01.プロローグ
ソランが、私達のことを何処かで朽ち果てればいい、と思っていても、それはそれで仕方の無いことだけれど、一言だけでもいいから謝らなければならないという気持ちに、嘘偽りは無かった。
ドロシー、ステラ、エリスの3人が、支配していた勇者の死と共に、厄介払いとばかりに王都を放逐されます。
――――――――絶望していた。
焼け付く日差しは、熱帯雨林の大木に遮られて獣道まで届かない。
寧ろそのじめじめとした纏わり付くような湿度の方が不快感を増長し、ガリガリと削るように体力を奪っていた。
泥濘む土壌に、軽歩兵用の半長靴はめり込んで、なけなしの気力を容赦なく翻弄し、いつでも道を惑わせようと手薬煉を引いているようだ。
肉刺は潰れてジュクジュクと膿み、化膿止めの呪刻も殆ど役に立たない。
精神疲労から胃は荒れ、栄養失調で唇も髪もカサカサ、爪は割れ、手足の指はまるで気味悪い芋虫のようにブヨブヨと浮腫んでいた。
髪を梳く象牙や鼈甲製の櫛は、生きていく為の日々の糧を得る代わりに、疾っくの疾うに売り払って仕舞った。
3人の内、私はレプラとも象皮病とも判別のつかない疥癬にさえ冒されていたので、治らない痒みにも悩まされていたし、あの日に自ら刺した脇腹の中途半端な傷痕が鈍痛となって身体を強張らせた。
炎症からの発熱は容易に四肢から力を奪っていった。
仕方がないとは言え、どうしようもない最低に不衛生な暮らしは、思わぬ病を併発する……これも天罰かと思うが、矢張り苦しい。
皆、満身創痍と言っても過言ではない。
勇者が死んだあの日、あんなに啀み合い、罵り合って、もう二度と一緒には居られないと思っていたのに、私達は結局、お互いしか頼る者が居なかった。
例え心に痼りが残っていても、互いの傷跡を抉ってまで威嚇し合い、なじり合って消耗する意味も無いし余裕も無い。
あてどない逃亡の旅路に辿り着くべき目的地などは無く、唯々彷徨っていた。
次の逃亡先であるサバンナ圏のキュロス王朝ニネヴァ帝国も、仮に身を寄せる先に選んだに過ぎず、正直、辿り着けるかさえも分からない。
追放される前の、従者用だと特別に誂えた豪奢な女性用戦闘服は、天鵞絨に金糸銀糸で鱗模様の縫い取りをあしらった宮廷御用達の目の玉が飛び出る程の高価なものだったが、防御の魔術式が彫り込まれた国宝級の甲冑と違い何故か取り上げられなかった。
勇者のパーティに相応しいようにと設えられた上等の装束で、裏地のキルティングとの間に鍛治師泣かせの微細なチェーンメイルを編み込んだ鎖帷子を兼ねるデコルテは、屑が好んだので胸元が大きく開いた商売女のような意匠だった。
だが、そんな屈辱的なお仕着せも、縁どられた王都一番の職人の手に依るレースごと最早見る影もないまでに薄汚れ、ボロボロだった。
ストマッカーと呼ばれる胸当てをコルセットのように紐で縛り上げる服は脱ぎ着が面倒で、実際にプレートを付けるときはこの中に肌を守る鎧下を着込まなければならず、非実用的ですらあったが、今となっては一張羅のそれらは売り払う価値も無く、着た切り雀で虱さえ涌いても手放せずにいた。
……本当は暑さ寒さを凌げればどうでもよかったのだが、自暴自棄になっていた私達は将来の生活設計どころではなかったのだ。
厚めの生地からなる服装はジャングルでの行軍には不向きで邪魔になる。
結局私達3人は、上着類やタイツを脱いで背嚢に括り付け、ステラはすでに鉤裂きだらけになった亜麻布のキャミソールとペチコートの上下、私とエリスは丈の短い7分袖のアンダーウエアにドロワースと言う、とんでもなくはしたない格好で俯きがちにのろのろと歩を進めていた。
汗と泥にまみれた肌は、あちこちに浅くない擦過傷と青黒い打撲の痣、皮膚に沈殿して治らなくなった内出血の痕に被われて、見るも無残な有様だった。
私とエリスは痩せ細り、同じ食事事情の筈なのに、何故かステラだけはぶくぶくと肥え太っていた。
失われたクズ勇者の加護の反動なのだろう。
