籙=中国には何らかの霊的な能力が宿るとされる「符」〈おふだ、霊符〉が古くから用いられ、天災・人災を防ぐほか、邪悪・病魔を退散させる呪術の一種として普及した/古くは、睡虎地秦簡・日書に符の存在を暗示する「禹符」の文字があるほか、馬王堆帛書・五十二病方にも符を使う記述が見られる/後漢の洛陽郊外の邙山漢墓からは、延光元年〈122年〉と年代が判明している最古の符が発見された/道教においても古くから符・霊符が用いられ、その結びつきは強く、符籙といった呪術に対抗して生まれた全真教でさえ後になると符を用いていた
符は、道士によって書写され、紙や布の上に篆書・隷書の文字が書かれたり文字ではない屈曲した図柄や星・雷の図形などが書かれた/道教経典によれば、太上老君が東方に発する気の形状や、蛇のようにうねる山岳や川の様子を天空から見て描写したとされ、こうして書かれた符は宇宙の生成化育・変化流転を表し、神秘の力と共鳴して不可思議な力を発揮するとされた
雲崗石窟=石窟は幾つかあるが、ここでは代表的な雲崗石窟を引き合いに参照する:元は霊巌寺といい、現在では石仏寺などとも呼ばれる/北魏の沙門統である曇曜が文成帝に上奏して460年〈和平元年〉頃に、桑乾河の支流の武周川の断崖に開いた所謂「曇曜五窟」〈第16窟、第17窟、第18窟、第19窟、第20窟〉に始まる/三武一宗の廃仏の第一回、太武帝の廃仏の後を受けた仏教復興事業のシンボル的存在が、この5窟の巨大な石仏であった
天揖=冠婚葬祭などの際に新郎新婦や喪主や祭主が、長老などに向けて行う礼/敬礼するときは直立し、手のひらを内側に向けて両手で拳を握り、約60度のお辞儀をする/お辞儀をするときに手を額より少し高く上げ、身体を起こすときに自然に手を下ろしたり、手を袖に隠した状態にする
拱手=中国、朝鮮、ベトナム、日本の沖縄地方に残る伝統的な礼儀作法で、もとは「揖〈ゆう〉」とも呼ばれた/まず左右の人差し指、中指、薬指、小指の4本の指をそろえ、一方の掌をもう一方の手の甲にあてたり、手を折りたたむ/手のひらを自身の身体の内側に向け、左右の親指を合わせ、両手を合わせることで敬意を表す
拱手の習慣は中国・周の時代にさかのぼることができ、伝統的には親しい者同士が会った時や、武人が対決する前に互いに拱手をして敬意を表する時などに使用した/節句の日や祝賀の儀式のときは拱手しながらお祝いの言葉を述べるのが一般的である
天壇=天を祭るための儀式を執り行う場所で、毎年冬至に豊作を祈る儀式を行い雨が少ない年は雨乞いを行った/形は天円地方の宇宙観に則り円形で、欄干や階段などが陰陽思想でいう最大の陽数である9や、その倍数で構成されている/各壇の直径を合計すると45丈であり、これは単に9の倍数という意味だけでなく、九五之尊という意味も持つ
牀=板に足を付けたベンチ状の寝台
胡床=貴族の着座する、床の高い台
申菽・杜茝=文献にはあるが、実際にどの植物だったかは分かっていない
高粱=モロコシ〈蜀黍〉、タカキビ〈高黍〉とも呼び、熱帯、亜熱帯の作物で乾燥に強く、稲や小麦などが育たない地域でも成長する/食用をはじめ飼料、醸造、精糖、デンプンやアルコールなどの工業用など非常に用途が広く、穀物としての生産量では小麦、稲、玉蜀黍、大麦に次いで世界第5位である/糯米を醸造した黄酒〈紹興酒・老酒〉に対し、白酒の原材料
馬乳酒=馬乳を原料とした乳酒の一種で醸造酒かつ乳製品でもある/主にモンゴルなど馬飼育が盛んな地域で夏に作られ、同地域で飲まれている/エタノール濃度は1%から1.5%で、これは馬乳に含まれる乳糖の酵母による発酵とエタノール産生型乳酸菌に由来する/なお、このエタノールを生成する発酵と同時に乳酸菌による乳糖の乳酸発酵も進行するため強い酸味を持ち、発酵時の二酸化炭素ガスを含むため微発泡性を有する
