59.「56億7000万年宇宙の旅」
結局、この世の何処かに大いなる意思が在り、人の思惑などでは到
底届かない高みだったとする。
その存在からすれば、定命の文明など咲いては散り、咲いては朽ち
る果敢無い花のようなものだったとする。
ほんの少しでも見返して遣りたいと願った反骨心の発露が生み出し
た、俺達はここにいるよと叫び続ける強い反駁と最後の希望………
ベナレスとは、そう言うものだった。
「何が起きているっ!」
「6大コングロマリットでしょうかっ!」
「馬鹿なっ、相互不可侵条約は絶対だ、規約を破ると同時に発動する自動報復システムがある以上、そんな危険を冒す無謀な勢力がある筈がないっ!」
「しかし、現に五重の防衛ラインが突破され、それぞれの幕僚本部ベースが破壊された模様……これ程の強力な軍備は、コングロマリット以外に考えられるでしょうか?」
「有り得ないっ、ベッセンベニカの総力をつぎ込んだ宇宙一堅牢な防御システムが破壊されるなどある筈がないんだ」
「だのに侵入航路は間違いなく中央コントロール・センターのあるここを目指している、頭の螺子がブチ切れたキチガイ以外に」
「こんな暴挙は出来っこない!」
我が方の作戦軍所属の精鋭、第一宙挺部隊が進駐先の辺境域で消息を絶っている。これは由々しき事態だった。
同様にして辺境、剣座星系域の作戦対象惑星インペリウムにある彼の地の皇国の首都が消滅したとの情報で、我々のテクニカル・フォースからも大規模な調査団が組織されたが、何故か現地到達を目前にして連絡が途絶えた。
辺境の小国に過ぎないイングマル・ブラヴァン皇国は、我々ベッセンベニカにとっても、セイント・マーチン教団財閥にとっても、隠さねばならない大いなる秘密を持っていた。
事態を重く見た企業本部中枢が総力を挙げて、何が起こっているのか各方面に探索の手を伸ばした結果、可成り以前よりサイコニューム鉱石強奪犯として行方を追っている犯罪結社が浮上してきた。
最優先事項の筈なのに、未だ一切正体不明……その名のみ伝わる組織の名称は“デビルズ・ダーク”。
何処の言語か分からないが、不吉な響きがあった。
今の銀河文明体制下に措いて、秩序を無視し得るとすれば無法者の集団だが、そんなものではベッセンベニカの防衛ラインを凌駕することは出来ない。
可能性があるとすれば、傭兵連合や大国に巣喰う犯罪シンジケートだが、これ程の武力設備を持つとは信じ難かった。
デビルズ・ダーク……どう言った勢力なのか、何故急に台頭してきたのか、全く謎に包まれていた。
「スクリーンに映像出ます!」
捉えた敵艦影は、途絶えた防衛ラインの望遠探知に依れば信じられない巨体も然ることながら、密集星系だと言うのに外宇宙並みの3倍光速と言う驚異的な速度で突入してきた。
周囲のファクトリー施設星系に目も呉れず、只管真っ直ぐにここを目指してくるのに、防衛ラインが対応出来なかったのはその常識外れの速度域にもあると知れたが、俄かには認め難かった。
我が方の防衛ライン、決して無能ではない。
今も超高速域の侵攻を映し出すのに、映像追跡システムがフル稼働している状態だ。
異様な艦容だった。
無数の、これは大昔の大型要塞戦艦だろうか、寄り集まって無作為に固まったような……まるで悪夢のような悍ましい姿だった。
「エイリアンなのか? 人間の仕業とも思えない形状だ」
惑星の警備システムの防空統括センターを呼び出す。
「消失亜空間砲、撃てるかっ!」
コントロール・プラネット最後の切り札、対象を疑似亜空間へと押し遣る地上接地型最終兵器だ。
「エネルギー充填80パーセント、間に合いません!」
「このまま、撃ちますっ!」
ディスプレイに映る所員は髪を振り乱して、必死の形相で発射シークエンスの指示を出した。
地響きを立てる5箇所の反物質タービンが巨大なプランジャーにブラックホール級の負のエネルギーを送り込むと、地上から射出された5本の不可視の指向性照射フィールドが、それぞれ上空の反射集束衛星を経由して1本の奔流になる。
惑星に匹敵する質量をも呑み込む大奔流だ。
「弾かれますっ、届いていません!」
「敵艦影、未知のフィールドに包まれている模様っ!」
亜空間砲の本来目で捉えられぬ帯電したプラズマフィールドを物ともせず、悠然と猛スピードで迫る悪夢はあっと言う間に肉眼で視認出来る迄になり、巨大な質量からか周囲の大気が囂々と逆巻き出す。
あろうことかコントロールタワー周囲の構造物が宙を舞い出した、と思ったら見る間に地下施設ごと地表が捲れ上がり、耐爆構造の筈のタワーに亀裂が入り、捻じれるように軋んだ。
「きょっ、強力なトラクター・ビームのようなフィールドに……」
逃げ惑うフロアの要員が悲鳴を上げる中、50キロ離れた監視チームからの連絡を最後まで聴き届けることは叶わなかった。
難攻不落の筈のパデリントン・コントロールタワーは、脆くも崩れ去った。
「ねっ、ねぇ、ビヨンドざんさぁ」
もう息が上がって指も動かないまでに疲弊し切ってヘロヘロ、普通だったら筋肉痛になるのを無理矢理に薬剤投与で回復させられる……そんな無茶苦茶な強化訓練教程を組まれてる。
気を紛らす為に、なんでもいいから話し掛けて一息吐きたかった。
正直、口を利くのも億劫だった……第一、人工横隔膜が悲鳴を上げて、痙攣している。
「あっ、あんだもソランってのの女なのかい?」
「……この身はそのような上等なものではない、肉便器の穴奴隷として遇して貰えれば、それ以上は望まない」
創り出された疑似空間での仮想戦闘フィールドに於いて徒手空拳、素手の格闘訓練の時間だった。
睡眠時間を削ってまでカリキュラムをこなすのは非人道的だって抗議したら、デビル・レッドを名乗る女に(背中に白い羽のある、天使と見紛う美少女だ)、御襁褓の取れない小娘が利いた風な口をきく、と脅されたときは本当に怖かった。
細い指で顎をぐっと掴まれたとき、この人に睨まれたら長生き出来ない、そう本能的に悟った。