虫除けの香も、エリクサー軟膏も既に底を尽き、王都より北の森林しか知らなかった私達は、未開の南部樹林帯に分け入るのが、こんなにも困難だとは知りもしなかった……その程度に無知だったのだ。
今思えば、勇者チームの指名討伐依頼の旅は馬車や軍馬に守られた安全な進軍のようなもの、良くてお飾りの広告塔扱いか……下手をすれば単なる足手纏いと陰で嗤われていたのかもしれない。
とてもではないが徒手空拳で己れらの糧秣も確保しながら進むバックアップ無しの、本物の越境行為には比べるべくもない。
灌木、鋭い棘や毒性の樹液を持つ蔓性植物、はたまた魔獣や猛獣を避けながら進んだとしても、猛毒を持ったサソリや毛深い蜘蛛、体液にさえ溶解性の成分を滲ませる毒ヤモリや大山蛭など、致命的な害獣は枚挙にいとまが無い。
大薮斑蚊という小さな蚊は、3世代ほど前のここアルメリア大陸で80万人が亡くなった深刻な伝染病を媒介する。
今朝も百足に刺されて飛び起きたし、野蛇などは3日前に食用にしたほどだ。
勇者チームの教練課程でサバイバルの講義と実践を真面目に受けておいて、本当に良かった。あれが無ければ、食糧確保は難しかったろう。
とはいえ、クソ勇者が死ぬと同時に契約従者の私達はその権能をことごとく失っている。何年も売女として生きた勇者の加護なぞ一瞬たりとも身に宿していたくはなかったが、失ったら失ったで私達は唯の惨めな弱い女だった。
今は殆ど意味をなさない程の低威力の魔術と体術しか顕現出来ない私達は、うっかりと擬態したトレントにさえも気付かず、追い掛けられて傷を負った。
国を追われ、故郷へ戻ることも出来ない私達は、多くの民衆に恨まれていたらしく、行く先々で盛大な石礫の歓迎を受けた。
結界も回復も使えない身で、私達は初めて、怒り狂った女子供、人々の投げる石に流れる血の痛みを知った。
痰を吐き掛けられ、窓からは便壺の中身を浴びせられ、追われる毎日に憔悴し、必死で詫びを口にしながら、逃げ惑っている内に砂漠や森林限界を超えた高山にも迷い込んだ。
当然の報いと言えば、報いなのだろう。
クズ勇者の魅了に操られていたという言い訳は、犯した罪の内容と重さ、その消せない事実を鑑みれば情状酌量の余地などあろう筈もない。
私達は恥多きこの身を、人々の悪意から遠ざけ、突き刺さるような侮蔑の視線から逃れる為に隠れ潜み続けた。
そしてこの3週間程は、ジャングルの中で安物の方位磁石を頼りに国境を突破しようとしている。
他領に逃げ込めば、もしかしたら身分を隠して街娼や酒場の女給として、暫くは仮の凌ぎを生きていけるかもしれない。
最も、酷い有様の私達を買って呉れる客は少ないかもしれず、一見瘡掻き持ちにも見える私の稼ぎはそれほど期待出来ない。しかも市民権を剥奪された私達に人道的な保証はなく、運悪く人狩りに捕縛される危険さえある……それでも奴隷狩りの蛮族に捕まって奴隷落ちするよりは身体を売る方が幾許か増しだろう。
しかし、次の逃亡先の熱砂の国はまだ遥かに遠い。
大体、今Cクラス以上の魔物に襲われたら、弱体化した私達ではおそらく一溜まりもないだろう。
魔物感知のセンサー(感応)は、私達に残された数少ない能力のひとつだ。
持ち出せた武具や装身具は路銀と日々の空腹を満たす糧と消えた。
手許にあるのは売り払った宝飾意匠のキンジャルの代わりに吊り下げた、ククリナイフにも似た山刀とも鉈とも区別が付かない、藪漕ぎの伐採に使うためのナマクラな代物だ。
王城から放逐されたとき、下賜されていた正式装備のミスリル合金製ドレスアーマーも、伝説級の聖剣も取り上げられた。
魔石を埋め込んだドレスアーマーは、それだけで身体能力を底上げするが、もうそんな加護も得られない。
同じようにしてステラは、クリスタル髑髏に数々の宝珠をあしらったスタッフと様々な付与術が編み込まれた魔法陣裏地のローブを、
エリスは世界樹の枝から削り出されたとされる短杖と、彼女のお気に入りだった戦乙女の逸話を題材にした精緻な立体彫りの軽装プレート、面頬と鉄鉢だけの軽ヘルムと肩当て、手甲と胴鎧、脛当てを失っていた。
