53.プリマヴェーラ炎上/なぜ母は娼婦に堕ちたのか?
「姉貴の蹴りは容赦なくてさ、手加減無しに鳩尾を蹴り上げるもんだから多分胸骨が割れた、不思議と内臓が傷付いても、度し難い悲嘆と絶望があったから苦痛に耐えられた」
俺に唾を掛け、殴る蹴る罵倒するの暴行に加え、あまつさえ恥知らずにも村人の前でケダモノのような情交を繰り返した姉貴はきっちり探し出して復讐する心算だと告げた。
その血の繋がった赤の他人は、「姉弟で殺し合うなんて、そんな恐ろしいこと………」とガタガタ震えて蹲った。
痴情に溺れた挙句、追い出され、夫と二人の子供を捨てて男と逃げた外道な女にそんなことを嘆く資格は、例え天地がひっくり返っても小指の爪先程も無いのだと、俺はその女に吐き捨てた。
「アムと言う愛称で呼ばれていたと、懐かしんでいた」
もうひとりのネメシス様の記憶と統合されたシスたそ様が、成人と共に野に下り、行方知れずになっていた妹の生前の話を一頻り語ってくださった。
非嫡出子の妹だったが、子供の頃はとても仲が良くいつも一緒に過ごしていた思い出がある。アームズ・アゲイン・パーラー……パーラーは母方の姓だった。
わたくしは、愛称のアムと呼ぶことの方が多かった。
貴族社会から弾き出され、絶縁された父母を初め、嘗ての婚約者や知り合いからも、皆右へ倣えで見捨てられた。
もうわたくしとは関係ない人々だと思っていたが、妹だけは別だった。わたくしに代わって意趣返しに、命と引き換えに召喚勇者を仕留めた。合わなくなって何年になるのだろう?
なのに彼女は身を犠牲にしても、わたくしの仇を討とうとして呉れた……何故だろう、亡くなったことは悲しいけれど、妹だけはわたくしを想ってくれたのがすごく嬉しい筈なのに、彼女のことをすっかり忘れていた自分が情けなくて、申し訳ない気持ちで一杯だった。
「幼かった頃は身体が弱かったそうじゃな、保養地のサナトリウムで喘息の療養中にお前が見舞ったのを覚えておってな……春先にネモフィラが咲いていたそうだ」
「お前の見舞いが余程嬉しかったかして、コードネームの“エイプリル・カムシー・ウィル”はそこから付けたと……そう申していた」
血の繋がった妹の筈だったのに、己れの不実を如何にして詫びたらよいのか途方にくれました。
「暗殺者としての彼女に授けた“勇者デバフ”のメダイだ」
同じものを復活したから、形見にどうだとおっしゃって下げ渡してくださいました。受け取って身に付けると、わたくしは彼女に生かされているんだと……そんな風に思えました。
ただメダイの中身には違う種類の加護が込められているとのお話しだった……家を出されたときは、本当に身ひとつだったので、思い出の品などは何ひとつ無かったから有難さが身に染みた。
それにしても、何十万年と別々に生きた御二人がいまひとつになって、互いの記憶を共有すると言うのは一体どのような心持ちなのでしょうか?
想像も出来ないのでお尋ねしてみたい気もするのですが、その常識を超えた美しさを纏う、天使かとも見紛う美少女の姿はあまりにも畏れ多くて、未だに訊けないでいる。
アザレアさんはまだ増しだが、それでも曲りなりにも出自は貴族のご令嬢で、見た目もおそらく高ランク、見目麗しくも人目を引く。
ビヨンド教官は気配を消していてさえ、腐っても森エルフの高貴な係累だから、その美貌に心奪われない者の方が珍しい。
背が高く、スラっとした肢体が見た目も華々しい。
ツンとこましゃくれたマイナス要因を差し引いても、元王族の血が滲み出るお荷物少女は背が低い分、俺達の中じゃ比較的目立たない。
極め付けは天界から降りて来た天使のような羽を出しっ放しに、黒い甲冑と言うか、明らかに突入用装備の戦闘プロテクターだろう、お前、ってぐらい違和感在り捲りで、おまけに人外の気配出し捲りで、神々しいオーラさえ纏っているネメシス。
その唇は、紅を刺している訳でもないのに赤く濡れて光る。
雨季って訳でもねえのに、このところ王都は篠突く雨に烟っていたから、外出用にとメシアーズが撥水空間を造り出す携帯雨具をこさえてくれた。アザレアさんや廃嫡王女はこれを使う。
たまの晴れ間や小糠雨に、こんな連中が白昼堂々と大通りを闊歩してれば、一般人は恐れおののいて戦々恐々となるかと思えば、何のことはねえ……一番異形の者として、誰もが裸足で逃げ出すように怖がっていたのは、どうやら俺だったらしい。
最初、ネメシスの我が儘で自然湧出の温泉が有名な王都の風呂屋巡りに連れ回され(アザレアさんの気散じにも良いかと思ったのだ)、何の対策も無く考え無しにふらふらしていたら、どうも異様な風体の一団があまりにも目立ち過ぎた。
行く先行く先で騒然となるので、仕方なしにネメシスがメンバー全体に特殊な認識阻害を掛けた。
見た目は変わらずに、相手側には懼れる要素など何も無いと錯覚させる術式は、人混みなんかを歩くのにすげえ重宝する。
王都の温泉は、よくありがちな微温湯の鉱泉ではなく、湯気の立ち昇るアルカリ性炭酸泉で、良くは知らんが女が好む美肌の湯としても有名だそうだ。混浴で欲情したビヨンド教官が他にはそれと気取られぬようアピールするのに、距離を取るのが地味に面倒臭かった。
旅の準備が無かったアザレアさんなんかの為に、装束や備品、野営用の寝具や家財道具一式、はたまた美容の為に必要な化粧品や櫛、手鏡、湯沸かし道具なんかを買い揃えさせた。
王宮御用達の高級美顔薬剤店では、練り香や旅先での日焼け止め、ローズマリー・エッセンスやラノリンなんかを買い込んだようだ。
薄荷房楊枝に、猪3と馬の毛7が最高級品の証しと言う名人職の手になる歯刷子も大量にストックしたみたいだった。
俺とビヨンド教官は旅慣れているから、大して不便は感じないが、旅に不慣れなアザレアさんとシェスタ・シンディ王女の為になるべく快適に過ごせるよう便を図った。
と共に最低限の護身用具や防具装備、トラベラー用品など、それぞれの体格に見合った個人装備を吟味する
最初は、住む者の無くなった王宮内の離宮、勇者のハーレムから使えそうな備品を調達しようかとしたが、嫌な思い出がよみがえるアザレアさんが行きたがらなかったのでやめることにした。
仕方ないから財務省国庫から少し出させて、買い物に当てた。
財務省は、例のロートリンゲン主計局長官の管轄だ。あの女はどうやら“シェスタ独立運動”クーデター・キャップのフランクリンの言いなりになって生きる道を選択したようだ。
結局、下種勇者の死はフランクリン達一派の手に依って公表されたが、王都を始め国の大概がドロシー達が従者の加護を失って放逐された時点で薄々顛末が分かっていたかして、王国の防衛関係を除けば大した混乱も無かった。
はっきり言って、この国で勇者を好く言う奴は誰も居ねえ。
それとは別に念の為、王都を立ち去るときは王都全体に強力な認識操作を掛けていく心算だ。為政者を大量に始末したのは、流石にバレたら不味い。大規模且つ深く浸透するものなので、関係者以外は事の真相を知ることは当分無い。部外者にとって、シェスタ・ジェンキンス十三世は未だに存命だ……ネメシスの遣り方から学んだ俺の認識阻害と緻密な精神操作は、最早法王聖庁でさえ見破れない。
荷物はなんらかの空間収納能力がある俺とネメシス、そしてビヨンド教官で分けて持つ。
基本、本来の能力を取り戻した空間転移の使える便利なネメシスが居れば、泊まれる場所がある街から街への移動は一瞬だ。野営道具は必要最低限でも良かったが念の為と、王都の不動産屋が売りに出していた手頃な木造と白漆喰で出来たハーフ・ティンバーの宿屋を手に入れて、建物ごと次元空間に収納した。
なんでも貴族の持て成し用にも使われていただけあって食堂やサロンは居心地好く、厨房は使い勝手が良さそうだった。
ドロシー達を探す旅に、アザレアさんが付いて行くと言う。
内密なので派手には出来なかったが落成供養の際の式典には俺達も参列した王立墓地にある立派な妹さんの墓……非公式ながら、革命の英雄として反王政派組織が墓碑銘を刻んだ結構なものだったが、本名アームズ・アゲイン・パーラーの遺骨を収めた墓前に、俺に同行すると報告したそうだ。
ただ、暫く一緒に居るのなら最初に断わっておかないとって、元王女に自分も勇者ハーレムの被害者だって打ち明けたらしい。
シンディのお嬢ちゃんは手放しで泣き止まなかったって話だった。
どう言う訳かビヨンド教官は俺と夫唱婦随の心算だし、ネメシスは一蓮托生だ。
ただ天使ネメシスは(別にほんとに天使って訳じゃねえぜ)、勇者召喚の能力者……異世界転移の可能性を手繰る僅かな可能性を秘めたシェスタ王家唯一の生き残りにして、親の不興を買ったが為に貴賓牢に幽閉されていた王女を、連れていくと言い張った。
王族の肉親への情愛がどれ程のものかは知らねえが、一応この娘にとっちゃあ二親を殺した俺に思うところがあるだろうし、以前のこいつを知らねえが、魅了・催淫に取り込まれてとは言え、憧れ慕っていた勇者のお兄さんの化けの皮を剥いで見せた俺は、おそらく不倶戴天の仇の筈だった。
“ブレナム・パレス”と呼ばれるフランクリンの組織の拠点と言うかセーフハウスで暫く厄介になっているが、富裕層の高級住宅街からは外れた閑静な屋敷は芝生の前庭が広くて、周りと隔絶された隠れ家のような感じが人目も無くて具合良く、アザレアさん達を気に病むことなく休ませるには都合がいい。
王都の流通に見るべきものは無かったが、都市部にしては珍しく鶏の卵だけは新鮮なものが手に入った。
貴族の暮らしが長かったアザレエアさんなんかは朝の卵料理は牛乳と粉チーズ入りの炒り卵を好んだが、俺とビヨンド教官は断然シンプルな目玉焼きだ。
そして何十万年か振りに肉体を得たネメシスは、健啖振りと言うか人並み以上の胃袋で意地汚く両方味わった。
たまさか市井の生活も長くなったアザレアさんが、簡単な手料理を振る舞ってくれることも多くなった。
足手纏いの元姫君が興味を示し、積極的にアザレアさんの手伝いをするようになった。
思うところがあるのかないのか、ただ居丈高に侍女に命令するだけの暮らししか知らなかった我が儘王女にしては、多分眼を見張る変貌振りだろう。投獄と呼べるかは別として、隔離されていた我が身を少しは省みたりするのだろうか?
ドロシー達の乱交振りがすっぱ抜かれたポルノ雑誌は、捨てろと言ったのに、これも手掛かりの内とビヨンド教官は未だに手許に置いている。夜も眠る必要の無い俺とネメシスは(驚いたことに肉体を得てさえネメシスは睡眠というオーガニズム・サイクルとバイオリズムに縛られていない)、王都を探索して夜を明かすが、たまに拠点に帰ると、声を殺して自慰行為に耽る教官の気配があった。
700年も生きて有り余る性欲を克服出来ないってのも、女としてなんだか哀れだ。俺に懸想したのが原因なのか、すっかりセックス中毒だった掛け出し冒険者の頃を思い出してしまったらしい。
それも姦り狂っていたドロシー達ケダモノのポルノ本、愚劣で最低の乱交場面を見ながら昂奮するなんてイカれてる。女の色欲と言うか業のようなものを体現した快楽中毒の雌豚鬼畜共……写っている女共は皆、その表情を見れば分かるがもう真っ当な生活は出来ないだろうなってまでに狂ってる。そうは思いたくねえが、真面な人間なら絶対目を背けるだろう、理解を拒否するような類いの本物の変態行為を何度も、何度も、何度も、何度も繰り返すような貪欲な下種セックスに教官も憧れているのか? 望んでいるのか?