シンディって娘に、シャワー室で行成カンチョーとか叫んで肛門に2本指を突っ込まれたときは本気で後ろの貞操の危機だと思ったが、後でボールジーンを殺ったのがこの子だと知らされて(しかも苦も無く屠ったらしい)、屈辱の内に何も彼も格が違うんだと理解した。
対ME催淫波耐性訓練では金色の瞳をした不気味な迄に美しいデビル・ブラックって女が相手をしたが、無限にマジ逝きし続けるかと思ったバーチャル・セックスに一遍で虜になった。
終わった後で、犬のマウンティングみたいに抱き付いて股間を擦り付けた程だった。ブラックお姉様に縋りついた僕は、あまりの興奮と快楽の残滓に鼻水や涎を垂れ流し、知らない内にスーツの中に色々と粗相をしたらしく、以来僕は、エレアノールではなく“ウンコたれ”と言う、あまり有難くない名称で呼ばれている。
「それに、この身のことはビヨンド教官と呼べ」
「……ソランと初めて会った頃、冒険者のイロハを教えたのはこの身だ、冒険者同士の性欲の解消法とか色々教える心算であったが、ソランの奴は頑ななまでにストイックでな」
「ソランは未だにこの身のことを、ビヨンド教官と呼ぶ」
そこまで言って、話し過ぎたと思ったのかデビル・グリーンことビヨンド、フィジカル担当は口を閉ざした。
「……余分な話しだったな、いい加減お前もアンネハイネと同じ強化パーツ・ボディに換装しないと持久力も耐久性も追いつけなくなるぞ、治療時の換装は一時的なもので古い制御ソフトもそのままだ」
「そのボディになんのこだわりがあるのかは知れんが、今のままではこれ以上の能力アップは望めん」
言われて、隣に横たわる、僕達が失敗した作戦の捜索対象だったアンネハイネ元皇女を見遣った。
ガサツな僕と違って、疲労困憊した姿でさえどうした訳か、薄幸の美少女風で普通に可憐で、綺麗だ。
この辺の星系では珍しい、燃えるような緋色の赤毛を肩の辺りで短く切り揃えた髪も、今は額や頬に濡れて張り付いていた。
それでも可愛く見えるのは反則じゃないのかな?
「だっ、大丈夫です、わっ、わたくしもカンチョーの洗礼は受けましたが、三日程で異物感は無くなりました……大丈夫です」
何が大丈夫なのか、まるっきり意味が分からなかったが、先日13歳の誕生日を迎えたばかりだと言う国を捨てた悲劇の皇女は、胸を上下に酸欠の魚みたいに、ヒューヒュー呼吸していた。
全滅したエレアノール商会が攻略ターゲットにしていた、当の本人と地獄のような特訓コースで競わされるとは、正可に思っても見なかったよ………
確かにお姫様の強化ボディは、高性能らしかった。
誕生日プレゼントだと、マクシミリアンて、爬虫類顔の薄気味悪い科学者が用意した新しいボディ・パーツは、戦闘モードになると自動的にその場に相応しい装甲を付与するシステムなんだと聞いた。
フィジカル面をブーストすること、筋力1000万倍、素早さ800万倍とか言ってたが、どうやら眉唾ではないらしい。
大型の仮想敵とか怪獣染みたものが対戦相手に頻繁に出てくるのだが、僕に比べておひい様の方が余裕綽々だった。
「どうした? 基礎体力や格闘技能でもたついてるようでは、次のステップに進めんぞ?」
デビル・グリーンが、ショートにしたダークブロンドの前髪を無造作に掻き揚げると、熱の籠らない声で問うてきた。
「この身達は殺しても死なない、アンデッド以上のしぶとさを求められている……最終的には、そのステータスまで来て貰う」
自分一人で強くなった気になっていたのは、とんだ思い上がりだったって今なら分かる。ただ安いプライドかもしれないが、僕なりに努力してきた証しが中々捨てられなかった。
でも、もう流石に潮時かもしれない。
二瘤駱駝座の中央星系にベッセンベニカの、有名な治外法権区域があります。
独占する特殊鉄鋼の精錬から成型加工までの、想像を絶する程の大規模な工場群を有する、部外者立入禁止星系……要塞化された、パデリントン星系です。
ソランさん達の“天翔ける厄災”一行は、作戦立案もそこそこに、間髪入れず、奇襲を敢行しました。
全体の運営をコントロールするメインフレーム・ブレインがあると想定している惑星カインが、攻略ターゲットです。
幾多のオー・パーツの攻撃を一斉に受けても耐え得る絶対防御フィールドに、わたくし共の世界の攻撃手段は何ひとつ届きません。
ベッセンベニカの本拠地防衛軍統合幕僚中央方面隊の二重、三重の侵入者迎撃システムは、ナイトメアの本気の攻撃の前には成す術も無く、文字通り消え去りました。
これもまた、わたくし達の世界には無い未知のカタストロフ級終末兵器……オー・パーツの脅威です。
噂通りなら、全天方位100個師団程度の常時待機規模で軍備があった筈ですが、全て出撃ベースごと塵も残さず消えました。
ソランさん達の超弩級要塞母艦、天翔けるコフィンこと“バッドエンド・フォエバー”の強力な牽引ビームが、惑星カインの地中深くに埋設されたベッセンベニカの中央メインフレームのコア、通称ビッグ・マザーを引き摺り出します。
引き抜かれたコアは、ちょっとした小惑星ぐらいもあって俯瞰モニター以外では全体が見れない大きさでした。
地中深くから掘り出されると付随するコネクティング施設が崩れ落ち、ビル程もあろうかという太いエネルギー供給チューブが何千本と引き千切られ、ぶら下がるのを気にも留めず、牽引ビームを維持したまま速度を緩めることなくバッドエンド・フォエバーは目的の獲物を持ち去ります。
加速する稀代の要塞母艦は、そのままワープ航法モードに飛び込みます。人が幾ら死んでも、社会構造が壊れて仕舞う程の暴挙もまるで意に介しません。
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「なるほど、メシアーズがハッキング出来なかったのもこの為か、圧縮通信ログは都度、物理的に破棄されている」