「……えへへ、アルミラージのお肉、美味しかったねっ、また食べたいなっ」
誇り高いエルフの血筋の筈が、すっかり幼児退行してしまったエリスは、摺り下がるズロースも気にせず、痛々しく千切れた耳もそのままに、一週間前に移動の合間を縫ってやっと仕留めた矮小魔獣のステーキを、また食べたいと、そればかりを虚ろに繰り返していた。
解放されたあの日以来、失語症から、まったく喋ることが無くなっていたエリスだが、あの全てに聡かった娘の変わり果てた今の姿は、口が利けるようになっただけ増しなのかもしれないが、これはこれで結構堪えるものがある。
逃亡生活の中で、見様見真似で思い出しつつ学んだ括り罠のトラップや獲物の処理など……皮を剥いだ生肉の血抜きと解体は想像以上に大変だったが、生きていく為には喰わなければならない。
必要に迫られた狩猟生活だったが、素人同然の私達は最初、肉の処理に失敗して食中毒で死に掛けた。
まさに泥水を啜り、草の根を齧りながらの逃避行だが、大したレベルではないが幸い鑑定スキルは残されていたので食べられる植物の見分けは付いた。
キャッサバなど、ここ熱帯樹林で自生する根菜系の澱粉質は煮詰めれば充分に腹の足しになったし、たまさか狩猟で口に入る肉類も無い訳ではなかったが、久々に仕留めてスキレットでローストした際のアルミラージの兎肉になけなしの香辛料を使い切って仕舞い、この気候に塩漬け肉を持って歩くのも躊躇われ、食べ切れない分は泣く々々廃棄した。
「ねぇ、ドロシー、あのね、私達ってさ、本当にこのまま、は、恥を忍んで生き続けてていいのかな……?」
ペチコートを端折りながら、亡者のような足取りで後ろを付き従うステラが掠れた声で問い掛けてくる。
何回も繰り返された堂々巡りの問答にまた性懲りもなく回帰するステラ姉は、私達より年上の癖に“大賢者”のスキルを失った今は……
否、ハーレムの坩堝に溺れていた最後の頃は“闇賢者”に堕ちてさえいたが、どちらにせよ今では唯の無駄に胸の大きなアル中の亡者に過ぎない。
禁断症状に震え出す前に量り売りで譲って貰った紛い物の安酒を与えるか、ときたま正気に還るエリスのなけなしの状態異常回復スキルで、胡麻化すしかないのだが、革袋の水筒の中身は既に尽き掛けていた。
未開の土俗の集落で分けて貰った青いカシューナッツの汁を発酵しただけの蒸留しない濁酒に、怪しげな祈祷師がまじないで合成した酒精を割増しした合成酒は、間違いなく絶対に身体に悪い代物だが、格安で譲って貰う為に私達3人は風土病が蔓延するかもしれない不衛生な獣人族達相手に身体を売った。
ここまでして生き恥を晒し続ける私達にはもう人並みな尊厳ある死などは許される筈もない。だと言うのに分かり切ったことを何度も反芻するステラ姉の頭は、もう完全に酒毒に蝕まれているのだろう。
「結局死ねなかったあの日、お互いの咽喉許に短剣を突き付けて、何度も躊躇い傷を付けたよね……」、噛んで含めるように一言一言、何度々々も繰り返した同じ答えを言い聞かせる。
その後も衝動的に死のうと思った機会が何度もあったが、とどのつまり意気地無しの私達はまだ醜悪に足掻いていた。
咽喉に惨めな傷痕を残しながら……
「……きっとあたし達がしなくちゃいけなかったのは正しく懺悔することだ、切っ掛けを失ったなんて言い訳に過ぎない」
「罪と向き合うのが怖くて謝罪も償いもしないまま、あたし達はただ逃げてる、ただ当ても無く逃げ回り続けているだけなんだよっ!」
「死のうと思って死に切れない、死ねる勇気もない意気地無しの咎人の亡霊っ、それが今のあたし達なんだよっ!」
激すると、あの日、自分で突き入れた脇腹の傷がまるで死に損なった罰のようにキリキリと引き攣れて痛んだ。
どうしようもない、遣り場の無い衝動に突き動かされて感情を抑えられないまま声を荒らげて仕舞う。
武人の誇りとばかり刃物での自刃を選ばずに、女々しく首を吊って確実に死んだ方が良かったのだろうか? 汚らしく惨めに死ぬ方が、恨んでいるだろう人達に顔向けが出来ただろうか?