間違いなく今の俺が冒険者のみならず、戦士として、剣技と格闘術の業前と基本テクニックを教わり、魔術師としての機微と発動原理の理解を授けてくれたのは、この姉弟子とも最初の師匠とも仰ぐ女だけに想いは複雑だ。
俺を裏切らないと言ってくれた唯一の女だ。“誓い”のスキルは、きっとともすれば命懸けだ。
少しは他人を信用しても良いかもしれねえって思えるようになったのは教官のお蔭だし、返し尽くせねえ恩義がある。
……そんなに身体が疼くのか、普通人間だって歳取ればもうそんなのは興味無いって風になるんじゃねえのか?
孤高の戦士ってのはよ、もっとこう、ストイックでかっこいいもんじゃねえのかよ?
最早圧倒的強者の俺にも出来ること、出来ねえことがあるのが理屈では分かるんだが、どうも納得出来ねえ……何かある筈なんだ、全世界を相手に範囲検索が可能な超強力感知スキルが、何か持てる能力の組み合わせで成し得ねえか必死で考えたが、ざまあねえ。
史上最強が聞いて呆れるが、今やなんの力も持たない雑魚に成り果てたドロシー達を探すのさえままならねえ。
結局そんなものは、猿山の滑稽なボス猿に過ぎねえって痛感する。
メシアーズは、奇跡的に残っていた嘗てのヒュペリオン先史文明の遺産だったこの星の監視衛星や高解像度偵察衛星を補足したが、200万年前の残骸は従前の機能を維持出来てはいなかった。
“救世主の鎧”の制御中枢は、補修して活用するか、それとも全く新たに監視網を構築するか検討を始めたばかりだった。
そんな日々の昼下がり、締め上げた情報屋の不確かなネタを検討して、良い加減方向を定めて足取りを追おうって算段を煮詰めている時だった。丁度、お茶の時間でアザレアさんがシェスタ国式の紅茶を、皆に振る舞っていた。
銀細工のティーポットから注がれる新芽摘みの茶葉とか言う触れ込みの濃い紅茶が、絵付と華美な金線で彩られた磁器製ティーカップを満たすさまは、優雅で芸術的ですらあった。
勇者に魅了される前の貴族時代に行儀見習いの花嫁修行と、城で侍女勤めをした男爵家令嬢ならではの所作だろう……残念ながら花嫁にはなれなかったが。
俺も台所は使うから、いつの間にか高価な茶壺や茶葉ごとのキャニスターが買い揃えられてるのは知ってるし、可憐で豪華な茶器を何種類かアザレアさんが購っていたのも知っている……それだけ彼女が紅茶道に掛ける意気込みは本物だった。
「是非こちらのジンジャーブレッドには、この柑橘風味のメープルシロップを掛けて召し上がってください」
銀のサーバー・トングでお手製の焼菓子を銘々皿に分けた彼女は、硝子ピッチャーに満たした楓のシロップを勧めた。
そんな寛ぎの中にも気品ある張り詰めた雰囲気が支配していると言うのに、あろうことか一切ぶち壊しにしてノー眼中、プッハアアアアアッとか瓶ビールをグビグビ呷ってる奴が居やがる。
この世界の温いエールじゃなくてキンキンに冷えたビールが飲みてえって駄々っ子ネメシスのオーダーに応え、賢者のスキルにあった朧げな知識で、ビール醸造に必要な冷蔵施設や発酵タンクなどをメシアーズに拵えさせた。
正可にこんな阿呆らしいオーダーがあるとは思っていなかったかどうかは別として、メシアーズは期待に応えて原材料の調達もやってのけた。麦芽は何種類かの大麦から仕込んだが、苦味と爽快感を出すホップが俺達の世界には見当たらねえ。
仕方ねえから麻科の宿根性多年生植物の系統で似たようなものを探し出し、幾つかをそれぞれに仕込んだ。
時間流さえ操るメシアーズは、何も彼もをブーストして促成栽培、即効醸造で仕上げた。
俺は本物のビールを知らねえが、概ね満足している。
ボトリングの生産ラインまで作り込んだビール工場は異次元で稼働中だ。ネメシスに請われて造ったので、“ネメシス・ブルワリー”ってレッテルにしてある。不義理をしてるボンレフ村の皆んなや、エイブラハム師匠なんかのところにも贈答品として届けた。物の序でと開発した宅急便用の高速ドローン何機かが、配達を担った。
「かぁ~っ、これよ、これっ、やはり昼間っから飲む冷えたビールは格別じゃのお、前世での記憶が甦えるようじゃわい!」
幾分小振りの瓶だが、そのままネメシスはラッパ飲みしていた。
感極まっているのか、心なしか涙目だ。
「シスたそ様、婦女子の嗜みとしてはお茶の時間にお酒など召されるのはお行儀が悪う御座います」
クロテッドクリームと酸塊ジャムを添えた自家製スコーン、焦がしバターソースを塗った胡桃とレーズンのフルーツクランペットなどを配りながら、アザレアさんが窘める。
アザレアさん手ずからの茶請けは、意外なことに焼き菓子に限っては食品室メイドやパティシエールも形無しの玄人跣の腕前だ。何気ねえ素朴な菓子の類いが尊くて、神懸かってさえ感じられる。
……だからって訳じゃねえが、おそらく“狂える邪神”とまで恐れられたネメシスに意見出来る奴はそれほど多くねえ。
「何を言う、昼ビールの醍醐味を知らぬは人生の半分方は損をしておると言うても過言ではない、茶などより余程百薬の長よっ」
「吾の親友のカナコはの、缶チューハイや缶ビールのアルミの金臭さを嫌って、もっぱら輸入物の瓶ビールを専用の冷蔵庫にストックしていたものじゃ」
前世の思い出に感じ入ることでもあるのか、殊更はしゃいで見せている……そんな風にも見えるネメシスだった。
2杯目のお代わりを振る舞おうと、アザレアさんはこれまた銀鍍金に七宝焼き細工を施した見事なサモワールから湯を注ぎ、銀のポットを揺らしながら円を描くように室内を歩き回った。今では見慣れた動作だが、どうやらこれが正式なシェスタ国式の淹れ方らしい。
俺は大人しくお茶の相伴に与かっていたが、実は煙草が吸いたいのをさっきから我慢している。王都の高級百貨店の喫煙具売り場で買い求めたガリヤーンと呼ばれるサルタン風水煙管が、今のちょっとしたお気に入りだ。糖蜜で固められた葉にもスパイスやフルーティーなフレーバーが付けられている。
煙草は好い。少なくとも煙草は俺を慰撫し、俺を裏切らない。
「アンダーソン様、煙草をお吸いになられたいのならどうか喫煙室でお願いしますね」
最近は、こうやってアザレアさんに見透かされることも多くなったなって、ボンヤリ考えていたときだった。
(………ベルゼビュートが意志に)
誰かが、小声で囁いている……そんな、感覚だった。
(耳を傾けよ………)
段々明瞭になる呼び掛けは、覚えがある。
(闇黒が支配せし冥府の深淵が混沌に息衝く、ベルゼビュートが声を聴くがよい)
待ち伏せする筈が、すっかり勇者パーティにすっぽかされたトラップ島戦役で1500万からの魔族、魔人、魔獣、魔物を蹂躙し尽くした。オーバーイートのスキルで盗り込み捲った、奴等の首魁、ベルゼブブの黒き魂の声だ。その異質さが尋常じゃないので、他の何者とも違える筈もねえ。
なんだよ今更、何を血迷う。
(お前が奪いし我が魂は、お前の中で今もひっそりと雌伏し、同化を進めている……やがてお前を浸蝕する日がきっと来る)
巫山戯ろ、死に損ない!
そんな日は、1000年経っても来やしねえ!
大いなる無限浄化のスキルは、吹き荒れようとする天地晦冥が魔力を俺の中に押さえ込んでいる。
(分かっている筈だ、お前が喰らった未曽有の暗晦瘴気が暴れ出そうとするを、押さえ込めなくなる日が必ず来る)
そんな脅し文句が楽しいか、ハエ野郎?
“蠅の王”として君臨した魔族軍団のナンバー2は、歪で異質な思考の割りに、会話が成立する程には人間の考え方にも精通していた。
(人族に“天秤の女神”の伝承があるように、56億7000万年後に世紀末の七つの喇叭と共に出現する魔族の神を信奉している)
(我等魔神将が待ち望み、崇めるものの名を“絶望世界の魔神王”と言う、魔族を導く、魔族の為の神だ)
(………良く覚えておけ)
それっきり“蠅の王”の意識は、静かに沈んでいった。
(“魔神王”のお……?)
相槌を打つ代わりに目を細めたネメシスは、緑色の硝子で出来た遮光瓶の王冠を親指一本で抜きながら……いや、何本目だよ、それ?
(お前も聴こえていたのか、“魔神王”ってのは何だ?)
俺とは肉体的に分離してる筈なのに、憑依した状態のままってのはなんかズルくねえかって思えるネメシスは、俺が感じること、俺が聴こえてることを共有している。
(セルダンの等比数列的予言に出ておる“天秤の女神”は実は、オールドフィールド公国正教でも、秘教義として伝わっておる……どのようなものかは分からぬが、人類側の希望と信仰はひとえにこの存在に集約していく)
んんっ、秘教義なあ、流石に何百万年を生きた稀代の悪霊は知ってることの桁が違う。
(これが万人には知らされておらぬこの星の終末理論なのだが、飽く迄も人から見た言い伝えじゃ……これに対して魔族には魔族の信仰が……いや、魔族を支配しているのは全て力に依るヒエラルキー、焦がれ待ち侘びておるのはその天辺、“魔神王”とはそうしたもの、つまり奴等を統べる神だ)
(天辺は、魔王じゃねえのかよ?)
(人の世なれば、王国を治める者が王であり、天界におわすのが女神様であるように、冥府魔界から湧きいずるが“魔神王”……と言うことらしいの)
(それよりベルゼブブの残留思念が、お前の黒く染まった魂と惹かれ合うのが悩ましい……現状、無限浄化のスキルを打ち破れはせぬ筈とは思うが)
おいおい、マジかよ!
俺は誰恥ずることなく……いや、世界中の誰一人として理解して貰えなくとも、俺は俺の宿願を遣り遂げると己れ自身に誓っている。
後のことなんざ考えちゃいねえから、俺が復讐を遣り遂げるまで俺は俺の意識を保つことだけ考えてりゃいいのか?
へっ、いざとなりゃベルゼブブと無理心中するしかねえのかなっ!