箏=古琴に柱〈じ〉が無いのに対して古箏には柱〈じ〉があり、最初は5弦、のちに12弦、唐代には13弦も現れ、これが日本に伝わって今よく使われている琴になる
瑟=古代中国のツィター属の撥弦楽器で、古筝に似て木製の長方形の胴に弦を張り、弦と胴の間に置かれた駒によって音高を調節するが、弦の数が25本ほどと多い/八音の糸にあたる楽器のひとつで、後世には祭祀の音楽である雅楽専用の楽器になった
箜篌=古代東アジアで使われたハープや箏に似た撥弦楽器で演奏用の楽器の他、仏教建築を演出するための仕掛けとして使用された/弦楽器であるため八音では「糸」に属する
文献上もっとも古い記載は司馬遷「史記」封禅書に見られるもので、武帝のときに「空侯」が作られたという/この箜篌は琴のように寝かせて弾くものであり、のちに臥箜篌〈ふせくご〉と呼ばれた
ついで、やはり漢代に西域からハープに似た楽器が伝わったとき、従来からある箜篌に似ていたので同じ名で呼んだが、後に竪箜篌〈たてくご〉と呼ばれた/後漢書は霊帝が好んだ西域の文物の中に「胡空侯」をあげている
排簫=多くの場合5つかそれ以上の管を束ねて作られ、管は主として葦、竹や暖竹で作られる/パンパイプは古代ギリシャの時代から存在が知られているが、多くの国々では忘れ去られていた時期がある/モーツァルトの歌劇「魔笛」に登場するパパゲーノが手にする笛はパンパイプの事である
シルクロードを通って中国にも伝わり、奈良時代に日本に伝来し排簫〈はいしょう〉と呼ばれていた/正倉院宝物墨絵弾弓に描かれた散楽図には排簫を演奏する楽人が描かれてはいる/しかし、近年になって正倉院に残されていた残骸を参考に復元されるまで、雅楽の世界からはいつしか姿を消していた
鐃鈸=真鍮製で2枚1組、芝居の鳴り物にも使われる楽器で鐃鈸〈にょうはち、にゅうばち〉あるいは銅鈸子〈どうばつし〉・銅拍子とも呼ばれる/本来は寺社などで僧侶が法会をおこなう時などに使用していた金属製楽器でシンバルの原型
板鼓=片面の太鼓で2本のバチで打つ/「単皮鼓」、「小鼓」とも
峨眉=蛾の触角のような三日月形の眉/美人の眉
胡粉=白色顔料のひとつで現在では貝殻から作られる/炭酸カルシウムを主成分とする顔料を指し、かつて中国の西方を意味する胡から伝えられたことから、胡粉と呼ばれる
羹=熱い汁料理を「あつもの」と称し、中国の羊肉の煮料理である羹の漢字をあてた/今日、日本の菓子である「羊羹」は、もともとは中国大陸の料理の名前で、読んで字のごとく羊の羹、つまりは羊の肉を煮たスープの類であった/南北朝時代に北魏の捕虜になった毛脩之が「羊羹」を作ったところ、太武帝が喜んだという記事が宋書に見えるが、これは本来の意味の羊のスープであったと思われる
鎌倉時代から室町時代に、禅僧によって日本に伝えられたが、禅宗では肉食が戒律〈五戒〉により禁じられているため、精進料理として羊肉の代わりに小豆や小麦粉、葛粉などを用いたものが、日本における羊羹の原型になったとされる
川獺漁=飼い慣らすことは難しいがバングラデシュなどアジアではカワウソで魚を網に追い込ませる鵜飼いのような伝統漁法がある/また16世紀末から17世紀初めにかけ、ヨーロッパの貴族の間で鵜飼いがスポーツとして流行しており、1618年にはジェームズ1世が飼っている「鵜」や「雎鳩」と共に川獺を漁用に飼育していた記録が残っている