「肝心な座標や時間は、完全なスタンドアローンにしたブラックボックスで持ち運ぶ徹底振りだ」
「だが、予想は当たった……矢張りショートカットは在った」
バッドエンド・フォエバーの中核にあるカミーラの浮遊城ウルディスに集まっていた。豪壮な吹き抜けの丸天井に中二階回廊を巡らした客間ホールは吸血鬼の居城らしく幾分怪し気だが、俺達がもと居た世界の意匠や趣味に近くて、何故か懐かしい。
「ゲートが開くポイントは毎回、移動しているようじゃの」
何喰ってるんだと思ったら、クランチナッツとチョコレートをコーティングしたアイスバーを齧りながら、ネメシスがメシアーズの分析レポートをタブレット端末で高速スクロールさせる。
既に破壊し廃棄したベッセンベニカ中央メインフレーム・コアから抜き取った情報は、幾つかの事実を組み立てるまでに至った。
想定外か、想定内か、ベナレスからベルトコンベア式に押し出されてくる超高速亜空間ストリームは、先史文明の遺物だった。
してみればベナレス自体が、先史文明の産物と言う可能性が出てくる……面白え、鬼が出るか蛇が出るか、出たとこ勝負の博打に賭けてみるか、いや、いや、俺たちゃあ生き残らなくちゃならねえ。
「てっ、おめえら、なんで皆んなでアイス喰ってんだ!」
気が付くと、アンネハイネやエレアノールまでプレミアムメイドだってバーアイスをはぐはぐしている。なんなんだこいつら?
俺たちゃあ、人を殺し捲る血も涙も無いド外道だってのに、仄々とアイス喰ってる場合かよ……ん、まぁ、逆に冷血漢を標榜するのに、それも有りかもしんねえけどよぉ。
「マイブームじゃ………」
簡単な一言で片付けやがって、ほんと分かってんのか、こいつら?
「随分と遠くに来てしまったものです……セルジュ村のギルド出張所で造って頂いたアイスクリームの味が懐かしいです」
いや、知り合った頃の昔を懐かしんでくれるのはいいんだが、そんなに素敵な笑顔で微笑まれても、両手にアイスを持って言う台詞じゃねえぜ、アザレアさん……あんた、貴族の御令嬢だったよね?
「驚異の亜空間ジェットストリームは、便宜上ベナレス・エクスプレスと呼ぶ」
「明朝05:00時に、ベナレス・エクスプレス攻略を開始する、メシアーズ、突入時と巡航の障害、致命的問題点が無いか、対応策をそれまでに検証出来るか?」
(00111100……問題ありません)
銀河規模の人類繁栄域への電子戦と情報網羅の限界を懸念したメシアーズは、カミーラの“ハーミットの水晶”理論に着眼した。
カミーラと共同開発した強化版“フリズスキャルブ”はどうやら、ある程度未来予測が出来るレベルに到達していた。
カミーラに言わせると、メタヒューリスティクス完全アルゴリズムのモデリングを完成させた彼女らの造物主ヘドロック・セルダンを、軽く凌駕したらしい。
「久し振りにウルディスの古代スタイル浴場で風呂を呼ばれようと思う、エレアノール達も来るんじゃ」
ネメシスが女達を仕切るのも自然な成り行きだったが、新人いびりしてねえだろうな?
「連日の作戦行動で気が張ってるが、あまりハメはずすなよ」
「何を言っておる、お前も一緒に来るんじゃ、第一回巨乳オッパイクィーン争奪杯を開催する予定じゃからの」
何言ってんだ、こいつ、完全に頭おかしいよな?
この後、オッパイ女王杯を巡って実際にアザレアさんとカミーラの揉み応えはどっちが上か試す羽目になった。
要塞母艦バッドエンド・フォエバーは、二重三重の絶対防御フィールドを展開して、最大戦速でベナレス・エクスプレスを目的地に向けて逆遡行していました。
サイコニューム鉱石を送り出している場所へは、1ヶ月近く掛かるようです。
全銀河を震撼させたベッセンベニカ本拠地襲撃作戦ですが、混乱を招かない情報操作の為に、メディアやマスコミ対策用の隠蔽捏造工作用増殖型プログラムを、広範なコネクティング・パルサーネットに流しました。
これは、最終的には銀河通信網を支配する“ベル・ワーウィック光速通信”のメイン・サーバーをも乗っ取れる威力があるとのことです。
ベナレス・エクスプレスの超亜空間とも言えるストリーム・チューブで時折物凄いスピードで擦れ違う無人のコンテナ搬送船は、見知った現行のテクノロジーとは似ても似つかぬ特異な形状と、現存の推進機構とは相入れぬ動作原理で動いているようでした。
あれからわたくしとエレアノールさんの強化訓練はますます常軌を逸した内容に加速度的に推移していますが、シンディさんに言わせるとこの程度は鼻歌でこなせなければ駄目だそうです。
ソランさんのシゴキでは寝かせて貰える時間も無かったと、当時を思い出したシンディさんが遠い目をしていました。
そうそう、シンディさんが担当した学科教程で長期潜入捜査用の変身術や偽の人格付与術を見せて貰いましたが、それはもう見事なものでした……一度なんか、ドヤ顔でネメシスさんに化けて見せて呉れましたが、ほんの微かな体臭や仕草は言うに及ばず、性格までそっくりだったのには感心しましたっけ。
……ところが上には上がいるもので、シンディさんに言わせると、ぶりっ子キャラクターを演じさせると、ビヨンド教官の右に出る者は居ないそうです。
あの冷たい視線だけで人が殺せそうなビヨンド教官がです……人は見掛けに拠らないものですね。
エレアノールさんのボディは、マクシミリアン先生お手製のものにすげ替えられました。今度の頭部は元々のエレアノールさんの顔が複顔されています。今迄の昆虫の目玉のような複眼はちょっと怖かったですものね。
でも、性能的な視覚野は却って数段上がったようです。
痛覚遮断や疲労度無効化は、危険予知やライフ・ポイントの具合を見るのに邪魔になるからと使わせて貰えません。
本当に死線を彷徨うような、実戦さながらの訓練が続いています。
「それじゃあ、今はプラグイン・スロットを20増やして、ME格闘術制御ソフトはヴァージョン4なのね?」