幾ら世の中を舐めてる俺でも、この星が魔物の領分に墜ちるのは俺の本意じゃねえ……望むところでもねえ。
(安心せえ、その為に吾が憑いておるのじゃ)
これは、俺とネメシスとの間だけでの会話だった。
「うむ、こっちのピルスナーっぽい奴もいけるのお!」
何事も無かったように、屈託なく気炎を上げるネメシスだった。
どうやらネメシスは、淡色モルトで爽やかな苦味に仕上げたビールが気に入ったらしい。
多分、前世で飲み慣れたものに一番近いんだろう。
「シスたそ様、鴨の胸肉とベーコンのトースト・クロスティーニが御座います……ご酒にも好く合いますよ」
アザレアさんは呑んだくれるネメシスに、半分諦めたようだった。
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「この身は鍼灸も遣る、便通を良くし体調を整える経穴を教えて差し上げましょう」
アザレアさんが慣れぬ旅路に便秘気味と聞いた教官が、甲斐々々しくも彼女の体調をおもんぱかって、移動中の高速装甲車両後部の簡易寝台にいざなった。
俺自身のプロテクター変形じゃなく、移動用に不整地走行用の大型ランド・クルーザーをメシアーズに用意させた。
狭いながらも居住区画も確保してあり、衛生的なトイレと簡易シャワーが完備されている。ストレージ化された冷蔵庫とオーブンレンジがビルトインされた小型キッチンは、完全オートマチックだ。
例によってローター・ムーブメントの怪しい動きをするので、光学迷彩他のスティルス機能満載の車体は、あらゆるカモフラージュを有効にした上で、透明化していた。
狭い車内、衣服を脱いだアザレアさんを、診療台のようなコットに王都で買ってきた厚地のタオルケットを敷いて横たわらせた教官が、鍼治療を始めた。無振動サスペンションで車内の揺れは殆ど無い。
脱いだ防具以外の布衣類は、後方の全自動洗濯乾燥機に教官が抛り込んでいた。特殊ドライクリーニングの全自動洗濯機は、柔軟加工や糊付け、アイロン仕上げまでこなす優れもんだ。
アザレアさんの大きなオッパイやお尻が剝き出しで肌色が目に入るので、ガン見するのも憚られ、運転席側に避難してきた。
「何を今更遠慮することがある、散々一緒に風呂に入っていたであろうに?」
王都での風呂屋巡りのことを言ってるんだろうが、浴場で裸になるのとは訳が違うぜ。大体幾ら混浴で裸の付き合いだからって、俺は必要以上に見詰めないよう気を遣ってたんだ。
オートクルージングでハンドルを握る必要は無いんだが、ネメシスは視界の開けた運転席に陣取っていた。
平行して四方に散った各種センサーと複数のレンズを搭載した超小型ドローンが情報を送ってくるのを、キャビンのマルチ・インターフェースでモニタリングしてる。今のところ行き倒れたドロシー達は発見されていない。
「方向はこっちであってると思うんだが、“プリマヴェーラ”にあいつらは滞在したと思うか?」
充分に広い車幅に、ベンチシートに近い座席はゆったり3人掛けぐらいの余裕はあった。
「分からん……話ではエルフの小娘は耳朶を嚙み切られ、お前の姉は鼻が陥没しているとか、婚約者は瘡搔き持ちのような状態だと言うから、真面な店は雇わないだろう」
「おそらく、高度に商業化された“プリマヴェーラ”のような歓楽街では無登録での商売は出来んと思う」
「足取りを掴む可能性は低いか……」
「いや、古今東西、見た目などは別にして口にするのも汚らわしい類いの変態趣味の者共は何処にでも居るものだ、そう言った罰当たりな需要が皆無という訳ではないから、案外喰い繋ぐ為に身体を売っていたかもしれぬ」
奴等の惨めな足跡を辿るのも存外乙なものかもしれねえ……ここに来てそう思い始めていた。
それにしても、そろそろ慣れてはきたが、今迄頭の中で響いていた糞婆あの呟きが、目の前のうら若き美少女から肉声で発せられると変な感じだ。おまけに声が可愛いときてやがる。
(……あのスザンナ様、……下着まで洗う程、わたくし汗……臭かったでしょうか?)
(いや、……この身は人一倍匂いに敏感で、貴女の……噎せるような女性臭さが……狭い車内では耐え難いのだ)
(若い頃に……随分恥知らずな変態メス犬の調教セックスに溺れていた話は以前にしたと思う……この身は女性にも昂奮する質なのだ)
別に盗聴スキルや聞き耳スキルを使ってる訳じゃねえが、後ろの話し声が途切れ途切れに聴こえてきやがる……それでも小声でひそひそ話しをしてる積もりなんだろうか?
(そうなのですね、わたくしも色に狂っていた際は女性ともそういうことを致しました、正気に戻ってからも暫く身体が疼くとき、しょうことなしに自分で慰める手淫は殿方との悍ましい記憶ではなく、女性の方とのことを思い出していました)
(……あの、ひょっとしてわたくしが裸になっているこの状況は却って不味いのでは?)
(ご心配には及びません、この身とてその程度の節度は持ち合わせていますからっ…………ハアアンッ♡)
(なっ、なんでしょう、その艶めかしい吐息は?)
(ヒャウンッ、お尻っ、お尻を舐めるのやめてくださいまし)
ほんと、節操ねえな、教官っ、ちゃんと針打ってんのか!
(あぁ……でも、いけません、わたくしはもう二度と不仕鱈なことはしないと、女神様にお誓いしています)
(もう淑女とは言えなくなって仕舞いましたが、肌を許すのは終生の愛を誓った方と……汚れた身で、そんな大それた望みは持ってはいけないのかもしれませんが)
(……ソランは駄目ですよ、この身が幾ら誘惑してもその気になりませんでした、きっと心因性のインポと思います、あいつのアレは排泄以外に役に立ちません)
(えっ、そうなのですか、なんてお気の毒な)(???……わっ、わたくしはアンダーソン様に懸想などしておりません!)
暫く間があったが、どうやら隠した気持ちを暗意に指摘されたことに、アザレアさんは気が付いたようだった。
(アザレア様、見ていれば分かりますよ、貴女がソランのこと憎からず想っているのは丸分かりです、ソランを追う視線……顔と態度に出ています)
語るに落ちるとはこのことか、だがビヨンド教官ならいざ知らず、アザレアさんに、今の会話の内容が丸聞こえだって言っていいものかどうか迷うな?
赤面してるかどうかは分からなかったが、ワチャワチャ慌てふためく気配があった。
「お主等、こやつは勃起不全などではないぞ、王都の妓館で何度も繰り返し商売女に放出しておったからの」
「まったく吾が男の射精の感覚を死ぬほど嫌悪しておると知ると、こやつは唯の嫌がらせの為だけに一晩中女に放出し捲りおって」
「見ている訳にもいかぬから、待合室に居ったのじゃが、一晩中身悶えする吾の身にもなってみよ、まったくの話……」
「あれは生き地獄じゃったわ」
ばっ、馬鹿野郎、ばらすんじゃねえよ!
後ろに向かってネメシスが話し掛けるが、その反動が一斉に来た。
一瞬の溜めがあって、罵詈雑言の速射砲……一部聞いてはいけない不穏当な発言もあった。
「なっ、なんだとおおおっ、ソランンンッ、この身に幾らでも出してくれていいと言ったのに、何故商売女なんかを相手にっ!」
「女に興味など無いような振りをしおって、この下半身別人格のベッドやくざが!」
「アンダーソン様、ひどいですぅ、わたくしの穴なればいつでもザーメンまみれにして頂いて構いません、お望みならザーメン噴水をご覧に入れます」
「あれか、やっぱりあのときか、何か女の移り香がしたような気がしたのだっ!」
あんときは焦ったぜ、なんせ念入りにデオドラントの消臭魔術で女遊びの痕跡を消し捲ったのに、何故か朝帰りの浮気亭主を問い詰める感の鋭い古女房みたいに、散々クンクン嗅ぎ回られて……誤魔化すのに一苦労だった。
「それなれば、わたくしにも是非お情けを!」
「使い古しかもしれませんが、わたくしは穴と言う穴でお仕えしたいと思います!」
淑女の慎みは何処に行ったんだ、アザレアさん!
それからの車内は喧々諤々、女達が姦しく言い争ったり、鍼治療で裸になっていたアザレアさんが抱き付いて来たり、俺の股間を握ろうとしたりと言った騒動が繰り広げられる悲喜劇の幕間に、いつの間にか“プリマヴェーラ”に到着していた。
召喚勇者を討てなかった無念をチャラにしてやる……その為のネメシスへの踏み絵と言うか交換条件だったと幾ら弁明しても、全く聞く耳は無いようだった。
女共の剣幕に怯えた元廃嫡王女は、隅っこの方で震えていた。
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風俗の殿堂、大人の一大歓楽街、シェスタの悪徳の街……色々の名前で冠される“プリマヴェーラ”は、決して表側に出ることのない複数の反社会犯罪組織が大方を運営する、色と欲にまみれたこの世の天国だ。だがきっとそれは、醜悪な塗装に塗りたくった張りぼて製で紛い物の天国には違いなかった。
男も女も、金持ちも、それなりの貧乏人も、自分の懐具合といきり勃ったり濡れたりした股間と相談しながら、快楽を楽しむ。
事前に調べた限りでは人口47万、その内娼婦、男娼など何等かの身体を売ってる職業に就いている者は約3割と言われている。
また賭博産業も盛んで、この街で設けた金には王国も税金を免除している。骰子賭博やカードゲーム賭博の他にも、様々な競馬やドッグレース、闘鶏、剣奴のデスマッチと言った亜種のアトラクションも用意されているらしい。
訪れたのは宵の口だったが、既に観光客や一晩の快楽を求めて集まった老若男女で街は大変な活況だった。
貴重な発光山椒魚の燐光物質を媒介に、これまた高価なエナメリア商業共和国産の魔鉱石を光源にした悪趣味で派手な広告や猥雑な看板が煌々と輝いていた。
実際こんな光景は、しがない農民で木樵職の俺なんかは多分一生目にすることも無かったんだと思う。
「……あの看板の大きなお店はなんでしょうか、一際金ぴかに輝いておりますね?」
貴族令嬢だったアザレアさんも、ハーレム生活経験者とは言え流石にこんな下世話な風俗街は初めてらしく、あちらこちらと物珍しそうに目移りしていた。
「持続性のある認識阻害を掛けてるから注目は引かないが、あまり離れねえ方がいい、アプローチのストリートは観光客も多く、掏摸や引っ手繰りも多いと聞く」
メインストリート入り口付近の周囲には、無料案内所とかツアーガイドなどの看板を掲げた店が目立つ。他にも怪しげな魔道具を改造した性具を売る店や、精力増強のタトーを売り物にする刺青屋、性病除けの呪い屋などが犇めきあっている。
「はいっ、お側に居ります!」
嬉しそうに返すアザレアさんは、何だか上機嫌だ。
「あの趣味の悪い宮殿みたいな建物か? “ボナンザ”とか書いてあるから多分博打場だろう、ボナンザってのは“大当たり”って意味だ」
「まぁ、大当たりなんですね……あの、“デカ摩羅”さんとお呼びしてもいいでしょうか?」
「いや、それは勘弁してください」
車の中でネメシスが、俺のが意外な程デカいと言い出したものだから、興味津々だ。ただでさえ王都の悪所で女を抱いたのがバレて肩身が狭いってのに、早く何か話題を逸らさなければ………
大体“デカ摩羅”とか言っちゃいけないよアザレアさん、ほんと、知り合った頃の儚げな娘は何処行っちゃたんだろう?