ソランは……その真心を踏み躙られ、血涙を流して懊悩にのた打ち回ったソランは、踏み躙った私の、そんな裏切り者の私の惨めな末期を知れば少しは溜飲を下げて呉れるのだろうか?
それとも私を憎んで復讐しようとしていたりするのだろうか?
もしそうなら、私は、ソラン、貴方の前に跪いて、喜んで首を差し出すよ?
酷い仕打ちに傷付けて仕舞った故郷の人達、両親……父さん、母さんには勘当されたままだったっけ、
本当に悪いことをして申し訳なかった、元気にして呉れていればいいのだが。
何より将来を誓い合った癖に、進んで寝取られ、裏切った幼馴染みの恋人には、絶対に謝らなければならない、絶対に罪を償わなければならない、指のひとつも、腕の一本も誓詞の証しに差し出さなければいけない。
死ねと言われれば、それからでも死ぬのは遅くない。
だが面と向かう勇気が出ない、会いに行く勇気が出ない。
振返りもせずに私はステラ姉に答えた、「いつかソランに顔向け出来る、逢いに行ける、そんな日が来るといいね」
信じてはいない希望を私が口にするとき、決まってステラ姉は、潰れた鼻のままニーッと笑って、凍り付いた仮面のような笑顔で涙を流すのだった。
皆が皆、ソランに負い目を感じていた。
皆が皆、ソランが手酷い裏切りにのた打ち回る姿を嘲笑い、見捨てて、そのまま別れたままだった。
どの面下げて、会いに行けると言うのだろうか?
正気を失ったうえでの所業とは言え、そんな日が来るとは、手酷い仕打ちを鮮明に覚えている今の自分達には到底思えなかった。
汚れていた、私達はもう何も無かった振りが出来ない程に汚れていたから、後戻りの出来ない程に汚れていたから、
昔の知り合いに助けを求めて縋る資格も無い程に、許しを請うなんて恥を知れと思わず自分自身を打擲して仕舞う程に、心も身体も汚れ捲っていたからだ。
ちょっとしたボタンの掛け違えなどと言えるものではない重い過ちに、もう悔い改める機会さえ永遠に訪れることは無いとさえ思えた。
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刻の流れは冷徹なまでに残酷だ。
忘れ去りたい、忘却して仕舞いたい罪はこびり付き、へばり付いて、なかなか消え去ろうとはしない。
逆に憶えておきたい宝物の筈の大切な思い出は、遥かな過去の出来事として、本当にあったことなのかさえ危うくなって仕舞う。
10年一緒に過ごしたソランが、私達の住む村にやって来たのは私とソランが丁度7歳の頃だった。
近所の空き家に越してきたアンダーソン一家が、3人揃って挨拶に来たのに、私は母親の後ろに隠れて覗き見ていた。
ブロンドや紅毛碧眼の多い私達の農業開発特区のあるクラン県では珍しく、あまり見掛けない黒髪の姉弟が居た。
「ほら、ドロシー、隠れてないでご挨拶なさい」
「内弁慶でねぇ、もう二年生に上がるというのにいつまでも子供で困ってるの」
母に促されて前に出て、小声で名乗ったのを憶えている。
「ドロシー……幼年学校の一年」
「私はステラ、五年ね、こっちは弟のソラン、ドロシーちゃんと同じ一年だから仲良くしてあげて」
大柄な姉の方が、物怖じなく告げていた。
「ソラン、です」
黒髪に黒い瞳の男の子、私は何故か気になって仕方がなかった。
それが、私とソランの出会いだった。
教室で新入生のソランは私の机の隣になった。
教科書や石板の蠟石など、よく貸し借りして仲良くなった。放課後に家の手伝いで蜜柑畑の農作業をしなければならないとき、姉弟の二人が一緒に手伝いに来て呉れて、作業の合間によくお喋りをした。
まだ小さかった頃のソランは、私よりも背が低く、ドロちゃん、ドロちゃんと言って、私の後を尾いて回った。
「その呼び方嫌いっ、今度ドロちゃんって言ったら絶好よ!」
「えぇ〜っ、だってドロちゃんはドロちゃんでしょう?」