娃娃魚=中国大山椒魚の別名「娃娃魚」の由来として、捕まえると赤ん坊〈娃娃〉のような鳴き声を出すとする俗説がある/食用や美容品とされ、皮革も利用されるが、食用としては滋養強壮・貧血防止・月経不順などに効用があると信じられている/中華人民共和国では1960年から養殖が始まり、1970年代には飼育下繁殖に成功していて、飼育下繁殖されて3世代目以降の個体のみ食用として利用できるとされる
1975年のワシントン条約発効時から、オオサンショウオ属単位でワシントン条約附属書に掲載されている/中華人民共和国では2010年の時点で国家Ⅱ級重点保護野生動物として保護の対象とされ、飼育下繁殖や販売にも許可が必要とされ、野生個体の食用禁止、繁殖期の捕獲制限、保護区の設置、植林などの保護対策が進められている
煉丹術=中国の道士の術のひとつで、服用すると不老不死の仙人になれる霊薬〈仙丹〉を造るとされる/中国古代の神仙思想より発展した道教の長生術の一部をなし、広義での煉丹術は外丹と内丹に分かれるが、学術的文脈においては煉丹術といえば一般に「外丹」のほうを指す/外丹においては丹砂〈硫化水銀〉を主原料とする「神丹」「金丹」「大丹」「還丹」などと称される丹薬や、さらに金を液状にした「金液」が服用された/このようなものは実際のところ人体に有害であり、唐の皇帝が何人も丹薬の害によって命を落としたことが「旧唐書」「新唐書」に記されている/外丹術は不老不死の薬を作るという本来の目的では完全な失敗に終わったが、このため不老長生に外的な物質を求める外丹術の代わりに、不老不死の素となるものを体内に求める思想が興り、これが内丹の考えにつながっていく/内丹術は、天地万物の構成要素である「気」を養うことで、自己の身中に神秘的な霊薬である「内丹」を作り、身心を変容させて、道〈タオ〉との合一を目指す、性命を内側から鍛練する中国の伝統的修行体系である/修煉の基本原理は、身体を火を起こす炉〈かまど〉に見立て、丹田を鼎〈なべ〉とし、意識と呼吸を鞴〈ふいご〉にして、精・気・神を原料〈薬物〉として投入することで、内丹を作り出すことにある/修煉理論は、古代から研究されてきた気の養生術を、易経の宇宙論と陰陽五行の複合的シンボリズムと中国医学の身体理論に基づき外丹術の術語を借りて、総合してできあがったものと考えられる
瑞獣=古代中国でこの世の動物達の長だと考えられた特別な霊獣に代表され、瑞兆として姿を現すとされる何らかの特異な特徴を持つ動物のこと/瑞獣の「瑞」の字は中国では「吉祥」、「めでたい」という意味を表し、瑞獣は吉祥獣と呼ばれることもある
曼荼羅=密教の経典に基づいて主尊を中心に諸仏諸尊の集会〈しゅうえ〉する楼閣を模式的に示した図像/密教経典は曼荼羅を説き、その思想を曼荼羅の構造によって表し、その種類は数百にのぼる/古代インドに起源をもち、中央アジア、日本、中国、朝鮮半島、東南アジア諸国などへ伝わった/チベットでは、須弥山を中心とする全世界を十方三世の諸仏に捧げる供養の一種を「曼荼羅供養」と称し、この供養に用いる金銅製の法具や、この法具を代替する印契に対しても、「曼荼羅」の呼称が使用されている
璇璣図=回文詩で中国前秦〈351~394〉の竇滔〈とうとう〉の妻蘇蕙〈そけい〉の「璇璣図詩」〈織錦回文詩〉に始まるとされる/蘇蕙は愛人をつれて任地に赴いた夫に、29字×29字の文字を錦に織りこんで贈ったが、その織錦の文字を縦横それぞれ自由に読んでゆくと、三言・四言・五言・六言・七言の詩3752首が判読できた
類書=あらゆる単語について、その用例を過去の書籍から引用した上で、それらの単語を天地人草木鳥獣などの分類順または字韻順に配列して検索の便をはかった字引きのことで、結果として百科事典の機能ももつ/中国では「呂氏春秋」や「淮南子」が原点とされているが、いずれも思想について纏めたものであり、本格的な類書の最古のものとされるのは魏の曹丕〈文帝〉の「皇覧」〈現存しない〉がルーツと考えられている