その金ぴかの宮殿みたいな巨大なホテルとも見紛う建物は、周りからもライトアップされ、酒場や風俗産業が林立する足許から比べても異様なほど目立って居たが、屋上付近の大きな光る看板の横に、これまた巨大な何かの彫刻が載っていた。
歩いて行くうちに近くなって見上げてみた。
よく見ると、それは身を二つに折り、まるでアクロバット芸人のように天に突き出した両足の間から顔を出し、自分で自分の性器を舐める裸の女の姿だった。遠目にも陰唇の襞の具合まで、その醜悪なポーズと共にくっきり彫り付けられている。
あまりのことに言葉を失くしていた。
その建物のエントランスには“乱交カジノ・ボナンザ”とあったが、どう言う業務形態なのかはあまり知りたくなかった。
「これが……悪徳と快楽の街、“プリマヴェーラ”なんですね」
同じ彫像は其処彼処にあり、あまりにも露骨で罰当たりな街の象徴に唖然とするアザレアさんは、きゅっと唇を噛み締めると僅かに震えながら俺の手に縋って来た。
きっと、ストリップバーやサパークラブみたいに酒と見世物を提供する店は皆、常識を絶するような卑猥なショーが繰り広げられているのだろうと、想像するのに難くねえ。
俺達は、一団となって街の奥へと進んで行った。土地勘が無いから情報屋や人探しの興信所みたいなものがあるのかさえ分からない。
ギラギラと欲望剥き出しの男や女、買春ツアーを組んだ町内会のおっさんなんかの人混みを縫うようにして進んで行く。
曲芸師、魔物調教、因果物の見世物小屋や、性風俗産業の店が混在する一画を抜けると、出張派遣専門の置き屋や待合いのようなものが増え、やがて見えてくるのが最高級娼館から無許可の売春宿までありとあらゆる層と性癖に対応する“プリマヴェーラ”の中心街……豪壮な物から華美に至るまで、異国情緒に東洋風、或いは中華の流れを汲むまで様々な類いの娼館が軒を連ねていた。大きく高い城や貴族の館のように壮麗な建物が不規則に林立する様は、他ではお目に掛かれない程の威容にして圧倒的な光景だった。
そこが噂に聞く“プリマヴェーラの花弁”と呼ばれる場所だった。
花弁と言うのはこの場合、ヴァギナの隠語だ。
そこは不夜城の中の不夜城、文字通り飽くること無き人間の欲望が渦巻く売春街だ。西の空はまだ、薄暗闇の中に薄っすらと日中の残滓を残しているというのに、壮麗なる悪徳の都の下卑た輝きが、健康的な昼の光の名残りを押し遣ろうとしていた。
右も左も分からねえまま、取り敢えず感応スキルで薄く広く探りを入れてみる。
この街にも運営組織の幾つかが結託して自警団を構成している筈だから、そいつらにも気取られないよう出来るだけ注意する。
様々な欲にまみれた雄と雌との色欲の権化というか、哀れな煩悩が次々と流れ込んでくるのに耐えた。愚劣と悪辣が暴風のように吹き荒れるこの街、この時に居る人間の意識が薄っすらと感じられるようにフィルタリングする。どいつもこいつも変態的な願望に昂って、中には今まさに変態的な絶頂に達した男と女の意識も感じられ、軽く眩暈を覚えた。
目的のものとは違ったが、少し意外なものを見つけた。
「今夜は無礼講だ、男を買うも女を買うも好きにしてくれ、シンディの嬢ちゃんは本人が望まないなら純潔は守って遣ってくれ、少なくともほったらかしにはするなよ……俺は別行動する」
何かを口々に喚く女共を尻目に、俺は見つけた者へと足を踏み出した。感じた意識はどうやらピンからキリまである娼館街のキリの方、場末の売春宿からのようだった。
(ちゃんと避妊はしろよ……薬の類いには手を出すな)
言い忘れたと思って、意識を飛ばしておいた。
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「お前、なんで付いて来てんだよ?」
「面白そうだからに決まっておろう」
「アザレアさん達の御守りを誰が遣るんだよっ!」
「ビヨンドが居るから大丈夫であろう、あの女とて流石にそこまで下半身に流されはせぬて」
“緋色の貴婦人”という古惚けた売春宿は、豪華で大きな娼館の壁にへばり付くようにして細々と営業しているような店だった。
目的の女を見付けて店に上がるのに、一緒にネメシスが付いて来やがった。自分の恋人と買った女と3人で楽しむって変態カップルも居たりするらしく、店は割増料金さえ払えば問題無かったが、店のマネージャーだか、金を払った年増の女が妙にニヤニヤ笑っていたのが気に入らねえ。
ヘレンと言う名のどう見ても四十絡みの娼婦を名指しで買った。
一晩貸し切り、2名様オプション付きでも、シェスタのディナール銀貨で30ガルニと言う安さだった。
「貴方達恋人同士?」
「こんな小母さんと遊んでくれてありがとね、お嬢さんにもたっぷり女同士の喜びを教えて差し上げなくてはね」
どうやらこの手のプレイは、この腐敗した街では特殊性癖にも入らないようだ。現に女の部屋には、拷問道具かとも思えるイヤらしい目的に使われるのだろう様々な器具が雑然と置かれていた。
「単刀直入に言おう、少し話がしてえ、この部屋には防音結界を張った……啼こうが喚こうが、外に届くことはねえ」
その女がするするとあまり上等じゃないチェニックのような仕事着の衣装を脱いで草臥れた裸体を晒すのを、何故か無性に物悲しく見詰めていた。姉に似て肉感的な身体付きだ。
「何っ、なんなの、乱暴はしないで……小母さん、大抵の変態プレイは出来るのよ、ねっ?」
そう言って即物的に、腰を突き出して開脚した女は股間を押し広げて俺達を煽ろうとした。
誰が母親のこんな姿を見たいと言うのだろう?
そりゃあ、信心はしねえ、日頃の行いは悪い、心は渇いているの三拍子揃っちゃいるが、流石に全裸の母親が股座パックリ開いて迫ってくるなんて罰ゲームは悲し過ぎる。
女の言葉に溜息を吐くと、俺達は認識阻害を解くことにした。
声にならない悲鳴と共に女はガクガクと震え、立っていられなくなって床に膝を突いた。
見えていた筈のものが本当に見えるようになると、俺達の異様な姿は恐怖の対象以外の何物でもねえ。俺の片方しかねえ視線は、相手にとっては見たこともねえほど冷たいものだったろう。
「俺はソラン・アンダーソンってんだ……母親は流行り病で死んだと聞かされて育った、親父に貰い乳の苦労話は聞いたもんだがな」
「親父はマーラー・アンダーソン、この名前に聞き覚えは?」
俺の素性を知った老けた売春婦は、これ以上ないと言う迄に真っ青になって、今にも卒倒しそうだった。
慌てて剥き出しだった胸や股間を隠すように、脱ぎ捨てたもので覆おうとした。息子の目の前で開脚してあそこを見せつけると言う最低の痴態を晒しておきながら、流石に身内の前で、今の惨めで無様な生活を知られるのは嫌なのだろうか?
「ヘレンって名の母親は俺達と同じ、シェスタ王国には珍しい黒い髪と黒い瞳だったと聞かされていた……親父はさ、いまじゃ真っ白だがダーク・ブロンドで、青い目だったろ」
「そうそう、烏の濡れ羽色ってんだろ、青みがかった深い黒髪をそう表現するんだって親父が自慢してたっけ……髪は随分傷んじまったみてえだな」
「ちっ、違いますっ、私は貴男の知ってるヘレンって女じゃありませんっ、私は娼婦のヘレン、ひっ、人違いですっ!」
そこまで必死に否定されてもなぁ、別に恨み言を言って痛めつけてえって訳でもないぜ。
「ちょっと人を探しててさ、気になる波長があって遠視したんだ」
「姉貴の顔にそっくりなんだよな……だから、気になって心を読んだ、子供と亭主を捨てた女の経緯、大体分かったよ」
「それとは別にだ、あんたの口からあんたが裏切った家族をどう思っているのかを訊きてえんだよ……なにせ、今日の今日まで母親が生きてるなんて知らなかったからな」
ガタガタ震え続ける女は、仕舞いには泣き叫び始めた。
唯々、何に対して謝罪するのか、ゴメンナサイ、ゴメンナサイと繰り返し泣きじゃくった。
「謝って欲しい訳じゃねえ、あんたに取って俺達親子は一緒に生きて行く価値が無かったのかどうか、答えて欲しいだけだ」
「違うっ、違うの、ソラン!」
その姉に似た年配の娼婦は、涙に崩れた化粧で必死に取り縋ろうとするが、俺は邪慳に跳ね除けた。
何が違うのか、全く分からねえ。
「きたねえ手で触れて欲しくもねえし、俺の名前を軽々しく呼んで欲しくもねえ……何を勘違いするのか知らねえが、そっちから裏切った癖に今更母親面出来ると思うなよ」
「俺がお前の口から聞きたいのは、自分が腹を痛めた子供より、好いて一緒になった筈の伴侶より、お前の幼馴染みとの爛れた愛欲の逃避行は、さぞ素晴らしく感涙に咽び泣くほど、満足の行くもんだったんだろうなってことだけだ」
「つまり家族よりも、肉欲の方が大切だったと………」
「違うっ、違います、許してください、若気の至りで心得違いをして仕舞いましたっ!」
その娼婦は最早半狂乱だった。二人目の子を産んだ母親が若気の至りってのはいただけねえ。
「五十歩譲って、お前の言う家族を裏切って男と逃げる心得違いって奴が、世の中には良くある話だって言うんなら、一体全体、婚姻とか、夫婦とかってのはなんなんだ?」
「お前に取っちゃ守るべき価値もねえ、どうでもいいくだらねえ倫理観なのか?」
「ちっ、違いますっ、ふっ、不貞と言う背徳に狂っていた私は確かに、取り返しの付かない間違いを犯しました!」
「快感に狂ったから、乳飲み子と夫を置き去りに、間男との快楽に興じてもいいんだと、お前はそう言いてえ訳だ?」
「母親であることを捨てて女として生きたかった、なんて寝言や可笑しな綺麗事を聞きたい訳じゃねえ……なあ、お前は今、何の為に生きている?」
「生きているのが、楽しいか?」
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夫と二人の子を授かり、平凡な家庭を築くことに何ひとつ不満は無く、幸せな人生だと思っていた。
何故魔が差してしまったのか、今でも分からない。
蜜柑農家の家に生まれ、子沢山の三女だったから姉のお下がりなどで育った。兄弟達の面倒を見なけらばならなかったので、必然的に面倒見が良くなった。
少し違っていたのは、ヘレン・ペンドルトンは農家には勿体無いほどの美人だったことだ。少し年頃になると、男の子に持て囃されることが多くなった。兄弟にさえ、妹と湯浴みをしてるのをよく覗かれたりしたが、幼年学級も高学年になると告白してくる男の子が増えた。
彼、ルーカス・ダンドールもそんな中の一人だが、ヘレンにとっては特別だった。眉目秀麗なのだ。騎士の家系だったという村長の三男坊は、すごく格好が良かった。
薄幸なお姫様を見初めた王子様が、白馬に乗って求婚しに来ると言うお伽話が大好きだったヘレンは、ルーカスと一緒に居る時間が増えていった……なんのことは無い、ルーカスの行く先々に自分も先回りしていたのだ。ルーカスに未来の王子様を見ていた。
子供ながらに、互いに好き合っているのが分かると、一緒に遊ぶことが多くなった。以外にもやんちゃなルーカスは冒険者ごっこが好きで、よく女神官とか女魔法使いの役をやらされた。
三男坊のルーカスは、将来冒険者になる夢があった。父親の村長が家伝の剣術を子供達に継がせようと鍛えていたこともあり、まだ幼いながらも剣筋では強くなれる素養が見られた。
ヘレンが分かった訳じゃない、周りの大人達が褒め称えるのを聞いてそれと知った。