「絶好よっ!」
「う〜ん、わかったよ」
気の弱いソランは、当時私の言い成りだった。
一緒に過ごした時間が長いからか、互いが互いを愛おしい、好ましいと想うようになったのも自然な成り行きだった。成人と認められる15歳になって、ソランから告白して呉れたときは、天にも昇る気持ちだった。
二人で隠れてお祝いの祝杯を挙げた程だ。まだお酒は認められていない歳だったが、秘密で林檎酒で乾杯をした。
一途だった。ソランと添い遂げると心に誓っていた。
16の誕生日に、ソランが指輪をプレゼントして呉れた。それは思わず泣きたくなる程の、一生の宝物の筈だった。
勇者に連れられて王都に向かう道すがら、私はそれを捨てて仕舞った。
勇者様に見いだされてお供になったのが、17歳の時だった。
ボンレフ村という片田舎で一生を終えると、本気で思っていたあの頃の馬鹿な私は勇者様に拾い上げて貰い、救われた。
ドロシーという平凡な名前が疎ましかった。素敵な勇者様に付き従うのに相応しくない。私はステラ、エリスと共に勇者様の隣に堂々と並び立てる従者として恥ずかしくないよう、日々研鑽に励んだ。
王都での訓練は厳しいものだったけれど、勇者様の優しい励ましがあれば、どうということはない。例えこの身が擦り切れようとも、耐えていけた。
都会への憧れや、年相応の娘らしくお洒落やお化粧にも興味が無いといえば嘘になるが、それよりも勇者様をお守り出来る役目が誇りだった。
勇者様は異世界から召喚されていらしたらしい。なんでもシェスタ王家に伝わる秘術とかがあるのだとか。
独り故郷を離れて異界で暮らす勇者様は時折、寂しげだ。
なんとかしてお慰め出来ないものかと思っていたら、ある晩に勇者様の褥に招かれた。私の初めてを勇者様に差し上げることが出来て、私は天にも昇るような幸福を感じていた。私から、二度、三度と求めた程だ。
結局、初夜は夜通し朝まで楽しんだ。
何故か、故郷を出るときに嫌がっていた自分が嘘のようだ。
何故あんなに嫌がっていたのだろう? 栄えある王家の勅命にまで逆らうなんて罰当たりな態度をとって……あぁ、そうだ、何か幼馴染みの婚約者とか言う男が別れを惜しんで泣いていたっけ、男の癖に女々しい奴だった。
大体、世界を救う使命を帯びた勇者様と、村の“酪農”と“木こり”のジョブしか持たない農民を比べる方が、どうかしてる。私の操は勇者様の為に大切に取って置いたもの、他の誰のものでも無い。
次の晩にはステラがベッドに加わった。そして、その次の晩にはエリスも加わって3人で勇者様に愛して頂いた。
私達は勇者様と、皆んなでまさぐり合い、変わり番子に上と下を、前と後ろを同時に責められ、また責め合った。
勇者様が見たいと望むので私、ステラ、エリスは女同士でも愛し合った。
長年見知った同性と愛撫し合うのは物凄く背徳的で、眩暈がするほど興奮した。
エリスの唇は甘美だったし、ステラの胸は柔らかく、私達は互いに口を這わせ、失心するまで激しく交わった。
やがて王宮の一画に勇者様が別邸を頂くと、多くの女官達が仕えるようになり、お手付きの女達と閨を共にするようになる。
勇者様の為のハーレムの一人として、勇者様を盛り上げていこうと、皆で誓い合った。私達は、ご主人様のメス奴隷、ご主人様の為なら何でもする。
何でも出来る。
やがて変態的なことも厭わなくなった。当たり前のことだった。
だって、私達は勇者様の僕なのだから。
勇者様のお立場では、王室の後ろ楯だけではなく、多くのパトロンを必要としていた。接待の為、ハニートラップの為、私達は身体を張るようになる。
勿論、勇者様の出資者達とは男と女の関係になった。
私達勇者チームは僕の証しとして、両の乳首とあそこの計3箇所へのピアスと、勇者様の所有を示すタトゥを身体に刻んで頂いた。
ピアスも刺青も、一生涯消えない、無くならない愛の証しとして祝福のまじないが掛けられていた。