「拡張ヴァージョン4からはサブミッションより突き、蹴り技主体の功夫と拳法になるから、馴染みが無いでしょうけど頑張ってね」
取得中の機甲体術制御ソフトも、ここのはメシアーズが考案したものらしく、とっても独特なものです。
「最終奥義は発勁や遠当てに似た、メイジアン・インパクトって技になるんだけど、ちょっとコツが必要よ」
わたくし達のスキルアップ教練では諜報技術と特殊工作用のレンジャー教練を担当しているアザレアさんですが、好物の月見うどんを食べながら(七味唐辛子ってシーズニングを多めに掛けるのが好みのようです)、カリキュラムの他の進捗を訊いて色々とアドバイスをして呉れようとします。
船内スーツ姿でも見事な出っ張りなのですが、先日の古代様式の浴場で初めて裸を拝見しました。なんかエッチな乳首でしたけど、同じ女性としても羨まけしからん胸の大きさでした。
王者決定戦で、皆さんの目の前でソランさんに胸を揉まれていましたが、真っ赤になりながらも嫌そうではありませんでした。
「いいから喰え、鉄火丼も鰹の叩き定食も、どちらも美味いぞ」
エッチな話は無しですよと、最初に釘を刺してから又々、ネメシスさんお勧めの和定食のコーナーに誘われて来ています。
「偶に慰労でいいだろう」
と、日本酒……お米と言う穀物から造られるリカーが、ネメシスさんの持つ小さなデカンターから陶器の酒杯に注がれます。
温燗と言うそうですが、あっためるお酒は初めて見ました。
未成年ですがわたくしもほんの少し、お相伴に与ります。
「くうぅぅっ、染みるなぁ!」
何杯目かを口に含んだエレアノールさんが、思わず漏らしました。
ブルーグレイの瞳を見開いています。地顔を取り戻したエレアノールさんは、普通に美人さんでした。
目が大きくて、テレビ・インペリアルのサスペンス・ドラマのヒロイン役なんかで人気があった女優さんに似ている気がします。
「ほれ、これも喰え、蛍烏賊の沖漬けと天然ウナギの鰻冊だ」
摘みを勧められて、口にすれば初めて味わうものながらどれも至高の一品と思える絶妙な珍味でした。
更に焼き鮑の雲丹バター載せや牡蠣の霙鍋、アヒージョ風栄螺の壺焼きと次から次に勧められ、これまた淑女の嗜みも忘れて夢中になる美味しさなんです……本当に美味しいものを食べる時、人は無口になると悟りました。
湯気の香りさえご馳走に感じられます。
自分で自分のチョロさ加減が嫌になりますが、大勢の人の命を切り捨てた悪行を顧みず、美味しいものに心奪われる浅ましさに、少し泣けました。
「勘違いするな、才能も、根性も必要無い」
松花堂弁当を上品に口に運ぶ箸を止め、鍛錬の愚痴をこぼすわたくし共へ向けてビヨンド教官が身も蓋もない言葉を投げ掛けます。
「今ここに居ること……それがすべてだ」
「ソランに目を付けられた以上、何がなんでも生き残る術を身に付けて貰うし、一騎当千のスペシャリストとして、例え相手が軍隊であろうと単独撃破出来る技量は嫌でもそのレベルになる……それを与える力が、この身達にはある」
「例えミジンコだろうがゾウリムシだろうが、メガトン級の破壊神に仕立てて見せる……生存本能と生命力を極限まで高める」
この人の無味乾燥した無表情な視線はいつも恐ろし気に鋭いのですが、それでもソランさんを見詰めている時だけは幾分柔らかくなるのが、この頃分かってきました。
よく見ていないと分からないのですが。
「真っ当な努力を期待する」
よく見ていないと分からない微かな慈しみが、この時のビヨンド教官には確かにありました。
「は~い、シンディ・アレクセイ、宴会芸やりまぁ~す!」
前後の脈絡や場の雰囲気を全く読まないシンディさんが、唐突に奇声を発します。
「おまっ、昼飯時に宴会芸はやらんとこの間教えたろうがっ!」
「バカチンがっ!」
突拍子もないシンディさんを、ネメシスさんがマジギレで窘め、
「お前の裸踊りは見飽きた」
と、カミーラさんがさも興味無さそうに拒否します。
決して馴れ合ってもいませんし、寄り添いあってもいませんが、そんな関係が心地好く思えました。
両手を血に染めても平気でモリモリご飯が食べられる恒常的パーソナリティ障害、サイコパシーかよってメンバーばかりなんで、嘘みたいですよね。
多くの過去が胸を去来します……宿命を背負った幼年時代も、帝宮殿での生活も、皇帝へと至る責務の道も、何も彼もが虚しく消えて仕舞いました。
捜索の手を逃れた潜伏の日々に、人知れず泣いた幾つもの悲しい夜がありました。
母を失い、国を捨て、多くの知己に別れを告げたわたくしですが、新たな居場所を見つけたような気がしていました。
何処かで世捨て人としてひっそり生きて行こうと思っていたのですが、ここが離れ難くなっていました。
結局、シンディさんの宴会芸は見損ねたのですが、それがほんのちょっとだけ心残りでした。
ことが終わったら打ち上げの焼肉パーティで、コント芸を披露するってネメシスさんがこそっと教えてくれました。
エロネタ無しで、ネタ合わせをしてる最中らしいです。
楽しみです。
メシアーズが本当の意味で本領を発揮したのは、この瞬間かもしれねえ……ベナレス・エクスプレスの始発点たるサイコニューム積み込みプラットフォームを破壊しざま、通常空間に躍り出ると同時に雲霞の如く迫る巨大な無人らしき自動迎撃端末機何千万を一瞬で照準し、オー・パーツの選択照射でことごとく消し去った。
バッドエンド・フォエバーの統合集中火器管制ルームには、戦果の記録が次々と流れては消えた。
ようやく辿り着いた今回のミッションのクライマックスとでも言うべきものが、今、目の前に見えていた。
「ネメシス、俺達は今、何を見ている?」
「髑髏じゃな……宇宙の暗闇に浮かぶ、黄金の髑髏じゃ」
ベナレスの正体は、人工の天体……惑星級の質量があれば、球状になるのが自然だが、人間の頭骨を模しているのは何処の何奴の酔狂なのか、どんな法則に従っているのか、ゆっくりと自転していた。