なんとなく、ルーカスが冒険者になったなら自分も付いて行けたら良いなぐらいに、漠然と考えていた。
だが現実は残酷で、やがてルーカスの方に目覚めた職業は、祝福された“剣士Aレベル”で、ヘレンは“家事”と“裁縫”と言う平凡なものだった。ジョブと言う権能は、目覚める者も居れば、目覚めない者も居ると言う理不尽且つ不規則なものだから、賜っただけでも感謝しなければならない……しかもヘレンの場合、珍しいツイン・ジョブだ。
だが、“家事”と“裁縫”では冒険者にはなれない。
子供の夢は夢のまま終わって、いつかは大人にならなけりゃいけない。冒険者になるとルーカスが村を出るときに泣く泣く別れを告げたが、この頃には更に姿の好くなった想い人は一旗揚げて故郷に戻ってくるときは一緒になろうと言ってくれた。
思いもしなかった告白だった。
口約束で当てにはならないが、それでもヘレンは信じてみようと思った。誰にも内緒で、最初の契りを交わした。
未通女だったので上手く出来たとは言えないが、それでも男の感触だけは身体に残った……敬虔な女神教徒の筈だったが、初めて神の教えに背いた行いだった。
一日千秋で待ち焦がれたが、待てど暮らせど音沙汰が無い。
やがてルーカスはダンジョン攻略に失敗した冒険者仲間の巻き添えで死んだんだと、耳を覆いたくなる噂も聞こえてくる。
彼の無事を祈って公国正教の教会へも足繫く通ったが、ルーカスの遺品だと言う随分と黝ずんでしまった短剣を持って来た者が居て、そんな望みも潰えた。
ルーカスの実家では、すっかりその気になって、本人の遺体も無いままに葬式を催した程だった。列席して手向けの花を一輪、棺に入れるとまた静かに泣けてきた。
これも人生かと諦めて、現実と向き合うことにした。
親が嫁に行けと煩く言うので、勧められるまま農協ギルドの青年部会が主催するイベントでも出てみようかと思うようになった。
青年部会のイベントは集団お見合いのようなもので、近隣の農協ギルドが共同で年に数回開いている。
山ひとつ越えた先の種苗開発専門の実験農園で働くマーラー・アンダーソンと言う青年と知り合ったのは、多分そんな集団見合いの場だったと思う。同い年だと言うマーラーは、ヘレンから見て大分おとなびて見えた。渋いと言えば良いのか、兎に角ヘレンは恋に落ちた。
一緒になるのに特に障害は無いので、ヘレンは嫁いで来た。
意外に床上手なマーラーの元でヘレンは女としての喜びに開花したと言っても、過言では無い。
尽くすように夫に仕えた。随分後になって知ったが、夫はさる主筋の貴族に従事した襲名騎士だったが、朋輩の罪を被って職を辞したと打ち明けてくれたことがあり、何処か上品な立ち居振る舞いに成る程なと思った。
掃除洗濯、炊事、開墾農家の手伝いと身を粉にして働いた。
ステラと言う女の子を授かり、その5年後にはソランを産んだ。
幸せだった、生きていたルーカスと再会するあの日までは………
夫が県の農協ギルドへ融資依頼に行った帰り道で、一人の行き倒れを目にして連れ帰った。それが死んだとばかり思っていた、幼馴染みで初体験の相手、ルーカス・ダンドールだと気が付いて、心臓が止まる程驚いた。夫には昔の知り合いだと……それだけ告げた。
意識が無いので見放す訳にもいかず自宅で介護したが、魔物に襲われた訳でもなく無数の刀傷があるのを夫は怪しんだ。
意識を取り戻したルーカスは、偶然の再会を喜び、助けて貰った感謝を何度も繰り返したが、何処か荒んだ印象が気になった。
十年近くも無沙汰をした実家に戻る途中、盗っ人に遭ってこのまま死んでしまうかと思っていたと聞いた。治安は良くはないが、片田舎に巣食う盗賊の噂などは伝わっていないから、真偽の程は定かではないが疑う理由も見つからなかった。
問題なのは身体が動くようになるまで、近くの空き家を借りて暫く滞在したいとルーカスが言い出したことだ。昔の恋人が近くにいるのは、心が騒つく。
夫に本当のことを打ち明けるのは、何故か躊躇われ言いそびれている……そんな、或る日の午後だった。
夫が留守している間にルーカスが獣脂ランプの油を譲ってくれと訪ねてきた。
家も贅沢が出来る程の蓄えは無いけれど、ランプ油程度ならいいかと思って陶器瓶に詰め替えて渡そうとした。何処かに幼馴染みと言う油断もあったのだろう、じゃなければ家へ上げることさえ二の足を踏んだ筈だ。
「いい女になったじゃねえか、あの旦那にゃあ毎晩可愛がって貰ってるのか?」
いきなり背後から抱きすくめられ、胸を揉まれた。
突然襲われて、亭主には感じたことの無い男臭い獣欲に頭がくらくらした。
「やっ、やめて頂戴っ、大声出すわよっ!」
嘗て将来を誓い合った男の愛撫だったが、怖気を震う程気持ち悪かったのは本当だ。だが貴重な油を零して仕舞うのが勿体無くて、抱えた瓶を後生大事に庇ってしまった。
だから男から身を振りほどけなかった。幼馴染みは、知らない間にクズになっていた。
「いい肉置きじゃねえか、旦那一人じゃ持て余してるだろう?」
「大声出しても誰も来ねえぜ?」
「いいから、離してっ、離して頂戴っ!」
チェニックの裾を捲られ、太腿を男の手が這うのに悲鳴を上げるとルーカスは口を塞ごうと拘束する。男の力で両手を捩じり上げられ、呻き声を立てたときだ。
上の子のステラは外に遊びに出ていたが、授乳を終えたソランが、起きて愚図り出す気配があった。一瞬冷静になった途端、子供に乱暴されるかもしれないと思って、抵抗することをやめて仕舞った。
「やればいいじゃないっ!」
そんな自棄糞な覚悟はするんじゃなかったって、今なら分かるが、そのときは本当に動顛していた。
貫かれて、夫に済まないと思う反面、背徳的な交わりに感じて仕舞う肉体が恨めしかった。
そして、ルーカスが求めるのはそれ一回では済まなかった。
一度の過ちをばらすと脅迫されて、何度も関係を持った。
次第にルーカスとの情交に堪らなく快感を覚えるようになって、溺れて堕ちて行った。進んで求めるようになった。
この男が挿入すると、下半身が蕩けた。
破廉恥に腰を振り、絶頂にはしたなく嬌声を上げた。
白馬の王子様は、ただのケダモノになって再び目の前に現れたが、自分でも知らなかった自堕落な本性をすっかり開花されてしまった。ケダモノ同士お似合いだと、互いの体液を交換し合った。
これは幼き頃の恋の続きと言うには下種過ぎた……私が恋い焦がれているのは、蕩けた下半身だからだ。
そこに真実の愛などは無く、馬鹿みたいに滑る愛液に淫靡な絶頂を貪る行為があるばかりだった。強要されるままに夫ともしたことが無かった破廉恥な変態行為も覚えたが、別に嫌ではなく、寧ろ知らなかった性感や性技に目覚めるのが嬉しくさえ思えた。
求められるから与え、愉悦を分かち合う関係が心地好かった。
ルーカスの借家に夫の目を盗んで、忍んでいくことも多くなった。
寝かしつけたソランを置いて、いけないことだとは知りつつ、いつしか習慣になってしまった昼間の情事から帰ってくると、蜜柑の剪定作業に出ていた筈の夫が戸口に立っていた。
今迄に見たことも無い夫の冷たい顔があった。
「ソランを置いて何処に行っていたっ!」
物凄い剣幕で怒鳴り付けられた。
「お前がほっぽたらかしている間、ソランは寝床から落ちて、火熾しの手鉤に腹を刺されていたんだっ!」
「一命は取り留めたが、まかり間違えば死んでいたところだっ!」
夫が私に初めて手を上げた。叩かれた頬に、初めて自分が仕出かして仕舞ったことの重大さに思い至った。
生きていてくれたのは単なる僥倖に過ぎない。自分の獣欲のような快楽の為に、我が子を犠牲にするところだったのだ。乳飲み子をないがしろに浮気のセックスにのめり込んだ。
きっとこれから先の人生、ソランの顔を見るたびに自分の犯した最低の母親の罪に苦しむのだ。
「お前がなんの為に家を留守にしていたのか、知らないと思っているのか売女っ!」
知っている! 夫に知られてしまったっ! 見知った筈の我が家が、グニャグニャと歪んで見えた。夫に隠れて私が何をしたのか、しっかり知っている口振りだった。
夫との距離が空いて、よそよそしくされても気が付かないほど不倫に狂っていた私には、突き付けられる犯した科の断罪は予期しないまでに急なものだった。
「出ていけ! もう二度と顔を見せるなっ、面汚しがっ!」
謝ったり、贖えることが無いか考える猶予も無く、突き飛ばされるようにして家を追い出された。途方に暮れて、ベチャベチャと閉ざされた戸口の扉を何度も何度も叩いた。必死で裏切ったことの不実を悔いていると伝えたが、一向に夫は答えてくれる様子も無い。
「なんでもしますっ、出来ることはなんでもするから、お願い、許してあなたっ!」
「気の迷いです、最初は犯されて仕方なくだったのっ!」
「せめて、せめて、あの子に一目会わせてくださいっ、ソランに詫びさせてくださいっ!」
声を限りに懇願し続けた。
いきなり冷たいものが上から降って来てびしょ濡れになった。
吃驚して上を振り仰ぐと、2階の窓から木桶を抱えた娘が覗いていた。それは2階窓の張り出しに拵えた植木箱の為に置いてある水遣り用の桶だった……ステラは、とても子供とは思えない怖い顔で睨み付けていた。
どう教えられたかは知らなかったが、娘が私を拒絶している。
5歳の子に木桶は重た過ぎて取り落とした。するりとステラの手から滑り落ち、離れた木桶は、したたかに私の頭を打った。
もう駄目だ。5歳の娘が、私のことを蔑んでいる。年端のいかない子供にすら愛想を尽かされたことを知って、母親の座を疾っくの疾うに追われたんだと悟り、愕然とした。
そう思うと、この家にケダモノの女が居ちゃいけない……そう感じた。腫れ上がった額を庇いながら、濡れ鼠のままただ只管逃げた。
逃げる先など無かったから、ルーカスの許に逃げた。
こうして家族を裏切った末に家族に見放されたバカな女は、それに相応しいケダモノセックスに浸りきるようにして間男と落ち延びた。
……………「治癒スキルを得ると同時に、そんな古傷は無くなっちまったが、道理で親父に訊いてもストーブの火掻き棒で赤ん坊の頃に突いたんだってだけで、詳しく話したがらなかった訳だ」
「ル、ルーカスは思っていた以上の悪党で、魔薬の売人を商売にしていたんです、じっ、自身も中毒患者でした」
「初めて瀕死の状態で発見されたときも、実は裏家業の仲間との揉め事で滅多刺しにされたと、後で分かりました」
クズに縋った結果、喰い物にされて他の男達に身体を提供することも再三再四の日常になった。突かれながら口でしゃぶるような交わりが普通になって……薬をキメながらのセックスに狂っていった。
もう突き放された主人や子供のことも思い出せなくなっていた……こうして私は母親を辞めて肉便器になったのだ。
それでも堪らない悍ましさが気持ち好くて、身体は反応した。
これも後で知ったが、このどうしようもなく捩じくれて仕舞った同郷の幼馴染みは、何処で覚えたのか女の下半身の経絡秘孔を自在に操る術に長けていた。この方法で数多くの女を喰い物にしたらしい。
魔薬窟と修道女会系のリハビリ施設などを行ったり来たりの生活をするところまで堕ち、とどのつまりは借金の形に遊女街に売り飛ばされた。その頃にはルーカスの知り合いに抱かれたり、金を取って抱かれたりと、自暴自棄な生活をしていたから、大して境遇を嘆くことは無かった。