叢書=テーマなど特定の共通項に基づいていくつかの書物・著作をまとめあげたもの
ビスク=クリームベースの滑らかで濃厚な味わいのスープで、本来は裏漉しした甲殻類〈ロブスター、蟹、海老、躄蟹等〉のクーリをベースとして作られるが、ローストしてピューレにした野菜を使ったクリームベースのスープもビスクと呼ばれることがある
ボルシチ=酸味のあるスープ料理で、赤蕪〈ビーツ〉をもとにしたウクライナおよびロシアを含む東スラヴ語群圏の伝統的な料理/鮮やかな深紅色をした煮込みスープで、肉または骨のストックとテーブルビートだけではなく、通常はキャベツ、人参、玉葱、馬鈴薯、トマトなどの野菜をソテーしたものを組み合わせて作られる
中華粥=鶏や干し貝柱〈茹でた帆立貝や平貝の貝柱を天日乾燥したもの〉などの出汁で炊くことも多く、水分量は五分粥と同程度/具入りのものも各種あり、魚、豚肉、牡蠣、牛肉、鶏肉、鯣、糵、落花生、皮蛋、鶏卵などさまざまなものを用いる/香菜や葱、生姜などを薬味とし、風味付けの胡麻油、付け合わせとして油条が添えられる
鱶鰭=大型のサメのひれ〈主に尾びれや背びれ部分〉を乾燥させた中華料理の食材/中国語では「魚翅」と言う
佛跳牆=乾物を主体とする様々な高級食材を数日かけて調理する福建料理の伝統的な高級スープ/名前の由来は「あまりの美味しそうな香りに修行僧ですらお寺の塀を飛び越えて来る」という詞にあるとされる/ひとつの陶器の壺に十数種類から数十種類の乾物を主体とする高級食材と水を入れ、数時間から数日掛けて煮込み、もしくは蒸し煮して作られる
ダンプリング=小麦粉を練って茹でて、肉・野菜・果物・チーズなどを入れた焼き団子のこと/あるいは卵・牛乳で練り、団子状にして茹でたものでシチューやスープに浮かすもの/また茹でたジャガイモ・小麦粉・米に塩と水を加えて練り上げ、丸型に整えてから茹でたり、蒸したりしたもの
グヤーシュ=ハンガリー起源の料理でハンガリーではスープであるがドイツでは一般的にシチュー料理を指す/牛肉、ラードと玉葱、パプリカなどから作られ、パスタ類やサワークリームを加える場合もある/放牧や農作業をしていた大ハンガリー圏の人々が、わざわざ時間をかけて自宅で昼食をとる手間を省くため外へ釜を作り大鍋で昼食用に作られたスープである釜煮グヤーシュが起源
チャパタ=水分量が多く、しっとりもちもちとした食感のイタリアのパン/原材料は粉・酵母・塩とシンプルでバターや牛乳は使わず、他のパンに比べてヘルシー/“チャパタ”は形が似てるスリッパのこと
パニーニ=イタリア料理のパンで具材を挟んだ軽食、サンドウィッチやハンバーガーを除き伝統的なイタリアのパンに具材を挟むものをさす/バールなどではショーケースに陳列されている他、各種食材店でもその場で作ってくれる店があり、具材はトマト、モッツァレッラなどのチーズ、ハム、ローストビーフやポルケッタなどの肉製品の薄切り、レタスなどの野菜を組み合わせる/ホットサンドメーカーを使って表面をグリルしたパニーノはイタリアでは俗にトーストと呼ばれ、食パンの一種パーネ・イン・カッセッタの薄切りが用いられ、プロシュットとプロセスチーズをはさむことが多い
道袍=道教の僧衣の服装で、漢服のひとつ/袖が広い形をしており、白雲観では青藍色で台南の天壇では儒教的な赤い色を着用している/下着は白色で雲履と称する下履きを履き、足には白色の脚絆のようなものを巻いて、靴はフェルト製の黒色の靴を履く