影の面が見えねえのは、自前で発光してるのかもしれねえ。
電子的に攻略が可能なのか、駄目元であらかじめ逆流入を防ぐよう組み上げた鉄壁の占拠プログラムを指向性プルーブで一斉照射。
メシアーズの反応を待つ。
それにしても……黄金の髑髏、俺も色々奇妙なものを見て来たが、これ程稀有壮大な奇天烈なものは初めてかもしれねえな。
肉眼で見てみたくて近い展望艦橋に出て来たが、ちょっとショッキングな程すげえ幻想的な迫力だ。
天体並みの巨大さ……この存在感、見掛け倒しの張りぼてである筈がねえ。それが証拠に、この世界に来てからついぞ感じることの無かった濃密な魔素の波動が感じられた。
離れていても分かる強大な魔力が放たれている。
小さな恒星を持つ、星も疎らな片隅の星系、仄昏い宇宙の深淵にいびつな自転運動を繰り返す惑星大の黄金の髑髏……疾っくの疾うに人間を捨て去った、眠らない俺が言うのもなんだが、まるで悪夢を見ているようだ。
「ここに失われた人類発祥の星があったそうです」
「それがミッシング・エイジで逸失した、太古の歴史の真実です」
反応があったのは、貴重な血筋を引くアンネハイネだった。
なんだ、何を言っている?
もしかしてアンネハイネの血がベナレスに呼応してるのか?
「ベナレスの声が聴こえているのか?」
「……いえ、聴こえているのはエルピスの意思です」
エルピスだと? 何言ってるんだ、この娘は?
「エルピスの魂がおるのか?」
娘の世迷いごとに真剣に呼応したのは、ネメシスだ。
百数十万年を生き霊として彷徨った体験がそうさせるのか……確かネメシスの肉体と精神の分離を成功させたのも、セルダンのクローンの一人、オズボーンとか言う奴だったな。
時限式に自壊するクローン細胞の宿命に抗って思念体になって生き延びたオズボーンと、ネメシスは取引をした。
「いえ、思念体そのものではありません、“救世主の鎧”を制御している拡張AI、メシアーズのサイバースペースに溶けて漂うレコードの断片だと本人が言っています」
なんだと………?
「わたくしのESPが、サイバー空間の電子の海に深くダイブ出来るタイプに特化されているのはご存知でしょう?」
「……エルピスはそんなわたくしに目を付けて、気紛れに語り掛けて来ますが、今のところソランさん達の勢力をバックアップする意思を感じます、不利益になる情報誘導はありません」
暫く前からエルピスの声は聞こえていたらしい。
アンネハイネの辛い過去も何も彼も、お悩み相談に乗ってくれるらしい……もしかすると、子供電話相談室のパーソナリチーみてえにいい奴なんじゃねえか?
逆に、いい奴過ぎて少し胡散臭えが。
だが、アンネハイネを通じてエルピスは、コンタクトしたベナレスの太古から残されたコントロールAI、遥か前世紀の偉大なる賢人達が築いた未来への遺産が語るメッセージを伝えて来た。
ことは3000万年前に遡る。
今と違い、宇宙に魔素は溢れていた……当時はマナと呼ばれていたらしいが、人類は魔術を自在に操り独自の文明を発達させていた。
亜空間転移や航宙技術にも高度な魔術は応用され、魔術による宇宙フロンティアは人類発祥の地を中心に自銀河を初め、隣接する銀河まで繁栄図に含んだらしい。
大宇宙の果ては500億光年先で、更に膨張を続けており、収縮期はまだまだ先に思えた。
ところがある研究団体が、不思議な現象を捉えて調査を試みたところ、大宇宙に重なるように存在し、物理世界と密接な関係を持っていたマナのフィールドだけが衰退し、急速な縮小傾向にあることが分かった……このままでは遠からず、宇宙はマナ的死を迎える。
縮小しつつある確たる証拠はあるのに、原因は不明だった。
全人類が大なり小なりなんらかの魔術を行使するとは言え、全体に比較すれば微々たるものだ。
だが、それがマナ弱体化の引き金になっているのかも分からぬままに、魔術文明の衰退期は訪れた。
語られる前史文明の担い手達は、耳が長く美麗な顔立ちの、舞踏と音曲を愛でる長寿人種だった。
「話だけ聞けば、まるでエルフだな」
陽の光が少ない分、マナの恩恵で発達した薄明の中での生命と文明だったようだ。
やがてエルフ擬きの人類を代表する評議会は、ある決定を下す。
加速度的に希薄になりつつあるマナを収集する活動を開始し、当時の人類が総力を傾けて、消えつつあるマナを搔き集めた。
何年も何年も、根気よく集められたマナは圧縮され活発になる。
更に吸収と圧縮が繰り返され、遂にマナは僅かに増殖を始める。
これがマナのマナに依る無限自己増殖炉“トライトロン”のコアになった……もともとベナレスとはトライトロンのオペレーティング・システムの呼称だったらしい。
時と共にベナレスは進化し、静かに滅び行く魔導人類が未来への希望を託す、来たるべき最後の牙城となった。
「でも、なんで髑髏なんでしょう?」
アンネハイネを通じて語られるエルピスが知り得た過去の事実を反芻しながら、俺達はベナレス突入の準備を始めていた。
ナイトメアでの内部侵入経路を確認していたアザレアさんが、誰にともなく問うていた。
自分達の命運を悟った人類が、此処に自分達の文明があった墓碑として宇宙に浮かぶ巨大な髑髏に母星を創り変えたのは、尽きせぬ妄執だったのかもしれない。
サイコニュームは、マナの圧縮時に発生する余剰生産物だった。
魔素の搾り滓なので、マナは一滴たりとも残っていないが色々と面白い性質が見られた。
衰退する魔導世界とは別に、魔術無しの文明を勃興させる“揺り籠プロジェクト”なるものがスタートした。
大宇宙の遥か反対側迄、サイコニューム供給のストリーム・パイプを通し、新しい生命体系の芽を投じた。
魔導人種たるエルフ擬きは、尽きていくマナと共に文明の盟主たる座を降りて、魔術を必要としない亜人種が誕生する。
エルフ擬きからすれば、彼等は劣等種だ。
だが、彼等には未来があった。