既に、心は死んでいた。
結局、嘗ての村の期待の星だったルーカスは薬に蝕まれ、遣りたい放題だったから摘発され、運悪く投獄されて鉱山送りになった。きっと死んだんだろう。
「詫びて欲しい訳でも、親子の名乗りを上げてえ訳でもねえ、だが心は死んでも身体は生きたがったってことか?」
「ほんとに悪いと思うなら、お前は何故今も生きている?」
瞬きひとつせずに凝視するこの子のひとつしかない瞳が、私を裁こうとしているようで、恐怖で身動き出来なくなった。
そうだ、私は意地汚く生き延びて仕舞った。
この先未練がある訳でも無く、なんの希望も無かった筈なのに唯々死にたくなくて生き続けている。
けれど、裏切ってしまった家族、酷いことをして見捨てた自分の息子に指摘されるのは、心臓を鷲掴みにされるように悲しかった。
この子にお母さんと呼んで貰える、普通だけれど失ってしまえば掛け替えの無い人生を私は自ら手放してしまった。
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キャサリン・キャサウェイは、自分が死ぬほど悪いことをした覚えは全然無かったし、思い当たることも無かった。
農家の末娘に生まれたから、都会の商家の皿洗い女中として奉公に上がったのが十四の歳だった。
仕事は楽しかったが、口説かれたフットマンとの逢瀬は更に楽しかった。やがて望まぬ妊娠をして商家を放逐されてしまう。
子供は流れてしまったが、奉公先をしくじった女の勤め先はそれ程多く無い。後はお定まりの転落人生の始まりだった。修道院にでも行こうかと思ったが、何処も入信するにも金が要ったし、第一楽しいことが出来ない。容姿は取り立てて見るべきものは無いがキャサリンには持って生まれた抜群の肢体があったので、それを売るのを活計にした。酒場の酌婦を皮切りに、本格的な街娼から始めてやがて張り見世と、流れ流れて“プリマヴェーラ”に辿り着いた。
ここは良い。見習いから始めた時も、綺麗なおべべと化粧道具には何不自由しなかったし、女世帯特有の陰湿な虐めも世渡りを覚えたキャサリンには何程のことも無かった。酒も薬も、たっぷりとはいかなかったが客の相手をしていればあり付けた。
組合の稽古場で客を労う為の歌舞音曲や座敷芸、高級娼婦の手慰みにと絵画や詩歌の類いの習い事も苦じゃなかったが、どちらかと言うとリュートを爪弾いたり詩を詠唱するよりも、閨の技を磨く実地講座の方が楽しかったし性に合っていた。
観客の前で股間を晒すのはドキドキして好きだったから、卑猥なポーズで昂らせる裸のダンスでは、大勢で股を開く振り付けを買って出たし、ベッドテクニックと呼ぶにはあまりにも曲芸染みた性技でも、いつの間にか人に教える立場になっていた。
麻縄で同僚を縛っての同性愛ショー、そのまま観客を舞台に上げての3P、や4P白黒ライブショーなんかも好きなお仕事だ。浣腸や緊縛の変態調教セックスショーなども割と好きだが、ただ獣姦だけは未だにあの獣臭さが多少苦手だった。
風刺の利いた会話が出来るよう教養も身に付けたが、それよりも偶にレビューと称する乱交イベントにアトラクション要員で呼んで貰えることの方が嬉しかった。
男も女も入り乱れて、まるで肉布団同士が絡み合うように何本もの肉棒に刺し貫かれながら、両手や口に頬張るのが無上の喜びだった。へとへとになりながら、仕事だから気を失わないよう頑張るのだが、決まってキャサリンは、最後は訳が分からなくなって失禁と共に絶頂した。
一晩に5人以上の客を取るのはザラで、毎晩腰が抜ける程本気で対応するから、結構気に入れらて馴染みの客も多い。
狒々爺いとか、矢鱈ねちっこい客や、変態趣味の客が居ても別に嫌じゃなかった。基本、来るもの拒まずって程に、キャサリンはセックスが好きだったから………
月のものがあるときは安息日を貰えるのだが、姐さんから手ほどきして貰った手芸が楽しくて、日がな一日飽くことも無かった。
糸などを手芸店に買いに行ったり、雑貨屋さんを素見したりして休日を過ごしてきた。“プリマヴェーラ”の娼妓になると決めて、ルールだからと子供が出来ない外科処置をしたが後悔はしていない。
今晩の二人目の客は、近隣の領主お抱えの騎士団で幹部職をやってるって触れ込みだ。十人長を遣ってるらしいが、キャサリンにはそれがどれぐらい偉いのか分からない。
ただ胸板とかは立派なのだが、見掛け倒しであそこは粗チンだ。
適当に喘いだ振りで早く逝って貰おうと考えていたところだった。
耳を劈く轟音と共に、火の手が上がった。
客の男は吃驚して、窓の外を確かめる。街が燃えていた。
あちらこちらに火の手があがり、下を見ると逸早く外へと飛び出した人々が逃げ出しているところだった。
客の男は、非常階段はどっちだと言った。
年に一度の防災訓練を思い出して、十人長さんを誘導した。
街は火の海だった。
空から真っ白い焔が降ってきている。この世の地獄だった。
非常用の外階段から見れば、街全体が燃えていた。
確かに自分は不仕鱈な女かもしれないが……この街は悪徳の街かもしれないが、こんな酷い目に遭わなければいけないほど悪いことをしたのだろうか?
女神教の教えには背いているが、毎朝のお祈りだって眠い目を擦りながら欠かしたことは無い。
死ぬ程の悪いことをした覚えは全然無かったし、思い当たることも無かった。
階段を降り切って振り返ると、客の男が空からの焔に直撃されて燃え上がるところだった。男は声も無く、眩しい炎に包まれて身悶えして、やがて前のめりに倒れた。
金切り声を上げて、キャサリンは表通りに走った。
「貴女、こっちに来なさいっ、私達と居れば安全だからっ!」
声を掛けられた方を振り向いて息を呑んだ。
何とは分からない、ワインの納入業者なんかの荷馬車より遥かに大きな何かが、ウニョウニョと不気味に蠢いている。
一体、なんだろう?
「早く!」
重ねて急かされるのに、声の主に目をやれば、冒険者のような防具に身を包んでいるが、まだ年若い女の子のようだ。
必死で手招きしている。
走ってその子の許まで行くと、不思議と周囲の熱気は全く感じなくなった。
誰かの話し声が聴こえるのだが、動顛しているキャサリンの耳にもすごく非人間的な声に感じられた。
(0000、0101、搭乗者安全確保確認01000……)
(シールドエネルギー70パーセントで効果発現中、0100……)
気付けば、女の子が高価そうな治癒ポーションを振り掛けて呉れていた。よく見るとすごく綺麗な子だ。商売柄、人品を見るのは得意なのだが、何処かの高貴なお姫様にも思えた。
私の汚れた格好を気にもせず、抱き留めてくれるのが申し訳なくさえ思えた。痛みが引いていく中、少し安心したのか気が遠くなって、他の人影が居たようにも思えるが、女の子しか目に入らない。
(敵飛行物体確認、010100000、全敵影各個照準完了……)
(00011、プロミネンス・インパクト砲、全砲身を最大固定追跡モードで展開、エネルギー充填率100パーセント……)
変わらず誰かが喋り続けていたが、その内容は増々混迷を深めて理解出来る部分はひとつも無かった。
(迎撃開始……)
小さな女の子に抱かれながら、夜空が真っ白に染まるのを認めたのを最後にキャサリンの意識は、闇に溶けて行った。
***************************
「何かが接近しておる、数が多い!」
「これは……法王聖庁が影の粛清部隊、飛竜空挺師団だ!」
部屋の天井を睨みながら、遥か先を見ているネメシスが割と切羽詰まった声を上げる。
一転したネメシスの急な警鐘に、振り仰ぎ暗視効果もある感応視野のスキルを広げれば、夜空に紛れもせず、白い兜、胸を守る白い金属のプレートアーマーに鎧われた大型飛竜が雲霞の如く迫っていた。
圧倒的な脅威は、二、三千を数えるだろう。
騎乗する竜騎兵は揃いの白い防具に身を包み、先頭の一団は法王聖庁の所属を示す女神のロザリオの御旗を掲げている。
「何故このタイミングなのかは分からぬが、目に余る悪徳の街に神の裁きを代行せんとしておるようじゃ、“プリマヴェーラ”は今日を最後に滅びるかもしれぬのお……法王聖庁が海を越えて遣って来たとあれば、まず間違いなくハンド・オブ・ゴッド、撲滅級虐殺を目的としておる筈」
「拙いな、“横這い響尾蛇1号”に、搭乗者の安全確保と、敵対勢力の排除をオーダーしている……豈夫とは思うが」
懸念したのは、サイドワインダーと命名した移動用ビークルが言いつけ通りの即座な迎撃活動に出た場合だ。
相手側が大規模攻撃をすればするほど、瞬殺を狙うサイドワインダーの装備では敵対した相手を灰燼に帰して仕舞うかもしれない、いや仕舞うだろう。
「街に防御結界は無いのか?」
藁にも縋る思いで、自警団らのガード機能に一縷の希望を託す。
別に街を心配してる訳じゃない、ひとえに空挺部隊の全滅と言う空前絶後の事態を防ぎたいだけだ。
「公国正教本部、空挺部隊飛竜のブレスを舐めるな、そんじょそこらの結界じゃ、あの貫通ブレスは防げん」
杞憂に終わる筈もないと考え始めた矢先、待った無しで空挺部隊の火炎攻撃が始まった。青白い焔が何千匹かの火竜から一斉に放たれるや否や、張りぼての街は紅蓮の炎に包まれた。
それは焼夷効果が付与されているのか、何処か油脂臭い剛性を持った炎が飛び跳ねていた。
「俺達は行く、心を読んで大概は了解したが、改めててめえの口から顛末を訊けて良かったよ、俺はもしかするとてめえより早死にするかもしれねえが、てめえは精々惨めに浅ましく長生きして呉れ」
「自分の犯した罪に恐れ慄く余生が待ってると思えば、俺も少しは溜飲が下がる」
女の過去を読めば言語に絶する惨たらしさだったが、女の来し方を哀れに思う程、俺は良心を残しちゃいねえし、人間らしくもねえ。
もう、哭き疲れた体の女は茫然と俺の顔を見上げた。
だが、瞬きしない俺の隻眼に目が合った途端、雷に打たれたように凍り付いた……間違えようの無い非情さが、情け容赦無くそこには滲んでいた筈だ。
「一緒に逃げた男に裏切られ、捨てられ、薄汚え娼婦に堕ちたなんてことは金輪際、俺は親父に告げる積もりはねえし、今迄もこれからもてめえと俺とは一面識もねえ、まったくの赤の他人……そう覚えといて呉れ、いいな?」
「俺が何処の誰だろうと、てめえの残りの人生には一切関わりねえし、てめえが何処で野垂れ死のうと知ったこっちゃねえ」
「こいつはせめてもの情けだ、ディナール金貨で300枚ある……手切金と思って呉れて構わない」
そう言って、金の詰まった袋を、まるで乞食に施すように放った。
実の息子からの、憐れみと蔑みの籠もった仕打ちに、その金を拾うことも忘れ、その血の繋がった赤の他人は、自分の罪深さと惨めさにより一層激しく慟哭した。
「そうだ、最後になるが知らないようだから教えてやる、お前の娘のステラは俺が殺す」
俺は、俺の中の闇の部分を垣間見ていた。
ベルゼブブの影響があるのかどうか、俺は、この俺の母親を名乗る女を決定的に叩きのめす誘惑に駆られていた。
女の意識を読んで分かったが、自分の捨てた娘が召喚勇者の従者になって、散々爛れたハーレム生活に溺れて、馬鹿やって、王国民なら誰でも知ってる程に疎まれて、口にしないだけで誰からも軽蔑される人生を生きたこと、そして下種勇者が死んだ途端、正気に返って従者としての加護も失い……つまり一般人となんら変らない迄に弱体化した挙句、王宮を放逐され、王都を追い払われ、何処に行っても民人から石榑を投げられて彷徨っている事実を、一切知らなかった。