幞頭=令制で成人の男子所用の黒い布製のかぶりもの/中国後周の武帝の製したものに模して作り、後頭部で結ぶ後脚の纓〈えい〉二脚と左右から頭上にとる上緒〈あげお〉二脚を具備するところから四脚巾ともいう
纁裳=古代の中国人は「玄衣纁裳」というように青黒い衣に赤系統のスカートをあわせたものが多い/朝服〈朝廷内の用服〉として黄帝の時代に冕冠が使用されるようになり、服飾制度が次第に形成されていた/夏朝・商朝以降、冠服制度が確立され周朝の時に完成された/周朝後期に政治、経済、思想、文化は急激に変化し、特に百家争鳴で服飾について論議が尽くされ、その影響は諸国の衣冠服飾や風俗習慣にも及んだ
縫掖=令制の官人の朝服の上衣の一種/盤領〈丸首襟〉で裾に襴をつけ、両わきの下を縫い合わせたもので文官が束帯・衣冠・直衣の際に着ける袍/武官の纏う闕腋〈けってき〉の袍に対していう
漢服には礼服と普段着の区別があり、形については主に上衣下裳〈上は襟のある上着、下は裳というスカート状の下衣、衣裳はここから出来た言葉〉、深衣〈着丈の長い裾の広がったゆったりした衣服〉、襦裙〈短い上着と裳〉などの形があった/このうち上衣下裳に冠を被るスタイルは皇帝や百官が公式な場において着る礼服で、袍服は百官、知識人達の普段着、襦裙は女性が好んで着た/一般の下層の人々は短い上着に長いズボンを身につけた
花梨=比較的かたくて緻密、丈夫であることから、額縁、彫刻材、洋傘の柄などの木材として利用される/また、樹皮が斑ら模様に剥がれて風情があるので建築材として住宅の床柱にする
半両銭=古代中国で流通した貨幣で秦代から前漢にかけて広く使用された/重量が当時の度量衡で半両〈12銖〉であることから半両銭と称されている/紀元前336年、秦は銅銭の鋳造を国家で行うことを定め、円形方孔の半両銭を正式な貨幣と定め、これが半両銭の起源になる
五銖銭=中国古代に流通した貨幣で前118年〈元狩5年〉に前漢の武帝により初鋳造された/量目が当時の度量衡で5銖であり、また表面に「五銖」の文字が刻印されていることより五銖銭と称されている
前漢以降でも後漢・蜀漢・魏・西晋・東晋・南朝斉・南朝梁・陳・北魏・西魏・北斉・隋で鋳造され、唐代の621年〈武徳4年〉に廃止されるまで流通した中国史上最も長期にわたり流通した貨幣である
紫姑神=厠の女神で、古代の神・帝嚳〈ていこく〉の娘ともいわれるが、一般には別な説が伝わっている/山東省生まれの何媚〈かび〉という女が山西省寿陽県の県知事の妾になったが、嫉妬した本妻の嫌がらせで生前は便所や豚小屋の掃除をさせられるなどの虐待を受けていた……当時のトイレは廁と溷の2階建、つまり厠の下に排泄物を始末する豚が飼われていた/一説では厠で殺されたとされる何媚の命日、毎年正月十五日の元宵節〈上元節、元夕節などともいう灯籠祭〉に女性や子供達が紫姑神を迎える/まず香を焚き蝋燭を灯して、茶菓を供え、布で覆った籠で女型の人形を作り、飯籠で担いで便所や塀の隅などで迎える/祈りと一緒に「子胥は居ないし、曹姑も帰った、小姑は出てきて大丈夫」と呼び掛ける……妾として輿入れした家の、嘗て酷い仕打ちをされた旦那と本妻のことである
刀貨=春秋戦国時代には交換価値が確立した青銅器を、携帯や発行をしやすいように小型軽量化したものが貨幣となっていく/この時代から金貨や銀貨を高額の支払いに使う例が増えたとみられ、金属貨幣は布貨、蟻鼻銭など何種類かあるが、刀貨は包丁のような形をしており刀銭とも呼ばれ、明刀と斉刀に大別された/猟や漁労用の小刀が原型とされ、斉・趙・燕・中山国で使われた
円領袍=「盤領袍」「方領衫」の詰襟、交差した立襟に対し襟ぐりの丸い大円領の上衣で、主に官僚の公服に多く見られた