やがて新しく興盛した新人類を見守る、橋渡し的援助の為に残された組織、“精霊文化庁”がサイコニュームの有効活用を指導したが、例のミッシング・エイジのせいで正しい記録は失われた。
以来、人の死に絶えたベナレスと言う人工天体は、マナの拡大再生産と圧縮を3000万年に渡り繰り返して来た、と言うのが紛れもない真実らしい。
滅び行く運命を示唆したのは、未来予測と予言の権威が創設した統一啓示協会と言う組織だが、56億7000万年後にマナのビッグバンが再び起こると言う。
啓示協会が組み立てた“パンゲアの巫女”と言う託宣システムが弾き出した……パンゲアには神託と言った意味があったようだ。
「どいつもこいつも、56億7000万、そんなに好きかよ……ファン・クラブでもあんのか?」
正直、何処かに居る誰かの悪意を感じるような話だが、突撃用に準備させていたライフリング式光速カタパルトで出ようと思っていたのを、エルピスは必要無いと言ったらしい。
ナイトメアの機体を光速で回転さえることに依り、プラズマを纏った砲弾のように一気に内部に侵入出来る。
「メシアーズがベナレスとリンクを確立させようとしています、同じ超高度AIなので親和性が高いようだとエルピスが言ってます」
「しかもベナレスは待っていたと言ってるそうです」
「アンネハイネをか?」
「いえ、わたくしの血筋はどうやら単なる水先案内人のようです、待っていたのはベナレスの正統なる後継者にして所有者……強大な魔力を操る魔神です、貴方です、ソランさん」
「わたくしもお連れ頂きたいのですが、駄目なんでしょうか?」
「駄目だ、残れ」
けんもほろろの決定事項のようです。
「……納得してないようだが、これが重大な局面だってのは分かるよな、俺達は何があっても生還出来る訓練を積んでる」
「スキル無限黎明再生、循環自動完全復旧、状態異常絶対耐性のギフトは誰もが獲得している」
「誰もが殺してなお死なずの不滅の域まで到達している……今のお前達を連れてけば、見捨てなきゃならねえ不測事態に対処出来ねえ可能性がある、安全性が確認出来るまで待機だ」
ベナレス探索班は、犯罪結社デビルズ・ダークの中枢メンバーが指名されています。わたくしとエレアノールさんは留守番組です。
整備格納庫から出撃プラットに搬送されたナイトメア達に、最終検討の架装品が装備用個人格納次元にセットされていきます。
自動伸展式のハンガーが次々に外れていきます。
静かな溜め息を吐いたソランさんが、改めてわたくしに向き直り、例のなんとも言えない怖い視線で見詰めてきました。
「今生きてることの畏敬の念も感謝も、とっくに失くした」
「常に危険と隣り合わせの俺達と共にあるならば、生き残るにはどうするか、それをいつも考えろ……ビヨンド教官もいつも口を酸っぱくして言ってる筈だ」
「付いて来るのは勝手だが、俺の遺恨に付き合う必要はねえ」
だがな、と断りを入れて続けられる話はソランさんを突き動かす根源の事情でした。
幼馴染みの婚約者、実の姉、女友達に裏切られ、貶められ、人を信じられなくなった物語です。
「全ての女達を憎んでいたサイコパス勇者の死と共に加護を失った姉貴達、……ドロシーは、今の俺なら瞬殺だろう」
「だが、簡単に殺しゃあしねえし、死んでも生き返らせる……何度も何度も死の断末魔の恐怖と苦痛を味合わせ、例え発狂しても正気に戻して、惨めに泣き叫ぶ面ぁ踏みつけて」
「……頭蓋を踏み潰して殺す」
爛々と妖しく輝く片方だけの瞳には、狂人だけが持ち得る強靭な意志がありました。
「最後は、二度と生まれ変われねえよう、原子のレベルまで暗黒魔術で存在を抹消する」
ふっと、そこまで語ったソランさんの瞳の中に燻ぶる鬼火のような怨念が、ほんの少しだけ和らいだように感じられました
「俺が狂気に捕らわれているのは自覚している」
「だがな、こればかりはぜってえに譲れねえ宿願なんだ」
搭乗前にいつもは位相次元化されている“救世主の鎧”が具現化していました。いつ見ても不思議な姿で、常に変転するローター・ムーブメントのオリジナル体だけあって、ジッと見詰め続けると精神の均衡を失いそうになる妖しさがあります。
元の世界に還り着く為にはなんでもする……そう言い残してソランさんは、行動班と共に翔び立ちました。
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アンネハイネが言った通り、ベナレスに敵対の意思はなく、巨大な発着プラットが開いていくと見事なまでに複雑な構造の係留索なのかドッキングベイなのか、俺達のナイトメアが固定されるとそのまま発着フロアごと、地下深くまで下降して行った。
発着ベイは、信じられないまで広範な昇降装置を兼ねていた。
照明は抑えられていて、薄暮のような頼りなさだが、想像するとこの恒星系の主星が小さかった環境に起因してるのかもしれない。
移動するフロアからも周囲の様子がナイトメアのモニターを通して観察出来たが、目に入るものが何に使うものなのか、どう言う用途なのか、どう言う機能なのか、それすらも分からない……複雑な機構を持った異質なものだった。
少なくとも俺達が見知ったテクノロジー、メカニズムとは全く違う系統……俺達がこの世界のイレギュラーだとしたら、こいつは魔術師達の文明が高度に発達した末の到達点とでも言ったものだろう。
コンタクト樹立に莫大なリソースを割いているメシアーズだが、マシン言語の成立からして違っているベナレスを理解するのに手間取っているようだ。
それでも合間合間にメシアーズは、得られた情報を……ベナレスの内部構造やら、駆動系の基本コンセプトやらを送って来るのだが、難解過ぎて、どれが有用なものなのか理解が追いつかない。
緊急回線でバッドエンド・フォエバーからの通信が入る。
モニターに映ったのは、焦った顔のアンネハイネだった。
(エルピスが、エルピスが言ってますっ、魔素が、高濃度のマナが充満するベナレスの空間内で、シンディさんが暴走するとっ!)