そんなことも知らずに、ただ客を取って、日々の糧に身体を売り続けていた女に、全てを打ち明けた。
特にボンレフ村で、俺の姉だった女が衆人の前で何をしたかは微に入り細に入り、説明して遣った。
「やめて頂戴っ、どうかやめてくださいっ、お願いだから姉弟で殺し合うなんて恐ろしいことはっ、どうか、どうかっ!」
俺は遂に堪え切れなくなって、女の顔に真っ正面から唾を吐いた。
「百歩譲って……例えお天道様が西から登ることがあろうとも、てめえにそんなことを言う資格は、爪の垢ほどもねえ」
「……きっとてめえの産んだ娘だから」
「姉貴は、あんなにスベタになったんだな」
実の息子に唾を吐き掛けられた女は、なんとも言えねえ表情で顔を歪めて、俺に縋るのをやめた。
そのなんとも言えねえ悲しみに歪んだ顔が、俺が母親を見た最後になった。焼け死のうが、どうなろうが、後は俺の知ったこっちゃねえと、見捨てた。
「急ぐぞ!」
逸る心のまま、ネメシスを急かして短距離転移で打って出ると、街を俯瞰出来る高度まで飛翔した。二人ともに最強硬度の多重結界を纏っている。
街は最早、炎熱地獄だった。断続的に飛龍部隊の貫通ブレスとやらが降り注いでいる。街の防御結界は発動しているが、成る程これでは役に立たない。
ビヨンド教官らは何処と、魔感応感知の輪を広げればすぐに見つかった。危惧した通り、傍らには小山のように大きな6輪駆動軍用ビークル横這い響尾蛇1号が保護対象を守るべく、オー・パーツの暴威をも凌ぎ切ると言う最強の絶対防護シールドを展開していた。
街の外に待機していたこいつが今此処に駆け付けているということは、命令は忠実に実行されている。
一刻の余裕も無いと感じた俺は、間髪入れずメシアーズに攻撃中止の指示を出すが、0.1秒ほど遅かった。
「撃っちまったか、プロミネンス・インパクト………」
紅蓮の炎に染め上がる夜空を真っ白い光が押し包む。
一万一千本に及ぼうかと言う振動打突慣性を持った、全てを溶融する超高熱の光学スピアが夜空を駆け抜けた。宙に浮いた針鼠のような砲身は正確に撃滅対象を捕捉している。
遥か天空まで曳光を延ばしたそれは、何千頭からなる法王聖庁軍部空挺師団を一瞬で蒸発させた。
「あぁ、“過ぎたる力には責任が伴う”って奴かな?」
村の格言好きなじっちゃんに教わった言葉を思い出す、誰が言ったのかは忘れちまったが………
一万一千本の車体から分離した端末ビット状の砲身は、付属する武器専用格納空間に還っていった。加熱した射出口を冷却するために真空フリーズ・ポッドに装填される筈だ。
敵陣営が焼失しても、街は燃え続けた。
“救世主の鎧”は、通常の現実世界においてさえ時を巻き戻すことが可能らしいが、俺にはまだその機能は解放出来ていなかった。
***************************
「火事場で飲む珈琲はまた格別だのお」
焦げ臭いなんて比喩が馬鹿々々しくなるような臭気の中で、どうして深ローストの珈琲を味わえるのか不思議でしょうがねえが、神経が図太いネメシスは心底美味そうに堪能している。
俺は付け合わせの落花生ブラウニーをポリポリ齧っていた。
店の従業員がこの場に及んで珈琲を提供してくれるのは見上げた根性だったが、奇跡的に焼け残った街の外れにある珈琲パーラーで、朝の一杯を楽しんでいた。俺もネメシスも、神経が麻痺してる奴はこの惨状を眺めながらでも平気で寛げる。
俺とネメシスはオープンテラスで、右往左往する街の住人や運の悪い観光客と、快楽を買いに来た儚い客の成れの果てを、なんの感慨も無く見詰めていた。
昨晩は我先にと逃げ惑う金と色の亡者共の渦巻くような怒号が疎ましくて、消防も鎮火も手を貸す気にはなれなかった。
無事合流したアザレアさんなんかは、爆心地のような焼け跡から避難するように店の奥で休んでいる。昨晩は一睡も出来なかったようだが、ネメシスの与えたメダイに宿る“守り”の加護が、ギリギリ神経が病んでしまうのを防いでいた。
この霊妙あらたかな加護は側に居る者をも守るので、おまけのように引っ付いているシンディをも守護している筈だった。
だと言うのに、神経のかぼそい元王女様は未だに血の気の無い顔でブルブルと震えているようだった。そして何故か途中で助けたとかで髪の毛がチリチリになった一人の娼婦を伴っていた。
シンディ姫は俺達が引き連れていなけりゃ、こんなものも見なくて済んだ筈だと思えば、少し哀れな気もする。
まっ、生きてりゃあそんなこともあるかと諦めて貰うしかない。
ビヨンド教官は、自分の信義則に背くまいと負傷者の救護に当たって奔走した結果、治癒系魔術の使い過ぎで今朝方に魔力切れを起こして仕舞った。
力尽きて倒れるときに俺の手を取って、顰めっ面をやめろと言う。
そんな形相ばかりしていると、本当の顔が分からなくなって仕舞うぞと……何故か説教モードだった。
男と女の関係になれなくともいい、この身はお前の隣に並び立ちたい、せめて戦友と呼べる間柄でいられたらと思っている。
この身はお前の盾となり、剣となる。
そう言ってビヨンド教官は、可笑しくもないのにくすりと笑った。
―――こう言った小芝居がほんと好きだよな、教官?
白けた俺は、魔力の充填と疲労回復のヒールを掛けるのと一緒にプロテクタースーツから即効性のカロリー系輸液無針バブル静注を加圧する際、教官の鼻の穴に人差し指と中指を突っ込んだ。
結果、本気で怒り出したけどな。
一方、知らされないままに生き別れになっていた堕ちた母親とのいざこざと呼ぶべきか、邂逅と別離に苛立っていた俺のただならぬ雰囲気は、ビヨンド教官とアザレアさんにはそれとなく気取られ、何かあったんだと悟られたようだった。
ただ何かを察した二人とも、俺に問い掛けることは無かった。
恨むぜ親父、何故本当のことを言ってくれなかったんだ?
昨日初めて知った、浮気した女房へ愛想尽かしをした頑固な父親のことに、ほんの少し想いを馳せた。
「しっかし、どうすっかな?」
「一応、メシアーズが情報統制用のワーム・インセクトやナノマシン寄生体を大量にばら撒いたが、大層な空挺師団が丸ごと消えたとあっちゃあ、どうやっても誤魔化しようがねえんじゃねえか?」
「此度がこと、軍部の独断専行だった可能性もある」
「軍部は“光の神官長”直属じゃ………」
「法王聖庁も一枚岩ではない、現アウロラ聖庁の四十七代目教皇聖女オッセルヴァトーレ・イノケンティウス二十四世は、恩情派の者と聞く……いずれにせよ、今は法王聖庁とことを構えるのは避けたいところじゃ……悩ましいのお」
希望的観測の可能性を示唆するネメシスでさえ、これと言った決め手の対応策は思い付かないようだった
一夜明けて、惨劇の爪痕が明らかになった。
一大歓楽街はほぼ一面焼け野原と化し、多くの住人が焼け出されたようだ。公国正教の粛清に遭った悪徳の街は一夜にして姿を消した。
焼け死んだ者も少なくないようだ……鎮火した後の火事場の刺激臭に混じって、人が焼けた嫌な臭いが漂っていた。
街の外に避難していた者も三々五々戻って来ているようだが、あの急襲だ……住民の半数近く、またそれに近い客の大半が訳も分からず死んだようだった。
法王聖庁の逆鱗に触れたとあれば、それに抗する力などはこの街に在りはしない。
欲の皮の突っ張ったカジノや娼館のオーナー層は、資金や上がりを持ち出そうとしてことごとく焼け死んだ。ネメシス曰く、飛竜部隊の浄化炎ブレスは貴金属硬貨や宝石類の金目のものを、容赦なくボロボロに燃やし尽くすそうだ。
如何に生活力に長けた、貪欲な色と欲の亡者共もここからの復興は難しいだろう。それなりの歴史も格式もあった筈の、ピンク色の天国は塵芥のように燃え尽きた。火葬場の薄ら寒い煙のように哀れな夢と欲の名残りが、空へと昇っていく。
プリマヴェーラと言う街は死んだのだ。
おそらく昨晩の制裁は、“プリマヴェーラの悲劇”として後世に長く語り伝えられるだろう。
ポーションで痛みは引いたらしいが、シンディ・アレクセイ姫が助けたキャサリンと言う髪が焼け焦げて仕舞った娼婦の、肩とか顔とかが火脹れて皮膚が剥け落ちていた。シンディが治してくれと泣いてせがむので、仕方なしに全回復の治癒スキルを使った。
威力が高過ぎて、髪の毛やすべすべの皮膚、健康体を取り戻す他に彼女が長命の生命力、人並み外れた活力、体力、胆力を得て仕舞ったのはちょっとした愛嬌だ。
これまたシンディが、自分の将来自由になる金をキャサリンと言う偶然に居合わせたから命を拾っただけの、その素性すら知らない凡庸な娼婦に与えてくれと言う。
人が好いにも程があるが、お前にそんな価値は無えぞと脅すと、目に涙を溜めて睨みつけられた。この街を再生スキルで元通りに復興することも可能だったが、何故色街の住人に、この俺が肩入れする必要があるだろう?
せめてもと、キャサリンと言う娼婦には多目の金を渡した。決して着服してる訳じゃねえが、公金を流用してる俺には、今は自由になる金が結構ある。
あまりの大金に驚嘆し、眼を瞠る女に、使い道は任せるがお前一人の為に使うんじゃねえぞと、釘を刺した。
焼け出された悪徳の街の住人、搾取する側も、娼婦も、それにたかって生きる蛆虫のような奴等も惨たらしく火傷を負った者も居れば、茫然自失とこれからどうしたらいいのか嘆いて立ち尽くす者も、街を売って何処かへ出ていく算段をする者も、皆命あっての物種だ。
焼け死んじまった者も、少なくはねえ……まっ、俺には痛くも痒くもねえ。もし顔見知りの冒険者が偶々遊びに来ていたら流石に寝覚めが悪いから、復活蘇生しようかと調べたが、生憎と言うか幸いなことに知り合いは居なさそうだった。
全く、俺の心が殺伐としているのか、それとも時代の方が殺伐としてるのか、分からなくなるな。
興味が無かったので、娼館“緋色の貴婦人”に居たヘレンと言う女の行方を確かめることは無かった。
経緯はどうあれ、自分の産んだ子を慈しみ育てることよりも、自らの身勝手な愛慾に生きることを選んだ母親を、世間ではきっと毒婦と呼ぶんだろう。
生きているのか、死んだのか、もう俺にはなんの関係も無い女だ。
俺がこんなんじゃなければ……人としての喜怒哀楽を捨て、復讐に狂った挙句ポッカリ開いた心の穴には喰らい尽くした魔族の暗く真っ黒い闇の狂気が渦巻いてるってアウトサイダーじゃなければ、和解も出来て駄目な母親も許せたのかなって考えが頭を掠めもしたが、矢張りどう転んでも在り得ねえ。
今のあの女は平気で男に股を開く売春婦だ。
母親の愛情を知らずに育った以前に、そんな母親から生まれた俺が血も涙もない人非人なのは自明の理かもしれない。
生きていようが死んでいようが、正直、どうでもいい。
キャサリンと言う元娼婦が、経営者になったかして別の土地で始めた大きな娼館、“プリマヴェーラの蜜蜂”と言う店が繁盛している。
長い旅から帰った後に、そんな噂を風の便りで聞いた。
プリマヴェーラと言う単語に魅せられていた……ただそれだけでサブタイトルを付けた、と言ったらぶっ飛ばされそうですが、もし相思相愛だった幼馴染みと一緒になれなかった女が、築いていた筈の家庭や家族を捨てて焼け木杭に火を付けた結果、どうなったのか?