通天冠=中国は冠を身に着ける文化なので、階級、役職、時代で、多くの冠が存在した……委貌冠・通天冠〈高山冠〉・貂蟬冠・建華冠・梁冠・進賢冠・樊噲冠・卻敵冠・鶡冠・爵弁など
呉道人保生大帝=明清時代に創作された伝説では生まれからして白亀や北極紫微大帝の転生であるとされた/「同安県志」には仁宗の皇后の乳の病を治したという伝説があり、直接触れずに糸でもって脈を取る際、試みにベッドの足に糸をつないでもそれに気づき、その後改めて皇后の腕に糸をつないで診察したところ即座に乳の病であると見立て治療したというものである/民衆を救うに際してはお札を水に入れて飲ませることで、明道2年〈1033年〉の疫病から人々を救っただの、金丹を用いて多くの人々を救っただの、飢饉の際に媽祖の伝説さながら食料を運ぶ船を道術により引き寄せて振舞ったなどという奇蹟譚がある/さらに治療する対象は人だけでなく竜や虎にも及び、感謝した竜はのちに保生大帝の乗り物に、虎は守護者となったという
呉夲〈ごとう〉は道教における神であり、称号は「生を保つ」ということで医神としての信仰を集めている
五方瘟神=中国に伝わる疫病をつかさどる神で鬼神、五瘟大王、五瘟使者ともいう/天界に存在する瘟部に属するとされ、人々に流行病などをもたらしたりするとされた/支配下に五毒将軍が存在する
五毒将軍=疫病をつかさどる神で五毒大神、五毒大帝などとも呼ばれる/「五毒」というのは人間に対して毒をもたらすとされた呪術などに用いられる5種の生物〈蝎、蛇、蜈蚣、蟾蜍、蜘蛛〉も意味している
龍王=中国の龍が水・雲・雨と関係するという観念は古く、先秦時代にはすでに水淵に棲むと記述され、前漢の「淮南子」にも龍が昇れば雲がおきるとされた/中国の龍王が八大龍王との習合という解説もあるが、仏典「仏説灌頂経」〈4世紀〉の例を取ればは五色龍を記載しており、中身も中国土着の五色龍を五方に祀るという慣習に由来すると考察される
無常鬼=黒無常と白無常の二人組で冥界からの使者、手には芭蕉扇を持ち二尺ほどの幘巾という高い頭巾を被った姿なのだとか
無支祁=古代の帝のひとりである禹が天下の治水を進めていた時代に現われた水にまつわる怪物で、猿猱のような姿をしており、頭は白く体は青く、首を100尺も伸ばすことができ、力は象の大群よりも強く、動作も非常に敏捷であったという/何度も禹王の臣下がこれを鎮めようとしたが失敗、やっと庚辰によって、大索〈太くて強い縄〉と金鈴をつけられ亀山に封じられたとされる
後世の「西遊記」に登場する孫悟空の原型とも考察された/無支奇、巫支祁〈ふしき〉とも
燭陰=北海の鍾山という山のふもとに住む神で、人間状の顔と赤い蛇のような体を持ち、体長が千里におよぶとされる/目を開けば昼となり、目を閉じれば夜となり、吹けば冬となり、呼べば夏となる/飲まず食わず息せず、息すれば風となるという
ハッグ=イギリスの伝承に登場する怪しい老婆で、精霊、妖精、あるいは悪霊であるともされる/鬼婆や妖婆とも翻訳され、意地の悪い、あるいはしばしば醜い老婆の姿で表される
その性質は魔女に近く、眠っている者に悪夢を見せることが出来るとされる/ヘンゼルとグレーテルの物語に登場した老婆もこのハッグであるとされる
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別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
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