コックピットからは、直接視覚野に入るイメージングされた全天型メインスクリーンの右後方に映るシンディ機が、今まさに白く輝き出して見えた。
7年前のあの悪夢の瞬間、垣間見た白い光だった。
あの時感じた、不可視の魔力で出来た駆動式が幻出していた。
何かの時の為にオートスタートの時間停止術式を組み立ててはいたが、未だ完成はしていない。
音声オンリーの通話回線で、マクシミリアンが何か怒鳴っている。
駄目だ、間に合わないと思った瞬間、シンディの乗るナイトメア-4を中心に白い光が周囲を満たした。
そして、俺達はまた別の世界に旅立った。
後で知ったが、どうやら俺の支配下に入ったらしいベナレスが一緒に転移してきた。
これはアンネハイネ達が居た世界の、滅びて仕舞った先史文明が残した唯一の希望が弊えると共に、現人類の文明基盤たるベッセンベニカ鋼板も然る事乍ら、“セイント・マーチン教団財閥”が供給するナノマシン・チップの原材料である、サイコニュームの出荷が永遠に絶たれたことを意味する。
タイトルは言わずと知れた「2001年宇宙の旅」を捩っています
作中多用しているメタファーですが、元々弥勒菩薩が現世に降臨するのが56億7000万年後と言う仏教思想から、良くSFジュブナイルなんかに引き合いに出されて来ましたので、ご存知の方も多いかと思います
ウィキペディアで調べましたが、弥勒は現在仏であるゴータマ・ブッダ〈釈迦牟尼仏〉の次にブッダとなることが約束された菩薩で、ゴータマの入滅後56億7000万年後の未来にこの世界に現われ悟りを開き、多くの人々を救済するとされるそうです/それまでは兜率天で修行しているといわれ、中国・朝鮮半島・日本では、弥勒菩薩の兜率天に往生しようと願う信仰が流行したとのこと
弥勒の下生は56億7000万年後とされてますが、この気の遠くなる年数は、弥勒の兜率天での寿命が4000年であり、兜率天の1日は地上の400年に匹敵するという説から、下生までに4000年12ヶ月×30日×400年=5億7600万年かかるという計算に由来するが、後代になって5億7600万年が56億7000万年に入れ替わった……とのお話らしいです
とりま、SFハイテクノロジー編は今話で終わり、ドロシーサイドの短い挿話を挟んで、次回からの異世界放浪編はチャイニーズ・テイストでお届けする予定です(あくまで予定ですが……)
鉄火丼=丼鉢に酢飯を盛り、鮪の切り身をのせ、山葵や海苔をあしらった日本の丼料理/鉄火には活気漲る意から転じて博徒、そこから切り崩す、身を持ち崩すという意味があり、西沢一鳳の「皇都午睡〈ミヤコノヒルネ〉」には「江戸で味噌のなかに種々の加薬を入れたものを鉄火味噌というが、京大阪では、泥坊漬と称するのと同じものである」「芝蝦〈しばえび〉の身を煮て細末にし、すしの上にのせたる鉄火鮨というのは、身を崩しという謎なるべし」とある
芝蝦ならぬ鮪の身を細かく切り崩すところから鉄火ずしの洒落を踏襲して鮪を鉄火というようになった
鰹の叩き=高知県〈土佐国〉発のカツオを用いた魚料理で鰹を節に切り、表面のみを炙ったのち冷やして切り、薬味とタレをかけて食べるもの、別名「土佐造り」とも言う
漁師のまかない料理から発達した説や、鰹節を作るときに残る部分を皮付きのまま串に刺して焼いたとするカツオ節派生説、土佐藩主・山内一豊が食中毒防止を理由として鰹の刺身を禁じたため表面のみを焼いて焼き魚と称して食べられた、さらに魚の皮下に居る寄生虫などを殺すためとする説、あるいは明治時代になってから高知に来県した西洋人が鯨肉を生焼きにしてビフテキ代わりにした調理法を鰹に応用した等、様々な説がある
デカンター=アンネハイネの眼からすると、お銚子や徳利はデカンターと映るようです
蛍烏賊=ホタルイカの属名Watasenia は1905年に和名を「ホタルイカ」と命名した明治期の生物学者渡瀬庄三郎にちなんで1913年に石川千代松によりつけられている/富山の方言では「マツイカ」と呼ばれることが多かった
富山県では古くから食用とされ、炒め物、佃煮を含む煮物、酢味噌和え、沖漬け、素干し、天ぷら、唐揚げ、足だけを刺身にした竜宮そうめんなどがある/腐敗が早いため冷凍・冷蔵での高速輸送手段が発達するまで、産地以外での食用は困難だった
沖漬け=烏賊や鯵や鱚などを醤油に漬け込んだ料理/イカを漬け込んだものは「イカの沖漬け」と呼ぶ/槍烏賊や障泥烏賊などのイカをまるごと、または切り身にして醤油に数時間から数日漬け込んで食べる/醤油に日本酒を加えて煮立てたものや、それに唐辛子を入れたものを漬け汁にすることが多く、出汁を加えることもあるが、食べる直前にユズなどの柑橘類の香りをつけ、臭みを和らげるという調理法も見られる
沖漬けは北海道の名物として有名だが、蛍烏賊を沖漬けにしたものは富山県などの名物としても広く知られているも、蛍烏賊は内臓に寄生虫が居るため、沖漬けにする場合は冷凍する下処理が必要である
ルーツは烏賊釣り船に上記の漬けダレを持ち込み、釣れた先から生きたままの烏賊をタレの中に放り込んで作るという、文字通りの沖で漬けたものが起源とされている