誓い合った筈の尊い初恋の相手は、クズと化していた。
分かっていながら、何も彼もを棒に振るような爛れた性愛に生きようとした女の哀れな成れの果てを、そして子を産んだ母親が皆、賢夫人とは限らないと言うことと、幼馴染みとの愛が決して真実の愛とは限らないと言う、アンチテーゼを描いています
プリマヴェーラ=ルネサンス期のイタリア人画家サンドロ・ボッティチェッリが1482年頃に描いた絵画、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語などで“春”の意で語源はラテン語のprima vera
木板にテンペラで描かれた板絵で「世界でもっとも有名な絵画作品のひとつ」、「世界でもっとも言及され、議論の的となっている絵画作品のひとつ」と言われている
この作品に描かれているのが神話の登場人物たちであり、春に急成長を遂げる世界のアレゴリーであるという説を多くの研究者が支持している/ボッティチェッリはこの絵画に名前を付けていなかったが、トスカーナ大公コジモ1世の宮殿ヴィッラ・カステッロに飾られていたこの作品を目にしたジョルジョ・ヴァザーリが、最初に「ラ・プリマヴェーラ〈La Primavera〉」と呼称した
メディチ家の一員からの依頼で制作されたと考えられていて、古代ローマの詩人オウィディウスとルクレティウスの詩歌からの影響が見られる他、ボッティチェッリと同時代人のルネサンス人文主義者・詩人のアンジェロ・ポリツィアーノの影響もあるのではないかとされており、1919年以来、フィレンツェのウフィツィ美術館が所蔵している作品である
画面中央の女神ヴィーナスが主宰するオレンジ園はメディチ家の象徴であり、赤色のガウンと青色のドレスを身にまとった姿は鑑賞者の視線を真っ直ぐに見つめ返していて、背後の木々はアーチ状に表現され鑑賞者の視線を中央に集める役割を果たしている/周囲の風景は極めて精緻に表現されており、500種類以上の植物と190種類ほどの様々な花が描かれている
サナトリウム=長期的な療養〈結核等〉を必要とする人のための療養所で、日当たりや空気など環境の良い高原や海浜に建てられることが多い
ネモフィラ=ムラサキ科ネモフィラ属〈Nemophila〉に分類される植物の総称で、ルリカラクサ〈瑠璃唐草、学名Nemophila menziesii〉のこと/ネモフィラ属は、APG植物分類体系ではムラサキ科であるが、新エングラー体系、クロンキスト体系では、ハゼリソウ科に分類される/耐寒性一年草で草丈10〜20cm 、茎は匍匐性で横に広がり、葉には羽状の深い切れ込みがあるのと、茎と葉には柔毛がある
ローズマリー・エッセンス=古代から薬用に用いられ、記憶力を高める効果があると言われたり、西洋で大流行したペスト除けにも利用された/イギリスでは監獄熱の感染予防に法廷に持ち込まれたり、空気を清めるために病人のいる所や病院で焚かれた/ローズマリーをアルコールと共に蒸留したローズマリー水〈ハンガリーウォーター〉は、最初薬用酒として、のちに香水として利用された
ラノリン=ウールに覆われた動物の皮脂腺から分泌される蝋であり、その利用はウール生産を目的とした家畜羊の飼育から始まった/自然界におけるラノリンの役割はウールと表皮を気候や環境から守ることであり、また外皮系の衛生にも寄与していると考えられている/ラノリンとその多くの誘導体は、ヒトの皮膚の保護、美容製品にも広く用いられている
化粧品やヘルスケア製品に用いられ、また「潤滑油、錆止め剤、靴磨き剤等のパーソナルケア製品やヘルスケア製品、その他の市販製品」でも見られる
ハーフティンバー様式=北方ヨーロッパの木造建築の技法で、半木骨造とも呼ばれるアルプス以北の北方ヨーロッパの木造建築/特に15世紀から17世紀、英国の住宅に多用された
名称の由来は壁と木造の部分が半々となるためとも、割られた材木を外部に見せるためとも言われ、柱、梁、斜材〈筋違〉、間柱、窓台等の軸組は隠されず装飾材としての役目を兼ねており、軸組の間を漆喰や煉瓦、石などで仕上げた
ジンジャーブレッド=生姜を使った洋菓子の一種で、起源は古代ギリシア時代にロードス島のパン屋が焼いたものと言われる/中東から十字軍がヨーロッパに持ち帰ったことで各地に広まり、現在では東ヨーロッパからアングロアメリカまで広く見られる/小説「メリー・ポピンズ」の中にも登場する
イギリスではとても一般的なケーキで、ローマ時代にアフリカ産の良質の生姜とともに伝わったとも言われる/なかでも、ヨークシャーなどイングランド北部にはパーキンというオートミールと糖蜜を使ったジンジャーブレッドがあり、ガイ・フォークス・ナイトに食べる習慣がある/生姜はジンジャーパウダー〈乾燥粉末〉、あるいはおろし生姜の絞り汁のみを使い、また甘味を付けるには糖蜜〈トリックルもしくはモラセス〉を用いるため、ジンジャーブレッドも黒みがかった色になる/生地の中にマスタードやレーズン、ナッツ類を加えることや温めたレモンソースなどを添えることもある
メープルシロップ=サトウカエデなどの樹液を濃縮した甘味料で独特の風味がある
クロテッドクリーム=イギリスの乳製品で全乳を蒸気や水浴で間接的に加熱し、浅い鍋に入れてゆっくりと冷やした濃厚なクリームである/クリームを作る際に、クリームの成分が表面に上昇して塊を形成するのがその名の由来となっていて、その起源は不明だがサウス・ウェスト・イングランド、特にコーンウォールとデヴォンの酪農場で共通してこのクリームが生産されている/1998年に原産地名称保護制度にて制定されたところによると、コーニッシュクロテッドクリームの脂肪分は最低でも55%となっている/クリームティーに不可欠な食材で、苺のジャムと共にスコーンに塗られ紅茶と一緒に提供されるが、デヴォンでは紅茶とスコーンにジャムとクロテッドクリームを添えたクリームティーはセットで「デヴォンシャークリームティー」と呼ばれている
クランペット=小麦粉と酵母で作る塩味のまたは甘い軽食パンで、主にイギリスおよびイギリス連邦諸国で食される/初期のクランペットはヴィクトリア朝の酵母を使う柔らかいスポンジ状と異なり、鉄板で調理した堅いパンケーキであったが、ミッドランド地方およびロンドンのクランペット製造業者は酵母生地に追加のベーキングパウダーを加えることにより、特徴的な穴を作った/クランペットという言葉自体は巻いたケーキを示し、通常丸い形だが長方形の種類も存在し独特の平たい表面に小さな気孔があり、弾力がある少し柔らかい歯ごたえで、浸透性が高い/クランペット自体に風味はなく、一般に温めてトッピング〈通常バター〉をのせて食される/他の一般的な添え物には蜂蜜、ポーチドエッグ、ジャム、マーマイト、塩、マーマレード、ピーナッツバター、チーズスプレッド、ゴールデンシロップ、レモンカード、メープルシロップ、およびベジマイトがある
スティルーム・メイド=家政婦長〈もしくはヘッド・スティルーム・メイド〉の下に就き、レンジや菓子製造用のオーブンがある食品室で働いていた/ここでハウスキーパーと共にジャム、ケーキ、ビスケット、紅茶、コーヒー、清涼飲料水、屋敷で採れた果物や花々の砂糖漬けなどを作った
サモワール=ロシアなどのスラブ諸国、イラン、トルコで古来より用いられてきた湯を沸かすための金属製の伝統的器具で、英国に先だって紅茶文化を発達させていた露国で給茶器として発達した/片手で持てるサイズから据付設備レベルまで幅広い大きさの金属製容器で、胴部の中央に燃料を収納し燃焼させる構造を持つ/燃料は石炭や炭、裕福な層では松かさなどが用いられ、数リットルから大きいものでは100リットル以上の水を加熱・保温し蛇口を備えるなど、現代の電気ポットのようにオンデマンドで熱湯を供給できる機能と、上部にティーポットを収納し保温する機能を備えていた
素材は銅、黄銅、青銅、ニッケル、錫などで、富裕層向けには貴金属製のものや非常に装飾性の高いものも作られた
水煙管=水煙草、水パイプは専用のフレーバーが付けられた煙草の葉に炭を載せるなどして熱し、出た煙をガラス瓶の中の水を通して吸うという構造で、大きさは小さい物で高さ30cmからあり、一般的な物は60〜80cmほど、大きい物では1mを超すものも多い/フレーバーには果物からスパイス、花、コーヒー、ガムなど多くの種類がある/1回の燃焼時間が1時間程度と長く、重さもあり気軽に持ち運びはできないため、紙巻きたばこが普及している地域ではあまり知られていないが煙が水を通る間に多少冷やされることもあって、昼間の気温が高いインドや中近東で人気がある/大型のものには吸い口が2本から4本とりつけられたものがあり、一包みのタバコを何人かで吸う珍しいパイプである
ピルスナー=チェコのピルゼン地方を発祥とするビールのスタイルの一種/淡色の下面発酵ビールであり、明るく輝かしい黄金色の色味とともにホップが生む爽やかな苦味を特長とし、アルコール度数は4~5%の製品が多く、1842年にバイエルン人醸造家ヨーゼフ・グロールによってプルゼニで開発され、現在もなお製造されている「ピルスナー・ウルケル」を源流とする/チェコの誇る世界最高品質のザーツホップと淡色モルトを原料とし、プルゼニ地方特有の軟水によって製造されている/ミネラル分の少ない軟水を使うことによって、「世界初の黄金色のラガー」が誕生した……世界中で醸造されているビールの大半はピルスナースタイルである
クロスティーニ=イタリアのパン料理で定番のアンティパストのひとつとして知られる/トスカーナ地方の「鶏レバーのペーストのクロスティーニ〈crostini di fegatini〉」が最も有名/クロスティーニは“小さいトースト”という意味があり、トーストしたバゲットに野菜やペーストなどをのせて食べる前菜料理である……類似する少し大振りのブルスケッタと同じく薄くスライスしたパンをグリルまたはオーブンで焼き、その上にニンニクを擦り込ませて熱で溶かす/トッピングはエキストラバージンオリーブオイルと塩また、胡椒が一般的だが、トマトなどを加えることもできる
スカラリー・メイド=大抵の場合、女性が初めて屋敷に奉公に行くと最初に就く仕事は下っ端のハウスメイドか皿洗い女中だったので、彼女達の年齢は12〜3歳程だった/持ち場は食器洗い場で、仕事内容はキッチン道具のこすり洗い、床や棚磨きから鳥の羽根むしり、猟獣の皮を剥ぐといった雑用までもこなしたし、キッチンメイドの数が少ない時は野菜を洗い調理した/就業時間は夏は朝の6時から、冬は朝の6時半から働き始め、夜は11時になっても鍋を洗っていた/こんなに大変な仕事でも労働者階級の親たちにとって、結婚前の娘が皿洗い女中として働くことは家事を覚えるので良い花嫁修業と見なされていた/皿洗い女中の服装は胸当てのついたオランダ・エプロンにたくしあげることが出来る袖付きの服、それに厚い靴かブーツを履いていた
フットマン=執事〈バトラー〉の直接の配下にいた下級使用人〈ロワー・サーヴァント〉にして従僕/仕事は、夏は朝6時半から冬は朝7時から始まり夜は家族が寝るまで働き、主人達が寝るのがどんなに遅かろうと朝の勤務開始時間には変わりはなかった/仕事内容は多岐にわたり、馬車に乗った女主人の世話、馬車の供回り、夜間の明かり持ち、ブーツ磨き、石炭運び、ランプや蝋燭立ての世話、テーブルでの給仕、玄関で主人一家の帰りを待ち、ベルへの応答やパーティーの手伝いなどをした/また、主人を起こしたり、衣類にブラシをかけて揃えておき、夜会服を整えていつでも主人がディナー・パーティーに着て行けるようにし、午後の4時半には紅茶を、午後6時には酒類の用意をし、ディナーが終わると紳士達の部屋の整理をし、衣服にブラシをかけ、夜10時半か11時には客間に酒を運んだ
サイドワインダー=クサリヘビ科ガラガラヘビ属に分類されるヨコバイガラガラヘビの別名/砂漠に生息し夜行性で、日中は他の動物の巣穴の中や草むらの下に隠れていて、カンガルーネズミなどの小型の哺乳類や蜥蜴を捕らえて食べる/砂漠の上の移動は独特で、アルファベットの“J”または“S”字状に体をくねらせ上半身を進行方向へ持ち上げた後下半身を引き付け横向きに移動する様が名前の由来と言われている
ブラウニー=平たく正方形に焼いた濃厚なチョコレートケーキで、チョコレートの濃厚さによってファッジ〈やわらかいキャンディ〉状であったりクッキーに近いケーキ状であったり、またナッツ・クリームチーズ・チョコチップなどを混ぜたり、砂糖がけをするなど様々な形態がある
応援して頂ける、気に入ったという方は是非★とブックマークをお願いします
感想や批判もお待ちしております
私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です
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