これなら、生涯を掛けて勇者様に仕えていける。
卑怯なクズ勇者の“魅了・催淫”の虜になり、5年近くを過ごした。
これだけ長い間、狂わされているともう以前の生活に戻れる筈もない。
浮遊術で宙に浮いたまま性典カーマスートラに記述されたとされる様々な体位を披露したり、場末の劇場でさえ眉を潜めるほど猥雑な、多種多様な花芸と称されるパフォーマンスも仕込まれ、不品行な噂のある国家要人や腐敗した教会の幹部共に貸し出され、くだらない不特定多数の相手と関係を持った。
クズ勇者の変態嗜癖を満足させる為に何でもやらされた。
谷町などスポンサー筋を集めた秘密倶楽部では、慰労ステージと称してハーレムの女達と共に複数に依る乱交緊縛ショー、獣姦、浣腸、アナルレズビアン、本番しながらの集団聖水プレイ……M字開脚の放尿飲尿ショー、なんでも披露した。今も思い出すと吐き気が止まらなくなるし、突発的に叫び出したくなる。
時折、エリスが発作的に自傷行為を繰り返すのもそんな記憶のせいだ。
兎に角、堕ちるところまで堕ちたのだ。
口では言えないような有りと有らゆる背徳的な禁忌を嬉々として受け入れた。
日毎夜毎の無茶な乱痴気騒ぎに浸った記憶が、クズ勇者の卑怯な呪縛から解放された今も、有り々々と鮮明に残っている。
そんな最低女の私達に野垂れ死ぬ以外の道が残されているのだろうか、救われる方法が何かあるのだろうか?
会って謝りたい、でも傷付けた相手と向かい合う覚悟が出来ない。
クズ勇者の指名従者に選ばれるイコール複数輪姦ハーレムのメンバーになる、などとは当時の田舎娘に過ぎない私達には想像の範囲外だった。
醒めても地獄醒めなくても地獄なら夢から醒めた悪夢の中でいっそ醒めなければ良かったと思って仕舞った、本末転倒のネガティブ思考の私達が居た……
下種勇者を曖昧宿で誅した反王政派の放った刺客を恨みさえした。
狂ったまま魅了と催淫に気付かずに生涯を終われればいっそ楽だったと。
ところがどうだ、現実にはステラ姉は末期のアルコール依存症、元大聖女にして知恵の神ミネルバの申し子と謳われたエリスは失語症を患った後、精神退行を起こして仕舞う。
私はと言えば、重度の解離性障害でたびたび記憶の欠落を起こしていた。おまけに原因不明の免疫機能不全により、クサレのような疥癬に悩まされている。
忌まわしい記憶と共に生きるなら、いっそのこと気が狂って仕舞いたかった。
蔑まれるのも憎まれるのにも慣れたが、人目を避けたとある街外れで、襤褸を纏った私達を御薦さんと勘違いした少女が小銭を恵んで呉れた。
駆け寄る母親が私達の正体を告げた途端、目の色を変えた少女に唾を吹き掛けられ、私達はあまりの惨めさに忍び泣いた。
身に覚えの無い、いや、覚えてはいるのだ、鮮明に。
人形のように操られ、自覚の無いまま犯した罪と言え、罪は罪。
被害に遭った人達が居るのなら許されるべくも無い。
これは私達に与えられた罰、当然の報いなのだ。
人としての道を踏み外した私達は救われる道を見出せぬまま、こうして逃げ惑って、辺境を彷徨うしかなかったのだ。
かつて蝶よ花よと持て囃されたボンレフ村の仲の良い器量良し3人は、許婚だった私、実の姉だったステラ姉、片想いに懸想していたエリスと皆が皆、裏切り、足蹴にした十年来の恋人、弟、想い人のソランに対して、決して償えることのない深い傷痕……負い目がある。
永遠に償うことの出来ない負い目だ。例え死んで詫びたとしても、償えることのない大きな負い目だった。
後悔というのは、何か希望が持てる人の感情だ。
罪と罰のどん底にいる私達には、後悔なんてどんなに手にしたくても、決して届くことのない贅沢だった。
いつまでも続く塗炭の苦しみは、当然私達が負うべき責め苦だ。だが、私達はその贖罪の長い道程にいつまで耐えられるだろう?