天然ウナギ=ニホンウナギ、オオウナギ、ヨーロッパウナギ、アメリカウナギなど世界で19種類〈うち食用となるのは4種類〉が確認されている/種類や地域によっては食用にされ、日本では主にニホンウナギで蒲焼や鰻丼などの調理方法が考案されて古くから食文化に深い関わりを持つ魚である/漁業・養殖共に日本では広く行われてきたが近年は国外からの輸入が増えている
一般的に淡水魚として知られているが、海で産卵・孵化を行い、淡水にさかのぼってくる「降河回遊」という生活形態をとり、また嗅覚は非常に優れておりイヌに匹敵する
鱗はあるが、真皮の中に埋まった状態であり、体表は粘膜に覆われている
日本では奈良時代の『万葉集』に「武奈伎」として確認できるのが初出で、これがウナギの古称である/京都大学がデジタル公開している万葉集〈尼崎本〉では、万葉仮名の隣にかな書きがされており、「武奈伎」の箇所に「むなぎ」のかな書きが充てられている
院政期頃になって「ウナギ」という語形が登場し、その後定着した
「薬缶」と題する江戸小咄では、「鵜が飲み込むのに難儀したから鵜難儀、うなんぎ、うなぎ」といった地口が語られており、また落語のマクラには、ウナギを食べる習慣がなかった頃、小料理屋のおかみがウナギ料理を出したところ案外美味だったので「お内儀もうひとつくれ、おないぎ、おなぎ、うなぎ」というものがある
ウナギは延縄や釣り、せん漁業などで漁獲されていて、このうちウナギ延縄漁は河川湖沼で行われる底延縄漁である/その他にも「うなぎ掻き」「うなぎ塚」といった伝統漁法が各地にある
日本では古く縄文時代の遺跡からも食用としたウナギの骨が出土していて、日本料理の食材としても重要で鰻屋と呼ばれるウナギ料理の専門店も多い/皮に生息地の水の臭いやエサの臭いが残っているため、天然か養殖を問わずきれいな水に1~2日入れて泥抜きと臭み抜きをしてから調理をする/夏バテを防ぐためにウナギを食べる習慣は、日本では大変古く、『万葉集』にまでその痕跡をさかのぼることができる
江戸で濃口醤油が開発されると、ウナギをタレで味付けして食べるようになったが、現在のように開いてタレにつけて焼くようになったのは、上方、江戸とも享保の頃〈1716~1736年〉と思われる/蕎麦ほど徹底した美学はないものの、「鰻屋でせかすのは野暮」〈注文があってから一つひとつ裂いて焼くために時間が掛かる〉、「蒲焼が出てくるまでは新香で酒を飲む」〈白焼きなどを取って間を繋ぐのは邪道、したがって鰻屋は新香に気を遣うものとされた〉など、江戸っ子にとっては一家言ある食べ物でもある/出前も行われており、その後は冷めにくいようにと丼に蓋をするようになり、またその後に鰻屋「重箱」から重箱を使用する事も始まった
ウイキペディアで調べると鰻のことはたくさん書いてあります……日本人て、ほんと鰻好きなんですね
鰻冊=鰻と胡瓜の酢の物で、鰻の蒲焼きをよく冷やした胡瓜の酢の物と一緒に食するレシピ/旨味たっぷりの鰻とシャキシャキした食感の胡瓜の相性とコントラストが好まれる一品で、もともとは三重県の郷土料理だったらしい
霙鍋=鍋料理の一種で、大量の大根おろしを用い、火が通って半透明になった姿がみぞれに似ていることからそのように呼ばれる/雪鍋、雪見鍋、あわ雪鍋とも
アヒージョ=オリーブオイルとニンニクで食材を煮込むスペイン料理で、マドリード以南の代表的な小皿料理〈タパス〉で、カスエラ〈耐熱の陶器〉にて熱したオリーブオイルごと提供される/マドリード以北でも提供しているバル〈飲食店、酒場〉は多い
素材は魚介類を中心に海老、牡蠣、イワシ、タラ、エスカルゴ、マッシュルーム、チキン、砂肝、野菜など多種多様で、熱が通った具材をそのまま食すのと併せ、必ずバゲットやチュロスをオリーブオイルに浸して食べる
松花堂弁当=中に十字形の仕切りがあり、縁の高いかぶせ蓋のある弁当箱を用いた弁当で、仕切りのそれぞれに刺身、焼き物、煮物、飯などを見栄え良く配置する/盛り分様式としては、ごはんと数種類のおかずを組み合わせたもの
名称は、江戸時代初期の石清水八幡宮〈京都府八幡市〉の社僧であった松花堂昭乗〈1584年:天正12年〉~〈1639年:寛永16年〉に因むもので、昭乗は農家が種入れとして使っていた器をヒントにこの形の器を作り、絵具箱や煙草盆として使用していた
1933年頃、貴志彌右衛門の大阪邸内の茶室「松花堂」で茶事が催された折、彌右衛門が後年日本屈指の名料亭「吉兆」の創始者となる湯木貞一に、この器で茶懐石の弁当をつくるようにと命じたのがはじまり
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感想や批判もお待ちしております
私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です
https://ncode.syosetu.com/n9580he/