――――――――悲惨だった、絶望していた
やっと本編が始まります、ちょっとだけでも読んで頂ける方がいらっしゃると嬉しいです(気に入ったらブックマークしてください)
ただし、とんでもないご都合主義の物語ですから、嘘やろーっ、なんでえええ? という部分沢山あります
鼈甲=熱帯に棲むウミガメの一種・タイマイの甲羅の加工品で、背と腹の甲を構成する最外層の角質からなる鱗板を10枚程度に剥がして得られる/色は半透明で赤みを帯びた黄色に濃褐色の斑点がある/工芸品の素材に使われ、希少価値のほかプラスチックとは異なる軽い質感が好まれる
レプラ=ハンセン病のことで、抗酸菌の一種である癩菌の皮膚のマクロファージ内寄生および末梢神経細胞内寄生によって引き起こされる感染症/「レプラ」は古代ギリシア語で「皮膚が鱗状・かさぶた状になる症状群」を指し、乾癬や湿疹など幅広い皮膚疾患がこの名で呼ばれていた
象皮病=主としてバンクロフト糸状虫などのヒトを宿主とするリンパ管・リンパ節寄生性のフィラリア類が寄生することによるフィラリア症による後遺症/身体の末梢部の皮膚や皮下組織の結合組織が著しく増殖して硬化し、ゾウの皮膚状の様相を呈する為、この名で呼ばれる/陰嚢、上腕、陰茎、外陰部、乳房等で発症し易い
天鵞絨=英語でベルベット、ポルトガル語でビロード、フランス語ではベロアという/柔らかで上品な手触りと深い光沢感が特長でフォーマル・ドレスやカーテンに用いられ、レーヨンや絹が一般的で縫いずれし易く綺麗に縫製するには高度な技術が必要である
デコルテ=服飾において襟を大きく開け、胸や肩、後背部をあらわにするデザインのこと/フォーマルドレスとしてはネックラインが深く大きくカットされ、肩および背中と胸の上部を露出したノースリーブをローブ・デコルテと呼ぶ
ストマッカー=女性のガウンやボディスの前面開口部を埋める装飾された三角形のパネル/ステーの一部として骨抜きにすることも、コルセットの三角形の前部を覆うこともでき、単に装飾的な場合はストマッカーはステイの三角形のフロントパネルの上に置かれ、所定の位置に縫い付けられるかピンで留められるか、ガウンの身頃の紐で所定の位置に保持される
ペチコート=19世紀~20世紀及び現代における被服のスカートの下に着用する女性用の下着・ファウンデーション
ドロワース=女性用の下着の一種であり、腰回りのゆったりした半ズボン状の形でスカートの下に着用した/下着の中では比較的緩やかな構造で横サイドが長く履き込みも深い
キンジャル=鍔を持たない両刃の短剣でカフカース地方で伝統的に用いられた他、18世紀から始まったロシア帝国の南下政策によってカフカースが植民地化されるとコサックの装備として取り入れられた
ククリナイフ=ククリは湾曲した刀身の短弧側に刃を持つ「内反り」と呼ばれる様式の刃物であり、大きな特徴は「く」の字型の刀身と付け根にある「チョー」と呼ばれる刻みである/ネパールのグルカ族をはじめとする諸種族、およびインドで使用される刃物
キャッサバ=キャッサバ芋はタピオカの原料であり世界中の熱帯にて栽培される、作付面積あたりのカロリー生産量はあらゆる芋類・穀類より多く澱粉質の生産効率は高い/ただし食用には毒抜きが必要である
カーマ・スートラ=古代インドの性愛論書で、推定でおよそ4世紀から5世紀にかけて成立した作品といわれており現存するものとしては最古の経典で赤裸々に性行為について綴ってある
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感想や批判もお待ちしております
運営様ご指摘により改稿いたしました 2021.01.17
全編改稿作業で修正 2024.04.04